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失われる恵み:COP10・名古屋会議を前に/上(その2止)

青々と広がるレッドパールの苗。「うちは本家」と開発者の西田朝美さんは言う=愛媛県宇和島市で、江口一撮影
青々と広がるレッドパールの苗。「うちは本家」と開発者の西田朝美さんは言う=愛媛県宇和島市で、江口一撮影

 ◇中国・フィリピン、法整備進め

 ◇途上国、資源保護に布石

 <1面からつづく>

 家電製品の性能向上などに使われるレアアース(希土類)について中国からの輸出で大きく揺れた産業界が、遺伝資源の分野でもリスクを負う可能性がある。

 今年6月のことだ。東京都内で開かれたセミナーで、来日した中国の大学教授らが「遺伝資源について国内法の整備を進めている」と明らかにした。会場には張りつめた雰囲気が漂った。詳細は語らなかったが、出席者の一人は「来るべきときが来た」と漏らした。

 フィリピンは05年、利用国に対し、遺伝資源をもとに開発された製品の売上額の2%を毎年払うよう国内法で義務づけた。企業にとって、「採算が取れない要求」(バイオメーカー)で、フィリピンからの遺伝資源確保は事実上閉ざされた経緯がある。

 中国は日本の25倍の広大な国土を抱え、豊富な遺伝資源が眠る。しかし、開発で失われつつあり、国内法次第では遺伝資源の入手が難しくなる。

 だが、これまでの交渉では、沈黙を守っている。地球温暖化交渉で積極的に発言してきたのとは対照的で、外交筋は「中国はバイオ技術が発達し、外国の資源を利用する国でもある。不利にならないように熟慮しているのではないか」と推測する。

 とはいえ、中国は生物多様性と異なる交渉の場で、自国の遺伝資源を守るための布石を打っている。

 09年、さまざまな商品の国際規格を策定する「国際標準化機構(ISO)」に自国の伝統医療「中医学」の治療法を国際基準とするための委員会の設置を提案した。

 これに、同じように伝統医療を持つ「漢方医学」の日本と「韓医学」の韓国は反発した。いずれも古代中国医学が源だが、何世紀にもわたり独自に改良して発展させ、生薬の配合などまるで異なる。

 もし「中医学」が国際標準化されると、「漢方医学」「韓医学」にかかわる両国の企業は国際競争力を失いかねない。

 「日本東洋医学サミット会議」の鳥居塚和生事務局長(昭和大教授)は「生物の名を借りた経済戦争の側面がある」と指摘する。

 動植物や微生物の遺伝子の働きには、人間の力では及ばない作用を持っているものがある。「20世紀の偉大な発見」と言われる抗生物質ペニシリンは、青カビをもとに開発された。アフリカの先住民が空腹感を抑える植物フーディアはダイエット食品に利用されている。

 93年の生物多様性条約発効前まで、先進国は自由に途上国から資源を持ち出せた。条約によって、原産国に所有権があることが明記され、途上国は今こそ、失われた利益を取り返そうと躍起だ。

 ◇資源国と利用国、妥協不可欠

 だが、こんな一面もある。

 20世紀半ばに人口増に対処するため、小麦やコメの生産量を飛躍的に伸ばす技術革新「緑の革命」では、収量が多い日本の3品種「農林10号」「赤小麦」「埼玉27号」が使われた。無償提供で、経済効果は毎年5000億円に上り、「日本の国際貢献」と関係者は胸を張る。

 主権にこだわりすぎると、国際協力による食品や医薬品などの開発は困難になる。「原産国と利用国が妥協点を見いださなければならない。名古屋で歴史を作る」とアフメッド・ジョグラフ条約事務局長は各国に柔軟な対応を呼びかける。

 ◇日本開発品種の無断栽培、海外で次々

 農業の分野でも争奪戦が展開されている。

 愛媛県宇和島市の農家、西田朝美さん(86)は11年前、韓国を訪れ強い衝撃を受けた。20年近くかけて開発したいちごの品種「レッドパール」が巨大なビニールハウス内で栽培されていたからだ。

 「赤い真珠」の名が示すように鮮やかな赤色で甘く、病気に強く、栽培しやすい。93年に新品種に登録された。日本では種苗法で新品種の開発者の権利が守られているが、韓国では同様の制度がなかった。06年時点で、レッドパールは韓国でのいちご生産高の53%を占め、同じように無断で持ち出された「章姫(あきひめ)」が33%あった。品種という資源に共通ルールがないすきを突いた格好で、日本の農林水産省によると、日本で開発され、無断で海外に持ち出された品種は最近の主なものでも約10件ある=表。

 韓国は近く品種登録を受け付ける予定だが、西田さんは「どの国も開発した人の権利を認める制度を整備してほしい」と強調する。

 名古屋議定書の原案では、「利用国が、遺伝資源原産国の議定書関連国内法を守る義務が生じる」としている。批准国同士であれば、レッドパールのような問題は回避される可能性がある。

毎日新聞 2010年10月3日 東京朝刊

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