ファン氏死去:民族のために家族犠牲、北批判続ける(下)
北朝鮮はそんなファン氏を脅迫し続けた。06年には脅迫の手紙を送り、最近には暗殺組織を韓国に派遣した。しかし、ファン氏は金正日政権だけでなく、後継者金正恩氏に対する批判もためらわなかった。今年3月の訪米時に行った講演で、ファン氏は金正恩氏について、「大したことがないやつで、どんな役に立つのか」などと述べた。今年8月の本紙とのインタビューでは「金正恩とかいう『幼い子供』が後継者になるというが、滅亡を招くことになると思う」と語った。このほか、昨年4月に暗殺組織が逮捕された直後のインタビューでは、「自分はこんな年なのにそんなものに神経は使わない。わたしの存在で北朝鮮の悪らつさが知られればよいではないか」とも話していた。
■金日成・金正日の側近から裏切り者に
ファン氏は1923年1月、平安南道江東郡で4人兄弟の末っ子として生まれた。平壌商業学校と日本の中央大法学部で学び、解放後に平壌に戻り、46年に朝鮮労働党に入党した。その後、モスクワ大で哲学を学び、54年には金日成総合大学哲学講座長(学科長)となった。58年1月、ファン氏は故金日成(キム・イルソン)主席の理論書記となり、「金日成思想」につながる主体思想の体系化を開始した。ファン氏は65年から金日成総合大総長を14年間務め、79年から主体思想研究所長を亡命直前まで務めるなど、主体思想の最高理論家として知られた。60年代初め、金日成総合大で金正日総書記に主体思想を教えたこともある。
金日成・金正日親子は、政治色が薄く、学究肌のファン氏を気に入っていた。金正日総書記は、ファン氏の一人息子の結婚を世話するほどだったという。ファン氏の息子は、張成沢(チャン・ソンテク)氏のめいに好感を抱いたが、当時張成沢氏と関係が悪かった金敬姫(キム・ギョンヒ)氏(金総書記の妹)が結婚に反対した。その際、金正日総書記は「若者が離れたくないと言っているのにどうするつもりか」と述べ、結婚を成立させたという。
ファン氏は90年代半ばから後半に数百万人が餓死したにもかかわらず、独裁体制の維持に固執する金正日総書記と一緒にいることはできなかった。自身が考えた主体思想は人間が中心だったが、北朝鮮の主体思想は「金王朝」が中心だった。ファン氏は亡命当時、「人民が餓死しているのに、社会主義といえるのか」と語った。
アン・ヨンヒョン記者
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