倫子の大学生活は、これまでの屈託を取り返すように、急に楽しくなった。 友人たちと晴菜で遊ぶときは、今井弘充が邪魔になった。そういうとき、今井弘充は「用事を思い出して」「体調が悪くなって」「ケータイで呼び出されて」先に帰ってくれる。気のきく男だ。 さんざん晴菜をイジって遊んでも、一晩明けると晴菜は催眠術のことはすべて忘れる。ただ友人たちと楽しく遊んだとしか覚えていない。嫌な記憶どころか、ふだんよりとすっきりした気分で目覚めている。 だが、楽しかったはずの飲み会の記憶は、なぜか中身が薄い。 カラオケに行くと、晴菜はいつも服を脱ぎながら歌う。気分よく服を脱いで、曲が終わると、下着姿の自分に気づく。羞恥に狼狽しながら服を拾い、胸を隠して自分の席に戻る。過去のストリップのことは、いつも忘れてしまっているので、その反応は常に初々しく、「会員」たちを、飽きさせない。 男たちは、晴菜にばかり曲のリクエストをする。少しでも間近から見ようと、歌えもしないデュエットソングを入力したりする。 倫子は思う。晴菜ばかりが歌うのは単調でよくない。カラオケはみんなで歌って楽しむものだ。 そこで晴菜には、自分が歌っていないときは、男の膝の上に座ってもらうことにした。そうすると、晴菜に歌わせていない間も、男たちは晴菜を楽しむことができる。 晴菜は、フルートを嗜んでいるから音楽のセンスがある。きっと歌の上手下手を判定するのにも長けているはずだ。 男たちがカラオケを歌い終わったつど、晴菜に審査してもらうことにした。 あるときは歌い終わった後、晴菜に握手してもらえる。あるときは、晴菜は男の手をとって、胸のふくらみに当ててくれる。あるいは、スカートの中を触らせてくれる。 もちろん、恥ずかしい場所に触らせてもらえたときのほうが、評価がよかったということだ。 角田と吉本の間で、胸とお尻のどちらが上かで意見が分かれている。 今までの最高ポイントは山越崇行がGlayの「However」を歌ったときだ。晴菜は、真っ赤になりながらショーツを脱いで、スカートの内側にタカユキの手を誘い入こんだ。翻訳すると「濡れるくらいに上手だった」という意味だと思う。 角田と吉本は、カラオケ教室に行くことを検討している。 晴菜は口移しでしかお酒が飲めないという飲み会があった。 最初、晴菜は、倫子に口移ししてもらおうとした。だがそれでは趣旨が違う。 女性に飲ませてもらうのは禁止にした。加えて、他の人にお酒を注いでやるときも、口移しで飲ませるようにした。 晴菜は喉が渇くと、両側に座った男子のどちらかに声をかける。 「北村くん、ワイン飲みたいんだけど、いい?」 申しわけなさそうに、上目遣いに頼むところがかわいらしくていい。 だが最近、男たちの晴菜に対する態度には、これまでの恭しさがなくなっている。 北村はとぼけて「うん、好きなように飲んで」などと突き放す。 晴菜は恐縮しながら言いなおす。 「ごめんなさい、その、北村くん、口移しで飲ませて欲しいんだけど、ダメ? あの、その、もしイヤだったら、その、ムリにやってくれなくてもいいんだけど」 イヤなわけがない。 北村は晴菜自身の言葉ではっきりと頼ませたいだけだ。 北村は、ワインをたっぷりと口に含んで、自分の唾を混ぜてから、晴菜に飲ませてやる。晴菜の花びらのような小さな唇に、自分の唇を覆いかぶせる。それから、できるだけ時間をかけて少しずつ注ぎ込む。 晴菜が懸命にゴクゴクと飲んでくれる。晴菜がワインを味わっている間に、北村は晴菜の唇の甘い味を楽しむ。 逆に、男たちが晴菜に飲ませて欲しくなったら、 「晴菜ちゃん、焼酎注いでもらえないかな?」 と頼む。 晴菜は律儀にも「気づかなくてごめん」と謝ってから、臭いのきつい焼酎を口に含んで、顔を寄せてくる。 男は自分から近寄りたいのを我慢して待つ。そうすると、晴菜から唇を求めに来てくれるという、夢のような経験ができる。 万事ていねいな晴菜は、焼酎がこぼれないように唇を密着させてくれたうえ、量が多すぎないように少しずつ注ぎ込んでくれる。男は、晴菜の唾液の焼酎割りをたっぷりと飲み干す。晴菜の唾液は、アルコールよりも男を酔わせる。 口移しの後、息を荒げている晴菜の顔が色っぽい。まさに、熱いキスを交わした後のような気分になれる。 吉本がバイトをクビになった。 晴菜が参加する飲み会があるつど、バイトを休むからだ。 だが、責任の一端は晴菜にあると言えなくもない。 いくらかでも吉本にカンパするのがスジというものだ。 こういうときのために、幸いわが国では、ブルセラショップというものがある。 晴菜に使い古しのショーツを5枚持って来させた。 最初、倫子は、ユニクロで5枚セットを買おうとしたのだが、使用感が大切なのだと北村が言う。 炎天下を歩いてきて汗をかいたので、そのショーツで晴菜の汗を拭う。晴菜の手を煩わせないよう、男たちが晴菜の肌を拭いてやった。胸の谷間や太ももには特に汗が溜まっているようだ。念入りに拭ってやったのは、彼らの親切だ。 できるだけショーツの股間に汗を吸わせるよう、北村がアドバイスした。 さすがに7人でぞろぞろとブルセラショップに入ると目立つ。5軒ハシゴして、2人ずつ交代で晴菜に付き添うことにした。 写真つきのほうが高く売れるそうだ。 お店の人がポラロイドカメラで撮ってくれた。バストショットのほかに、晴菜が穿いていることがわかる写真もつけないと値段にならない。 晴菜にスカートをめくり上げさせて写真を撮った。晴菜が泣きそうな顔をするので、写真の表情が良くない。店員さんは「こんなカワイイ子だからいいよ」と言ってくれるのだが、倫子としてはそれでは申しわけない。より良い商品を提供するのが商人の心得というものだ。晴菜が笑顔でショーツを見せている写真ができるまで、何度も撮影させた。 晴菜はポラロイド写真の下に、マジックで名前を書かされた。 《晴菜です 20歳 O型 水瓶座》 その達筆を見て店員は「もっとギャルっぽい字に崩してもらったほうがいいんだけどな」とボヤきながら、《晴菜です》の後にハートマークを3つ書き足した。 店員は、写真に書かれた名前が本名かどうかは、気にしていないようだったが、倫子は黙っておくことにした。5軒を回り終わってから、晴菜に教えてあげよう。 店内で晴菜がショーツを脱ぐ。さきほど汗を吸わせた別のショーツに穿き替える。 その間に店員がポップ広告用のカードを作っていたので、倫子は横から覗き込んだ。 《新鮮! 本日とれたて! 伊東美咲系の清楚な美人!!》 その下に今日の日付と時刻を書き込んでいる。 世の中の仕組みが少しわかったような気がした。 ただ、顔だちについて言えば、晴菜は、伊東美咲よりずっと知性の深みがあると思う。 晴菜のような美人でも、20歳を越えているというだけで、すこし相場を下げられた。 5軒のブルセラショップで回収したお金は、直接、晴菜から吉本に手渡す。 「ごめんなさい、私のせいでバイトがクビになって。ぜんぜん足りないのはわかっているけど、生活費の足しにしてね」 晴菜は、普段の飲み会で自分が何をしているかも覚えていないし、なぜ謝っているのかもわからない。ただ、謝らないといけない、申しわけないという気持ちで一杯だ。 吉本は、許してやるよとでも言うように、鷹揚な笑顔で頷いた。 「このお金が、晴菜ちゃんの汗とニオイが滲みこんだパンツでできているのかと思うと、もったいなくて、無駄遣いなんかできないよ」 そのお金で吉本は、晴菜主演のエロエロ飲み会の割り勘を支払った。 晴菜をオモチャにしはじめてから、倫子と梓は、急に仲良くなった。 梓は、次々と邪な悪戯を思いつき、晴菜の心を苛む悪罵を吐く。あんなにマジメそうだった梓が、晴菜に対しては、こんなにもどす黒い悪意の塊になれることに驚かされる。 飲み屋の中で晴菜にナマ着替えをさせたときは、晴菜のブラを奪って遠くの客席まで投げつけた。ノーブラの晴菜に、乳首が浮き出て見えるタイトなTシャツを着せて、そのテーブルの客のところまで取りに行かせた。 晴菜を着替人形にしてコスプレさせる企画では、梓が持ってきた体操着のブルマは、股間を破って大きな穴を開けてあった。梓は「最初から穴が開いているデザインの体操着なのよ」と言い張った。 ブルセラのときは、晴菜のショーツをくさいくさいと罵った挙げ句、売り値をつり上げるために、その場で小便を滲みこませるよう命令したらしい。さすがに崇行が止めたそうだ。 ときどき、男ども抜きで、倫子と梓の二人だけで晴菜をイジって遊んだ。 女にしかできないイジメ方があるもんね。 恥ずかしがり屋の晴菜に、今井弘充とのセックスの様子をこと細かに話させると、急に梓の機嫌が悪くなった。 倫子に対してまで、「ミッちゃんも、モテるからいいよねぇ」などと、当たり始める。 そんなに今井弘充のことが好きだったのか……。 少し迷ったけれど、弘充に梓を抱いてもらった。その間、弘充には梓のことを恋人だと思い込ませる。 倫子のプレゼントに梓は大喜びしてくれた。 梓は、マジメな印象のせいで損しているだけで、顔の造りは悪くないし、まあまあ美人の部類に属していると思う。少し工夫するだけで、モテるようになる。 それなのに、本人が気にしすぎている。 今度、美容院を紹介してあげよう。伊勢丹の化粧品売り場に一緒に行って、もっと梓に合うファンデーションを探そう。夏のバーゲンはまだ終わっていないから、少し華やかなワンピでも買いに行こう。梓は胸がないことを気にしているようだけど、胸元に変化のある服を選べば、むしろ品が出ると思う。 アズサっち。あんた今のままだと、晴菜をやっつけても、いつか、自分が作った影に負けてしまうよ。 いつもと同じように弘充抜きの7人で飲み会をやって、晴菜を脱がせた。 飲み屋から帰るときに晴菜の服をかき集めたら、晴菜のショーツがなくなっていた。 倫子と梓で北村を睨みつけたが、おれは取ってないと言い張る。 ウソツキの小悪人め。 でも、ふと気が付く。よく考えたら、晴菜のために北村から取り返してやる必要がどこにある? それより、ノーパンで晴菜を町中引きずりまわしたほうがいいんじゃないの? さっさと帰ることにした。 晴菜だけは最後まで諦めきれず、スカートの裾を気にしながら、席の周りを探していた。倫子が支払を済ませて、うんざりした視線で晴菜を睨みつけてやったら、晴菜も諦めて店を出た。 帰り道で晴菜は、しきりと気にするそぶりを見せる。 梓がことさらに晴菜に話しかける。 「下着って、脱いでみて判るんだけど、実はけっこう窮屈よね」 「ねえ晴菜、スースーして涼しい?」 「うわっ、晴菜やめてよ、なんか風に乗って縮れ毛が飛んできたよ」 「あっ、あのおじさん、さっきからずっと晴菜のスカートの中見てるよ」 そして、梓は、そのおじさんに向かって呼びかける。 「そこのおやじ! いくらこの子がノーパンだからって、じろじろ見るな!」 晴菜がノーパンだと、わざわざ周りの通行人に教えてやる。 梓が嫌がらせを言うたびに、晴菜は、真っ赤になってうつむいたり、恥ずかしそうに太ももをもじもじさせたり、スカートの裾を押さえたりする。 晴菜の恥じらう仕草が、以前に比べて色っぽくなったように思うんだけど、気のせいかな? 梓が、駅に向かう道順を積極的に先導した。 エレベータは使わず階段を使う。横断歩道は渡らず歩道橋を渡る。横断歩道を渡るときは、赤信号ギリギリで走るようにする。できるだけ人通りの多い道を選ぶ。湿った夏の風を待つ。 アズサっちあんた、わざと回り道してるね? 男たちは、階段になると、先を争って晴菜の下の段のポジションを争う。 晴菜は意識しすぎて、必要以上にスカートの裾を押さえて階段の上り下りをする。通行人の目を気にし、かすかなそよ風にもスカートを押さえ、一向に落ち着かない。その仕草がかえって目立つとは思わないのかな。 駅に近づいたところで、倫子が思い出したように晴菜に言った。 「あっ、そうだ、私、いざというときのために替えのショーツ持ち歩いてるんだった!」 勝負パンツというやつです。 晴菜が、期待に目を輝かせて倫子を見る。 「ホント? ミッちゃん? だったら……その……できたら、貸して欲しいんだけど?」 「うん。ちょっと待っててね、ハルハル」 実際倫子は、替えパンはいつも持ち歩いている。勝負用の、ブランドもののお洒落なやつ。 でも、晴菜に渡すのはそれじゃない。 へへへ。 この品がこんなところで役に立つとは。 倫子が手渡したピンクの小さな布切れを見て、晴菜は、目が点になった。 おずおずと広げてみる。 えらく小さな三角布の、Tバッグの紐パン。色も下品な蛍光ピンクだ。 倫子が明るくフォローする。 「いや、ゴメンね。こんなヘンなのしか持ってなくて。なんかのプレイのときに、男を笑かすのに使えるかなとか思って、ジョークグッズのつもりで買ったのよ。もしハルハルの趣味に合わないんだったら、私もまだ使いたんだから返してね」 これは、ホンモノのジョークグッズだ。染料に蛍光剤が入っていて、暗闇で黄緑色に光る。 晴菜には似合うだろうな。うふふ。 晴菜は、ショーツのデザインにとまどっていたものの、あきらめたように言った。 「ううんん。いいの。ミッちゃん、借りるね? ありがとうホントに」 ノーパンでこんなに恥ずかしがってるくらいなら、まだ恥パンのほうがマシだもんね。 ここで、無邪気を装って言ってやる。 「あ、気に入ってもらえた? そっか、ハルハルって、こういうパンツ好きなんだね。趣味に合ってよかった」 晴菜が慌てる。 「いや、そういう意味じゃなくて」 「え? こんなショーツ穿けない?」 倫子は、嫌がらせを楽しむ。 「じゃあ、返してよ」 梓と目が合う。互いに含み笑い。 私の嫌がらせなんて、まだまだアズサっち師匠には及びませんよ。 晴菜は、仕方なく言った。 「いえ、喜んで穿くから」 男たちがニヤニヤと笑っている。 晴菜は、着替えの場所を探して辺りを見回す。 「どこかトイレとかないかな?」 いまさら、晴菜が人目を気にする必要はないのよ。 倫子は、晴菜の後頭部を掴んで揺らしてやる。催眠術用の声でささやく。 「晴菜さん。ここは更衣室。誰からも見えない。ここで着替えましょう」 さっきまで人通りの中にいた晴菜は、やっとプライベートな空間に入れたと思い(込んで)、ほっと息をつく。 ここなら安心。 倫子の紐パンをもう一度広げてみる。 あまりに小さな布地だ。下着には見えない。ほとんど眼帯だ。 ため息をつく。 でも、何も着けないよりはマシ。 なんで下着なくしちゃったんだろう? よく思いだせない。 本当はちゃんと着けたままだったりして? 淡い期待を込めて、晴菜は、そっとスカートの裾をめくり上げた。 ため息。 そうよね、やっぱり穿いてない。 もう一度晴菜はため息をつく。 倫子は晴菜がスカートをめくり上げるのを見て、一瞬驚いてから、にんまりとした。 晴菜のヤツ、さっさと穿いてしまうと思っていたのに、何をしたいんだろう? いくら更衣室だと思い込んでいると言っても、油断しすぎ。 オスどもは興奮を隠そうともしない。 小野寺晴菜のアソコ! 北村、角田、吉本は、飲み屋で脱がせたときにチラリと見ただけだ。 予想もしていなかった稀観を目にして、目を血走らせて見入る。 こじんまりとした繁み。 晴菜ちゃんのような上品な子でも、ちゃんと毛は茂ってるんだよね〜。 暗くて割れ目は見えない。 これがあの晴菜ちゃんの、アソコだ。秘めやな楽園。 倫子たちが輪になっているのは人目を引く。通りがかったサラリーマンが足を止める。人の輪の中に、1人の美女がいるのに気づく。その美女が、何かの罰ゲームなのか、スカートをめくり上げている。 おっ、パンツが見えそう。何色? え? ……穿いてない? まさかぁ。 スカートの裾が降りて見えなくなった。 え? ノーパン? マジ? くそ、もっとよく見ておけばばよかった。 どんなオンナだこのヘンタイ? ウソ? ムチャクチャ美人じゃん! ああ、もっとノーパン見とけばよかった! この子なにやってるの? またアソコ見せてくれないかな? あ? ここでパンツ穿くの? え? こんな、道路の真ん中で? なに? やっぱヘンタイ? あんな品のよさそうな美人なのに!? 晴菜は、下着をつけていないことを確認して、あきらめたようにスカートの裾を元に戻す。 前かがみになって、たよりなげな紐パンに足を通す。 晴菜はこんな下着は見るのも初めてだ。 本当に大事な場所を隠してくれるのか不安だ。 晴菜は太ももを閉じて下着がずり落ちないようにしてから、スカートの裾をめくりあげて紐を結びなおした。 穿き終わったショーツを見下ろして、情けない気持ちになる。 小さな布地は、わずかに秘部を覆っているに過ぎない。安っぽい蛍光ピンクの色のせいもあって、晴菜の局部を強調しているようにさえ見える。 紺色のスカートの裏地とのコントラストで、ショーツの下品で派手な色が浮いて見える。 なんて恥ずかしい…… 夜の戸外とはいえ街灯の明かりがあって、そこそこ明るい。 明るさのせいで、Tバックパンツの染料に含まれた蛍光剤が、ケバケバしく光ることはなかったので、倫子はがっかりだ。 晴菜は、スカートをめくり上げたまま、紐パンの小さな布地の端を人差し指でなぞっている。 北村や崇行たちには、ショーツを穿き終わった晴菜が、いったい何をしているのかよくわからない。紐パンの小さな布地を人差し指でいじっているのは、まるでオナニーをやっているように見える。 晴菜ちゃんがオナニー…… うわーコーフン。 晴菜ちゃんが、そんなことするわけないよな? 妄想しすぎないよう、倫子が男たちに教えてやった。 クスクス笑いながら言う。 「お毛々がはみ出してないかチェックしているのよ」 それを聞いた男たちも、思わず笑い出してしまった。 あの小野寺晴菜が、道路の上で、ハミ毛チェック? 毛なんか生えてませんみたいな、お上品な顔して? 倫子たちが輪になっている真ん中で、美女がスカートをめくり上げて立っているので、さらに通行人の何人かが立ち止まる。遠巻きになって、美女が紐パンを見せびらかしているのを見守る。 指でいじっている? AVか何かの撮影? 羞恥プレイの? 酔っ払ったオヤジが、下品な声をかけた。 「よっ。ねーちゃん、綺麗な顔して、やらしいパンティ穿いているねえ。ジャマだったら、おいちゃんが脱がせてやろうか? ほら、こっちむいてよねーちゃん」 ストリップ劇場で女優に声をかけるような調子だ。 まあ、実際、晴菜嬢はストリップのたしなみもあるんだけどね。おっちゃん。ふふふ。 晴菜は、更衣室にいるはずなのに、声が聞こえたことに驚いて、はっとスカートの裾を下ろして辺りを見回す。 オヤジの声がする。 「ねーちゃん、隠すなよ。ほら、スカートめくって。パンティ見せろよ」 晴菜は不安そうにきょろきょろと周りを見回す。 更衣室の中だということを確認する。誰もいない。 胸をなでおろす。下品な声が聞こえるのが不安だけど、きっとあれは外の声。 晴菜は、もう一度、そっとスカートの裾を持ち上げる。ショーツの縁を引っ張って、生え際を隠そうとする。 倫子の声が聞こえたような気がして、顔を上げた。 するとそこは、更衣室などではなかった。 夜の舗道の真ん中。街灯の真下。 晴菜の周りを、何人もの人々が取り囲んでいた。 その真ん中で、晴菜はスカートをめくって、Tバックの紐パンを見せびらかしている。 「キャーーッ」 晴菜は叫び声を上げて、慌ててスカートの裾を戻して、かがみこんだ。 顔を見られるのが恥ずかしくて、両手で顔を覆う。 私、こんな、道路の真ん中で…… 恥ずかしいショーツを穿いているところを……。 いつから? いつからみんなに見られていたの? ショーツを穿いてたとき、あの時は確かに、更衣室にいたよね? いつから? オヤジの声がする。 「ねーちゃんなにやってるんだよ! いまさら恥ずかしがるなって。パンティ見せろよねーちゃん。カネ払わなねーぞ」 そんな。 お金で見せるようなものじゃないのに…… 晴菜は倫子に抱きかかえられて、逃げるようにその場を去った。 せっかく晴菜が恥ずかしいTバックを穿いてくれたので、このまま帰るのはもったいない気がした。 どこに行こう? 何をしよう? ボウリングをやらせてパンチラを見るというのはどうだろう? クラブで踊るとかは? でも、それだったら、ノーパンのままでいてもらえばよかった。それに、前もってもっと短いスカートを穿いてもらわないと。 蛍光パンツを生かさないとね。 ああ、そういえば、グッズ屋さんには、紐が水で溶ける下着ってのも売っていたな。あのときは気にも留めなかったけど、今になってみるとおもしろそう。今度晴菜に着させてみよう。できたら水で溶ける水着なんてないかな? 晴菜をプールに突き落としてやったら、2度美味しい。砂浜でナンパ男どもの真ん中に突き出すのでもいい。 よし、タカユキに今度、ネットで調べさせよう。 結局、見飽きたパフォーマンスだが、カラオケに1時間だけ行くことにした。 男性陣は大賛成だったが、パンツ見せをしたショックから立ち直っていない晴菜は、早く帰りたいらしい。しかたないので、倫子が嫌がる晴菜を「説得」した。 晴菜は機嫌を直してくれた。 晴菜は、人が歌うのを聞くのも得意だが、自分が歌うのも得意だ。服を脱ぎながらの無理な姿勢でも、澄んだ声はいつも綺麗に響く。 「今夜は、浜崎あゆみの曲はぜんぶ、晴菜さんが歌うのよ」 晴菜は倫子から、そんなふうに「注文」される。 その間に崇行が10曲続けて浜崎あゆみの曲を入力する。 曲が始まる。 5年くらい前の曲だ。懐かしい。曲を覚えてるか少し不安だったけど、前奏を数小節聞いただけで、歌い出しと全体の構成を思い出せた。 自然に身体も動く。 ソファに座っているままではいられない。 晴菜は立ち上がって部屋の前のステージに移った。 今日はTシャツだから、少し脱ぎにくい。 段取りを考える。歌の1番が終わったところで、Tシャツを脱いで、2番が終わったところで、スカートを脱ぐ。サビをリフレインしている間、下着姿で踊る。 家の中ではないから、下着は脱いではダメ。お店に迷惑かかるから。 私もずいぶん段取りに慣れた(慣れた?いつの間に?)。 Tシャツを胸までめくり上げる。ブラを見せるようにする。その状態で、踊りながら歌う。 男性客たちは、晴菜のほうを期待のこもった目で見てくれる。 晴菜には、その視線がうれしい。 こんなふうに、服を脱いで自分の身体を見せ物にするのは恥ずかしいけれど、でもみんなに満足してもらえるなら晴菜は幸せだ。 晴菜は客の一人一人に笑いかける。 でも今夜は客のノリが悪いみたい(いつに比べて?)。Tシャツをめくり上げただけだと、見た目が悪くて色気がないからかも? 方針を切り替えて、スカートを客に意識させることにした。 今日のスカートは、タイトめなので、ひらひらとめくるというふうには使いにくい。これからは、もっと“チラ見せ”をしやすい服を選んだほうがいいかもしれない。 歌いながら、スカートの裾を引っ張り上げて、ショーツが客から見えるようにする。 急に照明が落ちて暗くなった。部屋の中の明かりは、カラオケの映像を写すモニターから漏れる弱い光だけになる。 部屋の明かりを消したのは倫子だ。 なんだかペースが狂う。薄暗いほうが雰囲気は出るけど、ここまで暗いと客によく見てもらえない。 晴菜はテーブルに腰かける。テーブルの上で片膝を立てる。テーブルの周りに座っているみんなに、スカートの中を見てもらう。 客の反応がおかしい。晴菜のショーツを見て急に笑い始める。 それは、晴菜がスカートの下に着けている紐パンの小さな布地が、暗闇の中で緑色の蛍光色に光っているせいだ。 だが、晴菜にはそんなことはわからない。 精一杯セクシーに踊っているつもりなのに嘲笑われて、晴菜は傷つく。 報われないダンスをしていると、晴菜の中で、踊り子の喜びよりも、恥ずかしいという気持ちが強くなる。 そんな弱気を、晴菜はなんとか押しとどめる。 だめよ。恥ずかしがっちゃだめ。もっとホンキでやらないと。お客様はそういうのに敏感なんだから。 最後までお客様に満足してもらえるよう、努力するの。お客様に気に入ってもらえなかったとしても、ダンサーとしての誠意は尽くさないと。 今夜は(今夜「は」?)、パンチラで焦らすというような地味なやり方は通用しないみたいだ。 晴菜は伸びのある声で1回目のサビを歌いながら、大きく足を広げてショーツを見てもらった。 暗闇に、人工的な緑色に光る三角布が浮かび上がる。 その布地が驚くほど小さいということが観客にもわかる。友人たちはクスクスと笑う。 晴菜ちゃん、こんな恥ずかしいパンツはいてるんだぁ。 その声は晴菜には伝わらない。 いつもだったら(「いつも」っていつのこと?)、ここでみんなため息をついてくれたりするのに、一向に雰囲気が盛り上がらない。 晴菜の表情がこわばる。ぎこちなく観客に笑顔を向ける。 部屋の中はモニターからもれる青い光だけなので、観客の表情はよくわからない。いまいちノリ切れていないダンサーとしては、戸惑いばかりが強まる。 不安だ。 踊っている最中、こんなふうに感じたのは「初めて」だ。 間奏の間に、晴菜は予定していた通りにTシャツを脱ぐ。できるだけ色っぽく見える仕草で。 「いつも」だったら、Tシャツを客席に投げると盛り上がるのだが、今夜の晴菜は弱気になっている。身体の線を見せるようにしながら手を伸ばして、脱いだTシャツはそのまま横に投げ落とす。 腕を頭の後ろで組んでポーズをとってみるが、やはり反応は鈍い。 戸惑いを隠し、むりやり笑顔を浮かべて踊る。 「いつも」なら、うっとりと晴菜の笑顔に答えてくれる観客たちが、今夜は晴菜の膝元しか見ていない。 だんだんと、観客の反応のクセがわかってきた。 晴菜のショーツが見えている間は、クスクスと笑う。それ以外のときはシラけていて盛り上がらない。晴菜が、自分ではセクシーだと思っているポーズをとっても、「いつも」とは違ってほとんど相手にされない。 暗くて客から晴菜がよく見えないせいもかもしれない。 ならどうして、暗くてもパンチラは客に見えているのか、というところまでは考えが及ばない。 晴菜がどんな工夫を凝らした動きをしても、今夜は無駄なようだった。客がニヤニヤ笑うのは、ショーツを見せているときだけ。 やはりショーツが一番セクシーだから? いや、どうやらショーツを見て晴菜の色気に反応しているのではないようだ。バカにしているような笑いだ。その反応は、晴菜にとっては悔しい。こんなに頑張っているのに……。 客をシラけさせるわけにはいかない。しかたなく、ショーツを客に見せる時間を長く取る。 客の興味が逸れるのが怖くて、笑いを狙ってパンチラをしている。そう自覚して、惨めな気持ちになる。 自分の演技への疑問を感じると、再び、羞恥心が頭をもたげる。 私、なにやっているんだろう? どうしてこんなに必死になってるんだろう? 友達の前で、こんないやらしい格好して。 北村くんの見下したような笑い。山越くんがあきれたように見ている。ミッちゃんやアズサっちまで……。 晴菜は首を振って雑念を追い払う。 いけない。またそんな弱気になって……。 とにかく集中して。お客様に喜んでもらえるように精一杯踊るの。 フルートの演奏会のことを思い出す。幕が上がったとき、明るい舞台の上から真っ暗な客席に向かい合ったときの、緊張と不安感。 でも、少しでもいい演奏をしよう、客に自分の演奏を聞いてもらおうと集中していると、その不安感は消えてしまう。 それと同じ。 お客様に喜んでもらう。 とにかくそれだけが大事。そのことだけ考える。 さあ、笑顔で。 晴菜は、予定より早くスカートを脱ぐことにした。小手先の演技でだめなら、正面から、身体で勝負しよう。晴菜の身体はそんなに捨てたものではないはず。だってみんな褒めてくれた(いつ? 「みんな」って?)。 歌いながらスカートを脱ぐ。 今夜は効き目はないかもしれないけど、「いつも」のように、客の一人一人の目を見つめ、微笑みかける。客との間に個人的な親密さを築くように。 山越くん、私を見て。好きよ。 北村くん、「いつも」パンチラばかり気にしてるでしょう? 見せたげる。 角田くんも、吉本くんも…… 歌詞はだいたい覚えているから、画面は見なくてもいい。いや、歌詞は間違えてもいい。 それよりも、できるだけ、気持ちを込めて、男たちの目に誘いかける。 タイトなスカートは、ファスナーを下ろしても、膝に引っかかったままですべり落ちない。 ほら、いまスカート脱ぐよ。みんな見てね、私のショーツ。 晴菜は、歌いながら、腰をかがめて紺色のタイトスカートを引き下ろした。 その瞬間、晴菜は、自分の股間をわずかに覆う小さな布切れが、怪しく緑色に光っているのを見て、絶句した。 倫子に替えのショーツを借りて穿かせてもらっていたこと自体、すっかり忘れていた。たしか、ジョークパンツだとか言ってた。 こういうことだったの! 曲はサビに差しかかるブリッジのところだ。晴菜は、呆然として、そこで歌声を途切れさせる。だが、すぐにプロ意識を取り戻して、なんとか歌いなおす。 声は震えて、内にこもっている。 どう踊っていいのかわからず、ぎこちなく腰を左右に振る。緑色の三角の蛍光が左右に揺れる。 踊りのマヌケさが際立って、はっきりと笑いがおきる。 私、こんな恥ずかしい格好してたんだ……。 ショックでクラクラとなる。 服を脱ぐことが恥ずかしいのは、自分はストリッパーなんだという責任感で抑えていた。単なる下着姿への羞恥なら、最初から覚悟している。客が喜ぶセクシーさに繋がるなら、自制心でなんとかできた。 けど、こんなお笑いみたいな格好してただなんて…… もう踊りたくない。かがみこんで膝を抱えてじっとうずくまりたい。 でも、そんなことしちゃだめだ。ストリッパー失格だ。 客たちは、拍手をしながら、晴菜のショーツが緑色に光るのを嘲笑っている。 客の様子が変だったのはこのせいだったのね……。 晴菜は、悔しい気持ちが表情に表れないよう、押し殺す。 そう、笑顔。笑顔を忘れてはいけない。 曲は、サビが終わって間奏に入った。 歌わずに済むその間に、息を落ち着かせる。我を失っていて、ダンスが単調になっている。 余計なことを考えちゃダメ。 今はショーの最中だ。 なによりお客様に失礼だ。お客様の楽しみの前では、踊り子個人の羞恥なんてゴミみたいなもの。 そう。気にしちゃだめ。 お客様へ最高のショーを。 それを忘れてはいけない。 笑顔を浮かべる。男たちの顔を見つめる。目を覗きこむ。 ああ、ダメ。みんな、晴菜のことを嘲笑っている。 くじけそうになる。 目をつぶる。迷いを振り切る。 おびえてはいけない。個人の感情を捨てる。プロの踊り子の誇りを信じる。 挑戦だと思おう。勝負だと思おう。 ここで男たちの心をひきつけることができたら、私の勝ち。 目を開いてもう一度男たちの顔を見る。 晴菜の股間を指差して笑う北村。それに拍手をする吉本。全員の笑い顔。 そんなにおかしい? それなら、笑ってもいいのよ。 でも、そんな光ってるだけのショーツなんかより、私の身体のほうが魅力的よ。ほら、見て。イヤラシイでしょう? 気づかないの? だったら、気づかせてあげる。 暗くて見えない? だったら、もっと近くから見せてあげる。 まずは、一番カンジ悪く笑っている北村から。 晴菜は、軽く跳躍して、テーブルの上に飛び乗った。テーブルの端でいったん足を揃え、モデル姿勢で起立して、意識的に体型を見せる。 この曲の最後は、8小節のサビを6回リフレインする。 4人の男の1人ずつにサビを1コーラスずつ割り当てよう。 わずか数秒ずつ。 でも、その数秒で男を虜にしてみせる。 スピーカーから流れる間奏は徐々に盛り上がってくる。 晴菜は、テーブルの上を歩いて北村の前に膝をつく。歩きながら、テーブルの上においてあるグラスを、平然と足で払いのける。北村を魅惑することだけに集中している今は、他のことは気にならない。崇行が慌ててテーブルの上を片付ける。 北村の前に身を乗り出しながら、伴奏にあわせて1コーラス目を歌う。北村に語りかけるように歌う。歌いながら、北村に身体を押し付け、迫る。 身体を触れさせてはいけない。それはルール違反だ。 体が触れるギリギリまで身体を近づける。 北村は、たしかショーツにやたらと執着する(どうして知ってるの?)。北村の鼻先に擦りつきそうになるくらいに、股間を近づける。臭いを嗅げるようにしてやる。 下品に光る緑色の紐パン。 みっともない? でももう笑わせない。もっと素敵なものを見たいでしょう? 晴菜の凄艶さに気圧されるように北村の嘲笑が引いていく。北村は晴菜の股間をまじまじと見る。 どう? このショーツの布地より、中身のほうが興味あるでしょう? ほら、中からいい香りがするでしょう? 晴菜は、あゆのヒット曲の、サビを歌いながら微笑みかける。晴菜の歌声は普段よりノビノビとして、自分でも聞き惚れそう。 晴菜は北村を誘うように腰を振る。北村の視線が上下に揺れる。 北村の顔を窺い見る。 ショーツの布地が透けないか、という表情かしら? じゃあ、少しだけ。ちょっと禁じ手だけど。 晴菜は、左手の細い指で、ショーツの小さな布地の上縁をつまんで持ち上げる。北村に向けて、小さくめくり下ろすような仕草をする。 その程度では、かすかに生え際が見えるだけで、どうせ中身が見えるわけはない。けれど北村は、目を血走らせて覗きこむ。北村の目は、晴菜の股間に釘づけだ。見えないとわかって、切なそうに晴菜の身体に視線をまとわり付かせている。 ふふふ。やった。これで私の勝ち。 北村くんの心はもう晴菜のものよ。 男1人に1コーラスという時間制限がきつい。 晴菜は流し目で次の男を探す。 男たちはみな、晴菜と北村のやり取りに引き込まれていた。 蛍光パンツを笑っている男はいない。期待に満ちたもの欲しそうな目で、晴菜のことを見ている。 男たちはもう、晴菜の魅力に屈したも同然。 倫子のあっけにとられたような顔。梓の少し不満そうな顔。 アズサっちはまじめな子だから、こういうあからさまな挑発は気に入らないのかな。 でも、そういう偏見も気にならない。なんだか自分でも、すこしステップアップできたような気がする。。 次はだれ? 誰が晴菜に酔いたいの? 山越くんはいちばん最後にしよう。きっと晴菜にぞっこんだから(なんでそんなこと知ってるの?)、山越くんは一番くみしやすい。エクストラタイムだけでもきっとノックアウトできる。 じゃあ、吉本くんだ。 子どもっぽい吉本くんは、きっとオッパイ好きだ。 さっき北村くんにはショーツを見せたから、今度は吉本くんにはブラ。演出順序としてもばっちりだ。 吉本に対しても、反則スレスレのやり方で男の欲望をくすぐってやった。ストラップを肩からはずしてブラをずらし、乳輪が見える寸前まで見せてやった。 イチコロだった。 角田くんはどうしよう? 何が見たいの? 晴菜が角田を優しく見つめると、角田はさっと目をそらして、ショーツのほうに視線が向く。 吉本くんが上なら角田くんは下って分担? 本当に仲良しね。 じゃあ、毛の生え際見せてあげる。 あら、刺激が強すぎた? 崇行には、身体を使わない。あえてサビの途中で歌うのをやめて、耳に息を吹きかけてやった。それだけで崇行は、思い出に浸るような表情で、うっとりとなった。 ちょっと卑怯だったかしら? 曲の最後はテーブルの真ん中で、胸と股間を強調するポーズを取って、男たちに未練を味わわせてあげた。男たちは、息を詰めて晴菜を見守った。 やった。 みんな晴菜の魅力の虜。 この男の子たちは、みんな晴菜のもの。 晴菜は恍惚と達成感に自身も酔いながら、曲がフェイドアウトするのを聞いた。 曲が鳴り止むとともに、晴菜の意識から、ストリップダンサーの晴菜が消えてなくなる。 本来の晴菜、おとなしくて、恥ずかしがり屋の、お嬢様の晴菜がよみがえる。 我にかえる。激しい羞恥心が沸き起こる。 「キャッ、イヤァ、私、なんてこと……」 薄闇の中で、身体を丸めて、胸と股間を隠す。 またやってしまった(また?)。こんな恥ずかしいことを……。 今夜はいつもよりひどい(「いつも」って?)。 ストリップしただけでない。恥ずかしいショーツを穿いて腰を振った挙げ句、むきになって男の子たちの目の前で下着をギリギリまでずらして見せた。 晴菜は顔を両手で覆う。 ますます(いつに比べて?)ひどくなっている。踊っている間、晴菜は恍惚感を感じていた。男たちに向かって、「晴菜を見て見て」なんて考えていた。 思い出してぞっとする。あのとき確かに、本心からそう思っていた。自分がそんなふうに考えていたことがショックだ。この私の中に、そんな一面があるの? 晴菜の熱演で魂を奪われていたようになっていた観客たちも、晴菜の羞恥の嘆声を聞いて我に帰る。再びニヤニヤ笑いを浮かべ始める。 梓が口を開く。 「ふふふ。晴菜。普段にも増してヤラシかったね。やっぱ、恥ずかしいパンツ穿いてると、本性が現れるのね」 ひどい。 梓の言葉に思い起こされて、晴菜はショーツに目を落とす。 暗闇の中で、ショーツの小さな布地が、晴菜を嘲笑うように不快な緑色に光っている。 あわてて布地を両手で隠す。一方の手のひらだけでも、全て隠れてしまうくらいの、本当に小さな布地だった。 梓がからかい続ける。 「だめよ、せっかくの明かりをそんなふうに隠しちゃったら、真っ暗になって危ないわよ。暗くてよく見えないから……あら、なにかしらこれ?」 晴菜が両手で股間を押さえているので、ガードがなくなったブラジャーを、梓が掴んで下に引っ張る。さっき吉本に見せたときにギリギリまでずらしていたので、左側の乳首がはみ出してしまう。 「キャッ、イヤ! ひどい」 晴菜が慌てて胸元を押さえる。 「あ、なになに? 暗くて見えないね」 と北村。 「明かりつけよっか?」 崇行が照明に手を伸ばすのが、薄闇越しにわかる。 「やめて、点けないで」 言うより早く、照明が灯る。 晴菜は、慌ててテーブルから飛び降りて、部屋の隅にうずくまる。客たちから見えないように、ずれたブラジャーを直している間に、次のカラオケの曲が始まる。 また浜崎あゆみだった。スーッと、晴菜の心の中から、羞恥やショックの気持ちが綺麗に消えてなくなる。 私の出番。 踊らないと。 そう、ここはお客様の前。私ったら、なに恥ずかしがってたんだろう? プロ失格ね。 さっきまで泣きそうだったのに、晴菜は再び、ダンサーの魅惑の笑顔を浮かべる。 男たちから、「おーっ」と拍手。本来の晴菜にとっては羞恥を煽る拍手だが、今の晴菜にとってはプライドをあと押しする拍手だ。 服を着る暇がなかったから、まだ下着のまま。服を脱ぎながら客を煽るという踊り方はできない。 なので、身体だけで勝負。 大丈夫、私ならやれる。さっきやれたもの。 晴菜は煽情的に身体をくねらせながら、再び歌い始めた。
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