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2009年11月30日

#35「のぶカンタービレ 〜奇跡のピアニスト密着4000日〜」 編集後記


(辻井伸行さん(中央) 堀内ディレクター(右端))


私が辻井伸行さんと出会ったのは今から11年前、神戸で開かれた三枝成彰氏のコンサートだった。当時、彼は10歳になったばかりだった。しかし、ピアノに向かうと10本の指がまるで天使の羽のように鍵盤の上を舞い、その美しい音色に心が打たれた。コンサートが終わると私は楽屋を訪ね母親のいつ子さんにTV取材をお願いした。
  その時、いつ子さんに言われたのは、「盲目なのにピアノが弾けるという取り上げ方ならお断りします」ということだった。私は伸行さんが全盲ということではなく10歳の少年がこんなに人を感動させる演奏が出来ることに驚き、天才的なピアニストが誕生したことを全国の人に伝えたいと御説明し取材の承諾を得た。結果的に「全盲の天才少年ピアニスト」というタイトルを付けたのは心苦しかったが、番組内容には喜んでいただいた。その後、「伸行の演奏活動を通して障害者の理解が進むならば」といういつ子さんのお言葉をいただいて取材を続けさせていただいた。気が付けば何と11年も経過していた。子供の頃は泣き虫でなだめながら撮影した伸行さんと今はビールを一緒に飲んでいる。私の11年はただ歳を喰っただけだったが、伸行さんは遂に世界一のピアニストになってしまった。
そこで私は、いったい彼がどのようにして天才少年ピアニストになり、世界一となったのかをまとめてみたかった。今回の番組はその答えを紹介している。9月でのアメリカ凱旋コンサート取材に加えて膨大な過去11年間のテープ。その中から見えたのは、「母はこうして育てた」だった。

(ディレクター 堀内雄一郎)