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鉄オタ社長独り言

フラワー長井線「カリスマ?販売員」誕生物語(1)

出会ったばかりの頃の野道君(列車内にて)

 今年度の新入社員は4名。新入社員といっても、1年間の「期間限定社員」です。
 「どうして今ごろ新入社員の話なの?」と思われるかもしれませが、読み進んでいただくうちに、その謎がとけると思います。

 ちなみに、前回紹介いたしました「松山さん」(「うさぎ駅長」を誕生させた社員)も新入社員の一人です。今年度の新入社員は彼女に負けず劣らずの個性派ぞろいなのですが、今回紹介する「野道君」は、はっきり言って大変な問題児。しかも、かなりの「鉄ちゃん」。まさに、絵に描いたような「鉄道オタク」って感じの風貌をしています。

 彼との出会いはとても衝撃的でした。今年2月にフラワー長井線の沿線・白鷹町の公民館で、新年会を兼ねた講演会に招かれた時のことです。話があまり上手でない私は、その「つかみ」として、クイズを出します。私の描いた「ローカル鉄道の色鉛筆画」をスクリーンに映し、「どこの県のなんという鉄道か?」を言い当てていただく、というものです。とてもマニアックなローカル鉄道の絵画なので、筋金入りの「鉄ちゃん」でもなかなか答えられません。

 そこで、場を和らげるために「もし当てられた方は、限定1名様にフラワー長井線の1日乗車券をプレゼントしま〜す!」とあおります。その瞬間、会場は「しら〜」とした雰囲気につつまれ、私は、いつも妙な脱力感を覚えるのですが……。

 「ハイッ!」と高々と勢いよく手を挙げる男性がいらっしゃるではありませんか!「長崎県の島原鉄道で、加津佐〜口之津間の風景です」

 もちろん正解です。しかも、区間まで言い当てるとは……不気味です。私は、この男性と目を合わせないように話を続けることにしました。

 講演会終了後、その男性が、真っ先に握手を求めて来ました。「野村社長! とても感動しました!」と、目が潤んでいます。

 こういう方の対応はあからさまにヨソヨソしくしてはいけません。少しでもいいから話に耳を傾けつつ、ものすごく忙しいフリをするに限ります(というか、講演終了後だったので本にサインをしたり、応援グッズを売ったりと本当に忙しかったのです)。

 たいがいの方は、これで退散していただけます。しかし、ありがたいことに彼はしっかり玄関で私を待ち構えていてくれたのでした。

 ……「ウザイ!」それが、私の彼に対する正直な第一印象でした。

 公民館の方に用意していただいた送迎車に当然のように彼も乗り込んでいます。助手席に座りこんだ彼は、まるで運転手がいないかのように、顔だけ私のほうに向け、「鉄ちゃん話」を永遠にまくしたてはじめました。まぶたを一回も閉じず、まさに「瞳孔開きっぱなし」状態で語り続けるのでした。

 ……私の彼に対する第二印象は「KY」(空気読めない)。

 長井駅まで公民館の方に送ってもらい、そこから赤湯駅まではフラワー長井線に乗って帰ります。もちろん彼も乗り込んで来ました。仕方がなく(逃げようがなく)車内のボックスシートに向かい合わせに腰掛けました。

 そこで、初めて気づいたのですが、彼は、なにやら妙なものを首からぶら下げていました。東京ディズニーランドで子供たちが首から下げている「パスポートホルダー」みたいな感じのものだったと思います。

 「ディズニーランド」のホルダーなら「夢」がいっぱい詰まっていそうなものですが、パンパンに膨らんだ彼のホルダーには「鉄道グッズ」がたくさん詰まっているようです。

 「あっ! 社長これですか? 全国の鉄道会社サポータークラブの会員証をなくさないように、ここにしまってあるんですよ。あと記念キップとか……」などと、とても嬉しそうにホルダーの中身を披露してくれます。彼が前かがみになる度に、銚子電鉄の機関車をあしらったピンバッジが「キラリ」と光ります。

 「これが、ひたちなか鉄道・これが銚子電鉄・このキップは超レア品なんですよ……」。列車のなかでも彼の独演会状態は続きます。私は、うんざりしかけていました。

 「私、野村社長みたくなりたいんです。だから、こうして泊まりがけで社長さんの講演を聴きに来たんです。じつは、私も『いじめられっ子』でした。仕事も全然駄目で『死んでしまいたい!』と思ったこともあります。なんか私も同じような人生を歩んでいるようで、野村さんと私はとても似てるんですよ」

 (こいつ、なんか勘違いしているな)と思ったものの、私も人間です。情けもあります。私の話を聴きにわざわざ東京から来てくれたんだ。今までそんな奇特な人などいなかったよな……。

 と、センチメンタルな気分に浸ってしまった私はどうかしていたのでしょう。次の瞬間、とんでもない一言を吐いてしまったのです。

 「野道君。うちで働いてみないか?」

 私としたことが、とんでもないことを言い放ってしまったものです。しかし「この一言」が彼の人生を変えてしまうことになろうとは……。

 そんな野道君と出会った日は忘れもしない2月21日。そう、私の誕生日なのでした。赤湯駅のホームで、「誕生日祝い」にと白鷹町の皆様にいただいた花束を振りかざし、野道君を見送ります。

 あれから半年後。現在の野道君は輝いています。でも、すんなり輝けたのではありません。むしろ、これは、今だから言えるのですが「駄目社員」いや「ダメ・ダメ・駄目社員」でした。次回からは、そんな野道君の「紆余曲折の半年」を書き込んでいきたいと思います。

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山形鉄道株式会社社長 野村浩志
 1968年2月、埼玉県生まれ。駒沢大学文学部地理学科卒。元来の「鉄道オタク」。鉄道風景画の「移動美術館」をフラワー長井線の長井駅前で開く。街の活性化の手伝いをしているうちに、その鉄道会社の公募社長に選ばれた。 山形鉄道のURLは、http://www.flower-liner.jp/
 
2010年09月29日  読売新聞)

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