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■■ Japan On the Globe(482)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

             Common Sense: 「核の傘」は幻想か?
    
                 中国が「核の恫喝」を日本にかけてきた場合、
                アメリカの「核の傘」に頼れるのか?
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■1.「核の傘」はフィクション?■

     ワシントンに住む国際政治アナリスト・伊藤貫氏は、かつて
    米国防総省次官補(アジア政策担当)も勤めたカール・フォー
    ド氏に尋ねたことがある。中国の海空軍が台湾を奇襲攻撃した
    事態を想定して、こう訊いたのである。

         米中両国が戦争状態になり、日本にある軍事基地から米
        海軍や空軍が出撃して中国の駆逐艦を撃沈し戦闘機を撃墜
        すれば、中国政府は日本政府に対して「すべての対米協力
        を即時中止せよ! 米軍に日本の軍事基地を使用させるな!
        この要求に従わないならば、24時間後に大阪に核ミサイ
        ルを撃ち込む!」という要求を突きつけてくる可能性があ
        ります。

         その場合、日本の総理大臣はどう反応するでしょうか。
        「アメリカの核の傘があるから大丈夫だ。中国が日本を攻
        撃してくることなんかあり得ない」と言って対米協力を続
        けるでしょうか。

         それとも「たとえ中国が大阪に核ミサイルを撃ち込んで
        も、それを理由にアメリカと中国が核戦争を始めるわけが
        ない。そんなことをすれば、数千万人も米国の一般市民が
        死んでしまう。アメリカの大統領がそこまでして『核の傘
        の保証』を守るはずがない」と判断して、中国からのニュ
        ークリア・ブラックメール(核兵器による恫喝)に屈服す
        るでしょうか。

        「核の傘」というコンセプトは、やはりフィクションなの
        ではないでしょうか?

■2.ドゴールの問いつめ■

    「核の傘」というコンセプトがフィクションかどうか、過去、
    いろいろな国が自分なりの答えを出している。

     フランスのドゴール大統領は、1950年代から独自の核兵器開
    発を推進し、1960年に最初の核実験を成功させた。米民主党の
    政治家や言論人は、ドゴールの自主的な核開発に反対し続けて
    いた。

     そのドゴールがNATO(北大西洋条約機構)総司令官であ
    る米軍大将と、「核の傘の有効性」に関して議論している。ド
    ゴールはNATO総司令官にこう問いつめた。

         いったいどのような場合に、アメリカはフランスに対す
        る核攻撃に報復するため、ソ連と核戦争をするのか? こ
        のような場合にアメリカはフランス防衛のためにソ連と核
        戦争をする、という軍事シナリオを具体的に説明してくれ。

     NATO司令官は絶句してしまった。ドゴールは同様の質問
    を民主党のケネディ大統領にもぶつけた。ケネディは顔面蒼白
    になって何も答えられなかった。民主党政権は、西ヨーロッパ
    の同盟国を守るためにソ連と核戦争をするつもりなどまったく
    なかったのに、「核の傘」理論でフランスの自主的な核抑止力
    構築を阻止しようとしていたのである。

     ドゴール大統領は、単なる職業軍人ではなく、優れた軍事理
    論書も執筆し、文学と歴史学にも深い素養を持つ古典的な教養
    人であった。そのドゴールから見れば、アメリカの「核の傘」
    理論は欺瞞に見えたのである。

■3.サッチャーの答え■
    
     イギリスもアメリカとの同盟国でありながら、その「核の傘」
    には頼らず、独自の核兵器を持っている。その理由について、
    1990年代の初頭、首相を退任したマーガレット・サッチャーは
    ワシントンにおけるスピーチの場で質問を受けた。「すでにソ
    連は崩壊し、冷戦は終わった。それなのになぜ、最近のイギリ
    ス政府は、次世代の核兵器システム整備のために多額の国防予
    算を注ぎ込んでいるのか?」と。サッチャーは次の3つの理由
    を挙げた。

     第一に、1947-1991年の冷戦期に、米ソが直接軍事対決しな
    かったのは、核兵器のおかげである。核兵器の破壊力があまり
    にも強いため、米ソ両国は、彼らが支配する第三世界の衛星国
    に代理戦争をさせることはあったが、核武装した米ソ同士の直
    接の軍事衝突は注意深く避けた。この事実を見ても、核兵器に
    非常に強い戦争抑止効果があることは明らかだ。

     第二に、イギリスは中型国家であり、その軍事予算は限られ
    ている。この限られた予算を使って最大限の戦争抑止効果を得
    るためには、通常兵器に投資するよりも核兵器に投資したほう
    が、高い抑止効果を得られる。

     第三に、現在の国際社会は、核兵器を持つ国が支配している。
    そのことが良いことか悪いことかは別にして、それが国際社会
    の現実である。もしイギリスが常に最新型の核抑止力を整備し
    ておかなかったら、イギリス政府は国際社会で独立した発言力
    を失ってしまう。

     サッチャーはにこやかに、かつ堂々と「核兵器を所有するこ
    とが、いかにイギリスの国益に貢献してきたか」を説いた。

■4.中国の「ズボンをはかなくとも」核兵器を開発する理由■

     中国は「ズボンをはかなくとも核兵器を開発する」と、貧し
    い国家予算を核開発につぎ込んで、5番目の核所有国になった[a]。
    それには次の4つの理由がある、と中国の軍人や政治学者は指
    摘してきた。

     第一に、アメリカとソ連は核武装した覇権主義国家であり、
    これら二国を牽制するために、自主的な核抑止力不可欠である。
    現在の国際社会で自主的な核抑止力を持たない国は、真の独立
    国として機能できない。

     第二に、1958年以降、ソ連は中国の核兵器開発に反対して
    「中国はソ連の『核の傘』に依存すればよい。独自の核抑止力
    を構築する必要はない」と主張してきた。しかし、この「核の
    傘」という軍事コンセプトは、実際には機能しないものである。
    たとえアメリカが中国を先制核攻撃した場合にも、ソ連がそれ
    に報復するためにアメリカに核ミサイルを撃ち込むようなこと
    はありえない。米ソ両国は、同盟国を守るために核ミサイルの
    撃ち合いをするような愚かな国ではない。

     ソ連政府が中国に提供するという「核の傘」は、非核の中国
    を、核武装したソ連の国家意思に従属させようとする覇権主義
    的トリックにすぎない。

     第三に、1950年代から1970年代までの中国は貧しく、政府が
    使える軍事予算は限られたものであった。通常兵器に100億
    ドル投資しても中国は米ソからの先制攻撃を抑止できないが、
    核兵器製造に同額を投資すれば、中国は米ソからの先制攻撃を
    抑止できる。

     第四に、現在の国際社会で真の発言権を持っているのは、核
    武装国だけである。核兵器を持たない国は、核武装に恫喝され
    れば屈服するしかないから、真の発言権を持てない。中国が現
    在の国際社会で真の発言力を得ようとするならば、自主的な核
    抑止力を持たなければならない。

■5.中国は「核の傘」を信じない■

     このような考えからフランス、イギリス、そして中国と、い
    ずれもアメリカやソ連の「核の傘」を信じずに、独自の核抑止
    力を構築してきたのである。

     特に中国自身が、ソ連の「核の傘」を信じていなかったとい
    うことは、日本に対するアメリカの「核の傘」も信じていない
    ことを意味する。上述の第二の理由の主張で、国名を入れ替え
    れば、こうなる。

         たとえ中国が日本を先制核攻撃した場合にも、アメリカ
        がそれに報復するために中国に核ミサイルを撃ち込むよう
        なことはありえない。米中両国は、同盟国を守るために核
        ミサイルの撃ち合いをするような愚かな国ではない。

     これが正しいかどうかは別にして、当の中国がこう信じてい
    るのであるから、中国はアメリカの日本に対する「核の傘」な
    ど恐れずに、日本に核の脅しをかけてくることは十分あり得る
    のである。

■6.「日本にとって、そのような中国に対抗する手段はない」■

     冒頭で、このシナリオについて、伊藤氏から質問を受けたカ
    ール・フォード氏はこう答えている。

         この場合、日本政府は「中国政府はそのようなニューク
        リア・ブラックメールをかけてこないだろう」、もしくは、
        「中国がニュークリア・ブラックメールをかけてきても、
        それを実行することはないだろう」と希望するしかない。
        もし日本が中国のブラックメールに屈服するなら、日米同
        盟はそれでおしまいです。その場合、日本は中国の属国に
        なるでしょう。

         結局、これはチキン・ゲームです。(JOG注: 脅し合い
        で先に降参した方が負けるゲーム)
        
         もし中国が、「台湾を断固としてとる! アメリカと激
        しく対立しても獲る! 日本にニュークリア・ブラックメ
        ールを突きつけてでも獲る!」という鋼鉄のように厳しい
        決意をみせてこの戦いに臨んでくるならば、日本は負けで
        す。日本にとって、そのような中国に対抗する手段はない。
        現在の状況下で、日本は「堅固な日米同盟」が中国にその
        ような行為をとらせない効果があるだろうと希望するしか
        ないのです。[1,p131]

     表だっては述べていないが、中国が本気で核の恫喝をかけて
    きたら、アメリカの「核の傘」では日本を守れない、とフォー
    ド氏は考えているのである。

■7.「核抑止力を持たない国は真の独立国として機能できない」■

     中国の核の恫喝に対して、日本が先に屈服して、米軍の出動
    を妨害したら、カーク氏の言うように、日米同盟はそれで終わ
    りとなる。米軍は撤退し、日本は中国の属国になる。

     また日本がアメリカの「核の傘」をあてにして、あくまでも
    つっぱたら、どうだろう。ここで中国が核ミサイルを撃ち込む
    と脅す対象が大阪となっているのには、理由がある。

     大阪には本格的な在日米軍の基地がないからだ。米軍基地の
    ある東京や沖縄を核攻撃したら、米国自体を核攻撃したことに
    なり、米国の報復の可能性もないとは言えない。しかし、大阪
    なら、中国は日本だけを攻撃したわけで、米国を核攻撃しては
    いない、と主張できる。

     その際に、米国は本格的な核戦争はやるわけにはいかないの
    で、申しわけ程度に通常兵器で反撃をして見せ、同盟の義理を
    果たした所で戈を納めるだろう。このケースでも、日本は米国
    の「核の傘」が幻想だったと知り、結局は中国に屈服しなけれ
    ば生きていけない、と悟る。

     サッチャーが「現在の国際社会は、核兵器を持つ国が支配し
    ている」というのも、中国の考える「現在の国際社会で自主的
    な核抑止力を持たない国は、真の独立国として機能できない」
    というのも、真実をついている。

     核抑止力を持たない国が他国の「核の傘」に入る、というの
    は、ある意味で、その国の属国になることだ。現在の日本はア
    メリカの「核の傘」に入っているが、カーター政権の安全保障
    政策補佐官であったズビグニュー・ブレジンスキーは、著作の
    中で戦後の日本のことを「アメリカの保護領」(US
    protectorate)と評している。

■8.「アメリカは、核武装したロシアや中国と戦わない」■

     伊藤氏は、カール・フォード氏以外にも、多くのアメリカの
    政治家や学者にインタビューして、「核の傘」の有効性に関す
    る見解を問い質している。そのうちの一人、共和党の連邦下院
    軍事委メンバーであり、国際政治学の博士号を持つマーク・カ
    ーク議員は、こう述べている。

         アメリカは、核武装したロシアや中国と戦争するわけに
        はいかない。今後、中国の軍事力は強大化していくから、
        アメリカが中国と戦争するということは、ますます非現実
        的なものとなる。だから日本は、自主的な核抑止力を持つ
        必要がある。「東アジア地域において、日本だけは非核の
        ままにしておきたい」などと言うアメリカ人は、間違って
        いる。現在の日本には、自主防衛力が必要なのだ。日本は
        立派な民主国家なのだから、もっと自分自身に自信を持っ
        て、自分の国の防衛に自分で責任をとるべきだ。[1,p125]

     伊藤氏は、この発言をこう評している。

         アメリカの政治家・外交官・軍人の大部分は、今後、ア
        メリカが日本を守るために核武装した中国と戦争すること
        はありえないことを承知している。そのような戦争は、ア
        メリカ政府にとって、リスクが大きすぎる、しかしそのこ
        と(その真実)を日本人の前であっさり認め、「だから日
        本には、自主的な核抑止力が必要なのだ」と、本当のこと
        を言ってくれる米政治家は、そう多くない。カーク議員の
        インテレクチュアル・インテグリティ(知的誠実さ)は、
        称賛されるべきものである。[1,p125]

■9.日本は自分の国の防衛に自分で責任をとるべきだ■

     アメリカの「核の傘」が信じられないのであれば、日本はど
    うすべきか。直ちに自主的な核武装に踏み切るべきなのだろう
    か。この問題は日本の総合的な安全保障体制の中で考えなけれ
    ばならない。前号でも述べたが、日米同盟は、経済力・技術力
    で世界第1位と第2位の同盟なのである。さらには台湾やアセ
    アン諸国、オーストラリアなど、中国からの脅威に対して、運
    命共同体として力を合わせてやっていける盟邦がありうる。

     一方で、中国の経済体制、政治体制は大きな内部矛盾を抱え
    ている。かつて西側諸国が結束してソ連を崩壊させた戦術を、
    今度は中国に対して行う、というアプローチもあるだろう。日
    本が独自の核抑止力を持つべきか、という議論も、こういう総
    合的な戦略のもとで考えるべきである。この問題に関しては、
    稿を改めて、考えてみたい。

     しかし、そのような総合的な戦略を考えるためにも、まず必
    要なのは、核の議論をすることすら封じよう、という風潮をま
    ず打破しなければならない。本稿で紹介したような核に関する
    国際常識とは、あまりにも隔絶した非常識が国内を覆っている。

     カーク議員の「日本は立派な民主国家なのだから、もっと自
    分自身に自信を持って、自分の国の防衛に自分で責任をとるべ
    きだ」という言葉を、まず噛みしめるべきだろう。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(186) 貧者の一燈、核兵器〜中国軍拡小史
    9回の対外戦争と数次の国内動乱を乗り越えて、核大国を目
   指してきた中国の国家的執念。
b. JOG(040) 真の反核とは
   「反核」を叫び、「制裁」を唱えているだけでは、世界はちっ
   とも変わりません。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 伊藤貫「中国の『核』が世界を制す」★★★、PHP研究所、H18
 
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「『核の傘』は幻想か?」に寄せられたおたより

                                                 昌さんより
    「核の傘はフィクション?」、大変興味深く読ませて頂きまし
    た、とても参考になりました。私は抑止力という観点ではなく、
    日本人がもし核を持ったときにSelf Controlを120%出来る
    だろうか、との疑念が今まで拭い切れずにいましたから、わが
    国の核武装の必要性に疑問を持っていました。第二次世界大戦
    で見せた集団になったときの自制心の欠如、これが万一再現さ
    れたら、との恐れを否定しきれないでいました。しかし今回今
    までの自分の考えをもう一度原点に戻り考え直す必要があるの
    ではないかと思うに至りました。

     何故このような冷静で、論理的な議論が出来ないのか、不思
    議でなりません。核所有の是非を論議するだけで糾弾される。
    政治家、いや人間失格のごとく非難される。ヒステリックに、
    かまびすしく、攻めたてられる。貴方は子供たちを再び戦場に
    送りたいのですか!と。

     拉致のみならず再三自国の主権を侵されて、かつ依然として
    侵された状態にありながらここまで穏忍自重している主要国は
    日本以外にまずありえない。それでも昔の軍国主義(本当に軍
    国主義であったか、又他列国がそうでなかったかは別として)
    を蒸し返して非難される。それを煽り立てる自虐趣味のマスコ
    ミ。世界の中で異質の日本、それで今までやってこれたのは、
    冷戦が基本的に欧米対ソ連という構造で、日本は地政学的にも、
    また役割的にも主役ではなかった。しかし今やその構造は様変
    わりしている。隣国の中国が大国の仲間入りをし、生き延び、
    発展する為に軍事・経済両面において急拡張を続けて、他国、
    少なくともわが国と真の共存を図る考えがあるのか疑問を持ち
    ます。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     国民一人ひとりの事実に基づいた論理的な議論が何よりも必
    要ですね。

© 平成19年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.