海は流れる。
青空よりなお深く、濃い青の水面に波が走る。
そしてまた、一隻の船も流れていた。
走る波の上を、濃い青を裂くようにして、流れていた。
その船はまるで家。
木造の船の上に、障子の張った横開きの扉に低い屋根の家が乗りかかっているような。
そんな船。
「ああ~、どこだここは」
そんな船の上で、一人の男が大の字になっている。
さんさんと照りつける太陽の光を全身に受け、汗をかきながら男はぽつりと零す。
「大変だ。大の大人が迷子とは」
迷子。
船は流れている。
当てもなく、ただただ、流れている。
漂流と、そう言い換えてもいい。
「大事な用事を頼まれて、意気揚々と航海に出たは良いものの。
すっかり忘れてた」
額に、いや顔中に浮いた汗を気だるげに持ち上げた腕で拭う。
その腕は汗を拭った後も顔から動こうとはせず、日差しから目を守るようにそのまま鎮座した。
「海図読めねえよ……」
この海は広い。
そして男が漂流するこの海は、何かと不思議なことが起こる海だ。
そんな海に、海図も読めない男が一人。
「帰れないし、進めないし、かっこ悪いったらないぜ。……はぁ」
言葉を吐き、溜息をつき。
途方に暮れて、太陽を睨む。
「ちっくしょう、暑いなぁ」
顔に乗せたままだった腕を少しだけずらし、睨んだ太陽は眩しかった。
しばし、無言。
ただただ汗が体を伝う。
「水もねえ、食い物もねえ、ましてや酒なんて航海初日に飲み尽くしちまったし……」
ぜぇぜぇと、息が荒くなる。
「このままじゃ干物になっちまう。なんとかしねえとな」
むくりと体を起こす。
首だけをキョロキョロと動かし、辺りを見回してみる。
水もろくに飲めず、そろそろ限界に近い体、ぼやけた視界に写るものは。
「うおお!?島、島があるじゃねえか!」
島。
遠目に、しかもはっきりとはしない視線で捕らえたものではあるが、確かに船の先に小さく島が見える。
それに。
「街!街!街がある!
てことは人がいる、水がある、飯もある、酒もある!」
男の目でも見えるような街もある。
喉が渇き、腹が空き、酒に飢え。
挙句の果てには海の真ん中で迷子になっていた男にとってはまさに神の救い。
迷うことも、悩むこともなく。
「よーし、急ぐぞ!」
がばっと立ち上がった男は。
「待ってろ水飯酒ー!」
ばさばさと衣服を脱ぎ散らかし。
「今行くぞ!」
そのままの勢いで、海に飛び込んだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「お前ら海賊にくれてやるものなど、この街には何一つとして無い!
即刻出て行け!」
海上で迷子になった男が、船から飛び降りてから数分が経過したころ。
男が目指していた島には、一つの脅威が迫っていた。
「チューンチュンチュン!聞こえんなあ」
この時代。
広い海を舞台に、大航海時代と呼ばれるこの時代。
世界を蹂躙し、暴虐の限りをつくす者達がいる。
海賊だ。
「しみったれた街だが、海兵の一人もいない。
美味しい機会を、俺様が見逃すと思うか保安官さんよぉ」
どくろの旗を掲げ、武器を持ち、あらゆる街・人から金品を奪う。
絵に描いたような悪党。
それが海賊の大多数を占める者たちだ。
この街に現れた彼らも例に漏れず。
小さな体に大きな帽子を被り、銜えたタバコを燻らせながら、街を守るために果敢に立ち塞がった保安官に偉そうな言葉をぶつける男。
彼こそがこの海賊団の船長である。
「よく聞くがいい!これからはこの黒帽のロワス様が支配者だ!
邪魔する者は一人残さず皆殺しだぁ!」
「く、黒帽の……!」
勇猛にも、無謀にも。
船長の後ろに控えた50は超える海賊達が手に手に武器を持ち、舌なめずりする前に立ち塞がった街の保安官。
彼は、たった今叫ばれた船長の名前に確かな覚えがあった。
海賊が跋扈するこの時代においては、彼らから一般の人々を守るための組織である海軍が存在する。
彼らはあらゆる島に、海に拠点を持つ強大な組織であり、その情報網も半端なものではない。
脅威となりうる海賊の情報については特に敏感であり、注意を促すため、あるいは腕に覚えのある者に彼らを討ち取らせるために顔写真付きの指名手配書を発行している。
とある理由から海軍の存在しないこの街にも、その手配書だけは届く。
そしてこの街でその手配書を誰よりも詳しく、多く、注意深く読んでいるのは保安官である彼だ。
そんな彼だからこそ、目の前に立つ小さな男の名に酷く狼狽したのだった。
「懸賞金3千500万ベリーの黒帽のロワス!
この近海で暴れまわっているという噂は本当だったのか……!」
「チュンチュンチュン!こんな街にも名が轟いているとは!
ついにこの俺様の時代が近づいているということだなぁ!」
手配書にはその海賊の顔写真、名前、そしてその首にかけられた懸賞金の額が記されている。
ロワスにかけられた3千500万の金額は、海全体を見れば、数え切れないほどの海賊の中ではそれほど高いものではない。
だが海兵の一人もおらず、武力もないこの街にとってはとんでもなく大きな敵だ。
「さあ、さっさと街の人間をここに集めろ!
勿論有り金全部と一緒になぁ!チューンチュンチュン……」
甲高いロワスの笑い声が木霊する。
それを遮るようにして。
ズドンと、重い音が鳴り響いた。
それは銃声。
保安官が、腰のホルスターに刺さっていた短銃を引き抜いて、高らかに笑うロワスに向けて発砲したのだった。
弾丸を吐き出した銃口から、白い硝煙が立ち昇る。
恐怖と怒りにブルブルと保安官の両の手が震え、銃口の向きも揺れる。
発射された弾丸は、ロワス目掛けて飛来したものの保安官の手の震えによって狙いが定まらず、彼ご自慢の大きな帽子に風穴を開けて吹き飛ばすに留まった。
「……何をした」
帽子が無くなり、小さな体が頭一つ分さらに縮んだロワスは押し殺した声で尋ねた。
「出て行けと、そう言っているんだ……!」
未だ収まらない体の振るえ、そして今に殺されてしまうかもしれないという恐怖を前にしても。
保安官はその場を逃げ出そうとはせず、気丈にもそう言ってのけた。
「そんなことは聞いていない。何をしたかと」
震える銃口の延長線。
ロワスの姿はそこにある。
少しでも動けば、引き金を引いてやつを殺す。
保安官は、覚悟を決めた。
「聞いているんだ……!」
だが覚悟は砕け散った。
血走った瞳にねめつけられた瞬間に、保安官は一瞬で自らの死を確信し。
そして。
「ぐあぁ!」
文字通り目にも留まらぬ速さで距離を詰めたロワスに、保安官は殴り飛ばされた。
1秒が過ぎ、5秒が過ぎ、殴られ、宙に浮いた体は直線上にあった民家の壁に激突するまで止まらなかった。
衝突し、なおも殺せなかった勢いが保安官の体を壁に減り込ませる。
意識が途切れそうになるのをなんとか気力で堪えた彼の耳に、民家の中から喉の引きつるような悲鳴が聞こえた。
「舐めた真似をしやがって。金さえ出せば助けてやったのによぉ」
低い身長を誤魔化すためか、底の厚いブーツがコツコツとロワスが歩くごとに音をたてる。
音が間近に迫り、ぐらぐら揺れる視界を上げると、すぐそこに薄気味悪い尖った唇の顔があった。
「もう一度だけ言う、住民を有り金と一緒に集めろ。
さもなけりゃてめえを見せしめにして、無理やりにでも言うことを聞かせる」
「出て行け、この悪党……」
命は無いと、そう覚悟した保安官はせめて最後までこの男には従うまいと振舞った。
「そうかい、じゃあ死にな!
チュンチュン……」
頭に響く不快な笑い声と、ナイフの切っ先のような唇が迫る。
これまでかと保安官が諦めたその時。
「船長!船が一隻近づいてきやすぜ!」
ロワスの部下が声を上げた。
保安官ははっとする。
いけない、街の外の人間が来たんだ。
なんと運の悪い。
「ほぉ、この俺様のいる街に来るとはついてないねぇ。チュンチュンチュン!」
眼前からロワスの姿が遠のいていく。
「そこで待ってろ保安官。ちょいとばかり、お客さんの相手をしてくるぜ」
ああ、どうしてこんな時に来たんだ。
普段から余所者に厳しいこの街だって、久しぶりの客人をもてなすことぐらいはできたのに。
なにもこんな時でなくてもよかったではないか。
保安官は自らの命の危機が遠のいて行くのとは裏腹に。
海賊がいるとも知らずにこの街にやってくる不運な旅人のことを嘆いた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
ロワス海賊団が見つけた船は、徐々に近づきつつあった。
小さな船ではあるが、その出で立ちはまるで不思議。
船の上に、家がある。
いったいどんな人間が作ったのかはしらないが、あんな船は見たことも聞いたことも無い。
恐らくはどこかの金持ちが道楽で作った船でお遊びの航海をやっているに違いない。
こんなオーダーメイドの船を作れるようなやつが乗っているんだ。
もしかすると金銀財宝がわんさか積まれているかもしれない。
「おい!止まれぇ!」
団員の一人が、警告の意味を込めて銃を発砲する。
近づいて来る船の上に人影は見えないが、恐らくはあの家の中にいるのだろう。
目の前に海賊がいるとも知らずに、中で銃声を聞いてさぞかし慌てて飛び出してくるだろうと誰もが思った。
だが、いくら待っても人が出てくる気配は無く。
それどころか船が止まる様子も無い。
「お、おいなんか変じゃねえか?」
「漂流船?無人ってこともありうるぞ」
ぽつりぽつりと言葉が溢れ始めた。
なんだあの船は、一体どんなやつが乗っているんだ。
いやいや待てよ、もしかすると誰も乗っていないのかもしれないぞ。
憶測が飛び交い、けれども答えは得られず。
誰の姿も見えないまま、進み続けた船はコルハット海賊団の船にごつりと舳先をぶつけた。
「なんだぁ?本当に誰もいねえのか。」
「へっ、俺が行って確かめてやらあ」
皆が首を捻る中、一人の男が、頭に一番星の描かれたバンダナを巻いた男が謎の船に降り立つべく準備を始めた。
「おい、気をつけろ。何が入ってるか分かったもんじゃねえぞ」
仲間が彼を気遣って声をかける。
バンダナの男は舐めた様子で笑うと、口にナイフを銜えて自分達の海賊船の縁に立った。
「まあ見てろ。俺がお宝を見つけてきてやるよ」
ぐっと親指を立て、仲間達にアピールをする。
気楽な様子で縁から飛び降りた彼は。
「うおおぉぉぉ!水、飯、なによりも酒!!!!」
海中から突如飛び上がってきた謎の男に激突され。
「のわああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
そのまま星になった。
「な、なんだぁ!?」
様子を見ていたロワスが声を荒げる。
一体全体なにが起きた。
なにがどうなった。
疑問符が全ての人の頭を埋め尽くす。
「やっと着いた!くっそぉ、腹へってちゃ船引っ張るのも一苦労!
いやー何はともあれ街だ街。さぁ何から買おうかなー……あれ?」
海中から飛び上がってきた男は、ロワスの船の甲板に降り立つと辺りを見回しながら捲くし立てた。
だがどうやら自分の目的地とは違う場所に降り立ったのだと気が着いたようで、不思議そうに海賊の面々を見つめている。
「誰だお前さんらは?」
「こっちのセリフだっ!」
すっ呆けた問いに、思わずロワス海賊団一丸となって突っ込んでしまう。
「てめぇ!よくも俺達の仲間を!」
大きな突込みを受けて驚く不審な男。
だが驚いているのはロワス達も同じこと。
そんな中で正気に戻った一人が、先ほど吹っ飛んでいった仲間のことを思い出して意気込んだ。
「んん?なんのこっちゃ分からん」
だが肩透かしを食らう。
どうやらこの男、自分が人一人を上空に飛ばしたことについて自覚が無いようだ。
「ところでお前さんら街の人?だったら水と飯を売ってほしいんだ。
できれば酒も。何日も海の上で迷っちゃって、腹ペコなんだ」
「ああ、そうかい……!」
ふざけた態度に、堪忍袋の尾が切れた。
「だったらこれでも喰らいやがれ!」
手にしたサーベルを振りかざし、男に向かって殺到する。
海賊とはいえ、いや海賊だからこそ。
苦楽をともにしてきた仲間に対する思いは強い。
ゆえにこの男に対する怒りも強かった。
「おらぁぁ!」
「うお、危ない」
振りかざしたサーベルは、ヒュッと空気を裂いて、そして男の身に届いた。
だが。
「な、なんだぁ!?」
男の体には、傷一つつかない。
それどころか、振り下ろしたサーベルの方がぽきりと折れて、その刀身はくるくる回りながら明後日の方向へ飛んでいってしまった。
「なんだお前さん、いきなり斬りかかってきて」
それだけのことがあったというのに、男の態度は微塵も変わらない。
サーベルを折るような硬い体を持つ男。
その異常さに恐れを抱きながらも、それでも怒りは収まらない。
やり場の無い思いが、海賊に拳を握らせた。
「て、てめぇぇぇ!」
振りかぶり、振り下ろす。
あちこちで暴れまわって鍛え上げられた海賊の拳だ。
当たれば人間の骨ぐらいを折ることは、なんでもない。
「うわっと!止めろ馬鹿、今上半身裸だから危ないって!」
そんな強力なパンチを、男は訳も無いと言う風にひょうひょうと避ける。
それだけではなく、裸だから殴るのを止めろなどと訳の分からないことまで口走った。
「この、避けるな、この!」
ぶんぶん拳を振り回すが、ことごとく避けられる。
海賊が一歩前にでて拳を振るえば、男は一歩退がってそれを避ける。
「だから、止めとけって!怪我するのはお前さんの方だぞ!」
避け続け、退がり続け。
男はついに船の縁まで追い詰められた。
もう避けることはできまいと、海賊は思い切り拳を振り上げる。
「ぬかせぇ!」
そして満身の力込めた拳が、ついに男の体を捉えた。
肉を打ち、骨を砕くはずのその拳は。
いや、肉を打ち、骨を砕くはずだったその拳は。
「!?う、わぁ」
男の肌に触れ、殴り、勢い余って振りぬいた途端に。
肉を削られた。
「うわ、あああ、俺の俺の手がぁ!!」
海賊は突然自身を襲った痛みに悲鳴を上げ、自らの手を見てさらに悲鳴を上げた。
数秒前とはあまりにも違う、無残な姿になってしまった自らの手を、もう片方の手で押さえて必死に痛みを殺そうとする。
「だから言ったろうが!裸の俺に触るな!」
「な、なんだこいつは!」
「能力者!こいつ船長と同じで悪魔の実を食ってやがるんだ!」
「馬鹿野朗!海から出てきたんだぞ、能力者なわけねえ!」
殴られたはずの男は、目の前で痛みに苦しむ海賊に手を向けてアタフタとしている。
他の海賊達は斬りつけられようが、殴られようがダメージを負うどころか逆に相手を傷つけた男にパニック状態だ。
「ちょ、ちょっと待ってろよ!街で薬貰ってくるから!」
慌てた男は、他の海賊達が慄くのを尻目に船から降りようと駆け出した。
ロワスを含めた全員が謎の男に思考を奪われ、誰も男を止めようとはしない。
「おーい街の人~!薬を分けて、ほしいんだが……」
勢いよく駆け出した男の声は、街の方を見るなり小さく萎んでいく。
ついに声が止まり、足も止まった。
棒立ちの男の視線はただただ一点を見つめる。
ロワスに殴り飛ばされた、保安官を見つめる。
傷ついた彼を目にし、しだいにその表情が険しいものに変わっていった。
海賊団が不審そうにその背中を遠巻きにする中、男は彼らの方に振り返った。
「ああ、そういうことかい。お前さんらやりやがったな」
振り返り、振り仰ぎ。
船のマストに掲げられたどくろの旗を見た途端、男の態度が急変した。
先程までのどこか抜けた雰囲気はなりを潜め、体の端から端に至るまでに力が篭る。
突然のことにまた海賊たちは戸惑う。
「ちょっと待ってろ」
鋭い目つきでこちらを一瞥し、言葉を口にしたかと思うと。
男の姿は、その場から消えた。
いや、消えたのではない。
「おい、大丈夫かいお前さん」
移動したのだ。
海賊船から数十メートルは離れているであろう、壁にもたれたまま動かない保安官の元へ。
とんでもない速さで、動いたのだ。
「は、速ぇぞあいつ!」
「船長と同じぐらい、いやもしかしたらそれ以上……」
「能力者じゃないってなら、あいつは何なんだ!」
ざわつく。
男の正体を掴めぬまま、謎ばかりが深まる。
海賊達の頭の中の疑問符もそろそろいっぱいいっぱいだ。
そんな海賊達を放って置いて、男の方は保安官に声をかけていた。
呻き声と共になんとか顔を上げて男の方を見た保安官は、苦しそうに言葉を返す。
「あ、ああ。あんた、外の人間ならこのまま逃げてくれ。
こんな街の最後に、あんたまで巻き込まれることは無い」
「ここに海兵はいないのかい」
「ああ、そうだ」
体中の痛みを堪え、なんとか言葉を口にしていた保安官。
その顔が、徐々に歪んでいく。
何かに気づいたように、何かを思い出そうとするように。
難しそうに、歪んでいく。
「あんた、どっかで……」
「海兵がいないんじゃ、仕様がねえな」
この男の顔に、覚えがある。
どこかで会ったか?
いや違う。そんな身近な人ではないはずだ。
だが確かにこの顔を見たことがある。
頭の端に引っかかるように、記憶がある。
どこだ、一体どこで彼の顔を。
「ここでじっとしててくれ。動かれるとやり辛いからよ」
保安官が記憶を掴む前に、男は背を向けて歩き出してしまった。
未だ動けずにいる海賊達に向かって。
「お前さんら、嵐にでも遭ったんだと諦めてくれ。お前さんらの航海はここで終わりだ」
一歩、一歩。
ゆっくりと進みながら。
「どこの誰かは知らねえし、恨みがあるわけでもねえが」
男は、宣戦布告する。
「この漢ホホジロ、通りかかっただけとはいえ、お前さんらみたいな下らん悪党を放って置けるほど人は良くないんでな」
強い眼差しが海賊達の動きを封じる。
不気味な歩みが心を焦らす。
そして、名乗られた名前が驚愕を呼ぶ。
「ホホジロ、鮫肌のホホジロか!!」
誰よりも先に口を開いたのは、保安官だった。
なかなか男のことを思い出せずにいた彼だったが、名を聞いた途端に全てを思い出した。
そうだ、あの男の顔を随分と前にだが手配書の写真で見たことがあるのだ。
そして彼が叫んだ名は、海賊達にも届いた。
「う、嘘だろ。鮫肌のホホジロって言やぁ……」
「七武海・海侠のジンベエの懐刀、元懸賞金1億4000万ベリーの魚人……!!」
「なんでそんな野朗がここにいやがるんだ!ど、どうしやす船長!?」
戸惑いが恐怖に変わり、ざわめきは戦慄へ取って代わる。
目の前のあの男は、自分達などではとても相手にならない。
今は違うとはいえ、元懸賞金1億越えの海賊だ。
ロワスにかけられた懸賞金とは比べ物にならないほどの高額。
比べ物にならないほどの実力の持ち主。
「ビビってんじゃねえ!一億越えだか魚野朗の仲間だか知らねえが、俺達全員でかかりゃあ勝てねえ道理はねえ!」
「だがサーベルで斬っても、殴っても平気な顔してるんだぜ!?どうやって攻撃すりゃあいいんだ!」
名を聞いた程度では、ロワスは怯まなかった。
これまでだって、額面上は自分達よりも強い相手と何度も何度も戦って、その度に勝利してきた。
懸賞金が自分の4倍はあろうかという相手であっても、戦える自信はある。
「馬鹿が!鉄砲でも大砲でも撃ち込め!いくらあいつが化け物じみた野朗でも、それで平気なはずはねえ!」
なおも前進してくるホホジロを睨みつけながら、怯えきった部下達に指示を下す。
そうだ、剣で斬っても拳で殴っても効かないってんなら。
鉛の弾丸と、大砲の弾をぶち込んでやればいい。
海侠のジンベエの仲間ってことは、やつも魚人には違いねえ。
普通の人間よりは感情なのかも知らねえが、それでも撃たれりゃダメージもあるはず。
「撃て撃て撃てぇ!野朗を蜂の巣にするんだぁ!」
「おおおおお!!!」
雄たけびが上がり、そして空気が爆ぜるようないくつもの銃声が続く。
短銃が、ライフルが、ロワス海賊団の団員全員が手にした銃の引き金を引く。
そしてそれから少し遅れて、導火線に火を灯された大砲がその口から大きな塊を吐き出した。
耳をつんざく様な轟音。
傷を負って動けなかった保安官も、思わず両の手で耳を塞ぐ。
だが目を閉じることだけはしなかった。
あの男を、ホホジロの姿を見つめ続けていた。
「あいたたたたた」
飛来する数十、数百にも及ぶかという弾丸を、ホホジロは避けようともしない。
逃げようともしない。
ただ先程と変わらず、真っ直ぐに歩いていくだけ。
当然、ホホジロ目掛けて放たれた弾丸はその体に命中している。
しているはずなのだが。
傷一つつかないどころか、痛みに表情を歪ませることも無い。
弾丸を全身に受けているというのに、まるで小雨にでも降られたかのような気軽さだ。
「おっとと、大砲は流石に不味いな」
ヒューっと空気を食い破りながら、大砲の弾が数発。
あれを喰らえば流石の彼といえど耐え切れないのか、と保安官は不安を覚えた。
「街が壊れちまう。仕方ない」
ホホジロは、そこで初めて足を止めた。
正面から飛んでくる砲弾の数は4発。
もう着弾間近だ。
「魚人空手」
足を半歩分開き、両の手を握りこみ、片方を腰の横へ、もう片方を体の前へ突き出す。
「ヒャアー!これであの野朗も終わりだぜ!」
「チュンチュンチュン!砕け散れ魚野朗!チューンチュンチュンチュン!」
ロワス海賊団が歓声を上げた。
あれならもう避けようもあるまい。
銃弾が効かなかった時は正直どうしようかと思ったが、砲弾ならいかにやつといえども一溜まりもあるまい。
「駄目だ!逃げろホホジロさーん!」
保安官は、必死に叫ぶ。
この街を救おうとしてくれた男を、このまま死なせたくはなかった。
渾身の力を込めて、叫んだ。
だが時すでに遅く、4つの砲弾はホホジロの間近。
どうしたところで、命中する。
「死ね、死ね!魚人風情が俺様に逆らうなぁ!」
「頼む逃げてくれー!!」
ロワスと保安官の声が響く。
それを掻き消すような砲弾が空気を裂く音。
そして、ホホジロの声。
「鮫肌正拳突き!!!」
砲弾が届く寸前。
前に突き出していた拳が、砲弾に触れそうになる。
ホホジロにとってその距離は、必殺の拳を叩き込む絶好の距離。
腰の横に据えていた拳が、空気を裂くどころか吹き飛ばすような勢いで動いた。
その拳と入れ替わるように、前に突き出されていた方の拳が今度は腰の横に据えられる。
繰り出された拳は、見事に砲弾を捉えた。
一番最初にホホジロに到達するはずだった一発は、その拳を受けて今までとは正反対の方角へ殴り飛ばされた。
数倍の速度を持って、砲弾が目指す先は。
「ああああああああああああ!!砲弾を殴り返したぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「……!!!!!」
その砲弾を放ったロワス海賊団の元。
自分たち目掛けて飛んでくる砲弾を指差し、団員の一人が泣き叫ぶ。
ロワスはと言えば、あまりの出来事に目玉が飛び出しそうなほど目を見開き、外れるのではないかというほど口を大きく開けて驚愕している。
「ほれほれ、残りも返すぜ」
残った三発の砲弾。
ホホジロはその全てを拳で殴り返す。
拳の届く距離に入った物から次々と。
「やべえ!全員海に飛び込めぇ!」
殴り返された一発目が着弾する。
船のマストに直撃した砲弾は大きな爆発を起こし、船の中心に位置するマストが折れる。
危険を感じた一人が大声で仲間達に呼びかけ、大勢がそれに従った。
「船長も速く逃げて!」
「……ふざけやがってぇ!!」
残る砲弾が迫る中、ロワスは悔しげに体を振るわせる。
ロワスを逃がすべく、最後まで船に残っていた一人も、ついには耐え切れずに逃げ出す。
ただ一人船上に残ったロワス。
「終わってたまるか……!あんな魚野朗に負けてたまるか……!
俺は黒帽のロワス!こんなところで死にはしねぇ!!!」
次々と着弾した砲弾が炎を上げる中。
ロワスの姿が見えなくなった。
爆風に晒され、吹き飛ばされたか。
あるいは海に逃げ込んだか。
「や、やった……!」
ホホジロの勝利を確信し、保安官がもたもたと立ち上がる。
足は振るえ、あちこち痛いがそんなことも忘れて。
「やったぞホホジロさん!あんた、あんた凄いよ!」
喝采を上げる。
傷ついた満面の笑みで。
だが勝利の立役者であるホホジロは、そんな保安官に目をやることもなく、上空を見つめていた。
「いや、まだだ。どうやら少しは骨のあるやつらしい」
え、と声を漏らし保安官もホホジロの視線を追う。
上空、そこに一体何があるのか。
「な……!」
見つけた。
ホホジロの見ていたものを、彼も見る。
高い高い空の上。
そこに、一羽の鳥の姿がある。
ただの鳥ではない。
鳥にしては大きすぎるのだ。
それに、どうにもあの鳥には面影がある。
先ほどまで船上に立っていた、あの男の面影が。
「チューンチュンチュン!よくもやってくれたな魚野朗!
だがまだ終わりじゃねえ!このロワス様のトリトリの実モデルスワローの力を見せてやるぜ!」
「ほう、トリトリの実か。珍しいもん食ってんなお前さん。
飛行能力を持つ能力者はかなり少ないって話だが」
「その数少ない内の一人が俺って分けよ!
この自慢の翼と口ばし!それにツバメの速さを持ってすれば、お前なんぞ一撃で終わりだ魚野朗!」
手の代わりに生えた翼の先をビシッと突きつけ、言い終えたと同時に大きく羽ばたいてさらに上空へ。
地上から見上げるホホジロと保安官の目には、小さく小さくなっていくロワスの姿がしだいに見えなくなっていった。
「黒帽のロワスは、悪魔の実の能力者だったのか!」
この広く不思議な海に存在する謎の一つ。
それが悪魔の実と呼ばれる果実だ。
「海の悪魔の化身」と称される悪魔の実は、それを食した者に超人的な力を与える。
悪魔の実を食したものは能力者と呼ばれ、その力を持って悪行を働く輩も多い。
「チューンチュンチュン!喰らえ魚野朗!
黒点急降下突撃!!」
ロワスはトリトリの実と名づけられた、自分の体を鳥の姿へと変貌させる悪魔の実を食した。
そして手に入れたのツバメの力。
鋭い嘴と速い動きを武器に、今まで危険な海を渡ってきたのだ。
中でもこの技は何人もの海賊を葬ってきた必殺の一撃。
上空へ舞い上がり、太陽の中に隠れて地上にいる相手へと一気に降下する。
降下の速度と、槍の如き嘴、そいて太陽の光を利用した不可避の突撃。
「チュンチューン!!!」
地上から見れば、ロワスの姿は太陽に浮かぶ小さな黒い点。
眩い光に阻まれて、その姿を見続けることはできないが。
「さあさあさあ!避けられるなら避けてみろ、防げるものなら防いてみろ!
黒帽のロワス最強の一撃だ!魚が鳥に逆らったことを後悔しながら逝きやがれ!!
チューンチュンチュンチュン、チューンチュンチュ……」
「ピーチクパーチクさえずりなさんな。そんなもん」
そんな一撃を前に。
ホホジロは、特に何もしなかった。
身構えることも無い、避けるために動作を起こすことも無い。
ただ拳を硬く握るだけ。
迫る。
鋭い口ばしが、黒い鳥が、死の一撃が。
だが、特に何もしない。
すっと、腕を上げただけ。
「避ける必要も防ぐ必要もねえ」
そして。
ホホジロは目と鼻の先に迫ったロワスを。
ツバメの力を持って上空から降下してきた一撃を。
「一発殴りゃあ、こと足りる!!」
殴って終わらせた。
「なぁ!!!!」
「ちゅぉぉぉ……」
ロワスの姿を見失い、慌てていた保安官は、気が着けばホホジロの足元に伏していたロワスを見つけ、さらにあれだけの速さの敵をただの拳で止めたホホジロに驚いた。
思わぬ反撃、と言ってもただ殴られただけなのだが、それでも反撃を受けることなど想定すらしていなかったロワスは、ただ呻くだけ。
「お前さん、覚えておくといい。この海にはなあ、お前さんよりも速くて、強いやつが幾らでもいるんだ。
トリトリの実を食ったってのは大きなアドバンテージだが、それだけじゃいけねえ。
悪魔の実を食わなくたって、力を付ける方法なんざ幾らでもあるんだからな。
まあ、もっとも」
ピクピクと体中を痙攣させているロワスを見下し、ホホジロは笑う。
口角が上がり、並ぶ鋭い牙が覗く。
泣く子も黙るような、それはそれは凶悪な笑みだった。
本人に自覚があるかどうかは不明だが、近くで見ていた保安官を怖がらせるには十分な凶悪さだった。
「こんな講釈聞かされたところで、お前さんはもうお仕舞いなんだがな」
「ホ、ホホジロさん。こいつ、どうするんで……ああ!笑ったままこっち向かないで下さい!」
ロワスを前に目を背けることもしなかった保安官だったが、獲物に喰らい付く瞬間の海王類のような笑顔を直視することは出来なかった。
彼が何に脅えているのか理解できないホホジロは、気楽な風に笑顔で迫った。
「ええ?なんか付いてる俺の顔?」
「いいえ何も!何でもありませんからとり合えず真顔でお願いします!」
目を手で庇いながら、保安官は懇願する。
だが何がなんだか、自分の笑顔に自覚の無いホホジロは首を捻るばかり。
そんな中。
失神していたロワスが、くわっと目を見開いた。
流石は一団の長だけあってか冷静で、意識を取り戻してまず最初に状況を確認する。
(魚野朗はこっちを向いていない……!今がチャンスだ!)
動きを気取られないよう、ゆっくりゆっくりと動く。
羽の先、足の先、体の向きをゆっくりと整えて。
再び飛び上がるべく……
「いやもう本当、マジで笑顔でこっち向くのだけは勘弁して……あああ!ホホジロさん後ろ後ろ!」
気づかれた!
忌々しい保安官め!
悪態をつきながら、ロワスは一気に羽ばたく。
頼む、一瞬でいい。
一瞬でいいから、見逃せ魚野朗。
そんな願いも空しく、ホホジロは保安官に指差されて振り返ってしまった。
飛翔する寸前のロワスは、自分を叩きのめした相手の動きを注視する。
もう少し、もう少しだけでいい!
このまま飛び上がって、空から逃げちまえばそれでいいんだ!
仲間を見捨てることになるが、船長の俺さえ生き残ればまた海賊団を作れる!
再起を夢に見て。
ロワスは再び空へと向かう。
その刹那、ついにホホジロがロワスを見る。
そしてまた、ロワスもホホジロを見る。
牙を剥き出しにした、恐ろしい笑顔のホホジロを。
「笑顔怖っ!!!」
「な、なんだとお前さん!?」
指摘を受けて、ロワス以上に驚愕するホホジロ。
ペタペタ顔を触る。
「お前の方が俺より悪そうな顔してるじゃねえか!
と、兎に角勝負はお預けだ!必ず復習するぞ魚やろう!」
「怖い?俺の笑顔は怖いのか……!?
そういえば俺が笑うと誰も彼もが遠ざかっていったような……」
バサバサと羽ばたきながら海の方へと飛んでいくロワス。
対してホホジロは自分の顔を両手で触って、自分の笑顔が怖いという事実に直面しようとしていた。
「ホホジロさん!黒帽のロワスが逃げちゃいますよ!」
「はっ!あの野朗、俺を騙すために嘘ついたんだな!待てこの!」
頭から煙でも出そうな勢いで怒りながらロワスの後を追って海の方へ向かうホホジロ。
そんな彼の後姿を見ながら、保安官は呟く。
「いや、笑顔が怖いのは本当です」
・ ・ ・ ・ ・
「チューン、チューン。空に上がれば大丈夫……」
島から少しの空に、ロワスの姿はあった。
ツバメの能力をもつ彼の速さには、今まで誰一人として追いつくことはできなかった。
空を飛ぶ力と、この速さを持って彼は3千500万の賞金首へと成り上がったのだ。
「せ、船長!どこへ行くんですかぁぁ!」
「俺達を、俺達を見捨てる気か!!」
悠々と空を進んでいたロワスに、海面に浮いていた彼の部下が声を荒げた。
今まで共にやってきた仲間であるはずの彼らの声を耳にしたロワス。
だが彼の反応は冷ややかだった。
「うるせえ!お前らなんざ俺の翼に乗っかってただけの雑魚じゃねえか!
いいか、俺さえ生き残ればロワス海賊団は何度でも蘇るんだ!
お前等の運が良けりゃまた俺の仲間にしてやるよ!チューンチュンチュン!」
前へ進んでいたロワスは、自分の部下達が固まって泳いでいる上で進みを止めた。
バサバサ羽ばたきながら、海上へ聞こえるように声を張り上げる。
「てめぇ!俺達だって命がけであんたの後ろに付いて来たんだぞ!それを……」
「そうさ!お前らはいつだって俺の後ろ!同じ死線に立ったこともねえじゃねえか!
この海賊団は実質俺一人でやってきたんだ、お前らなんざいなくたって何も変わらないんだよ!」
上空から、海面から罵倒が飛び交う。
「くそ!あんたみたいな人に付いて来たかと思うと自分が恥ずかしいぜ!」
「降りて来い卑怯者!」
「チューンチュンチュン!誰がお前等のために降りるもんかよ!
せいぜいあの魚野朗に可愛がってもらうんだなぁ!」
「お前さんも可愛がってやるつもりでいるんだがな俺は」
「ぶっ殺してや……あれ?」
そんな中、静かな声が一つ。
ロワスの部下だった海賊たちの中に混じる。
「まあどちらも安心しなさいな。船長も逃がしはしない、周りのお前さんらも逃がしはしない。
お前さんらは皆仲良く」
ロワスが驚く。
海賊達が慄く。
その声の主は。
「海の底に沈むんだ」
海面に立つ、ホホジロその人。
「おわぁ!いつの間に!」
「なんだこいつ、海の上に立ってやがる!」
ホホジロは文字通り、海面に立っている。
腕を組み、身じろぎ一つしないまま。
まるでそこが地面の上であるかのように。
「とりあえず、お前さんらは後回しだ。まずは、あの空の上にいるツバメの親分からだ」
ホホジロは鋭い視線をロワスに飛ばす。
上空にいながら、ロワスは身震いする。
殺気と呼ばれるものの類を、これまで海の上で生きてきたロワスは何度も感じたことがある。
同じ稼業の敵と相対する時などには毎度毎度感じてきた。
「覚悟しなさいな。空の上と云えど、このホホジロの牙は届いちまうぜ」
だが、脅えたことなど一度もなかった。
常に死を覚悟していた、などと大層なことを言うつもりは無いが。
それでも傷つくことも戦うことにも恐れを感じたことなどは一度も無かったのだ。
今は違う。
あの男の視線だけで、言葉だけで、身動き一つだけで。
総毛立つ。
この身が震える。
恐怖が押し寄せる。
「チュ、チューン……!
ほざいてろ魚野朗!俺はもう行かせてもらうぜ!」
格が違う。
離れていても、それが分かってしまうほどに。
あの魚人と戦えば、間違いなく自分は死んでしまうだろう。
「行かせると思うのかい?。どこまでだろうと追いかけて食い殺してやる」
「チュン!やれるもんならやってみやがれ!!」
捨て台詞を吐いた後、ロワスはその場を離れるべく羽ばたいた。
そして加速し、加速し、加速する。
少しでも遠くへ、できるだけ速く。
何の自慢にもならないが、逃げ足は他の誰にも負けない自信がある。
追いつけるものなら、追いついてみやがれ。
ふと、振り返った。
そこに見えるのは、慌てふためいて四方へ散っていく元部下達。
ホホジロの姿は、見当たらない。
「どこへ行った?」
「目の前だよ、ツバメの親分」
振り返ったまま、凍りつく。
なんだ、どういうことだ。
どうしてやつの声が、こんなに間近で聞こえるんだ。
ありえない、ここは空の上だぞ。
魚野朗がいていい場所じゃない。
「鮫のジャンプ力舐めたらいかんよ」
「こ、この魚野朗がぁ!!」
頭が真っ白になる。
とにかく、行動を起こさないと自分がやられてしまうだけだ。
振り向きざま、思い切り翼を振るってホホジロを打とうとする。
「魚人空手、鮫肌手刀打ち!」
だが、それとほぼ同時。
ホホジロが、大きく振りかぶった右手を真っ直ぐに伸ばし、ロワスの頭目掛けて振り下ろした。
互いに、互いを打とうとする一撃。
繰り出したのはほぼ同時。
だが、鍛え上げられた様子のホホジロの右腕の方が、ロワスの翼を上回った。
「ヂュウン……」
ホホジロの手刀打ちは、ロワスの頭の中心を打ち抜く。
頭蓋を両断するようなその一撃。
頭がへこみ、衝撃が全身に走った瞬間、力なく最後の一鳴きを上げて、ロワスは海面へと墜落していく。
「せ、船長がやられたぁ!」
「逃げろー!!」
先程から逃走を図っていた海賊達が、より一層速度を上げて、あちこちへと泳いでいく。
そんな彼らの背後に、二つの水柱が上がった。
一つはロワス、もう一つは。
「好きなだけ逃げな。海の中で魚人に泳ぎで敵うと思うならな」
「ひええぇぇぇぇ!!!」
悲鳴を合図にして。
海中の一方的な狩が始まった・
・ ・ ・ ・ ・
「あ、ホホジロさんやつらは!?」
「ちゃんと一人残らず始末しといたよ。全員船の上で気絶してら」
ホホジロがロワスを追って海に消えてから十数分後。
ロワスとその一味を蹴散らした彼は、待っていた保安官に向けて親指を立てた。
「た、助けたんですかあいつらを」
「助けた訳じゃないが、海軍に引き渡した方が金になると思ってね。
伝電虫ぐらいはあるだろ?海軍に連絡してくれると助かる。
旅の途中なんだ俺は」
ホホジロはロワス一味を一人残らず叩きのめした後、海中から全員を引き上げて彼らの海賊船に放り投げた。
意識の有るものは一人もおらず、ロワスに至っては大量の水を飲んで風船のようになってしまっている。
「はあ、旅って言ってもここは偉大なる航路の端も端。
いったいどこへ行くんです?」
「ああそうだ、お前さんに聞きたいんだが」
疲れた様子もなく、ホホジロは濡れた体をブルブル震わして水分を飛ばす。
そして保安官に、道に迷っていた経緯を話して、自らが向かう目的地を告げた。
「東の海へは、ここからどう行けばいいんだい?」
魚人の男は東の海を目指す。
世界で最弱と評されるその海へ、この男が何の目的をもって向かうのか。
「兄弟分の様子を、見に行かなきゃいけなくてね」
それから数日後。
海軍のいない島において、一つの海賊団を壊滅させたホホジロの姿は。
東の海に浮かぶ、とあるレストランの上にあった。
・第一回はこんなかんじで。
尻切れでごめんなさい。