尖閣諸島付近での中国船事件をめぐり、日中関係が最悪になっている。小泉政権の頃は、靖国参拝が日中関係の「障害」と言われたものだ。しかし、靖国参拝閣僚ゼロの菅政権でも、日中関係は最悪の事態になっている。歴史認識問題にナイーブな(ナイーブなフリをした)日本人は、日中友好幻想を捨てて、ドライな外交を目指すべきだ。
今回の事件については、例によって、中国政府が「どうせ日本のことだから、ちょっと脅せばすぐに折れるだろう」と見込み違いをし、中国国内世論に火をつけてしまっている。
「中国の船舶が海外で現地政府などとトラブルを起こすことは珍しくないが、中国当局はこれまで報道を規制するなど、世論を抑えることが多かった。
2009年2月に中国の貨物船がナホトカ沖で、ロシアの国境警備隊から銃撃を受け船員8人が死亡した事件があったが、その際には、中国政府は国内メディアに対し国営新華社通信が配信した記事だけを使うよう要求。民間団体が北京のロシア大使館の前で行う抗議活動も許可しなかった。
しかし、今回の事件で中国当局は国内メディアの日本批判を容認。(略)その後、国内で反日の高まりを抑えるため、中国当局は激しい対応に追われたというわけだ」(産経新聞 )
日本以外の国に関しても、中国政府が同じように情報をオープンにしていれば、中国国民も「国際社会とは、外交とはそういうものか」と冷静になるはずである。特に、ロシアでの事件が公になっていれば、「ロシアは中国人を8人も殺した。日本は人命を尊重して身柄を拘束しただけだ」となり、対日世論が沸騰することもない。要は、中国政府が情報をコントロールし、「日本人は世界の中でも極悪非道の鬼畜」というイメージを広めているから、歪な形で中国世論が暴走するのである。
情報が豊富にあり、多角的にそれらを検討して、主体的に判断できる環境にある日本と違い、中国では情報がコントロールされ、歴史観や価値観も狭められている。日本では、国民が政府・メディアにコントロールされることはないが、中国では国民が容易にコントロールされる。昔からさんざん指摘されているように、中国政府は「抗日」によって国民を統率しなければならないので、靖国参拝などの歴史認識問題を煽り、現在進行形の外交問題でも、対日問題だけを過剰に大きく取り上げる。
歴史認識問題なるものは、中国政府にしてみれば、「抗日」を煽るツールの1つでしかない。首相や閣僚が靖国参拝してもしなくても、中国政府はドライに国益を追求するのである。歴史認識問題は「心の痛み」などという繊細なものではなく、「誠意が足りんな」という類のコワイ大人の手口と同じと考えた方が正しい。
しかし、日本人の中には、歴史認識問題を過度に重視する「歴史認識オタク」がいる。彼ら歴史認識オタクは、「靖国参拝したから日中関係がこじれている。靖国参拝を首相が続けている以上、中国が多少の無理を言ってくるのはしょうがない。靖国参拝をやめれば、中国も無理は言ってこないはずだ」とナイーブに考える。あるいは、中国政府の意をくんで、ナイーブなフリをしている。
より高度に洗練された歴史認識オタクは、「日本の国益のためにも、歴史認識問題では中国の言う通りにするべきだ」ということを言い出す。経済偏重の財界人や、国益という言葉に弱い保守派の一部も取り込む作戦である。典型的なのが朝日新聞だ。
「中韓両国とも6者協議の成功が最優先で靖国問題どころではないだろうとたかをくくっての参拝だとしたら、それこそ外交の信頼を損なう行為である。
経済発展が著しい東アジアは、自由貿易圏の形成をはじめ激しく動き始めている。その機会をうまくとらえていけるかどうかが日本経済の再生にもかかわる。とくに日韓関係は経済の相互依存だけでなく文化交流の土台もでき、さらに大きく発展する可能性を秘めている。このことを考えても、参拝の収支勘定は全く合わない」(2004年1月4日付朝日新聞社説「独りよがりに国益なし 靖国参拝」より)
今回の中国船事件では、靖国参拝閣僚ゼロで、歴史認識問題では中国の言いなりになっているにも関わらず、ガス田にまで一方的に問題を広げて、中国が日本の国益を損ねようとしている。今回は日本側に(朝日新聞的な意味での)「落ち度」はないのだから、「独りよがりに国益なし」と断言した朝日新聞は、当然のことながら、中国を厳しく批判すると誰もが思うだろう。ところが、朝日新聞は、どっちつかずの態度で何も言えない。「独りよがりに国益なし」というのは、所詮、歴史認識オタクの屁理屈でしかなかったという明白な証拠である。
「不信は不信を呼び、脅威感さえ招きかねない。このような事件を繰り返さず、平和な海を維持するために、日中は協働すべきだ」(2010年9月9日付朝日新聞社説「尖閣 争いの海にせぬ知恵を」より)
歴史認識オタクにとっては、日本の国益や主権など、ホンネではどうでもいいのだろう。それよりも、中国という「戦勝国」に便乗して、道義的に国内で優位に立ちたいだけなのだ。戦前は大日本帝国という勝ち馬に便乗して大陸進出を煽り、戦後は中国という勝ち馬に便乗して道義的優位を振りかざす。その根っこに「尊中思想」(理念的なシナを崇拝して日本国内で優位に立ちたがる儒家以来続く思想)があるということは、以前にも「親中派が天皇を政治利用するのは歴史の必然」 などで書いた(余談だが、当時の文章を読み返してみると、昨年末の小沢一郎氏による中国詣でと「天皇の政治利用」も、山本七平によって予言されていたことがわかる。山本七平、おそるべし)。
本当に、歴史認識問題を当事者として受け止めているなら、「まずは事実関係の確認を」となるはずである。誰だって、事実と反すること、誇張されたことに対して、謝罪させられるのは嫌だからだ。先の大戦について、一般論として「謝罪」するのは、敗戦のペナルティとして受け入れるとしても(いつまでペナルティを払い続けなければならないのかというのはまた別の話)、事実関係のはっきりしていない個別の事案(南京事件や慰安婦問題など)や、日本国内での慰霊の仕方についてまで、無条件に指図される筋合いはない。
しかし、歴史認識オタクからすれば、日本の戦争責任などというものは、所詮、他人事でしかない。表向きは「同じ日本人として……」などと言うかもしれないが、精神的には何ら圧迫を受けていないのである。他人事だからこそ、事実関係の確認もせずに、簡単に謝罪ができる。いや、正確には「日本は謝罪しろ!」と、同じ「敗戦国民」であるくせに、まるで「戦勝国民」になったかのような調子で声を荒げる。
自分たちが国内で優位に立つために、歴史をねじ曲げ、「国益」という言葉まで軽々しく用いる。そんな歴史認識オタクに、政治が振り回される必要はない。特に、歴史認識問題なるものが、日中関係の本質と何ら関係ないということが明白になった今、政治は目の前の外交問題にドライに対処していくべきだ。われわれが相手にしているのは、理念的なシナではなく、現実の中国政府なのである。
フリーライター宮島理のプチ論壇 since1997
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靖国参拝閣僚ゼロも日中関係最悪
2010/9/17
— posted by 宮島理 at 05:35 pm
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