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第十九話 エステルとヨシュアの結婚式!?
<ボース市街 遊撃士協会>

「遊撃士は市民のために存在するんやろ、ならもうちょっとまける事はできへんの?」
「これで精一杯じゃ、遊撃士ギルドは非営利団体と言っても、遊撃士は命を張って仕事をしておるわけじゃし、報酬を出さないわけにもいかんじゃろう」
「そないな事言うて国から補助金をたくさんふんだくっているんやろ? 市民に負担させること自体がおかしいんや」

エステルとヨシュアがいつものようにギルドに顔を出そうとすると、中からルグランと言葉遣いのおかしな若い女性の言い争う声が聞こえてきた。
2人に挟まれてアネラスが困った顔でオロオロしていた。
アガットは部屋の隅で壁にもたれかかって不機嫌そうな顔で腕を組んで黙り込んでいた。

「どうしたんですか?」
「こちらのお嬢さんがマノリア村までの護衛をお願いしたいと言うのじゃが……」

ヨシュアの質問に、ルグランはそこまで答えると口ごもった。

「マノリア村はルーアン地方にある村ですよね」
「それならルーアン市のギルドに護衛を頼めばいいじゃない」

ヨシュアとエステルがそう言うと、白い幅広帽を被った女性はあきれた顔になって言い放つ。

「そないな事したら、飛行船の運賃で経費が無駄にかかってしまうやないの」
「もしかして、クローネ峠を越えて歩いて行くつもりですか!?」
「もちのロンや」

慌てふためいてそう言うヨシュアに向かって、その女性は平然とうなづいた。

「それで一体、何をそんなに揉めているの?」
「護衛にアネラスとお前さん達を付けようと思ったんじゃがな」

エステルの質問に対するルグランの答えを聞いて、ヨシュアは尋ね返す。

「それって、僕達がルーアン支部に異動するって事ですか?」
「うむ、推薦状も渡したし、良い頃合いだと思ってな」
「やったあ!」
「私もルグランさんから聞いて、嬉しかったよ!」

エステルとアネラスは手を取り合って喜んだ。

「だが、こちらのミラノ嬢は250ミラしか報酬は払えないと言っておるのじゃ」
「遊撃士の命も甘く見られたもんだぜ」

アガットはアネラスやエステル達の価値を軽く見られたと思って、腹を立てていたのだった。
エステルとヨシュア達が以前に商人のハルトをラヴェンヌ村まで護衛した時の料金は5000ミラだったの事を考えると、とても安すぎた。
アネラスとエステルとヨシュアは何とも言えず、しばらくの間、遊撃士協会の受付ロビーに沈黙が訪れた。
その沈黙を破るかのごとくギルドの動力通信機のベルが鳴り響く。

「クローネ峠の関所を守る兵士達から手配魔獣の目撃情報があったらしいのう」

受話器を置いたルグランはアガットの方を向いてそう告げた。

「ちょい待ち、クローネ峠と言ったらルーアン地方のマノリア村への通り道やないか」
「ああ、だから徒歩でルーアン地方に行くのは諦めな」

アガットがそう言うと、ミラノはそれは違うと言わんばかりに首を横に振る。

「手配魔獣の報酬は国から出るんやろ? じゃあそっちの報酬を弾めばええやないか」
「まさか、ついて来る気か?」

文句を言いそうなアガットに向かってミラノはさらにまくし立てる。

「いっその事、この子らがルーアン支部に異動するのにたまたまウチが同行したって事でタダでええんやないの?」

その後の話し合いで結局ルグランもミラノに押し切られてしまい、500ミラでアガット、エステル、ヨシュア、アネラスの4人でミラノを護衛し、ルーアン地方へ行く事になってしまった。

「まあこれもいい機会じゃ。アガットもボースに来てからルーアン市に住むご両親に顔を見せていないんじゃろう?」
「へっ、手紙ならミーシャがマメに送ってるぜ」

アガットは面白くなさそうな顔でルグランに向かってそう答えた。

「話はまとまったようやな。ウチも準備とかあるから街の西口に集合って事でどうや?」
「分かりました」

ヨシュアがそう返事をすると、ミラノは満足したように笑顔を浮かべて遊撃士協会の建物を出て行った。

「さすがボースの大商人のトリノさんの娘さんじゃ、交渉は一筋縄ではいかんわい」

ルグランはミラノが出て行った入口のドアを眺めてそう呟いた後、視線を受付ロビーの室内に戻すと、エステルとヨシュアとアネラスが並んでルグランに向かって頭を下げているのに気がついた。

「ルグランさん、数ヵ月間ありがとうございました」
「感謝しています」
「私は2年間もお世話になっちゃって……」
「なに、ワシは当然の事をしたまでじゃ」

そう答えるルグランの目にもうっすらと涙が浮かんでいた。
そして3人はルグランと握手を交わし、アガットの後を追いかけてボース支部の遊撃士協会の建物を後にした。



<ボース地方 クローネ峠>

ボースの街の西の出口に集まったエステル達はミラノに軽く自己紹介をしてリベール王国で一番険しいと言うクローネ連峰の山道に挑む事になった。
西ボース街道を進み、ラヴェンヌ村への別れ道を直進し、川を渡りさらに街道を進んでいくと、いつの間にか周囲に広がっていた森は姿を消していた。
断崖絶壁が進行方向の右手に姿を現し、左手には目もくらむような崖が口を開いていた。
落ちないように柵のようなものが張り巡らされ、年代を経たつり橋は補強されてはいたが、険しい道筋だと言う事は変わらなかった。

「意外と整備が行きとどいているようやな」
「ここは軍用道だからな」
「でもこう曲がりくねった道やと、馬車は難しそうやな」
「ここら辺は、狼が良く出るんだ。だから動物はおびえちまうぞ」
「今は夏ですからいいですけど、冬は道が凍結する事もあるそうですよ」
「そうなんか、じゃあこちら方面からの物流はやっぱり絶望的やな」

ヨシュアとアガットに言われて、ミラノはそう言ってため息をついた。

「飛行船を使って運べばいいんじゃないの?」
「マノリア村は飛行船の止まる空港から離れておるし、交通アクセスもルーアン市から伸びる街道だけやからな」

エステルの質問に、ミラノは扇子で自分をパタパタと仰ぎながらそう答えた。

「どうして、クローネ峠からルーアン地方に向かう事にしたんですか?」
「あんさん達こそ、飛行船でルーアンの街に行けばすぐやないか」
「あたし達遊撃士は、現場となる土地を自分の目で確認するのは大事な事だって先輩達に教育されているの」
「それと同じ事や。ウチら商人も、正確な情報は自分の目と耳でキャッチせなあかんのや」

ヨシュアとミラノとエステルの話が盛り上がっているところで、先頭を歩くアガットとそのすぐ後ろを歩くアネラスが歩みを止める。

「どうやら、敵さんのお出ましのようだな」
「エステルちゃん、ヨシュア君、気を付けて!」

ミラノを戦闘に巻き込まれないように後ろに下がらせて、エステルとヨシュアも武器を構えた。
現れたのは、低空飛行を続ける大きな魚のような魔獣だった。
その魔獣は、アガット達に気がつくと電撃のような攻撃を放って来た!

「ぐあっ!」
「あうっ!」
「痛っ!」
「うわっ!」
「あいたっ!」

電撃はアガットに向けて放たれたのだが、固まっていたアネラス、少し離れていたエステル達にまで伝わってダメージを与えた。

「ミラノさんはもっと遠くまで離れて下さい!」
「わかったで!」

ヨシュアの言葉にミラノはしびれる自分の体を引きずりながら、遠くまで離れて行った。

「お前らも散れ! 正面は俺が引き受ける!」

アガットの言葉にアネラスは大きな魚型の魔獣の後ろに回り込み、エステルとヨシュアは横に飛び退き、アガットは正面で敵を引き受けた。

「くそっ、このやろう!」

魔獣はアガットにしつこく電撃を放って来た。
そんな中、情報のアーツを覗き込んだヨシュアはエステルとアネラスに声を掛ける。

「どうやらこの魔獣は土属性のアーツに弱いみたいだ!」
「オッケー、じゃあ土属性のアーツで攻撃しましょう!」
「どうしようヨシュア君、私は土のアーツは装備してないよ!」
「じゃあアネラスさんは水のアーツでアガットさんの回復をして下さい!」

エステルとヨシュアが土のアーツをぶつけて攻撃しても魔獣は電撃をアガットに向かって放つ事は止めず、アガットと魔獣の我慢比べになってしまった。
そして、エステルとヨシュアのアーツ攻撃で魔獣は力尽き、手配魔獣『サンダークエイク』は退治された。

「ミラノさんにまで痛い思いをさせてすいません」
「ええって……でも遊撃士って体が丈夫なんやな。ウチら一般市民はあんな電撃を何発も食らったら倒れてしまうで」

頭を下げて謝るヨシュアに、ミラノは感心したようにそう呟いて、バッグから財布を取り出し、100ミラ紙幣をヨシュアに手渡す。

「あんさん達の健闘を称えて特別ボーナスや」
「散々値切っておいて、ボーナスを出すなんてミラノさんって凄い性格をしているのね」

エステルはそう言ってため息を吐き出した。



<クローネ峠 関所>

先の戦闘で時間を食ってしまい、夜の山道は危険だと判断したアガット達は関所で一泊してからルーアン地方へと向かう事にした。
じっとして居られないアガットは、兵士の見回りの仕事に同行していた。
ミラノは関所の兵士に話を聞いて回り、その結果を部屋に戻って机に向かいレポートにまとめていた。

「いったい何をしているんですか?」
「ま……あんさん達には話してもいいやろ、この場所の資源価値をまとめているんや」

ヨシュアに話しかけられたミラノはそう答えた。

「資源価値? 鉱石のですか?」
「いんや、観光資源としての価値や。どうやらこの関所はクローネ連峰の登山客達の拠点となっているようやな。昨今の登山ブームでリベール王国各地の登山客も増えているし、もうちょっと設備を拡張すればビジネスとしていけるかもしれないで」
「登山する人が増えれば、それだけ僕達遊撃士の仕事も増えるんですよね……」

ヨシュアがそう言ってため息を吐くと、ミラノは励ますように肩をポンポンと叩く。

「若いもんがそないな事言ったらあかんで、きばりや」
「そういえば、どうしてミラノさんはマノリア村へ?」
「ウチがボースに戻って来たきっかけは、ラヴェンヌ村の果樹園が被害を受けたって聞いたからなんや」

ラヴェンヌ村の果樹園がヒツジンの群れに荒らされて被害を受けたのは、1ヶ月ほど前の事だった。

「でも、ツァイス地方からウチが戻って来た時にはすでに他の商人が新しい果樹園の取引先を確保したって話やないかい。ウチは完全に出し抜かれたってワケや」

商人のハルトをハーメル村に連れて行ったのは、ヨシュア達だった。

「帝国領の端っこにある小さな村が大口の取引の誘致に成功したって聞いてな、王国にもそんな寂れかかった村があるなぁって思いだしたんや」
「それがマノリア村ですか」
「飛行船による定期便が運航を開始して、都市はどんどん発展していくんやけど、その反対に人が出て行ってしまう村もあるっちゅう事や。便利な世の中になったと思うんやけど、寂しいと思わへんか?」
「……そうですね。僕も故郷の村が無くなってしまうとしたら寂しい気がします」

ミラノの考えを聞いて、ヨシュアも静かにうなずいて、賛同した。

「だから出来る限りの協力はさせていただきます」
「そら、おおきに」

ヨシュアの言葉を聞いて、ミラノはお礼を言いながらニッコリと微笑んだ。



<ルーアン地方 マノリア間道>

翌日の早朝にクローネ峠の関所を出発したアガット達はルーアン地方の曲がりくねった山道を下り、ふもとへとたどり着いた。

「凄ーい!」
「海だ……!」
「わーい!」

右側や正面に広がっていた崖の壁が姿を消し、朝日をキラキラと反射させている青い海が目前に広がった。
エステルとヨシュアとアネラスは歓声を上げ、先を行くアガットを追い抜いて掛けて行った。

「うーん、これが潮の香りってやつなのね」
「海ってこんなに広いんだ……」
「潮風ってベタベタするんだね!」
「何だお前ら、海を見るのははじめてなのか?」

遅れてミラノと一緒に歩いて来て追い付いたアガットがエステル達に声を掛けた。

「父さんは母さんと良く旅行に行ったみたいだけど、あたしを連れて行ってくれないし……」
「僕は小さい頃からハーメル村から出た事が無かったので」
「私もボース市の近くの仕事ばかりだったんで、こんなに広いのはヴァレリア湖しか見た事無いですよ!」
「ウチは小さい頃からおとんと一緒に飛行船でいろんな所を飛び回っておったからな……」

エステル達の話を聞いてミラノがしみじみと呟いた。

「ミラノさんの父さんはいろんな所へ連れて行ってくれたんだ、いいなー。あたしの父さんと母さんは2人だけでどっかに行っちゃうんだから」
「多分、それは旅行じゃ無くて遊撃士の仕事かなんかじゃなかったのかな? エステルを危険に巻き込みたくなかったんだよ」

むくれた顔のエステルをヨシュアがそう言ってなだめた。

「ウチはあんさん達の方がうらやましいと思うけどなあ。家に居る事もほとんど無かったから、地元の友達とかおらへんのや」

ミラノはそう言って少し寂しそうな顔をして先を歩いて行った。
エステル達にもその寂しさが少しだけ伝染したように見えたが、やはり初めて海を見たと言う爽快感がそれを上回っていた。
進行方向の右手に海が広がり、潮風にそよぐマノリア間道をアガット達はゆっくりと歩いて行く。
しばらく進み目の前に灯台とマノリア村への別れ道を示す看板が見えて来た。
アガット達が村の方向へ向かって別れ道を通り過ぎようとすると、灯台に通じる方の道から老人が困った顔をしてトボトボと歩いて来るのに出くわした。

「お前さん達、その胸の紋章……もしかして遊撃士か?」
「うん、そうだけど?」

老人に話しかけられたエステルはそう答えた。

「かーっ、お前さんも遊撃士なら、『何かお困りですか?』とどうしてそう尋ねんのだ?」
「あたし達、護衛の依頼の最中だから」

エステルがそう答えると、老人は怒った様子でエステルに詰め寄った。

「なんじゃと!? 困っている老人を見捨てていくとは、最近の若い遊撃士は薄情になったもんじゃ、いたわりの心が足りん!」
「ウチは別に構わへんで、見知らぬ人に親切にしておけばいずれウチの利益となって還って来るもんや。情けは他人の為ならずとも言うやろ?」
「ほう、お前さんはなかなか分かっているようじゃな」

老人はミラノを感心した様子で見つめた。

「で、何か困っているんじゃなかったのか?」
「そうそう、ワシはこの先のバレンヌ灯台の管理をしているフォクトと言うものなのじゃがな、実は村に用事があって行った時にうっかり鍵を閉め忘れてしまってのう……魔獣どもが灯台の中に入り込んでしまったのじゃ」
「魔獣退治なら任せろ!」
「どれほどの数の魔獣がいるのかわからんでな、気を付けておくれ」

穏やかなマノリア間道の道程が退屈だったのか、アガットは張り切って灯台の中へと入って行き、エステルとヨシュア、アネラスの3人の遊撃士達も続いて中に入った。

「若いの、村でもらったまんじゅうがあるんじゃが、待っている間に一緒に食べんか?」

フォクト老人は外で待つことになったミラノにそう声を掛けた。
ミラノの言っていた言葉通り、さっそく利益が彼女自身にもたらされたようだ。



<ルーアン地方 マノリア村>

「ここがマノリア村……静かな所ですね」
「昔は宿場町としてそこそこ賑わっていたようやけど、飛行船の定期便が出来てからは今は寂れる一方って話や」

灯台の魔獣を追い払ってフォクト老人に別れを告げた後、正午の少し前あたりにエステル達はマノリア村に到着した。

「いろんなところに白い花が咲いていてきれいだね、いい香りだし」
「あたしはそれよりもお腹が空いちゃった」
「まったくお前は色気より食い気だな……」

花を愛でるアネラスと対照的なエステルの姿に、アガットはため息をついた。

「ねえ、お姉ちゃん達は旅の人?」

はしゃいでいるエステル達に村の小さな少女が話しかけて来た。

「そうよ」
「じゃあ、お父さんの店に寄って行って! お父さんはこの村で宿酒場をやっているの!」

エステルが答えるとその少女は笑顔になってエステルの手を引っ張って行く。

「ちょ、ちょっと!」
「可愛い看板娘やないか、ここは喜んで案内されようや。あんさん、名前は?」
「あたし、ルシア!」

ミラノにそう言われて、エステルはその少女――ルシアにおとなしく従い一行は村の宿酒場『白の木蓮亭』へと足を踏み入れた。

「お父さん、お母さん、お客さんを連れて来たよー」
「どうもうちの娘がご迷惑をおかけしてすいません」

宿屋の女将らしいルシアの母親がエステル達に向かって頭を下げた。

「ようこそ、君達もマノリアには登山のために来たのかい?」
「ううん、あたし達はボース市から歩いて来たのよ」
「ええっ、歩きであの山道を越えて来たのか」

宿屋のロビー兼居酒屋のカウンターに立っていたマスターの男はエステルの返事に驚いたような声を上げた。

「この宿屋は登山シーズンにクローネ連峰に挑むお客さんが来るぐらいだからなあ。今は飛行船があるから徒歩で旅をする旅行者なんて滅多にいないよ」

マスターの言う通り、酒場には山男らしい男性客以外の姿は見当たらなかった。

「あたし達、朝から山道を歩いて来て、おまけに灯台で魔獣退治をして来たからお腹がペコペコなの!」

エステルがそういうとマスターは得意げな顔でエステル達に向かって微笑みかける。

「うちの店には山男の胃袋を満足させるメニューが揃っているから、任せてくれ!」

こうして、エステル達は居酒屋で昼食を取る事になった。

「で、俺達の仕事はあんたをこの村まで護衛する事だったよな?」
「すまへんが、もうちょっとだけウチにつき合ってくれへん?」

食事の最中に解散を切り出したアガットにミラノはそう返した。

「まだ何かあるのか?」
「まあアガットさん、別に急いでいるわけじゃないし、いいじゃないですか」

アガットは少し不機嫌そうだったが、アネラスの仲裁によって引き続きミラノの依頼を受ける事に決まった。

「どうやら間に合ったようやな」
「ケビン、早くお昼食べよう~ お腹ペコペコ」

エステル達が食事を続けていると、男女の2人連れが居酒屋の中へ入って来た。
ケビンと呼ばれた男性の方はミラノと同じ言葉遣いで法衣のような服を羽織っていて、女性の方はシスターのような服装をしている。

「レックスさん、今日のお奨めランチは何ですか?」
「リースさんのために特製のパエリアを用意しておきましたよ」

席に座ったリースと呼ばれたシスター服の女性が座った席のテーブルにパエリアが大きな鍋ごと置かれたのにアガットは驚きの声を上げた。

「まさか、一人であれ全部を食べるって言うんじゃないだろうな?」
「同じテーブルに座った男の人は自分の分を持っているし、そうじゃないですか」
「……お前らは驚かないのか?」

冷静に答えたヨシュア達に向かってアガットが尋ねると、エステルとアネラスは平然と答える。

「母さんもそのくらい普通に食べるし」
「うん、ボースの居酒屋でカシウスさんと一緒に食事をしたときはエステルのお母さんは夏の新作メニューを全部頼んでいたよ」
「シスターはみんな大食いなのか?」
「ウチもいろいろな街を巡ってるけど、シスターだけが大食いってわけでもあらへんやろ。でも、大食い選手権優勝者に職業不詳がたまにおるけど、その中にはシスターとかおるかもしれへんな」

パクパクと美味しそうにパエリアを平らげるリースを見て、ミラノはそう呟いた。

「あのシスターはいつもこの村に来るんか?」
「ええ、あの巡回神父の方はルーアン市の教会に赴任してきてから、週に1回、この街で日曜学校を開いてくれているんです」

ミラノの質問に答えたマスターの言葉を聞いて、アネラスが驚きの声を上げる。

「あの男の人は神父さんだったんですか!?」
「とてもそうは見えないわね」

エステルのつぶやきがケビンの耳まで届いたのか、ケビンはエステル達に向かって微笑みかける。

「どうやこの服、格好ええやろ」
「は、はあ」
「まったくケビンったら、ルフィナ姉さんが作ってくれた服が気に入らないって言うんだから」

エステルが愛想笑いを返すと、リースはちょっと不機嫌そうにパエリアをほおばっていた。
その後エステル達は食事をしながらケビン達と雑談をし、しばらくしてからこれから日曜学校の授業があると言うケビン達が居酒屋を出て行くのを見送った。

「神父とシスターか……いけるかもしれんな」

ミラノは何かを思いついたかのようにそうつぶやいた。

「さあ、ウチらも行くで!」

張り切るミラノに連れて来られたのは、マノリア村の村長の家だった。

「こんな寂れた村の村長に、何の用ですかな?」

セルジュ村長は珍客に驚いた様子でミラノにそう尋ねた。

「村長はんもこの村が落ち目になってるゆうのは分かっとるみたいやな。ウチは村興しの計画を立ちあげるためにここに来たんや」

突然やって来た孫のような年齢の娘にそう言われたセルジュ村長は目をパチクリさせた。

「このまま村を寂れる一方にしとったら、何十年か後には村が消えてまう、そう思わへんか?」

ミラノがそう言うと、セルジュ村長は図星を突かれて困った顔で頭をかきながら答える。

「飛行船の定期便の運航が始まって以来、この村は宿場村としての機能は失いましてな……今では登山客の宿として細々とやっている次第です」
「そないな情けない事言うな、帝国内で貧しいって言われていたハーメル村が復興に成功したって話は聞いてるやろ?」

渋るセルジュ村長にミラノはそう言って食らいついた。

「昔は花の栽培も村でやっていたのですが、若者は皆職を求めてルーアン市の方に出て行ってしまいましての……」
「それや! 地元で雇用を創出すれば、村にも人が戻ってくると思うで。どうや? ウチらも協力するからやってみいへんか?」

ミラノに肩をつかまれてそう力説されたセルジュ村長は、少しやる気になってしまった事もあってかうなずいてしまった。
そして、村長の息子のソレノが一緒に村を見て回る事になった。

「村の中に白い花が咲いているのが目立つけど、アレは何や?」
「マグノリアという木蓮の一種です、20年前までは村の名産品としてルーアン市に運んでリベール王国中に輸出していたそうですよ」

ミラノの質問に、ソレノはそう答えた。

「かわいいお花ですよね」
「食べられるのかな? 油で揚げるとか?」
「エステルって草花を見ても食べられるか食べられないかに関心がすぐ行くんだね」

アネラスとは違って花より団子のエステルのつぶやきに、ヨシュアはため息をついた。

「もし、遭難して食料が無くなったら、近くにある草や花が食べられるかどうかは重要な事じゃない!」
「それはそうだけど……」

エステルはむくれた顔になってヨシュアにそう反論をした。

「何で輸出業を止めてしまったんや?」
「鉢植えの花は輸送の手間がかかる上に、人手が足りなくなって……という事みたいです。今では村の人々が個人的な趣味で栽培している事の方が多いみたいですよ」
「なるほど、そのリスクをクリアーすればいけるってワケやな」

ソレノの話を聞いて、ミラノは考え込みながらそうつぶやいた。
一行が次に注目したのは、岬に建つ古びた風車小屋だった。
今は村の子供と近くにあるマーシア修道院の子供達を招いて風車小屋の中でケビンとリースが日曜学校の授業をしているとの事だった。

「あの風車小屋は昔は菜種油を採るために使っておりましたが、今はほとんど物置にしか使っていません」
「そらもったいない話やな……何かに活用できへんものか……」

ミラノはそう言って、ブツブツと深く考え込んでしまった。
そんなときに、日曜学校の授業を終えたのか、ケビンとリース、そしてルシアとマーシア孤児院の子供達が風車小屋から出て来た。
すぐにエステル達は子供達に取り囲まれてしまった。

「そうや!」

ミラノはそう声を上げて、ケビンとリースに近づいて何やら話し始めた。
そして、ソレノを呼び寄せて4人でさらに話し込む。
遊撃士を見て興奮して騒いでいる子供達に囲まれていて相手をしているエステルとヨシュア、アガットとアネラスにはミラノ達の話は全く聞こえなかった。



<ルーアン地方 マノリア村 白の木蓮亭>

その後ミラノはエステル達にも村に滞在する事を強要し、エステル達もマノリア村で一泊する事になってしまった。

「僕達をこの村に押し止めてまで頼みたい事って何ですか?」

夕食の場でヨシュアがミラノに尋ねると、ミラノは胸を堂々と張って自分の計画を語り始めた。

「ウチはな、あの岬に建っている古い風車小屋を壊して教会を建てたいと思うんよ」
「それで?」
「そして、カップル達の聖地にしたいと思うんや、白い花が舞う、海を背景にした結婚式っていいと思うやろ?」
「わあ、素敵ですね!」

アネラスが嬉しそうにミラノに向かって拍手喝采を送ると、ミラノはまんざらでもない表情をした。

「それで、観光PR用のポスターを撮りたいんやけど、新郎役をヨシュア君にやってもらおうかと思ってな」
「ええっ!?」
「出来る限りの協力はするってゆうたよな?」
「で、でも……」

ミラノに言い寄られたヨシュアが渋っていると、アネラスがはしゃぎながらミラノに声を掛ける。

「ミラノさん、お嫁さんの役は私がやりたいです!」
「よっしゃ、花嫁役はあんさんに決まりやな」

ミラノは振り向いてアネラスに向かって満足そうに微笑みかけた。

「それじゃあ、明日にも衣装とカメラマンを手配して結婚式のイメージ写真を撮影しようか」
「ヨシュア君、頑張ろうね!」

アネラスはヨシュアの手を握って嬉しそうにはしゃいでいた。
そんな2人を見たエステルはうなりながら顔を真っ赤にして怒鳴る。

「花嫁役はあたしがやるんだからね!」
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