2010年10月7日
封じ手を打ち下ろす井山裕太名人(左)。右は高尾紳路九段=7日午前、神奈川県秦野市、樫山晃生撮影
高尾挑戦者が注文したカレーライス。ビーフとチキン、両方そろえられた
アサヒコムの解説は、名人戦おなじみの武宮陽光五段
●白、大きな生還/武宮陽光の目
「右上隅の黒が生きるかどうかのコウが発生しました。白158(16の十七)に対して、黒からは白を殺す手があります。ただ、その後も白からのコウダテが無数にあるので、黒は右上隅のコウ争いに勝てません。いきおい実戦は、黒が159(13の一)とコウを解消し、右下隅の白が生き返る変化となりました。白がここを生きたのは大きく、細かいながらもやや面白くなったような気がします」
●地合い勝負か?/武宮陽光の目
「右下隅を取られた形の白は、左上隅で大きな地をつくるか、上辺の黒を取ってしまうかしないと苦しい状況です。ただ、白には右上隅に楽しみがあります。白152と置くと、黒は無条件で生きることができず、コウになります。白から右下隅に生きるぞというコウダテがたくさんあるので、このコウ争いでは白が勝つ可能性が高いです。まだまだ地合い勝負になる展開もありえます」
●王手飛車取り?/武宮陽光の目
黒133に対し、挑戦者は白134と受けたが、「黒135が両にらみ、言ってみれば王手飛車取りのような手です」。白は136で上辺の一団の眼を確保したが、「黒137の置きがまた好手です。白は部分的には眼ができない形。名人のねらいすました手が決まったといえます」。
●鋭い手に驚きの声/武宮陽光の目
黒133の置きが検討室のモニター画面に映ると、検討陣から驚きの声があがった。
「左上隅の白130のツケコシを放置してのタイミング。僕も驚きました。白の受け方によっては、右下隅の白石を御用にしようというのがねらい。検討陣もまったく見ていなかった手で、驚嘆しました。名人らしい鋭い一着。ねらいすましていたのかもしれません」
●名人、小粋な技/武宮陽光の目
「黒117とツナいで、白90からの戦いが一段落しました。ここで先手が回った挑戦者は、待望の白118。地としても大きい右下隅の眼をはっきりさせ、かつ右上の一団への防御にもなっています。挑戦者の、白90からの力強いシノギが成功した形と言っていいでしょう」
「対する名人の黒119のコスミは、白にとればいやらしい手。受け方が非常に悩ましいです。白120と受けて無事ではありますが、この2手の交換が入ることで、白130のツケコシを緩和しています。小粋なテクニックですね」
●挑戦者の勝負手、功を奏す/武宮陽光の目
「白90からの出切りから、両者、一歩も引かない応酬が続いています。白108と手を戻して、右上の白の一団は部分的には取られづらい形になりました。ただ、右下隅との絡みで、眼形がなくなることもありえますので、挑戦者としては早く右下隅に先着したいところです」
「上辺の黒石の眼がない状況になり、名人がどう整形するかというところでした。名人は、黒109と相手の急所に迫りながら、踏み込んだシノギをみせました」
「白94の勝負手が出た時点では、どちらかがつぶれかねない状況でした。でも、その後は、互いにめいっぱいの手を繰りだし、うまく分かれました。力のこもった碁になっています」
●対局再開
午後1時、対局が再び始まった。
昼食で高尾挑戦者が選んだのはチキンカレーだった。
●昼食休憩に
正午ちょうど、高尾挑戦者が96手目を考慮中に昼食休憩に入った。消費時間は名人が5時間20分、挑戦者は5時間9分。
「陣屋では伝統のカレーライスをご用意しているんですよ」。おかみの宮崎知子さん(33)が言う。何日も前からタマネギをいため、ぐつぐつ煮込んだ味は「やさしい中辛」とのこと。一般のメニューとしては出しておらず、囲碁や将棋のタイトル戦の時だけ特別に準備しているという。
メニューは、ビーフカレーとチキンカレーの2通り。それぞれ、やや辛口と甘口だ。9月末に陣屋で指された第58期将棋王座戦第6局では、羽生善治王座(40)=名人、棋聖=が大盛りのビーフカレー、対する挑戦者の藤井猛九段(40)が特注のチキンカレーうどんを注文した。結果は、羽生王座が勝ち、タイトルを守るとともに、王座戦19連覇という偉業も成し遂げた。
さて、この日は高尾挑戦者がカレーを注文した。で、ビーフとチキン、どっち?
「両方出しました」とベテランの仲居さん。「その場でお好みで選んでもらえるように、と思いまして」
さて、挑戦者の選択やいかに。対する井山名人は、温かいキノコそばを頼んだ。
●挑戦者、渾身の勝負手/武宮陽光の目
「挑戦者は、ただ生きるだけではじり貧と見て、白90からの出切りを決行しました。これは上辺の黒一団との攻め合いをねらった手。非常に難解なのですが、第一感は白が大変な印象です。挑戦者、渾身(こんしん)の勝負手。局面は風雲急を告げています」
●名人の厳しい追及/武宮陽光の目
「白82は、たいへん難しいところです。白は、黒75と77の二子を取れればいいのですが、直接取る手が見当たりません。白からすると、右上の一団の眼がないのと、白80の一路上の断点も気になるところです」
「実戦の進行では、黒83から87と一間トンだのが厳しい追及で、黒89のオサエに回れたのが非常に大きい。これによって、白は右下隅との連絡も断たれ、その右下隅も黒から17の十八にスベられると死なないまでもひどい目に遭います。白は、上辺のシノギと右下隅の生きを両立させなければなりません。まさに、クモの巣にかかったような状態で、厳しい状況にみえます」
●名人、急所の一撃/武宮陽光の目
「白74は、がんばった手です。たとえば白75と上に守っておけば堅かったのですが、それだと上辺の黒の一団にプレッシャーがかかりません」
「これに対して名人はノータイムで黒75と打ちました。ひと目、行きたくなる急所です。白は76の反発を用意していましたが、黒77と引かれました。白78では、ほんとうは黒75の一路上に形よくオサえたいところですが、黒79から出切られると、白が危険になります。実戦は白78と愚形につながり、ちょっとつらい。名人の一撃が入った感じです」
「振り返ってみると、白68、黒69の交換をせずに、白74の手で白76の一路右に肩をつくくらいが相場だったかもしれません。挑戦者は、つらいけれどもこの形のほうが堅く守るよりいいとみたのか、あるいは少し誤算があったのか。局後にお聞きしたいところです」
●両者、早くも気合十分/武宮陽光の目
「おはようございます。2日目もよろしくお願いします」
「封じ手は9の五のツケコシでした。昨日の予想がズバリ当たりました! 上辺の白の包囲網を突破するには、この手が一番よさそうです。実戦のように進んだ後、黒73と一間トンで、白の一歩先に行けました。このことが封じ手のツケコシの大きな意味です」
「両者、早くも上着を脱ぎ、前傾姿勢。気合十分ですね。今日も楽しみです」
●名人の封じ手、「9の五」のツケコシ
井山裕太名人(21)が高尾紳路九段(33)に3連勝して迎えた第35期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)第4局の2日目が7日午前9時、神奈川県秦野市の旅館「陣屋」で打ち継がれた。
定刻になると両対局者が1日目の棋譜を並べ、続いて立会人の林海峰名誉天元が名人の封じ手65手目を開いた。「封じ手は9の五」。名人はすぐに打ち下ろすと、手元のぬれタオルで口と手をぬぐい、水を飲んだ。
持ち時間各8時間のうち、1日目で名人が4時間10分、挑戦者が3時間25分を使った。7日夜までに終局する。
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アサヒコムでは、1日目に引き続き、名人戦おなじみの武宮陽光五段が、楽しくて切れ味鋭い解説を随時お届けします。