支那・中国は民主国家じゃない。
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【ノーベル賞】「大国にひるまず」全会一致…ノーベル賞委員長
【オスロ=大内佐紀】ノルウェー・ノーベル賞委員会のトールビョルン・ヤーグラン委員長は8日、オスロ市内の同委で 読売新聞と単独会見し、ノーベル平和賞を中国の民主活動家・劉暁波氏に授与することは、同氏の有罪判決が 確定した段階(今年2月)で「不可避の状況になっていた」と述べた。さらに、委員会が全会一致で劉氏への授与を 決めたことを明らかにした。
委員長は「相手が大国だから、委員会がひるんだと見られることは許されなかった」と述べた。また、「中国は大国と なった。米国がそうであるように、大国は議論と批判の対象になることを知るべきだ」と注文をつけた。
民主活動家が平和賞を受賞すると、当該国の政府がかえって抑圧を強める「負の影響」も指摘されるが、「そのことは いつも考えている。だが、平和賞があるからこそ、(活動家が)守られている側面もある」と訴え、賞の意義を強調した。
(2010年10月9日00時45分 読売新聞)
ソース: 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20101009-OYT1T00061.htm
今回のノーベル平和賞が中国の民主活動家・劉暁波氏に授与されることが決定したことによって、世界の人達は改めてこの支那・中国と言う大国が非民主的な共産党の独裁国家であるという現実を思い知らされることとなった。
例えばこの劉暁波氏の妻はこの発表の2時間後に、何者かに連れ去られ外部から一切連絡が取れなくなったと言う。共産党の秘密警察官によって監禁されたと考えられる。
支那大陸ではNHKの海外向け放送なども見られるが、このニュースを伝えたところ、突然真っ黒になって見れなくなった。
中国当局、NHKを視聴制限か=劉氏のノーベル平和賞受賞後
【北京時事】中国で民主活動家の劉暁波氏に対するノーベル平和賞授与決定について報じていた8日のNHK海外テレビ放送のニュース番組中、突然画面が真っ黒になり、視聴できなくなった。
放送は他のニュースに変わると復旧。中国当局が視聴を制限したとみられる。 国営新華社通信や中央テレビは同賞について報じていない。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101008-00000118-jij-int
このようなニュースを見るにつけ、この支那・中国は我々とは住む世界も違うし、決して気を許してはいけない国であるかを教えています。
正に民主党の前幹事長の枝野幸男氏が喝破した如く「悪しき隣人」なのです。私は枝野氏を批判的に書いたこともあったが、この「悪しき隣人」発言で見解を替えました。
近年ではこのような発言をした政治家は東京都知事の石原慎太郎先生くらいで記憶にありません。枝野氏がこの発言を今後も継続して使われることに期待感を表明しておきます。
枝野氏は「日本が中国とどういう距離感で付き合うかを確認するいい機会だった」と衝突事件を振り返る一方、「(中国は)あしき隣人だが、隣人は隣人だから、それなりの付き合いをしていかなければならない。米国や韓国のような政治体制や価値観を共有できる国とは違う」と断じた。
さらに「法治主義の通らない国だから、(フジタの社員が)突然拘束されるとかいろんなことがあり得る」と指摘、「そういう国と経済的なパートナーシップを組むという企業はよほどお人よしだ」と語った。
これだけのことを言える政治家は本物だと思います。その勇気には感動したほどです。
しかし、民主党ではこの枝野氏の声は無視されてしまった。自民党の中にも即座に反応して賛同した政治家もいなかったと記憶している。日本の政治家は少なくとも、支那・中国共産党が支配する非民主的国家の危険性を強く訴えて行くべきです。
まだ左翼学生活動家の気分のままに、政治をつかさどる仙谷官房長官などは必死で支那をかばっています。
「中国は清朝の末期から先進国というか英米の帝国主義に領土をむしりとられ、割譲されて民族としても国家としても大変、つらい思いをしてきた歴史がある」
「歴史の俎上に載せれば、そんなに中国のことを悪く言うべきではない」
いつまでこんな事を言っているつもりなのでしょう。確かにそのような歴史があったことに異論はないが、だからと言ってこの現代社会に支那のような言論の自由も人権も認めない暗黒社会があって良い事にはならない。
そのための明確なメッセージが今回の民主活動家に対するノーベル平和賞の授与であることは、西側諸国の人達ならば誰でも理解できているでしょう。
ところが日本だけが違う。政府関係者からも今回のノーベル平和賞の件に関しては何の発言もされていない。いつもの事ですが、日本は支那・共産中国に対して、モノが言えないくらいに怯えきっています。
>委員長は「相手が大国だから、委員会がひるんだと見られることは許されなかった」と述べた。
この委員長のつめの垢でもせんじて飲ませたいくらいです。この言葉を裏返せば、日本という小国は今支那・共産中国にひるんでいると世界中から見られてしまっていると言う事です。
人権抑圧国家に対して世界の人達が一矢報いたということで、これは大きな評価すべきことなのです。日本が沈黙していればいるほどに、日本がもう支那の属国になってしまったと世界中から異様な目で見られてしまいかねません。
菅首相も何か言いたげですが、結局何も言えないようです。
菅直人首相は8日夜、中国の民主活動家、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞決定に関し、「普遍的価値である人権について、ノルウェーのノーベル賞委員会がそういう評価をし、メッセージを込めて賞を出した。そのことをしっかりと受け止めておきたい」と述べるにとどめた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/
101008/plc1010082104030-n1.htm
何か日本だけが、世界から置いていかれそうで怖いですね。尖閣の領海侵犯にしても、余りにも愚行を重ねて恥の上塗りをしています。もう少し世界の目を気にして行動すべきです。
あらためて「大国にひるまず」との言葉の持つ意味を噛み締めた。今後の日本が生きて行くために一番大切な心構えではないのか。
もう、日本の政治家は駄目の烙印を押されても仕方がないと思う。在野の中から真の救国運動が自然発生的に起きて、その中から救国の英雄でも現れない限り、もう日本の将来はないと考えなければならない時に来たようです。 ←ブログランキング応援クリックお願いします。