「おお、これが・・・・・・」
ジェイル・スカリエッティ、無限の欲望という二つ名を持つ天才科学者は古びた布を手に、感嘆の声を上げていた。
一見古びた布にしか見えないそれは、よく見てみれば生地に何かが染み込んだ跡がある。室内がもっと明るければ、赤い染みだとわかったはずだ。
「はい。これこそが彼の聖王の血が付着し、現在まで残り続ける聖骸衣です」
スカリエッティの目の前には妖艶な雰囲気を持つ金髪の美女だ。
ドゥーエと呼ばれる彼女は聖王教会に侵入し、聖遺物管理者を誘惑することで厳重に封印されている聖王の遺伝子情報が刻まれた聖骸衣を手に入れてきた。
「ご苦労だったね、ドゥーエ。大変だったろう?」
「いいえ、ドクターの為ならばこの位。それに簡単な仕事でしたわ。あのエロオヤジときたらちょっと色目使ったほいほい引っかかって。もう本当に男って馬鹿。あはははっ。あっ、もちろんドクターは別ですから」
(外で何があったのかしら・・・・・・)
外から帰って来た妹の性格が少しおかしくなっている事に心配を隠せない紫色の髪をした女性がため息をつく。
彼女の名はウーノ。スカリエッティの補佐を勤める秘書のようなものだ。
――――カンッ、カッ、カラカラカラ
「・・・・・・・・・?」
その時、奇妙な音がした。静かな施設内によく響き、金属音。音からして何かが落ちて、転がっていくような音だ。
一同は予想外の音のした方に視線を向けると、床に見たこともに金属片が転がっていた。
「これは、何でしょうか?」
黙って二人の会話聞いていた長身の女性が足下まで転がってきたそれを摘み上げる。
「トーレ、私に見せてくれるかい」
「はい」
トーレと呼ばれた女性が金属片をスカリエッティへ手渡す。
「ふむ、私でも見たことのない金属だね」
スカリエッティの指先に摘まれた金属片は闇に溶ける程の黒い色で、一筋の赤い線がはしっていた。欠けたにしては断面が非常に滑らかで、鋭い鋭角を形成している。その鋭角の部分に糸くずが引っかかっている。
「どうやら、聖骸衣の糸の解れに引っかかっていたようだね」
「申し訳ありませんドクター。まさかそんな物が紛れ込んでいたとは・・・」
「いや、かまわないよ。聖王と何か関係あるのかもしれないし、何よりこのような金属は見たことがない。好奇心が刺激される」
スカリエッティは普段浮かべている笑みとは違う、玩具を見つけた子供のような、気が狂ったかのような、どちらとも付かない笑みを浮かべた。
「興味深い。実に興味深い」
ーー数週間後ーー
「ウーノ、生体ポットの調子はどうだい?」
「製作中の7~9、11、12のポットは正常に稼働しています。3のポットではトーレが得た戦闘経験を元に調整を行っています」
「予備のポットはどうなっているかな?」
「そちらも定期的にメンテナンスを行っているので、すぐに使えます」
「そうか、ありがとう」
「いえ。しかし、生体ポットがいかがしました?」
「いや、なに、面白いことを思いついてね。ポットの予備を使おうと思ったのさ」
「面白いこと?」
「聖骸衣についていた金属があっただろう。暇を見て少しずつ調べていたんだが、興味深いことがわかったよ」
スカリエッティはウーノに背中を見せ、部屋のコンソールを操作し、巨大なモニターにあるデータを映し出した。
「これは・・・・・・人の遺伝子情報」
ウーノが驚きの声を上げる。
モニターに映し出されるのは例の黒い金属片のデータだった。構成物質などミッドガルドでも確認の取れていない金属で、僅かに魔力残滓がある事を知らせていた。
だが、なによりウーノを驚かせたのは金属そのものに人の遺伝子情報が含まれている事だった。
「骨か歯、もしかすると尻尾。あるいは我々にない器官を持っている種だったのか。ともかくこの金属は人の一部だったのは間違いない」
「ドクター、まさか予備ポットを使って?」
スカリエッティが振り向く。その顔は、数週間前同様の子供のような、狂人のようなどちらともつかない笑みを浮かべる。まるで、黒い金属片に魅入られたかのようだ。
「ああ、これを復元しようと思う」
ーー更に数週間後ーー
「へえ~、これが例の十三番目」
コードやパイプが隙間なく敷き詰められた円形の部屋に、四人の少女がいた。
青いショートカットの少女が、液体の満ちた生体ポットの周りを歩きまわり、ポットの中身を好奇心に満ちた瞳で見ていた。
「サンプルを丸ごと使うなんて、ドクターにしては珍しいね。普通、必要な分だけ削って使うのに」
「何をやっても粉末さえ削り取れなかった。姉のISも効かなかった」
「暇つぶしに実験してるだけだから~、きっと無くなってもいいと思ってるのよ」
青い髪の少女の後方、ポットから少し離れた所では三人の少女が並んで立っている。
「え、でも、わざわざナンバーズ用の調整に設定しているはずじゃあ」
茶色の髪が外に跳ねている少女、ディエチが隣の少女に疑問の声を上げる。
「設定変更するのって意外に手間なのよね~。だからそのまま利用したわけ。何が生まれてくるか分からないモノをナンバーズになんてしないわよ~」
メガネの少女、クアットロは若干馬鹿にしたようにその疑問に答えた。ディエチは気にしていないのか、気付いていないのか、それに対して「そうなんだ」の一言を言ってポットを見た。
生体ポットの中央には黒い金属片が浮かんでいる。断面は鏡のように滑らかで、鋭角になった鋭い側面にディエチは刃物の印象を受けた。
その周囲ではマニュピュレイターが落ち着きなく動きまわり、金属片に何か作業をしている。一体何をしているのか、この四人の中ではクアットロしか理解できていない。
(何でこんな得体の知れないものにスカリエッティ因子を・・・・・・)
クアットロは表に出さないが、予定にはなかった十三体目の戦闘機人製作に不満があった。特に№1から№4までしか与えられていないスカリエッティの因子を組み込むに憤りも感じている。
現在生体ポット内ではその準備が行われており、数分後にはスカリエッティの因子が組み込まれるはずだ。
クアットロの心情に露ほども気付かない他の三人は珍しそうにポットの中身を見ている。
「あれって欠片らしいけど、元はなんだったんだろ」
「ドクターは爪や骨の一部だと言っていた」
「あんな黒い爪とか、どんな人類なんだか…」
「もしかしたら怪獣とかー?」
「それはない」
ナンバーズの中でも取り分け明るい性格のセインは怪獣に期待しているようだった。
「姉には刃に見えるがな」
「刃?剣とか槍とか?」
「ああ、それもかなりの大きさだ」
「ふーん」
稼動歴が長く、実戦経験も豊富な姉が言うのだからそうなのだろうとディエチは思い、なんとなく自分の知っている刃のついた武器を頭の中で思い浮かべてみる。
剣や槍型のデバイスなど珍しくもなく、様々な武器が頭の中で思い浮かんだが、あの欠片ほど分厚い武器に合うものはなかった。
段々と武器から離れたものを連想するようになり、偶然にも、本当に偶々だが、ディエチは正解を引き当てた。
次の瞬間、背筋が凍り付いた。意味もわからず反射的に自分の首に触れてみる。
――何も変化はない。
「どうした?」
四人の中で一番小柄な灰色の髪をした少女がディエチを見上げていた。無表情で感情を読み取れないところはあるが、チンクがディエチの体を気遣っているのがその心配そうな瞳から十分伝わる。
「いや、何でもないよチンク姉」
「しかし、すごい青ざめている。ドクターに見てもらったらどうだ?」
「大丈夫だよ。そこまで大げさなものじゃない」
「それならいいんだが・・・・・・」
まだ心配そうに見てくる姉に対して強がりながら、ディエチは再びポットの中の金属を見た。
今度は何も感じない。
(気のせいだったのかなぁ・・・・・・)
戦闘機人にはらしくもない汗を拭う。
ディエチが思い浮かべたのは剣でも槍でもなく矢でもない。ギロチンという、武器には程遠く処刑にのみ一点特化した処刑具だった。もし、ディエチの想像通り欠片がギロチンの一部なら、それは体からギロチンの刃を生やした生き物ということだ。
ありえない、とディエチは思う。一体どこの世界に首を切る為の刃を生やした生き物がいるというのか。そんなもの、ただの化け物だ。
「ねえねえ、これってクローンなの?」
ポットのガラス部分をバシバシと叩きながら、青髪の少女セインが三人に振り向く。
チンクがそれに対して注意するが、セッテは聞いている様子はない。
「一応欠片の遺伝子情報を元にしてるけど欠損が多すぎて、純粋なクローンは無理よ。純粋培養の要領で遺伝子情報を補完するしかないわね」
「ふ~ん・・・・・・つまりどういうこと?」
「赤の他人に近い同一人物が誕生するってこと」
「ふ~、ぅ、ん?」
首を傾げるセインに、クアットロは肩をすくめて説明するのを諦めた。
「うっわ、今なんかスゴく馬鹿にされた気がした!」
「だって馬鹿じゃん」
「ディエチまで!?私お姉ちゃんなのにっ」
「それならもっと姉らしい事してみせてよ」
「ディエチより胸がある!」
威張るように胸を張るセッテ。確かに平均値より上かもしれないが、姉妹間の上下には全く関係なかった。一名を除いては。
「・・・・・・・・・」
チンクは自分の体を見下ろすと、顔にすだれがかかった。
「あっ、チンク姉がショック受けてる!謝りなよセイン」
「・・・大丈夫だ、姉は・・・・・・この程度じゃ負けない・・・・・・」
「それにしても声が震えてるわね~」
「うぐっ・・・・・・」
「ああっ、チンク姉!?」
とうとう地面に手をついたチンクをディエチが慰める。
「ねーっ、ねーっ、十三番目って事は名前は・・・・・・ト、ドゥ、トゥ?・・・なんだっけ?」
「マイペース過ぎる・・・・・・」
「トゥーレよ。さっきも言ったけど成功するかもわからないし、成功したとしてもナンバーズには含まれないわよ。実験なんだし」
「え、このままチンク姉放っておくの?」
「へえー、そうなんだ。じゃあ、名前無いのか」
言いながら、セインはポットほ表面を指先で撫でる。
「あなたのお名前なんて~のっ?なんちゃってぇ」
――ゴボッ、ゴボゴボゴボッ!
「え?」
「な、なんだ?」
「はれ?」
「・・・マジで?」
四人の視線が一カ所に集まる。突如として生体ポットの中で異変が起きた。金属片が小刻みに震え大量の泡が発生している。
「セインーーーッ!」
「し、知らない!私何もしてないもん!」
「いいから離れるんだ!」
チンクがポットからセインを引き離す。その間にもポット内の異常は続く。
「ふむ、一体何が起きてるのかな?ウーノ」
予期せぬ事態にも関わらず眉一つ動かさないスカリエッティはモニターに映る生体ポットの様子を見ながら背後に控えるウーノに状況を問う。
「私の因子を注入しようとしたところで、それが弾かれたかように見えたのだが」
アジトのCPUと繋がっているウーノはポット内で起きている異変の情報を収集、処理して解析していく。
「はい、その通りです。ドクターの因子を組み込もうとしたら、それを拒絶。今まで何の反応を見せなかった断片が活動を開始しました」
「活動?」
「僅かに残っていた魔力が活発化、増大していきます。F……D……C……え?これは……」
「どうしたんだい?」
「ま、魔力量今だ上昇中……AAAランクを超えても止まりません!」
ウーノの声に焦りの色が混ざり始めた。
「私にも詳細なデータをリアルタイムで表示してくれたまえ」
スカリエッティの目の前にいくつものモニターが同時に表示される。その間にも魔力の上昇は続き、とうとうSSSランクを超える。
「測定許容範囲をオーバーしました……」
「まさか、レリックをも超えるエネルギーを持っていたのか」
「!?ド、ドクター!」
冷静沈着なウーノにしては珍しく動揺した声を上げる。
「どうしたんだい?」
「ハ、ハッキングを受けています!」
「何?」
自らモニターを表示させ、スカリエッティはアジトのCPUの状態を確認する。表示される情報から、生体ポットから信じられない情報量が流れ出し、CPUへと侵入していく。
「あらゆる情報を無作為に検索しています。そんな、何重もの防壁が足止めにもならないなんて…………。ポ、ポット内にも変化が!」
欠片の入った生体ポットの中で目に見える異変が起きていた。マニュピュレイターが狂ったように動き出しはじめ、欠片に何らかの作業を行っている。
そして、欠片の形が変わっていく。黒の色が薄くなり、形も丸みを帯びたかと思うと、次は凹凸を増やしていく。
「これは、まさか……」
一つの生命体が誕生しようとしていた。
「今まで無作為に侵入していたのが、戦闘機人に関するデータと製造に必要な素材の管理データのハッキングのみに変わりました!遺伝子プールからも遺伝子情報を選択し、ポットに送り込んでいます」
「自らの意思で誕生しようとしているのか」
モニターに映る映像には既に欠片から胎児にまで成長した生命があった。アジト内のデータベースから戦闘機人の製造に関するデータだけを収得、必要な遺伝子情報を取捨選択し、必要な素材を次々とポット内に送り込んでいる。
「――――――く、くくっ、ははははははははっ!」
モニターに表示された随時送られてくる生命体に関する情報を見て、スカリエッティが突然笑い出した。
「ドクター?」
「見たまえウーノ!アレは遺伝子情報を吸収し、ナンバーズのデータを元に自らを創造している。生への執着、人としての本能だ。それが今私達の目の前で形として現れている。これほど貴重の現象はない!」
「では?」
「ああ、このまま様子を見る。ポットの傍にいる四人にもその事を伝えておいてくれるかな。おそらく、誕生に必要ない部分のハッキングは解かれているはずだ」
スカリエッティの言うとおり、アジトへのハッキングは戦闘機人製造に関する以外のものは解かれていた。それを確認してからウーノが妹達に通信し、様子を見るよう指示する。
「フフッ、最初から生まれようとしていただけで、それ以外には興味などなかったようだ。ここまで徹底していると、まるで自分を創り出す為に私の所に来るようあらかじめ決まっていたかのようだ」
それは利用されている、という意味でもあったがスカリエッティの瞳には怒りどころか歓喜の色が浮かんでいた。
「様子見だって~」
クアットロがウーノとの通信を切り、三人の妹に振り向く。
生体ポットのある部屋にいたナンバーズ四人はポットから離れた場所まで移動していた。チンクが他三人の前に、何が起きようとも対処できるよう構えている。
「戦闘にはならないんだ。ていうか、セインは何で私の後ろに隠れてるのさ?」
「いや、だってほら、あれ……」
顔を背けながらセッテが指差す先は生体ポットの中身を指していた。
「……まあ、たしかに初めて見るけど」
「…………」
「みんな初心よね~」
クアットロが肩を竦めた時、部屋のドアが開いて外からトーレが駆け込んできた。
「話は聞いている。念の為に私も来た。何が起こるかわからないからな」
「トーレ姉、あれってなんなの?」
「さあな。レリックのような高エネルギーの結晶体かもしれん。クアットロ、セイン、ディエチは下がっていろ」
トーレがチンクと並んで前に出た。クアットロとセインは近接戦闘に向いておらず、ディエチは固有武器のイノーメスカノンを持っていない。何かあった場合対処できるのはトーレとチンクのみだった。
「人の遺伝子を持ったレリックって冗談じゃなわね~。破壊した方がいいじゃないかしら」
「それは駄目だ。レリックと同系統のロストレギアなら下手に刺激するのは危険だ」
「う~ん、確かにそうなのかもしれないけど……」
「不満そうだな、クアットロ」
「だって得たいが知れないじゃないですか。ドクターの為にも今の内処分した方がいいですよ~」
「ドクターが様子を見ると言ったんだ。それにそんな言い方をするな。確かに予期せぬ事態だが、ナンバーズのデータを元にして作られている事には変わりない。我々の新しい妹になるかもしれないんだぞ」
「妹、ねえ」
「……どうした?」
「トーレ姉さん、あれ。あれよく見て」
ディエチがトーレにポットの中身をよく見るよう促す。
セインがディエチの後ろに隠れてチラチラとポットの中身を見ている事が気になったが、トーレはディエチの言うとおり、よく目をこらして中身を見る。
ポット内はマニュピュレイターの動きと培養液の急激な消耗・追加で気泡だらけになっていて中身を正確に確認できない。だが、肉体の構築をもう終了したのかそれも徐々に収まり、その姿を顕わにする。
中には黒い髪を持った人間がいた。元は小さな金属片とは思えない変化だ。
その姿を見て、トーレは違和感を感じた。何かがおかしい。
まず、背が高い。トーレも女性としては背が高いが、ポットの中の人間はトーレを超えているかもしれない。そして、なんだがゴツイ。細くはあるが、女性的な柔らかさもない。特に胸の膨らみが無い。無いどころかがっしりとした胸板をしている。
よくよく観察して、ようやくトーレがソレに気付いた。
「男、か」
ポットの中にいる人間は男性体だった。
1から12までいるナンバーズは全て女性体であるせいか、ポット内の人間もつい女性だという先入観があった。顔も女性的であったせいで気付くのが遅れた。
「完成しちゃったみたいね~」
ポット内の培養液が抜かれ、蓋が開いた。
中から腕がのび、ポットの縁を掴むと中にいた人間が上半身を起こす。
濡れた艶のある黒髪が揺れ、周囲を見渡すと、入り口付近に固まっているナンバーズに視線が固定された。
黒味の強い蒼色の瞳が五人を見る。
「――――ッ」
思わず、戦闘体勢を取るナンバーズ。相手がどんなリアクションを起こすかわからない為に下手に動けない。
黒髪の男は五人の様子を見て呆れたように濡れた前髪をかき上げると、口を開いた。
「とりあえず、何か着る物くれないか?姉さん達」