アメリカで最も有名なマジシャンに、ハリー・フーディニがいる。彼は、警察が使用している本物の手錠や牢獄から何度も脱出して見せ“脱出王”の異名を持つと同時に、多くの霊媒のイカサマを暴露して“サイキック・ハンター”としても名を馳せていた。
しかし、そんな彼も霊界の存在は信じていた。亡き母と交信をするために、本物の霊媒を探していたのだ。
彼は「亡き母との交信」という悲願を叶えるため、多くの霊媒のもとへ行った。しかし遂に彼の願いは叶えられることなく、死を迎えることになる。
フーディニは生前に、自分が死んだら妻のベスと交わしていた「暗号」を使って、霊界からメッセージを送ることを誓っていた。その暗号は2人だけが知る秘密のもので、この暗号を霊媒が伝えられれば「本物」だと認められる仕組みだった。
そして一般には、この暗号を伝えることができた霊媒は一人もいなかった、と言われている。
しかし事実は違う。アメリカの偉大なる霊媒アーサー・フォードが、1928年に「暗号」を伝えたのだ。彼が最初に伝えたのは、フーディニが生前に母との間で交わした合言葉だった。それは世界中の霊媒が伝えることができなかった、フーディニが探し求めていた言葉・・・
“FORGIVE” ―許して―
フォードが、この言葉を交霊会で受け取ったのは1928年2月8日。その翌日には、フーディニの妻ベスに、この合言葉を伝えた。
彼女は非常に驚き、新聞に署名入りの公開文を載せた。それには、「これまでに幾千もの通信を受け取りましたが、夫のフーディニ、夫の母、私自身の3人だけが知っているある秘密の合言葉を含んだものは、これだけでした」とあった。
しかし、これだけではない。フーディニとベスとの間で交わされた「暗号」がある。
1926年にフーディニが亡くなってから、多くの霊媒が「フーディニの暗号」に挑んだが、誰もこの暗号を伝えることはできなかった。
しかし偉大なる霊媒アーサー・フォードは、この暗号も見事に伝えたのだ。
彼は交霊会でトランス状態になると、「フレッチャー」という名のコントロール霊に支配され、メッセージを伝える。
1928年11月の夜、「フーディニの暗号」について最初のメッセージが伝えられた。
「はじめの語は “ROSABELL” で、それがその他の言葉を解くことになるだろう」
この「ROSABELL」(ロザベル)という言葉は、フーディニとベスが初めて出会ったころに、コニーアイランドで流行っていた歌のタイトルだった。
この言葉を聞いたベスは、またもや驚いた。彼女が結婚指輪を外すと、そこには
「ROSABELL」の文字が刻まれていた。この言葉が指輪の内側に刻まれていることはフーディニとベスしか知らないことであり、指輪を外さない限り文字を見ることもできない。そして何より、これが暗号を解いたあとの通信文の一部だということは、2人以外に知るものはいないことであった。
フォードはさらにメッセージを伝える。
「さて、 ROSABELLE 以外の9つの言葉は、私たちの暗号では一語の綴りとなる」
そう言って彼は、交霊界で次の9つの言葉を伝えた。
「ANSWER TELL PRAY. ANSWER LOOK
TELL ANSWER. ANSWER TELL」
一見すると意味不明の言葉である。しかし、フォードはこの9つの言葉の暗号を見事に解いた。解読された言葉は「BELIEVE」(ビリーブ)。最初に伝えられた「ROSABELLE」と合わせるとフーディニの霊界からのメッセージは次の言葉となる。
Rosabelle believe ―ロザベル、信じなさい―
このメッセージこそ、ベスが待ち望んでいたものだった。
2人だけしか知らない暗号解読法でフォードは暗号を解いた。そして、フーディニの霊界からのメッセージを伝えたのである。
この交霊会の翌日、1929年1月9日に、ベスは事実の正当性を肯定する宣誓供述書に署名し、新聞社に報道させた。
ニューヨーク市 1929年1月9日いろいろ反対の声明がありますが、それと関係なく、私はアーサー・
フォード氏が伝えてくださった通信は、その全部が理路一貫している点で、正しくフーディニと私との間であらかじめ約束しておいた通信であることを、ここに声明したいと思います。ベアトレス・フーディニ
証人 ハリー・アリー・ジアンダー
ミニー・チェスター
ジョン・W・スタッフォード
霊界の存在を認めたがらない輩は、この事実を抹殺しようとするが、フーディニの暗号は破られたのだ。そして、霊界の存在も証明されていたのである。
「フーディニの暗号を破った霊媒はいない」 これはよく言われることだが、実際には一人だけ、この暗号を破った者がいる。伝説に登場した霊媒、アーサー・オーガスタス・フォードである。
1928年当時、フォードは無名に近い霊媒であったが、この暗号を破ったことで一躍有名霊媒となった。
当時、暗号を破った霊媒には賞金1万ドル(現在の価値だと10万ドル以上。日本円で1000万円以上)がもらえることになっており、それまでに数多くの霊媒が暗号に挑戦したものの、誰もメッセージを伝えることができないでいた。
しかしアーサー・フォードは暗号を破り、メッセージを伝えたのである。さらにフーディニが生前、母との交信の際に決めていた合言葉「FORGIVE」も伝えてみせた。フーディニの妻ベスが、宣誓供述書に署名したのも事実である。
これだけの結果を見れば、まさに驚異と言うほかない。
暗号は2人だけしか知らない秘密のものであるというし、霊媒のトリックにも詳しいベスから、コールド・リーディングを使って情報を聞きだすことも不可能に近い。
となるとアーサー・フォードが伝えたメッセージは、正真正銘、霊界にいるフーディニから伝えられたものなのだろうか?
いや、そう結論するのはまだ早い。この完璧に思える伝説にも、謎を解く鍵は残されているのである。
フォードが霊界からのメッセージと称して、一番最初に伝えた合言葉は「FORGIVE」だった。フーディニが生前むなしく待ち続けた言葉である。この言葉を聞かされたベスは、フォードへ手紙を送っている。以下はその手紙の一部である。
「(前略)この通信は、実は、フーディニがいつも心中ひそかに待ち望んでいたものでございます。そして、もし彼の生前にそれが伝えられておりましたら、彼の人生は全く別の方向に向かったものと思っております。―しかし、遅すぎました。また反面、一、二のとるにたらない間違いもございました。たとえば、フーディニの母親は、息子のことをエーリッヒと呼んでおりました―でも伝達には、矛盾するようなことは全然ございませんでした(後略)」―強調は引用者―
ここで書かれている「エーリッヒ」とは、フーディニの本名である。「ハリー・フーディニ」とは芸名であり、彼の本名は「エーリッヒ・ワイス」なのだ。
ベスは矛盾することはないと書いているが、これはかなりの矛盾点に思える。なぜならフーディニの母セシリアは、生涯に渡って息子のことを本名の「エーリッヒ」と呼び続け、「フーディニ」と呼んだことは一度も無かったのだから。
このことはフォードも矛盾を感じたのだろう。自伝『サイキック』の中では、最初の合言葉を伝えた際、母親が「エーリッヒ・ワイス」と呼んだことに話を摩り替えている。
どうやら、イカサマの匂いが漂ってきたようだ。この合言葉は、霊界にいる者から受け取ったのはではなく、何か別のところから情報を入手したのではないだろうか。
でも、その入手先とは?
この「Forgive」という合言葉をどこで知ったのか、徹底的に調べてみた。
すると、ある重要な記事を見つけた。1928年2月11日付けの『ニューヨーク・タイムズ』の記事に、「Forgive」という合言葉の入手先が書かれていたのだ。
記事によれば、1927年3月13日に発行された『ブルックリン・デイリー・イーグル』の中で、ベスがインタビューに答える形で、フーディニが探し求めていた合言葉が
「Forgive」であったことを述べているという。
残念ながら当時の記事は残っていないが、どういった内容だったかはわかる。
アメリカの有名なマジシャン・コンビ、「ペン&テラー」が当時の記事を引用しているのだ。
「Forgive」について述べられているのは以下の部分である。
「彼(フーディニ)は母親が霊媒を通して、『Forgive』(彼女の最期の言葉)と話すのを聞くまで、信じないことを望んでいました。彼は決して(その言葉を霊媒から)聞きませんでした」
ベスは「Forgive」という言葉が「合言葉」であるとは明言していない。しかし文脈から判断すれば、これが合言葉であることは一目瞭然である。
また、日付に注目してほしい。アーサー・フォードが「Forgive」という合言葉を伝えたのは、1928年2月8日である。そして、この記事が『ブルックリン・デイリー・イーグル』に掲載されたのは、1927年3月13日だ。
もちろんフォードがこの記事を参考にしたという証拠はない。しかし彼が「Forgive」という合言葉を伝えるよりも前に、情報が外部に漏れていたのは確かである。
そもそもこの話は、フーディニ、彼の母、ベスの3人以外は「誰も合言葉を知らない」というところが“不思議”の肝だったはずだ。しかし情報は外部に漏れていたのである。これでは不思議でも何でもないだろう。
続いては「フーディニの暗号」である。「Forgive」に関する情報が事前に入手できたとすると、当然こっちの暗号も疑わしくなる。本当に、前もって情報は漏れていなかったのだろうか?
これについても徹底的に調べてみた。するとどうだろう。この「フーディニの暗号」も、フォードが交霊会を行うよりも前に情報が漏れていたことがわかったのである。実際には交霊会の一年ほど前に、ベスが何人かの記者に、うっかり暗号について話していたのだ。
ベスが記者に話していたのは、伝説でも書いた次の10個の言葉である。
ROSABELLE ANSWER TELL PRAY. ANSWER
LOOK TELL ANSWER. ANSWER TELL
しかし、これだけでは何のメッセージなのかわからない。暗号を解く複雑な方法を知らなければメッセージは解読できないのだ。では、記者にも話していない暗号を解読する方法は一体どこで知ることができたのか?
それは、1928年にアメリカで出版されたフーディニの初の伝記、『Houdini―his life story―』の中に書かれていたのである。この伝記を書くにあたって著者のハロルド・ケロックは、フーディニの妻ベスにも情報提供に協力してもらっていた。
そしてこの本の105ページには、フーディニとベスがまだ駆け出しのマジシャンだった頃に、2人が舞台で使っていた暗号の解読法が載っているのだ。
ここでは、実際にこの本に載っているものを紹介しよう。
Pray | 1 | Please | 6 |
Answer | 2 | Speak | 7 |
Say | 3 | Quickly | 8 |
Now | 4 | Look | 9 |
Tell | 5 | Be quick | 10 |
これだけを見てもわからないので説明すると、それぞれの番号は英語のアルファベットの順番を表している。
「Pray」という単語に振られているのは「1」。アルファベットで1番目のものは「A」である。つまり、「Pray」は「A」に読み替えるということだ。同じように、「Answer」に振られている数字は「2」。アルファベットで2番目のものは「B」。ということで「Answer」は「B」に読み替える。3〜10も同じである。
ただし例外として、「Answer. Answer」という風にピリオドの後に単語が続いている場合は、「2and2」で22と数え、22番目のアルファベットに読み替える。
では解読法がわかったところで、実際の暗号文に当てはめてみよう。
Answer | (アルファベットの2番目) | B |
Tell | (5番目) | E |
Pray. Answer | (1and2=12番目) | L |
Look | (9番目) | I |
Tell | (5番目) | E |
Answer. Answer | (2and2=22番目) | V |
Tell | (5番目) | E |
暗号を解読した言葉は「BELIEVE」。これに、10個の単語のうちの最初の言葉
「ROSABELLE」を加えると、伝説でも紹介した次の言葉がメッセージとなる。
Rosabelle believe ―ロザベル、信じなさい―
フォードが交霊会でこのメッセージを伝えたのは1929年1月8日。「フーディニの暗号」について最初の単語「ROSABELLE」を伝えたのは、1928年11月である。
一方、ベスが記者に暗号のことを話したのは1927年。暗号の解読法が載っている、フーディニの伝記が出版されたのは1928年6月。
いずれも、フォードが交霊会で「フーディニの暗号」について語る“前に”情報は入手できたことになる。やはり、事前に情報は漏れていたのである。
ベスは宣誓供述書を書いた1、2年後に、ラジオの心理問題解説者でもあり、フーディーニの友人でもあったジョセフ・ダニンガーから、事前に情報が漏れていたことを聞かされ供述書を撤回した。
さらに彼女はフォードの交霊会を非難し、霊媒たちのイカサマを暴く映画製作の計画まで立てていたという。結局、情報が漏れる以前に、フーディニの霊界からのメッセージを届けることができた霊媒はいなかったのである。
そしてフーディニの死後10年が経った1936年10月31日―ちょうど彼の命日でもあるハロフィンの日に、ベスは10年間灯し続けたロウソクの火を遂に消した。「脱出王」の異名を持ち、数々の不可能を可能にしてきた愛する夫が約束を果たせなかったということは何を意味するのか、それを理解し、受け入れた瞬間だったのだと思う。