北朝鮮の金正日総書記の後継者に選ばれた三男正恩氏が国民の前に姿を見せた。軍事パレードの閲兵式。世襲体制を守ろうとして改革、開放を拒み続けるのなら、民生の安定は遠のくばかりだ。
平壌市内の広場では軍人たちが行進し、戦車や弾道ミサイルなど最新兵器の車列が続いた。数万人の市民がひな壇に並んだ金父子に向かって「万歳、万歳」と歓呼の声を上げた。
正恩氏は先月末、人民軍大将の称号を受けた。最高指導機関である労働党では、中央軍事委員会の副委員長に選出された。王制以外では例のない三代世襲である。
二十七歳だといわれ経験も十分ではないはずだが、国内では業績づくりのキャンペーンが始まった。「偉大な継承者としての資質と品格を備えている」「幼いころから射撃の名手で、軍事の天才だ」。既に一千万枚の肖像画が印刷されたという情報もある。
職場や学校では正恩氏がどれほど優秀か、強い精神力の持ち主かさまざまな逸話を教えるだろう。父である金総書記に従い補佐する「孝子」であり、祖父の金日成主席が築いた「革命の伝統」を引き継ぎ発展させる人物だという偶像化が急速に進むとみられる。
同じようなことは約三十年前にもあった。金総書記は自身が後継者に選ばれたころ、金日成主席の銅像、石像を全国各地に建てた。主席の「偉大さ」を国民に教えこむとともに、二代目指導者の地位を固める目的があったようだ。
もし今度は正恩氏が金総書記の「偉業」をたたえようと肖像や記念碑、建造物を造り始めたら、民生にまわす資金は尽きてしまう。
国民は慢性的な食糧難に苦しんでいる。配給制度は崩れ、小規模な市場で食べ物や日用品をようやく調達する状態だ。
金総書記は脳卒中の後遺症を抱えているが、後継作業を順調に進めたいと考えるなら、まず食糧を増産して民衆を「飢えの不安」から救うべきではないか。労働党機関紙「労働新聞」は今年の新年社説で「軽工業と農業に拍車をかけ、人民生活で決定的な転換を成し遂げよう」と掲げたが、民衆の願いもここにある。
しかし、正恩氏は軍大将として登場し、活動を部隊視察から始めた。軍が統治の先頭に立つ「先軍政治」は当面、変わりそうにもない。核やミサイルの開発を続けるなら、周辺国は権力世襲に警戒を解くわけにはいかない。
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