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■■ Japan On the Globe(482)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ Common Sense: 「核の傘」は幻想か? 中国が「核の恫喝」を日本にかけてきた場合、 アメリカの「核の傘」に頼れるのか? ■転送歓迎■ H19.02.04 ■ 35,003 Copies ■ 2,378,738 Views■ ■1.「核の傘」はフィクション?■ ワシントンに住む国際政治アナリスト・伊藤貫氏は、かつて 米国防総省次官補(アジア政策担当)も勤めたカール・フォー ド氏に尋ねたことがある。中国の海空軍が台湾を奇襲攻撃した 事態を想定して、こう訊いたのである。 米中両国が戦争状態になり、日本にある軍事基地から米 海軍や空軍が出撃して中国の駆逐艦を撃沈し戦闘機を撃墜 すれば、中国政府は日本政府に対して「すべての対米協力 を即時中止せよ! 米軍に日本の軍事基地を使用させるな! この要求に従わないならば、24時間後に大阪に核ミサイ ルを撃ち込む!」という要求を突きつけてくる可能性があ ります。 その場合、日本の総理大臣はどう反応するでしょうか。 「アメリカの核の傘があるから大丈夫だ。中国が日本を攻 撃してくることなんかあり得ない」と言って対米協力を続 けるでしょうか。 それとも「たとえ中国が大阪に核ミサイルを撃ち込んで も、それを理由にアメリカと中国が核戦争を始めるわけが ない。そんなことをすれば、数千万人も米国の一般市民が 死んでしまう。アメリカの大統領がそこまでして『核の傘 の保証』を守るはずがない」と判断して、中国からのニュ ークリア・ブラックメール(核兵器による恫喝)に屈服す るでしょうか。 「核の傘」というコンセプトは、やはりフィクションなの ではないでしょうか? ■2.ドゴールの問いつめ■ 「核の傘」というコンセプトがフィクションかどうか、過去、 いろいろな国が自分なりの答えを出している。 フランスのドゴール大統領は、1950年代から独自の核兵器開 発を推進し、1960年に最初の核実験を成功させた。米民主党の 政治家や言論人は、ドゴールの自主的な核開発に反対し続けて いた。 そのドゴールがNATO(北大西洋条約機構)総司令官であ る米軍大将と、「核の傘の有効性」に関して議論している。ド ゴールはNATO総司令官にこう問いつめた。 いったいどのような場合に、アメリカはフランスに対す る核攻撃に報復するため、ソ連と核戦争をするのか? こ のような場合にアメリカはフランス防衛のためにソ連と核 戦争をする、という軍事シナリオを具体的に説明してくれ。 NATO司令官は絶句してしまった。ドゴールは同様の質問 を民主党のケネディ大統領にもぶつけた。ケネディは顔面蒼白 になって何も答えられなかった。民主党政権は、西ヨーロッパ の同盟国を守るためにソ連と核戦争をするつもりなどまったく なかったのに、「核の傘」理論でフランスの自主的な核抑止力 構築を阻止しようとしていたのである。 ドゴール大統領は、単なる職業軍人ではなく、優れた軍事理 論書も執筆し、文学と歴史学にも深い素養を持つ古典的な教養 人であった。そのドゴールから見れば、アメリカの「核の傘」 理論は欺瞞に見えたのである。 ■3.サッチャーの答え■ イギリスもアメリカとの同盟国でありながら、その「核の傘」 には頼らず、独自の核兵器を持っている。その理由について、 1990年代の初頭、首相を退任したマーガレット・サッチャーは ワシントンにおけるスピーチの場で質問を受けた。「すでにソ 連は崩壊し、冷戦は終わった。それなのになぜ、最近のイギリ ス政府は、次世代の核兵器システム整備のために多額の国防予 算を注ぎ込んでいるのか?」と。サッチャーは次の3つの理由 を挙げた。 第一に、1947-1991年の冷戦期に、米ソが直接軍事対決しな かったのは、核兵器のおかげである。核兵器の破壊力があまり にも強いため、米ソ両国は、彼らが支配する第三世界の衛星国 に代理戦争をさせることはあったが、核武装した米ソ同士の直 接の軍事衝突は注意深く避けた。この事実を見ても、核兵器に 非常に強い戦争抑止効果があることは明らかだ。 第二に、イギリスは中型国家であり、その軍事予算は限られ ている。この限られた予算を使って最大限の戦争抑止効果を得 るためには、通常兵器に投資するよりも核兵器に投資したほう が、高い抑止効果を得られる。 第三に、現在の国際社会は、核兵器を持つ国が支配している。 そのことが良いことか悪いことかは別にして、それが国際社会 の現実である。もしイギリスが常に最新型の核抑止力を整備し ておかなかったら、イギリス政府は国際社会で独立した発言力 を失ってしまう。 サッチャーはにこやかに、かつ堂々と「核兵器を所有するこ とが、いかにイギリスの国益に貢献してきたか」を説いた。 ■4.中国の「ズボンをはかなくとも」核兵器を開発する理由■ 中国は「ズボンをはかなくとも核兵器を開発する」と、貧し い国家予算を核開発につぎ込んで、5番目の核所有国になった[a]。 それには次の4つの理由がある、と中国の軍人や政治学者は指 摘してきた。 第一に、アメリカとソ連は核武装した覇権主義国家であり、 これら二国を牽制するために、自主的な核抑止力不可欠である。 現在の国際社会で自主的な核抑止力を持たない国は、真の独立 国として機能できない。 第二に、1958年以降、ソ連は中国の核兵器開発に反対して 「中国はソ連の『核の傘』に依存すればよい。独自の核抑止力 を構築する必要はない」と主張してきた。しかし、この「核の 傘」という軍事コンセプトは、実際には機能しないものである。 たとえアメリカが中国を先制核攻撃した場合にも、ソ連がそれ に報復するためにアメリカに核ミサイルを撃ち込むようなこと はありえない。米ソ両国は、同盟国を守るために核ミサイルの 撃ち合いをするような愚かな国ではない。 ソ連政府が中国に提供するという「核の傘」は、非核の中国 を、核武装したソ連の国家意思に従属させようとする覇権主義 的トリックにすぎない。 第三に、1950年代から1970年代までの中国は貧しく、政府が 使える軍事予算は限られたものであった。通常兵器に100億 ドル投資しても中国は米ソからの先制攻撃を抑止できないが、 核兵器製造に同額を投資すれば、中国は米ソからの先制攻撃を 抑止できる。 第四に、現在の国際社会で真の発言権を持っているのは、核 武装国だけである。核兵器を持たない国は、核武装に恫喝され れば屈服するしかないから、真の発言権を持てない。中国が現 在の国際社会で真の発言力を得ようとするならば、自主的な核 抑止力を持たなければならない。 ■5.中国は「核の傘」を信じない■ このような考えからフランス、イギリス、そして中国と、い ずれもアメリカやソ連の「核の傘」を信じずに、独自の核抑止 力を構築してきたのである。 特に中国自身が、ソ連の「核の傘」を信じていなかったとい うことは、日本に対するアメリカの「核の傘」も信じていない ことを意味する。上述の第二の理由の主張で、国名を入れ替え れば、こうなる。 たとえ中国が日本を先制核攻撃した場合にも、アメリカ がそれに報復するために中国に核ミサイルを撃ち込むよう なことはありえない。米中両国は、同盟国を守るために核 ミサイルの撃ち合いをするような愚かな国ではない。 これが正しいかどうかは別にして、当の中国がこう信じてい るのであるから、中国はアメリカの日本に対する「核の傘」な ど恐れずに、日本に核の脅しをかけてくることは十分あり得る のである。 ■6.「日本にとって、そのような中国に対抗する手段はない」■ 冒頭で、このシナリオについて、伊藤氏から質問を受けたカ ール・フォード氏はこう答えている。 この場合、日本政府は「中国政府はそのようなニューク リア・ブラックメールをかけてこないだろう」、もしくは、 「中国がニュークリア・ブラックメールをかけてきても、 それを実行することはないだろう」と希望するしかない。 もし日本が中国のブラックメールに屈服するなら、日米同 盟はそれでおしまいです。その場合、日本は中国の属国に なるでしょう。 結局、これはチキン・ゲームです。(JOG注: 脅し合い で先に降参した方が負けるゲーム) もし中国が、「台湾を断固としてとる! アメリカと激 しく対立しても獲る! 日本にニュークリア・ブラックメ ールを突きつけてでも獲る!」という鋼鉄のように厳しい 決意をみせてこの戦いに臨んでくるならば、日本は負けで す。日本にとって、そのような中国に対抗する手段はない。 現在の状況下で、日本は「堅固な日米同盟」が中国にその ような行為をとらせない効果があるだろうと希望するしか ないのです。[1,p131] 表だっては述べていないが、中国が本気で核の恫喝をかけて きたら、アメリカの「核の傘」では日本を守れない、とフォー ド氏は考えているのである。 ■7.「核抑止力を持たない国は真の独立国として機能できない」■ 中国の核の恫喝に対して、日本が先に屈服して、米軍の出動 を妨害したら、カーク氏の言うように、日米同盟はそれで終わ りとなる。米軍は撤退し、日本は中国の属国になる。 また日本がアメリカの「核の傘」をあてにして、あくまでも つっぱたら、どうだろう。ここで中国が核ミサイルを撃ち込む と脅す対象が大阪となっているのには、理由がある。 大阪には本格的な在日米軍の基地がないからだ。米軍基地の ある東京や沖縄を核攻撃したら、米国自体を核攻撃したことに なり、米国の報復の可能性もないとは言えない。しかし、大阪 なら、中国は日本だけを攻撃したわけで、米国を核攻撃しては いない、と主張できる。 その際に、米国は本格的な核戦争はやるわけにはいかないの で、申しわけ程度に通常兵器で反撃をして見せ、同盟の義理を 果たした所で戈を納めるだろう。このケースでも、日本は米国 の「核の傘」が幻想だったと知り、結局は中国に屈服しなけれ ば生きていけない、と悟る。 サッチャーが「現在の国際社会は、核兵器を持つ国が支配し ている」というのも、中国の考える「現在の国際社会で自主的 な核抑止力を持たない国は、真の独立国として機能できない」 というのも、真実をついている。 核抑止力を持たない国が他国の「核の傘」に入る、というの は、ある意味で、その国の属国になることだ。現在の日本はア メリカの「核の傘」に入っているが、カーター政権の安全保障 政策補佐官であったズビグニュー・ブレジンスキーは、著作の 中で戦後の日本のことを「アメリカの保護領」(US protectorate)と評している。 ■8.「アメリカは、核武装したロシアや中国と戦わない」■ 伊藤氏は、カール・フォード氏以外にも、多くのアメリカの 政治家や学者にインタビューして、「核の傘」の有効性に関す る見解を問い質している。そのうちの一人、共和党の連邦下院 軍事委メンバーであり、国際政治学の博士号を持つマーク・カ ーク議員は、こう述べている。 アメリカは、核武装したロシアや中国と戦争するわけに はいかない。今後、中国の軍事力は強大化していくから、 アメリカが中国と戦争するということは、ますます非現実 的なものとなる。だから日本は、自主的な核抑止力を持つ 必要がある。「東アジア地域において、日本だけは非核の ままにしておきたい」などと言うアメリカ人は、間違って いる。現在の日本には、自主防衛力が必要なのだ。日本は 立派な民主国家なのだから、もっと自分自身に自信を持っ て、自分の国の防衛に自分で責任をとるべきだ。[1,p125] 伊藤氏は、この発言をこう評している。 アメリカの政治家・外交官・軍人の大部分は、今後、ア メリカが日本を守るために核武装した中国と戦争すること はありえないことを承知している。そのような戦争は、ア メリカ政府にとって、リスクが大きすぎる、しかしそのこ と(その真実)を日本人の前であっさり認め、「だから日 本には、自主的な核抑止力が必要なのだ」と、本当のこと を言ってくれる米政治家は、そう多くない。カーク議員の インテレクチュアル・インテグリティ(知的誠実さ)は、 称賛されるべきものである。[1,p125] ■9.日本は自分の国の防衛に自分で責任をとるべきだ■ アメリカの「核の傘」が信じられないのであれば、日本はど うすべきか。直ちに自主的な核武装に踏み切るべきなのだろう か。この問題は日本の総合的な安全保障体制の中で考えなけれ ばならない。前号でも述べたが、日米同盟は、経済力・技術力 で世界第1位と第2位の同盟なのである。さらには台湾やアセ アン諸国、オーストラリアなど、中国からの脅威に対して、運 命共同体として力を合わせてやっていける盟邦がありうる。 一方で、中国の経済体制、政治体制は大きな内部矛盾を抱え ている。かつて西側諸国が結束してソ連を崩壊させた戦術を、 今度は中国に対して行う、というアプローチもあるだろう。日 本が独自の核抑止力を持つべきか、という議論も、こういう総 合的な戦略のもとで考えるべきである。この問題に関しては、 稿を改めて、考えてみたい。 しかし、そのような総合的な戦略を考えるためにも、まず必 要なのは、核の議論をすることすら封じよう、という風潮をま ず打破しなければならない。本稿で紹介したような核に関する 国際常識とは、あまりにも隔絶した非常識が国内を覆っている。 カーク議員の「日本は立派な民主国家なのだから、もっと自 分自身に自信を持って、自分の国の防衛に自分で責任をとるべ きだ」という言葉を、まず噛みしめるべきだろう。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(186) 貧者の一燈、核兵器〜中国軍拡小史 9回の対外戦争と数次の国内動乱を乗り越えて、核大国を目 指してきた中国の国家的執念。 b. JOG(040) 真の反核とは 「反核」を叫び、「制裁」を唱えているだけでは、世界はちっ とも変わりません。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 伊藤貫「中国の『核』が世界を制す」★★★、PHP研究所、H18 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「『核の傘』は幻想か?」に寄せられたおたより 昌さんより 「核の傘はフィクション?」、大変興味深く読ませて頂きまし た、とても参考になりました。私は抑止力という観点ではなく、 日本人がもし核を持ったときにSelf Controlを120%出来る だろうか、との疑念が今まで拭い切れずにいましたから、わが 国の核武装の必要性に疑問を持っていました。第二次世界大戦 で見せた集団になったときの自制心の欠如、これが万一再現さ れたら、との恐れを否定しきれないでいました。しかし今回今 までの自分の考えをもう一度原点に戻り考え直す必要があるの ではないかと思うに至りました。 何故このような冷静で、論理的な議論が出来ないのか、不思 議でなりません。核所有の是非を論議するだけで糾弾される。 政治家、いや人間失格のごとく非難される。ヒステリックに、 かまびすしく、攻めたてられる。貴方は子供たちを再び戦場に 送りたいのですか!と。 拉致のみならず再三自国の主権を侵されて、かつ依然として 侵された状態にありながらここまで穏忍自重している主要国は 日本以外にまずありえない。それでも昔の軍国主義(本当に軍 国主義であったか、又他列国がそうでなかったかは別として) を蒸し返して非難される。それを煽り立てる自虐趣味のマスコ ミ。世界の中で異質の日本、それで今までやってこれたのは、 冷戦が基本的に欧米対ソ連という構造で、日本は地政学的にも、 また役割的にも主役ではなかった。しかし今やその構造は様変 わりしている。隣国の中国が大国の仲間入りをし、生き延び、 発展する為に軍事・経済両面において急拡張を続けて、他国、 少なくともわが国と真の共存を図る考えがあるのか疑問を持ち ます。 ■ 編集長・伊勢雅臣より 国民一人ひとりの事実に基づいた論理的な議論が何よりも必 要ですね。© 平成19年 [伊勢雅臣]. 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