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[21709] 【習作】蓮タンがナンバーズ入り(リリカルなのはStS×Dies)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/10/02 09:58
SS投稿掲示板を見ていくうちに触発され、自分でも作ってみようと思い載せてもらいます。

これはDies iraeの主人公、蓮の魂の残滓がナンバーズの13番目として転生するお話です。

独自解釈や独自設定があります。



[21709] 一話 誕生
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/17 17:41
「おお、これが・・・・・・」
 ジェイル・スカリエッティ、無限の欲望という二つ名を持つ天才科学者は古びた布を手に、感嘆の声を上げていた。
 一見古びた布にしか見えないそれは、よく見てみれば生地に何かが染み込んだ跡がある。室内がもっと明るければ、赤い染みだとわかったはずだ。
「はい。これこそが彼の聖王の血が付着し、現在まで残り続ける聖骸衣です」
 スカリエッティの目の前には妖艶な雰囲気を持つ金髪の美女だ。
 ドゥーエと呼ばれる彼女は聖王教会に侵入し、聖遺物管理者を誘惑することで厳重に封印されている聖王の遺伝子情報が刻まれた聖骸衣を手に入れてきた。
「ご苦労だったね、ドゥーエ。大変だったろう?」
「いいえ、ドクターの為ならばこの位。それに簡単な仕事でしたわ。あのエロオヤジときたらちょっと色目使ったほいほい引っかかって。もう本当に男って馬鹿。あはははっ。あっ、もちろんドクターは別ですから」
(外で何があったのかしら・・・・・・)
 外から帰って来た妹の性格が少しおかしくなっている事に心配を隠せない紫色の髪をした女性がため息をつく。
 彼女の名はウーノ。スカリエッティの補佐を勤める秘書のようなものだ。
 ――――カンッ、カッ、カラカラカラ
「・・・・・・・・・?」
 その時、奇妙な音がした。静かな施設内によく響き、金属音。音からして何かが落ちて、転がっていくような音だ。
 一同は予想外の音のした方に視線を向けると、床に見たこともに金属片が転がっていた。
「これは、何でしょうか?」
 黙って二人の会話聞いていた長身の女性が足下まで転がってきたそれを摘み上げる。
「トーレ、私に見せてくれるかい」
「はい」
 トーレと呼ばれた女性が金属片をスカリエッティへ手渡す。
「ふむ、私でも見たことのない金属だね」
 スカリエッティの指先に摘まれた金属片は闇に溶ける程の黒い色で、一筋の赤い線がはしっていた。欠けたにしては断面が非常に滑らかで、鋭い鋭角を形成している。その鋭角の部分に糸くずが引っかかっている。
「どうやら、聖骸衣の糸の解れに引っかかっていたようだね」
「申し訳ありませんドクター。まさかそんな物が紛れ込んでいたとは・・・」
「いや、かまわないよ。聖王と何か関係あるのかもしれないし、何よりこのような金属は見たことがない。好奇心が刺激される」
 スカリエッティは普段浮かべている笑みとは違う、玩具を見つけた子供のような、気が狂ったかのような、どちらとも付かない笑みを浮かべた。
「興味深い。実に興味深い」


ーー数週間後ーー

「ウーノ、生体ポットの調子はどうだい?」
「製作中の7~9、11、12のポットは正常に稼働しています。3のポットではトーレが得た戦闘経験を元に調整を行っています」
「予備のポットはどうなっているかな?」
「そちらも定期的にメンテナンスを行っているので、すぐに使えます」
「そうか、ありがとう」
「いえ。しかし、生体ポットがいかがしました?」
「いや、なに、面白いことを思いついてね。ポットの予備を使おうと思ったのさ」
「面白いこと?」
「聖骸衣についていた金属があっただろう。暇を見て少しずつ調べていたんだが、興味深いことがわかったよ」
 スカリエッティはウーノに背中を見せ、部屋のコンソールを操作し、巨大なモニターにあるデータを映し出した。
「これは・・・・・・人の遺伝子情報」
 ウーノが驚きの声を上げる。
 モニターに映し出されるのは例の黒い金属片のデータだった。構成物質などミッドガルドでも確認の取れていない金属で、僅かに魔力残滓がある事を知らせていた。
 だが、なによりウーノを驚かせたのは金属そのものに人の遺伝子情報が含まれている事だった。
「骨か歯、もしかすると尻尾。あるいは我々にない器官を持っている種だったのか。ともかくこの金属は人の一部だったのは間違いない」
「ドクター、まさか予備ポットを使って?」
 スカリエッティが振り向く。その顔は、数週間前同様の子供のような、狂人のようなどちらともつかない笑みを浮かべる。まるで、黒い金属片に魅入られたかのようだ。
「ああ、これを復元しようと思う」


 ーー更に数週間後ーー

「へえ~、これが例の十三番目」
 コードやパイプが隙間なく敷き詰められた円形の部屋に、四人の少女がいた。
 青いショートカットの少女が、液体の満ちた生体ポットの周りを歩きまわり、ポットの中身を好奇心に満ちた瞳で見ていた。
「サンプルを丸ごと使うなんて、ドクターにしては珍しいね。普通、必要な分だけ削って使うのに」
「何をやっても粉末さえ削り取れなかった。姉のISも効かなかった」
「暇つぶしに実験してるだけだから~、きっと無くなってもいいと思ってるのよ」
 青い髪の少女の後方、ポットから少し離れた所では三人の少女が並んで立っている。
「え、でも、わざわざナンバーズ用の調整に設定しているはずじゃあ」
 茶色の髪が外に跳ねている少女、ディエチが隣の少女に疑問の声を上げる。
「設定変更するのって意外に手間なのよね~。だからそのまま利用したわけ。何が生まれてくるか分からないモノをナンバーズになんてしないわよ~」
 メガネの少女、クアットロは若干馬鹿にしたようにその疑問に答えた。ディエチは気にしていないのか、気付いていないのか、それに対して「そうなんだ」の一言を言ってポットを見た。
 生体ポットの中央には黒い金属片が浮かんでいる。断面は鏡のように滑らかで、鋭角になった鋭い側面にディエチは刃物の印象を受けた。
 その周囲ではマニュピュレイターが落ち着きなく動きまわり、金属片に何か作業をしている。一体何をしているのか、この四人の中ではクアットロしか理解できていない。
(何でこんな得体の知れないものにスカリエッティ因子を・・・・・・)
 クアットロは表に出さないが、予定にはなかった十三体目の戦闘機人製作に不満があった。特に№1から№4までしか与えられていないスカリエッティの因子を組み込むに憤りも感じている。
 現在生体ポット内ではその準備が行われており、数分後にはスカリエッティの因子が組み込まれるはずだ。
 クアットロの心情に露ほども気付かない他の三人は珍しそうにポットの中身を見ている。
「あれって欠片らしいけど、元はなんだったんだろ」
「ドクターは爪や骨の一部だと言っていた」
「あんな黒い爪とか、どんな人類なんだか…」
「もしかしたら怪獣とかー?」
「それはない」
 ナンバーズの中でも取り分け明るい性格のセインは怪獣に期待しているようだった。
「姉には刃に見えるがな」
「刃?剣とか槍とか?」
「ああ、それもかなりの大きさだ」
「ふーん」
 稼動歴が長く、実戦経験も豊富な姉が言うのだからそうなのだろうとディエチは思い、なんとなく自分の知っている刃のついた武器を頭の中で思い浮かべてみる。
 剣や槍型のデバイスなど珍しくもなく、様々な武器が頭の中で思い浮かんだが、あの欠片ほど分厚い武器に合うものはなかった。
 段々と武器から離れたものを連想するようになり、偶然にも、本当に偶々だが、ディエチは正解を引き当てた。
 次の瞬間、背筋が凍り付いた。意味もわからず反射的に自分の首に触れてみる。
 ――何も変化はない。
「どうした?」
 四人の中で一番小柄な灰色の髪をした少女がディエチを見上げていた。無表情で感情を読み取れないところはあるが、チンクがディエチの体を気遣っているのがその心配そうな瞳から十分伝わる。
「いや、何でもないよチンク姉」
「しかし、すごい青ざめている。ドクターに見てもらったらどうだ?」
「大丈夫だよ。そこまで大げさなものじゃない」
「それならいいんだが・・・・・・」
 まだ心配そうに見てくる姉に対して強がりながら、ディエチは再びポットの中の金属を見た。
 今度は何も感じない。
(気のせいだったのかなぁ・・・・・・)
 戦闘機人にはらしくもない汗を拭う。
 ディエチが思い浮かべたのは剣でも槍でもなく矢でもない。ギロチンという、武器には程遠く処刑にのみ一点特化した処刑具だった。もし、ディエチの想像通り欠片がギロチンの一部なら、それは体からギロチンの刃を生やした生き物ということだ。
 ありえない、とディエチは思う。一体どこの世界に首を切る為の刃を生やした生き物がいるというのか。そんなもの、ただの化け物だ。
「ねえねえ、これってクローンなの?」
 ポットのガラス部分をバシバシと叩きながら、青髪の少女セインが三人に振り向く。
 チンクがそれに対して注意するが、セッテは聞いている様子はない。
「一応欠片の遺伝子情報を元にしてるけど欠損が多すぎて、純粋なクローンは無理よ。純粋培養の要領で遺伝子情報を補完するしかないわね」
「ふ~ん・・・・・・つまりどういうこと?」
「赤の他人に近い同一人物が誕生するってこと」
「ふ~、ぅ、ん?」
 首を傾げるセインに、クアットロは肩をすくめて説明するのを諦めた。
「うっわ、今なんかスゴく馬鹿にされた気がした!」
「だって馬鹿じゃん」
「ディエチまで!?私お姉ちゃんなのにっ」
「それならもっと姉らしい事してみせてよ」
「ディエチより胸がある!」
 威張るように胸を張るセッテ。確かに平均値より上かもしれないが、姉妹間の上下には全く関係なかった。一名を除いては。
「・・・・・・・・・」
 チンクは自分の体を見下ろすと、顔にすだれがかかった。
「あっ、チンク姉がショック受けてる!謝りなよセイン」
「・・・大丈夫だ、姉は・・・・・・この程度じゃ負けない・・・・・・」
「それにしても声が震えてるわね~」
「うぐっ・・・・・・」
「ああっ、チンク姉!?」
 とうとう地面に手をついたチンクをディエチが慰める。
「ねーっ、ねーっ、十三番目って事は名前は・・・・・・ト、ドゥ、トゥ?・・・なんだっけ?」
「マイペース過ぎる・・・・・・」
「トゥーレよ。さっきも言ったけど成功するかもわからないし、成功したとしてもナンバーズには含まれないわよ。実験なんだし」
「え、このままチンク姉放っておくの?」
「へえー、そうなんだ。じゃあ、名前無いのか」
 言いながら、セインはポットほ表面を指先で撫でる。
「あなたのお名前なんて~のっ?なんちゃってぇ」
 ――ゴボッ、ゴボゴボゴボッ!
「え?」
「な、なんだ?」
「はれ?」
「・・・マジで?」
 四人の視線が一カ所に集まる。突如として生体ポットの中で異変が起きた。金属片が小刻みに震え大量の泡が発生している。
「セインーーーッ!」
「し、知らない!私何もしてないもん!」
「いいから離れるんだ!」
 チンクがポットからセインを引き離す。その間にもポット内の異常は続く。



「ふむ、一体何が起きてるのかな?ウーノ」
 予期せぬ事態にも関わらず眉一つ動かさないスカリエッティはモニターに映る生体ポットの様子を見ながら背後に控えるウーノに状況を問う。
「私の因子を注入しようとしたところで、それが弾かれたかように見えたのだが」
 アジトのCPUと繋がっているウーノはポット内で起きている異変の情報を収集、処理して解析していく。
「はい、その通りです。ドクターの因子を組み込もうとしたら、それを拒絶。今まで何の反応を見せなかった断片が活動を開始しました」
「活動?」
「僅かに残っていた魔力が活発化、増大していきます。F……D……C……え?これは……」
「どうしたんだい?」
「ま、魔力量今だ上昇中……AAAランクを超えても止まりません!」
 ウーノの声に焦りの色が混ざり始めた。
「私にも詳細なデータをリアルタイムで表示してくれたまえ」
 スカリエッティの目の前にいくつものモニターが同時に表示される。その間にも魔力の上昇は続き、とうとうSSSランクを超える。
「測定許容範囲をオーバーしました……」
「まさか、レリックをも超えるエネルギーを持っていたのか」
「!?ド、ドクター!」
 冷静沈着なウーノにしては珍しく動揺した声を上げる。
「どうしたんだい?」
「ハ、ハッキングを受けています!」
「何?」
 自らモニターを表示させ、スカリエッティはアジトのCPUの状態を確認する。表示される情報から、生体ポットから信じられない情報量が流れ出し、CPUへと侵入していく。
「あらゆる情報を無作為に検索しています。そんな、何重もの防壁が足止めにもならないなんて…………。ポ、ポット内にも変化が!」
 欠片の入った生体ポットの中で目に見える異変が起きていた。マニュピュレイターが狂ったように動き出しはじめ、欠片に何らかの作業を行っている。
 そして、欠片の形が変わっていく。黒の色が薄くなり、形も丸みを帯びたかと思うと、次は凹凸を増やしていく。
「これは、まさか……」
 一つの生命体が誕生しようとしていた。
「今まで無作為に侵入していたのが、戦闘機人に関するデータと製造に必要な素材の管理データのハッキングのみに変わりました!遺伝子プールからも遺伝子情報を選択し、ポットに送り込んでいます」
「自らの意思で誕生しようとしているのか」
 モニターに映る映像には既に欠片から胎児にまで成長した生命があった。アジト内のデータベースから戦闘機人の製造に関するデータだけを収得、必要な遺伝子情報を取捨選択し、必要な素材を次々とポット内に送り込んでいる。
「――――――く、くくっ、ははははははははっ!」
 モニターに表示された随時送られてくる生命体に関する情報を見て、スカリエッティが突然笑い出した。
「ドクター?」
「見たまえウーノ!アレは遺伝子情報を吸収し、ナンバーズのデータを元に自らを創造している。生への執着、人としての本能だ。それが今私達の目の前で形として現れている。これほど貴重の現象はない!」
「では?」
「ああ、このまま様子を見る。ポットの傍にいる四人にもその事を伝えておいてくれるかな。おそらく、誕生に必要ない部分のハッキングは解かれているはずだ」
 スカリエッティの言うとおり、アジトへのハッキングは戦闘機人製造に関する以外のものは解かれていた。それを確認してからウーノが妹達に通信し、様子を見るよう指示する。
「フフッ、最初から生まれようとしていただけで、それ以外には興味などなかったようだ。ここまで徹底していると、まるで自分を創り出す為に私の所に来るようあらかじめ決まっていたかのようだ」
 それは利用されている、という意味でもあったがスカリエッティの瞳には怒りどころか歓喜の色が浮かんでいた。



「様子見だって~」
 クアットロがウーノとの通信を切り、三人の妹に振り向く。
 生体ポットのある部屋にいたナンバーズ四人はポットから離れた場所まで移動していた。チンクが他三人の前に、何が起きようとも対処できるよう構えている。
「戦闘にはならないんだ。ていうか、セインは何で私の後ろに隠れてるのさ?」
「いや、だってほら、あれ……」
 顔を背けながらセッテが指差す先は生体ポットの中身を指していた。
「……まあ、たしかに初めて見るけど」
「…………」
「みんな初心よね~」
 クアットロが肩を竦めた時、部屋のドアが開いて外からトーレが駆け込んできた。
「話は聞いている。念の為に私も来た。何が起こるかわからないからな」
「トーレ姉、あれってなんなの?」
「さあな。レリックのような高エネルギーの結晶体かもしれん。クアットロ、セイン、ディエチは下がっていろ」
 トーレがチンクと並んで前に出た。クアットロとセインは近接戦闘に向いておらず、ディエチは固有武器のイノーメスカノンを持っていない。何かあった場合対処できるのはトーレとチンクのみだった。
「人の遺伝子を持ったレリックって冗談じゃなわね~。破壊した方がいいじゃないかしら」
「それは駄目だ。レリックと同系統のロストレギアなら下手に刺激するのは危険だ」
「う~ん、確かにそうなのかもしれないけど……」
「不満そうだな、クアットロ」
「だって得たいが知れないじゃないですか。ドクターの為にも今の内処分した方がいいですよ~」
「ドクターが様子を見ると言ったんだ。それにそんな言い方をするな。確かに予期せぬ事態だが、ナンバーズのデータを元にして作られている事には変わりない。我々の新しい妹になるかもしれないんだぞ」
「妹、ねえ」
「……どうした?」
「トーレ姉さん、あれ。あれよく見て」
 ディエチがトーレにポットの中身をよく見るよう促す。
 セインがディエチの後ろに隠れてチラチラとポットの中身を見ている事が気になったが、トーレはディエチの言うとおり、よく目をこらして中身を見る。
 ポット内はマニュピュレイターの動きと培養液の急激な消耗・追加で気泡だらけになっていて中身を正確に確認できない。だが、肉体の構築をもう終了したのかそれも徐々に収まり、その姿を顕わにする。
 中には黒い髪を持った人間がいた。元は小さな金属片とは思えない変化だ。
 その姿を見て、トーレは違和感を感じた。何かがおかしい。
 まず、背が高い。トーレも女性としては背が高いが、ポットの中の人間はトーレを超えているかもしれない。そして、なんだがゴツイ。細くはあるが、女性的な柔らかさもない。特に胸の膨らみが無い。無いどころかがっしりとした胸板をしている。
 よくよく観察して、ようやくトーレがソレに気付いた。
「男、か」
 ポットの中にいる人間は男性体だった。
 1から12までいるナンバーズは全て女性体であるせいか、ポット内の人間もつい女性だという先入観があった。顔も女性的であったせいで気付くのが遅れた。
「完成しちゃったみたいね~」
 ポット内の培養液が抜かれ、蓋が開いた。
 中から腕がのび、ポットの縁を掴むと中にいた人間が上半身を起こす。
 濡れた艶のある黒髪が揺れ、周囲を見渡すと、入り口付近に固まっているナンバーズに視線が固定された。
 黒味の強い蒼色の瞳が五人を見る。
「――――ッ」
 思わず、戦闘体勢を取るナンバーズ。相手がどんなリアクションを起こすかわからない為に下手に動けない。
 黒髪の男は五人の様子を見て呆れたように濡れた前髪をかき上げると、口を開いた。
「とりあえず、何か着る物くれないか?姉さん達」



[21709] 二話 トゥーレ
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/21 18:43
 「ディエチ」
 自分の名前を呼ばれ、ディエチが後ろを振り返るとトーレが立っていた。
 アジトの薄暗い廊下、僅かな光源だけがある。暗いためにトーレの顔に影が差し、そのせいかとても怒っているように見える。
「トゥーレを知らないか?」
「さあ?今日はまだ会ってないよ。……もしかして、また?」
 トゥーレという名詞でディエチは見間違いではなく本当に姉が不機嫌な事がわかった。
「ああ、私との訓練のはずだったんだが、また逃げられた。どこへ行ったんだか」
「ミッドチルダじゃない?暇を無理やり作っては美術館巡りしてるし」
「まったく、あいつはナンバースとしての自覚はないのか。ディエチ、トゥーレが戻ってきたら私に伝えろ。決して私が探してるなんて言うなよ。また逃げられる」
「わかった」
 ディエチが頷くと、トーレは踵を返し暗闇の中へ消えていく。歩き方からしてかなり怒っているようだった。
「ほんと、トーレ姉達を怒らせる度胸はすごいよね」
 ディエチも前に振り向き、廊下を歩いていく。
 №13、トゥーレが誕生してから半年が経っていた。特異な生まれ方をしたために検査、検査、また検査と研究室に缶詰にされたトゥーレは、ようやく外に出ると、鉄砲玉のように出歩き回っている。
 アジトならともかく外に出てはミッドチルダや管理外世界を歩き回っている。ミッドチルダでは美術館や博物館、管理外世界では誰の目に触れられない遺跡を巡っている。
 トゥーレはスカリエッティから自律行動を許されていた。管理外世界でロストロギアや研究施設として利用できそうな施設を見つけて来る事もよくあるので、ナンバーズ達もあまり強く言えなかった。それに、律儀にもその日の内には帰ってきている。
 ディエチがイノーメスカンの調整の為に武器整備室に入ると、一人の男がいた。
「………」
「よう」
 黒い艶のある髪と黒に近い蒼色の瞳を持つ青年は顔を上げず、組んだ足の上に乗せた画集に視線を下ろしたまま挨拶した。ワイシャツに黒のジーンズとラフな格好だが、足を組むその姿はなんだかふてぶてしい。
「トゥーレ、いたんだ」
「ああ、まあな」
 自然を装いながらディエチはイノーメスカノンを作業台に置きながらこっそりと姉のトーレに連絡を入れる。
「何読んでんの?」
「読むというより見るものだな」
 膝の上に乗っていた画集を広げる。
「何それ?」
「大昔のミッドチルダ出身の芸術家が描いた絵の写真集みたいなもんだ。当時は評価されなかったが最近になって評価されはじめた」
「ふ~ん」
「どうでも良さそうだな」
「うん、割と。そういえばさ、ちゃんと訓練してる?」
「してない」
 きっぱりと、堂々と言い放つトゥーレにディエチは呆れた。
「トーレ姉にまた怒られるよ」
「また?」
(あっ、やば……)
 今の会話でトーレが探している事に感ずかれたと思い、ディエチは内心焦る。だが、トゥーレは少し考えるように首を傾げると、何事もなく再び画集のページを捲る。
「別に俺は訓練が嫌だとか怠けているとかじゃないんだ」
「じゃあ、何?」
「トーレと訓練するのが嫌なんだ」
「……本人の前で言ったら殴られるよ?」
「前に殴られた。ライドインパルスの加速つきで。五十メートルぐらい吹っ飛ばされた」
「……よく生きてられるよね」
「頑丈なのが取り柄だからな。だからって視認できないスピードで殴るって、殺意マンマンだよな。腹立ったんでライドインパルスの加速追い抜いてやったら何か対抗心燃やしたみたいで、あれから訓練に付き合わされる回数が増えた」
「自業自得じゃん」
「末弟にムキになるなよな。……俺はそろそろ行くけど、この本預かっててくれ」
「え、何で私が」
 無理やりディエチに画集を押し付け、トゥーレはドアを開けて廊下に出た。
「俺は今から逃げる。――IS発動」
「は?」
 トゥーレが扉の向こうで突然ISを発動した事にディエチが驚くと、更に別の声が廊下の方から聞こえた。
「逃がさん――IS発動、ライドインパルス!」
 視認できないスピードで、二人の男女がアジト内を爆走し始めた。



 ――スコン、――スコン
 アジトの地下深く、訓練スペースにてナイフの刺さる音だけが寂しくなっていた。
 一人、訓練スペースでナイフを投げ続ける少女がいた。チンクだ。
 チンクは遠く離れたダーツボートに向かって、機械的にスローイングナイフ「スティンガー」を投げ続けている。
「…………」
 本来ならトーレとトゥーレも混ざって合同訓練を行うはずだったのだが、トゥーレが逃げた。トーレも弟を捕まえるためにこの場にいない。
「…………寂しくなんて、ない」
 ボソリと、ナイフの表面を見ながら呟く。――綺麗に磨かれ鏡のようになったナイフの表面にある物が映った。
 チンクが振り向くと、訓練スペースの床から人の『腕』が生えていた。一つだけ真っ直ぐにのびた人差し指の先には小型のカメラが付いていて、チンクの方を向いていた。
「………………」
「………………」
 チンクの周囲にスティンガーが大量に出現。空中で滞空するそれは一斉に刃先を腕に向けた。
「わーっ!わーっ!!ワザとじゃないんだってばチンク姉ーーっ!」
 スティンガーの雨が逃げ惑う『腕』を床に降り注ぐ。いくら無機物に潜行できるとはいえ、床ごと爆破されてはひとたまりもない。ランブルデトネイターによる爆発が蛇の尾のように続く。
「ぬわーーーーっ!」
 とうとう追いつかれて爆破の余波を受けるセイン。
「うぅ、ひどいや。いくらトゥーレのおかげで頑丈になったからってIS使うのなんてずるい」
 床から煤だらけの顔を出したセインは若干涙目だった。
 ディープダイバーにより更に地下へと潜ったために爆破の直撃を受ける事を回避したものの、やはり痛いものは痛い。
「覗き見するからだ」
「ワザとじゃないって。暇だからアジトの中ウロウロしていたらチンク姉が一人で寂しそうに訓練してたから声かけようかなーって」
「別に寂しいわけじゃ――」
 チンクの言葉は突如起きた爆発により途切れた。チンクのISではない。訓練スペースの外から音と振動が伝わってくる。
「え、なに?今日は基地内爆破デーなの?」
 歪んだ訓練スペースの扉がチンクとセインの後ろを吹っ飛んでいき、廊下から黒い煙が出ていた。そして、煙の中から二つの影が飛び出してくる。
 トーレとトゥーレ、ナンバーズの3と13だ。
 トーレはトゥーレに馬乗りになった状態で弟の頭を鷲掴みにしている。飛び出した勢いのままトゥーレは体を床に打ちつけ、頭を押さえられた状態のまま床に引き摺られていく。
 よほど勢いがあったのか、二人は入り口の反対側、訓練スペースの壁にぶつかる事でようやく止まった。
「だーっ、三女と四女が揃って末弟をDVなんて裁判モンだぞ!」
「お前が訓練をやらないから強硬手段を取ったんだ。普段から真面目にしていれば私とてこんな事はしない」
「トーレお姉様の言うとおりよ~、トゥーレちゃん。貴方がちゃんとしないから、私達は涙を呑んで……」
 二人の横に、クアットロの姿が映し出されたモニターが出現していた。
「嘘つけよ。絶対嬉々として罠仕掛けただろあんたは!俺の進行ルートの床全部地雷にするなんて普通しねえよ!せめて非殺傷設定ぐらいしとけよ!」
「やだ、トゥーレちゃんコワ~い」
「腹黒に言われたくねぇ……」
「クアットロにあたるなトゥーレ。お前が悪いんだからな」
「…………くっ、わっーたよ。訓練に参加する。ちょうど訓練スペースにも来たしな」
「最初からそうしていれば良かったんだ」
 トーレが手を離し、上から降りた事でようやくトゥーレの体は自由になった。
「はぁ、酷い目にあった」
 立ち上がり、服についた埃を払う。一見ボロボロのように見えるが、ダメージはないようだった。
 チンクがトゥーレに近づき、見上げる。
「また訓練をサボろうとして、駄目だぞ。ちゃんと姉の言う事は聞くべきだ」
「…………ああ、そうだな」
「…………何故私の頭に手を置く?」
「いや、なんか置きやすかったから……イッテェ!」
 チンクがトゥーレの手にスティンガーを突き刺した。
「お前ら本当に俺に容赦ないな!」



「仲良きことは美しきかな」
 訓練スペースの様子が映るモニターを前に、スカリエッティは紅茶の入ったカップから口を離し、歌う様に言った。
 円テーブルの座る彼の左右にはウーノとドゥーエがいる。スカリエッティ同様目の前には紅茶のカップが置かれている。
「末弟の誕生は他のナンバーズに良い影響を与えているようだ。ドゥーエのおかげだ」
「いえ、偶然ですよドクター」
「その偶然を掴み取り私の元に連れてきてのは君だ。改めて礼を言おう。そんな君にまたして欲しい任務があるんだが……」
「なんなりと、ドクター」
「すまないね、聖王教会から聖骸衣の入手に続いて危険な任務をさせてしまって。今すぐ、というわけではないが管理局に潜入してもらいたい。その準備はウーノがしている」
 スカリエッティがウーノを見ると、ウーノは一つ頷きモニターをいくつか表示させる。
「ドクターの計画の為、これから管理局の情報が必要不可欠。貴女には管理局員として潜入してほしいの。複数の部署の名前を変え、姿を変え、立場を変えて潜入して情報を集めてちょうだい」
「わかったわ。私のISもその為にあるのだから」
「任務が任務だから他のナンバーズに詳しい内容は話せない。長期の独立行動になるだろうから、まだ完成していない姉妹達と会う事はしばらくできないわ」
「そう、それは少し残念ね。まだポットの中に眠ってるあの子達に会うのは楽しみだったのに」
「ごめんなさい。連絡は主に私とね。それかトゥーレ……」
「あの子が?」
「ええ。トゥーレが度々ミッドチルダに行っているのは知っているわね?一般社会に難なく溶け込んでいける彼が通信傍受の対策としての連絡役になるかもしれないわ。現に今もミッドチルダ内で貴女のセーフティハウスとなる場所をいくつか探してもらっているわ」
「遊んでいただけじゃなかったのね」
「遊びの割合が大きそうだけど」
 ウーノが珍しく溜息をついた次の瞬間、訓練スペースで激しい戦闘が行われた。モニターの中、意図せず姉達の神経を逆撫でしたトゥーレが対高速機動戦力の模擬戦闘という名の下ボコボコにされていた。
「天然で地雷踏んでいるのか、解っていながら誤魔化して結局地雷踏んでいるのかわからない子ね」
 トゥーレが逆切れし訓練スペースの壁に大きな亀裂を作った。
「あの子達はまた派手に暴れ回って、トゥーレが完成してから騒がしくなったわ。基地は大丈夫なの?」
「あの程度問題ないわ。あるとすれば、トゥーレの攻撃力ね。今回だって実際に壁を壊したのはあの子だから」
 ウーノの片手が宙に向かってなぞる様に動く。すると、トゥーレがトーレから逃げ回っている際に破壊した壁が映し出された。
「ちなみにこれがその時の映像よ」
「……壁が勝手に壊れたように見えるわね」
「あの二人のISは通常の視力では視認できないほどのスピードを発揮する。トーレも自分と同等のスピードを出せる弟が出来たせいか、無自覚に張り合ってISの効率を上げているわ。……それでもトゥーレの方がまだ速いけど」
「それほどのスピードとあの頑強さがあればとてつもない破壊力を発揮するわけね。でも、基地を壊すのはいただけないわ。後でオシオキしなくちゃ、フフフッ」
 いつのまに取り出したのか右手のピアッシングネイルが怪しく煌めいた。ドゥーエはどういうわけか弟をピアッシングネイルで引っ掻く癖がある。引っ掻いても傷一つ付かず、痛いとしか言わないトゥーレの方にも問題があるのかもしれない。
「いいじゃないかドゥーエ。彼のおかげでナンバーズ達の改良は飛躍的に進んでいる。そうだろう、ウーノ」
「はい」
 ウーノが新しいモニターをいくつも表示させる。その内の一つにはトゥーレの詳細な情報が載っている。
「基礎フレーム、知覚器官は基地にある戦闘機人のデータを参考に作られた……自ら作ったせいか他の姉妹達と比べて僅かな差異しかありません」
「その差異が性能差に繋がっているのだがね。まるでこれほどの設備と素材があってその程度のスペックの物しか作れないのかと、哂われた気分だよ」
 自嘲気味に言うスカリエッティだが、その顔は大いに嬉しそうだった。
「生体部分を含む体全てに未知の金属反応があった。それのせいもあるのだろうが、彼の肉体増強レベルは当時のトーレを大きく上回る」
 トゥーレの構造はすぐに解析され、姉妹達の改良に当てられた。それは今までの研究成果と実験で得られたデータを上回り、ナンバーズの肉体増強レベルは一段階上昇した。「なにより、彼の在り方が興味深い」
 スカリエッティの手の動きに合わせて、モニターが入れ替わる。一見すると神経の構造を映したものだが、もしこの場にデバイスマスターがいれば驚嘆の声を、或いは悲鳴をあげていたかもしれない。
「彼はある意味人型のインテリジェントデバイスと言えるかもしれない」 人としての機能を残しながら、デバイスの機能も保有。有機物と無機物の融合ともいえるそれは悪魔の所業だった。
「先天固有技能、稀少技能、どれをとってもこの世に二つとない素晴らしいものだ。ああ、全くもって素晴らしい。研究者として、技術者としてこれほどのものに出会えた事に私は喜びを隠し切れない」 スカリエッティの笑い声が木霊する。そんな中、訓練スペースを映し出すモニターには、土煙の中、右腕に黒く巨大な三日月型の刃を生やした青年が立っている。






 ~後書き&捕捉~

 二話目です。正直言うと蓮タンの性格を上手く出せず自己嫌悪です。蓮タンとロートスさんの中間、みたいな性格を目指していますが難しいです。
 
 捕捉ですが、蓮タン(SS内ではトゥーレ)のデータを元にしてナンバーズの身体スペックは上がっています。ただ、上がっているのは身体能力のみで、IS自体が強化されたわけではありません。(話の進行上あるかもしれませんが未定)
 下記に、なのは世界で戦闘機人として誕生した蓮タンのスペックを表記します。未定や決まってない部分もありますので悪しからず。
 
 №13 トゥーレ IS:???(名前が決まってないだけで能力はDies原作の『創造』です。流出は当然しません。したら世界が凍る。原作よりスペック低。フィナーレまで行くかは未定)
 肉体増強レベル:SS+(素の身体能力。なのは原作のトーレの2.5段階上だと思って下さい。ガジェットより頑丈です) 能力:高速戦闘&近接戦
 役割:未定。今のところドゥーエの潜入工作補助。 飛行・空戦:魔法により飛行可能。空戦も可。
 固有装備:???(右腕のギロチンです。固有というか、生えるというか。蓮タン固有の武器といったらこれしかありません。これも名前が決まってないだけです。Dies原作通りの名前にしようか悩み中)
 稀少技能:???(これも名前未定。能力はまだ秘密です)



[21709] 三話 何気ない出会い
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/21 21:07
 ミッドチルダ北部、臨海第八空港の近隣にある都市に、二人の若い男女が腕を組んで歩いている。黒髪の青年と青髪の女性だ。
 どちらも人目を容易に引くほどの容姿をしており、時折二人の横を通り過ぎる通行人の中には嫉妬と羨望の眼差しを向ける者も少なくない。
「良い天気ね。絶好のデート日和だわ」
(私と腕を組んで歩けること、ドクターに心から感謝しなさい愚弟)
 青髪の女性が隣の青年に笑顔を向ける。
「そうだな。姉さん達も連れてくれば良かったかな」
(そう言いながら腕を握り潰そうとするの止めてくれませんかねえ、ドゥーエ)
 青年も女性に対して笑みを浮かべた。
 一見カップルに見えるがその正体はトゥーレと変身偽装したドゥーエだった。外は仲の良さそうなカップルを演じつつ、長期潜入任務に就く予定のドゥーエの為に下見をしているのだ。更に水面下ではトゥーレの腕が潰れるかどうかの姉弟喧嘩が起きている。
(それにしても、あんな埃だらけの所よく見つけてくるわね)
(埃だらけって事は長い間人の手が加えられてないってことだ。緊急時の避難場所には丁度いいだろ。文句言うなよ)
 二人は何気ない会話の中、本題を念話で話し合っている。
(今日見てまわった所は一時的な潜伏場所だ。場合によっては物資とか置いておく。調整ポットについてはウーノと相談だな)
(それはいいんだけど、この都市って……)
(気付いたか?景観はと裏腹にかなりの数の次元犯罪者がいる。うちの変態博士と一緒な連中だ)
(あんなのとドクターを一緒にしないでくれる?)
(だからイテェって。他から見たら同じ犯罪者だ。危険度が違うだけで)
(フンッ。それにしても多いわね。目障りだから今度潰そうかしら)
(どっかの誰かが聖王の遺伝子情報ばら撒くからだろ……。おかげで違法な研究する連中が増えて、管理局は頭抱えてるらしいぞ)
(知ったことではないわ。それに、それがあったから貴方が生まれたのよ)
「生まれた、ねえ」
 思わず呟き、トゥーレはベルカ自治領の方角を見た。聖王教会を直接みる事ができる距離ではないが、視線はその上空を向いている。
(聖王の血族ってわけじゃないんだよな)
(聖骸衣から採取した遺伝子情報と比較しても全くの赤の他人ね。もしかしたら傍にいた騎士かもしれないわよ)
(ギロチン持った騎士ってかなりシュールだよな)
(…………貴方自身、何か感じるところでもあるの?)
「ないな。俺はあの時あの場所で生まれた。それ以上でもそれ以下でもない。何を元にしたところで今ここにいる俺が俺だ」
「何を言っているのか分け解んないわね。……まあ、いいわ。それってちゃんと私の弟として自覚しているってことだから」
「オイ、いきなり考えを改めたくなるようなこと言うなよ」
「あらあら、どういう意味かしら?」
「だから笑顔で腕を捻るな。……さて、そろそろカップルのフリが限界に近づいたところで今日の仕事は終了だ。約束、覚えてるだろうな?」
「覚えてるわよ。下見が終わったら、でしょう」
「覚えてるなら閉館する前に行こうぜ」



「カビ臭いわね」
「埃よりはマシだろ」
 下見を終えた二人は都市区画にある図書館にやって来ていた。トゥーレがドゥーエと共に任務に行く条件として、帰りに図書館に寄る事を要求した結果だった。
「貴方、よく紙媒体で文字読んでるけど不便じゃない?」
「ベージを手で捲るのって楽しくないか?」
「全然」
「そうかよ」
 ドゥーエの返事を気にせず、トゥーレは美術関連の書籍を見てまわる。時折、背表紙のタイトルを見ては本棚から取り出しては中身を確認しては、本棚に戻すか手に持ったまま移動する。その後ろをドゥーエがついて来る。
「そういえば近くに訓練校があったわね」
「襲撃するなよ」
 図書館に行く途中に第四陸士訓練校があるのをドゥーエは確認していた。陸戦魔導士の卵達が通うその学校はドゥーエ達からしてみれば将来敵として立ちはだかる可能性が高い。
「そこまで軽率な事はしないわ。ただ、候補生にしては高い魔力の子が何人かいたわね」
「あっ、聖王教に由来する彫像の一覧がある」
「人の話聞きなさいよ……」
「聞いてるって。魔力量があるからって決して強いわけじゃないだろ。候補生にまでそんな警戒してたら身が持たないぞ」
「貴方は緊張感ないわね」
「使い分けできるからいいんだよ。ところで、さっきから人の周りウロチョロして、正直言うと……邪魔」
「あらぁ」
「ヒールの踵は止めろ。せっかく来たんだから何か小説でも探してみたらどうだ?」
「興味ないわね」
「もしかしたらドクターの役に立つ物とかあるかもよ。紙媒体だから以外に掘り出しも…の……」
 ドゥーエの姿は消えていた。
「速ぇ……まあ、丁度いいか」
 邪魔者がいなくなったところでトゥーレは集中して本を物色し始めた。

 ――数十分後、だいたい選び終わったトゥーレは風の如く消えたドゥーエを探して図書館内を歩き回っていた。
「どこ行ったんだかあのドS……」
 ドゥーエがいたらきっとピアッシングネイルで引っ掻かれてもおかしくはなかった。ナンバーズの中でも自分のペースを崩さないトゥーレはさすがに少し困ったような顔をした。
 いくら探しても見つからないのだ。一番可能性のあった魔法技術関連の書籍が置いてある本棚にはおらず、少しでも関係のありそうな場所を探したがドゥーエの姿はなかった。念話でも話しかけたが応答なし。
「まさか訓練校に殴り込みに行ったんじゃ……」
 さすがにそれはないなと思いつつも、トゥーレは最終手段の『迷子のお呼び出し』でも見つからなかった行ってみようと決めた。
「う……んしょ……しょっ」
 受付に行こうとしていたトゥーレの目の前に少女が爪先立ちになって必死にジャンプしているのが見えた。少女が跳ぶたびに長いツーテールの金髪が揺れる。
 本棚の高い所にある本を取ろうとしているのが誰の目から見ても明らかだった。トゥーレはさすがに見ていられずに声を掛ける。
「この本か?」
「あ……いえ、その二つ右です」
 少女に言われるまま二つ右の本を抜き出す。その時、本のタイトルが見えた。
「ほら」
「ありがとうございます」
「法律の本とは小さいのに難しい本読んでいるんだな」
 少女が取ろうとしていた本は法律関係のものだった。
「私、執務官を目指してるんです」
「それで今から勉強しているのか。偉いんだな。俺の姉共に爪の垢でも飲ませたいよ」
「いえ……あなたも凄いんですね、色々と」
「え、何でだ?」
 少女の視線がトゥーレの左手にいく。
 そこには分厚い本が積み重なり、本棚の上を越したタワーが左手の上に建っていた。
 本人は自覚していないが、大の大人が両手で持てる数でも重さでもない。戦闘機人の腕力を無駄に発揮している。
「ん?その格好、もしかして陸士訓練生なのか?」
 少女は陸士訓練生の制服を着ていた。
「はい。第四陸士訓練校の生徒です」
「…………ふうん。なら、青髪の腹黒そうな女を見てないか?こう、笑顔の裏に何か怖いこと考えてそうな……」
「い、いえ、見てません」
「そうか。じゃあ、邪魔したな。暗くなる前に帰るんだぞ」
 そう言うと、トゥーレは踵を返して少女から離れていく。
(まだ十歳くらいか?あの歳で訓練校入りなんて、よっぽど優秀なのか……)
 などと思いつつ、受付に向けて歩いていくと以外にも目的の人物の後姿が見えた。
「…………」
 すぐには声をかけず、本棚の横に書いてある本の分類を見る。彼女が立っている場所はフィクション物の小説を中心に置いてある本棚だとわかった。
 静かに、無言で近づき、ドゥーエが立ち読みしている小説のタイトルを知覚器官、ズームレンズ機能で見た。
「ドクター……」
 何だか怪しい笑みを浮かべて艶のある声でスカリエッティの呼称を呟くドゥーエに少しビビりながらも、トゥーレは無表情で本のタイトルを覗き見る。
 恋愛小説だった。
「………………」
 何を思ったのか、トゥーレはその様子を写真記憶した。



「おまたせ、なのは」
 金髪の少女、フェイト・T・ハラオウンは探していた本を借りると、出口の前で待っていた友人の高町なのはの元へ駆け寄った。
「探してた本見つかったんだ」
「うん」
「それじゃあ、寮に戻ろっか」
「そうだね、結構遅くなっちゃった」
 二人は第四陸士訓練校の速成コースに通う魔導士だ。共に将来を期待され、訓練も順調に進んでいる。
「そういえば、すごく力持ちの人に会ったよ」
「力持ち?」
「うん。この本もその人に取ってもらったんだけど、私やなのはよりも高く積んだ本を片手で持ってたんだよ」
「えー、本当に?すごーい」
 ちなみに、二人はちょうど外に出た為に気付かなかったが、図書館内では肉を打つ音と共に本のタワーが崩れる音が注目を浴びていた。



「ただいまー」
 アジトに戻ったトゥーレを最初に出迎えたのはセインだった。
「おっかえりー。ねえねえ、お土産は?」
「ほらよ」
「やったー!」
 『お土産』を受け取った途端、セインの表情が固まった。
「なにこれ?」
「料理本」
「……お菓子は?」
「食いたかったら自分で作れ」
「お姉ちゃんに対してこの仕打ち……」
「姉を思ってだ」
 突っ伏すセインを放ってトゥーレは他の姉達の方へ近づく。
「おかえり。仕事の方はどうだ?」
 チンクがトゥーレを見上げた。
「問題なし。ところでこれは全員へのお土産。ホールサイズのケーキだ」
 トゥーレが白い箱を掲げた。
「えー、なんでぇ!?」
 セインが箱に飛びつくがトゥーレは素早く腕を上にのばして届かないようにした。
「一人だけケーキを要求した罰だ」
「謝るから私にもー!」
「ほらよ」
「わーい!」
「あら?ドゥーエお姉様は~?」
 クアットロがトゥーレの後ろを見やるが、一緒に出掛けたはずのドゥーエがいない。
「さあ?部屋の隅で一人妄想してるんじゃないのか?」
「モウソウ?」
 ディエチが首を傾げるが、その疑問に答えるものはいなかった。
「トゥーレ、ウーノが呼んでいたぞ」
「トーレが代わりに行ってきてくれ」
「何故そうなる。お前の能力について実験するそうだ」
「能力?……ああ、アレか。面倒だな」
「面倒でもやるんだ。お前の能力はどれも貴重だ。ドクターとしても試してみたい事が多いのだろう」
「はいはい。またナンバーズ総出で追いかけっこはしたくないからな。――はあ、面倒な能力持っちまったなあ」





 ~後書き&捕捉~

 管理局の雇用制度ってどうなってるんでしょうかねえ?訳ありとは言えエリオやキャロが普通に機動六課入りしてたりするんで、その辺りの設定はテキトーにお茶を濁しつつ書いていこうかと思います。
 次回はオリジナルストーリー?としてトゥーレに一発ドカンと戦闘してもらう予定です。戦闘描写の練習と確認、そしてStS本編の時系列になった際になのは達と比べてどの程度実力があるのか確認するためです。念のため書くと、現段階でのなのは達とは戦いません。



[21709] 四話 樹海(前編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/12 03:56

「遅い。ってか一匹逃してる」
 高層ビル程の高さがあろう巨木の上で、トゥーレは真っ青な空の果てを見ながら隣にいるディエチを叱った。
 トゥーレの視線の遥か先には直射砲により無残にも魔法生物の焼き残しが地上に落ちているところだった。
 通常では点としか見えないその光景も、木の上にいた二人にはしっかりと認識できる。
「チャージと照準合わせるのにも時間かかりすぎ。エネルギー抑えて連射させてみたが……駄目だな」
「しょうがないだろ。アウトレンジからの狙撃用に調整されてるんだから」
「だからってトロ過ぎるだろ。穿った性能にするならチート能力じゃないとすぐに足元掬われるぞ。現に一発外してるからな。これで敵に居場所気付かれて高速接近されたら終わるぞ」
「チート能力?」
「絶対回避とか絶対命中とか絶対破壊とか……」
「ありえないから、それ」
「ふと思いついただけだ。話戻すが、外したり防がれたりしたらどう対処するんだよ」
「だから観測員としてクアットロとコンビ組んでるんだよ」
「…………俺からしたらそれが一番心配なんだけどな」
「え?なんで?」
「なんでもない。いいから次撃て、次。また外したら帰っても洗浄なしな」
「えぇ~」
「泥だらけのまま一日過ごせ。図太くなれるぞ」
「なりたいとは思わない……」
 トゥーレ、ディエチの二人は管理外世界にて射撃訓練の真っ最中だった。
 キッカケは、トゥーレの失言からだった。
 長距離射撃の訓練をしていたディエチに対しトゥーレは
「止まってる的撃ってるだけじゃ訓練にもならないだろ」
 と言った。
 訓練スペースでは狭い為にアジトの長い直線となった通路を射撃場代わりに使っていたのだが、ICを持っているディエチには訓練にならないと言うのだ。
「そこまで言うならお前が訓練に付き合ってやれ」
「……なんでそうなる?っていうか、マウントポジション取って拳振り上げた状態で言われると脅されているとしか……」
 結局、トーレの説得によって、管理外世界に頻繁に行くトゥーレが動く的のいる世界にディエチを連れて行くことになった。
「外いいなー。私も行きたーい!」
「セインは姉と一緒に奇襲の訓練だ」
「えぇ~」
 ズルズルとチンクに引きづられていくセインを置いて、二人は管理外世界に来た。
 人の手が加えられていないそこは辺り一面が緑の、まさに樹海と表現するには相応しいものだった。樹の海から所々に塔のような巨木が聳え立ち、時折翼を持った魔法生物が羽を休めている姿も確認できた。
 トゥーレはまず巨木の一つにディエチを連れて行き、そこから時折樹海から飛び立つ魔法生物を撃たせている。四枚の翼を持った蛇に似た魔法生物は細く、蛇行するように飛ぶので動きを捉え辛い。
「よし、今度は全部命中だな」
「ふぅ……疲れた」
「少し休憩するか」
「うん」
 ディエチは人が寝そべれる程の枝にイノーメスカノンを置いて、座りなおす。トゥーレは懐から単庫本を取り出すと、樹の幹に寄りかかって読み始めた。
「…………」
 チラリと、ディエチは横に立っているトゥーレを盗み見る。
 ディエチは正直言って弟のトゥーレが少し苦手だった。嫌いだとかそう言ったものではなく、恐怖に近い感情だ。
 トゥーレが誕生する前、まだ金属の欠片の状態だった時に脳裏に映ったギロチンがまだ印象に残っている。現に彼は時折本を持つその右手にギロチンを出現させる。
 それを見る度にディエチは首に違和感を感じてしまう。
「ん?どうした?」
「…なんでもない。それよりよくこんな世界見つけたね」
「ここ、古代ベルカの遺跡あるんだよ」
「……納得」
「遺跡と言っても小屋同然だけど。訓練に使う為にこの世界を利用していたらしい。ここの魔法生物も案外、ベルカが連れて来たものが勝手に繁殖したのかもな」
「ふうん」
「しばらくしたら練習再開するぞ。次は……そうだな、俺を狙撃してみろ」
「ええっ!?」
「適当に歩き回ってるから、お前は俺を見つけて撃て。ちなみに撃ってきたら追いかけるから」
「なんだよそれ……」
「高速戦闘できる魔導士戦を想定してだ。ある程度近づくば撃ち返すからな。お前はそれを迎撃するなり逃げるなりしろ」
「トゥーレを撃つなんて無理だよ」
「能力的に?それとも心情的な意味で?」
「両方。トーレ姉さんより速いし、弟を撃ちたくないよ」
「…………もし俺が敵になったらどうするんだ?」
「……え?」
 一瞬、トゥーレの言う事が理解できなかった。
「分からないだろ?俺はナンバーズの中で唯一あの変態に反抗的だ。俺が裏切る可能性は大きい」
「そんな……」
「まあ、あくまで可能性の話だ。それに、戦場では何がいるか何を命令されるか分からないからな」
「…………」
「…あー、なんだ、何が言いたいかって言うと、どんな奴が出てきても敵として割り切れって言いたいんであって」
「…………」
 黙ったままのディエチにトゥーレは何も言えなくなった。
「悪い、変な事言った。訓練、続けようぜ」
「…………うん」
「じゃあ、先言ってるから。三十分後に開始な」
「……わかった」
「……IS発動」
 トゥーレはISを発動し、一瞬にして樹の枝から姿を消した。



 地平線の果てまで移動してからトゥーレはISを解いた。同時に傍にある樹に頭突きをくれた。樹が縦に割れた。
「別にあんな顔させるつもりはなかったんだがな……」
 軽く自己嫌悪した。
「何であんな事言ったんだか……」
 戦場では何が起こるかわからない。
 ――友が敵として現れ殺し合うことだって。
 そう思ったらつい出た言葉だった。
「気にしてもしょうがないか……」
 そう言って、トゥーレは止まっていた足を動かした。目の前には樹海の中に溶け込むようにして建てられた木造の小屋があった。長い年月が建っているせいか周りの樹の成長で一体化しているようにも見える。
 一見小さく見えるが、中は広く簡易ベッドがいくつも置かれている。壁にある棚には古代ベルカの騎士が忘れていった携帯食や医療品が残されたままだ。
 古代ベルカの騎士が使用していた訓練場だと思われるこの管理外世界には似たような小屋が点在している。他には集合場所だと思われる人為的な広場があった。それら全ては時の経過で自然と見分けがつかなくなっているが、その手の知識があるものには当時の様子が簡単に想像できた。
 トゥーレは簡易ベッドに腰掛け、狙撃対策の為にプロテクションを張ってからディエチが自分を見つけるのを待った。
 
 当のディエチは先の場所から動かずに樹海を見下ろしていた。
 トゥーレを探していないわけではない。その高い観測能力でその場から動かずにトゥーレの居場所を探していた。
 ただ、あまり集中してできていない。先程のトゥーレとの会話が頭の中で反復される。
 ナンバーズの十三番目。計画には無かった異例の戦闘機人。その成り立ちからか他の姉妹とは色々と違う面が目立つ。
 身体、能力もそうだが特に精神的なところで違っている。
 生みの親であるドクターに対し平気で暴言を吐く。前に一度、声を上げて笑っていたドクターの背中を蹴っていた事もあった。
 ナンバーズはどちらもしないし、しようとも思わない。ドクターのやる事に疑問を抱かない。何より『敵になったら』なんて発想は普通できない。
 ドクターやナンバーズに敵意を抱いているのかもしれない。だけどトゥーレはドクターの命令は聞いているし、姉妹達との仲は何だかんだ言って良好だ。
 発言と行動が一致していないように見える。
「よくわからないな……」
 考えが堂々巡りし始めたその時、ディエチの知覚器官が魔力反応を捉えた。
「トゥーレ?いや、違う。これは……」
 空を見上げ、ズームレンズ機能を最大にする。
 空に黒いバリアジャケットを身に纏い、裏地の赤い黒のマントを羽織った金髪の少女がいた。

「この世界だね。バルディッシュ。魔力反応は?」
『魔法生物のものが多数。異常魔力反応なし』
「……そう」
 無人世界でもあるはずのこの管理外世界に大規模な魔力反応が管理局によって検知された。反応はすぐに縮小したものの、次元犯罪に関係あるのかもしれないと魔導師フェイト・テスタロッサ・ハラオウンを派遣した。
「このまま魔力探知を続けて」
『はい』
 フェイトは眼下を見回す。辺り一面緑で溢れかえり、海という表現が似合う。空に遮蔽物はないが、地上の探索は非常に困難だろう。
 とにかく、空を飛びながら魔力探知によって異常反応を探すしかないと判断したフェイトは空を巡回し始めた。
 その時、樹海からいくつもの影が飛び出してきた。
 四枚の翼を持つ蛇だ。人を丸呑みにしてもまだ余るほど口を開け、フェイトに向かって飛行してくる。
「……ハーケンフォーム」
 フェイトのデバイス、バルディッシュ・アサルトが変形し、垂直となったヘッドの部分から魔力刃が伸びた。

「うわぁ……速い」
 遠くの空で行われている戦闘に、ディエチは驚きの声を上げた。金髪の少女に襲い掛かった魔法生物は少女のスピードについていけずにあっと言う間に切り倒されていく。
 数分もしない内に戦闘は終了し、少女は何事もなかったかのように飛んでいく。
「どうする?撃つ?」
「撃つなよ」
 ディエチがモニターを出現させて問いかけると即座に返事が来た。
 モニターに映るのは木製の壁に寄りかかったトゥーレだ。
「その魔導師はこの世界の調査来ただけだろ。敵じゃない」
「私達を探しに来たのかもよ?結構撃ってたし」
「いや、確かにSクラスの砲撃しまくってたが……。違うだろ」
「何で断定するのさ」
「心当たりがある。何で訓練場としてここ選んだかわかるか?」
「いいや」
「魔法生物が異常発生してるんだよ。何食ったらネズミより繁殖能力が上がるのか……」
「つまり?」
「いくら撃っても沸いて出る」
「ふうん……それでどうするの?あの魔導師」
「ついでだから気付かれないよう潜伏する訓練でもするか」
「それはいいけど、そっち行ってるよ」
「――――は?」
 念話による通信でトゥーレの所在地が判明できた。そして、金髪の少女は明らかにトゥーレの居場所へと向かっていたのだ。
「…………あっ、プロテクションの魔力に気付いたのか」
「どうする?まだ撃ち落せる距離だけど?」
「だから撃つなよ」



 魔法生物とは違う魔力反応を感知し、その反応のすぐ近くまでフェイトは瞬く間に移動していた。先程の戦闘が無かったように疲れも見せていない。
 地上に降りてみると、目の前に小屋のようなものがあった。樹から小屋が生えてるのか、小屋から樹が生えてるのか区別できない。入り口らしき長方形の穴と、窓らしき正方形の穴があったから小屋と判別できた。
 魔力反応は小屋の中からした。
 フェイトは警戒しながら慎重に小屋の中に入る。小屋には光源がなく、入り口からの光でなんとか内部を大まかに把握できる程度だ。
 小屋の中には平行に二列に並ぶたくさんの簡易ベッドと、そこに座って本を開いている男がいた。
 黒い髪に、黒みの強い蒼色の眼をしたその男は小屋に入って来たフェイトに気付くと、本を閉じた。
「えーと、どちらさん?」

「あ、私……嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」
 少女、フェイトは明らかに不審人物の人間に対して丁寧に自己紹介をした。
「嘱託……管理局のか。それで、管理局の魔導師がどうしてこんな所に?」
(白々しい……)
(うるせえ黙ってろ)
 ディエチの念話をあしらうって、トゥーレはフェイトの顔を見た。どこかで見たことのある顔だった。
 プロテクションの魔力を感知されてしまったトゥーレは、ディエチに身を隠すよう言い、自分は一般人としてシラを切るつもりでいた。
 逃げようと思えば簡単に逃げる事は可能だったが、逃げてしまっては逆に怪しまれる上に魔導師が一人だけという保障は無かった。ならばいっそ見つかって一般人のフリをしようと決めたのだ。
 無理がある。しかし、わざわざ敵対する気も無いトゥーレはなんとか誤魔化そうとしていた。
「この世界に異常な魔力反応があって、それを調査しに来たんです。そういうあなたは?」
「ああ、俺?俺は観光」
(うわぁ……)
(だからお前黙ってろ)
 一体どこに魔法生物が大量発生している樹海に観光しに来る馬鹿がいるというのか。しかし――
「そうなんですか。でも、ここは危ないですよ」
 フェイトは信じた上にトゥーレの身を案じた。
(信じるんだ……)
(育ちが違うと人間こうも違うのかね)
「魔法生物ぐらいなら逃げ回れるさ」
「でも、やっぱり危ないです。送りますので、ついて来てください」
「…………」
 十歳程度の子供に大の大人が送り届けられるというのはどうなんだろう、と思いながらトゥーレは仕方なく腰掛けていたベッドから立ち上がった。一見ボーッとしているような少女だが、その瞳には強い光があった。
(この手にタイプは頑固だからな)
 稼働暦が二年にも満たないトゥーレは、まるで他に似たような人物を知っているかのようにそんな事を思った。
「そういえば、どっかであったか?」
 フェイトと共に小屋から出てから、トゥーレは先程から引っ掛かっていた事を聞いた。
「え?――――あっ」
 光源の強い外に出たことでトゥーレの顔がはっきりと見えた。その顔を見て、フェイトは思い出す。
「図書館にいた人……」
「図書館?……あー、あの時の」
 トゥーレも思い出す。ミッドチルダの図書館で法律の本を取ろうとしていた少女だと。
「あれ?確か訓練校の生徒って言ってなかったか?どうしてこんな所に……」
 卒業するには早いし、卒業したとしてもいきなり単独で管理外世界で任務というのはおかしい。
「速成コースだったので、もう訓練校は卒業しました」
「……その歳で速成コース。優秀なんだな」
「いえ、そんなわけじゃ……」
「いくつ?」
「え、と。十歳です」
「はあ、そうか……。もしかしてこの世界に一人で来たのか?」
「そうですけど、それがどうかしました?」
「いや、なんでもない」
 言いながら後頭部を掻いた。速成コースで訓練校を出た上に調査とはいえ管理外世界に一人で任務。優秀であるが故なのだろうが、トゥーレは十歳の子供がこんな危険な場所に仕事で来るというのに何となく不快感を感じていた。
「それでは、魔法で中継ポートに送りますのでじっとしていて下さい」
「ん、ああ、ちょっと待ってくれ。次元転送なら俺でもできる。実際ここに来てるわけだしな」
「はあ……」
「手間取らせたお詫びって言ったらあれだけど、魔力の異常反応、心当たりがある」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。だからそこまで案内する」
「でも、危ないですよ」
「魔法なら身を守る程度使える。こっちだ」
 そう言って、トゥーレは樹海の中をズンズンと先に進み始めた。フェイトは躊躇したが、小走りでその後を追った。





 ~後書き&補足~

 すいません嘘つきました。前回では今回戦闘するつもりだったのが、予想以上に文章量が増えたので前後編に分けて、戦闘は後編にあります。
 そろそろナンバーズ達との絡み書こうかな、と思い立って予定外の加筆していたら長くなってしまった……。そのまま投稿しても良かったかもしれませんが、前回までの文章量と比較しても長いと思ったので分けたんです。

 余談ですが、蓮タンと相性いいナンバーズって誰なんでしょうね?実は未だにイマイチ性格が掴めていないナンバーズが一部います。せっかくナンバーズ入りしているのだから、フラグ立てないでも今後ある程度各人関わりを持たせたいと思っています。




[21709] 五話 樹海(後編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/12 03:57

(いいの?あんな事言って)
(とっとと帰ってもらった方がいいだろ)
(そうかもしれないけど……)
 念話でディエチと会話しながら、トゥーレは慣れた足取りで自然の中を歩いていく。地面、というよりも樹の根の上を歩いていると言った方が正しい。
 時折、立ち止まりながら後ろを振り向く。
 トゥーレの背後ではフェイトがついて来ている。長い時間歩いているが、訓練校を出ただけあって体力はあるようだった。ただ、二人の歩幅に大きく差があった。
「大丈夫か?」
「はい、この位大丈夫です」
 確かに汗はかいているいるものの息は乱れていない。しかし、巨大な樹の根を歩くのは慣れていないようで、歩きにくそうだった。飛行すればいいのに、トゥーレに合わせて地上を歩くのは彼女の真面目さ故なのか。
 トゥーレも飛行してやればいいのに、悪いと思いつつ実力を隠して飛行しなかった。飛行魔法は先天資質がなくとも訓練によって会得できる。だが、それには時間も資金もかかる。管理局に登録されていない魔導師が飛べば怪しまれると思ったからだ。
「もう直ぐ着くからな」
「はい。……あの」
「ん?」
「お名前、まだ聞いてない…」
「ああ……、…………トゥーレ、だ」
 偽名を使おうか迷ったが、結局実名を言う事にした。
(いいの?名前教えてしまって)
(別に教えたって困るわけでもなし。別にいいだろ)
「トゥーレ、さん。トゥーレさんは魔導師なんですよね」
「管理局とは無縁だけどな。魔導師全員が管理局に所属するわけでもないから俺みたいなの珍しくもないだろ」
「はい、それはそうなんですけど……。トゥーレさんがあの小屋で使ってたの、プロテクションですよね?どうして防御魔法を?」
 狙撃対策とはさすがに言えなかった。
「いくら室内だからって魔法生物が襲って来ないとも限らない。念のため、休憩しながら防御魔法使ってたんだ」
「……そうですか」
「それがどうかしたか?」
「私、強い魔力反応を感知したんですけど、プロテクションにしては魔力が強かったような気がして……」
「…………」
(やっぱりトゥーレが一般人って無理があるよ)
(いちいち突っ込みいれんな)
「そうなのか。案外、魔導師としての才能高いのかもな。それよりもさっきから気になってたんだが、いいか?」
 それ以上突っ込まれないうちにトゥーレは話題変換を試みる。
「はい、なんでしょうか?」
「その格好、何?」
 トゥーレはフェイトの頭の天辺から足の爪先まで見る。斧のような形をしたデバイスは気になるが、両手でデバイスを持った金髪の少女は可愛らしく見える。しかしそれよりもトゥーレはその格好が気になった。
「へ?これはバリアジャケットですけど……」
「いや、それは分かってる。そのデザインだよ」
「はぁ……デザイン、ですか?高速機動用にデザインしてあるんですけど、何かおかしいでしょうか?」
「誰かの趣味じゃなくって?例えば紫色の髪した白衣の変態とか」
「違います」
「…………そうなのか」
(俺の姉連中の格好も大概だが、十歳でこの格好はありえねえ)
(なんだよ)
(まだお前らの方がマシだって褒めてんだよ)
「フェイト、だったな」
「は、はい」
「駄目だ。そんな歳からそんな趣味に走ったら。治すなら今のうちだ」
「え、え?何だか凄く心配されているように見えて馬鹿にもされてるような……」
「気のせいだ。それよりも、着いたぞ」
 適当に相槌をうって、トゥーレはその場所を顎で指し示した。
 フェイトが駆け足でトゥーレの傍まで来、その光景を見て息を呑んだ。
 目の前には緑一面の樹海とは違う、荒れ果て、砕け折れた木々は散乱していた。根元から巨大な樹が倒れ、その地面を顕わにしている。
 そして、むき出しになった地面には巨大な穴がいくつも蜂の巣状にできていた。
「これは……」
「あんまり近づくなよ。夜行性だから昼間は地面の中だが、何がキッカケで起きてくるかわからないからな」
「起きてくる?」
「この穴だらけの地面は魔法生物の巣だ」
「これ全部ですか?」
「ああ。魔力異常は多分こいつらが原因だ。異常発生してその数を増やしている。一箇所に集まって子を作る習性があるせいか遠くから魔力を感知するととんでもない魔力量に見えることもある。管理局が感知したのはそれじゃないのか」
「なるほど……」
「原因も解かった事だし。帰るか」
「いえ、先に帰って下さい」
「……なんで?」
「念のためもっと調査をしますから。この事、教えてくれてありがとうございます」
「いや、そんな頭下げられても……危ないぞ?」
「私、嘱託魔導師ですから。それに、こう見えても結構強いんです」
「いやいやいや、そういう問題じゃなくてな…………」
「…………」
「…………わかった。じゃあ、俺は帰るから」
 きっと、いくら言っても聞かないだろうと判断したトゥーレは溜息をつきながら顔に手を当てた。
(えっ?私はどうやって帰れば!?)
(後でちゃんと迎えに行く)
「ちゃんと暗くなる前に帰るんだぞ」
「はい」
 やけにはっきりとした返事に、トゥーレは逆に不安になった。



『ねえ、まだ帰らないの?』
「帰らない」
 次元転送により帰ったフリをして、トゥーレは戻ってきていた。そして、ディエチにフェイトの監視をするよう言い、自分は再び小屋の中にいた。
 壁の棚を開けては中の物を確認している。
「魔導師は?」
『まだ空飛び回ってる。何度か魔法生物に襲われてたけど、簡単に倒してたよ』
「そうか……もう日が暮れるってのに。っと、あった」
 トゥーレは棚から白い箱を見つけ、中を漁り始める。
「薬に消費期限ってあるのか?あるよなあ。大丈夫か、これ…………」
『さっきから何してるの』
 トゥーレの顔の横で表示されるモニターにはディエチの訝しげな表情が映ってる。
「念の為にな。あいつ、やっぱまだ帰らないのか?」
『帰らないね。でも、そろそろ終わりにするんじゃないかな。最後にトゥーレが教えた魔法生物の巣に向かってる」
「何?くそ、これなら教えなきゃよかった」
『そんなに危険なの?その魔法生物』
「単純な強さで言えば、そこそこ。だけど厄介で面倒な奴なんだよ……」
 トゥーレが後ろの出口を振り返ると、紅い夕日が完全に沈み、一瞬にして周囲は暗闇に支配された。

「やっぱり、ここが原因なのかな」
 あらかた樹海を飛び回って魔力反応を調べていたフェイトは最後にトゥーレに案内された魔法生物の巣の上空へとやってきていた。
 樹海に生息する魔法生物の数は確か多かった。しかし、管理局が感知するほど異常な魔力反応は見られなかった。
「危ないかもしれないけど、調べてみようバルディッシュ」
 トゥーレが言っていた事が本当なら、魔力異常の原因はこの巣の中にある。そう思い、フェイトは穴に向かってゆっくりと降下した。
 空は月の青白い光があるというのに穴は光さえも吸い込んでいるかのように黒く、深い。
 フェイトの爪先が暗闇に入ったその時、置くから四つの赤い光が煌めいた。
「――なっ」
『ディフェンサー』
 バルディッシュが防御魔法を自動使用。その直後、赤い四つの光がフェイトに迫り、フェイトの小さな体を大きく空へと弾き飛ばした。
 空中で体を回転させ、フェイトは体勢を整え、自分を攻撃してきた存在を見る。
 それは蛇の魔法生物だった。しかしその大きさはフェイトを幾度も襲った翼の生えた魔法生物の比ではない。穴から出したその首は巨大で、空に浮かんでいるフェイトにまで届いている。蛇、よりも龍に近い。
「これは……」
 空を飛ぶ自分を見下ろすのは魔法生物の赤い四つの瞳だ。それは完全に敵意の色に染まり、魔法生物の喉から威嚇するような唸りが聞こえてくる。
「……来る!」
 フェイトの言うとおり、四つ目の魔法生物がその巨大な顎を開き、襲いかかってくる。フェイトはマントを翻し、回転しながらその牙から逃れる。
『ハーケンフォーム』
 バルディッシュがカートリッジを一発ロード。ヘッドが持ち上がり本体と垂直になると、ヘッドから魔力刃が生成される。
 フェイトは横を通り過ぎる魔法生物の胴めがけて魔力刃を振り下ろして切る。
「っ!?硬い!」
 魔法生物の鱗が予想以上の強度を持っていた。金色の魔力刃は思うように通らず、浅く切っただけに留まった。
 痛みに暴れ回る魔法生物から距離を置くフェイト。それを魔法生物の首が追う。
 フェイトはその自慢の機動力で一気に距離を置くと、Uターン。再びデバイスを構え、魔法生物へと直進する。狙うは先程切り傷をつけた部分だ。
 向かってくるフェイトに対し、魔法生物は喉を膨らませ、口を大きく開いた。そして、喉の奥から大量の煙が吐き出される。
 一瞬にして視界を覆った煙にフェイトは目を細める。だがフェイトは煙の中を一気に突き抜け、魔法生物に肉薄、魔力刃を力の被り振り下ろす。
「はああっ!}
 最大の加速がついた魔力刃が魔法生物の胴を真っ二つに切った。
 魔法生物の首と長い胴が力を無くし、重力に従って落下する。
 フェイトはその様子を上空で見下ろす。その視線は落ちていく魔法生物を通り過ぎ、その下の地面に開けられた多数の穴を見る。
 穴からは赤い光がいくつも現れ、地面の底から唸り声が聞こえる。
『魔力反応増大』
「トゥーレさんが言ってたとおりだ……」
 穴の中から新たに這い出ようとする魔法生物に備え、バルディッシュを強く握ろうとしてフェイトは突然眩暈を覚えた。
「う……な、に…」
 眠気のようなものが襲い掛かり、急激に力が抜けていく。
 力を無くし、制御もままらなくなったフェイトが落下した。それを待っていたかのように穴の中から四頭の先と同じ魔法生物が姿を現した。その鋭い牙を見せ付けるように魔法生物達は口を開いた。
 バルディッシュが防御魔法を自律発動するが、あの巨大な魔法生物にどこまで持つかわからない。しかも落下予想地点は奴らの巣にある。
 その時、遠くの樹海から一条の光が放たれた。
 光は落下するフェイトに牙を向ける魔法生物をまとめて消し炭にした。脅威が取り除かれ、自由落下するフェイトに更に変化が起こる。
 赤い光を放つ魔力光がフェイトを包み、落下速度が低下し、ゆっくりと地上に――いや、男の両腕に抱きかかえられた。

(言われた通りに撃ったけど、私の事気付かれたんじゃない?)
(俺がやったと思わせればいい)
(Sクラスの砲撃、できるの)
(やった事はない。だけど、やれると相手に思わせれば十分だ)
 念話で会話しながら、膝を折ってその上にフェイトを乗せ、片手でフェイトの頭を持ち上げる。ポケットから小さなビンを取り出すと、蓋を開けて中身をフェイトに飲ませる。
「ベルカの騎士の置き土産だ。効き目があるかわからないが、無いよりマシだろ」
『ありがとう』
 バルディッシュが礼を言う。だが、トゥーレは無機質の声に警戒の色を感じとっていた。それに僅かに苦笑する。
「心配でな。あの魔法生物は即効性の神経ガス吐いてくるんだ。だが、少量しか吸い込んでないから、時間が経てば回復するだろう。高速で通過したのが幸いしたな」
 意思のあるインテリジェントデバイスとはいえ、弁明する自分に更に苦笑重ねてトゥーレはビンを投げ捨てる。
 フェイトの顔は赤く、呼吸は荒くなっている。だが、薬が効いたのかそれ以上の症状の進行はない。
「これで一安心、ってわけでもないんだよな」
 トゥーレの足元が大きく震えている。乱入者に対し、怒りを表現するかのように大地が震え、振動が地表に向かってくる。
「えっと、お前名前は?」
『バルディッシュ・アサルト』
「よし、バルディッシュだな。少し悪いがお前を使わせてもらうぞ」
 そう言ってトゥーレはフェイトの手からバルディッシュを取る。
 バルディッシュの宝玉が不満そうに点滅する。
「そう怒るな。主人以外に使われるのは不満だろうけど、お前のご主人様を守る為だ。力を貸してくれ」
『…………』
 その無言を了承と受け取り、トゥーレはバルディッシュを片手で構える。
(アレ、やるの?)
(ああ。さすがにISや凶器出すわけにもいかないからな。それに、ウーノからデータが欲しいって言われてる)
(なら、援護はいらないよね)
(そこで見てろよ)
 言って、力を入れる。
「バリアジャケットは――さすがにあれは無いから作るか。別枠で作るから安心しろ、バルディッシュ」
『――!?』
 珍しく驚きの様子を見せるバルディッシュ。それに合わせて地面から魔法生物の首が伸びた。その数は十数体。それら全てが鎌首をもたげ、自分達の巣の上に居座るトゥーレに敵意に満ちた眼で睨みつける。
「えっと、こうなって……。これが、あれで……」
 囲まれている状況の中、トゥーレは別段慌てる様子もない。
 それに怒ったわけではないだろうが、魔法生物達の内一体がトゥーレに襲い掛かる。巨体を生かした体当たりは人間が受ければ容易く潰され、半端な魔法防御では弾き飛ばされる。
 だが、それは球体のバリアによって逆に弾かれた。
 悔しがっているような魔法生物の雄たけびの中、トゥーレの体が赤い光に包まれ、一瞬にしてその姿を変えた。
 フェイトが普段しようするバリアジャケットとは違い、それは黒を基調とした軍服調のバリアジャケットだった。
 身を包む黒服は堅牢そうな色合いとは逆にスマートなデザインで動きを阻害するものがない。両手には白い手袋、左腕には赤一色の腕章がある。
 適当にイメージして即席で作ったバリアジャケットの感触を確かめるように両の手を閉じたり開いたりした後、トゥーレは左腕でフェイトを抱きかかえたまま立ち上がる。
 魔法生物達が一斉に動き出した。巨体に似合わないスピードで長い胴を動かし、トゥーレに挑もうとする。
「……フォトンランサー・マルチショット」
 バリアを解き、代わりに現れたのは三十を超えるフォトンスフィアだ。それらが槍型の魔力弾を一斉発射。狙いも何もない金色の魔力弾はマシンガンのような連続発射によって、周囲の魔法生物の硬い鱗に突き刺さり爆発する。
『――――』
 黙したままであるが、バルディッシュは戸惑っている。バルディッシュはフェイトのインテリジェントデバイスであり、当然彼女に合わせて調整が施されいる。バルディッシュの了承が得られたと言っても他者が簡単に扱えるものではない。
 しかし、トゥーレはバルディッシュのスペックを十分に発揮していた。
 トゥーレは周囲に魔法生物がいなくなると、飛行魔法により空を高速で飛んだ。それを追う影、地面から新たに出現する。
 水平になるほど顎を開き、魔法生物の一体が上昇するトゥーレ達を追って来る。
 トゥーレはその大きく開かれた口に向かってバルディッシュの先端を向ける。その先から圧縮された魔力の塊が一つ、いや、三つ生まれた。
「悪いが、巣は壊させてもらうぞ。――プラズマスマッシャー」
 環状魔方陣がいくつも生成され、発射された。三つの直射砲撃が追って来る魔法生物を焼き滅ぼし、地上に命中する。巨大な爆発が生まれ、まだ穴の中に潜んでいた魔法生物ごと巣を破壊する。
 トゥーレはその結果に目もくれずに水平飛行を開始した。
 バルディッシュは気付いていないが、今のトゥーレはバルディッシュを扱う為のデバイスと化している。スカリエッティが絶賛したトゥーレの体質、己自身がデバイスでもあり他のデバイスを使用する際に己の魔法資質をデバイスに合わせる事ができるのだ。同時に、例え意思のあるインテリジェントデバイスであろうと操る事ができる。
 水平飛行するトゥーレの真下、追従するかのように地面が揺れる。木々が揺れ、倒れ、地面が盛り上がる。その軌跡は何本にも伸び、トゥーレを追う。
「しつこいな……」
 バルディッシュをデバイスフォームからハーケンフォームへとカートリッジ無しで切り替える。
 地面から再び巨大な蛇の魔法生物が現れた。完全に敵と見なしたのであろう。その数は三十を超え、トゥーレの正面から扇状に広がっている。
 トゥーレはバルディッシュを回転させる。ハーケンフォームの魔力刃から多数の刃が射出される。射出される度に魔力刃が新たに生成される。
 高速回転により円状になった刃は次々と魔法生物へと襲い掛かる。更に、ハーケンフォームからザンバーフォームへと形態変化。
 目の前に迫る魔法生物の下を潜るように回避、回転し、大剣でその首を断った。
 自動誘導によるハーケンセイバーの刃が同様に魔法生物の胴を切り裂き、切り裂き切れなかった刃は突き刺さった状態で爆発する。
 次々と倒れていく魔法生物達の中、ある一体がトゥーレに向かってガスを吐いた。トゥーレはバリアタイプの防御魔法を展開、ガスの侵入を一切許さない。
 だが、ガスを吐き出し終えた魔法生物が、強く口を閉じた時に予想外の事が起きた。
 口を閉じた際に牙どうしの接触により火花が発生し、ガスに発火する。
「なっ――」
 ガスに囲まれていたトゥーレは大規模な爆発に飲み込まれた。
「くそっ」
 防御魔法に強く魔力を注ぎ込みながら、爆発の勢いに押し出され、トゥーレは中空で静止する。
「そんな事もできたんだな」
 その間にも魔法生物が更に増え、トゥーレ達を取り囲む。
『…………』
「……すっげえ不満そうだな。悪かった。やっぱり主の傍がいいよな」
 バルディッシュの感情をどう読み取ったのか、トゥーレは右手からフェイトを抱える左腕にバルディッシュを持ち変える。そして、ザンバーフォームの魔力刃を右手で掴んだ。
 魔力刃が手袋を裂くが、トゥーレの手は浅く切る程度だ。しかし、手の平と指から血が噴き出す。それでも構わず、トゥーレは魔力刃を引き抜いた。そのまま強く握り締め、大剣の形が長剣へと無理やり形を変える。
「お前は主人を守ってろ」
 刃の無くなったザンバーフォームからデバイスフォームへと戻し、バルディッシュを中心にフェイトを包むかのようにシールド魔法を展開。ガス対策の防御魔法も忘れない。
「一気に切り抜けるぞ。――サンダーブレイド」
 右手に雷の力を持つ刃と、左手に少女を抱えて盾を持ち、トゥーレは一直線に飛んだ。
 空に一条の雷の光が輝き、大地を照らした。



「ここなら平気だ。魔法生物はこの樹から出る臭いが嫌いで近づこうとしない」
『ありがとう』
 魔法生物達との戦闘を終えて、トゥーレは雲に届くほどの大樹の天辺まで飛行していた。
 太い枝の一つに抱きかかえていたフェイトを下ろす。
 フェイトの顔は先ほどと違い、ゆっくりとした規則正しい呼吸をして、顔色もよくなっている。この様子ならしばらくすれば目も覚めるだろう。
「じゃあ、俺は帰るよ」
 デバイスモードのバルディッシュをフェイトの横に立て掛ける。そこでふと思いついたのか、バリアジャケットの上着を脱ぐと、フェイトにかける。
 同時に上着以外のバリアジャケットが消失し、元のワイシャツとジーンズという格好に戻った。
 トゥーレは一度フェイトの汗を拭き取ってやると、立ち上がって枝から跳び下りた。

(悪い遅くなった)
(やっと終わったの?)
(ああ、今からそっちに行く)
(うん、わかった)
 トゥーレとの念話を終え、明かり一つない暗い森の中、ディエチは傍にあった樹の幹に寄りかかって座った。
 先の光景が思い浮かぶ。戦闘機人の観測能力でなくともトゥーレと魔法生物達の戦闘が凄まじいものだったと分かる。遠くからでも分かる程の爆発に地上から伸びる魔法生物の首。そしてそれを切り倒していく金色の光。
 そして、少女を守りながら戦うトゥーレの姿を思い浮かべる。
 ディエチの知る限り、トゥーレのあのような表情は見たことが無かった。厳しい表情ではあるが、トーレが妹達を叱る時に見せるもの似ているが違う。同時にチンクが時折見せる優しい表情とは真逆なのに感じが似てる。
 必死、というのだろうか。あの時見せたトゥーレの表情は。
 考えても結論が出ず、ディエチは首を傾げる。結局は、やはりトゥーレはよく分からないという結論に行きかける。
 その時、眼の体温察知器官が巨大な熱源を探知した。
 咄嗟にイノーメスカノンを手に取る。だが、地震のような揺れに手から落としてしまう。
 慌てて拾おうと手を伸ばした時、足元の地面が盛り上がってディエチの体が吹き飛ばされる。
「ぅわあぁぁっ!」
 地面に転がりながらも受身を取って立ち上がる。すると目の前には先程トゥーレが戦っていた魔法生物と同じ固体がいた。
「なっ……」
 しかし、その固体の大きさは一段と巨大だった。鱗も色素が薄く、牙も一際大きい。威嚇するかのように上げる魔法生物の鳴き声は耳を塞ぎたくなるほど大きい。
 取り損ねたイノーメスカノンは魔法生物の後ろに転がっている。なんとか、それを取ろうと足の動きだけでディエチは移動するが、魔法生物の方が行動は早かった。
 ディエチに向かい、顎を開き突進してくる。
 防御魔法を展開するが、魔法生物は防御魔法に喰らいついたまま離さない。それどころか徐々に防御魔法を圧迫し、守りを破ろうと牙が食い込んでくる。
 狙撃に特化したディエチの防御では長く保つ事はできず、いとも容易く破られる。
 目を瞑り、来るであろう牙に身を硬くした。
 が、予想したものは来なかった。代わりに何かが断ち切れるような音と、巨大な物体が自分の横を通り過ぎる風の動きを感じた。
「大丈夫か?」
 聞き覚えのある声に目を開く。
 そこには、首の無い魔法生物とその前に立つ、右腕をギロチンから生やしたトゥーレが立っていた。
 思わず後ろへ座り込んでしまうディエチにトゥーレが駆け寄る。
「おい、もしかしてどこか怪我したのか」
 トゥーレは心配そうに上からディエチの顔を覗き込んでくる。
「……あっ、うん、ちょっとびっくりしただけ」
「そうか。お前、油断し過ぎ」
 そう言いながらも、トゥーレの顔は安堵した表情になる。それも一瞬で、すぐにいつもの表情に戻る。
「ほら、掴まれ」
 差し伸ばされた手をディエチは掴み、立ち上がる。トゥーレのギロチンは既に消えていた。
「……ありがとう」
「まったく、気をつけろよ」
 ディエチから手を離すと、トゥーレは後ろの魔法生物の亡骸へ振り向いた。
「デカイな、この魔法生物。もしかすると、群れのボスだったか?」
 体の端から魔法生物は砂のように消えていく。
「ん?これは……」
 消えていく魔法生物の中から、ある物を見つけ、それを摘み上げた。
 それは、赤い宝石のような物質だった。





 ~後書き&補足~

 一応、戦闘描写頑張って見たけどどうですかねえ?っていうか、なのは世界に合わせて戦闘機人化させて力も一部のはずなのにトゥーレってば強過ぎにしてしまったような気が……。
 魔法を操れる分、汎用性が上がって逆に隙が無くなったような……。どうする、機動六課!?
 機動六課強化として今後の案がいくつかあるのですが、まだ決めかねています。下にその一部を表記。

 ①トゥーレのうっかりで機動六課パワーアップ
 ②パラレルワールドの司狼が機動六課入り
 ③新たに他作品のキャラをなのは側に味方させる
 ④なのは世界順守の聖槍十三騎士団が登場(マテ
 ⑤天狗道現る(モットマテ

 ①はトゥーレのうっかりで機動六課の経験値がアップしたり熱血バトルみたいに猛特訓で強くなります。②はDies世界の司狼とよく似たパラレルの司狼を登場させます。デジャブは無いですか厨二っぷりは健在。なんでもハイレベルでこなせるので多分魔導師としても優秀だと思います。何より一人増えただけでも戦力は底上げされますから。③はトゥーレに対等に戦えるキャラを他所の作品から引っ張ってきます。(例:デモベの九朔&紅朔
 ④、⑤はネタです。本気にしないでください。④は②のようにパラレルなキャラ扱いすればできそうではありますがヤバイ予感しかしません。⑤は論外。



[21709] ウーノの日記?
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/16 06:09
 
 皆様はじめまして。ドクターこと世紀の大天才ジェイル・スカリエッティの美人秘書、ナンバーズの一番ウーノです。
 ドクターの脚本通り挨拶したのですが、何か問題ありましたでしょうか?
 トゥーレが誕生してから早一年になります。ナンバーズ初の男性型であるため、ナンバーズとして上手くやっていけるのか不安でしたが、どうやらそれは杞憂のようでした。仲は概ね良好。
 ただ、本人の性格故に時折騒ぎを起こす事もありますが。

 さて、いきなりですが今回はトゥーレ誕生から一年間のナンバーズの様子を振り返ってみたいと思います。



 まずは№2のドゥーエ。彼女は今現在長期の潜伏任務に就いている為にアジトにおりません。任務の内容が内容なので、詳しい事を知っているのはドクターを除き、ナンバーズでは私とトゥーレだけです。
 アジトから離れる為に調整を受けられないドゥーエの為にトゥーレが物資運搬。他にも連絡役として活動し、私がドゥーエの得た情報を整理します。
 そういえば、ドゥーエが潜入任務に就く前夜、しばらく会えない事からドクターが飲み会を開くという提案をいたしました。さすがのお心遣い。
 トゥーレを買出しに行かせて、その夜パーティーは行われました。妹達が危険な任務に赴くドゥーエに言葉を送ったり、ドクターがこっそり練習していた手品を見せてくださいました。
 そんな中、一人だけ空気読めないというか、空気読まない人物が一人。

「二度と戻って来んな」

 ビールをジョッキでグビグビ飲んでいたトゥーレがそんな事を言いました。
 おかげで感動ドキュメンタリー物だったパーティーの雰囲気が一気に白け、ドゥーエとトーレによる弟折檻ショーが始まりました。

「お前はどうしていつもそんな事を言うか」
「止めろ、ボディは止めろ。お前どうしてそんな体育会系のノリでボディブローしてくる。女捨てすぎだろ」
「あら、反抗的な態度ね。ゾクゾクするわ」
「お前もお前でピアッシングネイルで眼をピンポイントで突付くな!刺さらなくても痛ェ!!」

 トゥーレが反抗的なせいか折檻の時間は伸びに伸び、更にその後でチンクのお説教タイムを受けていました。どうしてそうなると分かっててやるのでしょうか、あの弟は。



 №3のトーレは訓練に余念がありません。ナンバーズで初の前線向き戦闘機人だけあり、経験豊富でその戦闘能力はナンバーズの中でも屈指のものです。
 トゥーレのISと戦闘能力が分かると更に己を鍛え上げているようで、このまま本当に女として何か捨ててしまうんじゃないかと姉として少し心配です。
 自分にも他人にも厳しいながらも大雑把な彼女でも、さすがに自分以上の加速をする弟の存在は無視できなかったようで微妙にトゥーレをライバル視しているようです。
 それも仕方無いかと。移動による加速だけならまだしも、弟は運動性能など体の動きそのものが加速されているわけですから。しかしトーレはその感情を己の能力の向上に繋げているようなのでさすがと言うべきかと。
 同じ前線、近接戦闘タイプからかチンクと、ついでにトゥーレとよく訓練しています。しかし、トゥーレはよくサボります。その度にナンバーズ上げての大捜索&捕獲作戦が開始されます。実はそれが訓練なのではないかと思うほど本格的です。

「なあ、お前らそんなに弟虐めて楽しいか?グレてもおかしくないレベルだぞ」
「お前がいつもいつも逃げるからだ」
「そうよ~。トゥーレちゃんが訓練サボったりするからよ」
「…………前にもこんな会話したな」

 トーレもその訓練? を経て、自分と同等以上の速度を持つ相手との戦闘経験と加速機能の効率化により高速機動の底上げに成功。更にはドクターのトゥーレ素体構造解析による肉体のバージャンアップで更に加速が可能に。
 ……なんだか弟ありきな感じがしますが、高速機動戦を得意する者同士影響し合うのは当然の事。



 №4クアットロ。彼女は最近後方指揮の勉強をし始めました。共に情報処理を行っていたので、彼女の分析力と『幻惑の銀幕』があれば非常に優秀な後方指揮官になれるでしょう。
 ただ、トゥーレがクアットロの勉強中によく横やりを入れてきます。的を得ていたり得てなかったりする指摘をするので、邪魔かどうか判断し辛いです。
 これはその一部なのですが、クアットロが戦略シミュレーターにてあそ――練習している時なんか、いつの間にか自作したユニットとAIをコンプュータの中に入れてクアットロをボコボコにしていました。

「トゥーレちゃん、シミュレータに訳の分からないデータ入れるのやめてくれるぅ?」
「何でだよ。やり応えあるだろ?」
「こんな時代遅れの質量兵器を仮想敵にしても意味ないわよ」
「フッ、勝てない癖によく言う」
「………………」
「………………」

 見詰め合って仲が良い様で。ちなみにトゥーレが作ったユニットは爆撃機と戦車でした。AIが変態性能なのか、やたら避けてたくさん撃ち落します。爆撃機で空戦魔導師沈めたり、一発で複数の陸戦魔導師を倒すというのはどういう事でしょうか?
 トゥーレはよくあるとか言っていましたが……。



 №5チンクはナンバーズの中で一番小柄です。きっとこれからもそうであり続けるでしょう。え? 伸びませんよ? というか、伸ばさせません。
 クアットロよりも稼働暦が長く、冷静な性格でいて面倒見の良い性格なので次に起動予定の妹の教育係にする予定です。
 施設破壊や殲滅戦に適し、前線組だけあってトーレ、トゥーレとよく訓練しています。しかし、二人とも背があるので時折鬱ってたりしています。クアットロとトゥーレがよくその低さをからかっては挙動不審に陥ったりと見ていてかわ――哀れです。
 トゥーレは口に出さずに小さい事を指摘するので、なんとも苦労しているようです。例えばアジトのライブラリーにて――

「悪いんだが、そこにある赤い本取ってくれるか?チンク姉さん」
「――ッ!? 初めて弟に姉と呼ばれた! 姉に任せろ、この本だな! ――ヌッ! ――ッ、――ッ!」
「………………」
「――ッ、――ッ、――ッ!」
「………………」
「……ん? チン姉、なに跳ねてんの? トゥーレも何で無表情で見てんの? チン姉じゃ届かないんだから代わりに取ってやりなよ」
「~~~~ッ!?」

 トゥーレは至極真面目な顔で人をからかったり爆弾投下してくるので対応し辛いところが厄介です。そして純粋なチンクはそれにいつも騙されています。



 №6のセインはいつもはしゃいでいます。壁や床をスルーしています。突然変異によって生まれた貴重なIS『ディープダイバー』という無機物に潜れる彼女は隠密性に優れ、敵地に侵入し要所を制圧する事に優れています。まあ、レア度は弟の方がレアなのですけど。
 火力が足りない所は道具でカバーしています。最近になってトゥーレからトラップの仕掛け方を教わっているようです。ただ、アジトに仕掛けたままにしておくのは止めてほしいですね。前にトーレが引っ掛かってセインが怒られていました。
 最近では料理にも凝っているようです。トゥーレが外に行く度にお菓子をねだって悉く期待を裏切られるのでとうとう自作し始めました。まだ形が不揃いだったりしますが、ドクターのお茶請けに使える程度には成っているので賞賛します。
 
「トゥーレ、トゥーレ! クッキー焼いたんだ。食べてみてー」
「はいはい。――もぐ…………すっげえ辛いんだが?」
「やーい引っ掛かったー。これも罠の一つだよねえ」
「…………トーレにセインからの差し入れだって渡してくる」
「ああぁっ、止めて止めて! 謝るからそれはやーめーてー!」

 トゥーレとは仲が良いようで偶に悪戯を仕掛けますが、直ぐに反撃を受けるという事は中々学習しないようです。



 №10、ディエチ。一点特化の為、ナンバーズの十番にしては早い稼動です。強力な砲撃と観測能力により後方からドッーン、とヤってくれます。
 単純ながら強力なので戦力として申し分ない筈なんですが、トゥーレに言わせるまだまだなそうで。トゥーレは絶対に当てろとか、当てたら塵も残さず消し去れとか十代前半の子供みたいな事を言っています。
 このままじゃ砲撃(笑)と言われるぞ、など意味不明な事も。ディエチは渋々といった感じで素直に言う事を聞いています。
 最近では、何か思い悩んでいるようでボーッとしている事が多く、セインの回収し忘れたトラップに引っ掛かっています。トゥーレに相談している事があるらしく、偶には私に相談して欲しいですね。

「よし、ディエチ。今からイノーメスカノンの耐久力テストを始めるぞ。すげえ面倒臭いが」
「それはわかったけど……何で野球で? っていうか、鉄屑をボール代わりにするのはどうかと思う」
「その辺に浮いてたから。それよりも行くぞ。通路狭いから外すことはないだろ」
「私に当たりそうで怖い――っていきなり来た!?」
 ――――ガンッ!
「…………折れた」
「――おい、変態。全然駄目じゃねえか。作り直せ」
「うわぁ、メチャクチャだこの人」

 それ以後、狙撃砲で打撃もできるようになったとか。



 と、まあ現在稼動中のナンバーズは以上です。え? トゥーレですか。あの子はどこにでも出て来たので省きます。あえて言うなら本読んで遺跡巡りして訓練をサボっています。あんまりサボっていると姉は怒りますよ?

「ウーノ」
「あら、どうしたの? 煤だらけじゃない」
「トーレとチンクで模擬戦。殺されるかと思った」
「飄々としてる癖によく言うわね。それで、何か用?」
「換えの服がない。この際スカリエッティのでいいから服貸してくれないか?」
「サイズが合わないわ。でも、この前貴方の予備用に買った服があるわ」
「気が利くな。じゃあ、それくれ」
「――はい」

 トゥーレは私から受け取った服を受け取り広げると、凍りつきました。

「おいテメェふざけんな」
「似合うと思うわよ?」
「男がミニスカ似合うわけないだろ!! つうか、カメラ用意してんじゃねえ!!」





 ~後書き&補足~

 番外編みたいなもの。だからウーノがちょっと変です。鈍器になるライトノベル買って読んでいたのでその影響かも(責任転嫁)。
 転ぶ嫁と書いて転嫁。昔の人がよほど女性に苦労されたんでしょうか。トゥーレみたいに。



[21709] 六話 十三番目
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/16 23:53

 空戦用訓練スペースにて、風を切る音が幾重にも重なる。その音を作り出しているのは高速で空中を動き回る二つの物体。
 魔導師と機械の融合により驚異的な戦闘能力を誇る戦闘機人だ。エースと呼ばれる空戦魔導師さえも凌駕するスピードで二人は互いに連撃を繰り返す。
 そう、連続で攻撃しているのだ。飛行魔法による空中戦闘をよく知るものには信じられない光景だ。足場のない空中では姿勢も取りづらく、近接戦闘に重要な足腰の溜めができない。その為、空中での接近戦は擦れ違い様に一撃を入れるか鍔迫り合いになる程度だ。
 しかし、今空中で戦っている二人は時折空中で静止し、どちらかが一方を追尾しながら、なんと格闘を行っている。

「うわー、何か漫画みたい」
「こんな異色な戦い方、他の人見たら驚くだろうなあ」
 トーレとトゥーレの様子を観戦スペースで仲良く体育座りして見ているセインとディエチ。二人の体は爆発に巻き込まれたかのような状態だった。
「そもそも、こんな戦い方は想定していないだろう。空戦魔導師の天敵だな」
 その後ろではチンクが一人立っている。座っている二人と違い、多少の傷はあるがほぼダメージは無いと言っていい。

 空中での静止や急旋回は大きな隙が生まれる。格闘による連撃など踏みしめる地面が無いとろくにダメージにはならない。そんな攻撃をしていれば相手に付け入る隙を与えてしまう――はずなのだが、どういうわけか静止している時以外はスピードが遅くなる事は無く、それどころか連撃の一つ一つが大きな威力を誇っている。
「――ストライカー級の魔導師?」
「そうだ。秘匿命令を受けた部隊を統べる隊長だ。それが最近我々の事を嗅ぎ回っていてな、もしかするとプラント施設を見つけてしまうかもしれない」
「あの施設か。別に今更一つや二つどうって事ないだろ」
「そうなのだが、さすがに調子付かせるのも癪だ。それにクライアントの意思もある」
 信じられない光景を生み出している二人は、平然と会話などしている。
「クライアント? ああ、アレか。デカくなり過ぎた組織には大抵いるもんだよな」
 言いながらトゥーレが右ストレートを放った。空中でありながら速く、鋭く、力強いものだ。
 トーレはそれを両手で受け止め、同時に身を捻りながら右足によるハイキックを行う。だが、トゥーレは左手で受け止め、弾くとトーレの足元を潜り抜けて立ち上がり様に拳を放った。
 どちらも、地上で行っているかのような動きだ。
 トーレの場合、それは力技でなしている。基礎フレームの駆動骨格の間接部位を部分的に動かし、手足の加速装置によってスピードを上げる事で可能にしている。損耗の激しい動きで、例え戦闘機人でもそんな事をすればすぐに各部位が壊れてしまう。最高の肉体強度と強固な基礎フレームを持つトーレだからこそできる荒技だ。
 反して、トゥーレの場合は反則技だった。彼は今、己のISを使ってトーレのライドインパルスに対抗しているのだが、そのISが問題だった。
 犯罪者ではなければ偉大な研究者として名を残すであろうジェイル・スカリエッティによれば、IS発動中のトゥーレの時間軸と通常我々が過ごす時間軸とは長さが違うらしく、通常の時間軸にいる者にとってトゥーレが加速しているように見えるが、トゥーレからして見れば我々が減速しているように見える。当然だ。一人だけ違う長さの時間を行動していれば周りが遅くなったように見える。彼にとってスローになったのは人や物だけでなく、現象も同様に減速している。重力に従って落下する物体も然り。
(などと、ドクターは説明してくれたが、さすがにこれは見ていても信じられる光景ではないな)
 急旋回し、距離を離すトーレ。トゥーレはそれを鋭角に軌道を曲げて追いすがって来る。無理な方向転換は急な停止が必要で、とても相手に追いつける程ではないはずなのに、トゥーレは付いて来る。
 方法は簡単だ。足場を作って蹴ったのだ。トゥーレが方向転換した空中から、小さく透明な物体が勢いよく落ちる。
 遥か下の床に落ちたそれは、手の平に収まる程度の氷だった。他にも床には大量の氷が落ちている。これが、トゥーレの空中戦に用いる足場だ。
 空中に浮かせているわけでもない魔力で作ったただの氷。本来足場などにはできない。氷共々落下するのが普通だ。しかし、IS発動中のトゥーレは自分以外の時間をおいていく。落下していく氷はトゥーレにとって十分に力を込める事のできる足場となる。
「はあっ!」
 インパルスブレードでの斬撃を、トゥーレはステップでかわした。
「まったく、空を飛んでいる私が馬鹿に思えてくる」
 トーレが駆動骨格を使ってどんな体勢からでも、例え無動作からでも手足を動かせるようにしたのは、空戦としてありえない動きをするトゥーレに対抗する為だ。今現在十分に戦っているように見えるが――
 互角のように見えて、トーレは始終押され気味だった。つまり、これだけ強化してもまだ自分は末弟に届いていない。
 そう思考すると、トーレは何だかもの凄く腹が立った。
「うおっ、危ねえ!」
 インパルスブレードがトゥーレの首筋を掠めた。
「俺を殺す気かよ……」
「――チッ……避けていたじゃないか」
「その前の舌打ちはなんだコラ」
『二人とも、今日はここまでにしよう』
 二人の間にチンクの映ったモニターが割り込んで来た。
『こちらの訓練はもう終わっている。続きは明日にして休もう』
「あー、もうこんな時間か。結局一日中トーレに付き合わされたな」
「たまにはいいだろう。お前はすぐに怠ける癖がある」
「はいはい」
 二人は腕を下ろし、並んで訓練スペースを出る。通路にはチンク、セイン、セッテが待っていた。
「お疲れ様ー」
「ああ。お前達もな」
「チンク姉に殺されるかと思った……」
「姉はちゃんと手加減したぞ」
「俺の方は殺意満々だった」
「殺すつもりはない。壊す気だったがな」
「どうしてくれようこのDV女」
 五人はゾロゾロと廊下を歩いていく。
「それにしても最近訓練ばっかりで飽きてきたなあ」
「そう言うな。これから忙しくなる」
「訓練中に言っていた事か?」
「ああ。例の部隊と交戦もありえるかもしれん」
「へ? 二人とも会話なんてしてたの?」
「全然聞こえなかった」
「ふーん。もしそうなったら誰が出るんだ?」
「前線には私とチンク、それにトゥーレ、お前だ。対魔導師戦は初めてになるか?」
 トーレは後ろを振り返り、トゥーレの顔を窺った。
「本当にその部隊とやるならな」
 そう言いながら、トゥーレは首の切り傷を撫でた。そんな事よりも傷の方が気になると言った様子だ。
「稼動中のナンバーズの最高戦力総出かあ。楽勝じゃない?」
 セインが楽観的に言う。
「そうでもない。姉達でもさすがにストライカー級の魔道師と戦った事はない。複数で当たらなければ危険かもしれない」
「チンクの言う通りだな。それに管理局は組織だ。そいつだけじゃなくて部隊で来るはずだ。俺達総出で戦わないと逆に勝算はない」
「総出なら、私達は?」
「お前やセインは直接戦闘は苦手だからな。相手がプラントを狙っているならおそらく室内戦になる。お前の得意な狙撃もできないだろう」
「……なるほど」
「隊長格と部隊を引き離して数人掛かりで各個撃破するのが理想だが、後衛はやっぱりクアットロなのか、トーレ?」
「………………」
「どうしたお前ら?」
 いつの間にか先頭にはトゥーレとディエチが並んで歩いており、他の三人は立ち止まってトゥーレの顔を凝視していた。
「トゥーレって頭良かったんだ」
「はあ?これぐらい誰でも考えるだろ」
「いや、正直私も以外だった」
「姉もだ」
「お前ら全員まとめて良い度胸してるな」

「ドクター。オモチャの方、調整終わりました。後は実戦データ取るだけですね~」
 トゥーレが姉達を睨んでいる頃、アジトの別の場所ではスカリエッティとウーノ、クアットロがいた。彼らの目の前には複数の足と鎌の腕を持つロボットが鎮座していた。
「ああ。AMFがあるとはいえ、組んだプログラムがどこまで魔導師に通用するかテストしなければね。まあ、二、三人戦闘不能にできれば上出来という程度だろうね」
「Ⅰ型は既に量産体制に入っています。そちらのデータはいかがしますか」
 ウーノが鍵盤のようなコンソールを指先で叩く。すると、カプセル型の機械とそれの生産工場が映し出された。
「クアットロの実験には間に合わないだろうから、次の機会に運用するさ。計画は順調かい?」
「ええ、順調です。と言っても、丁度管理局の武装隊が異世界で任務を行うようですから、その帰り際にちょっかい出す程度ですけどね」
「一人で大丈夫? クアットロ」
「大丈夫ですとも~。後方でオモチャの性能を確認するだけですから。何より、ドクターが作ってくれたシルバーケープもありますしね~」
 クアットロはそう言うと、体を一回転させた。クアットロの動き合わせ、白いケープが舞う。薄地ながらもステルス性能と対魔法攻撃のある後衛向きの武装だ。
「ただ、もう一つの方が不安と言えば不安ですね」
「例の部隊の事かしら?」
 新たなモニターが表示される。そこには秘匿命令を受けたと思われる部隊の詳細と、その隊長の姿が映っていた。隊長は大柄な男で、手には槍型のデバイスを持っている。更にその横に彼の戦闘力について詳細なデータが載っている。
「確かに彼らと対峙するのは危険が大きい。だが、私は私の作品達が負けるとは思っていない。オモチャの方も量産できている頃だろう」
「それは信用していますが、№13がちょっと不確定要素で……」
「あら、どうして? 彼の強さは知っているでしょう」
「そうなんですけど~。彼、ドクターに反抗的な所があるじゃないですか。研究の方も快く思っていないようですし」
「彼が裏切ると?」
「そこまでは言いませんけど~。…………あまりこういう事は言いたくないのですが、ドクターは何故トゥーレをナンバーズに?」
 トゥーレの機体構造は確かにスカリエッティの戦闘機人のものではある。しかし、スカリエッティの理論を更に昇華させた機体でもあった。何よりトゥーレは製作過程から調整まで一切スカリエッティの手が加えられていない。
「そうだね。確かにトゥーレは私の作品とは言えないだろうね。だが彼は約束してくれたのだよ」
「約束、ですか?」
「ああ。彼が誕生してすぐに行った検査の時、二人っきりで話す機会があってその時にね」
「それは私も初耳ですね。一体どのような話を?」
「なに、私の夢を話しただけさ。トゥーレは私のやり方に不満を抱きはしても、私の願いは肯定してくれた。そして一つ約束してくれたよ。私の願いが叶うか、潰える時まで協力してくれると」
「それでナンバーズに?」
「そうさ。ナンバーズは私の作品であると同時に理解者だ。故に、私の願いを理解し協力してくれる彼は番外とも言える13番目のナンバーズなのさ」





 ~後書き&補足~

 最初の、トゥーレのISの活用法の説明で大分困りました。端的に言うと飛行魔法とISを併用してついでに魔法で足場作ってるだけなんですけどね。
 空にぶっ飛んだ馬鹿でかい瓦礫の上を走るアクションとかゲームやアニメでよく見ますが、自分よりも明らかに軽くて小さい物体の上を飛び跳ねるってあまり無いと思います。
 ただ、一人だけ時間軸違うならできるだろうと思ってそんな空中戦を表現してみました。Dies原作でもやってたはずだし。
 まあ、あの世界では水の上普通に走ったりしますし、中には手足の動きだけで衝撃波起こして空中移動するデタラメな白い子がいたりしますからね。

 今後の予定としては、なのは達との絡みや、聖王教会との関わりも書きたいと思っています。六課強化案もいくつか思いつきましたしね。
 ただ、聖王教会のカリムとかカリムとかシャッハ、ヴェロッサの年齢が分からぬ……。



[21709] 七話 VSゼスト隊(前編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/21 01:33

 ゼスト・グランガイツは自分のオフィスにて書類仕事に精を出していた。
 背筋を伸ばし、厳しい表情でデスクワークをこなす彼は管理局の制服もあって軍人または騎士然とした雰囲気を持っていた。
 書類もある程度片付いた頃、来客を知らせるメッセージとモニターが電子音と共に彼の目の前に現れた。
『クイント・ナカジマ、メガーヌ・アルピーノ、両准陸尉入ります』
「……ああ」
 短い返事の後、扉が開き、二人の女性が入ってきた。二人はゼストが座る机の前に並び、敬礼する。
「二人に来て貰ったのは――」
「例の戦闘機人プラントですね」
 ゼストの言葉より先にクイントが核心を言う。
「上から圧力が掛かっているようで、ゼスト隊長は完全に抑え付けられる前に捜査したいところですか?」
「……話が早いな」
「まあ、圧力云々はメガーヌが調べた事なんですけどね」
 そう言ってクイントは朗らかに笑った。隣のメガーヌも微笑みを浮かべながら手の平で宙を撫でるようにモニターをいくつも表示させる。
 モニターにはプラント施設と思われる場所と、その根拠や周辺地域の情報、そしてその施設に送られていると思われる資源ライン等の情報が詳細に映し出されている。
「状況証拠ばかりですが、突入捜査するには十分かと思います」
「つくづく優秀だな。助かる」
「いいえ。せっかく苦労して捜査して来たのに、理由も分からず打ち切りされてはせっかくの苦労が水の泡ですからねー」
「あの子達の為にも戦闘機人の研究やってる犯罪者を捕まえたいですから」
「しかし、いいのか?」
「何がですか?」
「私が今回行おうとしている突入調査は危険だ。施設の内部情報もそこを稼動させている組織についても未知数だ。子供のいるお前達には――」
「それ以上言うのは無しですよ、ゼスト隊長。私達は生半可な気持ちで捜査官なんてやっていません」
「そうですよ。それに、私達が抜けては逆にゼスト隊の危険が増えます」
「そうか……すまないな。そしてありがとう」
 そう言うゼストの表情は始終変わらず厳しいものだったが、視線は柔らかいものがあった。

「機嫌が悪そうだな、トゥーレ」
 自分の固有武装の点検をしながら、トーレは隣に座るトゥーレを見た。
 トゥーレは武装のチェックに余念の無い姉と違い、弟はいつもと変わらないラフな格好で、本を読んでいた。
「そうか? いつも通りだとは思うけどな」
「ディエチが怖がっていたぞ。セインでさえしばらくお前に気を使っていた」
「……そうだったのか。悪い、気をつける」
「クアットロが任務に帰ってきてから……いや、その後に戦闘データを見てからだな」
「別に……それは関係ねえよ。たまたま虫の居所が悪いだけだ」
「……そうか」
 二人は今、アジトとは別の場所にいた。明かりのない暗闇の、二人以外誰もいない部屋には埃の溜まったコンピューターがあり、壁の一面はガラス張りとなっていた。ガラスの向こうには広い空間の中に多数の生体ポットが規則正しく並んでいた。
 部屋の扉が開き、灰色のコートを羽織ったチンクが入ってきた。
「二人とも、そろそろ時間だ。配置につこう」
 座っていた二人は立ち上がった。
「シェルコートの調子はどうだ?」
「問題はない。トゥーレも姉達のように武装を作ってもらったらどうだ?」
「俺はいらない。元から頑丈だし、武器なら最初から持ってるからな」
 トゥーレは本をしまう。
「そうだったな」
 その時、三人の前にモニターが現れた。
『みんな~、そろそろ例の部隊が到着しますよ~」
 別の部屋にいるクアットロが映っている。その背後には大量のロボットが並んでいた。
「こちらも準備は出来ている。後方指揮は任せたぞクアットロ」
「お任せくださ~い。お姉様方も頑張ってくださいね」
 言い終わると同時にモニターが消えた。
「ゼスト隊……確か、ノーヴェのオリジナルもいたな」
 トゥーレはまだ稼動前の姉の姿を思い浮かべた。
「ああ。陸戦ランクAAの魔導師だ。もう一人AA級がいるな」
「オーバーSにAA級が二人。地味に厄介だな。……何か嫌な予感がする」
「作戦通り行けば大丈夫だ。姉達を信じろ」
「信じてないわけではないが……。まあ、言っててもしょうがないか。配置につく」



「何か……すごい不気味なんだけど」
 クイントが周囲を警戒しながら、呟いた。
 戦闘機人プラントと思われる施設に潜入したゼスト隊。その道中は容易いものであった。施設内のセキュリティなどは働いていたが、簡単に突破できるものであり、ゼスト達にとっては拍子抜けするほどだ。
 クイントの隣にいるメガーヌもこの状況をおかしいと思っているのか、厳しい表情だ。
「罠かもしれないわね。どうします? ゼスト隊長」
「…………」
 ゼスト自身この状況に違和感を感じていた。しかし、これを逃せば何時調査を止めさせられるか分からない。せめて、何かしらの手掛かりを掴みたいところだった。
「ゼスト隊長。この先が中心部のようです」
 部下の魔導師の報告に、ゼストはとにかく中心部を制圧し情報を入手しようと決めた。
 そのまま先に進み、大きな扉をこじ開ける。
 ゼストとクイントを戦闘に、ゼスト隊は施設の中心部に侵入した。

『さあて、罠だと知らずに捜査官達がやってきたわよ』
「いや、罠だとバレてるだろ」
『トゥーレちゃん、どうしていつも興が削がれる事ばかり言うのかしら?』
「さあな。とにかく、来たんだ。任務開始だ」
『それ、私のセリフ~』
「知るか」
 多脚型とカブセル型のロボットが起動する。
 トーレは何時でもライドインパルスが発動できるよう準備し、チンクがスティンガーを指の間に挟んで構える。そして、
「ボア・ド・ジャスティス」
 トゥーレの右腕にギロチンが落ちた。

 中心部に辿りついたゼスト隊が見たものは、等列に並べられた生体ポットだった。しかし、中身が無い。
「やられたわね。もう撤去した後だったなんて」
「いえ、これは……」
 メガーヌがポットや床の指先でこすると、大量の埃が付着していた。
「……撤退するぞ」
 ゼストが槍型デバイスを構えるのとソレが来たのはほぼ同時だった。
 天井から多くの鉄の塊が落ちてきた。空の生体ポットを踏み潰し、ゼスト隊を取り囲む。それは多数の足を持った蜘蛛を思わせるロボットだ。カメラアイが動き、胴体についた鎌を振り上げる。
 振り下ろされた鎌を避け、隊員達が一箇所集まって円陣を組む。
「何こいつら!? 突然現れたわよ」
「まだ来るわ!」
 蜘蛛のロボットの背後から、隠れていたのか今度はカプセル型の浮遊するロボットが多数現れ、ゼスト隊に向かって突進してくる。
「はあぁっ!」
 ゼストが自分に向かってきたカプセル状のロボットに向け、槍を突き出した。
「っ!?」
 ロボットに槍が命中する直前、槍の穂先にかけていた強化系の魔力付与が突如消失した。ゼストは魔法の効果が消えるのに気付くと、槍を引き、回転して石突の部分でロボットを突き飛ばす。カプセル型のロボットは装甲を歪ませ、蜘蛛型ロボットにぶつかった。
「魔法が無効化された?」
 ロボットに向けて射撃魔法を放った隊員達が動揺の声を上げた。
 ゼストは再び穂先に魔力付与を施した。そして、先程突き飛ばしたロボットに向かって駆ける。過剰とも言える魔力量で突き刺す。無効化でも完全に打ち消されない程の魔力はカプセル型共々蜘蛛型を貫く。
「無効化できる魔力量には限界があるぞ!」
 槍をロボットから引き抜き、爆発から逃れる為に後ろへ下がったゼストが珍しい大声を上げると、動揺から気を取り直した隊員達が一斉に動き出した。
「メガーヌは補助魔法を。クイントは私と殿だ。陣形を崩すな!」
 ゼストの指揮の下、隊員達が連携し始める。魔力を無効化するAMFの発生装置を持つロボット達だが、メガーヌのブーストにより強化された魔導師達の攻撃に、その単調な動きで徐々に破壊されていく。
 だが、更にロボットの数が増えていく。残骸の数だけ後から蜘蛛型、カプセル型が現れる。
「キリが無いわね」
 クイントが魔力付与攻撃をカプセル型に叩き込み破壊する。
 爆散し、完全に破壊されたカプセル型の後ろから飛び込んでくる影があった。
 クイントは咄嗟にシールドを展開する。防御魔法に羽のような刃が喰い込んだ。
 周囲のロボットとは違う攻撃。高速で接近してきたその影は、薄暗い為に容貌は分からないが、人の形をしていた。
「くっ!? まさか……」
「クイントッ!」
 メガーヌがクイントにブースト魔法を掛ける。
 強化された防御魔法が逆に刃を食い止める。
「はあっ!」
 クイントがローラーブーツ型デバイスで相手を蹴り飛ばす。そして右拳のデバイス、リボルバーナックルのナックルスピナーが高速回転し始める。
 圧縮された魔力が拳を強化、襲ってきた人影に打撃を加えようとクイントの右拳が放たれる。
 だが、相手が上に跳んだ為に空振りに終わる。人影は天井にまで上昇すると、高速で後ろへ飛んでいく。
「外したっ」
「クイント! 横だッ!」
 隊長のゼストの声に、追撃しようとしたクイントは自分に近づく新たな影を察知した。すかさず体の向きを変え、迎撃しようと――――する頃には相手の黒塗りの武器が首目掛けて振り下ろされていた。
 一瞬にして詰められた間合い。回避も防御も間に合わない。長大な黒い刃はクイントの首を容易くに断つだろう。
 刃がクイントの首を跳ね飛ばそうとする直前、クイントと刃の間にゼストが割って入る。槍の柄を盾代わりにクイントに迫った刃を防ぐ。
 同時に展開していた防御魔法が刃に対し僅かな膠着を見せたが、切り裂かれようとしている。
 ゼストは防御魔法が斬られる前に、槍を下から回し、石突を振り上げる。黒い刃の持ち主は防御魔法から刃を放し、石突を避けた。すかさず追撃を加えるゼスト。
 その場から動かずに、片手で槍による突きを繰り出す。二度、三度、火花が散って影が大きく後ろへ跳躍してゼストの間合いから逃れる。
 ゼストはそれを追わなかった。深追いを避けたというのもあるが、その影が跳んだ直後にその後ろから大量のナイフが飛んできたからだ。
 ゼストの後ろでクイントがバリア魔法を行使する。ナイフはあっさりとバリアに阻まれ、弾かれて宙や床に跳ね飛ばされた。
「――ッ! 総員、退避!」
 ゼストが叫んだ直後、弾かれたナイフが爆発を起こした。

 チンクのランブルデトネイターによって起きた大爆発を、トゥーレは天井の剥き出しになった鉄骨の上に立って見ていた。
「さすがに仕留めきれないか」
 拡がる爆煙の中からゼスト隊の魔導師達とその隊長であるゼスト、クイントとメガーヌが煙の外に出て、中心部の部屋から出て行くのが見えた。その後を残った鉄屑達が追っていく。
 トーレは既に違う道から待ち伏せする為に移動している。チンクも先程後を追い始めた。ゼスト隊の逃走ルートは何通りから予想しており、各所にはカプセル型、蜘蛛型のオモチャを配置させてある。
「ここまでは順調……しかし、やっぱり隊長各の一人はここで落としたかったな」
 そう言って右腕を横に振る。ギロチンの刃に付いた血が跳ねて壁に付着した。
 トゥーレはISを発動させると、姉達とは違うルートで移動を開始する。



 ゼスト隊は来た道を逆に辿っていた。
 後ろからは先の戦闘で残っていたロボット達が追って来る。それどころか、数が増しているようにも思える。
「ゼスト隊長、その傷は!?」
「あの黒い刃の者と交戦した時だ……メガーヌ、治癒魔法を」
「はいっ」
 走りながら、ゼストは左腕に受けた傷の治療を受ける。黒い刃を受け止めた後の連続攻撃の際に、左腕を深く切られていたのだ。
「止血程度です。また動かすと傷口が開いてしまいますが」
「十分だ」
 左手は動くし、腕も上げられる。だが、無理に動かすと再び傷口が開いてしまうだろう。
 途中、どこか部屋に隠れていたのかカプセル型の浮遊するロボットが現れる。廊下という狭い空間の為か、ほぼ一列にやってくる。一機ずつの為、対処がし易い。
「あの影は……」
「ああ、おそらく戦闘機人だ。相手の能力が分からない以上、ここに留まるのは危険だ。急いで脱出を」
「待って、何かおかしいわ」
 先頭は走っていたクイントが突然立ち止まる。
「私達、こんな道通ったかしら?」
 今自分達が通っている道は侵入したルートでもある。だが、似たような廊下ではあるが何か違和感を感じる。同時に、廊下という狭い空間だというのに圧迫感を感じない。
「まさかこれって……」
 クイント達が違和感の正体に気付く前に、隊列の中央いた隊員達の悲鳴が上がった。
 壁から鎌が生えていた。蜘蛛型の鎌が、壁を貫通したのではなく、直接生えているように見える。
「幻術か!」
 ゼストが槍を鎌の生えた壁に向かって突き出す。槍は壁を素通りし、壁の中から金属を貫く感触が伝わってくる。ゼストはそのまま壁に向かって突進した。
 壁に衝突する事もなく、ゼストの体はすり抜けて壁の向こう側に移動した。
 そこは、狭い廊下とうって変わって広い空間だった。背後を振り返れば、廊下の模様を裏返したような長いモノが続いている。
「ゼスト隊長!」
 そこからゼストの後に続いて隊員達が出てくる。廊下のようなモノはもう役目を終えたと言わんばかりに掻き消える。
「幻術だったなんて……一体何時から?」
「ロボットと戦いながら逃走している最中にだな。誘導されていたんだ。……皆、来るぞ!」
 貫かれて機能停止した蜘蛛型から槍を引き抜き、ゼストは槍を構える。
 周囲は既に大量の正体不明のロボット達に囲まれていた。

「フフッ、私の幻惑の銀幕はいかがでしたか管理局の皆さん」
『向こう、聞こえてないだろ。イタイぞお前』
「だから~、どうしてそういう事言うかなあ?」
『クアットロ、トゥーレ。喋ってないで作戦行動を続行しろ』
「はぁ~い、トーレお姉様」
『へいへい』
 クアットロがコンソールを操作すると、小さなモニターに映っていたロボット達が一斉に動き出す。プラント施設に偽装したこの建物の各所に待機させてあったものだ。それら全てを動かし、計画通りに迎撃体制を取らせる。
 一方、一際大きなモニターに中ではリアルタイムでゼスト隊の様子を映している。使い捨ての為数が多く、集まれば集まるほどAMFの効力を強めるロボットに苦戦を強いられていた。
 今、カプセル型の熱線の一斉射撃を受け、陣形が打ち破られ隊員達が散り散りになる。これにより、オーバーS魔導師と隊員達の分断は成功した。

 クイントとメガーヌ、そしてゼスト隊の隊員達は爆発から逃れ、傍にあったドアから廊下へと逃げ込んでいた。
「駄目だわ。妨害されてる」
 走りながらメガーヌがゼストと通信を試みるが、クアットロのジャミングによって完全に遮断されていた。
「隊長は他の隊員と一緒に別の出口に行ったのを一瞬見たわ。きっと大丈夫よ」
 先頭をローラーブーツでクイントが走り、その後ろをメガーヌ、ゼスト隊隊員達が続く。
「問題は私達よね……」
 廊下の先から蜘蛛型がやって来るのを見、クイント達はすぐ近くの角を曲がる。
「誘導されているわね。どうしよう……」
「どうするったって……私、考えるの苦手じゃないけど面倒なのよね」
「ちょっと、クイント!?」
「相手の思惑通りに行くのも嫌だから――突き破るわよ!」
 言った途端、ローラーが高速回転し加速する。
 待っていたかのように、廊下の先に再びロボットが現れる。
 クイントは構わず加速。左腕を振り上げる。
「カートロッジ、ロード!」
 リボルバー式カートリッジから薬莢が一つ排出される。
「ナックルダスターッ!」
 蜘蛛型如向こう側の壁を突き破った。





 ~後書き&雑談~

 ナンバーズVSゼスト隊です。ガチで戦います。トゥーレも真面目に殺しにかかっています。
 後半はちょっとグロいかも?

 関係ないですが、トーレとセッテってスカリエッティより背が高いんですね(番号札持ってナンバーズが並んでいる画像から)。ウーノやドゥーエが約160センチと聞きました。
 女性にしては背が高い。しかし、Diesだと174センチとか180センチの女の人がいます。
 更に初期メンバーの男連中は白い子除いて最低でも179センチっすよ。すげー威圧されそう。



[21709] 八話 VSゼスト隊(後編)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/21 01:34

 トゥーレは廊下の先に眼を凝らす。
 ゼスト隊の前線分隊長の二人と隊員数名が視線の向こうで数機のロボットと戦っていた。
 予想外の接触だ。計画では特定のポイントでほとんどの蜘蛛型とカプセル型で制圧し、オーバーSのゼスト・グランガイツを三人で相手するはずだった。
 戦闘機人の知覚機能によって遠距離からでもその暗闇で行われている戦闘がよく視えた。僅か数機のロボットでは相手にならず、じきに全て破壊されるだろう。
 ゼスト隊隊員達の背後の壁には大きな穴が開いていた。
「壁突き破って来たか」
 非常識だ、と思ったが自分達はアジト内でよくやっていたなと思い直す。
 ともかく、放っておくわけにはいかない。偶然か意図的か分からないが、隊員達の進路はゼストの進路とかち合う。
 オーバーSの魔導師には念の為三人がかりで相手する予定だった。ウーノとクアットロの計算では一人で対等との事だ。二人でも十分だと言えば十分だが、不安が残る。
 しかし、このまま分隊長達を放っておいて合流されては勝率が下がる。だからトゥーレはすぐにトーレとチンクに簡単に通信を行ってから、魔法を発動させた。

 蜘蛛型がクイント達を囲み、カプセル型がその上を浮遊している。
 一見囲まれて不利に見えるが、層が薄い。クイントの突破力ならば簡単に貫ける。現にそうしようとクイントが魔方陣を展開させた時、クイントの眼に見覚えのあるモノが見えた。
 ロボット達の背後、何も見えない暗闇に円形の中正方形が回転するミッドチルダ式の魔方陣が浮かび上がる。血を思わせるような赤い魔力光。その輝きの上に人がいた。
「みんな! 防御を!」
 クイントが叫んだ瞬間、砲撃が来た。
 青い雷光を伴う直射型の砲撃魔法。それが二発、AMFの隙間を縫ってクイント達が展開したシールドに直撃する。
 メガーヌのブースト魔法により強化された防御魔法は砲撃に耐え、弾かれた魔力とその余波で周囲のロボットが破壊される。
「気を付けて! 敵に魔導師がいるわ!」
 その時、クイントの隣にいた隊員の一人が前のめりに倒れた。
「どうし――っ!?」
 倒れた隊員を見る。首が無かった。
「クイントッ! 上よ!」
 メガーヌの叫びにクイントは上を見上げた。いつの間にか魔力光と同じ光を宿す、赤い文様のある刃を持った――否、右腕から直接生やした人間がいた。
「まさか、自分で撃った砲撃を追い越して来たというの!?」
 人影の左腕が伸び、青い電撃が纏われる。
 単純に魔力を電気に変換した攻撃が、但し圧倒的な魔力でものを言わせた電撃がクイント達に降り注がれる。
 防御が間に合わずに全身に電撃が襲い掛かる。
 全身を焼く電撃を浴びながら、クイントは背後に断首の音を聞いた。
 味方がまた一人死んだ。
「くぅ……こん、のぉ!」
 歯を食いしばり、振り向き様に拳を音のした方へ放つ。だが、拳は空を切り、同時に別の場所から再び首が断たれる音がした。
 速い。捜査官として潜入捜査で戦い続けてきたクイントとでも捕らえられない。
 再び雷撃が降り注いだ。
「うああぁぁーーっ」
 攻撃を行った直後の硬直を狙われ、防御魔法を行使する暇が無かった。
 全身を焼かれ、クイントは自分から漂う焦げた臭いを嗅いだ。
 次に首を切られるのは自分だと確信する。無様に電撃を喰らう自分を逃すほど甘い敵ではない。
 クイントは自分の死を覚悟した。
 その時、自分の前に飛び込んで来る人がいた。メガーヌだ。
 防御魔法が間に合った彼女はクイントの前に立ち、クイントにバリアを掛けると同時にシールドを展開した。
 メガーヌのシールドにギロチンが喰い込む。一瞬、拮抗してみせたシールドは次の瞬間あっさりと破られ、メガーヌごと袈裟切りに切られた。
「メガーヌッ!!」
 思わずクイントは手を伸ばす。だが、メガーヌは胸から大量の血を流しながら、その血を空中に置き去りにしながら後ろへと倒れた。
「ぅ……あ、アスクレピオス…………」
 倒れる直前、メガーヌのグローブ型ブーストデバイスの宝玉が一瞬輝いた。
「うおおぉっ!」
 クイントは伸ばした右とは逆の左拳で反射的に空を殴る。敵がどこにいるのか分からない。感情任せの拳。だが、それは偶然にも命中した。
 ギロチンの鍔に防がれたが、相手は警戒してか距離を取った。
「…………メガーヌ……皆……」
 いつの間にか、生き残っていたのはクイント一人だけだった。ローラーブーツに仲間の血によって赤く濡れる。
 隊員達は尽く首を刎ねられ、メガーヌは胴を深く切られ血の池に沈んでいる。
 ――次は私かしら?
 敵は一切の容赦も無い。離れたのは先の攻撃を警戒してだ。油断も無い。シールドを容易く切るギロチンに視認できないスピード。
 暗闇の中、ギロチンを持つ剣呑過ぎる敵の姿を確認できない。例えどこにいるのか分かっても、どこから来るのか分かっても、あのスピードでは防御が間に合わない。間に合っても防御如切られてしまう。避けるなど論外。
 クイントは死を覚悟した。
 ――が、死ぬ気もない。
「はあっ!」
 クイントは拳に硬質フィールドを生成、横に振り向き、両手でソレを受け止めた。
 敵がどこから来るのか分からなかった。刃がどの角度から来るのかも、タイミングなど計ってもいない。正直言うとただの当てずっぽう。無理やり言うと経験と勘。
 だが、どんなに言葉で言ったとしても、クイントがギロチンの刃を両の手で受け止めたのは事実だ。先の相手に防御させた一撃が偶然、奇跡の類ならばこれは奇跡に奇跡を重ねた所業。
 クイントはこの奇跡を逃さなかった。
「おおおおおっ!!」
 ギロチンを白羽取りされた驚きからか、一瞬硬直した敵に向かって、ギロチンを挟む両手を支えに跳び蹴りを与える。
 当然のように、左腕で受け止められる。
「まだまだァ! ウイングロードッ!!」
 蹴った足、ローラーブーツの裏に帯状の魔方陣が現れる。ギロチンから両手を放し、クイントはその魔方陣の上でローラーを回転させ、体が横になった体勢のまま半回転。頭と足の位置が逆になる。
 そして――
「捕まえたぁ!」
 クイントは敵の右肩を左手で強く掴む。
 横に半円を描いていたウイングロードが直角に曲がり地面に落ちる。腰を捻り、地面に向け加速しながらクイントの体は地面に着地し、敵を掴んだまま前進する。この機を逃さない。
 全身全霊を持って、倒す。それが今のクイントにできる事だ。
「フルドライブッ!!」
 安全機構を全て無視。過負荷など考えない。
 クイントは相手を掴んだまま全速。途中にある支柱をいくつも砕き、壁に到達。壁面に亀裂が走る。
 敵を壁に減り込ませて、右手だけを離す。そして、腰のポーチから弾倉を二つ宙に投げる。
 右手のリボルバーナックルのカートリッジシステムを使用。弾丸全てがロードされ、歯車上のパーツ、ナックルスピナーが狂ったように高速回転する。
 右拳で相手にストレートを打ち込む。更に相手の体が壁に沈む。
 右のストレートが当たると同時に掴んでいた左手を離し、右のリボルバーナックルと同じく全てのカートリッジを使用。
 敵との距離はギロチンの間合いの内側、完全にクイントの領域だ。
「あああああああああぁぁぁーーーーッ!!!」
 全ての魔力を身体強化に費やす。高速機動と攻撃力に特化させ、打撃を連続して叩き込む。
 シューティングアーツの打撃コンビネーション。訓練生時代から練習し続け、体が覚え最早反射同然。
 クイントは相手にも自分にも容赦しなかった。体もデバイスも悲鳴を上げている。だが、敵は補助魔法無しでクイントの蹴りを片手で受け止めた。
 敵を人だと思わない事にした。人造魔導師や戦闘機人とも思わず、怪物相手に嵐のような打撃を加え続ける。
 更に、両のリボルバーナックルの弾倉を排出。そして、宙から落ちてきた新しい弾倉をコンビネーションの動きのみでリロード。
 訓練でもした事の無い曲芸染みた芸当だが、クイントは成功させた。再び全弾をロード。続けて打撃を加える。
「これで、終わりだあぁぁっ!」
 最後に両拳を敵の胸にぶつける。そして、残った魔力を放出する。藍色の魔力が敵の体を包み、壁を崩壊させる。
 だが、クイントの限界を超えた膨大な魔力放出を切り裂くモノがあった。
 ギロチンが藍色の魔力を切り裂き、クイントの腹を貫いた。
 声の代わりに血を吐く。ギロチンは魔力放出に圧されクイントの腹から引き抜かれると、持ち主ごと壁の向こうへ吹っ飛んだ。
「――――ギンガ、スバル……」
 自分の流した血で体を濡らしながら後ろへ倒れる。
 娘の名を呼び、愛した男の顔を思い浮かべながら――
 クイントは踏み堪えた。
 既に破損しボロボロになったローラーブーツを無理やり動かし、その場から離れる。バインドで腹を巻いて無理やり出血を抑える。クイントはまだ生きる事を諦めていない。
 歯を食いしばったのは痛みだけではない。仲間達の亡骸を横目に、クイントは死に掛けの体で走り続けた。



 チンクは炎に囲まれた部屋の中でオーバーSの魔導師、ゼストと対峙していた。
 トゥーレの通信からトーレと連携しゼストとその部下を挟み撃ちするよう予定を変更したが、相手はこちら想定していた以上の行動に出た。
 ゼストが後ろから接近してくるチンクに気付き、隊員達を先に行かせ、自分は逆送してチンクを逆に迎撃し始めたのだ。
 先に生かせたゼスト隊隊員は今トーレと戦闘を行っている。本来ならトーレの相手になる魔導師達ではない。だが、隊長の元へ行かせんとする隊員達の動きはトーレに苦戦を強いていた。
 苦戦をしているのトーレだけでなく、チンクも同様だ。追従してきたロボットはゼストとの戦闘で既に破壊されている。トゥーレによって傷つけられた腕の負傷がありながら、信じられない奮闘ぶりだった。
 ――これで、決まるか。
 互いに疲労している。おそらく、次の一撃で決着が付く。どちらかが死ぬか、あるいは互いにか。
 チンクはナイフを一本だけ構えた。もう予備はない。体格、武器の長さからリーチの不利はある。だが、ゼストも腕の負傷を始めに部下を庇った怪我やこれまでのチンクとの戦闘によって、機動力は落ちている。
 ゼストも同じ考えなのか、片手だけで槍を正眼に構える。
「…………」
「…………」
 互いに機先を制しようと僅かに動く。小さな動きで相手の動きを誘い、動揺を与えようとする。
「…………」
「…………」
 しかし、通じない。次に行動を起こした時には決着が付いている。焦りが生まれるが、読み違えば待つのは死だ。
 膠着状態が続く中、周囲の炎が室内の温度を上げていく。
 その時、転がる鉄屑の一つが爆発した。
「――っ!」
「ッ!」
 二人は同時に踏み出した。爆発によって生まれた煙が互いの視界を遮る。
 ゼストが黒煙に向かって槍を一突き。それは正確にチンクの位置を狙うが、チンクは煙の中見事に回避運動を行う。
 だが、ゼストの槍が急に引き戻され、その動きに起きる勢いを利用して一回転。槍で薙ぐ。チンクは槍を跳びながら避け、ゼストの左側を通過。擦れ違い様にナイフをゼストの首目掛けて振るが首を捻る事で避けられる。
 一瞬、背中を見せ合う形になる。
 チンクは着地と同時に振り向き、槍の間合い内でゼストの胸目掛けてナイフを突き出す。同時にゼストも振り向きながら槍を回転させて穂に近い柄を逆手に持ち、チンクを間合い内に入れる。
 必殺の一撃が互いに命中した。
 右目を突き進む槍の感触を感じながら、チンクは自分が破壊されると思った。このまま行けば右目どころか頭部を貫通し脳が破壊される。
 ――だが、道連れだ。
 自分のナイフもゼストの胸に刺さっている。このまま脳が貫かれ機能停止する前にISを発動させて爆発に自分ごと巻き込ませる。
 ISを発動させる。発動のタイムラグの内に槍はチンクの脳を破壊するだろう。
 爆発が起きた。ゼストの体が爆発の直撃を受け、後方に吹っ飛ぶ。
 そして、チンクは――
「お前、何勝手に死のうとしてんの?」
 男の腕の中にいた。
「――――え?」
 よく知った顔。しかし、この場にはいない筈の人間だ。それが、床に片膝を付いた状態で自分を抱きかかえている。
 何が起きたのか分からず自分がいた筈の場所に視線を向ける。ゼストの体が転がっている。そのすぐ傍には穂の砕かれた槍がある。そして、床は人の足跡のように点々と砕かれた跡があり、それはチンク達二人の所に続いている。
「ト、トゥーレ?」
 自分の弟の名前を呼ぶ。あのタイミングでゼストの槍を砕き、爆発からチンクを救出できる者など一人しかいない。
「なんだ?」
「どうして……?」
「姉を助けて何が悪い。――だけど、右目が……。すまない、間に合わなかった」
 チンクの顔を見て、トゥーレはそう言った。
 チンクが一度も見たことのない顔だった。まるで自分のせいだと言わんばかりだ。こうしてチンクを助けたと言うのに、トゥーレは自分を責めていた。
 悲しげな弟の表情に、チンクは手を差し伸べる。
「おい、何で笑ってんだよ」
 毒づいて来たが、以前表情は悲しみのまま。そんな弟の様子を見てチンクは笑みを強くした。
「何故かな? 不謹慎だとわかっているが、トゥーレが私を心配してくれたと思うと何だか嬉しくて……」
「そんな事より自分の心配しろよ。女が顔にそんな傷付けて……」
「生きているんだから、いいさ。そういうお前こそ――~~ッ!?」
 チンクはトゥーレの首から下を見て絶句した。
 トゥーレの胸が、形容しがたい状態になっていた。
「ト、トト、トトトトトゥーレ!? ど、どうしたんだそれェ!?」
 よく見れば無傷かと思えた顔には血を拭き取った跡があり、髪は血に濡れていた。
「あーー…情けない事に負けてしまった。あのアマ、非殺傷設定切りやがった……」
『大丈夫かチンク!?』
 その時、トーレからの通信モニターが二人の前に現れた。
「ト、トト、トーレ! トゥーレが! トゥーレが死ぬ!」
「いや、死なないから」
『トゥーレ? お前もいたのか。分隊長達は?』
「悪い、一人逃がした。クアットロに鉄屑で追わせてる。それよりも、迎えに来てくれないか? もう指一本動かせない」
『どこか怪我を――って、何だソレは!?』
「だからトゥーレが死ぬ!?」
「落ち着け。っていうか、暴れずにじっとしててくれ。正直メチャクチャ痛い」
「うわあーーーーっ!?」
 チンクの叫びが木霊した。





 ~後書き&補足~

 クイント叫び過ぎじゃね? とか書いておきながら思いました。トゥーレを加えた状態でのゼスト隊壊滅を自分なりに書いてみました。タイマン時は比較的にスムーズに書けるんですが、そこまで行く過程が難しかった。

 スバルとギンガの母であるクイントが強かったですが、このクイントにはミハエル補正が付加されています。
 実は、この二次小説を書き始めた頃からトゥーレVSミハエルのアイディアがあって、ゼストとは気が合うんじゃないかとか、流派違うけどクイントの格闘技の先生だったとかニヤニヤしながら考えてたりしてました。
 そして、リリカルなのはの設定とか調べてると、同じ事件でゼスト、メガーヌ、クイントが死んだ(実際は二人死んで、内一人は蘇った)らしく、何かが閃いた結果クイントにミハエルの代わりをやってもらいました。
 両手にリボルバーナックルとかできっとマッキーを連想したせいだと思います。



[21709] 九話 厄日
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/23 22:58

 誰もいない打ち捨てられそのままになっている廃ビルの地下にてトゥーレは木箱に座り、薄い雑誌をめくっていた。
 彼の横には、裸体の女が目を閉じ、旧型の医療ポットのような物に横たわっている。
 トゥーレは時折雑誌からポットの上に表示されたモニターへと視線を移す。モニターにはポットで横になっている女の健康状態や破損チェック、動作データの更新状況を知らせている。
 何も異常が無い事を確認すると、トゥーレは再び雑誌へと視線を戻す。
 そんな事を何度か続けると、モニターが電子音を発し、全ての項目の終了を伝えた。同時にポットの蓋が開く。
 ポットの中にいた女、ドゥーエが目を開けて状態を起こした。
「異常なし。動作データの更新も無事完了だ。ご苦労さん」
 トゥーレがモニターと共に空中に現れたコンソールを片手で操作しながら言う。
「そう、ありがとう」
 ドゥーエはポットから降り、折り畳んで置いておいた衣類を手に取ると着替え始めた。
「動作データを更新するのはいいが、体そのもののバージョンアップはスカリエッティと相応の施設が無いとできない。共有していてもいずれ体が付いていけなくなるから気をつけろよ」
「ええ、わかっているわ。潜入任務だから戦闘になるなんて事は滅多にないし、気を付けていれば済む問題よ」
「一応、チンクのシェルコートのような防御重視の武装を考えているそうだ」
「へえ、それは楽しみね・・・・・・」
 そう言って、ドゥーエは何を思ったのか突然トゥーレの膝の上に乗った。
「・・・・・・お前、何してんの?」
 怪訝そうなトゥーレをドゥーエは無視する。
「ウーノとの定時連絡の時聞いたわよ。貴方、負けたんですってね」
「・・・・・・・・・・・・まあな」
「しかも、結局例の捜査官は生きている」
「ああ」
 トゥーレは二週間前の事を思い出す。

 任務終了後、治療を終えたトゥーレ達はアジトの一部屋に集まっていた。他にもスカリエッティや任務に参加していないナンバーズもいた。
 大きめのテーブルに皆が集まり、セインが作ったクッキーをお茶受けにそれぞれの前に紅茶が置かれている。だが、任務に参加した四人は手を出していない。
「――以上から、任務はざっくり言って失敗です。クライアントはお怒りですね」
 ウーノが任務の状況などを一通り話し、本当にざっくりと言った。
 トーレは腕を組み、憮然とした表情で目を閉じ黙っている。クアットロとチンクはうなだれている。トゥーレはと言うと、椅子から落ちそうなほど浅く座った状態で背もたれの上に頭を乗せ、顔を天井に向けていた。何だか今にも死にそうな感じだった。
「・・・・・・悪い、俺のせいだ」
 トゥーレが身を起こしながら言う。
「俺があいつを倒していれば任務は成功していた」
「そう自分を責めなくていいさ、トゥーレ」
 スカリエッティがカップから口を離して置く。
「君のおかげでチンクは右目を犠牲にしたものの、オーバーS魔導師を倒した。君が、即座に相手を追わずにチンクの所に助け行ったからだ」
「もの凄いスピードでしたね」
 ウーノが記録された戦闘データを開く。
「転送魔法使うより速く移動しています」
 トゥーレがクイントの攻撃を受け、壁を貫通して激突した場所とチンクがゼストと戦っていた場所の映像が流れる。
 モニターの中でトゥーレが瓦礫から這い出ながら姉達の状況調べ、クイントの事をクアットロに知らせると、モニターから忽然と姿を消した。次の瞬間、チンクを映し出してモニターにその姿が確認できた。
「どうやら、トゥーレのISは精神状態によって加速度が増すようだね」
「つまり、チンク姉がすごく心配だったって事?」
 ディエチがトゥーレの方を見た。トゥーレは視線を逸らす。
「なんだよ照れるなよ~」
 トゥーレの隣に座っていたセインがその様子を見て、からかうような口調で言いつつ肘でつつく。傷口に当たって地味に痛かったが無視する事にした。
「・・・・・・とにかく、逃がしてしまった事には変わりない。全責任は俺にある」
「だからそう責めなくともいいさ。老人達の小言など聞き流せばいい。それに、彼女の生命としての生存本能が我々の予測を大きく上回った結果だ」
 ウーノが展開するモニターの一つに、体もデバイスも使い物にならない寸前となったクイントが映し出された。
 彼女は追っての蜘蛛型やカプセル型を破壊しながら、なんと施設を抜け出すことに成功している。
「フフッ、素晴らしいじゃないか。一生命体としてどこまでも足掻き、諦めず突き進む姿はかくも美しい。彼女の遺伝子を元に作ったノーヴェの稼働が楽しみになってくるよ」
「ああ、そう・・・・・・」
「それに良い素体も手に入った。クライアントも不満ばかり言っているが、私達の仕事にある程度満足している。わざわざ素体を一つ送ってくれるそうだ」
「素体?」
「君が斬ったメガーヌ・アルピーノ、今は仮死状態だが、彼女は人造魔導師としての適正が非常に高い。その娘も適正が高いという事で最高評議会がわざわざ手回ししてくれるそうだ」
「…………」
「ゼスト・グランガイツは死亡しているが、死者素体として使える。ちょうど、彼に合ったレリックもある事だしね」
「…………」
「さて、今日はもう休むとしようか。特に任務を終えた四人は疲れているだろう。ゆっくりと休息するといい」
 スカリエッティの言葉にウーノとトゥーレを除いたナンバーズが席を立って去っていく。
「ふむ、何か不満そうだね、トゥーレ。今回の素体について何か不満でも?」
「……別に。ただ、さっきクイント・ナカジマの生存本能を賞賛していた奴が今度は死んだ奴を生き返らせようというのは、矛盾しているような気がしただけだ」
「老人達が死者素体のレリックウェポンに興味を持ったからだよ。一応、スポンサーでもあるのだから意は汲まないとね。それに、おそらく稼動に成功するだろうが長くは持たないだろう。生存者素体であるルーテシアは母と同質の資質を持っている。成功率は高い。何より、この私が貴重な素体を無駄にするわけないじゃないか」
「…………」
「これで少しは君の不満が解消されたと思うんだが、どうかな?」
「…………別にって言っただろ。俺も休む」
「ああ、君は特に重傷なのだから安静にね」
「そのつもりだ」
 トゥーレは立ち上がり部屋を出て行った。
「やれやれ、怖いものだね」
 スカリエッティはそう言いながら自分とウーノの紅茶、そしてセインの作ったクッキーが積まれた皿を器用に持ち上げる。
「ドクター?」
 スカリエッティの行動の意図が分からなかったウーノだが、次の瞬間テーブルが真っ二つになって倒れた。
「――あの子ったら!」
「いいんだよ、ウーノ。彼自身、自分の意思なのかそれともオリジナルとなった存在の感情なのか分からずに悩んでいるのだから。ジーンとミーム、遺伝子と知能の葛藤、人という生命ならではの揺らぎ。本当に飽きさせてくれないものだ」

「ちょっとトゥーレ聞いてるの?」
「ん……ああ、聞いてる。で、何だっけ?」
「貴方、またドクターを蹴飛ばしたわね」
「爪で動脈押さえんな痛ってえの。だってあいつ幼女目の前に薄ら笑い浮かべてたんでなんかムカついたんだよ。つーか何で知ってるんだ?」
「ウーノが教えてくれたわ」
「女が結託しやがって……。つうか、そろそろ降りろ重いんだよこの痴女」
「痴女ぉ?」
「首絞めるな。いいから着替えろよ、風邪引くぞ」
「まったく……」
 ドゥーエはトゥーレの上から下りると着替えを続行した。
「貴方が負けたその捜査官だけど、意識を取り戻したらしいわ」
「……そうなのか?」
「保護されてから意識不明の重体だったけれど、今は集中治療室から出て一般病棟にいるわ」
「放っておいていいのか?」
「また捜査とか上に訴えかけられたら面倒だけど、意識を取り戻した早々管理局に辞表を出したわ」
「捜査官を辞めたってのか……」
「ええ。クライアントも向こうから引いて来たのだからこれ以上の事するつもりは無いみたいね。薮蛇になるのを警戒しているのかもしれないわ」
「……そんな甘い女じゃないだろアレは」
「それで痛い目見るのは私達ではなく管理局自身よ。どうでもいいわね」
 管理局の制服に着替え終えたドゥーエはISによりその容姿を変える。
「私は仕事に戻るけど、貴方はどうするの?」
「俺はこのポット解体してデータの消去しとかないといけないからしばらく残ってる。そのまま置いておくわけにもいかないからな」
「そう、それじゃあね」
「ああ……」



 データを消去し、ポットを解体し一部を破壊、残ったパーツを所々に隠した後、トゥーレはある場所まで来ていた。
「……何をやってるだか、俺は」
 ある病院前で立ち止まり、病棟を見上げる。
 トゥーレは一人溜息をついて、止まっていた足を逆方向へ向け、踵を返した。
 病院はクイント・ナカジマが入院している場所だった。別に襲撃するつもりではなく、なんとなく足が病院の方へと向いたにすぎない。
 クイントは突入捜査中全滅したゼスト隊の生き残りである。だが、メガーヌは仮死状態で生体ポットの中で眠っており、隊長のゼストは敵の手でレリックウェポンとして生き返ったとは誰も知らない。彼女はそれを知ったらどう思うのだろうか。
 トゥーレは後頭部を掻きながら、来た道を戻ろうとして、人とぶつかりそうになった。
 相手は背の低い子供で、余所見をしていた事もあり寸前まで気付かなかった。
「悪い――あ」
「いえ、大丈夫で――あっ」
「あの時の……」
「トゥーレさん!?」
 ぶつかりそうになった子供は、偶然にも異世界でトゥーレが助けた金髪の少女だった。

「あの、この間は助けてもらってありがとうございました」
「いや、まあ別に……それはいいんだけどな」
(何故俺はここにいる?)
 トゥーレは金髪の少女、フェイトと共に病棟の廊下を歩いていた。
 自問してみるが答えはない。強いて言えば、フェイトのお礼が言いたい、それと友達を紹介したいと言われ断りきれずに連行されていた。
「その友達、怪我は酷いのか?」
「はい……」
 いきなり空気が重くなった。
「あー……そういや、執務官になりたいとか言っていたな。どんな調子だ?」
「試験、落ちました……」
 更に重くなったような気がした。
「……執務官はエリートなんだろ? 一度や二度落ちたくらい気にするなよ。逆にその歳で試験受けられただけでもすごいだろ」
 なんとか言い繕う。が、あまり効果はなかったようでフェイトの顔は暗いままだった。
 何だか、執務官試験以外に何か気掛かりがあるような様子だった。
 そこに、廊下を走りフェイトの方へ駆けて来る赤毛の少女がいた。
「フェイトッ!」
「ヴィータ、どうしたの?」
「あいつが、なのはがまたいなくなってるんだ!」
「なのはが!?」
「何があったんだ?」
「そ、その、友達が」
「いなくなったのか。看護師には?」
「知らせたさ!」
 よほど感情的になっているのか、初対面のトゥーレ相手に対しても声を荒げている。
「病室にもリハビリ室にもいない!」
「怒鳴るなよ。手分けして探そう。戻ってくるかもしれないから、一人は部屋に残っていた方がいい」
 トゥーレはそう言うと、廊下の先に進む。まるでその場から逃げるように。

「まさか、クイントの他にもいたとは……」
 二人の少女の視界から逃れたトゥーレは廊下を当てもなく歩き回る。
 先の赤髪の少女を見たことがあった。クアットロがオモチャの戦闘データを収集するための単独任務をした時の戦闘時の映像記録に映っていた。
 赤毛の少女は血だらけになって倒れている同じ位の歳の少女に対し必死に名前を呼んでいた。
(あの子供があんな心配になって病院内を探し回っていたって事は、十中八九あの時の子供だな。確か、なのは、と言っていたな)
 クイント・ナカジマ、そして直接ではないとは言え怪我を負わせてしまった少女がこの病院にいる。直ぐに抜け出すべきだが、フェイトに見つかっている。ここで突然いなくなる方が怪しまれるだろう。
 廊下にあった見取り図を見て構造を把握し、一階から上の階へ探して廻ろうと決める。
 それにしてもあんな怪我をした人間が一人でにいなくなるものだろうか。誰かに連れ去られた、という可能性も考え始めたトゥーレは、視界の隅に人影があるのを見つけた。
 振り返った先は病院の中庭、人が倒れていた。
 廊下の中庭に続く窓を開けて飛び越える。
 近づくと、倒れているのが髪の長い少女だと分かった。少女は苦悶の表情を浮かべながらも、必死にその細い手足を動かし、体を起こそうとするがすぐに糸が切れたように倒れる。かと思えば、再び起き上がろうとし、倒れる。それの繰り返しだ。
 ――壊れている。トゥーレは少女の様子を見てそう思った。
 精神が無理やり肉体を動かそうとして、体がそれについていけないでいる。おそらく、とてつもない激痛と疲労があるはずだ。それなのに少女の心は体を動かそうと命令する。
 肉体は素直に痛みという危険信号を送っているにも関わらず少女の精神は体に命令を送っている。大人だろう指一本動かせないはずなのに。
 心と体が釣り合っていない。
 精神のブレーキが壊れている。そして体のブレーキを無視し、酷使している。
 クイントは限界を振り絞り、それを超えてトゥーレを倒した。だが、それは生命の危機という外的要因があったからこそ肉体は一時的について来たに過ぎない。
 だが、トゥーレの目の前にいる少女の周りには危機が無く、死に直面してもいない。しているとすれば、肉体を無理に動かし自ら命を縮めるような今行っている行為だ。
 だからトゥーレは壊れているという印象を少女に持った。
 倒れ、また体を起こそうとする少女の襟首をトゥーレは掴み、乱暴に持ち上げた。少女の手足が地面から離れ、だらりと宙にぶら下がる。
「――え?」
 いきなりの事で少女は驚いたような顔し、自分を持ち上げた男の顔を見た。
「あ、あの、誰でしょうか?」
 少女の顔は汗だくで、疲労の色が濃い。服は埃と泥で汚れ、手足に巻かれた包帯は傷口が開いたのか赤く染まっている部分がある。
「這いずって来たのか……」
 トゥーレは少女の疑問に答えず、少女に治癒魔法を使用する。メガーヌ・アルピーノの持っていたブーストデバイスから得た魔法だ。
「フェイトって名前に聞き覚えは?」
「私の友達です。……もしかしてフェイトちゃんのお知り合いの人ですか?」
「まあ、そんなところだ。そのフェイトが必死こいて探していた。赤い髪した子供もな」
「ヴィータちゃんまで……そっか、もうそんな時間…………」
 日が暮れ始め、中庭では影が濃く長くなっている。
「お前さ、友人にそこまで心配されて何してんだ?」
「リハビリです。早く治して皆を安心させなきゃ」
「どこがリハビリだよ。マゾかお前。っていうか、何が安心させなきゃ、だよ。現に心配されて探し回られてるじゃないか」
「そうですけど……でも、早く治せば!」
「…………お前、何様のつもりだ?」
 トゥーレの冷たい視線が少女を射抜く。
「そこの人、何してるの?」
 その時、背後から女性の声が聞こえた。トゥーレが振り返るとそこには、車椅子の座った女性、クイント・ナカジマがいた。
「ふむ……倒れてる女の子を見下ろしてた男がいたから虐待でもされているのかと思って慌てて来たんだけど、どうやら違うみたいね」
 クイントは両手で車椅子のタイヤを動かしてトゥーレ達に近づいてきた。トゥーレが先程から治癒魔法を少女に掛け続けているのに気付いたようだ。
「あら? もしかして君がなのはちゃん?」
「は、はい。そうですけど、どうして私の名前を?」
 トゥーレは会話しやすいよう少女をクイントの前に突き出した。何だか飼い主に差し出される猫のようで、妙な構図になった。
「看護師さんが探してたわよ。それと、可愛いお友達も。なのはー、なのはーって。駄目じゃない、勝手に抜け出したりして」
「…………あぅ」
「貴方は……この子のお兄さん?」
「違う。成り行きで探していただけだ」
「ふうん。そうなの……ともかく見つかってよかったわ。なのはちゃんも病室に戻らないと」
「でも、まだ……」
「お医者さんが絶対安静って言ってたらしいじゃないの。それで無理しても逆に悪化するだけよ。さっ、皆の所へ戻るわよ」
「う…………はい」
「………………」
 トゥーレとしてはクイントに早々から立ち去って欲しいところだが、何だか付いて来そうだった。逆に、クイントになのはを預けて立ち去るのも不自然だ。
 少し考えてからトゥーレは車椅子に乗るクイントの上になのはを乗せた。
「え、何?」
「あんたが運んでやれ。襟掴んだまま持っていくのは変な目で見られそうだからな」
「私も怪我人なんだけど……。それに男ならおんぶなりお姫様抱っこなりして上げなさいよ」
「こいつ苦手なタイプだ。だからあんまり触りたくない」
「うわっ、女の子相手に酷い事言うわね」
「子供という定義に入れていいか悩む相手だからな。車椅子なら俺が押してやるから、あんたはこいつを抑え付けとけ」
「あ、暴れませんよ」
「嘘付け。俺が持っている時でも手足動かそうとしていたじゃねえか。いいか? お前が動くと同じ怪我人にもダメージ行くからジッとしてろよ」
「私は人質かい」
「暴れる怪我人を安静に運ぶ為だ。協力しろ」
「だから私も怪我人だって……」
 トゥーレはクイントの言葉を無視し、車椅子の後ろに回り、押していく。
 なのはは先のトゥーレの言葉を信じたのか大人しくしている。いや、知らない大人二人に囲まれて緊張しているのかもしれない。
 クイントは呆れたような表情をしているが黙ってなのはの体に腕を回して車椅子に固定する。
「そういえば、私と貴方どこかで会った? 見覚えがあるような気がするんだけど」
 クイントはトゥーレを見上げる。
「そうか? 俺はあんたと会った覚えがないな。あんたみたいな美人なら一目見ただけでずっと覚えていそうだけど……」
「あら、顔のわりにキザなセリフ言えるのね。ちなみに私既婚者よ」
「周りの男が放っておくわけないからな。予想できてた」
「……意外と面白いわね、貴方。名前は?」
「……トゥーレ」
「私はクイント・ナカジマよ。よろしくね」

 それからトゥーレとクイントはなのはを連れてなのはの病室に戻った。病室にはフェイトが落ち着きの無い様子で待っていて、なのはを見た途端泣き出し、更には赤髪の少女も戻ってきて収集がつかない事になった。
 なのはは医者や看護師にこってりと叱られ、友人二人にも涙目で怒られた。
 トゥーレとクイントはその間病室の隅でその様子を眺めていた。
「もう勝手に抜け出すなんてしちゃ駄目よ?」
「……はい」
 絶対抜け出すだろうとトゥーレは確信した。
 今病室には五人の人間がいた。上半分が背もたれとして持ち上がったベッドの上ではなのはがおり、向かいのソファにはフェイトと赤毛の少女、ヴィータが肩を並べて眠っている。そしてベッドの横でパイプ椅子に座ったトゥーレとその隣に車椅子に座ったクイントだ。
「えーっと、なのはって言ったな。お前さ、何がしたいんだ?」
「……え?」
「早く治そうとする気持ちがあるのは分かる。友人に心配かけたくないというのも分かった。なら、どうしてあんな無茶をする」
「それは――」
「治したい、安心させたい。だけどお前がやっていた事とは矛盾する。あれはリハビリでも何でもない自殺行為だ。それが分からない程頭足りないようには見えない。なのにどうしてそこまでする?」
「…………私は、普通の人より魔力が多いから……その分皆の力になれるから私は……」
「それであんな無茶を?」
「はい、私の力は皆を守れるから……」
「皆を守る、か。まあ誰もがそういう気持ちはあるよな。家族、友人、恋人、皆守りたいものがある。それが普通だ。何の悪い事でもない。だけど、お前のは他の奴見下してるよな」
「そんな、私は見下してなんかいない!」
 トゥーレの言葉になのはが言葉を荒げた。トゥーレはそれを気にしたふうも無く続ける。
「見下してるじゃねえか。自分は強い、他の連中は弱い。だから自分が守ってやらないと駄目だ、と言っているようなもんだ」
「違うもん!」
「違わねえよ」
 トゥーレは立ち上がり、なのはの胸倉を掴んだ。
「ち、ちょっと……」
 クイントが止めるがトゥーレは聞かない。
「何一人で格好つけて治そうとしてんだ? 医者やお前の友人を何故頼ろうとしない。それをしないって事はこいつには無理だと言っているようなもんだ」
「違う! フェイトちゃんもヴィータちゃんも強くてッ、でも、優しいから、私の事心配して無理しちゃうかもしれないから!気を遣わせちゃうかもしれないから!」
「俺の手を払いのける所か腕も持ち上がらない癖に粋がるなよ。その自己矛盾がより周りを不安させてるって事気付いてるはずだろ。もっと信用してやろうって気はないのかよ。誰もお前みたいな子供にそこまで期待してるわけないだろ」
「不安にさせてるって分かってる! 信用もしてる! でも、じっとしている事なんて出来ない!!」
「頑固なガキだな、本当――――ッ」
 トゥーレは突き出されたそれを咄嗟に左手で掴んだ。
「――テメェ、なのはに何してんだッ!」
 見れば、ヴィータが己のデバイス、グラーフアイゼンをトゥーレに向けてその先端を突き出していた。その後ろでは、支えを失ったフェイトが丁度ソファに倒れて目を覚まし、目の前の状況に目を白黒させていた。
「起きてたのか……」
「そりゃあ、なのはがあんな大声出してればな。いいからなのはから手を離しやがれ」
 敵意に満ちた瞳がトゥーレに向けられる。
「あっ、ヴィータちゃん、違うのっ」
「ちょっと、こんな所でデバイス振り回すの止めなさい」
 なのはとクイントが宥めようとするが、ヴィータは以前トゥーレに対し牙を向いている。
「…………はぁ」
 トゥーレは溜息をつき、なのはとグラーフアイゼンから手を離すと倒れるように椅子に座った。
「我ながらおかしな事だが子供に棒突きつけられて頭冷えた。確かに大人げ無かったな。だけど、謝る気はないからな」
「何だとテメェッ!」
「ヴィータ!」
 何が起きたのか分からなかったフェイトだが、とにかく一人だけ暴れだしそうなヴィータを止めに入る。
「止めるなフェイト。こいつがなのはに――」
「何もしてない。ただ頑固者に説教垂れただけだ。まあ、頑固過ぎるから効果は無かったみたいだけどな」
 ヴィータから凄まじい敵意を向けられているのに対し、トゥーレは平然としている。その態度がヴィータの神経を逆撫でしているようだ。
「……俺がここにいたら迷惑そうだな。帰るわ」
 そう言って、トゥーレが椅子から立ち上がる。
「二度と来るな!」
「お前らも夜遅いからとっとと帰れよ。子供は歯磨いて寝る時間だ」
「あたしはガキじゃねえ!!」
「ああ、それと最後に……」
 トゥーレはヴィータの怒りに全く意を介さず、部屋の出口で立ち止まる。
「なのは、お前がどうしようもない程意固地で曲がる事も止まる事もしないのはわかった。だけど、これだけは覚えておけよ。お前が他人を想うのと同じ位に、お前の友人もお前の事を想っている。そして、お前の行動はそれを裏切っているんだ。もう少しその辺りの事考えろよ」
 それだけ言うと、トゥーレは今度こそ部屋から出ていった。
「何なんだアイツは!」
 トゥーレの姿が消えてからも、ヴィータは怒り心頭のようだ。
「えっと、何があったんですか?」
 一部始終を見ていないフェイトがクイントに訊ねる。
「あの人がなのはちゃんに怒っていたのよ。無理しすぎだって。まあ、他から見たら虐めてるようにも見えたかもね」
「あの人、すごい怒っていました。でも、私は……」
「んー……、つまり、なのはちゃんはもう少し人に甘えた方が良いわね」
「甘える、ですか」
「そうよ。彼も同じ事言いたかったはず。自分一人で何でもしようとしないで、家族や友達に甘えるの」
「甘える……」
「そうそう、人いうのは頼られたりすると意外に安心したりするのよ。自分はこの人に信頼されてるんだなって。……さっ、暗くなるような話はお終い。私も自分の病室戻るけど、貴女達も早く帰りなさい。お見舞い時間とっくに過ぎてるわよ」
「あっ、はい。ほら、ヴィータも」
「くっそ、あいつ次に会ったらぶっ飛ばしてやる」
「元気ねえ。なのはちゃんも大人しく寝てなさい。慌てる気持ちはわかるけど、生き急ぐと後悔するわよ。これ、経験談だから」
「はあ……」
 クイントは車椅子を動かし、なのはの病室から出て行った。

「あの魔力光……」
 人工の光の中、クイントはトゥーレと言う青年について考えていた。
 なのはの体を癒す為に治癒魔法を使った時、彼の足元には赤黒い魔力光を放つ魔方陣が現れていた。血のような赤、クイント達ゼスト隊を襲った人物と同じ色だ。
 しかし、同じ色の魔力光など大勢いる魔導師の中で探せばいくらでもいる。それに、クイントのいる病院にわざわざ来るだろうか。仕留め損ねたクイントを再度殺す為なら意識不明の時にいくらでも出来たはずだ。
 それに、半信半疑ながらもかま賭けで見覚えがあるなんて言ってはみたが、トゥーレに怪しい反応は無かった。長年捜査官をしていたクイントは人の僅かな表情で相手が隠し事をしているなど直ぐに分かる。
 クイントが自分の病室の前に着くと、ドアが開けっ放しになっていた。そして、部屋の中には、クイントの夫であるゲンヤが暇そうに椅子に座っていた。
「あなた、来てたの」
「ようやく戻ってきたか。どこへ行っていたんだ?」
 ゲンヤはそう言いながらクイントの背後に回り、車椅子を部屋の中に押していく。
「ありがと。ちょっと面白い子達がいたんで、遊びにね。入院中は暇かと思ったけど、そうでもなさそうだわ」
「そりゃあ良かったが、向こうにあんまり迷惑掛けるなよ?」
「ちょっとぉ、それどういう意味よ」
「無理はするなって意味だよ」
「まったく、もう……」
「ところで、例のメガーヌの娘さんだが……」
「見つかったの!?」
 クイントの問いにゲンヤは黙って首を横に振った。
「親戚が既に預かったと、そう言われた。一応その親戚とやらを調べてみたが、駄目だった。個人情報がどうだので詳しく調べられなかった」
「…………一体どこに、行ったのよ」
「さあな。だが、探し出してみせる」
「ええ、ありがとう、あなた。私はゼスト隊の生き残りとして、なんとしてでも真犯人を見つけるわ」
「……やっぱり、レジアス・ゲイズを?」
「ええ。私達を一番疎ましく思っていたのは彼だし、立場的にも突入捜査の情報を簡単に得られる。まあ、バックボーン的なものがあるのかもしれないけど」
「どうしてそう思う?」
「女の勘よ」
「勘か、なるほど。だけど、焦るなよ。正直言うとお前が管理局を辞めてくれたおかげで俺は安心しているんだ。ギンガとスバルも寂しい思いをしなくて済む」
「大丈夫。焦って失敗するのはもうコリゴリだから。これから子育てに専念するわ。だからあなたが頑張ってちょうだい」
 クイントの笑顔を見て、ゲンヤが苦い顔して唸った。
「おいおい、俺の心配はしてくれないのか」
「いつも想ってるわよ。でもあなたなら私よりそこの所上手くやれるでしょ。私は子育てしながら……もっと、強くならなくちゃね」
「…………俺に全部任せる気にはなれないのか?」
「ごめんなさい。でも、やっぱり部隊の皆の仇を討ちたいのよ。時間は掛かるだろうけど、私は諦めない。その時までは……」



 アジトの薄暗い廊下をトゥーレは歩く。
 今日会った人間達の事を考えていた。ゼスト隊の生き残りであるクイント・ナカジマ。直接関わっていないにしても重傷を負わせてしまったなのはと言う子供。
 どちらも酷い怪我を負っており、トゥーレが堂々と顔を見せれる立場ではなかった。何より、あんな十歳前後の子供相手に感情的になり、言えた立場でもないのに説教染みた事を口走った事に後悔していた。
 酷い自己嫌悪。
 そう言えば、前にも似たような鬱になった事があるような――
「トゥーレ、お帰り」
 廊下の先に、ディエチがいた。
「ああ、そっか。お前だ」
「え? 何突然」
「いや、何でもない」
「……なんだか機嫌悪いね」
「そうか? 機嫌が悪いわけじゃないさ。…………そういえば、お前って俺の事怖がってなかったか?」
「そりゃあ、怖い時もあるけど……そうじゃない時の方が多いし。それに、最近になって気付いた」
「何がだよ?」
「トゥーレが本当に怖い時と怖くない時がある」
「さっき言ったのと同じ内容じゃないか」
「違うよ。怒った時はとても怖くて、不機嫌な時は怖くない」
「……言ってる事、自分で分かってるか? 怒りと不機嫌は一緒だろ」
「だから違うよ。トゥーレが他人に怒ってる時は近くにいるともの凄く汗が出て寒気がする。でも、不機嫌な時はトゥーレは自分に怒ってる事が多いから傍にいてもなんともない」
「………………」
「トゥーレって、自己完結してるよね。だから本音を口にしないし、興味無い事にはとことん興味無い。でも、一線は厳しく引いてて、誰かが入って来ると容赦しない」
「…………何でそう思うんだ?」
「ずっと観察してみて、自分なり結論出して見た」
「ストーカーかよお前」
「違うよ。って、何で距離取るのさ」
「なんとなくな。ところでお前何してんだ?」
「ああ、それが――」

 アジトの中、一人の男が徘徊していた。紫色の髪に金の瞳、白衣を着たスカリエッティだ。彼は床下や天井、物をどかしては何かを探しているようだった。
「どこ行ったんだい?」
 壁の下の方に取り付けられた正方形をした金属の蓋が付いたダストシュートを開ける。
「ルーテシア~、どこ行ったんだ~い」
「そんな所にいるわけないだろ」
 いつの間にか現れたトゥーレがスカリエッティの背中を蹴り飛ばした。
「うおっ!?」
「ド、ドクター!」
 ディエチが慌てるが、スカリエッティは上半身がダストシュートに飲み込まれながらも足の踏ん張りだけで何とか脱出した。
「帰ってきたのか、トゥーレ」
 服に付いた埃を払いながらスカリエッティが何事も無く振り返る。
「ルーテシアが行方不明だって? 教育係はクアットロだろ。何してたんだよ」
「それがだね、本来ならもう寝てる時間のはずなのだが、寝室にはいなくなってたようだ。ベッドには抜け出した跡もあった」
「なるほど。ウーノは? あいつならアジトの事把握できるだろ」
「ウーノは今バージョンアップ中でね。クアットロに代わりをしてもらっているが、やはりウーノほどの情報処理能力は無い」
「…………まったく。大人が揃いも揃って」
 トゥーレは早足で廊下を歩み始めた。
「手伝ってくれないのかい?」
 トゥーレはスカリエッティを無視し、先に進んでいく。ディエチがそれを駆け足で追った。
「どこにいるか分かるの?」
「分かるわけないだろ」
「何だよそれ……」
 しかし、早足で歩くトゥーレは迷いは無く進んでいく。
「この先は素体の……」
「ああ、生体ポットがある所だ」
「母親の所にならチンク姉が真っ先に調べたよ」
「だろうな」
「なら、何で……」
 トゥーレは以前無言のまま歩き続ける。扉を開け、生体ポットが並ぶ場所に着くと、スピードを落として歩く。今度は探すように首を左右にめぐらして行く。
「いた」
「えっ!?」
 トゥーレが突然立ち止まり、生体ポットの間にある暗がりへと方向を変えた。
 そこには、枕を抱きしめたまま眠る小さな子供がいた。
「どうして?」
「子供の足で行ける範囲ってのぐらい分かれよ」
 子供を抱き上げながら、トゥーレが言う。
 スカリエッティのアジト内は広大だ。それを子供の足で歩くには無理がある。
「母親に会おうとして、途中で疲れて眠ってしまったんだろ」
 言い終えた後に、トゥーレは盛大に溜息をついた。一筋の涙を流し、寝言でも母を呼ぶその子供を見て、自嘲するように呟く。
「今日は厄日だ」





 ~後書き&補足~

 今回トゥーレが感情的で説教臭くなっています。何か複線になるかなーとか無謀な事考えてなのはと接点持たせましたが、どうでしたでしょうか?

 時系列的になのはStS本編から八年前ですが、これから「最初」のレリック回収事件までの四年間はスカリエッティ側の活動の情報がないので、本編と関わりのないオリジナルストーリだらけになると思います。
 例えばルーテシア関連やナンバーズのノーヴェ、六課戦力拡大の為の複線とか、その辺りになりますかね。スカリエッティ側だけでなく、トゥーレとなのは側の人間との話もやりたいと思っていますが、その話は短いか回数少ないと思われます。何か思いついたら別ですけどね。

 



[21709] 十話 第三勢力?
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/09/27 00:28
 ジェイル・スカリエッティの前に三人のナンバーズが並んでいる。トーレ、セイン、トゥーレだ。
 セインは手に持っていた金属製のケースをスカリエッティに渡す。ついでにトーレは何故かドラム缶のような機械を担いでいる。
 ケースを受け取ったスカリエッティがケースを開けると、中には赤色の結晶体が入っている。
「三人ともご苦労だったね」
 三人はある犯罪組織からレリックを強奪する為に強襲任務についていた。
「そう言うならとっとと部屋に戻らせてくれ。疲れた」
 疲れたとトゥーレは言うが、そんな様子も無い。他の二人も多少の疲労の色は見えるが、今すぐにでも休まなければならないというほどでは無かった。
「そうだね。今日はゆっくりと休むといい」
「ところでお前は何してるんだ?」
「いや、ノーヴェに君とトーレの格闘戦のデータを元にして、稼動前に大々的にバージョンアップさせようと……」
「そうなのか。ならそこに映ってるのは何だ?」
 トゥーレが指差す先に大型のモニターがあり、ノーヴェの基本フレームと何かの設定図が重ねて映し出されている。
「俺の見間違いじゃ無かったらドリルに見えるんだが?」
 見間違いでもなんでもなく、実際ドリルだった。というか、ドリル以外の何か別の物に見えた方が色々とマズイ程分かりやすい図だった。
 しかも、ノーヴェの手と入れ替わって装着される設計だった。
「…………」
「無言で親指立てるなテメエ脳味噌洗って出直して来い」
「いや、何となくだがマッドサイエンティストとしてドリルは基本かな、と」
「自分でマッドとか言うな。いいから止めろ」
 トゥーレの反対により、ノーヴェにドリルを付ける計画はお蔵入りになった。

「アホかあの男は」
「いや~、でもドリルって何かカッコいいよ?」
 スカリエッティの研究室から出てセインとトゥーレが並んで歩く。トーレはウーノに任務の詳細な報告をする為に二人とは別れた。
「カッコいいとか言う以前に、格闘型に手の代わりにドリル付けるなんて致命的じゃねえか」
「ふ~ん、そういうもんかなあ。でも、ドクター諦めてなかったよね」
「しつこいからな、あいつ」
 雑談しながら二人が歩いていると、反対側からトレイを両手で持ったチンクが歩いてきた。チンクの右目には黒い眼帯が付けられている。
「チンク姉、ただいまー」
「お帰り、二人とも」
「ゼストの食事を運んでいるのか」
「そうだ。姉が係だからな」
「俺も行く」
 そう言ってトゥーレは食事がのったトレイをチンクから奪った。
「あっ、こら、姉の仕事だぞ」
 チンクの言葉を無視し、トゥーレはゼストの部屋へ歩き始める。ついでにチンクには届かないようトレイを高く持ち上げる。
「とこれでチンク姉、聞いて聞いて、面白い事があったんだよ」
「お前ってフリーダムだよな……」
 トレイの奪い合いをする二人などお構い無しにセインが話し始める。
「今回の任務でさ、例の組織が街中にあったでしょ? だから襲撃前に一般人のフリして街に入ったんだけど……」
 トゥーレ達三人はスカリエッティの命令により、ある非合法な研究を行っている研究機関から超高エネルギー結晶体であるレリックの強奪任務を行った。
 都市区画の地下に機関の研究所があったため、ディエチの援護は不可能だった。故に高速での接近戦が可能で狭所でも戦える前衛組のトーレとトゥーレ、ディープダイバーによる隠密行動が出来るセインの三人が任務に就いたのだった。
「セインは外に出られると喜んでいたな。楽しかったか?」
「うん、楽しかったー。それでね、三人で歩いていたらチンピラに絡まれちゃった」
「何だと? 大丈夫だったのか?」
「戦闘機人三体どうにかできるチンピラがいたら見てみたいもんだな」
 案外ノリがいいのか、チンクはセインの話に耳を傾けていた。どうやらトゥーレからトレイを奪うのを諦めたらしい。先頭を歩くトゥーレは現場にいたから話の続きが予想出来、こっそりと通信回線を開く。
「両手に花とは羨ましいのォニイチャンとか言ってきて」
 微妙にイントネーションの違うモノマネをし出すセイン。
「ほう、他から見たらやはりそう見えるのか。良かったなトゥーレ」
「俺に振るな。チンクの場合は娘さんとか妹さんとか言われ――背中を刺すな」
「それがなんと、そのチンピラ達、トーレ姉を男、トゥーレを女と間違えてたんだよ――って、あれ? チンク姉どうしたの?」
 トゥーレの背中をナイフで刺していたチンクがセインの方を振り返った体勢で硬直していた。その視線はセインの頭一個分上に向いている。
「一体どうしたの――」
「面白い話をしているな、セイン」
「ヒィッ!?」
 いつの間にかセインの背後にトーレがおり、セインの肩をガッチリと掴んでいた。
「ど、どうしてトーレ姉がここに……あっ!? おねーちゃんを売ったなトゥーレ!」
「テメェ、俺にも喧嘩売ったって事自覚してるか?」
「トゥーレの鬼、悪魔、ツンデレ!」
「……トーレ、とっととそいつ連れ出せ」
「言われずともそうする。さあ、セイン、ちょっとこっちで話がある」
「うわーっ、助けてチンク姉ーっ!」
「すまん、姉は力になれない」
「見捨てられたな」
「そんなっ!?」
「喚いてないで行くぞ」
 ライドインパルスの超加速により、セインの姿と悲鳴が急速に遠ざかっていった。
「あれで良かったのだろうか……」
「自業自得だ。放っておけ。それに着いたぞ」
 ドアの前にトゥーレが立ち止まる。
「おい、ゼスト。トゥーレだ。メシ持ってきたぞ」
「私もいるぞ」
 ドアをノックしながら呼びかける。すると、中から男の低い声がした。
「開いている」
 トゥーレがドアを開けて中に入ると、ベッドの隅でゼストが座っていた。部屋の中は質素な造りで調度品も何もない。ただベッドとテーブル、椅子が二つあるだけだ。
「体はもう大丈夫なのか?」
「ああ、もう一人で歩ける程度まで回復した」
 騎士ゼスト。彼はトゥーレ達との戦闘により死亡したはずではあったが人造魔導師としての適正があり、レリックウェポンの死者素体として都合が良かった。最高評議会の依頼もあり、スカリエッティが復活させた。
「だが、それ以上の運動は無理だな」
「しようとしても止めるぞ。騎士ゼストは客人なのだからな」
 蘇生そのものは成功したものの、能力は存分に発揮できず、生命維持にも支障をきたしている。蘇生してからしばらくは歩けずにいた程だ。
「客人、か……」
 ゼストは複雑そうな顔をした。
「お前はスカリエッティの配下じゃなくて評議会の駒扱いだからな。こっちとしては客人なんだよ」
 目覚めてすぐにゼストは最高評議会の三人と話す事になった。スカリエッティのアジトで通信による会話だった為にトゥーレもその場にいた。全てを知ったゼストはトゥーレが警戒したような暴走を見せず逆に冷静な態度を取っていた。そして、戦闘機人事件の情報とメガーヌの娘ルーテシアの安全を引き換えに、評議会の言う事を聞く立場となった。
「……なあ、一つ聞いていいか?」
 食事をテーブルの上に乗せてトゥーレがゼストに向かって問いかけた。
「あんたは一体何が目的なんだ?」
 トゥーレにとってルーテシアの安全の保障を取引してくるのは予想していたが、ここまで大人しく言う事聞き、アジト内でもじっとしているのが不思議だった。逆に不安を抱くほどに。
 彼の今の冷静さに、トゥーレは何か明確な理由と目的があるのだと思ったのだ。
「……それをお前達に話すとでも?」
 予想していた答えが返ってきた。ゼストがスカリエッティ及びナンバーズを警戒しているのは誰の目に明らかだ。トゥーレも素直に答えてくれるとは思っていない。
「まあ、そう言うだろうな。だけど少し訂正すると、これは俺が疑問に思った事であの変態や姉達は関係ない。単純に俺個人の疑問だ」
「…………」
「…………だんまりか」
 肩を竦め、トゥーレが部屋を出て行こうとする。二人の雰囲気に黙っていたチンクもそれに続く。だが、トゥーレは部屋を出て行く直前に振り返る。
「そうだ。ルーテシアなら元気にやっている。レリックとの適合も正常であんたみたいに生命活動に問題が起きる事はないだろう」
「そうか……」
 その言葉でゼストに僅かながら表情の変化が現れた。
「……気になるなら部屋に閉じこもって会いに行けばいいだろ。ここであんたの動きを制限するものは無い。何よりあんたの取引のおかげでルーテシアの安全が確保されたんだ。その権利はあるだろう」
「…………」
「じゃあな」
 今度こそ二人はゼストの部屋から出て行った。
「優しいんだな」
 ゼストの部屋からしばらく歩いてからチンクがトゥーレの背中に向かって言う。
「さっきの会話で一体どこに優しさがあったのか果てしなく疑問だな。やっぱり右目治した方がいいんじゃないのか?」
「いや、いいんだこのままで」
「……ああ、そう」
 その時通信が入り、トゥーレが通信用モニターを開く。映っているのはウーノだった。
『トゥーレ……チンクも一緒なのね。丁度いいわ。二人とも悪いのだけど、今すぐ私の所まで来てくれかしら』
「何かあったのか?」
『少し、ね。稼動中のナンバーズ全員を召集しているから詳しい事は皆が集まってから話すわ』
 ウーノの様子はいつもと違い、歯切れが悪いようだった。
「わかった」
 通信を切り、トゥーレはチンクの方へ振り向く。
「だとよ」
「ああ、急いで行こう」
 チンクは早足で廊下を進み始めたが、歩幅の違いからかトゥーレは普通に歩いて行った。

 ウーノのいる部屋に着いたトゥーレの視界に一番入ったのは鍵盤のようなコンソールを慌ただしく操作しながらステップして回っているクアットロだった。これはいつもの事なので無視し、次にトーレの隣で正座し膝の上にカプセル型のロボット、Ⅰ型を乗せて半泣き状態のセインが視界に入った。
「何やってんのお前?」
 量産ラインに投入されたⅠ型に体重を掛けながらトゥーレがセインを見下ろした。
「一体誰のせいだよ~、っていうか手を乗せるなぁ! お~も~い~」
「トゥーレ、止めてあげなさい。それとⅠ型をどかして頂戴。トーレもセインの事そろそろ許して上げて」
「そうだな。このままじゃうるさくてかなわん」
 トゥーレがセインに乗っていたⅠ型を蹴り飛ばし、トーレが飛んできたそれを殴り飛ばした。二発で正真正銘の鉄屑になった元Ⅰ型が床に転がる。
「素手で壊れる物なんだ、あれ……」
 先に来ていたディエチが二人の身体能力に呆れている。
「二人とも~、ゴミを散らかさないで下さ~い」
「そういうお前は創作ダンスか?」
「違うわよ。トゥーレちゃんが持ってきた記録媒体の中身を解析してるのよ。結構な量でウーノお姉様と一緒にやってもまだまだ時間掛かりそうなのよ~」
「ああ、あれか」
「帰りに記録媒体ごと渡されたのは驚いたぞ」
 トーレが溜息混じりに言う。
 先の任務時、レリックの強奪ついでに相手組織の研究データを回収するよう命令を受けていた。数分で組織のメインコンピュータに辿りついたトゥーレは面倒臭くなって記録媒体ごと引き抜いて来たのだった。
「で、ナンバーズ全員集めて何の話だ?」
「その記録媒体と関係があるんだけどね。まずはこれを見て」
 部屋の大型モニターにある研究データが表示される。それはナンバーズにとって見慣れた戦闘機人の設計図だった。
「戦闘機人だね。あの組織、戦闘機人の開発もしてたんだ。全然気がつかなかった」
「でも、何か違う。ドクターの技術が使われているけどコンセプトが違うように思う」
「ディエチの言う通りだな。あの変態ワザと技術流出させてるから、どっかの馬鹿がその情報手に入れてアレンジ加えててもおかしくはないだろ」
 スカリエッティは自分の技術の一部を意図的に外部に流す事で技術革新を起こす事がある。自ら天才と自負する彼だが、全ての面で他者より優れているとは思っていない。他者に己の研究結果を渡し、それが自分とは別の思想・設計で発展を遂げたのならばその技術を吸収し更に改良、再び流出するなどを繰り返している。
 聖王の遺伝子情報をばら撒いたのもそういう思惑が元となっていた。
「いや、待て。この設計図完成されていないか?」
 トーレがそれの完成度を見て言った。前線向きの彼女にはウーノ程の知識は無いにしても今までの経験や学習によりある程度は理解できるようになっていた。そして、そのある程度の知識で理解できるほどその設計図は完成されていた。
「その通り。私達ナンバーズに並ぶ程の完成度だわ」
 言いながらウーノが次々に新たなモニターを表示させていく。トゥーレ達が襲撃した研究機関の組織図、下部組織や物資の流通、情報のやり取り、構成員の情報が載っている。
「さっぱり分からない……」
 セインが言うように情報量が多く、整理し切れない。なのでウーノが大まかに説明し始めた。
「貴女達三人が襲った研究機関は詳細は不明だけれどどこかの犯罪組織と繋がりがあったみたい。この戦闘機人の完成図もそこからの情報提供よ。そして、メールや通信、データのやり取りから推測するにその犯罪組織は……戦闘機人だけではなくレリックを始めとしたロストロギアや聖王の遺伝子情報、人造魔導師の研究まで行っている」
「…………つまり?」
「分からんかセイン。もう少し頭を使え」
「トーレ姉ひどっ」
「ドクターと研究内容が被ってるよね。レリックも集めてるようだから、いずれ戦うかもしれないって事?」
「ディエチの言うとおりだな。つまり俺達は知らずに競争相手に喧嘩を売った事になる」
「え、何でぇ?」
 セインが不思議そうな顔をした。
「協力関係にあった研究機関が潰されたんだ。同じ研究をしているなら目的も同じ可能性が高く協力体制を敷けたかもしれないが、知らずとは言えこっちが先に攻撃したんだからな。面子とか色々ややこしい事もあって向こうは黙っていないだろう。…………潰した機関の事前調査はクアットロの担当だろ。何してたんだよ」
「ちゃんと調べたわよ。でも、巧妙に隠蔽されてて気付けなかったのよね~。規模の小さい機関だったから油断したわ」
「お前それでいつか死ぬぞ?」
「この前魔導師一人に殺されかけた人に言われたくないわね~」
「…………」
「止めろ二人とも。話が進まん」
 トゥーレとクアットロが睨み合ったところをトーレが止めた。
「ウーノ、その組織の情報は?」
「今それをクアットロと二人で調べているわ。そもそもトゥーレが研究データだけじゃなく記録媒体ごと持って来てくれなければ気付けなかった事だから、あまり詳しい事は分からないかもしれないわ。一応後でドゥーエに連絡して管理局側が何か情報を持ってないか調べてもらうわ」
「何か三人とも真剣だけど、いつもみたいに倒せばいいじゃん」
 他の六人が無言でセインを見た。
「え、えっ? なに?」
「セインちゃん。もうちょっと頭使う事覚えましょうね」
「うわっ、クア姉までトーレ姉と同じ事をッ!?」
 ショックを受けてうな垂れたセインをチンクとディエチが慰め始める。三人を放って比較的冷たい他の四人は話を再開する。
「ドクターはこの事について何と?」
「ノーヴェの調整で楽しそうにしていたから簡単に報告だけはしたわ。私達の判断に任せるそうよ」
「相手がどう出てくるかわかりませんもんね~。もう少し情報を集めてみないと……」
「あとは相手がこっちの事をどこまで知っているかが問題だが……」
 淡々とこれからの事に話し合う四人を他所に、セインがチンクの腰に泣きついていた。
「皆冷たい……」
「よしよし。セイン達が襲撃した研究機関が別組織と何かしらの繋がりがあったのは理解できたな?」
「うん」
「その組織は戦闘機人の研究を行っていて、しかもそれが完成している事も理解できたか?」
「うん。完成図持ってるからそういう事だよね?」
「何だか幼児退行してない? セイン」
 姉が妹をあやしているだけなのだが、身長差もあってディエチにはとてもシュールな光景に見えた。
「そうだ。そしてそこから横の繋がりか下部組織だったのかは分からないが他所に戦闘機人の設計図を渡せる余裕がある程大規模な組織である事が推測できる。同時に、既に数体の戦闘機人を所持しているだろう。姉達が警戒しているのはそれだ」
「数体の戦闘機人を所持している……」
 言葉を反復したセインに対し、優しい笑みを浮かべていたチンクの顔が若干真剣味を帯びたものに変わる。
「我々ナンバーズと同等の戦力を保有している可能性が高い」





 ~後書き&補足~

 原作に無い犯罪組織を出すことでStS本編までの間を持たせようと思いつき(愚策)しました。我ながら無謀です、ハイ。
 ただでさえトゥーレというオリキャラに近い主人公なのに、オリジナルの第三勢力とか危うい以上に危険が危ないとか言ってしまいそうなレベルです。
 しかし、これによりナンバーズ達の活躍や、犯罪組織と対立するなのは側のキャラを出しやすくなると思います。
 ただ問題なのは本当に思いつきなのでオリ犯罪組織の詳しい設定が決まっていない……。



[21709] 十一話 1,2,3
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/10/02 10:04
 スカリエッティ及びナンバーズ達の朝は意外にも早い。
 日の光の入らない地下で、雰囲気が出るからというスカリエッティ個人の理由で薄暗くされた証明(一部除く)に時計という物が無く、更に言うなら犯罪組織故に主に深夜での活動が多いはずなのだが、その割には皆規則正しい生活を送っている。
 いつの間にか料理担当にされたセインが朝食をテーブルに並べていく。それをディエチが手伝う。そんな働く二人を横にトゥーレは本を片手にコーヒーを啜っている。手伝う気はゼロのようだ。
 料理ができる頃には早朝の訓練とその後の洗浄を終えたトーレとチンクがやってくる。その後にスカリエッティだ。
「皆おはよう」
「お前朝ぐらい白衣脱げよ」
「トレードマークだからそれは無理な相談だね」
「なんだよそれ……」
「セイン、私にもコーヒーを」
「はーい、わっかりましたー」
 次にウーノがまだ眠たそうなルーテシアを連れて来て席に座る。本来ならもっと早く来れるのだが、ルーテシアを起こすのに手間取っているらしい。
 最後はクアットロだった。眠たそうに瞼を擦っている。
「眼鏡はどうしたのさ、クアットロ」
 席についたディエチがクアットロが普段付けている眼鏡が無い事に気付いた。
「あ~……忘れてきちゃったわ」
「前々から疑問に思ってたんだが、何で目悪くないのに眼鏡なんてしてんだ?」
 トゥーレが本を閉じながら聞いた。クアットロの視力は悪くない。というより戦闘機人なのだから悪かったら問題だ。
「それはね~」
「そうか、お前眼つき悪いもんな」
「聞いておいて一人で納得はしないでくれる~?」
「そういえばゼストはどうした?」
「スルーなんていい度胸ね……」
「騎士ゼストなら一人で食べるってさ」
 セインがトレイに乗せた食事をⅠ型に渡す。Ⅰ型はコードを器用に動かしてトレイを持ったまま部屋を出て行った。
「それでは皆、いただこうか。せっかくセインが作ってくれた料理が冷めてしまう」
 スカリエッティの言葉でそれぞれが食事に手をつけた。
 食器のぶつかり合う音がカチャカチャと鳴る。
「ルーテシアお嬢様、好き嫌いはいけませんよ」
 ルーテシアがサラダのトマトを避けて食べていた。隣に座るウーノがなんとか食べさせようとする。
「んー……」
「ルーテシア、ちゃんと食わないとチンクみたいになるぞ」
「どういう意味だ!?」
「…………あむっ」
「そんな理由で食べないでくれ!」
「セインちゃ~ん、私にもコーヒー。砂糖とミルク多めでね~」
「はいはーい」
「トゥーレ、この後だが――」
「断る」
「まだ何も言っていないだろう」
「模擬戦なら一人でやってろ」
 騒がしい食卓だった。
 トゥーレとトーレは手早く済ませて睨み合って互いに牽制している。
「それではお前は今日何をするつもりだ?」
「用事があってミッドに行く」
「私との訓練を放棄するほどの用事か?」
「ああ」
 皆がテーブルから退避した。ルーテシアの食事はチンクが持ち、ルーテシア本人はウーノに運ばれる。
「美術館だ。ベルカ諸王時代の美術品が展示されているんだ。お前の訓練なんかに付き合ってられるか!」
 テーブルの上で嵐のような組み合いが始まった。



 大人気ない姉弟喧嘩から更に大人気なく勝利を得たトゥーレは無事に美術館へと辿りついた。
 美術館内は当然のように静寂に満ちている。独特の空気の中、トゥーレは館内をゆっくりと歩き、時折美術品が納められたガラスケースの前に立ち止まる。
 公にされてはいないが聖王の聖遺物が盗まれてから聖王教会で保管されていた遺産や美術品、歴史的価値のある物の管理は徹底され、時折行われた展示会も行われなくなった。しかし、魔法技術に関係の無い歴史的価値しかない美術品のみの展覧会が行われた。
 トゥーレは、聖骸衣に張り付いていた自分の元となった欠片の事など本気でどうでも良く、美術品の見学を楽しんでいた。
「随分と熱心に観ていますね」
 横から声を掛けられ、トゥーレが振り向くとそこには十台半ばと思われる。金髪の少女がいた。
「すいませんお邪魔してしまって。つい、声を掛けてしまったんです……」
「いや、別にいいよ」
 そう言って前に向き直る。目の前には古代ベルカ時代に起きた戦乱の世で使われた甲冑が展示されている。少女はトゥーレから数歩離れた距離で立ち止まり、トゥーレ同様展示品を観る。
「こういった物、お好きなんですか?」
「遺産の事か? それなら好きだな」
「そうなんですか……」
「どうして俺に声を?」
 顔は向けず、目だけ動かして少女を見て問いかける。
「少し、気になったので……」
「気になった?」
 まさか戦闘機人だと気付かれた、という警戒心が起きた。戦闘機人自身は何の罪も無いが、製造目的と過程は明らかに犯罪に関与している。逆に警戒されるのも当然だ。
 しかし、少女は好きだらけでトゥーレに対して何も警戒していない。
「ええ。ここには色んな人が来ます。単純に芸術品が好きな方、美術を専攻していて勉強の為来る学生、中には学校の課題で嫌々来る子も」
 そこで少女は小さく笑った。
「貴方は前者二つの方のような熱心さです。でも、何かが違う……」
「何か?」
「ええ……。そうですね、他の方はその古代遺産の奥を見ているんです。どうやったらこんな絵が描けるのか、とか。昔の人は凄いんだな、という美術品の後ろに存在する制作者に対して尊敬の念があります。だけど貴方の瞳にはそう言ったものがない」
「…………」
「代わりに、今目の前にある物だけを視ている。作り手を視ず、美術品のみ見ている。それは何と言うべきか……憧れ、でしょうか?」
「憧れ、ね」
「あっ、すいません。初対面の方に馴れ馴れしくこんな事を」
「いや、気にする必要はないさ。それに、あんたの言ってる事合ってるかもな。俺も何でか分からなかったんだが……なるほど、そんな考えもできたな」
 再び視線を戻して目の前の展示物を見つめる。そんなトゥーレの様子に少女は小さく笑う。
「どうした?」
「いえ、ごめんなさい。何だか子供みたいだなあって」
「子供か。確かに童顔だけどな」
「あ、いえ、そういう意味ではなくて。また私ったら失礼な事を」
 うって変わって慌て始める少女。その様子を見て、トゥーレはおかしくなった。
 その時、館内に軽い足音が響いた。
「カリムー」
 ショートカットの小柄な少女が館内を走りながら金髪の少女に向かって手を振っていた。その隣には銀髪の小人のようなものが宙を浮いている。
「こらっ、はやて。走ってうるさくしちゃ駄目でしょ」
 はやてと呼ばれた少女は注意された事で急停止した。
「わっとっと、ごめんカリム」
「ごめんなさいです」
 少女と小人が同時に謝る。
「まったくもう……。あ、ごめんなさい、騒がしくして」
「まあ、この部屋には俺達しかいないからいいんじゃないのか?」
 トゥーレは全く気にしていないようだった。ただ、次の展示物を見るために少し移動しようとし――
「あっ! SSの人や!」
「はあ?」

「えっと、つまりはやてはフェイトやなのはの友人で、バルディッシュから俺が戦っている時の映像を見たと?」
「はい」
 三人は美術館内の休憩所に移動していた。長椅子にトゥーレ、はやて、カリムの順だ。小人ははやてとカリムの間で浮いている。
 トゥーレは自販機から買った缶コーヒーに口をつける。
「トゥーレさんのバリアジャケット、私がいた次元世界の昔の軍服と細部はちごうたけどそっくりだったんですよ。それでつい大声で……」
「その場で適当に作っただけなんだけどな。そんなに似てたのか?」
「はい、そりゃあもう」
 既に自己紹介を済ませている。二人の少女は共に古代ベルカ式の魔法を使い、去年の初めに知り合い友人になったのだそうだ。そしてはやての隣で浮く小人はリインフォース・ツヴァイという誕生してまだ間もない融合デバイス。
 融合型デバイスを持つ魔導師などトゥーレにとって初めての存在で驚きと物珍しさがあると同時にある懸念が沸き起こる。
「なあ、カリム。こいつもあれか。無茶するタイプか」
「あっ、わかります? 大人しそうな顔して無茶苦茶なんですよこの子。友人として心配で心配で」
「えっ!? なんやのそれ。私そんな無茶してへんで!」
「はあ……こいつもか」
 大げさな程にトゥーレは溜息をつく。
「あー……もしかしてなのはちゃんやフェイトちゃんの事ですか?」
「ああ。どういうわけかあいつらに会うと頻繁に溜息が出る」
「あの二人ほど無茶してへんよ? 私は」
「確かその二人ははやての親友なんでしょう? よくはやてから話は聞くけれど、そんなに無理をしているの? 今は入院中だって聞くし……」
「そうや、病院や! 今日クイントさんが退院する日や」
「クイントととも知り合いかよ……」
 どういう巡り合わせなのかと自分を呪いたくなったトゥーレだった。
「なのはちゃん通じて知り合ってん。私もこれから行くとこやったし、トゥーレさんもどうかな?」
「いや、俺は……」
 はあ? 何で俺が、と言いたかったが何故か瞳を輝かせるはやてに見上げられて口ごもる。
「ヴィータと喧嘩した事気にしてんの? それなら誤解ってわかっとるよ」
「いや、そうじゃなくてだな……どうしてそんなに俺を誘うかってことでな……」
「SS軍服だから」
「え? そんな理由でか?」
「ほらほら、クイントさん行ってまうで~。ほなカリム、また連絡するな~」
「いやいや、ちょっと待てこの野郎。何強引に連れて行こうとしてんの? 離せよコラ」
 ヤンキーみたいなトゥーレの物言いに動じずに彼の袖を掴んで引っ張っていく。
「行くですよー」
 生後一年足らずのリインフォース・ツヴァイもはやてのマネをしてトゥーレの袖を掴む。その際、トゥーレの肌と一瞬だが触れた。
「――はれ?」
「ん? どうしたん、リイン?」
「いえ、何でもないですよ。多分気のせいです」
「…………」
「そうか? ほな、カリムまたなー」
「あんまり迷惑掛けちゃ駄目よ?」
「手振ってないであんたも止めろよ!」
(トゥーレ、聞こえているかしら?)
 突然頭の中で声が響いた。ウーノによる通信だ。
(……ちょっと待ってろ)
「悪いが、俺はこれから用があるんだ。この手を離してくれ」
「えー?」
「はやて、駄目よ。無理強いしちゃ」
「あんたが言うなよ。……まあ、そういうわけだからまたの機会にな」
「それじゃあ、連絡先教えてください」
「…………」
 デバイスも通信端末も持っていないトゥーレだった。ナンバーズ間ではデバイス無しで通信でき、自分自身デバイスの機能を持っているトゥーレにとってどちらも不要なものだからだ。だからと言って『自分』のアドレスを教える気もない。
 故にトゥーレが取った行動は――
「じゃあな」
 逃走だった。
「あーっ! 逃げたーっ!」
 身長差による歩幅と、十代前半の少女と戦闘機人の身体能力では当然差がありすぎて、トゥーレはあっと言う間に走り去ってしまう。
「最近のガキはああまで強引なのか?」
 そんな事を言いつつ二人、いや三人の姿が見えなくなった距離でトゥーレは走りを歩みながら、人気の無い場所へ移動する。美術館からも出、街中の影へと身を隠す。
 そして、通信用モニターを表示させた。
「人の楽しみ邪魔しやがって、と言いたいところだが今回は助かった」
『何かあったの?』
「いや、変なのに絡まれただけだ。それよりもウーノがいきなり通信を入れてくるなんて珍しいな。何か緊急か?」
『ええ、そうね。例の組織について少し分かった事があるの。それについて貴方に協力して欲しいから悪いのだけどアジトに戻って来てくれる?』
「了解」
 その一言で通信を切る。同時に転移魔法を発動。スカリエッティのアジト近くまで跳ぶ気なのである。転移が開始される直前、トゥーレは自分の手を見る。
 リインフォース・ツヴァイと触れた部分だ。トゥーレは彼女が融合型デバイスだとは一目で気がついていたが、その繊細さまでは分からなかった。
「危うくプログラムに介入する所だったな……」
 呟いた直後、誰の目に触れる事無くトゥーレの姿が消えた。



 日付が変わりかける時間帯、無限書庫内の一般に開放されている区画は暗闇の中に静まり返っていた。当然と言えば当然の事だ。しかし、無限書庫の職員達は違う。
 最近になって整理され混沌となっていた領域が減り始めたものの、それでも無限書庫は混沌の名を欲しいままにしていた。
 無限書庫では職員達が時間帯など関係なしに日夜整理を続けている。
 大人達が大量の本やデータを抱えて螺旋階段を歩き回り、浮遊しながら移動し目録を付けていく中、その中央にまだ十代前半と思われる小柄な少年がいる。
「スクライア司書、このデータはどこに?」
「ああ、それはミッドチルダ史担当の人に渡してくれるかな」
 少年の名はユーノ・スクライア。歴史調査を本業とするスクライア一族であり、検索魔法と探索能力を買われ、彼は若くして無限書庫の司書として働いている。
「わかりました、スクライア司書」
「うん――あっ、閲覧禁止レベルの物が何でこんな所に!? 誰か急いで回収お願い!」
 意外な所から危険な物が時折見つかるために油断できない職場だった。
 ここ最近のユーノは無限書庫の整理に忙しかった。彼の友人である高町なのはの見舞いに行っていた遅れを取り戻そうとする勢いだ。
 見舞いなら時間が潰れるとしても半日程度で、仕事は多少遅れるが深刻な程ではない。しかし、ユーノは何日も病院に通い続けていた。それは重傷を負った友人が心配だったというのもあるが、おそらく罪悪感からなるものの方が大きい。
 彼女の怪我はアンノウンによるものではあったが、彼女の体に累積したダメージはそれ以前の過度な訓練、カートリッジシステムの反動、そして常人には無理な砲撃魔法による後遺症によるものが大きい。
 高町なのはにデバイスを渡し、魔導師としての才能を開花させてしまった事にユーノは責任を感じていた。
 そんな彼が今無限書庫にて遅れを取り戻そうと働いているのは、大雑把に言えば追い出されたからだ。
 クイント・ナカジマ。なのはと同じ病院に入院し、あるキッカケで仲良くなったという大人の女性。彼女は頻繁に来るユーノやフェイト、ヴィータなど、なのはの友人達を強引に追い出したのだ。
 ――仕事があるなら仕事しろ。学校あるなら学校行け。君らがそんなに世話焼いても怪我が早く治るわけでもなし。それとも医者の仕事とる気なの?
 キツいようで、言っている事はもっともだ。ユーノ達はなのはの様子が気になりながらも自分達の事を再開し始めた。
 当然、なのはの様子が気になり手がつかない日もあったが、間を空けて見舞いに行ってみると追い出されもしなかったし、なによりなのはが無茶をしていなかった事に安堵を覚えた。
 お人好しで頑固者のなのはがまた無理をしてしまう事がユーノを初めとした友人達の心配の種だったのだが、クイントという大人が傍にいる事で歯止めになってくれている。ユーノが無限図書に行く途中に立ち寄った際、なのはがバインドでベッドごと簀巻きにされていたのはさすがに驚きはした……。
 彼女は本日退院したらしいが、毎日昼にはなのはの病室に通うという事だった。頼れる大人としてクイントがいるおかげで、ユーノは罪悪感など凝りを残しながらも仕事に集中できるようになった。
「――ん?」
「どうしました? スクライア司書」
「あっ、いや、何でもないよ」
 一瞬感じた違和感。それでつい周囲を見回してみたが、何もおかしな所は無く、いつもの無限書庫で職員達が真面目に仕事をしているだけだった。

「おいおい、今のは危なかったんじゃないのか?」
 危ない、というわりに楽しそうな若い男の声が人気の無い無限書庫の一角でした。
「集中力が途切れ、周囲に意識が向いたようですが予測範囲内です。問題ありません」
 感情が感じられない少女の声が若い男に答える。
「だが、思ったよりも鋭いのは確かだな。騒ぎになる前に回収を急ぐぞ」
 低い声が二人を急ぐよう促す。
 それは奇妙な三人組だった。赤いロングコートを羽織った若い青年に白に近い薄い水色の髪をした小柄な少女、そして黒いコートを羽織った厳つい男だ。
 彼らは足音を消し、気配を消しながら無限書庫内を歩く。その先は閲覧禁止の区画だった。
 どう見ても職員ではない。しかし、それを咎める者は誰もいない。すぐ横を通り過ぎたとしてもだ。
「便利だな、その能力」
 青年が目の前を歩く少女に軽い調子で言う。三人は少女を先頭にし、並んで歩いている。後ろの男二人は、少女が歩いたルートを寸分の狂いも無く辿っている。
「応用しているだけです。人の目を一時的に誤魔化せても機械は無理です。しばらくすれば気付かれてしまいます」
「ああ、だから俺達が護衛として連れられたのか」
「フィーアがもう少し早く稼動していれば二人だけで十分だったのですが……着きました」
 少女がデータベースのある項目の前に立ち止まる。男達はその少女を守るかのように背後に並んだ。
「おいおい、フィーア一人で護衛が務まるなら俺かアインどっちかで良かったんじゃないか?」
「貴方達の能力が穿ち過ぎです。加減しながらもあらゆる事態に対応してもらうには二人一緒に護衛して頂いた方が被害が少ない。どちらか一方だと、無限書庫自体破壊しかねませんから」
 青年は少女の背後で肩を竦め、大男の方は黙ったままだ。
 少女が両の掌を宙に翳し、コンソールとモニターを表示させる。
「それではお二人とも、これから私はクラッキングに集中します。私が闇の書事件のデータを得るまで護衛は任せましたよ」





 ~後書き&補足~

 皆さん黒円卓大好きなようで。やっぱ良いよな!
 ですが、第三勢力は黒円卓ではありません。一応整合性とか無視したIfルートを考えていたりして、そこで黒円卓を出そうと考えてたんですけど、要望多いなら無理やりオリジナルキャラ+黒円卓連中で出しますよ? ただ、そうなるとStS本編で最終的に黒円卓VSスカリエッティ組VS機動六課の三つ巴戦になって六課が大変な事になります(強化案はある)。
 第三勢力はまだ正確な人数やキャラは決まっていませんが、一部はナンバーズのライバルと、そしてなのは達をいぢめる人として決まっています。今回出た三人とまだ出てない二人だけです。それ以外に関してはおいおい決めます。 

 ちなみに考えているIfルートでの黒円卓の設定としてはDies本編そのものではありません。戦力バランス取れないからです。なので、なのは世界用、設定に遵守して転生したような黒円卓となります。
 エイヴィヒカイトがミッドとベルカとも違う魔法体系として、聖遺物がデバイスとなっています。それでもオーバーS?なにそれ?みたいな戦力差ですけど……。
 Ifルートでもニートはいません。介入もしてません。黒円卓(首領と大隊長含む)がトゥーレより先にミッドにいてヒャッハーしてます。戒兄さんとベアトリスは何でか聖王教会にいます。兄さんモテモテです。



[21709] 十二話 前座
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2010/10/03 12:45
「娘達よお、私は帰って来たァーーッ!」
「お母さん、それ昨日も言ってた」
「違った。愛娘達よ、久々の私の手料理はどうだァ!」
「ちょっと焦げてる・・・・・・。それにまだいただきますしてないよ」
 クイントと娘、ギンガがテーブルの上に乗った朝食を微妙そうな顔で見て言った。
「お母さん、入院してからちょっと変」
 もう一人の娘であるスバルが悪意無く自らの母を変と宣った。それはつまり率直な感想という事だ。
「入院中にはやてちゃんから貰った映像データの影響かしら・・・・・・。まあ、料理に関して少し我慢して頂戴ね。直ぐに勘を取り戻すから」
 そう言ってクイントはエプロンを外し、テーブルを挟んだ娘達の向かい側へと席についた。
 昨日付けでクイント・ナカジマは退院した。意識不明の重体となった胴の傷もほぼ完治し、フルドライブとカートリッジシステム多用による後遺症もリハビリによって解消した。
 今日が専業主婦として記念すべき第一日目だった。
「それでは、いただきます」
 母の言葉に続いて娘達も元気よく言って朝食に手をつけ始める。
「お父さんは?」
「お父さんは夜中呼び出されて結局午前様みたいね。元局員として同情するわ」
 ゲンヤはクイントを病院に迎えに言った後オフだったのだが、深夜にいきなり通信が来て管理局へ向かう事になり、結局朝になっても帰って来なかった。
「お母さんはずっと家にいるんだよね」
「そうよー。お母さんはこれから主婦兼自宅警備員なの」
「警備員・・・・・・」
 クイントの言葉にギンガが視線を逸らした。既に仕事の合間を縫ってシューティングアーツをクイントから教わっていた彼女は家に忍び込む泥棒を想像して同情した。
 局員を止めたと言っても陸戦魔導師AAランクは変わりなく、格闘技を扱う武道派。これ以上ない位の警備員だった。
 その時、玄関のドアが開いた。同時にゲンヤが顔を出し疲れたような表情で帰宅の挨拶をする。
「あー、ただいま。まだメシは終わってないよな?」
「あら、お帰り。一応ご飯は用意してあるけど食べる?」
「おう、ありがたく貰おう」
「お父さんお帰りー」
「お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
 ゲンヤは制服のネクタイを緩めながらクイントの隣に座る。
「相変わらず凄い量だな」
 テーブルの上には朝食が山盛りとなっていた。妻と娘達は当然の事のように山を削り食べていく。
「病院食は量が少なくて困ったわよ。さすがに他の患者さんの奪うわけにもいかなかったし」
「そもそも奪うという発想がおかしいだろ」
「うーん、やっぱりそうかしら? なのはちゃん達にも同じ事言われたのよねー」
「そういえばあの嬢ちゃんの怪我はどうなんだ?」
「怪我そのものは治ってるんだけど、後遺症がねえ。リハビリしていけば後遺症も残らないらしいんだけど、あの子無理する癖あるから。今日のお昼にも様子見に行くわ」
「いいなあ、私もなのはさん達と遊びたい」
「こら、スバル。お母さんは遊びに行くんじゃないわよ」
「え? 遊びに行くんだけど?」
「・・・・・・・・・・・・」
 ギンガのフォローは見事に無駄に終わった。
「いいないいなー」
「今度連れてって上げるわよ。ギンガも来るでしょ?」
 小学生の娘のフォローを台無しにした母親は朗らかに笑う。
 久しぶりの家族全員での朝食は騒がしいものだった。

「行ってきます」
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい」
 二人の子供が家を、通学路を進んでいく。その後ろ姿をナカジマ夫妻が見送る。
「それで、何か事件?」
 ギンガとスバルの背中が見えなくなり、夫妻が家に入った途端クイントは口を開く。
「まあな。無限書庫が襲われた」
「えっ、無限書庫って本局内じゃないの。確かユーノ君が働いてはずだけど・・・・・・」
「あいつなら無事だ。確認したからな。職員は全員無傷、警備の人間除いてな」
「ふうん。でも、無限書庫の管轄は本局でしょう。というか、内部だし。地上部隊のあなたがどうして夜中に叩き起こされたのよ」
「襲撃犯が俺の管轄区域に逃げ込んだからだ」
「あーらら。本局の無限書庫襲ってデータ盗むような犯罪者の捜索をする羽目になったのか」
「まったく、せっかくしばらくは親子水入らずで過ごせるかと思った矢先にこれだ」
 大きな欠伸をしながらゲンヤが苦々しく言う。
「昼にまた部隊の指揮執らないといかん。少し仮眠取るぞ」
「食べてすぐ寝ると体に悪いわよ」
 そう言いつつも止める気はない。ゲンヤは本当に眠そうで、朝食の時も無理矢理起きていたようだったからだ。
「そういえば、盗まれたデータって何なの?」
 寝室に向かうゲンヤの背中に問いかける。
「詳しくは機密事項なんで教えてくれなかったが、闇の書というロストロギアとそれに関する事件のデータだとよ」

「それ、ホンマなん?」
「うん。クロノには既に連絡した。もしかするとそっちに護衛を送る事になるかもしれないって」
 無限書庫の外、ユーノ・スクライアが通信モニターを開いていた。相手は八神はやて。モニターにはリインフォース・ツヴァイも映っている。
 深夜、無限書庫を襲った犯罪者に関してユーノははやてに報告していた。彼女は闇の書、夜天の書の正式な主だ。無限書庫から盗まれたデータの内容からして伝えるべきだと思ったからだ。
「もう少ししたら管理局から正式に連絡が行くと思うよ。シグナム達がいるから護衛は十分過ぎると思うけど、注意してね」
「ああ、わかっとるよ。それにしてもまだあの事件を掘り起こそうとする人がおるとは・・・・・・。犯人はどんな奴なん?」
「三人組。驚いたよ。いつの間にか閲覧禁止区画にまで侵入されていたんだから」
 ユーノは昨夜の事を思い出す。
 検索魔法で書庫の整理を行っていた時、突然警報が鳴りだした。警報はいきなり無限書庫の重要区画に侵入者がある事を伝え、職員達は大混乱だった。
 職員には当然魔導師もいたが戦闘向きではない。何より、重要区画には今自分達が作業している場所を通り過ぎなければならないのだ。そんな不審者など、誰も見ていない。
 ユーノは職員を避難させながら、侵入者がいると思われる区画に急いだ。直接戦闘こそは苦手だが、結界魔導師として侵入者を足止めできると思ったからだ。
 途中で追いついてきた警備の魔導師達と合流し、その場所へ行ってみると、明らかに管理局の局員でも無限書庫の職員でもない三人組がいた。
 道を阻むように大男が立っており、その後ろでは壁に寄りかかっている若い男。そして奥には背中を向けているが不法アクセスしている張本人と思われる小柄な少女がいた。
 彼らに警告を発したものの、見事に無視され、いざ捕らえようと魔導師達が動こうとした瞬間、いきなり撃たれた。それも射撃魔法ではない、実弾だった。
 それからが悲惨だった。質量のある弾丸の雨で牽制され、近づこうとすれば大男が炎熱魔法で壁を作る。バインドを仕掛けてもバインドが燃やされた。
 ユーノの防御魔法のおかげで被害は抑えられたが、魔導師達は悉く倒され、無限書庫にも被害があった。しかも、侵入者はデータをまんまと手に入れ脱出まで成功させている。
「とにかく気をつけて。犯人は闇の書事件以外にも色々と盗んでいった。それと・・・・・・」
「なのはちゃんには内緒やね。わかっとるよ」
「うん・・・・・・」
 なのはは未だにリハビリ中だ。ようやく松葉杖で歩ける程度まで回復したというのに、闇の書に関する情報を盗んだ者がいるとわかればはやての所へ行こうとするだろう。
「それじゃあ、また」
「うん」
 通信を切り、ユーノは両腕を上げながら大きく伸びをし、背中と肩から骨の鳴る音がした。
 休息を取る為に仮眠室へ向けて廊下を歩く。現場に来た管理局の捜査官に昨夜の事を話していた為に徹夜明けだ。徹夜は既に慣れてしまっていたが戦闘の緊張感で普段よりもユーノは疲労していた。



 刺すような熱線が降り注ぐ砂漠に三人分の足跡が続いていた。前方に二人、少し遅れて一人。日除けのロープをそれぞれ羽織っている。
 熱による陽炎が風景をぼやけさせ、地平線がゆらゆらと弛めているようにも見える。視界には砂と空気しかなく、同じ風景ばかりが並びいる者の感覚を狂わせる。
「あ~つ~い~」
「うるせえ黙ってろ」
 猫背になっているセインの前でトゥーレがモニターに映し出されたマップを見ながら叱咤する。
「セイン、だらしない」
 その隣では無表情のディエチがいる。
「だって熱いんだもん。トゥーレ飛べるんだから運んでよ~。何で一日も掛けて歩くのさ~」
「何がいるか分からないからな。極力目立つのは避けたい」
「え~」
 三人はウーノが解析した情報を元に正体不明の犯罪組織が使っていたと思われる研究施設へと向かっていた。情報が古く、既に撤去されている可能性が高かったが、組織について何か手掛かりが掴めるかもしれないと調査に向かっているのだ。
 出発は昨日なのだが、管理外世界に詳しいトゥーレに意見により飛行せずに三人は徒歩で研究施設を探している。おおまかな座標は分かっているが目印となる物が無い砂漠世界。既に夜を越し、丸一日が経過しようとしていた。
「昨夜の星、綺麗だったなあ」
「人間がいないだけであんなに透き通るもんなんだな」
「あの時は寒かったー」
「お前熱いだの寒いだのうるさい」
「だってそうなんだもん。普通の人ならとっくに干乾びてるよ。どうして二人はそんな平気そう…な……トゥーレ何それ!? 一人だけズルイ!!」
 セインが指差した先、そこにはトゥーレに左手があり、氷が握られていた。
「何が?」
 見せ付けるように左手に持つ氷の一角を噛み砕く。凍結魔法で作った氷だ。
「その氷だよ!」
「欲しいのか?」
「うん! っていうか寄越せ」
「それが人に頼む態度か」
「ちょうだ~い」
 途端に甘えたような声を出しながらトゥーレに寄りかかる。同時にさりげなく腕を伸ばしてトゥーレの持つ氷を奪おうとする。
「――フッ」
 セインの手から逃れながら、一笑。
「うわっ、鼻で笑われた!」
「色気が足りねえ出直して来いガキ」
「お姉ちゃんに向かってひどい!」
「……二人とも元気だよねえ」
 呆れながら二人を振り返るディエチ。その手にはトゥ-レ同様に氷が握られている。
「えーっ、何でぇ、何でディエチだけ貰ってるの!?」
「普通に頼んだらくれたよ……」
「ずるい!」
「お前が妙なしなを作るからだ」
「やっぱ胸? 胸なのか!?」
「…………こいつ熱で脳がやられたんじゃないのか?」
「そう思うなら意地悪しないであげなよ」
 ディエチに言われ、犬に骨でもやるかのようにトゥーレはセインに氷を投げ渡した。
「うおーっ、冷たーい」
「さて、と。ウーノが解析した情報だとこの辺りなんだけどな……」
 モニターへと振り返ったトゥーレを辺りを見回す。辺りは変わらず砂が広がっている。
「何もないけど?」
「地下だろうな。わざわざ無人世界で地下施設作るとは大した念の入れようだ。うちの変態にも見習わせたい」
 スカリエッティの顔や声は意外にも管理局に記録され時空犯罪者として指名手配されている。ほとんどアジトに引きこもって人前に姿を現さないのだが、破棄した施設に会話記録や映像など残っており、それが管理局の潜入操作により回収されたからだ。詰めが甘いのか、自己顕示欲が強くワザと残したのかは不明だ。トゥーレは後者だと思っている。
「セイン。ディープダイバーで地下を調べてくれ」
「はいはーい」
 氷を手に入れて機嫌が直ったのか、セインは元気よく返事をしてローブを脱ぎ、ディエチに手渡す。
「IS発動、ディープダイバー」
 テンプレートが足元に出現し、セインの体が地面の中へと沈む。
「相手の組織、私達と同じ戦闘機人がいるんだよね。どれほどの規模なんだろ」
「さあな。だが、あの設計図をスカリエッティに見せたら不備が見当たらない成功作品だと言った。ムカツク事にあいつの科学者としては本物だ。そのスカリエッティと同等の戦闘機人を作れるならかなりデカイと考えた方がいい」
「ふーん」
 二人がしばらく砂漠の真ん中で突っ立っていると下からセインが顔を出した。
『あったよ』
 セインから通信が入る。
「早かったな」
『うん、ビンゴだった。この下に研究施設みたいなのがあったよ。もう廃棄したのか大分寂れてたけどね』
「そうか……一度戻って俺を連れてってくれ。中を調べてデータベースが残ってるか調べよう」
『了解』
 トゥーレは自分のローブをディエチに渡す。
「ディエチは念の為どこかに隠れてろ」
「わかった」
 トゥーレは新たに魔法で氷を作り、ディエチに渡す。そして、砂から上半身だけを出して戻って来たセインの手を掴むとそのまま下へ沈んでいった。

 トゥーレとセインは研究施設だったと思われる地下施設の廊下を歩いている。長い事放置されていたらしく、埃が降り積もっていた。
 二人が足を踏み出す度に床の埃が舞い、雪原のように足跡が残った。
「中枢はここみたいだな」
 エリアサーチによって生成したサーチャーを回収し、二人は立ち止まる。
 廊下の突き当たりにあった扉をトゥーレが蹴破ると、コンピュータが立ち並ぶ部屋だった。
「ここは俺が調べる。セインは他の部屋調べてくれ」
「りょうかーい」
 セインが部屋を出て別の場所を探索し始める。トゥーレは一度部屋を歩き廻ると奥にあったコンソールに触れる。
「やっぱエネルギーは供給されてないな」
 トゥーレは足で床を踏み抜くと穴に手を突っ込んで床下の配線を漁り始めた。そして、エネルギー供給ケーブルを引っ張り出すと魔法で電気を流し始めた。
 打ち捨てられていた機械が目を覚ました。
 コンソールに積もった埃を振り払い、トゥーレはコンピューター内部に残ったデータを検索し始めた。
 データは当然消去されてはいたが、断片は残っていた。
「時間掛かりそうだな……」
 また記録媒体如抜いてウーノ達に押し付けようかとトゥーレが思った時、セインから通信が入った。
『何かあった?』
「ぼちぼちな。そっちは?」
『生体ポットが四つ。一つ除いて空っぽ』
「一つ除いて? それには何があったんだ?」
 少し言い淀んで、セインがポットの中にあった物を口にする。
「……そうか。他に何もないようならお前はディエチの所に戻ってろ」
『トゥーレは? っていうか私いないと帰れないじゃん』
「出口ならもう見つけた。デカイ荷物もあるからそこから出るさ」
『そう? なら先に戻ってるね』
 通信が切れると、トゥーレは記録媒体を手に入れる為に壁を破壊し始めた。

「ただいまー」
 セインは地上に戻るとディエチが出迎え、セインが羽織っていたローブを返した。
「どうだった?」
「目ぼしい物は何も無かった。ただ、トゥーレが記録媒体持ち帰る気でいるみたい」
「ふーん。……え、一人で? セインのディープダイバーなら直ぐなんじゃないの?」
「重いだろうし、出口もサーチで見つけたから自分で運ぶってさ」
「そっか。それで出口ってどこ?」
「えっと、多分あっち」
 セインがモニターを表示させて確認しながらある方向を指差した。その指差す方向とセインのモニターを覗き見たディエチは困った顔をする。
「遠いね」
「中が広かったからね」
「一応、迎えに行こうか」
「そだね」
 二人が歩き出そうとした時、光の柱が突如出現した。
「えっ?」
「――これは、伏せろ!」
 セインとディエチはその場で身を伏せる。
 光の柱は二人が向かおうとした座標、研究施設の真上に落ちて来ていた。
「砲撃魔法!?」
 光は柱では無く、砲撃だった。しかも一つだけではない。最初の熱線から幾条もの熱線が施設の上へと降り注ぐ。
 砲撃による熱線は砂を抉り、施設に破壊をもたらしながら幾度も爆発する。衝撃の余波で砂が大量に舞い上がり、セインとディエチの上へ降る。
 爆発による地面の振動がなくなり、落ちてきた砂の雨が止むと、二人はようやく砂に埋もれた身を起こす。
「一体何が……」
 ディエチは爆心地を見る。そこは砲撃の連射を受けて大きなクレーターを形成していた。
「……そうだ、トゥーレは!?」
 施設の中にはまだトゥーレがいたはずだ。しかし、通信が繋がらない。
「くっ……ISはつど――」
「待ってセイン。誰かいる」
 ディエチの視線の先はクレーターから上空へと向いている。その空には人がいた。
 二人からは背を向けているので顔は分からない。しかし、真っ赤なコートに金の髪という目立つ特徴があった。その人物はゆっくりと下降し、クレーターの中へと降りて行った。
「あいつが砲撃を?」
「多分。行ってみよう。どのみちトゥーレを助ける為に地下施設には行かないといけないわけだし」
 二人はローブを脱ぎ捨てて駆け出す。ディエチはイノーメスカノンを巻いていた布も解いた。
 クレーターの淵の砂が盛り上がっている場所まで来ると、二人は身を低くし寝転ぶようにして淵の部分に身を倒す。頭だけ出してクレーター内部の様子を伺った。施設の壁や天井の破片なのか、金属の塊が辺りに散らばり火を噴いていた。
 そしてクレーターの中心に砲撃したと思われる金髪の男がいた。
「やれやれ、下請け業者が壊滅したんで念の為に関わりのあった基地を破壊しろ、なんて面倒な任務を押し付けてくれるよな」
 長身痩躯の男は誰もおらず、独り言を言っていた。
(何者だろう?)
(例の組織の人間、かな。ともかくさっきの砲撃は私達を狙ったものじゃない)
(じゃあ、交戦する前にトゥーレを回収して撤退しようか)
(うん、それがいいと思う。さっきの砲撃からして相当強い)
 声が男に聞かれないよう通信にて二人は会話する。
「前回の任務から一日も経っていないっていうのに人使いが荒くてしょうがない」
 セインがISで地面の中に潜ろうとする。
「キミらもそう思うだろ?」
「――!?」
 ディエチは咄嗟に潜りかけたセインを自分の傍まで引っ張り上げる。同時進行でバリア系の防御を展開。ほぼ同時に張ったバリアに凄まじい衝撃が襲った。盛り上がっていた砂が全て吹き飛んで二人の姿が顕わになる。
「だけど、前の任務よりはやり応えがありそうで嬉しいよ」
 男の手にはいつの間にか拳銃が握られており、銃口が二人に向けられていた。銃口から立ち上る硝煙が二人を撃った証拠だ。
「実弾!?」
 バリアに弾かれて周囲に散らばった鉛を見てディエチは相手の武装を確認した。
「実弾であの連射!?」
 管理局で禁止されている質量兵器。その使い手がいたとしても二人が驚く事はない。同じ穴のムジナであり、ディエチのイノーメスカノンも実弾を装填する機能はある。多少面食らってもそれほど驚くものではない。
 しかし、男は一瞬で二人の周囲にある砂を吹き飛ばす程の連射を行ったのだ。実弾ならば物理的に装弾数は決まっているはずだが、男の持つ拳銃は構造上有り得ない連射を起こした。リロードを行った様な隙も無い。
「くっ」
 ディエチはイノーメスカノンで足元を撃った。
「へえ」
 セインとディエチの目の前で砂柱が舞って男の視界から二人の姿を隠す。砂柱が落ちる頃には二人の姿は消えていた。
 そして二人が消えた場所から違う方角、クレーターの外側から砲撃が空に向かって伸びた。
 砲撃は上空で機動を変えて男の方へと落ちていく。
「これは中々楽しめそうだ。前回と違って手加減しろと命令は受けてないんでね。こちらも出し惜しみは無しだ」
 男は銃口を落ちてくる砲撃へ向ける。銃身に環状型のミッド式でもベルカ式でもないエネルギー制御陣形が現れた。
 高エネルギーを纏った実弾が砲撃を撃ち落す。
 それを予想していたのか撃ち落される前に新たな砲撃がいくつも発射されて男へと落ちていく。
 男はメチャクチャな構えでそれらを全て撃ち落し、突然銃口を上ではなく横に向けて撃った。直後、男の横で爆発が起きた。
「相手の視線を上に向けさせ、その隙に別方向から狙撃か」
 いつの間にかクレーターのう淵に登っていたディエチの顔に驚きの色が浮かぶ。男が言うように相手が上を向いている隙に横から直射射撃による狙撃を行ったが、男はそれさえも撃ち落してみせた。
「それで本命はこっちか」
 横に向けた銃口を更に後ろの足元へ向けて連射した。
 弾丸の雨で砂が抉れて舞う。そして、砂の中からディープダイバーで潜っていたセインが跳び出して弾丸の雨から逃れる。
「へえ、無機物の中に潜る能力か。魔法じゃないな。と、すると戦闘機人か」
 セインは砂の上に着地して、二の腕を押さえた。弾丸をかわし切れずに負傷したのだ。
「どうして私の位置が!?」
「勘だよ」
 答えになってない答えを言って、男は銃口を再びセインに向けた。
「セイン!」
 ディエチが淵から飛び降り、クレーターの斜面を滑りながら男に向けて直射砲を撃ちまくる。セインは男の気がディエチに逸れたのを見ると、再びディープダイバーで潜った。
 それに対して男は哄笑し、銃口をディエチに向きなおす。
「いいね、同じガンマンだ。ここは一つ派手に撃ち合おうじゃないか」
 機関銃の連射がディエチを捉える。
 環状型のエネルギー制御陣形によって弾速、威力共々上昇されている。ディエチはシールドを展開しながら不安定な足場からそれを撃ち落し、相殺していく。だが、連射速度に圧倒的な差があった。
 ディエチが一つ撃ち落す間に相手の銃弾はシールドに何十も命中する。しかもシールドの効果範囲から僅かにはみ出たディエチの体に対しても正確な射撃が行われ、ディエチの体が抉られていく。
 とうとう耐え切れずにディエチの体勢が崩れ、斜面の上を転がっていく。それを逃すほど男は甘くは無く、容赦なく弾丸の雨をディエチに与えた。咄嗟にイノーメスカノンを盾にする。
 イノーメスカノンは男の射撃に耐えてはいるものの、それも時間の問題だった。弾丸の威力により、狙撃砲の装甲が破壊され、周囲には衝撃で砂埃が舞う。
「ディエチッ!」
 ディープダイバーで潜っていたセインが砂の中から腕を伸ばしてディエチを掴むと砂の中に引っ張り込んだ。そのままディエチの盾になるよう抱えて砂の中を移動する。だが、砂の壁など男にとって紙同然だった。
 雨など生易しい表現では表し切れないほどの連射が砂ごと二人を射抜いていく。
 周りの砂など全て吹き飛ばし、二人の姿が顕わになる。男が射撃を止めると砂埃が止んだ。二人の体は既にボロボロになり、セインに至っては左肩から先が半壊し、歪んだ基礎フレームが皮膚の下から見えるほどだ。
「さっきの銃といいキミ達は意外に頑丈なんだな」
「う……くっ…………」
 セインに庇われたディエチが体を起き上がらせようと身を捩る。
「まだ動くとは感服するよ。だけどこれ以上やると弱い者イジメしてるようでオレも気分が悪い。これでサヨウナラだ」
 男が下ろしていた銃口を二人に向ける。
「レスト・イン・ピース」
 一つしか聞こえない銃声に四つの弾丸が放たれた。それぞれ二人の頭部と心臓を正確無比に命中する射線。貫くどころか吹き飛ばしかねない威力を持って二人に襲い掛かる。
「――っ!?」
 突如、倒れる二人の前に巨大な砂柱が立ち上がり四つの弾丸を飲み込んだ。
 加減も甘えも無い必殺の弾丸はたかが砂程度では意に介さず二人を貫くはずだ。だが、砂が舞い落ちる音と共に聞こえたのは金属同士がぶつかり合い、質量の軽い方がはじかれた音が四つした。
 空に立ち上った砂柱が全て落ち、埃も風で振り払われた先には長大なギロチンがナンバーズ二人の盾になるよう構えられていた。
「へえ……」
「……てめえ」
 黒いギロチンを右腕から生やした彼は軍服風のバリアジャケットに身を包み、金髪の男から二人を守るよう立ちはだかる。額から血を流しながらも、顔には怒りの表情があった。
「なに俺の姉ボコってんだ、殺すぞ」





 ~後書き&解説~

 原作の名シーンをあざとくパクリました。名台詞も。『姉』が『女』に変換される日は来るのだろうか……。

 予想していましたが、皆さんどうやら黒円卓の弱体化は反対なようですね。まあ、あくまでIFルートの案なので本筋には関係ありませんので黒円卓参入はしばらくIFは見送りに。
 一応、弱体化させず、なのは側をきっちり目立たせる(戦闘面ではなくストーリー的に)大まかな設定案はある事はあるのですが、自分の脳のスペックを明らかに超えていて今まで以上にしっかり練らないと成り立たないという書く側しては地獄の設定だったりします。どのみちIFはお預けですが。


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