人となること・子供を産むことを渇望した檀君の代理母「熊女」
死を通じ、新しい生命を産んだ北方エベンキ族の始祖神話
アイデンティティを失い、子供を殺して自殺を選んだ
「熊津伝説」「烽火山(ポンファサン)の雌熊」のように
再生と創造の力を失ったまま、絶望して身を投げるしかない・・・
糸口は意外な場所で出会うことを待ち構えていた。物語を聞いてみよう。
ある狩猟が狩りに出かけ、雌熊に捕えられて洞窟で同居する。
数年間一緒に暮らす間に熊は子供を一匹を産む。
その後、狩猟は雌熊が洞窟を留守にした隙に逃げる。
後にそれを知ることになった熊が子を抱いて追いかけ、狩猟はイカダに乗って川を渡る。
腹を立てた熊は子供を二つに引き裂き、一方を狩猟に投げつける。
残った方は熊が、投げつけられた方はエベンキ人として育った。
この物話は、熊津からあまりにも遠い、北方の興安嶺一帯に居住するエベンキ族の起源神話、
あるいは始祖神話だ。驚くべきことではないか?
エベンキ族の起源神話と、公州の熊津伝説が双子のように似ているというのだから。
運命の別れ目の川岸でエベンキ族の熊女は子供を引き裂いて狩猟に投げつけ、
私たちの熊女は自分まで身投げをして他の道を選択するが、
川岸に至るまで話の進み方はまったく同じだ。
本来同じ話だったと信じたいほどだ。
偶然の一致であろうか、そうでなければ秘められた物語があるということなのだろうか?
糸口と思ったところまた他の謎が生まれた。
写真②
http://img.hani.co.kr/section-kisa/2004/11/18/009000000120041118door3.jpg△ソウル中区(チュング)南山(ナムサン)檀君祠堂に祭られた檀君像。
キム・テヒョン記者
ここあたりで最も有名な熊女、檀君神話の熊女に会ってみよう。
<三国遺事>に描かれた熊女は洞窟に住みながら、
桓雄(ファンウン)に人になれるようにと祈り。虎も一緒に祈った。
桓雄は神聖なヨモギを一把とニンニク二十個を与え、
これを百日の間食べ、無事であれば人の姿を得ることができるといった。
そして人の姿を得た、いや女になった熊は、今度は子どもを生めるようにして下さいと祈った。
神・桓雄が人になって熊と夫婦になって息子檀君を産む。
これが私たちが当然よく知っている熊女の話だ。ところで熊女の話でしょうか?
人にして下さい。子供を産めるようにして下さい。
二種類祈願と二種類所願成就が熊女が出てくる話のすべてであるのに、
これが果たして熊女の話であろうか?
熊女の話ならば古小説「朴氏伝」の朴氏の夫人のように、
熊女が主人公として活躍する話でなければならないがそうでない。
檀君神話は桓雄が檀君を生み
古朝鮮を建て国を治める彼らの物話であり、熊女の話ではないではないか。