ノーベル平和賞に中国の民主活動家、劉暁波氏が選ばれたことに関し、日本政府は中国を刺激しないよう控えめな対応をしている。沖縄県・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件に端を発した一連の騒動が沈静化に向けて動き出した時期だけに、劉氏の受賞についてのコメントが新たな火種になる可能性があるためだ。
菅直人首相は「普遍的な価値である人権についてノーベル賞委員会が評価されたと受け止めている」としたうえで、人権状況の改善を求めるメッセージを同委が込めたとの見方について「そういうメッセージも込めて賞を出されたわけで、それをしっかりと受け止めておきたい」と述べるにとどめた。受賞を伝えるNHKの放送が中国国内で遮断されたとみられることでも「事実関係をまだ把握していない。コメントは控える」と踏み込むのを避けた。首相官邸で記者団に語った。
「日中歴史共同研究委員会」が今年1月にまとめた報告書では、劉氏が関与した天安門事件(1989年)を、日本側が「中国共産党が人民解放軍を出動させ学生・市民の民主化運動を武力弾圧した事件」と認定したのに対し、中国側は「政治騒動が起こり、欧米国家は中国に制裁を発動した」とし立場の違いが鮮明になっている。
ただ、最近の日中関係は、地域の安全保障や経済、環境、エネルギーなど幅広い分野で共通の利益を目指す「戦略的互恵関係」の構築を両国間で確認しており、日本は中国の人権問題に対して、同国が大きく反発するような立場表明は避けてきている。
また、尖閣問題でこじれた日中関係は、ブリュッセルでの日中首脳による対話で修復に向かって動き出した。外務省幹部は「平和賞受賞が直接的に日中関係に影響するものではないが、せっかくの日中雪解けムードの中で、受賞を評価しすぎると中国が反発しかねない。日本側がどう反応するか、中国は見ている」と指摘した。【犬飼直幸、吉永康朗】
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◆劉氏語録◆
劉暁波氏は著書「天安門事件から『08憲章』へ」(藤原書店)で次のように記した。
・家に来る人も取り調べられ、電話も通話中に突然中断させられ、頻度はますます多くなった。最後はぼくの通信手段すべてを絶ち切り、自宅に軟禁した。(04年6月4日)
・中国共産党は、無神論の独裁政権であり、宗教を権力の操り人形のように利用することぐらいしか考えていない。(06年1月16日)
・人間が人間であるためには言論の自由は少しも欠けてはならない(中略)。言論の自由を失うことは、あらゆる自由を失うことを意味している。(06年3月27日)
・中国の民主化は苦境にある。主たる原因は、中国共産党の(中略)権力の思い上がりにある。権力の私物化のため(最高指導者だった)トウ小平(氏)は民心の向かうところを全く無視し、一党独裁と既得権益を守ることに気を配るだけになった。(06年6月2日)
・執政集団が、引き続き、権威主義統治を維持し、政治的変革を拒むことで、官僚の腐敗を招き、法治は実現し難くなり、人権は明らかにされず、道徳は失われ、社会は二極分化し、経済は不均衡な発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、各種の社会矛盾が絶え間なく蓄積され、不満は高まり続けて、まさに壊滅的な制御不能のすう勢を見せており、現体制の落伍(らくご)は既に改めざるを得ない。(08年12月10日、08憲章から)
毎日新聞 2010年10月9日 大阪朝刊