チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[22060] 【習作】 復讐、復讐 【最強モノ R15】 
Name: レーズン◆23137efd ID:dcb275d1
Date: 2010/09/28 20:38
 0


 突然、ガチャリと音を立て、事務所のたてつけの悪いドアが開き、初夏のうんざりするような熱の篭った風が吹き込んだ。
 池袋北口周辺にある雑居ビルの一階……、ガラの悪い組員数人がたむろしている事務所のテーブルに大きく足を広げて陣取り、今日……2025年6月7日のスポーツ新聞、競馬欄を熱心に読んでいた木田は、突然吹き込んできた風に舌打ちをしながら顔を上げ、そして少し驚いた。

「なんだテメェ……」

 木田の口から、ドスの効いた低く迫力のある声があふれだす。
 ――今から15年ほど昔の事、2010年に起こった日中動乱により治安が悪化の一途を辿ったこの場所、池袋北口周辺。犯罪発生率は13年連続で日本ワースト1、しかも発生件数記録は毎年うなぎ上りに増加している。
 木田達のような武闘派ヤクザを筆頭に、狂信系宗教組織、中国系マフィア、新・新共産テロリスト、ドラッグジャンカー、ネットギャングが多数潜伏し、なかばスラム街と化したココに、全く似つかわしくない侵入者の姿。

「ああ!? なんだオメェはよっ、ラリッってんのかっ!? 学生風情が、殺されてえのか?」

 木田の周辺でたむろっていた若い組員が一斉に立ち上がり、ドアを開けた姿のまま立っている侵入者を取り囲み、口々に怒鳴り声を浴びせかけ始める。恐怖にすくんでいるのか、何も問いかけに答えないその男を、木田はジッと睨みつけた。
 ――最近では、あまり見なくなった平凡な黒い学生服……いわゆるガクラン姿。まだガキ……17歳ぐらいで、身長は175センチ、体重は70キロあたりだろう。相手の戦闘能力、武道経験を瞬時に見極めてきた木田の眼が、ガキの全身を値踏みするように見つめ続ける。骨格は華奢なように見えるが、それをカバーするように筋肉をつけている……特に足は鍛えられた筋肉で覆われているが、武道というよりもスポーツ選手のような体型。

「お前ら、落ち着け……、で? ウチに何の用だ、ガキ。いい度胸だがよ、知り合いでも探してんのか? ハハッ」

 いきり立っている部下のチンピラを手で制しつつ、木田は低い声をあげた。日本での治安神話が崩壊し、犯罪の低年齢化、凶暴化が進みつつある昨今……高校生、中学生のガキが徒党を組み、ヤクザやマフィアの指示に従い、押し込み強盗、集団暴行を行うのも珍しくなくなっている。
 このガキもウチの事務所にそういった関係の知り合いがいて、ソイツを尋ねてきたのか? 木田はそう考えながら、ソファーからゆっくりと腰をあげようとした。

「……これで全員か?」

 木田の質問を無視するように、ポツリ……と学生が呟いた。周辺で睨みつけるチンピラ達など存在しないもののように、平然と事務所の中に足を踏み入れ、ドアを後ろ手に閉める学生。カチャリ、と音を立て、ドアが閉まる。

「テメェ!? 兄貴が質問してんだろうがっ」

 血気盛んな部下、千嶋……というチンピラが学生の襟元を掴みあげる。千嶋は木田が直々にスカウトした構成員で、かつて柔道でインターハイにも出場したことのある男。身長185センチ、体重100キロを越す巨漢。ステロイドを使い、事務所の中でも筋肉トレーニングを欠かさないその筋力は、ベンチリフトでは200キロを超える。
 学生の襟を掴んだまま、左手一本で軽々と空中に持ち上げ、ドスの効いた声で凄む千嶋。周囲のチンピラ、そして木田もその様子を見てニヤニヤと笑った。大方、自分に度胸があると勘違いし、アポも取らずに自信満々で尋ねてきたガキだろうが、これでアマチュアと素人の差を自覚しただろう。
 すっかり怯えきったか、無言のまま空中に持ち上げられたままのガキの姿を見つつ、木田はそろそろ助けてやろうか……と口を開こうとした時。

「……これで、全員なのか?」

 ポツリ……と少年の口から、再び同じ問いかけがこぼれた。空中に持ち上げられているにも関わらず、先程と全く同じ声色……動揺している様子など微塵も無い。まるで木田たちなど眼中に無い、といった平然とした雰囲気の声に、持ち上げている組員……千嶋の顔色が怒りで真っ赤に染まった。

「舐めてんのかッ!!」

 ブンッ! と風を切る音を立て、千嶋のコブシが捕えたままのガキの腹へ目掛けて振るわれる。木田がスカウトした当時、違法なステロイドの副作用からかキレやすかった千嶋は、腕っ節にまかせて何人もの一般人に対し通り魔的な撲殺を繰り返していた。千嶋のストレートを腹に受ければ、それだけで内臓破裂は免れない……面倒な事になる、と木田は制止の声をかけようとした。

「うがああああああっっ」

 だが一瞬後、立ち上がった木田の目前で、悲鳴を上げながら苦痛で床を転げまわっていたのは、巨漢の部下、千嶋だった。何をされたのか解らない……が、千嶋のごつい背中には、痛みからなのか汗がベットリとTシャツに張り付き、左腕を抱くようにして悶絶している。

「テメェ!? 何しやがったっっ」

 周囲を取り囲んでいた木田の部下、三人が殺気だった様子でそれぞれの手に武器を持って学生に襲い掛かる。一人は木刀、もう一人は伸縮式の警棒、最後の一人はギラリと抜き身で輝くドスを持っていた。全員が暴力沙汰に慣れきっており、相手を殺すことに何の躊躇もない。舐めた学生を、殺してもいい……といった勢いで、全員が襲い掛かる。

「ぎゃあっ!!」

 しかし、木田の目に映ったのは予想とは真逆の光景だった。
 ――木刀を持った部下が、上からその刀身をガキの頭目掛け思い切り振り下ろす……と見えた瞬間、木刀がヒットした位置にいたのは、ドスを持って突進していた他の部下の頭。ボゴリッという不気味な音とともに、ドスを持ったチンピラが床へと崩れ落ちる。
 ――警棒を持ったチンピラが、ガキの胴を横から殴りつけるように腕を振るった……その先には、何故か木刀を持った同僚の背中があった。骨が折れる鈍い音を立て、また一人の部下が床へ虫のように這いつくばる。
 そして……、呆然とした表情で己が振るった警棒の先を見つめているチンピラの腹部には、いつのまにか抜き身のドスが突き刺さっていた。

「うぎゃああああっっ」

 腹から真っ赤な血が周囲に飛び散る。ドスが刺さったままの腹部を抑え、バタバタと苦痛にのた打ち回る部下。背骨を警棒で折られ、芋虫のように這いずり回っている部下。木刀で頭部を殴られ、無言で気絶している部下。
 ――その中央に、平然とした様子で学生が立っていた。

「なっ、なんだ……テメェ、な、何をしやがった」

 木田は驚愕で震えつつも、ジャケットの内側から拳銃を抜き出した。掌がヌルヌルと汗ですべるが、しっかりとグリップを握り締め、学生へ銃口を向ける。
 今から10年前の2015年、中国共産党崩壊による大量粛清、動乱を逃げた軍人による武器の横流しの為、東京では驚くほど安く拳銃が手に入る。木田が手に持っている『黒星』もそのルートで手に入れた物だった。通常、粗悪品だらけの横流し品。だが、数度にわたる使用、メンテナンスによってそれは木田には頼もしい相棒になっており、事実、木田はこの『黒星』で10人以上の命を奪っていた。

「今から5年前……。2020年の夏、千葉の国道で4人組みの家族をさらったな? 誰の指示だ?」
「な、何を言ってやがる?」

 銃口を向けられつつも、全く顔色を変えず平然と問いを投げかける学生。その抑揚のない口調が、逆に木田の背中に鳥肌を生じさせた。じっと木田を睨みつける眼光……、足元で苦痛に呻いているチンピラの事など全く気にせずに、ゆっくりと足を進めてくる学生。
 木田は唾を飲み込みながら、しっかりと銃口の先をガキの胴体へと向け続ける。

「家族をさらっただと? そんなの多すぎて、いちいち覚えてなんかいねぇよっ!」

 怒鳴り声を上げつつ、木田は銃口がブレないように優しく引き金を引き絞った。ガンッという鼓膜に響く音、しっかりと握り締めた手首に響く重い反動……その衝撃が、恐怖を感じ始めていた木田の精神に火をつけた。口から意味不明な言葉を叫びつつ、何度も木田は引き金を引き続ける。

「死ねッ! ガキが、舐めやがってっ、そんなの知るかっ。死ねっ、死ねっ、死ねっ!」

 繰り返される轟音、そして硝煙の匂いが昇り、薬莢が事務所の床へ澄んだ音を立てながら散らばる。目前に見える学生服の腹部へと、木田は躊躇なしに何発もの銃弾を叩き込んだ……はずなのに、学生はピクリともせずに木田の前へと立っていた。
 呆然と眼を見張る木田。この距離で自分が外すなど考えられない……なのに、学生には血はおろかガクランに傷さえも着いていなかった。

「ひっ……、ば、化け物か」

 正面に立っている学生……怯えきった木田は、それでも殴りかかろうと右手を振り上げる……が、その瞬間、腹部に凄まじい激痛が走った。

「うがぁあああっっ」

 腹部をおさえつつ、もんどりうって倒れる木田。腹部を襲う容赦のない痛み……何もされていないはずなのに、それはまるで最初に倒れた怪力の部下、千嶋のパワーで殴られたかのような打撲。内臓が破裂してしまったと思える激痛。胃液を口から逆流させつつ、端も外聞もなく木田は床を転がり続けた。

「……誰の指示だ?」
「うぎゃあああああああっっ」

 転がりまわっていた木田の腹部へ、少年の足が乗せられ。ゆっくりと体重がかけられていく。ミシミシと音を立ててきしむアバラ骨。胃が破裂してしまったのか、木田の口から黒い血があふれだし床へ零れ落ちる。

「……お、覚えてねぇ、ほ、本当だ、うがぁああああっっ」

 木田は必死で少年の足から逃れようと足掻きながら話した。だが、ガキが履いている平凡なスニーカーは、木田ののた打ち回るカラダを予測しているかのように上から離れない。それどころか、恐ろしい圧力を腹部へと加え続ける。

「……思い出せ。父、母、高校生の少女、少年、計4人をさらっただろう。キサマの顔……この5年間、一度も忘れた事は無かった。……誰の命令だ? あの研究所の場所はッ!? さっさと答えろっ!」

 ブチブチという不気味な音を木田の内臓が立てる。失神しそうな激痛で脂汗を流しながら、木田はようやくかすれ声を搾り出した。

「わ、わからねぇ。アレは本家の指示で行ってただけだ。そ、そこに、そこに、本家の場所が書いた手帳がある。か、勝手にテメェで行って訊いて来いや。も、もういいだろう? は、早く足をどけてくれ」

 弱々しい木田の声。その哀願がようやく少年に届いたのか、彼はスッっと足を木田の腹部からどけた。
 そのまま、振り返り事務所の出口へと足早に進んでいくガキの背中を、木田はじっと睨みつける。

(ゆるさねぇ……。絶対に許さねえぞ。防犯カメラで顔、制服のボタンから住所、名前、全部調べだして……。、家族、友人、恋人、親戚……ヤツの関係者全員を地獄に落としてやる)

 燃えるような復讐の念に、木田の脳は沸騰する。とりあえずこの場は良しとしよう……だが、数日後、必ずこの落とし前はつけてやる。黒々とした思いを隠しながら、木田は口に溜まった血と胃液を床へと吐き出した。
 出口に立つ学生……ガキはドアを開け、木田達の事など忘れたかのように出て行こうとしている。

「……そうだった」

 事務所から出て行こうとしていたガキ。ソイツは背中を見せながら、ポツリと呟くように口を開いた。

「キサマがさっき撃った拳銃の弾は、全部で5発。ピッタリだな」

 意味不明なセリフを言い放ち、悠々とドアから出て行く後姿。それを確認した瞬間、木田は大声を張り上げた。

「てめぇらっ、何グズグズしてやがる。シャブでも何でも食って、さっさと起きねぇかっ!」

 ヨロヨロと立ち上がり、ソファーへと腰掛ける木田。床で倒れていた部下の千嶋などのチンピラ達も、それぞれのカラダを支えあって、ゆっくりと身を起こしだしている。
 ズキズキと痛む腹部とそれをはるかに上回る屈辱……苛立ちのあまり、木田は拾った拳銃のグリップをしっかりと握り締め、ふと考えた。

(あのガキ……、変な事を言ってやがった。撃った拳銃の弾が5発でピッタリだと。何が『ピッタリ』なんだ……何の意味もねぇのか? ただのキチガイか)

 床へ何度も血まみれの唾を吐き出し、木田は首を回した。よろよろとしている部下達の姿が視界に入り、コイツラに先程の自分を見られたかと思うと無性に腹が立つ。いや、そもそも、コイツラが何の役にも立たなかったのが悪い。
 油断があったとしか思えない。自分を含め、武器を持ったヤクザが5人そろってあんなガキに……。

(あん? 5人そろってだと?)

『――全部で5発。ピッタリだな』

 木田の耳に蘇る、ガキの不吉な低い声。何か……不気味な予感がする。木田は急いで立ち上がり、部下達に指示を出そうとして……まるで銃を頭に食らったかのように、突然ひっくり返る千嶋の姿を見た。

「なっ、どうしたっ!?」

 ピシャ……と木田の顔に熱い何かが降りかかる。真っ赤な色、鉄の味を持つ、熱い液体。

「ひっ、ひぃぃぃぃ」

 事務所の中に、誰のモノともつかぬ悲鳴が響く。いきなり倒れこみ、血しぶきをあげている千嶋の額……そこには拳銃で撃たれたような黒い穴がポッカリと開いていた。

「ど、どこだっ!? どこから撃ちやがったっ!?」

 部下の泣き声のような悲鳴を聞きながら、何故か木田はボンヤリと先程の自分の行動を思い出していた。
 ――たしか、あのガキに向かって最初に一発撃った。それで調子にのって、続けざまに四発撃った。

「ぎゃっ!!」

 怯え声を上げていたチンピラ達が、木田の目の前で次々に斃れていく。額にポッカリとした黒い穴を開け、そこから真っ赤な血を噴出しつつ……。

「あ……」

 パンッという乾いた音が木田の鼓膜を振るわせる。それは、自分の額にある頭蓋骨が割れる音だと……直感的に木田には解った。見る見るうちに暗くなっていく視界。
 ガラスで出来た豪華なテーブル目掛け、額に黒い穴の開いた木田の死体が、勢い良く倒れこんだ。

 



[22060]
Name: レーズン◆23137efd ID:dcb275d1
Date: 2010/09/27 17:53



 1

 ――2020年8月某日。

 そこは真っ白な部屋だった。真っ白な床、壁には小さな染み一つなく、広さが小型の体育館ほどもある白い空間。そこに、白衣に身を包んだ科学者風の男女数人が椅子に座り、緊張した面持ちで中央にあるモノを凝視していた。咳の音ひとつ聞こえない……全員が、顔に恐怖と知的好奇心に駆られた表情を貼り付けたまま、じっとソレを見つめ続ける。
 ソレ……、大きな白い部屋の中央にあるのは、二つの巨大な筒であった。上部と下部に奇妙な機械が取り付けられた、透明の強化ガラスで製作された二本の巨大な筒。
 そして、その筒の前には、銀色の眼鏡をかけた白髪の男が立っていた。ギラギラとした強い視線で筒の中を見つめる眼差し……枯れ木のように細い体型には似つかわしくない、猛獣のように危険な色を宿した瞳。

「諸君、それでは……実験を始めたいと思う」

 ただ独りガラスの筒の前へ立っていた白髪の男が、低い声で宣言を行う。しわがれた老人のような声であったが、見守る白衣姿の人々全員が姿勢を正し、白髪の男の言葉に敬意を払うように頷きを返す。

「皆わかっているように今回の実験は……、初めての人体実験となる。今までの動物実験の結果は、全て散々なモノであった。だがしかし、今回、人体実験に踏み切った理由は皆十分に理解していると思う……さあ、それでは実験を始めよう」

 白衣の者達に鋭い視線を投げかけながら、満足そうに白髪の男は言葉を終え、そして筒の方向へと振り返ろうとした……がその時、一人の男がゆっくりと手を挙げた。
 それは真っ白な部屋の何処に潜んでいたのか? と思えるほど場違いな男であった。全身を仕立てのよい黒いスーツで包んだ中年の太った男。とても学者には見えず、政治家や超一流企業のトップであるかのように精気に満ちた雰囲気を持った男だった。

「雪島博士、すまんが私にもわかるように説明を頂きたい。その……なにぶん、日本人というのは高いし手間がかかる。博士の要望した条件に当てはまる人間を準備するのは一苦労だった。いや、もちろん、実験に反対というわけではない。……ないが、何故、動物ではダメなのか、そして日本人ではないと駄目なのか? 出来れば説明いただけるかね」

 肥満した体型通り張りのある大声を出す中年の男。雪島博士と呼ばれた白髪の男は、どこか面倒くさげにゆっくりと頷く。そして、いかにも学者らしい早口で言葉を紡いでいく。

「入来様、了解しました。それでは……ご要望通りに説明しましょう。まず、この筒『転移装置』についての説明から始めましょうか」

 雪島博士は入来という名前の黒スーツの男を見つめながら、あい変らずの早口で言葉を進めていく。

「理論としての転移装置、いわゆるテレポーターにおいては既に1900年代から一部の物理学者によって思考実験が繰り返されてきました。しかし、不確定性原理、光速度不変の原理などによる前世代の偉人による発見において、とくに量子力学の目覚しい発展により、テレポートはSF作家の夢想である……と結論づけられました。すなわち、この方程式において導かれるように……」
「すまない、雪島博士。そういった細かい説明ではなくもっと大まかに説明して頂けないかね? どうも、私は小難しい物理は苦手だ」

 口調に熱が篭り始めた雪島博士に対し、水を差した入来。一瞬、悔しそうな顔を浮かべながらも、雪島博士はゆっくりと頷いた。

「では細かい点は除くことにしましょう。さて、様々な発見により不可能であると結論づけられた『転移装置』。しかし、この装置に、今から約10年前の2010年、劇的なターニングポイントが訪れます。いわゆる『人類最後の発明』『意志<クオリア>を持つコンピュータ』そう、"ディステニー"の開発です。まあ、ご存知の通り"ディステニー"は起動してから、僅か三ヶ月で永久に失われる事になりました。しかし、その三ヶ月という期間で"ディステニー"が残した膨大なデータ……そこに『転移装置』実現化につながる鍵が隠されていたのです」

 いったん言葉を切った雪島博士。その鋭い眼光が、椅子に座っている白衣を着た女性に向けられた。

「さて、そこの君に質問しようか。『転移装置』に関する古典的な問題点をいくつか挙げてみたまえ」
「はい。古典的な『転移装置』の問題点として、転移先の物質との融合、競合による原子爆発がありました。この世界には完全なる真空いわゆる "何も無い空間" というものは存在せず、目には見えなくとも大気が充満しております。よって物質を任意の場所へ瞬間転移させた場合、その場所に充満している大気などと融合、競合、それが転移物質との反応を引き起こし、よくて物質の変異、最悪……核爆発に至ります」

 白衣の女性の言葉にゆっくりと頷きを返す雪島博士。再びせわしなく筒の前を歩きながら、彼は言葉を続ける。

「そうだ……それは古典的な問題であると共に、絶対的な壁でもあった。だが "ディステニー" の残したデータによりその問題を解決する鍵が残されていた。すなわち……並行世界、エヴェレットの多世界解釈の証明だ。ああ……詳しい説明は周知の事ゆえに省こう。だが、この並行世界に人類が手が届く可能性が示された為、俄然、この転移装置に注目があつまることになった。が、ここでも問題が発生する。そこの君、答えたまえ」
「はい、並行世界を利用するにあたっては『観測者』と呼ばれる客観的な存在と、意志<クオリア>を持った存在が不可欠です。その為、転移装置の実現にあたり金塊のような物質ではなく、意志<クオリア>をもった生物が不可欠でした」

「うむ……、その通りだ。世界を観測し、物事を取捨選択するのは意志<クオリア>をもつ生物のみに限られる。ゆえに『転移装置』を利用できるのは、自意識をもつ生物のみ……ということだ。――さて、それでは入来様、ひとつ質問をしてよろしいでしょうか? 入来様が今、着ておられる洋服……それは、入来様の肉体でありましょうか?」

 突然の雪島博士の質問に、驚いた表情をみせる入来。だが、入来はゆっくりと立ち上がり太った体で堂々と質問に答えた。

「うん? 何を馬鹿な事を。このスーツは私の肉体では無い。何を……」
「そうですな、それでは……爪は、髪の毛は、いや眼球はいかがですかな?」
「なに? 爪も髪も私の肉体に決まっている。眼球……眼は当然、私の体だ」

 入来の呆れたような返事に頷きを返す雪島博士。そして博士はなおも嬉しそうに質問を続けた。

「そうですか。それでは、床屋に行ってカットされた髪はあなたの肉体でしょうか? 伸びて邪魔になり切った爪は? そう……もしくは不慮の事故で失ってしまった眼、腕、足……ガンで切除した内臓の部位。虫歯になって抜いた歯。それらはどこまでが貴方の肉体なのでしょうか?」
「なに……? いや、それは……」

 面食らったような入来の表情。その脂ぎった顔に満足したように深い頷きをかえす雪島博士。白髪の頭をゆっくりと動かしつつ、彼は言葉を続けた。

「そう……明確な区分など本当は無いのです。つまり漠然と自分の意志で "ここからここまでは自分" だと認識しているに過ぎない。ですが、その漠然とした意志……つまり<クオリア>こそが、並行世界を制する上で最も重要になるのです」
「ふむ。それで意思を持つ人間が必須だと?」
「そうです。今までの動物実験……、犬やネコは勿論、チンパンジーなど相当の知能をもつ動物でさえ成功しなかった。正確には転移直前まで行くのですが、自分という存在の認識が足りず……、この筒の中でグチャグチャのミンチに成り果てました。また、日本人である必要性は、このプログラムを組んだ人物が日本人であり、最初の意識アクセスにおいて日本語が使用されているからなのです」

 雪島博士の言葉に納得したように頷く入来。その様子に満足したように、雪島博士は筒へと向き直り、いくつかのボタンを押し始めた。

「さて、それでは実験を開始いたします。資料の通り、今回実験の材料になるのは17歳の少年。IQは110程度、持病、遺伝病は一切なく、また、家庭環境も良好。趣味はサッカーで、運動能力も平均より上回っていました。特定の宗教、思想的なこだわりは無い」

 雪島博士が押したボタンに反応し、一本の筒の下部から何かがせり上がってくる。床に蹲ったままの肌色の何か……よく見れば、それは何も衣服を着ていない一人の少年だった。
 気絶でもしているのか、グッタリとまるで死体のように身動き一つしない。巨大な筒の内部でただ、手足を体に引き寄せるような姿で横たわっている。

「余りに暴れた為、睡眠ガスで眠らせております。今、薬を投与しましたのですぐに目を覚ますと……、ふむ、起きたようですな」

 雪島博士の声が聞こえていたかのように、ピクリッと体を痙攣させる少年。スポーツで鍛えた引き締まった筋肉、大柄な体格。黒い目をカッと見開き、驚いたように筒の中から周囲をキョロキョロと見つめる。
 そして、目の前にたっている雪島教授の姿を認めた瞬間、少年は大きく口を開け、何事かを叫ぶ様子を見せた……が、強化ガラスに遮られ何も聞こえない。

「ふむ……、雪島教授、何かしたのかね?」

 面白そうに少年を見つめている入来が、大仰に口を開いた。

「いえ、あまり大した事は……。ただ、自分という存在を強く認識させる為、四十時間ほど時間をかけて両親と姉を目の前で殺しました。その様子を全部、彼には見せましたから……、まあ、その反応でしょうな。くだらない」

 恐ろしい内容の言葉を、何でもないという風に答え、てきぱきとボタンを押していく雪島教授。筒の中で自分を睨み、何度もガラスを叩く少年を完全に無視している。

「実験は全部で三段階行われます。一つ目はこのままの転移。二つ目は少年の手足を切り取り、それが再構成されるかどうか……つまり意志<クオリア>の範囲についての実験。三つ目は服を着させたままの実験です。将来的な見通し――そう、人間の脳を大型機械に移植し、その体ごと転移させる――という目標にむかった実験になります。それでは、始めます」

 白髪の男は無表情のまま動き、何のためらいもなく最後のスイッチを押した。その瞬間、透明の筒の中へ放電が始まる。少年の体全体を青い色の小さな稲妻が、縦横無尽に走り回る。激痛が襲っているのか筒の中で転げ周り、頭部を掻き毟っている少年。
 しかし、白い部屋にいる大人たちは眉一つ動かさず、淡々とその様子を眺め続けていた……。



[22060]
Name: レーズン◆23137efd ID:dcb275d1
Date: 2010/09/24 00:45

 2

 
 2025年9月、様々な実験器具がひしめいた物理ゼミの実験室の中で、雪島テスラは大きくため息をつきながら椅子に座り込んだ。
 絹糸のように細い彼女の金髪が、その動作によってサラリと流れるように動く。ハーフらしい透き通るような白い肌……色素の薄いブラウンの瞳が銀色の眼鏡の奥で、美しい輝きを発していた。

「テスラ、何? ため息なんかついちゃってさ。あっ、ひょっとして男?」

 テスラの隣のデスクに座っている同級生が目ざとく話しかける。時刻は夕方の五時……、いそいそとコンパクトを見つめながら化粧を施している彼女の頭の中には、今夜のコンパの事しかないのだろう。テスラはうんざりした気持ちを隠しつつ、にこやかに微笑みながらその同級生に返事を返した。

「違うわよ。そうじゃなくって……父の事。最近、やたらとメディアに登場してるのよ。それで、私にまでインタビューをしたいって申し込みが多いらしいの。大学の事務からさ、断るのが大変だって嫌味を言われちゃったわ」

「へぇ……うらやましい。そんなの受ければいいのに。あい変らず人間嫌い、目立つのが嫌いなのね……そんなんだからさ、テスラって美人なのに彼氏が出来ないのよ。いいじゃん別にさぁ、お父さんって雪島教授でしょう? ノーベル賞を受賞しそうなのよね、いいなぁ。羨ましいわよ」

 同級生の言葉に小さくため息をこぼすテスラ。高校の頃からの付き合いがある友人ではあるが、テスラは別に人間嫌いという訳ではなく、ただ面倒くさいだけなのだ……という事を未だに理解して貰えていなかった。
 ハンガリー人である母と有名な学者である父を持つテスラ。外見の美しさ、著名な父の為に、子供の頃から否応がなく注目を浴びてきた事へ倦んでいるだけなのだ。内心では心を許せる恋人が欲しいと思った事もある……が、どうしても最初の一歩を踏み出せないでいた。

「別にメディア嫌いって訳じゃないわ。ただ、インテビューに答えられるほど父の事を知らないのよ。実際、子供の頃に数回しか会った記憶は無いし。……たぶん、母さんも父の事は良く知らないんじゃないかなって思うわ。本当に……どういう人なんだろう」

 デスクに置いてあったボールペンを拾い、その後部をカチカチとノックしながら呟くように話すテスラ。隣の席の友人は、コンパクトを眺めファンデーションを塗りなおしながらも、テスラへ口を開いた。

「ふーん……、まあ、天才って変人が多いって言うものね。でもあれじゃん、危険な実験に自ら進んで被験者になって結果を出したって話でしょ? すごいわよ。『危険性がある実験を他人にさせる訳にはいかない、自分が犠牲になればいい』。なんていうか、違法な実験をする学者も多いっていうのに……立派な人じゃない。現代のジェンナーだわ」

「そうね……、まあ、天才って人種なんでしょうね」

 テスラは眼鏡を外し、長い睫毛が生え揃った瞳を閉じ、細い指先でゆっくりと目頭を揉みながら呟いた。脳裏に父、雪島弘明教授に関するデータが思い出される。
 ――日本が世界に誇る企業、HOYODA工業をスポンサーに『転送装置』の実用化のメドをつけた父。HOYODA工業の専務である入来という太った男と二人、淡々とインタビューに応じていた白髪の男……数年ぶりにモニター越しに見た父の姿からは、肉親という感じを全く受けなかった。

「まっ、テスラも早く彼氏をつくりなさいよ。フフッ、よければ今度紹介するわ。テスラくらい美人なら、あはっ、紹介料を頂けそうだしね。じゃっ、私帰るわねっ、お先っ!」

 ピンク色のルージュを塗り終えた同級生が勢い良くデスクから立ち上がり、ハンドバックを肩に下げてゼミから出て行く。その元気の良い後姿に軽く手をあげて挨拶を送った後、テスラは再びため息をついた。
 子供の頃に数度会っただけの白髪頭の父の姿と、メディアで繰り返し流される学者の鏡と褒め囃される父の姿が全く一致しなかった。母と二人だけの生活を続け、正直、父を恨めしく思った事もある。そんな父親がノーベル賞の受賞候補……父を誇りに思う心と憎む心、無関心な心が混ざり、自分でも把握できない。

「はぁ……、私も帰ろっかな」

 ポツンと呟き、テスラはゆっくりと立ち上がった。実験用の白衣を脱ぎ、中から表れた青色のワンピースの上へピンク色のカーディガンを羽織る。細く長い手足とスタイルのいい体のラインは、まるで雑誌から現れたモデルのように美しかった。デスクのわきに置かれたチェックのハンドバッグを肩に下げ、テスラはぼんやりと出口へ向かって歩く。
 これからの予定は何も無い。誰もいないマンションに帰り、お気に入りの紅茶を煎れてネットでもしよう……と彼女が考えたその時。
 
 ――グラリ、と大きく校舎が揺れた。

「きゃっ!」

 彼女は叫び声を上げながら、無意識のうちに手近にあった柱を掴む。が、グラリという大きな横揺れは既におさまったようで、その名残のように立て付けの悪い窓ガラスがガタガタと音を立てながら揺れていた。

「じ、地震!?」

 安堵のため息をつきながら、テスラは右手で金色の髪をかき上げて呟く。東京の中心地にあるこの国立大学では確かに地震が多く、今まで度々これぐらいの揺れはあった。だが、どこか今までの地震とは違う……、そういった漠然とした不安を感じつつ、テスラは足早に校舎の出口で向かおうと足を速める。
 廊下の窓の外、秋の夕日は既に暮れ始めており、テスラの目にどこか不気味に見えるほど毒々しいオレンジ色を投げかけていた。

「プロフェッサーユキシマの娘、テスラ・ユキシマですね?」
「えっ!?」

 一瞬、窓の外の夕日に目を奪われていたテスラの背後から、どこかぎこちない日本語が響いた。しわがれた低い男性の声。その声に彼女は振り返り、そして、思わず喉の奥で小さな悲鳴を上げた。
 振り返った彼女の目に映ったのは、あまりにも不気味な男二人組みの姿。一人は身長二メートルを越しそうなほど巨大な体躯をもった大男。体操選手が着るようなタンクトップ姿だが、その腕、足は凄まじい筋肉で覆われており、まるで歳月を経た巨木のようであった。
 もう一人の男性……それは巨人とは対称的な、小学生ほどの低い身長しかない男。全身を光沢のある真っ黒なスーツで固め、丸いレンズを持つ黒いサングラスをかけている。筋肉などはついていない平凡な小男に見えたが、全身からどこか禍々しい雰囲気を発していた。

「あ、あなた達は、誰? 私に何の用!?」

 テスラの声にも全く動じる様子を見せない目の前に立つ男たち。彼女の美しい顔が怯えにひきつるのを眺め、不気味な二人組みはそろってニヤリという微笑みを見せた。

「何……、貴女に少し用がありましてね。父上に関する事です……大人しくついて来て下さい」
「証拠はっ!? 父の使いだという証拠はあるの!?」

 突如表れた二人の男に対し、不信感を露にするテスラ。彼女は周囲の教室に聞こえるように、あえて大声で二人組みに対し詰問をした。この時間ならば、まだ大勢の学生が残っており、しかも地震の直後……すぐに誰かが来てくれる筈、とテスラは思考を重ねる。

「やれやれ、そんな大声を出しても無駄ですよ。ここは並行世界、いわゆるパラレルワールドの世界です。貴女と私達しか『観測』されていない……つまり、我々以外の人間は存在しておりません……と言っても、唐突すぎて理解出来ないかもしれませんが。まあ、そんな事はどうでもよろしい。テスラ・ユキシマ、貴女の身柄を拘束します」

 不吉な笑みを浮かべながら、眼鏡の小男が一瞬、意味不明な事を話す。とてつもなく不気味に思うが、テスラはその内容を理解し、そして気丈にも笑い声を上げた。

「はっ! ココが並行世界ですって? あなた達、私の所などではなく精神病院に行かれたほうがいいと思います」

 あまりにも馬鹿馬鹿しい内容を一笑に付すように、テスラは強気の笑みを浮かべた。母譲りの美貌、父親そっくりの強い眼光が眼鏡の奥でキラリと光っている。が、直後、テスラの美貌に不安のかげりが見えた。
 (――本当に、誰も教室から出てこない。どうしてっ!?) 
 ギリッと奥歯を噛みしめつつ、テスラは勢い良く振り返り、脱兎の如く廊下を駆け出した。足元に履いている高いヒールパンプスが、カツカツと音を立て廊下に響き渡る。

「誰かっ! 誰もいないのっ!?」

 余裕もなく、廊下で大声をあげるテスラ。しかし、彼女の叫びに応じる者は誰もいなかった。物音一つなく、ただ彼女の悲鳴じみた声の残響と靴の音だけが、ガランとした空間に響く。

「さぁ、それでは狩りといきますか」

 小男の呟きに応じたように、隣に立っていた大男がドンッと床を蹴る。そのまま、恐怖に目を見開いたテスラに向かい、巨大なイノシシのように大男が迫る。凄まじい速度……疾走する大男の体重で、ビリビリと周囲の窓ガラスが揺れて音を立てた。

「ひっ」

 迫力の恐ろしさで膝が震え、駆け出すことも出来ないテスラ。見る見るうちに迫り来る巨体……タンクトップの上の巨大な顔が、ニヤリ……と邪悪な笑みを浮かべていた。
 しかし、その時……バリンッと何かが粉々に砕け散る激しい音が周囲へと響き渡った。直後、廊下の空間に凄まじい勢いで暴風が吹き荒れる。

「きゃあああっっ」

 もはや悲鳴をあげるしか出来ないテスラ。しゃがみ込み、怯えきったウサギのように震えている彼女の体……そこへ、スッと庇うように誰かの影が姿を現した。

「女、伏せろ」
「あっ、えっ!?」

 恐怖に震えているテスラの耳に、落ち着いた男の声が届く。新たな驚きに顔を上げたテスラの瞳に、平凡な学生服を着た少年の背中が映っていた。

「なっ!? 貴様っ……実験体01号っ!?」

 驚いた声を出し、ビタリと足を止めて緊張した面持ちで少年と睨み合う巨体の男。先程までテスラに迫っていた時の余裕たっぷりな様子は無く、むしろどこか怯えているようにも見える表情をしている大男。

「俺を……実験体だと……。貴様らの所為で……」

 テスラに背中を見せたまま、低く呟いた少年。その全身から何か、怒りに満ちた恐ろしいオーラが立ち昇っているように、彼女には見えた。



[22060]
Name: レーズン◆23137efd ID:dcb275d1
Date: 2010/09/28 20:37

 3


 今回の目標である雪島テスラの目前で立ち止まった大男……荒武は、油断なく目前に立つ平凡な学生を観察する。彼が現在所属している組織……北日本連盟警備会社、通称<KJFC>の中で幾多の破壊工作、誘拐、殺人に従事してきた経験と勘が、安易な行動をいさめていた。

「死んでなかったのか、ガキ……テメェの顔、知ってるぜ。資料で見たまんまだな。歳を取らない化け物ってのはマジだったようだな」

 荒武は身長2メートルを越える巨躯と、幾多の遺伝子操作で手に入れた筋肉を持ちつつも、冷静な頭脳をも備えている。そうでいなければ、彼のような荒事は到底こなせない。彼の頭脳の中で、目前に立っているガキの資料が浮かび上がる。

 ――本郷 隼人、実験時の年齢17歳。2020年に最初の実験体になりそれから4年間、色々なパターンの実験体として優れた結果を残した。が、2025年の1月に研究所から不可解な失踪を遂げる。その後、同年6月に北池袋に出現。ヤクザ組員5人を殺害したのち、青山ビルにあるヤクザ本部襲撃。死者50名を越える大惨事を引き起こしたが、並行爆弾 "パラレル・ボム" により消失。死亡かどうかは不明。
 また、カメラでの記録によると成長は止まっているもよう。
 流儀<モード>は、実験結果での親和性により、『ワグナーズフレンド』と推測される。"ディステニーチルドレン" の中でも希少にあたる第一世代であるが、能力、精神ともに危険。遭遇時は単独での交戦は控える事――。

 ゴク……と唾を飲み込みながら、荒武は背後から近づいている筈の相棒、王方黄を待ち受ける。
 意志<クオリア>を持つコンピュータ ”ディステニー” が遺した理論により、次々と各国で産み出された ”ディステニーチルドレン” 第二世代である荒武の流儀<モード>は『カルノーサイクル』。元々はロシア国軍で発現された流儀であり、圧倒的な火力を誇る戦闘特化のモード。
 しかし、荒武にはチルドレン同士の戦闘経験が不足していた。只でさえスーパーレアであり、未解析な流儀<モード>である『ワグナーズフレンド』使いである目前のガキと、安易に戦闘は行えない。
 あくまでも目標は雪島テスラの確保……こんな任務で、彼は死にたくは無かった。

「王、はやく手伝ってくれッ!! 化け物が出た」

 ジリジリと後ろへと下がりつつ荒武は大声を上げる。目前のガキ……本郷はジロリと荒武を見つめたまま、微動だにしない。何を考えているのか? 荒武は不気味に感じつつも精神を整え、ゆっくりと呼気を整えていく。

「流儀<モード>始動」

 カチリ……と荒武の脳の奥で小さな音が響く。荒武の流儀『カルノーサイクル』によって、全身の細胞が活性化……目がくらむような恍惚、全能感が背骨から手足の先まで走り抜ける。
 ――荒武の流儀<モード> 『カルノーサイクル』は、単純に言えば、周囲の熱をエネルギーへと自在に変換できる能力である。また、その逆も可能。荒武がこのモードを手に入れたのが約一年前であり、完全に使いこなせてはいない。しかし、それでも圧倒的な攻撃力はあった。

「ガキ……すぐにブチのめしてやるぜ」

 攻撃の『観測』が必須である ”ディステニーチルドレン” 同士の戦闘では、銃や武器による攻撃は効果が薄いどころか、相手によっては反射されることもあり、あまり有効とは言えなかった。まるで、古代に戻ったかのような肉体による打撃戦……それが、もっとも効果的。
 荒武の巨躯の周囲の空気……熱が急激に吸われ、気温が下がっていく。初秋の太陽に照らされていた空気が一気に冷え切り、荒武の目前に立つ二人へと冷たい風が吹き込む。

「アラタケ、待たせたな」

 王のしわがれた声が不気味に廊下へと響く。黒いスーツを着た小学生のように小さな体型の男、王方黄。黒眼鏡が太陽光を反射して、不気味に光っている。

「ワタシが『スワンプマン』でサポートする。さあ、いけッ!」

 しわがれた王の声を合図に、荒武が一気に床を蹴り上げ、少年との距離を縮めた。それでも棒立ちのまま、まるでゾンビのように生気の無いガキの姿。

「何を考えてやがるっ」

 荒武は全身に満ちたエネルギーを両拳へと集中……外見に似合わない華麗なフットワークを駆使し、少年へ素早いジャブを繰り出した。
 狙うは、少年の体勢を崩したあと、全力で行う右ストレート。シンプルな組み立てではあるが、過去ボクシングのトレーニングを積んだ荒武のコンビネーションは、凄まじい体躯と相まって必殺の連携であった。当然、素人では回避することなど出来ない速度も持っている。
 それに加え『カルノーサイクル』によって上乗せされるパンチの衝撃は、瞬間的に4トンを超える記録をたたき出す。ガードした両手を砕き、頭部まで吹き飛ばす……文字通り、必殺の一撃。しかし、

「なっ!?」

 ブツッと不気味な音を立て、素早く繰り出されたはずの荒武の左拳が消失していた。拳があった場所には何も存在せず、ただ滑らかな切り口を見せる切断面があるのみ……。

「ぐぎッ」

 あまりにも綺麗に消失した為か、荒武は痛みを感じていなかった。が、何をされたのかが解らない。噴水のように吹き出る血と不可解な事をされた恐怖に怯え、荒武は一瞬、動きを止めた。

「消えろ」

 ハッと荒武は目を見張る。彼の眼下に少年……本郷の無表情な顔があった。いつの間に間合いを詰められたのか、全く気づけないほどの速度。そして……。

「ひっ」

 ズン……という鈍い音と共に、荒武の巨体が腰から上下に分断された。両足を残したまま、切断された上半身ががゆっくりと重力に引かれて崩れ落ちていく。おそろしい量の真っ赤な血があふれ出し、少年の顔、体をドロドロに汚す。

「なんと……、流儀<モード>『ワグナーズフレンド』。これは、空間の多重存在か? まさか、そんな事まで出来るのか……いや、だが、私のモードを侮るな」

 王は驚きに目を見張りながらも、用意してあった流儀<モード>を瞬時に展開させた。その瞬間、血を噴出し無残に両断された死体があった場所へ、傷一つない荒武の姿が現れる。

「ワタシの流儀『スワンプマン』。キサマに勝ち目は無い」

 流儀<モード> 『スワンプマン』。日本語名『沼男』。それは、消失した意志<クオリア>を持つ人間を完全にコピーし、存在させる流儀。つまり、王方黄と共にある荒武は、一種の不死身とも言えた。

「てめぇ、舐めたマネしやがって」

 『カルノーサイクル』を再度展開させ、消失したはずの左拳に再びエネルギーを集結させる荒武。その巨体が、今度はじっくりと攻めるように、少年の周囲を回り始める。



[22060]
Name: レーズン◆23137efd ID:dcb275d1
Date: 2010/09/30 04:20

 4


 雪島テスラは、己の目前で繰り広げられる光景がとても信じられなかった。常識を超える殺し合いを繰り広げている男達の姿……それは平凡な学生であった彼女にとって、悪夢以外の何物でもない。
彼女の美しくセットされた金髪は、恐怖からくる汗と、飛び散った血液で濡れ、透き通るような白い頬、首筋へとベットリ貼りついていた。

「ひっ」

 怯えた子供のように何度も細かい悲鳴を上げるテスラ。彼女の視線の先では、まさに地獄のような光景が繰り広げられている。

「ガキがっ!!」
「アラタケッ!! 後ろに回られたぞッ。やれッ、ヤツの流儀<モード>に構わず、喰らわせろッ」

 黒眼鏡の小男、王の叫びに応じ、身長2メートルを越す巨人、荒武の豪腕が空気を削るような勢いで振るわれる。巨木のような足でしっかりと床を踏みしめ、驚異的な速度、長い左腕でロングフックを繰り出す。幽鬼のようにフラフラと佇んでいる学生――本郷の胸に向かい、岩のような拳が吸い込まれていく。

「ドラァ!!」

 少年の胸元に吸い込まれる荒武の左拳。しかしその拳は……何かに遮られ、瞬時に消失した。廊下全体にぶちまけられる真っ赤な血。
そして、巨人の腕を襲う激痛……だが、荒武はニヤリと獰猛な笑みを浮かべたまま、手首から切断され、鮮血を噴きだしたままの左腕を、再び思い切り少年の顔目掛けて振るう。

「流儀<モード> スワンプマンッ!」

 同時に響く王の嗄れ声……。黒眼鏡の小男、王方黄の流儀<モード>が展開、観測される。その瞬間、少年の顔面へと迫る真っ赤な切断面へ、巨岩のような拳が再生、『観測』された。
 ――――ドゴンッ!! という激しい音を立て、少年のカラダが一気に2メートルほど後方へ吹き飛ばされる。今まで不思議な能力により、傷一つ負う事の無かった少年……本郷隼人の顔に、くっきりとした拳の痕が残っていた。

「良し! アラタケ……どうやら手品の種は見えたようだ……」
「ハハッ、そうだな。いくら第一世代とはいえ、俺達と同じチルドレンてことだ。『観測』の外……つまり、ヤツが意識できない攻撃は当たる。王、イけるぜッ」

 王の小さな体躯を庇うように前衛に立つ荒武、二人の顔に獰猛な笑みが浮かぶ。彼らがコンビを組んで一年……外見は正反対の二人であるが、そのコンビネーションは抜群だった。
 巨体に見合わぬ華麗なフットワークを駆使し、荒武は巧みに王の体を隠すように間合いを計っていく。流儀<モード>の鍵となるのは『観測』と『意志』。後衛で、究極的な回復役である王を狙われるわけにはいけない。
 王方黄のモード、『スワンプマン』は意志<クオリア>が無意識に観測している状態へ、どのような状態からでも復帰させる事ができる。だが、その為にモード展開時には他の事は出来ない上、王は無防備になってしまう。

「シッ!」

 一撃を顔面に受け、目に見えて動きが衰えた少年へ向かい、荒武はセオリー通りの細かいジャブを繰り出す。再び消失する左拳……だが、もはや巨人はうろたえなかった。余裕の表情すら浮かべつつ、血まみれの腕を振るい……そして、そこには拳が復元され、咄嗟に回避しようとした少年の肩、胸へ直撃を繰り返す。

「……ッ」

 死人のように無表情のままだった本郷の顔に、初めて苦痛の色が浮かぶ。そして、声を殺すように唇を噛み締めた少年は、無造作に下から上へと右手を振り上げた。

「ちいっ、まだ動けるかよッ」

 巨人、荒武は顔に若干の驚きを滲ませつつも、素早い移動を見せ、本郷の右手を回避。だが、僅かにかわし切れなかったのか、荒武の肩は、左腕の根元からザックリと切断された。ドサリ……と鈍い音を立てて廊下に落ちる巨大な左腕。
 しかし、そこからの巨人の動きは常軌を逸していた。左腕を切断され周囲へ大量の血をばら撒きながら、少年の体へ向かい猛然と突進ッ!!

「――ッ!?」

 少年の体を守る不可思議な空間に遮られ、みるみるうちに消失していく巨人の肉体。首、胴体、ついには足までもが、強烈な勢いのままにグジャグジャの肉片を飛び散らせながら消滅。
 廊下の狭い空間が、まさに地獄のように鮮血に染まる。

「スワンプマンッ!」

 その時……自信に満ちた王の声が低く流れた。

「ガハッ……」

 今度こそ、少年の抑え切れない苦痛の声が漏れる。血で赤く濡れた廊下……そこには、先程切断された左腕から瞬時に全身を復元させ、地を這うような体勢から強烈な蹴りを放った荒武の姿があった。
 腹部を抑え、力なくよろける本郷の姿を見つめ、巨人と小男はニヤリと笑みを浮かべる。

「王ッ、トドメを刺す。俺の『フェティッシュ』をくれ」

 荒武の言葉に、王が素早く懐から何かを取り出し、巨人へと渡す。ソレは直径5センチほどの缶ジュースのような形状の物体。荒武の巨大な掌でスッポリと隠れるサイズのソレを、大男は愛しむような瞳で見つめた。
 
 ――フェティッシュ "呪物崇拝" とは普通、武器を使うことの無いディステニーチルドレンにとって唯一、武器と呼べる存在。それぞれの流儀<モード>に合わせて調整され、『ここぞ』という場面でのみ使用される。それは、意志<クオリア>が最も重要になる並行世界での戦闘にとって、必殺の意志で繰り出した技が無効であった場合、存在そのものにも計り知れないダメージを受けるため。だからこそ、チルドレン達は己の『フェティッシュ』に病的なほどの執着、愛情を注ぎ、最強の効果を発現させる。
 そして、荒武の『フェティッシュ』は、彼の流儀<モード>『カルノーサイクル』用に調整された必殺の武器。

「ラクにしてやるぜ。化け物」

 凄みのある声と共に、荒武は拳の中に握り締めた専用の『フェティッシュ』を触り、そのピンを抜いた。
 キンッという金属音が響く……そして、

「きゃあああっ」

 呆然としたまま、虚ろな瞳でチルドレン同士の戦闘を見つめていたテスラの喉から悲鳴が響き渡った。彼女のブラウンの瞳に映し出された物……それは、巨漢の手の中にある手榴弾のような物体。
 荒武のモード『カルノーサイクル』は周囲の熱をエネルギーへほぼ100%変換する能力。そして、彼の手の中にある『フェティッシュ』は、外見こそ手榴弾そっくりであったが、より凶悪な兵器……テルミット弾であった。
 ――アルミニウムなどを主成分にしたテルミット弾は、瞬間的に4000度を優に越える温度を作り出す。銅や鉄さえも蒸発させる熱……それが荒武の全身へ強烈なエネルギーとなって駆け巡る。

「いくぞ……」

 凶悪すぎるエネルギーによって、荒武の体はグズグズに壊れていく……が、そこは片っ端から王の『スワンプマン』によって復元される。そこにいるのは、もはや人ではなかった。全身から凶悪なエネルギーを吹き出す、魔人と呼ぶべき存在。
 先程の攻撃により、腹部を抑え、フラフラと苦痛の表情を浮かべている本郷へと向かい……魔人と化した荒武が、まさに光のような速度で襲い掛かった。



感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.147610902786