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[22028] 【習作】チートとぐだぐだ異世界トリップ(オリジナル)
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/10/06 22:23
【前書き】

 この作品は、どこかで見たような剣と魔法のファンタジーな異世界を舞台にしたものです。
 現代日本に相似した世界からトリップした、馬鹿チートとへたれ一般人をメインにした話になります。

 シリアスや戦闘は、あまりありません。
 
 一話はチートの自分語りになりますので、そういうのは要らない方は二話目からどうぞ。


 誤字脱字や文法上のミスなど、ご指摘いただけたらありがたいです。
 「小説家になろう」にも投稿しております。

****
2010/10/06:「小説家になろう」に投稿しました。




[22028] その1~ぐだぐだと自己紹介~
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/09/30 01:15
****ぐだぐだと自己紹介****

 三回死んで、チートが生まれた。




 最初に死んだ後、目覚めれば改造人間になっていた。
 次に死んだ後、目覚めれば変身猫耳娘になっていた。
 三度目に死んだ後、目覚めれば神ともいえる力を手に入れた。

 他人事なら笑い話でしかない冒険は、当事者である私にとっては笑い話にしかするしかない過去である。
 おかげで、平穏で平凡な日常を送ることが絶望的。無駄な努力は試みているが、状況はひどくなっていくだけ。三日もがいて諦めた。悩んでいる状況でもなかったが。
 とりあえず、今は私ほどではないが、少々異常といえる能力保持者の集団組織に所属している。公的に異能者の存在が秘匿されていることも有り、表向き公開されている情報とは多少違うが一応国家の管理下にある組織である。最初に死んだ時、私を改造人間にして蘇生した組織もここである。
 そして、異能が関与しているか異能でしか解決できない仕事をこなす代わりに、日常の不都合を何とかしてもらっている。それなりの権限があるので、離反とかしないかぎりは大抵のことから守ってくれるそうだ。上司や仲間をネタにしたオリジナルBL本を作った時は、あわやの第三次になりかけたけど。
 そんな私の最近の主な仕事が、穴を埋める仕事である。
 この作業をすると、一秒が一年になったりしてしまう。とても大変で面倒な仕事。
 上司は言う。「お前以外がやったら大抵死ぬ」と。

 世界と世界の境界に穴が開いたら、それを埋めるのが私の仕事。

 自分の仕事の事ながら、漠然としたニュアンスでしか理解していないので説明するのが難しい。残念なことに頭脳の方はチートではないのだ。それどころか仲間の中では一番馬鹿なのではないだろうか。
 とりあえず、友人が言っていたことを例にする。
 世界を一人の人間とした場合、別の人間がパーソナルスペースに侵入すると互いに影響が生じる。さらに近く接触をすると境界が明瞭となり、状態が不安定になる。そして、傷つけられることが、境界に穴が開いた状態である。人は傷つけられれば痛いし、酷ければ死ぬかもしれない。流れる血は、この場合は世界に暮らしている誰か。
 そこで、チート能力を生かして、私がその傷を治したり、流れた血を処理したり、傷をつけた相手に報復したりすることになっている。
 じゃあ、具体的にどうやるのかと言われると答えにくい。
 大体その場で起きた事態にのって騒いでいれば、結果として穴が埋まる、らしい。多分、上司につけられた刻印とかがそういう作用をもたらしている。

 正直に言えば、私は私を持て余している。
 上司や仲間に散々叱られているが、私は自分の力に対して大体こんな感じといった感覚で使っている。理解した上での行使ではないし、制御の方法も何となくであり信用が置けるものではない。
 必殺技とかは特に無い。敵は殴るか斬るか食うかの三択だし、名前とか付けてもすぐに忘れてしまうし、格好つけたいときにだけそれっぽくしてみるだけだ。
 自分と同時期に改造人間となった同胞たちとは、埋め込まれた石が共鳴して相互テレパシー可能。目が赤くなるけど、つい妄想を垂れ流しにしてしまうことに比べれば些細なことだ。私の妄想は、男性の精神衛生上好ましいものではないからな。
 肌が頑丈頑強、荒れ知らずだというのは、乙女としては大変うれしい。顔面土下座スライディングしても無傷だったときは本当に安心した。隕石受け止めたときは痛かったけど、ものの数秒できれいに治った。生水飲んでも無事だし、サバイバル向きだ。
 影がどこか特別な場所につながっているらしく、重さとか大きさとか関係なく収納できる。最大収納量は不明。影は服にも変化できた。巨大化した時に裸にならないですむ。さすがに身長180km用のサイズの服を取り扱っている店は無いからな。便利。これまたサバイバル向きかも。
 あまり長期間力を使わないでいたり、何かを生み出す系統の力を使っていたりすると、ものすごい破壊の衝動が沸きあがって暴走しかけるので注意が必須である。ストレスには注意が必要だ。
 あとは、何があっただろうか?もう少し考察なり研究なりすべきなのだろうが、無理だ。深く考えたくない。
 死亡フラグとかが見える上に、それに食欲がそそられる理由なんて理解したくない。結局、食べられる上にパワーアップした気がしたし。
 
「このままじゃ、お前、あいつと同じになるんじゃね?」

 久しぶりに再開した同胞に、そう言われて自分を分けた。
 改造人間な私。チートで猫耳の私。反面教師としてのあいつに似た外見の私。
 気分一つで簡単に変わることができるからあまり意味が無いようだけど、気持ちは少し楽になった。
 ついでに、守る対象を、依存する対象を作った。彼女がいる限り、衝動に負けて、暴走はしないと感じた。

 さて、大分逸れたが、仕事へ話を戻す。
 自分でも理解しえていないことを説明するのは難しい。が、説明しようと思考することが理解につながるからと、お前には必要だと、常々言われているので、ここは我慢して欲しい。
 先ほどの例だと、人が傷つくような行為を世界の場合に置き換えると、どこぞの創作に出てくるような異常な現象になる場合が多い。
 異世界召喚や転生もののテンプレなんかがそうだ。ああいったものは外からもたらされる。
 世界にとって、内側に抱える誰かを奪う召喚の儀式や転生トラックといった行為は、人の身体から赤血球一つ奪うのにナイフを刺すようなものだ。しかも、断りもなしに行う、通り魔のようなもの。迷惑極まりない。
 世界にだって意思がある。それは私たちにも認識できるものか、または神という存在かは分からない。が、その意思が痛みに悲鳴を上げるから、世界に異能者が生まれる原因になっていると誰かが言っていた。

 上司にとっては、自分の庇護対象の人間を拉致される訳だから、異世界に対し攻撃的にもなる。
 自称・神や召喚を行った者には悪いとは思うが、上司は当て付けに彼らの世界に私を送り込む。
 私は世界を傷つけないで渡ることが出来るという。さすがチート。しかし、ものすごく気をつけて平穏な生活を試みていないと、私のフラグ喰いは世界にとって騒動の種でしかない。上司の力の影響下なら問題は無いが、さすがに世界を超えてまでは届かない。一度かなり強固な封印を施してみたが、結局反動でひどくなっただけだった。
 死ぬはずの人が死なない。結ばれるはずの二人が結ばれない。起こる現象が起きない。
 結果、多かれ少なかれ、その世界は本来迎えるべきだった未来とは違う歴史を歩む羽目になる。
 また、上司が私を送り込まなくても、騒動に自分からいつの間にか係わってしまうことも大変多い。フラグ目当てである。
 特に空腹時や寝不足時、酩酊時が該当する。平穏であろうという意思が弱くなって、本能に従っている時だ。
 気がついたら、フラグが立っていた本人と一緒に異世界に来ていたとか、良くあることである。

 おおっと、また話がずれた。どうも、相棒がいないと話が進まなくっていけない。
 私と違って、普通の肉体の人間が何の助けもなしに世界を移動するという行為は、安全バーなしでジェットコースター30連続乗車するようなものである。死んでもおかしくない。
 そこで、私以外の同郷の人間が異世界にいた場合、上司から受けている命令がある。死んでいたら、魂だけでも元の世界に。生き返らせられる状況だったり、生きていたりしたら、理解を求めて協力してもらい、安全なルートでの帰還方法を実施する。
 理由は分からないが、元いた世界に帰っても時間が長く経っていることなどない。長くて一週間前後。そこで生じた空白期間は、上司がなんとかしてくれるし、異能に目覚めていればそのまま仲間になることもある。
 ちなみに、私と契約すると、結構お得だと思う。老い難くなるし、死ににくくなるし、私の中での優先順位が上位になるし。ヒモ生活が保障されるし。
 デメリットとしては、精神が感応しやすくなって、私に情報が流れやすくなるってとこかな?




「上手く説明できなかったが、以上が私、ヒジリの自己紹介、かな。不運にも突如発生した穴から、君と一緒にこちらに来てしまったちょっと変わったお姉さんだ。どうだろう、ジョージ君。理解してくれたかな?何か質問はあるかな?」

 にっこりと、思い切り歯を見せて笑ってみせる。ついでに腕を広げて包容力もアピールしておく。胸が残念なのは気にするな。

「冗談?」

「冗談じゃないんだよ。ほら、窓の外を見てごらん。月が二つあるだろう?」

 窓の外を指差してみれば、そこには大小二つの月が昇り、空を夕闇に染め始めている。
 遠くに見える大きな鳥影は、もしかしたらドラゴンなのかも知れない。
 町並みも見慣れた日本の建築物と違い、ファンタジー映画の舞台になりそうなものだ。

「え」

 しばし、沈黙。
 私は待ちの体勢で、ジョージ君は困惑している。

「夢か、寝よう」

 私の話を、熱に浮かされた状態で聞いていた少年は、そう答えると再び横になり寝てしまった。夢と、そう結論付けたようだ。
 安物のベッドは、そのわずかな動きにも耳障りな音を立ててきしむ。
 私の座る椅子も、この個室も正直言って質のいいものではない。ただ病人が身をおくには必要最低限の設備と、それなりの清潔が保たれていた。建物は古いが、働く人の誠実さがここを立派に施療院として成り立たせていた。

「んー、まあ、無理をさせても、ね」

 軽く背筋を伸ばして、身体をほぐす。思ったより、気持ちが良かった。緊張していたのだろう。喉も少し渇いている気がした。

 さて、これで5度目の説明が、前回同様に夢と片付けられて無駄に終わってしまった。
 いいかげん、次の説明に進みたいと思うのだが、少年の具合が悪いことも理解の遅延の一因だろうし、強制することでもない。彼の具合が悪い原因は精神と肉体が乖離しかけているからで、それには安静にして、ただ時間が解決するのを待つしかない。
 彼から回収した所持品は、彼がまだ保護されて当然な未成年であることを強調し、庇護欲を抱かせる。寝顔も幼く、まだ中学生といっても通じるだろう。
 私が出来ることは、彼が安静で切る場所の提供と、彼が帰還を望む場合は送還を、ここに残ることを望むなら寿命を迎えるまでの手助けをするだけ。あとは彼を害そうとするものからの守護くらいか。
 当面は、その為の資金稼ぎが問題であった。彼のいるこの部屋は施療院の一室で無料ではない。むしろ今私が寝起きしている宿屋よりも高い。
 こちらに来た当初は、影から取り出したものを売っていた。とは言っても、金目のものなど、そう持ってはいない。正直困った。頭を使うのは苦手である。
 が、運よく、ここは剣と魔法とダンジョンのあるテンプレじみた世界だった。




 異世界蹂躙で、最強系で、チートな主人公が私ですね。わかります。





[22028] その2~ぐだぐだな日常~
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/09/30 01:15
 ****ぐだぐだな日常****

 ヒジリの一日は、同郷の少年、ジョージの入院している施療院に朝市で購入した食料を届け、彼の様子を聞くことから始まる。
 そして、施療院をでると、朝食を食べながら、街で一番人の出入りが激しい探索者ギルド運営の斡旋所へ歩いていく。
 斡旋所で、ギルド証を提示し、自分のランク内の依頼から日帰りで達成できそうなものを探し、受領する。ギルドに加入したばかりのヒジリに受領できるのは、簡易なものが多く大抵が日帰りで行えるものばかりなので、深く悩む必要がなかった。
 依頼をこなせば、また斡旋所に戻り、達成報告と報酬の受け取り、及びギルドの指定買い取り品の売却を行う。低ランクの報酬など子供の小遣いみたいなもので、売却が稼ぎの大半を占めている。
 施療院に行く前に、翌日の為に消耗品の補給をし、公衆浴場で一休み入れる。清潔になったところで、手土産とともにジョージを見舞う。調子がいいようなら話をしていく。
 最後は宿で夕飯を取りながら、他愛も無い情報交換をした後、就寝。

 以上が、回廊都市『ガンビ』にて、ヒジリが探索者となった翌日から二ヶ月、ほぼ毎日のように繰り返している行動である。

 回廊都市で一攫千金や身を立てようとする者が多い探索者としては、一般とそれほど変わったところの無い、優等生とも言える一日の流れである。
 探索者は仕事の内容からか、腕自慢の者が多く、血気に逸る者も多い。さらに酒気を帯びれば理性の箍が外れ、暴れるものもいる。故に、常に街は騒動が絶える事が無い。また、ならず者に身を持ち崩すものも多いので、素行の悪い者はもちろん、前歴の不明なものへの周囲の見る目が厳しいのも致し方ない。
 特に問題を起こすこともなく、金払いもいい、優秀な探索者候補であるヒジリへの住民からの視線は、最近柔らかいものへと変わってきていた。

 斡旋所は今日もにぎやかである。その人ごみの中に今日の探索を終えたヒジリの姿もあった。
 買い取りカウンターの近くの椅子で大人しく自分の順番を待っている間も、何人かがヒジリに軽い挨拶をしていく。日が傾きかけたこの時間帯が、低ランク者が帰還して最も込む時間帯である。
 光沢の残るまだ新品の金属鎧で全身を覆う者や、なにやら細々と刺繍が施されたローブをまとった者、ぼろぼろになった布でかろうじて大事な部分を隠した半裸の者など老若男女多種多様な人々が、建物内を行き来している。

「よう」

「ああ、ヴィルさんか。珍しいね、こんな時間に」

 番号札を手慰みにいじっていたヒジリの横に、声を掛けてきた男が座る。
 ヒジリよりも一回り大きな体躯の持ち主に座られ、頑丈なはずの椅子がきしんだ音を立てた。
 ヴィルヘルム・アルグレン。『ガンビ』ではそれなりに名の知れた探索者で、『白の猛虎』の副リーダーだ。ビスターと呼称される獣人で、虎の獣相をもっている。ザンバラに切られたくすんだ金髪は鬣のようで、ヒジリは獣相が獅子じゃないのを少々残念に感じていた。
 二人が最初にあった時にしていた回廊内での凄まじき猛獣のような形相も、ここでは野性味溢れる男臭い笑顔にすげ変わっている。

「お前さんこそ、今日はもう仕舞いか?結構長い間、ここにいるみたいだが」

 自分の手にあるのとヒジリの番号札の数字を見比べる。書かれた数字の差は三十以上あった。カウンターで呼ばれる数字もヒジリの番号よりも大きい。

「査定にさ、時間がかかっているんじゃないかな。数も多かったし」

 カウンターの向こうでは今頃大変なんだろうなぁと、どこか他人事のようにヒジリがぼんやりと思っていれば、ヴィルも思い当たるものがあったのか、頭を掻く。

「なんだ、またどでかいの引き当てたのか、お前さんは。毎回、ついてるんだかついてないんだか、微妙だな。おい」

 苦笑を浮かべ、太い指で額を小突いてくる。冗談半分だといえ、鍛え上げられた戦士にやられると結構痛いものがある。
 軽く手で払いのけると、ヒジリは深く腰掛けなおす。
 カウンターでは何やら価格でもめ始めたようで、声を荒げる男と係員を周囲が迷惑そうに見ていた。鑑定結果が不満なのか、それとも別の何かか。
 二人の位置からでは周囲の喧騒に紛れ、詳しい内容が分からない。だが、これは当分かかりそうだと踏んで、二人は話に意識を傾ける。

「ちょっと深くもぐったらさ、囲まれちゃってさ。もう次から次と数だけは多くて厄介でさ。まあ、結果として楽勝でしたが」

 冗談めかして、肩を竦めて笑ってみせた。
その余裕を示す行為に、ヴィルは若干顔を顰める。

「おいおい、それは結果が良かったからいいものの、奥に行けばやばい奴が、いつ出てきてもおかしくないんだぞ。チームを組んでいるならともかく、お前はフリーじゃないか。庭園くらいまでならそれでも大丈夫だろうが、回廊内でまでそれだといつか痛い目見るぞ」

 説教じみてはいるが、これも先達としての心配からの言葉なのだろう。
 ヒジリもそれは分かっているので、特に反論もせずおとなしく聞いていた。
 
「別にお前さんの実力を疑うわけじゃねえ。だがな、回廊はそんな甘いところじゃねぇんだ。最初は上手くいくかも知れねえが、ランクが上がればソロでなんて無謀でしかねえ。何度も言ってるかもしれねえが、早いとこ相棒なりどっかのチームに加入するかして、パーティー組んで仕事しろよ。お前がいいなら、うちのとこに入ってもいいんだぜ」

「うーん、そうは言ってもね」

 ヴィルの真面目な言い分に、ヒジリは困ったように首を傾ける。
 確かに、このまま探索者を生業としてやっていくなら、ヴィルが言う様にフリーのしかもソロで回廊に潜るというのは自殺行為だろう。
 今、ヒジリの探索者としてのランクはカッパー。登録直後のビギナーから一段上に昇段したばかりではあるが、回廊内での行動制限が緩和されており、一攫千金も夢ではない。しかし、それは危険との隣りあわせでもある。
 ヴィルが言いたいのはその危険性の部分なのだろう。
 回廊内には魔物が巣くう。その中を探索するのだ。遭遇しない、戦わないということはよほど執念深い準備や行動でもしない限り無理だろう。
 一瞬の油断がそのまま命の危険につながるのだから、どうしても死角のできるソロよりもパーティーのほうが安全であろう。
 自分に関してはそれらの危険性はほぼ無いと、ヒジリは内心断言できる。が、正直に言うわけにもいかない。ようやく周囲の視線が穏やかなものに変わっているのに、ここで自分の特異性が広まるのはまずい。自分だけならどうとでもなるが、今ヒジリには守らなければいけない存在がいる。彼が万全でない以上、あまり歩のない賭けをするつもりはない。

「でも、ジョージ君の体調でその日の日程決めているからなぁ。ソロなら問題ないけどパーティーだと自分の都合だけで仕事選ぶわけにもいかないじゃない。それに頭数増えたら取り分減るし」

「ランクがカッパーなら、受けられる依頼の報酬だって前のビギナーよりマシだろうが。確かに報酬だけなら取り分減るだろうが、その分魔物の戦闘で核水晶の入手率上げればいいだろうが。ソロでやるより大物狙いしやすいしよ」

「だ~か~ら~、ジョージ君優先だから他の人に迷惑かけるの。それが嫌なんだってば。しばらくはソロでいいの。チームとかはジョージ君が退院したら改めて考えてみるよ」

「そうか?まあ、その時になったら考えてみてくれ。フリーのまま助っ人として参加してくれてもかまわねえし」

 残念そうな表情を見せた後、ヴィルは耳をピクリとカウンターの方に動かした。

「お、俺の番みたいだな。じゃあな、ヒジリ、一緒に仕事できるのを楽しみにしてるぜ」

 大きな手のひらでヒジリの黒髪をわしわしとかき混ぜると、カウンターへと歩いていった。
 残されたヒジリは、掻き乱された髪を手櫛で整えなおしながら、周囲の視線に少々うんざりする。
 原因ははっきりしている。ヴィルだ。

 はっきり言って、無名の新米探索者に対してここまで熱心に勧誘するヴィルはめずらしい。
 所属しているチームが有名なだけでなく、彼自身も『金虎』の二つ名をもつほどの実力者として有名人だ。
 派手で勇壮な外見に劣らず豪胆な性格の男は、声も大きい。多分先ほどの会話は周囲に丸聞こえだったのだろう。別にこれといった秘密が話されていたわけではないが、内容が説教のような勧誘だった為だろう。彼の勇名を知る者からの羨望と嫉妬の視線が刺さる。主に男性から。
 いやー、ヴィルさん男からモテモテで羨ましいわぁ、などど、内心ふざけていれば、ようやくヒジリの番号が呼ばれる。

 カウンターで番号札を渡すのは、短い間ですっかり顔なじみになってしまったギルドのお姉さんだ。
 長い耳がふるふると身体の動きに合わせてゆれている。若く見えるがエルフなので見た目どおりではないのであろう。ここで働くギルド員は皆紺色の制服を着ているが、彼女にはよく似合っていると思う。

「大変お待たせいたしました。こちらが今回の鑑定結果と買い取り金額になります」

 カウンターの盆の上に、一枚の紙と皮袋が置かれる。
 紙には今回ヒジリが持ち込んだ品の個別鑑定額と鑑定手数料、および総計金額が書かれていた。魔物の核水晶が多く、評価もまちまちだったことから時間がかかったのだろう。
 書かれている金額は6722レリン。中堅カッパーランクの依頼報酬金額の相場が大体角銀貨5枚、5000レリンだから買取品だけでかなり稼げたといえる。これに依頼報酬も加わるのだから結構な金額だ。『ガンビ』だと普通の宿屋での二食付き一泊が円銀貨3枚前後、300レリン程度。パンなら一個角銅貨1,2枚、10から20レリン位か。しばらく依頼を受けないでも困らないくらいの稼ぎになる。
 最初腕試しをした時より大分手を抜いているにしても、魔物を倒すほうが普通にランクに沿った依頼を受けるより効率よく大金を稼げそうだ。だが、そんなことをすれば噂に上らないはずがないので、ヒジリの選択肢に今のところそれは存在していなかった。もっともそれは今更なのかも知れないが。

「はい、毎度。じゃあ、また明日」

 皮袋の中を確認し、鑑定結果の書類にサインをする。そして、支払い証明書と皮袋を懐に収めるとカウンターを離れる。
 いつもなら軽い会話をしていくところだが、さすがに待ち時間が長かったので早々に斡旋所を出ることにした。
 建物に入る前はまだ高かった太陽も大分傾き、空を茜色に染めている。今から日課である公衆浴場に向かえば、施療院の面会時間に間に合うか微妙なところである。しばし悩むが、自分の格好を見てこのままでも良いかと思い直した。
 確かに戦闘をし、汗を掻いたが庭園を抜ける前に軽く汚れを落とし身奇麗にはしている。まあ、体調次第では面会せずに差し入れだけして帰れば良いだけだ。
 施療院に向かう道すがら、いつものパン屋に寄る。円銀貨数枚でジャムとパンを適当に大人買いする。いつもしている差し入れだ。店主も手馴れたように袋につめていく。
 正直、世話になっている施療院は経営状態が厳しいとヒジリは思っている。孤児院も運営しているそこは、建物が古く働いている人間も少ない。
 その上、通院している者の大半はどう贔屓目に見ても裕福そうには決して見えない。偶然見てしまったが、廊下の影で支払いができないという患者にできる時に支払ってくれれば良いと言う医者の会話は多分よくある光景なのだろう。医者もどちらが病人かと問いたくなるような不健康そうな身体によれよれの服を着ていた。当初、ジョージに出された入院食も貧相すぎて涙が出そうなものだった。
 最初の探索で結構な大金を得たヒジリとしては、速攻でジョージの待遇を改善すべく行動に移した。医者としての腕は評判が良かったので、施療院を移ることはしなかった。とりあえず、落ち着いて養生できる環境にすべく、個室に移動し、寝具などを購入し持参した。食べ物もジョージの好物が分からなかったので、とりあえず朝は市場で果実や野菜を、夕方はパン屋でパンなどを大人買いし、余ったものは施療院側で処理してもらった。それで捨てられようが食べられようがヒジリの知ったことではなかった。

「すいませーん、ヒジリですけど」

 忙しそうな看護婦に声を掛ける。悪いとは思いつつ、一応挨拶しないとこの手土産を処理できないのだから仕方ないと開き直る。
 こちらを振り向く一瞬で、疲れた顔を笑みに変えた彼女は、ヒジリに向かっていつもの挨拶を返す。
 それにヒジリも答え、後はジョージの今日の様子を聞くのと手土産の譲渡を行うのが常だった。それで面会できそうなら説明に赴き、無理なら素直に帰宅だ。ジョージの他にも入院している患者はいるのだし、手間を取らせるべきではなかった。




 結局、この日もジョージへの説明は上手くいかず、帰りに公衆浴場で長居するヒジリの姿があった。





[22028] その3~ぐだぐだな説明~
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/09/30 01:15
 ****ぐだぐだな説明****

 二人が異世界転移してから三ヶ月が経とうとした頃、ようやくジョージがヒジリの話にきちんと向き合うようになった。
 とは言え、今までのヒジリの話をちゃんと覚えていたわけではなく、体調の回復に伴い説明を受け入れるだけの精神状態になったというだけの話だ。

「さて、これで次の段階に説明が移るわけですが、ヒジリちゃんとしては苦労が実って嬉しい限りです。どんな質問にも張り切って答えちゃいますよ。さあ、何が聞きたい?」

 にっこりと笑うヒジリに少々ジョージは面食らいながらも、考えをまとめようとした。
 ジョージには、目の前の存在が、自己申告したような存在だとは正直信じられないが、窓から見える景色が自分の常識ではありえないものである以上受け止めるしかなかった。逃げていられないと感じた。

「ここが異世界だとして……」

 それでも認めたくない心情が、ジョージの口を重くする。

「異世界だとして?」

 一方、ヒジリは笑みを崩さなかった。
 今日はまだ日も高く、面会可能時間は十分残されており、焦る必要がないと思ったからだ。

「俺が元の世界に戻ることは可能なのか?」

 長い寝たきり生活で伸びた髪が、ジョージの動きに合わせて揺れる。それは彼の内心を表すかのようで痛ましく映った。
 だから、からかうこともせず、ヒジリは背筋を伸ばし、真面目に答えることにした。

「条件付で可能。その条件も時間は少々かかるけど、そう難しいことじゃないよ」

「条件?それって、何?」

 不安なのだろう。ジョージの視線は右へ左へと揺れて落ち着かない。
 それでも口からこぼれる言葉は明瞭で、聞き取りやすかった。

「一つ目は、帰還者である君が転移前までか、それ以上に健康であること。これは送還にかかる負荷に耐えるために最低限必要なの。死体が辿り着いてもしかたないでしょ」

 世界を超えるのは容易ではない。もちろんただの人が超えようとなればその身にかかる負荷も相当のものになる。死んでいないのが奇跡なのだ。
 ヒジリにとっては耐えられようと、ジョージが耐えられないようでは意味が無かった。
 故に、ヒジリは二つ目の条件を口にする。

「二つ目は世界の境界が薄い場所に行くこと。これは回廊内、それも深部ほど条件に当て嵌まる、と思う。まるでそれが目的のような場所だったし。だけど、あいにく魔物がいるので、君には最低限回廊について学んで欲しい。戦えと言う訳じゃなくて、君自身の自衛の為。無知のまま足をひっぱって欲しくないの。何も知らないで行くには、君には危険な場所だから」

「他には?」

 真剣な表情だ。話を聞きながら、自分で出来ることを必死に考えているのだろう。

「以上、二点よ。私が知る送還の方法で君に関係あることは、だけど。私より有能な人ならもっと簡単に君を返すこともできるんだろうけどね。私では君に負担が掛かる方法しか思いつけないよ。ごめんね、頼りなくて」

 わざとおどけて情けない顔をして見せれば、首を振られる。
 ジョージにしてみれば、帰れるなら方法はそれほど気にはしないから構わないということなのか。それとも、情けない顔のヒジリの頼りない発言への慰めか。
 ヒジリにはよく分からなかった。わざわざ思考を読む必要も感じなかった。

「さて、次の質問は何かな?」

 足を組みなおし、真剣な表情のジョージに軽く笑って見せる。
 しばしの間。
 一息吐いた後、ジョージは再び口を開く。

「さっき、回廊って言っていたけど、何ですか、それ?」

「それはまた難しい質問だね。……君はゲームってよくやる?」

 いい答えが見つからず、ガシガシと頭を掻きながら尋ねてみれば、ジョージは軽くうなづいて見せた。

「まあ、簡単に言うとすると、RPGなんかでよく出てくるダンジョンのようなもので、この世界での一般的な呼称かな?」

 そこで一度切り、こめかみ付近を数度掻いた後、言葉を続ける。

「この世界の人にとっては神話に登場するような、遥かなる過去の遺物であり、数多の魔物の巣窟で、人々の生活の基盤となる様々な物資の採取場所でもある。建てられた目的も内部の構造も未だ不明確で不確実。戦後、国という枠組みを超えて、この内部に挑む人々を探索者と呼び、支援する探索者ギルドという広規模な組織も設立されている。この街は、そんな回廊を中心として発展してきている」

 懐からギルド証を取り出し、手渡して見せる。

「それが探索者ギルドの発行している証明書。これがないと回廊と都市の境界にある門を通れないことになっている。君が帰還する上で獲得しなければいけないものだ。まあ、取得するだけなら、お金の問題だから今すぐでも大丈夫だけど」

「自動車免許証みたいですね、これ」

 手渡されたヒジリのギルド証を見つめながら、そこに書かれた文字が見知らぬものであることにジョージは少し悲しくなった。

「ああ、確かに似てるかも。こちらでも身分証明書として使える位は認知度が高いから、結構便利だよ」

 返されたギルド証をヒジリも見つめ、気づかれないように苦笑した。
 あちらほどの精密さはないが個人を識別できるほどの顔写真が表側の右半分に載っている。似ているというジョージの意見には素直にうなずける。だが、帰還するという強い目的意識は大歓迎だが、今ホームシックになられても困る。
 話題を変えようと考えるが、特に浮かぶものもないので、そのまま説明を続けることにした。

「ちなみに、それはランクがカッパーの探索者に発行されるやつ。縁取りが銅でしょう。ギルドに入会した時点ではランクはビギナーで縁取りが黒いの。ギルドを介した依頼を一定数こなせば、すぐにカッパーに昇格できる。まあ、その後は指定依頼をこなしていかないと無理だけど、シルバー、ゴールド、アダマンっていうのがあるの。アダマンとかは後世に伝説が残るレベルって話だから、実際に見たわけじゃないけど」

 話しながら、別の話のネタはないかとバッグに手を突っ込む。一番上に入れていた皮袋をとりあえず取り出すことにした。
 今日の報酬が入った皮袋だった。
 ちょうどいいので、それを説明することにした。

「そして、これがこの国の通貨。単位はレリン。金貨、銀貨、銅貨の三種類にそれぞれ角貨、円貨の二種類がある。退院したらいくらか渡すから、実際に使って覚えたらいいよ」

「え、そんな。お金なんて」

 困ったように遠慮するジョージに笑いたくなった。
 面倒を見るといっているのだから素直に甘えれば良いのに、と思うのだ。
 
「いいや、遠慮しないで良いよ。最初の自己紹介で述べたように、君の保護は私の仕事の範疇になるんだ。だけど、もし借りを作りたくないというなら、私と契約を結んでくれないか?」

 正直、あんなに長々と話された自己紹介をきちんと覚えてはいられないと思うのだが、はっきりと言い切られるとそういうものかと判断してしまう。まだ、ジョージの熱が下がっていないのも思考力を鈍らせている要因だろう。
 返事はあっさりとしたものだった。

「いいですよ」

「おや、あっさりと了承するね。内容とか聞かないでいいの?後で、辞めますって言っても駄目なんだけど」

 ヒジリがからかうように言えば、困ったような顔をする。あまり深く考えていなかったのだろう。
 そこに付け込んでも良かったのだが、ヒジリとしても後で揉めるのも面倒くさい。

「私がしたい契約って言うのは、まあそんな大層なものじゃないんだ。私の当面の目的としての庇護対象になって欲しいんだ。私の名前を呼んで。私に守られて。私が力を振るう理由の一端になって欲しいの」

 漠然として意味がよく分からないと、ジョージは首を傾げる。
 ヒジリも、自分の説明がまずいことを自覚しているので笑ってごまかす。

「あー、分かりにくいか。私ってね、庇護対象がいないと力が安定しないみたいなんだよね。この世界で生活していく上では、力は安定して発揮できた方が楽できるでしょ。だから、元の世界に戻るまででいいから、安定剤代わりになってほしいんだ」

「それで、具体的に俺は何をすればいい?俺はただの高校生だ。あんたみたいに特殊な力なんて無い。無いんだよ」

 熱が上がってきたのだろう。目に涙が溜まっている。
 ヒジリの視線を避けるかのようにジョージが顔を伏せれば、不安に揺れる気持ちを表すかのように下に零れ落ちる。

「具体的、具体的に、ね。とりあえず、君にしてもらいたいのは、帰りたいって気持ちを忘れないでいて帰還に向けて頑張ってほしいのと、私の名前を覚えて欲しいかな。あ、私の方法に文句があるなら、我慢しないでちゃんと言って欲しい。当面、一緒に暮らすことになるだろうから、できれば仲良くはなりたいかな。後で私たちが知人で終わるか、友人になれるかは契約とは別問題だけど、ね」

 できるだけ軽い調子を崩さず、ヒジリは言葉をつむいだ。
 目の前の少年から、肯定の言葉を引き出すにはどうすれば言いかと、あまり出来の良くない頭で考えながら。

 そして、一方的にヒジリが喋るのを遮るように、ジョージは口を開く。

「そんなのでいいのか?」

「そう。大層なものじゃないだろう?」

 それはどうだろうか?

 引っかかるものを感じながらも、熱で回らない頭でジョージは受け入れることを決めた。
 帰還の方法を知る人物が目の前にしかいない以上、それしか選択肢がなかったとも言えた。




 現実を受け入れたからか、覚悟を決めたからなのか。
 この日より、ジョージの体調は、今までが信じられないくらいの勢いで快方に向かっていった。




[22028] その4~ぐだぐだと回廊探索~
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/09/30 01:16
 ****ぐだぐだと回廊探索****

 いつものように宿の主人の娘、アリアに見送られ宿を出る。
 同宿の探索者が斡旋所に向かうのから逸れて、ヒジリは施療院による。
 施療院にて昨日と変わらぬ会話をした後、依頼を受けに斡旋所に向かう。
 背中のバッグには特製弁当と飲料水のボトル、探索必需品及び買い取り品収納用の皮袋が数枚収められていた。個人的には探索必需品の数々は不要だったが、回廊内で他の探索者と合流することもあるため一応持参している。

 斡旋所では受付前の掲示板に張り出されたランク別の新規依頼の数々を人の隙間からざっと眺めて、都合がいいものを探す。
 所々依頼書の並びに空白が出来ているのは、朝早く先行した探索者にすでに受領されているからか。手間が掛かるものや相場に比べて報酬が少ないものは人気がないのだろう。
 
 今日はどうしようかと、考えながら目の前の依頼書を見比べていく。
 庭園内に咲く青椿のつぼみの採取、は花に詳しくない上に指定量が多いので却下。
 魔物のネズマタの牙と尻尾の収集、は倒すのは簡単だし報酬は収集量次第で一見おいしいが、体液の匂いがきつく回収作業が地味にきついので保留。
 庭園の道路補修工事者の護衛、は一日の報酬はいいが、作業終了日まで拘束される上、魔物討伐による収集の見込みが限りなく低い。駆け出しの探索者にはいいだろうが、正直ヒジリには物足りなさ過ぎる。
 魔道具オートマップの試作品の運用実験協力、は報酬が少ない上に数日掛かるものだが、報酬不足分は遭遇する魔物からの収集で十分補うことができる。それにギルド昇段指定任務でもあった。

「魔道具、ね。どんなかな」

 ヒジリはこれを受けることに決めると、掲示板から依頼書の控えを取り受付に向かう。
 
 日も既に昇りきったこの時間は、朝のピークも過ぎ、人の波も途切れがちになる。
 今日は運よく順番待ちの番号札を渡されることもなく、ヒジリはすぐに開いている窓口へと誘導された。

「おはようございます。依頼書の控えとギルド証を見せていただけますか?」

 朝の挨拶と共に出された受け皿に、言われたとおりに二枚を載せる。受け取ったギルド員は、それを手に一端奥に下がると、何かを手に戻ってきた。

「お待たせいたしました。では、こちらの書類にサインを」

 こまごまと注意事項などが書かれた規約同意書が、カウンターの上に差し出される。
 探索者ギルド加入にあたって説明された様々な規約が書面になったそれは、依頼を受けるに当たって常にサインが求められる。
 依頼によっては、追記事項が加筆されていることがあるので、一応ざっと目を通した後、書きなれない文字で自分の名を記入する。
 そして、ギルド員は同意書と入れ替わりに、少々大きめな箱を置いた。
 中には、魔水晶がいくつかはめ込まれた手の平大の円盤とそれを固定する為のチェーンストラップ、それと魔力貯蓄板が一枚入っていた。

「では、依頼の説明をさせていただきます。今回、こちらの魔道具の運用実験となります。実際にこちらを装着していただいて、回廊内を探索していただくとことになります」

 そういって、箱の中から魔道具と説明書を取り出し、使い方を丁寧に説明していく。
 腰に装着するタイプで、はめ込まれた魔水晶が、常時周囲の地形を観測し自動に地図を作成していく仕組みらしい。
 大体魔力貯蓄板一枚で一日使用できる計算らしいが、予備として一枚付属して持っていくことになっている。
 一応一日ごとにデータを回収する為に、毎日の帰還を求められているが、これは不測の事態も考慮してのことだろう。

「一応こちらのカバーを開いてここを押していただければ、実際に作成された地図を見ることも出来ますが、お勧めしません」

 実際に操作をしながら見せてもらう地図は、現在地と思われる地点に光点がでた。だが、それ以外には何も記されてはいない。

「まだ、試作の段階ですから、地図の精度などを保障できませんから」

 にっこりと笑われて、ヒジリもそれなら仕方ないかと頷いておいた。
 ギルド発行の地図を所持している以上、わざわざ保障のないものを頼りにすることもない。
 そして、他にも細々した注意事項を聞いた後、ヒジリは窓口を後にした。

「では、お気をつけていってらっしゃいませ」

 野太い声で見送られながら。




 朝の受付時間が終わり、窓口にいた男は書類を仕舞う為、奥の事務所に向かう。
 扉をくぐって直ぐに、同僚の男に捕まった。大きく無骨なその手にがっしりと肩を掴まれ、どうやら逃げることは無理と悟る。
 顔を見れば、多分仕事の話ではく何か愚痴りたいだけなのだろう。いい歳をした男が、口を尖らせても不気味なだけだ。

「おい、さっきのあの人、今日も依頼受けたのか?」

 同僚の問いかけに、男は手の中の書類に目をやる。
 その中に、同僚の言うあの人、ヒジリのサインが記入された依頼同意書もあった。

「ああ、受けたな」

 返事をすれば、同僚は呆れた表情をしてみせた。そして、右手で顔を覆ってみせる。

「おいおい、勘弁してくれよ。また、仕事増えるじゃねえか」

「たかが一探索者にそこまで言うか?」

 最近よく見かけるが、たかがカッパーランクの探索者だ。しかも2ヶ月前まで、ビギナーだった新人の何が問題だというのだろう。
 不思議に思って男が問いかければ、大げさな身振りでうなだれている同僚は、再び呆れた表情になった。

「お前、知らないのか?あの人だぜ、ほぼ毎日、結構な額の核水晶を売りに来るの。おかげで俺のところは、支払い用の現金集めに大忙しってわけだ。銅貨とかは大丈夫だが、金貨とかがな、危ない」

「そんなにか?」

「そんなにだよ。一回ごとの買取は、シルバーとかなら結構普通な金額だから問題ないんだけど、毎日となると別だ。普通は探索ごとに休暇を挟むだろう。特に高額な支払いなんて、同じ奴に月に数回すれば多い方なのに。あの人のおかげで、ここの所、金庫の中身は出入りが激しくってさ。出納帳とか書く、こっちの身にもなってくれよ」

「別に彼は悪くないだろう。規定に抵触するわけでもないみたいだし」

「まあ、規定には触れていないな。だけどな、持ち込み品もちょっと扱いに困るものも混ざってたりして、本部とかの申請が面倒くさいんだよ。あの人の持ち込み品、鑑定士たちの実力試しになってんだぜ」

 ぼやく同僚は一通り男に話すと満足したのか、手の中の書類を受け取って自分の席に戻っていった。

「要注意、とかに指定されるのかね。あの人」

 先ほど窓口で向き合ったヒジリの印象は、男にとってそれほど印象的ではなく、せいぜいが左前方部の黒髪の一房が白かったことと背が高そうだったことくらいだ。東のリグオウカなら、よくいそうな顔立ちだった。
 ヒジリ自身には落ち度はない。毎日依頼を受けて探索してはいけないという決まりなどはないし、持ち込む品もランクより上の実力があることを示しているだけだ。
 ただチームではなく、フリーの一個人が、ここまでギルドの内部で噂になるということが、男に懸念をもたせる。
 上位の探索者が少ないのは、何も実力ある者が少ないからというだけでなく、実力ある者を国や貴族が雇用したがるからだ。しかも、有名轟く者や二つ名を持つ者は高待遇で勧誘されがちだ。
 同僚の口ぶりでは、ヒジリの名前が彼の部署で上らない日はないようだ。そう遠くない未来に、二つ名を持ち、貴族などからの勧誘合戦がはじまるだろう。
 どこぞの貴族とかと、問題だけは起こしてほしくはないが。
 男は数年前にあった騒ぎを思い出し、ため息をついた。




 斡旋所を出て、左手前方にすぐ。
 大きな跳ね橋があり、その向こう岸に重厚な壁と門の扉が見える。
 あの壁が、回廊に巣くう魔物から都市を守る最後の防壁となっている。さらに、有事の際は跳ね橋も上げられ、回廊と都市はほぼ完全に隔てられる。
 こちら側の跳ね橋の両脇には、回廊を行き来する人々をチェックする兵士の為の詰め所がある。右側の赤い屋根が入場者の受付所を兼ねており、反対側の青い屋根が退場者の受付所を兼ねている。 
 そこを抜ければ、回廊と呼ばれる建物を囲む庭園に出る。
 庭園には季節や風土を無視した植物が様々に生い茂る。回廊から門までは一応石を引きつめた舗装された道がある。が、それも定期的に補修をしないとあっという間に緑に埋め尽くされる。
 今日も何人かの作業員が探索者に護衛されながら、道を遮るような草木を伐採したりしている。
 道なりに歩いていけば、陽光を受けて不思議な光沢を見せる建物にたどり着く。
 継ぎ目の見えない不思議な素材で出来た建物は、ヒジリにはどこぞのビルのように見えた。
 建物の入り口近くには、都市にあるのと同じ外観の建物があり、警備の兵士や探索者の休憩所兼避難所となっている。
 中に入れば、巨大な七色に光が点る円柱と、それを中心に四方に均等に配置された魔水晶をあしらったアーチがあった。周囲の壁や床は、円柱の光源の明滅に合わせて、同色の光が下から上へと線状に走っていく。
 外から陽光が入ってくるのは、入り口だけで、内部を照らすのはその七色の光だけだった。

 ヒジリも最初にここを訪れたときは、その不思議な光景に目を奪われた。だが、既に三ヶ月も毎日通っていればそういった感動も感じなくなる。

「今日はどれにしようかな?」

 一人呟き、腰に佩いた刀とは別に持参したグレートソードを床に垂直に立てると、そっと手を離した。
 支えを失った大剣は、ゆっくりと傾き、酷く耳障りな思い金属音を響かせ倒れた。倒れた柄がさす方を見れば青い魔水晶のアーチがある。

「白蛇宮か。あれ、使ってみるかな」

 倒れた大剣を拾い、ヒジリはアーチを潜り抜ける。
 微妙に浮遊感を感じた後、視界に広がる光景が変わった。

 通路はどこから光源が来るのか明るく、水色のドットを描くように光る石が白い壁に嵌め込まれている。
 先ほどの場所にあったアーチと同様のものを背に歩き出せば、しばらくは一本道で迷うこともない。横幅は10メートル、天井までは、ざっと見てこちらも10メートルはありそうだった。
 やや湿った床にはいくつか新しい足跡が残っており、誰かがこの先にいることを教える。
 白蛇宮と呼称されるこの場所は、あまり道に分岐がないのが特徴だ。この道の先には、吹き抜けが見えないほど上まで続く広間と、そこに至る吹き抜けの外縁を沿って降りる長い階段がある。
 
 通路の隅でふるふるとうごめくスライム上の魔物プディを一体、手にした大剣で掬い上げる。そのまま、ぽんぽんと羽根突きしながら、ヒジリは先へと進んだ。
 
「よーん、ごー、ろーく」

 数えながら進むうち、前方から風が流れてくる。
 わずかな血臭。
 ヒジリは口の端をゆがめる。

「これは、誰かフラグを立てたなぁ」

 大剣を一振り。プディが壁へぶつかり割れる。
 中から小さな核水晶が出てくるが、拾うことはせず先を急いだ。




[22028] その5~悪意と遭遇~
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/09/30 01:16
 ****悪意と遭遇****

 回廊内には魔物が巣くう。
 地上付近や庭園内に出没するのは、大概が小物で訓練所を出ていればそれほど危険性のない魔物ばかりだ。
 逆に地上から遠ざかれば、魔物の危険性も急激に上昇する。
 普通、日帰りできる範囲に命の危険を感じるほどの魔物は出没しない。それは半ば常識といえた。

 だが、例外も存在する。

 デモビア。
 それは正確には、魔物ではないのかもしれない。
 人型をしたそれは、体表面のいたるところが結晶化しており、高い魔力をもつ。
 下位のものでもシルバーランクで構成されたパーティー以上の戦力が必要といわれる。記録に残る中では、200年以上前に帝国の回廊都市に防壁を破って出現した一個体が、多くのゴールド・シルバーランクの探索者や騎士を屠り、後に英雄で名を残した人物までをも重症にまで追い詰めている。
 それは回廊の深度を問わず、唐突に出現し、遭遇した者を襲った。
 最悪の敵。
 多くの探索者にとって、それと遭遇することは死を意味していた。

 そして、ヴィルの視界には忌々しいそれが、ゆっくりとこちらへと近づいてくる姿があった。

 あいつらは、無事逃げ切れただろうか?

 じりじりと、いたぶるかのように距離をつめてくる。一歩下がれば同じように一歩。
 自分たちが盾になって、逃がした新入りたちの姿はもう視界内にはない。
 最初に遭遇した場所よりもかなり上の階まで、段を昇っている。時折氷の矢を飛ばしてくるが、単純な軌道のそれを防ぐのは容易く、深い傷を負うほどではなかった。近くにいる仲間たちもまだ動けないほどの傷を負っている者はいない。
 が、氷の魔法で急激に下がる気温と強いられる緊張に、体力はどんどんと削られている。限界は近かった。

 遊んでいやがる。

 にやにやとした笑みを貼り付けた顔が忌々しい。
 だが、ヴィルにはそれを止めさせる方法がなかった。
 愛用の斧は、刃を強い力で引きちぎられ歪み、威力を期待できない。

「チィッ」

 デモビアの何気ない右手の一振りが、鋭い氷の矢を作り出す。矢は集中を欠いたヴィルを襲う。
 咄嗟に斧を盾に、矢の直撃を防ぐ。
 無理やりな力技と、矢の衝撃に右腕に痛みが走る。矢を受けた斧の表面が凍りだす。

 もう、使えねえか。

 氷結部位が広がっていくのを見、ヴィルはデモビアに向けて投擲した。
 攻撃にもなっていないそれは、先ほどの一瞬で詰められていた間を再び空ける為のわずかな時間稼ぎであった。
 後方の仲間のところまで下がる。
 ヴィルの脇を抜け、仲間の魔法による炎の矢が飛んでいく。
 効果は薄いが、足止めにはなった。

「どうする?」

 魔法を放ったのとは別の仲間が声を掛けてくる。トレードマークの帽子も脱げ、金の髪が赤く染まっていた。

「ヨーン。あいつらは?」

「運が良ければ、今頃アーチ位には辿り着いてんじゃね?」

 問いに答えながら、ヨーンは手にした魔道具をデモビアに向けて放る。
 ヴィルたちと奴との間に氷の壁が一瞬にして生じる。
 と、同時にヴィルたちは上へと駆け上がる。
 壁はすぐに破られることだろう。だが、そのわずかな時間に距離を開ける。
 その繰り返しで、ヴィルたちはここまで昇ってきた。
 アーチを抜けることが出来れば、援軍も期待できる。
 武器を壊され、ろくな攻撃手段が残されておらず防戦一方。
 逃げに徹するしか、もう彼らに生きる可能性はなかった。

「後いくつだ?」

「3つ。ったく、大赤字だぜ」

 駆け上がりながら、ヴィルが尋ねれば、ヨーンは嘆くように答える。
 余裕を装うが、すでにヨーンの愛用の槍もガラクタと化し、無手となっていた。
 万が一と持ってきていた使い捨ての魔道具だけが、今の彼の武器だった。

「きついな」

 まだ先が長い階段に、弱音が漏れる。
 しかし、諦めるわけにもいかなかった。懸かっているのは命なのだ。

 下方で硬いものが割れる音が響く。
 氷の壁が砕かれたのだろう。
 予備の短剣を抜き、ヴィルは皆の殿につく。

「走れ!」

 飛んでくる氷の矢を打ち払う。

「エメリ!」

 打ちもらした矢が、脇を抜けていく

「《炎の矢》!」

 犬耳のビスターが握る杖から炎が飛ぶ。矢は相殺され、靄が生じる。
 視界が悪くなる。
 が、それを気にしていられるほどの余裕は、ヴィルにも仲間たちにもない。

 少しでも距離を。

 だが、そんな彼らの努力をあざ笑うかのように影が、靄の向こうから飛び出してくる。

「くそっ」

 近距離からの数多の氷の矢が、ヴィルに迫る。
 さすがに防ぎきれず、四肢に突き刺さる。
 動きが止まる。
 追い討ちをかける様に、蹴りをくらい、壁へとぶつかる。
 痛みに、たまらず声を上げた。

「ヴィル!」

 ヨーンの声に、デモビアはヴィルから意識をそちらにうつす。
 右手に凍気が集う。

 まずい!

 立ち上がろうにも、刺さったところから徐々に凍りだした四肢がヴィルの動きを封じる。
 ヨーンが手の魔道具を投げようとする。
 それよりも早く。一瞬にして、開いていた距離を詰めるとデモビアは、氷の刃を突き立てんとした。

「ヨーン!」

 ヴィルの視界に、最悪の未来が映る。
 ヨーンとデモビアの間に、詠唱を破棄したエメリが身体を滑り込ませた。
 デモビアの動きは止まらず、鋭い切っ先がエメリの腹へと向かう。

 デモビアの笑みが、一層いやらしく歪んだ。




[22028] その6~ぐだぐだな戦闘~
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/09/30 01:21
 ****ぐだぐだな戦闘****

 走る。

 ヒジリは走る。

 前方から傷だらけの一団から、殿としてヴィルたちが戦っていることを聞いた瞬間、制止の声を無視して走り出した。
 ヒジリが感じたフラグの匂いは、死に関するものだった。
 ならば、この先にいるというヴィルたちは死ぬだろう。そのままならば。
 だから急いだ。
 胸に埋め込まれた石の力を解放し、身体を強化。
 一本道を抜け、上から落ちる水柱を中心とした螺旋階段を駆け下る。
 急ぐ気持ちが身体を前のめりにし、勢いづいた。

「あばばばばっ」

 足が止まらなくなった。
 右足が地面に付いたと思ったら、勝手に左足が前にでる。螺旋階段自体は緩やかなカーブなので、今のところ壁や手すりにぶつかることはなかった。
 しかし、止まろうにも濡れた床が足のすべりを良くし、一層勢いをつけることとなった。手にした大剣を床に突き刺せば、どうにかなるかも知れないが、今一気が進まなかった。
 結果。

「うひゃひゃひゃぁ」

 上下に揺れ、珍妙な悲鳴を上げながら駆け下りていった。

 冷たい風が、下方から吹く。
 血の匂いが混じったそれに、視線を下へと転じる。
 そこには氷の矢に四肢を貫かれたヴィルが。
 身体をくの字に曲げる勢いで蹴りを叩き込む何かの姿があった。

 あれだ。あれが敵だ。

 ヒジリの瞳が赤く染まる。
 先ほどまで悲鳴を上げ、だらしなく開いていた口を閉じ、にたりと笑った。
 視界に予知のノイズが走る。
 見えた光景に、床を踏み抜く勢いで足を下ろし踏み切る。そして、勢いそのままに、斜め下の敵に向かって跳んだ。

「強襲直下爆撃!」

 ヒジリの掛け声に、デモビアは刹那動きを止め視線を向ける。
 大剣の切っ先は、ヒジリの狙いよりやや上方の喉に突き当たる。
 食い込んだ衝撃のまま、後方へと倒れこんだデモビアは赤で満ちた目を大きく開いた。信じられないとでも言いたげな表情だ。
 そして、大剣から手を離していないヒジリはそのままデモビアの上に膝をつく形になった。

 ここで終わっていたら、それなりに格好良かったのだが。

 残念なことに、ヒジリの勢いは消えておらず。また、デモビアの体表が結晶に覆われていたことや床が濡れていたこと、場所が階段であったことなどが災いした。
 デモビアを下敷きにヒジリはそのまま下方へと滑り落ちていく。

「ひゃああああぁぁぁ……」

 悲鳴が木霊する。
 最悪の状況から一転。
 事態の変化に呆然としていたヴィルたちは、その声で我に返った。

「ヒ、ヒジリ!?」

 ヴィルが慌てて顔を向けたが、もうヒジリの姿は見えなかった。
 後を追うにしても、満身創痍な彼らがするにはまだ幾ばくかの時間が必要であった。

 すごい勢いで、デモビアに乗って階段を滑り落ちる。
 何も知らない者が見たら、目を疑う光景であろう。

「ていっ」

 未だ生きているデモビアを殴りつけながら、滑っていく軌道を修正する。
 首に突き刺さっていた大剣は、最初の抵抗で折られて使えない。だが、力を解放したヒジリの拳は、鎧代わりの体表の結晶をたやすく砕き、痛手を負わせていた。
 勢いづいた今、もう壁にぶち当たるか一番下の広場まで辿り着くしか止まれない。デモビアから落ちて階段オチネタをするつもりはなかった。
 しかし、悪あがきをするしぶとい敵が、ヒジリの思惑を汲むなどというサービスを持ち合わせているわけがない。
 結局、曲がりきれずに手すりを越えて飛ぶことになった。




 ヒジリに助けられた形になったヴィルたち。新入りが数人の兵士と見慣れぬ探索者数人を援軍として連れてくるまで、その場を移動できずにいた。
 応急処置を施し終えた途端、緊張が切れたヴィルたちはその場に座り込んで動けなくなっていた。疲労が急激に襲ってきたのだ。特に、魔法を連発していたエメリは、気絶していてもおかしくないくらいだった。
 せめて凍気だけでも何とかしようと、ヨーンが残った魔道具で火柱を生み出していなかったら、援軍が間に合うまで持たなかったかもしれない。
 三人の顔色は酷く悪かった。

 黒髪の小柄な女性が、そんな彼らの様子を見てすぐさま神聖魔法を掛ける。
 優れた癒し手なのだろう。失った血までは戻りはしないが、三人の傷はきれいに塞がった。

「デモビアはどうした?」

 女性の連れなのだろう長身の男が、一番元気そうなヨーンに尋ねる。
 援軍としてきたのに肝心の相手がいないのでは気になるのも仕方ない。が、尋ねられた方としても、先ほどの光景が今一理解しがたかったので、ただ消えていった方向を指差した。

「追い返したのか?」

「いや、探索者が一人、奴にぶつかって、そのまま下に滑り落ちていった。大分経つと思うが、どちらも姿を現していない」

 倒したのか。殺されたか。
 ここからでは何も分からなかった。声も中心を流れる水にかき消されるのか、聞こえてこない。

 そのままここにいても仕方がないので、援軍として来た者たちと同行を願い出たヴィルの代りにヨーンが下へと向かう。
 怪我が治ったところで血を失いすぎたヴィルや精神疲労が酷いエメリは、新入りと共に回廊外へと帰された。
 警戒しながら進めば、途中デモビアのものと思われる黒い血と砕けた結晶が点々とあった。
 一番下の広場まであと半分となったころ、その痕跡は手すりへと向かい途切れた。
 ここから落ちたのか。下を覗き込むが、靄が掛かって今一状況が分からなかった。
 ただ、戦っているにしては水音や自分たちが出す音以外聞こえてこないのは、そろそろ不自然であった。
 懸念から、一行の歩みが遅くなる。
 慎重に進み、もう少しで広場というところで人影が見えた。広場の中心で上がる水しぶきによる靄のせいで、姿が良く見えない。
 緊張が走る。

「おーい、攻撃しないでー」

 場にそぐわない間の抜けた声が響く。女性にしては低めのそれに長身の男が一行の先頭に立つ。
 声の主がデモビアであった場合、それはかなり危険な上位種である証明だからだ。
 もっとも、そんな男の心配はすぐに打ち消された。
 
「ひーくしゅ」

 人影は身体を大げさなまでに揺らして、くしゃみをした。
 その隙に間を詰めれば、全身ずぶぬれの軽装の探索者の姿が男の目に映る。
 その姿に、間抜けなさはあれど、デモビアを象徴するものはなかった。

「お前がヒジリか?デモビアはどうした?」

 男の問いかけに、鼻をすすっていたヒジリは首を傾げる。

「デモビア?あれかな?何かババーンとぶつかったから、よく確認してなかったけど」

 指差す先には、広間に横たわる何かがプディに群がられていた。
 食われているのだろう。プディの色が濃く変わっている。
 兵士の何人かが確認に向かう。
 
「お怪我はありませんか?」

 摩擦で破れたのだろうズボンの膝を見ながら、小柄な女性が声を掛けてくる。
 一瞬ヒジリは女性の胸を凝視した後、首を横に振って答える。そして訝しげな視線から逃れるように、ヨーンに近寄り、懐から大きめな核水晶を3つ取り出した。

「なあ、あんた、ヴィルのとこの人でしょ?取りあえず奴から取ったんだけど、分け方どうする?あと、これも何か宝石っぽいけど売れそう?買取パンフに載ってないんだけど」

 別に小声ではなかったそれは、周囲の人間の視線を集めた。

 デモビアは恐ろしさ以外でも有名だ。
 何せ彼らは、ある者たちにとって宝の塊と言えるのだから。
 体表面の結晶は、一般的な魔物の核水晶と同質である。また、体内の核は基本買取価格が二桁違う。滅多に市場に出回ることはないが。
 そして、真紅の眼球は魔道具の素材としても、宝石としても高値で取引される代物で、貴重な品である。物によるが一年は遊んで暮らせるだけの額が付くものもある。
 他にも高額でやり取りされる部位があるが、それは専門知識であり、あまり知られていないし、大体が倒すのが難しい相手なので覚えている者も少ない。

「売れないなら、まあ綺麗だし、土産にするかなぁ」

「いや、売れるから。結構な高値で」

 呆れた声で返す。
 結果的に、自分たちをあれほど追い詰めた相手を倒したヒジリは、どうやらデモビアのことを詳しく知らなかったようだ。
 そうだろうな。出なければあんな無謀な特攻はしないだろう。
 ヨーンは納得しておく。

 確認作業を続ける兵士を残し、疲れた顔をしたヨーンをつれて帰ろうとするヒジリに長身の男が声を掛ける。

「いいのか?まだ、結晶が大分残っているみたいだが」

 指差す先には、兵士によって剥がされていく結晶があった。
 だが、その作業は地味に大変そうであった。水溜りの中、にじり寄るプディの相手をしながらの作業は今のヒジリにはあまりしたくないものだった。それに一番高値が付くものはすでに採取済みなのだ。金に困っているわけでもないのに面倒くさく感じた。
 欲しい人が持っていけば良いんじゃないか?
 それを素直に言えば、男は今まで能面のように無感情だった顔に笑みを浮かべた。

「変な奴だな。お前は」

「そりゃどうも。まあ、ここまで来た手間賃でいいんじゃない?」

 あまり嬉しくない評価に、ヒジリはあいまいな笑みで答えるしかなかった。
 フラグの匂いを感じたのだ。
 嫌な予感がした。こういうのは、外れないから嫌だった。




 無事に帰還後、斡旋所にてあるギルド員と鑑定士の意味不明な叫びが上がった。
 結局、物が物だけに鑑定だけされて買取を拒否された。
 換金後、ヴィルたちと山分けにしようと思っていただけに、ヒジリとしては困った。確かに鑑定でつけられた金額は、今までの報酬額と桁が違っていたので、しょうがないのかなとも思うのだが。
 ヴィルに言えば、助けられたのだからいらないと断られそうになったので、とりあえずデモビアの核を一つ押し付けた。眼球を渡さなかったのは、一揃いの方が、値が高く売れると言われたからだった。

 この一件で、ヒジリの名は一気に広まってしまった。
 それは『ガンビ』一都市に収まるものではなく、王都にまで届く勢いであった。





[22028] その7~ぐだぐだな見舞い~
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/09/30 01:21

****ぐだぐだな見舞い****

「家を買った」

「え、なにそれ、こわい」

 見舞いに行って、病人を怖がらせてれば意味が無い。




 ヒジリが家を買おうと思ったのは、差し迫った理由などない完全なる思い付きだった。
 折れた大剣の代わりを探しにうろついていた時に見た、売り物件の広告がきっかけだった。
 何気なく目を通したそれに記載されていた値段。それを見て、ふと自分の所持金を省みて思った。

 もしかして、余裕で買えないか?

 実際に、宿の自室に戻って確認してみる。
 今まで無造作に影へと仕舞っていた貨幣は、取り出してみればベッドの上に山のような形で大量に積まれた。
 他にも換金していない核水晶があるので、不足があっても十分補うことが出来ると思った。
 ここ数日、斡旋所に行くと一定額以上の買取を断られる。なので、核水晶はたまる一方だ。
 まあ、ここにはゲームも漫画もアニメもグッズもトークライブもイベントも薄い本もなく、そんなに金を使わないので特に問題はなかったのだ。
 とにかく貨幣の量が多かったので、宿のアイドルであるアリアに数えるのを手伝ってもらう。
 まだ100まで上手く数えられないので、10ごとに同じ貨幣を纏めてもらった。舌足らずの間延びした声で数を数えられると、単純作業にも耐えられた。
 おなかが減ったので、途中で数えるのを止めたが。
 それでも約100万近くあった。かなりの大金のはずである。
 宿の主人に相談したら、斡旋所に行けと言われる。翌日素直に向かったら、受付でおびえた顔をされた。

「で、それを俺に言ってどうするんだ?」

 ジョージが不貞寝したので、ヒジリは同じ施療院に入院中のヴィルの元に愚痴りに来たのだった。
 ヴィルは他の二人よりも、デモビアとの戦いで負った傷が思いのほか深く、また凍傷気味でもあった為大事をとって入院している。巻かれた包帯は痛々しいが、本人は元気で暇を持て余していた。
 昨日までは仲間などで病室が賑わっていたのだが、チーム指名の依頼が入って皆出払ってしまった。その為、朝から暇だった彼はヒジリの来訪を最初は快く出迎えた訳だったが。

「いや、家はいいのが買えたと思うんだけど。斡旋所の人たちの視線がさ、ちょっと変な感じで。先輩なヴィルさんなら何か知っているかなって思って。最近、あまり買い取ってくれないし」

 困っちゃうよねー。
 なんて、ヒジリが笑って言えば、ヴィルは苦い顔をした。
 愚痴など聞かなければ良かったと思ったのだ。だが、聞いてしまえば、何がしか忠告したくなる。
 ヴィルは自分の性分にため息をついた。

「あいつらからして見れば、お前は要注意人物なんだろうよ」

「なんでさ。規約、破った覚えないよ」

 心底不思議そうに顔を傾げれば、ヴィルの眉間の皺が深くなった。

「まだあれから10日も経ってないから、動きがないだけで、デモビアの一件が王都に届いたら一騒動起きるだろうよ。数年前にも似たことがあって、あいつらはそれを懸念しているのさ。お前も覚悟しておいたほうがいい」

 土産の果物をかじりながら、言葉を続ける。
 旬のリンの実は、しゃりしゃりと音を立ててヴィルの口の中に消えていく。
 甘い香りが部屋に満ちた。
 
「覚悟って何を?別に魔物を倒しただけで、そんな変なことしてないじゃないか」

「馬鹿かお前。高い買取金がつく核の持ち主は危険度も高いんだよ。そんな奴をまぐれとはいえ、フリーの探索者が一人で倒したんだ。噂になるだろうし、貴族連中が欲しがるに決まってるだろうが。黒髪に一応乙女だからな、お前」

「一応って、おい。なんか関係あるの?髪も別に東方では珍しくないでしょう?」

 ヒジリが自分の髪を一房掴んで見せる。
 特にこれといった特徴があるわけじゃない。上げるとするなら、まっすぐで癖がなく少々量が多い位か。
 デモビアの時に会った女性は、思わず触りたくなるような見事な黒髪だったことを思い出す。
 自分も結構気を使っているんだけどな。ヒジリは内心嘆いた。
 二人ともあの後、そのまま会わず仕舞だったが、噂では神聖魔法の使い手で剣の腕も立つということだった。

「この国には黒髪の乙女の伝説があるから、そういう話が大好きな貴族連中にとっては美人じゃなくても、お前の外見は付加価値が付く。獲得にも熱が入るだろうさ。だから、チームに入っておけって忠告しといたのに」

 ため息一つ。
 ヴィルはやや大降りに、食べ終えた芯をくず籠へと放る。

「何気に失礼なこといってないか」

「おまけに異世界の人間っていう稀人だったら、帝国あたりからも勧誘がきたかもな。国に繁栄をもたらすって言う話だし。まあ、その点だけは良かったな」

 ぽん、と大きな手で肩を叩く。
 それはあまり慰めになっていなかったが、ヒジリは正直に言うのは止めた。
 言ってしまえば、自分とジョージがその稀人であることを明かすことになるからだった。

「家を買ったっていうが、どこだ?退院したらチームの連中連れて遊びに行ってやるよ。皆、あの時の礼をしたいって言ってるしさ」

 場所を説明すれば、訝しげな顔をされる。
 少々今の宿よりは不便な位置だが、そう悪くはない場所だったのだが。
 不思議に思い、ヒジリが尋ねれば。

「確かそこらへんは宿が立ち並ぶ通りで、普通の家はなかったような気がするんだが」

「うん。元宿屋」

「何、考えてんだ?住むのは、お前と坊主の二人だろうに。広すぎだろう」

「あ、子供も買ったから大丈夫」

「はぁ!?」

 正気を疑う発言に、ヴィルは思わず肩に置いた手に力を入れる。鋭い爪が飛び出し肌に食い込む痛みに、ヒジリはとっさに振り払おうとする。
 が、反対側の肩に背後から別の手が乗せられ、動きを止める。
 正面のヴィルの顔が引きつるのを見て、ヒジリは己が背後の存在が怖くて見れない。
 だが、そんなヒジリの感情を無視して、背後から冷めた声が降ってくる。

「ヒジリさん」

 ここ数ヶ月。毎日のように会話した声は、いつもの癒しにも感じる暖かさなど一欠けらもない。

「その件、詳しく話していただけないかしら」

 無理やり振り向かされれば、施療院兼孤児院の院長たる老婦人がそこに立っていた。
 笑顔。
 絶対に逃しはしないという意思が現れた笑顔が、そこにはあった。
 何かを告げようにも、口は開くだけで言葉が出てくることもなく。ヒジリは大人しく連行されるより他なかった。




 ジョージは、もう正直言ってヒジリが理解できなかった。いや、はじめから理解していないが。
 寝たきりだった弊害で、体力と筋力が落ちた身体では突っ込みもままならなかったから、せめてもの意思表示で不貞寝した。
 唯でさえ、分からない事だらけなのに、同郷だという彼女の発言はジョージの精神を不安定にする。
 ヒジリはジョージにこの世界のことを説明する割には、自分自身もそれを理解していないのだろう。いつかの会話で目立ちたくないと言っていたのに、彼女の噂は病室にこもりきりのジョージの元にまで届いてくる。
 その全てが、ある人物をジョージに思い出させ、会話を続ける気力を奪う。似ているところなど無い筈なのに。
 客観的に見て、厄介者でしかない自分をここまで親身に世話をしてくれる相手にこの態度はないと、ジョージ自身も理解していた。感情は別だが。
 日がな一日、ベッドの上で過ごす日々は、嫌な記憶を呼び起こす。前向きに行こうという気持ちがくじけそうだった。
 夕食を持ってきたアルトに、思わず愚痴ってしまうのも仕方ない。
 
「確かにちょっと変わった人だよね」

 記憶喪失ということになっているジョージの世話を焼くアルトは、彼の愚痴を聞いてヒジリをそう称した。
 ジョージの奇行は、記憶がないゆえと皆は受け流すが、ヒジリの奇行は少々目立った。特に金遣いの荒さは、清貧を旨とするここの人にはやけに目に付く行為だった。

「さっきも、先生に叱られてたよ。言い方が悪いって」

 笑いながら言うアルトは、先ほど自分が見た光景を話す。
 長身なヒジリが自分より頭一つ以上小さな老婦人に叱られている様は、確かに笑いを誘うものだろう。
 思い描いて、ジョージも笑う。

 ああ、やはり彼女はあの子とは違う。あの子は決して叱られることがないのだから。
 そして、あの子はここにいない。なら、自分は。

 アルトの笑顔に、ジョージはふと思った。

 甘えてもいいのだと。



[22028] その8~利用するもされるも~
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/10/02 07:20

 ****利用するもされるも****

 大通りで、一番大きな宿の一室。
 最も日当たりのいい部屋の窓際で、男は見事な細工を施された煙管を手に外を眺めていた。
 男の連れは今頃進言どおりに、回廊を探索していることだろう。
 経験はなかろうが、彼女の才は誰もが認めるものだ。護衛も付いていることだし、身の危険はないだろう。
 ただ男は、自分が彼女の身を案じる権利がないことを知っていた。
 哀れな老人たちの手駒である彼女を哀れと思う。が、自分もそんな彼女を利用しようとしている身だ。
 彼女のことが嫌いな訳ではないが、それよりも大事な存在がある。その為に彼女を犠牲にしようとするのだから、男は努めて彼女のことを事務的に扱う。
 この国ではあまり見かけない衣服に身を包んだ男は、感情を表に出すことなく情報がもたらされるのを待った。

 男が待つ情報とは、先日回廊内で出会った一人の探索者のことだった。
 喜劇のような成り行きでデモビアを倒して見せたその人物とは、わずかに一言交わしただけの関係。興味はあったが、他国でのこと。その場限りのものになるはずだった。
 あれから数日。広まる噂に男は、その人物に改めて興味と利用価値を見た。
 デモビアを倒したものは多かれ少なかれ噂になる。多くの財を手に入れるからだ。
 まして、この国で黒髪の女性が武勇を示せば、それは伝説に結び付けられやすくなる。
 神話を別としても過去に二度、神への祈りから黒髪の乙女が神子として、この地に遣わされ、滅亡の危機にあった国を救っている。幼少から聞かされ続ける英雄譚に、この国の人々は染まっている。
 ヒジリという探索者が、もし男の連れのような外観だったら、今ある噂はもっと大きなものになっていただろう。生憎というか、彼女の外観は装備のせいもあるが、男と思われやすい。彼女を直接知らぬ者は、伝説を彼女と結びつけることはない。男とて、この街で雇った者が言うまでは自身の勘違いに気づかなかった。
 彼女を女性と知るギルドの方は数年前のような騒ぎを恐れてか、噂を煽る様な者はいなかった。
 今のままなら、ヒジリという探索者が有名になる。中には仕官を持ちかける者もいるかも知れないが、それだけで終わる話だ。
 もっとも、男にはそれで終わらせるつもりはなかった。

 男の連れの少女、シュヨンに剣聖を継がせる。

 その目的の為にも、この噂を利用するつもりだった。
 噂が広まり、シュヨンを支持するものが増えれば、剣聖の座は彼女のものとなる。そして、老人たちの思惑はつぶれる。
 継ぐのに足りないのは、実績だけなのだ。それさえ補えれば、シュヨンが老人たちに駒とされる事もない。男への干渉も減ることだろう。
 
 黒髪の探索者が、『金虎』を追い詰めたデモビアを一人で討ち取った。
 
 噂は概ねそう流れている。中にはヒジリの名前が出ているものはあるが、たいした問題ではない。
 あの日、回廊に男とシュヨンがいたことは探索者の多くが目撃している。この国では珍しいオウカ風の装備を身に包んだ二人組みだ。遠くからでも目立つことだろう。
 だから、後はヒジリという探索者よりもシュヨンを印象づける。
 噂の当事者を摩り替え、生み出すのだ。
 黒髪で、探索者の、乙女を。
 英雄を。

 その為にも、男は待つ。
 ヒジリの情報を。
 男は口の端を上げ、嗤った。




「探索に行っておいで。良い訓練になろう」

 兄と慕うアンジエンに言われて、シュヨンは今日も回廊に向かう。
 大叔父様たちに言われて旅に同行したのは良いが、道中はつつがなく進み。アンジエンの身の回りには多くの世話役がおり、何の役にも立てていないと思っていた少女にとって良い気分転換になっていた。
 最初の日、初めてだからと一緒に回廊まで付いてきてくれたのは良かった。が、結局デモビアの一件でその日は終わってしまった。珍しく二人きりだったというのに、殺伐としたやり取りだけの会話しかなかった。しかも、一人で倒したという探索者に笑いかけたアンジエンに、ひどく不満を感じた。
 シュヨンはアンジエンが感情を表すのをほとんど見たことがない。
 祖父に稽古をつけてもらっていた時も男はその表情を崩すことは少なかった。ましてや笑みなど見せはしなかった。
 さすがに家族には表情を崩すことはあるのだろうが、少女は見たことはなかった。
 なのに、あの人はあの短い間にアンジエンの笑みを引き出した。

 何故?何故、私には笑いかけてくれないのだろう。

 悩むシュヨンは先のアンジエンの言葉に、答えを得た。

 強くないからだ。

 あの人は最悪の敵と称されるデモビアを倒した。
 強い。
 そうアンジエンが認めたから、彼は笑いかけたのだ。
 そう考えれば、彼が近くに置く人々も強いといわれる人が多いことにシュヨンは気づいた。
 
 アンジエン様は強い人が好き。

 短い時間でそう決め付けたシュヨンは、彼の進めどおり一介の探索者として回廊を進む。
 剣聖と呼ばれる祖父の血か。シュヨンの剣の腕は、年齢に見合わぬものだった。
 間合いに入ったものは、たった一振りで死ぬ。
 カッパーへと昇格した途端、依頼も受けずもぐり続ける。実践を積むごとに、少女は強くなった。

 でも、まだだ、とシュヨンは考える。この程度ではアンジエンに認められるわけがないと。
 認めてもらおうと勝負を挑んでも、自分はアンジエンに負ける。生まれが違えば、剣聖を名乗るのにもっともふさわしい人なのだ。きっとアンジエンに勝てるのは、当代剣聖である祖父か。
 その域にはまだ遠い。いや、辿り着くのは無理だろう。
ならばどうすべきか。
 あの人のようにデモビアを倒して示せばいい。そうすれば、アンジエンの周りの人々と同程度には見てもらえるのでは。
 そう考え、今日もシュヨンは回廊を進む。
 その考えを否定するものはいなかった。




 リカルダはうなだれる。
 正直、この依頼は断るべきだったと。

 街に帰ってきてすぐに、ヴィルを始めとしたチームメンバーがデモビアに襲われたことを知った。
 留守を任せていた副リーダーのヴィルが一番の重症だったが、命に別状がなかったことに安堵した。
 彼には安静を命じ、他の仲間と共に仕事をさがしていた時にチーム名指定で依頼が舞い込んできたのだった。
 内容は簡単で、探索者になったばかりの少女を一人護衛することだった。
 たった一人にチーム一つ指定するとは、大げさだと思いはしたが、報酬の良さに受けることにした。
 ヴィルだったら何がしかの裏を疑うところだが、ギルドの上層部から懇願に近い形で依頼されたら断るわけにはいかなかった。
 どんなに名を売ったところで、一介のチームがギルドに喧嘩を売れるわけがない。
 それで受けた依頼だったが、正直後悔している。

 シュヨンという少女は、オウカ風の装備に身を包み、腰に大層な刀を差して待ち合わせ場所に立っていた。
 桜色の頬に大きな黒目。美少女といって過言ではない容姿に小柄ながら女性的な身体。
 チームの男性陣は、そわそわとしだし、女性陣に容赦ない突っ込みを入れられている。護衛対象の前ですることではないと、戒める立場だったが、リカルダは尻尾が総毛立つのを隠すのに必死だった。
 目が怖かった。
 まだ、血を浴びたこともないだろうに、その目は既に血を知っていた。
 そう感じた。理屈ではなかった。
 そして、その感は嬉しくないことに外れず、回廊内での魔物との遭遇で発露した。
 躊躇のない一撃。
 抜かれた刀は瞬く間に、目の前の魔物の命の源を絶つ。
 その場にいたチームの誰も気づきはしなかった。が、リカルダは気づいた。
 魔物が最後の息を吐いた瞬間。
 少女が目を細め、嗤った。
 それは、すぐに消え、少女を褒めるチームメンバーの言葉に照れた表情になった。

 自分だけが少女に恐怖を感じた。
 だが、目さえ直視しなければ、それは耐えられるものだった。チームの誰も少女のそれに気づかず、幼いながらの凄腕を褒めていた。
 確かに凄い。少女の年齢を考えれば、ここまでの実力は普通身に付かない。
回を重ねるごとに目に見えて上達する腕前に、正直護衛など必要ないんじゃないかと思うくらいだ。
 そう思うのはリカルダだけではなく、チームの仲間も酒場などで他の探索者相手に話しては同意を求めている。剣を振るう者として何か思うところがあるのだろう。守秘義務に関しては受領の際記されていなかったので、問題はない。
 それになんせ黒髪の美少女だ。この国出身の探索者にとって、興味が沸くのだろう。話題を振られることも多かった。
 だがら、滅多にない入院で退屈しているであろうヴィルの下に、リカルダが見舞いに行ったときも自然少女の話題になった。
 リカルダが頼りにしている男は、野生的な外見に反して心配性なところがある。そしてその心配は大体が現実となった。
 そんな男が話を聞くと、渋面を作って言った。

「やっかいなことに巻き込まれた、と思う」

 はっきりしない物言いに、リカルダは不安になった。
 ひげを震わせ、尻尾を揺らす。

「いや、別にリーダーが悪いわけじゃない。ただ、噂がな」

 『金虎』を助けてもらったお礼に、『白の猛虎』が黒髪の乙女の護衛をしている。
 そんな噂が施療院にまで届いたという。会う人間が限られているヴィルにまで届くくらいだ。かなり広範囲に広まっているだろう。
 事実は違う。
 ヴィルを助けたのはヒジリという探索者だ。その彼女は最近、私事に忙しく回廊に向かうことが減ったという。
 だからだろうか。
 今まで毎日のように通っていたヒジリが通わず、別の黒髪の女性シュヨンが回廊に日参している。
 顔を知らない他の探索者が勘違いした。それが噂を生み出したのだろう。
 
「なんでそんな噂が。こっちは依頼で……」

 推測はできるが、リカルダには何の救いにもならない。
 最初からこの依頼が普通ではないことに気づいてはいたのだ。

「さあな。ただ、噂が広まるのが早い気はするな」

 ギルドの上層部からの指名。それも懇願という形で。
 それにどういう意図が込められていたのか。
 それはリカルダには分からない。
 だが、言えることは一つ。
 この依頼は受けるべきではなかった。





[22028] その9~両手に幼児~
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/10/06 02:48
 ****両手に幼児****

 院長の説教から開放され、施療院からでたヒジリは大きく伸びをした。
 太陽は真上から大分下ったが、まだ空は青い。
 来た時は、まだ太陽は昇りきっていなかったので、結構な長居をしたようだ。
 急患が入ったので、とりあえず説教の続きは明日ということになった。ので、正直気が重い。ヒジリ自身も自分の物言いが悪かったことは自覚している。その点については仕方ないと諦めるしかない。
 しかし今、それとは別の問題でヒジリは少々イラついていた。
 最近、自分を観察する視線を一日中感じるのだ。
 デモビアの件から、ギルド周辺での視線は嫌な感情のものが多く混じるようになっている。それだけならまだいい。手を出してくるような馬鹿相手なら相応の態度で挑むだけだ。
 だが、その中に一定の距離を保ちながら、視線を向けてくるのがいた。意図の分からない事務的なそれに、どう対処してよいかそういった方面は場当たりなヒジリには検討もつかなかった。
 予知を試みても知らない女が見えたり化け物だったり、複数のヴィジョンが浮かび定まりはしなかった。何がどうつながるのかも分からず、考えるのが面倒になる。
 ヴィルが言うとおりの勧誘とかなら、その内向こうから反応があるだろう。
 そう思い、ヒジリは今も感じる観察する視線を無視することにした。
 深呼吸一つ。
 気分を入れ替え、足を屋台が立ち並ぶ通りに向ける。
 宿に待つ子供たちの土産を買おうと思ったのだ。



 石畳が茜色に染まる。
 ヒジリが見慣れた宿の扉をくぐれば、食堂で遊ぶ子供たちを夜の仕込みをしながら見守る主人の姿が見えた。

「ただいまぁ、と」

「おかえり。今日は早いな」

 声を掛ければ、主人は笑ってヒジリの差し出す土産を受け取る。
 土産は芋と豆の二種類の蒸しパンで、まだ温かさが残る。素朴な甘みと手ごろな値段で、定番の子供のおやつだ。
 
「まあ、偶には探索に行かない日もあるわな。おーい、お前ら、ヒジリちゃんのお帰りだぞぉ」

 視線の先には、主人の娘のアリアと説教の原因となったフレートとハンナの兄妹が遊んでいた。
 何が楽しいのか三人でモップを取り合いながらぐるぐるとしていたので、ヒジリはひょいと一番幼いハンナを持ち上げてみた。

「きゃあぁ」

 急に高くなった視界に、ハンナは声をあげ、その後きゃらきゃらと楽しげに笑う。
 喜ばれてしまったので、ヒジリはハンナのお腹に顔を埋め、ぶうぅっと音が出るように勢いよく息を吹きつける。
 音か、息か、どちらが面白いのかハンナの笑いは止まらない。
 容赦なく小さな手でヒジリの頭を叩く。痛くはないが、叩かれる度に髪はぼさぼさのぐちゃぐちゃになっていく。

「ハンナをはなせぇ」

 ハンナの笑い声にフレートは引っ張り合っていたモップを放り出し、ヒジリの腹を目掛けて殴りかかってくる。当たっても大して痛くないそれをくるりと回って避けた。
 ヒジリの腕の中のハンナは、変わる視界が楽しいのか笑い続けている。

「わたしも抱っこ。抱っこぉ」

 宿のアイドル、アリアも先ほどまで夢中だったモップを放り、ヒジリに向かって両手を広げてねだる。
 あっという間に、ヒジリを中心に三者三様にはしゃぎだし、客のいない食堂はにぎやかになった。

 フレートとハンナの幼い兄妹は、ヒジリが買った家の前の持ち主の遺児だ。
 どういった経緯があったのかは知らないが、スラムで暮らしていたフレートたちは、家が他人の手に渡ることが理解できなかったのだろう。家の前で騒いでいたところをリフォーム作業の様子を見に来たヒジリに捕獲された。
 宿に連れ帰り、暴れるのを無理やり押さえつけて世話を焼いた。身寄りがないのを知って、ちょっとした交渉をヒジリは思いつき実行した。
 5年。
 フレートがそれだけの期間、ヒジリの命令に従えば家を譲ると。
 まだ五歳でしかないフレートはまんまとヒジリの口車に乗って、ヒジリが速攻で用意したいい加減な契約書に署名した。
 ヒジリは二人部屋に移り、今日は宿の主人に二人を預かっていてもらった。また、家の前で騒がれても困るので。

 思いつきの成り行きから一緒に暮らすことになったが、敵対心を顕わにしてからかわれるフレートに対し、ハンナの方はヒジリに懐いていた。
 夕食を食べるヒジリの膝の上で、食べ物を口に運んでもらったり、自分が掴んだものをヒジリの口に押し付けたりもする。
 フレートも、食事は大人しく食べている。ただ、まだ上手く食べられなくて口の周りを汚しては、ヒジリにぐいぐいと手荒に拭かれていた。その度に、顔を真っ赤にして喚くが。
 アリアもその輪に加わり、食堂の一角で時間を掛けて食べていれば、後から来た他の宿泊客たちにからかわれた。

 夕食後、子供たちを寝かしつけたヒジリは改めて食堂で一杯やっていた。
 食堂に残っている者もヒジリと同様に酒で満ちた杯を傾けており、各自思い思いにくつろいでいた。
 探索者向けの宿だけあって、他の客もそれなりに体格の良いものばかり。今日の反省や明日の予定など話していた。

「珍しいな、お前が酒を飲むのは」

 ちびちびと甘い果実酒を飲むヒジリの席に、主人がつまみを載せた皿を持ってきた。
 若い時に大怪我をしたとかで、不自由な右足をかばうように歩く。元探索者だという主人は、右頬に目立つ傷跡があり一見強面だが、笑った顔がアリアとよく似ている。外見は男性だが、アリアを生んだのは彼女である。
 マジクリングというやつで、男性寄りに成長していたのに怪我のときに使った薬の影響で内部が一気に女性へと分化してしまったのだとか。普段は外見から男性として通しているという。
 よろめいた時、支えた拍子に胸を揉んでなかったら、きっと気づかなかったとヒジリは思った。

「んんー、偶にはね」

 主人は皿をテーブルの上に置いてそのまま去るかと思えば、開いた席に腰を下ろす。
 自分の酒癖が良くないのを知っているヒジリだが、嫌な視線の件でちょっと飲みたくなったのだ。見られて嫌だからと暴力で解決するわけにもいかない。

「で、どうするつもりなんだい。あの子達」

「どうするも約束したからね。一緒に暮らすけど、それが?」

 院長に散々説教された内容をぶり返され、ヒジリは口を尖らせる。
 すねた表情に、主人は手を横に振って笑う。

「いや、悪いと言っているわけじゃないけど。子供だけ残して探索に行くのは無理だろう?」

 確かにまだ幼い二人を残していくのは、何かあるかもしれない。ジョージが退院するとは言え、ジョージ自身もまだ子供で、病み上がりでもある。面倒を見切れないだろう。
 さりとてヒジリにいい考えがある訳ではない。

「院長に、留守番できる人を紹介してもらったらどうだい?」

 腕を組み悩むヒジリに、主人は助言する。
 普通なら、人材募集とかは斡旋所が取り扱っているので、それなりの手数料を支払えば希望に沿う相手を紹介してもらえるだろう。
 だが、ヒジリは最近の斡旋所の空気に愚痴をこぼしていたので、主人は顔が広く、彼女が知っている人物を挙げてみる。
 説教された相手に頼むというのもなんだが、この辺りで院長は結構な顔役だ。説教をしたことからも考えて、きっとフレートたちのことを案じて、いい相手を紹介してくれるだろう。
 それに最低でも孤児院から誰か雇うことが出来るだろう。そろそろ成人になる子もいるだろうから、幼ささえ目をつぶれば院長が育てた子供たちだから、心配はないだろう
 そう思ってあげた名前に、ヒジリはつまみを食べながら考え込む。

「それって、住み込みとかでも大丈夫かなぁ?」

「実際に聞いてみないと分からないが、お前の方は家が広いから問題ないだろう。支払う報酬とか条件次第だと思うが?」

 宿屋といっても建物の大きさは様々あるが、ヒジリが購入したのはこの宿と変わりない大きさだ。
 部屋数だってそれなりにあるのだから、住み込みで数人雇用してもスペースの問題はないだろう。
 給金だって、今までのように稼げるなら十分支払いは可能だ。

「まあ、詳しいことは院長と相談してみろ。あの人は怒ると怖いが、誰よりも頼りになるさ」

 他の客に呼ばれた主人は、言うだけ言った後、席を立つ。
 残されたヒジリは、残った酒を煽ると二階の自室へ戻った。




 翌朝。
 腹部に重みを感じて、目を開ければフレートが右側、ハンナが左側からヒジリに抱きつくように眠っていた。
 二つあったベッドの内、昨日寝かしつけた方のベッドはぐちゃぐちゃになったシーツがこちらに繋がるように引っ張られていた。
 いつの間に潜り込んでいたのだろう。
 ヒジリは気づかなかった自分に苦笑した。とりあえず、酒のせいということにする。
 幸せそうに寝ている二人を起こすのも可哀想だが、日が窓から差し込み既に朝だということを示している。
 どうしたものか。
 身じろぎできず、ヒジリは固まる。

 ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。

 方法を考えていれば、ヒジリの腹が自己主張をした。
 振動と音に、頭をくっつけていた二人はびっくりしたように目を開ける。
 何が起こったのかわからない、といった表情だ。
 しばしの間。
 二人の顔は見る間に歪み、ぐずりだす。

「え?え?え?」

 慌てて上半身を起こしなだめるヒジリだが、気分よく寝ていたところを起こされた二人の機嫌は直らない。いや、どんどん機嫌は悪くなっていく。

「ちょ、ちょっと勘弁してよー」

 泣き言を言いながら、二人を抱えてヒジリは主人に助けを求めるべく一階に向かう。
 どたどたと慌しい足音に廊下にいた他の客から注目されるが、かまってはいられない。

 なんとも幸先の悪い朝であった。




[22028] その10~二人の弟~
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/10/09 02:38

 ****二人の弟****

 西にロスロリアス。東にリグオウカ。
 二つの大国に挟まれる形で存在する小国群の中で、もっとも古い歴史を持ち、多くの回廊都市を有するペルセディア。
 この国には一つの伝説がある。
 黒髪の乙女。
 そう呼称される三女神が祈りに応え大地に遣わした神子は、黒い髪黒い瞳乳白色の肌で見慣れぬ服を身にまとう。神より授かりし奇跡の力で、苦難にあえぐ祈り子を救ったという。
 乙女の祝福を受けし者は、栄光を手にしたとも言われる。歴史書にはペルセディア滅亡の危機に瀕した時、後世に英雄と語り継がれる者の元に現れ共に戦ったことなどが記されている。
 もっとも、黒髪黒目など東方には多くおり、多種多様な者が集う回廊都市を中心にこの国でもその様な外見の女性は多い。英雄譚に憧れ、自ら髪を染めるものもいる。
 だから、王都、それも城内にその様な容姿の女性が出入りしていても、何も問題はない。はずだった。

 城内の一室。中庭の噴水が見下ろせる位置にあるその部屋は、王の第一子ジークリンデが執務に使用している。
 多くの蔵書が整然と並ぶ本棚に囲まれた大きな執務机には、大量の書類が積まれている。豪奢な椅子に深く腰掛け、目頭を軽く抑えたジークは、深いため息を吐く。
 カーテン越しに柔らかな日差しが入り込んで、室内は明るい。だが、それを浴びるジークの顔には疲労の影がこびりついていた。
 怠惰な王は、今頃愛妾か宴席で仕事を忘れて楽しくやっているのだろう。本来、ジークの権限では処理が出来ない類の書類まで通常業務のものに混じって、机に山を作っている。王からの委任状が裁可印と共に来ている以上、それもジークの仕事となっている。
 昨年、寵愛されていた側妃がなくなってから、王の怠け癖は酷くなる一方だ。正妃が留守にすれば、もう誰も咎め様がなく、女か酒に耽る日々だ。
 お陰で宰相や大臣でもなく、来年にはこの国を出て行くジークにまでこうして仕事が割り振られる。
 それに加えて。

「姉上、ニコラウスです。入室してもよろしいですか?」

 ぼんやりと思考の渦に飲まれていたジークに、扉の外から声が掛かる。
 それに応えれば、華やかな金髪のまだ幼さが残る少年が部屋へと入ってきた。その後を女中がワゴンを持って付いて来る。ワゴンからは良い匂いが漂い、あっという間に室内を満たす。

「ニコラ、それは何かな?」

「忙しいといってすぐに食事を抜く姉上と、一緒に昼食をと思いまして」

 満面の笑みでそう言い切られ、ジークは苦笑した。集中すると食欲が無くなってしまい、つい食事を抜いてしまっていたが、それが弟に気づかれているとは思わなかったのだ。

 ニコラウスは王の第三子で、正妃を母に持つ。正妃譲りの明るい金の髪は、彼の容姿を一層華やかに魅せている。
 彼が生まれたことにより、ジークは王子として生きる必要が無くなった。マジクリングの身はこういう時に便利で、男で定着していた身体を薬によって、継承権の優先順位が低くなる女性へと変質させた。そして、来年ニコラの成人の儀を終えた後、ジークは同盟継続の為、隣国の王家に嫁ぐこととなる。

「分かった。これを仕舞ったら、一緒に食べよう」

 机の上に広がる史料を手にし、ジークが言えばニコラはそれを手伝った。
 先ほどまで無かった食欲だが、一緒に食べる相手がいることで思っていたよりも食は進んだ。用意された料理はどれもジークの好物ばかりで、ニコラの歳に似合わぬ気遣いにジークは思わず笑みを浮かべた。
 食後、引き出しに仕舞っていた薬を飲むのをニコラは顔を顰めて見ていた。

「どうした?ニコラ。そんな顔をして」

「いえ、姉上。何でもないです」

「そうか」

 ジークはそれ以上問わなかった。
 ジークが今の状況を是とするまでに時間が掛かったように、ニコラもまた内に抱えた問題を解決するのは時間が掛かることだろう。何を気にしているのかは凡そ知ってはいたが、彼が助けを求めない限り、それに触れる気はジークには無かった。

「それにしても、いつ来ても姉上の机の上は書類で埋もれていますね。僕も手伝えたら良かったのですが」

 眉間の皺が失せ、いつもの表情に戻ったニコラは執務机の縁に手を置くと、ジークの方をみてすまなさそうに言った。
 きらきらと、カーテンから漏れる日差しがニコラの髪を一層輝かせる。きらめく光の輪がまるで冠のようで、次期王たる彼を天が祝福しているようだとジークは目を細めた。
 ニコラには自分には無い母や後ろ盾がある。彼を支える者は多く、自分がこの国からいなくなっても困ることは無いだろう。

「ニコラ、貴方が気にすることではない。成人の儀を終えれば嫌というほどこなさなければならないのだから、今は私や大臣たちに任せておきなさい」

 だが、それでも弟を案じる気持ちがジークにニコラの頭を撫でさせた。




 ニコラが退席し、執務室にはいつもの静けさが戻った。
 ジークは再び執務に戻ると、そのまま集中し始め、気づけば差し込む日差しは陰り、室内は薄暗くなっていた。
 また、やってしまったと内心苦笑しながら、ジークはペンを置き、明かりをつけようと席を立つ。
 ノックの音。
 一定のリズムを刻むそれは、特定の者だけが使う合図のようなもの。
 名を問いただすことなく、ジークは入室の許可を出す。
 音を立てぬように、ゆっくりと開かれた扉から入ってきたのは、濃紺の騎士服に身を包んだ青年だった。手にしていた厚い封書をジークへと渡す。

「ご苦労、ライムント。少しそこで待っていてくれ」

 明かりをつけてソファを指し、ジークは己の席に戻った。ライムントは指されたソファに腰を掛けると、足を組み、再び声が掛かるのを待った。
 渡された資料を読み進めれば、眉間に皺が出来、読み終わる頃には呆れたような表情に変わった。

「これは、これは……」

 右手で顔を覆う。何と言っていいのか分からなくなった。ジークの予想を超えた馬鹿げた事実がその資料には記されていた。
 そして、口を二三度開いて言葉を探したものの、机に肘を突いて組んだ両手で顔を隠し、うなだれた。
 ジークがライムントに頼んでおいたのは、ごく私的な調査だった。ライムントは騎士だが、特異な仕官事情から、ジークの私兵とも言える立場だ。そんな彼の調書は簡潔にまとめられており、理解しやすいものだ。読み違えなど起こりえない。ゆえに、あまりの内容に絶句する。
 母の喪に服していたはずの弟、クリストフが最近城へと連れてきた少女。この国の者とは違う顔立ちに奔放な振る舞い。おまけに黒髪黒目という目立つ特徴に、ジークは放っておく訳にもいかず、少女について調べてもらっていたのだが、それに単純には終わらない情報が付随してきた。そしてそれはジークの手に負えるようなものではなさそうだった。
 事実、ライムント一人で調べたにしては、与えた期間に比べて内容が深い。途中から、あの宰相の手を借りたのだろう。
 深いため息。
 肺の中の空気を全て出し切るかのようなそれに、ライムントも気の毒そうな視線を向ける。
 資料を書いたのはライムントであり、それを読んだジークの心情は簡単に察せられた。

「……ライムント、宰相はこの件に何と?」

「はい、ジーク様に一任すると」

 その言葉に、随分と自分を買ってくれているらしい宰相の嫌味な顔が、ジークの脳裏に浮かぶ。
 あの宰相のことだから、きっとジークがどうしようと、最悪の事態だけは回避するよう手を打っていることだろう。そういう人だ。
 ならば、ジークがすることは一つ。愚かな弟クリストフの不始末をニコラウスが負うことにならぬようにするだけだ。

「まずは儀式に使われ失われた龍珠の代わりを入手しないといけない。これがないと来年の式典が行えないからな。ライムント、大変だろうが頼む」

 ドラゴンの核。龍珠。
 最強の呼び名をもつ生物が持つそれは大規模な魔術儀式などに使用される。
 クリストフはよりにもよって来年の式典に使用する為、『ウケイ』の神殿にて聖別し保管されていたものを持ち出し、使った。
 使用したことも問題だが、行った儀式やそれによる結果なども国の災いの種となってしまった。
 謝って済む問題ではないが、彼一人でここまで大それたことが出来るわけがない。背後には誰がしかの協力があったのだろう。それが、神殿関係者か帝国よりの貴族かまでは今のところ調べ切れてはいないようだったが。
 失われたものの代わりを直ぐに手に入れないといけないが、ドラゴンの龍珠は滅多に市場に出回ることが無い。確実に手に入れるなら凄腕の探索者に依頼を出すことだが、依頼相場が最低100万では悪目立ちすぎて要らぬ憶測を呼ぶ。
 今でさえ名ばかりの王子であるクリストフはこの件が表ざたになれば、最悪死刑となりえる。
 さすがにジークは兄弟として、そこまでの罰を与えたくは無かった。
 だが、その為にライムントに死地に向かえという命令を出すのもまた気が引けた。例え彼がどんな凄腕でも安全を確証する者などドラゴン相手には無理なのだ。 しかし、彼以上の適任者をジークは知らない。

「『ウケイ』は駄目、だろうな。きっとクリストフの協力者がいる。他の回廊都市に誰か伝手はあるか?」

 顎に拳を当て考えるジークに、ライムントは口の端を上げ、答えた。

「今なら『ガンビ』にジエン様が滞在していらっしゃいます。かの人と昔の仲間の助力を得られれば、春までに間に合うかと」

「『ガンビ』に?本来ならもう少し北の都市にて年を越されるご予定だったのでは?」

 手紙にて伝えられた話と滞在先が違い、ジークは首を傾げる。

「確かに予定ではそうでしたが、こちらでも星見の託宣からは外れない、と言われ、身分を偽り、探索者の真似事をなさっているとか。例の『黒月姫』は同行の者だそうで、オウカでも名家の娘だとかで、腕についてはジエン様のお墨付きです」

 『黒月姫』。
 デモビアを討伐した探索者の噂が王都の貴人たちの下に届いた時、よく上げられた呼称である。ただでさえ目立つオウカの一団に属すなら、噂の広まりも早かっただろう。
 こちらも黒髪黒目の少女で、貴人たちの噂話によく登場した。さすがに他国の名家の娘では、獲得に動く者も少ない。

 もっとも、ジークはデモビアを倒した探索者が違う者だと知っている。
 これまた黒髪黒目で、『白牙鬼』という呼称が定着しそうな人物らしい。鬼が含まれる呼称など、あまり褒められた人物ではないのかも知れない。まだ幼い子供を侍らして悦に入っているなどとも聞く。
 すべては、執務の合間にライムントと交わした他愛も無い噂話による知識だ。しかし、ほぼ事実なのであろう。
 目の前の男が、妻子のいる『ガンビ』で起きた出来事に詳しくないことなどありえないのだから。

「まあ、お前が文句を言わないなら、この件に関しては一任する。他の問題はこちらで何とかするから、専念しろ。必要なものは出来る限り用意する。報告は怠らないように」

 言わなくても分かるだろうことまで口に出すのは、ジークに余裕が無いからか。
 ライムントは短い了承の言葉を述べると、まだ仕事の残るジークの執務室から退室した。

「覚悟を、決めておかなければいけないな」

 背もたれに寄りかかり上を向けば、天井の染みがジークの目に映る。
 仕事をする気が湧かなかった。
 男であることを否定され嫁に行く自分と、王になれないことを決定され飼い殺しにされる弟。
 笑いあえていた過去がある分、これから自分が招き入れる未来に、ジークは暗い気持ちになった。




[22028] *登場人物簡易紹介*
Name: ニネコ◆59b747f8 ID:c7587809
Date: 2010/10/09 17:14
 ****登場人物簡易紹介****
 登場人数が増えてきたので、簡単な紹介をつけてみました。
 左から順に、名前:種族:性別:探索者ランク。

○ヒジリ:人間:女:カッパー
 残念チート。
 何でも出来るはずだが、残念ながら知力が付いていっていない。
 外見は長身の男みたいな体型で、間違われやすい。おっぱいが気になる。

○ジョージ:人間:男:ビギナー
 河野丈治。普通の男子高校生。異世界転移の影響で損傷、肉体と魂が乖離しかける。長い間病床の身だった。

○ヴィル:ビスター:男:シルバー
 ヴィルヘルム・アルグレン。回廊都市『ガンビ』では、結構有名な探索者。主要武器は斧。『白の猛虎』副リーダー。虎耳。

○アリア:人間:女:未登録
 ヒジリが世話になった宿屋の娘。

○主人:人間:マジクリング:カッパー
 ヒジリが世話になった宿屋の主人。過去、右半身に大怪我を負い探索家業を辞め、宿屋を始める。
 外見は男性だが、アリアの実母。夫は王都に出張中。

○ヨーン:ビスター:男:シルバー
 ヨーン・アルグレン。ヴィルの従兄弟で同チーム所属。主要武器は槍。虎耳。

○エメリ:ビスター:女:カッパー
 エメリ・カッセル。ヨーンの相棒。古代語魔法の使い手。犬耳。おっぱい。

○アルト:人間:マジクリング:ビギナー
 アルトリート・クラナッハ。施療院を手伝う孤児院の子。ジョージが入院中によく話し相手になっていた。
 医者になることを目指している。

○フレート:人間:男:未登録
 フレート・ベルトラム。孤児。ヒジリと5年の契約を結ぶ。

○ハンナ:人間:女:未登録
 ハンナ・ベルトラム。孤児。ヒジリに懐いている。

○ザヴィー:ハーフエルフ:マジクリング:ビギナー
 ザヴィエ・コロー。孤児。探索者だった父の影響で、自身も探索者になることを夢見る。

○リカルダ:ビスター:女:シルバー
 リカルダ・バシュ。『白の猛虎』二代目リーダー。全体の八割が猫の獣相。魔道具による補助がないとナ行がにゃ行になる。

○シュヨン:人間:女:カッパー
 シュヨン・リー。剣聖の孫。『黒月姫』。
 黒髪の美乳美少女。アンジエンを慕う。

○アンジエン:人間:男:カッパー
 当代剣聖の弟子。
 生まれから次代候補から除外されているはずだが、老人たちが何かと画策している。

○ライ:人間:男:シルバー
 ライムント・ドレーゼ。アンジエンの弟弟子。現在は特異な立場の騎士として王都で働いている。
 数年前の『ガンビ』での騒動のきっかけとなった人物。妻一筋。

○ジークリンデ:人間:マジクリング:未登録
 ペルセディア王第一子。24歳。
 妾腹で後ろ盾が無く、第二子誕生まで王子として育てられた。誕生後、姫へと方針が転化するも、再び王子として育てられる。
 第三子誕生で再び姫扱いに。同盟国に嫁ぐ予定。

○クリストフ:人間:男:未登録
 ペルセディア王第二子。18歳。
 公爵家の出の母を持つ。最近まで母の喪に服していた。王位継承権はない。

○ニコラウス:人間:男:未登録
 ペルセディア王第三子。13歳。
 正妃の子供で、次期王として期待されている。14歳の誕生日に成人の儀式を行う。




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