今回の尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、複数の政府関係者が言っていたことの一つに、「日本には対中交渉カードがない」という指摘があります。これは、今日のような事態を予測し、準備できていなかった菅政権の「言い訳」という部分もありますが、同時に、現在の日中関係をみると、ある程度当たっているのだろうなとも思います。
そこで思い出すのが、首相による靖国神社参拝という、中国政府が最も嫌がるカードの存在です。
中国は、江沢民前国家主席時代からの反日教育の強化と、抗日活動の「勝利」(?)を共産党政府の正統性の根拠としてきた歴史的経緯もあって、日本に少しでも甘い顔(日本から見ればまともな対応)を見せると国民世論が沸騰してしまうという、実は中国政府自身も困ってしまう事情を抱えています。自業自得なわけですが。
で、内部では日本どころではない激烈な権力闘争が行われている中国では、国民からわき起こった反日世論や反日デモ、暴動の類は常に反政府運動へと転化していく(転化するよう誘導されていく)可能性があり、当然ながら今の胡錦涛主席体制もそれを非常に怖れていると。今は、なりふり構わぬ経済成長で誤魔化していますが、もともと格差その他、巨大な矛盾を抱えていて、それがいつ噴出してもおかしくない国ですから。
どこの国にとっても、外交は内政の延長なわけですが、特に「中華」の人たちにとっては余計にそうで、外交姿勢は国内事情にもろに直結しているわけですね。そして、中国政府にとって、最もどう付き合うか、どんな態度をとれば国民が納得するのかが難しい国の一つが日本だということになるわけです。
ここで本題に入るのですが、そんな中国を日本側からマネジメントし、コントロールできるカードが、靖国参拝だったのだろうと思うわけです。
小泉元首相が麻生元首相を外相に任命する際、対中関係を心配する向きに対して、「対中外交は対中強硬派がやった方がうまくいく」と言ったことがありますね。それは、いろいろ理由の説明はできるでしょうが、端的に言って、相手に「下手なことをすれば日本が何をやってくるか分からない」と警戒させることに大きな意味があったのだと考えます。
そして、小泉氏の後を襲った安倍元首相は、その6年連続靖国参拝という遺産を生かしつつ、靖国に参拝するともしないとも明言しない「あいまい戦術」をとりました。
これについて、このブログの訪問者のみなさんには非常に評判が悪かったですし、今も批判が多いのですが、安倍氏はその後の首相のように「行かない」とは決して言わず、中国の対日姿勢をマネジメントする道を選びました。
小泉時代の対日関係の悪化は、日本と経済関係を深める必要性があり、国際社会にもっと認められたい中国にとっても、かなり困ったものだったはずです。しかも、対日関係悪化の理由はほとんど靖国参拝一点に絞られていました。そこに、後継者で対中強硬派として知られていた安倍氏が、関係改善の手を差しのべた形でした。
中国としては、安倍氏就任後の初訪中受け入れまでに、なんとか「靖国に行かない」という言質をとろうとあの手この手で圧力をかけたり、懇願したりしてきたようですが、これには頑として安倍氏は首を縦に振りませんでした。「いつでも行ける」というカードを保持しつつ、でも「行く」とも言わない。結局、中国は半信半疑のまま安倍氏の訪中を大歓迎するしかなかったわけですが、当時の中国の対日外交当事者たちは「安倍は手強い」「主導権を握られてしまった」と口々に言っていたと聞いています。
それによって、中国にしてみれば、安倍政権をあまり刺激するようなことをすれば、靖国に参拝されてしまう。そうなったら、安倍氏を歓迎して迎え入れた胡錦涛政権は何をやっているんだと、国内世論と反体制派の総攻撃を受ける。それは何としても避けなければいけない。となると、現在の菅政権に対して示したような対日強硬路線はもうとりようがなくなるわけです。
安倍氏が参院選に大敗し、病に倒れた後の首相は、「お友達の嫌がることはしない」(福田元首相)、「靖国のことは頭から消し去ってほしい」(鳩山前首相、胡錦涛主席との会談での発言)などと、このせっかくのカードを自分から捨て去ってしまいました。中国政府は、これほど与しやすい相手はいないと大笑いしたのではないでしょうか。
まあ、もっとも、安倍氏の「あいまい戦術」は日本国内的には極めて評判が悪く、支持基盤だった保守派の離反を招きましたし、今も非難を浴びる大きな要因となっていますから、本当に成功したとは言えません。また、本人も、9月の辞任の前には、年内(おそらく晩秋)の参拝を模索していたので、いつまでも「あいまい戦術」を続けられると考えていたわけでもなかったようです。
安倍氏が首相時代に、「当面、靖国に参拝すると言わないことにどんなメリットがあるのか」と聞いたことがあります。その際、安倍氏がもう一つ挙げた理由が、拉致問題への中国の協力取り付けでした。実際、小泉政権時代には入ってこなかった中国経由の情報がかなり寄せられていたとのことですが、これも、今も拉致問題が解決・前進していない厳然たる事実を思うと、一定の効果はあっても、残念ながらそれ以上のものではなかったかもしれません。
ともあれ、中国という「厄介な国」と付き合う際には、硬軟取り混ぜできるだけ多くのカードを用意しておくにこしたことはありません。また、相手のある外交は、表面的に単純に攻める、引くだけでなく、周到に、重層的な仕掛けを考えることも大事なんだろうと思う次第です。鳩山氏のように、「友愛の海」と言えばそれで本当にそうなると信じ込む類の人は論外として。
私は小泉政権の末期ごろ、ある雑誌に匿名で「靖国防波堤論」を書きました。靖国問題でもめているからこそ、他の日中関係の懸案である教科書問題や東シナ海のガス田問題などまで中国側の意識と手が回らない。靖国でベタ降りしたら、今度はガス田問題などでも中国は攻めてくるだろうという趣旨のことを指摘したところ、日経新聞のコラムに「最近、靖国防波堤論というのが出ているが、それは違う」と反論され、思わぬ反応があるものだと驚きました。
靖国参拝は、英霊の鎮魂・顕彰という本来の目的以外に、日中関係における重要なカードとしても利用できたのになあと、そんなことを考え、ここまで記しました。でも、もとより、首相自身はおろか閣僚の参拝すら自粛させる菅政権に、そんな戦略的発想など欠片もないことは承知しています。
眠れない夜には、恥の多い半生の思い出をはじめ、いろいろなことが頭をよぎります。さて、明日は朝昼晩、何を食べようかとか…。
by chrysanthemum
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