1998/09年金と住宅
今、求められる「平成版住宅ローン徳政令」
 
 金融機関の不良債権とならんで、今、緊急の対策がとられなければならないのが個人の不良債権である。誰もが疑わなかった右肩上がりの経済成長。それが崩壊した今、ゆとり償還をはじめとする住宅ローン利用者が大変な危機に直面している。6月11日の衆院予算委員会でこの問題を取り上げた渡辺喜美代議士にお話をうかがった。

──住宅金融公庫や年金住宅融資の「ゆとり償還」あけが始まっていますが、現在の不況下でこの返済額の大幅増に対応できず、せっかく手に入れたマイホームを手放さなくてはならなくなる人もたくさん出てきそうですが…。

 平成五年度に始まった「ゆとり償還」は、住宅投資を促進する経済対策の一環として、当初五年間の返済額を思いきって軽くしようというものでした。しかし、この不況下でそれが裏目に出てしまった。

 例えば25年の返済期間の利用者なら、最初の5年間の月々の返済が10万円だとすると、6年目からはそれが1・7倍にはね上がり、月々17万円の返済になる。このようなローンが生まれたということは、当然、経済が立ち直れば右肩上がりの成長が続くということを大前提にしていたわけです。

 こういうローンを住宅金融公庫から借りた人たちは、30代から40代前半の一次取得者が多く、平成5年度で37万人、6年度で25万人の合わせて62万人くらいいる。年金住宅融資の方は、更に2年間延長して8年度までの4年間で25万人いる。

 この対象になっている平成5、6年に借りた人たちというのは、政府の景気対策に一番協力してくれて、地価が下がり始めていたにもかかわらず、借金をしてマイホームをつくってくれたわけですから、いわば日本経済にとっては神様のような人たちです。

 そういう人たちが今、予期しなかった経済状況の中で大変危機的な目に遭っている。上がるはずだった給料やボーナスも上がらない。ローンの返済はどんどん増えていく。しかも、もし万一リストラで職を失ってしまったら、本当に家を手放さざるを得ない。ホームレスになってしまいかねない危機に直面しているわけです。ですからこれは笑い事ではない。本当に大変な事態なんです。そして、こういう人たちの資産下落に政府は非常に重い責任を負っている。



10年間で減少した国富
求められる大戦略の構築


 現在の日本の資産下落は非常に危機的な状態にあります。私のオヤジ、渡辺美智雄は平成2年の秋にはこの問題に大変な危機感を持って警告し、平成3年の自民党総裁選に出馬した時には「どんどん手遅れになる」と言っていました。

 その一番大きな理由は株価の下落ですが、平成元(1989)年の大納会で約3万9000円くらいでピークを記録したのを最後に、翌年あけから下落が始まった。その結果、89年末で890兆円あった株式の時価は、96年末で429兆円に目減りし、現在では東証1部で300兆円、2部を含めても400兆円に満たないところにまで来ているのです。土地に関しても、90年末で2365兆円だった地価が、96年末では1740兆円にまで目減りしています。

 つまりこれは国富が、国民と国の財産が目減りしているということで、こんなことを長年放置しているということ自体が、まるで異常なんです。これは結局、今までこんな危機に直面した経験がないからで、レット・イット・ビーですでに10年が経過してしまったというわけです。当然放置した分、今ではよけいに退っ引きならないところまで事態は進んでしまった。

 ですから今やるべきことは、大戦略、総合戦略の再構築なんです。もう一度経済を成長軌道に乗せるためには、やれることは何でもやることが必要です。その中心はたしかに金融問題ですが、同時に産業の大再編も始まります。これはある意味では大変大きな痛みを伴う変化です。だからこそ、政府はダメージコントロールをしなくちゃならない。



痛みを伴う変化だからこそ
ダメージコントロールを

──ダメージコントロールというのはどういうことですか。

 もちろん軟着陸、ソフトランディングが望ましいことは言うまでもありません。
 しかし、昨年11月から金融パニックが始まって、金融安定対策はやったものの、有効な景気対策を同時に打つことができず半年間遅れてしまった。こういう政策ミスが、事態をさらに追い込んでしまった。その結果、残念ながら今ではすでに軟着陸路線がとれなくなってしまったわけです。

 つまり選択肢はハードランディングしかない、荒療治が必要だということを示しています。当然、荒療治ですから痛みが伴います。そこでどうしてもダメージコントロールが必要だと、私は考えているわけです。

 梶山(静六)さんのお考えもハードランディングなのですが、アメリカ流というかスーパー・ハードランディングで、これではクラッシュしかねない。大破局は長期にわたるデフレとかハイパーインフレに陥る可能性が非常に高いと懸念せざるを得ない。

 だから現状で最良の選択は、ハードランディングしながら、ダメージコントロールを行い、社会不安を起こさないようにすることだと考えるわけです。不安心理が強まると、お金を使わない。これが消費の冷え込みを招き、デフレスパイラルから抜け出せなくなる。 まして、住宅ローンを抱えている人にとってはなおさらです。これは昨年から実施している「ゆとり償還」の返済期間を10年程度延長するような弥縫策ではとても解決しません。

 ですから、「ゆとり償還」に関してはモラトリアム、リスケジューリング、それに公的資金の低金利への借り換えも必要であるというのが私の主張です。


前例のないことでも
やるべき時に至っている

──それが先の国会で発言された「平成版住宅ローン徳政令」ですね。

 徳政令というのは国民が本当に疲弊しているときに租税を免じたりすることですが、今それが必要でしょう。公的資金に関しては、先にも言ったように10年返済期間を延長しますというようなことではとても効果が上がらない。それでは利息分がツケとして先送りされるだけですから、負担感は減少しない。もっと思い切った政策をということで「平成版住宅ローン徳政令」とあえて名付けたわけです。

 具体的には阪神大震災の時のように、償還の期間を3年とか5年くらい猶予してその期間は返さなくて良いようにする。むろん、その間の利息は国が負担する。あるいは、リスケなら75年とか100年ローンくらいの超長期ローンを選択肢の一つにしてもいい。それから、含み損が大きくて低金利の民間金融機関への借り換えができないという問題が生じていますが、これを借り換えられるようにする。

 私の知り合いに平成2年頃にマンションを買った人がいて、その人の含み損が1900万円くらいだと言っていた。これは、その当時購入したものの含み損のごく平均値です。そこで民間の低金利ローンに切り換えようとすると、だいたい銀行では1000万円くらいの含み損までは借り換えを認めるけれど、それ以上は認めないという。民間にそこを借り換えられるようにしろというのは無理だけれど、公庫や年金で現在の低金利に借り換えを認めるようにすればかなりの人が救われる。公的資金に限っても、この三つくらいの選択肢が考えられます。

 しかしいずれにせよ、今までにやったことのないようなことを、やるべき時に立ち至っている。こういう認識が必要なんです。