草間純二(くさまじゅんじ)は現職の警察官である。
紺色を基調とした制服に身をつつみ、愛車に乗って縦浜町内を巡回するのも仕事のひとつ。
無論、昼日中のいまはそんな仕事の真っ最中だった。
「もうお昼かぁ、今日も平和だなあ」
のどかなパトロールの時を愉しみつつ、ペダルを漕いで整備された目抜き通りをつらつら走る。
ちらり仰げば間抜けなくらいに空が青く、うるさいほどに太陽がまぶしい。
縦浜町商店街は常と変わらず今日も平和――のはずだった。
しかし、不意に平穏は切り裂かれる。
「銀行強盗だぁっ!」
「えっ?」
突如、純二の耳にだれぞの悲鳴が飛び込んできた。
おもわず素っ頓狂な声をあげてしまう。
もっともそこはさすがに警察官。
束の間、ついと戸惑いを垣間見せたとはいえ、即座に心の平静を取り戻す。
町の治安を担う自分がパニくってどうする?
心中、ひそかに襟を正し、乱れたおもいを改め直す。
聞こえてきたセリフの内容を鵜呑みにすると、事態が急を要しているのはあきらかだ。
考え込む暇があるのなら即行動。
なにはさておき、純二は現場に急行した。
*****
場景は息の詰まりそうな緊張感にひたされていた。
また、すでに場面も混沌としていた。
いまだわずかに距離を残しているとはいえ、十分にそれが察せられた。
通りに面した縦浜銀行の入口、その自動ドア付近に黒い目出し帽、端的にいうと覆面をかぶった男らしき体躯のふたり組が立っている。
両者とも手にゴム紐の張ったY字の得物、いわゆるパチンコを構えていた。
まずいな。
一瞥しただけでそうと理解できる。
装填した弾とともにつまんだゴム紐を力任せに引き絞っている覆面男らのさまは、いわずもがな。いつでも射撃可能な状態にあるといえた。
かれらの使用する弾の種類は、おそらく生分解性プラスチック製の6mmBBB(Biotech Ball Bullet)弾とみてまずまちがいなだろう。
なるほど6mmBBB弾はパチンコのそれとしては最もポピュラーな代物であり、そのバランスのよい性能はなかなかどうして信頼性が高い。
警官仲間のあいだでも6mmBBB弾の人気はたしかなもので、かくいう純二も愛用者のひとりであった。
つまり6mmBBB弾の威力は国家公務員のお墨付き。
ともなれば、現場が一触即発の気配に充たされていたのも道理といえる。
覆面男たちのかもしだす、いましも撃ちそうな雰囲気に純二は動揺をおぼえそうになった。
だが、
いやいや、だからパニくってどうする。
そう首を左右に振るや、ペダルを漕ぐ脚に一層のちからをこめた。
すれば現場に向かう速度がより加増されるというもの。
次いで、
まずは正確な現状把握が必要不可欠だ。
と、純二は思考する。
幸い問題の銀行には大きなガラス窓が幾つか設けられており、そこから建物内の様子を目視することが可能となっていた。
銀行内には自動ドアのまえで身構えているふたり組とはべつな覆面男数名の姿がちらちら視認できた。
あるいは銀行職員とおぼしき制服姿の者たちと逃げ遅れたであろう様相を呈している一般人、合わせて十余名のありさまもみとめられた。
「くそ。おもっていたより多いな」
予想外にも多かった覆面男たちの人数に純二は、ちっ、と舌打ちをひとつ。
なるほどたしかに銀行強盗犯というより、銀行強盗団と表したほうがしっくりくるか。
相手はそんな大所帯だった。
さらには全員、漏れなくパチンコを携帯している。
ひとりでは無理だな。
相手の戦力に正直、純二は肝を冷やした。
警察官として純二も最低限の武器、イコール強盗団らと同種のパチンコと弾は携帯しているが、さりとて単独でどうにかできるような状況ではない。
もっとも、一定の距離をおいて銀行のそばに群がった野次馬たちの人数はまだ少なく、そのために事件発生からさほど時間は経過していないようにおもえた。
ようするに味方の応援は現状、期待できないということ。
あと10分もすれば駆けつけてくるかもしれないが――
「とりあえず、いまはひとりで頑張るっきゃないってことだよな」
純二はつぶやき、ため息混じりに覚悟を決めた。
そうして自動ドアまえの覆面男ふたり組と野次馬集団のあいだに自転車ごと自身を急停車させた。