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≪シリーズ ケアをひらく≫

その後の不自由

「嵐」のあとを生きる人たち

著:上岡 陽江/大嶋 栄子

  • 判型 A5
  • 頁 272
  • 発行 2010年09月
  • 定価 2,100円 (本体2,000円+税5%)
  • ISBN978-4-260-01187-7
普通の生活の“有り難さ”
暴力などトラウマティックな事件があった“その後”も、専門家がやって来て去って行った“その後”も、当事者たちの生は続く。しかし彼らはなぜ「日常」そのものにつまずいてしまうのか。なぜ援助者を振り回してしまうのか。そんな「不思議な人たち」の生態を、薬物依存の当事者が身を削って書き記した当事者研究の最前線!
序 文
はじめに

 ダルク女性ハウスで二週間のフィールドワークをおこなったのは二〇〇三年冬のことである。私(大嶋)はその前年に札幌で「それいゆ」という女性のための施設を立ち上げたばかりで、薬物依存症の当事者であり施設長でもある上岡陽江さんの実践に学ぼうと思ったのだ。
 当時、ダルク女性...
はじめに

 ダルク女性ハウスで二週間のフィールドワークをおこなったのは二〇〇三年冬のことである。私(大嶋)はその前年に札幌で「それいゆ」という女性のための施設を立ち上げたばかりで、薬物依存症の当事者であり施設長でもある上岡陽江さんの実践に学ぼうと思ったのだ。
 当時、ダルク女性ハウスは荒川区の町屋にあった。まだ下町情緒の残るその道をメンバーと歩きながら感じた、かさかさとした寒さが今も記憶の底にある。その後何度も上岡さんやメンバーから聞き取り調査をおこない、そのたびにダルク女性ハウスに寝泊まりさせてもらうおつきあいが続いた。
 彼女たちに話を聞くなかで、あるいは精神科病院や女子刑務所での出会いを通じて、多くの女性たちが理不尽な体験を生き延びる自己対処としてアルコールや薬物を使っていることを知った。そして、そのような自分自身を深く恥じていることも知った。
 罪悪感と恥の感覚は事態をさらなる悪循環に誘い込み、彼女たちが表出する“症状という言葉”は他者を巻き込む。そこで付けられた「依存症」「境界性パーソナリティ障害」といった診断名は、彼女たちを救うどころか“厄介者”のレッテルとして機能する。再発すれば“恥知らず”の代名詞として使われる。
 しかし、「女性嗜癖者の回復は難しい」などとわかったような顔で解説する前に、何が彼女たちの回復を難しくしているのかを探る必要があるのではないだろうか。

 本書は、暴力をはじめとする理不尽な体験そのものを生き延びたその後、今度は生きつづけるためにさまざまな不自由をかかえる人たちの現実を描いている。
 上岡さん自身がそのように生きてきた当事者であり、同時に彼女たちの支援にも携わっている。私は精神科医療現場でソーシャルワーカーとして仕事を始め、その後民間カウンセリングルームや地域の社会復帰施設を経て、みずからが施設を立ち上げて現在に至る。
 このように違う立場ではあるが、ふたりには共通点がある。第一に彼女たちの体験を特別な人に起こった特別なことと見なさずに、いくつかの条件が重なってしまうときに誰にでも起こりうると考えていること。第二に「当たり前に生活が送れる」ような変化は、長い時間経過のなかでしか起こらないと知っていること。第三に、だからこそ支援する人たちにも疲れや諦めが出やすいので、援助者自身が多くのサポーターをもつことを勧め、みずからも実践していることである。
 本書はまた、理不尽な体験を生き延びている渦中のご本人が読んでくれることも想定して書かれている。日々の暮らしのなかで、きっと普通にできるはずと自分では感じることが思うようにならずに、苦労されているのではないか。そんな経験の全部というわけではないけれど、ここに書かれている具体的エピソードのいくつかに“自分”を見つけてくれたらいいなと思う。いまは出会っていなくとも、必ずつながっていける誰かがいるはずである。
 上岡さんも私も、これまでつきあってきたたくさんの「その後の不自由」を生きる人たちを思い浮かべながら本書を書いた。彼女たちの、症状にかき消されがちな言葉を、ひとりでも多くの人に届けられたらうれしい。

 大嶋栄子
目 次
 はじめに

1 私たちはなぜ寂しいのか
 1 境界線を壊されて育つということ
 2 境界線を壊された子どもは何を感じるようになるか
 3 「健康な人」に出会うとなぜか寂しい
 4 援助者に対してもニコイチを求めてしまう
 5 私たちにとって「回復」とは
 6 相談する相手が変わるとトラブルの質が変わる
 7 回復には段階がある
 focus-1 回復しても「大不満」!?

2 自傷からグチへ
 1 相談はなぜ難しいのか
 2 相談といっても実はいろいろある
 3 閉じられたグチは危険
 4 グチにも効用があるらしい
 5 開かれたグチを正当化しよう
 focus-2 同じ話を心の中で落ちるまで話せ

3 生理のあるカラダとつきあう術
 1 なぜ「生理」をテーマに選んだのか
 2 研究の方法
 3 研究の結果
 4 生理と向き合うことでわかったこと
 5 生身はつらい!
 focus-3 なぜ怒りが出てくるのか?

4 「その後の不自由」を生き延びるということ Kさんの聞き取りから
 focus-4 「普通の生活」を手助けしてほしい

5 生き延びるための10のキーワード
 1 身体に埋め込まれた記憶
 2 メンテナンス疲れ
 3 遊ぶ
 4 時間の軸
 5 “はずれ者”として生きる
 6 人間関係のテロリスト
 7 セックス
 8 流浪のひと
 9 だるさについて
 10 それでも希望について
 focus-5 トラウマは深く話しても楽にならないし、解決もしない

6 対談 では援助者はどうしたらいい? 上岡陽江×大嶋栄子
 援助者に出会うまでには長いプロセスがある
 「電話してね」と言っても電話がこない理由
 テレパシーで伝わると思っている
 自己覚知はフィードバックから
 「迷惑」じゃなくて「痛い」んだ
 消え入りたい思い
 「あなたは悪くない」は難しい
 失望する必要はない
 とにかく生き延びろ!

 あとがき