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ウィキを支えた無償投稿カルチャーの落日

ニューズウィーク日本版 10月1日(金)15時20分配信

ウィキペディアやブログの失速で見えてきた「ソーシャルメディア」の転換点

トニー・ダコプル、アンジェラ・ウー

 2009年の春は、インターネットの歴史の一大転換点だったのかもしれない。オンライン百科事典ウィキペディアの勢いに、陰りが見え始めたのだ。

 03年に10万件だった記事数が現在は全言語版合計で1600万件を突破するなど、ウィキペディアは急成長を遂げてきた。しかし09年春、創設以来おそらく初めてのことが起きた。記事の執筆・事実確認・更新を無償で行うボランティア編集者の人数が大幅に減少したのだ。

 その後も記事の執筆・更新は振るわないままだと、ウィキペディアを運営する非営利団体ウィキメディア財団の広報担当者は認める。状況は「極めて深刻」だという。

 原因については、さまざまな仮説が唱えられている。ウィキペディアが百科事典としてほぼ完成したからだという説もある。一部のボランティア編集者のあまりに攻撃的な編集姿勢や、「荒らし」防止のための複雑過ぎるルールのせいで、気軽に参加できなくなったからだという説もある。

 このような説は、もっと根本的な人間の性質を見落としている。ほとんどの人間は、「ただ働き」なんてしたくないのだ。

「誰もが情報を発信できる」「大勢のアマチュアが協力すれば世界を変えられる」という理念には、多くの人が魅力を感じる。しかし仕事を終えて疲れて帰宅すれば、インターネットを通じて世界に貢献するよりは、かわいい子猫の動画を見たり、安い航空券を売っている業者を探したりしたい。

 その点は、ウィキペディア側もよく心得ている。今後展開していく新しい勧誘キャンペーンでは、オンライン上に人類の知識を集積することの崇高な意義だけを訴えるつもりはない。大学の授業の課題の一環として、学生にウィキペディアの執筆・編集に参加してもらおうと考えている。そのために既に、ジョージ・ワシントン大学やプリンストン大学などの8人の大学教授と合意を交わした。

■ユーザーに広がる倦怠感

 一般のユーザーが情報を発信して主体的に関わる「ソーシャルメディア」は世界を変える可能性を秘めている、その変革のプロセスはまだ始まったばかりだ──テクノロジー系のジャーナリストはそう言い続けてきた。

 なるほど、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のフェースブックは、「幽霊会員」を除いても5億人のユーザーがいるという。オンライン写真共有サイトのフリッカーには、約40億枚の写真が投稿されている。動画投稿サイトのYouTubeの勢いもとどまるところを知らない。

 見落とせないのは、これらのサービスがユーザーに明確な恩恵を提供していることだ。時間と手間をかける代わりに、友達と手軽に連絡を取り合ったり、オンラインゲームを楽しんだり、赤ん坊の写真を親戚や友人に見せたり、ファッションモデルがステージから転げ落ちる動画を見たりできる。

 この条件を満たすものを別にすると、インターネットへのユーザーの主体的な参加を前提とするソーシャルメディアには、このところ元気がなく見えるものが多い。

 これまでは、インターネットが比較的新しいテクノロジーで、ユーザーがいわば集団的な熱狂状態にあった。そのおかげで、オンライン百科事典の記事を書くような作業が新鮮で、格好よくて、楽しいものに思えた。

 しかし今や、アメリカの全世帯の3分の2がインターネットに接続している時代だ。「共通の善」のために無償で奉仕するという発想はやや色あせて見え、ネット上の活動に参加することが退屈に感じられるようになった。

■書き込むのは10人に1人

 そうした倦怠感はさまざまな場面に表れている。アマチュアユーザーが執筆するブログは、「誰でも情報発信できる」というインターネットの民主的な性格を象徴するものとして早い時期に脚光を浴びたが、ここにきて衰退の兆候が表れ始めている。

 ブログ専門検索サイトのテクノラティによれば、プロのブロガーは増えているが、趣味でブログを書く人は減っている。ブログの約95%は、開設されてすぐに更新されなくなるという。民間調査機関ピュー財団の最近の調査によると、アメリカの18〜24歳の層で自分を「ブロガー」と位置付けている人の割合は、06年から09年の3年間で半分に減った。

 ミニブログサービスのツイッターにユーザーが流れた面もあるだろう。しかし、ツイッターに実際に書き込んでいる人は意外に少ないのかもしれない。09年のハーバード大学の調査によると、ツイッターのすべての書き込みの90%はわずか10%のユーザーの投稿だという。ツイッター利用者のほとんどは、ほかの人の書き込みを読んでいるだけなのだ。

 ピュー財団の調査によると、ニュース記事や意見記事を書いて投稿した経験があると答えたインターネット利用者は、10人に1人に満たない。ブログやウェブサイトのコメント欄に書き込んだ経験がある人は、わずか4人に1人だ。

 一般ユーザーの無償の活動に頼ってきたウェブサイトは、ユーザーのつなぎ留めに躍起になっている。しかし、ユーザーの争奪戦は激しくなるばかりだ。「資源、つまりユーザーの数は限られているのに、それを活用する場の数は昔に比べてはるかに増えている」と、ミシガン州立大学のクリフ・ランピ助教授(オンライン・コミュニケーション)は言う。

 賢明なウェブサイトは、既に対応し始めている。テクノロジー系ニュースサイトのディグは、ユーザーの投票によりトップページの掲載記事を決める方針で人気を集めている。しかし読者は大勢獲得できたものの、記事の投票を行うユーザー数は伸び悩んでいた。そこで年内にサイトを刷新し、サイト上で友達と交流する機能を取り入れることでユーザーを呼び込もうと考えている。

■カギを握るのは「ご褒美」

 オンラインショッピングサイトのアマゾンや、店舗の口コミ情報サイトのイエルプ、製品レビューサイトのEピニオンズなど、アマチュアが無報酬で寄せるレビューに依存しているウェブサイトは、レビューアーに何らかの「ご褒美」を与える仕組みを取り入れている。イエルプは、レビューをたくさん投稿したユーザーを招いてパーティーを行っている。

 ゴーカーやハフィントン・ポストなど、読者のコメントが売りもののニュースサイトでは、優れたコメントを寄せるユーザーに、星印による評価や特権を与えるなどしている。YouTubeも、カーネギーホールで演奏したりグッゲンハイム美術館に作品を展示したりするチャンスを呼び水にして、投稿を促そうとしている。

 効果はある。ゴーカーが星印によるユーザーの評価制度を導入して、「星付き」ユーザーのコメントをサイト上で目立ちやすくしたところ、コメント欄への書き込み量が過去最高を記録した。

 とりわけ優れたユーザーにさまざまな特権(ほかのユーザーの書き込みを削除する権利など)を認めているハフィントン・ポストは、どのニュースサイトよりコメント欄への書き込みが活発だと胸を張る。イエルプは、3カ月に100万件のペースで新しいレビューが投稿されていると言う。

「ご褒美」を使ってユーザーの参加を促す仕組みは、今後ますます重要になるだろう。従来インターネットがあまり普及していなかった国や地域にサービスを拡大しようと思えば、なおさらだ。

 09年、グーグルはアフリカ東部地域で「キスワヒリ・ウィキペディア・チャレンジ」というプロジェクトを始めた。ウィキペディアにスワヒリ語の記事を増やすために、インターネット接続用のモデムや携帯電話、ノートパソコンなどのプレゼントを用意したのだ。

 この活動は成果を挙げた。『クラウドソーシング──みんなのパワーが世界を動かす』の著者ジェフ・ハウが06年に指摘したように、ソーシャルメディアの世界で勝者になる条件は、「十分に報われているとユーザーに感じさせる方程式を確立する」ことのようだ。

 やがて星印やプレゼントだけでなく、現金を配る日が来るのかもしれない。それでは投稿が仕事と変わらなくなる気もするが。

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最終更新:10月1日(金)15時20分

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