2010年10月6日0時1分
円高、デフレ、所得の低下や先行き不安による消費者の買い控え、という悪循環の中で、国民の間に何をやっても駄目かという虚無感が広がっている。しかし、同時にそのひどさ故に、一方ではこんなはずではない。もっとやりようはあるのではないかと考える人も出始めている。
変化の時代である。八方ふさがりと感じるのは、その変化による問題を他人のせいにし、挑戦を先送りしているためではないか。変化は私たちが変わるための条件であり、「変わる」腹が決まれば、変化は新しい活性化に向かう絶好の機会となるに違いない。
高齢化や少子化が進み、経済の成熟で投資機会が減り衰退は当然、という発想も見直しが必要である。一方で新興国経済の急拡大は、利点はあるが副作用も大きい。地球環境保全の危うさや、資源の枯渇化、世界全体のための行動基準の喪失などがそれで、このままでは早晩世界は行き詰まる。
転換と新たな活性化の要は、経済拡大がすべての問題解決の要という発想を超え、人間の友情や大自然への畏敬(いけい)を取り戻すこと。個性が輝き、人間として持つ限りない可能性を引き出すことを大切にする本当のリーダーシップが生まれることだろう。よく考えると高齢者は、そのような転換の必然をより受け止められる人たちであり、社会の中でその比重が高まることは、パラダイムの転換にとってむしろ長所にもなる。
また、社会にたくさんある無理、無駄、むらを一掃し、そして、一人ひとりの可能性を内側から引き出す経営、医療、教育が立ち上がれば、社会はもっと活性化し、経済の産出力も上がる。そうした発想の転換こそが待たれている。(瞬)
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「経済気象台」は、第一線で活躍している経済人、学者など社外筆者の執筆によるものです。