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市橋被告、遺族へ反省と謝罪「私は悪」 (2/2ページ)

2010.10.6 05:02
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市橋被告、遺族へ反省と謝罪「私は悪」
市橋達也被告が日本語で書いた謝罪書簡を掲載した5日付の英紙タイムズ紙面。日本語文は「私は悪でした」で始まる(共同)【フォト】

 2009年11月の電撃逮捕から約1年。市橋被告が自らの罪に対し、新たな動きに出ていた。

 5日付の英紙タイムズによると、市橋被告はリンゼイさんの遺族に対し、日本語と英語で反省と謝罪を綴った書簡をしたため、送っていたという。

 同紙が報じた有料ウェブサイトに掲載した書簡全文によると、直筆の書簡は日本語と英語の4ページ。「リンゼイ・アン・ホーカーさん そして彼女のご家族の方々へ」と題した書簡は今年5月10日付だった。

 その冒頭は「私は悪でした」とする書き出しで始まり、「警察が私の部屋に来た時、私は怖くなって逃げました。彼女の人生は彼女のものだったのだ。私がした事は決して許されない!」(原文のまま)と当時の心境を吐露した。

 さらに「私は働き始め自分の顔を変えました」とし、「私が逃げ続けた行為は本当に卑怯でした」と後悔の念をにじませた。そして「私には彼女の死について責任がある。私以外に責められるべき人などいません。私は死ぬその時まで十字架を背負っていきます」と明記している。

 また英文では、「本当に申し訳ありませんでした)」と繰り返し、「私は彼女の命を奪っただけでなく、あなた方の生活も変えてしまった。彼女やあなた方に決して許されないことをしました」と結んでいる。

 これに対し遺族側は、公判での寛大な措置、情状酌量を狙ったものだとして受け取りを拒否。遺族は5日、「(市橋被告は)整形手術をして、逃れようとしていた。リンゼイのために正義を望んでいるだけで、日本の司法制度を信頼している」との声明を発表した。

 なお、遺族が受け取りを拒否したはずの書簡が開封され、その内容がマスコミに“公開”された経緯は明らかにされていない。



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市橋達也被告が日本語で書いた謝罪書簡を掲載した5日付の英紙タイムズ紙面。日本語文は「私は悪でした」で始まる(共同)

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