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きっと、だいじょうぶ。:/11 下手を楽しむ=西野博之

路地裏フェスティバル2010
路地裏フェスティバル2010

 先日、東京下町のあるホールで、ユニークなフェスティバルが開かれた。元夜間中学教師の松崎運之助(みちのすけ)さんが発行する個人通信「路地裏通信」の読者が集う、年に一度のお祭りで、その名も「路地裏フェスティバル」。

 そのチラシに大きく書かれているのが「舞台で遊ぼう!下手を楽しもう!」。第1部の芝居には小さな子から80歳近い人まで老若男女が出演。なんと台本を持ったまま登場する人や、からだのいたるところにセリフがかかれたアンチョコのシールを張っている人がいる。

 無理もない。台本を渡されたのが公演の直前なのだから。初めから上手に演じることなど期待されていないので力みがなく、思わず大胆な演技やアドリブが飛び出すこともある。緊張して、汗びっしょりの人もいる。それでも出番が終わってみると、みなそれぞれに笑顔を浮かべている。「あっという間だったけど、舞台の上は楽しいよ」。自分にもできたという興奮が、ひしひしと伝わってくる。

 演芸大会での、オカリナやギター演奏。つっかえながら演奏し、何度やり直してもうまくいかないと「ここは飛ばして、次いきます」と、さっさと次の小節から演奏し始める。会場からどっと笑いが起きる。「南京玉すだれ」では、投げ出したすだれが元に戻らず、汗をかく人もいた。観客は自分が演じているかのようにハラハラしながら、応援の拍手を送る。「来年は私も舞台に出ようかしら」という声もちらほら聞こえてくる。

 こうして、年々参加者は増え続けている。その場にいる人は誰もが観客であり、演じ手にもなりうるのだ。

 うまい演技や演奏に出合うと、私たちは素直に感動する。あんなふうにできたらいいなと思うけれど、私もやってみよう、とはなかなかならない。その一方で、お世辞にもうまいとは言えないが、下手を楽しみながら、一生懸命演じている姿にも、また感動する。その姿は人を力づけ、元気を運び、やる気にさせる。

 できて当たり前、もっと上手にできなければ恥ずかしい。そんな価値観だけが優先されるところでは、人は萎縮(いしゅく)し、自信を失って落ち込んだり、他人を嫉(ねた)んだりする心も生まれやすい。

 高みを目指して努力する姿も尊いが、日々の暮らしの中で下手を楽しめたら、どんなに生きやすく、人生をも楽しむことができるだろう。フェスティバルの熱気と余韻の中で、ふとそんなことを考えていた。(NPO法人フリースペースたまりば理事長)=次回は10月10日

毎日新聞 2010年9月26日 東京朝刊

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