****ぐだぐだな日常****
ヒジリの一日は、同郷の少年、ジョージの入院している施療院に朝市で購入した食料を届け、彼の様子を聞くことから始まる。
そして、施療院をでると、朝食を食べながら、街で一番人の出入りが激しい探索者ギルド運営の斡旋所へ歩いていく。
斡旋所で、ギルド証を提示し、自分のランク内の依頼から日帰りで達成できそうなものを探し、受領する。ギルドに加入したばかりのヒジリに受領できるのは、簡易なものが多く大抵が日帰りで行えるものばかりなので、深く悩む必要がなかった。
依頼をこなせば、また斡旋所に戻り、達成報告と報酬の受け取り、及びギルドの指定買い取り品の売却を行う。低ランクの報酬など子供の小遣いみたいなもので、売却が稼ぎの大半を占めている。
施療院に行く前に、翌日の為に消耗品の補給をし、公衆浴場で一休み入れる。清潔になったところで、手土産とともにジョージを見舞う。調子がいいようなら話をしていく。
最後は宿で夕飯を取りながら、他愛も無い情報交換をした後、就寝。
以上が、回廊都市『ガンビ』にて、ヒジリが探索者となった翌日から二ヶ月、ほぼ毎日のように繰り返している行動である。
回廊都市で一攫千金や身を立てようとする者が多い探索者としては、一般とそれほど変わったところの無い、優等生とも言える一日の流れである。
探索者は仕事の内容からか、腕自慢の者が多く、血気に逸る者も多い。さらに酒気を帯びれば理性の箍が外れ、暴れるものもいる。故に、常に街は騒動が絶える事が無い。また、ならず者に身を持ち崩すものも多いので、素行の悪い者はもちろん、前歴の不明なものへの周囲の見る目が厳しいのも致し方ない。
特に問題を起こすこともなく、金払いもいい、優秀な探索者候補であるヒジリへの住民からの視線は、最近柔らかいものへと変わってきていた。
斡旋所は今日もにぎやかである。その人ごみの中に今日の探索を終えたヒジリの姿もあった。
買い取りカウンターの近くの椅子で大人しく自分の順番を待っている間も、何人かがヒジリに軽い挨拶をしていく。日が傾きかけたこの時間帯が、低ランク者が帰還して最も込む時間帯である。
光沢の残るまだ新品の金属鎧で全身を覆う者や、なにやら細々と刺繍が施されたローブをまとった者、ぼろぼろになった布でかろうじて大事な部分を隠した半裸の者など老若男女多種多様な人々が、建物内を行き来している。
「よう」
「ああ、ヴィルさんか。珍しいね、こんな時間に」
番号札を手慰みにいじっていたヒジリの横に、声を掛けてきた男が座る。
ヒジリよりも一回り大きな体躯の持ち主に座られ、頑丈なはずの椅子がきしんだ音を立てた。
ヴィルヘルム・アルグレン。『ガンビ』ではそれなりに名の知れた探索者で、『白の猛虎』の副リーダーだ。ビスターと呼称される獣人で、虎の獣相をもっている。ザンバラに切られたくすんだ金髪は鬣のようで、ヒジリは獣相が獅子じゃないのを少々残念に感じていた。
二人が最初にあった時にしていた回廊内での凄まじき猛獣のような形相も、ここでは野性味溢れる男臭い笑顔にすげ変わっている。
「お前さんこそ、今日はもう仕舞いか?結構長い間、ここにいるみたいだが」
自分の手にあるのとヒジリの番号札の数字を見比べる。書かれた数字の差は三十以上あった。カウンターで呼ばれる数字もヒジリの番号よりも大きい。
「査定にさ、時間がかかっているんじゃないかな。数も多かったし」
カウンターの向こうでは今頃大変なんだろうなぁと、どこか他人事のようにヒジリがぼんやりと思っていれば、ヴィルも思い当たるものがあったのか、頭を掻く。
「なんだ、またどでかいの引き当てたのか、お前さんは。毎回、ついてるんだかついてないんだか、微妙だな。おい」
苦笑を浮かべ、太い指で額を小突いてくる。冗談半分だといえ、鍛え上げられた戦士にやられると結構痛いものがある。
軽く手で払いのけると、ヒジリは深く腰掛けなおす。
カウンターでは何やら価格でもめ始めたようで、声を荒げる男と係員を周囲が迷惑そうに見ていた。鑑定結果が不満なのか、それとも別の何かか。
二人の位置からでは周囲の喧騒に紛れ、詳しい内容が分からない。だが、これは当分かかりそうだと踏んで、二人は話に意識を傾ける。
「ちょっと深くもぐったらさ、囲まれちゃってさ。もう次から次と数だけは多くて厄介でさ。まあ、結果として楽勝でしたが」
冗談めかして、肩を竦めて笑ってみせた。
その余裕を示す行為に、ヴィルは若干顔を顰める。
「おいおい、それは結果が良かったからいいものの、奥に行けばやばい奴が、いつ出てきてもおかしくないんだぞ。チームを組んでいるならともかく、お前はフリーじゃないか。庭園くらいまでならそれでも大丈夫だろうが、回廊内でまでそれだといつか痛い目見るぞ」
説教じみてはいるが、これも先達としての心配からの言葉なのだろう。
ヒジリもそれは分かっているので、特に反論もせずおとなしく聞いていた。
「別にお前さんの実力を疑うわけじゃねえ。だがな、回廊はそんな甘いところじゃねぇんだ。最初は上手くいくかも知れねえが、ランクが上がればソロでなんて無謀でしかねえ。何度も言ってるかもしれねえが、早いとこ相棒なりどっかのチームに加入するかして、パーティー組んで仕事しろよ。お前がいいなら、うちのとこに入ってもいいんだぜ」
「うーん、そうは言ってもね」
ヴィルの真面目な言い分に、ヒジリは困ったように首を傾ける。
確かに、このまま探索者を生業としてやっていくなら、ヴィルが言う様にフリーのしかもソロで回廊に潜るというのは自殺行為だろう。
今、ヒジリの探索者としてのランクはカッパー。登録直後のビギナーから一段上に昇段したばかりではあるが、回廊内での行動制限が緩和されており、一攫千金も夢ではない。しかし、それは危険との隣りあわせでもある。
ヴィルが言いたいのはその危険性の部分なのだろう。
回廊内には魔物が巣くう。その中を探索するのだ。遭遇しない、戦わないということはよほど執念深い準備や行動でもしない限り無理だろう。
一瞬の油断がそのまま命の危険につながるのだから、どうしても死角のできるソロよりもパーティーのほうが安全であろう。
自分に関してはそれらの危険性はほぼ無いと、ヒジリは内心断言できる。が、正直に言うわけにもいかない。ようやく周囲の視線が穏やかなものに変わっているのに、ここで自分の特異性が広まるのはまずい。自分だけならどうとでもなるが、今ヒジリには守らなければいけない存在がいる。彼が万全でない以上、あまり歩のない賭けをするつもりはない。
「でも、ジョージ君の体調でその日の日程決めているからなぁ。ソロなら問題ないけどパーティーだと自分の都合だけで仕事選ぶわけにもいかないじゃない。それに頭数増えたら取り分減るし」
「ランクがカッパーなら、受けられる依頼の報酬だって前のビギナーよりマシだろうが。確かに報酬だけなら取り分減るだろうが、その分魔物の戦闘で核水晶の入手率上げればいいだろうが。ソロでやるより大物狙いしやすいしよ」
「だ~か~ら~、ジョージ君優先だから他の人に迷惑かけるの。それが嫌なんだってば。しばらくはソロでいいの。チームとかはジョージ君が退院したら改めて考えてみるよ」
「そうか?まあ、その時になったら考えてみてくれ。フリーのまま助っ人として参加してくれてもかまわねえし」
残念そうな表情を見せた後、ヴィルは耳をピクリとカウンターの方に動かした。
「お、俺の番みたいだな。じゃあな、ヒジリ、一緒に仕事できるのを楽しみにしてるぜ」
大きな手のひらでヒジリの黒髪をわしわしとかき混ぜると、カウンターへと歩いていった。
残されたヒジリは、掻き乱された髪を手櫛で整えなおしながら、周囲の視線に少々うんざりする。
原因ははっきりしている。ヴィルだ。
はっきり言って、無名の新米探索者に対してここまで熱心に勧誘するヴィルはめずらしい。
所属しているチームが有名なだけでなく、彼自身も『金虎』の二つ名をもつほどの実力者として有名人だ。
派手で勇壮な外見に劣らず豪胆な性格の男は、声も大きい。多分先ほどの会話は周囲に丸聞こえだったのだろう。別にこれといった秘密が話されていたわけではないが、内容が説教のような勧誘だった為だろう。彼の勇名を知る者からの羨望と嫉妬の視線が刺さる。主に男性から。
いやー、ヴィルさん男からモテモテで羨ましいわぁ、などど、内心ふざけていれば、ようやくヒジリの番号が呼ばれる。
カウンターで番号札を渡すのは、短い間ですっかり顔なじみになってしまったギルドのお姉さんだ。
長い耳がふるふると身体の動きに合わせてゆれている。若く見えるがエルフなので見た目どおりではないのであろう。ここで働くギルド員は皆紺色の制服を着ているが、彼女にはよく似合っていると思う。
「大変お待たせいたしました。こちらが今回の鑑定結果と買い取り金額になります」
カウンターの盆の上に、一枚の紙と皮袋が置かれる。
紙には今回ヒジリが持ち込んだ品の個別鑑定額と鑑定手数料、および総計金額が書かれていた。魔物の核水晶が多く、評価もまちまちだったことから時間がかかったのだろう。
書かれている金額は6722レリン。中堅カッパーランクの依頼報酬金額の相場が大体角銀貨5枚、5000レリンだから買取品だけでかなり稼げたといえる。これに依頼報酬も加わるのだから結構な金額だ。『ガンビ』だと普通の宿屋での二食付き一泊が円銀貨3枚前後、300レリン程度。パンなら一個角銅貨1,2枚、10から20レリン位か。しばらく依頼を受けないでも困らないくらいの稼ぎになる。
最初腕試しをした時より大分手を抜いているにしても、魔物を倒すほうが普通にランクに沿った依頼を受けるより効率よく大金を稼げそうだ。だが、そんなことをすれば噂に上らないはずがないので、ヒジリの選択肢に今のところそれは存在していなかった。もっともそれは今更なのかも知れないが。
「はい、毎度。じゃあ、また明日」
皮袋の中を確認し、鑑定結果の書類にサインをする。そして、支払い証明書と皮袋を懐に収めるとカウンターを離れる。
いつもなら軽い会話をしていくところだが、さすがに待ち時間が長かったので早々に斡旋所を出ることにした。
建物に入る前はまだ高かった太陽も大分傾き、空を茜色に染めている。今から日課である公衆浴場に向かえば、施療院の面会時間に間に合うか微妙なところである。しばし悩むが、自分の格好を見てこのままでも良いかと思い直した。
確かに戦闘をし、汗を掻いたが庭園を抜ける前に軽く汚れを落とし身奇麗にはしている。まあ、体調次第では面会せずに差し入れだけして帰れば良いだけだ。
施療院に向かう道すがら、いつものパン屋に寄る。円銀貨数枚でジャムとパンを適当に大人買いする。いつもしている差し入れだ。店主も手馴れたように袋につめていく。
正直、世話になっている施療院は経営状態が厳しいとヒジリは思っている。孤児院も運営しているそこは、建物が古く働いている人間も少ない。
その上、通院している者の大半はどう贔屓目に見ても裕福そうには決して見えない。偶然見てしまったが、廊下の影で支払いができないという患者にできる時に支払ってくれれば良いと言う医者の会話は多分よくある光景なのだろう。医者もどちらが病人かと問いたくなるような不健康そうな身体によれよれの服を着ていた。当初、ジョージに出された入院食も貧相すぎて涙が出そうなものだった。
最初の探索で結構な大金を得たヒジリとしては、速攻でジョージの待遇を改善すべく行動に移した。医者としての腕は評判が良かったので、施療院を移ることはしなかった。とりあえず、落ち着いて養生できる環境にすべく、個室に移動し、寝具などを購入し持参した。食べ物もジョージの好物が分からなかったので、とりあえず朝は市場で果実や野菜を、夕方はパン屋でパンなどを大人買いし、余ったものは施療院側で処理してもらった。それで捨てられようが食べられようがヒジリの知ったことではなかった。
「すいませーん、ヒジリですけど」
忙しそうな看護婦に声を掛ける。悪いとは思いつつ、一応挨拶しないとこの手土産を処理できないのだから仕方ないと開き直る。
こちらを振り向く一瞬で、疲れた顔を笑みに変えた彼女は、ヒジリに向かっていつもの挨拶を返す。
それにヒジリも答え、後はジョージの今日の様子を聞くのと手土産の譲渡を行うのが常だった。それで面会できそうなら説明に赴き、無理なら素直に帰宅だ。ジョージの他にも入院している患者はいるのだし、手間を取らせるべきではなかった。
結局、この日もジョージへの説明は上手くいかず、帰りに公衆浴場で長居するヒジリの姿があった。