秋の臨時国会が始まり、菅直人首相による所信表明演説が行われた。首相は尖閣諸島沖の漁船衝突事件で悪化した中国との関係について「領土問題は存在しない」と強調、補正予算成立を今国会の「最大の課題」と位置づけ、野党に協力を求めた。
衆参ねじれの下で与野党が議論を重ね政策で合意する「熟議の国会」が軌道に乗るかは、今国会の行方次第だ。にもかかわらず、あっさりした首相の演説からは、どんな改革像を描いているかが伝わってこない。自身が掲げる「有言実行」の中身をより具体的に示さねばならない。
首相は「言葉の力」にあまり重きを置いていないのではないか。簡潔というよりも無味乾燥で短い演説にそんな感想を抱いてしまう。
首相就任時の演説は自身の経歴を語り、税制抜本改革を訴えるなど勢いを感じさせた。今回は民主党政権として政治の変化を訴えるトーンはほぼ消え去った。代わりにこれまで先送りしてきた諸課題の解決や、当面の景気、補正予算、来年度予算編成など間近に迫る課題に比重を置いた。「ねじれ」の現実を思えば夢や理想を語っても仕方がない、と割り切ったのかもしれない。
首相が言うように、これまで放置された課題に正面から取り組むのであれば、社会保障や財政再建の構想をより具体的に説明することが必要だ。まず社会保障改革の全体像を固め、そのうえで消費税を含む税制改革の議論を本格化することは、確かに国民の理解を得やすい手順だろう。だが、社会保障の改革像については「多少の負担をお願いしても安心できる社会」とあいまいなイメージの域を出ていない。取りまとめの期限も言及しないようでは、覚悟が伝わらない。
対中関係についても中国の軍備増強や海洋での活動への懸念を表明したが、漁船衝突事件についてはこれまでの国会答弁を簡単になぞっただけだ。首相が言う「国民全体で考える主体的な外交」を目指すなら、より道理にかなった説明で理解を求めるべきではないか。
もちろん、野党も政治を混乱させない責任を共有している。倒閣運動まがいの対応は慎まねばならない。菅内閣の運営は財務省など、官僚主導に陥りつつある。当面は漁船衝突事件が焦点となろうが、国会審議で問題点をただすことはもちろん、政府・与党との政策協議にも柔軟に対応すべきである。
首相の考えが国民に伝わり、世論の支持が得られてこそ与野党が歩み寄る機運は高まり、政治の歯車は回転する。「有言不実行」はもちろんいけない。だが、「不言」のまま乗り切れる甘い局面でもない。
毎日新聞 2010年10月2日 2時32分