銀輪の死角

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銀輪の死角:重過失致死初公判 悲しみと後悔、交錯

 ◇遺族「75歳の母 みじめな死に追いやった」

 ◇被告側「怖くて乗れない。今後も乗らない」

 「母をみじめな死に追いやった。償いと反省に人生のすべてをささげてほしい」。自転車で高齢の女性をはねて死なせたとして重過失致死罪に問われた男性会社員(43)の初公判が7日、東京地裁であり、一人息子の遺族は厳しい言葉で実刑を求めた。男性は「いくらおわびしても足りない」と、体をこわばらせて謝罪を繰り返した。手軽な自転車の一瞬の不注意が刑事裁判に至り、被害者の癒えない悲しみと加害者の後悔が交錯した。【馬場直子】

 1月10日昼、東京都大田区の交差点で、近くに住む東(あずま)令子さん(当時75歳)は買い物に行く途中、青信号の横断歩道を渡ろうとして、右側から車道を走ってきたスポーツ用自転車にはねられ、路面に後頭部を打ち付けた。

 東京都稲城市に住む長男の会社員、光宏さん(40)が知らせを聞いたのは同日夜。入院した令子さんは当初意識があり、父も心配をかけまいと連絡しなかったが、容体が急変して緊急手術になった。「まさか自転車で」。5日後、令子さんは意識が戻ることなく亡くなった。

 母と話したのは、昨年9月に実家に遊びに行った時が最後。事故後、優しかった母を思い出そうとしても、目に浮かぶのは手術後の変わり果てた姿ばかり。もっと親孝行しておけばと後悔が募る一方、「誠意ある謝罪がない」と憤った。

 7日の初公判。光宏さんは被害者参加制度を利用し、検察官の横に座って男性に直接質問した。男性はうつむき加減で言葉を選びながら答えた。

 光宏さん「母の入院中、あなたに会った父は謝罪がなかったと言っている」

 男性「おわびさせていただいたが、うまく伝わらなかったのは申し訳ない」

 光宏さん「なぜ、これまで私に連絡してこなかったのか」

 男性「謝罪の方法を考えられず、弁護士に一任していた」

 その後、光宏さんは心境をつづった陳述書を、時折男性に目を向けながら読み上げた。「楽しみや喜びを無邪気に感じることは一生ない。父も言動がおかしくなった。母の死は夢であってほしい」。男性は下を向き、身じろぎしなかった。

 それに先立つ被告人質問で、男性は事故の経緯を語った。当日は15年前から趣味のサイクリングに出かけた。路面を見ていて前方に注意を払わず、赤信号に気付かなかった。令子さんが目に入ったのは5メートル手前。あわててブレーキをかけたが間に合わなかった。「何度か通ったところだが、その時は注意できていなかった」

 昨年結婚したばかりの男性の妻も証人に立った。「慎重に行動する人なので非常に驚いた。夫は『怖くて自転車に乗れない。今後も乗らない』と言っている」と話した。

 閉廷後、男性と妻は法廷の外で何度も光宏さんらに頭を下げたが光宏さんは目を合わそうとしなかった。「裁判対策と思ってしまうから」という光宏さんは、思いを吐き出した。「車の事故の恐ろしさは皆分かっていて、前方を見ないなんてことはない。でも、自転車はまだ認識が低い」

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 情報やご意見、体験談をメール(t.shakaibu@mainichi.co.jp)、ファクス(03・3212・0635)、手紙(〒100-8051毎日新聞社会部「銀輪の死角」係)でお寄せください。

毎日新聞 2010年10月8日 東京夕刊

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