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第三十三話 アイム・ノット・ドール!
<第三新東京市 ネルフ本部 旧ターミナルドグマ付近>

ネルフ本部の地下にある『人工進化研究所』のプレートが掲げられたまま放棄された1つの区画。
その中の1つ、『3号分室』と書かれた部屋のベッドにレイは腰かけていた。
以前部屋の中で放置されていた薬品やビーカーなどは片付けられていて、部屋は綺麗に掃除されている。

「やっぱり、ここに居たんだね」
「どうして、ここが分かったの?」

姿を現したカヲルに、レイは少し驚いた様子だった。

「赤木博士に教えてもらったんだ、きっとレイはここに居るんだろうって」
「そう」
「電波が通じない場所だから、僕が赤木博士から伝言を頼まれたのさ」
「赤木博士……お母さんは何て?」
「レイの定期検診は18:30になってしまうからさらに待たせてしまう事になるって謝っていたよ」
「そう、ありがとう」

レイはカヲルにお礼を言うと腕時計にチラリと目をやった。
時計の長針と短針は16:30を指して居て、あと2時間待たされる事は確定だった。

「僕の定期検診の方はすぐに終わったんだけど……レイはこんな寂しい所で何をしていたんだい?」

カヲルとレイは学校の放課後に一緒にリツコに定期検診に呼び出されたのだが、カヲルが検診を終えてネルフの休憩所に戻る前に、レイと連絡がつかない事に気がついたリツコに伝言を頼まれたのだ。

「1人目の私と会って話していた、そしてお別れを言っていたの」
「お別れ?」

カヲルはレイの言葉を聞いて、疑問の声を上げた。

「お母さんから、1人目の私はここで生まれて、研究所で一生を終えたって聞いたわ」
「君はその事を自分の記憶としては持ってはいないんだよね」

レイはカヲルの言葉にうなずいて話を続ける。

「ずっと暗い研究所の中で、知り合った人達も司令や赤木博士のお母さん、限られた研究所のスタッフだけ……」
「もっと広い世界を見てみたかっただろうね」
「私だったら、きっとそう思うわ。こんな部屋に閉じ込められたままなんて、退屈だもの」

レイはそう言うと、ベッドから立ちあがって部屋を出て行こうとした。
そんなレイをカヲルが呼び止める。

「これから君はどこへ行くつもりなんだい?」
「今度は2人目の私が居る場所に」
「僕もついて行ってもいいかな?」
「ええ、別に構わないわ」

レイとカヲルは連れ立って部屋を出て、地表へ出るエレベータへと乗り込んだ。
エレベータからは1年半前にエヴァ量産機と弐号機との戦いで大部分が崩壊してそのままになっているジオフロントが眼下に見下ろせる。

「この辺はずっと放棄されたままなんだね」
「司令は必要最小限のネルフの設備を復旧させる事を優先しているわ」
「もう使徒が攻めてくることもないし、守るべきリリスも存在していないから、当然の事なのかな」

2人を乗せたエレベータは地表へ進んで行き、巨大なクレーター型の湖を一望できる展望台へと到着した。
まだ木枯らしの吹く季節、さらに夕暮が近かった事もあって吹きざらしの展望台に他の人影は全く無かった。
レイはベンチの1つに腰を下ろして、カヲルも隣に座る。
この湖は使徒との戦いで零号機が使徒を倒すために自爆した時に爆発の衝撃でできた湖だった。
今もこの湖を埋め立てると言う事はせずにダムの機能を果たすものとして使われている。

「懐かしいな、僕はこの湖でシンジ君と出会ったんだよ」

カヲルは嬉しそうに懐かしそうに目を細めて湖を眺めた。
しかし、レイはカヲルとは対照的に沈んだ表情で水面を見つめている。

「……2人目の私はこの湖の中心の場所で命を落としたの」

レイが低い声でそう呟くと、カヲルはほころんだ顔を引き締める。

「確か、使徒を倒そうとして零号機ごと自爆したんだよね」
「ええ」
「……2人目のレイはシンジ君を愛していたと思うかい?」
「私は知らないけど、命を捨ててまで守りたい存在だったと思うわ」
「シンジ君を守る事が出来て、彼女は満足できたのかな」
「守れたのは嬉しいけど、またまだ碇君と一緒に歩きたかったと思う」
「僕も生と死は等価値だなんて言っていた事もあるけど……生きている事の方が素晴らしい事だと思うよ。だって、自分から死んでしまうって事は可能性を捨ててしまうって事だと思うんだ」
「うん、死んでしまっては何もできないわ。私は2人の分まで精一杯頑張って生きていくって確認をするためにここに来ていたの」

レイはそう言って、カヲルに穏やかに微笑んだ。
その瞳には静かながら強い意志が宿っているようにカヲルには見える。

「僕がついて行くのを許したわけは?」
「私が誰にも……碇君にさえ話せない事をカヲル君に聞いて欲しかったのかもしれない」
「それで、2人目のレイにお別れは言えたのかい?」
「ええ、カヲル君が側に居てくれたから勇気が出たわ、ありがとう」

レイは夕日の色に負けないぐらい顔を赤らめて、カヲルにお礼を言った。

「僕は何もしていないよ……さあ、ここに居ても寒いから中へ入ろうよ。暖かい飲み物でも買って、一緒に飲もう」
「そうね」

レイはカヲルの言葉にうなずいて、ネルフ本部の建物へとカヲルに手を引かれて一緒に戻って行った。
夕日に照らされた湖は、まるでレイに語りかけるかのようにキラキラと光を放っていた。



<第三新東京市 ネルフ本部 休憩所リフレッシュコーナー

定期検診の準備が整うまでの間、ネルフの休憩所でカヲルとコーヒーを飲み話しながら待っていたレイは突然お腹を押さえて苦しみ出した。
それを見て慌ててカヲルがレイに駆け寄る。

「大丈夫かい!?」
「ええ、トイレに行ってしばらくすれば治るから……」

レイは立ちあがって女子トイレに向かおうとするが、あまりの腹痛によろけてしまった。
倒れそうになったレイにカヲルが肩を貸す。

「いつからそんなに腹痛がひどくなったんだい?」
「3学期に入った頃から。お母さんやアスカに相談したけど、別に病気じゃないから平気だって」
「そうなのかい?」

カヲルにもレイの腹痛の意味が分からず、ただ不思議そうに首をひねるしかなかった。
女子トイレの入り口近くまでカヲルに肩を借りたレイは、苦しそうにトイレの中へと入って行った。
カヲルはずっと女子トイレの入り口に立っているわけにもいかず、休憩所の椅子にまた腰を下ろす。

「本当に大丈夫なのかな……」

ソワソワと落ち着かない様子でカヲルが待っていると、リツコとマヤが顔色を変えてカヲルの前を通り過ぎてレイの居る女子トイレへと入って行った。

「何かあったのかな?」

カヲルは2人が消えたトイレの方向を見てそう呟いた。
それからさらにしばらくすると、レイが両脇をリツコとマヤに支えられてトイレから姿を現した。

「赤木博士、レイは一体どうしたんですか?」

心配そうな表情のカヲルに声をかけられたリツコとマヤは慌てて困ったような顔になる。

「レイはアレなのよ!」
「そうですアレですよ!」
「実はせ……ムグっ」

何かを言い掛けたレイはリツコとマヤに口を抑えられた。

「そう言う事は軽々しく人前で口にしちゃいけないのよ」
「そうよレイちゃん、特に思春期の男の子の前ではね」
「何か言い掛けていたけど、僕にも教えてくれないかな?」
「しつこい男は嫌われるわよ、渚君」

リツコとマヤに怒った顔でにらみつけられたカヲルはそれ以上何も言う事が出来ず、医務室へ入って行く3人の姿を見送った。

「あの出血は病気ではないのですか?」

医務室で座らされたレイが尋ねると、リツコは嬉しそうな笑顔をレイに向ける。

「おめでとう、あなたは赤ちゃんが産めるようになったのよ」
「赤ちゃんが……」

レイは顔を赤らめていとおしそうにお腹を優しく撫でた。

「あなたが腹痛を訴えるようになってから、私達はあなたの体に起こった奇跡に感動したわ。もう、あなたは人間の女性と全く変わらない存在になったのよ」
「私が完全に人間に……でも、私は碇ユイ博士のクローンとして産みだされたのではないのですか?」
「そうね、でも自然界にもクローンと言うの物は存在するのよ、一卵性双生児がその一例ね」
「私はユイさんと双子……」
「でも私の母さんや碇司令のクローン技術はまだまだ不完全だった。あなたを普通の人間より免疫力が低くて、長く生きられない存在として産みだしてしまった。その事にとても怒ってネルフを止めてしまった人も居たのよ」

その辞めてしまった人達の中に、キョンの祖母が含まれているのだろうと、レイは予測できた。
キョンの祖母が自分を見つめる視線に哀れみや悲しみのようなものが混じっていたのはそのせいだったのかとレイは理解できた。
今度、キョンの祖母に会ったら完全な人間になれた事を報告しようとレイは思った。

「お母さん、私の生徒手帳に書かれている生年月日は1人目の私の物なのですか?」
「ええ、ネルフのデータベースを流用した物だからそうなるわね」

リツコがそう言うと、レイはリツコの目を見つめて言い放つ。

「お母さん、私だけの誕生日を下さい」
「どうして?」
「涼宮さんに自分の誕生日を聞かれても、私はこの日付を答える気にはなりませんでした。今生きている3人目の私が、私の全てだと思います」

レイの言葉を聞いたリツコは、しばらく考え込んだ後にとても困った顔になる。

「実験槽の水槽の中に居た個体の中にあなたの魂が宿った日が、あなたの誕生日と言う事になるかもしれないけど……」

リツコはそこまで言ってそれ以上は言い辛そうに言葉を濁した。
レイとマヤはその先を促す事はせずにリツコが落ち着いて続きを発言するまで待った。

「それは2人目のレイが命を落とした命日でもあるわ」

リツコの言葉に同調するように、マヤが沈痛な面持ちで下を向いた。

「私達の勝手な言い分だって言う事は分かるけど、2人目のレイの死を悼む日と、あなたの誕生日をお祝いする日を重ねたくは無いのよ。それに、今まで私達はあなたの誕生日を3月30日と認識していたから」
「お母さんや、伊吹さん、そして碇君やアスカは、2人目の私とも親しくしていたんですね……」

レイがそう言うと、リツコは静かにうなずいた。

「私達は2人目のレイと今のあなたを同一の存在と見ているわけではないのだけど……今のあなたの体を構成している肉体は1人目のレイと同じ日に生まれているから……」
「解りました、私の誕生日はこの日付なのだと納得しました」

レイが力強い眼差しでリツコを見つめてそう言うと、リツコとマヤにほっとした表情が浮かぶ。

「ごめんなさいね」
「いえ、私もみんなに祝福してもらえる日を誕生日にしたいです」

レイはそう言ってリツコとマヤに向かって微笑んだ。



<第二新東京市北高校 SSS団部室>

次の日学校に登校したレイがハルヒに自分の誕生日が3月30日だと言う事を告げると、ハルヒは水を得た魚のように元気にミーティングの招集を宣言した。

「今日の議題はユキの誕生日イベントについての予定だったんだけど、なんと、レイも同じ誕生日だと判明したの!」

ハルヒの宣言に少し驚きが混じった歓声のようなものがSSS団のメンバーから上がった。

「それにしても、恥ずかしいから今まで黙っていたなんて、水くさいじゃない」
「ごめんなさい」

ハルヒに声をかけられたレイが軽く謝った。

「まあ、こうして誕生日が過ぎ去る前に打ち明けてくれたんだから構わないわ」

ハルヒ自身も素直に誕生日を自分から打ち明ける事ができなくて、キョン達は苦労した。

「やっぱり誰にも誕生日を祝ってもらえないなんて、寂しい事なのよ」
「私も誕生日を祝ってもらっているみんなを見ていて、うらやましく思えて来たわ」

レイの言葉を聞いて満足したように笑みを浮かべたハルヒは無表情にこちらを向いているユキに話しかける。

「全く、ユキも少しは嬉しそうにしなさいよ」
「特に必要はない」

ユキはずっと自分の誕生日は別にどうでもよいと言う態度をとっていた。

「こうなったら、ユキが心の底から喜ぶような企画を立てないといけないわね! 誰か、いい案は無い?」

ハルヒが問いかけると、キョンをはじめとしたSSS団のメンバーの視線は部室に置かれた本棚に集まった。
文芸部時代からさらに増えたレイとユキのお気に入りの本を集めた本棚だった。

「なるほど、本ね……面白いかもしれないわね」
「読書って地味な印象があってお前には退屈って感じだったが……意外だな」

ハルヒの呟きを聞いたキョンはそんな感想を述べた。

「あら、読書は想像力をかき立てられる、とっても良いものよ」
「でも、アンタはクラスの女子の間で話題になっているマンガとか読まないわよね?」
「マンガやアニメ、挿絵が入っているライトノベルなんかは、ちょっと想像の余地が少ない感じがしてそんなに興味がわかないのよね」

アスカの問い掛けにハルヒはそう答えた。

「僕はマンガとか挿絵とかがあった方が分かりやすいかな、表紙のイラストとか気に入ったら買っちゃうし」
「金髪とか蒼い目とか気の強そうな女のキャラクター出てくる作品とか?」
「そ、それは……」

ニヤケ顔のハルヒにそう言われたシンジは顔が真っ赤になった。

「シンジ、アンタねえ!」
「架空の世界のキャラクターに対してまでヤキモチ焼かないでよ!」
「それにしたって、いい気分じゃないわ」

アスカとシンジのそんなやりとりを見てSSS団のメンバーから笑いが起きた。

「一番大切なのは人が想像する事はいつか必ず実現できるって事ね。本はあたし達に未来を見せてくれるのよ!」

ハルヒがそう力説すると、その考えに感嘆したのか、イツキやカヲルから拍手が巻き起こり、やがて全員に広まった。
そんな反応を見たハルヒは気を良くして、団長の椅子の上に飛び乗って仁王立ちで太陽のような笑顔で号令を下す。

「2人の誕生日まで1週間ちょっとの間、レイとユキがビックリするような本を探し出しなさい! 誰が一番面白い本を探せるか勝負よ!」
「やっぱり、そうなったか……」

キョンはハルヒの言葉を聞いてやれやれとため息をついた。

「キョン、あんたみたいに適当に済まそうとするのが居るから発破をかけているんじゃないの!」
「俺は無駄な努力はしない主義なんだ」
「努力する前から自分の限界に線引きして諦めるなんてつまらない男ね」

ハルヒとキョンのやりとりをニヤついた目つきで見ていたアスカが冷やかすように声を掛ける。

「そんな事言ってハルヒをガッカリさせて振られても知らないわよ?」
「キョン、あんた何でもベラベラ喋っちゃうんだから!」

アスカの言葉を聞いたハルヒはキョンの胸倉をつかんで締め上げた。

「俺は何も言っていないぞ」
「ハルヒったら急に髪型をポニーテールにしたりして、わかりやすいのよ」

アスカに指摘されたハルヒはパッとキョンをつかんでいる手を放した。
その勢いのまま、ポニーテールを束ねるキョンからもらった黄色いシュシュ(髪止めの布製ゴム)に手を掛けて外そうとしたが、寸でのところで思い止まった。

「それはとても素晴らしい事ですね」
「涼宮さん、キョン君、おめでとうございます~」

イツキとミクルにまで祝福の言葉を投げかけられ、ハルヒは少し怒った感じに、キョンはウンザリした表情になった。

「あんた達の方はどうなのよ!」

ハルヒがそう言ってアスカにかみついても、アスカは余裕の表情を崩さない。

「アタシ達はこの前のホワイトデーにシンジが告白してくれてから、つき合っているのよ」

アスカはそう言ってハルヒに見せつけるようにシンジの手を取って握った。
シンジは顔を赤くするが、アスカの手を振り払うような事はしなかった。

「僕達も少し前からつき合っている事になるらしいよ」

カヲルもレイの頭を軽く抱きかかえながら平然とそう言った。

「ハルヒもキョンもみんなの前で手を繋げるぐらい素直になりなさいよ」

アスカが勝ち誇った顔と態度でハルヒにそう告げると、ハルヒは怒り心頭に発した感じでアスカに向かって人差し指を突き立てて宣言をする。

「こうなったら、あたしとキョン、アスカとシンジのチームでどっちが面白い本を探せるか勝負よ! 負けた方が罰ゲームなんだからね!」
「おい、待て!」
「それは面白そうですね。ですが僕達はどうしたらいいのでしょう」
「余った古泉君、ミクルちゃん、渚君でチームを組みなさい」

いつものようにキョンの制止はあっさり無視されて、イツキ達も対決に参加する事になった。

「判定はユキとレイの2人にしてもらうからね、2人ともそれで構わないわよね?」
「問題無い」
「分かったわ」

ユキとレイの了解もとれた事で、対決の火ぶたは切って落とされた。



<第二新東京市 鶴屋家 倉庫>

アスカ組に勝つためにハルヒがキョンに提案したのは、昔から代々伝わる多数の蔵を所有している鶴屋家の蔵書をあさる事だった。

「この蔵もゴチャゴチャしてきたからね、ハルにゃん達が処分してくれるって聞いて助かったにょろ」
「この中に面白い本があれば持って行っていいのね?」
「うん、どうせたいしたものは無いからいくらでも持って行っていいよっ」

ハルヒの質問に、鶴屋さんは笑顔でそう答えた。

「じゃ、私は鶴屋家の会合に出なくちゃいけないから、また後でねっ!」

鶴屋家の令嬢として忙しい事もあるのだろう、鶴屋さんはそう言って手を振りながらハルヒとキョンの前から去って行った。

「さあキョン、レイとユキがビックリするような本を探すわよ!」

ハルヒは目を輝かせてキョンの腕を引いて蔵の中へと入って行った。
キョンもそんなハルヒに逆らう事もせずに蔵の中へと足を踏み入れる。

「ずいぶん長い事ほこりを被った古そうな物がたくさんありそうだな」

昼間でも薄暗い蔵の中を見回して、キョンはそんな事を呟いた。
ハルヒは蔵の隅に置かれていた武士の鎧一式に駆け寄ると嬉しそうに声を上げる。

「ねえ、これって本物かしら!?」

そう言われてキョンも近づいて鎧を見ると、鎧には泥汚れの他に赤黒い汚れも混じっているのを見て背筋が凍りつく。

「な、なあ俺達は本を探しに来たんだろう?」

キョンはそう言ってハルヒの手を引いて、たくさんの書物が縛られて積み重なっている一角へと誘導した。
それからハルヒとキョンは手分けをして山積みになっている書物をほどいて読む事になるのだが……。

「ダメだ、俺には本の面白さと言うものが全く解らん」

キョンも平安時代から明治時代までごちゃ混ぜに積み上げられていた本から自分が読めそうなものを選んで探していたが、ギブアップした。
大きなため息をついたキョンがハルヒの方を見ると、ハルヒの側には地図が描かれた巻き物のようなものが積み上げられていて、さらにハルヒは辞典のような分厚い本を読んでいた。

「おいハルヒ、これは本じゃないだろう」

キョンが巻き物をつまみ上げてそう指摘すると、ハルヒは読んでいた本から不機嫌そうに顔を上げてキョンをにらみつける。

「ちょっと、面白い所なんだから邪魔しないでよ!」
「そんなに熱心に何の本を読んでいるんだ?」
「江戸時代の大発明家が書いたって本よ、昔の時代にも想像力が豊かな人が居たのね!」

キョンが本の題名を覗き込むとそこには『赤城大辞典』と書かれていた。

「でも、綾波も長門も、技術書の類はあまり喜ばないと思うぞ? 文学小説とか読んでいる事の方が多かった気がするぜ?」
「この本も十分面白いと思うけど?」
「それはお前基準だからだろう。設計図ばかりの本で惣流のチームに勝てると思うのか?」
「わかったわよ、そんなに言うんだからキョンも候補の1つや2つ見つけたの?」
「あ、いや……読めない本の方が多くてな、めぼしいものはさっぱり……」
「あきれた! それでよく人の事が言えたわね!」

それからやっとハルヒも当初の目的であるレイやユキが喜ぶような本を探し始めた。
巻き物や発明書『赤城大辞典』は自分のお土産用にちゃっかりキープするようだった。
この『赤城大辞典』は後にハルヒがたまに勉強を教えていると言う少年の手に渡り、運命を変えていく事になる。
1つに絞りきることのできないハルヒはとりあえず定番と呼ばれる文学小説をキープして行く。

「『日暮れ前』、『ぼたん雪』、『母帰る』、『人間合格』、『鬼門』、『嬢ちゃん』……っと、キョンでもこのぐらいは分かるわよね?」
「すまん、俺には1つも分からん」
「うそっ、冬月セキソウも知らないの? あの『我輩は犬である』の作者の」
「それだけはかろうじて聞いた事があるな」

キョンの言葉を聞いて、ハルヒは盛大にため息をつく。

「まったく、あんたが原因でSSS団の偏差値を下げているなんて事になったら、あたしまでみっともないじゃないの。今度、シンジに成績で負けたら補習決定だからね!」
「……お手柔らかに頼むよ」

これから何かとシンジと比べられるようになると自覚したキョンはそう言ってため息をついた。



<第三新東京市 マヤの自宅>

ハルヒ達に勝つための面白い本を探すためネルフ本部のリツコの研究室へやって来たアスカとシンジは、あっさりとリツコに追い返されて休憩室で沈んでいた。
ネルフではデータのほとんどがメインコンピュータのMAGIに登録されていて、存在する書物は説明書とパンフレットぐらいしか無いと言うのだ。
そんなショックを受けたアスカとシンジの力になろうと、マヤが2人に声を掛ける。

「家に来れば、女の子が喜びそうな本がたくさんあるわよ」
「本当ですか!?」

マヤの申し出に、シンジはパッと顔を明るくしたが、アスカの背中には悪寒が走った。

「どうしたの?」
「何か、嫌ーな予感がするのよね」

しかし、他に手立ての思いつかないアスカはわらにもすがる思いでシンジと共にマヤの自宅へと向かうしかなかった。
ハルヒのチームに負けるのはどうしても嫌だった。
趣味は恋愛小説を読む事と公言しているマヤだけの事はある。
マヤが学生だった頃から本を貯めていたと言う蔵書はロマンス小説や少女漫画を小説化した文庫などが揃っていた。

「これだけあれば、良い本が見つかるかもしれないね」
「そうね、サンキュ、マヤ」

嬉しそうなシンジとアスカの様子に、連れて来たマヤもホッと胸をなで下ろした。
しかし、アスカは本を探しているうちに、フローリングの床に巧妙に隠されたスイッチを偶然にも見つけてしまう。

「何かしら、このスイッチ?」
「アスカちゃん、押しちゃダメっ!」

マヤの悲鳴は遅かったのか、アスカはスイッチを押してしまっていた。
鈍い機械音と共に床の一部がへこみ、地下室への階段が現れた。
階段から地下室を覗き込んだアスカの目には、地下室にも本棚があるのが見えた。

「隠し部屋なんてどういう事?」
「そ、それはね……」

アスカが疑いの眼差しでマヤを見つめると、マヤは少し顔を赤らめて口ごもった。
そんなマヤの様子を見て、アスカの背筋に走る悪寒が復活した。

「うわあ、地下室にも本がたくさんありそうですね。見せてもらってもいいですか?」

空気を全く読む事が出来ないシンジはのほほんとした表情でマヤに聞くと、マヤが即座に否定しないのを許可をしたのだと思ったシンジは階段を降りて地下室へと行ってしまった。

「待ってよ、シンジ!」

アスカがシンジを追いかけて階段を駆け降りた。
マヤも続けて後を追う。
地下室の中に入って、照明のスイッチを押して周囲を見回したシンジは驚いた。
本棚以外にも部屋の中にはたくさんの人形がガラスケースに収められていた。
女の子遊びのシンボルとして古い歴史を持つ『ミカちゃん人形』や、『セーラー戦隊レインボーガールズ』などのフィギュアも年代別、番組別に几帳面に整理されている。

「マヤさんってヲタクだったりするのかな、はは……」

ちょっとした驚きの言葉を呟きながら本棚に収められた本の1冊を適当に選んでページを開いた。
するとそこにはシンジの想像を超える世界が存在する。

「うわ、マンガの女の子が裸で2人で抱き合っている……!」

シンジはそう叫んで持っていた本を落としてしまった。

「うげっ!」

後から来たアスカも床に落ちてページが開いた本を見て声を上げた。
そして、後ろを振り返り顔を赤くして少し怒った表情でマヤに詰め寄る。

「マヤ、これは一体どういう事よ!?」
「この部屋は同人誌を描くのに集中したいと思って作った部屋なのよ」

マヤは顔を赤くして恥ずかしがりながらそう答えた。
これ以上恥ずかしくて本を読む事をためらっているシンジの目の前で、アスカは何冊かの本を手にとって開いては顔を赤くしていた。
そして、アスカは読んでいくうちにマヤの趣味の奥深さに気がついてしまう。

「『セラ戦』に出てくるタキシード覆面って男だったわよね、でもこの本の中では女の子になってる……」
「そ、それは同人の世界である中のジャンルの1つで……」
「まさかっ、シンジに対してもへんな妄想をしているんじゃないでしょうね!」
「い、いやねえアスカちゃん、そんなわけないじゃない……」
「油断ならないわね……」

アスカは言い訳をするマヤを鋭い目つきでにらみ返した。

「綾波や長門さんにプレゼントする本をこの中からも探した方がいいのかな……?」
「ちょっと刺激が強すぎるんじゃない?」

シンジはドギマギしながらアスカに尋ねると、アスカは髪をかきむしりながら困った顔で答えた。

「せっかく渚とのノーマルな恋愛に目覚めたばかりなんだから、レイに読ませるのは良くない影響を与えると思うわ」
「そうかもしれないね」

シンジも同人誌の山から候補を探す事にならなくて、ホッとしたようだ。

「マヤ、何をちょっと残念そうな顔をしているのよ」
「ねえ、普通の男女カップルの同人誌もあるから、今度のコミックパビリオンに遊びに来てくれない? ね、お願い!」
「は、はあ……」
「まあ、気が向いたらね……」

シンジもアスカも姉のようにいろいろ世話になっているマヤにきっぱりと断る事もできなくて、曖昧に返事を返した。



<第二新東京市北高校 SSS団部室>

そして3月30日、部室ではレイとユキの誕生日会が行われ、2人にはびっしりと本の詰まった新しい本棚がプレゼントされた。
結局ハルヒのチームもアスカのチームもどれが面白い本か1つに候補を絞り切る事が出来ず、本棚丸ごとプレゼントすると言う事になってしまった。
イツキ達は古泉家の書斎から、外国の文学の本を中心に持って来ていた。

「ハルヒ、これじゃあ綾波や長門達もすぐに判定を下すってわけにはいかないだろうよ」
「そうね、結果は2人が本を読み終わるまで待つしかないようね」

キョンに指摘されて、ハルヒは腕を組みながらそう答えた。

「まあ、待たされる分だけ面白い罰ゲームを考える時間があるってものよ」
「お前なあ……」

子供っぽい笑みを浮かべてそう言うハルヒに、キョンはため息をついた。
レイとユキの部室での誕生日を祝う会は下校時間ぎりぎりまで続き、暮れなずむ通学路をハルヒ達SSS団のメンバーは街へ向かって降りていく。
茜色に染まった空と、長く引き伸ばされた影法師。
先頭をハルヒとキョンの2人が歩き、他のメンバー達は少し遅れて歩いていた。
すると、今まで黙っていたユキが、ポツリと呟く。

「私は課せられた任務をこなすための人形、誕生日を祝ってもらう必要性は存在しない。なのに、どうして」

ハルヒが聞いたら怒りだしそうなユキの言葉に、アスカ達に緊張が走った。
しかし、先を歩くハルヒはキョンを相手に今度はどんな罰ゲームをしようかと話すのに夢中になっていて、ユキの呟きは耳に入って居ないようだった。
気付いていないハルヒの様子に、アスカ達はホッと胸をなで下ろした。
そして、ハルヒに聞こえないようにアスカ達は声を抑えてユキに話しかける。

「ユキ、アンタは人形じゃない、だって自分で考えて自分の意思で行動をしているじゃない」
「アスカの言う通り、人形と言うのは言われた事をそのまま行動するだけの存在よ。本当の人間だって、人形と変わらない人生を送っている人もいるわ」
「人形は本を読んで新しい知識を得ようとする、リリンに似た欲求は持ち合わせていないと思うよ」

アスカとレイとカヲルの言葉を聞いて、ユキは胸に手を当てて呟く。

「私は人形じゃない……」

後日、レイとユキはミサトが持って来た『林家二平落語集』が一番気に入ったと発表した。
これにより、ハルヒとアスカの勝負は引き分けに終わった。

「お笑いとはとんだ盲点だったわね……アスカ、次は負けないわよ!」
「こっちこそ!」

ハルヒとアスカはそう言って、お互いに視線を合わせて火花を散らした。
キョンとシンジは同情の眼差しを交わし合って、諦めたようにため息をついたのだった……。
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