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佐賀県警保護の青年死亡:被告警官、無罪を主張 被害者父「真相知りたい」

 佐賀市で07年9月、知的障害のある安永健太さん(当時25歳)が、佐賀県警の警察官5人に取り押さえられた直後に急死し、このうち1人の警察官、松雪大地被告(29)が特別公務員暴行陵虐傷害罪に問われた審判が29日、佐賀地裁(若宮利信裁判長)で始まった。松雪被告は「公務執行で安永健太さんを保護しようとしたが、殴打したことはない。傷害を負わせたこともない」と全面的に否認し、無罪を主張した。【蒔田備憲、田中韻】

 刑事裁判の起訴状に当たる付審判決定書によると、松雪被告は07年9月25日午後6時5分ごろ、佐賀市南佐賀1の歩道で、安永さんを保護する際、胸などを数回殴り、全治1週間のけがをさせたとされる。

 検察官役弁護人の冒頭陳述によると、松雪被告と、同行していた警察官は、車道を自転車で走り、バイクに追突して転倒した安永さんの両肩と両腕を押さえ、歩道へ移動。歩道上で安永さんをあおむけにして取り押さえた。安永さんが腕や足を動かして抵抗したため、制止しようと、胸や右耳付近などを数回殴った。同弁護人は「遺族は安永さんの急死に大きな衝撃を受け、真相解明を強く求めている」と指摘した。

 一方、被告側の弁護人は「松雪被告は、暴れる健太さんを取り押さえようとしただけだ。多くの目撃者もおり、突然、殴打行為に及んだとは考えられない。健太さんの傷も殴打によるものでなく、もみ合いで生じた可能性が否定できない。検察側の目撃証言は見間違いや思い込みの可能性がある」と述べ、無罪を主張した。

 ◇「付審判」の壁越え--初公判

 事件から約3年。安永健太さん(当時25歳)の父孝行さん(49)は最近、健太さんの遺品整理を始めた。それだけの時間がたった。しかし「あの日、健太に何があったのか。それが知りたい」との一念は変わらない。「付審判請求」という高いハードルを越え、初公判にこぎつけた。

 孝行さんが、健太さんを取り押さえた警察官を特別公務員職権乱用等致死容疑で佐賀地検に告訴したのは08年1月。しかし、地検は3月に不起訴処分とした。孝行さんは同4月、佐賀地裁に付審判を請求し、09年3月に地裁は松雪被告の審判を開くことを決定した。

 付審判請求は1949年、戦前の捜査機関による人権じゅうりん事件に対する批判から設けられた。最高裁によると、60~09年に、全国で計約1万8000人に請求があったが、認められたのはわずか16人。さらに有罪が確定したのは6人しかいない。背景には、弁護士が検察官役を務めるため、警察などから十分な協力が得られないことなどが要因とされ、今回の審判でも検察官役弁護人がどう暴行を証明していくのか注目される。

 この日、孝行さんは、被害者参加人として検察官役弁護士の隣に座り、起訴事実の認否で証言台に立った松雪被告をじっと見つめた。被告が無罪を主張すると、にらみつけるような視線を投げかけた。

 孝行さんの思いは複雑だ。当初希望したのは、警察官5人の致死罪での立件。「暴行の有無」が争点になっている公判には違和感を覚えている。それでも「有罪になれば、真実が分かるきっかけになるかもしれない」と、希望を見いだしたい一心だ。【蒔田備憲、田中韻】

毎日新聞 2010年7月29日 西部夕刊

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