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[22116] 【ネタ】こんなネギも絶対居るよね(シリアス ネギ改変)
Name: ホットケーキ◆60293ed9 ID:10285d3b
Date: 2010/09/23 17:09














何処かの誰かは言った。
世の中には幸せな者が居れば、不幸な者が居ると。

まるで、光と闇。カードの表と裏の様に。

そして、そういった幸福な人間が幸福であればあるほど、












その世界の犠牲者とも言える不幸な人間の不幸は、増す。

















燃え盛る村。
僕はただ泣くだけしか出来なかった。
魔法の射手の一つすら放てず、瓦礫をどかすだけの力も無く、紅い炎を消し去る手段を思いつくだけの知恵も無い。


ただただ、目の前の事に流されて行くだけの、無力な子供。


ココロの底から絶望した。
無慈悲な現実にも、現実に立ち向かえない弱い自分にも。
三歳だったのだから当たり前だろう。
だけどそんな理由で見逃してくれる程現実は甘く無いし、自己嫌悪も収まらない。

石になった、僕の大切な人達。
世話をしてくれたおじさん。幼馴染の両親。村の人達。




そんな地獄から助けれてくれたのは、一人の魔法使いだった。
それも只の魔法使いでは無い。

世界を救った英雄と呼ばれ、死んだと周りから言われた、僕のお父さんだった。


父さんの力は凄まじかった。
膨大な魔力による魔法は魔族達を数十単位で薙ぎ払い、拳と足は、たやすく魔族の肉体を壊す。
それは圧倒的で、まるで人じゃない様だった。




父さんは暫くして、僕とお姉ちゃんを助けて何処かへ行ってしまった。
僕は遠くへ行ってしまうその背中を必死に追いかけたけど、追い付けなかった。

僕の手に残ったのは、一本の大きな杖。
自分の体に対して余りにも大き過ぎる、魔法を使うための媒介。


僕はこの時、父さん(ヒーロー)の様になろうと決心した。











四歳になった頃。
深夜、僕は学校の書庫に居た。
本来なら一人で、しかも子供がこんな夜遅くに入るなど問題以外の何ものでも無い。
でも、僕は早く強くなりたかった。知恵を得たかった。

早く、父さんの背中に追い付きたかった。


「……ネギ」


「!?」


ビクッ!と肩が震える。
思わず手に持っていた古い魔導書を落としてしまった。
恐る恐る、後ろを振り替える。
書庫入り口の扉の前、そこに自分の姉が立っていた。
自分で言うのもアレだが、ネカネお姉ちゃんは美人だ。
薄暗い書庫の中でも、その美しさはハッキリと分かる。
……後、怒っている事も。


「お、お姉ちゃん……」


「ネギ、ダメじゃない。こんな夜遅くにこんな所に居ちゃ。それに、ここは立ち入り禁止よ」


「ご、ごめんなさい……で、でも……」


僕は慌てて言い訳しようとして、


「……?」


「?どうしたの、ネギ?」


「えっと……」


言葉に詰まる。
金色の髪。瞳の色。顔。背の高さ。
全てがネカネお姉ちゃんだ。

だけど、何処か表情がおかしい気がする。


「ネギ?」


首を傾げながら、お姉ちゃんは此方に向かって一歩を踏み出す。


反射的に、僕は一歩下がっていた。


「ネギ、どうしたの?」


「……」


僕は答えない。
言い様の無い緊張感と悪寒が身を包み、体から冷や汗を流させる。
ネカネお姉ちゃんはもう一歩踏み出す。

僕も、一歩下がる。


「あうっ!?」


ドンッ!と、本棚の壁に背中がぶつかる。
バサバサ!と反対側に積まれていた本が落ちる音がするが、僕の耳には入らない。
下がれない僕を余所に、お姉ちゃんは一歩一歩、ゆっくりと此方へやってくる。

コツ、コツ、とお姉ちゃんの靴が立てる音が、やけに響いて聞こえる。
机の上に置いてあるランタンの灯りが、一瞬強くなった。




揺らめくオレンジの色の光に照らされたお姉ちゃんの顔は、酷く歪んでいた。


「ネェ。ネギ、ドウカシタノ?」


「あ、あぁぁぁ……ッ!!」


これは、なんだ。
こんな歪んだ表情を、僕の知っているお姉ちゃんはしない。
こんな背筋に悪寒を走らせる様な声を、お姉ちゃんは発しない。


目の前の“コレ”は、自分の姉では無い。


「クスクス……ネギ、ドウカシタノ?」


「ぁ……ぁぁぁぁあああああああっ!!?」


僕は叫んだ。
だが恐怖に縛られ、体は動かない。
だから泣き叫んだ。

あの、雪の日の時の様に。


気がつけば、目の前の誰かは右手にナイフを握っていた。
禍々しい、紫色のナイフ。
所々魔法の術式が見えるので、マジックアイテムなのだろう。

そのナイフを僕の方向に向ける。
何時の間にか、後一歩の所まで距離を詰められていた。


もう、逃げられない。


「……シネ」


ポツリと、一言だけ呟いた後、僕の姉に化けた誰かはナイフを僕に向けて突き出した。

ザシュッ!!と、ナイフは切り裂いた。


僕を横に突き飛ばしたアーニャの肩を。


「……えっ?」


僕はゆっくりと床に倒れ込みながら、思わず呟いた。
何故?
何故アーニャが?

何故、僕じゃなくてアーニャが?


「チッ。人払イノ結界ヲ張ルベキダッタカ」


「うっ……」


ナイフを引きつつ舌打ちする誰か。
その言葉の間に、苦し気に呻いてアーニャは膝を付いた。


「アーニャ!!」


僕は慌てて立ち上がり、倒れそうになったアーニャを支える。
倒れ掛かって来たアーニャの体は少し重い。
体から完璧に力が抜けている様だった。
息が荒く、顔は汗が大量に流れており、青い。


「毒ノナイフダ……マァ、処理ハ後デ雇イ主ニ任セレバイイカ」


ナイフで空を薙ぎ、アーニャのローブの切れ端を落としながら誰かは言う。
その言葉をアーニャを支えたまま、ボーとした表情で聞く。

訳が分からなかった。
何でこんなことになっているのか。
何でこんな目に合わなければならないのか。


何で、自分はこんなにも不幸なのか。


「サウザントマスターノ息子……村ノ時ハ殺シ損ナッタガ、今回ハ確実ニ殺ス」


そのセリフを最後に、僕は自分の中で何かが変わるのを感じながら意識を闇に落とした。























次に目覚めたのは、病院のベットの上だった。
大人に話を聞くと、どうやら丸二日も経っていたそうだ。
体がズキズキ痛むのに疑問を感じつつ、更に詳しい話を聞く。

あの日、見回りの教師が轟音を耳にし駆けつけた。
そこで見たのはボロボロになって倒れる僕と、苦し気に呻くアーニャ。


そして、半解し瓦礫と化した書庫だった。


恐らく、自分の魔力が暴走し、その結果こうなったのでは無いかという話だった。


暫く経って病院を退院し、アーニャも問題無く退院した。


だが、僕の心はそう簡単には行かなかった。

目に付くモノ、全てが信じられない。

化けているのでは無いか、もしや猫を被っているのでは無いか。

ふとした拍子に、自分を殺そうとするのでは無いか?

もしくは、自分の名声や力を利用しているのでは無いか?

ネカネお姉ちゃんも、アーニャも信じられなくなった。赤の他人など論外だ。

物も、世界も、家族も、夢も。何一つ信じられない。

信じられない。

信じられない。

信じられない。

信じられない。








信じられない。






本当ニ信ジテモイイノカ?








僕は、全てを拒絶した。

















日本、麻帆良学園。
太陽が白い光を放つ朝、駅から学校までの大通りは登校中の生徒達で埋まっていた。
生徒達がそれぞれダッシュしたりスケボーに乗ったり電車に捕まったりしているため、正しく登校ラッシュと言える風景だった。

それもその筈。
何せ今の時間帯は遅刻ギリギリなのだ。
当然、誰もが急いで学校に向かう。




だが、そんな登校風景の中に一つだけ異様な光景が有った。


人によって産め尽くされている筈の通学路に、一つだけポッカリと空白地帯が生まれていたのだ。
十メートル程の円状に、人の居ない空間。
普通なら遅刻しないために、誰も居ないそこを駆け抜ける人間が居る筈だ。


しかし、通る人間は居ない。
皆、顔を少し青くしながらその円を迂回するように走って行く。
いや、正確には円の中心たる“少年”を避けるように、だ。

少年は身長からしてまだ子供。
十歳程度と言った所か。
赤と黒の髪はボサボサで手入れも全く施されておらず、肩までかかっている。
身に纏う白いローブもかなり擦り切れており、年季を感じさせる。
その背中には一本の杖。
木製の巨大な杖は包帯によって包まれていた。
肩には一つだけバックをかけている。


確かに、日本から見ればかなり異様な少年だが、麻帆良の生徒はその程度で離れようとするほど人見知りばかりでは無い。
では何故少年は避けられているのか?
答えは簡単。


避けられているのでは無く、避けさせているからだ。


少年から放たれる、常人すら理解出来る殺気。
とてつもなく巨大な、拒絶の波動。
背中から放たれるそれに生徒は冷や汗を垂らして迂回し、少年の横顔を見る。


横顔を見た百人の内、半分以上が絶句し、半分以上が視線を反らした。


普通なら美少年と言われておかしく無い筈の表情は、無。
何の感情も現さず、何の思いも映さない。
そして、黒い黒曜石の様な瞳にはただただ、絶望だけが映っていた。
この世界全てを憎み、この世界全てに絶望した目。


そんな、余りにも“異常”過ぎる少年は、周りの反応もお構いなしにゆっくりと歩を進める。


「日本で先生をやること、か……」


ポツリと、少年は日本に来て始めて呟いた。
彼が呟いたのは、学校での最終課題だ。

それに対し、少年は正直どうでもいいと思っていた。
学校を卒業したのは力が欲しかったからだし、もはや力を得た以上、自分のやりたいことも分からない。
昔、何か目的、夢が有った気がするが思い出せない。
別に思い出せなくていいとさえ思う。
今更、夢など追いかける積もりにもなれない。


そんな風に、全てを拒絶しながら彼はゆっくりと歩く。
色(希望)の無い白黒(絶望)だけの世界を。


















だが、彼にも光(希望)は存在する。


タッタッタッ、と、誰かの足音が近付くのが聞こえた。それと同時に若干戸惑いの声も。
少年は勿論無視。
気にもとめず、ただ歩き続ける。


「ちょっとアンタ!」


その声が後ろの気配からして自分に向けられていると知り、ゆっくりと彼は顔を動かす。
動かした際、目に入った周りの生徒達は少年では無く、空白地帯に入った誰かを、驚きの表情で見ていた。

少年もその人物を光が無い目で見る。


居たのは、一人の少女。
オレンジ色の髪を鈴が付いたリボンでツインテールにし、女子中学の制服に身を包んでいる。表情は若干怒りを滲ませた不機嫌な顔。少年を見る瞳は左右で違った色をしていた。




そして、その瞳からは少年と正反対の、溢れんばかりの光が垣間見えた。

少女は若干下から、絶望のみで構成された瞳で見られても全く物怖じしない。
真剣に、その瞳を見返す。

今までに無かったことに、少年、ネギ・スプリングフィールドは、少しだけ表情を変えた。




目の前の少女、神楽坂明日菜と同じ、不機嫌そうな顔へと。












誰かは言った。
「どれだけ暗い闇の中でも、必ず一筋の希望の光がある」と。





















後書き
タイトルを付けるなら「拒絶先生ネギま」かな?

少しでも面白く思ってもらえたら幸いです……一人称久しぶりなので。




[22116] 「孤独」
Name: ホットケーキ◆60293ed9 ID:10285d3b
Date: 2010/09/28 11:36











何処かの誰かは問いかけた。
この世でのもっとも不幸なことは何かと。

誰かが答えた。傷つくこと。

それに対し、質問した者は首を振って言った。










この世でもっとも不幸なことは、孤独になることだと。












朝。人が大量に学校へ向かう時間帯。
私は親友兼ルームメイトのこのかと一緒に走っていた。
別に好きで走っている訳じゃない。
ちゃんと理由がある。


「やばいやばいーっ!!今日は早く出なきゃいけなかったのに!!」


「あははー」


「笑い事じゃなぁぁぁいっ!!」


……用事があるのに早く行くどころか、遅刻寸前になっていることだ。
いや、まぁ。二度寝した私も悪いけど……


「はぁ……でもさぁ、学園長の孫娘のアンタが、何で新任教師のお迎えまでやんなきゃなんないのよ……」


「スマンスマン」


私の愚痴に、このかは笑顔で謝る。
……本当に分かっているんだろうか?


「第一、学園長(じじい)の友人ならそいつもじじいに決まってるじゃん」


「そうけ?」


このかはそう答えてパラパラと黒い手帳をめくってゆく。
どうでもいいけど、ローラスケートで疾走しながら手帳めくるって、結構難しくない?
このかってなんだかんだで凄いわねー……


「えーと、ほら。今日は『運命の出会い』ありって、占いに書いてるえ」


どうやら、このかが持っている手帳には占いの内容が書いてあるらしい。
……って、


「マジ!?」


「うん」


私は走りながら思わず辺りを見渡した。
あぁぁ!!高畑先生どこかにいらっしゃらないかしら!!
でも私の目に映るのは制服を着た人ばかり……残念ながら白いスーツは見えなかった。


「……あれ?」


ふと、突然。周りの人の流れが悪くなった。
私は首を傾げつつもスピードを落とす。
普段なら我先にと皆走るのに、


「何で人集りが……?」


そう、私の目の前には人の壁と言うべきものが出来ていた。
何故か前を走っている人は居らず、顔を青くしながら若干斜めに進んで行く。


「?」


疑問を持ちつつも壁を突破しようとして、


ギュッ!


「こ、このか?」


親友に服の端を捕まれ、私は慌てて立ち止まった。
隣を見ると、このかはカタカタと体を震わせていた。
顔も青い。
私は似たような表情を見たことがあった。お化け屋敷で。


これは、恐怖の表情だ。


「ア、アスナ……なんか、気持ち悪くならん?」


「はぁ?」


気持ち悪いと言われても……
確かに胸が少し重い気はするが、それほど対した物では無い。


「……?」


私はこのかに捕まれつつ、前に進もうとする。
だけどこのかの足が完璧に止まっていて、全く前に進めない。


「ちょっと、このかー」


「……」


名前を呼んでも、このかはフルフルと首を横に振るだけだ。
それにため息を吐き、私は前を見る。











“誰”かが居た。







一瞬。ほんの一瞬だけ。
人と人の間から見えた。
ボロボロの白いローブを着た、赤い髪の子供。
その背中を見て、私は、


「アスナ!?」


このかの言葉を無視して走り出した。
人垣を縫って、無理矢理前へと進む。
後十メートルといった所で、突如人垣が途切れた。
半径十メートルくらいの空白地帯に出た私は、少しよろめきながらも前へと走る。

周りの戸惑いの声が耳に入るが無視。

周りの視線が集中するが無視。




だって、その背中が余りにも、




「ちょっとアンタ!」




麻帆良に来たばかりの私に、似ていた気がしたから。












麻帆良の朝、八時二十八分。
通学路たる大通りの途中で、何故か空白地帯が存在した。
その円に近付くと皆スピードを落とし、立ち止まりかける。

それから、ある者は避けるように迂回して己の学校へと向かい、またある者はその空白地帯の中心を見る。




中心には、一人の少年と、一人の少女。




方や、この異常を作り出した少年。
方や、その異常に自ら飛び込んだ少女。




二人は、しっかりと対峙していた。







「アンタ!ここ何処か分かってんの!?」


「麻帆良学園中等部への通学路」


「……アンタどう見てもガキじゃない。どうしてこんなとこに居んのよ?」


ネギが無表情のまま冷静に答えたため、少し冷静になったのか。アスナは声のトーンを落として問いかける。
正直、今更になって周りの視線が痛くなって来たが、もう引っ込みは付かない。
そんなアスナの心の内などネギが知るはずも無く、


「どうして僕がそれに答えなくちゃいけないんですか?」


少し不機嫌さを出しつつ、彼は機械的に言う。
バカにされてると思ったのか、ビキッ!と、アスナの額に青筋が浮かんだ。


「こいつぅ~……これだからガキは……」


「だったら関わらなきゃいいじゃないですか」


ビキビキッ!と更に青筋が浮かび、ひくひくと口がヒクつく。
そんな怒り心頭のアスナを見ながら、ネギは心の中で考えていた。
目の前の名も知らぬ少女のことを。


今まで、自分が無意識に拒絶していたせいか、自分に関わろうとする人間は殆ど居なかった。
せいぜい居たとして、必要に迫られた人間と、自分のような人間に慣れている人間だけだ。

目の前の少女は後者だろう。

だがおかしい。
何故、少女が今自分に話しかけるのか。
周りは遅刻するなどと言っていた。少女も制服を着ているから学生だろう。
なのに何故、今、赤の他人の自分に話しかける。


考えられる可能性は一つ。
敵だということ。


確かに、これだけの情報で敵と決め付けるのはおかしいかもしれない。
ましてや一般人が周りに大量に居るのだ。
魔法使いは、一般人に魔法を見られるのを酷く嫌う。
襲うにしても、もっと人気の無い場所にする筈だ。


だけど、個人的に気にいらない。


















自分を見る、その目が、光が気にいらない。







そこまで考えて、ネギは背中に左手を伸ばした。
ガシッと、背中に張り付けていた杖を掴む。
目の前のアスナがその行為に疑問を浮かべるのにも構わず、一気に杖を振り抜こうとしてーーー






「ストップだ、ネギ君」


ゆっくりと、手首を摑まれた。
反応さえできずに。


「……ッ!」


「えっ、あっ……た、高畑先生!」


少女、アスナがその人物の名前を呼ぶ。
呼ばれた本人はギリギリで間にあったからか、安堵の息を吐いていた。
白いスーツに、白い髪の毛。
年齢は三十代後半だろうか?
渋さを醸し出す、簡単に現すならダンディな男だ。


「……」


ネギは無言で杖から手を離し、高畑の手を払う。
手にかなりの魔力を込めて。
バシッ!!と、強化された一撃を受けて高畑は苦笑。
静かに手を離す。
離された瞬間、ネギは高畑から少し離れた。
まるで、敵に対して自分の間合いを取る様に。


「……何の用ですか、タカミチ・T・タカハタ」


「ハッハッハッ、相変わらずだね」


「……」


ネギは無言。
ただ高畑を見続けるだけだ。
……いや、睨んでいる。


「先生このガ……子供と知り合いなんですか!?後アンタなんで高畑先生睨んでるのよ!?」


が、アスナの言葉に反応し、其方へと視線を動かす。


「貴方には関係の無い事です」


「……アンタ、本当に苛つくわね……っ!」


年下の、十歳程度の子供が敬語喋っているため、アスナにしてはバカにされているように思ってしまう。
このガキぶん殴るぞゴラ、などといった言葉を脳内で展開していたアスナの耳に、




「いや、一応関係はあるよ『ネギ先生』」




……とんでもない爆弾発言が入った。

聞き間違えと思いたいが、生憎とアスナは耳やらの五感が凄まじく、聞き間違えということは絶対無い。


アスナの余り人に言えないレベルの脳味噌は、今の発言を反復した。




『ネギ先生』




『先生』






『先生』






「せ、先生ぃぃいいいいいいいいいっ!?」


周りに人やら初恋の人が居るにもかかわらず、アスナは絶叫を上げる。

肌で感じられる程大気が震え、辺りに声が響き渡った。






ちなみに余りにもこの大声により、気絶者が出たらしいがそれはどうでもいい話だ。












一時経ち、場所は麻帆良学園女子中等部学園長室へと移り変わる。
内装は地味だが、一つ一つに金がかかっていることが分かるような、学園のトップに相応しい部屋。
その部屋にて、一人の突き出た後頭部が特徴的な老人、学園長は笑う。


「フォフォフォ……なるほど、噂通りのようじゃの」


「……」


無言無表情。
喋りかけられたにもかかわらず、机の前に立ったまま微動だにしない。
その姿を後ろから見ているのは、不機嫌そうな顔をしたアスナに、少しばかり真面目な顔をした高畑の二人である。
このかの姿は無い。
だがまぁ、この少年なら当たり前か、と学園長は納得しながらも口を開いた。


「しかし……日本で教師をやるとは、またえらい大変な課題を貰ったの」


「ちょっと学園長先生!いくらなんでも子供が先生だなんておかしいじゃないですか!しかも、うちの担任だなんて!」


その学園長の言葉に抗議するアスナ。
心無しか、後半の言葉が強調されてるような感じがする。

というより、アスナが不機嫌な理由の大半はネギが教師をするというより、担任が愛しの高畑先生じゃなくなることだ。
まぁ、子供が教師をやるという異常行為にも不満たらたらだが。

そんな途方もなく不機嫌なアスナに、


「文句を言うのは結構ですが、生徒一人の言葉で変えられるような事ではありませんよ」


ピキッ!


微動だにしないままネギの皮肉が放たれた。
それにより、先程の時点で不完全燃焼だったアスナの怒りが復活。
再度、青筋がビキビキと音を立てる。


(こ、こんのガキィィイイイイイイッ!!)


心の中で怒りを叫びつつ、アスナはプルプルと拳を震わせている。


で、


「詳しいことはしずな先生に聞いとくれ」


「……分かりました」


そんなことおかまいなしに、ネギは学園長から自分のこれからやることについての説明を聞いていた。













「ふむ……」


ネギとアスナが多少睨み合いながら出て行った後、何かを考えるように学園長は手を顎に当てる。

ネギ・スプリングフィールドについて、資料での情報は知っていた。
学校での成績、性格、家族構成など。

しかし、やはり文字と実際に会うのでは違うと分かる。

確かに資料には闇属性の魔法が得意、性格が幼少期のトラウマにより歪んでいる、などと書かれていたが……


「文字であらわすのが不可能な程の闇、か」


学園長がネギを見て感じたのはそれだった。
無意識に辺りに撒き散らされる殺気、絶望の波動。
流されるままに動く、意思の見えない体。
そして、絶望のみで構成されたかのような、黒い瞳。
この少年の前では、殆どの人間が意思を保てなくなるだろう。
アスナが普通に会話していたのは、それが彼女が特別だからに過ぎない。


圧倒的な、孤独の存在。


これが、あのナギの息子とは信じられなかった。


学園長の一番強い思いが、それ。
だが気がつく。
恐らく、こういった考えも彼を絶望に落とし込んだ理由の一つなのだろう、と。
そこまで考えて、


「……フォッ?どうしたんじゃ、高畑君」


学園長は立ったままの高畑に声をかける。
ネギとアスナが出て行っても、高畑は立ったままだった。
呼びかけられて漸く正気に戻ったのか、ハッ!として頭を下げた。


「す、すみません」


「いや、気にすることは無い。それよりどうしたんじゃ?君があんなに隙を見せるとは珍しいぞい」


疑問ももっともだった。
高畑はこの麻帆良学園に存在する魔法使い達の中で、学園長を除けば最強の魔法使いなのだ。
魔法使いというよりは戦士系である彼。
武闘派の彼が隙を見せるなど、滅多に見れる物では無い。


「いや……少しばかり驚いてまして」


頭を上げ、真剣そうな顔で高畑は告げる。


「僕は三年前、イギリスに行ってネギ君に会ったんです」


「……」


続きを促すかの様に、沈黙が場を包む。
高畑は目を閉じ、その時の光景を思い出すかのように言葉を紡ぐ。

















三年前、イギリスが春の陽気に包まれていた頃。
タカミチ・T・高畑はウェールズの魔法学校へと来ていた。
来た目的はある少年だった。
ネギ・スプリングフィールドという、まだ五、六歳の少年だ。


「ネギ君、か」


ポツリと、魔法学校の広い廊下を歩きながら彼は呟く。
魔法がかかっているであろうや床を踏みしめる度に、靴が音を立てた。

この学校、この先に、自分が憧れたあの人の息子が居る。
そう考えると、年甲斐も無く心がはしゃぐ。
名前ぐらいしか知らないため、ワクワクするのも当たり前と言える。


「それにしても……誰も居ないな」


高畑は辺りを見渡しながら疑問に思った。
一本道の廊下を歩いているのは高畑だけで、周りには一人も、それこそネズミ一匹居ない。
コツコツと、高畑の足音だけが空間に響く。

先程、高畑はこの学校の校長に会い、ネギの居場所を聞いていた。
その際に言われたのだ。
全く意味は分からなかったが、暗い表情で一言。


覚悟しておけ、と。


「そろそろ、か」


そんなことを考えつつ、高畑は前を見る。
もうすぐネギが居ると言われた書庫が近い筈だ。











瞬間、高畑の全身を絶望が包んだ。


「ッ!?」


言葉の表現としておかしいが、そうとしか表せないのだから仕方ない。
そう、絶望。
殺気、怨念、魔力。その三つが混じり合い、更に絶望を引き立てて居る。
そして、その絶望に秘められし意思は、ただ一つ。




圧倒的な、『拒絶』の意思。




「な、んだ、これは……!?」


常人なら気絶してもおかしくないが、歴戦の戦士たる高畑は汗を一筋だけ垂らした。
ポケットに入れられた拳に、無意識に力がこもる。
世界を転々とする彼は、この類いの殺気を何回も感じたことがある。

ならば、何故彼は冷や汗を垂らしているのか?

答えは簡単。
目の前、拒絶の元、廊下の先から来た人間が子供だったからだ。

年は六歳程。
かなり大きな杖を背中に背負い、白いローブを着ている。
赤い髪が特徴的で、目線は下……手に持つ魔導書に向けられていた。
前方に存在する高畑のことなど、気にしてさえ、いや、意識の中にさえ入れていない。


つまり、この拒絶の波動は無意識の物だということだ。


信じられないと、高畑は思う。
明らかにこんな子供が放っていいような物では無い。


彼はコツ、コツ、と、歩いてくる。
周りからは小鳥の鳴き声すら消え、時々吹く風の音以外、全ての音が消えた。


コツ、コツ、と、彼は歩いてくる。


「……」


「……」


片方は本のページをめくりながら、片方は緊張を走らせながら。
二人の距離が縮まり、そして、


「……」


スッ、と、反応さえしないで彼は高畑の隣を素通りした。


「……!」


高畑は一瞬、息を飲む。
それさえも無視し、彼は歩いて行く。十歩程進んだ所で、漸く高畑が声をかけた。


「……ネギ・スプリングフィールドというのは、君かい?」


「……」


呼びかけられたため、彼は立ち止まり、高畑の方を向く。
これで、彼がネギだということが明らかになった。
余りのコトに、心が痛む。
だが、なるべくフレンドリーに笑いながら話しかけた。
今は、見極めが大事だ。


「僕はタカミチ・T・タカハタって言うんだけど、実はーーー」




だが、言葉は遮られる。
言葉を遮った現象は至ってシンプル。




明確に向けられた殺気と、二十五本の魔法の矢だった。




「ーーっ!!」


闇、雷、炎、氷、風。
五種類の魔法の矢、各五個で合計二十五本。
向かって来たそれらを、高畑は居合い拳で叩き落とす。

居合い拳とは、ポケットに拳を入れ、まるで刀の居合いの様に神速の速度で拳を打ち出す技である。
高畑の場合、まるでただ立っているだけに見えるのに、何発物の拳が打ち出された。

途方も無い拳速により、弾丸の様な空気の塊、拳圧がいくつも叩き出される。
それは瞬く間に二十五本の魔法の矢を破壊し尽くし、爆風を撒き散らさせた。
ドォォンッ!!と、爆音によって廊下の壁が震え、黒煙が舞う。
たちまち、ただの廊下は戦場と化した。

フゥ、と高畑は息を吐く。
まさか、名乗った瞬間敵意を向けられ、しかも攻撃されるとは思わなかった。

しかし、ホッとしたのも束の間黒煙のカーテンの向こうから、何か声が発せられる。
それは、詠唱。
魔法という現象をこの世に発現させるための、詠唱。


「来たれ、深淵の闇、燃え盛る大剣。闇と影と、憎悪と破壊。復讐の大焰」


「なっ!?」


その言葉に、高畑は絶句。
高畑自身は体質上の問題で魔法が使えないが、知識として魔法のことはそれなりに知っている。
故に分かる。
今、唱えられている魔法がヤバイ物だということが。


「くっ!」


躊躇っている暇は無い。
黒煙を打ち破るように、居合い拳を放つ。
ボッ!と言う効果音とともに黒煙が消し飛び、二十を超える拳圧がネギを襲う。

が、それらが詠唱中のネギに当たることは無かった。
ドドドドッ!!という、壁にぶつかるような音と共に拳圧が消し飛んだのだ。


「なっ……?」


驚愕の呻き声を上げる高畑。
ネギが右手を此方に向けて上げているのを見て、自分の攻撃は障壁に防がれたのだと理解した。


(いくらナギの息子とはいえ、ここまで……!?)


余りにも、年齢と実力が不相応過ぎる。
そんな思考を高畑が展開させている間に、


「我を焼け、彼を焼け。そはただ焼き尽くす者。『奈落の業火』」


ネギの左手が振られ、暗黒の大火が迸った。




巨大な焰は高畑と同時に廊下の壁面にも叩きつけられ、巨大な爆発を引き起こす。
廊下全体、いや、建物全体が揺れる程の爆音と爆風が吹き荒れた。
恐らく、ここが魔法学校で特殊な魔法が建物にかけられてなければ、廊下は木っ端微塵。建物も一部破壊されていただろう。

建物のお陰で、大火の被害は壁やら床やらが焼けたことと、ヒビが衝撃で少しばかり入っただけだ。


「……」


無言で、ネギは佇む。
辺りには爆発の名残とも言える白い煙が舞っているが、それを掻き消すつもりは無いらしい。
ただずっと、風に流されてゆく煙を感じながら高畑が居た場所を見続けるだけだ。


「……いやー、危なかったな」


白い煙が晴れる。

其処には、苦笑しながら立つ高畑の姿。
全身から、先程までとは比較にならない気を撒き散らしていた。


「……」


それをじっくり、値踏みするようにネギは見て、踵を返した。
その背中は、余りにも無防備。
少なくとも、本気の殺気をぶつけた相手が居る場合にするものでは無い。
だが、ネギにとっては高畑に負けたのだ。そして把握した。

今の自分では、高畑を倒せない。

だからといって将来的に必ず倒すと誓っている訳では無い。
彼にとっては、自分の命、未来さえどうでもいい。
その場その場で流されるように、自由に動くだけだ。
その結果がどうなろうと、彼は関係無い。




彼は、世界の全てに絶望し、拒絶しているのだから。




高畑はただ、その背中を見て、自分が襲われた理由を考えることぐらいしか出来なかった。













「多分、僕は憎まれているのでしょうね。父親と同じ、『紅き翼』の一員として」


高畑の言葉に、学園長はそういうことかと納得した。
ネギが命を何回も狙われる原因は、英雄の息子だということ。
何年か経つうちに、彼は自分の父親を憎むようになってしまったのだろう。
そして、ナギは一人で英雄になったでは無い。
『紅き翼』という仲間達が居たからこそ、英雄になれたとも言う。
だから、ネギはその『紅き翼』の一員である、高畑を敵視している。


「……」


学園長は無言のまま、拳を握り込んだ。
英雄の息子。
それがどれだけの重荷なのか、周りは何も分かっていない。
魔法世界の上層部は、ただネギを英雄の息子という利用価値のある人形程度にしか見ていない。


英雄の息子。確かにそれは、ネギを絶望へと叩き落とし、世界を拒絶させるのに十分な呪いだった。


「……あんなネギ君ですが、もしかしたらここでなら変われるかも知れません」


「……そう思う理由はなんじゃ?」


学園長の問いかけに、高畑は苦笑しながら、


「僕は憎まれていても、皮肉の一つも言われなかった。でも、何故かアスナ君には普通の意地っ張りな少年らしさを出していました」


二人が出て行ったドアを見る。




「彼女達が、ネギ君にとっての希望となってくれるかも知れない……そう、思いました」

















2-A教室前。
そこにネギは立っていた。
片手にはしずなから渡された名簿があり、閉じて持っている。


「……」


ネギは扉の上を見る。
そして、










一方、2-A教室内。
クラスの中の雰囲気は最悪だった。
まるでお通夜の様に、誰もが黙りこくっている。
普段なら賑やかで、担任の先生が来るまで騒いでいるくらいなのに、だ。

原因は、殺気。
教室の外から壁越しに感じられる、拒絶の波動。
クラスの殆どの人間がそれに恐怖し、ガタガタと体を震わせている。
そんな中、平常を保っていられるのはアスナを筆頭にした極一部の人間だけだ。


(……?皆本当にどうしたのよ)


内心、首を傾げつつ、アスナは待つ。
先程、皆が黙り込んだ時、廊下から足音が聞こえた。
ということはアイツが来たのだろう。
正直、全然納得がいかないが、今更どうこう言った所で変わらない。


そうこうするうちに、


ガラッ。


扉が、開かれた。
開く効果音にビクン!と何人かが体を震わせる。
アスナの隣のこのかもだ。

ヒュン、と何かが空気を裂いて落下する。
それは、先程賑やかな際に誰かが仕掛けた黒板消しトラップ。
扉を開けた人物に、それは真っ直ぐ落下する。


それに対して、少年は軽く手を上に振った。




「闇の一矢」




ドンッ!!と、黒板消しが文字通り『消し飛んだ』。爆風が起きる。
極一部の者しか分からなかっただろう。
彼、ネギが黒板消しにゼロ距離で魔法の射手をぶつけたなど。

勿論、アスナもその分からない人間の一人で。
突然の爆発に「はぁ?」と呟いている。
爆発の余波が舞う中、そんなことも気にせずに彼は歩く。

クラスの中に手練がいると判断しながら、彼は教壇に立つ。


そして、視線を上げ、教室全体をその黒い、暗い瞳で見た。




教室が、負の感情に包まれた。













その瞬間、金髪碧眼の中国からの留学生、古菲(クーフェイ)は思いっ切り後ろへと跳んでいた。
自らの椅子を蹴り飛ばし、一気に教室後方の壁に着地。
ミキッ!と壁が悲鳴を上げるが無視。

体は、みっともないくらいに震えていた。

古菲はまだマシな方で、教室では既に何人か気絶している。


(何アルか、あの少年は……!)


冷や汗が、過去に経験したことが無い程流れる。
ただ単純な殺気や覇気なら今まで幾度も感じてきたし、恐怖もしない。


だが、前方で教壇に立つあの少年が放つ物は違う。
そんな、単純な殺気などというものでは無い。
もっと濃く、もっとドロドロとした何か。


(こんな物を、どしてこんな子供が……!?)


古菲は知らない。
少年が放つ物が絶望と拒絶であり、少年にそれだけの物を放たされるだけの、過去があることを。













何も、ネギに驚愕したのは古菲だけでは無い。
単純に、この教室の一般人の中で一番危機察知能力が高かっただけだ。
そして、このクラスには一般人で無い者もちゃんと居る。


(このかお嬢様……!)


桜咲刹那もその異常な者達の一人だった。サイドポニーが目立つ、冷静に見える少女。
このかがフッ、と魂が抜けた様に気絶したのを見てすぐさま駆け出したくなる。
が、近くにアスナが居るのを思い出し、なんとか堪えた。


(お嬢様……!)


このかは育ちの性か、はたまた才能の性か、悪意に敏感だ。
恐らく、普通の人が感じる何倍もの殺気を感じたことだろう。
気絶したのも無理は無い。
アスナに快方されるこのかを横目に見つつ、原因たる少年を殺気を飛ばしながら睨みつける。


「ーーー」


絶句した。
少年はバックを下ろし、高畑先生がどこまで教えていたか教科書を読んで確認している。
そこに、刹那の殺気で怯える様子は無く、


瞳は、全てを拒絶していた。


刹那が絶句したのは、何もその瞳が恐ろし過ぎたからでは無い。
似た様な目を見たことがあるからだ。






そう、朝、とある悪夢を見て起きた時の鏡の中で。

















カッカッカッ、と、チョークが黒板に白い字を刻んでいく音だけが教室に響く。
一体何故か?
新任教師たるネギのせいだ。
彼は最初に「ネギ・スプリングフィールドです」と言ってすぐに授業を始めた。
普通なら抗議者などが出るが、彼が放つ雰囲気の前にそんなことは出来ない。
しかも、音を立てて注意を引きでもしたらマズイ、という考えからかクラスの八割が息をも押し殺す。
そうなると、自然になんとも無いメンバーも黙りこくっていた。
ちなみに、気絶した人も殺気に当てられたのか気絶から起きている。
ガタガタ震えているが。


「……」


ネギは無言で黒板に内容を書き続ける。
内容を説明する気も、生徒に尋ねるつもりも無いらしい。
ただ内容を黒板に書く。それだけ。


生徒達にとっては地獄にも等しい時が続く。


(……こいつ、本当に先生やる気あるの?)


そこで苛立つのがアスナだ。
子供が先生をやるなどという時点でかなりダメなのに、肝心の授業がこれだ。
爆発(?)を起こす、生徒を黙らせる、授業を無言で何も言わず行う、気絶者が出たのに無視。問題ばかりだ。
とにかく、アスナは今すぐにでも掴みかかりたい気分だった。
だがしかし、下手に此方に注目させて、先程起きたばかりのこのかに迷惑をかけるのも嫌だった。
なので、なんとか我慢する。


(にしても……)


脇目もふらずに書き続けるネギを見て、アスナは疑問を持つ。
皆は何故、あんな子供に恐怖しているのだろうと。
何せ見た目は十歳程度の子供、学年にして小学四、五年生。
対して此方は中学二年生。後少しで三年生、十五歳だ。
恐怖する要因など、全くといっていい程無い筈だ。

確かに、これだけ時間が経てば鈍いアスナと言えども分かって来る。
彼が殺気と呼ばれる物を放っているくらい。
しかし、アスナにとってそれは日常で感じるレベルの物でしか無い。


(……他人は違うんだろうけど)


チラッと、前列で少し顔が青い委員長と呼ばれる少女、雪広あやかを見る。
彼女は他人が認める(本人否定)年下好き、悪く言えばショタコンなのだが、どう見てもネギに向ける視線は好意的な物では無い。


(うーん……だって、ねぇ?)


だけど、アスナにとって、やはりネギはただの冷めた子供にしか見えないのだ。


(……でも、なんか……)


チョークの動きを止めない、その小さな背中をアスナは授業中ずっと見ていた。







そして、漸く鐘が鳴り、授業という名の何かが終了する。
キーンコーンカーンコーン、という学校のチャイム独特の効果音が鳴り響いた。


「……」


チョークの動きを止め、バックを担ぐ。
どうやら黒板の文字は消さないらしい。
古風な杖を背中に背負い、彼は歩く。
その行動にクラスの大半がビクビクしていた所でーーー


「あっ!ちょっといいかなネギ先生」


ーーー声をかける勇者(バカ)が居た。
呼びかけに、ネギはグルン、と其方を向く。
そのため、またあの無意識の殺気がばら撒かれた。
それに内心悲鳴を上げる生徒続出。だが、彼は無視。
ネギの視線の先には、頭を掻いている一人の女子。
茶髪を後ろで乱雑に束ね、前髪をヘアピンで止めていた。
先程の名簿から情報を引き出す。
出席番号三番、朝倉和美。

彼女は右手にボールペンを、左手に手帳を持った状態で此方へと歩いて来る。
ネギは自分が拒絶の意思を放っているのを知っている。
故に、近づいて来る人間はそれなりに警戒していた。

それを知って居るのか知らないのか、朝倉はネギの三メートル程手前で止まった。
ちょうどいい距離だ。前に飛ぶにしろ、後ろに下がるにしろ、攻撃するにしろ。


「私報道部なんだけどさ、ネギ先生に少しインタビューしたいんだけどいい?」


「どうぞ」


素直にネギは無表情のまま了承した。
こういった取材や質問は何回もされたことがある。
なにせ、英雄の息子だから。
まぁ、同じ人間が再度取材しに来たことはまず無いが。


「んじゃ、あっ!私は朝倉和美ね。先生の名前はネギ・スプリングフィールドでいい?」


「はい」


こういうものは素直に答えた方が早く終わる。
別に早く終わらなくてもいいが、心底どうでもいい。
「私の時とえらい違うじゃない……」と誰かが恨みがましく呟いている。
それを無視してネギは朝倉の目を見た。
朝倉は一瞬、引いた様だが、報道部としての力なのか堪えた。


「えーと、年は?」


「今年で十歳」


「やっぱり見た目通り子供かー。好きなものは?」


「無い」


「無い?じゃ、嫌いなものは?」


「世界」


「……こりゃまた、予想通りというかなんというか」


返答をメモしつつ、朝倉は苦笑しながら言った。
それに対して、ネギはどうとも思ってないし、気分を害してもいない。
朝倉は質問を続ける。


「趣味は?」


「修行」


「おおう、その年で?えっと、どこから来たの?」


「イギリスのウェールズ」


「ウェールズ、と……学力はどれくらい?」


「大学卒業クラス以上」


「ほうほう、頭いいね。伊達に十歳で教師じゃないかぁ」


この問答に、周りの人間は胃がキリキリ痛み始めた。
何せ朝倉は笑顔で、合間合間に自分の言葉を入れながら尋ねているのに、ネギは無表情のまま感情の見えない声で質問に答えているのだ。
アンバランスどころの騒ぎでは無い。少なくともこの状況でそのアンバランスさに笑えるのは、とある吸血鬼くらいだった(クスッ、程度の小さな笑いだが)。


「んじゃ、最後の質問ね」


その朝倉の前置きの言葉に、周りの人間の殆どがホッと息を吐く。
二人が居るのは入り口付近。しかもネギが廊下に後一歩で出れそうな位置のため、廊下に殺気が充満している。
勿論、現在廊下を歩いている人間は一人も居ない。
そして、そんな状況が漸く終わりそうな気配が漂い、朝倉は最後の質問をした。




「最初に教室に入った時の爆発、なに?」




それは極一部を除き、殆どの人間が知りたいことだった。
そして、ネギは簡素かつ簡単に答えた。




「魔法」




空気が、凍った。

先程までとは別のベクトルで。
なんというか、今言ったことがこの少年に滅茶苦茶似合ってい無かった。


「……あ、あははー。ネギ君って冗談も言ったりするんだねー……」


「……」


朝倉が冷や汗を垂らしながら空気を何とかしようとするが、ネギはなんとも答えない。
まるで、信じるのも信じないのもどうでもいいと思っているかのように。
いや、実際にどうでもいいと思っているのだろう。
現に、ネギの表情は一片も変わっていない。


「えっと、じゃ最後に写真を一枚……」


彼女に出来たのは、写真を取ると言ってこの空気を誤魔化すことだった。














「……ふぅ」


ネギが教室を出て行ってから、朝倉は漸く息を吐き出した。
朝倉もバカでは無い。
ネギが普通の子供では無いことは分かっているし、自分がやった行為がかなり危険だということも分かっていた。
だが、それでも話しかけるべきだと、朝倉和美の何かが訴えていた。
事実、話してみて確実に分かったことがある。


彼には、巨大な何かが関わっている。


それが『悪』なのか『正義』なのかは分からない。
しかし、あんな年端もいかない少年を追い込んだ何かが、いいものである筈が無い。


(で、『魔法』ねぇ……)


最後の質問。
朝倉は冗談とは思っていなかった。
冗談を言うようなキャラでは無かったし、魔法という異常な物に人生を狂わされたと考えれば、ある程度納得もいく。


(まっ、それには全然情報が足りないけどね)


チラッと、教室後方を見てみる。
先程、ネギが魔法と堂々と言った際に何人か動揺していた。
魔法というのは、ネギ一人の物では無いようだ。


「って、うげっ」


「どうしたの朝倉?」


思わずあげた呻きに、周りの何人かが反応した。
朝倉は苦い笑みを浮かべながら、


「いや、これは記事に出来ないなーと思って」


「?」


首を傾げている少女達に、朝倉は持っていた物を差し出す。
銀色の、四角い機械。デジタルカメラだった。
手渡され、クエスチョンマークを頭上に浮かべながらも、デジタルカメラの画面を見る。


「ヒッ!?」


見た瞬間、少女達が悲鳴を上げたのを見て、朝倉は頭を掻く。




映っていたネギの目は、何も写していなかった。

まるで、亡霊の様に。
















誰かが言った。
「孤独な人間が幸せになるためには、幸せな人間が必要」と。

















後書き
展開が予想と違ったのではないでしょうか?

新しいキャラが出る度に、ほぼそのキャラから見てのネギが描写されます。

今回で、ネギがどれだけ異常な存在なのか、表現出来ていたら幸いです。






[22116] 「無視」
Name: ホットケーキ◆60293ed9 ID:10285d3b
Date: 2010/10/03 14:10







何処かの誰かは言った。
無視とは、それの全てを否定することだと。

物を無視。人を無視。ルールを無視。世界を無視。

そして、あらゆるものを無視し続けた場合、











最後に待っているのは、孤独と言う名の、自分への無視。


















授業が終わった後、ネギはテクテクと広場を歩いていた。
理由は今夜の寝床を探すためである。
向こうに居た際、ネギは毎日同じ所で寝なかった。
毎日毎日、場所を変えての野宿。
そうした方が、何故か安心して寝れたからだ。
他人など、自分の命もどうでもいい筈なのに。

“何か”がおかしい。

だがネギはその答えを見つけ出そうとはしない。
答えなど、どうでもいい。


答えを見つけた所で、世界の全てを絶望しているのだから、無駄だな事だ。


「……?」


が、何を思ったのか。
ふと、足を止め、視線を動かす。
そして少しだけ視線を上に向け、


「……」


「あうっ!?」


視線があった。
広場に隣接するように存在する、大きな階段。
コンクリートで作られたそれの上辺りに、誰かが立って居た。
長い前髪によって目元を隠しているが、その向こうにある瞳は此方を見て恐怖していた。持っている大量の本も僅かに震える。
確か、名簿にいた。ネギは記憶を引きずり出す。
宮崎のどかという少女の筈だ。双子でも無い限り、間違い無いだろう。
彼女はおどおどしながら、動けずにいる。

恐怖されるのは慣れているので、別に気にしない。
ネギは寝床を探しに行こうと階段側に背を向ける。


そして、一歩踏み出した瞬間、




ガクン!と、音がした気がした。




反射的に、彼は振りかえる。


宮崎のどかが、階段から地面へと落下していた。













朝、教室にて宮崎のどかが最初に感じたのは、とてつもない悪寒だった。
何時もの教室、何時ものメンバー、何時もの時間。朝のHR前の時間。普通の時間。

なのに、その悪寒だけが異常だった。

周りを見渡すと、同じ様に親友二人も震えていた。
のどかは震えながら考える。
これは、一体なんなのだと。
だが一般人に過ぎない彼女に、この現象の説明が出来る筈も無かった。

自然と教室も静まり返り、沈黙が訪れる。
自分の席でのどかは思考を張り巡らす。


(そ、そうだ。本でも読んで、楽しい気持ちになれば……)


この状況に対抗しようとするのだが、残念ながら本は無い。
あったとしても無駄だろう。


何せ、ページをめくれない程、指が震えている。


ガラッ。


扉が開かれる効果音に彼女はビクン!と、肩を震わせた。
気がつくと、歯がガチガチとなっている。
どうにかして震えを抑えようとするが、抑えれない。


コツ、コツ、と歩く音が唯一教室に鳴り響く。
何やら爆音も聞こえた気がするが、この足音の方がのどかにとっては大きかった。


悪寒が、止まらない。


のどかは震えながらも、顔をゆっくりと上げてゆく。
見えたのは、一人の少年。
年は十歳程度だろうか?
燃えるような赤い髪と、背中に背負った棒が特徴的だった。
しかし、傍目……遠くから見れば美少年である彼を見て、のどかは理解した。
この全身に感じる悪寒は、この少年のせいだと。


少年が、顔を上げる。




「ーーーあっ」




その、絶望と拒絶が入り混じった黒い災厄の瞳を見た瞬間、のどかは意識を落としていた。








が、気絶していたのは数分程度。
汗を気持ち悪いぐらい流しながら、彼女は必死に少年が書く英語の内容をノートに写していた。
少年の名前は、親友によるとネギ・スプリングフィールドというらしい。
しかし、正直言って名前などどうでもよかった。
早く終わらないかと時計をチラチラ見る。
針が進むのが、とても遅く感じられた。


(……た、高畑先生はどうしたんだろー……)


思考に少し余裕が出来たのか、元担任のことを考える。
考えてみれば、自分を含む生徒達全員はネギが何故先生をやっているのか理由を知らないのだ。
それを尋ねたいが、無理だと即結論を無意識のうちに出す。




あの背中に、のどかが声をかけれる訳が無い。














時間もかなり経ち、放課後。
のどかは十冊くらいの本を抱えながら歩いていた。
ユラユラと時々本の山が揺れ動き、実に危なっかしい。
何時ものことなので、本人は大して気にしていないが。


(結局、これからあのネギって子が授業するのかなぁ……)


なので、そんなことを考えるだけの余裕もあった。
あの後、朝倉が質問していたが結局よく分からないことばかり。
というか、内容を聞いたり覚えたりするだけの余裕が無かった。


(でも。怖かったけど最後の一言が……)


クスッ、と。
今更ながら思い出し、彼女は笑う。
最後の質問で、あの少年はなんと『魔法』と言ったのだ。
今でもあれは聞き間違いなのではないかと、密かに思う。

魔法。

それは夢の力。
この世に存在しえない力だ。
子供限定の、幻の夢物語とも言える。


「魔法、かー……」


ヨロヨロと歩きながら、のどかは思う。
もし。もし、本当に魔法なんていう物があったら。


自分も、変われるのかも知れない。


「あっー、階段……」


気がつくと、広場に降りる階段まで来ていた。
ここからは流石に慎重に行かなければ、命に関わって来る。


「ゆっくり、ゆっくりー……」


恐る恐るといった感じで、彼女は一段づつ階段を降り始めた。
足音すらも余り立てず、ゆっくりと。


が、十段も降りないうちに、


「うっ!?」


全身に悪寒が走った。
ある程度慣れたとは言え、やはり慣れない物は慣れない。

…………慣れない?


「あっ……」


予想は的中した。
階段の横、見下ろす位置に存在する広場。
そこに、一人の少年が居た。
赤い髪。背中に背負った長い棒。
噂の子供先生、ネギ・スプリングフィールド。


(ど、どうしてー!?)


心の中で悲鳴を上げるが、状況は変わらない。
あわあわと、のどかが動揺している間に、


「ーーー」


視線が、此方を向いた。
瞬間、のどかの時が止まる。
思考が停止し、体が強張り動かなくなる。


「っ……」


「……」


そんなのどかの態度は彼にとっては大して珍しく無かったのだろう。
彼は踵を返し、階段側に背を向ける。
つまり、のどかに背を向けたということだ。


「ホッ……」


彼女は安心の息を吐き出した。




だが、それがいけなかった。




ガクン!と、足を踏み外した。


「……えっ?」


のどかの口から出て来たのは、そんな間抜けな声だった。
彼女は忘れていたのだ。
ここが階段で、落ちないように慎重に降りなければならないことを。

気を抜くこと。

普段ならともかく、今この時に限ってそれは余りにも致命的なミスだった。


「きゃあああああああああ!!」


重力には逆らえない。
彼女は下の地面に向かって落下してゆく。
視界の全てがスローモーションに見え、彼女の目は一人の少年を捉えていた。


(……へっ?)


その少年は此方を見ていて。体を動かしていて。
あの、無表情は。


のどかに考えられたのは其処までで、意識は闇に落ちる。
ただ、気絶する直前。体を何か暖かな物に包まれた気がした。











ネギの行動は早かった。
杖を背中から引き抜き、叫ぶ。


「彼女を!!」


そして、少女の体が地面まで一メートルといった所で、


フワリ、と。彼女の体が空中に止まっていた。


それは普通に考えて現実にはありえない光景で。
だが、ネギは普通では無かった。

本すらも浮かんでいるその不思議な空間へ、彼は走る。
走るスピードもおかしかった。
のどかまでは二十メートル以上の距離があったのに、僅か半秒程で詰めたのだ。
そして、彼は宙に浮かぶ少女を抱えた。お姫様抱っこと呼ばれる物だ。

抱えたと同時に、彼の腕にズシン!と重みがかかる。
周囲に浮かんでいた本も次々と落下してゆく。
どうやら、抱えた少女は気絶しているようだ。


「……」


ネギは無言で少女を地面へと下ろす。

その表情は何も写しておらず、無表情。














そんな、彼に、




「ア、ンタ…………」




またもや、光(希望)が話しかけた。

まるで、少年に手をさし伸ばすかのように。












放課後、神楽坂明日菜は白いコンクリートを踏みしめ、歩いていた。
その右手には白い紙が握られている。


「たっく……なんで私が……」


ブツブツと文句を言う彼女は、言葉から分かる通り不機嫌だった。
理由は単純明解。
あの子供先生に対してのお願いを学園長に頼まれたから。
先程、いきなり放送で呼び出され「この紙を渡してくれ」と頼まれたのだ。
正直あんなクソガキに渡しに行くなど嫌だったが、学園長にはお世話になっているため断るのは少しばかり辛い。
それに、その場に居た高畑先生にまでお願いされたとあっては、アスナに断るすべは無かった。


「第一アイツどこに居んのよ……職員室にも居ないし。あーもう!なんで私が……」


手に持った手紙を弄びつつ、彼女は頭をガシガシと掻いた。
が、当然そんな行為ではストレスは増すだけで、


「あの目とか顔とかなによ!アイツ自分が世界で一番不幸とでも思ってんの!?ガキはガキらしくしてなさいよ!」


溜まりに溜まったストレスは、原因である少年への文句で発散されていった。
どうやらアスナ的には、ネギの子供らしく無い態度も気にいらないらしい。
ドスドス!と、地面に思いっきり足をたたきつけながら、彼女は歩く。
ちなみに余りの馬鹿力にか、コンクリートの地面にヒビが薄く走っていた。


「……」


突然、アスナは無言になる。
足も三歩程で止まり、立ち止まる。


「……不幸、か」


不幸。
アスナはあの少年の過去に何があったか知らない。
どんな不幸があって、どんな人生を送って来たのか、アスナは知らない。
だが、たった一つだけ分かることがある。


このまま、周りをあの様に拒絶していくのでは、不幸が増すだけだ。


アスナは人生経験がそれ程ある訳でも無い。
昔のことはうろ覚えだし、その後は平凡と言っていい程普通の人生を送っている。
だけど、あんな風な生き方で幸せになれないということは、ハッキリと分かる。


「……って、何考えてんのよ馬鹿馬鹿しい」


そこで彼女は思考を振り切る様に頭を振った。
自分が何であんなガキのことを真剣に考えなければならないのか、そりゃまぁ朝は男(子供)が女子校エリアに居たから声をかけたけど……などと、言い訳がましい事を考えていると、


「あれ?本屋ちゃん?」


自分のクラスメイトである、前髪が特徴的な少女を見つけた。
二十メートル程先の階段の上の方に立っている。
その手には本が山積みされていた。


「なんか、嫌な予感が……」


それを見てアスナは思わず呟き、足を一歩踏み出す。


その瞬間、




ガクン!と、宮崎のどかは足を踏み外した。




「っ!?」


咄嗟にアスナは走り出す。
だが、誰がどう見てものどかが地面に叩きつけられる方が早い。
残り十メートル以上あるのに、のどかと地面の間は一メートル程しか無かった。


(間に合わ……!)


目の前で展開されようとしている最悪の光景を思い浮かべ、アスナは思わず目を閉じかける。


が、アスナが目を閉じる前に、


フワリ、とのどかの体が宙に浮いた。


(…………!?)


その想像した光景とはまた“違った”意味でおかしな光景に、アスナは思考が停止した。よく見ると、のどかが持っていた筈の本までフワフワと浮いていた。
思わずタタラを踏み、足が止まってしまう。

ヒュンッ!と、空気を切り裂く音が一つ。

彼女の視界の隅から、高速で何かが宙に浮くのどかに駆けた。
それは少年。それは赤い髪。それは黒い目。
それは、のどかをしっかりと掴む。
掴んだ瞬間、その不思議な光景が嘘のように本がバラバラと音を立てて落下。
但し、のどかだけはその少年にしっかりと掴まれている。
アスナは、ゆっくりと、放心しながらも歩く。
彼女の左右で違う色の瞳は、真っ直ぐ目の前を見ている。

少年が、のどかを地面に静かに下ろす。
その背中に、


「ア、ンタ…………」


アスナは、絞り出すように声を発した。








ネギは考える。
何故、背後の少女は信じられないという目をしているのか。
そこで気がついた。
魔法が当たり前でないのだから、今の現象に驚いているのだと。


「ちょっ……まっ……えっ……?」


どうやら少女ーー神楽坂アスナと言ったかーーはかなり混乱しているようだ。
それも当然。
アスナは普通の日本の女子中学生なのだ。これが魔法を見た一般人の普通の反応である。
で、ネギにはそれに付き合うだけの義務感など無い。


「……」


やるべきことは終わったとばかりに、彼は立ち上がり、アスナと倒れているのどかに背を向ける。
そして、今夜の寝床を探すため歩き出ーー


「ちょっとアンタ!」


ーーそうとして、腕を掴まれた。
早い、とネギは思う。
一流、とまではいかないが、かなりの身体能力を持っている。


「……なんですか?」


「なんですか?じゃないわよ!何今の!?」


「……別に、僕に説明しなければならない理由は無いと思いますが?」


「なっ……!」


朝倉と対応の仕方が全然違ったため、アスナは少し苛立つ。
だがネギの言葉も正しいのだ。
アスナのために、一々説明するだけの理由が無いのもまた事実。
本当は、魔法使いとしてもう色々アウトなのだが、ネギはそんなこと知らないとばかりに動く。


「教室で言いませんでしたか?」


が、ここで答えなければずっと付けられると思ったのか。
ネギは皮肉を混ぜながらアスナに問い返した。


「はっ……?あっ!?」


問いかけに、アスナは考えて思い出す。

そういえば朝倉の最後の質問に、この生意気な子供先生は言っていたではないか。


『魔法』と。


「えっ?マジで?」


「話は終わりですね」


アスナの確認の言葉を無視し、ネギは強引に彼女の手を振り払う。
魔力で強化したネギの身体能力は、アスナよりも高い。
「痛っ!」という呻き声とともに手が離れた。
ネギは今度こそ歩き出す。

だが、


「ちょっと待ちなさいって!」


前に回り込まれた。
チッ、とネギは彼にしては珍しく舌打ちする。


「ア、アアアンタ!本当に魔法使いなの!?」


「そうです。もういいですか?」


「ちょ、ちょっと……」


自分を押し退けて行こうとするネギに、アスナは頭を抑える。
こう、魔法使いと言われるともっとファンタジーな出会いを期待していたのに。バラしたらだめとか、星型の何かが飛び出すとか。
こんな無表情魔法使いが居ても嬉しくない。
むしろ夢を叩き壊された。元々魔法なんか信じて無かったが。
グルグルと、元々良くないアスナの脳みそが混乱する。


「あー、そうだ。学園長先生から、これ」


そこで漸く、自分が放課後に放浪していた目的を思い出し、手渡す。
どうやら異常な出来事が起きても、紙は落とさなかったらしい。
その二つ折りにされただけの分厚い紙をネギは受け取り、開く。
そして中身を一秒程見て、


「却下」


誰とも無しに呟いて、燃やした。
ライターもマッチも使わずに、瞬時に。
ボウッ!という効果音とともに青白い炎がネギの手の平で踊る。


「わわっ!?」


「……魔法と言ったでしょう」


突然の現象に驚くアスナに、今更だろうとネギは呆れながら言う。
アスナにしては、まだ半信半疑だったためビックリしたのだが。


「ほ、本当なんだ……」


「……」


そんなアスナに付き合ってられないとばかりに、ネギは今度こそ歩き出す。
色々なことが連続で起こり、混乱していたアスナにそれを止める手だてなど無かった。












「魔法を簡単にバラされるのは、少しマズイですね」


「うむ。そこは学園結界もあるしなんとか出来るじゃろう」


学園長室。
其処では学園長と高畑が、ネギを遠見の魔法で見ながら話し合っていた。
今はのどかを抱き起こすアスナが、学園長が持つ鏡に映っている。


「それにしても、まさかこんな偶然が起こるとはのう……」


「全くです」


学園長の染み染みと紡がれた言葉に、高畑は同意する。
偶然階段の上に居たのどかが落下して、偶然それをネギが何故か助けて、偶然その光景をアスナが見た。
偶然が三つ。ここまで綺麗に重なると、何者かの影響かとさえ思ってしまう。


「しかもアスナ君ですから」


「今の所、ネギ君を変えてくれそうなのが彼女しか居ないからのう……」


「エヴァはまだ動いていませんし……」


実際問題、ネギを変えるのには魔法関係者ではほぼ無理。
何故なら、魔法関係者のほぼ全てが『サウザントマスターの息子』として、ネギを最初に見るからだ。
それでは、彼を変えることはできない。
本当のことを言うと、生徒には頼りたくない。
2-Aのメンバーは個性的とは言え、殆どが一般人だ。
一般人である彼女達を魔法と言う危険な世界に巻き込みたくはない。


だが。


「せめて記憶処理や魔法による精神治療が出来れば……」


ギリッ!と、高畑は歯を食いしばる。
その表情は憤怒に染まっていた。
学園長も苦虫を噛み潰したかのような、苦い表情を浮かべる。


そう、彼等は大人なのだ。


何事にも可能性があり、自由な子供と違い。











三年前。
イギリスのメルディアナ魔法学校にて。


「どういうことですか!?」


ダンッ!!と、高そうな木製のテーブルに拳が叩きつけられる。
叩きつけたのは、所々が黒く染まった白いスーツに身を包む高畑。
対して怒鳴られたのは、茶色の肌に白い白髪の老人。
メルディアナ魔法学校の校長であり、ネギの祖父である。
校長は目を閉じており、黙って高畑の前に座っていた。


「どうしてあんな状態になるまで放って置いたんです!?記憶処理をするべきでしょう!いや、其処までいかなくても魔法による治療をすれば、あそこまで酷いことにはなってない筈です!」


高畑は大声で次々とまくし立てる。
彼は本気で怒っていた。
何故、あんな小さな少年があそこまで絶望しなければならないのかと。
彼は魔法世界、現実世界で様々な子供を見て来た。
特に戦災孤児。
彼等の様な子供を生み出さないために、魔法使いという者はいる筈なのだ。
なのに、


「何故です!?ネギは貴方の孫でしょう!?」


「……今、下手に動けば本当にネギの人生を終わらせてしまう」


「!?」


高畑に対する校長の返答は意味がよく分からない。
それを本人も理解しているのだろう。
簞笥の一番上の段を開け、一枚の紙を取り出した。
その紙にはアルファベットがズラリと並び、何かの報告書の様な雰囲気を感じさせる。
その紙を高畑に差し出す。
彼は受け取り、視線をやる。


そして、その文面を日本語に訳すと、こんなことが書かれていた。


『英雄の息子、ネギ・スプリングフィールドの命が狙われた件だが、事件を公にした場合周りの混乱やネギ・スプリングフィールドへの精神的なダメージがある可能性があるため、隠蔽せよ。尚、記憶処理や魔法による精神治療は彼の精神に影響を与え、彼の人生に悪い影響を及ぼす可能性があるため禁じる。彼の処遇はーーー』


其処まで読んで、ゴシャ!と高畑は紙ごと拳を叩きつけた。
紙は特別な物で出来ているのか、傷一つ無い。


「なんだこれは……!?」


口調が荒くなる。
彼から見て……いや、ほぼ確実にこれは建前だ。
明らかな、ネギのことを人として見ていない悪人達による。
英雄の息子であるネギを、自分達で利用するための。


「こんなことが……」


「もし、守らなかった場合。儂らはネギに関われなくなり、儂らのおる位置にメガロメセンブリアの息がかかった連中が居座るだろう」


忌々しげに呟く校長の言葉に、高畑はギリッ!と歯を食いしばる。
向こうは魔法世界で最大の権力を持つグループだ。
此方など、ちょっとした手回しで終わらされるだろう。
英雄だと言われても、所詮一人の人間なのだから。


「……儂に出来るのはネギの修行場を決めることぐらいじゃ」


「……」


その言葉に、ハッとなる高畑。
彼は真っ直ぐ校長を見る。
校長は目を閉じたまま、


「麻帆良ならメガロメセンブリア上層部にもある程度対向できる」


そこで言葉を切り、校長は高畑に向かって頭を下げた。深く、深く。






「孫を、頼む」








「頼まれましたからね。絶対にネギ君を」


三年前を思い出し、高畑は学校の廊下を歩きながら言った。




「絶対に、アイツ等の好きにはさせない……!」




ーーー例え、君が相手だとしてもだ。クルトーーー









森の中。
魔法で張った小規模な結界の中で。


「……」


ネギは空を見上げていた。
時間は夜。
既に空は真っ黒になり、星と月の輝きだけが彼を照らしていた。
この森の中が、今夜の寝床だ。

削り取られたかのような月を見つつ、ネギは思考する。
今日のことを一つ一つ、思い出すかのように。
普段はそんなことはしない。
思い起こしても、いい思い出などないからだ。だが今日は違う。珍しく、何故か人を助けた。
しかも、


『ちょっとアンタ!』


「……」


一番に思い浮かび、ずっと脳内に描き続けるのは一人の少女。
オレンジ色のツインテールに、オッドアイ。鈴のついたリボン。
誰も話しかけない筈の自分に話しかけ、文句を言い、物を手渡した少女。
瞳に、ネギには無い光を持った少女。


思えば、久しぶりだったのではないだろうか。




誰かと、まともな会話をしたのは。




「……」


其処まで考えて、ネギは毛布に包まる。
何故か分からないが、





ーーー今日は、何時もよりも早く寝れそうだ。











誰かは言った。
「人は一人で生きられないからこそ、人なのだ」と。














後書き
少しばかり遅くなりました。感想、有難うございます。

今回は少し歪な話になってしまいました。すみません。

次回も楽しみにしていただけると、幸いです。





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