[2010年02月01日(月)]
【フィギュアスケート】四大陸選手権での浅田真央の勝因と課題〜彼女のスケートの本当の魅力
青嶋ひろの●取材・文 text by Aoshima Hirono
森田正美、岸本勉●撮影 photo by Morita Masami,Kishimoto Tsutomu
【ジャンプの課題もクリアしての優勝】
「トリプルアクセルに2回、試合で挑戦できたこと。これはほんとうにオリンピックにつながる挑戦です。そして挑戦しただけでなく、2回決められた。この試合に出て良かったな!と思いました」
フリーで2度のトリプルアクセル成功――。浅田真央は四大陸選手権で、最大の収穫を得て帰国した。
1度決めた目標はやりとおさなければ気が済まない彼女のことだ、オリンピックでも果敢に2度のアクセルに挑戦してくるだろうし、その成功が、勝敗の鍵になることは確かだろう。
優勝もしたし、ジャンプの課題もある程度クリアした四大陸選手権。しかしひとつ残念だったのは、フリープログラム「鐘」のパフォーマンスとしての質が、残念ながら心に迫るほどの高さではなかったことだ。
シーズン序盤、ずっしりと重たい音楽を無表情で滑る彼女の姿に、「曲が真央ちゃんに合っていない」「彼女のかわいらしさが出るように、もっと軽やかな曲がいいのでは?」、そんな声があちこちから上がっていた。
確かにジャンプが不調だったグランプリシリーズ2戦、不安げな表情にどんどん重苦しさを増す重厚な曲は、彼女に不似合いなように見えた。
しかしシリーズ2戦目、ロシア杯での公式練習にて。トリプルアクセルを含むジャンプをきれいに決めながら滑る「鐘」は、決してただ重苦しいだけのプログラムではなかったことに驚いた。
浅田真央ももう、19歳。15歳でグランプリファイナルを制した当時の軽やかなジャンプとナチュラルな笑顔があまりに印象強かったため、多くの人が今でもあのころのイメージを浅田真央に求めるのかもしれない。
しかし「可愛い少女から大人の美女になった」とタチアナ・タラソワも認めた彼女は、深みのある「鐘」を滑りこなすに十分な成長をしていたのだ。
「鐘」は浅田真央から凄みや妖しさを引き出し、見る人を彼岸に引きずり込むようなパワーを持っている。ロシアでの公式練習でほんとうの「鐘」の魅力を知った時、ぜひこのプログラムの完成形を見たい、と思った。
そしてその2カ月後の全日本選手権、私たちが目にしたのは、怖いほどに美しく、見たこともないほど力強い、新しい浅田真央――。
全日本選手権の時点では、ジャンプの回転不足やトランジッションの密度など、課題は多かった。しかしこの「鐘」を携えていけば、オリンピックで浅田真央は、メダルの色に関係なく、ひとつの歴史的なパフォーマンスを見せられるかもしれない、とさえ思ったほどだ。
しかしなぜシーズン前半は公式練習でしかできなかったこれだけの「鐘」を、ここで見せられたのか? 浅田真央に問えば、答えは実に明快だった。
「今回はトリプルアクセルが決められたので。アクセルや他のジャンプが決まれば、気持ちも乗ってくる。自然にプログラム全体を盛り上げられると思うんです」
【全日本と四大陸の「鐘」の違い】
ところが四大陸選手権。プログラムはトリプルアクセル2発成功という、全日本を上回る好調な出だしで始まる。しかしいつまでたっても、あの地の底から湧き出るような「鐘」の凄みが、浅田真央の滑りから出てこないのだ。
少し不安の残る表情のまま、次のジャンプ、次のジャンプ、と彼女はただひたすらに走っていく。せっかくの妖艶な振り付けも、手足を美しく操るステップも、今回はジャンプとジャンプをつなぐだけの動きになってしまっている。
こうなると「鐘」という音楽は難しい。ずっしりした音の響きの中、こちらもジャンプの成否を固唾を飲んで見守るしかない。全日本選手権のときのように、心から浅田真央の渾身の滑りを、楽しむことができないのだ。
せっかくトリプルアクセルを決めたのに、こうなってしまったのは、なぜ?
「でも今回、ステップは力強くできたと思いますし、レベルは2だったけれども加点はたくさんもらえたので……」
彼女自身は、とりあえず今回の「鐘」に満足しているのだという。
残念なのは浅田真央、彼女自身が自分の魅力をまだよくわかっていないことだ。
よく「表現力」と乱暴にひとくくりにされることが多いが、フィギュアスケートの表現方法はひとつではない。芝居っけたっぷりの演技で観客を楽しませる選手、心の奥底から情熱や喜びをほとばしらせて惹きつける選手、圧倒的な身体能力を武器にダンスパフォーマンスで魅了する選手……その方法はさまざまだ。
ときどき、器用に演じることができないというだけで、浅田真央がライバルに比べると「表現力で劣る」という意見を聞くが、それは正しくない。
浅田真央にはまず音楽を的確にとらえるセンスがある。そして、心の内側から感情を絞り出すようなところはないが、その代わりに四肢の動きの美しさ、ポジションどりの巧みさで音楽の中に溶け込み、見る者を陶酔させる力がある。
さらに高橋大輔に言わせれば、「真央ちゃんはプログラム全体が、ひとつにつながっている」となるが、無理な力を使わない素直なスケーティングで、プログラムの流れを損なわず、見る者の意識を途切れさせずに4分を滑りきることもできる。
そんなスケートにおける長所を最大限に生かしつつ、美しい大人の女性としての浅田真央の存在そのものも前面に押し出したプログラムが「鐘」だ。
しかし肝心の浅田真央自身が、そんな自身の持つスケーターとしての抜きんでた能力にも、プログラムの魅力にも、気が付いていないのではないか、と今回は思った。
彼女の最大の魅力は、トリプルアクセルを跳べることでも、ステップで+2をたくさんもらえることでもない。ジャンプやエレメンツのレベルのように数字では表せない部分、数字では表せない自身の魅力に、まだ彼女自身が興味がないのではないだろうか。
浅田真央は、ひとつひとつのジャンプを跳べるようになること、ステップやスパイラルの高いレベルを取ることに喜びを感じる、ストイックなアスリートだ。それも、究極にストイックな、努力することに天才的なアスリートだ。
興味がなくとも、自身の魅力のすべてに気づいていなくとも、全日本選手権のような演技ができてしまうあたり、やはり浅田真央は非凡なのだろう。ただし、パフォーマンスに対するしっかりした認識がなければ、ときに四大陸選手権のような演技になってしまうこともまた、確かだ。
いったいオリンピックでは、彼女はどちらの「鐘」を見せるのか――トリプルアクセルの成否とともに、この一点も、勝敗をわける大きな鍵になるのではないだろうか。