Side リンディ
「さて、どうしようかしら」
私はブリッジで治療室の様子を投影端末から覗いて、溜息をつく。
「まさか、なのはさんがここまでするとは想像もしなかったわ。
……これは私の責任ね」
画面の向こうには体の所々を打撲や骨折、擦傷で痛々しい姿で目を閉じているフェイトさんと、無傷で気絶しているユウナさんがいた。
フェイトさんは患者服、ユウナさんは拘束服を着て電子錠をかけてある。
それを武装隊が怪我をしている罪人用の部屋へと連行していく。
「瓦礫が落下してきても生き残れるなんて、古代ベルカの技術は恐ろしいわね」
「さすが聖王家、というところなのでしょう」
私の呟きに声を返す人間。
背後から私と同じように画面を覗き込む金髪の少女。
「提督同様、教会も『まさか』と思っています。
『まさか』、途絶えていたと考えられていた『聖王家』の血が現代にまで続いているとは思いませんでしたし」
少女、カリム・グラシアは、困ったような笑みをこちらへ返してくる。
「先程、映像を拝見させていただきましたが、彼の能力はこちらに残存する資料の『聖王の鎧』の特徴に似通っています」
カリムさんは手元の端末を操作し、私にわかるように説明をしてきた。
「よって、教会は彼を『聖王』に据えるかはともかく、彼の身柄を要求させていただきます」
「と、言われても、私は『ただの提督』ですから、私の一任で判断できないわ。
彼は犯罪者です。
その要請をするのなら、上にお願いするわ」
彼女は少し残念そうにしながら、
「せめて、お話くらいは………」
と返してくる。
とりあえず、自分たちにはやるべきことがたくさんある。
だから『そんなこと』にいちいち付き合ってはいられない。
だけれども、教会との関係に態々亀裂を生じさせるのはまずい。
「……事情を聴くついでになら、同行を許可します」
仕方ないので、私はGOサインを出した。
―――はぁ。
今回の事件は本当に問題が山積みね。
Side out
◆◆◆
Side なのは
「クロノ君っ、なんでわたしがこんな扱いをされてるのっ?!」
アースラに戻ったわたしは手首に手錠をされ、自室に軟禁され、現在、片腕を吊るしたクロノ君と向かいあっている。
その後ろにエイミィさんとユーノ君もいるが、今訴えるべきは執務官であるクロノ君だ。
「理由もわからないのか?」
クロノ君は冷めた目でわたしを見つめてくる。
「わからないよっ!!
わたしはユウナちゃんとフェイトちゃんを捕まえたんだよっ!!
それなのになんでわたしが部屋に閉じ込められなきゃならないのっ!!」
そうだっ!!
わたしは二人を捕まえた。
クロノ君たちが出来なかったことをしたからって、こうゆうヤッカミはしないでよ。
「―――っ!!」
パンッ!!
と、音がしたと思ったら、わたしの視線はいつの間にか壁を見ていた。
あれ?
興奮していた心が急に止まる。
先程まで感じていなかった痛みが、熱が、頬から伝わってくる。
前に視線を移すと、クロノ君の吊るしていない方の平手が振り抜かれた形で固まっていた。
「(―――わたし、今、ぶたれた?)」
クロノ君は顔を顰めたまま、わたしの胸倉を掴んで叫び出す。
「キミは戦闘中の混雑を利用して、保管室からデバイスを無断で持ち出した揚句に、人を殺すところだったんだぞっ!!!!
命令違反に殺人未遂っ!!!!
さらに先日の使い魔への尋問もどきも例に挙げれば、キミは人としてやってはいけないことまでしているんだ。
そこの自覚はあるかっ?!!
高町なのはっ!!!!」
さすがにまずいと思ったのか、背後のエイミィさんたちが止めに入ってくれた。
でも、わたしはその光景を別の場所の出来事のように感じていた。
「(殺人未遂?)」
わたしの頭の中はそのワードで覆い尽くされた。
目線を下にやると、手や膝が小刻みに震えている。
わたしは、この手で、人を殺そうとしたの?
魔法。
それは痛みを与えはしても、体を傷つけるものではない。
いくら戦っても、血が出ることなんてないと思ってた。
「(でも、)」
違ったのか?
クロノ君は包帯をしていてわからないが、肩を槍で貫かれたらしい。
アルフさんも血まみれで帰還したと聞いている。
あれ……。
そういえば、わたし、天井を崩して二人を『殺そう』としたんだっけ?
「あはっ」
声がもれた。
「そっか、わたし、またやっちゃったんだ。
そっか………」
未遂と言えど、殺そうとしたんだ。
相手は言うことを聞かない犯罪者だから、構わないと考えていたけど。
そっか。
わたし、悪いことしてたんだ。
「でも、それがなに?」
わたしの言葉に凍りつく三人。
「わたしは『結果的に』二人を捕まえたんだよ」
震えは、もう止まっていた。
「良いでしょ?
構わないよね?
相手は犯罪者。
『どんな手でも使って捕える』ってクロノ君、訓練の時に言ってたよね」
そうだ。
例えそれが『相手を危険にする手段』でも、『執務官』はそれを行うと言った。
わたしは悪いことをした。
この手で人を殺そうとした。
でも、わたしは『時空管理局現地協力者』。
捕まえるためなら何だってする。
それに、わたしは『やりたいこと』をしたまでだよ。
「そうだよ、わたしは人を殺していない。
それに、あいつを倒したんだよ。
大丈夫。
わたしはまだ、大丈夫」
心の隅に殺人の恐怖を追いやって、わたしは自分に言い含める。
大丈夫。
わたしの手は、まだ汚れてない。
それに、ここにいる理由も達成できた。
「わたしはまだ、生きてていい子だよ」
Side out
◆◆◆
気がつくけば、オレは牢にいた。
真っ白な壁、天井。
一面だけ、鉄格子。
周囲には自分が寝ている簡易ベッドの他に、用を済ますための便座だけ。
他に誰もいない。
他の牢にも誰かがいる気配すらない。
誰もいない。
瓦礫が崩壊してきたところまでは覚えている。
そして、フェイトのバルディッシュの自動防御が一瞬展開され、消えた。
「『鎧』でも発動してくれたか。気絶して良く覚えてないけど」
自分の着ているものを確認すると、白い服にゴツイ手錠。どうやら、魔力運用障害を引き起こすもののようで、騎士甲冑すら作れない。
手錠には小さなランプがあり、赤く点灯している。
「って、首輪は健在かよ」
首に手をやればフェイトの首輪。
え? ミッドの技術でも外せないの?
そう当惑していると、カツカツと音を立てながら気配が近寄ってくる。
オレは格子の向こうに顔を向けると程なくして、二人の女性が現れた。
一人は緑色の長い髪を束ねた女性。おそらく管理局の制服だろうものを着用していることから、局員だろう。
もう一人は金髪をストレートにおろしている少女。服装は教会の高位の人間が着る黒のイブニングドレス。
オレが訝しみながら観察していると、二人は自己紹介を始めた。
片方がこの船の提督、リンディ・ハラオウン。
もう片方が『聖王教会』と名乗る組織から遣わされたカリム・グラシア。
「それで、あなたに事情を伺いたいのだけれども、「そんなことより、フェイトは無事なのか?」」
提督が笑顔を『作って』話しかけてきたが、まずはフェイトのことだ。
こんな『敵地』で味方と離れるわけにはいかない。
それに、未来かどうかはともかくとして、『管理』局などと名乗るやつらだ。
安心などできるものか。
オレはやつらが自分たちの良いように動かないものに、力で支配するような組織であると確信している。
この前のタカマチを見れば一目瞭然だ。
タカマチは管理局側。
命令を下したのはこの提督だろう。
オレとフェイトを『殺す』よう仕向けたのも、こいつだ。
それに、この『作り笑顔』。
内心を隠し、敵の腹の内を暴きだそうとする輩の顔だ。
信用できるはずはないが、一応フェイトの無事を訊いた。
彼女は空間端末を操作し、ある部屋を映し出す。
「―――フェイト」
そこには体の至るところに包帯を巻いたりされているフェイトが寝かされていた。
生きている。
怪我をしているけど、生きている。
「彼女は無事よ。これで話を聞かせてくれる?」
笑いかけてくる提督に対し、黙秘を決め込む。
敵に情報を与えてなるものか。
捕虜になった経験はないものの、現状、どんな情報が敵に優位に働くかわからない以上、譲歩するべきじゃないと、素人考えだが黙秘を貫く。
そんなオレに、「あなたたちの罪を軽減させるためにも話を聞かせてもらわないと困る」と、提督は言い募ってくる。
罪?
はっ。
そんなのはお前らが罪と考えているだけだろう。
オレたちは目的のためにやっただけだ。
敵国のルールに則って罰を受け入れる訳がないだろう。
しかも、最後には「管理局で働けば、あなたたちの懲役帰還もずっと短縮されます」と言う始末。
ふざけているのか?
オレはオリヴィエと親友のためにしかこの槍を振るわない。
誰が敵に尻尾を振るか。
沈黙するオレに呆れたのか、溜息をつく提督に代わり、グラシアが話しかけてくる。
こちらはこちらで、『ベルカ騎士領』の『聖王教会』を名乗り、「まさか、聖王の血筋が途絶えずに続いていたなんて思いもしませんでしわ」などと言う。
沈黙を守るオレに、
「聖王教会は聖王陛下を崇拝する組織で」
「ベルカでは祖先の記憶や能力を受け継ぐ人がいるのは存じています」
「私も古代ベルカの力を受け継いでしまっている人間で」
「まだ、決定は下されていませんが、あなたを『今代の聖王』に据えるべく、私たちは動いています」
そのワードにキレた。
聖王に据える?
オレを?
何を考えてやがるっ!!
聖王は我が王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが戴くべき称号。
あの気高き志を持ち、そのために努力し、必ず世界から争いを消すと誓った彼女にだけ許されている『位』だ。
その騎士であるオレに『王位』につけ?
あぁ、本当に―――。
「(ベルカは滅んだのか)」
騎士として、主に忠誠を誓った者になんてことを言うんだ。
さらに彼女は聖王教会について『オリヴィエが戦い抜いた結果の歴史』の後の創設期から語り出し、この組織の意義を説明してくる。
これはなんの拷問だ。
オレが、オリヴィエが騎士たる自分が、彼女を守り抜けなかった歴史をまざまざと見せつけられる。
その末、『ゆりかご』を用いることになったなんて。
「(オリヴィエもいない。ベルカの志も死んでいる)」
嬉々として語るグラシアを見ながら、
「(もう、オレには、フェイトしかいない)」
オレは彼女をなんとしてでも守ろうと、
今度こそ、大切な者を守ると、
今は亡き妹、オリヴィエに誓った。
◆◆◆
Side フェイト
「フェイト……」
今、私の目の前に、敵がいた。
「なに、アルフ」
痛む体を無視し、敵を睨みつける。
敵にかける言葉に、かつての温もりはない。
「あたしはフェイトの幸せのためにやったんだ。
あの鬼婆はフェイトを使い捨てのコマと言った。
それに管理局の連中に資料を見せてもらって、フェイトが鬼婆の娘じゃないってわかったんだ」
「アルフ、口を閉じて。
私は母さんの娘。
それをアルフ『なんか』に否定されたくない」
敵は大怪我をしているのにも関わらず、私に話しかけてくる。
本当にうるさい。
「フェイトは鬼婆の娘、アリシアのクローンなんだっ!!
だから、鬼婆はフェイトに優しくないんだ。
だから、フェイトをただ利用していただけなんだ。
目を覚ましておくれよ……。
あいつの味方をしていても、なにも良い事なんかありゃしないよ。
ちゃんと管理局に事情を説明して、管理局で働けば、制限付きだけど自由に生きてける。
お願いだよ、フェイト」
あぁ、どうして、私はこんなにボロボロなんだろう。
五体満足で、拘束されてなくて、デバイスがあれば。
―――この使い魔の口をふさげるのに。
それでも、うるさく敵は言い募ってくる。
「(ままならないなぁ―――っなに?!)」
敵にイラついていると、突然アラートがなる。
それに驚いて敵は私の部屋から駆けだしていった。
「何が起こってるの?」
その疑問が晴れるのはそれから数分後の事。
Side out
◆◆◆
「スキル解放。コード認証準備」
.........be getting ready for
.........................Complete
誰もいなくなった独房の中。
自分の長い銀髪が仄かに輝きだす。
「『堕ちた月は波間を漂う』」
.................Authentication
......Skill,Release
網膜に直接表示される文字を認識しながら、次の命令を出して行く。
「擬似神経回路接続」
..........Connection,Complete
......a time limit,30M 00S,Count start
残り三十分。
それ以降は体が持たない、か。
「ご先祖様も、好きだね、ホント」
オレは視界の隅に表示される数字を見つめながら、電子錠を見やる。
「解除」
その言葉で青く点灯し、手錠が外れる。
オレは自由になった手首を擦りながら、白銀の魔力刃に似た刃を篭手を嵌めている所に形成し、格子を切断する。
「さて、脱出だ」
唇の端を吊り上げて、歩を進める。
光沢のある壁に写るオレの瞳には、ツァラツァラと光が走っていた。
・あとがき
えーと、次回エピローグっ!!
と、言いたかったけど、もう一話、入りそうです。
カリムさん現る、そして、ユウナ君は彼女を拒絶の回。
ユウナ君はレリックないので、聖王ヴィヴィオみたく強くないです。
鎧はあるけど、攻撃がない。
ので、聖王から見て敵国の方の力を今回初登場。
能力はともかく、ユウナ君のイメージの元のキャラが解る人はいますか?
いたら嬉しい夕凪です。
あと、フェイトが黒くなりそうだから、はやく迎えに行ってユウナ君。
今回から【誓いの騎士】から【拝啓・オリヴィエ様、ユウナはちゃんと生きてます】に改名されます。
投票していただいた皆さん、そして今回まで読んでくれてる皆さん、ありがとうございます。
まだ、時間的に大丈夫な時期なので、引き続き頑張ります。
感想・ご指摘・アドバイス、待ってますんでお願いします。
では。
・アリサ部屋(仮)
「おはよう、こんにちわ、こんばんわ。
鎧に魂が定着してないアリサ・バニングスよ。
不眠不休でも疲れない体って欲しいと思う?
え? 私?
私はいらないわよ。
だって、代わりに鎧姿になるらしいじゃない?
そんな姿になってまで、人間止めるつもりはないわよ。
えーと、感想の返信よ。
たぬきさん
『レイハ事情はこんな感じです。
なのはさんは頑張りました』
変な方向に頑張らないでよ……。
Mさん
『アルフに関しては禁則事項です。
なのはさんはマジで院に送られそう』
なのは……。
炭素さん
『実験的にしましたが、見にくかったですか。
今度、修正しておきます』
今度と言って、勉強しない学生みたいな結果にならないようにね。
ルファイトさん
『チャージは最小限で、天井破壊を狙いました。物理ダメージメインで。
捕まりましたが、この結果。
そして、アルフは禁則事項。
ヴォルケンズ側につくかは……まぁ、ユウナ君だからね』
ネタを何度も入れないっ!!
かわせみさん
『精神リンクの件ですが、アルフはフェイトが『幸せ』と思っているのを感じていました。
が、プレシアのことを想うフェイトがそう思っているだけで、使い捨てのコマのように捨てられるに決まっていると彼女は考えてしまったのです』
アルフ、あんたは本当に良い子なのに……。
安心して、私があんたを幸せにするわっ!!
アズマさん
『タイトル提案ありがとうございます。
そして今回がその結果でございます。
せっかくですので、首輪ネタを入れてみました』
あの首輪なんなのっ?!
駄馬さん
『そこはダイレクトに禁則事項っ?!!』
だからネタ禁止よっ!!!
通りすがりのヘタレさん
『管理局側(というか、強襲時点ではなのはさんオンリー?)は、「聖王の鎧」をただの「攻撃魔法無効化」だと考えています。
ですので、本人に魔力ダメージを与えるのを諦めたなのはさんは瓦礫利用の物理攻撃で潰そうと考えちゃったのです。
最小限のチャージでしたから、抜けないかも……。
ちなみに、今回生き残ることができたのは「防衛機能」なんだから、魔法じゃなくても働くよね? 的な考えの元にそうゆう結果になったのです。
でも、レリック入れてないユウナ君の攻撃力はアレなので、母方の方の遺伝子に設定加えちゃって、あんなことになりました』
「言い訳」発動ね。
ろんろんさん
『若干BAD ENDですね。
でも、生きてます。
ユウナはちゃんと生きてます』
でも相方はボロボロになってるわよ。
ヨシヲさん
『みんな考えることは同じなのかっ?!!』
夕凪が創るSSなんだから、所詮結果が丸見えなのよ。
ウーノさん
『タイトル提案ありがとうございます。
最近シリアスなため、おバカな一面がなかなか出てきませんが、落ち着いたらまたおバカになります。
鎧はちゃんとあります。
まぁ、stsの聖王ヴィヴィオみたいなレリック入れてないから、アレですけど。
名前見て思いましたが、うちのスカさんたちはどう動くのかな?
ユウナ君いるから、ヴィヴィオイベント発生しないとかなったら嫌だな……』
そこをなんとかするのが書き手なんでしょ。
・舞台裏
「ユーノ君はいつになったらセリフが貰えるのかな?」
「僕が思うに最後までない」
「ひどっ!!!」
「捕らわれた私、それを救い出しに来るユウナ。
これは……なかなかの展開だね。
ユウナ、ここは敵兵に『それ以上近づくなっ!! 近づけばお前の家族の命はないと思えっ!!!!』って脅すところだよねっ!!!!」
「これがオレの守りたい者なのかと思うと泣けてくる」