Part 2

2010年10月02日 21:19
科学/文化

魯迅の嘆き

故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)尖閣問題をめぐってナショナリズムが沸騰しているが、中国の非常に政治的な対応をみていると、私は魯迅を思い出す。特に「阿Q正伝」(青空文庫でも読める)には、彼の母国への痛切な思いがこめられている。

無名の主人公(かりに阿Qと呼ばれている)は、村では人々から軽蔑されている与太者だが、あるとき隣の村に「革命党」がやってきたと聞いてそれに便乗し、革命が何を意味するかも知らずに自分も革命党の一員だと吹聴して騒ぎ回り、村人から恐れられる。しかし結局、村には革命党はやってこず、阿Qは無実の罪を着せられて処刑される。

ここに描かれている中国の社会では、国家権力と個人が直結している。「革命派」かどうかで親子でも敵同士になり、どの党派に所属しているかが生命の問題になる。革命の意味を知らなくても、多くの村人が革命派になったら自分も革命派にならないと命が危ない。これは1921年の作品だが、その後の文化大革命を予見しているようにみえる。

中国は古来から、強大な皇帝によって統治される中央集権国家で、国家の隅々まで皇帝の統治が及び、地域コミュニティが弱い。梅棹忠夫も指摘するように、これは中国がつねに異民族との紛争を抱えていたためで、中間集団が強く国家が弱い日本とは逆だ。部族社会が「大きな社会」になるとき、3つの類型がある:
  1. 村落がゆるやかに連合した部族国家
  2. 中央集権の専制国家
  3. 法の支配による主権国家
日本の検察(あるいは政府)が「対中関係に配慮」して船長を釈放したことが「法の支配に反する」として問題になっているが、日本は1の類型に近いので、検察も法の支配という概念を理解していないのだろう。中国は2の類型で、もともと法の支配という概念がないから、「日本は法の支配にもとづいて粛々と裁く」といっても通用しない。

今回の国境紛争は、西洋的な法治国家とまったく異なる原理――これは秦の始皇帝から中国共産党まで一貫している――による国家の挑戦と考えることができよう。法治国家が普遍的にすぐれたモデルで、すべての国はそうなるべきだという西洋の自民族中心主義には疑問があるが、東洋的専制がそれよりすぐれているかどうかはもっと疑問だ。個人がいつも国家権力に翻弄され、政治が人々の生活を踏みにじる中国の伝統への魯迅の嘆きは、単に豊かになれば解決するという類の問題ではないだろう。

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トラックバック一覧

  1. 1.

    対立は意識の進化で乗り越える(6)

    経済学者・池田信夫さんがご自身のブログで一連の尖閣諸島沖の件に関して“中国は2[中央集権の専制国家]の類型で、もともと法の支配という概念がないから、「日本は法の支配にもとの..

コメント一覧

  1. 1.
    • hiratayukai
    • 2010年10月02日 23:24

    対応が丁寧だからといって闇金で金を借りればその後は地獄がまっています。
    同じように一見、笑顔で接してきても頭の中はこちらの印象とは180度違うこともあります。
    これは中国人であれ、朝鮮人であれ同じです。
    地球市民とかほざいて、人類の歴史に目を閉じてしまえば、日本人お得いの「ヒキコモリ」にしかならないでしょう。
    日本人はもっと「自己と他者」とは何か、について勉強しなければなりません。
    狂人妄想のようなユートピア思想を自分たち以外の人が共有してくれると思い込むのはまさしく「自殺行為」です。
    今回のことはいい教訓になったでしょう。

  2. 2.
    • jestemneko
    • 2010年10月03日 00:45

    中国は人口の約八割が農村人口です。中国が覇権国家になるには農村人口の割合を今の半分以下にする必要があると思います。しかし、そんなことはやれません。そんなことをすれば棄民国家になりかねない。中国を過小評価するのは禁物ですが、過大評価する必要もありません。尖閣諸島は周辺海域の警戒を厳重にしておけばそれでよいのです。

    それにしても民主党の子ども議員には困ったものです。最大の貿易相手国であるとの認識が欠落している。頑固な嫌中派でも自民党の議員でこんなバカを言う者はいません。このようなバカ政治家のせいで経済界の方々が苦労している。これも国会で問題にせんといかんでしょうなw

    http://www.asahi.com/politics/update/1002/TKY201010020190.html

  3. 3.
    • koshidame
    • 2010年10月03日 01:21

    twitterにあるごとく池田さんは日本の魯迅です。そして今の日本はまさに崩壊寸前の清朝末期です。とすると今の中国は戦前の軍国日本とダブります。とすると今度は中国が日本へ軍事侵攻してくる可能性が高い。アメリカも核戦争は避けたいでしょうから日本は見殺しにされるかも知れません。まずは北朝鮮を鉄砲玉にして日本へ仕掛けてくるかもしれません。今の日本なら北朝鮮にも負けるかも知れませんね。

  4. 4.

    「沈黙は金」。双方の国にもいると思いますよ、どっちの領土だとしてもどっちでもいいと思っている人が。口に出さないだけで。
    僕は違いますよ!最後の1兵になっても日章旗を守り抜きます!ただ一応聞いておきたいのは、中国の旗は赤旗に星いくつでしたっけ?

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