ノーベル化学賞受賞が決まった鈴木章・北海道大名誉教授(80)は、吉報から一夜明けた7日午前、母校・北大での受賞記念セレモニーに出席。共同受賞の根岸英一・米パデュー大特別教授(75)は6日開いた2度目の会見で、「海外に出て外から日本を見よ」と、日本の若者の奮起を促した。
鈴木氏らは、金属のパラジウムを仲介役(触媒)に使い、異なる有機化合物を結合させる技術を開発した。「クロスカップリング」と呼ばれるこの化学反応に関する研究は日本の「お家芸」で、ノーベル賞級の研究者がひしめく。今回なぜこの2氏が選ばれたのか。
ノーベル賞の受賞者は他薦で決まり、各賞3人までに限定される。同じテーマに2度与えられることもないため、毎回、賞を逃す研究者が出る。「クロスカップリングでいつか日本人が受賞すると思っていたが、やっている人が多すぎて『3人では収まりきらない』と言う人もいた」。薗頭(そのがしら)健吉・大阪市立大名誉教授(有機金属化学)は話す。
最有力と目されていた一人が玉尾皓平・理化学研究所基幹研究所長(67)だ。玉尾さんは72年、熊田誠・京大名誉教授(故人)とともにクロスカップリングを世界で初めて発見。これを改良して根岸氏や鈴木氏の研究が開花した。
玉尾さんは6日夜、「鈴木さんと根岸さんの受賞は当然」と評価しつつ「私の研究分野であるクロスカップリングが授賞対象となり、今後、私の可能性はないと思う」と語った。
ノーベル賞は従来、人類に貢献した研究成果を選び、その中で最初の発見者を有名・無名にかかわらず発掘し授賞してきた。民間企業の一技術者だった田中耕一・島津製作所フェロー(02年化学賞)はその一例だ。「今回はオリジナリティー(独創性)より実用性が重視された」と指摘する声もある。
推薦者の影響力も無視できない。鈴木氏と根岸氏はともに米パデュー大のブラウン教授(79年ノーベル化学賞受賞、故人)の門下生だった。ブラウン氏が生前「アキラとネギシをノーベル賞に推薦したい」と語った--とのエピソードを今回、2人とも披露している。
ノーベル賞の選考機関から推薦依頼状が届く日本人研究者は「『この人なら選んで大丈夫』と選考委員が自信を持てる人物から推薦されることが重要。(過去の受賞者という)後ろ盾があって、英語圏で活躍しているなど候補者が海外の科学コミュニティーで浸透している方が有利だ」と分析する。【須田桃子】
鈴木さんは7日午前11時15分ごろ、札幌市北区の北大工学部正面玄関に到着。学生らに拍手の嵐で迎えられ、「こんなに学生が喜んでくれて、昨日より今日の方が感激している」と、満面の笑みを浮かべて語った。
ノーベル賞受賞を祝うセレモニーでは、工学部4年の金岩詩織さん(23)が花束を贈った。鈴木さんは「どこの学部なの」と気さくに話しかけた。鈴木さんは、深夜までテレビ出演をこなした前日を「80年の人生で一度も経験しないかなりハードな経験をした」と振り返った。【田中裕之】
【ウェストラファイエット(インディアナ州)山科武司】受賞決定後、所属する米パデュー大での講義を終えた根岸さんは再び同大で記者会見し、「若者は海外に出よ」と呼びかけた。根岸さんの研究室にはかつて日本からの留学生がいたが、この数年間は訪れていない。「日本は非常にカンファタブルな(居心地の良い)国なんですよ」と日本の若者が内向き志向になる背景を推測した上で、「ある一定期間、旅行者としてではなく、海外に出て日本を外から見ることが重要」と奮起するよう求めた。
毎日新聞 2010年10月7日 東京夕刊