今日も賑わう喫茶翠屋。その賑やかな店内の一角だけが沈黙に支配されていた。
そこにいるのはメイド服のライダーとエプロン姿のセイバー、そして―――Tシャツにジーンズ姿のアーチャーだった。
三者に共通しているのは、困惑。その内容は違えど、浮かべている表情は同じ。
先程から一言も発せず、ただ時間だけが過ぎていく……。
どうしてこのような事態になったのか。それは今から三十分程遡る……。
英霊達の再会と結ぶ誓い
「な、翠屋さんに行ってみたいんやけど」
キッカケははやてのそんな一言。つい最近出来た友人、高町なのはの両親が経営する喫茶店。中々評判が良く、アーチャーも何度か近所の付き合いで聞いた事があった。
弓兵アーチャー。既にその身は近所で評判の主夫となっている。
「それは構わないが、どうして急に行きたいと?」
「あのな、なのはちゃんが言っとったけど、明日から三日くらい出掛けるらしいんよ」
「それで?」
「そやから、見送る代わりに気ぃつけて行ってきてって言いたいんや。今日はお家の手伝いする言うとったし」
そんなはやての言葉をアーチャーは笑う事はせず、ただ黙って立ち上がる。
そして、そのままはやての部屋へ行き、手にある物を持って現れる。
それは麦わら帽子。夏の日差し対策にアーチャーが買った物だ。ちなみに、はやてへの誕生日プレゼントでもある。
「なら、これを身に着けてくれ。今日も日差しが強い」
「うん。それじゃ……」
「ああ。行くとしよう」
アーチャーの言葉に笑顔で頷くはやて。それにアーチャーは笑みで応える。手渡されたお気に入りの帽子を被り、ご機嫌と言わんばかりにはしゃぐはやてを見ながら、それに呆れながらも、どこか嬉しそうに相手するアーチャー。
そんな二人を、真夏の太陽が激しく照らしていた。
まだ朝と呼んで差し支えない時間にも関わらず、夏の太陽は燦々と光と熱を放っていた。
そんな中、汗を流しながら庭仕事をする二人のメイドの姿があった。
「お姉様~、終わりました」
「こちらも終わりました。さ、次はノエルと合流し、屋敷の掃除です」
疲労の色を見せるファリンに、ライダーは容赦なく次の仕事を告げる。その言葉にファリンが崩れ落ちた。
どうやら休みたいらしい。潤んだ瞳でライダーを見上げるファリン。それを困った顔で見つめるライダー。
そんなお見合いがたっぷり三分。先に根負けしたのはファリンだった。
「あ~、もう限界です!」
そう言うや否や屋敷へ走って行ったのだ。どうやら直射日光に耐え切れなくなったようだ。
それを見送り、ライダーはため息一つ。そして、その後を追うように歩き出すと、先の方を走るファリンに向かってこう言った。
「そんなに急ぐと危ないですよ~」
「ふぇ?」
その声が原因なのか、はたまた既にそれが決まっていたのか。ファリンはライダーが声を掛けると同時に、キレイに躓き……。
「あうっ!」
地面と熱いキスをした。それはもう、見事なまでに。そのあまりの光景に、ライダーでさえ足を止める程だった。
「……大丈夫ですか、ファリン」
急ぎ足で近付くライダー。数々のドジを見てきた彼女でさえ、今回のは中々痛そうだった。故にその声にも心配の色が見える。
そんなライダーの声に、ファリンはゆっくりと起き上がり、呟いた。
「なんで私だけこんな目に……」
その目はまさに涙目。世知辛い世の中を恨むようなその呟きをしているファリンに、ライダーは内心微笑ましいものを感じながら、それを表に出さずに手を差し伸べた。
それをファリンは掴んで立ち上がり、トボトボと歩き出す。その後をライダーは追う。
すっかり意気消沈しているファリンを、ライダーは何とかしたいと思った。元気で明るいファリン。その彼女が自分をお姉様と呼んだ時、ライダーは不思議とすんなりそれを受け入れられた。
以来、すずかとは違う意味でファリンはライダーの中で妹のような存在に変わった。それはきっと、ファリンが無邪気で素直な性格なのも影響している。物事を考え過ぎるライダーにとって、思った事を正直に表現出来るファリンは、ある意味羨ましい存在でもあった。
だからこそ、今のファリンを見る事はライダーにとって辛い。
(何かないでしょうか?ファリンを元気付ける方法は)
これまでのファリンとの出来事を思い出すライダー。まだ一年も経っていないが、それでもその思い出は山のようにある。
共に料理を作り、焦がして失敗した事や、買い物帰りに団子を買って二人だけで食べた事など、ファリンとだけに限っても数え切れない程思い出がある。
(……そうです。ファリンは甘い物が特に好きでした)
そんな中でも多いのが食べ物に関する事。それに改めて得た友人の顔を思い出すが、それを振り払おうとして、はたとライダーはある事を思いついた。
「ファリン、翠屋のシュークリームはいりませんか?」
「え……?欲しいですけど……どうしてです?」
「仕事を頑張っているファリンに、私からのささやかなご褒美です」
元気付ける意味合いも込め、優しく微笑むライダー。それが伝わったのか、ファリンも徐々に表情を笑顔に変えた。
こうして、ライダーは残りの仕事をノエル(事情を話すと苦笑しつつ了解した)とファリンに託し、愛車を駆って翠屋へと向かう。
そこに予想だにしない相手が待っているとも知らずに……。
『いらっしゃいませ』
入口のドアの鈴が音を立てると同時に、セイバーとなのはの声が重なる。
喫茶翠屋。そこの看板娘なのはと、最近名物店員となったセイバー。夏休みのためか、最近はモーニングが終わった後も客足が中々途切れない。
その要因に自分が含まれない事を、美由希が気にして少し落ち込んだのは、内緒の話。
「モモコ、ケーキセット二でモンブランとショート」
「は~い」
「シロウ殿、アイスのブレンドとカフェオレです」
「よしきた」
セイバーの声に即座に動く高町夫妻。セイバーの後ろでは、なのはと恭也がオーダーを聞きまわっている。
「ご注文を繰り返します。ガトーショコラにアイスティーですね?」
「セットが三つですね。かしこまりました」
男性客にはセイバーや美由希が、女性客には恭也かなのはとなっていて、余裕がない時以外はそれで動くようになっている。
「はい、二百六十円のお返しです。ありがとうございました~」
笑顔で見送る美由希。レジは基本その時空いている者がする事になっているので、当然誰がするかは運次第。
夏休みに入り、忙しいと言っても、お昼や午後のピークに比べればまだ軽い。そのためか、高町家の面々には余裕がある。
特にこの四ヶ月を働き続けているセイバーにとって、この程度は自分一人でも何とか回せるレベルであった。
勿論、手伝いをよくしている恭也達から見ても、セイバーの上達ぶりは凄まじく、特に美由希はどこか凛とした雰囲気を漂わせるセイバーに尊敬の念すら抱いた。
そうして、そんな忙しさが落ち着き、それぞれが小休憩を取り始めた頃、彼らが現れた。
「いらっしゃいませ」
「えっと、わたし、なのはちゃんの友達で八神はやて言いますけど……なのはちゃんいます?」
「なのはの友達?ちょっと待ってて」
笑顔で出迎えた美由希だったが、相手が妹の友人と分かるとその笑みの質を変えて、店の奥へと消えた。
それに対し、少し不安顔のはやてを見て、アーチャーは笑みを浮かべて囁いた。
「心配するな。営業妨害ではないし、後でシュークリームを買って帰るだろう」
暗に客でもあるから気にするな。そうアーチャーは告げた。それをはやても分かったのか、若干表情を和らげる。
「そや、な。……って、美味しそうなケーキやな~」
「まったく……。む、確かにこれは……」
視界に入ったショーケースへ視線を移すはやて。その変わりようの早さに呆れつつも、同じく視線を移し、その目を鋭くするアーチャー。
その目は、腕利きパティシェだった桃子のケーキが、己の域と同等かそれ以上である事を読み取っていた。
一方のはやては、目にも鮮やかな品揃えに心を奪われていた。はやても女の子。甘い物は大好物とまではいかないが、好きではある。
そんな風にショーケースを眺めている二人に、なのはは声を掛けにくかった。
何しろ、質こそ違え、二人は食い入るようにケースを見つめている。そんな光景に、なのはは苦笑いを浮かべつつ、軽めに声を掛ける事にした。
「いらっしゃい。はやてちゃん、アーチャーさん」
「あ、なのはちゃん」
「邪魔しているぞ」
良かった、聞こえた。そう内心思いながら、なのはは用件を尋ねた。それにはやてが先程と同じ内容の話を返し、なのはに満面の笑顔を向ける。
「そやから、気ぃつけて行ってきてな」
「ありがとう、はやてちゃん!」
わざわざ自分にそう告げるために来てくれた事に、なのはは心から喜んだ。
そんなやり取りを端から見ていた士郎達だったが、そのはやての思いにその顔を綻ばせていた。
そこへ鈴の音が響き渡る。音に反応し、アーチャー達が振り向いた先には……。
「ら、ライダー……だと」
「アーチャー……ですか」
見事なメイド服に身を包み、楚々として立つライダーの姿があった。
ちなみに、裾がまた擦り切れ、汚れていたりする。
「お~、ライダーさんや。お久しぶりです」
「ハヤテ……?そうですか、貴方の言っていた親戚と言うのは……」
「にゃ?アーチャーさんもライダーさんの知り合いなの?」
何とも言えない雰囲気を醸し出していたアーチャーとライダーだったが、なのはの言葉にアーチャーが敏感に反応した。
「どういう意味かな」
「えっと、ウチには「セイバーもいるの「何だとっ?!」……言えなかったの」
「まあまあ、気ぃ落とさんといて」
なのはの言葉をライダーが、ライダーの言葉をアーチャーが遮り、なのはは若干いじけていたりする。
そんななのはをはやてが慰めていた。そして、先程のアーチャーの声が聞こえたのか、店の奥からセイバーが顔を出し―――。
「どうしたので……」
固まった。それはもう見事に硬直した。―――アーチャーと共に。
「……とりあえず、奥の席にどうぞ」
このままでは埒が明かない。そう判断した美由希の提案に、三人は静かに動き出す。
そして、なのはははやてを店の奥にある休憩所へと案内した。
おそらく、また色々あるんだと、そう予感したから。それに、はやてにも話を聞かなければならない。そうなのはは思い、車椅子を押した。
こうして、やっと冒頭に戻る。
「……まさか、私以外のサーヴァントが現界しているとはな」
「感知出来なかったのでしょう?当然です」
―――私達は受肉しているのですから。
ライダーのその言葉に、アーチャーの表情が変わる。それは狼狽。
以前の、いや昔のアーチャーならば、そんな事はないと一蹴しただろう。だが、今の彼には心当たりがあった。
(あの時、猫に傷を負わされたのは、使い魔だからかと考えていたが、受肉していたならば納得がいく)
以前はやてに頼まれ、猫の性別を確かめた際、怒った猫に手を引っ掻かれ、傷を負った事があった。
その際は、その後現れた監視者の使い魔かと思い、警戒していたのだが、受肉しているとすれば辻褄が合う。
それに、猫からはこちらを警戒するような視線がしなくなったし、監視の視線もあれ以来不気味な程感じなくなっていた。
「だが、証拠がない」
しかし、アーチャーはライダーの言葉にそう返す。そう、それはあくまでも推論。明確な証拠がなければ、アーチャーとしては鵜呑みに出来る話では、到底なかった。
だが、ライダーもそう来ると思っていたのだろう。どこか呆れた顔でこう言った。
ならば、霊体化出来ますかと。その言葉にアーチャーはとある事を思い出す。それは自分の数少ない使える魔術。
「解析、開始」 自分自身を解析し、確かめようとしたのだ。そして、それから分かったのは……。
「ば、馬鹿な……本当に」
ラインが繋がっていないのに魔力を自ら生み出している。そして、仮初ではない『肉体』を得ていた。
「やはり、貴方も自分の事を把握していなかったのですね。ま、当然です。誰が受肉しているなどと考えるものですか」
ライダーのどこか愚痴るような言い方に、アーチャーは違和感を感じるが、それを追求する余裕は今の自分にはない事を、彼は理解していた。
薄々おかしいとは思っていた。なぜあの聖杯戦争の記憶が残っているのか、なぜあの幻の四日間の記憶があるのか。座に戻れば、それらは消えてしまうはずなのに、と。
「……今回は世界に呼ばれたとばかり思っていた」
「成程、確かにそれなら理解出来ます。ですが、それではなぜ現れた時に人がいたのでしょう」
「……そうか、君達も……」
ライダーの発言で、アーチャーは全て理解した。自分と同じように召喚された時、彼女達もまた孤独に怯える少女に出会ったのだと。
そして、そんな少女の支えになろうとしたのだろうと。
思い浮かべた想像に、アーチャーは笑みを一つ。それはいつもの皮肉屋としてのものではなく、あの日はやてと初めて出会った夜に見せたもの。
『エミヤシロウ』としての笑み
その笑顔に、セイバーとライダーは心奪われる。目の前にいるのはアーチャーだった。だが、同時に別の衛宮士郎でもある。
自分達を一人の女性として扱い、不器用ながらも他者の夢を自分の夢に変え、前に進み続けた『正義の味方』
それとは至った場所は違う存在ながらも、出発点は同じなのだ。
二人は知らない。彼は、もう掃除屋として己を呪い続けた男ではない。在りし日の『想い』を取り戻し、パートナーの少女に、大丈夫だからと笑顔で告げた『正義の味方』だとは。
(あの笑み……やはりアーチャーも『シロウ』なのですね)
(彼も以前のままではない、と言う事ですか。……あまりスズカを接触させない方がいいかもしれません)
その笑みに抱く思いこそ違え、二人は確信する。この男は信頼に足る相手だと。
「……アーチャー、話があります」
「何かな?」
「私とセイバーは、現状に至った理由や原因を調べて動いています。貴方にも、それに協力してほしいのです」
それだけ告げて、ライダーとセイバーはアーチャーを見つめる。アーチャーは、目を閉じて思考を纏めようとしているのだろう。
その雰囲気は、先程までとは別人のものだった。
「……いいだろう。ただし条件がある」
「条件とは?」
「何、そんなに難しい事ではない。はやての事だ」
アーチャーが出した条件。それははやての足の事だった。原因不明の病気で、未だに治療法が分からずにいる。それを治す術か方法の発見及び見つかった際の協力。それと……。
「なのは達の家への招待、ですか」
「ああ。はやては中々自宅以外で遊ぶ事が出来ない。あの通り、車椅子なものだからね」
「成程、つまり強く誘われたとでもならない限り、遊びに行き辛いと」
ライダーの言葉に、アーチャーは無言で頷く。
はやては何度かすずかに誘われる機会があるにはあった。だが、すずかの気遣いが災いし、明確に誘うまでには至らなかった。
すずかは、車椅子のはやてに家まで越させるのは悪いと思い、はやては、車椅子の自分が行く事ですずか達に気遣いさせたくないと思った。
こうして、未だにはやては自宅以外ですずか達と遊んだ試しがなかった。
「お安い御用です。夏休み中に必ず」
「ええ、泊まりも出来るようにしましょう。きっとノエルやファリンも協力してくれます」
「……なら、契約成「違います」……何がだ?」
話が纏まったと言おうとしたアーチャーに、セイバーが異議を唱えた。隣のライダーは何か思い当たる節があるのか、頭を押さえている。
しかし、その表情は苦笑だったりするのだが。
不可解と言わんばかりの表情のアーチャーに、セイバーは凛々しい顔を緩めて笑う。
「これは誓いです。なのは達の絆を守るという」
「なっ……」
言葉を失うアーチャー。ライダーは小さく「やはりそうきますか」と納得の顔。
「私達は厳密に言えば、もうサーヴァントではないのでしょう。ですが例えマスターでなくとも、なのは達を守りたいと言う思いは変わりません」
違いますかと尋ねられ、アーチャーは答えに窮する。それを横目にライダーはセイバーに同意する。
スズカを守るのは、当然です。はっきりと言い切り、ライダーはアーチャーを見る。その目は、はっきりさせなければセイバーは納得しませんよ、と告げていた。
「……そうだな。こうなった以上、開き直るしかあるまい」
そう告げ、アーチャーは答えた。自分もはやてを守るのに何の躊躇いもないと。それを聞き、セイバーは満足そうに頷き、右手をテーブルの中央に置く。
それにライダーは苦笑しつつも、同じように手を重ねる。そして視線をアーチャーに向け、それをテーブルに移す。
その仕草にアーチャーも気付き、ため息を吐いて手をそれに重ねた。
「これで私達は、誓いを同じくする友です」
「……一体、彼女に何があった」
「どうやら、彼女の影響らしいですよ」
アーチャーの問いかけに、ライダーは言葉と視線で答える。その視線の先には、紅茶のお代わりを店の奥へ持っていこうとしているなのはだった。
その姿を見て、アーチャーは納得した。確かに彼女ならば、誰とでも友になろうとするだろう、と。
そして、その傍にいるセイバーがその影響を強く受けているのだろう。そう考えた。
「そう言えば、何故ライダーはここに?」
「あ、そうでした。セイバー、シュークリームを五つ持ち帰りでお願いします」
忘れていました、とライダーは言って立ち上がる。それにセイバーも続き、ショーケースへ。
一人残される形になったアーチャーは、どこか楽しそうに笑みを浮かべると、席を立ちその後を追う。
慣れた手つきでシュークリームを箱に詰めるセイバー。それを見ながらうまくなりましたねと言いつつもからかうライダー。そんなやり取りを眺めてアーチャーは無意識に呟いた。
「……平和だな」
その声に、呆れと喜びを滲ませて……。
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遭遇編その4
これで現時点での海鳴サーヴァント達は存在を確認し合いました。
いよいよ次回からは無印突入!
……実は、無印ちゃんと見た事なかったり……(汗
でも、頑張ります!