「ヤクルト4‐17阪神」(5日、神宮)
ついに大記録を打ち立てた。阪神のマット・マートン外野手(29)が二回2死満塁で中前2点打。これが今季211安打目となり、米大リーグ・マリナーズのイチロー外野手(36)がオリックス時代に築いたプロ野球シーズン最多記録の210安打を更新した。打線はその回、打者一巡9点を奪う猛攻。シーズン2位通過へマジック2とした。
◇ ◇
グラウンドに降り注いだ無数のフラッシュ。光の網を切り裂くように、痛烈な打球が二遊間を抜けていった。球場全体からわき起こる大歓声。マートンは一塁ベース上で「神にすべての感謝を込めて」両手の人さし指を天に突き刺した。16年間、210本という誰も超えられなかったイチローの聖域を、来日1年目で超えた。
新記録の瞬間は二回だった。3点を先制し、なおも2死満塁の場面。「自分としては良い状況だった。ごちゃごちゃ考えずに集中できた」と2ボールから浮いた130キロのチェンジアップに自然とバットが出た。
低く鋭い打球は鮮やかに二遊間を破る中前2点打。序盤で試合を決め、1イニング9得点の猛攻を呼び込んだ。以降も手を緩めることなく、五回の第4打席では右前打、九回にも右前打を放ち史上3位タイとなる24度目の猛打賞をマークした。積み上げた安打の数は213本。2位までマジック2となった今、そのバットはとどまるところを知らない。
新記録が近づくにつれて、マートンには葛藤(かっとう)が渦巻いていた。チームの勝利を目指す偽りなき本心と、新記録を期待する周囲の声。「正直、やっぱり感じるモノはあった。でもチームの勝利に貢献するために日本に呼んでくれた。いいプレーをすることで勝ちにつながると思い続けた」と胸の内を明かした。
天王山の初戦となった9月21日の中日戦、マートンは八回に痛恨のタイムリーエラーを犯した。「完全な自分のミス」と肩を落とし、宿舎に帰った後、自室前の廊下でへたり込んだ。30分近く、自分を責めるような言葉を吐きながら、犯した過ちを胸に刻み続けた。
結果に対し、言い訳することなく向き合うマートン。すべてに一生懸命、そして全力を尽くす‐。今年1月、単身で来日した助っ人が没頭していたのが、テレビゲームだった。キャンプでは宿舎の自室でヘッドホンを装着し、外界の音を完全に遮断して無数の敵を打ち倒していた。
その様子を見た関係者が「怖くて声をかけられなかった」と明かしたほど。野球と同じように、趣味の世界でも“やる”と決めたことに最大限の集中力を発揮する。そんな心の強さ、確かな打撃技術。すべてがそろった男だからこそ、記録を塗り替えられた。
インタビューの最後、マートンは自ら語りだした。「チーム全員に感謝したい。1人では達成できなかった記録だから」。そう言って笑みを浮かべた赤毛のアメリカ人が、日本のプロ野球に偉大な歴史を刻んだ。