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― まず、主催者でロッジオーナーの森本との出会いについて教えてください。 森本さんはある日突然、エイド・ステーション(茅ヶ崎にあるエンゾ氏の自転車ショップ)に電話をかけてきたんです。「本に感動しました。私は南伊豆で貸別荘をやっている者です。今は海水浴用ですが、これをサイクリングの宿にしたいと思っているのでぜひ相談に乗って欲しい」というような話でした。 「この人いきなり何を言っているんだろう、怪しいな」というのが第一印象でした。言っている内容もそうですが、しゃべり方も怪しかった。 本を書いたり雑誌に出たりしていると、時々「調子のいい人」が近づいてきます。このオヤジも、その調子のいい人の一人だろう、だまされちゃいけないと警戒しました。 だから、「ぜひお会いしたい」というそのオヤジに、「数日後に丸善本店で新刊(「まちがいだらけの自転車えらび」)の出版記念講演会があるから、そこに来てみたらどうですか」とお茶を濁しました。 ― そこで初めて森本と会ったわけですね。 そうです。参りました。講演会の最後の質問タイムのところで、真っ先に「はい!」と元気よく手を上げたのが森本さんだったんです。質問の内容は忘れましたが、やっぱり調子のいいことを言っているな、という感じでさらに印象が悪くなりました。そこには森師匠(元全日本チャンピオン森幸春氏)など仲間も数人いたのですが、後で聞くとみんな彼のことを覚えていましたね。「ああ、あの調子のいいオヤジね」と(笑)。 講演会が終わった後、なにやらいっぱい資料を持ってきていた森本さんと立ち話をしました。話の最後には自転車を作りたいんです、ということを言っていました。 ― それからどうしたのですか。
翌朝、店のシャッターを開けたら、目の前に森本さんがいるんです。びっくりしました。なんだ、この人本気だったんだと。 ご存じのように私の店ではつるしはなく、すべてフルオーダーで組みますから数十万します。しかし森本さんは作る気満々で現金を用意して来ていました。すべて私にお任せしますということだったので、GIOSコンパクトプロで組むことにしました。 ― その後一緒に箱根を走ったということですが。 それも森本さんから言ってきたことです。納車後しばらくして、「毎日乗っています。ありがとうございました」というお礼の電話がかかってきました。そして「箱根(エンゾ氏が主催する箱根峠走行会)に参加してもいいですか」と聞いてきたので、大丈夫なのかと思いながらもOKをしました。 この走行会は茅ヶ崎から芦ノ湖まで箱根山中を走るヒルクライムで,、合わせて110キロのハードなコースです。初心者には相当きつかったと思いますが、私はあえて森本さんに優しくせず、ついてくるならついてきなさい、というスタンスでほっておきました。途中リタイアするかなと思っていましたが、予想に反して6時間弱で走りきったので少し驚きました。そのあたりから、森本さんへの認識が変わってきました。 ― どのように認識が変わったのですか。 よく「口だけの人」っていますよね。調子のいいことを言うけれど、言うこととやることが一致しない。最初森本さんもそういう人なのかと思いましたが全く違っていて、今まで私が知る限り、彼が言ったことをやらなかったことは一度もありません。その上ちゃんと結果を出している。ダイエットにしてもそうです。
― エンゾさんは森本がダイエットに本気で取り組んだ経緯をよくご存じですね。
森本さんは最初80キロ以上あったらしいです。エイド・ステーションで森師匠と顔を合わせたことがあって、そのときに「自転車が出来上がる前にやせた方がいいよ。20キロはやせないと。そうじゃないと一緒に遊べないじゃない」と言われてました。 森本さんは20キロという数字に最初衝撃を受けていたようですが、すぐに「わかりました、やせます!」と言ってましたね。 ― 「やせる」ということは、そんなに大事なことなのでしょうか
他のスポーツはともかく自転車の場合は基本です。私たち自転車に関わる仕事をしている者は、やせてなくてはだめで、やせていることが仕事と言っていいぐらいです。 どれぐらいやせればいいかというと、私の基準は身長マイナス110、170センチであれば60キロ。この体重は欲望のおもむくままに食べていたら無理です。 ― 森本が半年で14キロ落とした様子を側で見ていていかがでしたか。 森師匠もその後森本さんの動向が気になっていて、ことあるごとに「あの調子のいい男どうした?やせた?」と聞いてました。 私は森本さんから随時報告を受けていたので、「○キロ落ちたって言ってます」「もう○キロやせたようです」と、そのたびに答えてました(笑)。 森師匠も「ふ〜ん、あの男やせたんだ」と彼をその意味においては認めたようでした。能書きはたれるけどやせられない人もたくさんいますからね。
― ところで、最初にこの「エンゾ早川のロードバイク講習」をやってほしいと森本に言われた時、どう思いましたか。
まず思ったのは「面倒くさい」でした(笑)。 私は「朝日カルチャーセンター」で講師をしていて、その経験上、講師という仕事は「割に合わない」と思っています。ちゃんとやろうとすればするほど事前準備するのが大変だし必要なものを買うこともあります。結局講師料以上のことをやってしまう。まして、今回はエイド・ステーション以外のところで、お客さんではない人を2日間で集中して教えるということだったので、責任重大です。 エイド・ステーションのお客さんは継続してのおつきあいがありますから、何か集中してやる必要はありません。その人の熱心さの度合いに応じてちょっとずつ教えていくことが可能です。毎日来るんだったら毎日のように教えればいい。 でも、2日間の講習となればまとめてどんと教えて家に帰さないといけない。ある意味一発勝負です。しかも、エイド・ステーションのお客さんはマンツーマンでやれるけれどここでは複数人を一度に相手にしなければならないわけですから、考えただけでも大変そうです。熱くお願いをしてくる森本さんに、高額な講師料を言ってあきらめさせようとしました。 ― それでどうしたのですか。 これぐらいだったらあきらめるだろうと言った講師料を、森本さんが「わかりました」と言うんです。結局断る理由がなくなって受けました(笑)。 受けるにしても、年に1回やれば十分だと最初思いました。でもよく考えると1回だけだと年に6人しか教えられないということです。仕事として考えるとそれではちょっとさびしい。森本さんのプランのように年4回やれば24人、それならまあまあ貢献ができるかなと思って4回やることになりました。 ― 今回この講習はインターネットで集客しています。インターネットが好きではないエンゾさんとしては、このあたりはいかがでしょうか。 こういうマニアックな講習は、いくらチラシをばらまいても人は来ないでしょうし、森本さんの状況を考えるとインターネット以外に人を集める方法はありません。引き受けたからには成功して欲しいですから、そこは譲歩した部分です。そして私も別にインターネットそのものが嫌いなわけではなく、インターネットに依存している人をどうかと思っているだけです。
― 第一回の講習が終わりました。参加者からは特にセッティングに感動したという声が多いそうです。
たしかに、この講習のメインはセッティングでした。これに関しては、私ができうることをすべて徹底してやりました。 一人の参加者につき、サイズ計測からシート調整、ステム、ハンドルの取り替えまでをやることは想定に入っていました。しかし、ハンドルの幅を狭くするとワイヤーが余ってしまってステアリングが甘くなります。それが予測できたので、あらかじめワイヤーカッターとヤスリ、目打ちを準備していました。 ワイヤーカットの部分は家でやってくださいと言ってもよかったのかもしれません。でも翌日にツーリングするわけですから、そこでワイヤーが余ったかっこわるい自転車で参加者を走らせたくない、という職人としてのこだわりがありました。 結局、全員がハンドルの幅を狭くしたので全員のワイヤーを切ってサイズを合わせたため、セッティングの時間が大幅にオーバーして(3人で4時間)、夕飯は9時近くになってしまいました。しかし食事の時間を守ることよりセッティングを優先したのは正解だったと思います。それが目的でみなお金を払ってきているのですから。 徹底したやった甲斐あって翌日はみな気持ちよく走れたようです。 ― 今回の参加者の印象を教えてください。 参加者は予想通り、私の本を読み込んできている人ばかりでした。私の本は、読む人の段階によって理解する内容が違うように何十層、何百層に書いてあります。50回読んでやっと言おうとしている真意がわかった、という人もいるかもしれません。 参加者は本を読み込んでわからなかったところをここに持ってきていて、答えを持って帰るぞという決意を感じました。だから私はその答えを出してあげるだけです。それはある意味楽といえば楽ですが、逆にうっかりしたことを言うとがっかりされてしまいますから気を遣いました。 ― 講師として最も大変だったことは何でしたか。 参加者を感動させなければならなかったことでしょうか。人は感動した時点でスイッチが入ります。この講座の目的は、ここでスイッチを入れて、その後の自転車ライフをより深く楽しんでもらうことなので、首をかしげたまま帰らせてはではだめです。そのために、一見無駄話に見えるところも実は計算して話をしていて、参加者に「魔法をかける」ことに注力しました。 ― 食事(海鮮イタリア料理&ワイン)のお味はいかがでしたか? キンメのアクアパッツアというのは私が提案したメニューで、やはりおいしかったです。でも伊勢エビやサザエやホタテまで出てきたりして、森本さん採算合うのかな、とちょっと心配しましたが、漁師値でわけてもらえるということを聞いて納得しました。 ― 次回以降の講習を行う上で何か課題は見つかりましたか。
当初の募集定員は6人でしたが、実際にやってみてセッティングに時間がかかるので、これは4人が限界だと思いました。大人数で薄くやるよりも、少人数で一人一人丁寧にやっていく方がこの講習の趣旨に合うと思います。 それと、今回の参加者の自転車はフレームサイズが大きく違う人はいなかったので、みなぴったりのセッティング出しをすることができましたが、もしフレームサイズが身体の大きさとあまりに違うと、その他のセッティングを変えてもぴったりの自転車になるのは難しいので、そこをどうするか、というのは課題として残りました。 ― エイドステーション以外のところで自転車を教えるというのは、エンゾさんとして矛盾はないのでしょうか。 逆にお店ではないところ、自分のスペースではないところだからやれるんです。お店では残念ながら一人一人に自転車の乗り方まで教えることはできません。こんなふうに講習として別料金でやればいいのかもしれませんが、自転車屋としてそれも気が引けますし、実際に「教えて欲しい」というお客さんにこの講座のことを紹介しても、そこまでは考えていないようでした。 ― ということは、エンゾさんのロードバイクテクニックを教わることができるのは、この講習だけということになりますか。 そうですね。今のところ私が直接じっくり教えられるのはここでの講習だけです。
― ここからは、ツーリングロッジ「ロッジョーネ南伊豆」について伺っていきます。「ロッジョーネ」という名前はエンゾさんが名付け親だと聞きました。 そうです。もともと、「ロッジョーネ」というのはエイド・ステーションという英語の名前をやめて自分の店の名前にしようと考えていたものです。でも、よく考えたら私の場合、店の名前はそれほど重要ではないと思うようになったので、そのまま森本さんに差し上げることにしました。 ロッジョーネはイタリア語で「天井桟敷」という意味です。 天井桟敷というのは、お金がないけれどオペラが好きなマニアたちが集まる場所です。みんなで集まって、オペラについて語り、ああだこうだ盛り上がる。「オペラ」をそのまま自転車に置き換えれば、私が目指す空間になります。ただいたずらに高額な自転車を買って喜ぶような金持ち趣味ではなく、みんなで集まってわいわい言いながら、自転車の本当の楽しさを味わう場になってほしいと思います。 今回、ロッジョーネに初めて泊まってみて、自転車の専用の宿というのはやはりいいなと思いました。これが神奈川の、たとえば秦野とかだったら首都圏から行きやすいかもしれませんが人が多すぎてだめですね。南伊豆のここまで来るから価値があるのだと思います。 ― 今回走った「南伊豆70kmコース」はどんなコースでしたか。
美しい風景が楽しめるので走っていて飽きないコースですね。坂の傾斜だけを聞くと初級でいけるかな、と思いましたが実際走ってみると違いました。私のコース印象をまとめると、 1,強度は高い。中級者向きコースである。 2,休めるポイントがない。下りも「休める下り」ではない。悪く言えば「いやらしい」コース。 3,タイムに差がでるコースである。ただ道なりに走るのではなく、頭を使って、力を出すべきポイントで力を出さないとだめ。 4,勝負所は前半、最初の5つの峠を終えた伊浜展望台まで。ここまででどれぐらい差をつけておくかが勝負の分かれ目になる。 5,最後のヘアピンカーブの蛇石峠は一見難しそうだが、強い人だとここでは差はつかない。 6,非常に練習になるコース。レース前の強化合宿などには最適のはず。 コース経路を決めるというのは、簡単なようでいて実は難しいものです。森本さんは、自分でいろいろ走ってみてこのコースを設定したのだと思いますが、すばらしいですね。ここは非常に評価すべき点でしょう。
― 11月7日には「ツール・ド・南伊豆140km」が予定されており、エンゾさんも参加される予定です。このレースには何を期待しますか。 「ツール・ド・南伊豆」は今から楽しみです。このコースならきっと成功すると思っています。私だけでなくエンゾファミリーも参加してみんなで遊ぶ予定です。一緒にこの遊びに加わりたい方に参加してもらえるとうれしいですね。 森本さんは私に弟子入りしたと言っていますが、私は森本さんに限らず「弟子」を取るつもりはありません。ただ、私が提唱する「革命」に賛同してくれる大事な仲間ですし、やる気があって結果を出している人ですから、教えるべきことは今後も教えていきたいと思っています。 今年あと3回の講習と、、6月には「天城の渓流釣りツアー」があり、これも非常に楽しみです。森本さんとは頻繁に顔を合わせることになりますね。これからも、お互いにがんばっていきましょう。 HOME ※取材日時:2009年4月3日
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