[2009年12月25日(金)]
【フィギュアスケート】ポスト浅田真央と高橋大輔はこのふたり〜村上佳菜子と羽生結弦が全日本選手権にも出場
青嶋ひろの●取材・文 text by Aoshima Hirono
能登 直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)
【ジュニアグランプリファイナルで日本勢初のアベック優勝】
安藤美姫と織田信成のメダル獲得、そしてオリンピック代表内定というニュースに沸いたグランプリファイナル。
しかし、それほど大きな報道はされなかったものの、ジュニア男子の羽生結弦(宮城FSC)とジュニア女子の村上佳菜子(グランプリ東海クラブ/写真中央)の2選手によるジュニアグランプリファイナル、日本勢初のアベック優勝は、日本のフィギュアスケートの未来を長期的に見れば、安藤、織田の活躍に匹敵するほど大きなニュースだったのではないだろうか。
女子のジュニアを制した村上佳菜子は、15歳の中学3年生。名古屋の大須リンクで育った山田満知子コーチの門下生だ。
数年前、同じチームの先輩選手たちを取材するためにリンクを訪れたとき、恩田美栄や中野友加里にまとわりつくように滑っているちびっ子がいつもいて、それが当時まだ小学生の村上佳菜子だった。
アイスショーも盛んな名古屋のスケーターということで、羽生以上に小さなころから名が知られ、注目を集めていた存在。
そんな彼女も昨シーズン、ジュニアに上がったばかりの14歳でジュニアファイナルに進出し、4位。しかし女子はジュニアも選手層の厚い日本のこと。たくさんの同世代ライバルがひしめくなか、期待のスケーターのひとり、という見方を昨年の時点ではされていた。
それが一気に伸びてきたのが、今シーズン。ルッツ、フリップといった高難度の3回転ジャンプを含め、今年はほとんどの試合で村上佳菜子はミスをしていない。
3回転−3回転こそ難度の低いトーループ−トーループを跳び始めたところだが、これだけジャンプが安定して跳べていれば、やはり強い。
ジュニアグランプリシリーズで2連勝、全日本ジュニアも優勝、そしてファイナル優勝と、今季全試合負けなしの快進撃を見せている。
しかし、少し前までの村上佳菜子は、あまり勝負にはこだわらず、自分の出番が終わればライバルに大きな声援を送ってしまうようなのんきな選手だったという。それがなぜ今季、ここまで勝負強くなったのか?
色々と要因はあるだろうが、昨年初めて出場したグランプリファイナルにて、自分としては満足のいく演技ができたにもかかわらず、ジャンプのダウングレードなどが続いて得点が伸びず表彰台落ちをしてしまった、その悔しさをずっと抱えて今シーズンを迎えたことも大きいようだ。
「早く試合が始まらないかな! この悔しい気持ちを、早く消したいんです」
シーズン前に語っていたそんな思いが、彼女をひとつ上の強さに押しあげたのかもしれない。
そしてジャンプが今年ほど安定していなかった昨シーズンから、すでに彼女が持っていたものにも改めて注目したい。
それは、リンクに彼女が立っただけで華が咲いたような錯覚を覚える、見事なまでのスター性。冒頭のポーズを取って、にっこり笑って見せただけで、その後の4分間、一瞬たりとも彼女から目が離せなくなってしまう。
ナチュラルに人を引き付ける力、あとからどう努力しても身につけることなどできない、生まれながらの華のようなもの。
その華が、村上佳菜子は浅田真央と違う方向で、よりエンターテイニングで、よりきらびやか。その滑りは、浅田真央ほど音楽と完璧に同調することはないが、より楽しそうに音楽と戯れているように見える。
山田満知子コーチのアシスタントとして、ともに村上佳菜子を育ててきた樋口美穂子コーチは、すでに4年前の小学生の時点から、自分の作るプログラムを最も華やかに滑りこなす選手として、村上の名前を上げていた。
また、今年優勝したクロアチアのジュニアグランプリでは、ほとんど観客のいないさびしい会場ながら、彼女の演技のときだけ大きなウエーブと大歓声が巻き起こったという。
不思議な魅力、魔力にも似た魅力を持つ村上佳菜子のスケート。
興味がわいた方は、ぜひ今週開催の全日本選手権に注目していただきたい。まだ15歳、年齢的にオリンピック出場資格さえもたないが、トップ選手たちの五輪代表権争いに交じり、小さな佳菜子も全日本ジュニアチャンピオンとして登場。奮闘してくれるはずだ。
【15歳にしてすでにエンターテイナー】
村上佳菜子と同時に男子のジュニアで優勝した羽生結弦(はにゅう・ゆづる/写真)もまた、仙台の中学校に通う15歳。ノービスのころから日本人離れした長い手足で見せる伸びやかなスケートが注目を集め、2年前、中学1年生で全日本ジュニアの3位に入賞した。
ジャンプもうまければスピンもうまい、さらには「仙台の先輩、荒川静香さんの得意技だから挑戦してみました」と、背中を大きくそらしたレイバックイナバウアーまで見せてしまう茶目っ気もある。
バランスの取れた能力をそれぞれに伸ばし、14歳で早くもトリプルアクセルまで習得。その大技の精度を実戦で使えるレベルまで高めた今年――ジュニアのグランプリシリーズで、まずは2連勝!
これは高橋大輔、織田信成、小塚崇彦と、オリンピックのメダルを目指す日本のトップスターたちでさえ、誰もジュニア時代に出せなかった結果だ。
その演技内容はといえば、トリプルアクセルはフリーで2度、1度はトリプルトーループとのコンビネーションジャンプで、しかも得点の高くなるプログラムの後半に成功させるという離れ業をやってのける。
芸術点のプログラムコンポーネンツも、シニア選手に引けを取らない6点台を並べ、現在のパーソナルベストは206.77点。「200点越え」をシニアの多くの選手が目標とする中、30秒短く要素も少ないジュニアのプログラムで、すでにこのスコアだ。しかもジュニアとしては世界歴代2位の高得点。
いきなり羽生結弦の華々しい戦果やスペックばかりを並べたててしまったが、まずは彼のスケートそのものも見てほしい。
「僕にとってスケートは、自分のやってきたことや気持ちを伝えられるもの。スポーツ選手でもあるけれど、アーティストでもある、っていいたいです」
15歳がこう言ってのけてしまうのだからすごい。ショーナンバーともなれば、こんなに幼い顔をした選手が、こんなに堂々とエンターテイナーに徹しているということに、とにかく驚いてしまう。
そして同時に、「精一杯やれたから負けて満足、なんて嘘です。勝てない試合が楽しいわけ、ないじゃないですか!」と勝負にこだわるアスリートの熱い魂も持ち合わせている。
さらにジュニアグランプリファイナルのミックスゾーンでは、中学生がこんなにしっかりと自分の言葉を持っているものかと舌を巻くほど、さまざまな角度からスケートについて、試合に賭ける思いについて、饒舌に語ってくれた。
「ショートが終わって3位、でも1位まで2点差です。絶対にフリーで挽回したい! フリーのジュニアのベストスコアは、他の選手ではなく僕が持っているので!」
「今回は初めて、女子のシニアの選手をたくさん、生で見ることができます。キム・ヨナ選手やロシェット選手も初めてみるんですよ! 女性の表現ではあるけれど、自分の表現にも取り入れられるところがあるか、探しながら見てみたいです」
「エキシビションでは絶対にトリプルアクセルを跳びたかった! 健人君(中村健人選手)がアクセルで転んで途中退場してしまったので、『ユヅル、お前がアクセルを絶対跳んでくれ!』って言われてたんです。それなのにこけてしまって、本当に悔しい!」
彼があまりに素直に、熱く、そして愛嬌たっぷりに報道陣に応対するので、シニア男子たちの話が少し物足りなく思えたほど……。
スタイルも、スケート技術も規格外。エンターテイナーの素質もアスリートの魂もあり、自分を語る言葉も持つ、15歳。来年にはおそらくシニアに上がり、オリンピックを経験した日本のトップ選手たちに相対し、同じ土俵で戦いを挑むことになるだろう。
羽生結弦と村上佳菜子。ジュニアのエースふたりに共通として言えるのは、若いながらもそのスケートで見せるものを楽しませる、スケーターとしての華がすでにあること。そして負けず嫌いな性格と、しっかりと持っている自己で、勝負にもきちんと向き合うことができる、アスリートとしての強さがすでに十分あることだ。
全日本選手権、ふたりともがジュニアの代表として、日本最高峰の舞台に戦いを挑む。
おそらく五輪代表をかけたメンバーが集うフリーの最終グループ、6人のメンバーの中に、男女シングル、ふたりそれぞれが入ってくるだろう。
バンクーバーへの道にすべてをかける選手たちのなかで、その先にあるソチを見つめる羽生結弦と村上佳菜子――どこまでこの大舞台を楽しんでくれるだろうか。