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きょうの社説 2010年10月8日
◎未来技術遺産 高峰博士の偉業継承に弾み
世界的化学者、高峰譲吉博士が止血剤アドレナリンの結晶化に成功するまでの過程を記
した実験ノートが国立科学博物館(東京)登録の「未来技術遺産」に選ばれた。実験ノートは助手を務めた上中(うえなか)啓三が記録したもので、博士の死後に取りざたされた実験の盗作疑惑への強力な反証となっている。「上中ノート」は今年3月に日本化学会が創設した初の「化学遺産」にも認定されており、博士の研究成果を決定づける貴重な資料の再評価が進んでいることは大いに喜ばしい。2012年には博士が米国ワシントンに桜を贈ってから100年の節目を迎え、日米交 流に尽力した「無冠の大使」としての足跡にもあらためて光が当たる。博士を描いた映画「さくら、さくら」上映で博士への関心が高まっており、来春には続編が日米で公開予定となっている。「遺産」認定も機に博士の功績を次代に継承する取り組みを広げていきたい。 「未来技術遺産」は、次世代に引き継ぐべき重要な技術資料を登録する制度で、国立科 学博物館が2008年に設け、72件が登録されている。「上中ノート」には、当時の最先端技術を駆使して牛の副腎から不純物を取り除き、アドレナリンの結晶を抽出する実験内容が克明につづられている。 高峰博士が開発したアドレナリンは博士の死後、米国人化学者の影響でエピネフリンと 呼ばれるようになったが、日本では国内の研究者らの働きかけで近年、アドレナリンへの名称変更の運動が実った。しかし、米国では今もエピネフリンと呼ばれている。米国への桜寄贈では自ら裏方に徹していた。ノーベル賞を2度ほども受賞できたといわれる化学の先駆者、日米交流など博士の数々の業績が正当に評価されるように、今回の「遺産」認定も含めて、博士の足跡を広く発信していきたい。 今夏のジャパンテントでは基調スピーチや「さくら、さくら」上映を通じて、多くの留 学生が博士の足跡に触発されていた。スケールの大きい志が海外の若者たちの心もとらえたのだろう。博士の生き方から次代を担う若者が学ぶことは多い。
◎小沢氏見解表明 法廷の前に国会で説明を
民主党の小沢一郎元代表が自らの強制起訴議決に関して、離党や議員辞職を否定し、司
法の場で潔白を訴える意向を表明したのは、予想されていたとはいえ、やはり首をかしげたくなる発言である。刑事責任と政治的、道義的責任は別であり、起訴が決まったからといって、国会での説明を免れる理由にはならない。今後も政治活動を続けるというのであれば、最低でも政治の場で疑惑を払拭する努力がいる。東京第5検察審査会が2度にわたって起訴議決を出したのは、小沢氏が一連の疑惑につ いて、国会など公の場で十分な説明をしてこなかったという意識が働いたのは間違いない。そのことを、小沢氏や民主党はどこまで認識しているのだろうか。小沢氏が離党意思のないことを明確にしたことで、今後は党の対応が焦点である。野党が要求する証人喚問を今国会で実現させる必要がある。 小沢氏は証人喚問や政治倫理審査会出席について、「国会の決定に従う」とする一方、 事件が司法の場に移ったことを強調し、自ら国会に出る意思は示さなかった。検察審査会の議決に関しては「秘密のベールに閉ざされている」との言い回しで批判した。 確かに有罪率99%の検察の起訴と審査会の起訴議決は同じとはいえない。制度運用で 改善の余地もあろう。だが、検察が独占してきた起訴権限に市民感覚を反映させるのが改正の狙いである。小沢氏の発言は「素人でいいのか」という過去の言葉と合わせ、制度自体を否定するかのように聞こえる。 小沢氏側は起訴議決について、告発内容に含まれていない「小沢氏から借入金4億円」 の不記載まで認定されたことから異議申し立ての検討に入った。審査の権限にかかわる問題とはいえ、この4億円の出所については国会でも説明がほしい大きな疑問点である。 強制起訴で小沢氏は「政治とカネ」をめぐる刑事被告人として法廷に立つ。そうした深 刻な問題を党内に抱え、民主党政権は国民の信頼を得られるだろうか。小沢氏への対応は、党の存在意義が問われる局面といえる。
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