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第三十二話 さようなら、初恋 ~Good-bye,first love~
<第二新東京市立北高校 屋上>

ホワイトデーの日、休み時間にキョンとシンジは寒さで人気の無い学校の屋上に立ち寄った。
教室に居るハルヒとアスカに聞かれては都合が悪い話をするためだった。

「シンジ、惣流に渡すチョコレートのお返しのプレゼントは持って来たか?」
「うん、でもアスカが受け取ってくれるかどうか不安で仕方が無いよ」
「俺もハルヒのやつが素直に受け取ってくれるか勝算の無い賭けだ」
「後戻りが出来なくなると分かっていてもやるしかないんだよね」

キョンとシンジはお互いの決意を強めるために真剣に見つめ合った。
2人はバレンタインデーにケンスケに言われた事が、頭の中に引っ掛かっているのだ。

「アスカはきっと自分から告白するのを怖がっているんだと思うんだ」
「ハルヒはジョン・スミスの影をまだ追い求めているのかもしれん」
「だけど、そんな状況を変えるためにも……」
「俺達は前に進まなければならん」

そう言ってシンジとキョンは固く握手を交わした。
お互いの熱い心が手から伝わってくるように感じられたが……。
その時ひときわ強い北風が、音を立てて2人に吹き荒れた。
シンジとキョンは思わず手をパッと離して自分の手をさする。

「寒いな……心頭滅却すれば火もまた涼しなんてのはやっぱり嘘だな。そう言って焼け死んでしまった坊さんも居る事だし」
「ATフィールドを使える綾波やカヲル君なら別かもしれないけどね」

キョンの皮肉めいた乾いた笑いに、シンジも冗談を言って答えた。

「だが、あいつらはもう緊急時以外には使わないようにしているんだろう?」
「長門さんもいろいろな能力を捨てたって言うし……みんな、だんだんと普通の人間に近づいているんだね」

シンジとキョンは気分が落ち着いたのか、しみじみとため息をついた。

「今日の放課後の告白、お互いに上手く行くといいね」
「健闘を祈ろう」

そう言ってシンジとキョンは、屋上から立ち去って行った。
そんな2人の話を物陰で隠れるように聞いていたのはカヲルだった。
カヲルは2人の跡を付けて来たわけではなく屋上に最初から居たのだが、シンジとキョンがカヲルに気がつかずに話を始めてしまったので、姿を現しにくかったのだった。

「バレンタインのお返しを別々にしようって言うのはそういう事だったんだね」

シンジとキョンが去って行った方向を見て、カヲルはそう呟いた。

「惣流さんと涼宮さんは好意を持っていると思うんだけど、それだけじゃダメなんだね。複雑だね、人間と言うものは」

カヲルもレイへのお返しとして、包装されたプレゼントを学校に持って来ていた。
ただ普通にバレンタインのチョコレート料理のお礼だと言ってレイに渡そうとしていたカヲルは何か特別な事を言わなければいけないのかと考えたが、何も思い浮かばなかった。

「僕達には、彼らとは違う僕達の距離と言うものがあるんだろうね」

カヲルは考える事を諦めて納得したように呟いて、階段を降りて行った。



<第二新東京市 駅前公園>

放課後、SSS団の部室へ向かおうとしたハルヒをキョンが呼び止めた。
2人きりでバレンタインデーのお返しのプレゼントを渡したいと言うキョンにハルヒはその場でその理由を問いただそうとしたが、シンジがアスカを連れて教室から姿を消すと、ハルヒは黙ってキョンの後ろについて行った。

「ちょっと、どこまで行く気なの?」

丘の頂上にある学校から通学路を延々と歩かされて、駅前公園まで来た所でハルヒはキョンに声をかけた。

「すまなかったな、どうしてもここでプレゼントを渡したかったんだ」

キョンは振り返ってハルヒに返事を返した。
そのキョンの言葉を聞いて、ハルヒは辺りを見回し、何かに気がついたようにつぶやく。

「ここって、罰ゲームのデートをしたところじゃない」
「そうだな」

ハルヒの質問に、キョンは落ち着いた声でそう答えた。

「さては、仕返しをするためにあたしをここに呼び出したのね、で、どんなイタズラをするつもりなのかしら?」

ハルヒは腕を組んで、堂々とした様子で余裕の笑みを浮かべてキョンに問いかけた。
しかし、キョンにはハルヒの笑顔が引きつった固い表情で、おでこに汗をにじませ、腕を組んだ手が震えて指が落ち着きの無い感じで動いているのを見て、一目瞭然だった。
ハルヒはキョンに向かって強がっている態度を無理に見せているだけなのだ、そして隠し切れないほど激しく動揺している。
きっと、キョンがハルヒを呼び出した理由も罰ゲームの仕返しのイタズラのためであって欲しいと心から願っているはず。
世界を改変するほどの力を持っているハルヒでも、キョンの決意を止める事は不可能だった。

「ハルヒ、俺からのバレンタインデーの返事はこれだ」

キョンは真剣な顔で、ハルヒに1本の黄色い布製のゴム紐のようなものを手渡した。
受け取ったハルヒは、キョンからのプレゼントをマジマジと見つめる。

「これはいったい何なのよ?」
「シュシュと言ってな、ポニーテールにするために髪を束ねる物だそうだ」
「これをあたしに着けろって言うわけ?」
「去年の新学期に見たお前のポニーテール姿は猛烈に可愛かったぞ」

キョンはそう言うとハルヒを抱き寄せてキスをした。
不意を突かれたハルヒは脱力し、キョンの為すがままに抱きしめられている。
数秒のキスの後、ハルヒは息苦しくなったのかキョンを力一杯突き放した。
キョンは地面に倒れ込んでしりもちをついた。
ハルヒはしばらく咳き込んでから、倒れて起き上がろうとするキョンに人差し指を突き付けて怒鳴る。

「あんたバカァ!? いきなり何するのよ!」
「すまんな、こうでもしないとお前とキスするなんてできそうになかったからな」
「当たり前じゃない! キスなんてものは恋人同士でするものなのよ」
「俺が交際を申し込んだら、お前は受けてくれるか?」

キョンの言葉にハルヒはしばらくキョンをにらみつけて黙り込んでいた。
ハルヒは怒ってキョンの前から立ち去る事も出来たはずだが、そうしなかった。
キョンは不安もあったが、期待を込めて黙ってハルヒの言葉を待っていた。
しばらくの間ハルヒとキョンは無言で見つめ合っていたが、やがてハルヒの方が折れた。
ハルヒは観念したようにため息を付く。

「あたしは気に入らない相手は5秒で振る女よ、わかっているわよね?」
「ああ、普通の人間には興味が無いってやつだろう」
「あんたみたいな退屈なやつ、何分持つかしらね?」

ハルヒは挑発するように小悪魔的な笑いを浮かべたが、キョンは首を横に振って否定した。

「違う、お前は普通の人間が嫌いなんじゃ無くて、普通の、常識的な考え方しか受け入れられない人間が嫌いなんだろう? だから、相手の話を聞こうともしない谷口のやつは5秒で振られたんだろうよ」
「何で分かったの、谷口から全部聞いたの?」
「俺はあいつの親友を何年もやっているから、聞かなくても予想がつくさ。自分の良さを相手にアピールしようとして空回りするタイプだからな」
「そう、谷口ったらあたしと付き合う事になった途端に機関銃のように自分の事ばっかり。あたしが口を挟もうとしても全然聞いちゃいないのよね」

ハルヒはその時の事を思い出して、不快感をあらわにした。

「お前が博士の親父さんを否定して、ゴメスさんを父親として肯定して俺達に紹介した理由も分かる。何もかも理論で説明しようと考えるからな」
「キョン、あんたは不思議な出来事に遭遇したらどう思う?」

ハルヒが尋ねると、キョンは自信を持って落ち着いて優しく微笑みながら答える。

「とりあえず、ワクワクすると思うぞ」

キョンの返事を聞いたハルヒは、満足したようにふっと笑いを浮かべた。
そして、戸惑い気味にチラチラと視線をキョンに向けながら照れ隠しにぶっきらぼうな表情を作ってキョンに答える。

「そんなに言うなら、キョンの彼女になってあげても構わないわよ」

ハルヒはそう言って、キョンから受け取ったシュシュを自分のポケットに放り込んだ。
きっと翌日はハルヒはポニーテール姿で登校してくるのだろう。
ハルヒの恋人として認められた事に嬉しさを感じたキョンだったが、次の瞬間ある不安が浮かんできて、それをハルヒに尋ねずには居られなかった。

「……ジョン・スミスの事は、今でも想っているのか?」

キョンがそう聞くと、ハルヒは声を上げて笑い出す。

「恋人になった途端に、いきなり他の男に嫉妬? キョン、あんたってそんなに独占欲が強かったの」
「別に嫉妬しているわけじゃない……」

俺はジョン・スミスだとハルヒに明かす事の出来ないキョンは言葉を濁した。

「まあいいわ、あたしもジョン・スミスがどこで何をしているか、七夕の夜の事を覚えていてくれているのか、そして彼女が居るのかとか考えて気分が憂鬱になる事も今でもあるわ」
「それがお前の初恋なのか?」
「そうね、胸が熱くなったり苦しくなったりする病気みたいな感情を持ったのは初めてだったかもね」

ハルヒは昔を懐かしむように、大きくため息をついた。
キョンは心を乱されて不安そうな顔でハルヒの横顔を見つめていた。
そんなキョンに向かってハルヒは迷いの無い口調でキッパリと宣言をする。

「でも、もうジョン・スミスの影を追いかける事は止めにするわ、キョンの彼女になった事だし」

ハルヒの言葉を聞いて、キョンは安心したようにため息を吐きだした。

「あたしは、恋人になったからって甘くするつもりは無いからね。遅刻したら罰金の決まりは守ってもらうわよ!」
「わかりました団長殿」

キョンはていねいにお辞儀をしてそれに答えた。

「で、あんたの方はどうなのよ、あたしが初恋の相手ってわけじゃないんでしょう?」
「それはそうだが……」

猫の目のように表情を変えて尋ねて来たハルヒにキョンはたじろいだ。

「国木田君が言っていたわよね、あんたは昔から変な女が好きだって。あたしは別に変って言われても気にならないけど、あたしの他に変な存在が居るって言うのは聞き捨てならないわ」
「おいおい、勘弁してくれよ、俺は誰かと恋人関係になった事もない。それに今俺が恋人にしたい女はお前だけだ」

キョンが真剣な顔で言うと、ハルヒは不満そうな顔をしながらもそれ以上の追及は止めた。

「恋人になった途端に痴話ゲンカは止めようぜ、谷口に続く破局の新記録を俺は樹立したくない」
「あたしも別にケンカするつもりは無いんだからね!」

ハルヒはそう言って、少し乱暴にキョンの腕を引いて歩き始めた。
すっかり習慣となっている、ハルヒとキョンとキョンの妹の3人で食べる夕食の材料を買いに駅前の商店街へと向かう。
以前と違うのは、ハルヒとキョンの手がずっと繋がれていると言う事だけだった。



<第二新東京市 葛城家>

一方、シンジとアスカは放課後になると、部室にも寄らず寄り道もせずに一直線に自分達の家を目指していた。
真剣な表情で黙ってアスカの前を歩くシンジの雰囲気に、アスカは口を全く開くことはできなかった。
家に帰るとシンジは、自分の部屋へとプレゼントを取りに入って行った。
アスカは待たされている間に自室へ戻り、学校の制服から部屋着に着替えて居間でシンジを待つことにした。
シンジは何を手間取っているのか、なかなか部屋から出て来ない。
アスカの方からシンジの部屋を訪ねようかと、アスカがシンジの部屋の前に立つと同時に、シンジがドアを開けて顔を出した。

「ごめん、待たせちゃって」

シンジはアスカに渡す予定のプレゼントを後ろ手に隠しながらそう言った。
アスカはシンジに促されて再び居間へと戻る。
そして、テーブルを挟んでアスカと向かい合う事になったシンジは、テーブルの上に2枚のチケットを置いてアスカに呼びかける。

「イッヒ リーベ ディヒ」
「えっ!?」

アスカはシンジからドイツ語で「私はあなたを愛しています」と告白を突然受けた事、テーブルに置かれた2枚のミュンヘン国際空港のチケットを見て、思わず驚いて口を開けたまま固まってしまった。
シンジはアスカが驚いているのを見て、少し慌ててもう一度呼びかける。

「イッヒ リーベ ディヒ!」

緊張したシンジは声が上ずり、叫ぶように口調が荒くなってしまった。

「やっぱり、僕のドイツ語の発音が悪かったのかな?」
「ううん、シンジの言っている事は解ったんだけど……何よ、この2枚のチケットは? 突然告白されても訳が解らないわよ!」
「それはこれから説明するよ」

わめくアスカを落ち着かせるように、シンジはしっかりとした口調で話し始める。

「アスカはこうして日本に帰って来て僕とミサトさんと一緒に居てくれるけど、涼宮さんと一緒に居るって言うネルフの任務が終わったら、ドイツに行きたくなる事もあるかもしれないと思って」
「シンジ、アタシが任務のために日本に戻ったわけじゃないって言っているでしょう!?」

シンジの言葉にショックを受けたのか、アスカはシンジに殴りかかりそうな勢いで詰め寄り、シンジの胸倉をつかんだ。

「違うよ、アスカも将来ずっと日本に居るって決めたわけじゃないんだろうって事だよ。ドイツの診療所で働くって夢も完全に諦めたってわけじゃないんだろう?」

図星を突かれたからなのか、アスカはシンジをつかみ上げていた手を放した。
そして、目に涙を浮かべてシンジに謝る。

「ごめん、アタシったらシンジの話を良く聞かないで早とちりをしちゃって……シンジにとっても裏切られた気持ちになっちゃったから」
「僕の方こそ紛らわしい言い方をしちゃったね」

シンジはそう言って、優しくアスカの手を包み込むように握った。
そして、アスカとしばらく見つめあった後、大きく深呼吸をして話し出す。

「僕はネルフの任務が終わっても、ずっとアスカと一緒に居たいって思うんだ」
「本当に、アタシなんかでいいの?」
「それは、僕のセリフだよ。今の僕はまだまだ加持さんに勝てそうにないし……」
「何でそこで加持さんが出てくるのよ?」

アスカは少しあきれてシンジをにらみつけた。

「だって、アスカはずっと加持さんみたいな大人の男性に憧れていたような事を言っていたから」
「そうね、確かに憧れているけど、憧れでしか無いって事に気付いたのよ」

そう言うとアスカは、シンジから目を反らして遠くを見つめて話し始める。

「アタシ、小さい頃にママが居なくなってから、1人で強く生きて行こうって決めたの」
「うん……」

最初から話し始めたアスカにシンジは口を挟む事はせずに、相づちを打って静かに聞いていた。

「でも、子供のアタシがネルフの大人達に囲まれているのはとても寂しくて辛かったわ……」

相づちを打つ代わりにシンジもアスカと同じ方向を見つめた。

「そんなアタシに優しくしてくれたのが加持さんだったの。アタシはすぐに加持さんの事が好きになったわ、きっと初恋ってやつね」

懐かしむようにそう言っていたアスカは、表情を辛そうなものに変えてうつむく。

「でも、アタシはずっと加持さんと居たいと思っても、その願いは叶わなかった。そして、加持さんはアタシの前から姿を消した……」

アスカの言葉を聞いてシンジの表情も沈痛な物になる。

「あの時の加持さんには僕も腹が立ったよ、兄さんのように側で支えてくれると思ったのに勝手に居なくなって、ミサトさんまで悲しませるなんて酷いって」

そう言ったシンジはアスカの手を握る自分の手に力を込める。

「でも、自分勝手なのは僕も同じだったんだ。僕はアスカやミサトさんの事を全く考えないで自分の事しか目に入っていなかったし……」

ますます、自分を追い詰める気持ちが強くなって行ったのか、シンジの口調は早口になって行く。

「居なくなったアスカを探そうともしなかったし、寝たきりのアスカにすがるような事をして……量産機との戦いの時も間に合わなかったし、僕が全て悪いんだ!」
「今さら自分を責めてどうするの、しっかりしなさいよシンジ!」

目をつぶって暗い思考におちいりそうになっていたシンジをアスカは腕を思いっきり引き寄せた。
アスカは怒った顔でシンジをにらみつける。

「自分が悪いって謝る事で解決しようとする、シンジの内罰的な所が嫌いなのよ!」
「ごめん、アスカ」

シンジがアスカの顔を見つめて謝ると、アスカはふっと表情を明るく柔らかいものに変える。

「アタシは去年の4月からシンジとまた一緒に暮らすようになってから1年ぐらい、ずっとシンジの事を側で見て来たわ。アタシはシンジの良い所をたくさん知っている、多分ミサトやレイよりもね」
「あ、ありがとう」

アスカに絶賛されて、シンジは照れ臭そうに顔を赤らめてお礼を言った。

「アタシ、誰かとずっと一緒に居たいなんて思ってまた傷つくのが嫌だったから」
「アスカは、僕と離れる事になるのが不安だったんだよね」
「うん、だからバレンタインの時も告白する事ができなかったのよ……」
「僕はアスカについて行くよ、たとえ地球の裏側だってね」

真剣な表情をしてそう言うシンジに、アスカは嬉しそうな微笑みを浮かべながらそっと呟く。

「ビッテ ラス ミッヒ ニー アライン」

アスカの言葉を聞いたシンジは首をひねった。

「アタシを一人にしないで、って言う意味よ」

アスカはそう言って、シンジに向かって思い切り抱きついてキスをした。
あまりにも勢い良く抱きつかれてしまったので、シンジはバランスを崩して仰向けに倒れ込んでしまった。

「あら、アスカったらシンちゃんを押し倒しちゃって。スキー場でユキちゃんが撮った写真とは逆パターンね」

陽気な声で冷やかしながら居間に入って来たミサトに、アスカとシンジの顔はトマトのように真っ赤になった。

「ミ、ミサトっ、いつから見てたの!?」

シンジからパッと体を離してアスカはミサトに尋ねた。

「少し前からだけど、アスカのドイツ語の告白は聞いたわよ」
「じゃあ、アタシ達がキスをする前から……!」

アスカはデレが臨界点を突破してしまったのか、顔をゆでダコのようにしてすっかり固まってしまった。
そして、ミサトはシンジに向かって穏やかな笑顔で落ち着いた声で話し始める。

「シンジ君……これからもアスカをお願いね。アスカは本当に寂しがり屋だと分かって居たんだけど、私は加持の事もあってお互い素直になれなかったわ。アスカが苦しんでいるのを知って手を差し伸べてあげられなかった……」
「今のミサトさんは償いをしているじゃないですか。アスカにもその気持ちはきっと伝わっているから、こうして一緒に」
「そうね、でもずっと一緒に居てあげられるのはシンジ君だけだと思う。私の妹をよろしくね……」
「はい、ミサトさん」

ミサトとシンジが見つめ合っていると自分を取り戻したアスカが目を三角にして割り込んで来る。

「ちょっと2人とも何で良い雰囲気になっているのよ!」
「アスカ、私はシンジ君を弟のように思っているわ、安心しなさい」
「そうだよ、僕も初恋は終わったんだよ」

シンジの失言を聞いてミサトとアスカは目を剥いて驚く。

「アンタの初恋の相手ってミサトだったの!?」
「それは光栄な事だけど……ねえ?」

ミサトはむずがゆいような困った表情を浮かべた。

「第三新東京市に来るまで、僕はずっと心を閉ざしたままだった。そんな僕の心を開いてくれたのがミサトさんなんだ」

シンジにそう言われて、アスカはそれ以上シンジを責める事は出来なかった。

「でも、今の僕には自分から守ってあげたい、側に居てあげたいって思う子がいる。それがアスカなんだ」
「そ、そんな恥ずかしい事を良く真顔で言えるわね……」

シンジに見つめられたアスカは、再び顔を赤くして黙り込んでしまった。

「シンちゃん、アスカとイチャつくのは構わないけど、そろそろお姉さんにも夕食を作ってくれないかな、お腹が空いて我慢が出来なくなって来ちゃったわ」
「は、はい今作ります!」
「アタシも手伝う!」

その日の夜の夕食作りはアスカが意欲的にシンジを手伝った。



<第三新東京市 ネルフ本部 司令室>

キョンとシンジが決死の覚悟でハルヒとアスカに告白を行っていた頃、ゲンドウと冬月は司令室で来訪者達と対面をしていた。
来訪者達は高校生ぐらいの少女3人、少年1人と言う構成だった。

「信じられない話だが、それは本当の事なのかね?」
「残念ながら証拠はありません、でもっ!」

疑う様子の冬月に、4人の中で1番幼い感じの少女がそう訴えかけた。
その後もその少女は延々とゲンドウと冬月に向かって説明を続ける。
他の3人は無表情で静観をしていた。

「……橘君、君の話は解った。だが、我々は君達に協力するつもりは無い」

黙って話を聞いていたゲンドウがそう言うと、橘キョウコは声を荒げてさらに訴えかける。

「どうしてですか? 涼宮ハルヒは子供のような力の使い方しかできない人間です! 彼女の方こそ世の中にとって有意義な力の使い方が出来るはずです!」
「我々に課せられた任務は涼宮ハルヒを見守る事だ」
「あなた達はよりリスクの少ない手段を取る事は考えないのですか?」

橘キョウコはそう言ってゲンドウをにらみつけたが、サングラスをかけて少しも動かないゲンドウの顔色は読めなかった。

「君は落ち着いているようだな」

ゲンドウは声高に主張を繰り返す橘キョウコを無視してその後ろに立つショートカットの少女に声をかけた。

「僕はこれでも驚いているんだけどね。橘さん達が僕の所にやって来て話を聞かされた時は信じられなかったよ。でも、こうして現実にネルフと言う組織や存在している事を目にして彼女達の話も全くの作り話では無いと思えて来たよ」
「それで、君はどう思う」
「僕はそんな力なんて興味が無いんだけどね、彼女達はそうもいかないようだ。だけど、彼女達の目的を考えると、僕に直接危害を加える事は無い様だから僕も抵抗しようとはしないけどね」

ゲンドウに声をかけられた少女は淡々とした口調でそう答えた。

「どうやら、これ以上の話し合いは無意味のようですね」

すっかり無視された形になった橘キョウコが意気消沈してため息を吐いた。

「だから言っただろう、話し合いなんかしても無駄だって」

黙っていた少年は橘キョウコにそう声をかけた。

「でも、私達は諦めませんよ」

橘キョウコはそう言い残すと、ゲンドウと冬月に背を向けて他の3人と一緒に司令室から出て行った。
ゲンドウは受話器を手に取り保安部へ司令を送る。

「彼女達がお帰りだ。妨害はせずに黙って通すように」
「良いのか碇?」
「葛城君が鍛えた防衛部隊と赤木君のマギによるセキュリティーをあっさりとくぐり抜けてここまで来た彼女らを捕らえる術はありません。特にあの髪の長い少女をかたどったヒューマノイド・インターフェイスの能力は長門ユキと同等か、それ以上でしょう」
「しかし、他の支部に行かれたらやっかいだぞ?」
「それを含めて、子供達を守るのが我々の任務です」
「やれやれ、面倒事がまた増えそうだな……」

冬月は監視カメラのモニターに映し出された橘キョウコ達4人の姿を見て大きなため息をついた。