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[18683] コードギアス 反逆のルルーシュ~架橋のエトランジュ~
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/15 08:35
 この作品は、コードギアス~反逆のルルーシュ~の二次創作です。
 
 この話は基本的に本編よりですが、オリキャラ介入によってイベントフラグが折れたりしていきます。
 そのため、基本的に悲劇を回避していくつくりになっております。
 
 スザク、ブリタニア陣営に対して否定的な部分があります。
 こちらで勝手に作った設定があります。

 上記の点が駄目と言う方は、閲覧をお控えくださいますよう、お願い申しあげます。

 その他至らぬ点など多々あると思いますが、皆様に楽しんでいただければ幸いです。

 それでは、感想・御指摘などをお待ちしております。  



[18683] プロローグ&第一話  黒へと繋がる青い橋
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/24 08:56
 プロローグ


 「いつか必ず帰って来るから、みんなで待っていて下さいね」

 貴方がそう言ったから、私達はずっと待っていました。
 与えられた部屋で、みんなで仲良く寄り添って、貴方が戻ってくるのを待っていました。

 けれど、貴方がひと月経っても戻って来ませんでしたので、私達はもう待ってはいけないと言われました。

 時の流れは、待ってはくれない。
 だから、私達もその流れに乗るようにと。

 みんなで仲良くいつまでも。 

 望みは、ただそれだけ。

 それだけのはずなのに。

 なぜ私は・・・私達は。

 人殺しのための機械に乗っているの?


 第一話  黒へと繋がる青い橋


 「人々よ! 我らを恐れ、求めるがいい!
 我らの名は、黒の騎士団!!
 我々黒の騎士団は、武器を持たない全ての者の味方である!
 イレヴンだろうと、ブリタニア人であろうと・・・。

 日本解放戦線は卑劣にもブリタニアの民間人を人質に取り無残に殺害した。
 無意味な行為だ。故に、我々が制裁を下した。

 クロヴィス前総督も同じだ。武器を持たぬ、イレヴンの虐殺を命じた。
 このような残虐行為を見過ごす訳にはいかない。 故に制裁を加えたのだ。

 私は戦いを否定はしない・・・しかし・・・。
 強いものが弱いものを一方的に殺す事は、断じて許さない!

 撃っていいのは・・・撃たれる覚悟のあるやつだけだ!!

 我々は、力ある者が、力なきものを襲う時、再び現れるだろう。
 例えその敵が、どれだけ大きな力を持っているとしても・・・。

 力ある者よ、我を恐れよ!
 力なき者よ、我を求めよ!
 世界は!我々黒の騎士団が、裁く!」

 テレビ画面の向こうで、黒いマントをたなびかせ、黒い仮面をかぶった・・・たぶん男が声高らかに叫んでいる。

 はたから見たら悪役の総大将といった風体ではあるが、それに似合わぬ台詞はまさしく正義の味方のそれだった。

 それをじっと見ていた10歳から19歳の五人の少年少女は、クスクスと笑う。

 「なに、あれ?何かいちいちポージングが派手で、超笑える」

 「格好もあれはねえだろ・・・全身タイツみたいだし、仮面ライ○ー悪の怪人そっくりじゃね?」

 「後ろの団員達は、まともな制服なのにな~・・・それが超残念」

 「それだけに、印象付けるにはありとあらゆる効果があるのは確かと思いますが」

 ひとしきりゼロと名乗る仮面のテロリストについて語り終えると、椅子に座っているきっちりドレスを着こみ、さらに青いケープを羽織った少女が口を開いた。

 「ですが、ブリタニア皇子であるクロヴィスを殺し、あの戦姫と名高いコーネリアに苦杯を飲ませたあの手腕は見事なものです。
 ・・・彼を、仲間にしなければならないのです」

 「格好がアレだからやだ・・・っていうのはダメよね、やっぱり」

 「奇抜なカッコしてんのは、お前らだって同じだろ」

 「これはステージ衣装なの!今度のイリュージョンの胴体切り、トリックなしであんたにやってあげようか?」

 「心より辞退させて貰うぜ」

 くすくすと笑い合う仲間達を前に、少女は席を立った。

 「エディ?どこ行くんだよ」

 「今度のエリア11・・・いえ、日本のゼロのことに関しては、EUでも話題になっていることでしょう。
 彼と接触するべきだと、提案してきます」

 「許可、されんのか?」

 「許可は出るそうです」

 エディと呼ばれた少女はそう断言すると、彼女の横にいた十歳くらいの童女がすぐに立ち上がり、ドアを開けた。
 ぞろぞろと、他の者達もその後に続く。

 「エディ様はゼロのこと、気に入ってるの?」

 「まだ直に会ったわけではないので、そういうのではないですが・・・・。
 ただ、強者が弱者を虐げるのは許さない・・・そう言ってくれるのなら、彼を求めます。私達は・・・弱者ですから」

 「そう・・・そうだね」

 五人の少年少女は、小さく頷いた。

 しばらく廊下を歩いて行くと、EU連邦副議会長の秘書室の前まで誰に遮られることなく歩いてきた少女は、秘書に副議会長への面会を求めた。

 少女の名は、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラス。

 わずか15歳にして、EU連邦の加盟国・マグヌスファミリア王国の女王。
 だがその国土は、神聖ブリタニア皇国のエリア16として支配されていた。



 「リフレインはあらかた焼却出来たぞ、ルルーシュ」

 「その名前はここではよせ、C.C」

 黒の騎士団本部のトレーラーの司令官室で、仮面を外していたゼロことルルーシュは共犯者に苦言すると、彼女はフンと鼻で笑った。

 「別にいいだろう、お前と私しかいないのだから」

 「だからといって、いつどこで誰が聞いているかも解らない。用心に越したことはない」

 「相変わらず用心深いことだな・・・猫に仮面を持っていかれるというドジを、やらかした後だからな」

 その時の様子を思い出したのだろう、C.Cは実に楽しそうに笑い、逆にルルーシュは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 「黙れC.C。お前がちゃんと見張っていれば・・・!」

 「私は何もしていないぞ」

 「本当にな!この無駄ピザ食らいが」

 あの時はむしろ、何もしない方が問題だったというのに、この女は・・・とルルーシュは嘆息する。

 「まぁいいじゃないか、終わりよければなんとやらだ・・・結果はすべてに優先するんだろう?」

 「都合のいいように解釈するな」

 ルルーシュはそう言ったが、この女に何を言おうとも暖簾に腕押しなのはすでによく知っていたため、それ以上は何も言わなかった。

 「まぁ、いい。次のミッションだ」

 「なんだ、また正義の味方をやるのか?」

 「黒の騎士団には、数々の功績が必要だからな・・・だが、次は違う」

 ルルーシュは正義の味方ではない顔でニヤリと笑うと、パソコン画面を指す。

 「ほう・・・これは・・・」

 「日本解放戦線・・・それにコーネリアがチェックをかけるつもりのようだ」

 コーネリア・リ・ブリタニア。
 現皇帝の第二皇女であり、ルルーシュの異母姉でもあるブリタニアの戦姫。

 「それを利用して、コーネリアにチェックメイトをかける」

 ナリタ戦役・・・後世そう呼ばれることになる戦いの準備に向けて、ルルーシュはキョウトに連絡を取るのだった。



 「日本解放戦線などと称するテロリストどもを、一人残らず殲滅せよ!」

 成田連山にて、そう叫ぶコーネリア。
 それを今にも迎え撃たんとする黒の騎士団の様子を昆虫型のカメラで見ていたのは、エトランジュを含む三人の少年少女、そして一人の壮年の軍人だった。
 
 「あんなこと言ってる本人を超殲滅したいんだけど、ダメよねえエディ」

 薄いステージ衣装を着た女、アルカディアがコーネリアをぶちのめしたいと訴えると、軍人が首を横に振る。

 「駄目だ!今お前達が離れたら、誰がエトランジュ様をお守りするんだ」

 「親父がいればいいじゃん・・・って、冗談だよ」

 父に睨まれた少年、クライスはしぶしぶ戦闘意欲を引っ込めると、次は真面目に提案する。

 「けど、勝負はお互い互角・・・このままじゃ、ゼロが」

 「互角どころか、これは圧倒的に不利だ」

 「・・・ジークフリード将軍、ゼロはいったい、何を考えているのでしょう?
 兵力差がこれほどあるのに、真っ向から挑むとは」

 エトランジュが首をかしげるのも無理はない。

 現在、ブリタニア軍は日本解放戦線の本拠地を落とすべく、かなりの数の部隊を投じているのに対し、黒の騎士団は解放戦線の兵力はあてにできず、それでいて全軍といえど素人上がりの兵士を指揮して闘っている。

 エトランジュは軍の知識こそ少ないが、それでも相当に不利に思えた。
 傍らのジークフリードという軍人が、それに答える。

 「山の頂上に陣を敷いたところを見ると、おそらく地形を利用した戦いをするつもりでしょう。
 背水の陣といえばそうですが、勝つためにはまず山の下から来る軍を叩き潰さねばなりません」

 「それはそうですが・・・兵力差で劣るのに、どのようにして?」

 「我らが一度、ブリタニアの軍に文字通り土をつけた策と同じでしょう」

 「土砂崩れか!」

 実に嬉しそうに、仲間達が叫ぶ。

 マグヌスファミリア王国が占領される際の、たった一度の攻防戦。
 その時、わずか二百人足らずのマグヌスファミリアの軍はマグヌスファミリアを象徴する山・アイリスモンスに立てこもり、最後の抵抗を試みた。

 その際にブリタニア軍の三分の一をあの世送りにして、意地を見せた策こそが、人為的に岩玉を落とし、土砂崩れを起こし、一気にブリタニア軍を土の下に送るというものだった。

 それでも全てを倒すことはできず、結局彼らは出来るだけのブリタニア軍を道連れにして、この世を去った。

 「なるほど、よく解りました。
 その隙をついて、解放戦線を脱出させ、そして黒の騎士団もそれに続くということですね。
 ならば私達もそれに便乗し、ゼロと接触したいところですが・・・ちょっと気になる点が」

 エトランジュは地図を見つめながら、ふと疑問に思ったことを口にしてみた。

 「この山は相当に大きいですから、土砂崩れを起こすとなると流される土も相当なもののはず。
 コーネリアの軍を何分の一倒すつもりにせよ、街中まで土が行くのは避けられないのではないしょうか?」

 「そうですなあ・・・どう少なく見積もっても、その可能性は大でしょう」

 「でもブリタニア軍・・・近くに戦場になる山があるというのに、国民に避難誘導なんてしていませんよね?」

 「そんなことをしていたら、感づかれてしまいますから・・・解放戦線に逃げられてしまうからでしょうな」

 「・・・黒の騎士団や解放戦線に、国民の避難を誘導できる余裕がありますか?」

 「・・・ないでしょうなあ」

 ブリタニアが弱肉強食をかかげ、戦場にいた国民の方が悪いと言い切り、見捨てるのは今までのやり口でよく知っている。
 よってブリタニア軍などはあてにできない。

 「黒の騎士団・・・そこまでは目がいっていないようですね。
 もし黒の騎士団の作戦が原因で国民に被害が及べば、ブリタニアは嬉々として、『これが正義の味方のやることか』と非難することでしょう」

 「国民を避難させなかったことを非難するってか?・・・いてぇっ!」

 笑いながら言う少年の寒すぎるシャレは、実現すれば笑えないので父親からの鉄拳で応じられた。

 「ブリタニアが喜ぶようなことを見逃すっていうのは、私超嫌」

 「同感・・・」

 その瞬間、一同の脳裏に同じ作戦が閃いた。
 そして即座に、その作戦を行うことが決定される。

 「“イリスアーゲート”を使い、国民の方々をナリタ連山より避難誘導します。
 私が避難民の方々を説得するので、避難経路の確保をお願いします将軍」

 エトランジュが軍の専門であるジークフリード将軍に確認すると、彼は頷いた。

 「それでよろしいかと思います」

 「じゃあ黒の騎士団との連絡のほうは、私がやっておくわ」
 
 派手な衣装をまとったアルカディアが大きなマシンガンを背負いながら言うと、他のぶ面々は一番危険な場所に向かう彼女を心配そうに見やったが、やがて頷いて了承する。

  「それじゃ、この戦いが終わった後にね!」

 アルカディアがトンと地面を蹴ってナリタへと走り去ると、一同もそれぞれの役目を果たすべく、その場から歩き去ったのだった。



 (こっちに落とし穴、あっちは確か油が仕掛けてあったわね)

 黒の騎士団が来る道をひた走りながら、アルカディアはブリタニア軍が来る経路に事前に仕掛けておいた罠を避けながら、まっしぐらにゼロの腹心であろう赤いナイトメアの場所をめがけて走っていた。

 (あんな派手で性能のいい機体、ゼロの腹心クラスが扱うべきものだしね。
 ゼロとコンタクトを取るには、まずそっちから会わないと)

 もうすぐ、あの紅いナイトメアが土砂崩れを起こす。
 そうなる前に、黒の騎士団の下っ端でもいい、とにかく誰かと会いたい。

 (私達が味方と判断して貰うには、あからさまにブリタニアにダメージを与えることなんだけど、現在の戦力じゃ無理。
 エディ達が近隣住民の避難をさせてからのほうが効果的かしらね)

 そう思っていると、エトランジュ達がさっそく近隣の住民達に向けて避難するよう呼びかけている声が響き渡る。

 「始まった…こっちも急がないと!」



 「皆様、突然に失礼いたします。
 私どもは黒の騎士団と協力関係にあります、“青い橋”と申します」

 自分達が所有するナイトメア、“イリスアーゲート”に乗って住民達の前に現れたエトランジュは、大胆にもナイトメアの肩の上にちょこんと生身の体をさらけ出して右手で身体を支えて立ち、住民達に適当なグループ名を名乗って会釈した。

 ナイトメアだとかろうじて見えるが、非常に古い機体であるのが素人でも解るものの、それでも住民達は慄く。
 ブリタニア皇族を殺したゼロが率いる黒の騎士団の名前が出た瞬間、彼らはさらに息をのんだ。

 しかし即座に逃げろなどとパニックにならなかったのは、彼らが“正義の味方”としてたとえブリタニア人であろうと、何もしていない人間に対してテロを行う集団でないことが知られていたからである。

 それでもテロリストとして指名手配されているため、何事かと怯えた様子の彼らに対し、エトランジュは奇麗な英語で語りかけた。

 「皆様もお判りかと存じますが、現在あのナリタ連山にてブリタニア軍と黒の騎士団、そして日本解放戦線の方々が戦闘を行っております。
 ここまでは戦火が及ばないとお思いでしょうが、実はこの辺りの地盤は大層ゆるんでおりまして、土砂崩れの危険が高くなっております」

 「なんだって?!」

 実は故意に土砂崩れを起こすのだが、それは告げずにエトランジュは続ける。

 「このままではこの辺りにお住まいの皆様にまで被害が及ぶため、私どもがその避難誘導をするよう、ゼロより申しつかった次第です。
 日本人ではなく自国の方が主にお住まいのようなので、ブリタニア軍が避難誘導するかとも思ったのですが、あいにくそうではないようなので・・・貴重品だけを持ってすぐに避難して下さいませんでしょうか?」

 前半は思い切り嘘だが、誰もそれを疑おうとはしなかった。
 そして後半の言葉に、ざわめきが広がる。

 ブリタニアが弱者を守る気などない国家であるのは、自分達がよく知っている。
 普通テロリストだけとはいえ、攻撃する場合周囲の住民を避難誘導するものだが、逃げられると困るという理由でぎりぎりになってから一方的に通告するだけで、巻き添えを食っても己の力で逃げられないほど弱かったのが悪いのだということになる。

 「ここまで土砂崩れが起こるという証拠はあるのか?!」

 住民の一人が叫ぶように問いかけると、エトランジュは首を横に振った。

 「ここまで土砂崩れが起こる、という証拠は生憎と出せません。
 しかし、ごらんのとおりコーネリアの軍があちらまで来ていますし、あとはこちらで土砂崩れの可能性が高いという計算結果が出たことを信じて頂くしかありません」

 確かに眼の前ではブリタニア軍の旗とコーネリアの紋章を翻した軍が、ナリタ連山を包囲している。

 と、そこへ一人の男が進み出て皆に言った。

 「通常の土砂崩れなら、ここまで土砂崩れが到達することはあり得ない。だが、激しい戦闘で地盤が崩れれば、あり得ますよ皆さん」

 「フェネットさん・・・」

 フェネットと呼ばれた壮年の男は、肩を大きくすくめて繰り返した。

 「地層にはそういう、裂け目みたいなものがあるんでね・・・そこに誰かがダメージを与えれば、一気に地面が揺れてしまう。
 特にここエリア11が地震が多い国だということくらいは、ご存知でしょう?」
 
 その言葉にはっとなった住民は、やっとエトランジュの言葉を信じた。

 「こちらで避難経路は整えさせて頂きましたが、もちろん私どもが信じられないとおっしゃるならば、とにかくここから避難なさって頂くだけでけっこうです。
 予想戦闘開始時刻まで残り30分を切っておりますので、急いでください!」

 エトランジュの残り30分、との言葉に、住民達は一斉に貴重品を取りに家へと走り出す。
 
 「フェネットさん、でしたか・・・ありがとうございます。貴方の言葉がなければ、信じて頂けないところでした」

 深々と礼をするエトランジュに対し、フェネットはいいや、と小さく首を横に振る。

 「こちらこそ、貴女に指摘されるまで気づかなかった。距離があるからこちらまでは被害が来ないと思っていたので、土砂崩れまでは考えていなかった」

 自然災害というのは恐ろしい。土砂崩れのスピードはかなり早く、人間の足ではどんなに早く走ったところでそれから逃げることは困難なほどなのだ。

 よって土砂崩れが起こると知ったなら、その場所から一目散に逃げるしか対処する方法はないのである。
 
 「私は仕事でこの辺りの地質を調査しているんだが・・・まったく、すぐに思い当たらないとは、地質学者失格だな」

 頭を掻きながら溜息をつくフェネットは、ナイトメアを見上げてエトランジュを見た。
 声からしておそらく少女、顔はよく見えないが、身長からして自分の娘と同じ年齢か、もう少し下に見えた。

 娘とそう変わらぬ年齢の少女が、後方とはいえこうして戦いの場に赴いているという現実にフェネットは再度溜息をついた。

 「私は君達を全面的に信用する。こうしてわざわざ忠告に来てくれた上、避難経路まで確保してくれたことに感謝しよう」

 「あ、ありがとうございます。
 でも、私達が直接誘導すれば後日こちらの方々にスパイ疑惑などが浮上する可能性があるので、申し訳ないですが貴方が指導したということにして頂けませんか?」

 先日のオレンジ事件が尾を引いて、現在ブリタニアでは裏切り者やスパイに対してたいそう敏感になっている。

 黒の騎士団の関係者を名乗るグループの指示で避難しました・・・確かに充分に、ブリタニア軍から睨まれる材料になる。

 だが“テログループから警告を受けて、あり得るかもしれないと思った地質学者が念のため避難を呼びかけ、それを指導した”という程度であれば大丈夫だろう。

 フェネットはそれを聞いてなるほど、と納得すると、快く引き受けてくれた。

 「そういうことなら、喜んで引き受けよう。重ね重ね感謝する」

 「では、こちらが避難経路です。黒の騎士団、および解放戦線の脱出路とは逆ですので、彼らとかち合う心配はないルートです」

 “失礼します”と言ってエトランジュが重みのある筒に入れた地図を落とすと、フェネットはおそれることなくそれを拾い上げた。

 「ありがとう」

 「こちらこそ、勝手に押しかけて頼み込んでしまって申し訳ありませんでした」

 再度大きく頭を下げると、エトランジュはナイトメアの中に戻っていった。

 「それでは、私どもはこれで失礼させて頂きます。皆様、ご無事でお逃げ下さいね。
 なお、予測戦闘開始時刻はあと15分後です」
 
 それだけ言い残すと、イリスアーゲートは音を立てて戦場へと走り去っていく。
 
 残されたフェネットは筒を開け、丁寧な英語で書かれた避難経路図を見て貴重品を手にして戻ってきた住民達に言った。

 「すぐに避難しよう・・・もうすぐ戦闘が始まる気配だし」

 「ああ、ニュースでもやってたから急いだ方がいい。
 しかし、あのナイトメアと女の子はどうした?」

 「ナリタのほうへ走って行ったよ・・・さて、ついさっき簡易にだが避難経路図を作ってみたんだ。
 この経路なら土砂崩れがあっても、安全にブリタニアプリンスホテルまで避難が出来る」

 そう言ってフェネットが先ほどエトランジュから渡された地図を見せると、住民は安堵した。
 
 「さすが地質学者だなフェネットさん。じゃあみんな、急いで逃げよう!」

 住民達は住民の一人が所有していたトラックに乗り込み、一目散にナリタから走り去る。

 彼らがこの行動の正しさを知ったのは、半日後にブリタニア軍からの連絡で案の定土砂崩れが起こり、彼らが住む一帯を土が埋め尽くしたと聞いた時だった。



[18683] 第二話  ファーストコンタクト
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/15 08:34
 第二話  ファーストコンタクト

 
 「よし、周辺住民の避難完了!あとはこれを手土産に、ゼロに接触するだけ・・・なんだけど」

 エトランジュから避難誘導成功との連絡を受けたアルカディアは、ブリタニア軍を避けて駆け降りてくる黒の騎士団の面々を見て軽く両手をあげた。

 (皆さん混乱してて、どうにも話を聞いてくれそうにないわね・・・となると)

 とりあえずこの面々を助けて、麓に降りてからのほうがよさそうだ。

 そう判断したアルカディアは、羽織っていたマントをはためかせて叫んだ。

 「私はブリタニア反抗組織、“青い橋”のメンバーよ!
 これより黒の騎士団に味方します!」

 最初は英語で、そして繰り返しては日本語での叫びに、黒の騎士団が反応する。

 「日本語?!味方なのか?!」

 「そう、私は味方。青い星がついてる場所がある。
 そこに罠仕掛けたから、行ってはいけない」

 燃えるような赤い髪に、白い肌、片言の日本語。
 明らかに日本人ではないその容貌に、黒の騎士団員はいまいち信用していないようだったが、アルカディアはそれを見て言った。

 「証拠見せる。私はブリタニア軍を殺す」

 そう告げると、案の定突進して来たブリタニア軍のナイトメア部隊を見て、ひらりと木の上へロープを使って舞い上がる。

 「こんにちは、ブリタニア軍の皆さん!地獄へようこそ!」

 奇麗なブリタニアの発音の英語ではあったが、あまりに挑発的な台詞にブリタニア軍は激昂した。

 「ふざけるな、女ぁ!」

 ナイトメアで撃ち殺そうとしたが、既にアルカディアの姿はない。
 それどころかナイトメア同士が突然ぶつかり合いを始め、身動きが取れなくなっていく。

 「な、なんだこれはぁ?!」

 「強力電磁波のお味はいかが?」

 いつのまにか別の場所へ移動していたアルカディアの手には、スイッチが握られている。
 実はこの辺りに事前に仕掛けておいたのは、西にS波、東にN波が発生する機械で、その中に鉄の塊などがあるとそれらは磁石と同じ役目を果たすようになるという代物である。
 もっともナイトメアほど大きな鉄の塊を磁石に変える強力な電波を、それに見合わぬ機械で無理やり発生させているため、実は発生しても3分ももたない。

 (だが、それで充分!)

 時計をちらっと見たアルカディアは、ゼロの作戦始動が始まる時間が近いことを知っていた。

 「騎士団の皆さん、すぐ逃げる。あと3分で、ここ埋まる」

 「え?そうなの?」

 「走れば間に合う。ゼロはそう調節してるはず。私も逃げる。ゼロに話、ある」

 危ないところを助けて貰った騎士団は、アルカディアを信用することにしたらしい。
 共に走り出した騎士団員が見たものは、確かに青い星マークが描かれた場所でブリタニアの軍人が呻き、あるいは息が絶えて転がっている光景であった。

 「この辺りは大丈夫。たぶん罠にかかってるのがほとんど」

 そしてしばらく走ってゼロが指定した場所の近くまで来ると、アルカディアは急停止した。

 「もうすぐ、土砂崩れ来る。怪我しない、止まる。敵来ない」

 複雑な日本語を喋ることにイライラしたが、アルカディアはこれで形勢が決まったと機嫌がよかった。

 (うまくすれば、これであのコーネリアがこの世から消えるんだもの。
 この手で殺したかったけど、まあ仕方ないわ)
 
 我が故郷であるマグヌスファミリアを蹂躙した、あの憎きブリタニアの魔女。
 この目で死ぬのを拝めることができるなら、それでよしとすべきだろう。

 だが土砂崩れが起こったその時、アルカディアは一転して不機嫌になり、思わず口に出してしまった。

 「は?コーネリアが生き残るって何それ」

 明らかに日本語ではないが、英語でもないその言葉は、マグヌスファミリアの母国語・ラテン語であった。

 何を言っているかは解らないが、表情で何か意表を突く出来事が起こったのだと解った騎士団員は、おそるおそる言った。

 「あ、あんたが土砂崩れ起こるって言ったんじゃないか。どんぴしゃのタイミングで・・・」

 英語の方が通じているであろう彼女のために、英語でそう言った騎士団員の目前では凄まじいスピードで土砂が流れ、ブリタニア軍はまるで急流の中を下る魚の群れのようだ。

 「すっげえ読みだよ、あんた。ありがとな」

 きっと予想外の量の土砂崩れに驚いているのだと思い込んだ騎士団員は、これでブリタニア軍も終わりだと笑う。
 しかし、アルカディアは忌々しそうに髪をかき上げて吐き捨てた。

 「コーネリア、生き残る。ゼロ、取り逃がす」

 「え・・・でも、まだ戦闘は始まって」

 今土石流が流れている真っ最中で、コーネリアの本陣とゼロがぶつかり合うには余りに早すぎる。

 「・・・仕方ない。戦ってない私、文句言えない。
 ゼロいる隊、降りてきたら、私、会わせて。
 私の名前はアルカディア、マグヌスファミリア王国の使い」

 困惑する騎士団員の問いかけを無視して、アルカディアはそう要求する。

 「マグヌスファミリアって、聞いたことあるような・・・」

 「ブリタニアがエリア16にした、私の国。私は今の女王の従姉」

 その説明に、騎士団員の一人がはっとなった。
 確かに二年半ほど前、コーネリアが総指揮を執って攻め滅ぼしたのは、そんな小国だったはずだ。

 「私達、仲間集めてブリタニア滅ぼしたい。ゼロ、その力になる。
 だから、その相談、したい」

 片言の日本語で真摯に訴えかけるその言葉に、騎士団員は頷いた。

 「英語でいいよ、アルカディアさん。改めて言うよ。助けてくれてありがとう」

 英語でそう礼を言う団員に、アルカディアも笑みを浮かべた。

 「こちらもお礼を言うわ。“アリガトウ”」

 日本語での礼の言葉に、騎士団員の一人が小さく涙を流した。
 エリア11と呼ばれるようになってから、日本語など日本人からしか聞いたことがなかったから。
 まだ日本が日本であった頃は、祖国が誇る文化、アニメや漫画などが最盛期であり、EUやオーストラリアからの日本語を学ぶために訪れた留学生もたくさんいた。

 あれから七年も過ぎた今、日本語など忘れられていると思っていたけれど、こうして話していてくれる外国人がいる。
 それが、とても嬉しい。

 「すぐ、ゼロの元に案内する。
 あ、でも本隊に着く前には武器とかは預けて、身体検査を受けて貰いたいんだけど・・・」

 規則だし、完全に信頼したわけじゃないから・・・と気まずげに言った騎士団員に、アルカディアはあっさり了承した。

 「それは当然だから気にしないわ。そうしなかったら騎士団はバカと思われるだけ」

 「ひどいなー」

 笑い合う騎士団員とアルカディアだが、彼女の脳裏は別のことが占めていた。

 (ち、コーネリアとその妹は無事・・・解放戦線は全滅に近い、か。
 ・・・解ったわよ、とりあえずゼロと話つけるから、そっちも私を追って来てね)

 そう心の中で語るアルカディアの瞳は、赤く縁取られていた。



 「くそ、コーネリアを取り逃がした!」

 そう悔しそうに叫ぶ黒の騎士団幹部・玉城を、扇がたしなめる。

 「そう言うな、ブリタニア軍に打撃を与えられただけでも満足すべきだ・・・解放戦線の件は、残念だったが」

 黒の騎士団の合流ポイントで、ゼロ達が集まって何やら話をしている。
 辛くも生き残った騎士団員達は、生き残った安堵感に身を浸す者、コーネリアを逃したことに憤る者、仲間を亡くして嘆く者など様々にいた。

 と、そこへ新たに生き延びて合流して来た団員達を見て、扇が嬉しそうに声をかける。

 「ああ、まだ仲間がいたのか。よく生き延びてくれた」

 「扇さん!実は、ゼロに会いたいという人を連れて来たんですけど」

 アルカディアを連れてきた騎士団員がそう報告すると、扇は不審そうに眉をひそめた。
 それを見た団員は、慌てて言い添える。

 「俺達をブリタニア軍から助けてくれたんです。
 その、マグヌスファミリア王国の使者だって言ってて、ゼロの力を借りたいと」

 「マグヌスファミリア?・・・二年半くらい前にブリタニアに占領された、EUの国か」

 「そうなのか?そんな国、俺初めて聞いたけど」

 玉城が笑うと、扇はそうだろうなと思った。何しろ教師をしていた時代でさえ、自分も知らなかったほどの小さな国なのだ。
 エリア16にさえならなければ、恐らく知る機会すらなかっただろう。

 「その国の女王の従姉だそうです。
 武器も全部提出して貰いましたし、身体検査でも・・・その、危ない物は持ってませんでした。
 今はここから離れた場所で、別の仲間と一緒に待って貰ってます」

 騎士団員の報告に、扇はそれが本当ならその使者を粗略に扱うべきではないと思った。
 だが、それが事実であるか否かは自分では判断が出来ない。

 「ゼロに報告してくるから、その使者の方にはもう少し待って貰うよう言ってくれ」

 「はい・・・あ、それから使者の人は手紙を渡して欲しいとのことです。
 俺達が渡した紙とペンでその場で書いて貰いましたから、変なものも仕込んでないはずです」

 徹底してるな、と扇は思ったが、とにかく報告しようと扇はその手紙を受け取り、急ぎ足でゼロの元へと走って行った。


 ルルーシュはコーネリアを取り逃したことに内心苛立っていたが、それをおくびにも出さずにコーネリアと善戦したカレンを労っていた。



 「よくやったカレン。
 コーネリアを逃がしたことは残念だったが、輻射波動をうまく使い、見事作戦を成功させてくれた・・・感謝する」

 「いえ、ゼロ。私こそコーネリアを倒せず、申し訳ありません」

 あの白兜さえ来なければ、と二人が歯噛みしていると、扇が急ぎ足でやって来た。

 「どうしたの扇さん?そんなに急いで」

 「ああ、ゼロにカレン。
 実はついさっき、騎士団員を助けてくれたというマグヌスファミリア王国の使者と名乗る人物が来たそうなんだが・・・」

 扇の報告に、ルルーシュは仮面の下で柳眉をひそめた。

 (マグヌスファミリア・・・今のエリア16だな。総人口の少なさが功を奏し、国民全員での亡命に成功したという)
 
 「マグヌスファミリア王国?聞いたことないですけど・・・どんな国なんですか」

 カレンの問いに、ルルーシュはうむ、と咳払いをしてから教えてやる。

 EU連邦の加盟国であり、人口二千人を少し超えた程度の小国。
 イギリスよりはるか西に存在し、面積はオキナワのイゼナ島より少し大きい程度で、40年ほど前まで鎖国しており、EU連邦の加盟要請を受けてそれと同時に開国。

 二年半前にコーネリア率いるブリタニア軍により、一度の交戦の後占領。
 しかしその交戦の隙を突いて、国民全員がEUへ脱出することに成功。
 その際に当時の国王・アドリスが行方不明になり、その一年後に死亡したものとみなされたため、その一人娘であるエトランジュ王女が女王として即位したはずだ。
 
 「詳しいんですね、ゼロ」
 
 「ブリタニアの回線をハッキングすれば、ブリタニアが統制している事件でもEUのニュースなどで見られるからな」

 ブリタニアでは、ブリタニアの不利になる情報を遮断するため、海外のホームページを閲覧する際には許可が必要となる。
 ルルーシュほどの情報処理能力があれば、プログラムを改ざんして外国のホームページを閲覧するくらいは、たやすいものだ。
 
 「それで、その使者から預かった手紙があるんだが・・・何でも騎士団員が手渡した紙とペンで書いたものらしい」

 「ここまで疑われないようにと念を入れられると、かえって疑いたくなるがな」

 根がひねくれているルルーシュらしい意見であるが、それでも扇が手渡した手紙を受け取って封を開く。

 英語の文で書かれたその内容を見て、ルルーシュは目を見開いた。

 「こ、これは・・・?!」

 “私はマグヌスファミリアの女王・エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスの従姉、アルカディア・エリー・ポンティキュラスと言います。
 会ってお話したいことがあるので、ぜひ今ナリタに来ているエトランジュとともに、貴方と会いたいです
 今は私一人ですが、貴方と会う時には女王本人とその護衛が合流しています”

 文章自体は、とりたてて不審なものではない。
 だがその手紙には、手書きである紋様が描かれていた。

 自分と、その共犯者である自分達しか知らないはずの、鳥が羽ばたいているかのようなマーク・・・ギアスの紋様が。



 一方、監視の騎士団員ととりとめのない世間話をしながらゼロとの面会許可を待っていたアルカディアは、背後から聞こえてきた声に笑みを浮かべた。

 「いたいた、アルカディア従姉(ねえ)様!」

 「早かったわね、エトランジュ」

 嬉しそうな声で彼らの元へ走り寄って来たのは、エトランジュとジークフリードだった。
 クライスは隠してきたイリスアーゲートの見張りをするため、ここには来ていない。

 「な・・・どうやってここが解ったんだ?!」

 騎士団員が驚愕して問いかけると、アルカディアはごめんなさい、と小さく謝る。

 「実は、こっそり知らせてたの。ゼロと会うには、やっぱり女王本人と会わせたくて」

 「そういや、合流するって手紙に書いてたな・・・」

 「はじめまして、こんにちは。エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します」

 アルカディアと異なり、発音こそ違和感があるがそれでもはっきりした日本語だった。
 十代とは言え女王だという少女にぺこりと頭を下げられて、権威に弱い日本人は首を横に振って挨拶を返す。

 「どど、どういたしまして。俺は黒の騎士団に所属してるしがない団員っす!」
 
 「しがない・・・?知らない言葉ですね」

 どうやら細かい日本語は解らないらしい。困惑した様子のエトランジュに、団員が教えてやる

 「“しがない”っていうのは、“つまらない”とか“どうでもいい”みたいな感じの意味っす」

 「そう言う意味ですか・・・そんなことはないです。貴方は私達をゼロの元へ案内してくれたのですから」

 そうエトランジュが言った刹那、扇達へ報せに行った団員に連れられて、なんとゼロが現れた。背後には、緑色の髪の女が付き従っている。

 まさかいきなりゼロが来ると思っていなかった騎士団員は驚愕したが、当のマグヌスファミリアの面々は冷静である。

 「ゼ、ゼロ?!どうしていきなり」

 「まだ団員達が本拠地へ撤退出来ていないのでな。
 そんな中に敵か味方か解らない者を連れて来られては困るので、私が直接来た」

 「ゼロ・・・」

 エトランジュは己を落ち着かせるように小さく息を吸うと、全身黒ずくめの怪しい仮面をかぶった、クラウスいわく“悪役みたい”と称された男の前にゆっくりと歩み寄る。

 「初めまして、ゼロ。
 私はマグヌスファミリア王国の現女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスです。
 私達と同盟を組んで、ブリタニアを打倒するべく力をお貸し頂きたいのですが」

 英語でそう語ったエトランジュが、握手を求めるようにケープの間から右手を差し出した。
 その白い手の甲を見たルルーシュは、息を呑む。

 (なぜ、C.Cと同じ模様がこの女の手にもあるんだ?!)

 自分の共犯者である謎の女、C.Cのほうへ振り向くと、滅多に感情を表に出さないC.Cも眉をひそめたようだった。

 「お前も・・・そう、なのか?」

 「そう・・・と申しますと?」

 「コード・・・と言えば解るか?」

 「!!」

 ルルーシュには理解できなかったが、マグヌスファミリアの面々には意味が通じたらしい。
 エトランジュは小さく首を横に振って否定した。

 「いいえ、違います。でも、私の一族に貴女と同じ方がいます」

 「そう、か・・・他にもいたのか」

 どこか納得したようにC.Cは呟くと、ルルーシュに言った。

 「おい、こいつらはお前と同じのようだぞルルーシュ。話ぐらいは聞いておいた方がいいと思うが」

 「・・・そのようだな」

 ルルーシュは自分達しか知りえない紋様、C.Cとの会話で、下手にこの場から逃がすわけにはいかないと判断した。
 マグヌスファミリアの面々の方に振り向き、会談を了承する言葉を紡ぎながら、左目を露わにする。

 「いいでしょう、真偽を確かめるためにも、お話を伺わせて頂く・・・ただし、決して私に嘘を言わないで頂きたい」

 赤い鳥が羽ばたき、絶対遵守の命令が下る。
 青い瞳が赤く縁取られたエトランジュが言った。

 「はい、貴方に嘘は言いません」

 「よろしい・・・ではさっそくですが、貴女の仲間はこれだけですか?」

 「いいえ、他に一人いて、今はここに来るのに使ったナイトメアの見張りをしています」

 素直にそう答えるエトランジュに、さらにルルーシュは尋ねた。

 「貴女は私達に危害を加えるつもりがありますか?」

 「いいえ、ありません。私達はゼロの力を借りたくて、ここに来ましたから」

 「それなら結構・・・話を伺いましょう」

 ギアスにより彼女達に害意がないことを確認したルルーシュは、詳しい話を聞くことにした。
 しかし、ギアスについて聞かれると困るため、団員達を追い払っておかねばならない。

 「お前達は扇と合流し、そのまま本拠地へと向かえ。私達は後から向かう」

 「しかし、一人で大丈夫なんですか、ゼロ」

 「心配ない。彼女達は我々に危害を加えるつもりはない」

 そんなあっさり信じるのか、と騎士団員は思ったが、ゼロがそう言うなら大丈夫なのだろう、と納得し、命じられるままに扇達の元へと歩き去っていく。

 それを見送ったルルーシュは、一番気になることを真っ先に尋ねた。

 「お前達は、何者だ?なぜこのマークのことを知っている?」

 アルカディアが寄越した手紙を開き、中に描かれたギアスの紋様を指すと、エトランジュが赤く眼を光らせたまま答えた。

 「我がポンティキュラス家は、マグヌスファミリア王国が建国された時よりギアスの源であるコードを、王位と共に代々受け継いできた一族です
 
 「な、なんだと!?」

 「そしてそのマークは、コードを受け継ぐべき者だけに伝えられてきました。
 私達は、ギアス能力者なのです



[18683] 第三話  ギアス国家
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/22 14:07
 第三話  ギアス国家


 「コードとギアスを、代々受け継ぐ王族だと・・・?そんなものが、本当に?」

 C.Cはこの身体からコードを捨て去るため、様々な国を放浪してきたが、そんな国があったとはついぞ知らなかった。

 「どういうことか、話してくれ。貴女の一族とコードとギアスについて、知っていることをすべてだ」

 「解りました」

 ルルーシュの問いにエトランジュは軽く頷くと、知っていることを話し始めた。

 マグヌスファミリア王国は、2千年以上も前に建国された、小さな島にある王国。
 そしてその王家であるポンティキュラス家が持つ異能、その源であるコードを宿した人間から与えられたそれを用い、国を治めてきた。

 しかし、そのコードの持ち主にはある呪いが存在した。
 そう、不老不死という心臓を刺されようと、生きたまま炎の中に放り込まれようと、決して死なず老いもしない身体になるという呪いが。

 「初めこそは同一人物がずっとコードを保持していたそうなのですが、ある日その生に疲れ果てた保持者がコードを他の王族に譲りました。
 さらにその保持者が・・・というのが繰り返され、いつしかそれが慣習になっていったのです」

 王族達のうちから数人、ギアス能力者を作り出す。
 そしてそのギアス能力者のうちの誰かがコードを受け継げるほどギアスの力を増した時、コードをその人間に移す。
 これを繰り返すことで、彼らはたった一人が長い間呪いに蝕まれることを避けていたのだ。

 マグヌスファミリアでは、15歳から成人と見なされる。
 そして王族の直系・・・現王の兄弟、子供、ポンティキュラス家から出ていない兄弟の子供が成人になるとギアスを与えられる。

 さらにコード所持者が40歳から50歳辺りの時に、ギアスの力が一定の力になり、なおかつある程度年齢を重ねた者の中から一人を選んでコードを継承する。
 若いうちからコードを受け継いでしまうといつまでも変わらない姿に国民が怪しむが、ある程度年齢を重ねた人間だと十年や二十年同じ姿でもさして気にされないからだ。

 「なるほど…その手があったか」

 かつて己が所属していたギアス嚮団も、もしかしたらこのような目的で創られたものなのかもしれないな、とC.Cは思った。
 お飾りとはいえ嚮主として過ごしていた自分でも、彼らの設立理念は知らなかった。
 ただコード保持者を嚮主として崇め奉っていた集団だったが、己のコードを譲渡する人間を生み出すためだったというのもあり得る気がした。

 「コードが何なのか、どこから来たものなのかは私達にも解りません。
 ただ、ギアスを使い国を治めることこそがポンティキュラス家の使命であると、長年信じられて過ごしていました・・・EUへの加盟要請が来るまでは」

 50年ほど前、エトランジュの曾祖父が王位に着いたばかりの頃、EUからの使者がやって来てマグヌスファミリアにEUに加盟するようにとの要請があった。

 人口二千人程度、さらには国民の殆どが農民で王族自ら鍬を持つのが当然の貧乏小国に何故そんな要請が来たかと言うと、当時EUが排他的経済水域・・・平たくいえば海の所有権を広げるため、イギリス西方の海のど真ん中に位置するマグヌスファミリアが欲しかったのである。
 ちなみに排他的経済水域の国際法では、自国の沿岸から200海里(約370km<1海里=1852m>)であり、その範囲内であれば水産資源および鉱物資源などの非生物資源の探査、開発に関する権利を得ることが可能だ。

 EUに加盟するための加盟金や分担金がないとはじめは断ったのだが、そんなことは先刻承知の彼らは“マグヌスファミリアに遠洋漁業、交易の補助機関を設立、および維持するための資金を提供する。
 マグヌスファミリアはその施設の管理を行い、EUが支払った金額の8割をEUへ分担金として納める”
という取引を申し出た。
 
 早い話が、“実質的にEUが自分で自分に分担金を納めるし施設の建設と維持費を支払うから、代わりに遠洋漁業と交易の手助けをして欲しい”ということだ。

 それでも断ろうとしたのだが、鎖国は国際社会としてどうなのか、もうそろそろ文明を受け入れてもいいのではないかという説得から始まり、しまいに武力による制圧まで示唆されては、軍隊どころか警察すらないマグヌスファミリアは受け入れるしかない。
 
 ただ、そうなると重大な問題がある。そう、コードとギアスだ。

 一般国民にすら秘匿している秘密を、世界にバレるわけにはいかない。
 折しも当時は本格的な戦争時代に突入してこそいなかったものの火種はあちこちに転がっており、そんな状態で機械に頼らずとも様々な能力が得られるギアスの存在が知られれば、マグヌスファミリアは各国から狙われてしまう。

 いくらギアスがあり国民全員に与えようとも、たった二千人・・・それも戦える人間に限定すれば千人超える程度のそれで、勝てるわけがないのだ。 
 何としてでも隠し通さねばならないと判断したポンティキュラス家は、決断した。
 “コードとギアスの歴史を終わらせよう”と。

 世界の情勢を見れば、抱え込むには重すぎる秘密だ。一族はその研究のために必死になった。
 そのためにはまず、コードを消すことが必須になる。ギアスは与えなければそれでいいが、コードはそうはいかない。
 コードがこれまでバレなかったのは、壮年の人間にコードを渡して隠ぺいしていたからで、それをするにはギアスを与えなければならない。
 そしてギアスを与えなければいつまでも同じ姿で永遠を生き続けなければならない上に、人口二千人の狭い国では国民が互いに顔見知りと言ってもいいくらいだ。国民に紛れて何百年も暮らすなどということが出来ない。

 「そこで私達EUから得たわずかな資金を使い、国に残った記録を手がかりに、コードを消すための研究を秘密裏に行いました。
 ある者は留学して機械文明を習得し、ある者は自ら実験体となり、ある者は世界を放浪し点在する遺跡を調査してコードについて研究してきたのです」

 海のはずれにある孤島だというのを利用して鎖国してきたマグヌスファミリアだが、実は一つだけ世界と繋がっていた場所がある。

 「それがマグヌスファミリアの城の地下に隠されている遺跡でした。
 私達はそれを“橋の扉”と呼んでいます」

 「“橋の扉”とは?」

 「解りやすく言えば、ワープ装置ですね。世界にはこの遺跡と同じものが十いくつかありまして、その遺跡を繋いでいる扉なのですよ」

 「ワープ、だと・・・そんなことが出来るのか?」
 
 そんな代物が世界各国にあるならとうに公開されていそうなものだが、とルルーシュは疑ったが、それを肯定したのはC.Cだった。

 「コード所持者とギアス関係者だけが開けることが出来る扉だ。
 ちなみに私も、それを使って日本に来た」

 「なるほど・・・ということは、日本にもその遺跡はあるのか」

 「神根島、と呼ばれている小さな無人島にあります。
 日本がどういう扱いをしていたかは知りませんが、今はブリタニアが直轄管理しているみたいですね」

 マグヌスファミリアの面々もそれを使って来日したのだが、見張りや研究員がいて到着した際はかなり苦労したため、うんざりした表情だ。 
 しかし、“ブリタニアが直轄管理している”という言葉に、ルルーシュは眉根を寄せた。

 「小さな島を直轄管理・・・その遺跡が目的か?」

 「遺跡しか目立ったものないですから、そうでしょうね。
 というか、マグヌスファミリアを侵略したのもその遺跡が目当てだと思われます。ブリタニアのほとんどの侵略地に、遺跡があることを確認しましたから」

 それが事実なら、何が目的で手に入れたのだろうか。
 戦争に利用するつもりならとうにそうしているだろうが、これまでの戦争の様子を見る限り軍隊や物資の輸送というような手を使っているようには見えない。
 そもそもあんな海の孤島にあるワープ装置を手に入れたからと言って、何の得になるというのか。

 「それは知りませんが、二年半前にブリタニアから言いがかりを付けられた時、ブリタニアの狙いは十中八九そうだろうということで意見は一致しました。
 ブリタニアの侵略のせいで遺跡の研究が出来なくなっていたので、彼らの狙いがすぐに解ったんですよ」

 何せ自分達が研究している遺跡がある国を、次々に占領しては直轄地としていたのだ。
 占領する価値などまるでない自国との共通点と言えば、それしかない。

 「それは重要な情報だな・・・そして貴方達は宣戦布告を受けて、国民全員でマグヌスファミリアの地から脱出したということか」

 宣戦布告からわずか2日で占領が完了したことを知っているルルーシュが言うと、エトランジュは首を振って否定した。

 「少し違いますね・・・私の伯父の一人が持っているギアスがいわゆる“予知能力”なので、ブリタニアが攻めてくることを早くから知っていたため、宣戦布告の前から少しずつ脱出準備をしていました」

 「予知能力、だと?そんなギアスがあるのか?!」

 ルルーシュは驚いた。
 もし事実なら、自分の絶対遵守のギアスに並ぶ強力なギアスではないか。

 (ぜひとも手に入れたい力だな・・・“嘘をつくな”ではなく、“私の命令に従え”とギアスをかけてこの女を手中に収めてしまうべきだったか)

 最悪なケースでない限り使うまいと自分に戒めている命令内容だが、それだけの価値がある力に思わず誘惑に駆られてしまう。

 「はい・・・伯父のギアスは“血族の未来が脳裏に浮かぶギアス”で、自分の血族に関することが予知できるというものです。
 ただし自動発動型なので、自分で制御することが出来ないという少々使い勝手が悪いものですが」

 エトランジュの伯父が持っているギアスの内容は、自分から見て親・子供・兄弟・兄弟の子供・・・つまり直系のみに発動する。
 たが例えば“父親に明日何が起こるか知りたい”と思ったとしてもそれは出来ず、不意に発動して“明日弟が事故に遭う”ということが予知出来る・・・と言った具合にだ。

 「なら、血縁外の私の予知は出来ないということかな?」

 ルルーシュは確認すると、エトランジュがあっさり頷いたので自分の役に立たないと思い直した。

 「そして私のギアス・・・、“人を繋ぐギアス”を使い、迅速に血族にその予知を伝えてその効果を最大限得られるようにしているのです」

 「“人を繋ぐギアス”?・・・それはどのようなものだろうか」

 「簡単に言えば、“人の感覚を繋ぐ能力”ですね。
 たとえば私がアルカディア従姉様にギアスをかけますと、私が見た光景が従姉様の目に映りますし、その逆も出来るようになります。
 また、脳の感覚も繋げられますので脳裏に浮かんだ言葉のやりとり・・・いわゆるテレパシーも出来ますし、光景も直接脳に送ることが可能です」

 つまり伯父が予知した内容をエトランジュに送り、それをさらに各地に散らばりブリタニア抵抗活動を行っている血族達に伝えているということだ。

 使い勝手の悪い予知だが、血族同士を繋ぐこのギアスのお陰でかなりの効果を上げているという。

 「ちなみに今度の作戦も、伯父からの予知を元に作戦を立てたんですよ。
 まず“コーネリアがナリタ連山で日本解放戦線を壊滅させ、ゼロと交戦したというニュースを(わたし)が見る”ことを予知したので、居場所が解らなかったゼロとここで接触することにしました。
 さらにその後の(アルカディア)がコーネリア軍を罠を使って迎撃する”予知をそのまま実行、最後に土砂崩れが起こる範囲とタイミングを見ていた予知が来てくれたので、より安全に行動できました。
 ・・・途中でゼロがコーネリアを取り逃したニュースの予知も来ましたが」

 これだけの予知だったため、彼女達はゼロの細かい作戦内容までは把握出来なかった。
 ただ黒の騎士団がナリタ連山の頂上に陣を敷いたことと、土砂崩れが起きたという予知を合わせてジークフリードが作戦を察した。

 さらにエトランジュが土砂崩れの範囲内にいた住民達が避難出来ていない事に気づいたので、避難誘導をして黒の騎士団が汚名を被らないようにしてやり、それを手土産とすることでゼロと会談しようという作戦になったのだ。
 あとはアルカディアが黒の騎士団員と接触し、彼女のナビでエトランジュ達が合流してきたという訳である。

 自分達が起こした土砂崩れに住民が巻き込まれるところだったと聞いて、ルルーシュは驚愕した。

 「麓の住民が住む地域にまで土砂が流れただと?!それは本当か?!」

 「はい・・・勝手とは思ったのですが、黒の騎士団に協力するグループと嘘をついて避難誘導させて頂いたので、皆さん避難して下さったと思うのですが」

 運良く居合わせた地質学者が自分達の言葉を信じてくれたので、ジークフリードが割り出した黒の騎士団や日本解放戦線が来ないルートを教えて避難して貰ったと聞いて、ルルーシュは心底から安堵の息を吐いた。

 (もし麓の住民が全滅などと言う事になっていたら、今まで築き上げてきた非戦闘民を巻き込まない正義の味方と言うイメージが崩れてしまうところだった・・・。
 日本人、ブリタニア人問わず、一般人の支持を失うのは痛いからな)

 ルルーシュの目的は、ブリタニアの打倒である。そのためには人種を問わずに仲間を集め、数多くの人間の支持が必要だ。
 ブリタニア人でも主義者と言うブリタニアの覇権主義に異を唱える者はいるし、ブリタニアの特権階級から虐げられている者も存在する。
 彼らを味方につけることが出来れば、スパイ活動や資金面、情報戦など内側から攻めることが可能になるのだ。
 それを思えば、“ブリタニア人であるという理由でこちらにも危害を加えるから協力しない”と思わせてしまうような、軍人や貴族でもない人間に危害を加える行為など絶対にしてはならないのである。
 
 「・・・そうか、それはお気使い感謝する」

 「いいえ、それはいいのですが・・・私達は貴方にお願いがあるのです」

 エトランジュの目から赤い光が消えると、彼女は一瞬きょとんとした顔になり周囲を見渡した。
 おそらく彼女のギアスで仲間と会話しているのだろう、しばらくしてからエトランジュは頷き、ルルーシュに頭を下げて言った。

 「私達はこれまで鎖国してきたため、戦争などしたことのない一族です。
 まして女王である私に至っては戦争はもちろん、政治駆け引きの才能のなど皆無。
 いくら幾多のギアスがあろうと、予知ができようとも、これではブリタニアに勝つことなど出来ない」

 解りやすいたとえをするなら、いくら予知で相手の20手先が読めようとも、ルールを知らなければチェスで勝つことは無理だ。

 「ですが、貴方にはその力がおありになる・・・あの寡兵でコーネリアとすら戦える頭脳をお持ちの貴方の力を、お借りしたいのです。
 代わりに私達は、こちらの不利にならない場合を除いて貴方の指示に従うことをお約束します」

 「・・・その交渉のために、貴女が来たと?私にギアスがあると知りながら」

 ルルーシュが不審そうに問うと、再びルルーシュがかけた“嘘をつくな”というギアスが発動し、彼女の瞳が赤く染まる。

 「このままでは私達はEUに見捨てられるか、EUがブリタニアに攻め滅ぼされるか・・・どちらにしろ滅びの道しか残されていません」

 マグヌスファミリアの国民が亡命出来たのは、ひとえにEU諸国の同盟国は交互に助け合うという建前のお陰であり、現在彼らは仮設住居を与えられて得意の農耕を行ったり、工場で働いたりして何とか生活出来てはいる。
 しかし、それでももしEUがブリタニアに屈したら、ブリタニアからすれば自国の植民地のナンバーズ“マグヌスファミリア人(シックスティーン)”の引き渡しを要求するだろう。
 遺跡を我がものとするため、もしかしたら二度とあの懐かしき故郷へ帰されない可能性もある。
 何が何でもブリタニアを敗北させてすべての植民地を解放させなければ、自分達は二度と故郷の地を踏めない。

 それを思えば、王族である自分達が率先して動き、国民のために危険を冒すのはギアスを使う自分達の役目なのだ。

 「それに、ゼロ」

 「何だろうか?」

 「信じて欲しいのなら、まず自分から信じなければ・・・そう、思いませんか?」

 「!!」

 そう言って微笑むエトランジュに、ルルーシュは思わずマントを握りしめた。

 無条件に他人を信じることなど、七年前にやめてしまった。
 もちろん彼女とて、まったくの無条件で自分を信じたわけではないだろう。

 しかし、ギアスを持っている自分の前に何の対抗策も持たずに現れ、ただ真摯に味方になって欲しい、出来る限りの事はすると訴えてきた。

 やり方が拙劣だったところを見ると、本人の言うように戦争や政治駆け引きの才能がないのだろう。
 だからこそ直球で相手に言葉をぶつけることしか出来ず、それだけにその思いは相手の心を打つ。

 (さらに言えば、才能がないと解っているからこそそれが出来る人間を仲間にしたいと考えたんだろうな。
 他力本願といえばそれまでだが、逆に自分に出来ると思い込んで無理をするよりはるかにましな行為だ)

 他力本願が悪いとは、ルルーシュは思わない。
 すべてを相手に丸投げして文句だけは言うならともかく、出来ないことを出来ないと認め、その代わり自分が出来ることはするというのならむしろ合理的で好感が持てる。

 さらに、打倒ブリタニアを掲げる国と同盟を結んで行くという構想は自分も望むところだった。
 そのためにも、小国といえど一国の元首である彼女の協力があるのはありがたい。

 「・・・いいでしょう。結びましょう、その同盟!」

 「ありがとうございます、ゼロ!」

 かくて、同盟は結ばれた。
 そしてこのギアス同盟が日本を、やがては世界を動かしていくことになるのである。



[18683] 挿話 エトランジュのギアス
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/23 13:41
 挿話 エトランジュのギアス


 エトランジュが嬉しそうに、そして受け入れて貰えたことに安堵して息をつくと、ルルーシュは釘を刺す。

 「しかし、私の正体については詮議無用に願いたい。よろしいかな?」

 「構いませんよ」

 やけにあっさりエトランジュが承諾したので、かえってルルーシュは首を傾げた。
 それを見て、エトランジュは言った。

 「貴方が正体を隠しているのは、貴方の正体がバレたらブリタニアが喜ぶか、もしくは反ブリタニア組織がついていくのをためらうような人間だということくらい、私にだって解ります。 
 だから、貴方の正体を探るなんて真似はしません」

 「・・・貴女が聡明な女性であることに感謝する」

 「それに、私達が望むのはブリタニアが滅ぶか植民地が解放されて故郷に戻ることです。
 そのためにわざわざ不利になるようなことはしたくないですし・・・」

 現実的なエトランジュにルルーシュはよく解っていると感心していたのだが、最後の言葉に凍りついた。

 「いざとなれば私と結婚でもして貰って、EUの王族の一員になって頂ければ貴方の正体は適当にねつ造出来ますから」

 有能な人材を取り込むため、自ら今日初めて会ったばかりの、しかも仮面をつけた素性の知れぬ男との政略結婚も辞さぬというエトランジュに、ルルーシュは引き攣った。

 「・・・それはたいそう、気を使って頂けて光栄です」

 か細い外見とは裏腹に、なかなか肝が据わっている。
 
 「次に貴方達のギアスについて詳しく話を伺いたいが・・・今日のところはこの辺りにしておきましょう」

 いつまでもここにいては、扇やカレンあたりが気にしてここに来るかもしれない。
 その時ギアスだの遺跡だのの話を聞かれるのは、ルルーシュとしては不本意だ。

 エトランジュ達もそれは同じだったのか、頷いて了承してくれた。
 
 「では、まず連絡方法をどうするかですが」

 現時点で考えられる方法を口に出そうとしたルルーシュだが、エトランジュがコードを模した刺青が入った左手を差し出して言った。

 「それなら、私のギアスを使えばいいと思います。
 私のギアスは“人を繋ぐギアス”、思考のやり取りも出来ますから」

 「そういえばそのようなギアスだとおっしゃっていましたね。
 こうして手を差し出すということは、相手に触れることで発動するギアスですか?」

 「はい、そのとおりです。相手に直接触れてギアスをかけることを、私は“リンクする”と言っておりますが」

 「解りやすいですね。では、一度リンクするとずっと感覚は貴女と共有することになるのでしょうか?」

 「さすがにそれだと私の負担が大きすぎます。私はたとえていうとサーバーのようなものなので、24時間ずっとというにはちょっと・・・」

 機械でもない、生身の人間が多数の人間の感覚をずっとやり取りするには、確かに負担が大きいだろう。
 そのため、彼女は必要な時にしかリンクを開かないようにしているそうだ。

 「それに、ギアスの解除はかけられた方でも可能です。“ギアスを解除したい”と念じれば、それだけでリンクは切れますから」

 つまりはいつでも解除が出来るので、ルルーシュが不都合な場面になればさっさとリンクを切ればいいわけだ。
 それを思えば、割と安全なギアスではある。

 「では、こちらからの指示がない限り、私とのリンクは開かないようにお願いする。
 貴女の件を黒の騎士団の幹部達に伝え、お迎えする準備が整い次第、本部へとお招きさせて頂く」

 「了解しました。では、そうですね・・・日本時間で四時間ごとに貴方と思考を繋ぐので、準備が整えばその時に詳細をお伝えして下さいませんか」

 「と、申しますと?」

 「もっと例えますと、私のギアスは私自身が送受信の携帯電話を持ち、相手に受信専用の携帯電話を渡すみたいな感じ・・・なんです」

 「つまり、貴女から私に連絡は出来るが、私から貴女へ電話をかけることは出来ないわけですか・・・それもちょっと使い勝手が悪いですね」

 ルルーシュが嘆息するが、エトランジュはそのおかげでブリタニアに通信妨害されることなく確実に情報伝達が可能というメリットがあると、前向きである。

 (なるほど、それでエトランジュ女王は四時間ごとに連絡を入れると言ってきたわけだ。
 恐らく他の面々とも、何時間かごとに連絡を取り合っているんだろうな)

 ちなみに戦闘中は予知能力持ちの伯父と四六時中リンクを開いているため、エトランジュは全く戦闘に参加していない。
 伯父から届いた予知を皆に伝え、さらに現在の仲間の状態や作戦を全員に伝えるだけで精いっぱいなのだそうだ。

 何十通りもの考えを同時に処理できるルルーシュなら、脳内で予知を分別しつつ仲間の状態を把握し、かつ作戦を展開するという芸当も可能だが、悲しいことにエトランジュは極めて平々凡々な処理能力しか持ち合わせていなかった。

 「そういうことなら仕方ありませんね。解りました」

 ルルーシュは手袋を取って手を差し出すと、エトランジュは頷いて左手でその手をつないだ。

 「エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスが繋ぐ・・・!」

 エトランジュの左目に、赤い鳥が羽ばたいた。
 次の瞬間、ルルーシュの脳裏にエトランジュの声が響き渡る。

 (あのー、ゼロ。聞こえますか?)

 「・・・・!!ええ、確かに聞こえますよ」

 (今、貴方の思考と私の思考だけが繋がっている状態です。一度、そのリンクを切るよう念じてみて下さいな)

 ルルーシュは頷いてそう念じると、とたんに彼女の声が脳裏から聞こえなくなる。

 「なるほど・・・かなり便利なものですね。これでこちらから連絡が可能なものなら、もっとよかったのですが」

 「上ばかり見ていても、仕方ありませんよゼロ。
 今あるものをいかようにして最大限活用するかを考える方が、建設的です」

 まったく正論である。
 ルルーシュの“絶対遵守”のギアスにしても、“相手の目を見なければ発動出来ない”“一人につき一回”というような制約があり、それさえなければと不満に思ったところで“一度だけならどんな命令も遵守させられる”という効力は確かに凶悪な効果を持つのだから。

 (いっそ、C.Cにリンクを繋げさせる方がいいか?万が一にもここから俺の正体がばれるのを防ぐためにも、そのほうが・・・)

 いつも自分の傍にいるC.Cなら、いわば電話として最適だ。
 そう考えたルルーシュは、C.Cを指して言った。

 「では、連絡係としてC.Cを使いたいのですが・・・よろしいかな?」

 てっきりあっさり了承して貰えると思ったルルーシュだが、エトランジュは困惑した様子である。
 そこへ、ずっと黙っていたアルカディアが教えてやる。

 「あのさ、ゼロ。“コード保持者にギアスは効かない”んだけど・・」

 「な、なんだと?!そうなのかC.C!!」

 初耳だったルルーシュが共犯者に向かって問いかけると、飄々とこの魔女は肯定した。

 「ああ、その通りだ。聞かれなかったから教えなかったがな」

 「・・・っ!この魔女め」
 
 となれば、エトランジュ達と連絡を取るには自身がギアスをかけられるしかないと、ルルーシュは腹を決めた。

 「仕方ありませんね・・・ではもう一度、私とリンクして頂きたい」

 ルルーシュの手を再度繋いたエトランジュは、もう一度彼にギアスをかける。

 「ありがとうございますエトランジュ様。では、改めて用意が整い次第、定時連絡の時にお伝えする」

 「ありがとうございます・・・私達はこのまま、いったんサイタマゲットーの方へ参ります。
 もうサイタマにブリタニア軍はいませんから、大丈夫だと思うので」

 コーネリアのせいで壊滅状態になったサイタマだが、それだけに潜伏するには持って来いだと思ったのだ。

 「なるほど、トウキョウにも近いですしね・・・では、お気をつけて」

 「はい・・・では、失礼します」

 ぺこりと頭を下げたエトランジュは、仲間とともに立ち去って行ったのだった。



 「さてと、そろそろコンタクトを外しますか」

 ゼロから遠ざかったのを確認したアルカディアは、大きく息を吐くと両目に指をやり、コンタクトを外した。
 一方、ジークフリートは耳から耳栓を取り出し、軽く耳を叩く。

 アルカディアのコンタクトは一見普通のカラーコンタクトレンズに見えるが、実はこれをつけると視力が遮断されてしまうというものだ。
 何故こんなものをつけているかというと、もちろんゼロへのギアス対策である。

 あの通称オレンジ事件の際、全国中継だったこともあってエトランジュ達もその放送を見ていた。
 その際、ジェレミアを見たコード保持者がこれがギアス能力者の仕業であると判定した。
 ただあいにくと、どのような手段でギアスをかけたかまでは解らない。

 これまでの自国にいたギアス能力者は“自動発動型”、“接触型”、“範囲型”、“聴覚型”、“視覚型”に大別されていた。
 映像やこれまでのゼロの情報を見る限り、自動発動型ではないしジェレミアには指一本も触れていないから接触型でもない。
 その場にいた全員にギアスがかかったわけでもないから、範囲型でもないだろう。
 ならば聴覚型か視覚型のどちらかということになる。

 エトランジュが信頼を得るためにあえて丸腰で彼の前まで行くと言った時、二人は反対したがそれ以外に彼の信頼を得る方法は思いつかなかったため、アルカディアは視覚を、ジークフリードは聴覚を遮断して万が一自分達に妙なギアスをかけられた時、どちらかが対応出来る様にしておいたのだ。

 エトランジュにアルカディアは視覚を繋ぎ、ジークフリードは聴覚を繋いで貰っていたが、二人の身体に直接ギアスがかかることはない。

 ゼロが“嘘をつくな”というギアスが発動した時、実はアルカディアだけそれにかかっていなかったのだ。

 「ゼロが変なギアスをかけたら、即刻逃げる予定でしたからな」
 
 ジークフリードがペットボトルに偽装した煙幕弾を指しながら言うと、アルカディアが眉をひそめた。

 今までの情報から、ゼロのギアスはおそらく“相手に命令を守らせるもの”ではないかと推測していた。
 ただどこまで命令が出来るか否かまでは解らなかった。

 「私だったら、かたっぱしからブリタニア軍に“死ね”って命令しまくるか、“永久に私に従え”って言うけどね」

 情もへったくれもないアルカディアの言葉は、普通ならそれが一番手っ取り早い方法であることは確かなものだった。

 それをしないということは、もしかしたら命に関わることや相手を永久に拘束する命令は出来ないというような制限があるのかもしれないと考えていたりする。

 後にそれも可能だったがゼロが単に己のポリシーで滅多に使わないようにしていることを知り、驚愕することになるのだが。

 一時的な拘束力しか持たないギアスなら、大して恐れることもないと考えてはいたが、念のためきっちり保険だけは掛けていた、マグヌスファミリアの面々であった。


 ※第三話に盛り込めなかったし、第四話に入れると長すぎてしまうので、とりあえずエトランジュのギアスだけを入れてみました。
 主人公なのにギアス能力がこんな扱いって(汗)
 読者様・・・文章力が欲しいです・・・
 



[18683] 第四話 キョウト会談
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/08/07 11:59
 第四話 キョウト会談



 キョウトから招待状が来た夜、エトランジュからギアスの定時連絡でルルーシュがそう言うと、エトランジュが尋ねた。

 《キョウト六家・・・ですか?それはどのようなものですか》

 《一言で言えば、日本のレジスタンスをまとめている・・・日本国の内閣のようなものですよ》
 
 ブリタニアの支配を認めないレジスタンスからすれば、自分達は日本国軍でありそれを指揮して資金援助を受けているから、そう例えるのもあながち間違いではない。

 《なるほど・・・それで、私にその方々と会えと?》

 《貴女の本当の目的は私ですが、ブリタニアの脅威にさらされている国と同盟関係を結んでいくこともそうであるはず。
 それは私としても望むところなので、ぜひ貴女にその役目をして頂きたい》

 怪しい仮面の男よりも、小国でありまだ幼いといってもいいが素性が解っている女王の方がやりやすい役目だ。
 
 《確かにその通りですね・・・国同士の連携も大事なものですから》

 実はEUとしても対ブリタニア戦線を築くために各国と連絡を取りたいところなのだが、その余裕もない上に安心して他国と同盟を組める状況ではないため、なかなかうまくいっていないのだ。

 その点現在エリア支配を受けている国なら対ブリタニア感情が燃え盛っているだろうし、こちらがある程度援助をすることで同盟のきっかけになるかもしれない。

 《解りました・・・では、いつお会いすればよろしいでしょう?》

 《実は今日招待状が届いたのですが、明日にということなのです。急な話で申し訳ないのですが》

 《明日ですか?別にいいですよ》

 特に予定もない・・・というかずっとゼロの連絡待ちだったので、彼女達は山で山菜を採ったり野兎などを捕まえ、廃墟の中で寝起きしているというサバイバル生活を行っていた。

 《では明日、シンジュクゲットーへ来て頂きたい。場所はキノクニヤという大型書店跡がありますので、そこで・・・》

 細かい場所を伝えると、エトランジュはそれを反復して了承した。

 《くれぐれもブリタニア軍に気取られぬよう、慎重にシンジュクまで来て頂けますか?》

 《もちろんです・・・では、明日によろしくお願いいたしますね・・・おやすみなさいませ》

 エトランジュからの通信が切れると、ルルーシュはパソコン内に映るキョウト六家を司る重鎮達、その中の一人の項目に目をとめた。

 (EUとの外交特使をしていた宗像か。この男となら、エトランジュ女王と連携が取れる可能性がある。
 明日は二つの会談が行われる日だ・・・慎重にいかねば)

 ルルーシュは横に置いてあったチェスの黒のクイーンを手に取り、自らの黒のビジョップの駒の横へと置く音が響いた。




 
 「ご連絡感謝いたします、エトランジュ様」

 シンジュクの廃墟と化していた大型書店で待っていたマグヌスファミリアの面々を迎えに来たルルーシュが会釈すると、まだ残っていた本を発掘して読んでいたエトランジュは慌てて立ちあがった。

 「こんなに早く日本の方と会談出来る機会を下さるとは、思っていませんでした」

 「貴女のナリタでの行動のお陰で、我が黒の騎士団の名声が堕ちずにすみましたのでね」

 友人の父親の命と、友人の心も・・・そして友情も。

 先日学園へ戻ったルルーシュは、シャーリーから父親がナリタ連山で土砂崩れに巻き込まれそうになったが、寸でのところで避難したために助かったことを知った。
 詳しく話を聞いたところ、エトランジュが説得した際彼女の言葉を信じてくれた地質学者と言うのが、なんとそのシャーリーの父親だったのだ。

 これから先数多くの死者を己が出すことになるとは重々理解していたつもりだったが、いきなり友人を巻き込みかけてしまったルルーシュは、内心酷く悩んだ。
 だが今更引き返すことなど出来ない。しかし、より深い策を練り上げてせめて無関係の人間を巻き込むことを避ける程度のことはしてみせると、ルルーシュは誓った。

 「改めて、御礼を言わせて頂きたい・・・ありがとうございます」

 「・・・?いいえ、どうしたしまして」

 改めて言われるほどのことだったろうか、とエトランジュは首を傾げたが、あえてそれを問いただすことはしなかった。

 「キョウトの方とお会いして頂く前に、実はお願いがあるのですが」

 「何でしょう?」

 「私はキョウトにすら、素顔を明かしたくはありません。そのために少し策を弄しますので、貴方がたも協力して頂きたいのですよ」

 「・・・内容次第です」

 エトランジュの返答にルルーシュは協力内容を告げると、エトランジュ達は相談の末了承した。

 「そういうことでしたら、別に構いませんけど・・・それでよろしいのですか?」

 「私の読み通りなら、これでうまくいくはずです・・・貴女も他の幹部と共に赴いて、ブリタニアのスパイと疑われるのは心外でしょう?」

 「確かに・・・ではその作戦で参りましょう」

 ルルーシュと共にマグヌスファミリアの一行はシンジュク近くを歩くと、まずキョウトが寄越した車を見つけてルルーシュだけが歩み寄り、他のメンバーは息をひそめて壁の方へと姿を隠す。
 
 そしてルルーシュがギアスを使い運転手から目的地を聞きだすと、さらに替え玉のC.Cに率いられた黒の騎士団幹部が車に乗り込み走り去るのを見てエトランジュ達も動き出した。
 ルルーシュが用意した車に大急ぎで乗り込むと、彼とともに目的地へと先回りする。

 「ここが、キョウト六家のアジト・・・」

 日本を象徴する美しき霊峰・富士山。
 だが今やその神秘さは醜いコンクリートに浸食され、地表がむき出しになってブリタニアに搾取され続ける日本を腹立しいほどに表現していた。

 「私達の虹の山(アイリスモンス)も・・・何らかの資源があったのならこのような姿になっていたのでしょうか」

 マグヌスファミリアにも、富士山ほどではないがそれなりに大きい山がある。
 何らの資源も眠っていないが代わりに緑豊かな自然に彩られ、春には花が咲き乱れ、夏には冷たい泉が湧き、秋には美味な山菜が実り、冬には白い雪に覆われる。
 国の中心にあるその山の麓には湖があり、そのほとりにポンティキュラス王族が住む城が建てられていた。

 「その地下に遺跡があって私達が管理していたのですが・・・ブリタニアにその遺跡を渡さないためと、うまくすればコーネリアが倒せるかもしれないという打算の元、土砂崩れで城を埋めて湖の水を引き入れて水没させてしまいました」

 マグヌスファミリアは農作物以外に何もない国なので、虹の山(アイリスモンス)にもEUの地質学者が研究していったが“巨費を投じて採掘すべきものなし”と評価し、がっかりした顔で帰って行った。

 「日本人が聞いたら気を悪くするだろうけど・・・これ見たら何も持ってなくてよかったと思うんだよな」

 クライスが富士山を見上げて、正直な感想を言った。

 「気持ちは解るが、くれぐれも日本人の前で口にしないように。では、これより中へと侵入する」

 ルルーシュが自分のギアスを使って侵入を試みようとしたが、それをアルカディアが止めた。

 「待って、こういう時は私のギアスの方がいいわ」

 アルカディアのギアスは“自分と自分に接触している人間が認知されなくなるギアス”であり、潜入活動に大変便利な能力である。
 ただ持続時間と人数は反比例しており、五人だと三十分ももたない。

 「ただこのギアス、機械相手には通じないのよねえ」

 要するに見張りはスル―出来ても、監視カメラや自動改札機はごまかせない。
 一昔前ならともかく監視カメラが氾濫しているこの時代ザルもいいところの能力だが、アルカディアはきちんと弱点を克服していた。

 「ハッキングしてカメラの画像変えちゃえばいいのよ」

 「なるほど・・・貴女もプログラミングが得意のようですが、時間がないので私がします」

 暗に自分の方がパソコン能力があると断言されてアルカディアはムッとしたが、ルルーシュは持っていたノートパソコンでどこをどうしたものか、あっという間に監視カメラの画像は現在の状況をエンドレスで流し続けるものに変更してしまう。

 「はやっ」

 「では行きましょうか」

 「私もけっこうなプログラミング能力持ってるんだけどなあ」

 アルカディアはマグヌスファミリアが占領される前からEUに留学しており、機械工学を学んでいた。
 奨学金で大学に推薦入学出来るほどの頭脳を持っているのだが、それでもゼロには劣るのかと彼の頭脳に感心する。

 「あとでそのスムーズなハッキング法、教えてね。じゃ、行くわよ」

 アルカディアは羽織っていたケープを脱ぎ捨てて露出の高い服装になると、左目にギアスの紋様が浮かび上がらせる。
 素肌で触れないと効果がないと言われ、ルルーシュも年頃の女性の肌に触るのには少々躊躇したが仕方ないので彼女の右肩に手を置くと、他の面々も慣れているのでエトランジュが右手、クライスが左手、ジークフリードが左肩に手を触れる。

 傍から見たら実に珍妙な光景だったが、堂々と見張りの前に姿を現したにも関わらず何の反応もない。

 「なるほど・・・これは便利なギアスですね」

 「日本に着いた時も、この能力が大活躍よ」

 神根島には研究員や見張りが大勢いたが、監視カメラなどのハイテク機器で見張っていなかったため、アルカディア達は遺跡に到着するなりギアスを発動すると背後から次々に彼らを襲って殺害し、その後彼らが所有する小型艇を強奪し、持参したイリスアーゲートを結びつけて日本本州にこっそり上陸した。

 「声なんかも全然認知されないから大丈夫だけど、絶対手を離さないでね」

 「了解した・・・目的地は警備用ナイトメアが置かれている場所です」

 ルルーシュは己のギアスで見張りからその場所を聞き出して案内させると、二人の操縦手を操って二体の警備用ナイトメアを奪い取った。

 「エトランジュ様はアルカディア王女とジークフリード将軍とでギアスでこっそり隠れていて下さい。合図があればギアスを解除し、姿を現して頂きたい」

 「それじゃ、俺はそのナイトメアであんたが撃たれないよう念のために援護すればいいってことだな?」

 「そうして頂ければありがたいですが、一番に守るのはエトランジュ様ですよ。万が一銃撃戦になって彼女達に銃弾が当たりでもしたら、まずいですからね」

 生身の人間から3人が見えなくなるという事は、逆に言えば知らずに彼女達に向けて銃弾が発射されてしまうかもしれないということだ。
 ジークフリード父子は納得し、クライスは嬉々としてナイトメアに乗り込んでいく。

 (準備はこれで整った。後は会談がうまくいけば・・・)

 エトランジュが国同士の連携を取るよう説得出来れば、自分がかねてから考えていた“超合集国”の構想が実現しやすくなる。
 もし出来ないようなら、説得方法を彼女のギアスを通じて教えてやればいいのだ。
 ルルーシュはそう計算し、己もナイトメアへと乗り込んだ。
 



 「ぬるいな。それにやり方も考え方も古い。だから、貴方がたは勝てないのだ!」

 C.Cが偽者のゼロであり、キョウト六家の正体を知っていると知るや、ルルーシュが素早く桐原の頭にナイトメアの銃を突きつけた。

 「何か、正義の味方っていうか悪のリーダーみたいに見えるのよねー、こうして見ると」

 失礼だがもっともな感想を抱きながら、謁見の場にいたアルカディアはただ黙ってその様子を見ているエトランジュを見やって語りかける。
 
 「だからこそ、彼が必要なのではないですか。あれだけ冷徹かつ的確に結果を出すことが、私達に出来るのですか」
 
 「うん、無理。あんな悪辣なこと、戦争したことない私達には考え付かないもの」

 ぬるい、とルルーシュは六家を束ねる桐原に言ったが、自分達はぬるいどころの騒ぎではない。
 何しろ彼らの国は殺人事件が十年に一度起こるか否か、というほどお気楽な国だったのだ。そんな彼らにいっそ笑いたくなるほど人を殺さなくてはならない戦場でどうすればいいのかなど、到底解らなかったのだ。

 「その通り・・・私は日本人ではない!」

 その言葉に大げさに納得しつつも驚く黒の騎士団の幹部達に、本当に日本人だと思っていたのかとむしろ彼女達は驚いた。
 ちょっと想像すれば、仮面を隠している理由が真っ先にそれだということくらい解りそうなものだけど、とアルカディアは呆れた。

 ルルーシュと桐原の対峙は、さらに続く。

 「日本人ならざるおぬしがなぜ戦う?何を望んでおる?」

 「ブリタニアの崩壊を・・・」

 「そのような事、出来るというのか?おぬしに・・・」

 「出来る。なぜならば、私にはそれを成さねばならぬ理由があるからだ」

 そしてルルーシュが仮面をおもむろに外したのが、背後からでも見えた。

 「ふふ、貴方が相手でよかった・・・」

 驚きにかっと見開く桐原の目。

 (桐原公は、ゼロを知っていた?ということは、彼は日本以外の国の要人ってところかしら?)

 アルカディアは顎に手を当てて考え込むが、答えは出ない。

 「おぬし・・・」

 「お久しぶりです。桐原公」

 「やはり、8年前にあの家で人身御供として預かった・・・」

 「はい、当時は何かと世話になりまして」

 「相手がわしでなければ人質にするつもりだったのかな?」
 
 「まさか・・・私には、ただお願いすることしか出来ません」
 
 「8年前の種が花を咲かすか・・・」

 その会話はエトランジュ達には聞こえなかったが、桐原は豪快に笑いだした。

 思ってもみなかった懐かしい邂逅。これからの展開に対する期待が、桐原を満たす。
 桐原は久しぶりに、腹の底から笑った。

 「扇よ、この者は偽りなきブリタニアの敵。素顔をさらせぬ訳も得心がいった。
 わしが保証しよう・・・ゼロについて行け」

 声高らかにそう命じる桐原に、エトランジュは選んだ相手がゼロでよかったと、心から安堵した。

 「情報の隠蔽や拠点探しなどは、わしらも協力する」

 破格の待遇に、幹部達から感動と事情が解らない困惑とが入り混じった声が上がる。
 殺される一歩手前の状況から、 この破格の厚遇に驚いているのだろう。

 「ありがとうございます」

 ゼロについて行けば、力と勝利、そして京都の支援も受けられる。
 扇はそう判断し、ゼロに関して詮索するのをやめることにした。ここに至り、ゼロは黒の騎士団において盤石の基礎を築いたことになる。

 「感謝します。桐原公」

 「行くか、修羅の道を・・・」

 「それが我が運命ならば」

 ルルーシュはそう言い放つと、再び仮面を装着して桐原に言った。
 
 「実はもう一人、会って頂きたい人物がいるのですが」

 「ほう?もしやお主の宝物かな」

 桐原の言う“宝物”はもちろんナナリーのことを指していたのだが、ルルーシュは苦笑することで否定して言った。

 「ブリタニアに対する包囲を完成させるために、うってつけの方です。
 貴方がたにとっての、宝物となるかもしれませんね」

 そう言ってルルーシュが合図を送ると、アルカディアはギアスを解除して柱の陰から出てきたふりをしてエトランジュと共に登場した。

 「な、こいつらも日本人じゃないぞ?!」

 騎士団幹部達はむろん警備の者達も驚愕して思わず銃を向けるが、一機のナイトメアが二人の前に立ちはだかって攻撃を阻止しにかかった。

 「やめい!その方々は、どちらかな?」

 桐原が周囲の者を制して問いかけると、エトランジュは膝を折って三つ指をつき、深々と頭を下げて日本語であいさつした。

 「初めまして、日本の六家の方。
 私はEU連邦加盟国マグヌスファミリア王国の現女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します」

 「マグヌスファミリア・・・今のエリア16ですな」

 「はい。対ブリタニア戦線を作り上げたく、日本の方と話をさせて頂きたいのですが・・・よろしいですか?」

 日本語で語られたその言葉に警備の者達も何となく攻撃することをためらったのか、銃口が下げられていく。

 「ふむ・・・日本語がお上手ですな」

 老獪にも一度話題を逸らした桐原の言葉に、ジークフリードが誇らしそうに言った。

 「実はエトランジュ様は一年ほど前から、日本語のみならずブリタニアに支配された国々の言語を学んでおいでなのです。
 いずれブリタニアに対抗するためにはその国の協力がいる、そのためにはこちらから歩み寄らなければならないからと」

 世界共通語は英語で、ブリタニアもそれを公用語として使っている。
 だがEUは英語の他にもその国独自の公用語を用いている国もあるし、日本のように英語が公用語ではない国も存在する。

 エトランジュはブリタニアに支配された国のレジスタンスを味方につけるためにはどうすればいいだろうと考え、それにはまず説得しなくてはならないと思った。
 説得するには言葉が通じなければ話にならない。だからエトランジュは、まずそれぞれの言葉を覚えることから始めたのだ。

 「英語が通じるのだからそれでもいいのではと進言したのですが、やはり祖国の言葉で話された方が喜ぶだろうと。
 私も逆の立場なら、ラテン語で説得された方がやはり嬉しいものですからな」

 誇らしげに言うジークフリードに、幹部達は嬉しそうに頷いた。
 久しぶりに外国の人間から聞く祖国の言葉・・・奪われた自分達の国名、誇り、尊厳・・・そしてそれらを象徴する言語。
 忘れずにいてくれた人がいることが、こんなにも嬉しいものだとは思わなかった。
 かつて教師をしていた扇としては、涙がにじみ出るほど嬉しい。

 「ありがとうございます・・・」

 「泣くなよ扇―!俺も泣きたくなっちまうじゃねえか!」

 釣られたのか素なのかは不明だが、玉城まで鼻をすする。

 「感動しているさなか申し訳ないが、さっそく本題に入らせて頂きたい。
 先に伺ったところによれば、マグヌスファミリア王国の方々は“対ブリタニア戦線”を構築すべく、我らと手を組みたいとのことでしたが」

 無愛想に感動を壊したゼロの発言に、玉城が空気嫁と怒鳴ったが、カレンが彼の足を蹴飛ばして沈黙させた。

 それを視界の端にちらりと捉えたエトランジュは顔を引きつらせたが、こほんと咳払いをして頷く。

 さすがに長文は無理なのか、英語で失礼しますと前置きして語った。

 「・・・ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、現在EUはブリタニア軍と小競り合いを繰り返しております。
 我がマグヌスファミリアを含め既にEUの三ヵ国が植民地化されており、ブリタニアに対して早急に手を打たねばならない状況なのです」

 「それと日本を助けることが、どう繋がると?」

 桐原の問いに、エトランジュははっきりと彼の目を見据えて答える。

 「ブリタニアのエネルギー源の一つであるサクラダイトの供給地を断ちたいというのがまず一点ですね。これだけでもブリタニアにとっては相当な痛手になりますから」

 妥当な理由に一同が納得すると、エトランジュは続ける。

 「さらに申し上げますとEUだけで植民地を解放した場合、その立て直しに追われてブリタニアと戦えるだけの力が維持し辛くなるのです。
 ただでさえ戦力が圧迫されており、戦線を維持するのが精いっぱいなのが現状ですので」

 そこでエトランジュが考えたのが、一言で言い表すなら“EUだけで無理なら他の国と助け合えばいいじゃない”だった。
 ブリタニアの植民地を次々に開放してその力を吸収し、かつ他の国と連携してブリタニアを囲い込めばいいのではないかという彼女の提案は、はじめは子供の絵空事と却下された。

 ところがEUを取りまとめる評議員の数人が、その案に補足をつける形で賛成した。

 このまま植民地を解放することに成功したとしても、ブリタニアは国威を失墜させるのを防ぐために再びまた戦端を開くだろう。
 そうなったらいたちごっこであり、消耗戦もいいところである。ならばその元であるブリタニアを滅ぼすしかないが、どう考えてもEUだけでは不可能だ。

 EUも決して一枚岩ではない。ブリタニアと和解という名の降伏をすべきだという国もあるし、ブリタニアと親交の深い国もある。
 小国同士が集まって生まれたEUだが、このような場面では互いの利益や損失のみが先走って話し合いが進まなかったのだ。

 このままではその隙をブリタニアに突かれてしまうと考えた評議員は、他の国と同盟を組んで万一EU連邦から抜ける国が出てもブリタニアと戦える力を維持していくほうがいいと判断した。

 その提案自体は実に妥当なものだったのだが、その同盟を組もうとしたところそのイニシアチブを取りたがる国が続出した。
 目的は明白で、“ブリタニアを倒した同盟連合の主導国”という看板が欲しかったのだ。
 うまくすれば同盟の過程でブリタニアから取り戻した国を自国に取り込めるかもしれない、という思惑もある。

 もちろんエリア支配を受けている国も、同盟を持ちかければそれを警戒するだろう。
 ブリタニアの支配を抜けてもまた別の国の支配を受けねばならないと思えば、同盟に二の足を踏む可能性は高い。

 結局足の引っ張り合いになりそうになったところに眼に止まったのは、EUの最小国家であるマグヌスファミリアだった。

 何も持たない国が同盟を主導するなら、EUに組み込まれる恐れもなく同盟を結んでくれるかもしれないと考えた評議員達はEU連邦に所属し、かつブリタニアにエリア支配を受けている国であり、さらに見た目や年齢から警戒されにくいエトランジュに白羽の矢を立てたのである。
 彼女の身分なら、少なくともメッセンジャーとしての役割ぐらいは充分可能なのだ。

 エトランジュはその申し出を受け入れ、こうしてエリア支配を受けている国々の言語を学んでいたというわけだ。

 「なるほど・・・小国であることを武器にして、交渉に赴いたという訳ですな。EUもなかなか面白いことを考える」

 弱い事が不利になるとは限らない。
 状況次第で弱小国であることを大きな武器に変えた彼らに、桐原は笑った。

 つまりはマグヌスファミリアを介して互いに協力し合おうという申し出だが、さすがにこればかりは独断で決められないため、上の階にいる他の六家の面々に事の次第を報告すると、キョウト六家の一人・宗像 唐斎が通信回線で話しかけてきた。

 「お初にお目にかかる、エトランジュ女王陛下」

 「初めまして。貴方は確か・・・以前はEU諸国に大使として赴任しておいでだった」

 「さようです・・・私は宗像と申しまして、日本が占領される以前は主にEU諸国との外交を担当しておりました」

 「日本に来る前に、当時の要人の方の資料は拝見しておりました。
 余り憶えていないのですが、日本大使の方からお土産の赤いおもちみたいなお菓子を頂いたことがあります」

 「・・・確かにご本人のようですな。ええ、私が御父君にお渡ししたものです」

 どこか懐かしそうに言う宗像は、国際会議が終わってすぐにパーティーに出ることなく帰国しようとしていたアドリスと偶然会い、話したことがあるのだ。
 娘が待っているから早く帰国したいのだと言うアドリスに苦笑し、ならば姫君にどうぞと持参した赤福を渡したことは、あまり知られていない話だ。
 それなのにそれを知っているという事は、やはり彼女がエトランジュ本人であることは間違いない。なにより彼女は、父親によく似た容姿をしている。

 「はるばる日本へ、ようこそおいで下さいました。このような状況でなければいろいろとご案内したいところですが、ご容赦願いたい」

 「いいえ、こちらこそ突然押し掛けてきて申し訳ございません」

 深々と再度頭を下げたエトランジュに、宗像は尋ねた。

 「それは構いませんが・・・貴方は何故、同盟国に日本をお選びになったのですかな?」

 「先にお話しした理由がまず一つですね。それに盛大にブリタニアに抵抗活動を続けている国ですので、説得しやすいと思いましたし」

 そう言われて照れたように笑う玉城に、カレンが軽く肩を叩いてやめさせた。

 実際はゼロが欲しくてやって来たのだが、それを口にすれば日本の面目が丸潰れなのでエトランジュはそう取り繕う。

 「ブリタニアのエリア支配が続けば、その支配に慣れてブリタニアに組み込まれていく国がどんどん増えます。
 今のうちに数多くの国と同盟を結んでブリタニアを倒し、平和を取り戻したいのです」

 「それは一理あるが・・・それが可能だとお思いか?」

 「私達に日本語を教えて下さった日本人の方が、こんな言葉を教えて下さいました。

 “一人に石を投げられたら二人で石を投げ返せ。二人で石を投げられたのなら四人で石を。
 八人に棒で追われたら十六人で追い返し、三十人で中傷されたなら六十人で怒鳴り返せ。
 そして千人が敵ならば村全てで立ち向かえ”

 というのが、その方の村に伝わる言葉だそうです」

 ずいぶん好戦的な言葉だが、意味は通じる。
 日本だけで、マグヌスファミリアだけで、そしてEUだけでブリタニアと戦えないなら、同じブリタニアを敵とする国と結束して戦えば勝機はある。
 それは決して理想論ではない。それを言うなら、日本だけでブリタニアを倒せると思っている人間こそが理想論だ。

 桐原と宗像は、それがよく理解出来た。EUがどれだけの支援を日本にしてくれるのかは不明だが、日本解放後の展開としては他の国と良好な関係に持っていきたいため、エトランジュと言う繋がりは外交カードの札として充分成り立つ。

 「他にもエリア支配を受けてレジスタンス活動を続けている方々には他の一族が連絡を取り、協力を取り付けていきます。
 日本解放を見れば他のエリア支配の国も一斉に蜂起し、ブリタニアに打撃を与えることが可能でしょう。言い方は悪いですが、こちらにはこちらの思惑があるのです」

 「当然ですな。善意だけで日本解放を支援するなど、あり得ぬこと」

 あっさり桐原が頷くと、エトランジュは同盟を受け入れて貰えそうだと思い、自分達が持つカードを明かした。

 「現在EUにある対ブリタニア組織の一つは、我がマグヌスファミリアが掌握しています。
 主にエリア支配を受けて亡命してきた方で構成されているのですが、一部ブリタニアから亡命してきたブリタニア人の方もいらっしゃいます」
 
 「ブリキもいるのかよ・・・信用出来るのか?」

 無礼な口調で嫌そうに言い放つ玉城に、エトランジュが厳しい口調で言った。

 「ブリタニア人だからといって、全てのブリタニア人が差別主義を標榜しているわけではございません。
 ブリタニアにも弱肉強食の国是に反対して弾圧されている方もいますし、また身体や精神に不自由を負い、敗者として蔑まれている方もいるのです。
 皇族や貴族から無理を押しつけられて家族を奪われた方も・・・貴方はそういう人達ですらも、ただブリタニア人であるという理由で排斥するのですか?」

 それならブリタニアの人種差別と大差ないではありませんか、と怒った口調で言われた玉城は慌てて首を横に振る。

 「そういうわけじゃなくて、ただ俺はスパイの可能性を・・・」

 「もちろんその可能性がないわけではありませんが、その可能性ばかりを追求して全てのブリタニア人をブリキと呼んで差別するのはやめて下さい。
 私達に英語を教えて下さったのもブリタニア人の元貴族の方で、母の親友だった方なのです」

 「ほう、ブリタニアの貴族も仲間にいるのですか」

 ルルーシュが意外そうに言うと、エトランジュは頷いた。

 「ブリタニアの血の紋章事件というのに巻き込まれかけたので、亡命してきたそうです。
 ブリタニアがEUに侵攻して来なかったのならこのままEUで呑気に語学教師をやっていたかったのにと、愚痴をこぼしておいででした」

 「ああ、あの事件・・・納得です」

 現皇帝シャルルを狙って、当時の一部のナイトオブラウンズも加わった大規模な反乱が起きた。その際粛清された皇族貴族は数多くおり、特にただでさえ少なくなっていたシャルルの兄弟は全て処刑されている。

 「他にもエリア民と国際結婚をしていた方やハーフの方もいます。ブリタニアを憎むブリタニア人は、貴方がたが思っているよりけっこう多いんですよ」

 「そう言われれば、納得だよな・・・あんだけしょっちゅう争ってりゃ、離反者も出る」

 そういったいわば主義者と呼ばれるブリタニア人は、たいていの場合EUに亡命する。
 植民地エリアの国では玉城のように考えて信頼を得ることが困難であり、場合よっては腹いせで殺されてしまう可能性があるからだ。

 しかしEUならもともとブリタニアがEUが出来る以前のイギリス人が開祖であるという背景もあり、ブリタニア皇族が留学したり積極的に貿易を行うなど、実はブリタニアが覇権主義を掲げる前はさほど悪い関係ではなかったのだ。

 「納得して頂けたのなら、結構です。黒の騎士団は日本人であろうとブリタニア人であろうと差別しないと言っていたのも、貴方がたと手を組みたいと思った理由なのですから」

 「わ、悪い・・・以後気をつける」

 玉城が軽く両手を上げてすごすごと引き下がると、桐原と宗像は頷き合った。

 「では、この件については六家全員で協議し改めてお返事をさせて頂く。
 それまでエトランジュ女王陛下には、ごゆるりとこちらで滞在して頂きたい」

 「ありがとうございます!申し訳ありませんが、お世話になります」

 ぺこりと再度頭を下げたエトランジュに、桐原が苦笑しながらたしなめた。

 「貴方の礼儀正しさには感心しますが、国のトップとあろう方がそう簡単に頭を下げるのはよくないですぞ。
 国の面子を失わぬためにも、もっと威厳を持って臨みなされ」

“お願い事をする時と親切にされた時は、きちんとお礼を言いなさい”と、お母様は私に教えて下さいましたので・・・威厳や面子も、礼儀を守ってこそだと。
 そしてえっと・・・ごーに行ってはごーに従え・・・でしたでしょうか」

 言い慣れぬ日本語のことわざで懸命に説明しようとするエトランジュに、宗像は目を細めた。

 「・・・エトランジュ女王陛下のご両親は、とてもよいご教育をされていたようだ。
 我が日本の皇族の姫とも、よきお付き合いを願いたいものだ」

 桐原と宗像が笑い合う。

 その様子を視界に収めながら、ルルーシュは好調な滑り出しに満足した。
 あとはEUに返礼の使者を出し、うまくこちらとの連絡網や支援方法などを相談出来れば上々である。

 「では、エトランジュ様はこちらに滞在するということでよろしいですね」

 《それは構わないのですが、私達はどうすればいいのでしょうか?》

 エトランジュがギアスを使って問いかけると、ルルーシュは答えた。

 《当面はこのままキョウトの方々と親睦を深めて頂きたい。時期を見て、EUと本格的な連携をしていこうと考えているので》

 《了解しました。では定時連絡だけはまめにするということで》

 相談がまとまると、マグヌスファミリアの一行は桐原の方へと歩き出す。
 ルルーシュは踵を返して仮面をつけ直しながら、桐原に礼を言った。

 「感謝します。桐原公」

 「なに、こちらとしても思いもかけず外国との連携が取れる方を案内してくれて助かったところだ・・・日本解放は成ったとしても、その後の展望がまだ出ておらなんだのでな」

 桐原が肩をすくめて言うと、お察しするとばかりにルルーシュも笑う。

 これから、戦争が始まる。
 世界を巻き込んだ、大きな大きな戦争。

 これまで小さな国しか知らず、ただ楽しく暮らしていただけの自分もそれに参加しなければならない。

 (大丈夫、私にだって出来る・・・戦わなければいけないのです。
 あの時のように、もう一度やらなければいけないのです)

 脳裏に蘇ったのは、怯えて震える幼女と血にまみれた己の手と。
 己が殺した、ブリタニア人の姿だった。



[18683] 第五話  シャーリーと恋心の行方
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/05 16:48
  第五話  シャーリーと恋心の行方

 


 「黒の騎士団が日本解放戦線の救出に失敗、ですか?」

 キョウト六家が所有するトウキョウ租界の邸宅に客人として滞在しているエトランジュがそう報告を受けたのは、懇意になったキョウト六家の筆頭にして最後の皇族・神楽耶からだった。
 年齢は彼女より二つ下だが、戦乱と言うこの時勢に否が応にも流され、政治・軍事にある程度通じていた。

 「そうですの・・・片瀬少将が流体サクラダイトで自爆してせめてブリタニアに損害を与えんとしたので、それに乗じてゼロ様がコーネリアを討とうとなさいましたのに・・・例の白兜というナイトメアに妨害されたようですわ」

 片瀬も無駄死にです、と腹立だしげな様子の神楽耶に、エトランジュはそれはご愁傷様でしたと弔意を示す。

 「それで、ゼロは何と?」

 「日本解放戦線の中核を担う藤堂中佐がまだ無事ですので、桐原が彼の捜索と保護を依頼しましたわ。
 ゼロ様も有能な軍人が仲間になるのはありがたいと、協力して下さるそうです」

 黒の騎士団は、まだまだ寄せ集めの軍隊だ。プロの軍人が仲間となるのは、必要かつ心強いことであろう。

 「しかし、あれほど綿密な作戦を立てられるゼロが幾度もしてやられるナイトメアなんて・・・驚きです」

 「ええ・・・戦略が戦術に敗れるなど、滅多にあり得ぬことです。
 幸い機体性能が良すぎて量産出来ないタイプのようなので、あれが大量に戦場に出ることはないのが救いですな」

 「え・・・機体ならたくさん作れるのではないですか?ブリタニアが資源不足というのではないでしょうし」

 「ああ、そう言う意味ではございません。映像を拝見しましたが、あんな非常識な動きをする機体を操作出来るパイロットなど、そうはいないということです。
 黒の騎士団の紅蓮も、滅多な人間では動かせないでしょうな」

 我が愚息でもなかなか、と息子に厳しい評価を下したジークフリードに苦笑すると、エトランジュはそれならと提案した。

 「戦場で倒せないなら、そのナイトメアのパイロットを割り出して暗殺などの手段を取れば、白兜とやらは何とかなるのではないのですか?」

 「まあ、エトランジュ様ったら。怖いことをおっしゃる」

 穏やかな口調であっさり暗殺を提案するエトランジュに、ころころと笑って応じる神楽耶も相当だとジークフリードは思った。
 だが、同時に哀れだと思う。
 まだ幼く、大人の庇護の元で生きていくべき年代に人の生死に関わり、時に厳しい判断を下さねばならない立場の少女達。

 自らの主君も、本来ならこんな娘ではなかった。
 暗殺など思いもつかない優しい少女だったのに、こんな言葉は聞きたくなかった。

 「そういえば、妙ですわねえ。あれだけの成果を上げたパイロットなら、大々的に紹介してブリタニアの力を誇示しそうなものですのに・・・全く情報が入って来ませんもの」

 「私ですら思い到ったことですもの、暗殺を警戒しているのかもしれませんね。
 でもパイロットさえ解れば、アルカディア従姉様が片をつけて下さるかも」

 アルカディアのギアスとゼロのハッキング能力を使えば、軍人を一人始末するくらいは何とかなりそうだとエトランジュは考えた。

 「ゼロに言って、検討して頂く事にしましょうか。アルカディア従姉様にもお話しておかなくては」

 「アルカディア様は科学者なのでしょう?暗殺などもなさるのですか」

 神楽耶が驚いたように問いかけると、エトランジュはええ、と頷いた。

 「本業は科学者ですが、従姉様はそれだけではなく罠などを仕掛けて戦うことも出来る方なのです。ナリタの時もそうでした」

 「ああ、お話は伺っておりますわ、たいそうなご活躍だったと」

 「もっとも、今はナイトメア戦が主流なのであまり出番はないとお考えのようで、イリスアーゲートの改造に全神経を注いでいらっしゃいますが」

 現在アルカディアはキョウトの援助で、イリスアーゲートの改造をラクシャータという女科学者の協力で行っている。
 イリスアーゲートはEU戦で壊れて戦場で打ち捨てられていたものを回収し、それを予算が許す範囲で何とか移動や物資の輸送に動かせる程度に直したもので、とうてい実戦に使えるものではない。
 
 「戦闘サポートに特化したナイトメアにするおつもりだとか・・・ラクシャータさんや他の技術者の方も、それは面白そうだとおっしゃって下さいました」

 「戦闘を援護するためのナイトメアですか・・・それは初めての試みですわね」

 「ゼロもあの白兜を倒すためにも、いろんなタイプのナイトメアがあるのはいいかもしれないと賛成して下さいました。
 パイロットはジークフリード将軍かクライスになると思いますけど、他にお使いになられる方がいらっしゃればもちろんお貸しさせて頂きます」

 「マグヌスファミリアのものですもの、当然ですわ」

 遠慮なさる必要はございませんと、神楽耶が完成が楽しみだと笑う。

 「エトランジュ様はEUと他のブリタニア植民地と日本を繋いで下さる、大事なお役目を担っておいでの方ですわ。
 この程度の援助をさせて頂かなくては、わたくし共はEUの信頼を失ってしまいます」

 先日、キョウト六家は非公式にエトランジュを通じてEUと会談した。
 その結果、EUは日本解放のための資金援助とブリタニアに関する情報の開示を行い、代わりにキョウトも同じく情報の開示とおよびサクラダイトの供給をEUに対して行う密約が締結された。

 ただサクラダイトの密輸はブリタニアの監視の目が大きいため、その密輸を行うルートの開発が急務となりゼロがその構築に向けて動いている。
 また、他の植民地でレジスタンス活動を続けているグループとの連絡網も、マグヌスファミリアが築きつつあった。

 (ゼロがいろいろアドバイスして下さったおかげで、案外スムーズにいきそうだとのことですし・・・)

 ゼロの主導で日本解放さえ成ったら、彼を中心として対ブリタニア戦線を築き上げてブリタニアを倒す、という絵が描けそうだ。

 ちらっとエトランジュが時計を見ると、ちょうどゼロとの定時連絡の時間だった。
 エトランジュはちょっと席を外しますと言ってお手洗いに立ちあがると、神楽耶はそれを見送ってお茶を手にする。
 
 エトランジュがトイレに入って鍵を閉めると、ギアスを使ってゼロへ語りかけた。

 《失礼します、ゼロ。定時連絡ですが、今は大丈夫ですか?》

 いつもは何事もなくキョウトやEUの動きを報告して終わるのだが、今回は違っていた。

 《お待ちしておりましたよエトランジュ様・・・さっそくお伺いしたい事があるのですが》

 やけに焦った口調のゼロに驚きながらも、エトランジュは先を促す。

 《どうかなさったのですか、ゼロ》

 《心を読めるギアス能力者に、お心当たりはありませんか》

 《心を読めるギアス能力者、ですか?・・・いいえ、ございませんが》

 エトランジュはゼロのギアスのせいで、嘘がつけない。だからゼロはその言葉をあっさり信じて、言った。

 《実はつい先ほど、そのギアス能力者と対峙したところなのですが・・・》

 《え・・・マグヌスファミリアのギアス能力者でないですから、ブリタニアのギアス能力者ですか?!》

 エトランジュは焦った。
 ブリタニアが各地の遺跡を侵略して我が物としている以上、当然彼らもコードとギアスについて知っている可能性が極めて高い。もしかしたらコードやギアスも持っているかもしれないということは、ゼロも一致した考えであった。

 《それはまずいですね・・・心を読むという強力なギアスなら、貴方お一人では厄介でしょう。すぐに援護に向かわせて頂きます》

 《それがブリタニアのギアス能力者ではなく・・・C.C絡みのようです》
 
 ゼロの言葉にエトランジュは目を大きく見開いた。

 《C.Cは正直、完全に私の味方というわけではありません。ギアスについても、私は詳しく聞いていないのですよ》

 《そういえば、コード所有者にはギアスが効かないということもご存じではありませんでしたね》

 《そうです・・・だから貴女にお伺いしたい。ギアスについて》

 《知る限りのことはお教えいたします。まず、こちらで把握しているギアスですが》

 エトランジュが自国でこれまでいたギアス能力者のこと、“自動発動型”、“接触型”、“範囲型”、“聴覚型”、“視覚型”のタイプがあることなどを話した。
 ゼロも今回会ったマオという心を読むギアス能力者の詳細について話すと、エトランジュは言った。
 
 《その心を読むギアス能力者の方は、聞く限りでは範囲型と思われます。
 もちろんそれにも差がありますから、どれくらいの広さで発動されるのかは解りませんが》

 《範囲型?常時発動型ではなく?》

 《常時・・・つまりずっと発動しっぱなしってことですか?》

 《そうです・・・C.Cからはそう聞いているのだが、マグヌスファミリアではいなかったタイプのギアスですか》

 《ずっと発動しっぱなしって、ギアスの暴走ですよそれ》

 《ギアスの暴走だと?!そんなことがあるのか?!》

 さらりと当たり前のように告げたその言葉にゼロが驚いたため、知らなかったということにエトランジュの方が驚いた。
 
 《はい・・・それもご存じなかったのですか。ギアスは使い続けると力がどんどん増していって、そのうちずっと発動しっぱなしになるんです》

 《例外なく、ですか?》

 《暴走するまでの期間が人それぞれですが、使い続けているといずれ暴走するのは間違いありません。
 たとえばエマおばあ様・・・私の父の母の場合、“人の心の顔が見える”ギアスを持っていたのですが、十年くらいで暴走して見る人全てに発動したと聞いています》

 エマは先々代のマグヌスファミリアの女王だった。
 当時は開国したばかりの祖国のために“人の心の顔が見える”能力を使い、他国の人間が信頼できるか否かを調べて大いに外交に役に立てていたのだ。

 その能力はマオのそれとよく似ており、たとえば顔は笑っているのだが内心では怒っていたりする場合、エマにはそれがすぐに解ってしまう。
 どんな嘘かは解らないまでも、嘘をついているなというくらいはバレてしまうのだ。

 《暴走した後、当時のコード所持者からコードを受け継いで暴走を止めたそうですが・・・》
 
 《コードを受け取らないとずっとギアスは発動したままということですか?》

 《いいえ、いずれはまた元通り自分でオンオフの切り替えが出来るようになるそうです。
 ただそうなるまでは発動条件が満たされれば自動的に発動されてしまうため、かなり不便になるんですよ》

 たとえばエトランジュの場合、相手に触らなければリンクは繋げない。暴走すれば触れただけで相手と自分との間にリンクが繋がってしまうということだ。

 《アルカディア従姉様はもっと最悪です。効果の範囲に自分も含まれているので、暴走したらずっと自分の姿が認知されないことになりますからね》

 《持続時間などの制約が外れるということですか・・・もしかしてギアスを王族直系限定にしているのは、暴走が怖いからですか?》

 《そうです・・・接触型ならいいですよ、相手に触らなければいいですから。でも視覚型や聴覚型はうかつに相手を見たり声を発したり出来なくなります。
 範囲型にいたっては言わずもがなですし、いくら便利でも暴走すると解っているものをばらまくわけにはいきません》

 特に怖いのは、ギアスに伴う制約すらも暴走してしまうことだ。
 記録に残った例では、ギアスを使っている間は自分の呼吸を止めてしまうという制約があった能力者がいて、暴走した際はすぐに命を落としたという。

 《なので、マグヌスファミリアでは“使い続けていても影響が少ない者”にギアスの使用を義務付けて暴走状態にするんです。
 そうすればコードを継承できる資格が持てるので、暴走した際にコード所持者がコードを渡すというわけです》

 《暴走状態にならなければ、コードは受け継げないのですね》

 《そうです。正確に申し上げれば、コード所持者が“コードを渡す”意志を持って暴走状態のギアス能力者に触れれば継承が成り立ちます。
 さらに暴走状態が終わってオンオフの切り替えが出来るようになれば、ギアス能力者がコードを継承する意志さえあれば、コードを受け継げるようになるそうです》

 マグヌスファミリアのコード継承は大部分が前者によって行われており、後者のギアスのオンオフの切り替えが可能になった“達成人”と呼ばれている状況のもとで行われたケースが少ない。

 《どうして教えておかなかったんでしょう、C.Cさん。いずれこうなることは、コード継承者である以上ご存じのはずなのに》

 エトランジュは不思議だった。
 ポンティキュラス王家のギアス能力者は、ギアスを授かる時に全員がこのことを知らされている。
 コード継承はともかく、ギアスの暴走については絶対に教えておくべきことであろう。

 《それは私も解りませんが、マオの狙いはギアスが効かないために安心して付き合えるC.Cです。
 諸事情あって私にもC.Cが必要なので、彼をどうにか排除したいのですよ》

 《排除って・・・三人一緒にいるという選択肢はないのですか?》

 いきなり最終的な手段に訴え出ようとするゼロにエトランジュはそう提案したが、ゼロは首を横に振った。

 《彼は人間不信に陥っていて、とてもこちらの話を聞いてくれる状態ではありません。
 今余計なことにかかずらっている余裕がないのはご存知でしょう》

 《もしかしてゼロ・・・貴方の大事な方がそのマオという方に危害を加えられましたか?》

 彼らしくもなく焦った様子のゼロを見てそう見当をつけたのだが正解だったらしく、彼から返答はなかった。

 《なるほど、そういう事でしたか・・・しかしゼロ、話を聞く限りでは原因はC.Cさんにあるようです。
 あの人にどういうつもりでマオさんにギアスを与えたのか、そして何故捨てたかを伺ったほうがよろしいのではないのですか?》

 《あの魔女にですか・・・孤児だったのを拾ってギアスを与えたが、契約を果たせそうにないと読んで捨てたとしか聞いていませんね》

 《その契約内容について、詳しいことは聞いておられないのですか?》

 《ええ、ブリタニアの崩壊が成った時に、契約を果たして貰うと》

 ここまでの話をして、エトランジュはC.Cとの契約内容がおおかた予想がついた。
 それはゼロも同じだったらしく、話を終えようとする。

 《では、マオの件はこちらで片付けます。情報提供、ありがとうございました》

 《お待ち下さい、ゼロ!このままでは、マオさんがあまりにもお可哀そうです!》

 エトランジュもゼロも、C.Cがコードを押し付けるためにマオにギアスを与えたのだと解っていた。
 暴走状態になればコードを譲渡出来るが、何らかの事情でそれをやめてゼロにその役目をして貰おうと考えたのだろうということも。

 マオにコードを渡さないのなら、彼は再びオンオフが出来るようになるまで一人ぼっちで生活しなくてはならないことになる。
 それはあまりにも哀れ過ぎる。

 《しかし、彼は黒の騎士団や私の正体についても知っています。放置しておくにはあまりにも危険過ぎる存在です》

 ギアスのことが世間に知られるのはマグヌスファミリアにとっても痛手のはずだと言われると、エトランジュは黙りこんだ。

 《・・・それなら、いい方法があります。それで私が彼を説得してみますから、殺すのは少しお待ち頂けませんか?》

 《いい方法、と申しますと?》

 エトランジュがいい方法とやらを語り終えると、ゼロは納得したように頷いた。

 《それはいいですね、ぜひとも成功させたい方法です。しかし、それにはマオがこちらの案に同意することが必須条件ですよ》

 《解っております・・・ではC.Cさんに彼を呼び出すように言って下さい。
 私は今桐原公のトウキョウ租界の邸宅に滞在させて頂いておりますので、すぐに向かいます》

 マグヌスファミリアの一行は白人なため、ゲットーなどにいるよりは租界にいるほうが目立たないのだ。

 《了解しました。では、トウキョウ租界の公園で》

 ゼロから待ち合わせ場所を聞いて通信を切ると、エトランジュはお手洗いから出て神楽耶に言った。

 「申し訳ないのですが、少し外に出てもよろしいですか?会わなければならない方がおりますので」

 「それは構いませんけれど・・・大丈夫ですの?」

 神楽耶の心配そうな問いに、エトランジュは頷いた。

 「ええ・・・頼もしい味方が出来るようなので」

 そう、エトランジュに危害が及ぶことはない。
 彼女に先ほど届けられた予知は、サングラスをかけた白髪の青年に抱きつかれる自分の姿だったのだから。



 一方その頃、ルルーシュは気絶したシャーリーを抱きかかえ、ゲットーにある自分しか知らない隠れ家にいた。

 日本解放戦線を囮にしたコーネリアを討ちとるのに失敗したあの夜、見事にあの白兜にやられて自分はうかつにも気絶した。
 そこへブリタニアの女性軍人に仮面を取られて素顔を見られたらしいのだが、それを阻止したのは誰あろうシャーリーだった。

 話を聞いたところ彼女は父親が自宅でナリタで会ったという黒の騎士団の協力員の少女についての事情聴取を受けており、その時部屋に飾っていた生徒会メンバーで撮った写真からルルーシュを見つけた。

 ヴィレッタ・ヌゥというその女性軍人はシンジュクゲットーで見たその少年だとすぐに気づき、彼が黒の騎士団に関係しているのではないかと疑いをかけ、シャーリーにその可能性があるから情報が欲しいと言ってきたという。

 (あの時の女軍人か!くそ、うかつだった・・・)

 シャーリーはその時は一笑に伏したのだが、確かにサボリやナナリーを放って旅行に行くというルルーシュらしからぬ行動があったことに気付き、こっそり尾行していたところあの戦いに遭遇したのだ。

 そしてヴィレッタがゼロの仮面を取ってその予想が当たったことを知った際、これで貴族になれると高笑いする彼女を、無我夢中でシャーリーは落ちていた銃で撃ったのだと。

 『だ、だってルルに捕まって欲しくなくて!ルルが意味もなくテロとかする人じゃないって知ってるもん!ルルが好きだから、ルルを取らないでって思ったから!!
 だから、私、私・・・!ルル、ルル、どうしよう!!』

 人を殺してしまったと泣きだしたシャーリーを気絶させたルルーシュは、マオがそのことをネタにシャーリーに近づき、ルルーシュと心中させようと心理誘導してきたことを思い起こして歯を噛みしめた。

 マオのことを知って駆け付けたC.Cからマオの話を聞いていたところに、タイミングよくエトランジュから定期連絡があり、ギアスの暴走やコード継承についての情報を聞いたという訳である。

 「・・・と、エトランジュ女王から聞いたわけだが。C.C、なぜこのことを話さなかった?」

 「お前のことだ、もう想像がついているのだろう?ルルーシュ」

 「ああ・・・お前の目的は、“そのコードを俺に継承させること”なんだろう?だからギアスを頻繁に使わせてギアスの力を強めさせようとしている」

 エトランジュが言うには、ギアスは使えば使うほど力が増す。逆に言えば使わなければ力は増えず、コードを受け継げる資格は得られない。

 ブリタニアとの戦争でギアスを使わせれば、短期間に暴走状態になる可能性は高い。
 だからC.Cは積極的にルルーシュに協力しているのだと、ルルーシュは考えたのだ。

 「・・・怒っているのか、ルルーシュ。何も言わずに契約だけを押し付けたことを」

 当然の話だからそうだと言われてもC.Cは何とも思わない。だが、ルルーシュは首を横に振って否定した。

 「いいや、この力を与えてくれた代償なら、いっこうに構わない。どのような裏があっても、俺はお前に感謝している」

 「ルルーシュ・・・」

 まさか真実を知ってなお感謝されるとは想像していなかったC.Cは、驚きに目を見張った。

 「契約は契約だ、叶えよう。俺のギアスが暴走するか、もしくは“達成人”となった時お前のコードを引き継ぎ魔王となろう。
 お前の呪いを俺が引き継ぎ、お前との約束を果たそう、C.C」

 「ルルーシュ・・・本気か?」

 「ああ・・・どれほどの呪いに満ちたものであれ、俺の目的を果たすためにはこの力は必要だ。
 コードもナナリーが笑って暮せる優しい世界を見守っていくために必要だと思えば、永遠の生も悪くはない」

 ルルーシュはそう言って笑った。
 C.Cは泣きそうな顔で笑って、ルルーシュに抱きついた。

 「初めてだよ、お前みたいなやつは・・・」

 C.Cは嬉しかった。まさか己の呪いを知ってなお、否定しなかった人間がいるとは思いもしなかったから。

 「それに、マグヌスファミリアもコードを消す研究をしていたと聞いている。
 まだ結果は出ていないかもしれないが、それに俺も力を貸すつもりだしな」

 「そう言えばそう言っていたな・・・お前の頭があれば、研究が成るのも早そうだし」

 C.Cとルルーシュとの間に話がつくと、ルルーシュはシャーリーを見た。

 「とにかく、マオの件を片付けないとな。シャーリーのほうは・・・彼女には悪いが、記憶を消すしかない」

 ギアスを使って自分がゼロであったことを忘れさせ、学園に戻そうとするルルーシュに、気絶していたはずのシャーリーが飛び起きて言った。

 「いや、消さないでルル!私、忘れたくない!」

 「シャーリー・・・起きていたのか」

 ルルーシュの非力な力では、大して効力がなかったらしい。
 シャーリーはC.Cを押しのけてルルーシュに抱きつき、再度懇願した。

 「ルルがゼロなんて、私絶対誰にも言わないから!ルルのこと忘れたくないの!」

 「落ち着いてくれシャーリー。君が密告するなんて、これっぽっちも思っていない」

 自分の正体を知った軍人を撃ってまで、秘密を守ってくれたのだ。今更そんな疑いなど持っていない。
 しかし、その軍人の死体が確認出来ていない。万が一生きていてそこから情報が漏れれば、黒の騎士団に通じていたと思われてシャーリーの身が危ない。

 「あ、あの変な男の人が・・・ルルがゼロならいずれ捕まるって・・・私も軍人撃ったからお父さんやお母さんも捕まって殺されちゃうから、その前にって言われて・・・ごめんなさい!動転してたの」

 「やはりか・・・大丈夫だ、それは俺がどうにかするから。
 君は何もかも忘れて、いつもの学校生活を送ってくれればいいんだ」

 「いや!ルル、やめて!どうして、どうして私じゃ駄目なの?カレンやその女の子の方がいいの?ゼロの協力者だから?!」

 (マオのやつ、カレンが騎士団にいることまで教えたのか。それでシャーリーの焦りにつけこんだんだな)

 C.Cはそのやりとりで冷静にそう分析する。
 おそらくマオはルルーシュの記憶を読み取り、カレンが黒の騎士団の一員であることを知り、それをシャーリーに教えることでこのままでは自分がルルーシュの心に入り込む余地がないから今のうちにとでも言ったのだろう。
 
 ルルーシュはだいたいの人間の心理を分析出来るが、女心だけは専門外であることを嫌というほど知っているC.Cは、助け船を出してやることにした。

 「いいじゃないかルルーシュ。別に記憶を消さなくても」

 「C.C!だがこのままではシャーリーが」

 「だいたいその女が撃った軍人の生死が不明なんだろう?もし生きていたら、そいつの記憶を消したところで彼女が危険なのは同じじゃないか」

 「それはそうだが・・・」

 そこまで話した時、C.Cは契約者とだけ話せる精神会話でルルーシュに語りかけた。

 《だったら、その軍人の始末がついた後で改めて消せばいい。今消すのは却って危険だ・・・マオの件もある》

 《それまでは俺がシャーリーについて、ブリタニア軍から守るしかないということか》

 C.Cの意見にも一理あると思ったルルーシュは、全力でシャーリーが撃ったという女軍人の行方を確かめることにした。

 「解った、君の記憶は消さないよシャーリー。
 だが済まないが、君が撃ったという軍人の情報をくれないか?この件をうまく処理するためにも、必要なんだ」

 「ほんと、ルルーシュ?ありがとう!」

 シャーリーは安堵した笑みを浮かべて、ルルーシュに言われるがまま自分が会った軍人の情報を話した。

 「ヴィレッタ・ヌゥか・・・すぐにでも調べるとしよう。
 シャーリー、カレンはゼロの正体が俺だということは知らない。だから、学校でもカレンとその話をするのはやめてくれ」

 「そっか、カレンは知らないんだ・・・でも、あのカレンがねえ・・・」

 あの病弱なお嬢様だと思っていたカレンが、黒の騎士団でルルーシュと付き合っていたと思っていたシャーリーはさらにほっとした。

 ゼロの正体を知っているのは自分だけ。そう思うと、なんだかとっても嬉しい。

 だがそう思った瞬間、マオの言葉が脳裏に蘇った。

 『ルルーシュを救ったのは自分・・・そう思って彼を手に入れられるかもって醜い考えを持っただろう?』

 「・・・・!!!」

 青ざめた顔でうずくまったシャーリーに、ルルーシュは慌てて膝をついて彼女を抱きしめた。

 「大丈夫だ、安心してくれシャーリー。巻き込んでしまった以上、俺が守るから」

 「違うの、違うのよルル。私ね、ひどい女なの。ゼロの正体を知って、それを助けたから私、ルルに好きになって貰えるって思ってたの」

 「それがどうしたというんだ、シャーリー。俺はもっと外道なことを考えて、そして実行に移してきた。
 それに比べれば、君ははるかに純粋だよ、シャーリー」

 「ルル・・・」

 「君はただ友人を助けようとしただけだ・・・君は悪くない。俺がすべて片付けるから、何の心配もいらないから・・・泣かないでくれ」

 全てが終わったら、本当に何もかも忘れさせるから。
 ゼロのことも、彼女が犯した罪も、自分への想いも・・・嫌なことは全て。

 「さあ、帰ろうシャーリー。俺達の学園へ」

 「ルル・・・うん、帰ろう。みんなが待ってるもの」

 シャーリーは安心したようにルルーシュの腕につかまりながら立ち上がる。

 「C.C、マオの件は彼女達と連携して片付けることにした。詳しい事は彼女から聞いてくれ」

 ルルーシュがエトランジュとの待ち合わせ場所を教えると、C.Cは了解した。

 (彼女達って・・・ルル、他にも協力してくれる女の子いるんだ)

 無意味に女を引き付ける想い人に、シャーリーは内心で大きく溜息をつく。
 よもや無自覚な女たらし認定を横にいる少女にされているとは思ってもいないルルーシュは、大事そうにシャーリーと手を繋いでアッシュフォード学園へと戻るのだった。



[18683] 挿話  父親と娘と恋心
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/11 21:19
  挿話  父親と娘と恋心


 
 ナリタから戻ったルルーシュが生徒会室に入ると、シャーリーが大きく溜息を吐きながミレイに今日の生徒会は休ませてほしいと頼んでいるところに遭遇した。
 
 滅多にないシャーリーの休暇願いに、ミレイは心配そうにその理由を尋ねた。

 「どうしたのよシャーリー。どこか具合でも悪いの?」

 「違う違う、そんなんじゃないの。実は単身赴任をしてたお父さんが、急きょトウキョウに戻ってくることになってね」

 「あらあら、また急に戻ってくることになったのねえ?」

 「うん、実はちょっと怖い話なんだけどね・・・お父さん地質学者で、ナリタ連山で仕事してたのよ」

 サクラダイトの鉱脈がフジ以外にもないかどうかを、エリア11を巡って調べるのがシャーリーの父親の仕事だった。
 だが黒の騎士団によりナリタ連山は土砂で埋もれてしまい、とても調査どころではなくなったため、また別の調査対象の山が決まるまで待機ということになったのだそうだ。

 「ナリタ、連山・・・」

 ルルーシュが内心青ざめた表情で呟いた。
 生徒会のメンバーは黒の騎士団によるテロに巻き込まれそうになったシャーリーの父親を案じてのことだと思ったが、もちろん違う。
 己が起こした土砂崩れの場所に、よもや友人の父親がいるとは思いもしなかったのだ。

 「ああ、大丈夫よルル。お父さん周辺の人達とすぐに避難したから、全然元気」

 シャーリーの言葉に、ルルーシュは心底から安堵の息を吐いた。
 これから死者が大勢出る戦争に発展していくことは、承知の上だった。
 だが、何の関係もない一般人、しかも知人の友人まで巻き込むことになるなど、今の今まで思い当たらなかったのである。

 幸い今回は無事だったようだが、もし本格的に日本解放戦争となったら当然最後の舞台はここ、トウキョウ租界だ。
 
 (せめて己の箱庭に住む者達くらいは巻き込まないようにしなくてはならない・・・ナナリーのためにも)

 「・・・それはよかったなシャーリー。あの土砂崩れは相当なものだったと聞いていたが、どのあたりに住んでいたんだ?」

 事実、ルルーシュの想定範囲外にまで土砂が及んでおり、エトランジュ達の機転がなければ大きな失点となるところだったのだ。
 シャーリーが父親が借りていたナリタ連山にある借家の住所を答えると、もろにその場所であったことを知り、内心で冷や汗を流す。

 (エトランジュ女王達には、個人的にも感謝だな・・・)

 よもやゼロの知人がいると知っての行為ではないだろうが、公私ともに大きな借りを作ったなとルルーシュは思った。

 「それでね、お父さんの私物もみんな土に埋もれちゃって・・・仕事柄単身赴任ばっかだから、家にそんな服も置いてなくて・・・それで今から買い物に付き合えって言われちゃったの」

 「そういうことなら、仕方ないわね。単身赴任ばかりなら、この辺りの事もよく知らないだろうし・・・」

 ミレイが許可を出すと、シャーリーはありがとうございます、と頭を下げた。
 と、そこへミレイがルルーシュに向かってニヤリと笑いかけて肩を叩く。

 「そうだルルちゃん。シャーリーとお父さんの買い物、貴方も手伝ってあげてよ」

 「俺が?どうしてですか」

 「だって、お父さんの服って当たり前に男性用でしょ?
 その手の店にシャーリーが詳しい訳ないんだから、ここは同性であるルルちゃんのほうが適正じゃないの」

 悪戯っぽい笑みなミレイのもう一つの真意はむろん、カレンとルルーシュが付き合っているのではとやきもきしているとシャーリーを慰めるためだったりするのだが。

 ルルーシュは黒の騎士団との二重生活の中、少しでも負担になるような事は正直避けたかった。
 しかし、確かエトランジュが“たまたまいた地質学者が自分達の言葉を信じてくれたおかげで住民の避難が成功した”と言っていたのを思い出し、まさかと思ったので了承することにした。

 「解りました。シャーリー、君もそれでいいか?」

 「え、え、いいの?!」

 「ああ、別に構わないぞ。俺の分の仕事は会長がやってくれるそうだし」

 「えー、どうしてそうなるのよー?!」

 その言葉にミレイは不満そうに叫んだが、言いだしっぺは会長だというルルーシュの言葉に頬を膨らませる。

 「ある程度まででいいですよ。差し迫ったものもないようだし・・・じゃあ、行こうかシャーリー」

 「う、うん!じゃあ私着替えて来るから、正門前で待っててね」

 まさかルルーシュと買い物できるなんて、とシャーリーは顔を上気させ、有頂天に生徒会室から走って行く。

 「久々に父親と会えるからって、そんなはしゃがなくてもいいのにな」

 「あー、いや、そういうわけじゃないから、ルルーシュ」

 鈍い友人の天然発言に、ニーナはシャーリーに何度目か解らない同情をしたのだった。


 30分後、ルルーシュとシャーリーが正門前に来ると、既に彼女の父親がそこで待っていた。

 「あ、お父さん!早かったね」

 「ナリタ周辺住民が一時的にトウキョウ租界に避難することになってね。そのための臨時便が出たから、それに乗って来たんだよ」

 ナリタの適当な店で買い求めたというラフな服装でやって来たシャーリーの父親は、娘の顔を見て頬を緩めた。

 「今日は部活はいいのかい、シャーリー?」

 「部活はないけど、生徒会があって・・・でも、会長が快く休みをくれたから」

 「そうか、それは悪いことをしたな。後でケーキでも買って、皆さんに差し入れてあげなさい」

 「そうだね・・・そうそう、今日私達の買い物に付き合ってくれるって、うちの生徒会の副会長のルルーシュが来てくれたの」

 シャーリーがそう言って父娘の再会をどこか遠いものを見るように見ていたルルーシュを手招きすると、ルルーシュが二人に歩み寄って手を差し出して自己紹介する。

 「ルルーシュ・ランぺルージといいます。シャーリーには、いつもお世話になっています」

 「いやいや、娘の方こそ世話になって・・・シャーリーの父です。娘からは君の事は常々聞いているよ」

 娘がたまにする電話で世間話のように聞かされていた少年が、娘の意中の人物だと彼はすぐに悟った。
 こうも毎回同じ人物、しかも異性の話をされれば、どんなに鈍い人間でも解ろうというものだ。
 気づかないのは当の想い人のみである。

 「あのね、お父さんの服男性用だから私よく解らないだろうって、ルルが来てくれることになったの」

 シャーリーが嬉しそうに言うと、これではむしろ自分がお邪魔虫だとフェネットはいたたまれない気分になった。
 今からでも自分抜きで若い二人だけで・・・と言いたかったが、主目的は己の買い物なので、今更断るわけにもいかない。

 普通の父親なら娘のボーイフレンドを見極めようとするものかもしれないが、フェネットは娘を信頼していたのでそこまでしようとは思っていなかったのだ。

 「そうか、忙しい中すまないねルルーシュ君。では、今日はよろしくお願いするよ」

 「ええ、俺でよろしければいくつか行きつけの店を紹介します」

 「君のような年代の子が行く店か・・・もうおじさんの私では似合わないかもしれないな」

 「とんでもないですよフェネットさん。もう高校生の御令嬢がいるとは思えないほど、若々しくていらっしゃいます」

 天然タラシと言われるルルーシュの弁舌は、別に女性にだけ発揮されるものではなかったらしい。
 フェネットはいやいや、と否定しながらもまんざらではなさそうだ。

 三人が歩き出すと、ルルーシュはまず自分が愛用しているデパートを案内することにした。そこなら年代別の服装はむろん、下着や日常品が一気に選べて配送もして貰えるからだ。

 シブヤにあるデパートにフェネット父娘を連れて行くと、まず日常に使う服、下着、日常品などを次々に選んでいく。
 さすがに男の買い物は早く、それはすぐに終わったのだがついでにシャーリーも服が欲しいと言い出したため、付き合い料の名目で買って貰えることになったシャーリーは目を輝かせてレディースフロアに飛んで行った。

 「まったく、女の子というのは・・・もうすでにたくさん持っているというのに」

 喫茶店で溜息をつくフェネットに、ルルーシュは笑いながらフォローする。

 「シャーリーもお年頃だから仕方ないですよ。成長期ですからすぐに服も合わなくなるし」

 「それもそうだが、それだけじゃない気もするよ」

 「と、言いますと?」

 きょとんとした顔で聞き返すルルーシュを見て、フェネットは娘が恋焦がれているこの少年が半端なく鈍いことを知った。
 横に好きな男の子がいたら自分をもっと魅せたいと思うのは当然のことで、それ故に服や化粧品などが欲しくなるものだというくらい、自分でも知っている。

 (これは手強そうだ・・・頑張れシャーリー)

 内心でそうエールを送るフェネットは、シャーリーに手渡したコンサートのチケットのことを思い出した。
 友達を誘うと言っていたが、あの声音からおそらくボーイフレンドの方だろうと予想していたので今後の展開を楽しみにすることにした。

 「いや、何でもないよ・・・それより、当分はトウキョウ租界にいることになるので家族サービスでもしようと思っているんだが・・・シャーリーが喜びそうな場所とかは知らないかな?」

 今日のお礼と称して誘って、自分は急に仕事が入ったことにしてキャンセルしようと娘のためにささやかな計画を瞬時に立てたフェネットの問いに、ルルーシュはすぐに答えた。

 「シャーリーは水泳部ですから、そうですね・・・クロヴィスランドのプールなどいかがですか。
 大型のスライダーなどもありますから、家族にも人気だそうですよ」

 「なるほど。いや、いつも放っておいてばかりなので、娘の喜ぶものなどあまり見当がつかなくてね」

 「放っているなどとんでもない!放っておくというのはですね、子供に対して何もしないことをいうんです。
 俺はフェネットさんはシャーリーを大事に思い、育てていると思いますよ」

 やけに語調の鋭いルルーシュに、フェネットはもしかして彼は親とうまくいっていないのではないだろうかと思った。
 
 「その、失礼だが君のご両親は?」

 「・・・母が事故で亡くなった後、俺達に何も手を差し伸べなかったあのクソ親父は本国でふんぞり返っています。母の遺産で何とか暮らしているんですよ」

 「養育費も送ってこないのかい?・・・君のお父さんは」

 「そんな単語があの男にあるとは思えませんね」

 戦争を起こすつもりで戦場となる国に目と足が不自由な妹と共に送り込み、助けのHの字も寄越さなかったあの父親に、ルルーシュは何も期待していない。
 再会したが最後、自分は容赦なくあの男の心臓に銃弾をお見舞いするであろう。

 「だから、貴方のように子供を大事にしてくれる父親が羨ましい。貴方のような人が父親だったらと、いつも思っています」

 せめてナナリーだけでも、フェネットのような人の元に生まれていればよかったのに。

 「そうか・・・まあ、これも縁だ。何かあったら、相談くらいには乗るよ」

 「ありがとうございます・・・すみません、初対面の人にこんな話を」

 「振ったのは私の方だから、気にしないでくれ・・・ああ、ナリタのニュースをやってるね」

 無理やり話題変換を試みたフェネットが、喫茶店に置かれていたテレビのニュースを見やって言った。

 「ナリタ連山の被害は甚大でありましたが、幸い政庁からの避難誘導に従った市民が多く死者は出ませんでした。
 なお、この土砂崩れは黒の騎士団が人為的に引き起こしたものであるとの見解が・・・」

 「やっぱり、黒の騎士団が原因か・・・避難するよう呼びかけて正解だったな」

 フェネットがぽつりと呟いた言葉に、ルルーシュが目を光らせた。

 「貴方はこの土砂崩れを知っていたんですか?」

 「ああ、実は私達が住む地域にまで土砂崩れは来ないと読んでいたから、安心していたんだけどね・・・ここは危ないとわざわざ忠告してくれた女の子がいたんだよ」

 (エトランジュ女王か・・・まさかとは思ったが、シャーリーの父親と会っていたのか)

 今回シャーリーの父親と会う事にして正解だったらしい。
 しかし、なぜルルーシュはエトランジュの言葉を信じたのか不思議に思い、尋ねてみた。

 「なぜテロリストの言葉なんかを信じたんです?普通あそこまで土砂が来るなんてあり得ないでしょうに」

 「そうだな・・・“あり得ないからこそ信じた”ってところかな?」

 フェネットがそう言うと、買い物を終えたらしいシャーリーが背後から声をかけた。

 「なあに、それ?よく解らないけど」

 機嫌良く紙袋を荷物入れに置いたシャーリーは、顔を赤くしながらもさりげなさを装ってルルーシュの横へと座った。
 
 「ナリタの話?私も聞きたいな」

 自分だけ置き去りにされるのが悔しくて、シャーリーが話に加わるとフェネットはそんな娘に苦笑を浮かべながらも答えてやる。
 
 「いや、私達に避難するよう呼びかけたのは、何世代前のだって言いたくなるほどの古いナイトメアに乗った女の子でね・・・しかもお前より年下のようだったよ」

 「そんな古い機体に乗せた女の子まで参加しているの?黒の騎士団って」

 子供を戦わせるなんてひどい、とシャーリーは怒ったが、フェネットはまぁまぁ、とたしなめて続けた。

 「その子は特に弁舌を弄したわけではなくて、ただこの辺りまで土砂が来ると計算結果が出たから避難してくれと訴えただけだった。
 他の人は何を馬鹿なと思ったみたいだけど、私は本当にそんな計算が出たから忠告に来たんじゃないかと思ったんだよ」

 黒の騎士団は、テロリストだ。テロリストに何でもないことのために人員を割く余裕があるとは思えない。
 なら今回の件も何らかの意味があるはずだと、フェネットは考えたのだ。
 本当に黒の騎士団が行う作戦で、大規模な土砂崩れが起こるかもしれないと。

 「実際、滅多な事じゃあそこまでの土砂崩れは起こらない。それこそ相当なダメージを相当な兵器を使って与えない限りあり得ないことだ。
 けど、昔のエリア11のコミックにあったな・・・・“あり得ないなんてことはあり得ない”と」

 あの少女の台詞を聞いた時、フェネットは本当にそんな兵器を黒の騎士団が作ったのではないかと思った。
 フェネットは人種差別を妄信してはおらず、虐げられれば人間反発するものだということを知っていた。
 だからこそ恨みをバネにそんな恐ろしい兵器を作ったのかもしれない・・・もともと日本人は器用で高い技術力を持った国だったではないか。 

 黒の騎士団は正義の味方を謳っているからこそこうして忠告する人間を差し向けたのだと考えたフェネットは、少女を信じることにした。
 何も起こらなかったとしたらそれでよし。ただ自分は心配性だというレッテルが貼られて終わりである。

 だから少女の台詞に合わせて住民達を避難させたのだが、それは見事に正解だったわけだ。

 「お陰で住民からは感謝されたし、軍からもお褒めの言葉を貰えたよ。人間誰からのものであれ、忠告は聞いておくものだね」

 「それは・・・よかったですね」

 「まあ、こうして臨時の休みが貰えて娘ともしかしたら義理の息子になるかもしれない子とゆっくりできるんだから、大きな声では言えないが黒の騎士団に感謝してもいいかもしれないね」

 フェネットが後半は小さな声で言うとルルーシュは目を見開き、シャーリーはリンゴのように真っ赤になって父親の肩を叩いた。

 「ちょっと、お父さん!ルルとはそんな仲じゃないんだってば!!」

 「そうなのかい?私はてっきり・・・」

 「ル、ルルだって困ってるじゃない!もー、まったく・・・」

 照れ隠しに乱暴にフォークを動かしてケーキを食べるシャーリーに、ルルーシュは天然で残酷な言葉を言ってしまった。

 「そうですよフェネットさん。俺みたいな男がシャーリーと付き合うだなんて・・・」

 ガシャン、と音を立てて、シャーリーの手からフォークが落ちた。
 自分はこんなにも彼のことが好きなのに、彼にとってはそんな対象ではないのだろうかとシャーリーは不安になる。

 「知っての通り、俺には目と足の不自由な妹がいて、親もいない。
先行きがいろいろと不安なので恋愛どころじゃないですし、そんな男が大事な娘さんを幸福に出来る自信はありませんよ」

 軽くそう笑いながら優雅な手つきでコーヒーを飲むルルーシュに、シャーリーは恋愛どころじゃないという言葉にホッとなるべきなのか、それとも悲しむべきなのか迷った。

 (恋愛どころじゃないってことは、カレンもその対象じゃないってことで・・・でも、それならそれで私はルルにそういう対象に見られることはなくて・・・)

 「そうか、妹さん思いだなルルーシュ君は・・・私としてはそういう子が娘の婿になって欲しいものだけどね」

 「フェネットさんも冗談がお上手だ」

 はははと笑い合う父と恋焦がれる少年に、シャーリーはもう顔を赤くするしかなかった。
 ぐるぐる回る思考をしている娘に、青春してるなと感慨に耽るフェネットだった。
 
 
 今日の休暇の礼にと生徒会への差し入れを買った一行は、デパートを出たところで父親は家に帰ると言って別れた。

 いや、父親がおせっかいにも“以前渡したチケットのコンサート、彼を誘うつもりなんだろう?うまくやりなさい”などと囁いてきたので、さっさと帰ろうとばかりにシャーリーが強引にルルーシュを引っ張ったという方が正しいだろう。

 フェネットは娘の恋がうまくいくように祈りながら、わざとらしくハンカチを振ってそんな二人を見送っていた。

 「まったくもー、お父さんってば」

 ぷりぷり怒りながら学園への道を歩くシャーリーに、ルルーシュはいつになく真剣に言った。

 「君のことを大事にしてくれる、いいお父さんじゃないか・・・そう怒ってやるな」

 「だってさ、ルルにだって余計なことばっかり・・・」

 「今回のことだって、一歩間違ったらお父さんは土砂崩れに巻き込まれていたかもしれないじゃないか・・・そう思うと生きて戻れたことに安心して、気が緩んでいるのかもしれないし」

 もしエトランジュ達が来なかったら、十中八九そうなっていただろう。
 今頃シャーリーの元に父親の訃報が届いていたかもしれないと思うと、ルルーシュの背中に冷たいものが走る。

 自分が行く道は悪鬼羅刹が跋扈する戦場であり、数多くの犠牲が出ると解っていたはずだ。
 そのために犠牲になる者が多く出ることも、身内を殺されて泣き崩れる者が大勢出てくることになることも、全て理解していたはずだ。

 (幸い、運良く今回は回避できたが・・・これを教訓にして、もっとシミュレーションの幅を広げておかなくては)

 覚悟は出来ていても、だからといってむざむざ手を打たないほど自分は馬鹿ではない。
 ルルーシュはそう決意すると、不意に足を止めた。

 「どうしたの、ルル?急に止まって」

 「ああ、携帯のバッテリーが壊れかけているから、そろそろ買い換えようと思っていたのを思い出してね。ついでに今から行ってこようと思って」

 「それなら、私も・・・」

 慌ててついていこうとするシャーリーだが、ルルーシュは彼女の手にあるケーキが入った箱を指して言った。

 「シャーリーはそれを生徒会のみんなに届けてやってくれ。夏場だし、早く食べたほうがいいからな」

 「そ、それもそうだね。じゃ、また後で」

 (わあん、コンサートのこと言うきっかけなかった!!)

 シャーリーが内心でそう叫びながら学園に向かって走り去ると、ルルーシュは携帯電話のショップを通り過ぎてシンジュクゲットーの方へと足を進めた。


 その日の夜、フェネットは自宅でナリタ連山で会った黒の騎士団の協力者と名乗ったナイトメアに乗った少女について、改めて尋問を受けていた。
 フェネットは避難した後にも言ったようにその少女から避難するよう言われて念のためにそうしただけ、ナイトメアも旧型でケープを羽織った十代の少女としか言えないと答えると、ヴィレッタ・ヌゥと名乗ったその女性軍人は深く頷いて軽くメモを取った。

 「フェネットさんに黒の騎士団に通じているなどという疑惑はありません。  
 こうして幾度もお尋ねしたのも、また新たに思い出したことがないか確認させて頂いているだけのことですので」

 「それならいいのですが」

 余計な疑いをかけられて連行されたりすれば、娘にも累が及んでしまう。フェネットは疑いはないようだが、面倒なことだと内心で大きく肩を竦めた。

 ヴィレッタとしても本当に形式的に聞きに来ただけなので、長居するつもりはなかったらしい。さっさと辞去する旨を伝えると、ふと飾ってあった写真に目を止めた。

 「・・・この写真、お子さんの写真ですか?」

 「ええ、娘と娘が所属している生徒会のメンバーの写真です。以前娘が送って来たもので・・・」

 単身赴任中にシャーリーが送って来た生徒会メンバーの集合写真を、避難する時に持って来たのだと答えるフェネットは、その写真の真ん中にいる黒髪の少年を凝視しているヴィレッタに眉をひそめた。

 「あの、そちらの少年がなにか?」

 「いえ、ちょっと見かけたことがある気がしただけですが、気のせいでした・・・夜分遅くに、失礼しました」

 ヴィレッタはそれだけ答えると、再度礼をしてフェネット家を辞した。

 (あの少年は、あの時のテロの現場にいた・・・アッシュフォード学園、か)

 これは調べてみる価値があると内心で呟くと、車に乗り込んでアクセルを踏んだ。



[18683] 第六話  同情のマオ
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/19 11:50
  第六話  同情のマオ



 翌日夕刻、シンジュクゲットーにあるルルーシュの隠れ家でエトランジュはC.Cと会っていた。

 「事情はある程度ゼロより伺っておりますが・・・いくら何でも、何も知らない人間にギアスを与えて利用するのは酷くありませんか?
 ましてギアスの暴走と言う必ず伝えなくてはいけない事すら教えないなんて」

 冷たいエトランジュの声に、C.Cはいつものように涼しげな態度で応じた。

 「解っていてやったんだ・・・私は魔女だからな」

 「私にはコードを持っただけの普通の人間の女性に見えますが」

 思いもしなかった台詞で言われて、C.Cは驚いたようにまばたきする。

 「お前には、私が普通の人間に見えるのか?」

 「ええ、どこにでもいる普通の女性に見えます。だから、こうやって苦情を申し上げているのではありませんか」

 貴女は人間以外の存在に、こうやって懇々と苦言を呈したり説教したりということをするのですかと言われ、C.Cはなるほどと笑みを浮かべた。

 「そうか・・・人間扱いされるのも、ルルーシュ以外では久々のことだな」

 生まれた時から孤児で奴隷として売られ買われた日々。
 やっと自分を望んで愛してくれる人がいたと思えば、自分をいわば生贄として利用するために選ばれただけだった。
 ギアスでしか愛を得られず、それ以降は魔女として疎まれた。

 けれど目の前の小さな女王は、自分が人間に見えるからこそこの行為に怒っているのだと言う。

 (ルルーシュとは違った意味で、初めてだなこんなやつは)

 「とにかく、これからマオさんに会いにいくわけですが、貴女には必ずして頂きたいことがあります」

 「なんだ?」

 「マオさんに謝って下さい」

 C.Cがどんな目的でマオを拾い、そして何故捨てたかを正直に言い、その上で謝るべきだとエトランジュは言った。

 「人間相手に迷惑をかけたら謝るべきだと、私はお母様から教わりました。
 貴女は理由があったとはいえマオさんを大事に育てたのかもしれませんが、彼を歪む原因を作ってしまったのですから」

 「解った・・・今日、トウキョウ租界の小さな遊園地で会う手はずになっている。
 ルルーシュが当分の間、そこへ誰も入れないようにするそうだ」

 「解りました。では、参りましょう」

 エトランジュは隠れ家の外で見張りをしていたジークフリードとC.Cの三人で、トウキョウ租界へと戻った。

 約束の時間までまだあるので、エトランジュは先にアルカディアやクライスのお土産としてタコヤキやタイヤキを買いたいと言ったが、冷めるとまずいと言われて断念する。

 「せっかく桐原公からお小遣いを頂きましたのに・・・日本の美味しいものを買って、みんなで食べようと思っていたのですが」

 日本の食べ物は、こうやって細々と屋台で売られているものだけで、物珍しさからブリタニア人、懐かしさから日本人が買っていく程度のものだった。

 「昔頂いた赤福も、もう売っていないそうです。何か他にないでしょうか・・・」

 屋台を見回してみると、apple candyとcotton candyと書かれた屋台を見つけた。エトランジュはなんだろうと思って近寄ると、確かに林檎を飴でくるんだものと、綿のようなお菓子が並んでいる。

 「わあ・・・これ、何て言うんですか?美味しそうです」

 目を輝かせて尋ねるエトランジュに、名誉ブリタニア人の男が丁寧に説明する。

 「これはご覧のとおり、林檎を飴でくるんだものです。少し食べづらいですが、甘くて美味しいですよ」

 「私には甘すぎそうなので合いそうにないな・・・」

 ジークフリードが果物の飴漬けと聞いて胸やけがしそうな顔をしたが、エトランジュはニコニコしている。

 「こちらは砂糖を機械で綿状にした飴です。手で食べるとベタベタしますが、こうやって割りばしで絡めれば・・・」

 店員が器用に機械から出てきたわたあめを絡め取ると、まるで雲が割りばしに刺さっているかのようだ。

 「わあ、綺麗!あの、これお土産に持って帰りたいんですけど・・・出来ますか?」

 「はい、もちろんです!こうして袋に詰めれば・・・リンゴ飴もビニールに包めば大丈夫ですよ」

 「じゃあ、林檎飴とわたあめを十人分ずつ」

 「どれだけ食うつもりだお前」

 C.Cが思わず突っ込むと、エトランジュは実に嬉しそうな表情で答えた。

 「だって、おじ様方やお友達の方にも配りたいんです。きっと皆さん、喜んで下さいます」

 おじ様方とはキョウト六家の面々で、お友達の方とは神楽耶のことだ。
 日本奪還を目指して日々粉骨砕身している方々に、せめてもの差し入れをというエトランジュに、C.Cはナリタで会って以来常に感情を抑制しているように見えた彼女の本質を垣間見た気がした。

 ふとジークフリードを見てみると、彼は無表情でわたあめが作り出されているのを年相応に興味津々に見ている主君を見つめている。

 「凄い、砂糖が綿みたいに・・・どうやって作るんですか?」

 「機械ですから、詳しい事はちょっと・・・はい、どうぞ」

 大量に積まれた林檎飴とわたあめに、エトランジュは少し重そうに受け取った。

 「けっこうかさばるんですね」

 「わたあめは食べようとすると量はそれほどでもないので、それくらいじゃないと物足りないんですよ」

 「そうなんですか・・・あ、これお代です」

 先に荷物になる物を買ってしまったが、夜になると名誉ブリタニア人は特例を除いて帰宅しなければならないため、屋台が閉まってしまうから仕方ない。

 こうして時間を潰すこと二時間後、マオとの約束の時間の十五分前に、エトランジュ達は待ち合わせ場所である遊園地にやって来ていた。

 「マオさんとおっしゃる方は、白い髪で背の高い男性・・・でしたよね?年はお幾つですか」

 「十一年前の六歳の時にギアスを与えたから・・・十七歳のはずだ」

 「アルカディア従姉様より年下なのですね」

 (そういえば、ルルーシュとも同じ年になったんだな・・・)

 マオと出会ったのは十一年前で、それからはずっと彼を育てて暮らしていた。だがある日マリアンヌとシャルル、そしてV.Vと出会い、“ラグナレクの接続”という計画を知らされ、それならマオにコードを押し付けなくてもよくなると思い賛同した。

 それ以降はお飾りのギアス嚮団の嚮主になり、マオには内緒でブリタニア首都のペンドラゴンの宮殿とギアス嚮団本部にたまに顔を出していたが、それでも彼と暮らしていた。

 だが七年前にマリアンヌが殺され、シャルルとマリアンヌ、V.Vに不信を抱いたC.Cは当初の計画通りマオにコードを渡そうとしたが・・・結局、出来なかった。

 嫌なことを後回しにしていたツケが今回ってきたと、C.Cは自嘲した。

 暗い園内で三人で待っていると、いきなり電気が点灯しメリーゴーランドが回り出した。

 「C.C~!来てくれたんだね!余計な子もいるみたいだけど・・・」

 白馬に乗った王子様、と己で言いながら現れたマオは、ぎろりと鋭い目でC.Cの横に立つエトランジュを睨みつけた。

 「何だよ、お前・・・僕を説得に来たんだろ?どうせ無駄だと・・・思うけど・・・」

 マオは初めこそバカにした様子だったが、だんだん語尾が小さくなっていく。
 エトランジュはいきなりな登場の仕方に初めこそ瞬きを繰り返して呆気に取られていたが、すぐに表情を引き締めてマオを見つめた。

 「初めまして、こんばんは。私はエトランジュと申します、マオさん。
 C.Cさんから貴方のお話は伺いました。だから、私と話をして頂けませんか?」

 「う、うるさいうるさい!何だよ、僕に同情してるのか?!
 そんなの僕はいらない!C.Cがいればいいんだ!!」

 「はい、それは解っています。でも、それは私達が困るのです。
 だから、丸く納まる方法を考えてみたので、検討して頂きたいのです」

 「なんだよ、確かにその方法なら、何とかなるかもしんないけど!!その方法はすぐには使えないんだろ!
 日本が解放されるまではたぶん無理だって、それまで僕はどうしろってんだよ!
 それに、その方法でギアスが僕からなくなったって、今更僕は人間となんか暮らせないんだ!!
 C.Cとじゃないとだめなんだよ僕は!!」

 エトランジュの心を読んで彼女の提案する策を知ったマオだが、頑なに拒否してメリーゴーランドから降りた。

 だが、それでもエトランジュが己に同情はしても悪意は持っていないことは理解しているのだろう、ゆっくりとエトランジュとC.Cに歩み寄る。
 そしてギアスを使いエトランジュの記憶を読み取ると、だんだんその顔から血の気が失せていく。

 「それに・・・嘘だよねC.C。僕に不老不死のコードを押し付けるつもりだったなんて・・・ね、僕にそんな酷いことするつもりだったなんて、この子の勝手な推測なんだろ?」

 本当は自分ですらそのとおりだと心の底では解っているだろうに、マオは震える声でC.Cに否の答えを求めた。

 「・・・すまない、マオ。私はお前を・・・」

 「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!C.Cがそんなことを僕にするはずがない!!」

 「そうですね、マオさん。C.Cさんは貴方にそんなことが出来なかった。だから、貴方の元から去ったのです」

 エトランジュが静かな声でそう言うと、マオは荒く呼吸を繰り返しながらエトランジュを見た。

 「貴方を大事にしていたから、貴方に辛い運命を押し付けることが出来なくて・・・でもコードを自分から消したくて・・・・だから貴方を置いて行ったのです」

 「でも、でも!僕はC.Cがいないと生きてけないんだ!独りは嫌なんだよ!
 だから僕が死ぬまでは傍にいてよ、お願いだから!!」

 エトランジュの言葉が真実だと知ったマオは、それでもC.Cを頑なに求めた。
 そして常に誰かと共にいるエトランジュには、マオの気持ちが痛いほど解る。
 独りで生きていくことが、どんなに怖いか。そしてたった一人と決めた存在が失われたことが、どれほど恐ろしいことか。
 だから、エトランジュは言った。

 「貴方の気持ちは解りますよ。貴方の人生に、C.Cさんは大きな責任がありますからね」

 「そうだよね、そうだよね!だからC.C、僕と一緒にオーストラリアに行こう。僕、家を買ったんだ!」

 エトランジュから同意を得られて嬉しそうな声で言うマオだが、心の中でエトランジュが思っていることを知り、台詞が止まった。

 「何だよ、だけどC.Cを連れていかれたら困るって・・・ブリタニアがC.C狙ってるからって・・・!」

 「C.Cさんがブリタニア軍に捕まって、人体実験を受けていたことは今ご存じになったかと思います。
 ただでさえ不利な中、ブリタニアにギアス能力者を大量に得られたら困るのですよ」

 「そんなの、僕には関係ない!」

 「でも、オーストラリアに一緒に逃げたとしても、また貴方もろとも捕まってしまうかもしれませんよ?
 貴方は特に、戦争に便利なギアスをお持ちですし・・・」

 「う、うるさい!・・・そーだ、いい事を教えてあげるよエディ。ゼロの正体」

 エトランジュが真っ正直にC.Cがブリタニアに連れていかれたら己が困ると告げたのと同時に、本当に自分を心配してくれているのだとマオは解ったが、人間と言う存在を信じていないマオは彼女の醜い部分が見たくなった。
 ゼロがブリタニアの皇子と知れば、きっと彼女は騙されたと怒るに違いない。

 「ゼロはね、今のブリタニア皇帝の末の皇子なんだよ!彼は自分を捨てた父親に復讐したくて、君達を利用しているにすぎないんだ!」

 C.Cが止めるより先に、マオは満を持して暴露した。
 にやりと笑みを浮かべてエトランジュを見やると、彼女は目を小さく見開いた後口を開いた。

 「そうですか・・・ブリタニア皇帝は子供を捨てるような人なんですか。それなら怒って仕方ないですね」

 「え・・・何で君、ルルに対して怒らないのさ」

 マオが理解不能というような顔で尋ねるのを見て、C.Cも驚いた。
 彼がそう言うからには、本当にエトランジュは怒っていないのだろう。

 「どうしてって・・・親から捨てられた子供が怒るのは当たり前でしょう?
 マオさんだって、C.Cさんからいきなり捨てられて怒ってらっしゃるのではありませんか?」

 「怒って・・・怒ってるわけじゃない!ただ、C.Cを連れ戻したくて!!」

 これまで見てきた人間とはまるで違う反応をするエトランジュが理解出来なくて、マオは必死で彼女を否定する。

 「うるさいうるさい!何でお前怒らないんだよ!同じブリタニアを恨みを持つ者同士で同盟を結んでいくのに変わりない、理由は人それぞれなのは仕方ないって!! 
 何でそんな割り切って・・・割り切らないとやってけない?!戦争やってる時点で奇麗事じゃやってけないから・・・・?!」

 マオが読んだエトランジュの考えは、こうだった。

 戦争をしている時点で、奇麗事ではない。目的を達するためには、汚れた手段などいくらでも使わなければならない。
 他人を利用するのだから、自分達も利用されても仕方ない。
 ブリタニアを恨む人達は数多くてその理由もそれぞれだから、いちいち気にしていたら切りがない。
 
 ゼロはブリタニアを恨んでいる。たとえその正体がどのようなものでも、彼の才能を頼りにしてブリタニアを倒そう。

 ゼロの正体はブリタニアの皇子・・・でも父皇帝から捨てられた。なら自分達を利用はしても裏切りはしないだろうから、気にしなくてもいいだろう。
 
 マオはエトランジュの理論は筋が通っている分、理解は出来た。ただ、感情で生きている彼は、そこまで理性で物事を捉えるエトランジュが理解出来ないのだ。

 理解出来ないものを遠ざけようと両耳を塞いだマオに、エトランジュは心の声で語りかけた。

 《聞こえますか、マオさん。どうか、私と話をして下さい》

 「・・・・っ」

 《ゼロの正体を教えてくれてありがとうございます。でも、それは今関係のないお話なのです。
 貴方の今後について、話し合いましょう?》

 「う、うるさい!お前、僕の能力が欲しいだけなん・・・じゃないんだ!あればいいかなって思ってるだけって!」

 《はい、あったら物凄く便利だなとは思いますが、別にないならないで仕方ないので気にしません。
 ですから、私の話を聞いて・・・貴方の話を私に聞かせて下さい》

 「・・・・・」

 《貴方には私のことが解っていても、私は貴方のことが解らないのです。話して下さらなければ、解らないのです。
 だから、どうか話して下さいな》

 ちゃんと聞くから。
 だから、貴方の言葉を聞かせて下さい。

 「・・・どうやって話せばいいのさ」

 マオはこれまで、自分の考えを人に話すということをしなかった。
 その前に他人の本音が透けて聞こえて、自分の真実を話すことが怖かったからだ。

 C.Cは自分が言葉にしなくても、己のしたいことや話したい事を理解してくれたから、それでいいと思っていた。
 だけど、エトランジュはそれでは解らないと言う。

 「では、私の質問にゆっくりでいいので答えて下さい。いいですか?」

 「解った・・・」

 マオが小さく咳払いをすると、エトランジュは尋ねた。

 「では、貴方はC.Cさんと一緒に暮らせれば、それでいいのですか?」

 「うん・・・僕はC.Cが傍にいてくれればいいんだ。でも、それじゃ君達が困るしC.Cも困る。
 ブリタニアはC.Cを狙ってるし、そしたら僕も危なくなる・・・だから、一緒にいようってことだろ?」

 「そうです。でも、貴方のギアスの暴走はまだ治まりそうにないようですので、黒の騎士団にいるのは辛いことと思います。
 だから、当分はC.Cさんと一緒にどこかで暮らして貰って、日本解放が成ったら遺跡を使ってマグヌスファミリアのコミニュティにいらして貴方のギアスを譲り受けたいのですが・・・その策についてはどう思っていますか?」

 「・・・マグヌスファミリアに、“他人の能力を他の人間に移す”ギアス能力の叔母さんがいるから、僕のギアスを他の子に渡そうって・・・出来るなら、いいけど」

 「前例はいくつかございます。暴走状態のギアスは、こちらとしても願ったりなことなので」

 ブリタニアが遺跡を次々に手に入れてはいくつか作動させた形跡があったので、ブリタニアにもコード所持者やギアス能力者がいる可能性は濃厚だった。
 そのためブリタニアからコードを奪う必要があると考えたマグヌスファミリアは、コードを奪える“達成人”になるべく、目下努力を重ねている。

 ところがポンティキュラス家はギアスの適性が低いのか、実はいまだに暴走状態にすらなっていないギアス能力者ばかりなので、マグヌスファミリアとしてはマオのギアス能力と言うより暴走状態のギアスが欲しいというのが本音だったりする。

 ただそれならマオにコードを奪わせるだけでもいいのだが、さすがに何も知らずにギアスを与えられて暴走状態にまでなってしまった人間に、そこまで背負わせるのは酷いと思ったのだ。

 「・・・僕もこのギアスはいらないから、貰ってくれるならいいと思う。君達も利用価値があるから別にいいって思ってるみたいだし」

 「では、ギアス能力を私どもに譲るという策は受け入れて頂けますか?」

 「うん、構わないよ。でも、日本を解放して遺跡が自由に使えるようになるまで、僕はどうすればいいの?C.Cは・・・僕のこと」

 利用していただけだったんだろ、という言葉を飲み込んだマオは、視線をC.Cからそらした。
 そしてC.Cはゆっくりとマオに近寄り、彼の顔を見て言った。

 「すまなかった、マオ」

 「C.C・・・」

 「私は孤児だったお前を見て、ギアスの素養があるとすぐに解った。もうこの長い長い生にケリをつけたかったから、お前にしようと思ったんだ」

 だからギアスを与え、以前の自分がされたように大事に育てた。
 マオのギアスは範囲型で、実はそれは常に発動するものではなかった。

 「お前のギアスは“一度発動すると一時間持続する”ものだったんだ。
 一時間経てばギアスはその後一時間使えなくなるというのが、制約だった」

 「え・・・でもC.Cは一度もそんなこと言わなかった!」

 「もし言えば、お前はギアスを使わなくなるだろう?そうなったらギアスの力は強まらず、暴走状態にならない。
 だから私は誘導して、お前に常にギアスを使うよう仕向けたんだ」

 C.Cとマオは、初めは中華連邦の小さな貧民街で暮らしていた。
 マオの能力の詳細を知ったC.Cは、ここは治安が悪いからギアスを常に使うように言い聞かせたのだ。
 もちろんいずれ暴走するなど、一言も告げないまま。

 「お前はまだ小さかったから憶えてないだろうが、周囲の心の声が聞こえない時間帯があったはずだ。
 それはギアスが使えない時間だった・・・その間に昼寝をさせたり勉強させたりして巧みに気づかせないようにしてな」

 マオが大人になる頃には、きっと暴走状態になっているはずだ。そう思っていたのに、予想外にギアスの成長が激しくすぐに彼のギアスが暴走した。

 自分に縋りついて怖い怖いと言う幼い彼にコードは渡せなかったから、C.Cはせめて彼が大きくなるまでと思い、彼の傍にいることにした。

 紆余曲折あってマリアンヌやシャルル、V.Vと出会い、“ラグナレクの接続”計画で彼にその運命を負わせなくなると思ったのだが、それも駄目で。
 だから、マオに呪いを渡して終わりにしようと思った。

 だけど。

 『ざぁんねん!あなた、騙されちゃったの!!』

 ああ、自分はあの時眼が眩むほどの絶望に我が身を覆われたというのに、同じことをしようとしたのだ。

 「お前が成長した後も、心が子供のままのお前にコードは渡せなかった。
 だから、今度はコードを背負っても強く生きていけそうな奴に渡そうと思ったんだ」

 「それが、ルル?」

 「そうだ。あいつは言ったよ、『それでもいい』と」

 「・・・嘘だ」

 「本当だ」

 C.Cにきっぱりと断言されて、マオは震えた。

 「嘘だ!僕の方がC.Cのこと想ってるはずなのに、僕が思っていないことをあいつが思ってるはずがない!!」

 「マオさん、愛情の示し方は一つではないのです。マオさんにはマオさんの愛し方が、ゼロにはゼロの愛し方がある・・・それだけの話なのですよ」

 エトランジュの正論に、マオはその通りだと納得しつつも頭を振る。

 「う・・・!でも!」

 「C.Cさんも、貴方を利用するつもりで育てた。でも、貴方を愛していたからこそ捨てた・・・どちらも本当のことで、それもまた愛情の一つではあったのでしょう。
 C.Cさんにとっての愛情がコードを受け取ってくれるものであるなら、貴方はコードを自分に宿さなくてはならなくなりますよ?」

 「・・・・」

 「愛情は簡単なようで複雑です。
 考え込んでも答えは出ないので、一つだけ言えることは“自分が嫌なことは他人にもしない方がいい”ということくらいですね」

 「“自分が嫌なことは他人にもしない方がいい”・・・じゃあC.Cは、僕にコードを渡さなかったの?」

 「・・・そうだな、何の覚悟もないのに渡すものじゃないからな」

 C.Cはそう答えると、マオを抱き寄せて再度謝罪した。

 「すまなかった、マオ。ごめん」

 「C.C・・・わあぁぁぁん!!」

 マオはC.Cの胸に顔を埋めて泣いた。
 
 自分を捨てたと思って、怒って泣いた。
 だけど自分を捨てたと信じたくなくて、本当は自分と一緒にいたいんだと思い込もうとして、無理やりにでも連れて行こうとした。

 本当は解っていた。C.Cが自分に何かを望んでいたということは。
 でもそれを聞きたくなくて、C.Cがルルーシュを選んだ理由からわざと耳を塞いだ。

 自分は醜い本音が嫌いだったのに、自分で自分に嘘をついていたのだ。

 「僕、僕もうやだよ!こんな力もういらない!エディ、エディはこの能力が必要で持っていってもいいんだろ?!」

 「ええ、私達にはあればいい能力です。
 でも、残念ながらまだそれは出来ないのです・・・隙を見て叔母様がこちらに来ることが出来ればいいのですが、今の状況では難しいと思います」

 以前に遺跡に到着してすぐにブリタニアの軍人や研究者をみんな殺してしまったため、恐らく警備はもっと強くなっているだろうと言うとマオは納得はしたが駄々をこねるように叫んだ。

 「それまで、僕はどうすればいいの?C.Cはルルの手伝いしなくちゃいけないから、ずっと僕の傍にいるの難しいかもって思ってるじゃないか」

 「ならば、俺がどうにかしてやろう」

 唐突に傲岸不遜な声が、一同に響き渡る。
 声のした方向に振り向くと、そこには黒髪で美しい紫電の瞳を持った少年が立っていた。

 「ルルーシュ・・・来たのか」

 C.Cが半ば予想していたように呟くと、エトランジュはルルというゼロの愛称らしき呼称から、それがゼロの本名だと悟った。

 「貴方が、ゼロなのですか?」

 「ええ、エトランジュ様。実はずっと、会話は聞いておりましたので・・・正体がばれてしまったのなら、もういいと思いましてね」

 C.Cに仕掛けてあった盗聴器を指すと、エトランジュはそうですか、とあっさり納得した。

 「本当に怒らないんだねえ、君」

 「ゼロの立場を思えば、当然かとも思うので」
 
 「そっか・・・いろんなこと考えなきゃいけない立場って、大変なんだね・・ああ、そんなことがあったんだ」

 エトランジュの記憶を読んだマオは、彼女がどうして理性的に物事を捉えるかを知り、生まれて初めて他人に同情した。
 
 「『奇麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』か・・・そんなこと言われたら、そうなっちゃうよねぇ」

 「そう言われてしまうのも、無理はなかったのです。当時の私は本当に、何も知らないままでいようとした愚かな小娘でした」

 エトランジュはこれ以上さすがに己の暗い過去に触れられたくはなかったらしく、ルルーシュに向き直った。

 「ゼロ・・・ルルーシュ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 「ゼロとお呼び下さい、エトランジュ様。ただ、租界内で会った際はルルーシュと」

 「解りました・・・では、本題に戻りましょう。どうにかしようとは、どういう意味でしょうか?」

 エトランジュの問いにルルーシュが答えようとすると、その前に考えを先読みしたマオが嬉しそうに笑った。

 「わざわざ実験までしてくれたんだ、ルル。そっか、その手があったんだ」

 「マオ、お前は考えを読めるからいいだろうが、エトランジュや私には解らないんだ。
 きちんとルルーシュの説明を聞いてやれ」

 C.Cに窘められて、マオがルルーシュに言った。

 「解ったよ・・・じゃあルル、説明してあげてよ」

 「ああ・・・一言で言えば、“俺のギアスでマオのギアスを制御する”

 ルルーシュの簡潔な説明に、エトランジュが疑問の声を上げる。

 「なるほど・・・しかし、ギアスの暴走は生理現象のようなもの。ギアスで止められるものなのでしょうか?」

 「俺のギアスの有効範囲は、かなり広いのです。
 自殺をさせたり毎日同じ行為をさせたりも出来ますが、記憶を消したり逆に“こういうことがあったと思い込め”ということも可能です」

 「ギアスで能力がないものと思い込めとか、そんな命令で打ち消すということでしょうか?」

 「いや、それだとマオが日本にいる間、マオのギアスが使えなくなります。
 彼にはブリタニア軍人から情報を集めて貰いたいのですよ」

 「ああ、あの女の子が撃った軍人の情報ね。ルル、僕のギアス使う気満々だぁ」

 「お前がシャーリーにかけた迷惑料だ・・・それくらいは働け」

 マオの言葉にそっけなくルルーシュが言うと、マオはえーと頬を膨らませる。
 それを見たエトランジュが、眉根を寄せて尋ねた。

 「マオさん、貴方はシャーリーさんとおっしゃる方に、何かご迷惑をかけたのですか?」

 「う・・・ルルとちょっと心中して貰おうと・・・心理誘導した」

 さすがに口にすると多少の罪悪感は出てきたらしい。マオが視線を逸らしながら答えると、エトランジュは大きく肩をすくめた。

 「いいですか、マオさん。人間関係の基本は二つあります」

 人との付き合い方が解っていない彼のために、エトランジュは懇々と説いた。

 「“自分がされて嫌なことは他人にもしてはいけない”ことと、もう一つは“他人に迷惑をかけてしまったらごめんなさいと謝ること”です。
 この二つさえ出来たら、大概の人間関係はうまくいきます」

 もっとも、言うほど簡単なことでもないみたいですけど、とエトランジュは複雑そうな笑みを浮かべた。

 「じゃあ、僕シャーリーに謝って来るよ・・・それでいいだろ?」

 「エトランジュ様のご意見はもっともなんだが、今お前が会いに行くとシャーリーは卒倒する。
 自分のしたことに罪悪感で死にそうなほど青くなっていたんだからな」

 自分のギアスで操ったのとは違い、シャーリーは誘導されたとはいえ己の意志でやろうとしたのだ。
 ただ愛する人と一緒にいたいという純粋な想いは、方向性を間違うと恐ろしいものになる。

 「お前がそれを一番知っているだろうに、自分だけは別だと思うなよ、マオ」

 「・・・ごめん、ルル」

 「俺に謝るな、シャーリーに言え・・・と言いたいが、今は無理だ。
 だから頼む・・・シャーリーの安全のために、ヴィレッタ・ヌゥの情報を集めてくれ」

 もともと巻き込んだのはマオではなく自分のせいだと、ルルーシュは思っている。
 マオにばかり責任を負わせるつもりはないが、政庁にうかつにハッキングなどを仕掛けて藪蛇をつつく結果になってしまっても困る。

 その点マオなら軍人が集まる場所にアルカディアと共に行って貰えれば、ヴィレッタの情報がすぐに集まると考えたのだ。

 「いいよー、借りは返さないと気持ち悪いからその件はOKだよ」

 「よし、ならやるぞ・・・俺の目を見ろ」

 マオが頷くと、ルルーシュは説明するより早いとばかりに左目に赤い羽根を羽ばたかせてマオに命じた。

 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!
 お前のギアスで聞こえる心の声は、“自分の意志で聞くものでない限り”全て聞くな!!

 その声がマオの脳裏に届いた瞬間、彼の両目が赤く縁取られる。

 「うーん・・・あれ?」

 マオは少し瞬きしたが、生まれて初めての違和感に眉根を寄せる。

 「あれ・・・すごい!やったやった!」

 「どうした、何か不具合でもあったか?」

 C.Cがマオの髪を撫でてやりながら問うと、マオはパアっと顔を明るくして言った。

 「うん、あのねC.C!凄いよ、心の声が聞こえないんだ!
 ルルの声も、エディの声も聞こえない!!」

 嬉しそうにはしゃぐマオに、“自分の意志でなら聞こえる”ようになっているのかを確かめるべくエトランジュが言った。

 「本当ですか?では、試しに私の心を読んでみてくれますか?」

 「う、うん・・・あ、そしたら聞こえた」

 マオが“エトランジュの声を聞きたい”と念じると途端にギアスが解放されるらしく、エトランジュの心が聞こえてきた。

 「おそらくだが、マオのギアスは暴走したままだと思う。ただ、俺のギアスで“心の声”に関する感覚のみが遮断されたというところだろう」

 ルルーシュはエトランジュからマオのギアスを自分の一族の人間に移すという策を聞いた時、それをマオが受けいれる公算は少ないと思っていた。
 というのもその案自体はいいのだがすぐに実行出来るものではないため、それまでの間どうすればいいのかという問題が生じる。

 彼女はその間C.Cとどこかで暮らせばいいと思っていたようだが、C.Cは自分としても必要なため、正直困る。だからルルーシュはギアスを使い、いくつかの実験を行った。

 適当な人間に“俺が何を言っても無視しろ”・“自分の気に障る言葉は忘れろ”といった大雑把なギアスをかけてみたところ、それらは全て通じた。

 他にも外道な命令をしても良心が咎めない人間に“熱湯に指を浸しても痛みを感じるな”というギアスをかけてみると、その人間は無表情で熱湯に指を浸していた。

 つまり絶対遵守のギアスは、人間の感覚をある程度制御出来るということになる。
 だからルルーシュはギアスをなくすことは出来なくても、感覚を制御すればいいと考えたのである。

 ルルーシュの説明に、マオはくるくると回りながら叫んだ。

 「なるほどー。ああ、誰の声も聞こえない!!こんな清々しい気分は初めてだ!」

 今にも踊りだしそうなマオは、年齢がもう少し幼ければ貸し切りの遊園地で我を忘れて遊ぶ子供のようだ。

 「ありがとう、ルル!ありがとう、エディ!」

 マオは生まれて初めて、C.C以外の他人に感謝した。
 多少の打算はあったとしても、それでも自分のためを思って力を貸してくれた二人。
 人間の本音など、醜くて汚いと思っていた。
 他人の嘘も、だからこそ醜いだけだと信じていた。

 だけど、エトランジュは心の声で自分に言った。

 《優しい嘘は好きですよ、綺麗ですから。
 でも、怖い本音は嫌いです・・・泣きたくなりますもの》

 マオも優しい嘘は好きだ。C.Cの綺麗で優しい嘘に包まれていたかったのだと、あの時に気づいた。
 けれどマオが一番好きなのは、優しい本音だ。

 エトランジュは心の底から自分に同情し、そして心配してくれていた。
 だから即座にマオを殺そうとしたルルーシュを止め、拙いながらも代案を出して救おうとしてくれたのだ。

 自分のギアスが欲しかったのも本当だが、自分を心配する心もまた真実。
 でも、もしこの案をマオが呑まなかったら彼を殺すことに同意するつもりだったから、そうなるのが嫌たったことも。

 (こんな子、初めてだなー。それに、この子も可哀想・・・人なんて殺したくないのに、でもやらないといけないなんて)

 マオはエトランジュはある人物から『奇麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』と詰られ、それ以降は自分が取りたくない手段を出された場合代案を考えるようになり、それでも駄目なら相手の意見を受け入れるようになったことを知っている。
 
 ただ人が死ぬのを見たくないと強く思っている彼女が、同時に暗殺を提案し、自ら手を汚すこともいとわぬ覚悟を持っている理由が彼女らしくはあったが哀れなものだった。

 (“人の嫌がることは自分が嫌なことでも進んでやってあげなさい”、か・・・殺人なんてそりゃ普通は誰でも嫌がるだろうけどさ)
 
 王族として生まれど、普通の教育と愛情を受けて普通に育ってきた少女。
 戦乱の時代でさえなければ確実に幸福になれたはずなのに、征服された王国の唯一の王の娘として生まれたことが、彼女の不運であった。

 (ちょっとくらいなら、協力してあげてもいいかなー。借りは返さないと気持ち悪いし)

 マオはそう内心で決めると、とりあえずシャーリーが撃ったヴィレッタ・ヌゥの情報を集めるついでに、彼女の故郷を滅ぼしたコーネリアの情報も集めることにした。
 極秘でどこかに行く情報でもキャッチできれば、自分を認知出来なくするギアスを持つアルカディアが暗殺出来るだろう。

 「ねえ、話がまとまったところでさ・・・僕はさしあたってどうすればいい?」

 「ゲットーに部屋が借りてある・・・中華連邦人のお前ならそっちのほうが目立たない」

 ルルーシュが言うと、エトランジュも言葉を添えた。

 「キョウトの方々には、貴方の事は母の縁戚として私に協力をするために来日してくれたと話をつけておきます。
 母は中華とイタリア人のハーフなので、それで通じると思いますから」

 エトランジュの母・ランファーは、父が中華、母がイタリア人のハーフだ。ただ彼女が五歳の頃に両親が離婚して父親に引き取られたが、十歳の頃に父が亡くなったので母の元に引き取られてイタリアに移り住み、大学時に父・アドリスと出会ったのである。

 「正直祖父のことは詳しく聞いていないのですが、適当に話を作っておきます。 なので、マオさんも黒の騎士団の方とお会いした時はそのようにお願いします」

 「それならゼロがマオを捜させた理由も“エトランジュ女王の縁戚”ということが出来ますね。よし、それでいこう」

 ルルーシュがそう話を締めくくると、エトランジュはC.Cに言った。

 「では積もるお話があると思いますので、今夜はマオさんとC.Cさんお二人でお過ごし下さい。くれぐれも、喧嘩はなさらないで下さいね」

 「解ったよ・・・C.C」

 「ああ、久々に一緒に寝るか、マオ」

 C.Cが差し出した手をぱあっと顔を輝かせて取ったマオは、嬉しそうに歩きだす。

 「ではルルーシュ、騎士団に顔を出す前にゲットーの部屋に来い。マオに旨いピザの味を教えたいからな」

 「それはつまり、俺にピザを作って持って来いということか?」

 「ゲットーにピザなど宅配してくれないからな。いいな」

 C.Cは一方的にそう要求すると、浮かれるマオと共に姿を消す。

 「くっ、あの魔女!」

 「いいではありませんか、丸く収まったのですから。話し合いで解決するって、気持ちいいですね」

 エトランジュがたしなめると、歯軋りしていたルルーシュはそれもそうかと息を吐く。
 
 「そうですね・・・こういうのも、悪くはない」

 血生臭い戦争よりも、綺麗な手段。出来るなら、その方がいいに違いない。
 愛しい妹が望んだ、“優しい世界”にふさわしい。

 「では、俺も戻ります。俺の正体は、桐原公しか知りません。
 ですから、俺の正体に関する事は、彼とだけ話をして頂きたい」

 念を押すルルーシュに、エトランジュは了承した。

 「解りました。では、これで」

 二人が別れて遊園地を出ると、そこにいたのは親指を立てて笑う仲間達だった。

 「うまくいったみたいね、エディ。一応心配で見ていたけど、その必要なかったわ」

 「アルのギアス、心の声も認知出来なくするみたいだな。お陰で全然気づかれなかった」

 アルカディアとクライスが笑い合うと、エトランジュは嬉しそうに微笑んだ。

 「では、美味しいお菓子を買ったのです。みんなで帰って食べましょう」

 ジークフリードは息子に荷物を半分押し付けると、一行は租界の桐原邸へと歩き出す。
 他愛もない話をしながら歩いて行くその一行は、途中ブリタニアの軍人とすれ違っても気にされないほど自然だった。



[18683] 第七話  魔女狩り
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/26 11:21
 第七話  魔女狩り



 マオが仲間になってから数日後、エトランジュはマオが気にかかったのでルルーシュとは別に彼とは定期的に連絡を取っていた。
 彼自身自ら自分とリンクを繋いで欲しいと言ってきたことに驚いたが、エトランジュは嬉しくなって喜んで彼にギアスをかけたのだ。

 マオはあの後、ルルーシュの依頼通り軍人の集まる場所にアルカディアと出かけては情報収集にあたっていた。
 さすがに上に知られたくないお喋りをするだけあって監視カメラもないので、この二人にとってブリタニアの軍人用クラブは情報の狩り場となり果てた。

 “自分達を認知されなくなるギアス”と“心を読むギアス”・・・この二人のギアスの組み合わせは抜群で、ただ軍人が集まるクラブにこっそり侵入するだけで面白いように情報が集まっていく。

 そしてヴィレッタ・ヌゥについては彼女が例のオレンジ事件で信用を失い閑職に回された純血派の人間だったため、彼女が行方不明だと騒がれたのは昨日今日のことらしい。
 しかも彼女自身の評判は悪くなかったが、所属していた派閥を気にして真面目に捜索する者がいないせいで、目下行方不明のままだということが判明しただけだった。

 それを聞いたルルーシュは舌打ちしたが、とりあえずは己の正体がブリタニアに知られていないことが解ったので一安心である。

 だがマオはよほどエトランジュが気に入ったのか、それとは別に彼女のためにとある情報を知って嬉々として教えてくれたのだ。

 《エディ、エディ!いい情報見つけたから教えてあげる!》

 いつもは母親にその日あったことを報告する幼い子供のようなマオがそう言ってきたため、エトランジュは少し驚いたが嬉しそうに言った。

 《まあ、それはありがとうございます。でも、あまり無理はしないで下さいね》

 《大丈夫大丈夫!アルのギアスと僕のギアスがあれば、これくらい全然だよ》

 初めて他人と行う共同作業にマオは新鮮味を感じたようで、アルカディアが辟易するほどの頻度で情報召集を行っていた。
 アルカディアも自分よりはるかに研究知識に富むラクシャータがイリスアーゲートの調整や改造を請け負ってくれているため、マオと組む情報収集が一番役に立つと解っている。

 《あのさあ、中華の後押しで例の日本の元政治家がホクリクに攻めて来るみたいなんだけど》

 《ああ、確かC.Cさんが中華に行った際に報告のあった・・・でも、それは黒の騎士団が折を見て止める予定と聞いておりますが》

 《その動きはコーネリアも察してて、イシカワに極秘で向かうらしいよ。
 細かい動きは随時こっちで調べておくから、うまくすればそいつを倒せるんじゃないかなあ?》

 《それは本当ですか?!解りました、すぐにゼロと相談します》

 これが事実なら、好都合だ。極秘なら護衛も密度が濃くても人数が少ないものだろうから、この合間を縫えば何とかコーネリアを討てるかもしれない。

 《マオ、それなら先に私に教えてよ・・・》

 《だって、僕が報告したかったんだもん。いいじゃんどうせ同じことなんだから》

 どうやらアルカディアには教えず、真っ先にエトランジュに言いたかったことらしい。
 全く子供なマオにエトランジュはクスクスと笑ったが、アルカディアは大きく溜息を吐く。

 《はいはい、でも情報は一分一秒を争って伝えないといけないから、その辺は気をつけてね》

 《僕だってそれくらいの区別はつくよ、アル。失礼だなー》

 《まあ、お二人とも仲がよろしいですね。マオさん、アルカディア従姉様はとてもお口が悪いですけど、悪気のある方ではないのです。
 あまり、お気になさらないで下さいな》

 エトランジュの言葉にアルカディアも笑ったが、マオは少し不思議そうな顔である。

 《うん、それは解ってる・・・心配しないで。ちゃんとやるから》

 《気をつけて下さいね・・・では、私はゼロと協議に入りますので》

 エトランジュがリンクを切ると、アルカディアは忌々しげに呟いた。

 「私達の家族を殺し、私達の国を奪って蹂躙した、あのブリタニアンロールがっ・・・!」

 そしてその先駆者であるブリタニアの魔女、コーネリア・リ・ブリタニア。
 あの女とあの女の父親だけは、絶対に許さない。

 「行くわよ、マオ。あの女に関する情報は、出来る限り集めておくの」

 「はーい、今日は例の士官クラブだっけ?コーネリアの腹心のダールトンとその義理の息子達がよく使うっていう」

 「ダールトン本人が来るようだから、確実な情報が手に入るわ。
 ふふ、伯父さんの予知能力とマオの心を読む能力、そして私の姿を認知させなくするギアスのコンボは大したものね」

 伯父は既にアルカディアがダールトンから情報を得る様子を予知してくれており、確実に彼が士官クラブにいることは解っていた。
 ただ細かい予知までは出来なかったので、予知通りアルカディアがマオとともに士官クラブに潜入しなくては詳しい情報は手に入らないのである。

 自分の腹心から己の情報が流れ出たと知ったら、あの魔女はどんな顔をするのだろう。
 アルカディアは暗い笑みを浮かべて、マオを連れて租界へと出て行くのだった。



 一方、エトランジュからの報告を聞いたゼロことルルーシュはキョウトからの紹介で四聖剣と呼ばれる藤堂の腹心達から、囚われの身となった藤堂を救出して欲しいと依頼され、それを受けて準備を進めていたところだった。

 《コーネリアがイシカワへ・・・てっきり藤堂の処刑を見届けるものと思っていたが》

 《こういう言い方も失礼ですが、奇跡の藤堂と言われていてもテロリストの処刑より、中華との戦闘の方に重きを置いたのではないでしょうか?》

 《そのようですね・・・しかし、それは確かにチャンスです。
 私達が藤堂を救出するためにチョウフ基地にいるところへ、別動隊がまさか来るとは思わないだろうし》

 《じきにマオさんが詳しい情報をダールトンの記憶を読んで持ってきてくれるそうです。
 それを元に、作戦をお考え頂けないでしょうか?》

 《そうですね、情報次第では可能でしょう。しかし、マオもずいぶんと貴女に懐いたものだ》

 感心したようなルルーシュの言葉に、エトランジュは嬉しそうに笑った。

 《私はただマオさんの話を聞いて、私の話を聞いて貰っただけなのです。いずれはマオさんも、誰とでも普通にお話しできるようになると思いますよ》

 《だといいですね。それはそうと藤堂の処刑まで日がないので、急がなければなりません。だたちに準備を始めましょう》

 《間に合うでしょうか・・・》

 話を聞いた時は手放しで喜んだが、考えてみれば急な話である。
 いきなりコーネリアを討つ準備と策をと言われても、いかなルルーシュでも困ることだとエトランジュはしゅんとなったが彼は不敵に笑みを浮かべた。

 「私を誰だとお思いですか、エトランジュ様。私はゼロ、奇跡を起こす男ですよ」

 アルカディアが聞いたらこのかっこつけめ、とでも言いそうな台詞を傲岸に言い放ったルルーシュは、早くもパソコンで現在得られた情報を元に仮の作戦案を考えていく。

 《ゼロ!従姉様とマオさんから連絡です。とてもよい手土産があるとのことです》

 まめにアルカディア達と連絡を取っていたエトランジュがそう言うと、ルルーシュは二人と繋ぐように言ったのでエトランジュは即座にルルーシュと二人の間にリンクを繋ぐ。

 《早かったですね、アルカディア王女、マオ》

 《ええ、超朗報があるのよ。コーネリアがイシカワに向かうルートと護衛の陣容なんだけど》

 《ほう、それはそれは・・・・ぜひ詳しくお伺いしたい》

 アルカディアは実に楽しそうに、マオから聞いた情報を整理してルルーシュに伝えていく。

 《とりあえずカナザワまで行くようなんだけど、サイタマとグンマを通っていくみたいなの。
 だから私としては迎え撃つとしたらトウキョウから遠いグンマあたりかなって思ってるんだけど・・・・》

 どうやら溺愛する妹・ユーフェミアがトウキョウで公務をするため置いて行くらしく、護衛のためにダールトン率いるグラストンナイツの半分以上がトウキョウに残るらしい。

 《相変わらずだな、コーネリアも・・・》

 以前と変わらぬ同母妹への溺愛ぶりに、自分も人のことは言えないか、と苦笑しながら作戦案を練っていく。

 《―――という作戦でどうだろうか、エトランジュ様》

 《はい、解りましたゼロ。では、これがイリスアーゲートの初陣となるのですね》

 ラクシャータに依頼していたイリスアーゲートの改造が済んだため、その性能を試すいい機会だと言われてアルカディアはニヤリと笑った。

 《ふふ、連中もさぞびっくりするでしょうねえ。自国の旧型のナイトメアが、まさかあんなものに化けるなんて思ってもいないだろうから》

 《では、可及的速やかに作戦準備に入ります。今からなら、黒の騎士団以外のレジスタンスの方にコーネリアを討つために協力をと言えば了承して下さるかもしれませんし》

 《くれぐれもお気をつけて頂きたい。コーネリアを討ち漏らしたとしても、貴方を失うことに比べれば大した事態ではありません》

 今回の件はしょせん棚ぼたであるため、成功すれば儲けもの程度だというゼロに、エトランジュは頷いた。

 《では、行って参ります。ゼロも、藤堂中佐の救出が成功するようお祈りしております》

 こうしてルルーシュとの通信を切ると、エトランジュ達はキョウト六家に紹介状を要請すると、それを持ってサイタマとグンマに基地を持つレジスタンスの元へと慌ただしく出発していったのだった。



 そして藤堂の処刑当日にして、コーネリアがイシカワへと出発する当日。
 エトランジュ達はキョウト六家の紹介で知り合った二つのレジスタンス組織のメンバーと共に、グンマとナガノの県境でコーネリアを迎撃する準備を終了し、後はブリタニアが来るのを待つばかりとなっていた。
 見た目から初めはブリタニア人かと疑われたのだが、相手が自分達と同じブリタニアに蹂躙され国を奪われたマグヌスファミリアの人間でありキョウトの客人、さらにはあの黒の騎士団のゼロによるコーネリアを討つ秘策があると知ると、話を聞いてくれた。

 彼らもあの奇跡の藤堂が処刑されることは知っていたがどうにもならないと歯噛みしていたが、黒の騎士団が救出すると聞いて安堵の息が漏れた。しかもゼロはそれすらも利用して、コーネリアを討つと言う。

 『いつも引き連れているグラストンナイツが半分というのも、滅多にない好機なのです。
 でも、あいにくと黒の騎士団や他の協力組織も藤堂中佐を救出する方を優先しているため、どうしても人手が足りません。
 お願いします、手を貸して頂けませんか?』

 キョウトからの命令、しかもあのコーネリアを討つためならと、彼らは協力してくれた。
 というのも、先のシンジュクゲットーやサイタマゲットーで家族を殺された者達が数多く在籍しており、特にここグンマはサイタマの隣にあるため、避難してきたサイタマ県民が多かったのだ。

 コーネリアがトウキョウを出発したとの連絡があってから数時間後、伝令が報告した。

 「エトランジュ様、コーネリア部隊を確認!現在うちのレジスタンスリーダーの加藤が、作戦通りトンネルを封鎖して退路を遮断!
 そのままナイトメア数体でコーネリアを囲い込みます!」

 「解りました。では皆様、ご武運をお祈りいたします」

 エトランジュはコーネリアが使う県道の一つの近くにある街で総指揮を務めている。
 ルルーシュは同時刻藤堂救出を行っているため、彼からの指示はなるべく仰がないようにしたいと言うと、彼は何通りもの作戦を用意してくれていた。

 「ジークフリード将軍、お願いします」

 「ええ、こういうことは地位の高い人間が言う方が重みがあるものですからな」

 エトランジュには少々理解しがたいことだが、指示というのはより地位の高い者が行う方がどうしてか従うものであるらしい。
 特に女王とか大将とか、そんな肩書を持っているとなおさらその効果が出るものなのだそうだ。

 そのため、二度手間だが状況判断すら迅速に出来ないエトランジュの代わりにジークフリードがどの作戦が効果的かを判断し、それをエトランジュに教えて彼女が指示するという形式をとることになったのだ。

 「では、まずは一番の作戦を指示して下さい」

 「皆様、コーネリアがポイントBまで入ったら加藤さん達はいったん退却!別動隊の方々はポイントC地点まで誘導をお願いします」

 「了解!」

 今回、彼らの士気は異様なものがあった。それはおそらく、コーネリアによって無残に殺されたサイタマの民が多いせいだろう。
 彼らは殺された家族、友人達の仇打ちとばかりに、怒りの焔を燃やしている。

 そんな彼らがエトランジュの指示に従っているのも、彼女が今回の機会をもたらしたのもあるが、彼女もまた自分達と同じコーネリアによって家族を殺されたという共通点も大きい。

 さらに彼女は復讐心というものを認めた上で、彼らに説いていた。

 『貴方がたの怒りはよく解ります。ですが、それに任せて感情的に行動すれば討てるものも討てなくなります。
 あのコーネリアはさすがに百戦錬磨の武人、感情で行動していると解ればどんな挑発的なことをしてくるのか解ったものではありません・・・サイタマがいい例です。
 だからこそ、何を言われても無視して下さい。あの魔女の言葉には、私が応対します。
 皆様は私のことなど気になさらず、お互いに連携して作戦の遂行のみをお考え頂きたいのです。
 ・・・・貴方がたを無為に死なせたくはありません』

 年端のいかぬ少女に言われてしまっては、彼らとしても正論なだけに自制せざるを得ない。
 彼らはほとんど無言になって、まずはコーネリアを作戦ポイントまで追い込んだ。
 周囲にはグラストンナイツの他にも護衛隊がいたが、後発隊をトンネル内に閉じ込めたので二十人強のグラストンナイツと選任騎士のギルフォード、そしてコーネリアを相手するのみとなった。

 「おのれ!!貴様らは何者だ!」

 「はい、私達は貴女を殺しに参りました日本のレジスタンス組織の者です」

 コーネリアの誰何に、エトランジュは冷静な声で応じた。
 声音を変えていないので、響く少女の声にコーネリアは眉根を寄せて肉薄するレジスタンスのナイトメアを打ち払いながら叫ぶ。

 「馬鹿正直なことだ・・・だが、その程度の人数と装備で、我らに勝てると思うな!」

 「誤解なさらないほうがよろしいかと。私達は貴方がたを討ちに来たのではなく、貴女を討ちにきたのですよ、コーネリア・リ・ブリタニア」

 エトランジュはそう言うと、別の通信機で指示する。

 「コーネリアがポイントCに到達しました。作戦開始!」

 エトランジュの言葉で隠れていたクライスが操縦する新生イリスアーゲートが現われて戦場と化した道路を走りだした。

 「あれは・・・はは、第五世代のナイトメアではないか。あの程度で・・・」

 憐みすら込めて笑うグラストンナイツ達だが、これはアルカディアが考案した機能をラクシャータが作り上げた、見かけは旧型、中身は最新型のナイトメアだ。
 
 イリスアーゲートは作戦ポイントまで素早く移動すると、手にしていた球体をコーネリア達がいる場所にボーリングのように投げ転がしていく。

 その球体が素早く道路内を転がっていくと、中から透明な液体が流れ出た。
 またたく間にコーネリアはむろん、レジスタンス達のナイトメアの足下に油が広がっていく。

 「それは租界からゲットーへと放置された廃棄物の油です。
 古くてべとべとしていますが、火をつければ燃えるので銃のご使用はお控えになった方がいいと思います。
 あと、移動の際にもくれぐれもご注意を」

 「しょせん子供だましだ!重火器が使えなくとも、貴様らを葬ることなど造作もない!
 貴様らもまた、逃げることも攻めることも出来ぬではないか」

 コーネリアはふんと嘲笑したが、次の瞬間目を見開く。

 「な、これは?!」

 なんと目の前にいたナイトメアの搭乗者達は、次々と脱出ポットに乗って退却していったのだ。逃げたか、と思う間もなく、次に飛んで来たのは火炎瓶だった。
 道路はすぐさま火の海と化し、コーネリアは慌てず冷静に消火を命じようとしたが、それではコーネリアを護衛出来ない。

 「後発部隊がいれば、違ったのですが・・・連中、次々と油入りの玉を投げてきます!」

 イリスアーゲート以外にも、二体のナイトメアが同じ油入りの玉を投げていく。
 下に油がある上、卑劣にもナイトメアの腕の部分をめがけて油まみれにして来るので重火器をうかつに使うことが出来ないのだ。

 「奴ら、白兵戦では届かない位置から攻撃してきます!卑劣な、恥を知れ!」

 ギルフォードがそう叫んだが、エトランジュは至極冷静な声で言った。

 「そうですか?私達は何の武器を持たない一般人を殺傷する事よりはるかに恥を知った行為であると考えておりますので」

 「・・・・」

 「その行為に比べれば、私達は貴方がたに何をしようとも罪悪は感じないのです。
 コーネリアのブリタニア軍に遠くから油をかけて火をつけましたと世界に宣伝しても、何ら恥じることはありませんよ」

 武器を持たない一般国民を虐殺した軍と、人数と装備で劣るからと遠くから火をつけた軍、どちらが非難に値するのだろう。

 そう言いきったエトランジュに、レジスタンス組織からは同調の声が上がる。

 「そうだ、そうだ!俺達の家族を、お前達は殺して回ったんだ!」

 「僕の姉さんも父さんもだ!友達も殺された!」

 「このブリキ野郎!人の姿をした悪魔め!」

 「皆様、冷静に!作戦を続行してください、手を休めないで!」

 エトランジュの指示に瞬く間に罵声は止み、再び油と火炎瓶攻勢が始まる。

 「く・・・やむを得ん、一時退避だ!いったん退いて、態勢を立て直す!」

 この状態では蒸し焼きになるのが落ちだ。
 しかし、連中のナイトメアは放棄したものを除いては5体もないと読んだコーネリアは一度退避し、その後トンネルからいったん抜けて別ルートからくる後発部隊と合流して連中を叩くべきだと判断したのだ。

 テロを警戒してすぐにナイトメアに搭乗出来るようにしていたため、彼らのほとんどはナイトメアに乗っていた。
 しかし、それが仇となり油のせいでナイトメアを動かすことはむろん、降りて逃げることが出来ない彼らは脱出装置を作動させていく。

 「う、うわあ!?」

 ブリタニアの軍から悲鳴が上がった。脱出装置を作動させて空へと舞い上がったポットがどこからともなく飛んできた弾に当たり、ロストしていったからだ。

 それに気づかず脱出装置を作動した軍人達も、そのうち二名が犠牲となった。

 「五名がロスト、七名が脱出成功ですか・・・コーネリアはまだ逃げないようですね」

 「くっ・・・どこからだ?!どこから・・・」

 「姫様、あの奥からです・・・あの道路の上から!」

 ギルフォードが指した先の道路上には、無表情で立っているアルカディアが立っていた。
 彼女の役目は2基の大砲を作り、それを脱出ポットとナイトメアから降りてくる軍人めがけて撃つことである。

 「ち、さすがに連弾撃つのは難しいわね・・・」

 残念そうにひとりごちるアルカディアは、忌々しそうに大砲を調整する。
 脱出装置を作動させるのが止まったのを見て、エトランジュが淡々とした声で言う。

 「あの大砲は博物館で展示されていた百年近く前のものを、弾はボーリングの玉を改造したものなんですよ、コーネリア。
 そしてこの場に撒いた油は、租界からゲットーへと捨てられてくる廃棄物から持ってきました。
 貴方がたのうち誰が、こんなもので人が殺せると思ったことでしょうね?」

 「・・・・」

 「人を殺すのに一番必要なものがここにあるから、こんなものでも人は殺せるのです。
 成功するかどうかは別にして、石ころ一つあれば人は殺せる・・・ご存知でしたか?」

 エトランジュは目を瞑ると、静かな・・・それでいて力強い言葉で続ける。

 「殺すという意志・・・それさえあれば、たとえ銃を奪われようと、剣を奪われようと、火を奪われようと・・・モノと名のつく全てが奪われようと、人を殺すことが出来る」

 ここにいるブリタニア軍以外の人間には、コーネリアを殺すという断固たる意志が存在する。そのために集い、力を合わせて行動しているのだ。

 「私は貴方がたに、93人の家族を奪われました。この場にいる全員の方が、家族、友人、恋人を奪われました。
 だから、貴女を殺すという意志が生まれたのです」
・・・貴方がたの主張は人は生まれも育ちも能力も違いがあり、差がある、平等ではない・・・でしたね」

 「その通りだ!間違いなどない!」

 「はい、認めましょう。それは全くの事実だと」

 意外にもブリタニアの主張が正しいことを認めたエトランジュに、レジスタンス達はむろん、コーネリア達も驚いた。

 「原始の真理は強者が弱者を食らっていたのも間違いはないです・・・でも、それって動物の真理ですよ?」

 「なん・・・だと・・・」

 「この世界が出来た日から人間が存在していたと、ブリタニアでは教えているのですか?
 長い年月をかけて猿が人間に進化したなど、今時幼児でも知っていることですよ」

 この地球が出来た時にはまだ生き物がいなくて、単細胞から長い長い年月をかけて命が生まれた。
 そして更なる年月をかけて生まれたのが、ヒトだ。
 あらゆる生物の中で他に真似の出来ない特長を持つ人間だ。

  「ブリタニアの主張は私にはこう聞こえます。
 『親は子供より頭がよく力があり、仕事をして養っている。だから子供が親に従うのは当然のことであり、子供が親の気に障ることをすれば死ぬまで殴っても構わないのだ』と」

 「それは極論だ!」

 「でも、親は子供より頭がよくて力があり、仕事をして子供を養っていますよ。間違ったことを言いましたでしょうか?
 ・・・言っていることが正しくても、やっていることが間違っていたら何の意味もないのです。
 それに比べたら、言っていることが厳しくてもやっていることが正しい方がよほどましだと私は思います。
 そう、日本語でそれを“つんでれ”というのです!」

 (何かそれ違くね?!)

 エトランジュは大真面目な声で言いきったが、そんな細かいことを指摘するどころではなかったので、空気を読んで誰も深く追及はしない。

未だに解っていないコーネリアのために、エトランジュは教えてやる。
 ブリタニアが掲げる法則“弱肉強食”の他にも、法則があるのだと。

 「“やったらやり返される”のですよ、コーネリア。“因果応報”と呼ぶそうですが、聞いたことがおありでしょうか?」

 それとも。

 「聞いた事はあっても、自分達には当てはまらないとでも考えていたのなら、それは貴女にとって大変残念なことに間違いです。
 私達は今貴女に対してやり返しているわけですが、またブリタニア軍からの報復があることくらい解ってやっているのです」

 「その通りだ!ここで逃げたとしても、地の果てまでも追って貴様らを殲滅させてくれる!!
 そこまで解っていて我らに喧嘩を売るとは、この愚か者どもが!」

 コーネリアの叫びに応じたのはエトランジュではなく、大砲で照準を合わせていたアルカディアだった。

 「私達の世界で喧嘩を売るって言うのは、“何もしていない人間に勝負を仕掛ける”って意味なの。
 あんたらは自分が何もしてないと思ってるのか、それともあんたの持ってる辞書の意味が違うのか、どっち?」

 「ナンバーズごときが、えらそうに!」

 「あんたらにとってはナンバーズな私達だけど、それが何か?
 言っていることに間違いでもあったのなら説明してよ、頭いいんでしょ?言い負かしたら証明出来るわよ」

 オープンチャンネルで馬鹿にしたかのように問いかけるアルカディアだが、コーネリアからの返答はない。

 「その定義に沿うなら、喧嘩を売られたのは私達の方なのです。
 私達が何をしました?サイタマの方々が貴女に何をしました?
 日本人の方がブリタニア人に対して何をしたのでしょうか?」

 静かに問いかけるエトランジュの言葉に、コーネリアはやっと口で言い負かせられるものを見つけたらしい。
 
 「日本人がブリタニア人に何をした、だと?!貴様らは我が弟妹を殺したではないか!!」

 「クロヴィスのことなら、シンジュクの件での自業自得かと」

 「違う!いや、それもそうだが、その前に殺したのだ!留学していた幼い我が末の弟妹のルルーシュとナナリーを!!
 私はイレヴンだけは許さん!我らに逆らうなら、徹底的に殲滅するまでだ!!」

 その名前にエトランジュはぱちぱちと瞬きした。

 (ゼロの本名ですよね・・・でも、あれって人質として無理やり日本に送られて、開戦理由のために父帝から殺されかけたと聞いているのですが)

 しかも堂々と皇帝本人がちょうどいい取引材料だと明言して放り出し、誰もそれを止めなかったとルルーシュが憤っていた。
 そう、兄弟の誰一人として、自分を助けはしなかったのだと。

 「あー、あの十歳かそこらの皇子と皇女が留学したとは聞いてるよ。普通あり得ないと思ったもんだけど」

 加藤が回線でエトランジュに教えると、エトランジュも同感だ。どこの世界に十歳になったばかりの少年と目と足が不自由な少女を留学させる親がいるのだろう。
 ああ、ブリタニア皇帝がそうだったのだ。

 「・・・ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ」

 ぽつりと思わずアルカディアが呟いたが、しっかりコーネリアに聞こえていたらしい。

 「何だと・・・何がおかしい?!」

 「さあ?・・・どうしてでしょうね。考えてみるのも一興かと」

 エトランジュは何とか冷たい声音でごまかすと、次の作戦準備が終わったことを知らせる通信が入った。

 「エトランジュ様、作戦準備終了です。ご指示を!」

 「解りました・・・ではコーネリア、そろそろ刻限ですのでお話はこれまでです・・・皆様、コーネリアに向かって撃ち方始め!」

 エトランジュの号令が下った瞬間、四方八方からコーネリアめがけて弾が飛んできた。
 ナイトメアからすれば小さなボーリングの弾だが、執拗にコーネリアのみを狙って正確に飛んでくる。
 
 彼女達が用意した大砲は、威力もそれほどではない上に移動に手間のかかるものだった。現代のものとは異なり、照準も一回合わせるとなかなか切り替えられるものではない。
 そこで彼女達はいったんコーネリア達を身動きが取れないようにした上で、正確に照準を合わせて一斉に撃つという手段を取ることにした。
 呑気にコーネリアと会話をしていたのは、そのための時間稼ぎだったのだ。

 「撃て撃て!狙うはコーネリアだけだ!雑魚には構うな!」

 「大した威力ではなくても、続ければ必ずダメージを負う!コクピット部分を狙え!
 動けないように足も同時に撃つんだ!!」

 アルカディアが使っているだけではない大砲に、コーネリアの軍は慌てた。だがそこはさすがに歴戦の軍人である。この大砲の照準がそう簡単に切り替えられないことにすぐに気づいた。

 「姫様、あいつらの大砲は照準を合わせるのに手間がかかるようです!
 これまで話していたのはその時間稼ぎでしょう・・・何とかその場から数歩でいい、動いて下さい!」

 「げ・・・すぐにバレた」

 通信傍受機から内容を知ったアルカディアは焦った。あと2、3分程度はバレないと思ったのに、何とも勘のいいことだ。

 ギルフォードの助言にコーネリアはなるほどと納得し、油まみれでもそれくらいは可能だと動かそうとしたその刹那。

 「させるかああ!!!」

 そう叫んでコーネリアの足にしがみついたのは、白兵戦でコーネリアに斬られ、もう止まっていたはずのナイトメアだった。

 「こんなこともあろうかと思って、やられたふりをしていたのよコーネリア!!
 絶対放さない・・・ここから一歩だって、動かせてやるもんですか!!」

 「文江さん?!」

 エトランジュは驚いた。確かそのナイトメアに搭乗していたのは、サイタマの虐殺から避難していた田中 文江だった。そしてその近くのナイトメアに乗っているのはその夫の田中 光一だ。

 「よし、やったぞ文江!このまま抑えつけろ!!」

 「あなた!」

 すっかり止まっていたと思い込んで油断していたコーネリアは、半壊状態とはいえ二体のナイトメアに抑えつけられて身動きが取れない。

 「くっ、このイレヴンが・・・!!」

 「もう放さんぞコーネリア!みんな、俺達に構わず撃て!この魔女を仕留める最大のチャンスだぞ!!」

 「で、ですが・・・それではお二人が!」

 光一の叫びにエトランジュが躊躇するが、文江が笑って言った。

 「いいんですよ、エトランジュ(しきかん)様。私達、こうするって決めてましたから・・・この作戦を聞いたあの日から」

 あの日、エトランジュ達が来て作戦内容を話して決行すると決まったあの日、この夫婦は自ら一番危険な“コーネリアを作戦ポイントまで囲い込む”役目を引き受けた。

 一番危険な事だったが田中夫妻はもと軍人で、ナイトメアの扱いにはある程度慣れていたから、むしろ適任だとなったのだ。

 「お前のせいで、私達の息子が死んだのよ!必ず殺してやる!!」

 「貴様・・・サイタマの人間か!」

 コーネリアの問いに、田中夫妻はギリギリとあらん限りの力を振り絞ってコーネリアを拘束することで答えた。

 さすがにコーネリアの一撃をくらって五体満足とはいかず、骨があちこち折れていたがそんなことは気にならない。ただ殺意だけが夫妻を突き動かしていた。

 「あれはゼロを誘き出すための作戦だ・・・恨むならブリタニアに楯ついたゼロを恨むべきだろう!」

 ギルフォードが主君に駆け寄ろうとナイトメアを動かしながら叫んだが、アルカディアが容赦なく大砲をギルフォードのグロースターの足に撃ちこみ、救助を阻止する。

 「つくづくブリタニア貴族って訳の分からない思考をするのねえ。
 ゼロが別にサイタマの住民が死ねばいいと思ってブリタニアに刃向ったわけじゃないし、ゼロがあんたらにサイタマの人間を殺せって命じたわけでもないでしょうに」
 
 「同感です・・・貴方がたが勝手にゼロを誘き出すためにサイタマの人間を殺して回ったのでしょう?貴方がたが自分のご意志で、明確に選んで」

 そう、それをやると決めて実行したのはブリタニア軍。
 反逆者が現れれば、巻き込まれる民のことなどどうでもよいと考えて武器を持たない者達を殺して回った。

 そうすることで反逆者への見せしめにしようと考えたのだろうが、それは支配者の考え違いだ。
 もちろんゼロを恨む者はいるだろう。しかし、ブリタニアを恨む人間は、それの何百倍もいるのだ。

 「貴方がたに問いましょう。
 貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
 『俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め』と。
 ・・・そう言われたら、貴方が恨むのは友人ですか、それとも・・・殴った人物ですか?」

 「・・・・!」

 「お答え下さい・・・どっちですか!その程度のことすら答えられませんか!!」

 エトランジュはとうとう叫んだ。ああ、この人達とは駄目だ、話が出来ない。
 事ここに至っても、何が悪いかすら理解していないのだ。

 「もう結構です。田中さん、こんな方々のために命を捨てることはありません。退却を!」

 「いいえ、俺達はこんな奴らのために死ぬのではありません・・・仲間のために、日本のために死ぬのです」

 光一は穏やかな声で言った。そして、文江も。

 「あの子が大きくなって、貴女のような女の子をお嫁さんに迎えて、また新しく家族を作っていけるのなら・・・ブリタニアの支配でもまだ我慢できたのに」

 「文江さん・・・」

 「ゼロのせいだと恨んだ日もありましたけど、一番悪いのは何もしていないのにただ私達を囮にして殺したのはコーネリアです。
 ゼロだってそうなると思ってやったわけではないのですから・・・悪いのはあの女なのです・・・ああ、どうしてよりによって私と夫が揃って仕事だったあの日に!!」

 田中夫婦はもと軍人だった。あの戦争では辛くも生き残り、階級も低かったから戦犯とならなかったけれど職を失った。
 当時生まれたばかりの息子がいたから、共働きだった。そうしなければとても一家三人、暮らしていけなかったから。
 それでも幸せだった。貧乏でも、三人一緒なら暮らしていける。そう、家族一緒なら。

 「でも、息子はもういない。お前が永遠に連れ去って逝ってしまった!まだたったの八歳だったのに!!」

 『お父さん、お母さん、行ってらっしゃい。俺、留守番して待ってる』

 それが最後の言葉になるなんて、思ってもみなかった。
 銃弾の中を駆け抜けて家に戻ってみると、そこにいたのは壊されたドアと血の海に沈む息子の姿。

 「あの子は・・・留守番しているんです。俺達が戻って来るのを待ってる」

 「一人で寂しがっているでしょうから・・・早く(かえ)ってあげなくちゃ」

 「・・・田中さん」

 エトランジュは目をギュッとつむった。待っている。来るはずの両親をずっとずっと。

 (私も待っている・・・お父様を、あの日からずっと)

 エトランジュは目を見開き、全員に命じた。

 「皆様、田中さんの犠牲を無駄にしてはなりません!一斉に攻撃して下さい!!」

 「エトランジュ様・・・・!」

 ジークフリードが何かを言いかけたがやめ、その代わりに周囲のレジスタンス達の攻撃が苛烈さを増す。

 「へっ、甘いだけのお姫様じゃねえようだな・・・聞いたか、撃て!あの魔女を燃やせ!」

 「やれやれ!!田中達を思いやるなら、何としてもあの女を討て!!」

 「皆さん・・・ありがとう。コーネリアああああぁっぁあ!!」

 田中夫妻は渾身の力を込めて、死すとも放さじとコーネリアのグロースターにしがみつく。
 コーネリアも渾身の力を込めて振り切ろうとするが、死を覚悟・・・いや、むしろ死を望んでいる彼らの最期の力は振りほどけない。

 「くっ、貴様ら・・・・!」

 「グラストンナイツの足止めは任せなさい!動いたら私が撃つ!コーネリアだけを狙え!」

 アルカディアはコーネリアを助けようとするナイトメアの足めがけて大砲を撃ち、動けないようにしてしまう。
 そしてそれ以外の面々はイリスアーゲートが次々に弾をセットしていく大砲から、容赦なく田中夫妻もろともコーネリアに撃ち放っていく。

 田中夫妻のナイトメアが少しずつ壊れていくのが見えたから、限界はある。しかし、それ以上に降りそそぐ弾丸に最新型のグロースターも耐えきれるか解らなかった。

 轟音、怒号、炎が燃える音が響き渡って、どれくらいが経過しただろうか。
 数時間とも思えるほどだったが、実際には一時間も経っていない。
 
 「・・・タイムアップですね」

 エトランジュの予知と加えてトウキョウから援軍が出立したとの情報を受けて、エトランジュは断念した。

 「皆さん、残念ながら時間切れです。援軍が来ては我らに勝ち目はありません・・・引き上げて下さい!」

 「ち、まだ一時間も経ってねえってのに・・・!仕方ない、退却するぞ!」

 重ねての加藤の指示に、全員舌打ちしながらも退却していく。
 残された大砲は、なんとイリスアーゲートが持ち上げた。

 「最後の置き土産だ・・・これで逝ってこいや、コーネリア!!」

 クライスはそう叫ぶと、大砲を思い切りコーネリアに向けてぶん投げた。

 「姫様!!」

 ギルフォードが最初の大砲を何とか庇って自ら直撃を受けたが、大砲は一つだけではない。二つ、三つと容赦なくコーネリアに投げ落された。

 「ギルフォード!!ぐはっ!!!」

 コーネリアはあまりの衝撃にのけぞり、背中と腕に猛烈な痛みを感じたが叫びを一度上げただけで、それ以上の声は抑え込んだ。
 これ以上ナンバーズごときに・・・しかも自分の弟妹を殺したイレヴンに、弱みなど見せてなるものか。

 コーネリアは歯を食い縛って屈辱と痛みに耐えていたが、笑い声がオープンチャンネルから聞こえてくる。

 「くすくす・・・ざまあ・・・みやがれ・・・」

 コーネリアの叫びを聞きつけた文江は、自身も血まみれになりながらも笑った。
 ああ、何て心地のいい悲鳴だろう。可愛い息子を奪った人間の苦痛の声が、こんなにも耳に心地いい。

 「あなた・・・聞こえる?コーネリアの声・・・もう、先に逝っちゃったのね」

 夫からの返答はない。息子が待ちきれなくて、妻を置いて逝ったようだ。

 「あんたがこの場から生き延びても・・・まだまだいるんだからね・・・おぼえて・・・と・・・いいわ・・・」

 コーネリアに恨みを言い残し、文江は目を閉じた。

 「まだまだいる、か・・・そんなことは解っている」

 軍人として生きると決めた日から、コーネリアは恨みと憎悪の中で生きることになると解っていた。
 自分はきっと、皇帝にはなれない。なるとしたら、兄達のうちの誰かだろうと。
 そうなれば新たな皇帝の元、自分の地位を確立しておかねば優しすぎて弱い妹はどうなる。
 末の弟妹のように政治の道具にされて、殺されてしまう・・・それを防ぐためにも、コーネリアは何としてでも己の地位を確かなものにして、妹を守る盾としたかったのだ。

 「今さらだ・・・私は負けんぞ・・・!」

 コーネリアはそう決意したが、体が動かせない。遠くから自分を呼ぶ声が聞こえたが、それに反応する力もない。
 燃える炎の音が、自分の意識をかき乱していた。



[18683] 第八話  それぞれのジレンマ
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/03 22:23
 第八話  それぞれのジレンマ



 イリスアーゲートがエトランジュ達がいる場所に着くと、すぐに二人を乗せて逃走する。
 まさか到着する前に逃げるとは思ってもいないだろうから、わりとあっさり逃げることが出来た。

 「全員、脱出成功しましたエトランジュ様!
 戦死者は田中夫妻、如月 始、山越 和人四名、負傷者八名です」

 「負傷なさった方は、すぐに手配した病院へ搬送をお願いいたします。
 ブリタニア軍はコーネリアの救助を最優先しているでしょうから危険は少ないと思いますが、くれぐれもご用心を」
 
 「はい!」

 生き残ったレジスタンス達はエトランジュの指示を受けて、処理を始めていく。
 エトランジュも疲れたのか、近くのコンクリートに座りこんで田中 文江から受け取った合金製のロボット人形をじっと見つめている。

 『息子の形見なんです・・・預かって頂けませんか?』

 「あんたに持っていて欲しかったみたいっすね、エトランジュ様」

 そう後ろから声をかけて来たのは、レジスタンスを束ねていたリーダーの加藤だった。

 「あ、加藤さん・・・お怪我はありませんか?」

 「いや、まったくピンピンしてる。にしても、さすがはゼロだな・・・正直これだけの犠牲であそこまでコーネリアを追いつめられるとは思わなかった」

 「・・・私の指揮がもう少し迅速なら」

 「変わんなかったと思いますよ、俺は。正直あの作戦は、誰の指揮でも同じ結果が出るもんです。
 ぶっちゃけコーネリア一人を囲い込んで全員でフルボッコっていう、単純な作戦ですからねー」

 作戦だけ聞けば卑怯極まりない戦法だが、それ以前にコーネリアがしたことがしたことだったので、それと比較すれば大したものではない。
 
 「むしろ、あんたに驚きだ・・・田中夫妻が自分達ごとコーネリアを撃てって言った際、わりとすぐに反応して俺達に指示をした・・・いや、お見事です」

 穏やかに笑いながらグンマに住んでいる住民の避難や子供の相手などをしている 彼女を見た時、てっきり正論ばかりのほやほやしたお姫様かと思っていたら、思いきった決断をしたエトランジュに加藤は心底から感心した。

 「あんたは出来るだけのことはした・・・後はあれでコーネリアが死んでくれればいいんですけどね・・・ま、最悪でも当分動けなくなる程度の怪我は間違いない」

 「そうですね・・・見る限りクライスが投げた大砲は二つ、命中していたみたいですし」

 「たとえ死んだとしても情報がすぐに流れないと思うんで、判定は難しいけど」

 「すぐに調べて頂きますので、お待ち頂きたく」

 マオには悪いが、確実にコーネリアを殺せたかどうか調べて貰おうとエトランジュは思った。

 「とりあえず、作戦結果をゼロに報告しなくては・・・藤堂中佐の救出はうまくいったのでしょうか?」

 「さあ・・・こっちもこっちのことで精いっぱいですからね。エトランジュ様はさっさと租界に戻ったほうがいいと思いますよ」

 他のレジスタンスの者達も同意の頷きを返すと、エトランジュがルルーシュへリンクを開こうとした刹那、脱出合流地点にいたレジスタンスの一人が慌てた声で報告してきた。

 「おい、凄いことになってるぞ加藤!あのユーフェミア皇女が騎士の発表を行った!」

 「あん?あのお飾り皇女か。そいつがどうした?」

 ブリタニアの皇族は一人につき一人、選任の騎士を持つことが出来る。コーネリアもギルフォードという騎士を持っていることから、それ自体は不思議なことではない。
 このテロが頻発している日本でまだ選任騎士を持っていない方がおかしかったのだから、さすがに危機感が出て来たのだろうと加藤はのんきに思っていたが、続きの報告に飲んでいた水を噴き出した。

 「それが、名誉ブリタニア人なんだ!あの日本最後の首相の息子、枢木 スザクなんだよ!」

 「あの、神楽耶様の従兄の?!本当ですか?」

 「今、そのニュースでどれももちきりっす!あの・・・これってどうなるんですかね?」
 
 恐る恐るといった様子で問いかけてきたレジスタンスに、エトランジュもさすがに首を傾げることしか出来ない。

 「とにかく、キョウトの対応も聞いておきます。皆様はくれぐれもブリタニアの情報に踊らされることなく、ご自重をお願いしたいかと」

 「・・・確かに、それが一番だな。おい、とりあえず撤収だ。レジスタンス狩りが始まる前に、出来るだけ遠くの県まで逃げるぞ」

 「了解!」

 皆がざわめきながら散り散りにそれぞれの退避地へと去っていくのを見ながら、エトランジュはルルーシュへとリンクを開く。

 ちなみに万一言葉が出てしまってもごまかせるよう、人前では携帯電話を持ってカモフラージュしていたりする。

 《ゼロ、聞こえますか?エトランジュです。コーネリアを撃破しました。残念ながら死亡までは確認出来ず・・・ゼロ?》

 何の反応も返してこないルルーシュに若干焦りながら、エトランジュは再度問いかける。

 《ゼロ、どうかなさいましたか?ゼロ?!》

 《・・・クックック、はははははは!》

 哄笑が脳裏に響き渡る中、エトランジュは瞬きを繰り返して途方に暮れる。
 あのルルーシュが何を言っても反応しないどころか、狂ったように笑っている。まるで理性を捨てたかのようなそれ。

 《落ち着いて下さいな、ゼロ!何があったのです?!》

 《はははは、エトランジュ様ですか。いいえ、何でもありません・・・下らぬことです》

 《そんなはずないでしょう!・・・解りました、とりあえずこちらの報告を先にさせて頂きます》

 今強引に話を聞いても無駄だと判断したエトランジュは、手短に報告する。

 《作戦は成功しました。コーネリアは現在、最悪でも重傷を負い当分戦場には立てないかと存じます。
 協力して下さったレジスタンスの方々からは、後日黒の騎士団に合流してもいいとのお言葉を頂きました》

 《なるほど、それは朗報ですね。こちらも藤堂中佐の救出に成功いたしました。
 今後は我々とともに行動することになろうかと思います》

 それを聞いたエトランジュは、まだ残っている加藤にそれを伝える。

 「加藤さん、藤堂中佐の救出に成功したそうです。今後はおそらく、黒の騎士団の傘下に入るだろうとのことです」

 「お、二重にいい知らせだな。よし、藤堂中佐がいるなら他のレジスタンスも黒の騎士団に入ることに同意するかもしれないから、説得しておきますよ」

 加藤の他にもそれを聞いたレジスタンスが、よっしゃと手を叩いて喜んでいる。

 《それと、こちらは悪い知らせなのですが・・・テレビをご覧になりましたか?》

 《テレビ・・・何かニュースでも?》

 《ユーフェミア皇女が騎士の発表を行ったのですが・・・それがあの枢木 スザクだと》

 《・・・!!クックック、そうですか・・・あのユーフェミアがスザクを》

 (・・・スザク、と今呼び捨てに?まさか、ルルーシュ様は枢木 スザクとお知り合いなのでしょうか)

 《花畑で夢しか見るつもりがない主従同士、お似合いだな。解りました、至急キョウトとも話し合って対応を決めましょう。
 エトランジュ様も至急、租界へお戻りを》

 素気ない口調だったが、内心でどれほどの怒りと焦りを秘めているのか、エトランジュには解る。
 しかし事情を詳しく知らないためにどう言えばいいのか解らず、リンクを切った。

 「・・・申し訳ありませんが、すぐにトウキョウ租界へ戻らなくてはならなくなりました。
 皆様に対する援護は続けてキョウトより行われますので、よろしくお願いいたします」

 「ああ、今日はありがとうございますエトランジュ様。何かあったら、いつでも声をかけてくれてオッケーなんで」

 「そうそう、何だかんだでいろいろ気にかけてくれたしな」

 加藤の言葉に周囲も頷くと、エトランジュは小さく頭を下げた。

 「ありがとうございます・・・では、失礼いたします」

 エトランジュはそう礼を言うと、イリスアーゲートに乗ってアルカディア、クライス、ジークフリードと共に租界へと走っていく。
 それを見送ってから、加藤達もその場から逃げ去ったのだった。



 「コーネリアの件、お聞きになりましたわ!大金星ですわエトランジュ様。
 藤堂中佐および四星剣も黒の騎士団に入団・・・吉報続きでよろしいこと!」

 神楽耶がうきうきとした声で租界に戻ったエトランジュ達を出迎えると、エトランジュは伝えたくはないことを伝えようと重い口を開いた。

 「それが、神楽耶様。先ほどのニュースで貴女の従兄の方がユーフェミア皇女の騎士になると・・・・」

 「ああ、ついさっき報告が上がってまいりましたわね。でも、お気になさることはございません。
 あの者はブリタニア軍に入った時点で裏切り者、縁も切っておりますもの。どうとでもご自由にと、ゼロ様にお伝え下さいませ」

 さらりと告げられた切り捨て発言に、エトランジュは目を丸くする。

 「そうおっしゃって頂けると正直やりやすいのですが・・・よろしいのですか?」

 「ええ、こんな日が来るかもしれないとは思っておりました。それに、あの男は例の白兜のパイロットだと合わせて報告が来ましたので」

 「え・・・名誉ブリタニア人がナイトメアに?!」

 エトランジュ達は驚愕して顔を見合せた。
 あのナイトメアに乗る資格を持つのは純粋なブリタニア人だけだと公言してはばらかないブリタニア軍が、最新鋭のナイトメアに名誉ブリタニア人を乗せるとは、いったいどういう風の吹き回しか。

 「マジで何があったんだ?ブリタニア軍・・・」

 「さあ・・・私も何て言えばいいのやらと」

 クライスとアルカディアも首をひねるしかない事態である。もともとそこまで日本人とブリタニア人の関係について詳しく把握していないマグヌスファミリアの一行としては、ゼロに聞いてみるかという他力本願な答えを即座に導きだした。

 (でも・・・ゼロの様子がおかしかったのですが)

 「・・・神楽耶様、申し訳ないのですが桐原公とお会いしたいのですが・・・よろしいですか?」

 「桐原に、ですか?解りました、すぐに手配いたします」

 どうもルルーシュの様子から察するに、枢木 スザクとの間に何らかの関係があるとしか思えない。
 そういえば彼が現れたのは、スザクがクロヴィス殺害の濡れ衣を被せられて処刑されようとした時ではなかったか?

 神楽耶がすぐに桐原との面会を手配すると、エトランジュはアルカディアとクライスを置いて彼の前まで来るや人払いを要求した。

 「申し訳ございませんが、二人きりでお話したい事がございます。お傍控えの方は、ご退出願いたいのですが・・・よろしいですか?」

 「うむ・・・皆下がれ」

 ルルーシュ絡みのことだと悟った桐原の言葉に、使用人達は頭を下げて退出していく。
 それを見届けてエトランジュが単刀直入に尋ねた。

 「いきなりで失礼ですが、ゼロ・・・ルルーシュ様のことなのですが、枢木 スザク様とはどのようなご関係ですか?」

 「・・・一言で申し上げるなら、親友同士ですな」

 質問の意味を瞬時に悟った桐原は、重い溜息を吐きながら答えた。

 「ゼロ・・・スザクの件が相当衝撃だったと?」

 「はい・・・コーネリアに重傷を負わせたと報告をしたら、それを聞きもせず狂ったようにお笑いで・・・彼がユーフェミア皇女の騎士になると伝えたら、お似合いの主従だとお怒りの様子でした」

 「狂ったように笑った、か・・・無理もない」

 幼き頃のスザクは、名家のお坊ちゃま育ちにありがちな傲慢な性格をした少年だった。
 初めこそは互いに喧嘩もしていたが、やがて敵国の長の子供同士という枠を乗り越えて互いに認め合い、あの戦争時にも手を取り合っていた。

 それがどうした運命のいたずらかスザクはブリタニアの軍人になり、ルルーシュはブリタニアに反旗を翻す反逆者となった。

 「・・・エトランジュ女王陛下、個人的に言わせて頂くならあの二人は本来手を結んでもよかったはずじゃった。
 ルルーシュ殿下がゼロであるなら、あのうつけも目を覚ましてブリタニアのくびきから抜け出すやもしれぬと期待してもいた。
 ・・・もしそうなったら、あやつは我がキョウト六家の枢木の長、ゼロと希望の重みを分かち合えるものと考えておりました」

 「それほどまでに仲が・・・」

 「まさかあの白兜のパイロットがスザクとは、想像すらしておりませなんだ・・・今探りを入れて調べておりますが、いったいどうやったものやら」

 今、日本人の誰もがそう思っているだろう。いや、ブリタニア人も同様で、おそらく日本が占領されて以来、初めて日本人とブリタニア人の思考がシンクロした日に違いない。

 「近々、それについて会議が行われると思います。
 しかし、今の状態ではいくら枢木の御子息といえどもあの白兜のパイロットは早急にどうにかするべきとなるかも・・・しかも、皇女の騎士になるとあってはおさら」

 「その件については、神楽耶様が申されたとおり切り捨てることで意見の一致を得ました。
 わしもゼロのことがなければ何のためらいもなく同意したのでな」

 「解りました、枢木 スザクについてはキョウト六家の総意としてはゼロに一任ということでお伝えしてもよろしいのですね?」

 「・・・ゼロにお伝えして下され。
 “あのうつけが目を覚まさぬようなら、もう目を覚まさなくともよいようにしても構わぬ”と」

 つまりは神楽耶の言うとおり切り捨てろという意味である。
 エトランジュとしては内心非常に複雑ではあったが、上に立つ者としては至極当然の判断であることも理解していたために何も言わなかった・・・そもそも口出し出来る立場でもない。

 「確かに承りました。それにしても、枢木 スザク・・・どうしてブリタニア軍などに入ったのでしょう?」

 「・・・あやつの考えは解りませぬ。ただ、己の保身のためではないということは解りますが」

 桐原はスザクが過去、あくまで開戦しようとする父を諌めるために父親の血で両手を染めた。
 だがそれは六家の秘事としているため、エトランジュといえど話せるものではない。
 だが桐原には解る・・・彼が死に場所と断罪を求めて軍に入ったのだということを。

 「一度、彼の考えもお聞きしたいものですが・・・コーネリアの生死とこの後の展望についてのほうが先ですね」

 「そうですな・・・おお、お祝いを申し上げるのを忘れておりました。
 コーネリアを撃破なさったそうで、おめでとうございます」

 「いいえ、すべてはゼロの采配と他のレジスタンスの方々のご協力あればこそです。
 私はただゼロの指示を伝えただけですもの」

 エトランジュは手を振って謙遜したが、桐原はいやいやと賛辞の言葉を送る。

 「それでも、あのサイタマの惨劇を生んだ魔女を追いつめたのはエトランジュ陛下です。日本を束ねる六家として、お礼を申し上げたく存じる」

 エトランジュは小さく頭を下げることで賛辞を受けると、桐原は手を叩いて使用人を呼ぶ。

 「さあ、今宵は小難しい話はこれくらいにして、ごゆっくりとお休み下され。夕餉の支度と風呂を用意させておりますゆえ」

 「ご好意に甘えさせて頂きます。それでは、おやすみなさいませ」

 着物を着た使用人がしずしずと歩み寄ってふすまを開けると、こちらへと頭を下げて誘導する。
 エトランジュは再度桐原へ頭を下げると、使用人の後ろについて歩きだす。

 スザクのほうに気を取られて忘れていたが、まずはコーネリアがどうなったかを確かめなくてはと思い、エトランジュはマオとの間にリンクを開く。

 《マオさん、失礼します。エトランジュです》

 《ああ、エディー、無事でよかった!で、どうだった?》

 《コーネリアを撃破することに成功はしたのですが、生死はまだ解らないのです。
 マオさん、大変申し訳ないのですが、アルカディア従姉様と確認して頂けませんか?》

 申し訳なさげなエトランジュに、マオはあららと両手を上げた。

 《それは残念だね~。まあ、人数少ないから追いつめただけでもすごいのかな?
 ん~、めんどくさいけどやることないからまあいいよ》

 《ありがとうございます!お礼に今度、マーボー豆腐をお作りしますね。お好きだと伺いましたので》

 《ほんと?約束だよ!じゃあアルが帰ってきたらすぐに行くね》

 嬉しそうな声音で了承したマオに再度礼を言うと、エトランジュは小さく溜息をつく。

 予想外のことばかりが相次いで、もともと処理能力が小さいエトランジュの脳はパンク寸前である。
 何はともあれ、コーネリアを撃破したことだけは家族達にも伝えておこう。
 エトランジュはそう決めると、今度は伯父達のもとへとリンクを繋ぐのだった。



 一方、ブリタニア政庁では大混乱を極めていた。
 政庁を司る姉妹のうち姉は重傷を負わされて緊急入院、妹は突然何の通告もなく選任騎士の発表・・・それだけならまだしも、なんとそれは名誉ブリタニア人だという。
 挙句その男が、純粋なブリタニア人しか許されぬナイトメアのデヴァイサー・・・しかも最新型を動かしているということが判明したのだ。

 「何と言うことだ・・・コーネリア殿下が重傷だと?!ギルフォード卿は何をしていたのだ!」

 「彼も現在、殿下を庇い重傷を負っております!コーネリア殿下以外の兵士の被害はほとんど0です・・・何でも殿下一人を狙い撃ちにしたものと・・・」

 「ええい、狡猾な・・・この件は外部に漏らすな!イレヴンどもに付け入る隙を与えるわ!!」

 ダールトンの指示に一斉に政務官が散っていくと、蒼白な顔でユーフェミアが叫ぶ。

 「お姉様が、重傷・・・す、すぐに病院へ向かいます!」

 「なりませぬユーフェミア様!今外には例の騎士の発表のためにマスコミどもが数多くおります。
 そんな中に病院に足を運べば、秘匿したコーネリア殿下のことが漏れかねません。ご自重を!!」

 ダールトンの制止に、ユーフェミアはフラフラとソファに座りこむ。
 ああ、何と言うことだろう。こんな時に限って姉があのような目に遭うとは、想像もしなかったのだ。

 「とにかく、コーネリア殿下の件を隠すためにも騎士の件について早急に詳しいことを発表して目を逸らしましょう。よろしいですな?」

 「はい・・・解りました・・・」

 「それにしても・・・思い切ったことをなさいましたな。我々に何の御相談もなく・・・」

 思わず額を手で覆って嘆くダールトンに、ユーフェミアは力のない声で言った。

 「だって相談したらきっと、反対されてしまうと思って・・・でも、どうしても彼を騎士にしたかったの」

 自分の考えを聞いてくれる人だったから。
 お人形扱いされていつも聞かれることのなかった自分の言葉を、最後まで聞いてくれてそして間違っていないと言ってくれた人だから。

 「なぜ、そこまで彼を?彼は名誉とはいえしょせんイレヴン。いつ我らに牙をむくか知れないのですよ」

 「そんなことはありません!彼は、ルルーシュの親友なのですよ」

 「ルルーシュ・・・あの、このエリア11でお命を落とされたマリアンヌ様の御子息ですな。何故彼とルルーシュ殿下が?」

 ダールトンの疑問に、ユーフェミアは彼が枢木首相の息子であり、ルルーシュが日本に送られた時に知り合い、そして友達になったのだと答えてやる。

 「友達が出来た、とルルーシュから来た一度だけの手紙に書いてありました。それで私、ルルーシュのことをいろいろ彼から聞いていたの」

 「なるほど、そういうことですか。しかし、思い出話をなさるためなら何も騎士になどせずともよいではありませんか」

 ダールトンはあまり考えの足りないユーフェミアに、それ以上何も言わなかった。既に発表してしまった以上、覆すことも出来ない。
 このまま適当なシナリオをでっちあげて、ブリタニア人の反感を買わぬよう、そしてユーフェミアとコーネリアの株が下がらぬようにしなければならない。

 まさかこんな発表があるとは黒の騎士団やコーネリアを襲ったレジスタンス共も思ってもみなかっただろうが、最悪のタイミングである。
 
 (コーネリア殿下がご無事なら、ご指示を仰げたのだが・・・これではユーフェミア様のご意志を尊重して枢木を騎士にせざるを得ん!
 それにしても、あのテロリスト共・・・よくもコーネリア殿下を、許さんぞ!)

 怒りに燃えるダールトンは、ユーフェミアの騎士発表を行うことと並行してコーネリアに重傷を負わせたレジスタンス狩りを行うことを決意した。
 あの辺りをサイタマと同じようにすれば、やつらが出てくるに違いないのだ。
 しかし、ユーフェミアがそのようなことに同意するとは思えないため、許可を得られるか解らない。
 コーネリアが不在の今、決定権は彼女にあるのだ。

 さらに今回のコーネリア襲撃についても、いろいろと疑問がある。
 兵力からして騎士団が全力で藤堂を奪還したはずだが、黒の騎士団が関係しているのか?
 レジスタンスは黒の騎士団だけではない。表向きは別グループとしておいて、実態は黒の騎士団の下部組織という可能性もある。

 さらに、このタイミングで・・・まさかとは思うが、スパイがいるのだろうか?

 「ダールトン、お願いがあるのですが」

 「何でしょう、ユーフェミア様」

 ユーフェミアが青白い顔のままであることに気づいたダールトンが、水差しからグラスに水を注ぎながら応じると彼女はおずおずと言った。

 「あのお姉様がどのようにして襲撃を受けたのか、知りたいのです。お姉様を襲った犯人を捕らえるためにも、今から情報を解析するのでしょう?」

 「それはそうですが、ユーフェミア様がご覧になるものでは・・・」

 「いいえ、私が副総督である以上、知る必要があると思うのです。忙しいのは解っておりますけど・・・」

 「・・・かしこまりました、ユーフェミア様」

 コーネリア救出を最優先にしたため、すでに連中は他県に逃走しているだろうが、必ず捕えてやるとダールトンは決意していたため、既に情報解析の準備を行うよう、グラストンナイツに命令を下していた。
 幸いほとんどが租界にいたために無傷のこの軍さえあれば、ゼロが後ろで糸を引いていようとも必ず殲滅させることが可能だと、彼は信じている。

 ダールトンの命令でグンマで行われた戦闘状況を録音したブラックボックスがユーフェミアの部屋に運ばれて来ると、彼女はごくりと唾を飲み込んだ。

 「ユーフェミア様・・・お辛いのでしたら」

 「大丈夫です・・・始めて下さい」

 ユーフェミアの命令でスイッチが押され、当時の状況が再現される。

 コーネリアがトンネルを通り抜けたところに、上から大型の廃棄物を落として退路と後方部隊を遮断、ナイトメア数体でコーネリアを追い込み、さらに油を撒いて動きを止める。

 さらに火炎瓶で逃げ道を遮断し、脱出装置を作動させた者は旧型であるとはいえ大砲で撃ち落とす。
 その上でコーネリア一人を狙い撃ちと言う、卑怯極まる戦い方に非難の声が飛ぶ。

 「おのれ、卑怯な!戦争の仕方も知らぬ野蛮なイレヴンどもが!!」

 「まともに戦う気もないらしい。大した装備もないくせに」

 これをエトランジュ達が聞いていたら、戦争の仕方を知らない国に戦いを仕掛けるのはいいのか、軍人ではないのだからまともに戦う気がないのは当たり前だと言うだろう。

 だがそれよりもユーフェミアの顔から血の気が引いたのは彼らの戦い方ではなく、その主張だった。

 『そうですか?私達は何の武器を持たない一般人を殺傷する事よりはるかに恥を知った行為であると考えておりますので』

 『・・・・』

 『その行為に比べれば、私達は貴方がたに何をしようとも罪悪は感じないのです。 
 コーネリアのブリタニア軍に遠くから油をかけて火をつけましたと世界に宣伝しても、何ら恥じることはありませんよ』

 それを聞いた時、ユーフェミアは内心で正しいと思ってしまった。あの時の姉は確かにやりすぎだと思う。
 周囲によってその時の街の様子は知らされてはいなかったけれど、住民が残っていたのならそれは虐殺だからだ。

 『そうだ、そうだ!俺達の家族を、お前達は殺して回ったんだ!』

 『僕の姉さんも父さんもだ!友達も殺された!』

 『このブリキ野郎!人の姿をした悪魔め!』

 耳に轟き渡る罵声に、思わずユーフェミアは耳を塞いだ。
 これまで日本人は自分達を恨んでいるだろうという認識はあったが、その恨みの声を聞いたことはなかったから彼女はそれを正確に実感してはいなかった。

 しかし、自分達がどれほどの憎悪と怨恨の渦の中にあったのか、彼女は今初めて知ったのである。

 「あ・・・あ・・・・」

 「ユーフェミア様!お気を確かに・・・別室へ」

 「いいえ、いいえ!続けて下さい」

 ユーフェミアはダールトンの手を振り払い、続きを聞くことを選んだ。
 今まで自分は、レジスタンス達がどのような思いで戦っているのかを知らなかった。今はその考えを知るいい機会のはずだ。

 (これからスザクと一緒に、ブリタニア人と日本人と仲良く暮らす国を造るんですもの。この人達だって、話せば解ってくれるはずです)

 未だに甘い認識を持っているユーフェミアはそう考えたが、次のレジスタンスの指揮官の言葉に息を呑む。

 『人を殺すのに一番必要なものがここにあるから、こんなものでも人は殺せるのです。
 成功するかどうかは別にして、石ころ一つあれば人は殺せる・・・ご存知でしたか?』

 『私は貴方がたに、93人の家族を奪われました。この場にいる全員の方が、家族、友人、恋人を奪われました。
 だから、貴女を殺すという意志が生まれたのです。
・・・貴方がたの主張は人は生まれも育ちも能力も違いがあり、差がある、平等ではない・・・でしたね』

 『その通りだ!間違いなどない!』

 『はい、認めましょう。それは全くの事実だと』

 「え・・・この方はどうして・・・」

 てっきり父の国是を否定していると思っていたのに、それを認めた指揮官にユーフェミアは目を丸くした。
 周囲の人間も同様だったが、彼女はそれが動物の真理であり、どのようにその国是を受け止めているかを聞いて納得した。

 『ブリタニアの主張は私にはこう聞こえます。
 “親は子供より頭がよく力があり、仕事をして養っている。だから子供が親に従うのは当然のことであり、子供が親の気に障ることをすれば死ぬまで殴っても構わないのだ”と』

 「・・・言っていることが正しくても、やっていることが間違っていたら何の意味もない」

 ユーフェミアはその通りだと思った。
 人間は言葉より行動でその真意を測る。親が子供を愛するのは当然だと言いながら殴っていたら、それは正しいことなのだろうか。

 『“やったらやり返される”のですよ、コーネリア』

 「やったら、やり返される・・・」

 何と単純な言葉だろう。声音から自分と似たような年齢、しかも女性だろうその指揮官の言葉は的確で、反論のしようがないものばかりだ。
 事実姉ですら、指揮官の糾弾に反論出来ずにいる。

 だが一つだけの反論・・・すなわちルルーシュとナナリーを殺したという言葉に対して、レジスタンスの一人が妙な反応を返した。

 『・・・ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ』

 「!!」

 ユーフェミアはその言葉に敏感に反応した。
 あの時、カワグチで会ったゼロは言っていた。

 『あの男がブリタニア皇帝の子供だから・・・そう言えば、貴女もそうでしたね』

 「もしかしたら・・・本当に・・・」

 忘れるはずがない。自分の初恋の異母兄を。
 あの時、クロヴィスを殺しておきながら自分を殺さなかったゼロ。
 そして出会ったスザクはルルーシュのことを、今でも生きているかのように話すことがある。

 スザクは自分の言葉を聞いてくれる、大事な人だ。もしルルーシュが生きていて、スザクがそれを知っていたのなら。
 そしてそれを自分にも黙っている理由は解らないけれど、自分にも秘密を話してくれるほどの信頼を得られたら、真実に辿りつけるのではないかと考えた。
 だから、彼を騎士にしようと思った。

 (ゼロがルルーシュなら、あの言葉も解る。
 ブリタニアの皇族を恨んでいるのも、殺そうとしたのは日本人じゃなくて、皇帝陛下なら・・・あのレジスタンスの人の言葉も納得出来るし・・・)

 ユーフェミアはおぼろげながら真実に気づいていたが、悲しい事にそれを口にしても誰も信じてくれないということも解っていた。
 姉に言えばいいのかもしれないが、その場合姉はルルーシュをサイタマで殺そうとしたわけであって、きっと彼は怒っているに違いない。

 (それに、ゼロがルルーシュだって決まったわけじゃないし・・・でも)

 ユーフェミアが考え込んでいる間にも記録は進んでいき、田中夫妻がコーネリアを抑えつけて彼らもろともレジスタンス達が攻撃していた。

 そして恨むならゼロを恨むべきだというギルフォードに対して、指揮官が尋ねている。

 『貴方がたに問いましょう。
 貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
 “俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め”と。
 ・・・そう言われたら、貴方が恨むのは友人ですか、それとも・・・殴った人物ですか?』
 
 それまでの冷静そのものだった声に、苛立ちがこもっている。そしてその問いに答えられないコーネリアに見切りをつけたのか、それ以上指揮官は姉に対して何ら言葉をかけるのをやめていた。

 そして田中夫妻は玉砕し、レジスタンス達は姉の生死を確認する間もなく援軍が来る前に撤退していったが、まだ息のあった姉に息子を殺されたという母親は笑っていた。

 ざまあみやがれ、まだまだいる・・・と言い遺して。

 ユーフェミアは姉よりも、このレジスタンスの指揮官の方に共感を覚えた。
 彼女は何ら間違ったことは言っておらず、またコーネリアに対して考えを尋ねたりもしているが、姉はそれに答えることはなかった。

 あの指揮官は正論すぎるほどの正論で論破していた。
 自分も心のどこかで思っていた言葉を堂々と伝えた彼女に、羨望を抱くほど。

 だけど、姉が自分を守るためにどれほどの努力をして危険な戦場に立っているのかも知っていたから、自分は何も言えなかった。

 自分も何かを言えるほどの功績を立てたいのに、過保護さからそれをさせて貰えないという矛盾が、常にユーフェミアを取り巻いている。
 だが思いもよらぬ形で副総督としての立場が求められているこの状況を利用出来るほど、ユーフェミアは有能ではなかった。

 レジスタンスの指揮官と話をしたいが、捕まえたが最後ダールトン達はきっと彼女を殺してしまう。
 だけど、捕まえなかったらこのまま自分達は彼らによって殺されてしまう。それだけのことをしてしまっているのだから、当然だ。

 だから、ユーフェミアは震える唇でこう命じた。

 「・・・レジスタンスを捕らえる前に、租界の護りを固めた方がいいかもしれません。
 万一にもお姉様の件が漏れていたら、ここでテロが起こるかもしれないですし」

 こう命じておけばレジスタンスを捕らえることは難しくなると、短絡的に考えてのことだった。
 いつもは己の意見を無視されることが多いユーフェミアだが、今回は頷く者が多かった。

 「私も賛成です、ダールトン将軍。コーネリア殿下があのルートを通ってイシカワに向かうのは極秘のことだったのに、こうもあっさり漏れていたのもおかしい。
 ・・・言いたくはありませんが、スパイの可能性が」

 「・・・むう」

 ダールトンが渋面を作るのも無理はない。 
 まさか己の心の声を聞いていたなどというトンデモ理論など思いもつかない彼らがその結論になるのは、当然と言えよう。

 「例の純血派のこともありますし・・・租界の護りを固めておくほうが無難かと。
 幸いコーネリア殿下はお命までは助かる可能性が高いとのこと、それまでユーフェミア様とトウキョウ租界を守り抜く方が無難では?」

 「おのれ・・・!くっ、ではテロリストどもの捕縛は後回しとし、租界の守りをこれより強化する!
 ゲットーへの出入りはブリタニア人でも禁止し、名誉ブリタニア人の施設の利用も制限する。
 併せて裏切り者の発見に全力を尽くすぞ!」

 「イエス、マイロード!」

 ダールトンの命令にグラストンナイツは敬礼をして応じているのを見つめながら、ユーフェミアは椅子に座りこんだ。

 (スザク・・・スザクに会いたい。私はこれから、どうすればいいのかしら)

 自分はお飾りだと言われてきたから、今後も政務官達が望むとおり、書類に判子を押すだけの仕事をするのだろうか。

 それではだめだと思うけれど、どんな政治をすればいいのか。
 
 (・・・私は、みんなで仲良く暮らせる国を造りたい。スザクを騎士にして日本人の人達とも仲良く出来ると伝えればいいんだわ。
 今まで酷い目に遭わせてしまった分、大事にすればきっと解ってくれる)

 そう決意するユーフェミアだが、その背後で日本人達の生活をさらに圧迫しようとしているダールトン達を止めることはしなかった。

 彼女には解っていないのだろう・・・確かに租界とゲットーの出入りをブリタニア人でも制限すればレジスタンス狩りは出来なくなるが、代わりに生活するための必需品の入手、租界での仕事が減り収入もなくなるということに。
 ゲットーでの仕事などたかが知れている上、租界から材料の搬入などが出来なくなるとそれすらも不可能になる。

 パンがなければお菓子を食べればいいじゃない、と言ったお姫様がいた。
 それはお菓子の方が高額だと知っていれば出ない発言だが、ユーフェミアはまさにそれだ。

 ユーフェミアはゲットーがどれほど荒廃しているか、スザクと共に見ている。
 そしてそれはシンジュクでのテロが原因と言われていたが、それがなくても荒れていたのだ。
 理由は簡単・・・再開発するだけの資金と物資がなかったから。

 さらに言うなら、基本的な事柄・・・人間が生きるには何が必要かということも彼女は忘れている。
 衣・住・食がなければ生きていけない、そしてその中で最も大事なのは食糧だ。

 ユーフェミアも知らなかったことだが、ブリタニア人でも日本人達に慈悲を施す者は存在する。
 そう言った者達はこっそりと、ゲットーの者達に食料や衣類などを援助している。ただ租界近くだとそれがバレてスパイの疑いをかけられたり、非難されたりするため、割と遠いゲットーで行われていることが多かった。
 それを制限されれば、その援助を得ている者達はどうすればいいというのか。

 スザク一人の意見で満足せず、ゲットーに住む者の意見も聞いていたらユーフェミアも物資の援助などを行って住民に被害が及ばぬようにという考えが生まれたかもしれないが、残念なことにそこまで及ばなかった。
 軍人気質のダールトンでは、そんな思いやりなど最初からない。

 己が中途半端なままの理想を掲げていることに気づかぬまま、テロリスト狩りを阻止出来たことに満足して、ユーフェミアはスザクの選任騎士の発表を行うべく部屋を出た。



 「ユフィ・・・どこまで俺のものを奪えば気が済むんだ・・・!」

 エトランジュからの報告を聞いて怒り狂ったルルーシュは、ユーフェミアの騎士発表の映像を見て乱暴に電源を落として消し去った。
 
 「ああ、解っているさあいつは善意だけだと!スザクを騎士にしたのだって、日本人を思っての行為だということもな!」

 自分は日本人でも差別しない、だから一緒に新しい国と作りましょうと言いたいのだと、ルルーシュはすぐに解った。

 それは全くの事実だが、何故こうも自分を追いつめる行為に繋がることをするのだろう。
 もしもスザクが選任騎士になったら、まずブリタニア人の嫉妬を買ってアラ探しのためにスザクの身辺を調べるだろう。
 そうなったら、自分達の生存が本国にバレかねない。
 
 (いや、その件はユフィも知らないから責めようもない・・・俺が隠してくれと言ったわけでもないからな。
 だが、名誉ブリタニア人は喜ぶかもしれないが、これではレジスタンス活動がし辛くなる・・・いや、待てよ?)

 コーネリアを半殺しの目に遭わせた・・・これはいい。
 だが、それについて報復行為を行わないはずがない。ユーフェミアはともかく、ダールトンやグラストンナイツはそうではないからだ。
 
 (ユフィが止めるだろうから、大っぴらな軍事行動は行えない・・・となると、当分ゲットーへ物資や出入りの制限が行われるな・・・桐原とも相談して、手を打たねば)

 あの白いお姫様に教えてやろう。そう、エトランジュの言葉の意味を、経験で理解させてやる。
 
 『言っていることが正しくても、行動が間違っていたら意味がない』

ルルーシュは唇の端を上げると、ようやく落ち着きを見せた。

 「理想と現実の違いを、そろそろ知ってもいい頃だ・・・そうだろう?ユフィ」

 かつての初恋の少女を憐れむ声で、ルルーシュは彼女を追いつめるための手を打った。



[18683] 第九話  上に立つ者の覚悟
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/10 11:33
 第九話  上に立つ者の覚悟



 黒の騎士団に贈られた潜水艦の中で、ゼロことルルーシュは黒の騎士団の再編成の発表を行っていた。
 そこにマグヌスファミリアの一行も同席させて貰うことになり、エトランジュは椅子に座って人事の発表を聞いている。

 まず軍事総責任者に入ったばかりの藤堂 鏡志郎、情報全般・広報・諜報の総責任者にディートハルト・リートが任命された。

 その際に民族にこだわるわけではないが、なぜブリタニア人に?と疑問の声を上げた千葉に対し、ルルーシュはならば自分はどうなのか、と尋ね返した。

 「理由?・・・では、私はどうなる?・・・知っての通り、私も日本人ではない。必要なのは結果を出せる能力だ。人種も過去も手段も関係ない。
 最初に言っておこう・・・ブリタニアを倒すには、日本人だけでは無理だと」

 その言葉にプライドを刺激された数人の日本人が抗議の声を上げようとするが、それは桐原が制した。

 「ゼロの言うとおりじゃ・・・もともと今残る日本人だけでは、全員が玉砕したとしてもブリタニアを倒すことは不可能。
 日本解放が成っても、次から次へと再奪還を企てられては消耗戦になるだけ。それでは日本解放の意味がなかろう?」

 「う・・・しかし!」

 「何のためにエトランジュ女王陛下がこうしてブリタニアの植民地を回り、味方を増やそうとしているのか考えてみよ。
 戦は元凶を断たねば終わらぬが、そのためには多くの人間の力を束ねる必要があると知っておられるからじゃ。
 真に日本解放を目指すのであれば、その日本人だけで成せるという傲慢を捨てよ」

 「桐原公のおっしゃる通りだ。日本人としての誇りは大事だが、そのために大局を見誤るような真似はやめたほうがいい」

 藤堂にまで言われて団員達は押し黙る。そこへエトランジュが控えめに口を挟んだ。

 「ブリタニア人の方に大きな不信感がおありになるのは解ります。
 しかし、EUにはブリタニア系の方々も多く、ブリタニアのやり方に反発なさって亡命してきた方も多いのです。
 皆様の誇り高さは尊敬いたしますが、どうかこれだけは忘れないで下さい。ブリタニア人だからといって、差別主義や覇権主義を是としているわけではないということを」

 理屈は解る。だが、感情はそれについていけないのだと表情で語る日本人達の前に、エトランジュは続ける。

 「信用とはするものではなく積み上げていくものだと、お父様はおっしゃいました。
 ディートハルトさんには大変なことだと思いますが、今後とも黒の騎士団にいっそうの努力を持って貢献して頂かなくてはならないことと思います。
 しかし、その代わり貴方がたも成果を挙げたのならどうかその手を取ってさしあげて頂けませんでしょうか?」

 ブリタニア人が他国で信用を積み上げていくのは並大抵なものではないと、エトランジュは説いた。
 生まれのせいでナンバーズが差別されてしまうのなら、逆に他国でブリタニア人がそうなってしまうのはある意味で等価交換と言えるのだが、とばっちりであることは確かである。

 「そうだな、黒の騎士団(おれたち)に貢献するのなら、仲間だよな。実際、こいつが持ってきた情報は正しかったんだろ?ならいいじゃねえか」

 新入団員にしてコーネリア襲撃の際エトランジュに協力した加藤の台詞に数人が同調し、ディートハルトは思っていたほど悪意を向けられずに済んだ。
 ディートハルトはそのきっかけを作ってくれた幼い女王を観察したが、見る限りごく普通の少女である。そう、小さな幸せをこそ望んでいる、王族というには違和感を覚えるほどの。

 (マグヌスファミリアの女王、か。こんな駒まで得ていたとは、さすがゼロというべきか)

 小国であることを武器にして各国のレジスタンス達を束ねているという作戦を全く予想もしていなかったから、意外すぎて驚く。
 だがその長だという少女は一度話をした際、大した才能はないと判断した。
 ただ本人もそれを自覚しているのか、口を出すにしても失敗のない言い方をするあたりユーフェミアとは違うと感心した。
 
 (ゼロとは違った意味で、人心をまとめることが得意なようだ。この二人の組み合わせは、存外に相性がいいのかもしれないな)

 ゼロが圧倒的なカリスマで人の上に立つなら、エトランジュはあくまでも相手と同じ目線を持つタイプだろう。
 上の事情を理解し、下の心情を知ることが出来る彼女は、トップに立つよりむしろ中間管理職に向いている人間だ。
 
 そして副指令に扇 要、技術開発担当にラクシャータと無難かつ的確な人事が行われ、最後にゼロ直轄の部隊であるゼロ番隊の隊長に紅月 カレンが任命される。

 「親衛隊・・・ゼロの!」

 嬉しそうにその役職を拝命するカレンに、エトランジュが祝福の言葉を贈る。

 「よかったですね、カレンさん」

 「はい!私、頑張ります!」

 「ああ、期待している。そして一番隊隊長・・・」

 こうしてひと通りの人事発表が終わると、ルルーシュは最後にエトランジュを紹介する。

 「知っている者もいるだろうが、この方はEUのマグヌスファミリア王国の亡命政府を束ねるエトランジュ女王陛下だ。
 現在対ブリタニア戦線の構築に当たっていて、既に四ヶ国のレジスタンス組織と同盟を組むことに成功している」

 おお、と小さな歓喜の声が上がり、エトランジュは照れたように笑った。

 「マグヌスファミリアの使者なら、インド軍区にもいるわよぉ~。
 今回の件には関係してないけど、日本には女王様が来てるからよろしくって言われたわ」

 ラクシャータがのんびりした声で言うと、エトランジュはああ、と手を叩く。

 「インド軍区でしたら、アーバイン伯父様ですね。インドの方もいろいろとおありのようだと聞いておりますが」

 「中華とEUの思惑を警戒して、上層部も二の足踏んでるのよね~。ま、持てるカードは多い方がいいってんで、貴女と同じ客分として滞在してるわ」

 どこも考えることは同じのようだ。
 しかしそれでも話を聞いて貰えるところまでいったのだから、それでよしとしようではないか。

 「いいか、よく聞け。この戦いはブリタニアを倒すまでは終わらない!
 それには日本人だけでなく、ブリタニアに虐げられている全ての者達の力を結集しなくてはならない!
 それはブリタニアから不当な迫害を受けているブリタニア人も同様だ!エトランジュ様はそれに真っ先に気づいたからこそ、こうして先んじて活動を続けてこられた。
 そして日本人は果敢にブリタニアに抵抗し、また我ら黒の騎士団の理念に共感しているからこそ、手を組みたいと申し出てこられた。
 人種、国、そのようなもので人を区別してはならない!確かにスパイなどの動きは警戒せねばならないが、残念ながら日本人でも同胞を売る者はいる」

 そのとおりだ、と数人が頷く。かつてブリタニア人にそそのかされ、同胞を売った日本人がどれほどいたことか。
 密告により壊滅させられたレジスタンスも多い。

 「しかし、逆にブリタニア人でも日本人を助ける者はいる。
 事実ホッカイドウやオキナワなど、トウキョウ租界から遠く離れた地域では微力ながら援助を行っているブリタニア人がいるという。
 人は人を虐げるだけではない、ともに手を取り合い助け合える生き物なのだ!」

 しかし、とルルーシュは大仰に肩を落とし、そして言った。

 「残念ながら今入った情報では、その良心に従い日本人と手を取り合おうとした者達の出入りを制限する動きが出たそうだ。
 コーネリアは現在、意識不明の重体・・・・残ったユーフェミアを護衛するために租界の守りを固めたようだが、スパイを探すと称して租界とゲットーの警備を強化し、物資の制限を行うようだ」

 「なんだと・・・それじゃあ他の住民の生活はどうなるんだ!」

 扇が怒りの声を上げるが、ルルーシュはもちろんそのまま捨ておくつもりはないと言った。

 「既にトウキョウ近隣のゲットーに住む者達は、内密に北はホッカイドウ、南はオキナワなどの租界から遠い場所へ移住する手配を行っている。
 そして彼らにはこれから日本奪回のための準備や食料を作る仕事をして貰う」

 戦争をするには軍人だけいればいいというものではない。
 食料を作って維持し、また弾薬製造や後方支援などの機能が働いてこそ軍隊として成り立つのだ。
 ルルーシュはトウキョウ租界に目を光らせている隙を利用して、そのための人手を駆り集め、日本奪還の準備を始めようというのである。

 ユーフェミアがスザクを騎士にして日本人の支持を集めようとしても、既にゲットーから物資を途絶えさせた後では人気取りにすらならない。
 名誉ブリタニア人達も日本人の生活が困窮した状態を見れば、スザクを騎士にしたのはただのそれらをごまかすための策だと受け取り、自分達も同じように出世出来るとは思わないだろう。

 結果ユーフェミアは日本人の支持を得られず、ブリタニア人達からも名誉とはいえしょせんはイレブンを選任騎士にした愚かな皇女というレッテルを貼られ、双方から信頼を失うはめになるのだ。

 「一度に大量に移動すれば気づかれるから、ゲットーに住む者達の移住は極秘に行う。
 既にカンサイ地方、チュウブ地方のゲットーの整備に入り、仕事や食事のあっせんの準備に入っている。
 それまで東京近隣の日本人の生活物資については、協力を申し出てきたブリタニア人から提供して貰う予定だ」

 「よくブリタニア人が協力してくれたな」

 「実は日本にも、カレンさんのようにハーフの方がおられまして・・こっそりとゲットーに住む妻子に援助をしているブリタニア人の方がそれなりにいるのですよ」

 エトランジュが説明したところによると、日本に限らずブリタニアの植民地ではブリタニア人とそのエリア民との間に生まれた子供がいる。
 心ない者は相手と子供を捨てたりするのだが、ほとんどは租界で名誉ブリタニア人として雇い入れて保護し、あるいはゲットーに住まわせて援助を行ったりしているらしい。

 「カレンさんのように素性を隠して純ブリタニア人として籍に入れている方もいるようですが、それはむしろ少数です。
 私が知る限り、貴族の方がそうなさっているのを見るのは初めてでびっくりしました」

 エトランジュが同盟を結ぶために多数のエリアを見て回ったが、貴族が素性を隠してとはいえ実子としてハーフの子供を育てているのを見るのは初めてだと告げると、カレンはフンと肩をそびやかした。

 「まさか!あいつは本妻に子供がいないからって、私をやむなく引き取っただけです。
 お母さんもあいつに逆らえなくて、でも私の将来を思って私をシュタットフェルト伯爵家に預けたの」

 「はあ・・・複雑な事情がおありのようですね」

 エトランジュは何やらカレンに家庭の事情があると感じ取ったが、口には出さなかった。代わりにアルカディアが首をひねりながら言った。

 「でもさあ、ルチア先生が言ってたよね?ブリタニアは血統を重んじるから、ハーフを籍に入れるくらいならどこかよその貴族の家から養子を貰うって」

 ルチアとはエトランジュの母の親友で、マグヌスファミリアで語学教師をしている元ブリタニア貴族の女性だ。
 現在は対ブリタニア戦線の構築のため、亡命してきたブリタニア人やハーフのグループを取りまとめている。

 「ほら、貴族でも二男三男とかは家を継げないでしょ?だから子供がいないならそういう子を養子にして家を継がせるってパターン・・・ま、これはブリタニアに限ったことじゃないと思うけど」

 「そう言われれば、確かに・・・」

 扇達も顔を見合せてカレンを見る。
 
 「で、でもならどうして私を・・・」

 「たぶんですけど、単純に貴女の将来を思って引き取ったんだと思いますよ?
 クォーターでもエリア民の血が混じっているという理由で希望先に就職出来なかった方もいるくらいで・・・」

 エトランジュがゆっくりとそう告げると、カレンは信じられないといった様子だ。

 「父親から何か言われたのか?お前はただの家を継ぐ道具だというようなことでも」

 黙って話を聞いていたルルーシュが尋ねると、カレンはいいえ、と小さく首を横に振った。

 「私をシュタットフェルト家に引き取った後、母と一緒にあの家に住まわせてから本国からあまり戻ってきてないので・・・話もあまりしたことがありません」

 「それなら、直接真意をお伺いなさるのはいかがですか?喧嘩ならその後で充分ではありませんか」

 エトランジュが穏やかにそう提案すると、カレンはでも、と尻ごみする。

 「ブリタニアと日本との戦争と、貴女のご家庭の事情は無関係です。
 どうして自分を引き取ったのか知る権利が貴女にはありますし、嫌うのはそれからでもよろしいのではないでしょうか?
 それに、えっと・・・“親の心は子供は知らない”ままで後で悔いるのも・・・酷い言い方ですが、死んだ親と話し合いは出来ませんよ」

 「そ、それは・・・」

 カレンが思い返したのは、実母のことだった。
 母は自分をシュタットフェルトに売って名誉ブリタニア人としての生活の安定を望んだのだと思いこみ、長年母を軽蔑して過ごしていたが、実際は自分を見守るために屈辱を受けてなおシュタットフェルト家にいただけだった。

 『カレン・・・そばにいるからね』

 あの時ほんの少しでも母の真意を聞いていたら自分もあんな態度に出ることはなく、母もリフレインなどという忌まわしい薬に依存する事はなかったかもしれない。
 あの件は今も、カレンの胸の奥で深い傷となって血を流していた。

 「エトランジュ様のおっしゃる通り、一度話し合ってきた方がいい。
 何、どうなろうとしょせん親子喧嘩、どこの国でもある話じゃ」

 四聖剣の最年長・仙波が軽く笑いながら同意すると、他の年かさの者達も頷き合う。

 「・・・まだ決心がつかないので、改めて決めたいと思います。
 でも、皆さん・・・ありがとうございます」

 カレンは涙を拭きながらそう言うと、ルルーシュがどこか羨ましそうな声音で言った。

 「君の気持ちは解る。だがこれだけは言っておく・・・君が父親と和解したとしても、私は君が我々と戦ってくれることを信じている」
 
 「ゼロ・・・はい、もちろんです!」

 カレンは感極まった泣き声でそう応じ、列へと戻る。千葉がその背中を抱きよせて、撫でさすっていた。

 「えっと、その・・・空気を読まずに申し訳ないのですが、話を戻します。
 そういう方々からも家族の生活を心配しているので、黒の騎士団を通じて援助を行えるのならと協力して下さるそうです。
 コーネリアの件があまりにうまくいき過ぎたせいでしょうね、ブリタニア軍は内部に裏切り者がいることを前提として動いているため、ブリタニア人のゲットーへの立ち入りが禁止されたと聞きました」

 「あー・・・そういうことか」

 ブリタニア人の協力者が多い理由に納得の声が上がると、同時に租界への立ち入りが出来なくなったことを知って眉をひそめた。

 「それじゃあ、俺達も租界へは入れなくなるってことか。活動に支障は?」

 扇が不安そうに尋ねると、ルルーシュは心配無用とマントを翻す。

 「トウキョウ租界で活動しやすいエトランジュ様達が諜報活動をして下さる。
 今のところはコーネリアが意識不明の重体のため、指揮者がいない状態だ・・・あのユーフェミアではせいぜい現状維持が精いっぱい、思いきった行動はとれまい」

 独裁政治というのは物事をスピーディーに進められる利点があるが、指揮する者がいなくなると逆に何も出来なくなるという欠点がある。
 しかも今回のように死亡したわけではなく、ただ一時的に退場というパターンだといずれ指揮者が復帰することを考えると、後で責任を追求されることを恐れて余計に思いきった行動が取り辛くなるのだ。

 その意味では殺してしまって後から有能な総督に赴任されるより、こちらの方が好都合かもしれない。
 お陰で思うように日本奪還の準備が進められるのだから。

 「なるほど、充分な準備を整えておく好機というわけだな。補給が続かなければ戦いどころではないから、それも重要なことだ。
 我々もこの間に自らを鍛え、日本解放の決戦に備えよう」

 「「「「承知!!」」」」

 藤堂の言葉に四聖剣が呼応すると、最後にルルーシュがまとめた。

 「当分は補給ルートの構築に力を入れることに重点を絞って活動する!
 地方を中心に動くことになるので、各地に散らばるレジスタンス組織とも連携をとっていきたい」

 こうして地方での活動について話し合いが終わると、次は枢木 スザクが議題に上がった。

 「枢木スザク・・・彼は日本人の恭順派にとって旗印になりかねません。私は暗殺を進言します」
 
 ディートハルトがさっそく過激な手段を提案すると、アルカディアも露骨に嫌な顔でそれに同調する。
 
 「私もそっちのほうがいいと思うわ。あいつぶっちゃけ超ウザい」

 ルルーシュの親友であるとエトランジュから聞いて知ってはいたが、そんなことは彼女にはどうでもいいことだ。自分が何をしているかも解っていない人間が半端に上の地位に居座られると、実に面倒なのである。
 ブリタニアだけが害を被るならともかく、どう考えても日本人の方に被害がいっている。

 「なるほどねぇ。反対派にはゼロってスターがいるけど、恭順派にはいなかったからね」

 ラクシャータがそう指摘すると、ディートハルトは続ける。

 「人は主義主張だけでは動きません。ブリタニア側に象徴たる人物が現れた今、最も現実的な手段として暗殺という手があると」

 「反対だ!そのような卑怯なやり方では日本人の支持は得られない」

 藤堂がそう反対するが、アルカディアは飄々としたものだ。

 「幸いユーフェミア皇女の騎士になるというからブリタニア人の方にも妬まれてるし、いいチャンスよ。
 幸い租界は日本人の出入りを禁じてるもの、今の状況なら暗殺してもそっちの線が濃いってなって、表向きは“黒の騎士団の仕業”と発表されて実態はろくな捜査もされずに終わるわよ」

 スザクが藤堂の弟子だと知っての発言に、血も涙もない。

 ブリタニアのニュースを真面目に信じる人間など、純粋なブリタニア人だけだ。日本人達にユーフェミアの騎士になったためにブリタニア人の妬みを買い、暗殺されたのだとゲットーに伝達して回ればどちらを信じるのか。
 いや、ブリタニア人ですら租界とゲットーの境界を厳重に管理している状況ではそう思う可能性が高いというアルカディアに、報道人のディートハルトはそのとおり、と満足げに頷いた。

 「アルカディア様の言う通りです。私のほうでその情報をさりげなく世間に流布すれば、効果はさらにあるでしょう」

 「しかし、俺達黒の騎士団は武器を持たない者は殺さない。暗殺って彼が武器を持っていないプライベートを狙うってことでしょ!」
 
 「上の地位にいるってことは武器を持つ持たない、プライベート云々は関係ない、常に戦場にいるつもりでいるのが普通なの。
 エディやゼロ、桐原公達にしてもそれは同じ・・・いつ暗殺されるか、いつ捕まって連行されるか、そんな恐怖を隣人として過ごしている」

 扇の反対の弁を、ルカディアははっ、と顎を上げて切り捨てた。

 「上の地位だけで、それは武器を持ったことになるの。ましてやあの男は白兜のパイロットとして、仲間を殺してる・・・命を奪った以上、いつ命を奪われても仕方ないの。
 貴方も副指令という地位を持ったのなら肝に銘じておいたほうがいいわ・・・それが出来ないなら、その地位は他の人に譲った方がいい」

 「っつ・・・!」

 扇は思わず肩を震わせたが、反論の言葉が見つからずにそれ以上は何も言わなかった。

 「キョウトの方でも、枢木 スザクの件は騎士団に一任するとのことだしね。で、どうするのゼロ?」

 「枢木 スザクは殺さない。このままユーフェミアの騎士になって貰おう」

 さらりと告げられた返答にざわめきが上がると、ルルーシュは仮面の下でニヤリと笑みを浮かべた。

 「このまま日本人達の生活が圧迫されれば、自然とその矛先は為政者であるユーフェミアとその騎士となった枢木に向かう。
 日本人達に衣・食・提供する我々と恭順派のどちらを支持するか、火を見るより明らかだ・・・暗殺などするまでもない」

 「つまり、枢木 スザクを逆の意味での旗頭とするのですね?」

 「そのとおりです、エトランジュ様。
 それに、暗殺といっても今コーネリアの件で警戒も厳重だ・・・成功したとしてもこちらに被害が来るのでは割に合いません」

 殺すより生かして利用しようというルルーシュに、藤堂は内心複雑ではあったが殺されるよりはいいと考え、口は出さなかった。

 「それに、ブリタニア人がこの件でユーフェミアに多少なりと不信感を抱き始めているらしい。コーネリアが不在の今、奴らの間に争いの種を蒔く機会にもなる」

 「なるほど・・・では枢木 スザクの件は、暗殺せずこのまま放置ということで」

 エトランジュがそうまとめて会議が終わると、一同はそれぞれの仕事に入るべく散っていく。
 エトランジュ達も協力してくれるブリタニア人との交渉に赴くべく部屋を出ようとすると、ルルーシュが引きとめた。

 「ああ、エトランジュ様とアルカディア様。少しお話があるので私の部屋までご足労願いたいのですが」

 「今から、ですか?解りました」

 ギアス絡みのことだろうか、と思いつつルルーシュの後について彼の部屋に入ると、ルルーシュは仮面を取って机に置く。

 「いきなりで申し訳ないのですが、ご存じのとおり租界とゲットーの間で警備網が敷かれ、私も少々移動が困難になりました」

 「ええ、私もアルカディア従姉様のギアスがなければここまで来るのが難しかったくらいですものね。
 今はブリタニアの兵士達がゲットーと租界の境界を警邏しているだけのようですが、いずれは監視カメラなどの配備が行われるかもしれません」

 「そうなると、ギアスだけでは頻繁な行き来をするのは危険が伴います。
 それに地方での活動を行うことが増えますし、私も表向きは学生をやっている上に妹がいるので、正直困っているのです」

 「・・・なーんか、嫌な予感がするんだけど」

 アルカディアが頬を引きつらせて言うと、ルルーシュが勘がよろしいですね、と笑顔になって言った。

 「そこで、アルカディア様に私の身代わりになって活動して頂けないかと思いまして」

 「いやだ」

 やっぱりか、とアルカディアはムンクのようになって即断ったが、ルルーシュは拒否を許さぬ声音でなおも迫った。

 「エトランジュ様では身長差や役割から無理・・・ジークフリード将軍もエトランジュ様の護衛があるし、クライス護衛官もナイトメアの演習のために藤堂らと行動を共にしています」

 「絶対やりたくない!何で私なのよ、C.Cに頼めばいいじゃない!」

 「C.CはEUや中華との交渉に出向かせていますし、何より彼女にギアスは効かないから貴女しかいないのです」

 「ギアスがって・・・どういうことよ」

 「エトランジュ様のギアスを使い、私の思考を貴女に転送すれば何が起きてもすぐに対処出来ますから。ゆえに、ギアスのことを知っている貴女にしか頼めないのです」

 つまりはゼロの仮面を被って腹話術師の人形になれというわけである。
 アルカディアは納得はしたが、心底から嫌そうな顔で唸っている。

 「私は科学者なんだけど・・・何でこんなことばっかり・・・」

 断れないと解っているだけに、陰に込もった声である。
 何が悲しくてこんなセンス皆無の服とマントと仮面を被り、オーバーアクションでフハハ笑いをして日本各地を回らなければならないのか。

 「ア、アルカディア従姉様・・・その、私も一緒に回りますから、元気出して・・・」

 「ありがとう、エディ・・・ふ、ふふ・・・」

 やけっぱちのように笑いながらアルカディアはゼロの仮面をひったくると、やや乱暴にくるくると回す。

 「いーわよ、やってやろうじゃない!命がけってほどでもないようだしね!あは、あははははは!!!!」

 悪趣味と己で評したそれを着る羽目になるとは思わなかったアルカディアはひとしきり笑うと、そこまで嫌がらなくてもと不思議そうにしているルルーシュに向かって要求する。

 「それじゃ、報酬としてハッキングの方法の伝授と最新型のパソコン一台ちょうだいね。
 それから、コルセット一つ用意して」

 「コルセット?何に使うんです」

 首を傾げるルルーシュに、アルカディアはふふ、とどんよりと背後に夜叉を背負って叫んだ。

 「私が使うに決まってんでしょ!あんた男のくせに何でそんな無駄に細いわけふざけんじゃないわよ!!」

 魂の叫びにエトランジュがおろおろしているのと見ながら、ルルーシュは何故にそんなに怒るのかとさらに首を傾げながら、とりあえずコルセットと最新型パソコンの手配を行うのだった。
 


 それより少し前、ブリタニア政庁では荘厳な儀式が行われていた。
 神聖ブリタニア皇国第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアの選任騎士の叙任式である。

 コーネリアの入院は秘事とされ、表向きには現在彼女はイシカワで軍事行動のため不在ということになっている。
 
 「名誉ブリタニア人とはいえ、イレヴンが騎士に上がるとは・・・」

 「テレビ放送も許可したとか」

 「どうやって取り入ったのやら」

 「そこはほれ、ユーフェミア様も年頃だから」

 貴族達の嘲るような声が、ひそひそと会場中で囁かれる。
 そしてその声は、中継を見ている者の口からも放たれていた。

 「マジかよ!」

 「ありえねぇーだろ、こんなの!」

 「しかも少佐だって、イレヴンが」

 アッシュフォード学園でその様子を見ていた者の中にも、不満そうな者がいる。
 そんな声など聞こえないかのように、儀式は粛々と進んでいく。

 「枢木スザク、汝、ここに騎士の制約を立て、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか?」

 「イエス、ユアハイネス」

 「汝、我欲にして大いなる正義のために剣となり盾となることを望むか?」

 「イエス、ユアハイネス」

 「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、汝、枢木スザクを騎士として認めます。
 勇気、誠実、謙譲、忠誠、礼節、献身を具備し、日々、己とその信念に忠実であれ」

 ユーフェミアが剣をスザクに掲げてそれをスザクが拝領し、叙任式は滞りなく終了する。

 最後の言葉の後、常ならば拍手が会場を満たすはずなのだが、誰も手を叩かない。不気味なほど静まり返る会場。
 だが、飄々とした風情のロイドが意図をつかませない顔でパチパチと手を叩き始めると、ダールトンもそれに続く。
 そして三つ、四つと拍手は増え、大きく響き渡る。

 スザクはそれを嬉しそうに受け、ユーフェミアの横に立つ。
 華やかな騎士叙任は、大々的に日本各地で放映された。
 神聖ブリタニア帝国始まって以来初となる、名誉ブリタニア人の騎士の誕生である。

 (これで一歩、ブリタニアを変えることが出来た。これからユーフェミア様のために頑張っていけば、きっと・・・!)

 拍手を受けながら、スザクはそう信じて疑わなかった。
 このままブリタニアのために戦えば、いずれはその働きを認められて日本人が不当に扱われなくなると。

 しかし、ブリタニアのために戦うイコール日本人や他のナンバーズ、およびこれから侵略する国々の者達を殺すということに、彼はまるで気付いていなかった。

 主たるユーフェミアも、気づかないことこそが罪であるということに気づかぬまま二人で新たな一歩を踏み出せたと信じて微笑みを浮かべていた。




[18683] 第十話  鳥籠姫からの電話
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/24 08:57
 第十話  鳥籠姫からの電話



 コーネリアがテロの襲撃に遭って以降、ブリタニア軍は裏切り者を探すべく、必死になって調査を続けていた。
 裏切り者などブリタニア軍の内部にいないのだから見つからないのが当然だが、そんなことは知らないブリタニア軍はその痕跡がいっこうに見つからず苛立ちばかりが募っていき、巡り巡って最下層の者達へと向かっていく。

 「租界の仕事、当分来なくていいって言われたよ・・・明日からどうやって食っていけばいいんだ」

 「当分は貯金でやっていくしかないけど・・・でもそれまでに仕事なんて」

 ゲットーではトウキョウ租界の許可が降りない限り、勝手に商売などを始められない。
 そして租界からの物資を止められては、ようやっと認められた商売もすることが出来ない。
 しかもゲットーからゲットーの移住にも許可がいるのだが、それも緊急措置だとかで止められ、彼らは進退極まっていた。

 租界は租界で、安い賃金で働かせられる労働者の数が制限されてしまったため、工事などに遅れが出てしまっていた。
 結果辛うじて認められた労働者達にしわ寄せが来てしまい、サービス残業を強いられるようになってしまう。

 ユーフェミアは姉コーネリアが不在の今形式的なトップとしての仕事が山積し、また新たなテロの標的になるかもしれないというダールトンの判断で政庁から出られない状況になっていた。 

 コーネリアが重傷を負ったのはスザクが情報を流したのではという噂が立ったが、その前に幾度となく黒の騎士団に黒星を与えているという実績があるため、ユーフェミアの後見があることもあり、それはすぐに消えた。

 ユーフェミアはスザクに学校に行くようにと勧めたが、コーネリアがテロに遭い緊急入院との報を聞いてスザクも不安になり、彼女の傍にいて護衛する方を選択した。
 そのため二人はゲットーの様子を知ることが出来ず、まさかトウキョウ租界とゲットー内部で不満と怒りが生まれているなど考えもしなかったのだ。

 それでもユーフェミアは何とかして日本人の権利を守ろうと政務に励もうとしたが、周囲は彼女に余計なことをして欲しくないとばかりに重要な書類は回さず、ただ判子を押すことのみを求められた。

 ただそれは悪意からだけではなく、ダールトンなどは下手なことをして失敗し、彼女の評判を落とすまいとする善意からのものだった。
 ユーフェミアは自分を心配するが故と言う臣下の思いを無視出来ず、ただ姉の回復を待ち現状を維持する方を選んでしまった。
 
 「ダールトン、お姉様を襲ったレジスタンス組織の情報は集まりましたか?」

 「いいえ、あの時援軍が到着するより前に逃げましたので、影も形も見当たりませんでした。
 あのタイミングの良さからも、内部にスパイがいる可能性が高いですな」

 「スパイ・・・その情報もまだ?」

 「例の純血派のこともありますし、厳重に調べておりますが・・・そちらも見つかりません。面目次第もございませぬ」

 深々と頭を下げて謝罪するダールトンに、ユーフェミアは首を横に振る。
 
 「貴方のせいではありません。でも、殲滅はいけませんよダールトン。このままでは問題は解決しないと思うのです」

 あの時の指揮官の言葉と玉砕した夫妻の言葉が、耳にこびりついて離れない。
 ユーフェミアはどうしてテロという手段で自分達を倒そうとするのか、聞いてみたかった。自分は戦いたくない、話せば解る筈だと伝えたいのだ。

 「それは確かに一理ありますが、甘い顔をすればイレヴンはつけ上がります。
 コーネリア殿下を倒したとイレヴンどもにバレれば、テロ活動は更に・・・」

 「でも、ダールトン。お姉様を倒した組織がまた捕えていないなら、どうしてそれを大々的に報じないのでしょう?
 藤堂中佐が黒の騎士団に奪回されて以降、目立った動きはないのでしょう?」

 「そういえば・・・黒の騎士団は相変わらず正義の味方と称してリフレインの取り締まりや犯罪組織を潰して回ってはおりますが、我が軍に対する攻撃はしておりませんな」

 ダールトンもユーフェミアの指摘に考え込むように顎に手を当てる。
 言われてみれば彼らは殆どが逃亡に成功した以上、コーネリアが最低でも大けがをしたことだけは確実であることを知っているはずである。
 しかしそれを日本全土に報じることもせず、不気味なほどの沈黙を保っていた。

 「黒の騎士団は、この件に関係していないのではないでしょうか。ゆえにコーネリア殿下の件も知らないのでは・・・」

 「それも考えられるが、ならそのコーネリア様を襲撃した組織が何の目的で総督を襲ったのかという疑問が出来る・・・」

 スザクの説にうむぅ、とダールトンも唸る。
 コーネリアを殺す目的があったのは解るが、日本解放戦線と名乗っていたレジスタンスはささいな功績でもさもそれが素晴らしいかのように頻繁に報じていたというのに、これはおかしい。

 黒の騎士団がそれを報じない理由は、地方のレジスタンス組織が活発化し、それによりブリタニア軍に出動の大義名分を与えることを防ぐためだった。
 現在黒の騎士団は後方支援組織の構築に向けて地方で活動しているため、ブリタニア軍に出撃されると非常にまずいのである。

 「我がブリタニアに忠誠を誓う名誉ブリタニア人を黒の騎士団に送り込もうとしたのですが、巧妙な組織で中枢に入り込めていないようです。
 せめて黒の騎士団が関係しているか否か、確認したいものだが・・・」

 ダールトンらが送り込んだスパイは中枢に入り込むことに成功したが最後、ブリタニア軍によりC.Cが拷問に近い人体実験を受けていたことを知りブリタニアは敵と認識したマオによって即座に発見され、ルルーシュによってギアスをかけられていたりする。
 C.Cと末長く暮らす未来を得るためにはブリタニア軍が邪魔だと考え、エトランジュに恩義を感じていることもあったマオは、制御出来るようになったギアスを使って大層な成果を上げていた。

 「・・・そういえば、シュナイゼル兄様がエリア11へ来られるとのことです。お兄様のお知恵をお借りしたほうがいいかもしれません・・・ご訪問の目的は?」

 「宰相としてエリア11、特に式根島基地の視察と伺っておりますが・・・コーネリア殿下の件は」

 ダールトンは半ば決まった答えをいちおう確認すると、ユーフェミアは小さく頷く。

 「お伝えしないわけにはいかないでしょう。宰相閣下がお越しになるというのに、総督の出迎えがないというのは明らかにおかしいですもの」

 「そうですな。では、シュナイゼル殿下がご到着の際に内密にお伝えいたしましょう」

 シュナイゼルに借りを作ってしまうことになるが、この場合は仕方ないとダールトンは判断した。

 ユーフェミアは優しすぎる・・・それだけならいいが、夢を見て現実を直視しない傾向があるのだ。
 それはこれまで過保護だった自分達の失態だが、だからといって今彼女を嵐の渦中に放り込むわけにもいかない。

 現にユーフェミアは異母兄が来るならきっと打開策が見つかると単純に考えているようだが、皇族同士が争うのが当然の中で政務について知恵を借りることがどういうことか、いまいち解っていない。単純に異母兄の力を借りる程度の認識だった。
 
 しかし、皇帝に最も近いとされるシュナイゼルの保護に入れるなら、そう悪いことでもないのかもしれない。
 帝国随一の切れ者で温厚な彼なら、ユーフェミアを粗略に扱うことはしないだろう、とダールトンは思った。

 「事情が事情ですので、シュナイゼル殿下のご訪問の発表は控えた方がよろしいですな。
 式根島の基地に数日滞在した後、トウキョウ租界の視察に回られるとのことで・・・」

 「わたくしが副総督としてシュナイゼル兄様を案内するということですね」

 「テロリストどもについては、引き続き我々が捜査を続けます。
 政務の方はシュナイゼル殿下がお越しになった際、会議を開くことに致しましょう」

 「解りましたわ。でも、くれぐれも手荒な行為は慎んでくださいね、ダールトン」

 「イエス、ユア ハイネス。出来る限りは事を荒立てぬように致します」

 ユーフェミアがそれだけ釘を刺すと、ダールトンは敬礼して部屋を出る。
 ユーフェミアはドアが閉じるのを見計らって、大きく息を吐きながらスザクに言った。

 「ゲットーにはブリタニア人が入れないようにしてサイタマやシンジュクのようにならないようにしたけど・・・みんな大丈夫かしら」

 「軍は動いてないってロイドさんが言ってたから、大丈夫だよ。
 テロリストもそこまで馬鹿じゃないから、このあたりのゲットーに潜伏する事はしないと思うし」

 まさかそのブリタニア人の立ち入り禁止令が彼らの生活を別の意味で脅かしていると考えもしていないお前にだけは馬鹿と言われたくないと、ルルーシュやアルカディアあたりなら嫌そうな顔で言うだろう。

 「ゲットーの様子を見に行きたいけど、コーネリア様があんなことになった以上、君から離れる気はないんだ。
 学校のみんなも、騎士になったなら仕方ないって言ってくれたし」

 スザクがユーフェミアの騎士になったことを祝ってパーティーを企画してくれたアッシュフォード学園の生徒会メンバーだが、スザクがさっそくに護衛しなくてはいけなくなったからと言うと残念そうにしつつも仕方ないと笑ってくれた。

 「学校ですか、羨ましいですわ。私も学校に通っていましたけど、友達なんて一人もいなくて・・・」

 取り巻きは掃いて捨てるほどいた。でも、それはいつも自分の機嫌を取ることに終始したものだったから、むしろ寂しい気持ちにしかならなかった。

 「ああいうのは、友達じゃないと思うの。わたくしが欲しかったのは、お互いに言いたいことが言えるような、楽しい関係」

 「ユフィ・・・」

 「幼い頃、ルルーシュとナナリーとはよくお話しして遊んだものです。
 どちらがルルーシュのお嫁さんになるかで喧嘩したこともあって・・・」

 もし、あの兄妹が生きて自分とずっと暮らしていたなら・・・きっと仲の良い幸せな関係を築けたのに。
 もしも今も生きているのなら・・・また、会いたい。

 「スザク、その・・・あのね」

 「何だい、ユフィ」

 「ルルーシュは・・・本当に死んだのよ、ね?」

 「!!・・・うん、そうだよユフィ」

 (ごめん、ユフィ・・・・本当のことを言えなくて)

 本当は真実を伝えたいが、親友から堅く口止めされている以上、勝手に告げるわけにはいかなかった。
 そうですか、とがっかりした表情の優しい主を見て、スザクは大きく溜息をつく。

 だがすぐにユーフェミアは笑顔になって、スザクにデスクに置かれている電話を差し出して言った。

 「そうだわスザク。ずっと学校に行っていないのだから、みんな心配しているかもしれないわ。
 電話を貸してあげるから、たまには連絡して安心させて差し上げなさいな」

 「え・・・いいの?」

 「ええ、もちろんよ。そうだ、ダールトンにも言って、携帯を用意して貰うわね」

 ユーフェミアの心遣いに嬉しくなったスザクは、嬉しそうに笑みを浮かべて電話を受け取った。
 
 (そうだ、ルルーシュにユフィにだけなら事実を話してもいいか聞いてみよう。
 あれだけ仲が良かったんだ、ユフィなら絶対秘密にしてくれるって言えば、きっと)

 こんなに優しい主なら、きっと大丈夫。
 スザクはそう信じて、ためらくことなくルルーシュの携帯番号をプッシュした。



 日本列島の各地方では、内密に移住してきたトウキョウ近辺のゲットー住民達が続々と到着していた。

 「こちらスミダゲットーの住民、約230名です。皆さん、こちらの指示に従って移動して下さーい!」
 「カツシカからは百名だ!わしが代表だから、連絡はわしに頼む」
 「あ、これが住民リストですね。確かに預かりました」

 黒の騎士団は七年前の戦争で比較的被害の少なかった地域を選び、その中でも廃工場となった場所を選んで極秘に基地を造っていた。
 まだまだ完全ではないが、それを今から集まった住民達に完成させて頂きたいと伝えると、住民達からは歓声の声が上がる。

 「もちろん、飯は出るよな?!」
 「よかった、これで子供にご飯が食べさせてあげられるわ!」

 「むろんだ、諸君!喜んで頂けて何より!!」

 黒いマントを翻しながら住民達の前に姿を現したのは、誰あろうゼロだった。
 つい先ほどスマゲットーでリフレインの取引をしていた組織を潰し、その足でここヒョウゴへやって来たのである。

 もちろん中身は内心嫌で嫌でたまらないアルカディアなのだが、開き直った彼女は本人以上にハイテンションである。人、それをヤケという。

 「ゼロ!ゼロだ!」

 「今回、貴方がたにして頂く仕事は二点・・・まずは工場の完成だ。
 これだけの人数が揃えば、ひと月ほどで完成するだろう」

 「任せろ!わしはこれでも、危険物取扱者、ボイラー整備士、電気工事士、自動車整備士、潜水士、鉄骨製作管理技術者の資格を持ってるからな」

 カツシカゲットーの代表の頼もしい台詞に、周囲からはおお、と期待の声が上がる。

 「それは実に頼もしい。私もここに常駐するわけにはいかないので、多才な方がこうして協力して頂けるのは力強い限りだ」

 「ゼロはここにずっといては下さらないのですか?」

 「他にも我が黒の騎士団の後援基地を増設する予定なので、ここばかりという訳にもいかないのだ・・・だが、もちろん安全は保障する」

 女性の不安そうな声にそう応じると、アルカディアはこの基地の用途、さらに給料や住居について説明する。

 「ここは今は部品製造の工場だが、ゆくゆくはカンサイにおける中心基地にする予定だ。
 住居は幸い壊れていない周囲のマンションを用意したので、そちらを割り振って頂きたい。
 なお、子供を持つ者のために保育園を準備したいので、保育者の資格を持つ方はぜひご協力を願いたい」

 すると数人の女性が挙手をし、特技をアピールし始めた。

 「あ、私ベビーシッターの資格なら持ってます!」
 「あたし資格こそ取れなかったけど、戦争前は短大で保母の勉強してました」

 「よっしゃ、ならそっちのほうも後で話をまとめよう!」

 「応!」

 ヒョウゴの工場が密集している地域に集まって来た住民達は、さっそくてきぱきと住居の割り振りを行い、仕事について語っている。

 ゼロに扮したアルカディアも計画書などを手渡して会議を行っていると、ひょっこりと現れた白人の少女に周囲の住民が一斉にびくっと震えた。

 「な、何でブリタニア人が・・・」

 「あ、初めましてこんにちは。ブリタニア人ではありませんよ、私はエリア16にされた国の者です」

 さすがに大勢に己の身分を明らかにせず、エトランジュは日本語でそう言ってペコリと頭を下げた。

 「日本語・・・味方、か」

 「ええ、驚かせてしまって申し訳ありません。
 私は黒の騎士団に協力させて頂いておりまして、今食料の搬入をしているところなのでそれをお知らせに上がりました」

 「そっか、それはありがとう!飯は大事だからな」

 うんうん、と周囲から同意の頷きが起こると、エトランジュはただ、と申し訳なさそうな顔になった。

 「残念なことに、まだまだ食糧の分配がぎりぎりで・・・当分は効率化のために食堂で一斉に取って貰う形になります。
 無駄なく食料を分配するには、これしか思い浮かばなくて・・・」

 つまりは周囲に定食屋などは作れないので、決まった食堂で決まったメニューをみんなで食べて欲しいということである。
 確かに限られた食料を効率よく分配するには最善の方法だが、不満そうになってしまうのは仕方ない。

 「農業のほうにもお手伝いをお願いした方々がおられますが、すぐに作物が実るわけではございません。
 少なくとも自給が出来るようになるまで、我慢して頂けませんか?」

 「それもそうだな・・・食えるだけでもマシだ」
 「シンジュクじゃテロリストが多いからっていうんで、最近じゃ食糧だってロクに来なかったものねえ」

 そのくせ普通の一般民の引っ越しすら安易に認めないのだから、どうしようもない。
 住民達が納得すると、エトランジュは頭を下げて礼を言った。
 
 「ありがとうございます!余裕があるようでしたら、皆様でご相談の上うまくメニューを作成して下さい。
 アレルギーなどをお持ちの方については栄養士の方に既にお願いしておりますので、そちらの方へ。
 あと、何かございましたら設置した・・・そう、“目の箱”に入れて頂きたいのですが」

 「目の箱・・・?ああ、目安箱ね。了解了解」

 クスクスと苦笑した声に、間違えたエトランジュがわたわたと慌てると、すっかり場が和んでいた。
 だが、それもゼロが辞去する旨を伝えるまでのことだった。

 「ゼロ、期待してるからな!」
 「ブリタニアを倒せ!」
 「俺達にも出来ることがあるって、証明してやろう!」

 「おおおーー!!」

 拳を突き上げて叫ぶ日本人達に、ゼロに扮したアルカディアが手を上げる。

 「そのとおりだ!一人一人の力は小さくとも、それを束ねれば大きな力となる!それはこれまでの人間の歴史が証明してきた!
 一人一人は確かに非力だ、だが決して無力ではない!!己が力を信じよ、仲間を信じよ!!
 そうすれば、道は必ず拓かれるのだ!!」

 「そうだ!ゼロの言うとおりだ!」
 「ゼロ!ゼロ!」
 「俺達もやってやろう!」

 ゼロコールが、ヒョウゴ区に響き渡る。
 それを背にしてアルカディアとエトランジュが去り車に乗り込むと、先に待っていたクライスが腹を抱えて爆笑していた。

 「くっくっく・・・マジ最高お前」
 
 「クラ、次に向かう徳島で生き埋めにされたくないなら、今すぐ黙ろうか?」

 低い声でそう脅すアルカディアに、今のこいつなら確実にやると確信したクライスはぴたりと口を閉じて車を発進させた。
 しばらく走るとぐったりとした顔のアルカディアが、苛立ったように仮面を外す。
 
 「疲れた・・・このテンションで日本を回るかと思うと、目まいがするわ」

 「でも、なかなかお上手でしたよアルカディア従姉様」

 「うん、それフォローになってないからエディ」

 アルカディアはマントを脱ぎ棄てて車のクーラーのスイッチを入れると、エトランジュが差し出したスポーツ飲料の水筒を受け取ってがぶ飲みする。

 「この日本の湿度の中、よくこんなもん着る気になったもんねゼロも・・・」

 「素材は通気性がいいですけど、確かにフィットし過ぎてますよねこの衣装」

 「全くだわ・・・コルセットもきついし」

 アルカディアはぶつぶつと言いながら前開きのコルセットを外し、ぽいっと後部の荷物入れに放り投げる。

 「ゼロは租界から動けませんが、代わりに様々な計画を考案して下さっております。
 うまくいけば今年中にも日本奪還が成るかもしれないとのことなので、もう少しの辛抱です」

 ルルーシュはトウキョウ租界から動きにくくなった分、移動する時間がなくなったためにアッシュフォード学園で授業に出ることに専念し、授業中に計画を考えて学園が終わるとそれをまとめてエトランジュに伝えていた。

 以前は直接彼が指揮しなければ収まらなかったのでたいそうな負担だったのだが、アルカディアの身代わりのお陰で睡眠時間も確保出来るようになり、実に助かっていた。
 最新型パソコンとハッキングの伝授では安い報酬といえよう。

 「ここまでやったんだから、ほんと頼むわよ、ゼロ・・・」

 アルカディアの怨みがましい言葉をかき消すように、定期連絡をしていたエトランジュがおずおずと言った。

 「アルカディア従姉様・・・どうしましょう。今ゼロから連絡が」

 「どんな?」

 「ユーフェミア皇女と枢木 スザクが政庁を出て式根島に向かうと情報があったそうです。
 何でもこの日本に今度は帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアが来て、式根島の基地を視察するのでその案内をするためだとか・・・数日かけて」

 その固有名詞を聞いた瞬間、アルカディアの顔から表情が消えた。

 「・・・あそこって確か、神根島の隣にあったわよねえ?」

 日本に到着する際、あそこの目をごまかすのに苦労したことを思い出した一同に、苦々しさが蘇る。

 「・・・徳島基地の建設については別の団員に任せるので、至急戻るようにとゼロが」

 「その方がいいわね・・・あんなところ数日も視察してどうするってのよ」

 あるとしたら、その隣に存在する無人島・・・神根島だ。

 「予定を変更して、トウキョウ租界へ帰還します」

 エトランジュの指示に、クライスは車をUターンさせた。
 車が加速し、コウベの美しい海を堪能する間もなく彼らはヒョウゴから立ち去ったのだった。



 その一時間ほど前、アッシュフォード学園のクラブハウス内で、ルルーシュは妹と気分を晴らそうと誘ったシャーリーとティータイムを楽しんでいた。

 「お兄様、最近お出かけなさらないようですけど、ご用事のほうはよろしいのですか?」

 「ああ、ひと段落ついたので当分はお前といようと思っているよ。たまには家族サービスをしないと、嫌われてしまいそうだ」

 「まあ、お兄様ったら。何があっても、私がお兄様を嫌ったりなんてありませんのに」

 クスクスと笑い合う兄妹に、シャーリーは水入らずの邪魔をするのもとはばかったが、ルルーシュはそんなシャーリーに手作りのクッキーを勧める。

 「どうしたんだい、シャーリー。ほら、君の好きなジンジャークッキーを焼いてみたんだ。気に入ってくれるといいんだが」

 「お兄様のクッキーは本当においしいんですよ、シャーリーさん」

 「ルルは料理上手だもんね。遠慮なく頂くね」

 料理人と比較してもいいほど料理のうまいルルーシュに、シャーリーは内心で複雑な気分だったが、実に美味なクッキーを食べながらほっとしたように紅茶を飲む。

 「本当においしいよ、ルル。私も作ってみたいなあ」

 「なら、今度一緒に作ってみるかい?君のお父さんに持っていってあげるといい」

 「本当?ありがとうルル!」

 和やかな空気の中、ルルーシュのポケットの携帯電話が鳴り響いた。

 ルルーシュが携帯を取り出して着信欄を見てみると、そこには“非通知”の文字が表示されている。

 「誰だ?非通知とは・・・」

 眉をひそめながら電話に出ると、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。

 「久しぶりだね、僕だよ枢木 スザク!」

 「何だ、スザクか。どうしたんだいきなり?」

 「うん、僕も騎士になって以降、仕事でそっちにいけなくなったから・・・その、ユーフェミア皇女がご好意で電話を貸してくれるって言うから、君の声が聞きたくなったんだ」

 「な、何だと?!まさか、今その場にいるんじゃないだろうな?!」

 いきなりのイレギュラーにルルーシュが席を立ち上がる勢いで驚くと幸いスザクの声が聞こえないシャーリーは事情をが解らず目を丸くし、耳の良いナナリーは会話が聞こえてやはりびっくりした様子だ。

 「実は、そうなんだ・・・あのさ、その・・・やっぱり、まずいかな?」

 「当たり前だ!あれほど言うなって頼んだだろうが!!」

 スザクがさっきから自分の名前を呼ばないあたりいちおうは気を使ったのだろうが、電話をしてきた時点で台無しである。

 (こいつはどこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ!このイレギュラーの塊が!)

 一人で電話をして来るならともかく、ユーフェミアがいる場でかけてくるなど何の嫌がらせだろう。
 これだから深く物を考えない体力バカが、と内心で吐き捨てると、とにかく通話を打ち切るべくスザクに言った。

 「とにかく、その件は他言無用だ!お前とは後で話をじっくりするからな…切るぞ」

 「でも、彼女も気にしてて・・・絶対に言わないと思うから」

 「意図して言わなくても、天然で周囲に悟られる行動をするのが彼女なんだ!今現在がまさにそれだと気づけ、この体力バカが!!」

 本気で怒鳴るルルーシュにシャーリーが黒の騎士団絡みかと焦るが、ナナリーには正確に意味が通じたらしい。
 ナナリーがおずおずとたしなめにかかる。

 「お兄様、スザクさんも悪気があったわけではないのですから、落ち着いて下さいな。シャーリーさんも驚いておいでですわ」

 「あ、ああ・・・そうだな済まない」

 「シャーリーがいるのか・・・ごめん、そこまで気が回らなかった」

 スザクはルルーシュが怒っている理由が“事情を知らない者がいる時に、皇族であることが知られてしまうような電話をしてきたこと”だと勘違いして謝罪する。

 だがその場にいたのは、スザクに劣らぬ天然成分の皇女、ユーフェミアだった。
 しかし同時に感の鋭い彼女は、自分の推理が正しかったことを確信してスザクから受話器を強引に奪い取る。

 「ちょ、ユフィ?!」

 「ルルーシュ?!ルルーシュなのでしょう?!」

 「・・・どなたかと勘違いなさっておいでではありませんか?」

 「やっぱり、ルルーシュね!私よ!よかった・・・生きてた」

 涙を流しながら喜ぶユーフェミアに、ルルーシュはぎり、と歯を噛みしめる

 (俺達がどんな苦労をして隠れ住んでいるか想像もせず・・・・この、世間知らずが!!)

 これ以上しらばっくれると、何を言い出すか知れたものではない。ナナリーだけならともかく、シャーリーにこれ以上余計な事を知ってほしくないルルーシュは、観念した。

 「・・・バレたのなら仕方ないな。だが、今友人がいる。下手なことは言わないでくれ」

 「解っているわ・・・ごめんなさい、つい興奮して」

 ユーフェミアが謝罪すると、ルルーシュは前髪を苛立ったようにかき上げた。

 「君の活躍は見ているよ。頑張っているようで何よりだ」

 その頑張りを無にする勢いで日本人の支持を集めているくせに、ルルーシュはしゃあしゃあと言ってのける。

 「だが、俺には構わないでくれ・・・もう、あそこには関わりたくないんだ。このまま二人で静かに暮らしていきたい」

 「ルルーシュ・・・そう、そうかもしれないわね。ごめんなさい、私今、心細くて・・・貴方が生きてるって解った時、嬉しくて仕方なかったの」

 「心細いって、何かあったのかい?」

 コーネリアのことだとすぐに解ったルルーシュだが、それを隠して尋ねると、ユーフェミアは涙を拭いながら答えた。

 「ええ、実はお姉様がちょっと入院してて・・・スザクが学校に通えなくなったのも、そのせいなの」

 「そうか・・・大丈夫だ、きっとすぐに回復するさ。強い方だからな」

 「そう、そうですわね!ありがとう励ましてくれて・・・昔と変わらず、ルルーシュは優しいのね」

 その姉を半殺しの目に遭わせたのは自分だと知らないまま、ユーフェミアは無邪気に笑う。

 「不安だったけど、貴方のお陰で元気が出て来たわ。
 もうすぐシュナイゼル兄様がこちらに御来訪なさるので、そのお出迎えのために式根島まで行くの。
 視察が数日かかるけど・・・終わったらその、一度だけでいいから会いに行ってもいいかしら?」

 (シュナイゼルが日本に?式根島といえば、確かギアスの遺跡がある島の隣にある島だったな・・・)

 思いがけずいい情報が手に入ったが、ユーフェミアのお願いにルルーシュは溜息をついた。

 「それは無理だ・・・今は君も微妙な立場なのだろう?せめて姉上が回復するまで、不用意な行動は控えた方がいい」

 「そう、ですわね・・・貴方がいてくれたらと思ったの。無理なことを言って、ごめんなさい」

 「いいんだ・・・君と話せて、楽しかった。だが、もう連絡はやめて欲しい。
君には悪いが、もうあそこには関わらないと決めているんだ」

 「解ったわ・・・安心して、お姉様にもシュナイゼル兄様にも、絶対に言わないって約束するから。
 あのね、ルルーシュ」

 「何だい?」

 「今日はお話ししてくれて、ありがとう。私、この国を良くするために頑張るから。
 だから、ずっと見守っていて下さいね」

 「ああ、ずっと見ているよユフィ。無理をせずに頑張ってくれ」

 「ええ、ルルーシュも身体に気をつけて」

 ピッ、と通話を終了ボタンを押して通話を切ると、ナナリーが何か言いたそうな顔でこちらを見ている。

 「本国にいた頃の友人だよ、ナナリー。あとで思い出話をしようか」

 「やっぱり・・・!はい、お兄様」

 嬉しそうな笑みを浮かべるナナリーに、シャーリーがおずおずと尋ねた。

 「スザクくんの知り合いから、電話があったの?女の子みたいだったけど」

 どうやら通話の相手がユーフェミア皇女だとは思いもしなかったが、漏れ聞こえてきた声が女性だということには気づいたらしい。
 ルルーシュはシャーリーの悶々とした気分を察するどころではなく、ああ、と頷いた。

 「スザクが仕事で知り合った子で、携帯を持っていないスザクのために電話を貸してくれたらしい。
 今度会えないかと言われたが、ちょっと事情で会いたくなくてね」

 「そ、そうなんだ・・・残念だね」

 内心でほっとしたシャーリーだが、ルルーシュの表情が笑っているように見えて実はそうではないことに気付いた。
 彼がゼロをしている理由は、もしかしたらその事情が原因なのかもしれないとぼんやり考えながら、シャーリーはあえて笑顔で紅茶を新しく淹れ直してルルーシュに勧める。

 「ほらルル、喉乾いたでしょ?紅茶飲む?」

 「シャーリー・・・ありがとう、頂くよ」

 ルルーシュは席に座り直してカップを手にして紅茶を飲むと、ささくれだった気分が落ち着いて行くのを感じた。

 自分とナナリーの箱庭・・・ここだけは絶対に死守しなくては。

 ユーフェミアには悪いが、彼女はあまりにも考えがなさ過ぎる。
 約束を破るとは思わないが、うっかりシュナイゼル辺りに自分達の生存を漏らしてしまうかもしれない。

 (クロヴィスのように始末、するか・・・それとも)

 ルルーシュは悩んだが、ふと思った。

 (いっそ、一度会って自分の生存のことを忘れさせるか?そうするのが一番安全だ)

 ついでにスザクにも、自分の生存をユーフェミアに知らせるなとギアスをかけるべきだろうか。
 親友にだけはギアスを使いたくはなかったが、こんなことは二度とごめんだ。

 この組織作りの大事な時に余計な心労を抱え込んでしまったルルーシュは、ひたすら悩み続けるのだった。




 「ユフィ、その、ごめん!悪気はなくて!」

 通話を切ったユーフェミアに、スザクはパンと両手を合わせてユーフェミアに謝罪したが、ユーフェミアはにっこりと笑って首を横に振った。

 「いいのよ、スザクはルルーシュとの約束を守っただけですもの。貴方は悪くないわ。
 それに、ルルーシュを説得してくれようとしたんですもの・・・お礼を言うのは私のほうだわ、ありがとう」

 「ユフィ・・・」

 二人が見つめあっていると、そこへノックの音が響き渡る。

 「ユーフェミア殿下、ゼロの情報が入りました。入室してもよろしいですか?」

 「ダールトン・・・ええ、どうぞ」

 慌ててユーフェミアが受話器を置くと、失礼しますとダールトンが入室してきた。
 何故か泣いた様子のユーフェミアを見てダールトンは眉根を寄せたが、当の本人は先ほどの憂鬱が消えたかのようにニコニコしているのでどうしたものかと一瞬途方に暮れた。

 「ダールトン、ゼロがどうかしたのですか?」

 「は、ゼロがカンサイ地方のスマゲットーにて現れたとの情報です。
 リフレインの密売を行っていた組織を壊滅し、その主導をしていたハーマウ男爵を殺害して姿を消したようです」

 「ハーマウ男爵が?貴族でありながら、なんということを!」

 ユーフェミアが憤慨すると、貴族にあるまじき所業にダールトンも頷く。

 「ハーマウ男爵家については、こちらで厳正なる処分を下しておきます。ユーフェミア様にはそのご許可を頂きたく」

 「はい、解りましたわ。こんなことが続くから、日本人の方々が反発してしまうのです。
 黒の騎士団ばかりが摘発しているようでは、ブリタニア全体が嫌われてしまいますわ」

 「は、それもそうですなユーフェミア様。以後こちらでも犯罪組織を壊滅するよう努めます」

 「早くこのエリアを住みよい国にするためにも、わたくしも頑張らなくては・・・さあダールトン、お姉様が不在の今、お仕事がたくさんあります。書類を持ってきて下さいな」

 ダールトンが先ほどとは打って変わって元気が出てきたユーフェミアに驚くが、副総督の自覚が出て来たのだろうと内心で喜ぶ。

 「イエス、ユア ハイネス。ユーフェミア副総督閣下、すぐにお持ちいたします」

 ダールトンが退出すると、ユーフェミアは先ほどの報告を思い返していた。

 (ゼロがカンサイに・・・でも、ルルーシュは学園にお友達といるって・・・やっぱり、わたくしの思い過ごしなのかしら)

 ユーフェミアはそう考えたが、心のどこかでやはりという疑念がある。
 いつか会って真意を問いたいと願いながら、ユーフェミアは仕事をするために椅子に座って書類を待つのだった。



[18683] 第十一話  鏡の中のユフィ
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/24 10:10
  第十一話  鏡の中のユフィ




 トウキョウ租界にある、とあるシティホテルのスイートルーム。そこでマグヌスファミリアの一行とルルーシュ、C.Cが集まって会議を開いていた。
 彼らだけで行っている理由はもちろん、議題がギアス絡みだからである。

 先に偽名でチェックインを済ませたエトランジュ達が入室した後、C.Cを伴ってやって来たルルーシュの顔色が悪いことに気づき、エトランジュがおずおずと言った。

 「ルルーシュ様・・・その、お顔の色が悪いのですが」

 「ああ、ちょっといろいろありましてね」

 ユーフェミアに生存がバレてしまい、その原因となったスザクを思うと胃に穴があきそうである。
 スザクに土下座でもさせてその頭を踏みにじってやるくらいのことをしないと、この怒りは収まりそうにない。

 「あまりご無理をなさらないように。何かございましたら、私どもも出来る限り協力いたしますので」

 「ありがとうございます・・・こちらで何とか致しますので、お気になさらぬよう」

 ルルーシュは一人がけのソファに腰を下ろし、C.Cは当然のようにベッドに寝そべる。

 「C.C・・・お前な」

 ルルーシュは行儀の悪いC.Cにたしなめようとしたが、彼女には馬耳東風であることを嫌と言うほど知っているため、溜息をついて諦めた。
 ルルーシュがエトランジュに向き直ると、さっそく尋ねた。

 「本日来て頂いたのはほかでもない、神根島の件です。あの遺跡について、詳しいことを伺いたいのですが」

 「はい・・・あそこについては昨日伯父様方から聞ける限りのことを聞いて来たのですが・・・どうも、コードとギアスを生み出した者達が創ったものだろうとのことでした」

 「コードとギアスを・・・道理ですが、その目的は?」

 「その辺りは不明ですが、調べた限り世界各地にある遺跡の中でも、神根島のものがもっとも古いものだそうです。
 各遺跡に各地に散らばる遺跡の地図があるそうなのですが、一番最初に書かれている場所が日本のものだとのことなので、間違いないだろうとおっしゃっていました。
 今はブリタニアが直轄管理していますが、戦前は世界のオーパーツとして研究している国もあったそうです」
 
 ルルーシュは考古学については専門外だが、図書館などで一応のことは調べてきた。
 オーパーツとは現代に至るまで謎が解明されていない不思議な遺跡や建造物などのことで、マチュ・ピチュやナスカの地上絵などが代表的な例だ。

 ギアス遺跡は神根島、マグヌスファミリアなどの島に点在することが多く、中華連邦やブリタニアのペンドラゴンなどの大陸部にある遺跡は少ないそうだ。
 エトランジュが遺跡がある国名を羅列すると、遺跡に沿って侵略が行われているのが解る。

 「ブリタニアの手に渡っていないのは、イギリスにあるブリテン島のストーンヘンジと中華連邦の遺跡だけです。
 あの周辺にイギリス政府に無理を言ってマグヌスファミリアのコミュニティを作って、こっそり使用しているのです」

 「ストーンヘンジ・・・有名なオーパーツですね。ただ石が並んでいるだけかと思っておりましたが」

 「あの遺跡はコード所持者かギアス能力者がいなければ、決して入口は開かない仕組みになっているのです。
 ほとんどは石造りの扉一つだけなんですけど、マグヌスファミリアやイギリスのそれは二重扉・・・とでもいいましょうか、いったん地下に下りる仕組みの扉があるのですよ」

 「なるほど、興味深い話だ。その扉が、遺跡だけのどこでもドアということですね」

 「んー、ちょっと違いますね。扉をくぐるといったん“黄昏の間”と呼ばれる大きな広間に入るんです。
 そしてそこから行きたい場所を念じて扉をくぐると、目的地の遺跡の扉から出ているということですね」

 ルルーシュはエトランジュの話を聞いて、ますますブリタニアの目的が解らなくなった。
 コード所持者とギアス能力者しか使えない代物を、わざわざ侵略する意味があるのだろうか?
 そして今回来日するシュナイゼル・・・あの異母兄は何が目的であの場所へ行くのか。

 「クロヴィスもあの遺跡を研究していたようです。
 彼が死亡した後も彼の命令で研究していた者達が数人いたのですが、私達が到着した際にみんな殺して彼らが持っていたパソコンや資料などは全部壊してきました」

 持っていこうかとも思ったのだが、量が多すぎて邪魔になるだけだったのでブリタニアの手に渡るのを阻止するために抹消するほうを選んだのだ。

 「概要は理解した。俺も一度ぜひ、この目で見ておきたいものだが」
 
 「しかし・・・あそこは皇帝直轄領です。そう簡単に忍びこめるとは」

 おまけに自分達が容赦なく全員を始末してしまったので、そう簡単にはと申し訳さなそうに言うと、ルルーシュはニヤリと笑みを浮かべた。

 「幸いある姫君が漏らした情報によりますと、シュナイゼルが視察に向かうと聞きました。
 あの男を抹殺すれば、あの島に来る者はしばらくいなくなる」

 皇帝直轄領と言うことは、裏返せば命令がない限り誰も立ち入れないということである。
 クロヴィスは第三皇子であり、このエリアの総督であったからこそ皇帝の命令で調査をしていた可能性が高い。
 だが、シュナイゼルは宰相であり考古学者ではない。宰相が遺跡を調べるために来日するなど、普通はあり得ない・・・裏があると考えるべきだろう。

 「黒の騎士団も、後援組織のために租界では軍事行動を起こしておりません。
 地方で何かしていると感づかれないためにも、そろそろ租界で活動しておかねばと思っていたところですしね」

 「なるほどね、いいんじゃない?EUに貸しも作れそうだし」

 アルカディアの言葉にルルーシュが眉をひそめると、彼女はジュースを飲みながら答えた。

 「EU戦であの男が裏でいくつか策謀巡らせてるみたいでさ・・・アイン伯父さんの予知とあんたの助言でいくつかは回避出来たけど、次から次へとえげつない策やられててね」

 阻止出来ていないものもあるし、現地で指揮をしているわけではないルルーシュだけでは完全に安心というわけではないらしい。
 ゆえにシュナイゼル抹殺が黒の騎士団によって成し遂げられれば大きな貸しを作れる上、その根回しをしたマグヌスファミリアとしても今後の活動がしやすくなるのだ。

 ルルーシュは己の策が異母兄に通じていないと聞いて、生来の負けず嫌いに火がついた。

 「アルカディア様、申し訳ないがマオと共にシュナイゼルが来る日程をお調べ頂きたいのですが」

 「もう調べた。例によってマオと士官クラブに行ったら、グラストンナイツから来週の金曜日だって情報ゲットしたわよ」

 さすがに行動が早い、とルルーシュが満足すると、アルカディアは難しい顔で付け加える。

 「ただ、最新鋭浮遊航空艦アヴァロンってのに乗ってくるみたいなの。コーネリアの件で護衛がいつもより分厚くなるようだから、油断しないで」

 「ほう、空飛ぶ船に乗ってのご来日か。それならそれで、策はある」

 ルルーシュはニヤリと笑って作戦を説明すると、エトランジュは首をひねったように言った。

 「あのー、実は伯父からこんな予知が来ていたのですけど」

 エトランジュが伝えた予知に、ルルーシュは眉をひそめた。

 「・・・犠牲が出るかもしれない、ということか。ならば、貴方がたにはこのように・・・」

 「解りました、お任せ下さい」

 「では、来週の金曜日に。行くぞ、C.C」

 ルルーシュがずっと黙って話を聞いていたC.Cを呼ぶと、彼女は面倒そうに立ち上がってルルーシュに続く。

 (例の遺跡・・・中華連邦のやつはブリタニアの手に落ちていないと思っているようだが、もうすでにギアス嚮団によって占拠されているとは知らないらしいな。
 ・・・教えておくべき、なのだろうか)

 マグヌスファミリアは現在、中華連邦の遺跡を渡すまいとして親ブリタニア外交を阻止すべく中華連邦でも活動しており、C.Cが中華連邦へ交渉しに行った際にも使者として赴いていたアルカディアの母・エリザベスと会った。

 既にエトランジュから連絡を受けていたのか、いろいろと親切に話をしてくれたがコード所持者については話せないと申し訳なさそうだった。

 「どうした、C.C?」

 「いいや、別に・・・それより、腹が減った。ピザだピザ」

 まだ食う気か、と呆れ果てたルルーシュをよそに、C.Cは話さなかったことにもやもやした気分を持ったことに苛立ち、それを振り払うかのようにピザのメニューを頭に思い浮かべた。




 「ブリタニア帝国宰相シュナイゼルを襲撃、か!最近黒の騎士団もでかいことばっかするよなあ!」

 玉城がうきうきと弾んだ声で言うと、藤堂が気を引き締めるように低い声で牽制する。

 「コーネリアを半殺しの目にしたせいで、護衛も彼女の数倍は配置されているそうだ・・・油断するなよ」

 「うっ・・・へいへい、解ってますよ」

 「今回の目的は、シュナイゼルを抹殺することにある!!
 あの男の抹殺が叶えばブリタニアは頭脳をもがれたようなもの、我らが悲願であるブリタニアの滅亡に大きく近づくことになろう!!」

 久々にゼロとして衣装をまとい団員達の前で演説をするルルーシュは、潜水艦の中で作戦を説明する。

 「あの最新鋭浮遊航空艦アヴァロンにシュナイゼルは搭乗しているが、あれは母艦の動きのみならず最新鋭のミサイルを装備、防御力も侮れたものではない。
 だがそれは、あくまで“空に浮いている場合”のことだ」

 「なるほどね~、あんなバカでかいもので来たら居場所がバレバレってことだから、基地に着陸したのを見計らって襲いましょうってことか~」

 間延びした声で了解したのは、ラクシャータであった。 
 大きなものほど飛び立つ時多大な時間とエネルギーが必要であるなど、基本中の基本である。
 基地に着陸した状態なら、ミサイルも使えないのだ。後はそのままアヴァロンを壊すなり、基地に避難したシュナイゼルを抹殺するなり策はいくらでもある。

 「そういうことだ・・・まずアヴァロンが到着したことを確認次第、各部隊で式根島基地を襲う。
 カレン、君にはおそらくその時に邪魔に入るだろう白兜を相手にして欲しい」

 「はい、ゼロ!しかし、その・・・そっちはどう対処すれば」

 「・・・出来れば生かしたままが望ましいが、あの枢木ではそうもいかないだろう。
 君の命が危うくなれば、その場合は・・・始末しろ」

 「はい、解りました!」

 カレンが了解すると、横で藤堂が出来うることなら捕虜にして説得したいと考えていた。
 あの弟子は、昔から感情で突っ走ることが多かった。今回も本人的には考えて出した末の結論でも、短絡的な思案の末だろうと予想している。
 しかしそれを口にすれば、軍事総責任者である己が私情で動くのは困ると非難される。そしてそれは組織にとって良くないことだと理解しているため、口には出せなかった。

 「シュナイゼルを抹殺に成功すれば、即座に撤収だ。後は予定通り地方に散って後方支援組織作りに戻る・・・以上だ」

 各自が作戦展開のために散っていくのを見送りながら、ルルーシュは複雑な気分になっていた。

 己の口から、親友を始末しろという台詞。
 決して仲が悪いわけではなかった異母兄を殺し、異母姉を意識不明の重体に追いやり、仲が良かった異母妹を追いつめ、そして親友を殺す。

 何と呪われた人生だろう。ここまで来たら、いっそ笑いたくなる。
 だが、それでも修羅の道を行くと決めた。最愛の妹のため、そして自分のためにだ。

 「スザク・・・俺は俺の道を行く。だから、お前もその道を行け」

 あの白の皇女を選んだのは、スザクだ。何度も手を差し伸べたのに、選んだのは奇麗な夢を語るお姫様だ。

 綺麗な夢を見たまま、そのまま永遠の眠りにつかせてやるのもいっそ親友のためかもしれない。それが自分に対する言いわけだとしても。
 ルルーシュはそう決意すると、自分も作戦のために己の機体へと足を向けた。




 「ルルの目的はさー、シュナイゼルの抹殺および、神根島みたいだね。
 あれさえ手に入れられれば、自由に中華連邦とイギリスの行き来が出来るようになるって言ってたよ」

 「それが目的か・・・確かにアシが着くことなくEU、中華、日本を往来出来るのは助かるからな」

 ゼロの私室を陣取ったC.Cは、マオが差し出したピザを食べながら思案に耽る。

 イギリスはともかく、中華連邦の遺跡はすでにブリタニアの手に落ちている。式根島の基地が落ちれば割と神根島へは自由に立ち入りが出来るだろうから、作戦成功時には教えてやるとしよう。

 (お前をあのV.Vの手にやるわけには、いかないからな。いや、作戦の成否に関わらず、ギアス嚮団については教えた方が・・・)

 「僕もこのギアスとおさらばしたいし~、作戦成功してあの島手に入れたいよね」

 見違えるほど明るくなったマオを見て、C.Cは薄く笑みを浮かべた。
 それなりに大事に思っていた養い子と根気よく向き合ってくれたエトランジュに、C.Cはこれでも感謝している。

 マグヌスファミリアは長年コードを消す研究をし、コードを代々受け継ぐのは慣習だと聞いている。
 このままエトランジュ達に協力し、ブリタニアを倒してその研究が成ることに協力する方がいいのかもしれない。
 もしその研究が成らなくても、自分のコードをその慣習で無理なく継いで貰えるように頼んでみようか、とC.Cは思った。

 「あ、C.C、エディからだよ」

 「なんて言っているんだ?」

 ギアスが効かないC.Cは、エトランジュからの連絡もマオを介さなければ伝わらない。
 そしてマオはエトランジュに懐いているから、人を繋ぐギアスのリンクを切ることなく今に至っている。

 「式根島基地をルル達が襲撃したってさー。シュナイゼル・・・殺せるといいね」

 「そうだな・・・だが、うまくいけばいいんだが」

 C.Cはそう呟いて、最後のピザを口に含んだ。




 「いらっしゃいませ、シュナイゼルお兄様。エリア11へようこそ」

 「やあ、久しぶりだねユフィ。最後に会った時より、ずっと美しくなって・・・すっかりレディの一員だ」

 最新鋭浮遊航空艦アヴァロンのタラップから降りてきた金髪の青年・・・神聖ブリタニア帝国宰相のシュナイゼル・エル・ブリタニアはにこやかな笑みを浮かべて出迎えた異母妹の手を取り、その手の甲にキスをする。

 「エリア11の副総督として、よくやっていると聞いているよ・・・コーネリアのこともね」

 シュナイゼルは前日になってダールトンから護衛の増強についての連絡があり、その理由としてコーネリアがテロに遭い重体、加えてスパイの可能性があることを聞いていたのだ。

 「お兄様・・・お姉様が、その」

 「いいんだ、大丈夫だよユフィ。私がエリア11にいる間は手を貸してあげるから。
 心配せずに、エリア11のことにはまだ詳しくない私を補佐してくれないかな?」

 「はい、シュナイゼルお兄様」

 ぱあ、と明るい表情で頷くユーフェミアは異母兄の手を取ると、まずは基地内へ入ろうとする。

 「お疲れでしょうから、まずはご休憩をお取りになって下さい。お話はその時に・・・きゃっ!」

 突然に響き渡った轟音に、シュナイゼルは目を鋭く光らせた。

 「ユーフェミア様!」

 とっさにスザクはユーフェミアを庇うべく彼女の身体を覆うと、シュナイゼルは冷静に分析する。

 「まさか、本当に来るとはね・・・このタイミングで仕掛けてきたとなると、租界へ戻るのはかえって危険かもしれないね」

 「は、広範囲にわたってジャミングがかけられております!」

 「やはりね・・・では、そのままテロリストを迎撃してくれたまえ」

 「イエス、ユア ハイネス!くそ、黒の騎士団か?!」
 
 ブリタニアの軍人が散っていくのを見て、シュナイゼルは無表情に考えた。
 確かに目立つアヴァロンで来たから要人が来たことは解るだろうが、襲撃のタイミングが早かったことから見ても、あらかじめ自分の訪問を知っていたと見るべきだろう。

 (なるほど、ダールトン将軍の言うとおりこれはスパイの線が濃厚だね・・・それも、上層部に近いところで)

 その線に一番近いのは目の前でユーフェミアは自分が守りますと息巻いている名誉ブリタニア人の騎士だが、彼にはいまだ携帯電話の所持が認められていない上、ずっとユーフェミアの傍にいたと聞いている。
 何より彼ではあからさまに疑ってくれと言わんばかりの人間なので、スパイとしては向いていない。

 (スパイでないなら、今から向かう遺跡の人間に不思議な力を与えるもの・・・なのかなこれは)

 父であるブリタニア皇帝が何やら怪しげな研究をしていると聞いて自分でも内密に調べているが、リアリストの自分は全く信じてはいなかった。
 しかし、クロヴィスもまた熱心に調べていたとあっては、本腰を入れて調べる気になった。事実、遺跡を中心に侵略をしていることは、シュナイゼルも知っていたからだ。

 「いいえ、スザク。貴方は司令部の救援に向かって下さい」

 「駄目です!自分はユーフェミア皇女殿下の騎士です。貴女をお守りする義務があります。
 副総督の貴女が、テロの対象なのかもしれないのですよ!」

 コーネリアがあんなことになったのだ、狙いは副総督のユーフェミアであってもおかしくない。

 本来、騎士が仕える主の命令に異を唱えるなど許されることではない。
 しかし、今回はスザクの言っていることのほうが正論の上、名誉ブリタニア人とはいえイレヴンに助けられたくはないというプライドもある。
 そのため、周囲の軍人は一斉にスザクに同調した。

 「そのとおりですユーフェミア皇女殿下。どうか騎士と共に我々と避難を」

 「司令部は管轄にお任せを!ささ、殿下・・・シュナイゼル閣下も、お早く!」

 その様子をじっと見ていたシュナイゼルだが、飛び込んできた伝令に唇の端が上がる。

 「黒の騎士団です、殿下方!ゼロが現れました、すぐにこちらから退避を!!」
 
 「やはりそうか・・・ロイド伯爵、確かあそこのエースナイトメアと互角にやり合ったのは、ランスロットだけだそうだね?」

 「そうですよ~、シュナイゼル殿下。僕のランスロット以外は、みぃーんなやられちゃいました。あっちは白兜とか呼んでるみたいですけど」

 センスないですよねー、と方向性の違う不満を口にするロイドを無視して、シュナイゼルはスザクに向かって言った。

 「なら枢木少佐、私からもお願いしたい・・・ゼロを捕縛して欲しいのだが」

 「しかし、シュナイゼル殿下・・・それではユーフェミア皇女殿下が」

 「幸い、通常よりも多い護衛部隊がこの場にいる。だけど、あの黒の騎士団に黒星を与えているのは君のランスロットだけだ。
 ゼロを倒すことはユフィを守ることにもなる・・・君にしか出来ないことだ」

 ブリタニアの口先の魔術師とでも名付けたくなるほどの口のうまさである。
 スザクは自分が帝国の宰相閣下に期待されていると思い込んで感激し、ちらっと主君を見ると彼女も笑顔で頷いた。

 「お行きなさい、スザク。ここで貴方の力を示すのです。そうすればいずれ雑音も消えるでしょう」

 「イエス、ユア ハイネス!」

 イレヴンごときが宰相閣下から直接命令を拝するとは、とブリタニア軍人は悔しがったが、それを口にすることは皇族批判に繋がるために黙っている。
 
 スザクがランスロットのキーを握りしめてその場から立ち去ると、改めて二人の皇族に避難をするよう進言する。

 「ああ、では君達はユフィを頼むよ。私は少し、用事があるのでね」

 「は・・・しかし」

 軍人が尚も食い下がるが、シュナイゼルに笑顔で見つめられて口を閉じる。

 「かしこまりました。では、ユーフェミア皇女殿下」
 
 「はい・・・お兄様もお気をつけて」

 ユーフェミアが素直に護衛部隊を引き連れて立ち去ると、ロイドはぽつりと呟いた。

 「あれ、絶対何か企んでるよね~」

 「ロイドさん!」

 セシルが慌てて止めようとするが、ロイドは飄々としたものだ。

 「僕とあの方とは学生時代からの付き合いだからねえ・・・ある程度は解るさあ~」

 「企むとは人聞きの悪い。ただ、私は私の仕事をするだけだよ」

 シュナイゼルは不敬に値するロイドを咎めもせず淡々とした口調で言うと、アヴァロンに視線を移した。




 基地を破壊し尽さんとばかりに盛大に大暴れをする紅蓮にワイヤーを投げて邪魔をしたのは、白兜ことランスロットだった。

 「来たか、ブリタニアの走狗があぁっ!!」

 カレンはそう叫ぶとロープを避け、紅蓮の腕で攻撃する。

 「ここで決着をつける!と言いたいけど、目的は白兜の足止め・・・難しいけど、ゼロの命令よ!」

 「ゼロ・・・ゼロはどこに?!」

 紅蓮の相手をしながらも、命令であるゼロの捕縛のために彼の姿を追うが、彼の乗っているナイトメアがどれかはスザクには判別できない。

 ルルーシュはナイトメアの腕は悪くはないのだが、前線に出て指揮を執っているために常に的になり、そのたびにナイトメアを破壊されているのでその都度交換を余儀なくされているせいだ。

 「言う訳ないでしょ!弾けろ、枢木 スザクっ!!」

 紅蓮の腕がランスロットを襲うが、スザクはそれを避けて剣でなぎ払う。
 
 「く・・・お前よりもゼロだ・・・ゼロを捕まえなければ、ユーフェミア殿下の安全が・・・・」

 「へぇー、あのお姫様がそんなに大事なんだ?安心しなよ、こっちの狙いはあのお飾りより帝国宰相だから!」

 カレンが接近戦でランスロットを抑え込もうとすると、スザクはそれを紙一重ですり抜ける。さながらナイトメアで、ワルツでも踊っているかのようだ。
 
 「シュナイゼル殿下を?!許さない!」

 「あんたに許して貰おうなんて思っちゃいないわよ!この日本の裏切り者があっ!」

 「君達こそ、そのテロ行為が日本を壊していくことだと気づかないのか?!ブリタニアだって従順で優秀な者は、こうして僕のように取り立ててくれる!
 無意味なことはやめるんだ!ルールに従わないと、いい結果は得られない!!」

 「ブリタニアのルールに従えって?!まっぴらごめんね!」

 紅蓮でランスロットの頬を殴り倒したカレンは、この男の脳味噌が何で出来ているのか知りたくなった。
 従順に暮らしている租界近くのゲットーに住む者がどんな目に遭っているか、知っているのだろうか。

 「あんた馬鹿?!今までどこ見て生きてたのよ!!
 従順に暮らしていたってね、不都合が起きると私達を平然と使い捨てにするのがブリタニアなのよ!!
 今のゲットーがどんな状態か、あんたほんと知らないのね」

 「な・・・なんだって・・・?」

 「どうせブリタニアに逆らう私達が悪い、ブリタニアは悪くないって正当化するってゼロが言ってたから教えてやらないわよ!
 日本人はあんたに何も期待してないわ!期待しているのはあんたの飼い主だけよ、せいぜい大事にすることね!!」

 そう、大半の日本人は既に黒の騎士団の方に期待の目を向け、スザクには関心がなかった。
 ちなみにスザクに希望を見出しているのは、名誉ブリタニア人として出世し、より多くの給料と安全を得たい日本人ぐらいなものである。

 「いいんだ、それでも・・・僕は僕のやり方で、日本を守る!!
 この国を安全に・・・そして平和にしてみせる!!」

 スザクはそう叫ぶと、紅蓮に向かって強化型スラッシュハーケンを撃ち放つ。
 カレンはそれを輻射波動で相殺し、ランスロットの足止めに専念するのだった。




 同時刻、そのやり取りを聞いていたルルーシュは自らのナイトメアである月下で呆れた溜息をついていた。

 (あのバカ・・・日本の何を守りたくて戦っているんだ)

 日本人が誇り、尊厳、権利の全てを捨て去れば、確かに奴隷の平和と言う名の安全は得られるだろう。
 互いに造反者が出ないように監視し合いブリタニアのために働けば、ブリタニアも便利な道具をわざわざ壊すような真似はすまい。
しかし、それだけだ。ただ生きているだけの人生に、何の甲斐があろう。

 ルルーシュはかつて、己を産み出した人物から生きていないと言われた。死んでいるのだ、とも。

 だから、生きてやろうと思った。何が何でも生きて、ナナリーと共に幸福になる。
 人は生きるために生きるのではない。幸せになるために生きているのだ。

 「そのためには、ブリタニアが邪魔だ・・・世界を戦争に導いている国のために戦っている身で平和を語っても、誰もついてこないんだよ」

 いっそ憐れみすら含んだ口調でそう呟くと、鉄壁の防御力を持つアヴァロンが発艦準備を行っているのを見てそこにシュナイゼルが乗り込んだかと思ったが、ラクシャータが言うには発艦には最低でも30分は必要のはずだ。

 「違うな・・・それは囮だ!アヴァロンにシュナイゼルは乗艦していない!」

 ルルーシュは自身で作ったプログラムでブリタニアの通信を傍受しており、シュナイゼルがユーフェミアと別れていることを知っている。
 とすればシュナイゼルは別方面に回り、基地ごと自分達を葬る。母艦はアヴァロンだけではないのだから。

 「ユフィを避難させたのも、そのためだな。スザク一人で黒の騎士団を葬れるのなら、安すぎる代償だ」

 ルルーシュはそう吐き捨てると、高速で基地ごと自分達を葬ることが可能な場所を割り出し、さっそく全軍に指示を出した。

 「全軍に通達する、速やかに基地から離れろ!シュナイゼルは基地ごと我々を葬るつもりだ!!」

 「マジかよ!やべえ!!」

 ランスロットにやられて脱出ポットで逃げた玉城が、悲鳴を上げる。

 「だが、シュナイゼルの居場所は割り出した!東の砂浜にある母艦、ブリタニア海軍航空母艦にいる。
 奴が策に気づかれたと悟る前に、その空母艦ごと葬り去れ!!」

 「承知!!」

 あの場所からなら、森などに遮られることなく基地にミサイルを発射出来る。
 ルルーシュは短い時間でそう分析すると、己もシュナイゼルを討つべく東の砂浜へと向かうのだった。




 東の砂浜にあるブリタニア海軍航空母艦に乗艦していたユーフェミアは、基地から黒の騎士団が撤退していくという情報を聞いてモニターに目を向けると、まっしぐらに向かってくる黒の騎士団のナイトメアの群れが視界に入った。

 「あれは・・・黒の騎士団?!ユーフェミア様、早くこの場から撤退を!」

 「駄目だ、間に合わない!くそ、やつらユーフェミア皇女殿下が目的か?!」

 「わたくしを・・・ゼロが・・・」

 一瞬青ざめたユーフェミアだが、すぐに毅然とした態度で通信機に手を伸ばして言った。

 「黒の騎士団の皆さんに申し上げます!わたくしは神聖ブリタニア帝国第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアです!
 ゼロと話がしたいのですが、ゼロはそこにいますか?」

 「ユフィ?!なぜお前がそこにいる?!」

 ルルーシュはシュナイゼルがいると判断した場所にユーフェミアがいることを知って唖然とすると同時に、これがシュナイゼルの策であることに気づく。

 「ち、ユフィは囮か!!くっ、あいつはどうでもいい・・・シュナイゼルはどこだ?!」

 「おい、あそこにいるのはユーフェミア皇女のようだぞ。どうするんだゼロ!」

 藤堂に指示を仰がれたルルーシュは、舌打ちしつつも撤退をすることにした。
 シュナイゼルの居場所が解らない以上、このままやみくもに探すことは危険だ。また、長い間ここに留まればユーフェミアごと葬られかねない。

 「やむを得ない・・・撤退だ!シュナイゼルを探していれば、こちらの戦力が削られる。
 小さいとはいえ基地を使い物にならなくした戦果はあった・・・これで良しとよう」

 「寡兵の弱みだな・・・仕方ない、撤退だ!ルート4を用いて全軍速やかに撤退せよ!」

 黒の騎士団は純粋の軍人が少なく、軍隊としてまだ未熟といっていい。
 そのためゼロの軍略に一糸乱れぬ正確さで従い、また短時間で作戦を遂行しなければ成果が得られないという弱点があった。

 「ここまで来て・・・!けど確かに探している時間はないね。二番隊撤退!」

 「続けて三番隊も戦場を離脱!」

 次々に式根島から撤退していく黒の騎士団を見て、ブリタニア海軍空母にいた軍人達は大きく安堵の息を吐く。

 「奴ら、ユーフェミア様のご威光に恐れをなしたようですな。次々と逃げていきますぞ」

 実際はここにいるのがシュナイゼルだと勘違いしただけで、いたのが殺しても何ら益のない皇女だから撤退したのだとその場にいたブリタニア軍人ですら悟っていたが、彼らはそう言って嘲笑う。

 ユーフェミアはせっかくゼロと話し合おうとしたのに、自分の言葉に何ら反応を返してこないゼロに悲しくなった。

 (ゼロ・・・わたくしは戦いたくないの。話し合いで解決したいのです)

 それを伝えれば、無益な戦いなどしなくてもよくなる。
 正義の味方とリフレインの取り締まりや犯罪組織を潰している彼なら、きっと解ってくれる・・・そしてゼロがあの日優しい言葉をかけてくれた彼だったなら、喜んで手を取ってくれるはずだとユーフェミアは信じた。

 「待って、ゼロ!わたくしは貴方と話がしたいのです。無益な戦いはやめて、わたくしと話をして下さい!」

 「ユーフェミア皇女、私も暇ではありません。
 それに、日本を奪い返すための戦いを無益とはさすがブリタニアの皇女殿下、国是に従った見事なお言葉です」

 ナンバーズはブリタニア本国人に従うべきだという国是からすれば、確かに全く無益以外の何ものでもないだろう。

 苛立ちを隠した声でそう皮肉を返してきたゼロに、ユーフェミアはそんなつもりで言ったわけではないと首を振る。

 「違います!そういう意味ではなく、殺し合うより話し合いで解決したいと思って!」

 「話し合い?ナンバーズを虐げてきた貴方がたが、我々と何の話し合いをしようというのですか?
 もともと不当に日本を占拠したのはブリタニアだ・・・我々はそれを奪い返そうとしているだけですよ。ああ、失礼、ブリタニアはそれがおかしいからやめろと、そうおっしゃりたいのですね解ります。
 ・・・貴様らの都合など知ったことか!!いい加減にお前の身勝手な願望を押し付けるのはやめろ、ユーフェミア!!」

 話しているうちに苛立ってきたルルーシュの怒鳴り声に、ユーフェミアはびくりと肩を震わせた。

 「わ、わたくしはただ・・・!」

 「では伺おうか・・・お前は副総督として就任してから、日本人に対して何をしてきた?」

 「な、なにをって・・・わたくしはまだ何も」

 「そうだ、お前は何もしていないだろう?日本人は未だに移動を規制され、住居を規制され、結婚を規制され、就職や起業に関する事まですべて規制されている。
 お前が来て何ヶ月も経つが、日本は何も変わってない・・・お前がやったことはたった一つ、枢木を騎士にしただけだ!それで日本人の生活がどうにかなるとでも思ったのか!」

 ユーフェミアはその指摘を聞いて、大きく眼を見開いた。

 (せい、かつ・・・日本人の生活・・・わたくしはそれをよくしたくて・・・)

 ユーフェミアの脳裏に、スザクと共に見た荒れ果てたシンジュクゲットーが蘇る。
 
 崩れたビルに、疲れ果てて座り込む日本の人々。
 数少ない食料を分け合い、また奪い合う者達。自分はそれをどうにかしたいと、ずっと考えてきたつもりだった。

 「ですから、皆さんと一緒に日本をよりよくしていこうと・・・」

 「ほう、ブリタニアが資金、資材、人材、決定権の全てを保有しているのに、あえて我々に働けと?つくづくブリタニア皇女らしいお考えだ」

 「あ・・・!」

 さらなる指摘を受けて、ユーフェミアはゼロの怒りの理由にやっと気がついた。
 そう、ブリタニア植民地において何かをする場合、必須なのはブリタニアの許可と協力なのだ。
 
 まず資金をユーフェミアが予算から出して資材を揃え、さらにゲットーの開発やそれに伴う法律の整備、開拓を終えるまでの生活環境の整備、それらを行って初めて『皆さんと一緒に日本をよりよくしていきたい』という言葉に説得力が伴うのである。

 何もないところで高みから見下ろし『日本をよくするためにわたくしに協力して下さい』と言うのでは、ただの命令以外のなんだというのか。

 「お前はただ、自分の優しい言葉で己を飾って満足しているだけだ!
 夢を見て理想を語れば、それが現実化するとでも思ったか!!」

 「・・・そんな、そんなつもりじゃ・・・」

 ユーフェミアは泣きそうな声で、へなへなと床に座り込む。

 「そんなつもりなどなくても、日本人から見たお前はそういう人間だ・・・そろそろ“他人から自分がどう見えているか”を知ったらどうだ?
 さもないと、他人に利用されて終わるだけだぞ」

 最後の言葉は、先ほどの台詞より穏やかな口調だった。そして憐れみと忠告の色が塗られていることを、ユーフェミアはぼんやりと感じ取る。

 「たとえば、こんな風にな・・・上を見てみろ」

 ゼロの台詞に不審に思った空母のレーダーを操作したオペレーターが、青い顔で報告した。

 「ユーフェミア様!そ、空に飛行物体が・・・ミサイルの発射準備を確認!」

 「え・・・?それはどこの・・・」

 「断わっておくが、黒の騎士団ではないぞ。まだ全員撤退出来ていないのに、こんな馬鹿げた真似はしない」

 ユーフェミアはオペレーターに視線でどこに所属している飛行物体か調べるように言うと、それはすぐに判明した。

 「我がブリタニアに登録されている機体です!シュナイゼル殿下の・・・」
 
 「シュナイゼルお兄様の?」

 「やはりな・・・これがブリタニアだ、ユーフェミア皇女。
 我々は離脱します。貴女も助かるといいですね」

 そしてせいぜい、シュナイゼルの“君を巻き込むつもりはなかった”という嘘に騙されていればいい。

 (綺麗なものを見続けていたいお前には、シュナイゼルの方がお似合いだ)

 「では、お互いに生きていたらいずれ戦場でお会い致しましょう」

 ルルーシュはそう皮肉っぽい口調で言い捨てると、己も離脱すべく月下を動かす。
 だがそこへ現れたのは、左腕をもがれたランスロットだった。
 
 ランスロットは残った右腕でルルーシュの月下の首元をロックし、そのまま抑えつける。

 「白兜・・・スザクか!!」

 「ゼロ・・・お前を捕まえた!!」

 「そんなことを言ってる場合か!貴様も巻き込まれるぞ枢木!!」

 「お前を捕まえろと命令されている・・・!軍人は命令に従わなければならないんだ!」

 「フン!その方が楽だからな!人に従っている方が!」

 「うっ」

 「お前自身はどうなんだ!」

 「違う!これは俺が決めた俺のルール!!」

 自らに言い聞かせるかのように叫ぶスザクに、ルルーシュはこのバカがと思う余裕もなくスザクを振り払おうとするが、相手が破損しているにも関わらず振りほどけない。

 「この、ブリタニアの犬があっ!ゼロを放せ!!」

 カレンが操る紅蓮が乱入すると、スザクに向かって号乙型特斬刀で斬りかかる。 既にランスロットとの激戦で欠けていたために威力は低いが、それでもなんとかルルーシュは離脱に成功した。
 
 「助かったぞカレン!全力でこの場から退却する!!」

 「いえ、私はゼロの親衛隊ですから!では、私が!」

 紅蓮がランスロットに向き合うと、既にミサイルはルルーシュ達に向けて照準が合わさっている。
 シュナイゼルが乗艦しているのは、アヴァロンの小型版のような浮遊航空艦であった。

 ダールトンからコーネリアが襲撃され、それがスパイによる情報漏洩による可能性が高いと聞いたシュナイゼルはアヴァロンの他にもう一機別の浮遊航空艦を用意させており、ユーフェミアと別れた後上空で待機させていたそれに乗り換えたのである。
 アヴァロンより威力も防御力も劣るが、それでもナイトメア数機を葬り去る程度のことは十分可能なのだ。

 「シュナイゼル兄様・・・!スザクごとゼロを・・・?」

 ユーフェミアは青ざめた顔でそう呟くと、慌てて海軍航空母艦の外に飛び出した。

 「ユーフェミア殿下、何を?!外に出ればミサイルの衝撃が来ますぞ!どうぞ中へ!!」

 「シュナイゼル兄様にお伝えなさい!わたくしが巻き込まれる危険があると!!それでも発射命令を出せますか?!」

 「あのような騎士など、いくらでも代えがおりましょう!わがままも大概になさって頂きたい!!」

 不敬罪に問われかねない台詞だが、周囲も同感だったらしい。誰からも咎める声は上がらなかったが、ユーフェミアはそれを無視してスザクの元へ向かおうとする。

 背後で合流したセシルがユーフェミア様なら、と希望を見出すが、ロイドは諦めた表情で『駄目じゃないかな・・・それでも』と溜息をつく。

 案の定ユーフェミアの言葉を伝えられたシュナイゼルだが、あっさりと“それは私がミサイルを発射した後に聞いたことにするよ”の台詞の元に切り捨てた。
 そしてその手を振り下ろし、ミサイルを発射する。

 「接近するミサイルを確認!」

 「ええい・・・!全ナイトメア、飛来するミサイルに弾幕を張れ!全弾撃ち尽くしても構わん!!」

 藤堂の指示に退却し遅れたナイトメアがゼロを守るべく弾幕を張るが、それでも防ぎきることは不可能だった。

 「このままではお前も死ぬ!本当にそれでいいのか!!」

 「枢木少佐、これは無駄死にではないぞ!
 国家反逆の大罪人・ゼロを確実に葬ることが出来るのだ!
 貴公の功績は後々まで語り継がれることとなろう!」

 「黙れぇぇぇっ!!」
  
 通信を傍受したルルーシュは絶叫するが、スザクは苦渋に満ちた顔で言った。

 「く・・・ルールを破るよりいい!!」

 「この、解らず屋があっ!!」

 ルルーシュはスザクの説得を、完全に断念した。これほど言い聞かせても、捨て駒にされてもなおそれでいいというなら、もはや何を言えばいいというのか。

 「もういい!!お前とともに新たな日本を見たかったが・・・残念だ。もう、二度と言わない」

 「ゼロ・・・?」

 「さらばだ、スザク」

 ファーストネームだけでそう別れの言葉を告げると、カレンに向かって指示する。

 「カレン、紅蓮がそのざまでは脱出は無理だ。既にエトランジュ様に救護の準備を依頼してある!脱出装置を作動させろ!
 他のメンバーはナイトメアで脱出ポイントまで退却!私も追って脱出する」

 今回の作戦にマグヌスファミリアの一行が参加しなかったのは万一の事態に備えた救護のためか、と一同は納得し、それならばと藤堂達は一目散にミサイルを避けて退却していく。

 「さすがゼロ・・・紅月 カレン、脱出します!!」

 カレンが脱出装置を作動させてコクピットが放出され、海へと吸い込まれていく。
 
 「あ~あ、あとで紅蓮を回収しなくっちゃね」

 通信を聞いていたラクシャータは残念そうだが、あの攻撃ではブリタニア軍も退却しているだろうから、その隙をついてなんとか回収するしかない。

 続けてゼロも月下から脱出装置を作動させると、彼もまた海へと飛んで行った。

 「ゼロ・・・!!逃げるな!」

 スザクがそう叫んだ刹那、ミサイルが付近に着弾した。
 響き渡る閃光と轟音・・・そして、スザクの思考が黒く染まる。

 (スザク・・・!まだ死んではなりません!)

 そう念じながら甲板にあったナイトメアにまさに乗ろうとしていたユーフェミアも、爆風をもろに食らって海へと落ちて行った。





 「ここは・・・・?」

 「気がつきましたか、ゼロ」

 気を失っていたルルーシュが目を覚ますと、視界に飛び込んで来たのは金髪に青い目を持つエトランジュの心配そうな表情だった。

 「エトランジュ、様・・・ここは・・・」

 「神根島ですよ。貴方を回収した後、一番近い島がここでしたので・・・今アルカディア従姉様とクライスが、カレンさんを探しに行きました」

 ルルーシュがエトランジュ達に会った際に依頼したのは、ミサイルなどを撃たれて退却に失敗した仲間を救護する事だった。
 水中に潜れるイリスアーゲートはまさに適役で、何よりエトランジュ達が慌てて海中に仲間を助けに向かう予知が来ていたことを聞いていたためである。

 この予知のお陰で慌てることなく速やかに救助に動いたマグヌスファミリアの一行は、すぐにルルーシュを回収することに成功した。
 次にカレンを救助すべく、ルルーシュをエトランジュと護衛のジークフリードに任せ、アルカディアとクライスは再びイリスアーゲートで探索に出たのである。

 「そうですか・・・お世話をおかけして、申し訳ありません」

 「いいえ、仲間ですから。お気になさいませんよう・・・あ、これお飲みになりますか?」

 エトランジュが温かいスープが入ったマグカップを差し出すと、ルルーシュは礼を言って受け取った。

 「今、周囲にブリタニア軍がいるんです。何でもユーフェミア皇女がミサイルの爆風に巻き込まれて飛ばされたとかで」

 「またあいつか・・・!探索が減る頃を狙って、脱出するしかないということか」

 「一応通信で外部と連絡はとれますから、力ずくでの脱出も可能かと」

 エトランジュの提案にそれもあるかとルルーシュは策を巡らすが、目覚めたばかりで脳がうまく働かない。
 と、そこへエトランジュが冷静な口調で言った。

 「それに、ゼロ。こんな手もありますが、いかがなさいますか?」

 「こんな手、とは?」

 ルルーシュが尋ねると、エトランジュは先に脱がせて乾かしていたゼロの仮面を差し出して被るように促してきた。
 それに不審を感じたが、彼女が無駄なことをさせる性質ではないことを知っているルルーシュは素直にそれを被ると、エトランジュが言った。

 「ジークフリード将軍、あの方をこちらへお連れして下さい」

 「はい、レジーナ様」

 レジーナとはエトランジュの偽名で、EU圏の言語では女王を意味する単語である。
 岩陰にいた軍服をきっちり着込んだジークフリードが連れて来た人物を見て、ルルーシュは目を見張った。

 「・・・・!!!」

 いちおうの手当てはされたのか、豪奢なドレスは脱がされてその身体は毛布にくるまれ、包帯が右手に巻かれた痛々しい姿で現れたのは、自らの異母妹であるユーフェミア・リ・ブリタニアであった。



[18683] 第十二話  海を漂う井戸
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/31 12:01
  第十二話  海を漂う井戸



 ユーフェミアは仮面をつけたゼロをじっと凝視していたが、やがて確信を持って叫んだ。

 「ルルーシュ、ルルーシュなのでしょう?!」

 「!!!」

 一同は内心で驚愕したが何とかそれを態度には出さず、代表してジークフリードが銃を彼女のこめかみに突きつけて言った。

 「発言を許した覚えはありませんぞ、ユーフェミア皇女。貴女の今の立場は捕虜です・・・それをお忘れきように」
 
 低い声で牽制されてユーフェミアが黙りこくった隙に、エトランジュがギアスでルルーシュに尋ねた。

 《あの様子では、確信がおありのようですよゼロ。どうなさいますか?》

 《全く、彼女は無駄に勘が鋭かったからな・・・このまましらばっくれても、どこかでまた何か言いだすに決まっている》

 この前のスザクによる電話での行動がいい例だ。彼女は自分の情だけで動いて、結果相手を追いつめる。
 失敗しても“そんなつもりじゃなかった”と泣きごとだけを言って、反省しないのだ。

 《それに、私もいろいろと覚悟を決めましたのでね。もういいですよ》

 《と、申しますと?》

 エトランジュが尋ねると、ルルーシュは仮面に手をかけてそれを外した。
 チューリップ形の仮面の下から、黒い髪と紫電の瞳を持った少年の顔が現れると、ユーフェミアは涙を流して喜ぶ。

 「やっぱり・・・ルルーシュ・・・!」

 「ああ、お前達が使い捨てにした皇子だよユフィ。そして俺がゼロだ。
 それで、よく喜べるなユフィ・・・お前の姉が俺を殺そうとして、俺がコーネリアを半殺しの目に遭わせたというのに」

 感動の再会とは程遠い台詞を叩きつけられて、ユーフェミアの表情が凍りついた。
 そう、ルルーシュとコーネリアが幾度も殺し合っていたのは事実であり、またコーネリアを意識不明の重体に追いやったのは自分であると、彼は認めたのだ。

 「ルルーシュが、お姉様を?本当に?」

 「正確にはコーネリアを襲撃したのは私どもですが、その作戦を考案して下さったのは間違いなくその方です」

 エトランジュが淡々と事実を述べると、ユーフェミアは身体を震わせた。

 「本来なら、そこで仕留めたかったのですが・・・さすがはブリタニアの指揮官機、頑丈すぎてとどめはさせなかったですね」

 死ねばよかったのに、と裏に隠された台詞を感じ取ったユーフェミアは、ルルーシュの横に当然のように立つ少女を見つめた。

 外見は金髪碧眼といった、典型的な白人である。いつもは青いケープをまとっているのだが、日本の夏の湿度と暑さに負けて脱ぎ捨て、大きな青いパラソルを周囲にさして陽射しを防いでいる。

 「あの・・・貴女は?日本人ではないようですけど、ブリタニア人、ですか?」

 「白人が皆ブリタニア人ではありませんよ。私達は貴女の姉によって故郷を滅ぼされた国の者です」

 「・・・そう、ですか。その・・・ごめんなさい」

 ユーフェミアが謝罪するが、エトランジュは首を横に振った。

 「別に貴女のせいではないので、謝って貰っても困ります」

 「で、でも私の父と姉のせいで・・・!」

 「ええ、確かに貴女の父君と姉君のせいですが、貴女のせいではありません。
 貴女が謝罪したからといって私の家族は蘇りませんし、故郷が戻ってくるわけでもないので、無意味なことはおやめになったほうがよろしいかと」

 自分の謝罪は無意味と言われ、ユーフェミアは傷ついた表情になった。そこへルルーシュが冷たい声で尋ねた。

 「では聞くが、謝ってどうするんだ君は?それでレジーナ様が喜ぶと思ったのか?」

 「え・・・?でも、私の家族のせいだから謝るのは当然では」

 「謝るだけで解決する問題じゃないと言っているんだ」

 ルルーシュの指摘に、ユーフェミアはまたしても己の考えのなさに気づいた。ルルーシュは溜息をついて、異母兄として最後に異母妹に現在の状況を教えてやろうと思った。
 過去、仲の良かった彼女だからこそだ。そして、二度と異母兄としてユーフェミアには会わない。それが、ルルーシュの覚悟でありけじめだった。

 「ユフィ、これが君の兄としての君への最後の言葉だ。どう捉えるかは君の自由だ」
 
 「ルルーシュ・・・最後って・・・どうして・・・せっかく会えたのに」
 
 目を潤ませたユーフェミアに対して、ルルーシュは大きく溜息をつく。

 「では聞くが、俺がどうしてブリタニア皇族として復帰しなかったのか、何故俺がブリタニアに反逆しているのか、解っているか?」

 「それは、ブリタニアに戻ったらまた政治の道具にされるからで・・・」

 「それもあるが、一番の理由は“俺達がブリタニアに殺されかけた”からだよユフィ。
 あの時日本への開戦理由は俺達が日本人に殺されたというものだった・・・そんな中でのこのこと現われてみろ、言いがかりで国を滅ぼしたなどブリタニアが認めると思うのか?」

 「実際、言いがかりをつけて各国を植民地にしているので、ルルーシュ様のご生存が知れても世界的にはブリタニアらしいと思われて終わるのではないでしょうか」

 「ふふ、レジーナ様もなかなかおっしゃるものだ」

 マグヌスファミリアが占領された際も、“何であんな僻地を植民地にしたのだろう”と疑問に思われただけで、もはやブリタニアが植民地を増やすための開戦理由については議論すら起こらなかった。

 「だから俺達が生きるには、ブリタニアが邪魔なんだよ。
 いつまでもあの学園の箱庭にいられないからな・・・もっとも、その箱庭ももう壊れたが」

 「どうして?!私もスザクも、誰にも言って!!」

 「誰も言ってなくても、お前のことだ・・・自重出来ず会いに来るに決まっている!
 電話に関してもそうだ・・・政庁の電話からかけてくるなど何の冗談だ!!」

 エトランジュはそのやりとりを聞いて、ユーフェミアがルルーシュの生存を知って政庁の電話からルルーシュに連絡したことを知った。

 「それは駄目ですねユーフェミア皇女。バレるきっかけは充分でしょう」

 「どうして?!」

 「だって、政庁の電話って記録が残るのでしょう?
 アッシュフォード学園にユーフェミア皇女が何の用事でかけたんだろうって調べられたら、すぐに解ってしまうのでは」

 「総督の許可がなければ、皇族が使う電話の通話記録は公開出来ません」

 「その総督は意識不明の重体だが、助かる可能性は高いと聞いた。意識が戻ったら、真っ先にやるのはお前の行動調査だろうな。
 当然通話記録も見るだろうな、姉上なら確実に」

 ルルーシュの姉をよく理解している指摘に、ユーフェミアは青くなった。
 コーネリアはいつも過保護で、本国にいた時でさえそういう行為がたびたびあったことを思い出したのである。

 「君の性格は信頼している。だが、はっきり言おう・・・君の能力が信用出来ないんだよユフィ。
 君は嘘をつくことに向いていなさ過ぎる・・・コーネリアに問い詰められれば、いずれ確実にボロが出る」

 「ルルーシュ・・・!じゃあ、もしかして」

 「ああ、ここから脱出したら、すぐに俺とナナリーはアッシュフォードを出る。アッシュフォードに咎めがないようにしてやってくれ」

 それだけ頼む、とルルーシュに頭を下げられて、ユーフェミアは慌てて止めにかかる。

 「で、でもあそこを出てどこへ行くの?」

 「予定地はいくつかあるが、君には言えない。スザクが騎士になった時点で、準備はしてあったからな」

 「どういうこと?」

 「名誉ブリタニア人が皇族の騎士になったというので、その座からスザクを引きずり下ろそうといろいろ調べている連中がいてな。
 幸い奴は素行は真面目だったしアッシュフォードが俺達を守るために厳重な警備を敷いていたからバレなかったが、もし俺とスザクが一緒にいるところをスクープされていたら“生きていた皇族の生存を隠していた”とバッシングの対象にされて、芋づる式に俺達も戻らされていたさ」

 自分がよかれと思ってしていたことが大好きな異母兄を追いつめていたことを知って、ユーフェミアは砂浜に座り込む。

 「それは君のせいじゃない・・・その時点で君は俺の生存を知らなかったんだからな。
 だが、経過はともかく結果はそういうことになったので、引っ越しの準備はしてあったんだよ」

 それに加えてユーフェミアに生存が発覚したため、すでにルルーシュはナナリーに近日中にアッシュフォードから出ることになるかもしれないと伝えていた。
 ナナリーは残念がったが、このままではミレイ達に迷惑がかかると言うと仕方ないですねと寂しそうだった。

 「そんな・・・そんな・・・私のせいで・・・」

 「ああ、君の不用意な行動のせいだなユフィ。
 それに、さっきも言ったが日本人の生活をよくしたいと言っていたあれだ・・・あれも最悪だぞ」

 ルルーシュは幼い頃のユーフェミアをよく知っていたから、彼女は善意で日本を良くしようとしていることを理解していた。
 しかし、それはあくまでも彼女を知っていればの話だ。会ったこともない人間を理解しようとすれば、それは今現在の行動によって推し測るしか術はないのである。

 「俺が君の異母兄じゃなかったら、間違いなく君をそんな目で見ていた。ただの理想だけで生きている馬鹿なお姫様だ、しょせんは弱肉強食の国是の皇族だとな。
 そちらにいらっしゃるレジーナ様に聞いてみるといい・・・君がどんなふうに見られているかが解る」

 ユーフェミアが恐る恐る無表情で立っている少女に視線を向けると、エトランジュはすっとその場から歩きだした。

 「あの・・・!」

 「少々お待ち下さい。準備して参りますので」

 エトランジュはそう言うと持って来ていた簡易テーブルと椅子を準備し、ユーフェミアに座るように促した。

 「海で流されて立つのもお辛いでしょう、どうぞお座り下さい」

 「あ、ありがとうございます」

 お礼を言ってユーフェミアが席につくと、エトランジュはヤカンからお湯を注ぎ、インスタントのスープを作って彼女に差し出す。
 そのユーフェミアの背後には、銃を持ったままのジークフリードが立つ。

 「毒は入っておりませんので、よろしければどうぞ」
 
 「・・・ありがたく頂きます」

 初めて飲むインスタント特有の濃い味にユーフェミアは瞬きしたが、好意で作って貰ったのだからとユーフェミアは半分飲み干してカップをテーブルに置く。
 温かいスープのおかげで、海で体温が奪われた上にルルーシュの糾弾に血の気が引いた顔に赤みが戻る。

 「それ、あんまり美味しくないですよね、ユーフェミア皇女」

 突然にそう言われて、ユーフェミアはどう答えたらいいか分からず口ごもる。
 作って貰っておいてまずいとは言えないし、かといって美味しいというのも嘘を言っているような気がしたのだ。

 「私も国を追われた先で初めてインスタントを口にしたのですが・・・お湯を注ぐだけで食べられる便利さなのに、味が濃くて美味しい印象はなかったんですよ」

 もちろん質がいい物はインスタントでも美味しくて、ブリタニアの高級軍人などが野営で食べる物はそう言う代物である。

 「でも、今トウキョウ近辺のゲットーの方々は、そういうものですら滅多に食べられないんですよユーフェミア皇女。どうしてだと思います?」

 「え・・・どうしてって・・・ごめんなさい、解りません」
 
 素直にユーフェミアが答えると、エトランジュは怒ることなく答えた。

 「ブリタニアがブリタニア人や名誉ブリタニア人のゲットーへの立ち入りを禁じた上、各ゲットーからの移動も禁じたせいです。
 東京近辺には畑などございませんし、あったとしても既に日本占領時に壊滅状態になったのでとてもそこで作物を作れる状況ではないんです。
ではあそこに住む方々は、どこから食料を手にすればいいのでしょうか?」

 「あ・・・!」

 「もちろん最低限の食料は送られてはいますが、全員を賄えるには至っていませんでした。
 しかもその食料を買うためのお金もないんです・・・租界での仕事が制限されましたからね」

 ユーフェミアはレジスタンス狩りを防ぐことばかりに目が行って、その他についてまるで見ていなかったことに気づかされた。
 言われてみれば租界とゲットーの行き来を分断するということはさらなる区別化に続くものであり、ブリタニアの国是にまことにふさわしい行為でしかないと。

 「人間食べ物がなければ死ぬしかありません。つまり日本人は飢えて死ねと態度で表明したことになってしまうのです」

 「そんなつもりはありません!!ただ、レジスタンス狩りを止めたくて、その法案に許可を出してしまったのです」

 ユーフェミアが叫ぶと、エトランジュはなるほどそういう意味もあったのかと納得した。

 「確かにブリタニア人が来なかったのでゲットーでは私どもも動きやすかったですが、残念ながらそれは伝わっていませんでした。伝わらない善意は無意味でしかありません。
 軍に殺されるか餓えに殺されるかという違いに収まっただけと言えるでしょう」

 じわじわと襲ってくる分、飢えの方が恐ろしい。目に見える軍なら反撃のしようもあるが、全ての生物が歴史上飢餓に勝てた例は一つもないのだ。

 「すぐに戻って、食糧の配給を・・・!」

 ユーフェミアは慌てたように立ち上がるが、それをエトランジュがやんわりと止めた。

 「落ち着いて下さい、ユーフェミア皇女。やめたほうがいいです・・・反対されますから」

 「え・・・?」
 
 「今戻ってゲットーに食料を配布すると言ったとしましょう。
 まず周囲が止めるでしょうね・・・そもそもゲットーを封鎖したのはスパイを探すためなのですから、それが見つかっていない以上そんなことをすればスパイが動きかねないと」

 原因があって結果がある。
 この場合ブリタニアの行動理由である“スパイ活動防止”のために“ゲットー封鎖”をしたのだから、それを止めるためには“スパイ発見”をしなければならないのだ。

 「そして私達に要求しますか?スパイ活動を止めて欲しいと・・・そうすればゲットーに食料が配布出来るからと」

 ユーフェミアはまさに言おうとしていた台詞を先に言われて、ぐっと押し黙る。
 そしてエトランジュははっきりとした口調で詰問する。

 「貴女は説得する相手を間違えています。どうして彼らを説得しないのです?貴女は副総督であり、皇族です。
 私どもに戦いをやめて協力して欲しいと説得はするのに、どうして周囲の文官や姉であるコーネリア総督を動かそうとはしないのですか?」

 「それは・・・・誰もわたくしの言葉など聞いてくれなくて・・・」

 小さな声で答えるユーフェミアに、エトランジュはまた尋ねた。

 「日本人の方々や私達も、貴方の説得に耳を貸してはいませんよ・・・同じですよね?
 つい先ほどのゼロに対する説得を聞いて、私の従姉様は自分より下の人間にしか“説得”をしない自己保身に長けたお姫様だとおっしゃっておいででしたよ。
 なら何故貴女の言葉を聞かないのか、考えたことはございますか?」

 「お姉様はこのエリア11を平定したくて、テロリストを壊滅するのが一番の早道だとお考えだからわたくしの政策は駄目だとおっしゃるばかりで・・・。
 そんなお姉様に反発して、騎士団の方々が力ずくで日本を取り戻そうとしていると考えていました。
 だから和平などあり得ないと・・・そう思っているとばかり」

 「その通りです。
 何故かと申しますと、戦いをやめる条件がコーネリア総督は“日本人が服従すること”であり、日本人は“日本人を虐げるブリタニアの排除”だからです」

 ユーフェミアはその通りだと頷くと、エトランジュは小さく息を吐いた。

 「なら、どうすれば双方が矛を収められると思いますか?」

 その質問に、ユーフェミアはルルーシュから何もしてないのに要求だけするなと指摘されたばかりだから、“日本人がテロをやめること”とは言えなかった。
 となるとコーネリアを止めるべきなのだろうが、それが出来るならすでにやっている。

 「・・・解りません。もう、どうすればいいのか・・・」

 夏の暑い日差しの中、肩を震わせて小さな声で答えるユーフェミアにエトランジュは言った。

 「勘違いなさっているようなので言っておきましょう。赴任当初、貴女は日本人からそれなりの支持があったのです」

 あの戦姫と名高く植民地を増やすコーネリアと違い、妹姫は穏やかな性格でナンバーズでも差別しないという風評があったからだ。
 そのため多少なりと期待を寄せていたのだが、サイタマゲットーの虐殺についても何も言わず、その他のゲットーについても何らの政策を講じなかった上、トウキョウ租界とゲットーを封鎖してしまった。
 これでユーフェミアの評判は確定した、と言っていい。

 「ユーフェミア・リ・ブリタニアは口だけの皇女であり、ナンバーズを憐れむ自分が素晴らしい人物だと思い込んでいるお姫様だというのが私が聞く限り日本人最多のご意見です。
 貴女には貴女なりの思惑と善意はあったのでしょうが、それは為されなければ無意味なのです。
 政治とは結果あってのものだと、言われたことはございませんか?」

 自分に対する酷評を聞いてユーフェミアはうなだれたが、エトランジュの問いにはい、と小さな声で答えた。

 政治は結果を上げなければ認められない、失敗は己の死を意味する。
 だから余計なことはしてはならない、自分達がするから無理はするなと、副総督に就任してからは毎日のように言われていた。

 「貴女は自分を信用して欲しいと訴えましたが、それも間違いです。
 信用とはして貰うものではなく積み上げていくものだと、お父様は私におっしゃいました。
 ある程度日本人の生活を良くしてからならともかく、貴女は日本人に対して結果を上げることが出来ませんでした。だから貴女の言葉を聞く方がいなかったのです。
 それは逆に、ブリタニアの政治家や軍人の方も同じでしょうね。自分達の目的が達成出来ない政策なら、無視するのが当然です。
 そして、貴女の最大の間違い・・・それは“味方作りを怠ったこと”です」

 「味方作り・・・でも、そんなのわたくしに」

 「いたんですよ、それも大勢。主義者、と呼ばれている方々・・・ご存知ですよね?
 私いくつかのブリタニア植民地を回っていましたが、そう言う方々が政治家の中にも結構いらっしゃいました」
 
 「え・・・政治家にも?」

 「誰とは言えませんが、日本にもいましたよ?
 ユーフェミア皇女なら穏健な政策を打ち出している自分達をお呼びしてくれると思ったのに、結局何も言われなかったとおっしゃっておいででしたが」

 主義者とはブリタニア人でありながらブリタニアの政策に反対する人間のことを指し、ブリタニアでは国是に反するとして投獄対象にされることすらある者達のことだ。
 侵略に対する反対運動、ナンバーズの待遇改善を訴えただけで国家反逆罪になりかねないため、表だった活動が出来ない者達である。

 「主張が主張でしたので中間管理職以下の方々でしたからご存じないのも無理はないのですが、それでも穏健な政策を訴えた方はいらっしゃったのです。
 貴女と言う主義者がいたのですから、他にもいると思わなかったのですか?」

 周囲は全て姉の子飼いの者達ばかりだったから、当然国是を肯定する人間で構成されていた。
 だが、言われてみれば確かにその輪の外に主義者がいてもおかしくはない。

 地球上に68億人以上いると言われる人間である。当然様々な思想があり、考えがある。
 その中で、当人のみしか通用しない思想や考えというものはない。
 どれほど異常な思想であろうと、同調する人間が一人や二人必ずいるものである。

 ましてやユーフェミアのように穏健で平和を訴える思想なら、数え切れないほどいる。たとえ弱肉強食を唱える国のもとで生まれ育とうとも、己の判断でそれは間違っていると言えるブリタニア人もまたいるのだ。

 始め彼らはユーフェミアを旗頭として自分達の穏健政策を通して貰おうと考えていたが、幾度となく提出した提案書に対する返答もなく、ユーフェミアが語る政策を支持する者を探す気配もなかったので、諦めざるを得なかったのだ。

 「あ・・・わ、わたくし・・・そんなこと、想像もしていなかった・・・」

 ラプンツェルのように高い塔に住んでいるユーフェミアは、自分の状況を知らず己の髪を垂らすことをしなかった結果がこれである、
 もしほんの一筋でも髪の毛を垂らしていたら、それを伝って彼女の元へ来る者はいただろう・・・そう、スザクのように。

 「仲間はいないと思いこみ、一人でやろうとしたことが貴女の最大の失敗です。
 山火事を一人で消すことがどうして出来ましょう?」

 エトランジュはさらに説いた。
 シンジュクゲットーの荒廃ぶりはクロヴィスの虐殺のせいで確かに悲惨だったが、その他のゲットーもまったく開発が進んでいないこと、もしそれを見ていたらそれらを比較して問題点に気づけただろう、と。

 「たったひとつのゲットーだけを見てそれで判断してしまったのも駄目です。それに貴女は、日本人のご意見を伺った事はおありですか?」

 「スザクの意見しか・・・他の日本人は、わたくしを見るなり逃げてしまわれるので」
 
 「それでおしまいにしたのもいけなかったですね。
 貴女に伺いましょう・・・貴女はある日風邪を引きました。そしてお医者様が呼ばれて病状について伺ってきました。
 ・・・それを貴女にではなくその横にいたコーネリア総督に尋ねていたら、貴女はそのお医者様がうまく治療してくれると安心出来ますか?

 「・・・いいえ、そうは思いません」

 風邪を引いて苦しんでいるのはユーフェミアなのだから、自分が喋れない状態でもない限り本人に病状を尋ねるのが当然である。
 ましてコーネリアが頭痛がしているのに推測で『お腹をさすっていたから腹痛かも』などと伝えて腹痛の薬を処方されでもしたら、それで治るわけがない。

 つまりゲットーの状態をよくしたいのならゲットーの住民の意見を聞くべきなのであって、また各ゲットーの不満もそれぞれなのでシンジュクゲットーを見ただけで満足すべきではなかったということだ。

 ユーフェミアは的確な指摘をしてくれるエトランジュを尊敬の目で見つめたが、エトランジュはそれほど独創的なことを言ってはいない。
 そのどれもがかつて名君として名をはせた指導者達が行ったもので、彼女はそれを口にしているに過ぎないのだ。

 ルルーシュはそんな二人のやりとりを見て、大きくため気を吐いた。

 客観的に見て、能力値だけを見るならユーフェミアの方がはるかに優れている。
 エトランジュは国立のポンティキュラス学園(七歳から十五歳までの一貫教育を行う。マグヌスファミリアにある学校はここだけである)の勉学を国が攻め落とされた十二歳の時に中断されたままで、その後はひたすら戦争を終わらせるために費やし時間が空いた時にアルカディアなどから教わっているだけなので、学力は非常に低い。

 農耕馬の扱いに慣れているし移動手段として主に馬を使っていたので乗馬は得意だが、危険なスピードを出す競馬などは苦手らしい。
 さらに言えば、ナイトメアどころか車の運転すら出来ない。

 しかも女王といえど国力もブリタニアの地方男爵にすら劣り、他人の力を借りなければこうしてブリタニアと対抗することすら出来ないのだ。
 彼女がユーフェミアに優っている点と言えば、自活能力と語学能力くらいなものである。

 エトランジュは基本的に“失敗しない”ことを前提にして己の能力のほどを理解しているため、周囲をよく観察して考えてから動く。
 これまで守られ愛されてきたのはユーフェミアと同じだが、それ故に彼女は周囲の人間を信じて愛されているという自信があるからこそ、己の意見を伝えることをためらわない。
 そしてその分相手の意見を聞く耳を持っているから、周囲も安心して自分の言葉を伝えてくるのである。

 たとえばゲットーの日本人を移住させる際、彼女は必要なもののリストや計画書を作成し、それを一度扇や藤堂、キョウト六家に見せてこれでいいだろうかと確認していた。
 もちろん穴はいくつもあったが彼らも時間を割いて不足を指摘し、協力していた。
 他人の助力がなければ何も出来なくても、協力を得られるそれは間違いなく彼女の力であり、武器だろうとルルーシュは考えている。

 何故ならやっていることは確かに小さいが、そういうことの積み重ねが信頼を生み出し、その信頼のもと協力を得てその協力で物事を行うのが政治だからだ。

 「これで解っただろう、ユフィ。君が日本人からどう思われていたのか」

 「ルルーシュ・・・・ええ、本当、馬鹿です私」

 ユーフェミアは笑った。それは全く周囲を見ていなかったのだと理解した、自分への嘲りだった。

 エトランジュの話を聞く限り、彼女が来たのはナリタ連山戦の後だったという。
 自分より後に来たのに日本人を理解し、その信頼を得ているのは黒の騎士団に所属していることからも解る。
 また、彼女の言葉が事実なら既に主義者達とも親交があるのだろう。

 自分はいったい、これまで何をして来たのか。
 何も行っておらず、ただ理想を語りそれが受け入れられないと嘆いてばかり。

 それなのに目の前の少女は国を父と姉に滅ぼされ、知らない国でこうして国を取り戻すための戦いに身を投じている。
 常に考え、行動し、成果を上げているエトランジュの年齢を聞いてみると、自分より一つとはいえ年下の少女だった。
 
 だが、自分の父と姉に国を滅ぼされたという彼女がどうして自分のために話をしてくれるのか不思議に思い、おそるおそる尋ねた。

 「あの、どうして貴女はわたくしにそんなお話をして下さるのですか?
 わたくしは何もしていないとはいえ、わたくしの父と姉は・・・貴女の故郷を・・・」

 「はい、貴女の父親と姉のせいで、私の家族が93人も亡くなりました。
 現在は数字をつけられ管理された、私の大事な国です」

 「なら、どうして・・・わたくしを殺そうとは思わないのですか?」

 「理由はいくつかございますが、まずは無関係の方を殺してブリタニアと同じ人種にはなりたくないからですね。
 貴女は皇族ですから全くの無関係ではありませんが、侵略には関わっていない以上それを理由に殺すのは理不尽です」

 テロリストと同じ人種だからとサイタマやシンジュクのように利用し殺すような真似はしたくないというエトランジュに、ユーフェミアは姉の行為を何としてでも止めればよかったと後悔した。
 シュナイゼルのミサイルからスザクを庇おうとした時のように、サイタマに飛び込み虐殺を止めていれば、きっとエトランジュの言うところの“信用を積み上げる”ことになり、日本人の信用を得ることが出来ていたかもしれなかったのに。
 
 「そしてもう一つの理由は、私の最終目的がブリタニアを滅ぼすことではないからです」

 「え・・・でも、貴女は姉を」

 ユーフェミアが驚いたようにエトランジュを見つめると、彼女は頷いた。

 「ブリタニアを滅ぼすことは、手段であって目的ではないんですよユーフェミア皇女。
 私の最終目的はたった一つ、“占領された我が国を取り戻して帰国し、みんなで仲良く暮らすこと”なので」

 「みんなで、仲良く暮らす・・・」

 自分も幾度となく見た夢。


 EUも中華連邦もブリタニアもみんななくなって、世界が一つになって仲良く暮らせますように。


 最後のブリタニアもなくなっての部分がみんなに咎められたけれど、その夢を亡きマリアンヌだけが素晴らしい夢だと褒めてくれた。
 
 「そのためにはブリタニアが滅ぶか、国是を変えて植民地を解放するかのどちらかですが、あの皇帝が玉座に座っている限り不可能でしょうね」

 だからブリタニアを滅ぼすことにしたのだというエトランジュに、ユーフェミアはさらに尋ねてみた。

 「姉を殺そうとしたのも、そのためだと?」

 「ええ、あの人はブリタニアの国是を肯定しそのための侵略を現在進行形で行い、過去の所業も全く反省していませんからね。
 復讐心も消えようがありません・・・この状態で殺す以外どうしろと?」

 「ですよ、ね・・・」

 自分ですら無理だった説得に、他人である彼女が可能とは思えない。
 
 そして自分を殺さなかった理由も、姉と自分が別個の人間であると認めてくれたからこそだという彼女に、ユーフェミアは嬉しくなると同時に悲しくなった。

 (戦時下ではなかったなら、いいお友達になってくれたかもしれないのに・・・どうしてこんなことに)

 「こんな状況ではなかったなら、貴女とはいいお付き合いが出来たかもしれませんね。
 それだけに、とても残念です」

 「?!」

 エトランジュが自分と同じことを思っていてくれたと聞いて、ユーフェミアは思わず顔を上げた。

 「ブリタニアの皇族の中で、私の話を聞いてくれたのはルルーシュ様を除いては貴女だけなんですよユーフェミア皇女。
 コーネリアは都合のいい質問には答えてくれましたが、それ以外については答えになっていない答えしか返してくれませんでしたから」

 「・・・ええ、聞きましたレジーナ様。貴女とお姉様のやりとりを全て」

 「そう、ですか。もしかして、その通信からルルーシュ様がゼロだと?」

 ふと思い当たったエトランジュに、ユーフェミアはこくりと頷く。

 「最初に会った時から、ゼロには懐かしいものを感じていましたから。確信を持ったのはついさっきですが、レジーナ様の仲間の女性の言葉でそうじゃないかなって・・・」

 「その通信とは、どういうことですかレジーナ様」

 怒りを若干滲ませたルルーシュの声に、エトランジュは謝罪しながら答えた。

 「申し訳ございませんルルーシュ様。実はですね」

 『違う!いや、それもそうだが、その前に殺したのだ!留学していた幼い我が末の弟妹のルルーシュとナナリーを!!
 私はイレヴンだけは許さん!我らに逆らうなら、徹底的に殲滅するまでだ!!』

 と言ったコーネリアに対して、アルカディアがうっかり『ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ』と応じてしまったことを伝えると、ルルーシュは目を見開いた後そうですか、とだけ言い、案の定笑いだした。

 「クックック・・・確かに笑うか怒るかしかないですねこれは・・・ハハハハハ!」

 「ルルーシュ・・・」

 「あの時日本に送り出される俺達に、何の言葉もなかったくせに、よく言う・・・!せめて傷を負ったナナリーだけでも守ってくれていたらな!!」

 ダン、とテーブルを叩いたルルーシュにエトランジュとユーフェミアはびくりと肩を竦ませたが、何も言わなかった。

 「ああ、解っているさ下手に口出ししてその役目が己とユフィに来るのを恐れただけだということはな!!
 なら俺がナナリーと自分のために姉上を殺したとしても、文句はないはずだ・・・そうだなユフィ?」

 「・・・筋は通っていますわ」

 ユーフェミアは苦渋に満ちた返答をしながら、ルルーシュが姉を喜んで殺そうとしたわけではないことを悟った。
 そしておそらくクロヴィスを殺したことも、仕方ないと思いつつも苦しんでいるということも。

 「なら、もういいだろうユフィ。これ以上俺達を振り回すな」

 もうあの日々は戻ってこない。
 それを知って、七年前に自分の異母兄妹であったヴィ家の兄妹は死に、今戦っているのはブリタニア皇家に反旗を翻すゼロなのだと割り切るがいい。

 「その覚悟が出来ないなら・・・ユフィ、ブリタニア首都(ペンドラゴン)へ帰れ」

 何も知らなかったことにしてスザクとともに自分の箱庭に戻り、どちらが勝つにせよ全てが終わるのを見届けろと言い聞かせるルルーシュに、ユーフェミアは首を何度も横に振る。

 「嫌です、ルルーシュ!!どうして、どうしてこんなことに!!」

 とうとう泣きだしたユーフェミアに、エトランジュが静かに問いかける。

 「ではユーフェミア皇女、私からの最後の質問です。貴女の一番大切な物は、何ですか?」

 「・・・一番、大切なもの」

 「人でも物でも、主義でも構いません。貴女が一番に守りたいものをお答え下さいませんか?」

 「・・・私の一番」
 
 改めて問われると、何と難しい問いだろう。

 大切なものならたくさんある。
 優しく守ってくれた姉に、育ててくれた母に、自分を補佐してくれるダールトン。
 今は敵対する立場になっているのに、厳しくても忠告をしてくれたルルーシュに、幼い頃共に楽しく遊んだナナリーも大切だ。
 
 お飾り程度の力しかないのにそんな自分の騎士になってくれたスザクに、彼と同じみんなで仲良く暮らす夢も捨てられない。
 
 「私、大切なものがたくさんあって・・・決められないのです・・・!」

 「そうでしょうね、私自身こんな状況下でなければ同じ答えを返していたと思いますから・・・私と貴女は、よく似ていると思います」

 平和な状況なら、あれもこれもとたくさんの望むものが出てくる。
 エトランジュも大切なものがたくさんあって、どれが一番など考えたことはなかった。ユーフェミアと同様、世界中のみんなが仲良く暮らせる世界なら幸せだと夢見たこともある。

 マグヌスファミリアは小さな国で、国民がみんなで仲良く暮らしていた。
 そうでなければ国自体が成り立たないという事情があっても、家に鍵をかける習慣がないほど平和だった。

 王族と国民の垣根などないに等しく、誰でも挨拶一つで入れる城に、気軽に会える王族達。
 国民二千人のうち国王の姿を見たことがない人間などおらず、また声をかけたりかけられたりしたことがない者のほうが珍しいほどだ。

 それが普通だったから、国を追われ避難した先の外の国はエトランジュにとっては衝撃の連続だった。

 家族でさえ別々に住むことが珍しくなくて、王族や皇族の間では王位継承で互いに殺し合うという話を聞いた時は目を丸くしたし、ブリタニアではそれを皇帝自ら奨励していると知った時の衝撃は生半可なものではなかった。

 イギリスにあるマグヌスファミリアのコミュティの外へ、エトランジュが自転車を借りて買い物に行った時の話である。
 鍵をかける習慣がない彼女はうっかり自転車に鍵をかけないまま店に入り、用事を済ませて帰ろうとするとまさにそれを盗もうとした少年少女と遭遇した。
 たまたま通りかかった警官が彼らを補導したが、警官に叱られたのだ。『きちんと鍵はかけておかないと、盗まれても仕方ないぞ』と。

 「その言葉を聞いた時、心底怖かったですよ。だって、盗んだ方が悪いけど鍵をかけてない方も悪いという理論が本当に理解出来ませんでしたから」

 マグヌスファミリアでも窃盗事件が全く起こっていなかったわけではないが、何があろうが盗った方が悪いとなって被害者を叱るということはまずなかった。
 
 この出来事があって以降、エトランジュは早く故郷に戻りたいとそれだけを願ってきた。マグヌスファミリア以外の国で生きていける自信がなかったから。

 「私がこの・・・マグヌスファミリア(レジスタンス)女王(リーダー)に収まったのは、私が前(リーダー)の娘だからでした。
国民(メンバー)は私がただのお飾りと理解していましたから、何の期待もされませんでしたけど」

 自分の出自が明らかにならないよう、そう言い繕ったエトランジュは遠い目をした。

 父・アドリスが祖母のエマから王座を譲り受けたのは、エトランジュが四歳の時だった。
 アドリスはエマの15人の子供達のうちでも最も優秀と言われ、事実彼は外交で多大な成果を上げていたこともあり、三男であるにも関わらず不安定な世界情勢では彼の方がいいと推され望まれて王になった。
 
 その即位式の日、幼い自分を抱いてバルコニーに立つ父に期待の歓声を上げた国民達を見て、お父様は凄いんだと目を輝かせていたのを憶えている。

 けれどその娘が即位したとき、周囲から言われた言葉は。

 『大丈夫だからねエディ!僕達がついてる。無理しないで』
 『貴女は怖いことをしなくていいのよ。伯母さん達に任せて、お勉強していなさい。
 貴女に何かあったら、戻ってきたアドリスに叱られちゃうわ』

 急きょ造られた王座の上、エトランジュはぽつんとそこに置き去りにされたような気がした。
 
 解っている、自分は愛されているからこそそう言われたのだということを。
 だけど、戦争中の中まず叔父の一人が亡くなった。

 それと前後して、自分もブリタニア軍人を一人、手にかけた。
 その時思ったのだ。今は伯父達が政治を司ってくれているから自分は玉座のお人形でいいけれど、もしもみんな死んでしまったら?
 その時は、自分が王だ。父が、祖母が、さらにその先祖がしてきたように、二千人の国民を守る役をする王だ。

 一番高いところに設えられた自分の部屋から、二千人が住むマグヌスファミリアのコミュティを見た。形式上自分が治める、自分の家族を見た。

 怖かった。二千人だけなのに、他の国では村と称されるほどの人数なのに、彼女にはそれが大きく見えた。

 「いつまでもお飾り人形でいるわけにはいかないと、その時悟りました。
 だから、出来るだけのことをしていこう、今伯父達が健在なうちに学べるものは学ぼうと思ったのです」

 それ以来自分が出来ることはなんだろうと常に考え、EUから依頼された反ブリタニア同盟を築く使者となるために語学を、さらに政治や軍事について寝る間も惜しんで学んだ。
 何かをしていないと不安でならなかったし、何より自分はあんまり出来がいいとは言えなかったから、思いつく限りのことを全力でするしか出来なくて。

 「お父様は私にこうおっしゃられました。“大人になるということは、やりたいことをするためにやりたくないことをする”ということだと」

 「・・・だから、こうして戦争をする、と?」

 「そうです。私自身この手で既に何人も殺していますが、人を殺して愉快になった覚えはありません。
 それでもブリタニア軍人を殺し、死んでいくのを見て心のどこかで喜んでいる自分を自覚することがありますし、それは日を追うごとに多くなっているのです。
 いずれはブリタニア軍人のように、敵を殺して笑うようになるかもしれません」

 別にこれは皮肉ではなく、エトランジュの本心である。
 ブリタニアも黒の騎士団も人を殺すたびに快哉の声を上げ、戻ってきたらその成果を誇らしげに報告する。
 それをおかしいと思った時もあったがそれは既に過去のものとなり、自分自身素晴らしいことだと言うようになったのはいつからだったか。

 「変わっていく自分が怖い。だから早く戦いを終わらせて、私はみんなで家に戻りたいのです。私達のあの平和な箱庭へ」

 みんなで仲良くいつまでも。
 家族で怖いことや嫌なことを考えずに暮らせる、あの場所へ。

 それがエトランジュの一番の望みで、守りたいものだった。

 「矛盾しているとお思いでしょうね。
 だけど、そのために私はブリタニアの軍人を殺す策をゼロに求め、その軍人を指揮するブリタニア皇族を殺します」

 「・・・・」

 「平和な時代であれば一番など考えなくても許されますが、追い詰められれば大事なものに順位をつけて選ばなければならないのですよユーフェミア皇女。
 シャルル皇帝の言うとおり、人は平等ではありません。私は私の家族(いちばん)を守るために、他の誰かの一番を殺すのです」

 ユーフェミアはルルーシュを見た。彼自身もまた、順位をつけて選んだのだ。
 ナナリーを一番の座に据え、それ以外のものを下にして。
 ナナリーと自分が幸福に生きる道のため、仲が良かったクロヴィスを殺しコーネリアを殺そうと謀った。

 ルルーシュやエトランジュだけではない・・・今戦っている者すべてが、自分の一番のために。

 椅子から立ち上がって砂浜の方へと歩き出したエトランジュが、歌うように言った。
 
 「・・・井の中の蛙、大海を知らず。されど空の蒼さを知る
 
 「それは・・・どういう意味ですか?」

 ユーフェミアが尋ねると、エトランジュは波の中に足を浸しながら静かに答えた。

 「井の中の蛙は外の大海原を知ることはないけれど、井戸の中からだからこそ“空の蒼さ”を誰よりも知ることが出来るかもしれない。
 空しか見ることの出来ない井戸の蛙だからこそ、憧憬とともにその“空の蒼さ”を心に刻むことだってあるかもしれない、という意味です。
 私はずっと、小さな島国の中で生まれ育ちました。こうやって海を眺めてその先にたくさんの国があることを知っていても、そこを見ようとしたことはありません」

 みんなから愛されて、何の不安もない幸福な気持ちだったから。
 楽園に住んでいる人間は、新天地など夢にもみない。

 「けれど海原の先を知ることはなくても、こうして太陽が輝く青空が美しいことを知っていました。
 貴女は何を見て、そして何を知ろうと思いましたか?」

 「・・・解りません。考えたことが、なかったですから。でも」

 ユーフェミアは波の音と、風が吹いて揺れる葉の音を聞いた。
 そして、エトランジュの問いに小さな声で答える。
 
 「今からでもこれからいろんなものを見て、いろんなものを知って、そして考えていきたいと思います」

 「・・・時間はそうないと思いますよ?」

 「解って・・・います。でも、私はこれまで行動することこそが大事だと思っていましたが、何の考えもないまま動くことの愚かさを教えて頂きましたから」

 「考えるだけ考えて、動かないというのも無意味なのですけどね」
 
 かつての自分がそうでした、とつくづく両極端な過去の自分とユーフェミアを思い浮かべたエトランジュは小さく笑うと、空を見た。
 灼熱の太陽が光り輝き、雲一つない蒼天の夏空。

 「綺麗ですね、空」

 「・・・ええ」

 抜けるような青い空と、冷たい波の音と、涼しい風がそよぐ砂浜で。
井戸の中へ戻りたい蛙の女王様と、井戸の外へ飛び出すことを望んだお姫様が小さく涙を流していた。



[18683] 第十三話  絡まり合うルール
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/08/07 11:53
 第十三話  絡まり合うルール



 ミサイルの爆風を受けて海を漂い砂浜に流れ着いたスザクは、目を覚ました後まず周囲を見渡した。
 どうやら式根島付近の島だと当たりをつけると、通信機もないのでその場で救助を待つことにし、まずは水場を探すべく歩き出す。

 果実があちこちに生り、兎が走っていくのが見えて、水場さえ見つければ当分はここで過ごせそうだと考えながら辺りを見渡すと、滝の音が聞こえてそこに足を向ける。

 案の定小さな滝が見えてほっと一息つくと、そこにいたのは裸体の女性だった。 燃えるような赤い髪をした女性は自分の気配を感じたのかさっと振り向き、相手を見て驚愕した顔で叫んだ。

 「お前・・・!スザクっ!!」

 「わぁ!ちょっと!!」

 雰囲気が全く違ったのでカレンと思わなかったスザクは、相手が誰か解らず反射的に眼を覆った。
 それをチャンスと取ったカレンは、脱ぎ捨てて乾かしていた黒の騎士団の制服に駆け寄り、中からいつも持ち歩いているナイフを手に取る。

 「黒の騎士団の・・・!君は、黒の騎士団員か?!」

 「死ね、枢木 スザク!!」

 カレンは渾身の力を込めて襲いかかるが、海で体力を奪われていたこともあり、あっという間にスザクに組み伏せられてしまった。

 「日本人じゃ、ないね・・・ブリタニア人かい?」

 「私は日本人だ!!ブリタニア人なんかじゃない!!」

 裸体のまま地面に組み伏せられたカレンが吠えるが、スザクは相手をまじまじと見つめ・・・そして眉をよせて尋ねた。

 「まさか、君は・・・カレン・シュタットフェルトかい?」

 「そんな名前で呼ぶな!私は紅月 カレン!そしてゼロの親衛隊隊長だ!!」

 誇らしげにそう名乗ったカレンに今度はスザクのほうが驚愕したが、やがて苦渋に満ちた顔で言った。

 「そうか・・・カレン、君を拘束する。容疑はブリタニアへの反逆罪だ」

 スザクはそう宣告してカレンの腕を後ろ手に回そうとした刹那、背後から笑い声とともに銃声が轟き渡った。

 「くすくす、それは困るわねえ枢木 スザク。カレンさんを放しなさいな」

 「あ・・・アルカディア様!」

 スザクの背後から現れたのは青いステージ衣装をまとったアルカディアと、銃をスザクに向けているクライスだった。
 先ほどの射撃は威嚇だったのか、近くの岩に当って弾が地面に兆弾している。

 「君達も・・・黒の騎士団か」

 「いいえ、正式な団員じゃないわ。世界中にいくつもあるブリタニアレジスタンスのグループの一員よ。
 今は黒の騎士団に協力して、代わりにゼロの知略を借りているの」

 そういえば目の前の二人は黒の騎士団の制服ではなく、青を基調とした服を着ている。

 「・・・君達も、拘束させて貰う」

 「それも困るわねえ枢木。でも、そうね・・・あんたと私達じゃ、正直勝てそうにないわ」

 あっさり自分達の方が弱いと認めた相手にスザクは眉をひそめたが、カレンを後ろ手にして拘束し、二人に向き直る。
 だがアルカディアは余裕の笑みを浮かべて、ポケットからあるものを取り出してスザクに見せびらかした。

 「ねえ枢木、これ、なーんだ?」

 「・・・それは、ユフィの?!」

 目を見開いてスザクが凝視したものは、ユーフェミアが身につけていたチョーカーだった。

 高級なシルク生地があちこちちぎれていたが、頑丈な革のそれと中央についているピンク色の花は、いつも彼女が身につけていたものに違いなかった。

 「君達・・・まさか、ユフィを?!」

 「あら、主君をずいぶんと親しく呼ぶのね。ま、それは私達も同じだけど・・・仲がいい事はこっちにとっても好都合ね」

 アルカディアはクスクスとバカにしたように笑うと、今度はデジカメを取り出してとりあえずの手当てをして寝かせていたユーフェミアの画像をスザクに見せてやる。

 「ほら、大事なお姫様は私達が回収して看病してあげたわよ。今頃目を覚ましているんじゃないかしらね」

 「っ・・・!彼女は、今どこに?」

 「大事な人質よ、言うわけがないでしょう。とりあえず、カレンさんをこっちに渡しなさいな」

 「・・・ユーフェミア様と交換だ」

 スザクがカレンを強く引きよせながら要求するも、こういう交渉術はアルカディアの方がはるかに長けている。
 彼女はわざとらしく首を横に振ると、通信機を取り出した。

 「あら、別にいいのよそれでも。私達はそのままユーフェミア皇女を人質にして、包囲網を突破するだけだから」

 「仲間を見捨てるんだね。それが黒の騎士団のやり口か!」

 「ブリタニアも貴方を巻き込んで相手を殺そうとしていたじゃないの。
 ブリタニアはよくて私達は批難するなんて、さすがブリタニアの軍人、ご立派ねえ」

 ぱちぱち、と拍手をして褒めたたえるアルカディアに、スザクがぎり、と唇を噛む。

 「いいのよ、ブリタニアの軍人だものねえ。ブリタニアは何をしてもいいって考えなのはとっくに知ってるから、気にしていないわよ」

 「違う!!」

 「どう違うの?説明してくれない?」

 アルカディアが溜息をついて尋ねると、スザクはどう答えようと思案を巡らす。

 その一瞬の隙をついてクライスが銃をスザクの足元に発砲し、彼が驚いた隙にカレンは身をよじってスザクの手から逃れると一目散にアルカディアの方へ走りだす。

 「待て、カレン!!」

 「待つわけないでしょ、バーカ!」

 カレンがアルカディアに抱きとめられると、アルカディアが低い声で通信機に向かって言った。

 「カレンさん保護に成功!同時に枢木 スザクと交戦中。
 レジーナ、私達に何かあった場合、即座にユーフェミア皇女に傷つけてしまいなさい!」

 「な・・・!卑怯だぞ!」

 「あー、私何が何でも生きないといけない理由があるから。
 別にいいじゃない生きていれば・・・ちょっとぐらい傷つこうが、生きてるんだから」

 アルカディアはいっそ清々しい笑みを浮かべると、スザクに向かって外道な選択肢を突きつけた。

 「さて、選びなさい枢木。一つはそのまま私達を拘束し、引き換えにユーフェミア皇女に一生消えない傷をつけて人質交換に臨むか。
 二つ目はあんたが拘束されて後日無傷の主君ともども解放されるか・・・どうする?」

 「信用出来るか!」

 まことにもっともな返答に、アルカディアが教えてやる。

 「ユーフェミア皇女を殺すわけにはいかないのよねー。殺しちゃうとコーネリアが退場状態の今、他から有能な総督が来るから」

 「・・・・」

 「無能なお人形がトップの方が、こちらも何かとやりやすいの。
 覚えておくといいわ、弱いことが時として身を守るってこと・・・残念な意味で」

 「ユフィは無能なんかじゃない!!」

 スザクが目を吊り上げて否定するが、アルカディアははいはい、と手をヒラヒラさせてそれを無視する。

 「ま、そういうわけなんで生かしたまま適当に痛めつける手段を取ることになるの。
 そうなっちゃうと主君を守れなかった馬鹿な騎士を、ブリタニアが許すかしらね?
 せっかく掴んだ騎士の座、お互いにバカバカしい理由で失いたくないでしょう?」

 そうなったら白兜を操縦するパイロットがいなくなるので、こっちとしてもメリットはある。

 「くっ・・・好きにしろ!この外道が」

 「ブリタニアに言われても痛くもかゆくもないわね・・・クラ、拘束して」

 アルカディアの指示にクライスが銃を突き付けたまま、スザクの元に歩み寄る。

 「いっそ、殺っちまわないのかよ?」

 「ゼロの指示待ちかしら。戦闘時にこいつを見捨てる発言してたから、もしかしたらそろそろOKが出るかもね」

 クライスはスザクをナイトメア用牽引ロープで作った縄で後ろ手に拘束して座らせている間、アルカディアは持って来ていたケープを視線を逸らしながら彼女の身体にかけてやる。

 「目のやり場に困るから、とりあえずこれ羽織って。制服はまだ乾いてないんでしょ?」

 「ありがとうございます、アルカディア様」

 「いいのよ、気にしないで。そうそうカレンさん、ゼロも既に救助済みだから安心していいわよ」

 「本当ですか?!よかった・・・!」

 気がかりだったゼロの安否を知らされて、カレンは安堵のあまり涙をこぼす。

 「・・・ユフィはゼロの元にいるんだな」

 「そうだけど、あんたはともかくあの皇女様は生かした方が何かと便利だからちゃんと手当したわよ?
 いくらあの皇女がコーネリアの妹だからって、それだけで殺すほど私達も理性失ってないつもり」

 冷たい口調でそう言い放つアルカディアは、水筒からスポーツ飲料を出してカレンに手渡す。

 「はい、とりあえずこれ飲んで」

 「ありがとうございます。頂きますね」

 カレンは先ほどのやりとりで喉が渇いていたのでそれを受け取り、一気に飲み干す。
 冷えてほの甘いスポーツ飲料が、体の疲れを流していく。

 「いろいろとお世話をおかけしたようで、申し訳ありません」

 「仲間だからいいのよ、こっちもいろいろとお世話になってるしね。
 ちょっと休んで体力を回復してから、ゼロと合流しましょう」

 「いえ、私はゼロの親衛隊長ですから!すぐにでも」

 「だって、貴女の制服まだ乾いてないんでしょ?そのケープだけで彼の前に出るつもり?」

 思わず立ち上がりかけたカレンはその指摘に顔を真っ赤にして、再び地面に座り込む。
 背後ではスザクとクライスが、半裸のカレンから目を逸らしているのが視界の端に見えた。

 「・・・この暑さじゃすぐに乾くから、待ちなさい」

 「はい・・・そうします」

 カレンはゼロが救護済みと聞いて焦る必要はないと知り、大人しく制服を乾かしてから合流することにした。

 カレンが喉を潤している間、アルカディアはギアスでエトランジュと会話する。

 《カレンさんを保護することに成功したわ。制服が濡れてたから、乾かしてからそっちに合流するわね》

 《了解しました。あ、ユーフェミア皇女が目を覚ましたので、ちょっと言いたいことがあったのでいろいろと》

 《どうせ身にならないと思うわよ?
 ああいう中途半端に高い教育と権力を持った連中って、ピントのずれた考えしかしないから》

 ユーフェミアは自分が何とかしなくてはという考えはあっても“下の人間の立場に立って考える”という発想がないので、自分ではそのつもりでも視界に入るのは視野が広くても高い塔から見える景色だけだ。

 《ま、それでも言わないよりかはマシでしょう。で、スザクの捕縛に成功したんだけど・・・殺していい?》

 《あの、今はゼロ、ユーフェミア皇女とお話しているんです。これが最後の異母兄妹の語らいになるからと。
 この島から脱出出来たら、ナナリー様ともどもこちらに来るそうです》

 《最後の・・・そう、ゼロも覚悟決めたのね。そういうことなら、終わったら連絡ちょうだい》

 妹と共に、アッシュフォードの箱庭から出る。
 それはすなわち、本格的なブリタニアとの戦いに身を投じるということである。

 ユーフェミア皇女とルルーシュとはそれなりに仲が良かったと本人から聞いていたから、彼女にはそれなりの思い入れがあるのだろう。
 これから先コーネリアもなく自分と戦うことになる妹に、最後の言葉を。

 (家族、ね・・・ま、家族と殺し合わなきゃいけない彼にも、同情するし)

 家族と仲良く暮らしてきた自分達とは、何という差だろう。
 事情が違うだけで仲が良かった異母妹と殺し合わなければならない運命。

 それでも彼はその道を行くと決めたし、それによる利益を享受するのは自分達だ。
 なら、その程度のわがままくらいは聞いてやりたい。
  
 (こいつにも愛想が尽きたらしいしね・・・大事なものが次々にその手から零れ落ちていくゼロも、気の毒だわ)

 現在起こっている事態すら正確に把握していない目の前の男を見つめて、アルカディアは小さく溜息をつく。

 「まったく、これだからブリタニアは・・・」

 「ですよね!迷惑ばっかりかけるんだから!」

 カレンがアルカディアの呆れた様子に同調すると、スザクが怒鳴る。

 「それは君達がテロなんかするからだろ!」

 「そーね。私はブリタニア嫌いだから、滅んでしまえと思ってるからね。で?」

 「で?・・・って」

 今更何言ってんの、と表情で語るアルカディアに、スザクは言葉を詰まらせる。
 
 「向こうは他国が嫌いで侵略しているので、私達はそんなブリタニアが嫌いです。だから戦争しています。以上・・・何か言うことあるの?」

 「それは間違っている!ルールに従わなければ、いい結果は得られない!!」

 「国際法にははっきりきっぱり、侵略に対する抵抗権が認められてるわ。
 私の国だってそれとは別だけど同じことが明記されてる・・・民衆に害を及ぼす者の排除を認めるってね」

 ルール的には問題ないと言うアルカディアに、スザクは違うと首を横に振る。
 
 「ええ、ブリタニアの法律からすれば間違ってるわね、知ってるけど・・・でも私達、ブリタニア人じゃないから」

 「そう言う意味じゃない!!中から変えていくことこそが大事だと言っているんだ!」

 「私達が?ナンバーズの私達が、ルールにのっとって中から変えるべきだと?」

 アルカディアが正気を疑うような眼差しで問いかけると、スザクは至極真面目にそうだ、と頷いた。

 「・・・あんたってさあ、子供の頃新しい遊びを覚える時ルールの説明も聞かずに『説明なんかより、まずはやってみよーぜ!』って言うタイプだったでしょ」

 いきなりな台詞だが、過去の己を言い当てられてスザクはどうして解ったのかと驚いた。

 「現在を見りゃ、そいつの過去はある程度解るわよ・・・あんたほど解りやすいのも珍しいけどね」

 「っつ・・・それが、どうしたっていうんだ?」

 「どうしたもこうしたも、ルールルールって言う割に根本的なルールを把握してない状態でそれを変えようって・・・おかしいと思わないの?」

 あんたバカだろと横にいたクライスが呟き、カレンも同じ表情である。

 「根本的なルール?」

 「ブリタニアの国是は純粋なブリタニア人とナンバーズを区別してて、公職につけるのも物凄い限られてるの。そこまでは解る?」

 まったく解っていないスザクに、大仰に溜息をつきながらもアルカディアは説明してやる。

 「それでね、ブリタニアの法律にはっきり書いてあるのよ。“ナンバーズは国是に対して刃向かってはならない。また、ブリタニア法律の変更を求めることをしてはならない”ってね」

 「つまり、ルール上俺達ナンバーズは“ルールを変更してはならない”ってわけだ」

 だから力ずくでブリタニアを潰そうとしているのだというアルカディアとクライスに、スザクは目を見開いた。

 「・・・ナンバーズに許されないなら、それを否定するブリタニア人に協力して貰えば!」

 ユフィのように皇族にだって国是を否定しナンバーズを救う意志のあるブリタニア人がいると叫ぶスザクに、カレンが言い返す。

 「ゲットーを封鎖したあのお姫様ね!おかげで今日本人は散々な目に遭ってるわよ!」

 「な、なんだって・・・?」

 「あのさあ、あのゲットーの状態で仕事があると思う?」

 説明するのもめんどくさいと顔に書きながらも、水筒からスポーツ飲料を飲みながらアルカディアが問うと、スザクは首を横に振る。
 
 「租界で日雇いで何とか食べていける日本人がほとんどなのにその仕事も奪われるし、食糧は制限されてさあ・・・その食糧だってタダで配られるものじゃないから、それすら買えない人でゲットーはいっぱいになりましたー」

 さらりと告げられた内容に、スザクは真っ青になった。
 だがそれはもとはといえばコーネリアを襲ったテロリストが悪いのだと言い募ろうとするも、アルカディアは空になった水筒をスザクに投げて口を閉じさせる。

 「いいのよ、言わなくて。『コーネリア総督を襲ったテロリストに通じているスパイを探すためだから、悪いのはテロリストだ』でしょ?」
 
 「そのとおりだ・・・」

 「うん、そうね。ブリタニア人は弱肉強食が国是、だからたとえとばっちりを食ってもそれに耐えきれない方が悪いんだものね。
 貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
 『俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め』
 ・・・そう言われても、ナンバーズだから仕方ないのよ」

 だから何の対策もしていないのでしょう、と笑うアルカディアに、スザクは知らなかっただけだと否定する。

 「政務を司る者が、知らなかった・・・ね。あの無能なお姫様らしいわ」

 「ユフィは無能じゃ!」

 「ええそうね。ブリタニア人からしたらナンバーズは治める民じゃないもの。
 目に入れるべき存在じゃないわけだから、ブリタニア人の利益を守るために日本人を見殺しにしただけでしょうから、無能じゃないわねえ」

 弱肉強食を掲げ、ナンバーズを差別するのが当然のブリタニア人でありその頂点に立つ皇族だからルール上間違っていないというアルカディアに、スザクは何故そうもユーフェミアを悪意の対象に取るのか解らなかった。

 ユーフェミアは優しく温厚な性格であり、いつも日本人の生活を憂えている皇族だというのに、どうしてそれを解ろうとしないのか。

 「ユフィは、僕達の生活を変えようとしてくれて僕を騎士に取り立ててくれたんだ!
 その彼女を悪く言うのは許さない!!」

 「悪化してるって今ついさっき言ったでしょうが!!何聞いてたのよあんた!!」

 カレンが怒鳴るとアルカディアはだけは冷静に言った。

 「だから、自分に従わないナンバーズはどうでもいいってことでしょう?
 私にはそうとしか見えない」

 そう言う意味じゃない、と唸るように言うスザクに、アルカディアははっきりと告げてやった。

 「あんたはブリタニア人だもの、だからあんたの言ってることは間違ってないの。
 ブリタニア人の主張としては全くルールに沿った意見だから、あんたは間違ってないわよ?」

 「ブリタニア人としては、間違って・・・ない?」

 スザクは間違ってないと言われて安堵の息を吐きかけ・・・そして真の意味に気付いてハッと顔を上げた。

 「ブリタニア人として・・・じゃあ、他以外からは」

 「間違ってるとしか言いようがないわね。
 他国侵略して他国人を殺して支配してるんだから、正しいと思う訳ないでしょう」

 「・・・・」

 「それを肯定してるから、ルールに従うべきだって言ってるんでしょ?普通間違ってると思うルールに従う人なんていないからね」

 「違う・・・肯定してなんかいない・・・!」

 「ついさっき説明したでしょう?ナンバーズは国是を変えてはいけないの。
 ルールに従ったらそもそもルールの改変が出来ないんだから、肯定するしかないじゃないの」

 同じこと何度も言わせるな、とアルカディアは呆れを通り越して無感動に言う。

 「ユフィなら・・・やってくれる!そう約束してくれたんだ!」

 「そこまで言うなら、こっちもはっきり教えておくわね。
 あんたの言うその方法は確かに一番いい方法なの。“国是を否定する皇族が皇帝になって、植民地を解放して戦争をやめる”っていうのはね」

 あっさりスザクの主張に利があることを認めたアルカディアに、カレンの方が驚いた。

 「え・・・でも、貴女達はそんなこと一言も」

 「実現性が低すぎたんで、言わなかっただけよ。ただ、実現すれば一番いい方法なのは確かなだけ」

 そう前置きしてアルカディアが説明する。

 まず、国是を否定し植民地を解放することにより、ナンバーズがいなくなる。
 当然それまで疲弊してきた祖国を立て直すことに追われるが、同時に戦争をする理由も余裕もなくなるため、一時的にせよ戦争は収まるだろう。
 あとはゼロなりエトランジュなりがその間に『ブリタニアは反省したのだから追い詰めるようなことはやめて、賠償金を出させてそれを復興資金にしよう』などと訴えていければ、とりあえず一息つける。
 ただし、ブリタニア以外という副詞がつくが。

 「別に殺し合いをしなくても日本も私達の国も戻って来るから、植民地にされた私達にとっては一番いい方法なの。
 でも、ブリタニアは思い切り嵐に見舞われるわね。自分達に非があると認めることになるから賠償金を支払わないといけなくなるし、復興資金や技術の援助も行わないとだめね」

 「・・・・」

 「18カ国ある国々に対する賠償となったら、相当な額よ。それこそ皇族、貴族からも大量の税金を取らないと追いつかないでしょうね。
 これまで特権に浴していた皇族貴族、反発して反乱でも起こすでしょうし。
 そして国力が低下したら、当然それまでやられていた恨みとばかりに攻めてくる国が現れないとも限らないし」

 そんな明らかに損が多いと解りきっていることをする人間が、はたしてどれほどいることか。
 ゆえにむしろブリタニアを滅ぼして、0から始める方が効率がいいと考えたのがゼロである。
 互いに最初から始めましょうという状態なら、賠償金だのそれが分配される順番だのという理由で植民地同士が揉めることもあるまい。

 「それでもやってくれると言ってくれるならいいけど、ユーフェミア皇女じゃ無理ね。彼女にはその能力がない」

 「ユフィは確かに力不足だけど、ナンバーズを思いやってくれる優しい人なんだ!
 苦労が多くても、彼女は・・・彼女はそれでも頑張るって・・・!」

 ユーフェミアを馬鹿にされたと激昂するスザクに、アルカディアは持参していた飴玉をカレンに手渡しながら淡々と言った。

 「あんたにとって優しい人なのは解った。私は“能力がない”と言ったんだけど、解らなかった?」

 「“能力がない?”どういう意味だ」

 「全くその通りの意味よ。ゲットーの様子も知らない、日本人を憐れみながら何の対策も取らない、姉に逆らうこともしない・・・そんな彼女が、どうやってまず皇帝になるの?」

 彼女が皇帝になる様子がまったく想像出来ないというアルカディアに、スザクは押し黙る。

 「国是を否定するために皇帝になるなんて言ったら、ナンバーズの支持は得られてもブリタニア人の反発を買うわね。
 そして国のトップに立つにはどこの国でもそうだけど・・・“その国に住む民の支持”が必要不可欠なのよ」

 つまり、ユーフェミアが皇帝になるのに必要なのはナンバーズではなくブリタニア人の支持だ。
 
 「ね、ユーフェミア皇女じゃ無理でしょう。
 それでもナンバーズの生活をある程度よくしておいて、その裏でブリタニア人の支持を集めたりしてその上で皇帝になり、植民地解放をしていくというのが一番だけど・・・今さら無理無理」

 ゲットー封鎖でもう信用ないからあのお姫様、とあっさり宣告したアルカディアは、スザクに冷たい声音で尋ねた。

 「あんたのやりたいことは解った。
 あんたはルールを変えるためにルールを変える権限を持ったブリタニア人のために働いて、日本を解放したかったのね?」

 「・・・そうだ」

 「だったら、どうしてユーフェミア皇女の騎士になったの?
 彼女、どう考えても皇帝になれそうもない皇族じゃないの」

 国是は皇帝しか変えてはならない。それがブリタニアのルールである。
 まさかその程度のことすら知らなかったと言うつもりかと視線で問うアルカディアに、スザクはようやく気付いた。

 そう、国是は皇帝しか変えてはならない。つまり、彼がルールにのっとってブリタニアを変えようとする場合、自分が仕えている主を皇帝に据えるしか道はないのだ。

 「あんたが所属してる特派・・・もともとシュナイゼルの組織なんですってね?
 帝国宰相のシュナイゼルの騎士になるというのならまだ解るけど、いくら主義者の思想を持っているからってお飾りと評判の皇女の騎士になってどうする気よ」

 「・・・・」

 「せっかくシュナイゼルという有望な皇族の組織にいるんだから、それこそ努力して彼と渡りをつけるようにすればいいのに・・・.
 どうせあんたのことだから、白兜でテロを潰してあっちからのアプローチを待つだけで、自分からシュナイゼルにアピールするなんてしなかったんでしょ」

 事実を言い当てられて、スザクは口ごもる。

 「それでたまたまユーフェミア皇女が現われて、あんたの思想に共感してくれて、騎士になってと言われたから承諾したわけだ?」

 「・・・そうだ」

 「行き当たりばったりにもほどがあるわね。
 だからあんたのルールに従って中を変えるって思想に誰も賛同しなかったのよ・・・何その運頼みの策」

 ばっさりそう言い捨てられて、スザクは自分の考えのなさにある程度気づいた。
 言われてみれば自分の栄達はユーフェミアあってのものであり、その彼女が来た理由は前総督であるクロヴィスがゼロによって殺されたからだ。
 逆に言えばゼロがいなければ彼女と出会うことはなく、自分はただのブリタニアの一兵卒のままだっただろう。

 「で、でも、それでもユーフェミア皇女はブリタニアを変えてくれると!力不足かもしれないけど、それがルールなんだ!
 僕の考えが足りなかったことは認めるよ・・・けど、その強運を無駄にするわけにはいかないんだ!!」

 「どうぞ、お好きにやってちょうだい。別に止めないわよその件に関してはいっこうに」

 止める理由はまったくない。
 成功すれば犠牲者が出ることなく植民地の解放が成り、失敗したらしたで目の前の男が主とともにあの世に旅立つだけの話である。

 ただこの主従は角度のずれた考えと行為により迷惑を振り撒いているから、うんざりしているのだ。

 「でも、協力する気もないわ・・・さっきも言ったけど、実現性が限りなく低すぎるのよ。
 専制君主国家を変える場合、方法は大きく分けて二つ・・・トップを変えるか、国そのものを別形態に変えるかなの」

 繰り返すが、前者の場合それに伴うデメリットがブリタニアからすれば大き過ぎる。
 ユーフェミアにその志があっても、それを制御し得る力がなければ結局場を混乱させるだけで、よけい始末に負えなくなるのだ。

 「だが、それがルールだ!ルールを守らなければ、いい結果は出ない!」

 「はぁ?・・・あんたいくつになったの・・・」

 小学生の理論を語りだしたスザクに、三人からこいつもう駄目だという視線が突き刺さる。

 「大人の世界は結果あってなんぼよ?よく言うでしょ、一人殺せば殺人犯、一万人を殺せば英雄って」

 「極論ばかり持ち出して・・・!」

 「でも、それが事実よ。あんたみたいな脳みそ容量が小さいやつには、極論しか解らないでしょう。だいたい極論を先に言ってるのはあんたのほうだし。
 そもそも、ブリタニアだってそのルールよ?結果良ければすべてよしってのは」

 アルカディアはそう言うと、スザクを指さす。

 「よく思い出してごらんなさい。あんた、学校に行ってるんですってね?お友達はいい人かしら」

 「ああ・・・名誉ブリタニア人の僕でも、生徒会に入れてくれた・・・一番の親友も、ブリタニア人だ。
 カレンだってそうだと思ってたけど・・・黒の騎士団員とはみじんも思わなかったよ」

 ルルーシュの笑顔を思い出して笑うスザクに、カレンはスザクを睨みつけながらも確かに生徒会のメンバーはいい人達だと言い添える。

 「会長は悪ふざけが激しいけど、日本人にも偏見がないしリヴァルやシャーリーだって。
 ・・・ルルーシュは社会は変えられないとか斜なことばっかり言うヤなやつだけど。でも、それがどうしたしたんですか?」

 「ではその人達、日本人の境遇に同情はしても変えようとする人達かしら?」

 「・・・いいえ、残念ながら」

 カレンが少々辛そうな表情で否定する。
 ミレイは没落したとはいえそれでも元は名門貴族の家系だし、リヴァルもそこそこの家の出身者だ。
 シャーリーはごく普通のブリタニア人で、国是を否定するといった思想家でもない。
 二ーナに至っては日本人に乱暴されかけたトラウマから、むしろ国是よりに近い考えを持っている。

 「でしょうね。そしてほとんどのブリタニア人はそうなのよ。
 ナンバーズを気の毒に思いつつも、適当な施しをしてそれで終わりって言うね・・・それが悪いとは思わない。人として当たり前だとすら思ってる」

 奇しくもエトランジュがユーフェミアに言ったとおり、人にはそれぞれ自分の一番が存在する。
 自分の家族を破滅に追いやりかねない行為より、自分達の豊かな生活を支えているナンバーズを憐れみ、ささやかな施しをして心の安定を図る方を選んだからと言って責めるつもりはないのだ。

 「そしてもう一つ・・・シャルル皇帝の支持率は、他国侵略して大量殺人をしているにも関わらず、ブリタニア国内では決して悪くないわ。どうしてだと思う?」

 「・・・それは彼が、ブリタニアの皇帝だからだ」

 スザクの答えは、カレンも同じだったらしい。しかし違ったらしく、アルカディアは指で×を作った。

 「シャルル皇帝はね、ブリタニア国民に限っては、実にいい政治を行っているからよ。
 皇族、貴族に特権を与えてはいるけどそれ以下の国民を豊かに生活させ、数多くの領土を作って繁栄させているもの。
 ただし、経過は言いがかりをつけて他国を侵略し、他国の民を奴隷にしてだけど」

 それでも結果は結果だ。
 弱者を切り捨て、強者のみを栄えさせるというのは、善悪理非を無視すれば確かにもっとも効率がいい方法なのである。
 弱者となる側からしたら最悪の悪政でも、強者からはまことに最高の善政なのだ。
 そして平民は皇族・貴族からしたら弱者でも、ナンバーズに対しては強者になることが出来る。

 さながら鶏がストレス発散のために下の地位の鶏を苛め、その鶏がさらに下の鶏をいじめるように。
 まさしくブリタニアが言行一致で実現した、弱肉強食の世界。

 己がいつ弱者になるかという不安が常に付きまとうし、いつ誰に切り捨てられるか戦々恐々としなくてはならない。
 そんな社会を厭い否定するのが、主義者達だ。

 「一度楽を覚えたら、もうそこから抜け出すのは難しいわ。
 あんただって、今さら電気なしの生活に耐えられる?車や電車なしで、遠距離を移動する気になるかしら」

 ナンバーズに苦労を押し付け甘い蜜を吸うことに慣れたブリタニア人達・・・それは日を追うごとに増えていく。
 事実スザクも、ただ生まれだけでナンバーズに暴行を加えるブリタニア人を見たことがある。

 「そいつらにとっては、ナンバーズは生きた道具にすぎないの。私達はもの言う車や電車や電気・・・だから人格を無視した法律が存在する」

 「・・・・」

 「解った?世の中は結果なの。たとえ何があろうと、最終的に結果を出した者こそが支持される。
 たとえばユーフェミア皇女が皇帝になるために父シャルルを殺し、兄弟を殺し、その末に私達ナンバーズを解放したとしても、私達は彼女を支持して快哉を叫ぶわ」

 ブリタニア皇族が不幸になろうが、自分達には関係ないのだ。
 もっとも理想的なアルカディアのもしもの未来図を、スザクは否定した。

 「ユフィはそんなことはしない!!」

 「・・・ちょっと待て。お前、マジで何がしたいの?」

 ずっと空気と化していたクライスが、アルカディアがもうやだこいつと表情で語っているため、代わりに口を出す。

 「あんた、ユーフェミア皇女をトップに据えたいんだろ?なのに皇帝や兄弟殺さないって、何だそれ」

 「親兄弟を殺すなんて、許されることじゃない!」

 確かにもっともな意見なのだが、ブリタニアのルールに限っては例外である。
 なぜならブリタニアの国是は弱肉強食・・・奪い合い競い合うのが鉄則なのだから。

 「はっきりあのブリタニアンロールが巻き舌で『皇位を望む者は奪い合って競い合え』って言ってるけど?」

 それとも俺の空耳か、と尋ねるクライスに、スザクは今度こそ顔色をなくした。
 
 「あ・・・あ・・・俺は、ユフィに・・・」

 「あーうん、皇帝になってくれって言うことイコール親兄弟を殺せってことになるわなあ」

 クライスの宣告に、スザクは首を何度も横に振る。

 「皇族全員を説得するってんなら別だけど・・・無理だろそれ」

 説得が可能なら、そもそも今現在ここまでの泥沼になっていない。
 
 「う、うあ・・・うああああ!!!!!」

 頭を抱え込もうとするが、拘束されているため叶わないスザクは砂浜を転がって絶叫する。

 「俺、俺はユフィに・・・俺と同じことを!!!うわあああ!!!」

 「はぁ?」

 三人は顔を見合わせるが、スザクは耳に入らずただ叫ぶ。

 あの戦争時に徹底抗戦を唱え、そして親友を殺そうとした父を止めるために、自分は父の血で両手を染めた。
 その結果日本は敗北し、日本は名を、誇りを、そして番号を与えられた。

 あれは自分がルールを破ったからだ。もっと父を理性的に止めていれば、あんなことにはならなかった。

 「ユフィ!ごめん・・・そんなつもりじゃ!!」

 「・・・じゃあどうする気だよお前!マジで考えなしの野郎だなおい!」

 とうとうキレたクライスがスザクの胸倉をつかむと、頬を殴って砂浜に飛ばした。

 「てめえの事情なんぞどうでもいいんだよこっちは!
 だいたいルールって、何で俺達がてめえの決めたルール守んなきゃいけねえんだ言ってみろ!」

 「うう・・・!それは・・・」

 「日本のためを考えるのは解るよ!てめえは元日本人だからな。
 けどブリタニアの占領地は日本だけじゃねえんだ!俺らの国だって、他の国だってブリタニアのせいでどんな目に遭わされてるのか考えたことあんのかよ?!」

 「日本以外の、占領地・・・」

 日本のことだけで精いっぱいで、他の国も苦しんでいるなど深く考えたこともなくて。
 ああ、でもブリタニアの占領地は18だ。日本は11番目の占領地なだけだった。
 数をつけられて支配された祖国は、その一つにすぎないのだ・・・。
 
 「そんな考える余裕・・・なかった・・・」

 「そらそうだ、そんなバカじゃ無理ねえわな!
 こっちだっていっぱいいっぱいで、てめえのお姫様が優しい夢を見る善人で、理想で動いて結局悪い結果を産んでるのを微笑ましく見守ってる余裕なんざねえんだよ。
 いいか、俺達がやってんのは戦争だ!正々堂々のスポーツマンシップなんぞドブに捨てる軍人なんだよ俺達は!」

 そう言ってクライスはスザクのパイロットスーツにつけられていた軍人の証であるエンブレムを引きちぎり、潰す勢いで握りしめる。

 「戦争時の軍人が真っ先にやるのは殺人だ!普通なら間違ってる以外の何ものでもねえことをやるのが俺達なんだよ!
 それなのに間違ってることはするなだあ?・・・ふざけんじゃねえぞてめえ!」

 「・・・殺人・・・殺人が、仕事・・・」

 「その通りだよ!てめえだって黒の騎士団員何人殺してきたよ?
 ああ、確かにブリタニアのルールじゃ間違ってねえよ。倫理観は思いっきり無視してるけどな!」

 スザクはランスロットを駆り、ブリタニアに刃向う黒の騎士団のナイトメアを幾度となく破壊してきた。
 その中で脱出装置で逃げた者もいるが、それをする間もなく絶命した者も多くいた。

 それに対して苦渋の表情をしながらも、それがルールだからと言い聞かせてブリタニアの上官からの賛辞を受けて間違っていないのだと思い込んだ。

 「・・・それは戦場だから仕方ない!戦場の外で殺すのはルール違反だ。
 皇宮で陰謀をめぐらすなんて・・・!がはっ!!」

 自己弁護の言い訳を叫ぶスザクに、とうとう静かにブチ切れたアルカディアが歩み寄った。そして片足を上げて、彼の頭を踏みつける。

 「ふーん、戦場の外で殺人は何があってもいけないと?」

 「そうだ・・・そんなことをしたって、絶対にいい結果は得られない」

 「絶対ね?言いきったわね。じゃあ、こんな話をしてあげようか。
 一年ちょっと前くらいかなあ・・・うちのリーダーがある日、ブリタニアから侵攻されてたEUの国に、陣中見舞いに行ったことがあってね」

 アルカディアはそう話しだすと、スザクの頭をぎりぎりと踏む。


 ブリタニアと交戦中のルーマニアへのEU評議会の使者として、マグヌスファミリア亡命政府の長であるエトランジュが選ばれた。
 理由はブリタニアに占領された悲劇の幼き女王が悪の枢軸たるブリタニアと戦っている軍を見舞うという、一種の戦意高揚を狙ったものだった。

 そんな思惑を背後に負ってやって来たエトランジュは、覚えたてのルーマニア語で拙くも一生懸命にねぎらいと感謝の言葉をかけ、初めこそ子供の相手かとうんざりしていた者もそれなりに感じるものがあったのか、邪険にされることなく一週間ほど滞在していた。

 エトランジュの役目はただ見舞うだけではなく、軍が保護した戦災孤児となった十数名の子供達を連れて戻ることだった。
 まさに子供のお守りに子供を使ったわけだが、エトランジュは自分にも出来る仕事に張り切り、生来の温厚な性格もあってすぐに子供達と打ち解けた。

 軍の隅にあった倉庫を改造して設けられた子供達の部屋で、エトランジュは一週間、子供達と過ごした。
 戦争で心の傷を負った子供もいたが、彼女に懐いて楽しそうに笑う子もいた。
 一歩外に出れば戦場だとは思えないほど、そこは小さな箱庭の楽園のように見えた。

 だが、その箱庭はある日突然に終わりを告げる。

 その日は、雨だった。
 倉庫を改造しただけとはいえクーラーが設置され、外に出なくても快適に遊べる。
 だから室内で遊んでいたのだが、クーラーの調子が悪くなったのでアルカディアは修理の道具を借りにクライスを連れて倉庫を出た。

 道具を借りてさあ戻ろうとした刹那、スピーカーから緊急放送が流れた。

 『捕虜となったブリタニア兵が脱走!至急捕縛せよ!』

 その放送に嫌な予感がした二人は、すぐに倉庫に戻ると中から悲鳴と泣き声がしてきた。
 脱走したブリタニア兵の怒号も聞こえてきて、ブリタニア兵が中にいた子供達を人質にしているのだとすぐに解った。

 敵襲だの粉砕せよだのというような物騒な言葉は子供達を怯えさせるとの判断からスピーカーは置かれておらず、すぐにアルカディア達が戻ってくると思って倉庫に鍵をかけていなかったことが災いしたのだ。

 ルーマニア軍人が慌てて倉庫を包囲するも、うかつな突入は出来ない。
 何しろ中にはEUの使者であるエトランジュがいるのだ、彼女を死なせるわけにはいかない。

 だが睨み合いが始まって十分ほどが経過した頃、何人かの子供達が泣きながら飛び出してきた。

 『エディ様が・・・エディ様があああ!!』

 もはや一刻の猶予もないと判断したアルカディアとクライスが慌てて中に飛び込みその光景を見つめ・・・そして我が目を疑った。

 そこにいたのは、うつ伏せに倒れるブリタニアの軍服を着た男。
 そしてその上に馬乗りになり手にした何かでゴンゴンと鈍い音を立てて頭部を殴っている、見慣れた小柄な人影があった。

 何があったか、明白だった。
 恐らく一瞬の隙を突いてエトランジュが男を手にした物で殴りつけ、男が昏倒したことに気づかず何度も何度も無我夢中で殴っているのだ。

 アルカディアは恐る恐る従妹に近づいて手首をつかんでやめさせ、震える声で言った。

 『もういい・・・やめようエディ』

 『アル・・・さま・・・?』

 『もう、死んでる』

 事実を告げたその時、エトランジュは確かにホッとしたような微笑みを浮かべ・・・その数瞬後、大きな叫びが倉庫に響き渡った。
 
 その手から落ちた男の血で赤黒く染まった、男の子用のブリキのロボット人形が床に転がり鈍い音を立てた。


 「・・・思いっきり正当防衛じゃないですか」

 カレンがまさかそんな形でエトランジュが人を殺していたとは想像もしていなかったらしく、唖然としつつもそう言った。

 エトランジュは農耕国家であるマグヌスファミリアの人間である。
 王族といえど野良仕事を手伝うことなどしょっちゅうだし、乗馬もするので実は見た目とは裏腹に同年代の少女と比べるとはるかに腕力がある。
 
 おおかた脱走したブリタニア兵も女子供ばかりと侮って油断し、拘束もしていなかったので思いもよらぬ反撃をくらったというところだろう。

 しかしいくら腕力があっても格闘家でもない彼女があの状況では殺すしかない。
 検死の結果一度殴りつけた後はまだ生きていたようなので、それを見て怯え生存本能が働いたエトランジュは、ずっと相手の頭を殴り続けていたのだ。

 いくら軍人でも、それなりの腕力でブリキの塊の人形で頭部を殴り続けられれば死に至る。

 「戦場の外での殺人です。うちのリーダーが悪いのね?
 あのまま人質になって、みんなを困らせて、子供達が死んでもいいのね?」

 「・・・それは・・・」

 「あんたが今言ったじゃない。絶対に!いい結果は得られないって」

 スザクはどうして極端な話ばかりするのかと首を何度も横に振ると、反論するために自らの過去を話しだす。

 「だって・・・僕は・・・父を殺したんだ。父が、徹底抗戦をすると言うからそれを止めるために・・・」

 「枢木首相って・・・自殺じゃなかったの?!」

 さすがに驚いたアルカディアに、クライスとカレンも顔を見合わせる。

 「あんた、当時十歳でしょう。マジで?」

 「本当だ・・・父が、当時預かっていたブリタニアの皇子を殺すって言うから・・・どうしても止めたかったんだ・・・」

 (ルルーシュ皇子のこと、よね?なるほど、そういうことか)

 親友を守りたくて、でもどうしていいか分からず直談判に行った結果、むげに否定されて逆上した、というところだろう。

 「ふーん、なるほど。それでどうなったの?」

 「周囲がそれを押し隠して、開戦に抗議しての自殺とされて終わったんだ。
 そして日本は負けた・・・僕が父を殺したから」

 そう静かに唇を噛みしめて懺悔するスザクを、アルカディアはスザクの頭を蹴って否定する。

 「あんたが父親を殺したから日本が負けた?そんなわけないでしょ」

 「どうしてそう言いきれる!」

 「理由なんぞ言い尽くせないほどあるわよ。日本って民主主義国家よね?」

 スザクにではなくカレンに向かって問いかけると、カレンは幾度も頷いて肯定する。

 「ってことは、首相がいなくなっても副首相や幹事長、いざともなれば象徴とはいえそれでも形式的な国のトップである皇家もいるわけよね?
 多少の混乱があっても、『やばい、仕事進められない』なんてことにならない。
 まあ俺が次の首相だ!って揉めたのならともかく、戦争の瀬戸際時にそんな呑気なことするバカはまずいないでしょうね。
 だいたい普通どこの国でも、トップが入院なんかしてもすぐに代行人が立てられるようになってるわよ?」

 「・・・そ、それは・・・」

 「ブリタニアが戦争する気満々だったのは全世界が知ってたことだったから、首相が自害して反対したのが事実であっても、開戦はもう確定的だった。
 そして戦争するのは首相じゃなくて軍人!藤堂中佐とか片瀬少将なの。
 つまり戦争が起こったのはブリタニアのせいで、負けたのはあくまで軍の技量が日本の方が劣っていたってだけで、別に首相のせいじゃないわよ」

 戦争作戦の責任はあくまで軍人であり、戦争状態にしてしまった政治的責任が首相にあるというだけである。

 「むしろあのお陰でこうしてブリタニアと戦える余裕を持てたとすら考えてたわよ、ゼロ」

 「・・・どういう意味だ?」

 スザクが目を見開いて尋ねると、アルカディアは説明してやった。

 あの時、確かに枢木 ゲンブが自害したことによる混乱はあったがキョウト六家がまとめることで、割とすぐに納まっていた。
 そして売国奴の汚名をかぶった桐原が早期に降伏しある程度の資産を六家に留めることに成功し、また使える軍人達を在野に放った。そのため、日本ではテロが絶えなかった。
 徹底抗戦を主張する首相がいたら、ここまでスムーズにはいかなかっただろう。

 「つまり、頻繁に日本解放のために動けるほどの戦力を残せたってことね。それを狙っての自害かとゼロは考えてたみたいだけど・・・。
 そう言った意味では、あんたの枢木首相暗殺は見事に正しかったことになる」

 「・・・そんな、俺が父さんを殺したのは、正しかった・・・?」

 「子供が父親を殺すのは、確かに間違っているけどね。
 でも、その間違いで早期に戦争が終結したと思えば、助かる命も多かったと考えることが可能ね」

 どっちみち敗北が確定的だった戦争である。
 それなら早いうちに戦争を終わらせ戦力を保持しておいて、日本を解放する方がいいと当時のキョウト六家は考えたのだろうとアルカディアは思う。

 それも少々楽観的な策だが、結果として各地の植民地のレジスタンスを団結させ、反ブリタニア同盟を構築しようとするエトランジュ達が現れたのだから、結果論としては正しかったことになるのだ。

 今まで自分のしたことが悪だと己を責め続けていたスザクは、思いもよらぬ形で正しいと言われて呆然となった。
 もちろん完全に正しいと認められたわけではないが、見方を変えればそうなるとは考えてもみなかったのだ。

 「俺は・・・俺は・・・なんで・・・」

 「考えなしで動くからだ」

 はっきりと原因を告げたクライスに、スザクはうつろな瞳でアルカディアを見上げた。
 そしてそのアルカディアは、赤い髪を風に揺らしながら溜息を吐く。

 「あんたは当時は子供だったから、仕方ないわ。幼さゆえの行為をあげつらうわけにはいかないし」

 だが、経過は既に過ぎ去り、結果が残る。
 たとえ子供のしたことでも、それによって起こった出来事は消えない。
 さらに、もう自分達は子供ではない。それをこの男にはどうしても教えておく必要がある。

 「それに、日本じゃ二十歳が成人だと聞いているけど私達は子供じゃないの。
 既にお互いに確たる地位を持ち、世間や目下の者について責任を持たなければならないの。
 私達のリーダーはまだ15歳だけど、その地位に就いたのは13歳の時だったわ。幼かったけどその地位の重みだけは解っていたから、怯えて震えてた」

 周囲の思惑で己の意志を聞かれることなく、女王の座に就いた幼い従妹。
 当時すでに成人していたアルカディアは彼女の即位に反対したが、結局押し切られて反対しきれなかった。

 自分はどうすればいいの、と幾度も尋ね、女王だからいろんなことを考えなきゃと拙い案を出して来ていた。
 初めこそ哀れに思っていたけど、あまりの奇麗事ばかりのそれに厳しくなる戦況に苛立ち、とうとう怒鳴ってしまったことを思いだす。

 「『麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』・・・そう怒鳴ってね。
 あの子はあの子なりに、責務を果たそうとしてただけなのに」

 己に才能がないことを自覚していたからこその行為だった。
 ユーフェミア皇女を見るたび、エトランジュはまだ賢かったのだとしみじみ思う。
 失敗すれば他人に迷惑がかかると理解していから、まずは聞いてみようと考えただけなのだから。

 「いい加減に悟りなさい!私達は形は違えどそれぞれの地位を持ってるの。
 地位を持ったということは、もう子供の時代は終わったの。スポーツマンシップにのっとってなんていうのは許されないの!
 何が何でも結果を出す・・・それが大人のルールなのよ!!!」

 「大人の、ルール・・・」

 「結果よりも経過・・・それが許されるのは、スポーツ選手くらいなもんよ!
 でもそんな呑気なことやっていられる余裕があるとでも思うの?」

 「・・・いいや、ないと思う」

 スザクが小さな声で答えると、アルカディアはじゃあもういいわね、とスザクの顔から足を下ろした。
 
 「あんたの事情はよく解ったけど、それに同情したり甘ったるい思想に協力する余裕はないわ。
 あんたは皇帝になる能力のないブリタニア皇女の騎士になって、今後ともそのために戦わなければならない。
 それはつまり私達レジスタンスの敵になるということね。だからこれからも私達は敵同士」

 「・・・・」

 「もう、いいでしょう?あんたはブリタニアのために戦うのがルールだと決めたんだから。
 これから先あんたはブリタニアのためにレジスタンスを殺し、他国を侵略するために戦うの」

 冷たい宣告に、スザクはもはや何も言えなかった。
 確かにその通りの選択をしたのは、まぎれもない自分だった。
 
 ブリタニアのルールを変えるために、ブリタニアのために戦い上の地位に行くということは、そういうことなのだ。
 レジスタンスを殺し、侵略戦争に加担する。
 日本のために他国を犠牲にするという行為だったということに、スザクはようやっと気がついた。

 「もっと言っておこうか。それで日本解放が成ったとしても、他国を犠牲にした以上誰も日本を相手にしてくれないからね。
 日本の食料自給率って、いくつだっけ?」

 「あ・・・!」

 「ブリタニアの属国になれば、飼い犬に餌をやる気分で向こうが援助してくれるかもね。
 つまり、名前だけ取り戻して実態は同じというわけよ」

 聞けば聞くほど、己の手段は悪い結果ばかりだった。
 いい事もあると叫びたいが、その根拠が解らずスザクはただ呆然とする。
 
 「でも、いいのよそれで。あんたは名誉とはいえブリタニア人なんだから。ブリタニアのルールに従うのは正しいことよ」

 サッカー選手が足のみを使って、バスケットボール選手が手のみを使ってボールをゴールに入れるのと同じこと。
 ブリタニア人がサッカーのルールを、黒の騎士団がバスケットボールのルールを使うだけだとアルカディアは言った。
 
 「ブリタニアのルールに従って、今後も頑張ってね?私達はブリタニア人じゃないから」

 思い切り皮肉な形で正しいと言われたスザクは、ただただ砂の上に横たわって青い空を見上げている。

 「俺は・・・俺は・・・!でもそれがルールで・・・ルールに従ったらでも」

 もはや訳の分からない言葉を呟き続けるスザクを無視して、アルカディアが聴覚を繋げていたエトランジュに語りかける。

 《思っていたよりヘビーな過去ねえ。枢木首相、子供の教育に失敗したわね》

 《はあ・・・ルルーシュ様といい枢木少佐といい・・・どうしてこうも家族で殺し合うのでしょう》
 
 《戦乱の世だから仕方ない・・・としか言えないわね》

 不思議そうなエトランジュに、アルカディアは身も蓋もないことを言う。

 《ま、どうでもいいわよもう。あいつの事情を思いやれる余裕がないことに変わりないから》

 スザクがレジスタンスの事情や気持ちを考える余裕がなかったように、自分達もスザクの事情や気持ちそ斟酌する余裕などない。いわゆるお互い様というやつだ。

 EU戦で捨て駒となるべく送られて来た名誉ブリタニア人が大勢いると知っていても、自分達の国民を守るために殺す。
 矛盾に満ち溢れた行為を繰り返す・・・それが戦争なのだ。

 《・・・そろそろそっちに向かうけど、それでいい?》

 《あ、はい。ではお待ちしております》

 アルカディアは思っていたより長い間話していたため、それにより既に乾いていた制服を手にしていたカレンを見た。

 「じゃあそろそろゼロと合流しようか。枢木―、あんた自力で歩いてってね」

 ユーフェミア皇女と会いたいんでしょともはや何の感情もない声音に促され、スザクはよろよろと立ち上がる。
 カレンはスザクの意外な過去を知って動揺していたが、アルカディアの言うとおり既に今後の結果は決まっている以上、何も言えなかった。
 今更彼に黒の騎士団に来いとは言えないし、かといって責めることも出来ない。

 カレンは制服を手にして木陰に走り去ると、ことさら時間をかけて着替える。

 「あの・・・着替え終わりました」

 「じゃ、行こうか」

 アルカディアがカレンを先導し、スザクの背後に立って追い立てるようにクライスが続く。
 
 今後の脱出作戦や今夜の寝床や食事について語っているアルカディアとカレンを、護送される罪人のような表情をしているスザクはぼんやりとした眼で見つめていた。



[18683] 第十四話  枢木 スザクに願う
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/08/21 11:24
  第十四話  枢木 スザクに願う  


  「あー、いたいたレジーナ!!」

 砂浜近くでパラソルを差し、簡易椅子に座って話していたエトランジュとユーフェミアはアルカディアの声を聞いて視線を向ける。

 「あ、アルカディア従姉様!カレンさんも無事のようで良かったです。
 お怪我はありませんでしたか?」

 日本語でカレンを気遣うエトランジュに、ユーフェミアは目を丸くした。

 「日本語・・・話せるんですかレジーナ様」

 「ええ、日常会話程度なら」

 ブリタニア植民地の言語ならある程度話せるというエトランジュに、仮面をかぶったルルーシュが言った。

 「相手の言語を理解するということは、相手と会話をしたいと態度で表明したことになるからな。
 事実彼女は日本語を話し、礼儀作法も学んで相対することで日本人から警戒されることなく、話を聞いて貰うことに成功していた」

 「そう・・・ですか。そうですよね」

 ユーフェミアが落ち込んだように肩を落としたのを見て内心で溜息をついたルルーシュは、カレンに視線を移す。

 「無事でよかった、カレン。無理をさせてしまってすまなかったな」

 「いえ、こちらこそこいつから助けられなくて申し訳ありません!親衛隊隊長でありながら、失態でした!」

 頭を下げて謝罪するカレンに、ルルーシュは気にするなと声をかけながらアルカディアの背後で酷い表情をしているスザクを見やる。
 
 「・・・ゼロ」

 「ずいぶんと手酷く論破されたようだな、枢木 スザク」

 「論破っていうか・・・根本的なことがもう解ってなかったわ。会話にならない会話って、ほんとしんどいのよね」

 もうこいつ何とかさせてくれという心の声が、アルカディアとクライスからギアスを使わずとも聞こえてきた。

 「ただバカなだけなら放置してもいいけど、こいつは白兜のパイロットよ?
 いい機会だからこのまま海に放り込みましょう」

 アルカディアの案は至極もっともなもので、彼が自らの親友でなかったら即座にそうしろと命を下していたであろう。

 ルルーシュはエトランジュのギアスでアルカディアの聴覚を繋いで貰っており、スザクの過去を聞いていた。
 まさか自分達兄妹を助けるために父親を殺していたとは想像もしておらず、ルルーシュの心はまたしても揺れたのだ。

 (聞かなければ・・・捨て駒にされてもいいと言い切ったあいつを見捨てられたものを・・・)

 アルカディアもルルーシュの葛藤を悟っていたが、それでもこの男の戦闘能力はあまりにも危険過ぎる。
 彼女の提案が正しいと思いつつも、ルルーシュはそれを口に出せずにいる。

 その様子に溜息をついたアルカディアは、クライスに命じた。

 「じゃ、私達が勝手にやるわね。こっちの独断で・・・クラ、そいつに重石つけて崖から放り出して」

 「アルカディア様・・・!」

 「恨み事はブリタニアとの戦争が終わった後に聞きます。いいでしょう?」

 自分が勝手に手を下したのだから、自分のせいじゃないという言い訳を与えようとしたある意味残酷な優しさに、ルルーシュはゆっくり瞑目し・・・そしてとうとう決断した。

 気を利かせてリンクを開いてくれていたエトランジュに礼を言い、アルカディアに語りかける。
 
 《スザクに・・・ギアスをかけます。ですから、今回は助命してやって頂きたい》

 《え・・・でもこいつを今さら支配下に置いたって、この男の居場所は騎士団にはないと思うわよ?》

 すでにスザクの心証は底なしに悪く、むしろ今寝返れば何と己の信条がない人間かと日本人とブリタニア人双方から疎まれるだけであろう。
 そしてそんな人間を迎え入れたとして、ゼロの信頼が危うくなる可能性が高い。ただでさえ失敗が許されない彼に、こんな下らぬ失点を与えたくはない。

 《そういうギアスではありません。ですが、こいつが二度と迷惑をかけないようにするギアスを》

 《それでももし、こいつに迷惑かけられたら?》

 《私が彼を・・・殺します》

 責任は取ると言うルルーシュに根負けして、アルカディアはクライスに合図をすると彼も溜息をつく。

 「もうちょっと待とうか・・・何かまだユーフェミア皇女を探索中のブリタニア兵がいるから、もしかしたらこいつがうっかり助けられるかもしれないわ」

 ルルーシュはほっと安堵すると、もはやスザクに正体がバレたカレン、ユーフェミアに正体がバレてナナリーともども箱庭から出ざるを得なくなった状況を考え、とうとう覚悟を完全に決めることにした。

 「カレン、一つだけ聞きたいことがある」

 スザクではなくカレンに向かって問いかけてきたことに驚いたが、カレンは背筋をピンと伸ばして聞く姿勢を取る。

 「はい、何でしょうかゼロ!」

 「私の正体が何であっても、私に従いていくと言ったな・・・あれに偽りはないか?」

 日本解放戦線を救助に向かう間際、ナリタ攻防戦でシャーリーの父親が危うく巻き込まれそうになったことに罪悪感のあったカレンがゼロの元に行った際、彼女はそう確かに誓った。

 カレンはもしかしたら自分に正体を明かしてくれるつもりだろうかと期待したが、同時に知ることに勇気がいることを悟って即答を躊躇った。

 ふと周囲を見渡してみるとユーフェミアは目を丸くしているし、エトランジュ達は半ば妥当な判断だというように口を挟まず静観している。

 「あの・・・エトランジュ様達はもしかしてゼロの正体を」

 「救助した際、仮面を取りましたから。それに、お世話になっている方からもいろいろと」

 あっさり認めたエトランジュに、カレンは親衛隊長よりも先に知っていた彼女に嫉妬心を覚えた。
 しかし彼女が探ったわけではなく単に流れで知っただけとの言葉に、それなら仕方ないと納得する。

 「カレンさんに申し上げます。ゼロの正体は現時点では極秘にしなければならないものなのです。
 日本解放と言う実績を挙げた後ならある程度の方々にバレても大丈夫ですが、今のままでは黒の騎士団の存続に繋がりかねないものなのです。
 ・・・それでも、知る勇気がおありですか?」

 日本語だったのでユーフェミアには解らなかったが、スザクには理解出来た。
 そこまで重大なゼロの正体を、まさかこの場で明かすつもりなのだろうかとスザクは不思議に思ったが、以前から己に見え隠れしていた“ゼロの正体”の固有名詞が脳裏をよぎって喉を鳴らす。

 「・・・私はこいつに黒の騎士団員だとバレました。すぐにシュタットフェルト家から出て、そっちに向かわなければならないでしょう」

 「その通りだ。だから、君と私はいっそう似た関係になる。
 だからこそ問いたい・・・私をリーダーだと認め、従いて来てくれるか?」

 カレンの言葉にゼロが改めて問いかけると、カレンは覚悟を決めた。
 そうだ、中身が誰であろうと、ゼロがブリタニアを憎みここまで日本人を率いていてくれたのは事実だ。
 多くの人間をまとめ上げ、自分達の窮地を幾度となく救い日本解放の光明を射してくれたのは、ゼロだ。

 さらに同じようにブリタニアを憎んでいるエトランジュも、彼の正体を知ってなお変わらぬ協力をしてくれている以上、何をためらうというのか。

 「はい、ゼロ。私は貴方に従い、これからも従いていくことを誓います」

 カレンの宣誓に、ルルーシュは心底から安堵した。
 嘘をつかなくても己を受け入れてくれる人間がいるということが、これほど心安らぐものだったとは想像していなかった。
 その意味ではシャーリーもそうだが彼女は危険に巻き込むわけにもいかず、側にいて貰う訳にはいかない。
 
 だがカレンは自分と同じ目的を持ち、ゆえに共に道を歩める戦友であり得るのだ。

 「信じていいな?」

 「はい!あの・・・でも、無理なら今のままでも」

 恐る恐るそう言うカレンに、ルルーシュは仮面に手をかけた。シュンと音を立てて仮面を外すと、中から現れたのは見知った少年のそれ。

 「別に構わない・・・そう、俺と君とは似た関係になるんだからな」

 「ルルルル・・・・ルルーシュ!!!」

 口をあんぐりと開けて驚愕するカレンに、スザクはやはりという得心と信じられないという驚愕が合わさった顔で立ち尽くす。

 「ちょ・・・あんた、ルルーシュ??影武者とかじゃなくて?!」

 「正真正銘、俺がゼロだ。全く、初めに疑われた時は肝を冷やしたぞカレン」

 ゼロじゃないかと疑われてあれこれとごまかしていたことを思い返したルルーシュが溜息をつくと、先ほどの従順さはどこへやら、カレンは彼の襟を掴み上げる。

 「何で?!社会は変えられないとかほざいていたじゃないあんた!」
 
 「ああ、あのままでは変えられないのは事実だったからな。行動したからと言って全てが思うとおりに動くわけじゃない・・・意味は、解るだろう?」

 ルルーシュがちらっと考えなしの行動で日本人の生活を悪化させ、その信用を失墜させたユーフェミアに視線を送るとカレンは正論だと認めて手を放す。

 「そう、そうね・・・あんたが現れなかったら、こうはうまくいかなかったから、それはいいわ。
 でも、どうして私にも今まで黙ってたの?!親衛隊長にしてくれたのに!!」

 今の今まで信じてくれていなかったのかと涙目になったカレンに、ルルーシュは答えた。

 「ついさっき、レジーナ様が言っていただろう。俺の正体は黒の騎士団の存続を揺るがしかねないものだと・・・。
 だが、あのご老公の言うとおり俺はまぎれもないブリタニアの敵だ・・・そうだな、ユフィ、スザク」

 とうとう正体を晒したルルーシュに茫然としていたユーフェミアが我に返って頷くが、スザクは何も言えずただ立ち尽くしている。

 「どうした、スザク?俺はあの日お前に向かって言ったはずだぞ。
 『俺はブリタニアをぶっ壊す』と・・・忘れたのか?」

 「ああ・・・確かに言っていたよルルーシュ」

 信じたくはなかった。
 けれど、心のどこかでゼロの正体は彼ではないかと知っていたスザクは、その答えが正しかったことを認めたくはないというように首を横に振り続ける。

 「でも、だからといって君がっ・・・!異母とはいえ兄を!!」

 「ああ、クロヴィスは俺が殺した。ああしなければシンジュクの日本人はもっと殺されていたし、俺自身も危なかったからな。
 お前はそれより、ルールの方が大事だという訳か」

 「違う!!」

 「そうとしか聞こえないぞスザク。なら聞こうか・・・あの時クロヴィスを殺さなくても俺やシンジュクゲットーの住民が助かる方法を」

 鋭い視線で問い詰められて、スザクは口ごもる。
 そこへさすがのエトランジュも眉をひそめながら口を挟んだ。

 「あの、枢木少佐。貴方の言っていることはですね、こういうことなのです。
 たとえば貴方がオキナワ旅行の計画を立てたとします。そこへ同行者から『暑いところは嫌だ、別の所がいい』と言われました。
 そして貴方が『じゃあどこがいい?』と尋ねると『君が責任者なんだから君が考えて』と返されました。
 そんなことを言われたら、どう思います?」

 「うわー、物凄い解りやすいたとえ」

 これで解らなかったらもう本気で崖から落とそうとカレンが内心で考えていると、スザクはさすがに理解したらしく、彼は首を横に振る。

 「私から見て、貴方は貴方の視線でしか物事を見ていないように感じられます。
 それは人には多かれ少なかれあることですが、貴方の場合人それぞれ考えがあるということを全く理解していないとしか思えないのです」

 「でも・・・ルールは・・・」

 まだ言うか、とクライスは呆れたが、アルカディアはもはや完全にスル―している。
 なのでまたしてもエトランジュが解り易く説明してやった。

 「私達はバスケットボールで試合がしたい、ブリタニアはサッカーがしたい。
 しかし競技場がひとつしかないのでどっちかしか出来ない・・・それで喧嘩になったといえばご理解頂けますか?
 貴方がブリタニアのルールでゲームがしたいのなら、私達と敵対するしかないのですよ。
 つまり、『説得はもう無理』なのです」

 本物のスポーツなら交替でやろうという折衷案も可能だが、国だとなるとそうはいかない。
 いや、それでも世界には数多くの形態を持つ国がある。平穏なら自分に合った国の戸籍を得てその国民になることが可能だが、戦乱のこの世では不可能なのだ。

 「ルールを守るということ自体は素晴らしいお考えです。
 私自身祖国のルールを破ることはしたくないので共感出来ますが、“変えたいルールに従う”というのが理解出来ません。
 どうして自分に合ったルールを持つ組織に行こうとなさらなかったんですか?」

 脚力に自信がある者がサッカーをするように、腕力が強いのならばバスケットボールを選ぶように、なぜ自分に合った場所に行こうとしなかったのかというエトランジュに、スザクは首を横に振った。

 「ここは日本だ!日本を守るためには、日本を支配しているブリタニアにいて変えるしかないと思ったんだ!」

 「違うな、間違っているぞスザク!ここは日本じゃない!」

 ルルーシュがそう否定すると、カレンが噛みついた。

 「何ですって?!ここは日本よ!あんた、やっぱりブリタニアね!酷い・・・」

 「あの、カレンさんそう言う意味で言ったわけじゃないですよゼロ。
 お話は最後まで伺った方がよろしいかと・・・」

 いち早く真意を悟ったエトランジュがおずおずとカレンをたしなめると、カレンはえ、と思いつつルルーシュに視線を戻す。

 「ここは“日本人が住んでいるエリア11”だスザク。だからブリタニアの法がまかり通っている。
 そして確かに日本の法律では国を変えたい場合、“上に行って法律を変える”ことが許されているが、ブリタニアはそうではない。
 もともと上に行ける人間が限られているからな・・・ナンバーズなら言わずもがなだ」

 親友への最後の説教とばかりに、ルルーシュは説明する。

 「お前が一番、日本を引きずっているんだよスザク。
 日本が敗戦したのは自分のせいだと思い込んで、日本のルールでブリタニアを変えようとしているだけだ。
 だが、それは無理なんだよスザク。もう、ここは日本じゃない。
 それを悟ったからこそ、それを奪い返すために日本人がこうして立ち上がったんじゃないか。
 “日本列島に日本人が住んでいるエリア11”であることを理解したからこそ、ブリタニアを滅ぼして改めて日本国家を創ろうとしている」

 そしてそれはエトランジュ達のマグヌスファミリアも同じこと。
 彼女達はブリタニアの身内同士ですら争えというルールに反発し、それを守りたくなくて国民全員で亡命した。

 今、あそこはマグヌスファミリアではない。ただのほんの少しのブリタニア人が住むエリア16だ。

 「実はアルカディア様が持っていた通信機で、お前の事情は聞かせて貰った。
 お前が枢木首相を殺していたとはな・・・」

 「え・・・スザクが?」

 スザクの過去を聞いて思わず口に手を当てて驚くユーフェミアに、、スザクは震えた声で叫ぶ。

 「ルルーシュ・・・俺は!」

 「いいんだ、過ぎたことだしお前の考えも解る。それに、アルカディア様が言っていただろう?
 ある意味であの行為は正しかったのだと・・・解らなくてもいい、ただそういう側面もあったとだけ心の隅に留めておけ」

 スザクに理解させるという行為は非常に難しいと悟ったルルーシュは、そう告げる。

 「俺がこのまま、ブリタニアを壊すことに変わりはない。
 まず手始めに日本を解放し、各地の植民地を解放しつつその力を吸収し、最終的にあの男を殺してブリタニアを滅ぼす」

 「やめろルルーシュ!!そんなことをしたって、後悔するだけだ!!」

 父殺しを堂々と表明したルルーシュに、スザクは大きな声で止めた。
 あの時、もっと冷静に父を止めていればよかった。あんな方法を使わなくても、親子なのだからきっと。

 後悔しなかった日はないと訴えるスザクに、ルルーシュはもう手遅れだと自嘲の笑みを浮かべる。

 「俺はすでに異母兄クロヴィスを殺している。その日から修羅の道を行くと決めた。
 そうでなければ、いくら虐殺者だとしても仲がそれなりに良かった兄を殺しはしないさ・・・コーネリア姉上もな」

 「それは間違っているルルーシュ!家族で殺し合うなんておかしいじゃないか!」

 「あの男は子供(おれたち)を捨てた。子供を捨てた男が、父親たる資格などない。
 だからお前とは事情が違う・・・いい加減人それぞれの事情があると悟れ。
 お前の視野は狭すぎる。だからお前の言葉を誰も聞こうとはしないんだ」
 
 自分が父親を殺した時は後悔した、だから君もそうなるというのは善意からの言葉でも、なら殺さなければどうなるかという考えがまるでない。
 事実父親から殺されかけた自分はどうなのかと問いかけるルルーシュに、スザクはユーフェミアを見つめて叫んだ。

 「ユフィ・・・ユフィ、君だってそう思うだろう?コーネリア殿下だって、ルルーシュを気にかけてくれていたって言ってたじゃないか。
 ナナリーと揃って、皇族に戻るという考えはないのかい?」

 「ないな。俺はもともと継承権を剥奪された身だ・・・今更あの男の庇護に入ったからと言って、また別の国に見捨てる予定の人質として出されるだけだ。
 ナナリーはもっと悲惨だな・・・変態趣味の高官にでも褒賞代わりに与えかねない」

 どういう経緯で自分達が日本に来たか忘れたのかと言うルルーシュに、スザクはユーフェミアを見た。
 そんなことをしない父親だと言い切れる自信がないどころか、あり得るとすら思ったらしく、俯いている。

 「コーネリアだって、ユフィが巻き添えを食らうかもしれないとなったら見捨てるに決まっている・・・七年前のようにだ。
 だから戻れない。お前のルールを守るという自己満足のために、ナナリーともども犠牲になるつもりはない」

 二人のやりとりを聞いていたカレンは、小声で恐る恐るエトランジュに尋ねた。

 「あの・・・もしかしてルルーシュって・・・皇族ですか?」

 「はい。現皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの末の皇子ですよあの方」

 あっさり認めたエトランジュに、カレンはやりとりの内容に納得しつつも驚愕の叫びをあげた。

 「ちょ、ブリタニア皇族が反逆って・・・何があったのルルーシュ?!」

 「ああ、日本を植民地にしたがったあの男が、当時母を殺されて後ろ盾がなく、俺と巻き添えを食らって両足が使えなくなり目も見えなくなった妹ナナリーともども日本に送られてな。
 そして俺達が日本人によって殺されたと言いふらし、それを口実に攻めて来たんだよあいつは」

 もちろん生きていたら困るから刺客まで寄越して来たという壮絶な過去に、カレンはあんぐりと口を開ける。

 「そういえば、ブリタニア皇族が留学しに来たって・・。
 でも、父親が子供殺そうとしたって・・・その前に母親殺されて傷心のあんたらを?
 あの状態のナナリーちゃんを、死なせるつもりで日本へ?」

 どこの世界に歩くことが出来ず、目も見えない少女を留学させる親がいるというのか。
 今の年齢からならまだ解らなくもないが、七年前ならナナリーはまだ七歳のはずだ・・・日本でいうなら、小学一年生である。
 
 車椅子で盲目の少女を思い浮かべたカレンが絶句し、ようやくルルーシュの行動の理由が見えて納得した。

 「そりゃ怒るわ・・・でもブリタニア人ってだけならまだしも皇族だって知れたら日本人が従いてこないから、正体を隠していたのね?」

 「そんなところだな。俺は母に似過ぎているから、見る者が見ればすぐに正体が知れる。
 ある程度成果を上げてからなら、事情を知っている藤堂がいるからバレても構わないだろうが・・・今はまだ無理だ」

 「あ、藤堂さんは知ってたんだ・・・もしかして、あの人も?」

 固有名詞は出さずに桐原のことを言うカレンに、ルルーシュは頷く。

 「藤堂は俺の正体こそ知らないが、知ったらオレの行動に納得してくれるだろうよ。
 だが、それでも結果を出さないと俺を庇う奴に迷惑がかかるからな」

 燃えるような夕焼けの中己の決意を叫んだあの日、藤堂もまたその場にいたのだ。
 もしかしたら、ある程度はゼロの正体に当たりをつけているかもしれない。

 「解った、そういうことなら私も絶対口外しないわ。それにしても、これだからブリタニアは!!」

 子供を殺そうとする父親が皇帝な国なんぞ滅んでしまえと怒り狂うカレンに、スザクとユーフェミアは言い返すことが出来ず沈黙する。
 まともに考えれば怒らない方がおかしいのだから当然だ。
 
 「お前に聞く・・・これでもなお、俺が間違っていると言うつもりか?」

 「・・・君の知略があれば、中から変えていける方法もあるはずだ」

 他人任せなのは解るが、ルルーシュの頭の良さを知っているスザクの提案にルルーシュはあっさり頷いた。

 「ないこともない・・・が、それは時間がかかり過ぎる。あらゆる手間もかかる。効率的とはいえないな」

 「だったら!」

 「お前、アルカディア様の言っていたことを理解しているか?
 全ては結果ありきなんだよスザク・・・そして結果を上げるのに時間がかかっていたら、傍から見たらそれは失敗しているようにしか見えないんだ。
 そして時間がかかればかかるほど、お前の言う上に行って変える方法が使えなくなるんだよ」

 いまいち解っていなさそうな親友に、ルルーシュはどうして時間をかけるとまずいのかからまず説明してやることにする。

 「よく聞けスザク。今、日本人の子供の学力は低い。教育どころではないからな」

 そこまではスザクも知っているために深く頷くと、ルルーシュははっきりと解り易く一言で言った。

 「この状態で、上に行ける日本人がどれだけいると思う?言ってみろ」

 「・・・あ!」

 権限の強い役職に就くには、当たり前の話だが学力が必須条件である。
 そしていわゆる学力格差が広がっている今、そもそも就職することが目標のナンバーズが政庁になど就職出来るはずがないのだ。

 そしてそれはこのまま武力で日本を解放しても同じことだ。
 さっさと日本を解放しある程度の知力を持った人間が可及的速やかに立て直しを図らなければ、日本と言う国が立ち行かないのである。

 「主義者達を上の役職に就かせることくらいは出来るが、それでは単に奴隷の平和を作るだけだ。
 お前は日本人を、穏健な世の中の奴隷にしたいのか?」

 「違う・・・そんなことをしたいわけじゃない!」

 「だから時間はかけられない。武力解放の方が、日本にとっていい方法なんだよスザク。
 今からお前の言うルールでやろうとしたら、まず教育制度を整えてそれから日本人がある程度の学力を備えるのにかかる時間が約十年、さらにそこから上の役職に就かせるまで十年前後。
 それだけあったら、ブリタニアを滅ぼせるぞ俺は」

 通常戦争とは、いくら長引いても十年経たずに終わる例が多い。
 自信たっぷりに言い切るルルーシュに、スザクはそれでも犠牲はないと言い募るがエトランジュがきっぱりと断言した。

 「犠牲は出ますよ枢木少佐。戦場のようにはっきりとした形ではありませんが、死人が出ます」

 「どうして解る!」

 「貴方は“どうして”と考えることを身につけた方がいいです。
 どうしてナンバーズがブリタニア人との婚姻や就職、租界への立ち入りを制限されたりしていると思います?」

 エトランジュの問いかけに、ユーフェミアが答えた。

 「それは、日本人に富を与えるとテロを起こすと考えたからです」

 「正解です。では何故ナンバーズが富を得て、テロを起こすと考えているのでしょうか?」

 「ブリタニア人が、不当に各国を占領したからです」

 「正解です。つまりブリタニア人は“仕返しされても仕方のない立場”にいるということを、彼ら自身知っているということです」

 ユーフェミアはその説に納得したが、スザクはそれが意味する事が解らなかったらしい。それを見てとったルルーシュが教えてやる。

 「つまり、連中は仕返しを恐れているんだよスザク。だからナンバーズに税をかけたりして富と教育の機会を奪い、自分達と張り合えないように仕向けているんだ。
 そんな奴らがナンバーズが重要な役職につき国を変えるようになると理解したら、全力で阻止しにかかるだろうな・・・それこそ暗殺などの手段を取っても」

 だが、それでもブリタニアのルールは許してくれる。
 ナンバーズが殴られても蹴られても何もしなかった理由は、ブリタニア人を傷つければ何があろうとも処罰されるからだ。
 逆に言えば、暗殺されようとも適当な捜査で終わってしまえばもうどうにもならないのである。

 「僕は仕返しなどしない!」
 
 「貴方はそうでも、他の方々は違うでしょうね。やられたらやり返したくなるのは人の常です。
 私自身目的半分、復讐半分でコーネリアを襲撃したのですから」

 どこまでも自分ならを繰り返すスザクに呆れたエトランジュの告白に、スザクが睨みつける。

 「君が、コーネリア殿下を?!」

 「ああ、俺が策を考え、この方が指揮を執ってコーネリアに重傷を負わせたんだ」

 既にユーフェミアは知っていたのか驚きもしていないのを見て、スザクはルルーシュとエトランジュを交互に見つめる。

 「いい加減にして下さい枢木少佐。貴方はどうして自分が自分がと言うのに、他の方の事情はお聞きにならないのですか!
 ルルーシュ様はすでに、貴方の事情は理解して下さっています。
 だから何度も同じことを繰り返して説明して、無理だと教えているのですよ!」

 「家族で殺し合うのはおかしくないと言うのかい?!」

 「それを仕掛けたのはどちらが先です!ルルーシュ様が何もしていないご家族を殺す方だとでも思っておいでなのですか?!」

 「それは・・・でも!」

 エトランジュに怒鳴られるようでは相当だとアルカディアは思ったが、既に文句を言う気力すらないので彼女に任せることにした。

 「間違っているのはシャルル皇帝だと貴方が思っているのなら、本人に向かって文句を言うのが筋でしょう。
 だいたい家族で競い合え奪い合えと言っているのは誰ですか?!
 私だって目の前に来たらいくらでも言いますが、話を聞く意思のない相手に文句を言っても無駄だと解っているから、こうしてやりたくもない戦争をしているんです!
 日本のことわざにあるでしょう、“馬の耳に祈りの言葉”と!」

 「馬の耳に念仏ですエトランジュ様」

 日本語だったのでユーフェミアは首を傾げたが、ルルーシュが正確な言葉と意味を告げるとなるほどと一つ知識を増やしていた。

 「どうして間違っているルールを実行している本人に向かって文句を言わず、やりたくもないことを強いられている私達に向かって言うんです?!
 私から見たら、貴方は単純に楽な方を選んでいるとしか思えません」

 「楽だなんて、そんな決めつけるな!」

 「楽な方だろう・・・」

 エトランジュがどう説明しようと考えているのを見かねたルルーシュが、やれやれと言った様子で助け船を出した。
 
 「今どき子供でも知っているぞ。法律を変える権限があるのは政治家なんだ、軍人じゃない。
 なのに、どうしてお前は軍人になったんだ?」

 「・・・え?何でって」

 「確かにブリタニアは軍人がある程度政治に干渉出来るが、それでも表向きには政治の筆頭でもある総督の許可という形で最終決定が為されているんだぞ?
 まともなルールに沿うなら、お前は政治家を目指すべきだろう」

 クロヴィスは総督ではあったが、軍人ではない。
 他のエリアも似たようなもので、コーネリアのように軍人であり総督であるほうが珍しいのだ。
 
 「だが、お前はどう考えても政治家になれないな。
 お前の成績は知っているから、政庁登用試験にたとえブリタニア人であっても受からないだろう」
 
 「・・・・」

 「自分の能力を生かす形でといえば聞こえはいいが、それでも殺人者とならざるを得ない軍人を選んだ。
 お前は結局、自分で考えることから逃げたんだよ。軍人は言われた通りのことを実行に移せばいい、いわば歯車だ。
 お前には確かに向いているが、ルールを変えるという目的からすれば大きく外れている職業だな」

 ルールの通りに動けばいい軍人が、ルールを変える権限などない。
 高級軍人ならともかく、先も言ったが仕返しを恐れるブリタニア人は有能であればあるほどナンバーズを上に据えることはしない。
 だが無能なら無能で下の階級のままなので、結局は同じことなのである。

 「解っただろうスザク。お前のルールは通じないんだよ・・・だからお前と共に行くことは出来ない。ユフィ、君ともだ」

 「ルルーシュ・・・そんなこと言わないで!私、努力するから!今からでも、日本人の生活をよくすれば!」

 ユーフェミアが叫ぶが、ルルーシュはゆっくりと首を横に振って否定した。

 「もうそんな時間はないんだよユフィ。国を立て直すという時間が必要な今、占領から七年と言うのはもうギリギリだ。
 それに植民地は日本だけじゃない、18ヵ国もあるんだ。君はそれらを、完璧に解放出来る自信があるのか?」

 「・・・・」

 「君が成長するのを待ち、スザクの事情を考えてやる義理も義務も余裕も日本人やレジーナ様達には全くない。
 これは俺が個人的に最後にしてやれる、最後の義務と義理だ」

 「ルルーシュ・・・!」

 「それに、君だってコーネリア姉上は捨てられないだろう?どっちも得たいというのは解るが、俺にはそのための方法を考える余裕はない。
 俺もナナリーが幸せになるのが最優先だ、こればかりは譲る気もない」

 自分をあてにするなと言う冷たい言葉に、ユーフェミアは泣きそうな顔になる。
 
 「でも、でも・・・私は戦いたくなんてない・・・!お姉様は何とか説得してみるから、お願い!」

 「それってさ、ナイトメア牽引用ロープを針の穴に通すようなもんだと思うわよ?」

 ユーフェミアなら思考能力はあると判断したアルカディアが言うと、ユーフェミアは押し黙った。

 「ゼロの正体を言えば、まああんたの言うとおりルルーシュ皇子が大事ならゼロと戦うのはやめようとするかもしれない。
 けど、十中八九彼らを皇族復帰させようとするでしょうね・・・ゼロの正体を隠したままで。それしか方法ないから」

 「・・・それは」

 「当然正体を知っている可能性のある黒の騎士団・・・全滅させるわねあの女。サイタマで目的のためなら人命なんぞどうとも思わないのは証明されてるし。
 しかもあの女はあんたが一番大事なわけだから、いざとなればルルーシュ皇子や妹姫を見捨てる可能性があるってルルーシュ皇子は言ってる。
 そうはならないと言うなら、その根拠を示さないと納得しないわよ」

 コーネリアはルルーシュの生母であるマリアンヌを敬愛しており、その暗殺についても調べている、生きていたら自分が後見人になれるのにと言っていたことを告げると、ルルーシュは不機嫌そうな表情になった。

 「なら、どうして七年前に日本を占領された時に俺達を捜さなかった?死体がなかったのだから生きているかもとは思わなかったんだな。
 ああ、そういえば日本に送られた後も手紙も寄越さなかったな・・・俺が手紙を送ったのに」

 「それは・・・陛下に止められたからやめろとお姉様が」

 「やはりな。つまり姉上にとってはあの男の命令の方が俺達より大事というわけだ。
 俺が反旗を翻したゼロだと万一にもあの男にバレたら、お前と自分のために躊躇うことなく引き渡したとしても、おかしくはないな」

 信じるに値しないと言い放ったルルーシュに、ユーフェミアはどうしたら信じてくれるのかと途方に暮れる。

 「どうして君はそう自分を中心に考えるんだルルーシュ!仕方ないだろうコーネリア殿下はユフィが大事なんだから!」

 「だったらどうして俺が俺とナナリーを大事にしたらいけないんだ!
 俺の一番はユフィじゃなければならない理由でもあるのか、スザク!!」

 「だからさあ、そいつは自分さえよければいいんだってゼロ。
 もうそいつの一番はユーフェミア皇女で決まった・・・それだけのことでしょう」

 アルカディアの言は言いすぎだが、実際は単に相手が言われてどう感じるかという能力がないだけだとエトランジュは思っている。
 どっちみち自分のことしか見えていないことに変わりはないから、指摘しなかったが。

 「君は日本開放のために黒の騎士団員に利用されているだけだ!だから君だって正体を隠しているんだろう。
 その他の植民地の人だっていうテロリストだって、君を利用したくて家族間で殺し合いにするって事情を無視しているじゃないか!」

 「その通りだが、お前には関係のないことだ」
 
 あっさり利用されていることを認めたルルーシュに、スザクは理解不能と言いたげに親友を凝視する。
 
 「この方々は各国のレジスタンスを束ねていてな、ある程度の戦力をお持ちだが残念ながらそれを生かす才幹はなかった。
 だから俺が知略を貸し、引き換えにその助力を借りるという取引でここにいるんだ。お互い様というやつだ」

 そして黒の騎士団も同じことだと言うルルーシュに、カレンはまだ自分達を信頼してくれていなかったのかと悲しくなった。
 しかし、事情を鑑みればそれも無理はなくて、日本解放が成ればみんなもブリタニア人を受け入れる土壌がある以上、彼も正体を明かしてくれるかもしれないと展望を抱く。

 「家族間で争うのはあの男のせいで、レジーナ様が仕向けた訳ではないぞスザク。
 俺の正体を知らずに単純に力を借りようと思ったゼロがそう言う事情を抱えていたが、目的のためには仕方ないと放っておいているだけだ」

 文句があるなら家族間で殺し合いを仕向けている本人に言えというルルーシュに、スザクは黙りこむ。

 「断わっておくが、別に姉上がお前を一番に考えて行動することに怒っているわけじゃないからなユフィ。
 ただ、俺もナナリーの幸福を考えれば信用出来ない相手と一緒に行動する訳にはいかないというだけの話だ」

 「ルルーシュ・・・私は、お姉様も貴方も大切なのよ・・・」

 ユーフェミアは小さな声で呟いたが、それ以上は口に出せなかった。
 七年前にルルーシュら兄妹を見捨てたという前科がある以上、ユーフェミアとしては何も言えない。
 あの時、たった一言でも姉が、自分が何かを言っていたなら・・・ここまで不信を抱かれることはなかったかもしれないのに。

 「そうか、だが俺の一番は決まっている。俺はナナリーの幸福のために戦う」

 「日本解放のためじゃないんだね」

 スザクの低い声音の問いに、そうだとルルーシュはあっさり肯定する。

 「レジーナ様も同様に、別に日本解放が最終目的じゃない。
 ただブリタニアを滅ぼす=祖国が戻るという方程式のもと、仲間を増やす過程で日本解放に協力してくれているだけだ」

 カレンは日本解放が手段に過ぎないと知ってムッとなったが、確かにエトランジュ達が協力している理由がそうなので、彼だけを責めるわけにはいかないとそれを押し殺す。
 それに、結果的に日本解放が成るというのなら、責めることもないのだ。

 「お前、これだけ言われてまだ気づかないのか。
 誰だって自分それぞれの一番大事なものがあって、そのために戦っているんだ!
 俺の一番はユフィじゃない、ナナリーだ!そしてお前の一番はユフィ、それだけの話なんだよ」

 「俺の一番が、ユフィ・・・?」

 今更何を言っているのかとルルーシュは舌打ちすると、スザクの頬を張り倒した。

 「お前はあいつの騎士になったんだろう!騎士は常に主君に従い、そのためだけに生きる存在だ。
 ルールルールと言うくらいなら、きちんと騎士がどういうものかぐらい把握しろ、この体力バカが!」

 だからこそ自分のものではなくなったスザクに、ルルーシュはショックを受けたのだ。
 それなのにこの男は、そんなことすら解らずに呑気に騎士が職業の一つだとでもいうように受け止めていたらしい。

 「ウザクウザクって言われてる理由・・・よく解ったぜ」

 ぽつりと呟いたクライスの台詞に、当人とユーフェミア以外の面々は深く頷く。
 ユーフェミアが理由を視線で尋ねて来たので、エトランジュが教えてやった。

 「うざったいというのは日本語で鬱陶しいという意味なのですが、それとスザクさんの名前とを組み合わせての仇名です」

 意味を知った時は苦笑したが、なるほど的を射た呼称だ。
 日本人内でスザクがどれだけ嫌われているのか、この一事だけでも解る。

 「日も暮れてまいりましたので、そろそろ話をまとめてもよろしいでしょうか、皆様?」

 ふと気づけば既に夕日が地平線に沈もうとしており、辺りは橙色に染まりつつある。
 ルルーシュがどうぞ、と促すと、エトランジュは自分なりにまとめた結論を言った。
 もっとも、既に結論は出ているものだったが。

 「ルルーシュ様はナナリー様と幸福に暮らすために、ブリタニアを滅ぼしたい。そのためには黒の騎士団を率いて、今後とも戦っていくおつもりです。
 そしてカレンさん方黒の騎士団は、ゼロの知略を用いて日本解放を行い、その後再奪還をされないためにもブリタニアを滅ぼしたい。
 ・・・利害一致なので、それでいいですね?」

 「はい、レジーナ様。異存はございません」

 カレンは全く間違いがなかったので納得し、ルルーシュも頷いて同意する。

 「私達もブリタニアを滅ぼさない限り祖国が戻ってこないので、レジスタンスをまとめて反ブリタニア同盟を作っていきたいので貴方がたと共に行動したいのですが、よろしいですか?」

 「ええ、もちろんです。カレンもそうだな?」

 「はい、ゼロ」

 そしていよいよ問題となっている主従に視線をやると、二人はびくっと肩を震わせる。

 「貴方がたは私達と戦いたくはない、けれどそれをやめさせる術を持たない。
 私達にやめて欲しいと言うしかないけれど、私達には貴方がたの事情を忖度する余裕も義務も義理もありませんのでその要求は却下されます。
 結論として、状況は改善されません

 「そんな・・・ルルーシュ!」

 「おやめなさい、スザク!もういいのです」

 スザクがなおも言い募ろうとするが、ユーフェミアの制止を受けて驚きつつも口を閉じる。

 「皆さんの言うとおり、何もしていないのに要求ばかりするのはやめるべきです。
 本来なら、私達は敵同士である以上この場で殺されても仕方なかったのにこうして話し合いの場を設けて下さいました。
 それだけでも、感謝すべきなのです」

 「話し合いで解決するのがいいんだろうけど、ユーフェミア皇女じゃぶっちゃけ無駄な時間で終わるからねえ」

 はっきりとそう言いきったアルカディアを、エトランジュがフォローする。

 「私としては貴女とお話するのはとても良かったと思います。
 少なくとも貴女は相手の話を聞く意志をお持ちで、状況を改善したいという思いもよく解りました」

 けれど、ユーフェミアでは決定権がない。
 いくら彼女がナンバーズを解放したいと願おうとも、それに否と皇帝に言われればどうするすべもないのだ。

 「専制君主国家の皇女である以上、仕方のないことと思います。
 ですから結果的には無意味に終わることでも、それでも私は嬉しかったです・・・私の話を聞いて下さったから」

 「レジーナ様・・・」

 「貴女の姉は都合の悪い話から耳をふさぎましたが、貴女は真っ向から向かい合い受け入れて下さいました。
 いろいろと貴女なりのご苦労や思いがおありだったでしょう。
 ですが、アルカディア従姉様がおっしゃったように、残念ながら貴女との話し合いは組織的には無意味なのです・・・ですから、余計に残念です。
 それでも、私の話を聞いて下さったことに礼を言います・・・ありがとうございました」

 ブリタニアを治める資格を持つ皇帝が変わらない限り、何もかもが変わらないというエトランジュに、何かを決意したユーフェミアが尋ねた。
 
 「皇帝陛下が考えを変えたら、戦う必要はないと?」

 「無理でしょうね。
 これだけの死人が出ている以上、今から侵略をやめて植民地を解放するといったところで、これまで侵略に貢献していた軍人に反発され、今まで殺されてきたナンバーズと呼ばれた方々から恨まれるだけです」

 「・・・なら、皇帝が変わった後に国是を変更するなら?」

 「時間がかかるでしょうけど、シャルル皇帝が変えるよりははるかにましでしょうね。
 ・・・貴女にそれが出来ますか?」

 「・・・解りません。でも、私はそれを変えたいのです。
 私はEUも、中華連邦も、そしてブリタニアも全部なくなって、世界が一つになって平和な世の中を見たいのです」

 ユーフェミアがまっすぐエトランジュを見据えて語る夢に、エトランジュは小さく笑みを浮かべた。

 「よく世界を一つに・・・などというスローガンを耳にしますが、私はそれがいいとは思えません。
 自分が好きな場所を選べないというようにも取れますからね」

 「それは、どういう意味ですか?」

 「一つということは、他のものがないともいえるからです。
 EUはあくまでも小国同士が集まって大国並の影響を持っているということはご存知でしょう。ひとつの国家にはまとまっていないんですよ」

 EUでは、それぞれの異なった形態を持つ国が集まっている。
 君主国家もあれば完全なる民主主義国家、貴族制度のある国やない国など、本当に様々なのだ。

 実はマグヌスファミリアは王族が主体となって政治を行っており、国民達は関与していない。その意味では、ブリタニアに近いといえる。
 王族が高度な教育を受けるために海外へ国費で留学する代わり、国のために政治を行う。いわゆる高貴なる義務と言うやつだ。
 農耕国家ゆえの貧乏さから効率的に政治を行うためなので、文句が来たことはない。
 もともと身分制度自体、そうすることで効率的に政治を行うために生まれたのだ。

 そんな貧乏君主国家のマグヌスファミリアだが、そんな国にも移住希望者は来る。
 緑豊かでのんびりした国で過ごしたいという者が、移住を望んで来ることは何年かに一人や二人は来るのである。

 逆にマグヌスファミリアの機械文明に憧れた娘が、EUのとある国の嫁不足に悩んでいた農村に嫁いだこともある。

 EUでは移民を希望し、その国が移民を認めれば犯罪者などでない限りそれが叶えられる。そうEU連邦の法律で決められているのだ。

 「自分に合ったものを選べるというのも、よろしいのではないでしょうか?
 極端な例ですがユーフェミア皇女、ご自分の一番好きな物が最上級の素材で作られたものだけがあるレストランと、少々味は落ちてもたくさんのメニューがあるレストラン・・・永続的に利用するとしたら、どちらを選びますか?」

 「解りやすいですね・・・もちろん、たくさんのメニューがあるレストランです」

 「私はそれでいいと思うのです。たくさんのものがあって、それぞれ好きなものや自分に合ったものを選べる世界。
 一つに纏まるというのはそれはそれで素晴らしいと思いますが、それぞれがその中核になるために争い出しては本末転倒ではないかと思うので」

 現在ブリタニアがやっているのがそれだ、と言うエトランジュに、なるほどそういう考えもあるのかとユーフェミアは目から鱗が落ちた。
 もちろんそれはあくまでエトランジュ個人の考えであり、穏便に一つになれるというのならそれはそれで悪いものではない。

 「ユーフェミア皇女に一つ、偉そうですがこんな例があったことをお教えしておきましょう。
 昔とある国で宗教間の争いが起きていることに心痛めた皇帝がそれを止めるためにその二つの宗教を廃止し、新たな一つの宗教を改めて広めようとしたことがあったのです。
 一見いい考えに見えますが、双方からすれば別宗教を押し付けられていることに変わりはないということにその皇帝は気付かず、情勢が悪化する結果になってしまいました」

 「・・・ご忠告、ありがとうございます」

 自分ならうっかりやってしまいそうな行為だと、ユーフェミアは溜息をついた。

 「政治って、大変ですね・・・改めて言われると、怖くなりました」

 「大勢の人々がいる以上、大国であればあるほど意見が纏まらなくなるのは仕方ないと思います。
 私の国は非常に人口が少なく僻地にあるので、逆に結束力が強くあんまり揉めたりしないんですよね」

 実際、マグヌスファミリアでは暴動だの革命だのそんな物騒な事件が起こらなかった。
 理由は貧乏ゆえに余裕がないため、王族が食料を独占するだのという行為をしたが最後、他の国民達からあっという間に排斥されることが目に見えているので初めからやらないからである。
 王族より国民の方がケタ違いに多い上に王族を守る軍隊がないのだから、当たり前だ。
 ゆえに平等に食糧分配という王族最大にして重要な仕事だけは、意地でもきっちり行っていた。

 世界史上、国が内部から崩壊した理由の大半が、飢えと貧困によるものだ。フランス革命などその代表である。
 “飢えは為政者の最大の敵”というのは、はっきり言って常識中の常識なのだ。
  それを知らずにゲットー封鎖などという行為をしてしまったユーフェミアの信用は、地に潜ってしまったという訳だ。

 「それと、最後にもう一つだけ・・・私はブリタニア皇族が嫌いです」

 はっきりとそう告げたエトランジュに、ユーフェミアは小さく俯いたが続けられた言葉にはっと顔を上げた。

 「けれど、ブリタニア人が嫌いなわけではありません。
 私達に英語を教えて下さったのは元ブリタニア貴族の方ですし、レジスタンス活動を助けてくれる方やそうと知りながら見て見ぬふりをして下さっているブリタニア人の方が大勢いるからです。
 ブリタニア皇族が嫌われているのはその血筋故ではなく、その行為によるものであるということを、忘れないで下さい」

 「はっきり言うとね、あんたらはその辺りのことが全く解ってないのよユーフェミア皇女もそこのウザクも」

 アルカディアがスザクにはもはや何を言っても無駄と認識したので視界にも入れず、ユーフェミアに向かって手厳しい口調で言った。

 「私達がユーフェミア皇女のバカと罵ると、“自分はブリタニア皇族だから、姉が日本人を虐殺したから恨まれている”って思いこんで、自分達が何をしたかなんて考えてもいなかったでしょ」

 むしろ自分は善意でしたことだからいい結果が出ているはずだと考え、どうして理解してくれないのかとすら思っていたはずだと言い当てると、ユーフェミアははい、と小さな声で認めた。

 スザクもユーフェミアを悪しざまに罵るアルカディアをそんな目で見ていたが、はっきり迷惑を被ったからだと言われると言い返せなかった。

 「だけど、確かに虐殺者の身内だからと恨む人はいるけどね、実際は当人がまともなら人はそれほど悪意を向けたりはしないものなの。
 むしろコーネリアはああいう女でも、さっきも言ったけど余裕がない今効率を考えて妹は自分達を大事にしてくれるなら彼女を支持していこうとなったでしょうね。
 善意が全ていい結果になるとは限らないことを理解せずに、彼らの信頼を失ってしまったってわけ」

 「そういえばユフィ、コーネリア姉上が入院してから、どういう形で物事を決裁していたんだ?」

 だいたい想像はついていたが、念のためルルーシュが尋ねるとユーフェミアが小さな声で周囲の人間が運んでくる書類を確認し、日本人を弾圧する書類を避けて決裁していたと告げるとやはりなと溜息を吐く。

 「戻ったら自分が決裁したもの以外の書類を確認してみるといい。
 君が許可を出した書類は確かにブリタニア人が日本人を弾圧しないものばかりだが、総督や副総督の許可がなくてもいい範囲内なら、日本人に対する弾圧が行われているはずだ」

 「え・・・あ!」

 ユーフェミアは考えが足りないだけで、政治的知識はある。ルルーシュの言葉の意味に気付いて、顔を青ざめさせる。

 「どういう意味ですか、ルルーシュ様。ユーフェミア皇女の許可がないなら、それでいいというわけではないようですが」

 てっきりゲットーを封鎖しブリタニア人の行き来を封じるという弾圧だけだと思っていたエトランジュに、ユーフェミアが震える声で答えた。

 「いくら総督や副総督でも、全ての決裁を行うのはとても無理です。
 ある程度は地方長官などに権限を委託していて、トウキョウ租界についてはダールトンがわたくしの裁可がなくてもある程度の政策を整えることが可能なのです」

 「たとえば名誉ブリタニア人を左遷する、ある程度の財産を持っている日本人に対する地方増税、テロリストとして捕らえた日本人の処刑は、地方長官程度の権限で施行することが可能なのですよ」
 
 マグヌスファミリアでは国すべてのそれは国王決裁なので、エトランジュは人口が多いとそうなるのかと一つ学んだ。
 ちなみに現在、国王代行として伯父にして宰相のアインが政治を処理しているので、エトランジュはまるでやり方を知らなかったりする。

 「ああ、そういえばカンサイでは地方税が高収入の日本人にだけ増税されるって聞いたわね。
 私達が殺したハーマウ男爵がカンサイブロック長官権限で決めたんだっけ?」

 「そうですよアルカディア様。ナンバーズに対する法律適用は、ブリタニア人次第でいかようにも出来ますからね。
 総督や副総督なら止めることが可能ですが、決めるだけならある程度権限のあるブリタニア人の自由です」

 「私・・・トウキョウ租界近くのゲットーの日本人ばかりに目が行って、他のことが見えてなかった」

 ルルーシュが教えてくれなければ、恐らくここを出てからも解らずにいただろう。
 
 「おそらく、君は周囲に“テロリストに対して手荒な行為をするな”などと言っただけで、それ以外の日本人について確たる指示を出さなかったんじゃないか?
 しかもその手荒な行為というのも細かく指示を出していない・・・違うか?」

 「はい・・・全くその通りですわ」

 租界とゲットーの行き来を制限したとはいえ、“ゲットーへ行く者はブリタニア執政官および大佐以上の許可を得た者のみとする”となっているため、逆に言えばその許可を得られた者は出入り出来る。
 その者達は当然スパイの疑いがない信頼できる精鋭達である。その能力を発揮し、黒の騎士団の下部組織や他の弱小テログループをいくつか摘発していたのだ。

 逮捕された者は、当然ブリタニア側からすればれっきとして犯罪者だ。そして“現在のブリタニア法律に則って”処理される。
 裁判なしの死刑だの投獄だのが行われても、それは裁判官の許可で充分だ。わざわざ副総督の許可などなくても、事後報告で構わないのである。
 
 自分が決裁するから必ず報告せよと言う命令がない限り、必然的にそうなる。彼らは命令に背いたわけではないから、責めるわけにもいかない。

 「ユフィ、俺の意見を言わせて貰う。
 君は確かに崇高な理想を持ち、それに向かって努力する姿勢を持っていることは素直に尊敬しよう。
 だが、やり方が解っていない。何よりまずいのは、君は思いつきで行動しすぎだ」

 それは為政者として最悪だとはっきり宣告すると、ユーフェミアは落ち込みながらも頷いた。

 「スザクに言って電話をかけさせた時、君は何故俺が君に生存を言わなかったのか、考えなかっただろう?それと同じノリで、今までやって来たと想像がつく。
 電話をかけさせて俺の生存を探るまではまだいいが、いきなり俺と話そうとしてきて・・・どれだけ俺が焦ったことか」

 「ご、ごめんなさい」

 「君がまずやるべきことは、政治のやり方を覚えることだ。
 いきなり副総督などという地位を渡した姉上が悪いが、通常は地方長官から始めるくらいがちょうどいいんだぞ」

 つい先ほどまで学生だった人物を、自分がいるからと言って権限の強い副総督に据えたコーネリアがそもそも悪いのだ。
 どうせ彼女のことだから重要事項は自分一人で決めて、口では厳しく言いながらも本音では妹には自分の傍で穏やかに過ごして貰いさえすればいいとでも考えていたのだろう。
 
 そうでなければ妹に確実な実績を積ませようとするはずだが、コーネリアがつけた補佐であるダールトンが結局全てやってしまっているため、彼女は成長する機会を奪われ続けていたのだ。

 「あんたさ、今までの話を聞くに思い付きで何かの提案をするだけで、計画して行動するってことがなかったでしょ」

 「・・・はい。解りますか?」

 「ええ。そっちの騎士も同類でしょうね」

 「・・・・」

 アルカディアの呆れかえった台詞にユーフェミアが顔を赤くすると、エトランジュを指さした。

 「うちのリーダーも頭あんまりよくないから、まず自分の案は紙に書いてよく考えるの。
 それで却下されたらどうして駄目なのか、理解するまで説明を求めてくるわ」
 
 もちろんこのようなやり方では政務は遅れるし、尋ねられる方も説明にうんざりするかもしれない。しかし、それでエトランジュはゆっくりでも学んでいく。
 彼女達の年齢では、もともと成功するより失敗を糧に成長するのが当たり前なのだ。ただ状況がそれを許さない以上、失敗のないように行動するには無難な方法なのである。

 「あんたはまず、計画を立てて考えることから始めた方がいい。さもないと、全員が迷惑する。
 っていうか、あんたらのほうが余裕があるんだから、頼むから計画書を書くくらいのことはしてじっくりとっくり考えて欲しいわ」

 政治家の基本だというアルカディアに、ユーフェミアはもっともだと納得してしゅんとなった。

 「ただし、あんたがゆっくり学んで成長していると知っていても私達のほうは余裕が全くないから、今後ともブリタニアと戦うことに変わりないわ。
 時間は全くないと思った方がいいでしょうね」

 「そういうことだ・・・それでも君にはダールトンやギルフォードと言った信頼出来る人間がいるというのは幸運なことだ。
 あいつらが国是思想の持ち主でも、君を思っている以上君が成長する機会を奪うような真似はしないだろうよ」

 ただし、君がはっきりと成長したいと告げなければ鳥籠の中で鑑賞されるお飾りのままだと言うルルーシュに、ユーフェミアは異母兄をまっすぐに見据えて言った。

 「もし間に合わなくても、私はやるべきことはやっていくわルルーシュ。
 あの・・・一つだけ貴方に相談したいことがあるの。聞いてくれる?」

 「なんだい、ユフィ」

 最後の語らいだから何でも聞くというルルーシュに安堵の吐息を吐いたユーフェミアは、笑顔で尋ねた。

 「私、貴方にとても迷惑をかけたし、日本人にもとても悪いことをしてしまったわ。 
 私が出来ることで、みんなの役に立つことはありますか?」
 
 貴方なら信頼出来る。
 だから、自分がどうすべきか貴方の意見を聞かせて欲しいというユーフェミアにルルーシュは低い声で言った。

 「俺はゼロだぞ?」

 「でも、今は私の兄だわ。兄として最後の言葉をくれるって言ってくれた」

 ルルーシュはその言葉に大きく眼を見開くと、一本取られたというように観念した。

 「いいだろう、俺なりの考えを君に話そう。ただし、それらすべてが正しいとは限らない。
 君自身が考え、選んでいくんだ・・・いいな?」

 「ええ」

 ルルーシュは異母妹の髪を撫でてやると、後ろ手に縛られたまま放置されたスザクの傍に歩み寄る。
 
 「・・・礼を言っておこう。俺とナナリーを守ってくれようとしたんだな。・・・ありがとう」

 「ルル-シュ・・・」

 「だが、それももう無理だスザク。今度は俺達の代わりというのもおかしいが、ユフィを守ってやってくれ。
 敵は黒の騎士団ばかりじゃない、皇宮に巣食う宮廷貴族どもや皇族達もそうだ。
 お前ならそこらの刺客程度なら、簡単に排除してくれるだろう」
 
 再会した時華麗な蹴りを披露したスザクを思い出したとからかうように言うと、スザクは親友の儚い笑顔を凝視する。

 「明日になれば、俺達は敵同士だ・・・もう、友人ではなくなる。
 だから、これが最後の友人としての言葉だ」

 ルルーシュはゼロとして相対すればお前を殺すと言いながらも、それでも初めての親友に向かって矛盾した優しくも残酷な言葉を告げる。

 「親友としてお前に言う。枢木 スザク、お前は生きろ

 「・・・・!!」

 「そして、俺の異母妹(いもうと)を守ってくれ。出来れば、黒の騎士団と戦って欲しくはないがな

 冗談めかした台詞がスザクの耳に入った瞬間、その言葉が絶対遵守の命令となってスザクに流れ込む。

 赤く縁取られた目をしたスザクが、紫電の瞳を持った友人にその命令を遵守すると宣誓する。

 「解ったよルルーシュ。もう、騎士団と戦うことはしない

 「ありがとう、スザク・・・そして、すまない」

 こんな形で決着をつけたくはなかったが、これ以上ゲンブやシャルルといったバカな大人のために振り回されたくはない。
 親友と戦いたくないのは、自分も同じなのだ。だが彼が戦う意思を持ち続ければ、確実に彼を殺さなければならなくなる。

 親友の命を助けるためとはいえ、こんな手段を取らざるを得ない己に腹が立った。

 「俺達は親友だから・・・」

 「ああ、そうだねルルーシュ」

 スザクは涙を流しながら頷くと、ルルーシュの胸に顔をよせて懇願するように言った。

 「俺は・・・俺は生きていてもいいのか?父を殺した俺を、幾多の人命を奪った俺に、君は生きろというのか?!」

 「そうだスザク。君は俺達を助けてくれた・・・俺はお前に感謝している。
 だからあの日、お前が無実の罪で処刑されるのを見過ごしたくなくて助けに行ったんだ」

  反逆の意志は初めからあったが、ナナリーがまだ学生、自分自身も学生なままでゼロをやる予定はクロヴィスを殺した時にはまだなかった。
 だがスザクが犯人としてでっち上げられ、彼を助けるためには早めに反逆者デビューを果たさざるを得なかったのである。

 お陰で出席日数はやばくなるわ、妹との語らいの時間は減るわ、貯めていた貯金は減るわでいろいろ大変な事態になっていた。
 もしあの件がなければ、反逆者ゼロの登場は二年ほど遅れていたであろう。

 しかし、そのスザクが処刑されかけた事件の映像でゼロを見つけたマグヌスファミリアとしては、少々複雑な心境であった。

 「俺のため・・・ルルーシュ・・・」

 「ああ・・・お前に死んで欲しくはなかったんだ。技術部と聞いていたから安心していたのに、まさか白兜のパイロットだなんてチョウフ基地で判明するまで思ってもみなかったよ」

 「ごめん・・・心配掛けたくなくてさ・・・」

 「もういいんだ、スザク。俺はもう、友達同士で騙し合うことに疲れた」

 スザクは人の話を聞く耳はないし、かといって自分のためにその手を血に染めたと知っては、もはやこうするしかなかった。

 「お互い命の助け合いをした・・・そういうことにしようスザク。
 明日からはもう、親友のルルーシュ・ランぺルージはいない。お前の前に立ちはだかる、ブリタニアに反旗を翻すゼロだ」

 そしてスザクはブリタニア皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアを守る騎士だ。ゼロの敵以外の何ものでもないと告げると、スザクはどうしてこうなったのかと自問する。

 もしも先にルルーシュがゼロだと明かしてくれていたら?いや、自分はきっとそんなことはやめろと言い続けて彼を窮地に追いやってしまっていた。
 自分をよく理解していたからこそ正体を明かさなかったのだと、スザクは今さらに悟って呆然となる。

 「だから言ったでしょ、何をしようが結果はもう決まってるって。
 あんたのリアクションを見るに、ゼロの正体にうすうす気づいていたけど、今の関係を壊したくなくて黙ってたんでしょ」

 「・・・ああ、そうだ」

 ゼロの正体がルルーシュなら、ゼロをやめて貰えば彼を捕えずに済むと心のどこかで考えていた。
 結局自分はルルーシュに甘えて甘えて、結果彼をここまで追い詰めてしまったのだ。

 「覚悟決めなくてもいいから、何もしないで枢木。あんた、本当に邪魔。
 あんたの考えは角度がずれ過ぎてて、悪い結果しか生まないから」

 脳筋とかもうそれ以前の問題だというアルカディアはそれだけをスザクに要求した後、ユーフェミアに手厳しい言葉を浴びせかける。

 「あんたもそうよユーフェミア皇女。あんた自分が持ってたアドバンテージを経緯はどうあれ自分で壊したんだから、ルルーシュ皇子の策を持ってしてもどこまでいけるか解らない。
 冗談抜きで自分の命賭けることになるけど、その覚悟を持ってやることね」

 相手は黒の騎士団および世界各地のレジスタンス、さらには国是主義のブリタニア人と敵は多いと告げるアルカディアに、はい、とユーフェミアは頷く。

 「私は・・・みんなと仲良くしたいです。それが見ることが叶わないなら、それでも構いません」

 ブリタニア皇族には貴重な主義者である。
 アルカディアとしても無為に殺したくはないし、ブリタニアを滅ぼした後彼女を傀儡のトップとして据えればある程度のブリタニア人の反感を抑えられるという案もある。

 エトランジュも考えは同じなのか、スザクだけ殺してユーフェミアのみ生かすのが一番だが、今回は諦めることにした。

 「では、今回はルルーシュ様のお顔を立てましょう。
 ユーフェミア皇女を捕らえた黒の騎士団から、枢木少佐が同じく捕らえたカレンさんとの人質交換で奪還したのです。
 今宵あった出来事は、ただの生き別れになった異母兄妹の語らいであり、親友同士が腹を割って話しただけです。それで、よろしいですか?」

 「俺は構わない。もう、二人と話す機会はないだろう・・・感謝しますよレジーナ様」

 「ち、レジーナが言うなら仕方ないわね・・・手は打ってくれるようだし」

 はっきりスザクにギアスをかけたことを確認していたアルカディアも、その代償ならいいと納得するとスザクとユーフェミアも了承した。

 「ありがとうございます皆様。スザクも、いいですね?」

 「でも、俺は・・・父親殺しの俺が、貴女に仕える資格は」

 震える声音で俯くスザクに、ユーフェミアは微笑みかけた。

 「なら、これからわたくしと一緒に償っていけばいいわ。私には貴方が必要なのです・・・私の騎士なのでしょう、スザク。
 それとも、日本人を追いつめてしまった私はお嫌いですか?」
 
 「いいえ、そんなことはありません!!ですが!」

 「それなら、私の味方になってくれませんか?
 私には貴方が必要なのです。貴方がいなくなったら、ルルーシュもいなくなる今私の味方は貴方だけです。
 私と一緒に、頑張ってくれませんか?」

 「イエス、ユアハイネス・・・ユフィ、ありがとう」

 スザクが涙を流すと、ルルーシュはスザクを縛っているロープをほどこうと手を伸ばす。

 「ちょっと待ってろ、今ほどいてやる。そうしたら、夕飯の材料を取りに行って貰うからな。体力バカにはぴったりの役目だろう」

 「ひどいなルルーシュ。ここには兎や鳥もいたし、すぐに捕まえてくるよ」

 ルルーシュは初めこそ余裕の表情で縄を解こうとしていたが、相当固く結んだらしくてほどけない。
 
 「くっ・・・なんだこれは?!この結び目ならこうすれば計算上ほどけるはずだ!」

 「あー、それ漁師の人から教わった結び方で、解き方判んないと無理よ?」

 アルカディアがさらっと言うと、エトランジュがすたすたとスザクに歩み寄りロープに手をかけると、力を入れながらもするするとほどいていく。

 「はっきりきつく結んだんですねアルカディア従姉様・・・はい、これで大丈夫ですよ」

 「・・・どうも、ありがとうございます」

 やり方を知っていたとはいえ、それでも年下の少女に簡単に解かれる様を見たルルーシュは、内心プライドが傷ついた。

 スザクの手首にはうっ血の痕が生々しく残っており、アルカディアがいかに彼を始末する気満々だったかが伺える。

 「・・・とりあえず、今夜の食事を確保しよう。まず穴を掘って兎を捕まえて・・・」

 「もう捕まえてしまいましたルルーシュ様。既に血抜きも終わっていますので、食べられますよ」

 エトランジュが木陰に吊るされている兎を指すと、ジークフリードが息子に指示する。

 「食べられる実などもありますが、この人数では少々厳しいですな。クライス、近くに魚がいる川があっただろう。何匹か捕まえてこい」

 「へいへい、めんどーだけど仕方ねえな。アルー、お前も手伝ってくれよ」

 「時間ないし、いいわよ。じゃあちょっと行って来るから、カレンさんとジークさん、悪いけどあとはよろしく」

 何をよろしくするのかというと、もちろんスザクの監視である。
 クライスとアルカディアが川へと消えていくのを見送りながら、カレンが尋ねた。

 「ここで一泊する羽目になるって、解ってたんですか?」
 
 「ルルーシュ様の指示を受けて救護のためにここに来た時、万が一に備えて兎とか木の実とか集めてたんです。
 私も料理は父や家族から習ってたので、こういうことは得意なので」

 電化製品などあまりないマグヌスファミリアでは、かまどによる調理もするし家畜を処理する事も日常茶飯事にある。
 ウサギ程度ならエトランジュにも捌けると聞いて、カレンはさすが農耕国家と驚きつつも感心した。

 手際よくエトランジュが兎を切り分け、ジークフリードが火を起こすのをただ見ている文明国家育ちの面々は、気まずそうに顔を見合わせた。

 「・・・後片付けくらいは、俺達がするか」

 「そうだね、ルルーシュ」

 「後片付けって、どうするんでしょう?」

 「洗い物とか・・・でも、洗剤とかなさそうだし。ってか、皿とかあんの?」

 他愛のない会話をしながらも四人はだんだんと口数が減り、何となく夕焼けを見つめた。
 あの太陽が再び昇った時・・・再び自分達は敵味方となる。

 一番仲が良かった異母兄妹なのに、親友なのに、どうしてこうなってしまったのだろう。

 楽しそうに夕飯の支度を整えているマグヌスファミリアの一行が、とても眩しく見えた。 




 「私は日記をつけて日々の記録をしてますね。後で見返してみると、いろいろ見落としてたりすることがありますので」

 「日記ですか、それはいい考えですね。私もやろうかしら」

 ユーフェミアとエトランジュが兎の串焼きと木の実を食べながら談笑している傍ら、ルルーシュが怒鳴っている。

 「違うな、間違っているぞスザク!魚は焼けばいいというものではない、きちんと三枚におろして内臓を抜くんだ!」

 「君はこういうことにうるさいなルルーシュ。食べられればいいじゃないか」

 「こういうところの魚は、寄生虫などの危険もあるんだ!熱処理を完全に行うべきだ!」

 「なんだ、焼くだけじゃ駄目なのか」

 カレンも木の枝で作った串に魚を刺して丸焼きにしようとしていたのを見て、料理に関しては自分がやらねばと材料を二人から強奪する。

 「幸いレジーナ様が海水を乾燥させて作った塩があるから、味付けは出来る。俺に任せろ!」

 無駄にオーバーアクションを取りながらも、カレンから借りたナイフで華麗な手さばきで魚を切り分けていくルルーシュに、カレンは何だかムカついた。

 「あんた、皇子様のくせになんでそんな料理がうまい訳?」

 「日本に人質に出された時、毒殺の恐れがあったから自分で材料を仕入れて作るようにしたんだよ。
 ゲンブが俺達を殺そうとしていた事実が明らかになった今、それは正解だったようだな」

 そういえば生徒会の差し入れも、時々こいつの手作りだったけと思いだしたカレンに、ルルーシュはさらりと鉛のような答えを言う。

 「そ、そう・・・それは大変だったわね」

 「・・・・」

 その答えが耳に入ってしまったユーフェミアは、何の心配もなく宮廷の最高料理を食べていた己が恥ずかしくなった。

 「どうしたユフィ。その実がまずいなら、こっちの甘いやつにするかい?」

 「ううん、いいのよルルーシュ。本当に大変だったのね」

 「まあ、生きていくためのスキルは一通り身につけられたと思えばいいさ。
 ふっ、適量の塩、この火力による焼き加減・・・さらにこの木の実で作ったソース!完璧だ!さあ食べるがいい!」

 無駄に完璧主義なルルーシュが焼いた魚は、甘い実で作ったソースが実によく合う絶品であった。

 「あ、おいしー!たったこれだけの材料で?!あんたゼロ引退したら料理人でやってけるわよ」

 「よく実だけでソースなんて作ったもんねえ。私もお代わりー」

 カレンとアルカディアが遠慮なしに食べるのを見て、遠慮したのはユーフェミアとエトランジュ・・・双方の陣営の中では一番身分の高い二人であった。

 「・・・人気みたいですから、一匹を半分こしませんか、ユーフェミア皇女」

 「そうですね、レジーナ様」

 綺麗に半分に分けた木の実ソースがけ焼き魚を、兎の肉とともに食べる。

 結局朝食分に回す実以外を綺麗に平らげた面々は、約束通り食料集めをしていなかったルルーシュ達がやり、骨や種などを木の根元などに埋めて処理する。

 「次は寝床の準備だけど・・・夏とはいえ夜は冷えるのよね」

 温かい洞窟があるにはあるが、そこは遺跡がある場所だ。
 カレンやユーフェミア皇女、スザクがいなければそこでとなるが、部外者を連れて行きたくはないし、シュナイゼルらがいつ来るかも解らない。
 アルカディアは持参していたサバイバルシートを3枚取り出し、それを寝袋代わりにすることにした。
 それを受け取ったエトランジュは、草むらにそれを敷き詰めにジークフリードと共に歩き去っていく。
 
 「三枚しかないから、レジーナとユーフェミア皇女と、カレンさんで。
 男の方が体温高いんだから、一晩くらい何とかなるでしょ」

 「え、アルカディア様はいいんですか?」

 カレンが遠慮すると、クライスがひらひらと手を振る。

 「こいつ頑丈だから、平気平気」

 「うん、クラの上着強奪するから」

 「待てやごるぁ!てめえ保温性の高いケープ持ってんじゃねえか」

 アルカディアとクライスが罵り合っているのを、ユーフェミアは少々おろおろしながら言った。

 「あの、止めなくていいんですか?」
 
 「ああ、あの二人はいつもあんな感じだから、あれで仲がいいんだろう」

 ただのスキンシップだろうと言うルルーシュにほっとするユーフェミアだが、もしかしてというように尋ねた。

 「もしかして、お付き合いされてらっしゃるとか?」
 
 その言葉が口から放たれた瞬間、二人の動きが止まった。

 「違う!間違ってるユーフェミア皇女!俺は確かに既婚者だが、こいつじゃねえ!」

 「そうそう、こいつは私の姉と結婚してんの。つまりは義理の兄」

 やめろおおと嫌がりすらするクライスに、ああそれで女王であるエトランジュにタメ口なのかとルルーシュとカレンは納得する。
 アルカディアの姉なら当然エトランジュの従姉なわけだから、彼女にとっては義理の従兄でもあるわけだ。

 「結婚してたんですかクライスさん?!指輪してなかったから解らなかった・・・」

 「外国じゃ既婚者は指輪するらしーけど、うちは農業や漁業するのに邪魔なんでそんな風習ないんだよ」

 「なるほどー。じゃあコミュティで帰りを待ってるんですか奥さん」

 カレンの何気ない問いに、クライスは小さく笑みを浮かべて答えた。

 「国が占領される際、城を湖に沈める装置を動かすために残って・・・そこで死んだよ」

 遺跡を鎮める仕掛けは城が建設された当時からあったものだが、それを動かす方法は王族のみが知っていたため、アルカディアの姉であるエドワーディンがその役目を引き受けたのだ。
 動かすだけならいいが、ブリタニア軍に包囲されていたせいで逃げることが出来ず、彼女はその後自害した。

 クライスが姉にあれほどの殺意で大砲を投げた理由が解ったユーフェミアは、いたたまれない気分になった。

 「ま、そんなわけでコーネリアには恨みがありまくりな俺ですが、あんたにそれを向ける気はないので安心して下さい」

 「・・・はい」

 ごめんなさいと言っても何の価値もないとエトランジュから言われたユーフェミアだが、それでも何度でも頭を下げたい衝動に駆られる。

 「あのー、サバイバルシートを草むらに敷いてまいりました。
 朝は早く起きた方がいいでしょうから、そろそろ行きませんか?」

 先ほどのやり取りは聞こえていなかったエトランジュが戻ってきたが、ユーフェミア皇女が暗い顔をしているのを見て何があったか視線で問うと、アルカディアがクライスを指す。
 それだけで理解したエトランジュは、何事もなかったかのように言った。

 「私達三人は、そっちで眠りますね。殿方とアルカディア従姉様は、どうなさいますか?」

 「私は見張りも兼ねて、ジークフリード将軍とちょっと離れた場所で寝るわ。
 そっちのバカとルルーシュ皇子でどうぞごゆっくりー」

 ひらひらと手を振りながら一方的にそう告げると、アルカディアはジークフリードを従えてさっさと立ち去ってしまう。

 「じゃあ、私はカレンさんとちょっとお話がありますので・・・いいですか?」

 「・・・そうですね、実は私も、いろいろと質問が」

 実際はそんなものはないが、カレンもルルーシュの覚悟を見て取って最後なのだからと言い聞かせてエトランジュの言葉尻に乗ると、そそくさと彼女の背後に従って歩き去った。
 エトランジュとカレンがあからさまに気を使って三人だけにしてくれたのだと解った三人は、少々気まずい沈黙の後まずルルーシュが口火を切った。

 「さて、ユフィ。さっきの約束通り、君に俺が考え得る“日本人とブリタニア人が共存出来る方法”を教える。
 ただし、本当に難しい・・・それでも聞くかい?」

 「ええ、ルルーシュ。お願いするわ」

 ルルーシュが細かいところまで交えたその手段を語ると、ユーフェミアはあまりの綱渡りの方法に唖然とした。

 「・・・それじゃないと、駄目?」

 「まず君がすべきことは日本人の信用を回復することだが、ブリタニア人の反感を買わないようにするバランス感覚がまず求められる。
 コーネリア姉上の意識が戻ったら確実に反対される案だから、君がトップのうちに片を付けるのが一番だが・・・時間が足りなさ過ぎる。
 だから一番失敗のない方法は、まずブリタニア人の中からブレインとなる人物を探すことだな」

 「主義者の方、ですね」

 エトランジュから中間管理職以下になら主義者の政治家がいると聞いていたユーフェミアが答えると、ルルーシュは独り言のように言った。

 「たとえば政庁で資料室長をしている男は、以前日本人に対する法の適用がまずいと発言して法務課から飛ばされていたな。
 男爵家の二男だし、君が資料を探す手伝いをして欲しいと言えば手伝ってくれるかもしれない」

 つまり皇族の手伝いをしてもおかしくない身分な上、とかく情報を遮断されがちな彼女の助けになってくれるというアドバイスに、ユーフェミアは嬉しそうに頷いた。

 「あからさまに主義者を周囲に集めると、確実に後からまずい事態になる。
 せいぜい3,4人程度にしておいて、後は裏から使う程度にしておくといい」

 「解ったわ、気をつける。あのね、その策のことなんだけど・・・下地が出来たら、貴方も協力してくれる?」

 「・・・出来たらな。その方が俺も好都合だ」

 ルルーシュは一から十までギアスで支配して指示する方が確実だと解ってはいた。
 しかし、自分の意志で頑張るという異母妹にそれは出来ず、どうしても失敗してしまいそうならその時にと決めていた。

 「戻ったら、すぐにでもやらなくては・・・計画書を立てるところからだけど」

 「ちゃんと解っているじゃないか。まあ、頑張れ」

 はい、と嬉しそうに笑みを浮かべる主を見て、この策がうまく行ってユーフェミアの地位が確たるものになったら皇族に復帰してくれないだろうかと甘い考えを抱いた。
 しかしどう見ても戻る気のない親友に二度も言えば本気で見限られかねず、おそるおそる尋ねる。
 
 「・・・あのさ、ルルーシュ。どうしても、アッシュフォードから出るのか?」

 「ああ、お前達が黙っていてくれても、いずれコーネリア姉上にバレるからな」

 政庁の電話で連絡してしまった主従は、せめてスザクを学園にやって手紙でも渡せばよかったと今更に悔やんだ。
 
 「気にするな、これで俺も踏ん切りがついた。これからは思う存分、ゼロとして動けると考えることも出来るからな」

 凶悪な笑みを浮かべて物騒なことを言うルルーシュに、ユーフェミアとスザクは顔を引きつらせる。

 「・・・ナナリーのことは、スザクから聞いたわ。まだ、あのままだって」

 「ああ・・・名医に見せれば足は治るかもしれないが、それをするとブリタニアに生存がバレる可能性があるからな」

 「そう・・・そうね」

 ユーフェミアが押し黙ると、ルルーシュが尋ねた・

 「俺からも聞きたいことがある。君は母が殺された事件について、何か知っているか?」

 「いいえ、私は何も・・・でも、お姉様がいろいろ調べているみたい。マリアンヌ様は、お姉様の憧れだったから」

 「そうか・・・姉上ほどの身分と実力者が調べて不明なままなら、相当な身分の者が関係しているなこれは」

 それだけでも手がかりだとルルーシュは考えた。仮にも平民出身とはいえ皇妃を殺されたというのに、何の捜査も行われないというのは明らかにおかしいのだ。
 
 「まあ、いい。ブリタニアを崩壊させた暁には、草の根分けても引きずり出してやる」

 母を殺された息子としては、至極当然の決意である。
 
 「君は母の事件について何も調べるなよ・・・確実に君の立場がまずいことになる」

 「解ったわ、ルルーシュが教えてくれた策の方で、精一杯だし・・・」

 ユーフェミアはそう考えながら、このままいけば遠くない未来ルルーシュとスザクがまた戦うことになるのではないかと危惧した。
 自分の護衛と言う名目でランスロットに乗せなくても、シュナイゼルから出撃命令が下れば彼も戦わざるを得ないからだ。

 迅速かつ確実に、ルルーシュから教わった策を実行に移そう。
 そう決意を秘めたユーフェミアがふと物音がしたので振り向いて見ると、そこにはサバイバルシートが一枚、ぽつんと置かれている。

 「・・・レジーナ様」

 見えないメッセージを受け取ったユーフェミアは、涙をぬぐいながらそれを手にする。

 「あのレジーナっていうリーダー、いい人だね・・・アルカディアって人はすごい毒舌家だけど」

 「約束があるからだ」

 さんざん言い負かされたトラウマか、スザクが苦手そうに言うとルルーシュが教えてやる。

 「どんな辛いことでも、ありのままのみを口に出して嘘を決してつかないと、レジーナ様と約束したんだそうだ。
 実際嫌なことの方が多い出来事を口にし続けるというのは本人にも苦痛だろうが、それでも現実を認識しなければ未来はない。
 だからいつまでも逃避思考のお前に腹が立ったんだろう」

 「そっか・・・そうだよね」

 軍人でもないのにその手を汚した従妹が醜い現実を直視して行動しているのに、それを下らぬ考えで否定されれば腹も立とう。

 「さあ、そろそろ休もうユフィ。明日のシナリオは解っているな?」

 「ええ・・・私は黒の騎士団に捕虜にされたけど、その後スザクがカレンさんと交換で奪還、その後ゼロ達は隠しておいたナイトメアで逃走した・・・でいいのね?」

 「そうだ。俺達が持って来ているナイトメアに乗って、仲間と合流する」

 幸いマオがC.Cと潜水艦に乗っており、既に黒の騎士団にはゼロとカレンの無事を伝えている。
 あとはイリスアーゲートでブリタニアの包囲網を突破し、迎えに来るタイミングを指示すると言ってあるので段取りはついているのだ。

 (最もイリスアーゲートだけでは難しいんだがな・・・藤堂か四聖剣の誰かにでも、援護に向かわせるか)

 思案を巡らすルルーシュにサバイバルシートの上に寝転がったユーフェミアが、まだ余裕のあるスペースを指して言った。

 「ねえ・・・一緒に寝ましょう。ここ空いているもの、ね?」

 「いくら兄妹とはいえ、もうそんな年齢じゃないだろ?」

 苦笑して窘めるルルーシュだが、これがナナリーなら即座にOKしたであろう。
 そしてナナリーでなくても、妹には甘いのがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと言う男である。

 「でも、最後だし・・・お願い、ね?」

 「仕方ないな・・・最後だからな」

 ぱあっと顔を輝かせて横に来たルルーシュに抱きつくユーフェミアに、スザクは何だか自分がお邪魔虫のような気がして来た。

 そして草むらの上で、ルルーシュのゼロのマントを借りたスザクが掛け布団にしてユーフェミアの横に寝ころび、川の字になる。

 満天の夜空を見上げてそれに見入っていると、ユーフェミアがぽつりと呟く。

 「星は変わりませんね、あの頃のまま。昔、皆で見上げた星空とあの頃のままでいられたら、どんなに良かったでしょう」

 「そうだね、戻れたらどんなにいいだろうね・・・」

 スザクもルルーシュとナナリーと、あの幼き日を過ごした土蔵の窓から見上げた夜空を思い出し、拳を握りしめる。

 「・・・俺は・・・ユフィ、俺自身が生きるためにも・・・」

 「みっともなく足掻いて生きる意味を探し求める・・・だろ?」

 ルルーシュの言葉を薄く笑みを浮かべて続けたスザクに、ルルーシュは驚く。

 「俺もそうだった・・・それに下らない言い訳ばかりを重ねていたんだな俺は」

 「スザク・・・」

 「ルルーシュ、君の願いは確かに受け取ったよ。ユフィは何としても俺が守る。
 親友からの、頼みだから・・・そして俺が、選んだ人だから」

 スザクはそう言うと、ユーフェミアのストロベリーブロンドの頭越しにルルーシュを見据えて言った。

 「だから、俺からも言うよ・・・ルルーシュ、君も生きろ」

 「スザク・・・お前」

 「俺はもう、あれこれ余計なことを考えるのはやめにした。
 ろくな結果にしかならないと、こうも言われ続ければさすがにね・・・」

 ルルーシュは自嘲するスザクにそうだな、と同意すると、ルルーシュは二人だけで作った合図で『了解した』と答える。

 「その願い、確かに受け取ったぞスザク。俺は生きて、ナナリーと共に幸福な未来を掴み取る」

 「ああ・・・それがいいと思う。
 俺はユフィを守る・・・それにだけ全力を注ぐよ。それが俺が決めた、俺のルールだ」

 思いもがけない機会を得て、それぞれの秘めた決意を伝え合う。
 それらをただ、星だけが見守っていた。



[18683] 第十五話  別れの陽が昇る時
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/08/21 12:57
  第十五話   別れの陽が昇る時



  陽が昇る間際、薄暗い中既に起床していたマグヌスファミリアの一行は冷たい水で顔を洗って眠気を払うと、エトランジュがルルーシュを起こしにやって来た。

 「ルルーシュ様、朝ですよ。起きて下さいな」

 「ん・・・エトランジュ、様?」

 うっかり寝ぼけ眼で本名を呼んでしまったが、他の二人はまだ眠っているらしくほっとなりながら身を起こす。

 《あのー、実はここを出る前に遺跡を案内しようと思ったのですが、アルカディア従姉様がおっしゃるにはシュナイゼルの手の者が入っているようだとのことで》

 《あいつが?そうか・・・今回は残念だが見送るしかありませんね》

 アルカディアが水を汲みに行く途中、偶然ブリタニア軍が洞窟方面へ行くのを見たのだと報告するエトランジュに、ルルーシュは断念した。

 《それで、遺跡とは逆の方向にブリタニア軍はいないようなので、そこから脱出をとのことなのですが》

 《了解しました・・・念のため誰かを迎えに寄越すよう、マオに伝えて頂きたい》

 《解りました。では、参りましょう》

 ギアスによる会話を終えた二人は、まだ眠っている二人を起こしにかかる。

 「起きろスザク!朝食をとったら、すぐに動くぞ」

 「いたっ・・・あれ、ルルーシュ?」

 遠慮なしにスザクの頭を殴って叩き起こしたルルーシュは、次は打って変わって優しくユーフェミアの髪を梳いてやりながら起こす。
 
 「おはようユフィ。眠いだろうがもう朝だ」

 あからさまな待遇の差にスザクは少し悲しくなったが、ルルーシュだから仕方ないとスザクは起き上がってエトランジュが用意してくれていたビニール袋に入れられていた冷水で顔を洗う。

 ユーフェミアはゆっくりと目を開けると、優しげな眼差しの異母兄の姿を認めて笑みを浮かべ、そして朝が来てしまったことに悲しくなった。

 「ユフィ、レジーナ様が水を用意してくれている。早く顔を洗うといい」

 「はい、そうします。いろいろすみません」

 ユーフェミアはゆっくりと起き上がって川の水を汲んだばかりの冷水で顔を洗うと、エトランジュが差し出したタオルで顔を拭う。

 「いい気持ち・・・川の水がこんなに気持ちいいなんて、知りませんでした」

 「冷やさなくても冷たいですからね。夏場はそこで泳ぐととても気持ちいいですよ」

 祖国でもよく川辺で夏に遊んだものだと述懐するエトランジュに、ユーフェミアはつくづく申し訳ない気分になる。

 「昨日の木の実がありますから、それを朝食にしましょう。
 今ジークフリード将軍がお湯を沸かしていますので、インスタントスープも飲めますよ」

 「手際がいいですね。ではありがたく頂くとしましょうか」

 ルルーシュに促されて二人がエトランジュに案内されると、そこでは朝食を食べ終えたアルカディアとクライス、そしてヤカンでお湯を沸かしているジークフリードがいた。

 「ルルーシュ皇子方、湯が沸いております。どうぞ、そちらへ」

 「感謝する、ジークフリード将軍」

 既にカップの中にはインスタントスープの素が入れられており、ジークフリードがヤカンからお湯を注ぐとインスタント特有の強い匂いが立ち上る。

 相変わらず美味しくないが、栄養価だけはある。三人は味を気にしないようにして、エトランジュは食事は食事と感謝してスープを飲む。

 「俺達はナイトメアで、裏側から出る。お前達を探索しにブリタニア軍が既にこの島にいるようだから、助けを求めればそれでいいだろう」

 「解ったわルルーシュ。出来るだけそっちにブリタニア軍が行かないようにしてみるから」

 ルルーシュとユーフェミアが改めて確認すると、手早く片付け終えたエトランジュがさっそく促す。

 「では、夜が明ける前に行きますよ。今ならまだ眠っているブリタニア兵も多いでしょうから、いい時間帯です」

 ジークフリードとクライスはイリスアーゲートを取りに行くべく別行動をとり、他の一同は別れる予定のポイントまで移動すべく歩き出すが、ユーフェミアとスザクはこれでルルーシュと別れることになると思うと足取りが非常に重い。
 対してルルーシュはそんな気分がないわけではないが、覚悟を潔く決めたので迷いなく歩いている。

 「ここでお別れだユフィ、スザク・・・あっちをまっすぐに行けば、ブリタニア兵がいる。俺達はもう少し奥に行ってから、ナイトメアで脱出する」

 「ええ・・・さようなら、ルルーシュ。
 私頑張るから、もしうまく行ったら・・・一緒にやってくれる?」

 「・・・うまくいったら、必ず」

 ユーフェミアはルルーシュに抱きついて最後の抱擁を交わすと、名残惜しげに離れる。

 それらを冷めた目で見ていたアルカディアは、ふと周囲を見渡して気づいた。

 「ここは・・・!」

 「どうしたんですか、アルカディア従姉様」

 《ここ、遺跡エレベーターよ!!ほら、紋様のある石がある!》

 アルカディアが指した先にあった明らかに人為的に削られた四角い石に、ギアスの赤い鳥の紋様がくっきりと刻まれているのが見えた。

 《気付かなかったです・・・ということは、この下が遺跡》

 遺跡入口にブリタニア兵が集まっているから逆の方向にと単純に考えていたが、確かに洞窟奥を進めばここが遺跡の真上なのである。
 
 ルルーシュは興味深そうにエトランジュの横に来てその石を見つめたが、今回はそれどころではないと調査を諦めることにした。

 《ほう、これがそうか・・・だが、下にはシュナイゼルがいる。使う訳にはいかないな》

 《もちろんですルルーシュ様。作動など絶対に・・・え?》

 突然地面が赤く光ったかと思うと、見慣れたあのコードの紋様が浮かび上がるのを視認した時、思わずエトランジュが叫んだ。

 「どうして?!私達は動かしてなどいません!!」

 幸いラテン語だったのでユーフェミアとスザクには理解出来なかったが、ルルーシュにはその表情から意味を悟った。

 地面が徐々に下に降りて行く異様な光景に驚いたのはスザクとユーフェミアも同様で、スザクは彼女を抱きよせてバランスを取る。

 同じくとっさにルルーシュもエトランジュを引きよせてしゃがみ込んだ。

 「きゃあ!!」

 「ユフィ、僕に捕まって!!」

 アルカディアもエトランジュの元に行きたかったが酷い揺れのためにそれが出来ず、舌打ちしつつも地面が下に着くのを待つしかない。

 ゴゴゴオと地面がせり落ちてく様に一同はただ驚愕するばかりだが、それは遺跡に到着したばかりのシュナイゼルをはじめとする面々も同じである。

 突然天井が妙な鈍い音と共に揺れたかと思えばそれがゆっくりと落ちてきて、しかもその上に自分の部下と異母妹が現れたのだから当然だ。

 「枢木少佐!それとまさか・・・ゼロ?!」

 服装からそう判断したロイドの台詞を聞きつけたエトランジュは、思わずルルーシュの前に立って叫んだ。

 「ゼロ、早く仮面を!!」

 「あ、ああ!」

 すぐに下に落ちていた仮面をかぶったルルーシュに、同じくその叫びを聞いてブリタニア兵が銃を向けるが同時にユーフェミアがいることに気づいたバトレーが制止する。

 「馬鹿、ユーフェミア様もおられる!確保だ、確保しろ!」

 仮面をかぶり直している隙にアルカディアは銃を構えて威嚇射撃を行いつつ二人に合流すると、カレンが傍にあった黒いナイトメアに気付いた。

 「ゼロ、あそこにナイトメアが!」

 「よし・・・!あれを使うぞ!来い!」
  
 ルルーシュがそれに向かって走り出すと、カレンが駆け寄って来たブリタニア兵の隙を突いて銃を奪い、それを乱射して足止めする。

 エトランジュもアルカディアと共に走り出すが兆弾がエトランジュの足を掠め、転倒して頭を打つ。

 「きゃっ!・・・あ・・・!」

 「エディ!エディ、しっかりしなさい!!」

 「しっかり!私がサポートします!!」

 カレンも銃を乱射して足止めに協力し、どういうわけか呆然としているスザクを無視してユーフェミアが混乱したように装ってブリタニア兵の前に来る。

 「ああ、どうしてこんなことに・・・何があったのかしら?」

 「ユーフェミア様、ここは危険ですお下がりを!」

 それをチャンスと見てとったアルカディアは何度も呼びかけるが、応答はない。
 とうとうアルカディアは彼女を横抱きにしようと手を伸ばすと、エトランジュはゆっくりと立ち上がる。

 「よかった!ほら、にげ・・・え?」

 「non...!tu vulneras filiae...!」

 「・・・・!!」

 その台詞を聞いてアルカディアは驚いたように舌打ちすると、彼女の手を引いて走り出す。

 「急いで!カレンさんも!」

 「は、はい!」

 いつもの彼女に似つかわしくない、何やら憎々しげな表情のエトランジュに一瞬驚いたが、それどころではないカレンは黒いナイトメアに駆け寄る。

 コクピットでは既に作動済みであることを確認したルルーシュが、凶悪な笑みで操作パネルを動かしている。

 「ありがたい!無人のうえに起動もしているとは!
 ・・・何だこのナイトメアは・・・ふははは、ついている!」

 遺跡を調べるために先にバトレーが来て起動していたのが仇になったらしい。
 大まかなナイトメアの機能を把握したルルーシュはふとモニターに視線を移すと、そこには無言でこちらを見つめている金髪の男・・・次兄シュナイゼルの姿があった。

 (シュナイゼル!)

 「彼が・・・ゼロか・・・あの少女は・・・」

 シュナイゼルが考えの読めない表情をしている横では、ロイドが何やら考え込むように顎に手を当てている。

 そしてナイトメアが動き始めると、ロイドははっとなって慌てだした。

 「ああ、ガウェインが!!」

 その隙にカレンがガウェインという名らしきナイトメアの右肩に飛び乗ると、アルカディアとエトランジュも左肩に飛び乗った。

 「取り返すのだ!あの機体、ゼロごときに渡してはならぬ!!」

 バトレーの指示にブリタニア兵がわらわらと寄るが、ナイトメアが相手では生身の人間にはどうすることも出来ない。

 「シュナイゼル・・・だが、今は!!」

 彼の抹殺と言う当初の目的を果たせなかった憎しみをこめてそう吐き捨ててナイトメアを発進させた途端、洞窟の外にいたナイトメアが一斉に襲い掛かって来た。
 だが明け方のせいか、数は少ない。

 「出口にサザーランドが!」

 「捕まっていろ、このまま突っ込む!」

 「ええっ?!」

 カレンが驚愕するが、アルカディアはそれしかないと解っているのだろう、エトランジュを守るようにしてガウェインにしがみ付く。

 外では銃を構えて撃とうとするサザーランドの群れに目をつむりながらもガウェインに三人はしがみ付くと、ルルーシュはうっとおしげにパネルを操作する。

 「消え失せろ」

 その操作を終えた瞬間、ガウェインから熱線が放たれてサザーランドを一掃した。
 だが威力はそれほどでもないことを見てとって、ルルーシュは忌々しげに舌打ちする。

 「ちっ、武器は未完成か!」

 「ゼロ、もう敵はいません!ですが、クライスさん達は・・・」

 「大丈夫、事情は既に通信機のスイッチを入れて知らせてあるわ。たぶんこの光景を見て脱出してるはずよ」

 イリスアーゲートは海中移動が可能だからと説明するアルカディアに、カレンはほっと安堵の息を吐く。
 知らせたのは自分達がまさにいきなり遺跡前に落ちて慌てたエトランジュがリンクを開いた際に伯父から届けられた、このナイトメアに乗って逃走する予知だが。

 (もっと早く予知してよ!これだから自動発動型ギアスは!!)

 そう罵っても伯父もコントロール出来ないのだから仕方ない。

 「心配するな、もう一つは作動している」

 ルルーシュは自信たっぷりにそう告げた瞬間、ナイトメアが飛翔する。

 「飛んだ・・・ナイトメアが、空を?!」

 驚いたように呟くカレンをよそに、ナイトメアは速度を上げて飛びみるみる神根島が遠ざかっていく。

 「ふははは、はははははは!!」

 悪役笑いを響かせながら、ルルーシュはエトランジュに指示した。

 「イレギュラーにより、迎えの位置を変えなければなりません。連絡をお願いしたいのですが」

 「ごめん、ちょっとエディは・・・気絶してるから駄目」

 「何だと?!・・・だが、ああいう状況では無理もありませんね。仕方ない、こちらから本部へ連絡するとしましょう」

 アルカディアがぐったりとしているエトランジュを転落しないように抑えているのを見て、カレンはついさっきは普通に走っていたのにと首を傾げた。
 だが飛び立つ衝撃で驚いたのだろうと自己完結し、無事脱出出来たことに安堵する。

 イリスアーゲートは海中からガウェインが無事飛び去ったのをレーダーで確認した後、長居は無用とばかりに黒の騎士団の潜水艦へと海中移動を始めていた。



 一方その頃、我を失ったかのように遺跡の扉を見上げていたスザクは外から響き渡る轟音にようやく我に返り、後ろで心配そうにしている主の姿を見た。

 「す、すみませんユーフェミア様!ちょっとその・・・」

 「いいの、スザク。あれで・・・」

 スザクがなまじに戦っていれば、わざと逃がしていたように思われたかもしれない。何はともあれ、無事にルルーシュ達がこの場から逃げおおせられたことに二人はほっとしていた。

 ここはどういうものなのか二人は疑問に思ったが、いつまでもここにいても意味がないと外に出るとバトレーが呆然と立ち尽くしている姿が目に入った。

 「あぁあ、ガウェインが、我々のガウェインが・・・!!」

 「よい、所詮は実験機。それより2人の無事を祝おう」

 切腹でもして責任を取りたいとでも言うようなバトレーをそう慰めたシュナイゼルは、異母妹とその騎士に笑みを浮かべる。

 「シュナイゼルお兄様!」

 ユーフェミアは次兄の姿を見てほっとするも、彼が自分とスザクがいるのにミサイルを撃ち放ったことを咎める視線を送る。

 「すまなかったねユフィ・・・君が飛び出したことを知ったのは、私がミサイルを撃った後だったんだよ」

 「だからと言って、スザクを犠牲にするなんて!!」

 「あの時は、あれが一番確実な手段だった。我々は上に立つ者として、時として非情な判断を下すのも義務なのだよ。
 まだ若い君には、解らないかもしれないが」

 しゃあしゃあとそう言ってのけるシュナイゼルになおも言い募ろうとするが、ルルーシュから『シュナイゼルには逆らわない方がいい』と忠告されたことを思い出して口をつぐむ。

 「解りました・・・わたくしも軽率でした、申し訳ありません」

 「ありがとう、解ってくれて嬉しいよユフィ。それに、救助が遅れて申し訳なかったね」

 シュナイゼルは再度そう謝罪すると、異母妹の騎士に視線をやる。

 「捨て駒にしようとしたことは、素直に詫びよう枢木少佐」

 「いえ、自分はブリタニアの軍人であり、ユーフェミア皇女殿下の騎士ですから」

 恨み事一つ言わないスザクに、バトレーは当然だと言いたげに幾度も頷く。

 「さあ、二人ともこちらに来なさい。まずは軽食でも・・・ああ、その前に健康チェックを行った方がいいね」

 「おお、そうですなユーフェミア殿下。ささ、すぐにこちらへ」

 バトレーがユーフェミアをアヴァロンに案内すべく歩き出すと、スザクも彼女の背後につき従う。

 アヴァロンに乗艦する間際、ルルーシュ達が飛び去った空を二人は見つめた。
 昨日と同じ雲ひとつない青空に、眩しく輝く朝日が昇っている。
 
 あの夢のような一夜・・・それはもう戻らないのだろうか。
 二人は無言のまま思いを同じくすると、無機質な空の艦艇へと足を踏み入れた。




[18683] 第十六話  アッシュフォードの少女達
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/08/28 10:59
 第十六話  アッシュフォードの少女達



 ルルーシュが強奪したガウェインは、そのまま黒の騎士団の基地へ移動し、無事に帰還することが出来た。
 シュナイゼルのミサイルから逃れた後の経緯を、スザクとユーフェミアの部分を隠して説明し、試作機とはいえ高性能のナイトメアを手に入れたことに歓喜の声が上がる。

 「さすがゼロ!うまいことやったもんだな」

 「いきなり地面が下がった、ねえ・・・妙なこともあるもんだ」

 玉城は何も考えずに拍手し、扇が首を傾げるとカレンも頷く。

 「シュナイゼルがいたことから、何かの実験をしていたのかもしれないってゼロが言ってたわ。
 こんなナイトメアまで持って来てたんだから、たぶんそうじゃない?」

 「なるほどねえ・・・ラクシャータが大張りきりで解析と改造に取りかかるって言ってたから、相当なんだろうな」

 遺跡についてのことはカレンには言わない方向で話をまとめたルルーシュとマグヌスファミリアの一行は、そうカレンをごまかしていた。

 「そういえば、そのゼロは?ラクシャータにあのナイトメアを渡した後、姿が見えないんだけど」

 「ああ、当分こっちで騎士団の方に専念するからって、引っ越しの準備をするんだって。
 私もスザクに正体がバレたから、もう租界には戻れないわね」

 父親と話す機会をと言われたが、この状況ではもう無理だ。心残りだが仕方がない。
 扇はぽんとカレンの頭を叩いて慰めると、カレンはまだ居場所があることに笑みを浮かべた。

 「扇さん・・・大丈夫、ここが私の帰る場所だから」

 「そうか、まあ何かあったらいつでも相談に乗るからな」

 「ありがとう!じゃあ、私はエトランジュ様に呼ばれてるので、行ってきますね」

 カレンがマグヌスファミリア一行に与えられている部屋をノックして入室すると、エトランジュとアルカディアがカジュアルな服を着て待っていた。

 「あの、私達は今からゼロの引っ越しのお手伝いをしに租界に参ります。
 既にあの方はアッシュフォードに戻って、事情の説明をしているそうなので」

 「そうですか。で、ナナリーちゃんはどこに?」

 「現在、ブリタニアの主義者の方とハーフなどの方が主に集まっているメグロゲットーです。
 あそこならナナリー様がおられても目立たないとの判断で」

 ブリタニア人の主義者やハーフの人々は現在ゲットーの一部を独占し、そこで暮らしている。
 ほんの百名足らずだが、一見それらは日本人から弾き出されたハーフやその親達のグループに見えるため、今まで見過ごされていた。
 今までは全くその通りだったが、エトランジュやゼロの説得により黒の騎士団に組み入れられ、ブリタニア主義者の受け入れに重要な役割を果たしている。
 
 黒の騎士団の台頭以降幾度となく監査の手が入って来たが表向きは全く非がないため、遠くから監視される程度に留まっていた。
 というより、こちらに目を向けておいてほかで活動しているのだろうと思わせる囮でもあり、それに引っかかったブリタニアは割と放置気味のようですらある。

 「そう言えばブリタニア人と日本人の夫婦と子供が、けっこういましたね。親がいない子供が集まる施設もあったような?」

 「ええ、公的にはほとんど援助がない施設ですが、裕福な日本人や有志の主義者の方による出資で何とか運営出来ている孤児院です」

 表向きには不具合を持った娘を親が捨て、それに反発した兄ともども来たというお涙物語とともにメグロに来るらしいという説明に、あながち間違ってないなとカレンは溜息を吐く。

 「以前からその施設の改修にゼロが関わっていたのは、こういう事態を想定してのようですね。
 家を借りようかとも考えたそうなのですが、ゼロとして動いている間一人には出来ないとの判断です」

 「なるほど、施設なら誰かしらいるし騎士団員を護衛につけられますもんね。
 それで、ナナリーちゃんにゼロの正体は?」

 エトランジュが首を横に振ると、カレンはやっぱりと頷いた。

 「いずれはお話しした方がいいと言ったのですが、どうもまだそんなおつもりはないそうです」
 
 「相変わらず過保護な・・・ま、あんな過去があったんじゃ無理もないけど。私もたまに顔出そうかな」

 「ぜひ、そうしてあげて下さい。
 それでですね、申し訳ないのですがカレンさんにナナリー様の服や日用品を買ってきて頂きたいのです。私、租界の店には詳しくなくて・・・」

 「ああ、そういうことですか、解りました」

 カレンが了承すると、エトランジュはルルーシュから預かっていたカードを手渡す。

 「これ、ゼロから預かってきたカードです。じゃあ、私どもはナナリー様を迎えにアッシュフォードに向かうので」

 「あ、途中まで一緒に行きましょうエトランジュ様。租界も結構広いですから」

 「ありがとうございます!では、お言葉に甘えて」
 
 エトランジュ、アルカディア、カレンの三人なら、租界を歩き回っていても不自然ではない。
 アルカディアは車を運転出来るので、二人を乗せて租界へと車を飛ばすのだった。



 一方、夜半のアッシュフォード学園のクラブハウスでは、ルルーシュがミレイに箱庭を出ることを伝えていた。
 寝耳に水だとミレイは驚愕したが、スザクがユーフェミアに己の生存をバラしてしまい、彼女が考えなしに政庁の電話で自分に電話をかけてきたと伝えると驚きつつも納得する。

 「スザクですか・・・貴方のご親友だと伺っていましたから安心していたのですが、こんなことをしでかすとは」

 「あいつに悪気はないんだ、考えもないがな。
 そういうわけで、ユフィには口止めをしておいたがいずれボロを出す可能性が高い以上、ここは危険だ。
 みんなには親戚が俺達を引き取ることになったから、本国に戻ると伝えてくれ」

 「承知いたしました、ルルーシュ様。力及ばず、申し訳ございません」

 生徒会長のミレイではなく、ヴィ家に仕えるアッシュフォードの娘としてルルーシュに相対する彼女は深々と頭を下げる。

 「アッシュフォードのせいではない、気にするな。あいつが騎士になってからは、想定していたことだ。
 ・・・これまでのアッシュフォードの忠義に、礼を言う」

 「とんでもございません!僅かな間でも、貴方様の箱庭の番人のお役目を賜ったことは光栄に思っております」

 ミレイは悔しかった。自分の初恋の相手にして、我が家が忠誠を捧げた皇子殿下を守るという己に課した役目がこんな形で終わるとは、想像していなかった。

 せめて彼が高等部を卒業するまではと、ミレイはわざと単位を取らず彼とともに過ごし彼が楽しく暮らせるようにと考えて生きていたというのに、余計なことをしてくれたものである。

 「ユフィには万一俺の生存が本国にバレても、咎めがないように言い含めてある。
 後は、任せたぞ・・・ミレイ・アッシュフォード」

 「イエス、ユア ハイネス。して、今後はどちらへ?」

 「それは言えないな・・・お前達に迷惑がかかる」

 「迷惑なことなど、何もございませんルルーシュ様。我が主君は皇帝にあらず、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア唯一人です。
 そうでなければ何年も、貴方様をここに匿うなど致しません!」

 没落した今、その地位を向上するためにとうに皇帝に突き出しているというミレイに、そうだな、とルルーシュは笑った。

 「助力が必要な時は、いつでもお声をおかけ下さい。私はその日を、心待ちにしております」

 自分が守ると決めた皇子が、自分の手を必要としない地へと旅立って行く。
 それはとても悔しくて悲しかったが、現状では己が出来ることなど何もないのだ。

 「ナナリー様には、なんと?」

 「ユフィに生存がバレてしまった。本国にばれるのも時間の問題だから、知人の元に移るとだけ説明してある。
 幸い租界外でも、ブリタニア人がいてもおかしくない場所があるからな。
 あと、咲世子さんにもうまく言って出来ればこのまま雇ってほしい」

 「もちろんです、私付きのメイドとしてこのままこちらに」

 首にしてうっかり別の邸宅でルルーシュに関することを話されては困る。彼女には二人の詳しい素性を教えていないのだから軽々しく口出さないかもしれないが、念には念を入れておくべきだろう

 「いろいろと世話になったな・・・では、俺は行く」

 「はい、行ってらっしゃいませルルーシュ様。いずれまた、この学園へお帰りになられる日を・・・お待ち申しあげております」

 床に跪いて臣下の礼を取るミレイに、ルルーシュは苦笑する。

 「もうやめて下さい会長。俺がまたこの学園に戻るとしたら、それは皇子ではなくルルーシュ・ランペルージとしてです。
 この数年間、本当に楽しかったですよ」

 「・・・・!うん、私もとても楽しかったわ。頑張ってね、ルルちゃん」

 涙を浮かべるミレイはそう言って立ち上がると、ルルーシュは自室で既にクラブハウスを出るばかりとなっているナナリーに言葉を贈るべく部屋を出る。

 そしてルルーシュは自室を出て、彼らにだけは嘘ではあるがアッシュフォード学園を退学する理由を言ってある生徒会メンバーが集まっている生徒会室へと足を運ぶ。

 そこにはミレイから事情を聞いて呆然としている親友であるリヴァル、何を言っていいのか解らなそうにしているニーナ、そして泣きそうな顔のシャーリーがいた。

 「おい、会長から聞いたぞ!親戚が引き取ることになったって、ここ全寮制なんだし引っ越さなくてもいいじゃん別に!」
 
 「リヴァル、家のことなんだから無理言っちゃダメよ・・・私だって寂しくなるけど」

 やんわりとリヴァルを窘めるニーナだが、それでも出来ることならそうして貰えたらと思っているのが見て取れる。

 「すまない・・・本国の病院でナナリーを診てくれるっていうから、断りきれなかったんだ。手紙くらいはたまに出すから」

 「・・・そっか、そういうことなら仕方ないな。本国の方が有名な病院が多いし」

 ナナリーのためなら仕方ないとリヴァルは説得を諦めると、ルルーシュの肩をバンと叩いた。

 「絶対、連絡寄越せよ?!送別会してやれなくて、悪かったな」

 「急だから仕方ないさ。これが送別会だろう、リヴァル」

 笑みを浮かべるルルーシュに、リヴァルはじんわりと涙を浮かべる。

 「ううー、お前とこれから賭けチェスで荒らし回れなくなるのかよ~!」

 「卒業したら、またこっちに来るよ。その時は、また」

 「賭けチェスって・・・それはだめなんじゃ・・・」

 二ーナが肩をすくめて止めるが、二人とも聞かなかったことにした。
 
 「ルル・・・ほんとに行っちゃうの?」

 突然の退学理由は嘘で、本当は本格的に黒の騎士団のゼロとして動くつもりなのだと悟ったシャーリーの顔は、見ていて気の毒なほど青い。
 ルルーシュは小さく笑みを浮かべて、彼女に言った。

 「ああ、いろいろと心配だろうけど仕方ないさ。そうだシャーリー、君に渡したいものがあるんだ。来てくれないか」

 そっとシャーリーを生徒会室から連れ出すルルーシュに、リヴァルはおお、と野次馬根性で後を追おうとしたが、二ーナに止められて断念した。

 ルルーシュは綺麗に私物がなくなった自室にシャーリーを引き入れると、さっそくに切り出した。

 「こんな形で君から離れるつもりはなかった。まだヴィレッタ・ヌゥの件が片付いていないというのに、本当にすまない」

 「ううん、そんなことはいいの。これだけ時間が経っても何もないってことは、たぶんあの人・・・死んじゃったと思うし」

 自分が銃で撃った女軍人を思い浮かべて身体を震わせるシャーリーの手を取ったルルーシュは、その手のひらにメモを握らせた。

 「君のせいじゃない、いいんだ。たぶんそうだろうと俺も思うが、念には念を入れて君には俺の連絡先を教えておく。
 ただし、どうしても緊急の用事の時だけ使ってくれ。俺の反逆がバレた時、頻繁に連絡歴が残っていたら君まで芋づる式に捕まりかねない」

 「ルルーシュ・・・解ったわ。危ないことはしないで・・・って、無理か」

 反逆する時点ですでに危ない。シャーリーはあまりにも無理な要求をすぐに取り消したが、ルルーシュは笑って応じた。

 「心配してくれるのは嬉しいよ、ありがとうシャーリー。
 いろいろ迷惑をかけた・・・許してくれ」

 「そんな、いいのルル。それより、どうしていきなりここから出るの?」

 これまでずっとここにいてゼロをしていたのに、何かあったのかと首を傾げるシャーリーに、ルルーシュは一部だけ事実を明かした。

 「・・・俺はとある理由で、生存が本国にバレてはいけないんだよ。それをスザクの奴が、俺の幼馴染と偶然知り合ってうっかり生存をバラしたからな」

 「生存がバレてはいけないって、どういう意味?」

 「それだけは言えない・・・だから俺はブリタニアを壊さなくてはならない。
 俺が俺俺として・・・ルルーシュ・ランペルージとして生きるために」

 そう言えばあの時かかってきた電話に、ルルーシュはたいそう慌てていた。彼には深い秘密があるのだろうが、自分には話すつもりはないらしい。
 自分を巻き込むまいとする優しさからだと解っていても、シャーリーにはそれが辛かった。

 「ルル、私も・・・私も連れてって!私も頑張ってルルの役に!」

 「だめだ、シャーリー!バカなことを言うな!!」

 カレンもそこにいるのなら、自分も連れて行って欲しいと言うシャーリーに、ルルーシュは思わず怒鳴った。

 「君には、君を大事にしてくれるご両親がいるのだろう?悲しませるようなことをしてはいけない」

 「でも、カレンだって!」

 「・・・彼女のことを安易にバラしたくはないが、仕方ない。
 カレンは日本人とのハーフなんだよ実は。父親違いの兄がブリタニアに殺されて、その兄の志を受け継ぐべく、騎士団に入ったんだ」

 「そっか、カレンがハーフ・・・言われてみれば、思い当たる節ある」

 どこか国営放送のテレビ番組を見る目つきが鋭かったり、スザクに対してやたら憎々しげな眼差しを向けているなと感じてはいたが、そう言う理由だったのかと納得する。

 「俺なんかを想ってくれて、本当にありがとう。だが、もういいんだ・・・君を巻き込みたくない」

 「ルルーシュ・・・でも」

 「シャーリー、俺は君が傷つくのを見たくないんだ・・・だからカレンと一緒に、必ず戻ってくるよ」

 カレンと一緒にという部分が少々複雑だったが、彼が無事にここに帰ってくれるならそれだけでいいとシャーリーはルルーシュを抱きしめる。

 「せめて、たまには無事だってテレビとかに出てくれると嬉しいな。駄目?」

 「シャーリー・・・解った、努力してみるよ」

 いろいろ心配と迷惑をかけているシャーリーの頼みなら断れない。
 どのみち黒の騎士団をアピールするためにも、己の存在を誇示するつもりだから問題はあるまい。

 「では、そろそろ行く。迎えが来る時間だ」

 名残惜しげにルルーシュから離れたシャーリーは、重い足取りでルルーシュの部屋を出ると、そこには咲世子に連れられたナナリーがいた。

 「お兄様、リヴァルさんはミレイさんや二ーナさんと一緒に外にお行きになられました。
 ・・・もう、出なくてはいけないのですね」

「ああ、そうだよナナリー。でも、何もかも片付いたらまた戻って来られるさ」

 「はい、お兄様。私はお兄様と一緒なら、それで・・・」

 シャーリーは何があってもルルーシュと共にいられるナナリーが、羨ましかった。
 けれど愛する人の一番の椅子には常に彼女がいるから、せめて二番目にと思っていたけれど、彼はどうもその二番目を作る余裕がないと、彼がゼロであると知った時にぼんやりと感じ取った。

 彼の助けになりたいけれど、確かに自分には大事なものがたくさんある。
 複雑な心境と状況にシャーリーが溜息をついた刹那、ルルーシュの携帯が鳴り響いた。五回のコール音が切れると、ルルーシュはエトランジュ達が来たことを知った。

 「迎えが来たようだ・・・シャーリー、みんなによろしく言っておいてくれ。
 それから、くれぐれも無茶な行為は慎んでくれよ」

 「うん・・・ルル。外まで送るね」

 「・・・ああ」

 シャーリーにはゼロだとバレているし、彼女なら信用出来るからと学園の外に出ると、そこにはエトランジュとアルカディアがいた。

 「あ、ルルーシュ様。お迎えに上がりました」

 「ああ、お手数をおかけして申し訳ないですね、エトランジュ様。
 ナナリー、こちらの方は今度から住む場所でお世話になるエトランジュ様だ」

 「いいえ、私達も何かとお世話になっていますから、お気になさらず。
 初めましてナナリー様。私はエトランジュと申します。今後ともよろしくお願いいたしますね」

 優しそうな声音の少女の声に、ナナリーは安心したように微笑み、彼女と握手を交わす。

 「こちらこそ、よろしくお願いします。ナナリーです。
 後ろの方は、私達のお世話をして下さっていた咲世子さん」

 「あら、そうです・・・か・・・」

 咲世子と視線が合ったエトランジュの言葉尻がだんたんと小さくなったのでナナリーが首を傾げると、エトランジュは恐る恐る尋ねた。

 「あのー、もしかしてこの間ディートハルトさんとお会いしていた篠崎 咲世子さんでしょうか?」

 「やっぱり・・・あの時の方」

 咲世子が考えが読めない顔で肯定したのでルルーシュが何故に互いに面識があるのかと驚くと、エトランジュはギアスで説明する。

 《あの方、この前黒の騎士団の地下協力員になられた咲世子さんですよ。
 確かに貴族のお屋敷でメイドをしていると伺っておりましたが、まさかゼロのお世話をしていたとは露と思わず報告しておりませんでした・・・》

 《・・・世界は狭いな》

 ディートハルトは外交・報道・情報の総責任者であり、そのための部下を持つ権限を与えていた。
 スパイを防ぐためにマオを連れたエトランジュが名誉ブリタニア人やブリタニア人の思考調査を担当しているのだが、先日ディートハルトが迎え入れたという数人の名誉ブリタニア人の面接時に彼女がいたのである。

 エトランジュの人をまとめる才能はルルーシュも認めていたので、いちいち報告は無用と指示していたのが仇になったようだ。
 まさか知人、しかもメイドの咲世子が黒の騎士団入りをするとは、まったくの想定外だったのである。

 《まだ調査をマオさんにはして貰っていない方なので、知りませんでした。申し訳ございません》

 エトランジュが黒の騎士団の賓客(かんぶ)であると、咲世子はもちろん知っている。
 そしてそんな彼女が己をわざわざ迎えに来たとなると、下手なごまかしは逆効果である。
 ルルーシュは予想外のイレギュラーに頭を抱え込んだ。咲世子には既にギアスを使っている以上、人力でどうにかしなくてはならない。

 《・・・貴女の見識を伺おう。咲世子さんは信用出来るか?》

 《何でも代々要人のボディーガードをしていた家系の方で、日本解放は悲願であると。
 何より地下協力員になってまだ日が浅い方なので、私がどうと言えるほどでは・・・むしろそれは、貴方ご自身にお尋ねするべきではないでしょうか》

 咲世子と長い付き合いなのは自分なのだから確かにその通りであるが、今すぐに結論を出す必要はないと思ったエトランジュがすぐに手を打ってくれた。

 「咲世子さん、事情は後でお話するので、この場は」

 ひそひそと日本語でそう言うエトランジュに、咲世子はちらっとシャーリーに視線を送って頷いた。

 「まぁ、日本語がお話出来るんですねエトランジュ様」

 「え、ええ、その縁で実は先日知り合いになりまして」

 「奇遇ですね。ねえ、お兄様」

 無邪気に笑うナナリーに、そうだねとルルーシュはにこやかに応じる。
 ナナリーは枢木家に世話になっていた当時から外に出ていないので、日本語を話せていなかったのが幸いである。日本語だと解っても理解は出来なかったようだ。

 そして続けて世界は狭いと実感することになったのは、エトランジュであった。
 彼女はさっきからエトランジュを凝視しているのでアルカディアが軽く睨んでいたのだが、悪意からではなさそうなので反応に困っている。

 「・・・あの、エトランジュ・・・様?」

 ルルーシュが様付けして呼んでいるのでそれに倣って呼びかけるシャーリーに、エトランジュは笑顔で応じる。

 「何でしょうか?」

 「私シャーリー・フェネットといって、ルルの同級生なんですが」

 「・・・フェネット?」

 初めてゼロとコンタクトを取ったあのナリタ連山で、土砂崩れを知らせに行った時己の言葉を信じてくれた地質学者が、確かそんな名字だったはずだ。

 「もしかして、ナリタ連山の時の・・・?」

 「やっぱり!私あの時の地質学者の娘です。父を助けて下さったそうで、ありがとうございました!」

 ぺこりと頭を下げたシャーリーに、まさかここであの時の地質学者の娘に会えるとは想像していなかったエトランジュは驚いた。

 そういえばルルーシュはマオに気を取られて、シャーリーがナリタ連山でエトランジュを信じてくれたフェネットの娘だということを話すのを忘れていた。
 つまりエトランジュは、シャーリーをマオが迷惑をかけてしまったルルーシュの同級生の少女と認識していたのである。

 「父からあの土砂崩れを教えてくれたのは、私より年下の金髪の女の子だって聞いていたから・・・お礼を言いたかったんです。
 本当にありがとうございました!」

 「いいえ、こちらこそ私の言葉を信じて下さって、ありがとうございます。
 そうですか、あの時の・・・もし信じて貰えなかったら、大変なことになるところでした」

 「父も半信半疑だったそうなんですが、念のために避難していて良かったと言ってました。あの、貴女はルルの?」

 「ええ、黒の騎士団の協力者です。ブリタニア人ではありませんが」

 他のエリアの者だと答えるエトランジュに、シャーリーは自国がいかに他国から恨みを買っているかつくづく実感した。

 「シャーリーさん、以前にマオさんがたいそうご迷惑をおかけしたそうで、申し訳ありません。
 彼に代わりまして、お詫び申し上げます」

 深々と頭を下げて謝罪するエトランジュに、マオと言う男が彼女の知り合いと知ってシャーリーはさらに驚いた。

 「あの、マオって人と貴女は・・・」

 「母方の縁戚です。ちょっといろいろ過去にあったので、行動がその・・・他人の迷惑を顧みるものではなかったのですが今は落ち着いているので、貴女に二度とあのようなことはしないと誓ってお約束いたします。
 よろしければこれ・・・彼からのお手紙なのですが読んでやって頂けませんか?」

 マオが迷惑をかけたシャーリーがルルーシュのガールフレンドと知っていたエトランジュは、これが最後の機会かもしれないからとマオを説得してお詫びの手紙を書くように促していた。
 ルルーシュに頼んで届けて貰おうと思っていたのだが、本人に渡せてよかったとエトランジュはシャーリーに白い封筒に入れられた手紙を渡す。

 己をあのように恐ろしい行動へと誘導した男からの手紙とあってシャーリーは恐る恐る受け取ったが、カンパニュラの花が封筒裏に印刷されているのを見て封を開ける。

 「この花・・・確か花言葉が“後悔”って意味ですよね」
 
 己の行為を後悔しているという意味だろうか、とシャーリーがゆっくりと手紙を読むと、子供っぽい文調だがしっかりとした字でお詫びの文が綴られていた。


 『シャーリーへ
 この前はあんなことをしてごめんなさい。ルルが僕の大事な人と仲良くしているのが気に入らなくて、巻き込んでしまいました。
 エディやルルからたくさん叱られたし、自分がやられて嫌なことや、相手が困ることをするのはよくないと言われてとても反省しました。
 二度とあんなことはしないので、許して下さい。
 本当にごめんなさい』


 「本当は直接謝罪に赴くべきなのでしょうが、やってしまったことがことなので、手紙にした方がいいだろうと思いまして・・・」

 「いえ・・・これで充分です。反省しているならこれ以上怒る気にはなれないですから、許すって伝えて下さい」

 「そうですか。許して下さって、ありがとうございます」

 エトランジュがマオに代わって礼を言うと、シャーリーはその手紙を見て嫉妬がいかに醜いか、改めて感じていた。

 ルルーシュが自分の傍からいなくなるのに、カレンは彼の傍にいる。さらに目の前にいるのも女の子で、シャーリーは気が気でなかった。

 もしかしたら誰かがルルーシュの心を射止めてしまうのではないか、そうなるくらいなら自分もと、相手のことを考えない自分が嫌いになった。

 そのマオという男性も、そうだったのではないだろうか。
 自分以外の誰かと好きな人が一緒にいるのを見たくなくて、感情的にあんな行動をとってしまったのだと、今なら理解出来る。

 ついさきほど、自分は彼と形は違うけれど同じことをしようとしていた。
 ルルーシュが自分に負い目があるのをいい事に、無理難題を言って困らせてしまった。
 シャーリーは本当は大声で、自分も連れて行って欲しいと叫びたい。
 けれど、それは彼を困らせる行為でしかなかった。

 (相手が困ることをするのはよくない、か・・・)

 「彼に、伝えて下さい。相手のことを考えない行為をしてはいけませんよって」

 「はい、必ず」

 それは、自分自身にも向けられた言葉。
 相手を愛しているのなら、相手のことを考えて、そしてそのためになることをしなくてはいけない。
 
 シャーリーは手紙を読んである決意を固めると、ルルーシュのほうを振り向いた。

 「私、頑張ってここでルルの帰りを待ってる。でも卒業したら、ルルを追いかけるから!」

 「・・・え?」
 
 いきなりの黒の騎士団入り宣言に、ルルーシュはまたしてものイレギュラーに呆けた顔をする。

 「卒業するまでは、私ルルを待ってる。でも卒業したらきっと、ルルの場所に行くから!!」

 どこに行っても、何があっても。
 ゼロをしていても、反逆を終えてどこかに姿を消したとしても、必ず行く。

 シャーリーはそう宣言すると、びしっとルルーシュを指さした。

 「駄目って言っても聞かないからね!これは、私が決めたことなんだから」

 好きな人のために戦うことは悪いことかと言うシャーリーに、ルルーシュは返答に窮して呻き声を上げる。

 「だからルル・・・ちょっとのお別れだよ。頑張ってね」

 ぎゅっとルルーシュに抱きついてそう願うシャーリーに、王道のラブストーリーを見せられている面々は反応に困って顔を見合わせている。
 ただナナリーだけは少々ふくれっ面になっているのが、エトランジュには見えた。

 「ルルーシュ様、そろそろお時間です。車を外に止めたままでは、いつ検問に遭うか」

 「あ、ああそうだな。シャーリー、そこまで言うからには俺からは何も言えない。
 だが・・・無理はしないでくれ。それから・・・ありがとう」

 ルルーシュはシャーリーから離れてナナリーの車椅子を動かすと、一同に向かって言った。

 「じゃあ、行こうか。俺達の新たな家へ」

 「はい、お兄様・・・あら?」

 耳の良いナナリーがいち早く捉えた空気を切るような音はやがて一同にも聞こえ、やがて心地よい破裂音が空へ響き渡った。

 「銃声・・・じゃない、花火だわ!」

 アルカディアの言葉通り、空には美しい火の花が夜空に華麗に咲き誇っている。
 いくら夏の代名詞の花火とはいえ、祭りでもないのにと首を傾げると次々に花火が打ち上げられていく。

 「屋上から・・・会長達だわ!」

 シャーリーが指さした校舎の屋上には、確かに見慣れた人影が花火を打ち上げていくのが見える。

 「会長・・・リヴァル・・・ニーナ・・・」

 「みんなの、送別の代わりなんだね」

 「ああ・・・綺麗だ」

 漆黒の闇に打ち上げられる、別れの花。
 ルルーシュの脳裏に、ここに入学してからの出来事が走馬灯のように駆け巡る。

 「・・・必ず戻ってくるよ、必ず。それまで、待っていて欲しいとみんなに伝えてくれ」

 「うん・・・ルルーシュ、行ってらっしゃい」

 シャーリーが手を振るのを背後に、ルルーシュはナナリーの車椅子を押して歩きだす。
 その背後にエトランジュとアルカディア、そしてナナリーの荷物を持っている咲世子が付き従う。

 「待ってる・・・でも、そういつまでも待たないんだから」

 シャーリーはそう呟くと、彼らの姿が視界から消えたのを見送ってから、彼女の決意を実行に移すべく学園寮の自室へと走って戻っていったのだった。



 「お兄様、私達はこれからどこへ行くのですか」

 「メグロにあるブリタニア人の租界外の居住区域のある場所だよ。
 知人がそこで働いているから、俺もそこで職を貰えてね」

 ナナリーの問いにそう答えるルルーシュに、やはりまだ事情は話していないのかとアルカディアは少し呆れた。
 しかし彼の事情を知るとむげに注意する気にもなれず、どうしたものかと溜息を吐く。

 「障がい者の子もいる施設だから、リハビリ施設もあるのよ。ナナリーちゃんにはいい場所かもしれないわね」

 もともと医療サイバネティクスの第一人者だったというラクシャータも余裕を見てはその施設に訪れて子供達を診ているので、彼女にはそれほど悪い環境ではないだろう。

 ワゴンに車椅子ごとナナリーを乗せると、咲世子がトランクにナナリーの私物を入れて出発の準備はすぐに整った。

 「咲世子さん、詳しい事情は後日こちらから連絡いたしますので・・・」

 イレギュラーに弱いルルーシュは、改めて冷静になって考えることにしたらしい。時間がとれる余裕があったのは不幸中の幸いであった。

 「解りました。アッシュフォードのご許可さえ頂ければ、私もそちらに参ってもよろしいのですが」

 エトランジュ達が知っている場所であるなら、すなわち黒の騎士団が関わっている場所である。黒の騎士団の協力員である咲世子がそこに行くのをためらう理由はなかった。

 「そう、ですね・・・考えておきます。では、失礼します」

 ルルーシュの合図で運転席のアルカディアが車を発進させると、咲世子はそれを見送りながら考えた。

 スザクがクロヴィス暗殺の犯人という濡れ衣を着せられてゼロに救出された事件以降のルルーシュの行動、そしてエトランジュの態度とを合わせて、彼がゼロなのではないかと疑った。
 どんな理由かまではさすがに予想もつかないが、ルルーシュがブリタニアの貴族を極端と言ってもいいほど嫌っている節があったのは、彼女も知っていた。

 まずはいつでも出られるように、怪しまれない程度に荷物をまとめておこう。
 それから直接の上司であるディートハルトには、今夜のことは黙っておいた方がいいだろう。

 (あの方がゼロなら、私の選択は間違って・・・いいえ、正しかった。でもまだ結論を出すのは早計、エトランジュ様からの連絡を待つことにしましょう)

 咲世子はそう結論を出すと、クラブハウスへと戻っていった。



 突発的に思いつきで起こす祭りに使うため、いつも余分に置いておいた花火を打ち上げ尽くしたアッシュフォード学園生徒会メンバーの面々は、空になった花火の残骸を見詰めて静まり返った。

 「行っちまいましたねー、ルルーシュの奴」

 「ええ・・・行ってしまったわ」

 アッシュフォードの箱庭から、遠い世界へと。

 「あーあ、花火切れちゃった。当分お祭りはなしね」

 「そんな、会長!花火なんてまた買えばー」

 リヴァルがこういう時こそ祭りを開いてぱあーっと、と提案するが、ミレイはそれを却下する。

 「もうすぐ学園祭があるし、有能なルルちゃんがいなくなったから無理無理。
 それに、単位取り損ねたのもあるから、いい加減そろそろ本腰入れないとね」

 もともとルルーシュの卒業に合わせるつもりだったから計画的にサボって単位を取らなかったのだが、もうそんなことは言っていられない。
 迅速に単位を取って学園を卒業し、主君の元へ行かなくてはならない。

 「ミレイちゃん・・・」

 「いいの、二ーナ。さあさあ皆の衆!まずはここの片づけをして、それからみんなにルルーシュの退学を告げないとね」

 「暴動・・・起こりそうな予感が」

 ルルーシュのファンは膨大におり、突然彼が退学したと告げれば一斉に生徒会に押し掛けてきそうである。
 リヴァルの不吉な予想は一同には容易に想像出来たのか、明日はクラブハウスを封鎖しようと視線を交わし、満場一致で決まった。

 「ま、ルルちゃんだから仕方ないわ。後でこのツケは取り立てるとしましょう」

 一同は苦笑して頷くと、花火の残骸をゴミ袋に詰め終え、それを手にして校舎内へと足を進める。

 ミレイはアッシュフォードにとって本来の役割を終えた学園を屋上から見下ろし、一筋の涙をこぼした。



 その夜、シャーリーはある書類に名前を書いていた。

 “早期単位取得願”と書かれたそれは、テストで一定の点数を取ることで単位を取得し、卒業単位を取り終えたときに卒業出来る制度・・・解りやすく言えば、飛び級をして卒業する制度の利用願いである。

 それには放課後に行われる講義への出席日数、科目ごとに八割以上の点数の取得、学業態度など厳しい制限があるため、利用する生徒は非常に少ない。
 本来ならルルーシュもそれを利用して卒業してもよかったのだが、ナナリーがいるためあえて使用しなかったのだ。

 「お父さんに頼んで、保護者承諾のサイン貰わなきゃ。それから・・・」

 シャーリーが次に手にしたのは、“退部届”だった。

 これから卒業に向けて全神経を注ぐのだから、生徒会だけで手いっぱいだ。もう水泳は出来ない。
 けれど、それでいい。好きな人の元へ行くためなら、比べるほどのものではなかった。

 シャーリーはルルーシュとナナリーと三人でお茶会をした時に撮った写真を大事そうに見つめ、彼から貰ったメモの番号をしっかり眺めて暗記する。
 憶えやすいようにしてくれたのだろうか、シャーリーの誕生日とナナリーの誕生日を合わせた番号にしてあった。

 万が一誰かに見つかってその番号にかけられないようにと、未練はあったが意を決して破いてゴミ箱へと捨てる。

 「待っててルル。私、すぐに追いつくから」

 シャーリーはそう呟くと、父に連絡すべく携帯を手に取った。



 翌朝、ミレイは怒りを胸に押し隠して政庁へと赴き、受付で名前と身分を告げて枢木 スザクとの面談を申し入れた。
 その横にはもしかしたらユーフェミアに会えるかもと言う淡い希望を抱いた二―ナが、おどおどしながら周囲を見渡している。
 受付の女性は初めてのスザクに対する面会希望者に驚きながらも連絡を入れると、すぐに許可が下りたので訪問者用IDをミレイと二―ナに手渡す。

 ミレイは初めて入る政庁を見る余裕もなく、職員に案内されて上層階の応接室に通された。

 「枢木少佐は間もなく参りますので、こちらで少々お待ち下さいませ」

 「はい、よろしくお願いいたします」

 出された上質の豆で淹れられたコーヒーを飲み、立ち上る芳香に気分を落ち着かせようと努力している所にノックが聞こえてきた。

 「会長、僕です、枢木です」

 そう名乗って自動ドアが開いて入室して来たのは、自らの主が箱庭から去る原因を作った男であった。
 思い切り憎悪の視線をこめて睨みつけてやると、スザクは思わず後ずさる。

 「あの、会長?」

 「うん、久しぶりねスザク君。ちょっといろいろいろいろ話があってきたの。とにかく座って話そうか」

 明らかに穏やかな話ではない口調に、スザクは彼女がここまで怒る理由に心当たりがあったので、ミレイの前に後ろめたさを感じながらも腰をおろす。
 これほど怒っているミレイを見るのはニーナも初めてで、目を白黒させていた。


 「私が怒っている理由、知ってるかなスザク君?」

 「はい・・・あの・・・」

 「解ってるならいいのよ、余計なこと言わないで。イライラするから」

 ここは政庁だが、いつどこで誰の目と耳があるか解らない。
 万が一にもルルーシュのことが耳に入ってしまったら、秘匿していた皇子をみすみす逃がしたアッシュフォード家はおしまいである。

 「ま、それはそれとしてもうどうしようもないから何も言わないけどね。
 今日はこれに記入して貰いたくて来たの」

 ミレイが無表情で差し出したのは、“退学届”と書かれた書類だった。

 「会長・・・」

 「もうスザク君も騎士になって、いろいろと忙しいでしょう?
 学園にも来るのが難しそうだし、こっちのほうがいいかと思って」

 穏やかに言い繕っているが、本音はルルーシュの生存をユーフェミアに暴露してしまい、彼が箱庭から逃げだす原因になったスザクを追い出そうというものであることは明白である。

 スザクはあまりにも考えが浅すぎて知らずに敵を作り、またアッシュフォードに彼の失態を探る輩が現われたりするかもしれない。
 ミレイはまた主君が戻る日のためにも、美しく安全なままの箱庭を維持しなくてはならないと考えたのである。

 「本当に残念だわ・・・うちの副会長が突然辞めて、スザク君もってことになるのは寂しいけど仕方ないもの」

 まだスザクがイエスと言っていないのにも関わらず、ミレイはもうそれが確定事項であるかのように言った。

 「ルルーシュが・・・そうか・・・」

 既にルルーシュがアッシュフォードを出たことを知ったスザクは、応接テーブルに置かれていたペンを手にして退学届に記入していく。

 「僕の保護者は、上司のロイド伯爵なんです。会長の婚約者の・・・今日サインを貰ってから、アッシュフォードに郵送します」

 「そうしてちょうだい・・・それからスザク君」

 「はい」

 「もう、二度と来ないで。全部全部、貴方のせいなんだから!!」

 話していくうちに感情が高ぶったミレイが思わず叫ぶと、二ーナが小さく悲鳴を上げて彼女から距離を取る。

 「ミ、ミレイちゃんどうしたの?ルルーシュが退学するって言った日から、変だよ」

 「ご、ごめん二ーナ。ちょっとね」

 ミレイは大きく深呼吸をすると、スザクの顔など見たくないとばかりにソファから立ち上がった。

 「・・・用件はそれだけ。じゃ、さようなら」

 そう言い捨ててさっさと応接室から出たミレイに、何があったのかと驚くニーナもスザクをちらっと見ておそるおそる尋ねた。

 「どうしたの、スザク君・・・会長があんなに怒ること、したの?」

 「うん、ちょっと考えなしにバカなことしちゃってね。会長はもう、僕を許さないと思う。
 こんな形で辞めるのは不本意だけど、自業自得だから・・・みんなにはすまないって伝えておいて下さい」

 ニーナは何が何だか解らないと途方に暮れたが、理由を話してくれる気がないと雰囲気で察し、リヴァル達には伝えておくねと答えておずおずと立ち上がって応接室を出る。

 「全部僕のせい、か・・・」

 ただあの時落ち込むユーフェミアを励ましたくて、彼女なら他の皇族にもバラさないし仲が良かったと聞いていたから大丈夫だと安易に考え、学友を失い、学園を失い、そして親友を失った。

 もう迷惑をかけるわけにはいかない以上、学園を辞めるというのは悪い選択ではないだろう。
 これでもう、妬みを買う立場の自分のアラ探しのために、あの孤高の皇子を守る箱庭の学園を探られることはない。

 「ロイドさんに、サイン貰いに行かなくちゃ」

 せっかく入学させて貰ったアッシュフォード学園だが、もう仕方ない。
 スザクも応接室を出てロイドのいる特派に向かおうとすると、そこには驚いた表情のミレイと二ーナ、そしてへらへらといつもの笑みを浮かべているロイドがいた。

 「あれ、ロイドさん!どうしたんですかこんなところで」

 「いやあ、僕の婚約者が来たのにどうしてかスザク君に用事って言うからね~」

 ヤキモチ焼いちゃった、と明らかにウソだと誰もが解る台詞を口にしたロイドに、ミレイは乾いた笑みで応じた。

 「そんな、浮気じゃないですよロイド伯爵。
 ただスザク君、今後も学校に通うのは難しいんじゃないかって思って、退学を勧めに来ただけです」

 「退学~?通信学科のある学校に転校じゃなく~?」

 「・・・騎士様じゃ、勉強なんてしてる余裕ないでしょ。スザク君あんまり成績良くないですし」

 何気に酷いことを言いながらごまかすミレイに、ロイドはふーん、といつものように考えが読めない顔で笑う。

 「で、スザク君もそれでいいと思ったの~?」

 「え、ええ・・・せっかくの好意で入れて貰った学園ですが、ユーフェミア様の護衛が最優先ですので」

 「うんうん、君そう言ってランスロットにも乗りたくないって言ったもんね先日~。
 ユーフェミア皇女殿下の傍から離れたくないって」


 スザクは神根島から戻った後、ルルーシュとの打ち合わせ通りにシュナイゼルにこう報告していた。
 シュナイゼルのミサイルを受けた後神根島に漂流し、助けを待つべく水場を探していたら黒の騎士団の幹部を発見したので拘束した後、一晩を明かして再び救助を求めようとしていたところにユーフェミアを捕えていたゼロと黒の騎士団員と鉢合わせしたので人質交換を申し出てユーフェミアを奪還したところに、いきなり地面が落ちてシュナイゼルらの元に来たのだと。

 ひと通りの筋は通っているし、ユーフェミア自身もそうだと答えたためにそれ以上の追及はなかったがスザクはその後こう言ったのだ。

 『ユーフェミア皇女殿下がまさかこんなことになっているとは、想像もしておりませんでした。
 やはり自分が離れたのがよくなかったのでしょう・・・主君に心配をかけるなど騎士失格です』

 『そんな、スザク!あれはわたくしが勝手にしたことなのですから、貴方のせいでは・・・そんなことを言わないで下さい!』

 ユーフェミアの言葉にスザクは意を決したように、宣言したのだ。

 『ロイドさん、二度とこんなことにならないよう、自分はユーフェミア様の護衛に専念したいと思います。
 主君を守ることを第一に考えるのが騎士だと、ダールトン将軍もおっしゃっていましたし』

 そう言ってランスロットの起動キーをロイドの手に返却したスザクに、最高のパーツがなんでええええ!とロイドが悲鳴を上げたのは記憶に新しい。


 「じゃ、仕方ないね。保護者のサインどこ?あ、ここね」
 
 スザクから退学届の書類を受け取ったロイドは、さらさらと己のサインを書いて印を押すとミレイに手渡す。

 「ん~、これでスザク君をネタにアッシュフォードの高等部に入るのは無理になっちゃったね~。
 大学部に間借りした時、大学部以外には入るなって太い釘刺されたし」

 「やだなあロイドさん。高等部になんて用はないでしょ」

 スザクが笑ってそう言うと、ロイドは一瞬だけ二ーナに視線を送るとすぐにミレイに戻し、飄々とした口調で言った。

 「うん、なかったんだけどね~、実は出来たんだよ。アッシュフォードの宝物を確認したくてね」

 その台詞を聞いた瞬間、ミレイの表情が凍りつく。

 「な、何のことでしょうロイド伯爵。あ、もしかしてガニメデやイオのことですか?」

 「うん、それそれ。それを毎年巨大ピザ作りで使ってるんだったね、副会長さんが」

 口調こそ何気ないが、意味はスザクとミレイには充分に通じた。二―ナだけが有名なアッシュフォードの学園祭の行事に、にこやかに応じる。

 「そうなんです、ルルーシュがいつも操縦して・・・でも今年はどうするの?」

 何も知らない二ーナが無邪気にそう尋ねると、ロイドは幾度か納得したように頷いた。

 「何だったら、僕が操縦しようか~?ピザくらいならなんとか作れる程度には操縦できるよ」

 「ロイド伯爵!そんな、伯爵にそんなことをして頂く訳には・・・」

 「まあまあそう言わずにさ~、ゆっくり話し合おうよ、二人きりで~。
 君もその方がいいだろうし~」

 「っつ・・・解りました」

 ルルーシュの名前が出てしまった以上、もうごまかすことは出来ない。
 ユーフェミア様に会えるかもしれないから一緒に連れて行って欲しいと必死に食い下がって来た二ーナを連れてくるんじゃなかったと、ミレイは後悔した。

 「じゃー、僕ちょっと婚約者殿とラボで愛を確かめて来るから」

 「似合わない台詞ですよロイドさん・・・」

 スザクはどうしたものかと考えるも、余計なことはするな言うなオーラを発しているミレイに気圧されて口を噤むしかなかった。

 ロイドはあはは~と何を考えているか解らない顔でラボに案内すると、お茶を運んできたセシルににこやかに言った。

 「セシル君~、ちょっと彼女と貴族の会話をしなくちゃいけないから、当分こっち来ないで貰えるかなあ~」

 滅多にない、というより初めての台詞にセシルは目を丸くしたが、ミレイが真剣な表情で座っているのを見て頷いて退出していく。

 「大丈夫~、彼女もなんだかんだで一線は弁えてるから」

 「・・・で、貴方はどこまでご存じなんですか」

 直球でそう尋ねてきたミレイに、なかなか頭のいい子だがまだ若いな~とロイドは苦笑する。

 「うん、まあはっきり答えるとアッシュフォードにルルーシュ様がお隠れになっていたってことだね。
 君はあの方をお守りする役目を持っていた・・・違うかなあ~?」

 「その通りです。それを、あのスザク君が台無しに・・・!」

 「あー、彼がうっかりした行動で生存がバレるかもしれない事態引き起こしたから、あの方はどっか行っちゃったと。
 もう余計なことして欲しくないから、学園から追い出したわけだ~?」

 なるほどなるほど、とロイドは幾度も頷くと、ミレイが鋭い目で睨みつける。

 「どうしてあの方のご生存を知ったのです?貴方はいったい・・・」

 「おめでと~、僕もあの方をお探ししてたんだよミス・ミレイ」

 「・・・は?」

 呆気に取られたミレイがそう聞き返すと、ロイドはははは~と笑みを浮かべる。

 「ちょおっとある場所であの方をお見かけしてねえ~。あの方は母君に瓜二つだから、すぐに解ったよ」

 「・・・・」

 ミレイは眉をひそめてロイドを伺うが、さすがに飄々と貴族社会を自由奔放に生き抜いてなお伯爵の地位を失わずにいるだけあり、ミレイごときではとても真意を推し量れない。

 「閃光の忘れ形見なら、僕もお会いしたいんだよね。
 あのガウェインをたった一度プログラム見ただけでさらっと操縦したほどの方ならなおさら~」

 「・・・ロイドさん、はっきりおっしゃって下さい。あの方をどこでお見かけしたのですか?」

 「うん、試作機のガウェインを奪って逃走したところをね、偶然ちょっと見えちゃったんだよね~・・・仮面の素顔」

 「仮面・・・まさか!」

 ミレイは口を手に当ててそれ以上の声を発するのを止めたが、ロイドは『大正解~』などと言って手を叩いている。

 「あ・・・そういえば・・・」

 ミレイはスザクがゼロによって救出されて以降、彼らしからぬ行動が目立っていたことに気がついた。
 特に、ナリタ連山・・・ナナリーを放って数日間の旅行など、彼にはあり得ないのにと不思議に思っていた。

 今思えば確かに、ゼロが現れた期日彼はいったいどこにいたのか?
 
 そして、日本でルルーシュとナナリーが安心して暮らせる場所とはどこなのか。そして何故自分に居場所を知らせず立ち去ったのか。
 
 その答えを運んできたロイドを睨みつけて、ミレイは尋ねる。

 「・・・ロイド伯爵、それを私にお話ししてどうすると?」

 「うん、ぶっちゃけて言うとね、君はどうする?」

 「・・・私は真面目に話しているのですが」

 「僕もだよ、ミス・アッシュフォード。君はあの方が反逆しても臣下であり続けるのかい?」

 ロイドの問いかけに、ミレイは何を今さらと言うように言った。

 「私はヴィ家に仕えるアッシュフォードの娘です。主の道を歩くことこそ臣下の務め」

 「あっはっは、さすがは地位を奪われても貴族、主君に忠義を尽くすんだ~」

 それだけではない感情があることをロイドは感じ取ったが、それは口に出さずロイドはとりあえずね、と前置きして言った。

 「僕にもちょっと思惑が出来たから、このことは口外しないよ、約束する。
 優秀なパーツ君がデヴァイサーを降りた本当の理由も解っちゃったし~」

 あの時、確かに仮面は初めから外されていた。つまりはあの時、スザクとユーフェミアはゼロの正体を知っていたことになる。

 ユーフェミアとルルーシュが仲が良かったことはロイドもシュナイゼルとの付き合いで皇宮に出入りしていたから聞き知っていたし、スザクがたまに話す“親友”が彼であるとするならば彼以外に動かせないランスロットのデヴァイサーを降りるには充分過ぎる理由だろう。
 
 とするなら、ランスロットのデータは当分集まらない。それどころか、活躍することなくこのまま白い人形となる可能性すらあるだろう。
 ユーフェミアも異母兄と戦うことを良しとしないだろうから、なおさらだ。

 それならいっそ黒の騎士団に入って、思う存分研究してみたい。自分が完成するはずだったハドロン砲を完成させたい。
 シュナイゼルを後援してはいるが別に忠誠心などないし、自分はただ己が作ったナイトメアが活躍する姿を見てみたいのだ。

 (それだったら、まだ劣勢の黒の騎士団に入ったほうがいいデータ取れそうだしー。
 あのドルイドシステムをさらっと解読したあの方ともお会いしたいし~)

 実にマッドサイエンティストな思惑にうふふ~と不気味な笑みを浮かべるロイドに、ミレイは引きながらも迂闊なことは言えないと立ち上がる。

 「その言葉、今は信じるしかないようですね・・・一応言っておきますけど、私を監視しても無駄ですよ。
 あの方の行き先は、教えて頂いておりませんので」

 「あは、なるほどね~。慎重なことだ・・・もしかしたら、貴女を巻き込みたくなかったかもしれないね~」

 おそらくロイドの言うとおりだろう、とミレイは思った。
 自分に感謝していると言ってくれたルルーシュなら、父帝に反逆するという大罪に巻き込むようなことは意地でもすまい。

 「何とかしてガウェインのデータ欲しいし、ドルイドシステムを軽く動かせるあの方とお話したいし~。
 機会があったら僕もあの方の元に行きたいから、その時はよろしく」

 どうやらロイドはルルーシュとの繋ぎを取りたくて、ミレイと話したかったらしい。
 おそらくロイドはルルーシュがゼロであることをミレイが知っていた可能性があると読んで仮面の素顔と言ったが、彼女が驚いたために彼の正体を暴露したのだろう。

 これまでルルーシュをかくまってきたのだから、彼の正体を知っても当の本人が既にいない以上それを今さら報告する訳にもいかないし、その気がないということはルルーシュが何をしようとも従う意志のある者だから問題ないと判断したのである。

 「・・・貴方のお話は解りました。ですが、それを決めるのはあの方です」

 「うん、そうだろうね~。こっちも事を急に運ぶつもりはないから」

 「お話はそれだけでしたら、私はこれで失礼いたします。ああ、ロイド伯爵」

 「な~に~?」

 ミレイはきっとロイドを睨みつけると、はっきりと言った。

 「私はミレイ・アッシュフォード、ヴィ家を守る箱庭の番人。そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの臣下です。
 あの方の不利になる行為は許しません」

 「怖いなあ~、婚約者なのに・・・君が卒業したらすぐに結婚して、夫婦であの方の元に行くっていうプランはどうかな~?」

 「考えておきます。では、これで」

 ミレイは乱暴にドアを開けてロイドの研究室を退出すると、ロイドは自分のパソコンを操作して未完成のままだったガウェインの設計図を見た。

 まだ未完成の武器、しかも複雑な操作を必要とするドルイドシステムを理解し動かし軽々と空へと羽ばたかせたルルーシュに、ロイドは背筋に電撃が走った。
 そう、誰も動かしきれなかったランスロットを己の身体のように動かしてのけたスザクに匹敵する興奮。

 「僕、筋金入りのナイトメアバカだから~。
 閃光のマリアンヌ様の御子息であの技量・・・ふふ、お会いしたいな~」

 久々に機嫌のよくなったロイドは、傍から見たら実に不気味な笑みを浮かべた。



 (ゼロがルルーシュ様、ですって?!言われてみれば納得だわ、どうして気付かなかったのミレイ?!)

 自分で自分に憤りながら政庁を出たミレイは、二―ナがまだ中にいることも忘れて帰路を急ぐ。

 (まったく、ルルちゃんってば・・・私に何も言わず・・・!ああ、ああいう人だってのは知ってたけど、でも私は!)

 アッシュフォード学園は主君を守るための箱庭だった。元来ならこんな小さな場所ではなく、豪華絢爛な皇宮に住む至高の身分にあったはずなのに、彼はここにいた。

 アッシュフォードがいつ裏切るのかと常に疑心に駆られていたことは知っていた。
 祖父はともかく、両親はルルーシュを爵位と交換するチケットのように考えていたのだ。聡い彼がそんな父母が祖父の後を継ぐと思えば、信用出来ないのは当然だ。

 だからミレイは、常にルルーシュのためにだけ行動してきた。
 ナナリーと共に暮らせるように寮ではなくクラブハウスを宛がい、彼が楽しい学園生活を楽しめるようにと楽しい祭りを開き。

 ・・・恋をして心から信じる人が出来ればいいと、生徒会に女の子を中心に誘ってみたりもした。
 自分の一番は、恋をしたルルーシュだった。だから彼のためなら、どんなことでもすると決めていた。
 自分以外の誰かと結ばれても構わなかった。彼が自分を信じてくれるなら、それで。

 あと一年で、ルルーシュもこの箱庭を卒業する。その時には自分と結婚してアッシュフォードを支配しても構わなかったし、他の道を選ぶのならそのために尽力するつもりだった。

 それなのに、外から来た異分子の彼の親友によって最悪の終わりを迎えることになるとは、想像もしていなかった。

 だが、過去は変えられない。そして自分の生き方も変えられない。

 (私はミレイ・アッシュフォード、ヴィ家を守る箱庭の番人。そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの臣下)

 主が決めた道を歩くことこそ、臣下の定めにして務め。

 早く反逆を終わらせて、何事もなかったかのようにこの箱庭へとご帰還頂く。そのためにも、もうモラトリアムはおしまいだ。

 まずは学園を卒業し、祖父から直接跡目を受け継ぐ。
 両親は爵位欲しさにヴィ兄妹を守ってきたが、ルルーシュがゼロだと知れば切り捨てるに決まっている。
 だからアッシュフォード当主の座を父を飛び越し自分が手にするのだ。

 黒の騎士団は日本解放のために動いているだけでルルーシュを守る存在ではないのなら、自分はあの方を守る騎士になる。
 理事長特権を駆使して、早く自分を学園を卒業させるよう取り計らうよう祖父に言わなくては。

 そしてあの何を考えているか分からない男と政略結婚もしよう、伯爵であるあの男なら、利用価値もあろう。
 彼の行動を監視しつつ、ありったけのナイトメアの技術を受け取って、それを手土産にしてもいい。

 ミレイはそう決意すると、祖父に会うべく歩調を速めた。



[18683] 第十七話  交錯する思惑
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/09/11 12:52
第十七話  交錯する思惑



 アッシュフォードから引っ越してきたルルーシュとナナリーは、メグロにある孤児院の一室を借りてそこに住み始めた。
 ルルーシュが改築に関わっただけはあり、外観こそ古いが施設内はバリアフリー化、衛生面なども完璧な建物である。

 ルルーシュは周囲には、不具合になってしまった妹に辛く当たる父親に反発して彼女と共に家出をしようとしていたところに、この施設を紹介されたと言っていた。
 そんな話は珍しくもなかったのか、ここなら大丈夫だからと親切にいろいろと世話をしてくれる者もいるし、リハビリ施設もあるのでナナリーも同じ境遇の友人が出来、みんなでリハビリに励んだりしていた。

 そしてルルーシュはゲットー内部にある小さな事務所で働いていると言いながら黒の騎士団本部に行き、暇を見ては施設の子供達に食事を作ったりして高い好感度を得ていた。
 時折カレンも訪れるのでナナリーも最初にあった不安が消え、楽しく過ごせているようだ。

 「学生との二重生活より時間が取れるようになって、結構だなルルーシュ。
 だが、租界の外に出てから私はピザが食べられなくなってしまったのだが」

 現在の状況に満足していたルルーシュにC.Cはそう苦言を呈するが、ゲットーにピザを配達する店などないから諦めろと睨みつける。

 「仕方ないだろうC.C。恨むならスザクを恨め」

 「全く、本当に余計なことをするなあいつは・・・だがまあ仕方ないからお前が作るので我慢しよう。
 せっかくチーズ君グッズがもう一つ手に入る予定だったのに」

 「まだあのぬいぐるみが欲しいのか?一つで充分だろう」

 「保存用だ。こういう生活をしていると、どこかに置き去りにしたまままた突然引っ越しなんてのもあり得るからな」

 C.Cはそう言いながら、ルルーシュの部屋から持ってきたチーズ君を抱きしめてベッドに寝転がる。

 と、そこへエトランジュが慌てた様子でリンクを開き、ギアスで語りかけてきた。

 《突然申し訳ございませんルルーシュ様。実は中華連邦に動きが・・・!》

 《中華連邦、ですか。黒の騎士団やキョウト、ニュースを通しての情報ですか?》

 《いいえ、私達が個人的に持っているルートからです。私、当代の天子様とは友人同士ですので》

 エトランジュが日本に来る数ヶ月前、彼女は中華連邦に伯母のエリザベスと共に赴き、一週間ほど滞在していた。
 いくら小国の亡命政府といえど、長く国の元首が滞在するのは痛くもない腹を探られるとの判断で名残惜しく立ち去ったが、天子とは数年前からたまに文通をする仲であるという。

 《何でも中華連邦に亡命している日本の官房長官の澤崎とおっしゃる方が、中華の後押しを受けて日本解放を考えているそうなのです。
 天子様としては反対だと、エリザベス伯母様を通じてお言葉が》

 《ほう、それはそれは・・・では、至急それをキョウトにご報告を。私も今から参りますので、対応を協議致しましょう》

 幸いまだ日本に攻めてくるまでは、一週間前後の時間がある。このタイミングで情報が来たのは実にありがたいことだった。

 ルルーシュはC.Cを伴って自室を出ると、リハビリ施設にいるナナリーに声をかけた。

 「ナナリー、俺はちょっと今から仕事で出なくてはいけなくなったんだ。
 食事はすでに作ってあるから、みんなで食べるといい」

 「昨日はお休みでしたものね、お兄様。解りました、私みんなと先に頂いていますね」

 「ルルーシュさんのごはん、美味しいから好きー」

 「ねー。たまに日本食も出るもんね。昨日作って貰った栗ごはん美味しかった」

 子供達が歓声を上げるので、ルルーシュは一人一人の頭を撫でてやりながら笑いかける。

 「じゃあ、すまないがナナリーを頼むよ。デザートも冷蔵庫にあるから」

 すっかりルルーシュの食事の虜になった子供達は、はーいとよい子の返事をしてルルーシュを見送る。

 「行ってらっしゃいませ、お兄様」

 「行ってくるよ、ナナリー」

 ルルーシュがC.Cとともに施設を出ると、C.Cは不満そうに言った。

 「どうしてあんな子供のリクエストは聞くのに、私のリクエストは聞かないんだ?」

 「ピザばかりだと栄養が偏るし肥満になる。お前と違って子供は繊細なんだ、栄養面を考慮しなくてはな」

 お前はどこの母親だと言いたくなる台詞を至極真面目な顔で吐くルルーシュに、C.Cは溜息を吐く。

 「まあいい、エトランジュにはマオを通じて、租界からこっちに来る時はピザをお持ち帰りで頼むように言ってあるからな。
 後で彼女が立て替えた代金を渡しておいてくれ」

 「やはり俺持ちか?!」

 ルルーシュは嫌そうな声を上げたが、エトランジュは無限に使えるほどの金は持っていない。
 後で彼女に代金を支払おうと、ルルーシュは財布の中身を確かめるのだった。



 黒の騎士団の本部会議室では、通信回路を開いたキョウト六家の桐原、宗像、神楽耶の三名、そして席にはゼロたるルルーシュ、エトランジュとアルカディア、ディートハルト、扇、藤堂、カレンの幹部が座っている。

 皆が着席すると、ルルーシュはさっそくに切り出した。

 「枢木政権の官房長官だった澤崎が、中華の援護を受けて日本解放をすべくフクオカに侵攻するという情報を、エトランジュ様を通じて入手した。
 これについての協議を行いたい」

 「澤崎官房長官が・・・日本解放を目指すというなら、協力すべきでは」

 扇がまず無難にそう提案するが、桐原は乗り気ではないようで首を横に振る。

 「それが成ったとすれば、日本は中華の傀儡政権になるやもしれん。
 今中華では大宦官が政治を私物化しており、非常に国内が混乱していると聞いているゆえな」

 「どうも中華では、大宦官と科挙上がりの官僚とで争っているらしい。
 今回の件も、大宦官が中心で進めているとエトランジュ様がおっしゃっておりましたが・・・中華の状況をご説明して頂いてよろしいですかな?」

 宗像の問いかけにエトランジュは頷いて了承すると、先ほどアルカディアと共に作った資料をモニターに映し出す。

 「三年半ほど前に先代の中華連邦皇帝がお亡くなりになり、ご孫娘(そんじょう)である(チェン) 麗華(リーファ)様がその地位をお継ぎになられましたがまだ当時九歳という幼さのため、常から政治を司っていた大宦官が権力を独占するようになったのです」

 モニターに映し出された生気のない表情をした幼女の姿に、痛々しげな視線が集まる。

 「そしてそれ以降、先代皇帝陛下が病臥するようになってからの大宦官は政治を私物化、富を独占する行為に拍車がかかり、今大変国内は荒れているのです」

 中華のGNPや雇用情勢などを記したグラフを見て、うわあと扇から呆れの声が上がる。

 「トップがまだ何も解らない子供じゃ、傀儡にしかならないよなあ・・・って、でもこの情報は天子様からだって」

 資料にそう書いてあるのを見て扇が首を傾げると、エトランジュは頷いた。

 「先代皇帝陛下が病にお倒れになった時にEUを代表して、お父様がお見舞いに訪れたことがあったのです。
 その際にお父様が陛下にいろいろとアドバイスをなさったとかで」


 エトランジュの父・アドリスはEUのお見舞いの使者として先代皇帝に自室で横たわったままの皇帝に謁見した。
 その時皇帝の頭を占めていたのは国の行く末ではなく、ひたすらに遺される孫娘のことだった。

 まだ九歳の幼すぎる娘、確実に大宦官に利用され尽くして捨てられる未来が目に見えるようだと嘆く皇帝に、アドリスは言った。

 『失礼ながら皇帝陛下、貴方は公主(姫の意)様を思うあまり、あの方を過保護にされていらっしゃるようにお見受けします。
 護衛をつけて城に閉じこめて護るだけでは、それはいかがなものかと存じますが』

 『もし朕が死にあれまでもということになれば、次の皇帝を巡って争いになる。
 国には誰かが守る意志のある者がおるが、あれはまだ子供なんじゃ・・・朕が守ってやらねば誰が守るのじゃ・・・!」

 国よりも孫娘が大事だ、と皇帝らしからぬ台詞に眉をひそめる侍官もいたが、アドリスはそうですねと同意する。

 『私も人の親、貴方の御心はよく解ります。
 国なんぞ守る気のある者が勝手に守ればいいですが、子供を善意だけで守ってくれる人間はそうはいません・・・この動乱の時代なら、なおさらね。
 親が一番に考えるのは子供のことであるべきなのは当然です』

 ブリタニアの世界各国の侵略開始からこっち、世界各地で騒乱の種が育って血の花を咲かせている。
 中華も例外ではなく、大宦官が麗華がある程度育ったらブリタニアの皇族と結婚させて甘い汁を吸おうとする動きがあることも、皇帝は知っていた。

 『しかし陛下、公主様はまだ幼く学校にも行っておられないのだから、助けとなる者が一人もいない。
 人間は社会的生物、誰の輪にも入らぬ者を助ける者は、あいにくおりません』

 『それは・・・じゃが外に出せば何が起こるか。とてもあれを学校には』

 『でしたら、家庭教師などをつけるなりすればよろしいでしょう。
 貴方にはそれまで生きてきた中で、心から貴方が信頼し得る者が一人や二人はおいでになられるはずです。その方に後見をお願いすればよろしいのでは?』

 心から信頼出来る者がいなかったわけではない皇帝は、その言葉にううむと考え込んだ。
 だがその者達は自分が病に倒れると同時に理由をつけて左遷されてしまい、今は近くにいない。
 しかし、確かに彼らになら孫娘を託してもいいと、皇帝は考えた。

 『そしてその方々に、公主様のご教育もお願いするのです。
 陛下、王族であろうと平民であろうと、親が子供に必ず受け継がせなくてはならない財産があるのをお忘れですか?』

 『必ず受け継がせなくてはならぬ財産、とな?』

 『ええ・・・それは親がいなくなっても、一人で立ち歩いていける力です。
 子供を災厄から守り育てるのは確かに簡単ですが、それは自分がこの世から立ち去った時たちまち子供は自分ではどうすることも出来ず終わってしまうだけの結果にしかなりません。
 普通に考えれば、親が子供を置いて死ぬのが当然ですからね』

 皇帝はその言葉に、ほとんど見えなくなった目で自らの病み衰え血管の浮き出た手を見つめた。

 皇太子と妃が謀殺され、残された孫娘が皇太女として立った時から自分は息子の忘れ形見である彼女を守ろうと護衛をつけ、城から出さないようにして育てた。
 それが孫娘のためだと信じて疑わなかったが、いざ自分が倒れ身体を動かすのも難しくなった時、孫娘の行く末だけが頭を占める。

 『公主様がしっかりなさった方なら、貴方もここまで不安になることはなかったでしょう。
 私の妻も数年前に病死しましたが、彼女が死ぬ時娘に未練はありましたが心配はしておりませんでした。私がいるし、家族がたくさんいるからこの子のことは大丈夫だと』

 『麗華はおとなしいんじゃ・・・とてもあの大宦官どもと争えるような性格ではないし、能力もない・・・』

 『親の私が言うのもなんですが、私の娘も性格は温厚で能力も平凡です。
 王位を継がせるつもりはありませんし、何より嫁にやりたくないほど可愛いので問題ないですがそれはさておき。
 我が国のようにただ穏やかに暮らせる小国ならそれでいいですが、中華ほどの大国となるとそうはいかないでしょう』

 だからこそそれを補う人材をまずはつけておき、いずれ国政を担える能力を身につけさせるべきだと説くアドリスに、皇帝はふふ、と自嘲の笑みを浮かべた。

 『いつぞや聞いた話じゃが、マグヌスファミリアでは王が健在なうちに成人した王族の誰かを選んで王位を譲るそうじゃな?
 息子が死んだ時、朕もそうする法律を作っておくべきじゃったわ』

 『ええ、私の国では譲位制度がありまして、だいたい在位二十年前後で次代に王位を譲り渡す習慣があります。
 開国した当時は祖父が、そして祖父の弟、母との順で現在の王が私です。
 今私が死ねば、私の娘はまだ成人年齢に達していないので、私の兄弟の誰かが王になるでしょう』

 『縁戚の誰かを養子として迎え、早めに譲位しておけば・・・ここまで事態は悪くならなんだやも知れぬ。
 今更言っても詮無きことじゃがの・・・・』

 今それをすれば養子とした者が殺されたり、妨害工作が入ることは間違いない。自分がまだ権力を握っていたうちに、そうしておけばよかったのだ。

 『じゃが、アドリス殿の申すことはもっともじゃ。歳はとりたくないものじゃなあ・・・』

 過去にお前は次期皇帝なのだからと息子に厳しい教育を課していたことを思い浮かべて、何故そんな大事なことを忘れていたのかと自嘲する。

 『今からでも遅くはございません。公主様に教育を・・・そして大宦官を抑える政策を行ってはいかがでしょうか』

 具体的なことを示唆すれば内政干渉になるため、ぎりぎりの線でそう提案するアドリスに皇帝は決意した。

 『・・・失礼じゃがアドリス殿、朕は用事が出来たゆえ席を外して貰いたいのじゃが』

 『ああ、これは失礼いたしました。長居し過ぎたようです・・・そうです陛下。うちの娘と公主様はお年も似たようなものですし、文通などいかがですか?』

 『文通、とな?』

 『私の妻は父が中華連邦人でして、十歳までここにいたのですよ。娘も妻の母から中華語を教わっているので、出来ればお願いしたいなと。
 大国ならこんな情勢ですから妙な誤解をされるかもしれませんが、我が国ような小国の王女と文通したところで、誰も気にしませんよ』

 城から出られないのなら、せめて小さくとも外の世界を見る窓口をというアドリスに、皇帝は目を見開いた。

 『そうか、それもいいものじゃな・・・麗華もよい刺激になろうて。アドリス殿・・・謝々(シェイシェイ)

 皇帝は末期の水を飲む前に大事なことを教えてくれたアドリスに礼を言うと、その翌日からさっそく行動に移し始めた。

 自分を支えてくれた左遷されていた重臣を呼び、幼い天子を教育する役目の太師、太保という役職に据えて後見人とし、病を押して任命式まで行った。
 名誉職ゆえ権限こそないが、それゆえに権限の強い役職ばかりを求める大宦官には盲点であった。

 そして久しく行われていなかった科挙(官僚になるための国家試験)を行い、幅広く人材を求めた。
 大宦官の妨害が入ったので百名に満たなかったが、それでも合格して新たに官僚となった者達に国を頼むとテレビ放送までして信頼する旨を伝えた。

 これまでの無理が祟ったのか、その後ほどなくして皇帝は亡くなり麗華がその後を継ぎ天子と呼ばれるようになった。

 天子はまだまだ幼く教育段階であったが、大宦官ではなく太師と太保から国政を司る者としての教育を受け、そしてたまに来るエトランジュからの手紙を楽しみにして勉学に励む日々を送っていた。

 エトランジュも初めての外国の友達が出来たと喜び、一週間に一度のEU本土の定期便を待ち、自分の手紙を届けまた返事が来るのが楽しみだった。

 一方、科挙組と呼ばれる官僚達が大宦官の専横を止めるべく奮闘していたが、既に確固たる地位を築いている大宦官を止めるのは容易なことではなく、特に人事関係が大宦官の派閥に取り込まれていることが災いして取り立てて効果が上がらなかった。

 それでも生前の皇帝がある程度の地位を科挙組に与えていたため、情報を得て会議などに出られる程度のことは可能であった。


 「今回の件は、大宦官の肝いりで行われたようです。
 日本をブリタニア侵略から解放するとなれば国際世論は中華側に向くでしょうし、サクラダイトの利権も手に入るとの思惑だそうです。
 あと、科挙組の方からは『単純に国内がうまくいってないから、外国侵略して目を逸らそう』という汚い理由が一番だとのご意見が」

 「よくあるパターンだな。ブリタニアと同じだ」

 国の政策が失敗し国内が荒れている場合、他国にそれの理由づけをするというのはよく使われる手段である。ようするに国が行う八つ当たりだ。

 ルルーシュはフンと不愉快そうに資料を机に落とすと、桐原達に視線を移す。

 「私としてはブリタニアの支配を逃れても今度は中華の支配を受けるというのはいかがなものかと思うのですが、キョウトのご意見は?」

 「虎を避けて狼を招き入れることなかれと言いますな。我らに図らずこのような愚挙は止めるべきかと」

 「ましてこの件が成功すれば、日本は中華とブリタニアとの戦の場となる。私も反対ですな。
 ただ日本の名が戻り権利を回復したとしても、それが形式的なものでは何の意味もない」

 桐原と宗像の反対意見に、扇はそれでも日本解放の一手になるのではと意見する。

 「戦力を集めることこそブリタニアを倒すために必要だと、ゼロも言っている。
 天子様とお知り合いのエトランジュ様なら、中華の力を正しい形でお借り出来るのでは?」

 「申し訳ございません扇さん・・・実は天子様と科挙組の方としては、この件を止めて欲しいそうなのです」

 実はこの日本解放と銘打った侵攻の件は、天子を始めとした科挙組が強く反対して出兵が遅れていたという背景があった。
 国内が荒れているのに外国を助けている場合かという、酷くはあるが最もな意見に対してサクラダイトの利権を手に入れれば財政が潤うと言う大宦官に、それでは火事場泥棒以外の何だというのか、目的は人道による日本解放ではないのかと返す。

 正論を武器にされれば勝ち目のない大宦官達は、結局無理やり出兵を認める決定を行った。

 このゴリ押しに憤った科挙組が訪れたのは、反ブリタニア同盟とギアス遺跡について調べるために訪中していたエトランジュの伯母であるエリザベスの元だった。

 彼女から今天子の文通友達であるエトランジュが日本の、しかも黒の騎士団に滞在していると聞いていた彼らは、黒の騎士団に協力しているエトランジュを通じて彼らに出来るだけ被害を少なくして軍を追い払って貰おうと考えたのである。

 C.Cが黒の騎士団の使者として繋ぎを取ったのも科挙組で、大宦官がこともあろうに天子をブリタニア皇子と娶せ中華を売ろうとしていることから反ブリタニア派が多かった。そのため、それなりの縁はあったのである。

 『こちらは大宦官の思惑を止めたい、日本は中華の侵攻を止めたいと利害は一致しておりますもの、受け入れてくれると思います。
 私からエトランジュに申し伝えましょう・・・もちろん表だっては何もなかったと言い含めておきますのでご安心を』

 日本が無意味に争いの場となれば、姪とそれに付き従っている子供達が心配なエリザベスも同意し、ギアスを使った定期連絡でエトランジュにその旨を伝えてきたというわけである。

 「つまり、中華としても国内が荒れている今長期戦争をするような愚は犯したくないということだ。
 私達が大宦官派の将軍を捕え、天子様が黒の騎士団に引き渡しを依頼して無傷で送り返せば天子様は大宦官どもに貸しを作れて、私達も中華との間に太いパイプが出来る」

 何事も形式は大事だからな、というルルーシュに、桐原と宗像が頷く。

 シナリオとしては日本解放と銘打った中華連邦の侵攻に黒の騎士団が反対してブリタニアが動く前に鎮圧し、中華連邦へ追い返す。
 そして捕らえた中華連邦軍の幹部達を、天子の方からエトランジュを通じて解放を依頼したという形にして引き渡すのである。

 「これこそ理想的な国家のやりとりというものじゃ。扇よ、他国の力を借りるというのは、言うほど簡単なものではない。
 エトランジュ様が個人的に天子様と仲が良くても、それを元に国の力を借りるのとはまた別の話じゃ。
 今回のように個人的な縁を政治に介入させてうまくいく例は少ないと心得よ」

 「は、勉強不足で申し訳ありません」

 桐原に諭された扇が頭を下げて詫びると、藤堂が口を開いた。

 「では、今回の中華の侵攻を阻止するということだな。
 問題はどのようにして止めるかだが・・・ゼロ、どうするつもりだ?」

 「エトランジュ様が科挙組の官僚を通じて得た情報によれば、奴らはキュウシュウのフクオカから日本上陸を目指すらしい。
 しかし大々的に部隊を動かせば、中華を撃退した後漁夫の利を狙ったブリタニア軍に我々が襲われる可能性が高い。
 よって少数精鋭で迅速に片をつけるべきだろう」

 うむ、と頷く藤堂に、エトランジュが言った。

 「幸いある程度の軍事情報は、既にエリザベス伯母様が入手して下さっております。
 何でもまだ戦力としては大軍を動員していないらしくて、キュウシュウブロックを制圧してからさらに増援を寄越す予定だとか」

 「ならば初戦で連中を根こそぎ叩き出せばいいな。カレンの紅蓮と私のガウェインで迎え撃つとしよう」

 「たった二機で?大丈夫なのか?」

 藤堂が眉をひそめるが、ルルーシュは不敵な笑みを浮かべて頷く。

 「ブリタニアも無能ではない、奴らを倒すべく兵を投入していくだろうが、苦戦するだろうな。
 だがフクオカ基地を占拠するくらいは成功するだろう」

 ならば連中がフクオカ基地を占拠し、周囲の交通網を寸断すべく動いたところで基地を強襲すればいい。
 キュウシュウブロックにも黒の騎士団の基地が一つあるのだ、潜伏するのに何ら困ることはあるまい。

 「今から動けば、紅蓮とガウェインをキュウシュウまで内密に運ぶくらい造作もないことだ。すぐに準備に取り掛かろう」

 「承知した。では俺と四聖剣はいざという時のために出撃準備をしておく」

 「そうしておいてくれ。
 それからキョウト六家は、フクオカ基地を占拠したところでサクラダイトの利権についての相談ないし通告があるだろうが、ブリタニアに余計な疑惑を持たれぬよう否の答えを返しておいて頂きたいのですが、よろしいですか?」

 「当然じゃな。中華とのほうもわしらが取り繕っておく」

 桐原が了承したところで会議がお開きになると、カレンはキュウシュウに向かうべく準備を整えに会議室を出た。

 「ゼロと二人きりで作戦展開・・・!やった!」

 ゼロがルルーシュと知って複雑だったカレンだが、ルルーシュがゼロとしてふるまっている間は以前のまま彼を敬愛している。
 それなのにルルーシュがルルーシュとしている間はさばけた態度になるのだから、女は解らないと当の本人からは首を傾げられていた。

 鼻歌を歌いながら軽い足取りで紅蓮の準備をすべく格納庫に来たカレンに、既に詳細を聞いていたラクシャータは『若いっていいわねぇ~』と笑いながら、隣の改造済みのガウェインともどもキュウシュウに移す作業を行うのだった。



 次兄シュナイゼルに呼び出されたユーフェミアは、スザクを伴って彼の部屋へと訪れた。
 室内にはダールトンとシュナイゼルがいて、シュナイゼルがいつものように穏やかな笑みを浮かべて席を勧める。

 「すまないねユフィ、勉強中に呼び出したりして」

 「いいえ、とんでもありませんわシュナイゼル兄様。それで、どんなご用事でしょうか?」

 ユーフェミアは神根島から戻った後、まずは政治の仕方を覚えろとルルーシュに言われたことを実行に移すべく、政庁の資料室長の男を自分の秘書に抜擢し、まず日本の状況を正確に把握することから始めた。

 室長は主義者ではあるものの黒の騎士団の協力者ではなく、協力者の知り合い程度の男だった。
 だがルルーシュによってギアスをかけられており、時折ユーフェミアの状況を密告したりしているのだが、彼女はもちろんそれを知らない。

 だがそれでも主義者の彼は日本をよくするために、正確な情報を望むユーフェミアの望みを叶えていた。
 さらに計画書の立て方などを教わり、彼から説得の方法や人間関係などについての本を借りては読み、知識を入れることに余念がなかった。

 「ああ、実はちょっと君に聞きたいことがあってね。まずはこれを見て欲しいんだが」

 そう言ってシュナイゼルがパソコンのモニターに出した映像は、見出しに“EU連邦加盟国マグヌスファミリア王国の亡命政府、新たな王としてアドリス国王の息女、エトランジュ王女を擁立”とある電子新聞だった。

 二年半前の日付に大きめの写真に載せられていたのは、生気のない顔を年齢に似合わぬ化粧でごまかし、青いドレスを着せられて立つ金髪碧眼の少女だった。

 「あ・・・この方・・・!」

 年齢こそ下だが、確かに神根島で自分を捕えて説教という名のアドバイスをしてくれた少女である。

 姉に滅ぼされた国の者、と言っていたが、まさか女王だったとは思いもせず、ユーフェミアは目を丸くしながら写真を凝視する。

 「やはり、彼女だったか・・・君達が急に落ちて来た時、彼女の顔が見えてね」

 EU攻略を担当しているシュナイゼルは、EUの情報を逐一集めては自分で解析していた。
 コーネリアが滅ぼした国の一つが国民全員で亡命するという他国では不可能な行動を起こした上に亡命政府を樹立したことも、その政府が国王の一人娘を王に据えたことももちろん知っていた。

 ただ所詮は二千人程度の王国、EUもただ盟約で彼らを助けたのだろうと妥当な判断を下したシュナイゼルはその情報を脳内に押しやっていたが、いきなり異母妹がゼロと共に落下して来た時ゼロを庇うように立ちふさがった彼女を見た際、彼の優秀な脳はその時の映像が蘇ったのである、

 「エトランジュ・アイリス・ポンティキュラス、世界で二番目に人口の少ないマグヌスファミリア王国の女王にして、前国王アドリス王の愛娘。
 コーネリアが滅ぼし我が国のエリア16にした国だが・・・よく君が無事に生きて戻れたものだ」

 「はい・・・あの、お姉様を恨んではいるが、別にわたくしに恨みはないからと。やつあたりで殺すようなお姉様と同類にはなりたくないと言っておりました」

 「何と生意気なことを!コーネリア様をよってたかって殺そうとするような卑劣な行為をしておきながら、自分が高潔な人間のように振舞うとは」

 ダールトンが憤慨するが、シュナイゼルは内心軍隊を持っていない自国に攻め込んで来たのだから、その程度のことをしても彼女達からすれば卑劣でも何でもないのだろうなと納得していた。

 「なるほど、彼女がゼロに協力、ね」

 恐らく反ブリタニア同盟を築くべくエトランジュがゼロに協力を依頼したか、逆にゼロが彼女と繋ぎをとったか、どちらかだろう。
 日本だけでブリタニアと戦うなど、まず不可能だ。ならば各植民地にあるレジスタンスと連携し、ブリタニアを追いつめる方が効率的である。

 「これは困ったね・・・少し厄介なことになった」

 「どういうことですかシュナイゼル兄様。資料によりますとこの国、二千人くらいしか国民がいないとありますけど・・・」

 大した国力がないことを人口が示していると言うユーフェミアに、シュナイゼルが説明してやった。

 「確かに本人に大した力はないが、ゼロが彼女につくとなると厄介なんだよ。
 王族のお家芸を使われると、EUにゼロが入ることになるからね」

 「王族のお家芸?」

 「ああ、私達も得意と言えばそうだけどね・・・政略結婚だよ」

 EUは大小様々な国が入り乱れ、争い、また融和を繰り返してきた歴史を持つ。
 とある王家は“戦争は他家に任せ、我が一族は結婚せよ”と家訓を残し、政略結婚で領地を増やしてきた例すらあった。

 そのためEUでは身分こそ重んじるが他国民の血が混じることを恥とは思わない傾向があり、混血でない王家など非常に少ない。
 現在のEUの王族や貴族はほとんどが象徴的なものとなったが、系図を紐解くとあちこちの国に遠戚がいる。

 マグヌスファミリアは長らく鎖国していたとはいえ、開国後は現イギリス国王の遠戚がエトランジュの叔母の一人と結婚しており、それなりに縁がある。
 特に世界中に戦火が上がるようになると、結束力を強めるためにEU内での王族・貴族の婚姻が数多く行われるようになった。

 「マグヌスファミリアに突出した人材がいないことは、開国後もあまり発展していない様子からも解る。だから祖国を取り戻したくてもその力がない。
 だが、ブリタニアに対してれっきとした成果を上げているゼロが彼女と結婚したら、いくら仮面をつけているとはいえ“マグヌスファミリア女王の伴侶”という素性が出来る」

 そうすればその肩書きの元、EUの軍隊に関与する機会が与えられることになる。
 もちろんそれを認めるかどうかは議会の決定次第だが、ブリタニアに追い詰められれば選択の余地なく彼に指揮権を与える可能性が非常に高い。
 そう、ブリタニアが名誉ブリタニア人と侮蔑していたスザクを、結局は彼にしか動かせなかったランスロットのデヴァイサーにし、黒の騎士団と戦わせたようにだ。

 おそらくゼロの目的は、まず日本解放を実現させて自分には植民地を解放する能力があると世界的に知らしめ、各地にある植民地に存在するレジスタンスを糾合する。
 それと同時にブリタニアと交戦中のEUとも同盟を結び、ブリタニアを包囲するつもりだろう。そのためには形式的にでも、EUの元首が必要なのだ。

 陳腐だが効果的かつ合理的な作戦に、シュナイゼルはどうしたものかと思案する。

 今EUにテロリストと繋がりを持つのかとを言えば、たかだが小国の幼い女王のすることに大仰なと侮られるし、ブリタニアが彼らにしたことに対して反抗することの何がおかしいとすら言われるだろう。
 現在でもEUとブリタニアは戦争状態であり、下手に彼女達のことを口に出せば堂々ゼロとエトランジュを結婚させて当然の行為であると世界に発表しかねない。

 亡国の女王と世界的カリスマのレジスタンスリーダーのゼロ、世間から見れば実に受けの良い光景である。

 さらに言えばたとえゼロが失敗したとしても、その場合エトランジュごと切り捨てれば済む話だ、EUとしては大した損失はない。
 成功すれば儲けもの程度だろうとシュナイゼルは見抜いている。

 だが最近EUに対する謀略がいくつか止められているところを見ると、ゼロが彼女を通じて既にEUに対して多少なりとも貸しを作っているだろう。
 表向きはマグヌスファミリアの手柄としておけば、EUの面子は守られる。
 それが積み重なっていけば、確実にEUはゼロを無視出来なくなる。

 「小さすぎて見えなかったね・・・盲点だったよ」

 恐らくエトランジュはゼロの腹話術の人形となり、ゼロの策と言葉で持って世界各地のレジスタンス組織と連絡を取っているだろう。
 胡散臭い仮面の男よりも、小国といえどブリタニアに滅ぼされた女王の言葉なら聞く人間が多いからだ。

 シュナイゼルはエトランジュの幼さと今まで表だった成果がなかったせいか、彼女がゼロの台頭以前からせっせと世界各地を回っていたという発想はなかった。
 確かに本格的な同盟を構築したのはゼロが仲間になってからだが、自力で地道に下地を作っていたので割と手早く反ブリタニア同盟が出来上がったのだ。
 もちろん決定打になったのは、ルルーシュによる対ブリタニアに対する効果的な作戦の示唆や同盟を組むことによるメリットの説明であるが、本人の言うとおり“小さすぎて見えていない”ようである。

 だがそれを差し引いても、シュナイゼルは反ブリタニア同盟を築くキーを握るエトランジュの存在を知ってしまった。

 「こちらも早急に手を打たねばならないね。教えてくれてありがとう、ユフィ」

 「いえ、こちらこそ報告せずにいて申し訳ありません」

 ユーフェミアは化粧でごまかしてあるとはいえ、生気のない顔で玉座に座るエトランジュの写真を見て、神根島で会った時の彼女とを比較した。

 俯き震える写真と違い、あの時の彼女は無表情ではあったがそれでもまっすぐに顔を上げて淡々と現実を語った。
 何があろうとも現実を直視すると決め、どれほど醜いことでもありのままを見続けきたエトランジュと、安穏と姉の保護のもとで綺麗な幻想だけを見てきた自分。

 最近顔つきが変わったようだと、昨日ダールトンに言われた。
 必死になって勉強に取り組み以前のような夢見がちなものではなく、まだまだなところはあっても現実を見据えた政策を考えるようになったユーフェミアに、ダールトンはそう言って自分を褒めたたえた。
 苦労は人を変えるというのは、本当のようだ・・・外見的な意味でも、内面的な意味においても。

 「では、わたくしは資料を探しに資料室へ参りますので、失礼させて頂きます。
 またなにかございましたら、お呼び下さいませ」

 「うん、頑張っておいで。ああ、それと枢木少佐」

 シュナイゼルはユーフェミアの背後で立っていたスザクに視線を向けると、少し困ったような表情で言った。

 「ランスロットの件だが・・・ロイドが君以外だと適合率が半分いくかいかない者ばかりだから、デヴァイサーをなかなか決めてくれないんだ。
 やはり、君が一番あれを扱いきれるようだね」

 「お褒め頂き光栄ですが、でもあんなことがあっては、自分がユーフェミア様のお傍を離れることは出来ません。
 とてもランスロットに乗って黒の騎士団と戦う気は・・・」

 帝国宰相の言葉に逆らうとは、と常ならば怒りそうなダールトンだが、理由が理由なだけに彼はスザクの言い分を否定出来ず、大きく溜息を吐く。

 神根島から戻ってきたユーフェミアからスザクを囮にシュナイゼルがミサイルを放つことが許せず、護衛部隊から離れてスザクを助けに行こうとした結果、爆風に飛ばされて神根島に漂流した挙句、ゼロの人質になったと聞かされて真っ青になった。

 幸い同じく漂流したスザクが人質交換で奪還に成功したから良かったようなものの、今後ともこんな出来事が起こらぬよう、彼女の傍にいて護衛をいうのは実に正しいと言わざるを得ない。

 ただスザクが乗っているランスロットが彼にしか扱いきれず、そのランスロットが黒の騎士団に黒星を与え続けているナイトメアのため、シュナイゼルがわざわざ口を出しているのである。

 「シュナイゼル殿下、もともとナイトメアは純粋なるブリタニア人のみが騎乗するべきものです。
 ユーフェミア殿下は幸いコーネリア殿下と異なり戦場に出られる方ではないのですから、彼以外のデヴァイサーを見つけるのが一番かと」

 「それが出来たらいいのだが、ロイドが適合率八割は超えないと認めないと言うものでね・・・君は彼のお気に入りだし、お願い出来ないものだろうか?」

 「恐れながらシュナイゼル殿下、あの時ユーフェミア様をお止め出来なかった護衛部隊があの体たらくでは、枢木少佐も不安になりましょう。
 彼の身体能力はまことに素晴らしく、護衛としては私としても安心出来るほどです」

 ダールトンがそう褒めたたえるのも無理はない。
 ナイトメアの操縦以外に護衛として役に立つのかと皮肉を言われた際、ダールトンが試しに肉弾戦で試合をさせてみると、彼はそのことごとくに勝利した。

 データを見てみると筋力、脚力、動体視力、その他の身体能力は絶句の一言に尽きるほど秀でており、なるほどあのナイトメアを動かせるわけだと納得しつつ驚愕したものだ。
 しかも銃弾を軽々避け、壁まで走る様を見せられてはダールトンとしては彼に主君の宝物を任せても不安はない。

 エトランジュの信用はして貰うものではなく積み上げていくものという言葉を証明するように、スザクは確かに黒の騎士団に対して実績を上げており、またシュナイゼルから黒の騎士団に対する囮にされても『ルールを破るよりいい!!』と答えて従っているため、それなりの信用はあった。

 彼がランスロットのデヴァイサーを降りた理由については誰も疑わず、シュナイゼルですら今回の件があったのでとりあえずデヴァイサーを探して代わりが見つかればそれでよしとしたかったのだが、そううまくいかなかったようだ。

 「適合率がそれくらいないと、戦場に出てもどうせやられるだけだと言って聞かないんだよ。
 陛下のナイトオブラウンズクラスでなければ、どうやら無理のようだね」

 頑なにランスロットには乗らないというスザクに、この手の人間を説得するのには骨が折れると知っているシュナイゼルは説得を断念した。

 シュナイゼルが退出を促したので、三人が頭を下げてシュナイゼルの執務室を退室すると、スザクはダールトンに礼を言った。

 「ありがとうございます、ダールトン将軍。殿下の命令を断った自分を庇って下さって・・・」

 「何、貴殿の言うことは尤もなことだし、ユーフェミア様もそれを望んでおられるからな。聞けば学園まで辞めたというではないか・・・騎士として見事だ。
 後任さえ見つかれば丸く収まるのだが・・・全く、息子どもも情けないことよ」

 スザクがデヴァイサーを降りるとなった時にその理由を聞いたダールトンは納得し、まずは自分の子飼いの部下にして義理の息子達でもあるグラストンナイツを後任にと特派に差し向けた。

 だがあまりの高性能振りと相当な身体能力がなければ動かせないため、最高でも適合率六十%前後という数値を出すだけで終わり、優秀ではあるが同時に妥協を知らない研究者のロイドに拒否されてすごすごと引き下がった。

 ランスロットのデヴァイサーであるというのはスザクの強みでもあったのだが、それを捨ててまで主の護衛に専念するという姿勢を褒める者もいたし、自ら栄誉あるナイトメアのデヴァイサーを降りるとは身の程知らずなと責める者もいる。

 また、スザクがアッシュフォード学園を退学したことが知られるとタイミングがタイミングだったため、ユーフェミアの護衛のためだと誤解したダールトンは彼を素直に認めて擁護した。
 さらにコーネリアの騎士ギルフォードもその行動を称賛し、ユーフェミアも同意した上にシュナイゼルが黙認したのであれば、それ以上は皇族批判にもなりかねない。
 
 実はこれらは、神根島でルルーシュがスザクに行った入れ知恵である。

 『ユーフェミアの護衛に専念するからランスロットを降りると言え。
 シュナイゼルがユフィは大丈夫と言っておいてこのザマになったんだから、奴も強くは言えないだろう。
 お前の圧倒的な身体能力を見せ付ければ、他の奴らも黙るさ』

 案の定微妙な立場にはなったがいいタイミングでアッシュフォード学園を退学したこともあり、スザクは円満にとはいかなかったがランスロットのデヴァイサーを降りることに成功した。
 後はユーフェミアを戦場から離れさせておけば、自分はルルーシュ率いる黒の騎士団と戦わなくてもいいのである。
 
 名誉ブリタニア人が操縦しているランスロットは黒の騎士団に対する安易に切れる切り札と考える者が多かったので、戦場から逃げる言いわけだと言いがかりをつける者はいたが、自分が予想するより味方が多かったのでスザクは内心驚いていたりする。

 と、そこへ慌てた様子でグラストンナイツの一人がやって来た。

 「ユーフェミア殿下、ダールトン将軍!」

 「どうした、騒々しい。黒の騎士団に動きでもあったのか」

 「いいえ、中華です。中華連邦がなぜか日本の国旗を掲げてエリア11に侵攻してきたとの報告が!」

 「何だと?!ユーフェミア殿下」

 ダールトンが呻くと、ユーフェミアとスザクが司令室へ足を向けるのを見てダールトンも後を追う。

 司令室へ飛び込むと、中華連邦軍がフクオカ基地を強襲し、それを占拠したとの報が届いたところだった。

 そしてモニターに映ったスーツを着た中年の男が目を光らせて、厳かに宣言する。

 「我々はここに正統なる独立私権国家、『日本』の再興を宣言する!!」

 「この人は・・・父の政権で官房長官だった澤崎さんです。まさかこんなことをするなんて・・・!」

 スザクの言葉にダールトンが日本政府の亡霊が、と吐き捨てる。

 「コーネリア殿下がおられない時に、なんと・・・やむを得ん、私が指揮を執る!
 枢木少佐、貴殿は全力でユーフェミア殿下をお守り参らせよ!」

 「イエス、マイロード」

 スザクが了承するとダールトンは続けてグラストンナイツに指示する。

 「速やかにキュウシュウブロックに向けて出発する!
 この隙を狙って、黒の騎士団や他のテロリストどもが小うるさく蠢動するやもしれん。
 気を抜かず租界の守りも徹底して行え!」

 慌ただしく交戦の準備に入った司令部の中、不安になったユーフェミアだがそれを振り払うようにして言った。

 「ダールトン、軍のことはお任せします。
 わたくしは租界の護りや国民への説明について、シュナイゼル殿下と協議の上行わなくてはなりませんから」

 「おお、そうですなユーフェミア殿下。あの中華に操られた亡霊など、すぐさま成仏させてご覧にいれますゆえ、どうかご安心を。
 私は留守に致しますが、グラストンナイツのうちから作った護衛部隊を置いておきます」

 彼らにはユーフェミアの突飛な行動を抑えるように言い含めてあるし、スザクにも協力的な者を選んで構成してあるから彼とも連携を取っていけるだろう。
 再びシュナイゼルの執務室へと戻るユーフェミアの後ろ姿を見て、副総督として徐々にしっかりしてきた彼女にダールトンは不敬とは知りつつも成長した娘を見る気分であった。

 彼女の頑張りを無にしないためにも、迅速に奴らを殲滅しなくては。
 そう決意を固めたダールトンは、改めて軍に指令を飛ばすのだった。



 「予想通りだな。澤崎のグループはキュウシュウブロック内のテロ組織と協力し、ホンシュウ、シコクブロックとの陸上交通網を寸断した」

 キュウシュウブロックにある黒の騎士団後方支援基地内部で、ルルーシュは澤崎の行動についてつまらなそうに弄んでいたチェスの駒を倒した。

 中華連邦両党軍管区の支援を受け、フクオカ、ナガサキ、オオイタを中心に勢力を広げるつもりだろう。
 そしてエトランジュがエリザベスを通じて手に入れた情報によれば、それから中華から増援が寄越される予定のはずだ。つまり、叩くとしたら今が好機なのだ。

 「“中華連邦のツァオ将軍によると、これはあくまで人道支援であり”・・・ね。サクラダイト目当てのくせに、よく言ったものだ」

 「キョウトには一方的なサクラダイトに関する権利について、通告があったそうです。
 もちろん即座に断り、ブリタニアにも報告して彼らとの間に関係はないことを強調しておいたと桐原公から連絡が」

 エトランジュの報告に、ルルーシュは満足げに頷く。

 「既に条件はクリアされた。あとは奴らを潰すだけ・・・カレン、準備はいいか?」

 「もちろん、いつでも出撃出来るわ」

 カレンはゼロとの共同作戦に張り切っていたが、内心実は少し複雑であった。
 ガウェインは副座式であり、直接機体を動かすパイロットとシステムを動かす者とが同時に乗り込まなくては本来の機能を引き出せない。

 ルルーシュは素顔を知っているC.Cにしか任せられないとすぐに彼女をパイロットに任命したのだが、同じく素顔を知っていても自分には紅蓮があるので立候補を断念せざるを得なかったのだ。

 「この基地の存在がバレるわけにはいかないから、ある程度場所を移動してからフクオカ基地を強襲する。
 今ならキュウシュウ地方を手中に収めるために戦力を分散しているだろうから、楽なはずだ・・・行くぞ」

 「はい、ゼロ!」

 ルルーシュは作戦を説明しながら仮面を被ると、カレンとC.Cとエトランジュを伴い部屋を出ると、四聖剣の仙波と卜部が外で待っていた。

 「思っていたより遅かったな。ま、エトランジュの様の情報ですぐ俺らが動けたせいだけど」

 「中華の動きの方はあらかた予測済みだが、ブリタニアの動きのほうが気になる。
 そちらは藤堂達に任せてあるが、お前達はエトランジュ様をサポートして貰いたい」

 「承知した。任せてくれゼロ」

 エトランジュには捕らえた中華連邦軍の幹部の前で天子と会談し、ゼロに自分を通じて中華に返すという形式(しばい)をして貰う役目がある。
 あくまでも黒の騎士団は日本の権利を守るために動いただけで中華連邦と敵対する意思はないと告げ、天子もそれを了解した上で自国の軍幹部の引き渡しを依頼、エトランジュはその仲立ちをした形にするわけだ。

 それには幹部達の前で直接エトランジュが説明を行う必要があるため、卜部と仙波の仕事は万が一に備えての護衛である。

 「お願いします、卜部少尉、仙波中尉」

 キュウシュウブロックに作った基地に中華連邦の幹部を招き入れればこの基地の存在がバレる危険があるため、黒の騎士団建設当初に本部にしていたトレーラーと同じものを新たに手に入れてある。

 「エトランジュ様の大事なお役目を全うして頂くためにも、我々も協力は惜しみませぬ。
 では、予定ポイントまで移動をお願いいたします」

 仙波に促されて、エトランジュは頷いてトレーラーに乗り込むべくルルーシュと別れ、ルルーシュもまたカレンとともにナイトメア格納庫へと向かうのだった。



 キュウシュウブロック周辺では、ブリタニア軍と中華連邦軍が小競り合いを続けていたが、互いに一進一退を繰り返していた。

 澤崎は自分にキュウシュウ周辺のレジスタンスが協力してくれるものと考えていたのだが、既にキュウシュウ基地建設の際に黒の騎士団に組み入れられたため、思っていたより少なかったせいだ。

 「おのれ、日本を取り戻せる好機だと言うのに!機を読めぬ馬鹿どもが!!」

 「ご心配には及びませんぞ澤崎殿。
 フクオカ基地は我らの手に落ちたのです、じきにキュウシュウ全域を」

 ツァオ将軍がそうたしなめた時、数十機のブリタニアのナイトメアを撃破したとの報が届いて澤崎は破顔した。

 「おお、さすがは中華連邦ですな。貴軍ならばこのまま日本を解放して下さる日も遠くはありませんよ」

 「もちろんですとも澤崎殿。日中で力を合わせてブリタニアを倒し、末長いお付き合いをお願いしたいものです」

 ツァオ将軍の空々しい台詞に、澤崎はうんうんと幾度も頷く。自分が利用されているという考えは、どうやらまったくないようである。
 だがその笑顔は、長く続かなかった。

 「・・・!ツァオ将軍、二機のナイトメアを確認!凄まじいスピードで我が基地へと進撃してきます!
 我が方のナイトメア数体が撃破されました」

 「何?!ブリタニアか」

 「いいえ、違います・・・あれは、黒の騎士団のマーク?!」

 モニターに映し出されたナイトメアには、黒の騎士団のエンブレムが誇らしげに掲げられており、彼らが何者であるかを雄弁に語っている。

 「何だと?!黒の騎士団が、何故日本解放の邪魔をするのだ?!」
 
 澤崎が呻くが、誰もその答えを返さない。
 ツァオ将軍も理由は解らなかったが、敵対行為を取っている以上こちらも応戦しなくてはならない。

 「そのナイトメアを撃破せよ!これは明らかに我が方への敵対行為である!」

 「はっ!」

 たちまち応戦すべく動きだした軍に、澤崎はモニターを睨みつけた。

 「止まれ!中華連邦は日本解放のために進軍したいわば友軍である!
 日本解放を目指す黒の騎士団が、何ゆえ邪魔をするか?!
 ゼロ!!お前達は日本を憂うる同志ではないのか?!」

 「我ら黒の騎士団は、不当な暴力を振るう者全ての敵だ」

 「不当だと!?私は日本のために」

 基地から聞こえてきた澤崎の台詞に、ルルーシュは傲岸不遜名声で応じた。

 空に舞い上がる黒いガウェインと、真紅の紅蓮がそれを守るようにコンクリートの無機質な地面に立っている。

 「友軍?サクラダイトの利権目当ての通告をしておいて、何を言うやら。
 この戦い、日本の飼い主の名前を変えるだけの行為にしかならない!
 自らの手で勝ち取ってこその名前であり、権利であり、自由であることが、どうして解らない!」

 一方的に中華連邦の見返りを受けるわけにはいかないからサクラダイトを提供するという安易な考えでは、今後も日本はそれ目当てに搾取され続ける奴隷国家だ。

 ルルーシュでさえEUと盟約を結んだ際、切り札のサクラダイトの密輸はあくまでほんの一部だけとして主な提供物は情報、策略といったものであり、またEUからも同じく情報と最小限の物資を提供するという小さくとも対等な取引を行っている。
 日本解放が成れば、お互いにもっと本格的な同盟条約が結ばれるだろうことは、すでに暗黙の了解である。

 「行くぞ、カレン!
 あの傀儡になっていることすら解らぬ愚か者と、私欲のために日本を汚す者達を日本から叩き出せ!」

 「はい、ゼロ!」

 紅蓮は嬉々としてガウェインの先頭に立ち、敵のナイトメアを次々に撃破していく。
 空から襲撃して来た飛空艦艇を見て、ルルーシュが面倒そうにキーボードを叩く。

 「邪魔なんだよ、君達は」

 ガウェインの肩から砲撃が現れたかと思うと、中華連邦の飛空艦艇は抵抗する間もなく撃墜されていく。

 「空のハエは私に任せろ!カレン、君は地上部隊を主になぎ払え!」

 「了解!」

 二人は見事な連係プレイで中華軍を倒し、基地の中を進撃していく。
 だが今後の中華との対応を考えて出来る限り死者を出さないよう、足やエナジーフィラーを狙って攻撃している。

 瞬く間に基地の三分の二が制圧されると、ツァオ将軍と澤崎は撤退を決意せざるを得なかった。

 「外国に助力を乞い、機会を待って何が悪い…!それこそが戦略というものなのに・・・!」

 確かにそれも一つの戦略であるし、一概に悪いとは言えない。
 だが中華連邦もサクラダイトが目当てであり、ブリタニアと戦うための拠点として日本を手にいれたがっていることが問題だと、この男はまったく解っていなかった。

 「カゴシマならまだ防衛線が引けますよ」

 「は、世話になります」

 車に乗って撤退しようと基地を移動し軍事ヘリの元に辿り着いた刹那、軍事ヘリを壊した紅蓮が、二人の乗る車の前に立ちふさがった。

 「ここまでだな」

 「まさか・・・キュウシュウ最大の要害を、いとも簡単に・・・?!」

 二人が絶句すると、ルルーシュは通信をキーボードを操作してエトランジュと通信を開き、さらにそれを外へと繋ぐ。

 「ツァオ将軍、聞こえますでしょうか?
 以前一度お会いしたかと思いますが、マグヌスファミリア女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスです」

 しっかりした発音の中華語に、ツァオ将軍は驚いた。

 「・・・!去年来たあの!」

 先帝の見舞いに訪れた彼女の父親の仲介で天子と文通友達であるという縁から、天子の誕生日のお祝いにとEUの使者として訪れたのは確かに彼女だ。

 「現在我がマグヌスファミリアは、ブリタニア植民地のレジスタンス同盟を組むべく世界各地を回っているのですが、ちょうど日本におりまして黒の騎士団に滞在しているのです。
 今回ゼロをお止めすることは出来ませんでしたが、中華の方々の身の保証は何とかお願い出来ました。
 ですからお願いいたします、どうかこの場は矛を収めて頂けませんでしょうか?」

 ツァオ将軍は予想外の展開に驚愕したが、弱小国であり亡命政府であったとしてもれっきとしたEU加盟国の元首の元で明言されたのなら、もはや選択の余地はない。
 既に己の首に、チェックは掛けられたのだ。思いもがけずブリタニアへ送られずに済んだのだから、幸運と言うべきだろう。
 
 「やむを得ませんな・・・全軍に通達!速やかに母国中華へと撤退せよ!」

 「そ、そんな・・・!ここまで来て!」

 澤崎が絶望の呻き声を上げてへたり込むと、ゼロが告げる。

 「貴方がたの身柄は、一度我々が預らせて頂く。だがすぐに中華へお返しすることをお約束しよう」

 「好きにするがいい」

 ツァオ将軍の指示で武装が解除され、数人の高級将校のみを残して全軍が中華へと撤退していくのを見ながら、紅蓮とガウェインは彼らを連れてフクオカ基地を後にした。



 それから一時間後、黒の騎士団トレーラー型基地にて、今回の騒動(えんげき)の結末を飾る役者が勢揃いしていた。

 まずはゼロがモニターの前に立ち、その横にエトランジュが座り、さらに卜部、仙波が護衛として背後に立つ。

 モニターに緊張した面持ちの幼い天子が映し出されると、その前にはツァオ将軍を始めとする中華連邦軍の幹部が何とも言えない顔で途方に暮れている。

 「えっと、今回我が中華連邦は、日本の解放・・・という人道・・・支援のために軍を派遣させて頂いたのですが」

 明らかにカンペを読んでいると解る口調でそう切り出した天子に、ゼロが穏やかに応じる。

 「しかし天子様、NACに対しサクラダイトの一方的な供給を要求されたとあっては、日本としては承服致しかねます。
 サクラダイトは日本にとって重要な資源、それを中華が独占するとなるとブリタニアもそれを奪われまいと更なる軍を派遣してくることは明白、そうなれば日本はどうなります。
 何より日本独立後に日本が立ち直るためにも、あれは重要な資源なので他国にそう簡単に供給する訳には参りません」

 「エトランジュ様のお話では、黒の騎士団はあくまで黒日本の権利を守り、また日本を無駄な・・・戦火に巻き込みたくないとの意向で、動かれたとのことですが」

 「はい、相違ございません天子様。
 決して中華連邦と敵対する意志はなく、今回の件は私としても遺憾に思っておりますので、出来る限り被害は抑えたつもりです。
 たまたまこちらに滞在中のエトランジュ様が、中華連邦は母方の祖父の故郷でありまた天子様とも一方ならぬご親交があるので出来る限り無傷で鎮圧して頂けないかとお願いされたことですし」

 椅子に座ってにっこりと笑うエトランジュに、天子もほっとしたように笑みを浮かべた。

 「そちらの事情は、解りました。こちらも日本の・・・事情をよく把握していなかったようですので、今後とも気をつけていきたいと、思います」

 「では、今回の件はお互い様ということに致しましょう。
 すぐにもツァオ将軍や他の将校の方々を中華へお返しいたしますので、その件について話し合いたいのですが」

 「はい、蓬莱島に出迎えの準備をしておきますので、どうかよろしくお願いいたします。
 今回はいろいろとご迷惑をおかけいたしました」

 「いいえ、こちらこそ事情があるとはいえ、中華連邦軍と交戦してしまったことは申し訳なく思っております。
 今後はぜひ、そうなることのないようにお願いしたいものです」

 最初から決まっていたやり取りを何とか言い終えた天子はほっと溜息をついてエトランジュを見つめると、エトランジュは椅子から立ち上がって中華語で言った。

 「今回、いろいろと事情が絡み合って残念な結果を招いてしまいましたが、大きなものに発展しなくて済んたことは幸いでしょう。
 今はあちこちで戦火が広がっているのです、無駄な争いは避けていければと存じます」
 
 「私もそう思いますエトランジュ様。戦争は怖い・・・痛いのも辛いのも嫌です・・・悲しいです」

 これは天子の本心だろう、俯き震える小さな声に、エトランジュは慰めるように言った。

 「私も同感です。だからこそ私達はこうして話し合っているのですよ天子様。
 私達は人間です。ここには日本語、中華語、ラテン語、英語と様々な言語に分かれた人間がおりますが、こうして意思を伝え合い考えを述べ合い、そして未来を語ることが出来る唯一の生き物です。
 どうか忘れないで下さい、痛くて怖い思いをしなくても、解決の糸口をつかめる手段があるということを」

 「エトランジュ様・・・!はい!」

 天子の明るい笑顔に黙ったまま話を聞いていた澤崎が、吐き捨てるように言った。

 「これだから子供は・・・!綺麗事で世界は動かん!
 今は動乱の世の中なのだ、非常の手段と言うものがある!ましてや話し合いなど不可能だ!」

 「存じております。私も既に人を殺した身です。人を殺した時点で既に悪でしょう」

 正当防衛とはいえ、エトランジュはその手を血に染めた。あれほど非常の手段と言う言葉にふさわしい行為はあるまい。

 「それでも、安易に人を殺す行為には走りたくありません。それは憎しみの連鎖を生むだけです。
 だからこそ私はたとえ口汚く罵るだけであっても、話をしたいのです。それだけなら心は傷つくかもしれませんが、身体は傷つきませんしましてや死ぬこともありません。
 死なないのならまだ取り返しは付きます、何度でもやり直しが可能でしょう。
 私の言うことが確かに綺麗事なのは認めましょう。ですが、綺麗事よりも戦争が正しい手段なのでしょうか?
 澤崎官房長官、貴方は日本の何を守りたいのですか?日本国と言う名前さえあれば、日本が戦火に燃やされ国民が苦しみあえいでも構いませんか?」

 「それは・・・・だが、それも独立のための!私が中華の傀儡政権というなら、お前自身はどうなのだ?!
 EUの、ゼロの傀儡にしか見えんぞ小娘が!!」

 澤崎が激昂して叫ぶと、エトランジュはあっさり認めた。

 「澤崎官房長官、認めましょう、私は確かに操り人形です。
 父が行方不明になり、本来なら王になる筈ではなかったのに伯父達の思惑で王になり、EUの思惑で反ブリタニア同盟を組むための使者になりました」

 「・・・・」

 「ですが、私は私の操り手を選びました。伯父達を信じたからこそ王になり、反ブリタニア同盟は私の国を戻すために必要だと考えたからこそ使者になりました。
 そしてゼロも、ブリタニアを倒すために必要な力を持っていると思ったから、私は彼の言葉に従ったのです」

 エトランジュは傀儡でも、それには確かに意思がある。
 自らの操り手を選び、ふさわしくないと思えば否と撥ねつけ操るための糸を切る程度のことはするつもりだ。

 「お互いに心行くまで話し合った末に納得したことです。
 話し合いとは相手の話を聞くことから始まると、お母様が教えて下さいました。
 だから澤崎官房長官も、どうか話して下さいな。貴方の望む日本の在り方を。
 そしてみんなで考えていけばいいではありませんか。“三人で集まれば宝石の知恵”なのでしょう?」

 「・・・“三人寄れば文殊の知恵”ですよ、エトランジュ女王陛下」

 はは、と乾いた声でそう修正した澤崎は、疲れたように床に座り込んだ。

 子供は単純でいい、綺麗事で満足できる、素晴らしい時代だ。
 自分もあの年代の頃は、政治家になって日本を導く夢を叶えるために猛勉強をしていた日々を思い出す。
 
 だが、もうその時代はすでに過ぎ去り、今や自分は敗残者として仮面をかぶった怪しい男に生殺与奪を握られる身となった。

 「澤崎よ、お前の身柄は我が黒の騎士団が預かる。当分の間、自らを省みることだな」
 
 「あっ・・・ではゼロ、今回はいろいろとお世話になりました。それでは失礼いたします」

 天子が再度礼を言って通信を切り、会談は終わった。

 その後、ツァオ将軍達はカゴシマにいた中華連邦軍に送り届けられて中華へと撤退していった。
 それで今回の件は、対外的には綺麗に決着がついたことになる。

 黒の騎士団はこれで天子との間にパイプが出来、天子をはじめとする科挙組は大宦官達に貸しを作れた上に発言力を削ることが出来る。
 特にこれで、海外派兵に関してはこの件を持ち出して止めることが容易になるだろう。

 理想的な結末に、ルルーシュは満足した。



 「ゼロが中華連邦軍を撃退?・・・なるほどね」

 ゼロの狙いを看破したシュナイゼルは、感心したような声を上げて納得する。

 必要なことは勝利ではなく、中華連邦の侵攻に黒の騎士団が反対したという事実だ。これは彼らの立場を全世界に伝える役に立つ。
 これまでブリタニアは情報操作で彼らの行動をテロによるものだと位置づけていたが、この行為により彼らの目的や存在意義は世界に知れ渡るだろう。
 何しろ騎士団にはエトランジュがいるのだ、いくらブリタニアが表だって情報を流さなくとも、彼女から確実に世界に広まる。

 (本当に地味に厄介な女王様だね・・・さて、どうしたものか)

 その報告をしたロイドは、自分が開発したハドロン砲を収束させられた、僕が完成させるはずだったのにいいい!!と別方面で地団太踏んで悔しがっている。

 と、そこへ黒の騎士団に捕えられた中華連邦軍幹部が解放されてカゴシマから中華へ撤退したようだとの報を受け、あまりにも早い対応に柳眉をひそめた。

 ブリタニアから逃がすためにというなら、捕らえることなくさっさと日本から追い出せば済む話である。
 わざわざ捕えておきながら、数時間も経たないうちに何故解放したのだろう。

 (まさか・・・すぐに中華連邦に探りを入れてみるとしよう)

 疑問の裏付けを行うべく、シュナイゼルは自分の副官に連絡を入れ、中華連邦の動きを調べるよう命を下すのだった。




[18683] 第十八話  盲目の愛情
Name: 歌姫◆0c129557 ID:e85ac49a
Date: 2010/09/11 12:09
  第十八話  盲目の愛情



 「今日は学園祭ですねお兄様。私も参加したかったですけど・・・」

 「そうだねナナリー。でも、代わりにここでも小さいけどお祭りがあるんだから、楽しもうじゃないか」

 二人が住んでいるメグロゲットーの施設では、ルルーシュが学園祭を楽しみにしていたナナリーのために立案した夏祭りが開かれていた。
 ただ人が大挙すればブリタニアに目をつけられるため、こぢんまりとした小さなものだったが金魚すくいやボールすくいといった定番の店が施設内で開かれ、浴衣などを来た子供達がリハビリルームを彩っている。

 「そういえばスザクさんの神社でもやっていましたね。ふふ、わたあめがおいしいです」

 「私も好きですよ、これ。ふわふわして甘いです。こんにちは、ナナリー様」

 わたあめを美味しそうに食べるナナリーの背後からそう声をかけて来たのは、エトランジュだった。
 つい先ほどまで中華連邦と話していたのだが、それを終えて夏祭りに誘われてやって来たのである。

 「まあ、エトランジュ様、こんにちは。
 わたあめの他にも、何かお持ちになっていらっしゃるようですけど」
 
 「ええ、ベビーカステラです。一口サイズのカステラですが、よろしければどうぞ召し上がって下さいな」

 エトランジュが紙袋からベビーカステラを取り出してナナリーに握らせると、出来たての甘い匂いが食欲を刺激する。

 「ありがとうございます!あ、本当に食べやすくて美味しいです」

 目が見えないナナリーでも手軽に食べられるベビーカステラに、ナナリーは笑顔を浮かべた。

 「日本のお祭りは楽しいですね。
 クライスなんて金魚すくいに夢中で、ついさっき玉城さんと競って負けたと落ち込んでおりました」

 「なんだ、あいつも来ていたのか。あまり騒ぐなと、エトランジュ様から釘を刺しておいて頂けませんか?」

 玉城をよく知るルルーシュの要請に、エトランジュは苦笑いを浮かべながら頷く。

 「ナナリー様も行きませんか?
 車椅子の方でも出来るように、高めのテーブルに置かれた水槽のある金魚すくいやボールすくいもあるんですよ」

 「本当ですか?ぜひ行きたいです」

 ナナリーが嬉しそうに頷くと、金魚すくいのコーナーではクライスと玉城が再戦しているのが見えた。

 「大人げないやつ・・・」

 呆れたようにルルーシュが呟くと、クライスが再び負けたらしい。悔しそうに唸っていた。

 「ちっくしょー!また負けた!」

 「へっへ~ん、俺はガキの頃からこれが得意だったからな」

 得意と言うだけあって、玉城はクライスの数倍の戦果をあげていた。

 「だらしないわねえクラ。魚釣りなら得意なのに」

 アルカディアがたこ焼きを食べながら言うと、クライスはポイを手にして叫んだ。

 「こんな薄い紙で魚をすくうなんて器用な真似、出来るのは日本人くらいなもんだ!」

 「あー、まあ一理あるわねえ。紙で箱やら人形やら鶴を作るなんて、大したものだとびっくりしたし」

 「ふっふっふ、日本人の凄さ思い知ったか!」

 威張る玉城に、子供達が自分にもコツを教えてくれと群がってくる。
 ナナリーもおそるおそる彼に近づいて、お願いした。

 「あの、玉城・・・さんですか?私にも教えて頂きたいのですが」

 「あん?ブリキ・・・いや、ブリタニア人の女の子か。
 ・・・もしかして、カレンが言ってた親父が酷いこと言って放り出したって子か?」

 「え、いえ、そういうわけでは」

 ナナリーがやんわりと否定するが、涙もろい玉城は何も言うなとばかりに幾度も頷き、ポイを手にして彼女の手に握らせた。

 「いいんだ、悪いこと聞いちまってすまねえな。
 目が見えないんだろうから、手を取ってコツを教えてやるよ」

 別にロリコンではない彼はお椀を借りて金魚を一匹中に入れ、ナナリーの手を取ってポイを操作してひょいと別の器に移し替える。

 「大体こんな感じだな。それ貸すから、練習してみろ」

 「ありがとうございます!でも、いいんですか私だけ・・・」

 「いいっていいって!祭りなんだから楽しまなくちゃな」

 周囲もそうだそうだと同意して、紙ではなく大きめのスプーンをナナリーに渡して練習が出来るようにしてやる。

 他にも目が見えない子供にも同じようにしてやり、みんなで金魚すくいの練習を始めた。
 だがなかなか難しく、ナナリーが落ち込みかけるとルルーシュがポイを手にして言った。

 「任せろナナリー、俺が取ってやる」

 ルルーシュがそう言って金魚が泳ぐ水槽にポイを入れるが、すぐに水に濡れて破けてしまう。

 「くっ・・・だがもう一度!」

 ・・・これが数度繰り返された後、玉城がルルーシュの肩を慰めるように叩いた。

 「諦めろ、な?人間向き不向きがあるんだ。
 それにこれは金魚が欲しくてやるんじゃなくて、すくう過程を楽しむもんなんだぜ?あんたがやってどうすんだよ」

 玉城の言葉に周囲が同意すると、ルルーシュはうぐぐぐと悔しそうに唸った。

 「い、いつかきっとルルーシュ様も金魚をすくえますよ。ナナリー様も頑張って練習すればいいではありませんか。
 どちらが先にすくうか、競争するというのはいかがでしょう?」

 エトランジュの提案に兄妹の意志は無視して賛成の拍手が起こり、兄と妹の対決が決定された。

 それでもナナリーには新鮮な出来事だったらしい、改めて練習が開始された三十分後、子供達から感嘆の声が上がった。

 「ナナリーちゃんすごーい、もうコツを覚えちゃった」

 「俺まだ一匹もすくえてないぜ。けっこー難しいなこれ」

 すぐにコツを覚えたナナリーは、ゆっくりだが紙のポイでも金魚をすくえるようになっていた。
 一方のルルーシュは、無駄に力が入り過ぎている上に無駄に考えを巡らせるせいで二匹すくえればいい方という有様である。

 「はい、この勝負ナナリーちゃんの勝ちー!おめでとー」

 ぱちぱちとナナリーを褒めたたえる拍手が鳴り響くと、ルルーシュは落ち込んだがすぐに立ち直ってナナリーの頭を撫でた。

 「さすがナナリーだな、よく頑張った。俺の負けだよナナリー」

 「お兄様・・・でも金魚すくいに勝っても、お兄様のお役になんて」

 幼い頃は自分の方が体力があり、兄にかけっこで勝ったことがあるが既に遠い過去のことだった。
 母が暗殺された事件以降、自分は常に兄の庇護のもとで生きてきたから兄に劣ると劣等感を抱いていた。
 今回も、金魚すくいで勝ったからと言って、と自分を貶める言葉が響き渡る。

 と、そこへアルカディアがたこ焼きの箱を潰しながら言った。

 「何言ってんの、どうでもいいことが後で力になったりすることがあるんだから、素直に喜びなさいって」

 「でも・・・」

 「どんな小さいことでもね、出来ることがあるっていうのは恥になることじゃないわ。
 出来ることをたくさん学んで増やして、それをどう実生活に役に立てるかを考えるのが大事なの。
 あんた目が見えない、足が使えないってことで卑屈になってるみたいだけど、意外とやろうと思えば出来るのよ。
 日本だって耳が聞こえなくて話せない女の人が、ナンバーワンホステスになったって有名なんだから」

 そう言ってアルカディアが視線を向けた先は、手が使えない者が足の指を操作して金魚やボールをすくったり、耳が聞こえず話せない者が周囲の合図でダンスをしている光景だった。

 目が見えないナナリーにそういう人間もいると説明してやると、ナナリーはそれでも尻込みした様子だった。

 「でも、私いつもお兄様の手を煩わせてばかりで」

 「そんなことはないよナナリー。俺がお前を邪魔に思ったことは一度もないんだ。
 大丈夫、何の心配もいらない。俺が傍にいるよ」

 兄妹がしっかりと手を握ってそう語りかける姿はまことに美しく、玉城などは涙を流して感動している。

 「いい兄ちゃんを持ってよかったな!何か困ったことがあったら、俺だっていつでも頼っていいんだからな!」

 調子よくそう叫ぶ玉城に、近くにいた少女が言った。

 「じゃあおじちゃん、私にも金魚のすくい方教えて?」

 「おじ・・・ちゃん・・・俺、おじちゃん?」

 がーんと背後に岩が降りてきたかのような顔で尋ねる玉城に、少女は笑顔で頷いた。

 「うん、おじちゃんだよね?」

 きっぱり断定された玉城は、怒鳴るわけにもいかず落ち込んだ。
 それでもいくらでも頼れと言った手前、玉城は心で泣きながら子供達に金魚すくいのコツをレクチャーするのだった。



 楽しい時間はあっという間に終わり、既に片付けの時間帯になった。
 笑顔で協力して片付ける彼らの顔は、いつも気を張り詰めている日常のいい気分転換になった祭りに晴れやかになっている。

 先にナナリーを自室に帰して片づけをして終わったところに、ルルーシュはゴミ捨てから戻ってきたジークフリードに声をかけられた。

 「申し訳ないが、ちょっとよろしいかなルルーシュ君。ちょっと話があるんだが」

 「はい、解りました。では、あちらの部屋で」

 騎士団絡みのことだろうかとルルーシュは考えながら、二人で施設の一室に入った。

 「どうなさいましたか、ジークフリード将軍」

 「・・・こういう家庭のことには口を挟みたくはありませんし、貴殿の事情も知っていますから言いづらかったのですが、私も親ですのでね、忠告しておこうと思いましてな」

 「家庭のこと?俺が、何かナナリーにまずいことをしているとでも?」

 不愉快そうに眉根をひそめたルルーシュに、ジークフリードは頷いた。

 「はっきりと申し上げましょう。貴方のなさっていることは、一種の虐待ですルルーシュ殿」

 「な!!俺がナナリーを虐待しているだと!失礼ですよ将軍!!」

 激昂して叫ぶルルーシュに、ジークフリードは落ち着き払って頷いた。

 「確かに世間的にはそうは見えませんし、貴方もお若いのでまだ解らないでしょう。
 ですが、私から見るとそうなのですよ・・・“過保護”という虐待です」

 「過保護・・・」

 その単語にふさわしいことは自覚していたのか、今にもジークフリードに掴みかからんばかりだったルルーシュの動きが止まった。

 「ナナリーの状態はご存知でしょう。あれくらいは当然です!」

 「だからといって、出来ることをやらせないというのは明らかにやり過ぎです。
 いつも貴方が傍にいて何もかもしてあげていては、彼女はいつまでも何も出来ないままでしょう」

 先ほどの金魚すくいでも、目が見えないナナリーが自分で取れずに落ち込んだ時ルルーシュが取ろうとしたのがいい例だ。
 出来ないのなら出来るように教えるという発想が、ルルーシュには欠けている。

 しかし傍から見れば妹を大切にしている兄の行為にしか見えないため、玉城のように称賛する人間の方が多い。
 ゆえにこれまで、それを指摘する者がいなかったのだ。

 「中華連邦の先代皇帝を見舞った時、アドリス様がおっしゃっておいででした。
 『親がいなくなっても、子供が一人で立ち歩いていける力だけは必ず受け継がせるべき財産である』と。
 ナナリー殿はどうです、貴方がいなくなっても生きていける方ですか?」

 「それは・・・!だから俺がブリタニアを壊して、ナナリーと共に暮らせていける世界を創ればそれで!!」

 「落ち着かれよ、ルルーシュ殿。貴方はナナリー殿だけを見て、他の人間が目に入っておられない。
 ナナリー殿のように目が見えず足も動かない方もいますが、その者達は着替えも出来ますし周囲の協力があればある程度の仕事もこなせています。
 貴方がナナリー殿を愛しているのが問題なのではありません。ナナリー殿から学ぶ機会を奪っているのが問題なのです」

 ナナリーには危ないから、大変だからと言って彼女に何もさせていないことは、施設に入ってから見ていたからよく知っている。
 ナナリーとて人間である。あれもしたいこれもしたいと欲求はあるのだが、兄から危ないからいけないと言われると途端に諦めてしまっていた。

 それは兄が自分のためにどれほど苦労しているか知っているため、彼に対して引け目を感じているからだ。ゆえに兄を困らせることを避けてしまう。

 結果としてナナリーはますます兄なしでは生きていけないようになるというわけである。。

 「実は心理学を学んでいた方が現在この施設でカウンセラーをしているのですが、貴方がた兄妹のことを“共依存”という関係に当てはまるのではないかと言っておりました。
 貴方は妹には自分が付いていなければとと言いながら、本当は貴方自身がナナリー殿を必要としているのはないですか?」

 「共、依存・・・」

 ジークフリードのさらなる指摘に、ルルーシュは七年前に日本に送られてきた時から、目も見えず足も動かせない妹のために生きてきた。
 もしも彼女がいなければ、自分はおそらく自暴自棄になっていたと自分でも思う。

 ・・・自分はナナリーを自分が生きる目的にしたのだろうか。

 ルルーシュは最愛の妹を生きる道具にしたという面から目をそらすように、首を横に振る。

 「俺は、俺は・・・でもナナリーは!」

 「その人いわく、直接的な物言いはカウンセリングには向いてないそうなのですが、貴方はあまりに頭がよろしいのでね、こういうやり方になってしまって申し訳ない。
 しかし、私の目から見ても貴方はあまりにもナナリー殿を大事にし過ぎて、結果として彼女を駄目にしていると思います。
 己の足で立ち生きようとする人間が持つ強さを、貴方はよくご存知なのではないですか?」

 噛んで含めるようにそう問いかけてくるジークフリードに、ルルーシュはゲットーでどれほど虐げられようとも逆境を跳ね返すべく立ちあがった黒の騎士団の仲間達を思い浮かべた。

 人は平等ではない、というあの忌々しい父親の言うとおり、人にはそれぞれ欠点や劣っている面が存在する。
 だがそれをものともせず生きてきた人間の強さを、自分は確かに目にして来た。

 「エトランジュ様がナナリー殿はユーフェミア皇女と似ていると仰っておいででしたが、私も同感です。
 いいですかルルーシュ殿・・・愛するだけが愛情ではないのですよ」

 「ユフィと、ナナリーが似ている・・・だと?」

 今でこそある程度考えのある行動を取るようになったようだが、自分の考えを根拠もなく正しいと信じ、善意の迷惑をかけてきたあのユーフェミアとナナリーとを混同されて、ルルーシュはジークフリードを睨みつける。

 「エトランジュ様がおっしゃるには、コーネリアがユーフェミア皇女の行動を逐一監視し、また抑制していたせいで考える力が欠けているように見えたとのことです。
 そのくせ自分が失敗しても、姉なり姉の部下なりが後始末をしてくれていたので、失敗しても大丈夫という安易な考えを持ったのではないかというのがアルカディア様の分析でした」

 「それは正しいだろうが・・・それとナナリーは」

 「行動の幅を広げたいとナナリー殿がお考えになっても、貴方がそれを危ないからと止めておいでですし・・・“鞭を惜しめば子供を駄目にする”というではありませんか」

 「う・・・」

 自分の行動を改めて指摘されたルルーシュは、ナナリーの身体状況を思えば仕方ないという自分と、ジークフリードの意見が正しいと言う自分とに挟まれて頭を抱えた。

 「誤解なさらないで頂きたいのは、愛情を与えるなと申しているのではありませんし、鞭でナナリー殿を鍛えろというのでもありません。
 ましてやナナリー殿を生きる理由にしてはいけないわけでもありません。
 ただ愛情の与え過ぎはよくない、やれることはやらせて自分で出来ることを増やしていくようにするべきだと言っているのです。
 相手に何かをしてあげるというのは確かに解りやすい愛情の与え方ですが、過ぎればそれは人を腐らせる毒になる」

 ジークフリードはそう言って、庭に置かれてあった自転車を指した。

 「自転車に乗れるようになるには、何度も転んで練習しなくてはなりません。
 エトランジュ様も幾度となく転んで傷を作りましたが、それでも乗れるようになりました。
 アドリス様も転んで傷を作るエトランジュ様に薬を塗ることはしましたが、決してやめろとは言いませんでしたよ」

 自転車に乗ろうと頑張る娘を応援し、傷だらけになって帰って来た彼女を励まし、また練習に向かう娘を送り出した。

 その後『エディがケガした・・・早く乗れるようにならないものでしょうか』と仕事を放り投げてこっそり物陰で見守っていたことを思い出す。

 「一度乗れるようになってしまえば、後は割と応用が出来るようになってしまうものです。
 そこに至るまでが見ているほうも心配なほど大変ですが、必要なことではありませんか?」

 「心配するのはいいが、俺がナナリーのために何もかもしてやるのはよくないと?」

 「そうです。これは共依存について書かれた本だそうですが」

 そう言ってジークフリードが差し出したのは、日本語の本だった。心理学の本のようだ。
 “共依存について”と書かれてある。

 「勝手ながらシンジュクの本屋から持って来た本だそうです。
 先ほど申し上げたカウンセラーの方が、日本語が解るなら読んでみるように勧めて欲しいとのことで」

 何でもそのカウンセラーは早くに父を失い母親の手で育てられたそうなのだが、その母親もマルチに引っかかって作ってしまった借金を苦に自殺したらしい。
 その時母は大学生だった自分に何の相談もしてくれなかった、自分一人で何もかも背負う人だったと寂しそうに言っていたのが印象的だった。

 「過度に妹御を大事にされる貴方を見て、おせっかいかもしれないとも言っておりましたが、私もカウンセラーに同感です。
 貴方もぜひ、カウンセリングを受けてみるのもいいかと思います」

 ルルーシュはジークフリードから手渡された本をめくり、最初の項目を見つめた。

 「共依存というのは自分のことより他人の世話に夢中になり、他人がとるべき責任を自分がとってしまい、他人をコントロールしようとする行動を指す・・・」

 さらにページをめくってみると、自分の行動に当てはまる項目が多いことに目を見開く。

 「いきなりで混乱されておられるでしょうが、他人から見るとそう見えるとだけ今回はご記憶しておくといいでしょう。
 最近少し騎士団の方も落ち着いているので、いい機会かと思っただけですので」

 ジークフリードが頭を下げると、ルルーシュは震える声で言った。

 「・・・忠告は受け取っておきます。ですが、俺は」

 「それは貴方のご家庭のこと、我々が口を出す権利はありません。ですが、心配くらいはさせて貰えませんかな?」

 困ったような笑みでそう言うジークフリードに、ルルーシュも少し笑みを浮かべた。

 「打算のない心配を大人からされるのは久々だったので、新鮮でしたよ。
 ・・・少し、俺も考えてみます」

 ルルーシュはそれだけ答えると、ナナリーの元へ戻るべく部屋を出る。
 その背後に、ジークフリードは声をかけた。

 「一度ナナリー殿と話し合って、結論を出してみてはいかがでしょうか。
 ナナリー殿も愚かな方ではない、おそらく解って下さるでしょう」

 「・・・なるほど、そういうことですか」

 それなりの付き合いになっているルルーシュは、今頃この件についてエトランジュやアルカディアがナナリーに話していることを悟った。

 おそらく彼らは仲が良過ぎる自分達を心配し、こうして別々に話を通して現在の状況を悟らせ、改めて二人で話し合わせようとしたのだろう。

 おせっかいには違いないが、ルルーシュには不愉快に感じなかった。
 それは彼女達が、ああしろこうしろと指示するのではなく最終的に自分達で結論を出すようにしてくれたからだろう。

 ルルーシュがナナリーの元へ戻ろうとすると、予想通りリハビリルームにナナリーの車椅子を押して戻ってきたエトランジュとアルカディアが目に入った。

 ナナリーは少々蒼い顔で、だが何かを考えている様子で車椅子に座っている。

 「ナナリー」

 「・・・お兄様」

 二人はしばらく沈黙した後、ナナリーが意を決して口を開いた。

 「お兄様、あの・・・二人きりでお話があるのですが」

 「・・・ああ、俺もだ」

 ルルーシュがナナリーの車椅子を動かそうと背後に回ると、それに交代するようにエトランジュがナナリーの前に来て彼女の手を握った。

 「大丈夫です、ナナリー様。ルルーシュ様は解って下さいます。
 ご兄妹なのですから、言いたいことは言ってもいいと思います」

 「エトランジュ様・・・はい!」

 勇気を貰ったように微笑むナナリーに、ルルーシュはやはりかと納得しながらも二人でナナリーの部屋へと戻った。

 引き戸のドアが閉められると、ナナリーがまず口を開いた。

 「あの、お兄様。私、その・・・ずっとお兄様に言いたかったことがあるのです」

 「・・・自分で出来ることを増やしたい、か?」

 先回りしてそう問いかけてきたルルーシュに、ナナリーはこくんと頷いて肯定する。

 「私、今までお兄様にご迷惑をかけてはいけないと思ってお兄様のお世話になるばかりでした。
 お兄様にお任せすれば何もかもうまくいっていたから、それが一番なのだとそう思って・・・」

 ルルーシュは先見の明に優れ知能も高く、さらに家事能力も突出して優れている。
 平和な時代であれば、一生遊んで暮らせる財産を築く程度のことは確実に可能であろう。

 ゆえに彼に任せれば何もかもうまくいくという判断は、ある意味残念なことに事実なのだ。

 「エトランジュ様もそれは間違いないと肯定しておいでだったのですが、だからといって私が何もしないままなのはよくない、と・・・。
 エトランジュ様の仕事場でお兄様がお手伝いなさっているそうですが、お兄様の指示は的確でその指示に従うことに疑問はないそうです。
 でも、従うだけで何も手伝わないわけにはいかない、って・・・」

 正確にはルルーシュの仕事をエトランジュが手伝っているのだが、対外的にはそう取り繕っている。
 エトランジュ達はルルーシュの指示に的確に従い、何かあれば即座に報告を行い、また今回のように忠告や疑問があればこのようにすぐに言ってくれる。
 単純な能力値はそれなりでも、そういった意味では実に得難い人材であった。

 「お前の身体では、手伝うのは無理だ。
 だから俺がと思っていたんだが、ついさっき言われたよ・・・それではナナリーはいつまでも何も出来ないままだと」

 「私、前からずっとお兄様のお役に立ちたいと思っていたんです。でも、お兄様にご心配をおかけしたくなくて、ずっと黙っていたんです」

 「ナナリー・・・」

 兄に頼めば、兄は嫌な顔一つすることなく何でもしてくれていた。
 自分で何かをすれば兄は心配そうな声で危ないからやめるように言うから、それが正しいのだと信じて疑わなかった。

 けれど、施設にいる友人達を見るうち、自分も一人で着替えたり出歩いたりしてみたいと強く思うようになった。
 けれど兄に心配をかけてしまうからしてはいけないと思っていた。

 「前からその、エトランジュ様に相談していたんです。
 私もいろんなことをしてみたいのですが、お兄様が許して下さるでしょうかって・・・」

 「以前から?なぜ俺に言わなかったんだ、ナナリー」

 少し咎める口調でそう尋ねるルルーシュに、ナナリーはびくりと肩を震わせながらも答えた。

 「失敗したらお兄様にご迷惑をおかけすると思って、どうすればいいだろうかって相談したんです。
 そうしたら、エトランジュ様が『迷惑くらいかけてもいいと思います。別に悪いことをしようと言う類の迷惑ではないのですから、特に気に病むことはないと思いますよ』っておっしゃって下さったのです」

 エトランジュいわく、自分で自分のことをするために学ぶのだから、自分が少しくらい痛い目を見るのは仕方ない、ただそれを見てルルーシュが心配するのも解るから、出来るだけ怪我などしないように手配すると言ってくれたのだ。

 『私のお父様も、私には結構その・・・甘いところのある方なのですが、それでも泳いだり乗馬の練習をするのを止めることはなさいませんでした。
 それを乗り越えなくては出来るようにならないと、ご存じだったからだと思います。
 健常者でも、障がいをお持ちの方でも、何かをするためには努力が必要であることには変わりないと思います。他人ではなく、他ならぬ自分自身が自ら動く努力が』

 「ここにいる人達はいろんな障害を抱えておいでですけれど、誰かの力を借りていろんなことがお出来になります。
 エトランジュ様が『人に頼り続けるのはよくないですけれど、力を借りるのはいいと思います。でも、借りたものは返さなくてはなりません。
 今は皆さんの力を借りていろんなことを学んで、後でお返しすればいいと思います』って・・・。
 私、その、迷惑をたくさんかけてしまうかもしれないけれど、やりたいことがたくさんあるんです、お兄様」

 人は生きているだけで大なり小なり迷惑をかけているものだから、迷惑をかけてもいい、ただ心配をかけるのはよくないからその加減が大事なだけだと聞いて、ナナリーは少し肩の力が抜けるのを感じた。

 エトランジュもルルーシュをはじめとしてたくさんの人々の力を借りている。
 故に少しずつでも自分の出来ることで返していこうとしているのを、ルルーシュは知っていた。

 「皆さんに迷惑をかけるかもしれないですけど、出来ることをたくさん増やして少しでもお兄様のお役に立ちたいんです。
 怪我もたくさんするかもしれないですし、弱音を吐くこともあると思います。
 でも、でも・・・やってみたいんです。いけませんか?」

 「・・・ナナリー」

 自分が黒の騎士団にいない間、一人にしておけないと思ってこの施設に入居した時、ナナリーと同じ障がいを持った者達と一緒に過ごすことは彼女にもいいことだと思っていたが、まさかここまで考えていたとは本当に気づかなかった。

 ナナリーは障がいを持った人間は誰かの力がなければ何も出来ないと思い込んでいたが、努力次第でそれを克服し決して無力なのではないことを知り、自分もそうなりたいと思ったのだろう。
 ただそこに至るまでの過程が長く辛い道のりであることも知って、尻ごみすると同時に兄に心配をかけてはいけないと考えて口に出せなかったのだ。

 けれど、エトランジュも友人達も言ったのだ。

 『辛かったり怖かったらいつでも言ってくれていいんですよ、ちゃんと聞きますから』

 『たくさん愚痴を言ったら、また一緒に頑張ろう。困った時は助け合わなきゃ』

 その言葉だけで、気が楽になった。それなら、頑張ってみようか。
 歩けない足でも車椅子があるし、自分の目が見えないのは神経が悪いのではなく精神的なものなのだから、もしかしたらいつか見えるようになるかもしれないという希望だってある。

 「だから、お兄様・・・私、やってみたいんです。出来るところまで、行けるところまで・・・だめ、ですか?」

 「駄目なはずないだろう、ナナリー。そうか、お前がそこまで考えているなら、やってみるといい。
 俺も、出来る限り協力しよう」

 大事な妹の願いだ、出来る限りは叶えてやりたい。
 それに、冷静に考えればナナリーの言葉は至極もっともなものだ。
 自分がしている反逆で、自分が死ぬ可能性だってあるのだから。

 ジークフリードの言うとおり、自分がいなくなっても生きていける力を与えることこそ保護者の最大の務めだと、ルルーシュは認めた。

 そして認めたのなら即座に行動に移すのがルルーシュである。

 (明日にでも、リハビリルームの設備を増強して理学療法士、作業療法士などの資格を持つ者を探して雇い入れよう)

 ナナリーが自分がいなくなっても大丈夫なように、という未来図は、確かにルルーシュの心にぽっかりと穴をあけたような気分にさせた。
 だが、ナナリーは自分から離れていくために頑張るのではない。
 自分の役に立つために頑張りたいと言ってくれたのだから、それは喜びこそすれ悲しむことではないはずだ。

 (それから、リハビリを補助するための知識を仕入れておかなくては・・・咲世子さんに頼んで、その手の本をこちらに送って貰おう。
 出来れば彼女にはナナリーについて貰いたいが、まだそれは無理だからな)

 咲世子にはアッシュフォードで別れた後、結局自分の正体がゼロであることを話した。
 それについて咲世子は納得して絶対に口外しないことと、改めてルルーシュに忠誠を誓うと言ってくれたのだ。

 すぐにメグロに行くと言ってくれたのだが、トウキョウ租界に公然といられる咲世子は貴重な存在であり、アッシュフォードの動向を見張ったり租界で物資を仕入れることも出来るので非常に悩んだが、彼女には未だにアッシュフォード学園のクラブハウスにいて貰っている。

 ただルルーシュも知らないことだが、既にロイドからルルーシュがゼロであることを聞かされているミレイが咲世子が黒の騎士団員であることを知らず、咲世子もまたミレイがルルーシュがゼロだと知っていることを知らないという、非常に残念(カオス)な展開になっていたりする。

 ゆえにルルーシュとスザクが学園を退学したため、ピザ作りのガニメデを操作するためにロイドがやって来たことを咲世子から聞いても、『ロイド?ああ、会長の婚約者の伯爵だな。そうか』の一言で終わっていた。

 ルルーシュがもう遅いから眠るように促すと、ナナリーははい、と頷きながら嬉しそうに言った。

 「それでですね、お兄様。エトランジュ様がこんなものを下さったんです」

 ナナリーが差し出したのは、少し大きめのボイスレコーダーだった。
 再生・録音・消去ボタンの上には点字シールが貼られ、目が見えないナナリーでも操作出来る仕様になっていた。

 「これで毎日の記録をつけると、やる気が出るってアドバイスして下さったんです。
 目が見えない人でもつけられる、音声日記というものだそうです」

 「なるほど・・・いいものを貰ってよかったな、ナナリー」

 これが出来ないからと言ってやらせないのではなく出来るようにするということか、とルルーシュは学んだ。

 「はい!私、今日から早速使ってみようと思って」

 「ああ、せっかく貰ったんだから有効活用しないと失礼だからな。明日お礼を言いに行こう」

 ルルーシュがいつものようにナナリーの服を着替えさせようと手を伸ばすと、ナナリーがおずおずと言った。

 「あの、私今日から一人で着替えようと思うんです。いけませんか?」

 「ナナリー・・・ああ、解ったよ。やってごらん」

 思い立ったが吉日とばかりにさっそくやろうとするナナリーに、ルルーシュは笑みを浮かべた。



 ランぺルージ兄妹が兄離れと妹離れの第一歩を踏み出した同時刻、政庁で副官のカノンからの連絡を受けたシュナイゼルは、その報告を聞いてやはりねと呟いた。

 「シュナイゼル殿下のおっしゃられた通り、マグヌスファミリアのエトランジュ女王は昨年中華を訪れております。
 また、それ以前にも天子との親交があったとのことですわ」

 「それ以前から?二人に何か接点でもあったのかい?」

 「先帝の代に前国王アドリスが訪れたことをきっかけに、文通をしていたとか。
 また、最近までエトランジュ女王の伯母であるエリザベスが末息子と共に滞在していたようです。
 キュウシュウ戦役後に、彼女はEUに戻ったとのことですが」

 現在天子と兄であるオデュッセウスとの婚儀をまとめるため、繋がりを持っている大宦官を通じて調べてみたところ、エトランジュの影を見つけた。

 キュウシュウ戦役後から中華ではこの作戦に失敗した責を問われた大宦官のうち二名が失脚し、海外派兵を中止する動きが強まっている。
 同時に外国より先に自国をどうにかすべきであるとの意見が徐々に力を増しており、大宦官達には非常に面白くない事態になっていた。

 「・・・やられたね。ゼロは初めから中華に貸しを作るつもりで、将軍達を捕まえたようだ」

 「そのようですわね。ゼロ、EU、中華・・・どれにもメリットがあります」

 ゼロは中華に貸しを作れ、中華は長期戦争を止めることが出来、EUは中華の勢力拡大を阻止出来た。
 いずれ日本を解放すれば、中華とEUとの間に同盟を築こうとする意図があるのは明白である。
 そのためにも、他国によい印象を与えておく必要があるのだろう。

 見事に他人の影に隠れて活動を続けてきたマグヌスファミリアに、シュナイゼルはその長であるエトランジュをどう処理すべきか考えた。

 一番手っ取り早いのは暗殺だが、エリア11内にいる可能性が高いとはいえどこに潜伏しているか解らない上、殺しても別の王が即位して同じことをすればいたちごっこで意味がない。
 
 あの国自体が僻地にあり長く鎖国していたせいか、世界的にもポンティキュラス王家は特殊な一族だ。
 王位継承権に順番はなく王が健在なうちに時代の王を協議の上選んで譲位する制度があり、また他国ではあり得ないことに家系図を遡ると国民が絶対にどこかで王族と縁戚関係を結んでいるほど王家と国民の絆が強かった。

 と言うのもマグヌスファミリアは二千人強程度の人口しかおらず医療制度が発達していないせいで平均寿命が五十代と短いため、人口を維持するために多産が奨励されている。
 現女王は母親が早く病死したせいで一人っ子だが、前国王アドリスも十五人兄弟でありその兄弟もそれぞれ三人以上の子供を儲けていた。

 ただ血が濃くなるのを避けるために、直系同士の婚姻は禁じられている。
 従兄妹までの婚姻は禁止しているので、鎖国している状態で王族以外となると、貴族制度がないマグヌスファミリアは自然国内の誰かと婚姻を結ぶことになる。
 ゆえにマグヌスファミリア・・・大きな家族という国名にふさわしく、系図を見ると王族を中心として全ての国民が血縁関係に当たるのだ。

 例外は外国から嫁入りした前王妃ランファーのような者くらいであろう。

 「つまり、極論を言えば国民全員が王位継承権を持っているわけだ。
 形だけ王族の養子として迎えて即位させても、彼らとしては問題にすらならないのだろうね」

 「おそらく、そうでしょうね。ただ、一つ気になることが」

 そう言ってカノンが取り出したのは、EUに提出されていたマグヌスファミリアの法律書である。
 その中の王位継承に関する項目には、“王族の中から成人した者を選んで譲位すること”とはっきり記されている。

 「・・・今の女王が即位したのは、確か十三歳になるかならないかではなかったかな?」

 マグヌスファミリアの成人年齢は十五歳だ、ちょうど今のエトランジュの年齢である。
 しかも前国王アドリスの兄弟の他に、既に成人した彼らの子供もいるはずだ。

 「はい、その通りです。
 普通なら王が亡くなったからその一人娘が即位というのはごく自然な成り行きですが、マグヌスファミリアに限ってはそうではありません」

 これはいったいどういうことだろう。本来なら王になるはずのないエトランジュが、どうして法を無視して即位したのか。

 「なるほど、そういうことか」

 マグヌスファミリアに関する資料を一通り読み終えたシュナイゼルは、彼らの狙いをある程度推測出来た。

 彼らにはサクラダイトのような突出したものがないせいで、周囲に祖国を奪還するために協力を依頼するにしても交渉のための切り札がない。
 そこで反ブリタニア同盟を組むことを考え、説得のためにエトランジュを使者に立てることを思いついた。
 父親を殺され、国をブリタニアに滅ぼされた幼い女王がブリタニアを倒すために協力して欲しいと訴えれば、王道のストーリーが出来上がる。

 これは全くの事実であるから、植民地にしたエリアのレジスタンスもその境遇に同情して力になる者も出てくるだろう。
 それで彼女が死んでも、一種の死んだヒロインが出来上がるだけでマグヌスファミリアとしては彼女の遺志を継ぐ者として新たな王を即位させれば済む。

 小国が出来る精一杯のことだが、中華連邦の天子と繋がりを持ち、さらにゼロの協力を取り付けた今、この戦略は大成功を収めたと認めざるを得なかった。

 「EUのガンドルフィ外相・・・いえ、元でしたわね。
 彼が我々と密通しているのが発覚して免職されて以降、EUの動きが掴みづらくなっていたので気づきませんでしたわ」

 EUのガンドルフィ外相はシュナイゼルと繋がり持ち、EUの機密情報を流していたのだがそれがバレて即座に免職され、さらには他のブリタニアに通じていた者数名も同じ運命を辿ったため、EUに対する戦略を考え直している最中だった。

 「操り人形をどうにかしても、意味がない。
 だがその操り人形が成果を上げているとなると、無視は出来ないね・・・本当に厄介だ」

 彼女を殺しても別の傀儡が立てられ、殺さなければこのまま各地に情報をばら撒きつつ連携を取っていくための看板をするだけなのは明白だ。

 「一応本人がどのような人物かを調べてみましたのですが、海外に留学経験がないどころか、マグヌスファミリアから亡命するまで一度も出国の経験がないそうです。
 聞けば相当父親から溺愛されていたようですが」

 エトランジュが六歳の頃に妻が病死したアドリスは、遺されたたった一人の娘をそれはそれは大事にしていた。
 EU元首会議の後行われる親睦パーティーにも、定期便があるし娘が待っているからと出席することなくさっさと帰国し、執務室にも妻子の写真を国旗を片づけて大きく貼り付け、娘の『お父様、お仕事頑張って』と吹き込まれたボイスレコーダーをBGMに仕事していたなど親バカも極まっていたと、ガンドルフィは心底から呆れた口調で語った。

 そんな親に育てられた娘らしく、亡命してきた頃は父親が帰って来ると信じてその報を受けるためにEU本部のマグヌスファミリアに当てられた執務室でひたすら待つ彼女は、どう見ても甘ったれの小娘にしか見えなかったそうだ。

 「せいぜい特筆すべきことは、彼女はEUのほとんどの言語を理解し、父方の祖父が中華連邦人であることから中華語も理解出来るくらいでしょうか」

 「ああ、それで天子との文通も出来たのだね。
 相手の言語を使って交渉すれば、相手の好感度も上がる。これで女王の肩書があれば、彼女ほど使者にふさわしい人間はないということか」

 シュナイゼルも他国との交渉によく海外に赴くため、その効力が高いことは知っていた。
 ただ彼にはそこまで労力を使う必要がないため、せいぜい教養として学んでいるという程度である。

 「今回の件があるし、中華と彼女との繋がりは無視出来ない。
 兄上と天子との婚姻を早め、中華をこちらの手に収めるとしようか」

 国内が荒れているとはいえ、それでも強国の中華がゼロの元にいるエトランジュにつくとなると非常にまずい。
 しかも科挙組が『天子様はまだ十二歳、法で定められた婚姻可能年齢に達していない!』と今回の政略結婚に反対しており、後見人である太師と太保も同様のせいで遅々として話が進んでいなかった。
 正論を武器にされることほど邪魔なものはない。

 「エリア11のほうは、当分ダールトン将軍に任せるとしよう。
 それからエトランジュ女王を操っているEUのほうにも、楔を打ち込んだほうがよさそうだ」

 シュナイゼルは予定を繰り上げて中華へ移ることを決めると、スケジュールの調整をカノンに命じた。
 彼が頷いて退出すると、改めてマグヌスファミリアの資料を手に取り、王族が住む城の地下に遺跡発見、だが水没させられたために調査不可能という項目を見つめた。
 父であるシャルル皇帝が遺跡を直轄領としていることから、この遺跡もそうなのだろう。

 (それに、マグヌスファミリアがコミュニティを築いたのは陛下も気にしていたストーンヘンジ周辺だ。
 わざわざ自国の遺跡を水没させているし・・・この遺跡について、彼らが何か知っている可能性は高いな)

 殺すよりも、取り込んだ方がいいかもしれない。
 シュナイゼルはそう考えると、その策について考えを巡らせた。



[18683] 第十九話  皇子と皇女の計画
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/09/25 13:41
  十九話   皇子と皇女の計画



 夏祭りが終わった二ヶ月後、ルルーシュ達は黒の騎士団後方基地の建設が完成し、また厄介なシュナイゼルが日本を去ったこともあって緊張がある程度解けて比較的穏やかな雰囲気であった。

 だが次兄の恐ろしさを知っているルルーシュは、エトランジュから受けた報告に眉をひそめた。
 その左目には、何故か医療用の眼帯が痛々しく当てられている。

 「中華連邦でシュナイゼルが、第一皇子のオデュッセウスと天子様との婚姻を早めようとしているようです。
 科挙組や太師や太保がまだ天子様が婚姻可能年齢になっていないと反対しているのですが、先のキュウシュウでの戦いが失敗したからブリタニアと縁を結んでおくべきと大宦官が言いだしたそうです」

 「元はと言えば自分達の失敗だろうに、尻拭いを天子様にさせようというのですか・・・情けないことだ」

 ルルーシュの心底から呆れた声に、エトランジュ達も頷いて同意した。

 「気休めかもしれませんが、こちらもこんな手段はどうかと提案しておいたのです。
 エリザベス伯母様の息子のアルフォンス・・・つまりは私の従兄なのですが、彼と天子様とを婚約させて、ブリタニアとの政略結婚を阻止しようというものなのですが」

 いくら身分が高いといえど既に三十になろうという第一皇子との婚姻より、小国な上に末流とはいえそれでも王族であり十九歳の男性との方が、天子の抵抗は少ないだろう。
 それにこれはあくまで婚約なので、ことが終われば適当な理由をつけて破棄しても問題はない。

 アルフォンスも別に自分が適当な汚名をかぶっても構わないと、了承済みである。

 「天子様はまだ成人しておりませんので、婚約とだけしておきます。
 そして天子様が二十歳前後になってから改めて考えるという形にしておけば、とりあえずブリタニアとの婚姻は阻止出来やすくなるかと思って」

 「なるほど、そういう策もありますか」

 マグヌスファミリアとの婚約にしろ、ブリタニアとの結婚にしろ、誰がどう見ても政略絡みの婚姻政策である。それならばより世間の印象をよくした形で行うのが得策であろう。

 天子が二十歳になる頃には、戦争が終わっている可能性が高い。
 ブリタニアとの戦争が終わった時点でブリタニア皇子と結婚を断るための口実なので婚約破棄と発表すれば、暗黙の了解というやつでそれで終わる。

 もちろんそのまま二人の間に愛情が出来て結婚しても、それはそれで一向に構わない。

 一度も中華連邦へ訪れていないオデュッセウスよりも、昨年エトランジュにについて訪中して面識のあるアルフォンスの方が、天子もマシだと感じるだろう。
 EUとしても中華の国力をブリタニアが得るのは防ぎたいため、天子と友人関係にあるエトランジュが従兄をさりげなく推した件については黙認する構えらしい。

 「と言いますのも、中華連邦皇帝の夫の座と言うのは魅力的らしくて・・・王族の男性を天子様にという考えを持っているEU加盟国がいるんです。
 ただ天子様がまだ幼く、このご時世いつ誰が殺されて王位を引き継がねばならないとも限らないので王族男性をおいそれと海外にやるわけにはいかないと、結構複雑みたいなんですよね」

 中世ならいざ知らず、いくら政略だからといってこの現代で皇帝といえどまだ十二歳の少女の夫にと王族の誰かを推薦するのは、ある意味非常に勇気がいる。
 ブリタニアや中華と違って、他の国は国民感情を気にしなくてはならないからだ。

 己がロリコン呼ばわりされるのを覚悟で他国に婿に行く度胸のある男が、どれほどいることか。
 かといって天子と似合いの年頃の少年となると、大宦官にいいように利用されるか殺されるかのどちらかである。

 また、世界で長引く戦争のため大人が次々に死ぬ事態に陥っている。幼い天子が皇帝にならざるを得なかったのが、いい例だ。
 ゆえにおいそれと王族の男性を他国に送り込むわけにはいかない。

 対してマグヌスファミリアの場合、人口が少ない割に王族が多いので王位を引き継ぐ誰かがいなくて困るという事態にはまずならない。
 さらに今回は天子とエトランジュが友人なので、彼女を通じて知り合い仲良くなったという建前のストーリーが作れるのだ。

 それにアルフォンスと天子の年齢差は十九歳と十二歳、ロリコン呼ばわりされても今は仕方ないが、天子が二十歳になればそう気になる年齢差ではない。
 少なくともオデュッセウスに比べればはるかにマシな世間体は整っている。
 
 「世間体を整えるのも大事なことですからね。
 なるほど、アルフォンス様を天子様に引き合わせておけば、事実はどうあれとりあえず見合い結婚という形式が作れます」

 「婚約ですからいつ破棄されるかは解りませんが、これが成れば中華とEUの間で同盟が結ばれることも不可能ではないかと」

 「ええ、そしてEUと我ら黒の騎士団との間で同盟が成れば、強力な反ブリタニア同盟が出来上がります。
 早く日本解放を行って、そちらの政策を取るよう仕向けたいものですが」

 科挙組としては天子の意志を無視する婚姻は避けたいらしく、エトランジュ達も気持ちは解るのでいざとなったらアルフォンスを、と提案するに留めている。
 いつでも破棄が可能な婚約の方がリスクこそ少ないが、それはそのまま同盟ごとEUに破棄される恐れがあるというのと同じなため、それはそれで安心出来ないのだ。

 「かといって婚姻では、ブリタニアを咎めることは出来ません。
 科挙組と連携して婚約というほうが、国民受けもいいですからね」

 あちらを立てればこちらが立たず。まったく難しい問題である。

 「エトランジュ様、当の天子様はどのように?」

 「まだお悩みのようです。太師と太保のほうも考え中とのことですが、シュナイゼルが中華連邦にいる今時間はあまりないと考えた方が・・・」

 ルルーシュはさもあらんと納得したが、同時に厄介も極まる次兄の策動にどうしたものかと思案にふける。

 もう七年も会っていないが、長兄のオデュッセウスは凡庸ではあるが穏やかな男で、正直純粋に夫としてなら彼はなかなか無難な相手と言えるだろう。

 天子を軽んじていないからこそ第一皇子を娶せたのだとアピールするための人選だろうが、エトランジュから聞いた天子の性格にもオデュッセウスは的確な相手だ。
 家族がいない天子が彼にほだされる可能性が、無きにしも非ずである。

 「・・・中華とブリタニアの婚姻政策は、何としてでも阻止する。
 近々俺は日本を離れることになると思うので、俺が直接中華に乗り込み指示を送りましょう」

 「え?!ルルーシュ様自らですか?!」

 エトランジュが驚愕して問い返すと、ルルーシュはそんなに驚かなくてもと視線で呟いた。

 「だって、日本にはナナリー様が」

 「もちろん週に一度は日本に戻って来ますよ。毎週ほんの五日、中華へ出張するだけです」

 本当はそれでも嫌なのだが、そうも言っていられない。
 神根島から戻った後、C.Cから既に中華のギアス遺跡がブリタニアの手に落ちており、そこでギアス嚮団なる組織がシャルルの元で働いていると聞いては何としても中華を手中に収めなくてはならないからだ。

 また、対ブリタニア組織連盟の“超合集国”を構築するためにもEUとブリタニアに並んで国力の強い中華の協力が、ぜひとも欲しいのだ。

 「幸い、ナナリーも少しずつだがしっかりしてきたことだし・・・ギアス能力者が大勢いるなら、俺の絶対遵守のギアスで連中を支配下に置くのが一番です」

 エトランジュ達のギアスでは、ギアス能力者に対抗する事は難しい。
 何しろ戦闘向きなのはアルカディアのギアスだが、それでもただ姿が感知されなくなるだけなので嚮団殲滅には向いていない。

 さらに中華で大っぴらに許可のない軍事行動を行う訳にもいかない以上、一番なのはアルカディアのギアスで嚮団の内部に侵入し、片っ端からルルーシュのギアスをかけて支配下に置くのがベストなのだ。

 「了解いたしました。では中華でエリザベス伯母様が作った隠れ家の地図を後でお渡しいたします」

 エトランジュが中華での活動に備えた拠点をいくつか作っていると話すと、ルルーシュは満足げに笑みを浮かべた。

 エトランジュも釣られて笑うと、思い出したようにバッグから小さなコンタクトレンズケースを取り出してルルーシュの前に差し出した。

 「そうだ、例のギアスの暴走を止めるためにルルーシュ様に依頼されたコンタクトレンズが出来たので、お届けいたしますね。
 アルカディア従姉様特製の、ギアスを遮断するコンタクトレンズです」

 「おや、思っていたより早く出来上がったのですね」

 ルルーシュの感心したような声に、エトランジュが小さく溜息をついて答えた。

 「眼帯をつけるというのが一般的ですが、それだと少々不便ですから・・・視覚型ギアスが多いので、アルカディア従姉様は以前から研究してたんです」

 実は先月ルルーシュのギアスが暴走を始め、エトランジュに向かって言った『俺の代わりに子供達に食事を作って貰えませんか』という言葉がたまたまエトランジュの隣に立っていたのでルルーシュの視界にいたアルカディアの耳に飛び込んだ。

 アルカディアはまだルルーシュのギアスにかかっていなかったので見事にその言葉が絶対遵守の命令となり、その時まだナイトメアやコンタクトレンズ、その他の機械開発で多忙を極めていたアルカディアは常ならば私は忙しいからヤだと怒鳴りそうなものなのに、素直に『そうね、解ったわ』とキッチンで食事を作り始めた。

 まだギアスを得て一年も経っていないのにとルルーシュもマグヌスファミリア一行も絶句したが、とりあえず眼帯をルルーシュに手渡し一時的な処置としたのである。

 「これをつけていると暴走しても相手の目を見たことにはならないのですね?」

 「アルカディア従姉様はそうおっしゃっておいでした。実験済みだそうです」

 「ありがたく頂きます。アルカディア様に礼を伝えておいて頂きたい」

 ルルーシュがエトランジュの手からコンタクトレンズケースを受け取ると、さっそくそれを左目につける。

 コンタクトをつけるのは初めてなので、少々違和感があった。だがそれもじきに馴染むだろうと、後で適当な人間にギアスをかけて改めて効果を確かめることを決めた。

 「逆に視覚型ギアスならこのコンタクトレンズで防ぐことが可能ですから、量産すればギアス嚮団なるブリタニアのギアス能力者に対する防御策にもなります。
 マオさんがつけていた色眼鏡でもいいのですが、壊されてしまえばそれまでですからね」
 
 「確かにそうですね。視覚型だけというのがネックですが、それでもないよりはいい。
 ギアス嚮団と対決するまでに、それの量産をお願いしたいのですが」

 「はい、既に手配済みです」

 ギアスについて改めて話していると、慌てた声でドアがノックされた。

 「ゼロ、ブリタニアが動きました。テレビでユーフェミア皇女による発表があるそうです!」

 カレンの声にルルーシュは来たか、と頷き、エトランジュを伴って私室を出た。

 会議室では既に主だったメンバーが揃っており、緊張した面持ちでテレビに視線を釘づけにしている。

 「皆さん、今日は重大な発表があります。
 わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアはイレヴンの方々の雇用先として、また総生産を上げるための場として、工業特区日本、農業特区日本、そして経済特区日本を設立することを宣言いたします!!」

 「なんと・・・・それはどのようなものですか?」

 記者の質問に、ユーフェミアはしっかりとした口調で答えた。

 「先のテロリストを発見するためとはいえ、ゲットーを封鎖したことでイレヴンの方々から租界での仕事を奪うことになり、ゲットーの整備も行き届いていなかったせいで再就職の道がなかったために、皆様には多大な迷惑をかけてしまったと反省しました。
 よって二度とこんなことが起こらないよう、雇用政策の一環として労働の場を提供しようと考えたのです」

 「なるほど、しかし日本と言う名前をなぜ・・・」

 それではイレヴンを調子づかせることになるのでは、という意見が出ると、ユーフェミアは首を横に振った。

 「ここは元は日本と呼ばれていた場所です。その名前はイレヴンの方々にとって誇るべきもののはずです。
 ですから、その名前が一番ふさわしいと思ったのです」

 相変わらず甘い幻想のお姫様だ、と心の中で記者達が呟くが、ユーフェミアはさらに続けた。

 「ホッカイドウに農業特区を、オオサカとハンシンに工業特区を、そして富士山周辺にそれらをまとめる場として経済特区を作りたいと考えています。
 参加希望者は各地に設けられた登録所に登録し、特区戸籍を造り、その上で移住して頂くことになります。
 当面の生活費および食料の受給についても・・・」

 「思ったより遅かったな。まあ、ユーフェミアなら上出来か」

 既に話を通していた黒の騎士団の面々は、驚くことなくルルーシュの呟きに頷いた。

 神根島でユーフェミア皇女を捕らえた時、どうしても戦いたくないというユーフェミアに日本人に労働の場を与えて保護し、これ以上虐殺などの悲劇を起こらせないようにしろと諭して策を与えたと話してあった。

 「この特区を作らせた狙いは、確か俺達が作った基地に対する目くらましと日本奪回の決起に対しての物資を得るためだったよな?
 公然と物資を作れる場所ってのはありがたいから」

 玉城が言うとルルーシュはそうだ、と頷く。
 
 日本各地に散らばる黒の騎士団後方基地から適度な距離を取って特区を作らせ、その中でまず自分達が囲いきれなかった日本人に労働の場を与え、また間接的な労働力を得る場とする。

 そして黒の騎士団が作った基地が出す廃材などをこっそり特区に移して処理したり、万が一基地が潰されてもそちらに物資を移して保護出来るようにしたり、また基地にいる日本人達の避難場所にするなど、かなりメリットがある。

 「逆に特区から基地のほうに物資を横流しさせることも可能だからな。ブリタニアの資金と資材をうまく使ってやるさ」

 「騎士団にいるブリタニア人協力者を特区の経営に参画させましたから、監査役さえうまく買収するか騙すかすればいいでしょう。
 これで日本人の生活は一息入れることが出来ましたね」

 ディートハルトの言葉に、扇や玉城はうんうん、と満足げに頷く。

 ユーフェミアは最近はいくらか現実的になっているようだが、それでも根本を変えない限り日本人をはじめとするナンバーズとブリタニア人が仲良く暮らせるということが不可能だと、まだいまいち理解出来ていない。
 日本特区はしょせんは対症療法でしかなく、ないよりはマシという程度でしかないのだ。

 しかし、それでも黒の騎士団の活動と日本人の生活を安定させるついでに、彼女の夢を一時的にせよ実現させることが可能な策である。

 (無理やりに日本人の特区を作れば、さんざん試行錯誤した末に砂上の楼閣のように崩れ去るだけだからな。
 初めからこちらのコントロール下でやらせるほうがいい)

 一見ユーフェミアの掲げる理想、日本人とブリタニア人が手を取り合って暮らせる場所であり、日本人の生活を豊かにする特区政策は彼女の好みにも合致している。
 
 だが、特区がブリタニア人の特権がなかったり二十万程度の収容能力しかなかったりした挙句、黒の騎士団に参加を呼びかけるものであるなら最悪だ。

 ブリタニア人が特権を使えないなら資金、資材、人材を持つブリタニア人が参加しないのですぐに限界が見えるものになる。
 さらに一億以上いる日本人、その何十分の一もない人間しか入ることのない代物では、名誉ブリタニア人に毛が生えた程度の階級がほんの一握り出来るだけで終わってしまう。

 とどめに黒の騎士団に参加を呼びかければ、参加すれば武力を取り上げられ、拒否すれば平和の敵と言うレッテルを貼られ、どちらにしろ騎士団は終わるだろう。
 
 (ユフィなら釘を刺しておかないと絶対、騎士団に参加を呼びかけるからな。
 あいつに主導権は意地でも渡せない)

 「では打ち合わせ通り、扇を中心として南、杉山、井上、吉田に特区に入って貰う。
 他にも騎士団や協力者から数十人特区に差し向けるので、彼らをまとめてくれ」

 「解った、任せてくれ。連絡役はカレンでいいんだな?」

 扇の確認に、カレンは小さく笑みを浮かべて頷いた。

 「ええ、特区に参加するブリタニア人グループのリーダーに私の・・・父が選ばれたから手伝いの名目で私も行けるの。
 ・・・やっと、シュタットフェルトの名前が役に立つのね」

 どこか恥ずかしそうなカレンに、周囲は笑みを浮かべる。

 カレンは、父親と和解することに成功していた。
 策ではなく、ただまっすぐに父親とぶつかり合い、話し合った末でのことだった。

 アッシュフォードで情報召集に当たっている咲世子から、カレンの正体がまだ学園に知れ渡っていないことを聞き、スザクやユーフェミアがカレンのことを報告していないことを知った。

 合わせてこの日本特区に出来れば権限の強いブリタニア人がいてくれれば助かることから、シュタットフェルトが使えないかと考えたルルーシュは、カレンに租界に戻るように頼んだところ、確かにそのほうがいいことを理解した彼女は渋々ながらも引き受けてくれたのだ。

 そして帰宅した彼女を待ち受けていたのは、娘が行方不明と聞いて本国から日本にすっ飛んで来て、顔を青ざめさせて行方を極秘で追っていた父親だった。

 突如ひょっこり戻って来た娘に安堵してソファに座り込んだ後、盛大にカレンを叱りつけたのはカレンとしても驚いた。
 ずっと自分を跡取りのための道具としてしか見ていないと思っていたのに、『百合子があんなことになって・・・お前までと思うと気が気じゃなかった』との呟きに、エトランジュの『カレンさんを引き取ったのは、純粋に貴女の将来を思ってのこと』という推測が当たっていたことを知った。

 その後、どうして自分を引き取ったのか、自分と母をどう思っていたのかを尋ねた。
 父が自分の将来のためを思って義母との間に出来た子としてシュタットフェルトの籍に入れたことや、母の百合子にどうしてもと頼まれ名誉ブリタニア人として雇い自分の傍に置いたことを聞いた。
 本当なら租界に小さな店でも与えて、兄のナオトと何不自由のない暮らしが出来るように手配するつもりだったらしい。

 父は自分が思っているような冷血漢ではなく、それなりに自分と母のことを考えていてくれたことを、彼女はやっと気づいたのだ。

 そして少しずつ少しずつ父娘の溝を埋めていき、今では少々のぎこちなさはあっても話が出来るくらいにはなっている。

 「シュタットフェルト伯爵のほうには、ユーフェミアのほうから話をするよう協力者を通してそう仕向けてある。
 皇族からの依頼と言う大義名分があれば、シュタットフェルトも動きやすいからな」

 ルルーシュはそう取り繕ったが、実際はルルーシュがユーフェミアに指示してシュタットフェルトに協力を依頼するよう言ったことを、カレンはもちろん知っている。

 ユーフェミアがスザクを通して知り合ったシュタットフェルト伯爵家の令嬢のカレンに己の特区の構想を伝え、それに協力を依頼しシュタットフェルト家が了承したという筋書きである。

 幸運なことに何故かニーナがユーフェミアと知り合っており、アッシュフォード学園絡みで知り合ったということに誰も疑問を挟まなかった。

 「何かニーナが政庁でばったりユーフェミア皇女と会ってたらしいんですよね。
 スザクが学校辞めちゃって退学届を出した時に、会長に同行した縁で」

 何でもスザクが退学届を出した際、それをスザクに渡しに来たミレイに同行した二―ナはミレイに置き去りにされ、それに気づかず政庁内で途方に暮れていたところをスザクを探しに来たユーフェミアに会って思わず近寄ったらしい。

 不審者と勘違いされて取り押さえられ掛けたが、ユーフェミアがカワグチ湖で会った少女だと気づき、ユーフェミアは事情を周囲に説明して彼女をお茶に誘ったという。

 そのためカレンがアッシュフォード学園でのスザクの学友で、そこからユーフェミアと知り合ったという説明に、二―ナの例があったからそうですかの一言で済んだのである。

 「何であれ疑われないというのは結構なことだ。これで君は公然と、ユーフェミア皇女と会うことが可能になる」

 「正直あのお姫様はまだめでたい思考するから苦手なんですけど・・・仕方ないですね。
 何とかうまくやってみます」

 この策を聞いた時カレンはあのお姫様のお守りか、と嫌な顔をしたのだが、ルルーシュにあのともすれば理想で暴走しかねない彼女を監視しろと言い換えられてころっと了承していた。

 「特区開催記念式典は一週間後です。今日、ユーフェミア皇女と政庁で打ち合わせがあって・・・」

 「ああ、後で内容を教えてくれ」

 「解りました、ゼロ。では、私は準備がありますので」

 仕事とはいえ皇女と会うのだから面倒な支度が必要だと愚痴を呟きつつも、カレンはシュタットフェルトの名をうまく使う機会なのだからと言い聞かせて部屋を出た。

 だが、扇や玉城達はルルーシュの真の狙いを知らない。
 まさかこの特区が、“失敗を前提に造られている”など、想像すらしていないだろう。

 この事実を知っているのは、桐原を初めとするキョウト六家、カレン、ディートハルト、そしてマグヌスファミリアの面々のみである。
 
 会議が終わった後、ディートハルトとエトランジュとアルカディアの三人をゼロの私室に呼び出したルルーシュは、さっそくに本当の作戦について語り出した。

 「ディートハルト、特区に参加するブリタニア人についてだが」

 「はい、主に主義者達で構成されておりますが、貴方のおっしゃった通り日本人をよく思わないブリタニア人がその特権を使って利益を横取りしようと今から動いている者が数名おりますね。
 こういう商業絡みのことは、早く要所を抑えねば利益は得られませんから」

 「よし、そいつらから目を離すな。はじめは好き放題に泳がせて利益を奪わせてやるさ。
 そのうちにそいつらの悪行を暴露し、日本人の憎悪の象徴になって貰うのだから」

 だがいくら最初から失敗が前提とはいえ、特区を早く潰し過ぎるものであったりこちらの不利益になる行為をされては困るため、監視は常にしておく必要があるのだ。

 「はい、解っております。しかしさすがゼロ・・・日本解放のきっかけにするために、このような策を・・・!」

 興奮して肩を震わせるディートハルトに、アルカディアは思わず彼から数歩離れて距離を取る。

 「特区を失敗させ、それを持って日本解放戦争の決起とする・・・それこそが、特区を作らせた本当の狙い・・・!

 そう、ルルーシュの本当の目的はまさにそれだった。

 かなりの規模の特区を成立させて日本人の生活基盤をある程度落ち着かせるが、それでも一億もの日本人がいるのだから、当然その輪に入れない者が存在する。
 もちろんゲットーにも特区から資材を出して開発を進める予定だが、それはまず特区がうまく循環してからになるため、まだ先になるだろう。

 とすると経済に明るい者はその理屈が解るだろうが、大概の者達の目から見ればユーフェミアはやはり自分に従うナンバーズのみを大事にするのだと感じ取り、不満を募らせることになる。

 そして実は特区は当初は盛大に成功させ、大いに利益を上げる。もともと日本は高い技術力があるし、サクラダイトといった資源もあるので、全くゼロからの出発と言うわけではない。
 また、日本製の米や和牛などそれなりに評価の高い農作物や畜産物もあるので、食糧自給率を上げるためにも効果的だ。

 そうして特区が多大な利益を上げて日本人が豊かな生活をするようになると、特に不利益を被ったわけでもないのに選民意識の強いブリタニア人はそれが不当なものであるように感じ、それに対して邪魔をしてくることは必至である。

 コーネリアのような連中なども、過度にナンバーズに富を与えることは危険と感じ、そんな連中に同調する可能性が高い。
 そして、それこそがルルーシュの狙いだった。

 「せっかく生活水準が上がったのに、それを不当にまた奪われればブリタニア人がいる限り自分達の生活はいつまでもよくならないと、嫌でも日本人は理解する。
 特区にブリタニア人の特権はある程度残してあるし、日本人との間に差は設けてあるのだからその相乗効果で徐々に不満が募っていったところで・・・」

 「その不満を爆発させる事件を起こし、特区を失敗させるのですね。
 この特区自体もともと失敗する要素の方が多いですから、どうせならこちらの利益になる形で失敗させる方がダメージが少なくていい」

 ディートハルトはその混乱が来る日が待ち遠しいと言わんばかりに顔を輝かせ、アルカディアはさらに彼から引いた。

 「民衆には物語が必要だからな。
 日本人とブリタニア人が手を取り合って暮らせる小さな箱庭を、己の欲望で汚したブリタニア人によって壊される・・・王道のストーリーだろう?」

 ディートハルトが幾度も頷いて同意すると、エトランジュがおずおずと尋ねた。

 「しかし、それだと少し時間がかかってしまうのでは?初めは成功させなければいけないのでしょう?」

 「そうですね、最低でも半年ないし一年はかかるでしょうが、ある程度操作して出来るだけ短い間で利益が出るようにするつもりです。
 既にある程度経済計画は立てていますし、それをカレンに持たせてユーフェミア皇女に届けさせましたから。
 最初が肝心ですからね・・・最悪な失敗だけはさせませんよ」

 「で、その間あんたは中華連邦やEUで反ブリタニア活動をする、と」

 アルカディアの言葉にルルーシュが頷くと、ディートハルトはなるほどとさらに納得した。

 経済にも精通しているゼロなら、ここに残るメンバーに指示するだけで特区は十分何とかなる。
 正義の味方である黒の騎士団は融和政策を始めたブリタニアに対して攻撃出来ない以上、失敗が公になるまでは当然活動を控えざるを得ないのだ。

 ではどうするかというと、世界各地にあるブリタニア植民地を回り、またブリタニアと交戦しているEUにも赴いて直接活動を行おうというのである。

 「そろそろ自分の目で世界の情勢を確かめたいと思っていたところだからな。
 それに中華の天子様の婚姻も阻止しなくては・・・」

 「私達に協力して下さっているブリタニアレジスタンス組織にも、ゼロとお会いしたいとのお言葉を頂いております。
 二面作戦ですのでご負担は相当なものかと存じますが、よろしくお願いいたしますね」

 「いえ、こちらも負担をお願いするのですから、大したことではありませんよ」

 ルルーシュの言葉に、アルカディアが露骨に嫌そうな顔をした。
 ルルーシュ自身が直接世界各地に赴くことはあるが、大方はアルカディアがゼロに変装してエトランジュがリンクを開いて彼の言葉を伝えて情報を得るべく各地を回れという意味だと悟ったからだった。

 エトランジュも当然、ゼロについて世界各地を回らなくてはならない。
 今現在のところ協力してくれている各国のレジスタンスはマグヌスファミリアの指揮下にあるのだから、その長である彼女がゼロを紹介しなければ受け入れて貰えないからだ。

 こうして見ると、リンクを繋いだ仲間さえいれば同時に情報を伝え合えるエトランジュのギアスは相当に強力だとつくづく思う。
 しかもギアスのことを知る親族達が各地にいて自分の意思を正確に伝えられ、さらに彼らからリアルタイムで情報が手に入るのだ。
 己の負担が大幅に減る、実にありがたいギアスである。

 「まずは式典を成功させ、ひと月ほど様子を見てから中華へと移る。天子様の政略結婚を潰すのは、私が直接指揮を取りましょう。
 ディートハルト、お前を特区の広報の担当に任命するよう裏から手を回しておいたから、その間情報収集および操作を行え」

 「お任せ下さいゼロ。私の得意とするところです。
 では、さっそく準備を整えに参りますので、失礼いたします」

 ディートハルトが嬉々として了承して私室を出ると、残された三人は日本が一年のつかの間の平和を楽しむ間、自分達は世界各地で起こる争乱を回るハードスケジュールを思って大きく溜息を吐く。

 「まず中華で天子様の政略結婚潰して、EUでシュナイゼルが張り巡らせた謀略潰して、ナイトオブラウンズによる侵略を潰して・・・はぁ、休むヒマなさそー」

 「EUでは伯父様達がゼロの知略を元にいろいろ動いて下さっておりますが、侵略の方が難しいと相談を受けております。
 マグヌスファミリアは戦争は本当に門外漢もいいところですから」
 
 アルカディアの嘆きにエトランジュも困ったように首を傾げる。

 「既に俺が常に入ってくる情報を解析して作戦を考えてあります。
 万が一俺が別行動を取っても、ある程度は貴方がたで対処が可能なようにしますので」

 ルルーシュがパソコンを操作して何十通りもの策が書き連ねられたファイルを開くと、現時点で起こり得る問題とその対処の仕方、またそれを阻止する手段などが事細かに記されていることにエトランジュは感嘆の声を上げる。

 「さすがゼロ・・・ですが、私には何が何だかさっぱりと」

 エトランジュはルルーシュをも凌ぐ語学能力の持ち主だが、意味が解らなければそれはただの解読不能な文字でしかない。

 「退路を絶った上でわざと放棄した軍事基地には焦土作戦を敢行、さらに一個大隊を持ってこれを撃破・・・焦土作戦って何ですか?」

 「侵攻してくる軍隊の進撃地にある住居や食糧、補給品などを全て焼き払って、現地調達をさせない作戦のことです。
 ブリタニアは常に戦っておりますので、侵略した地から物資を奪うのはよくある手ですからね」

 なるほどとエトランジュは納得したが、意味が解らなければ読めても意味がないので、エトランジュは軍事、経済についてせめて専門用語だけでも覚えておかねばと決意する。
 何しろ一個大隊も実は解っていなかったりするのだから、彼女の知識は偏っていると言わざるを得なかった。

 「私がいますから、それほど気負う必要はありません。
 エトランジュ様はただ、各地にいらっしゃるご親族の方に指示を伝えて頂くだけで結構です」

 「はい、ゼロ。でも念のためそのファイルの開き方を教えて頂きたいのですが」

 「もちろんです。ここをこうして、パスワードは三つありますのでしっかりご記憶頂きたい。順序も決して間違えないようにお願いします」

 「三つ、ですか・・・解りました」

 エトランジュとアルカディアがファイルの開き方とパスワードを聞き終わると、アルカディアは時計を見て立ちあがる。

 「やばい、もう時間だわ!ちょっと行ってくる」

 「ああ、そうですね。くれぐれもお気をつけて・・・アルカディア従姉様」

 エトランジュの心配そうな声に、アルカディアは大丈夫と笑った。

 「ギアスでいつも繋がってるんだから、何かあったらすぐに解るわよ。じゃ、行ってくるわ」

 アルカディアが慌てて部屋を出ると、ルルーシュは改めてTVをつけて、再度放送されているユーフェミアの特区宣言の映像を見つめた。

 今度こそ己の理想が実現すると信じて、おそらくは夜も寝ずに頑張ったのだろう、化粧で隠された隈が見えた。

 (すまないユフィ、君を利用した。
 だが、君の理想は日本だけじゃない、世界各地で実現させてみせるよ)

 それにこの策は成功した時はブリタニア人にもそれなりの利益があるものだからブリタニア人、日本人の双方からユーフェミアの評価が上がるだろう。
 だが失敗する時はその責任はあくまでも事件を起こしたブリタニア人と、利益を横取りしたブリタニア人のものだから、彼女はむしろ被害者として仕立てて責任が行かないようにするつもりだった。

 そして日本独立戦争が終わった後、彼女は戦いによらずして日本人とブリタニア人を共存させようとした気高い皇族である、弱肉強食を訴える皇帝を倒し、彼女をブリタニアの代表として立てて世界を平和にしようという世論に持って行ければ、彼女は殺さずに済む。

 ルルーシュはその未来を実現させるため、特区を持ち上げて落とす策のために、再びパソコンに向かうのだった。



 数時間後、カレンはシュタットフェルト邸宅前にやって来た人物を見つめて、仰天したようにその人物を指さした。

 「ちょ、あの・・・ホントにアルカディア様?!」

 「しっ、その名前で呼ばないで欲しいカレン様。私はエドワード・デュランです」

 さっき念を押したでしょう、と視線で咎めるアルカディアに、カレンはもぐもぐと口を閉ざす。

 しかし、カレンが驚くのも無理はない。何しろ今のアルカディアは、細見ではあるが堂々たる男性に変装しているのだから。

 金髪碧眼といったエトランジュに少し似た容姿に高級スーツを纏った彼女は、どう見ても男性にしか見えない。

 「赤髪がカツラだってのは聞いてましたけど、身長や体格を服や靴でごまかすだけで、女でも男に化けられるものなんですねえ」

 そう、実はアルカディアの髪はカツラだった。
 何故そんな真似をしているのかと言うと、赤は一番目立ち印象に残る色なので、いつもその髪で戦場や租界をうろついておく。
 すると万一追いかけられたりした場合、カツラを処理してちょっと変装すればそれだけでも結構逃げ切れたりするのである。

 ちなみに今回は変装術が得意だという咲世子のアドバイスを受けて腰をタオルで巻いてウエストを増やしたり、シークレットブーツを履いたり、襟の詰まった服を着て喉仏がないのをごまかしたりしていると説明すると、カレンは納得して感心した。

 「さ、お喋りはここまで。父親にはまだ、黒の騎士団に入ってることは黙ってるんでしょ?」

 「は、はい。そんなことはまだ言えなくて・・・特区を希望したのも、行方不明になったお兄ちゃんを探すためって言ってあるの」

 カレンが後ろめたそうな声で答えると、アルカディアは大きく溜息を吐く。

 「仕方ないって台詞は、ほんと便利な言葉よね。それだけでみんな、カタがついちゃうんだから」

 「同感です。でも、本当にそうとしか言えないんです」

 「事情がこうだから、ほんと仕方ないわよ。こっちもせっかく家族と和解したんだから、うまくいくように調整するから心配しないで。
 私達はブリタニアを壊したいだけで、よそ様の家庭を壊したいわけじゃないんだから」

 ルルーシュも協力してくれるという意味を言葉から捉えたカレンは一瞬顔を真っ赤にして嬉しそうに笑った後、逆に怒ったような声で言った。

 「べ、別にあんな奴に心配して貰わなくたって、私は・・・!」

 「はいはい、仲間だから心配するの。私達は身内で争いまくるブリタニアとは違いますからねー」

 ブリタニアとは違うと言われて、カレンはそうですねとあっさり怒りを鎮めた。

 「仲間だからですよね、うん。仲間だから心配してくれたんだから、怒っちゃダメよね」

 「おっと、本当にお喋りはここまでよ。貴女のお父さんが来たわ」

 アルカディアは喉に手をやって咳払いを二度ほどすると、カレンも表情を引き締めて門が開く音を聞いた。
 そしてそこから大きなリムジンが出てくると、二人の前で停車して窓が開く。

 「どうしたんだカレン、そんなところで」

 門の外に出たと聞いて不思議に思っていたと言うカレンの父・シュタットフェルトに、カレンはぎこちなさそうに答える。

 「実は、特区に協力してもいいって人が来てくれて・・・この人、アッシュフォードを去年卒業したエドワードさん。
 プログラミングを主に勉強していてね、特区の情報処理システムにぜひ協力させて欲しいって言ってくれたの」

 「ああ、君がカレンが言ってた・・・どうぞ、乗って下さい」

 「失礼します、シュタットフェルト伯」

 自動で開いたドアにカレンに続いてアルカディアが乗り込むと、リムジンは音もなく走りだす。

 「改めてご挨拶をさせて頂きます。去年アッシュフォードを卒業して、今は租界の店を回って情報処理を担当しているエドワード・デュランと申します」

 「シュタットフェルトです、こちらこそよろしく。娘とはどのような縁で?」

 キランと目が光ったように感じたカレンとアルカディアだが、カレンは気のせいだとすぐにスル―し、アルカディアはエトランジュの父にして己の叔父であるアドリスと同じ目をしていると心の中で溜息を吐く。

 (あー、そうですか娘に悪い虫がついているか心配ですか)

 なら日本に母がいるとはいえ放り出して本国にいるなよ、と内心で突っ込んだが、彼にも彼なりの事情があることをカレンから聞いているアルカディアは笑顔で応対する。

 「ええ、アッシュフォードの科学部にいたのでOBとして顔を出したのですが、その時偶然に御令嬢とお会い致しまして少しお話を。
 実はここだけの話、私の祖母は日本人なのでそこからも・・・」

 「ああ、そうだったか。それで特区にご興味を?」

 「ええ、祖母は昔和菓子屋をしていたそうで、それをまたもう一度したいと言っていたので最期に夢を叶えてやりたくて・・・もう年ですから」

 お涙ちょうだいストーリーをたそがれたような顔でしゃあしゃあと言ってのけたアルカディアは、シュタットフェルトが最も気にしているであろう不安を払拭するために続けて言った。

 「特区が成功すれば、私も堂々と婚約者と結婚出来ます・・・彼女は日本人なのでね、ぜひとも成功させたいものです」

 その台詞にあからさまに安堵の息を吐いたシュタットフェルトは、今のは内緒にしておいて下さいねと手を合わせるアルカディアに幾度も頷いて了承する。

 「いや、そういうことなら結構だ。この日本特区が成功するよう、私も尽力するとしよう。
 実はあそこにリフレイン患者のための病院を建てられないかと考えているんだが、国是からすると難しそうでね・・・」

 「お母さん、出所してもまだ後遺症から抜けられるか心配だもんね。
 日本人にまだリフレイン患者は多いし、それを治療するための設備なんてないもの」

 カレンが俯いて呟くと、シュタットフェルトは慌てたように付け足す。

 「百合子が収監されている刑務所には裏で手を回して特別待遇にするよう手配はしたが、治療となるとまた別だ。
 彼女のためにもどうにかしてみせるから、心配するなカレン」

 どうやら娘にこれ以上嫌われたくないらしいな、とアルカディアはシュタットフェルトの態度から悟った。

 「話は聞いておりますが、まだカレンさんの母君が出所されるまでまだ日はあります。
 他のリフレイン患者を後回しにする気がしますが、焦って無理やり病院を設立するよりしっかりした基盤を作ってからのほうがいいと思いますよ」

 日本解放が成ったら、リフレイン患者のためのリハビリ施設を造ることはすでに決定済みだ。
 つまり特区で無理をして作らなくても、新たな日本政府の元で設立出来るのだから焦る必要はない。
 今はそれより新たなリフレイン患者を減らし、売人を摘発して潰していく方が現実的な処置なのだ。

 「ああ、そうだな・・・ああ、着いたようだ」

 リムジンが止まってドアが運転手によって開かれると、目の前には日本における敵の総本山である政庁が白くそびえ立っている。

 (この政庁、ドカーンと綺麗さっぱり消え去ってくれたらさぞ気持ちいいだろうなあ・・・コーネリアごとだったらなおのこと)

 物騒な感想を抱きながらエントランスに入ると、受付でシュタットフェルトの名前を告げて特別訪問者用IDを受け取って奥へと入る。

 さすが伯爵なだけあって、VIP用のエレベーターでスザクに会いに来たミレイより上の階にある応接室に通され、さらに上質の葉で淹れられた紅茶を出された。

 「ユーフェミア副総督閣下は間もなくこちらにおいでになられますので、もうしばらくお待ち下さい」

 「はい、解りました」

 女性職員が立ち去ると、敵陣真っ只中にいるカレンとアルカディアは落ち着かなさけにそわそわする。

 「落ち着けカレン、エドワード君。そう緊張しては副総督閣下がおいでになられた時どんなことになるか・・・」

 「そ、そんなんじゃなくて・・・・いや、やっぱそうかも」

 カレンは慌ててごまかすと、不意にドアがノックされて静かに開いた。

 「申し訳ありませんシュタットフェルト伯!お待たせしてしまいましたわ」

 少し慌てて入室して来たのは、背後にスザクとダールトンを従えたユーフェミアだった。
 先ほどまでエリア11における経済状況についての会議が行われ、それが少し長びいて遅れてしまって申し訳ないと再度謝罪する。

 「いえいえ、とんでもございませんユーフェミア皇女殿下。お忙しい中お時間を頂きまして、まことにありがとうございます」

 ソファから立ち上がって臣下の礼を取るシュタットフェルトに、内心嫌で仕方なかったがカレンとアルカディアも同様の礼を取った。

 「今回はぜひ特区に協力したいと申し出てきた青年をお連れさせて頂きました。エドワード・デュランです」

 「エドワード・デュランと申しますユーフェミア皇女殿下。お会い出来て光栄です」

 アルカディアがにっこりを笑みを浮かべると、特区参加協力者と聞いてユーフェミアは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「まあ、特区の?!さっそく協力者が来て下さるなんて、嬉しいわ!さあ、どうかお座りになって下さいな」

 ユーフェミアに促されて三人が再度ソファに座ると、ユーフェミアは近くにいた侍女に改めて紅茶とお茶菓子の用意を言いつけた。

 ユーフェミアが三人の前のソファに座ると、その背後にスザクとダールトンが立つ。

 「ではさっそくですが、特区日本の式典についてお話を」

 「はい、ユーフェミア副総督閣下。実は私どもでいろいろと考えた計画書がございますのでぜひ、ご覧頂きたいのです」

 カレンが数枚の書類が入った袋をユーフェミアに差し出すと、カレンの正体が黒の騎士団のゼロの親衛隊隊長・・・すなわちルルーシュの側近だと知っているユーフェミアはこれが彼からのものだとすぐに解った。

 逸る気持ちを抑えてユーフェミアが書類を出して読むと、それにはそれぞれの特区における今後の予想展開図とその対処法がずらずらと並べられている。

 エトランジュと異なり知識は高いユーフェミアはその正確さに喜んで、これなら特区の成功は間違いないと顔を輝かせる。

 「ありがとう、さっそく会議にかけて検討致しますわ。皆さんにお礼を申しあげておいて下さらないかしら?」

 「はい、必ずお伝えさせて頂きます」

 カレンが軽く頭を下げて了承すると、大事そうに書類を袋に戻してテーブルの上に置く。

 「一週間後の開催記念式典ですが、主なスケジュールは先日お送りさせて頂いた通りです。
 既に資材の準備は整っておりまして、参加者は農業特区ホッカイドウが十万人、オオサカ・ハンシン工業特区が十五万人、さらに経済特区が二十万人です。
 現在簡易的に戸籍が作られておりますが、いずれ本格的な物を作らねばならないでしょう」

 シュタットフェルトの説明に、予想より少ない参加人数にユーフェミアは肩を落とした。

 「もう少し集まって下さると思ったのですが・・・」

 「軌道に乗れば、人は自然にこちらに集まりますユーフェミア副総督閣下。稼働出来るだけの人数は十二分にあるのですから、問題ありません」

 やはり以前のゲットー封鎖が尾を引いたのか、特区に閉じ込められ奴隷労働でもさせるつもりじゃないだろうかという後ろ向きな考えを持つ者が大勢いたりするせいで、参加をためらう日本人が多かった。

 ユーフェミアはそれも自業自得だから仕方ないと諦め、とにかく何が何でも特区を成功させるのだと己を奮い立たせる。

 「記念式典には、私達も参加させて頂きます。
 あの、それと二ーナからなんですが、彼女もぜひ協力参加させて欲しいとお願いされたのですが・・・どうしましょう?」

 つい先ほどテレビを見た二ーナはすぐさま特区について調べたところ、次のニュースでシュタットフェルト家が主に主導すると知ってカレンに電話をかけてきたという。

 「まあ、ニーナも?嬉しいわ。でも、学校の方はどうするの?」

 「早期単位取得制度を使ったら、もともと卒業が近いしすぐに卒業出来るからって言ってました。二ーナは成績優秀だし、真面目ですから」

 「協力してくれる人が多いのは心強いわ。でも無理はしないでって伝えておいて下さるかしら」

 「はい、かしこまりました。すぐにお伝えしておきます」

 日本人の参加者が少ないことに落ち込んでいたユーフェミアだが、逆にブリタニア人の協力者が多いことに彼女は希望を持てたらしい。

 (やっぱり、人はこうやって助け合えるものなのよ。
 戦わなくてもこうして手を取り合っていろんなことをしているのを見れば、お姉様だってきっと解って下さる)

 未だ意識不明のコーネリアだが、勝手なことをしたと始めは叱られるだろう。
 けれど結果がすべてと言ったのは姉なのだから、いい結果を出せば認めてくれるとユーフェミアは信じている。

 「喜んで下さいユーフェミア副総督閣下。既に特区に入場を始めたイレヴンの中には、まだ記念式典が始まっていないのに仕事を始めている者もいるようです。
 ああ、もちろんきちんと監督役のブリタニア人の指揮のもとでですのでご安心を」

 「本当ですか?日本人の方は勤勉だと伺っておりましたが、気がお早いこと」

 シュタットフェルトの報告にユーフェミアが苦笑しつつも嬉しそうな様子に、アルカディアが言った。

 「働くことが美徳だとされた国民性だそうですから、仕事をさせれば大いに利益を上げてくれると思いますよ。
 いつか聞いたのですが、十何年か前のCMで“24時間働けますか?”がキャッチフレーズな商品があったとか」

 仕事中毒にもほどがあると呆れるアルカディアに、ユーフェミアは目を丸くする。

 「さすがにそれは無理でしょう・・・わたくしだって睡眠時間が五時間きった時は・・・あ」

 思わず自分の手を覆って台詞を止めたが、しっかりダールトンとスザクには聞こえていた。じろりと見つめられて、ユーフェミアは視線をそらす。

 「いけませんよユーフェミア様!あれほどご無理はなさいませんようにと申し上げたではありませんか!」

 「もう寝るからって僕を退出させた後、部屋で仕事してたんですね・・・」

 道理で朝早くからあれこれ指示を出せていたはずだと納得した二人が頭を押さえると、アルカディアがやれやれと肩をすくめてアドバイスする。

 「お疲れのようですので僭越ながら申し上げます。
 時間がない時は確かに睡眠時間を削るしかないのですが、無理をなさってお倒れになられては意味がありません。
 無理して起きるより、眠くなったらすぐに寝て早めに起きて仕事をなさる方がよほど効果的です」

 さらに短時間で熟眠出来るコツやアロマテラピーなどによるリラックス法を教えると、ユーフェミアは幾度となく頷いてメモを取る。

 「ついでに料理人の方にも、疲れを取る食材を使った料理を作って貰えれば少しはましかと存じますが」

 「なるほど、すぐに手配しよう。こういうことに我々は疎いからな・・・いや、助かった」

 アルカディアが己の主君を半殺しの目に遭わせた一人だとも知らず、ダールトンが礼を言うとアルカディアは実に嬉しそうにお役にたてれば何よりですなどと言って笑っている。

 と、そこへダールトンの携帯が鳴り響き、ユーフェミアが頷いたので彼が一礼して退出すると待ってましたとばかりに彼女はカレンに尋ねた。

 「式典には彼も来てくれるのかしら?やっぱり、無理?」

 「会場にはブリタニア人もいますし、それほど目立たないと思うんですけど今のところは聞いていないんです。
 いちおう手紙を預かってきましたので」

 ルルーシュから隙を見て渡せと言われていた手紙をカレンから手渡されたユーフェミアは、嬉しそうにそれを受け取り宝物のように胸に抱く。

 「ありがとう、カレンさん。ああ、長居させてしまって申し訳なかったわ。
 では次は記念式典でお会い致しましょう」

 「はい、今日はお時間を賜りましてまことにありがとうございました」

 シュタットフェルトが頭を下げて二人もそれに倣うと、ユーフェミアは頭を上げるように促した。

 「こちらこそいろいろと助けて頂いておりますもの、お気になさらないで。
 どなたか御三方をエントランスまで送って差し上げて下さいな」

 近くにいた職員に先導されて全員で応接室を出ると、ダールトンが慌てた様子でやって来た。

 「どうかしたのですか、ダールトン」

 「は、ユーフェミア様・・・どうかこちらへ」

 カレン達に一瞬視線を向けたダールトンの言葉に、ユーフェミアは眉根を寄せながらも彼についてその場を離れた。

 いきなりユーフェミアが立ち去ってしまったので、帰っていいものかと途方に暮れた一同がその場に取り残された五分後、難しい表情をしたユーフェミアが戻ってきた。

 「何か緊急のご報告があったようですね。邪魔になりますゆえ、私どもはこれで・・・」

 シュタットフェルトがそう切り出すと、ユーフェミアはカレンに向かって言った。

 「ええ、お姉様に呼び出されてしまったから、今からお姉様のところへ行かなくてはならなくなったの。
 もしかしたらお姉様から特区について改めて説明を求められるかもしれませんが、その時はお手数ですけどお願いしてもよろしいかしら?」

 「!!!」

 (これって・・・もしかしてコーネリアが目を覚ましたってこと?!)

 ユーフェミアの言葉の真の意味を瞬時に悟ったカレンとアルカディアは、内心で舌打ちしつつも顔は何とか笑顔を取り繕う。

 「解りました、改めてご説明に上がらせて頂きます。それでは、私どもはこれで御前を失礼させて頂きます」

 「ええ、今日は本当にありがとう」

 ユーフェミアはこのタイミングで姉が目を覚ますなんてと少し姉不幸なことを考えながらも、エレベーターに乗り込み去っていく三人を見送った後、スザクに向かって言った。

 「今すぐお姉様の入院されている病院へ向かいます。
 きっとお姉様はお怒りでしょうけれど、解って下さるまで説得するわ」

 ユーフェミアはそう決意すると、スザクと共に姉に会うべく駐車場へと向かうのだった。



 「何がどうなっている!お前達が付いていながら何と言うことだ!!」

 目を覚まして早々、医者とギルフォードから自分の状態を聞かされたコーネリアは自分があのテロにやられて以降三ヶ月も眠っていたと知らされ、いくらまめに体位変換を行い筋肉をほぐしてあったとはいえ、それでもろくに動かせぬ己の身体に呆然となった。

 だがそれより先に最愛の妹の様子が気になってギルフォードに尋ねてみると、まずユーフェミアはこともあろうにイレヴンである枢木 スザクを選任騎士に選び、さらに次兄シュナイゼルについて視察を手伝いに行った際に黒の騎士団に襲撃され、海を漂って偶然流れ着いた島で人質にされたと聞いた時は血の気が引いた。

 だが同じく漂着したスザクによって救出され、以降は彼女を守るために栄誉あるナイトメアのデヴァイサーと学園を辞めてまで護衛について以降は何事もないと聞き、ほっと安堵する。

 「イレヴンではありますが、彼は騎士として実に立派な男です。
 聞けば戦闘能力も群を抜いておりまして、グラストンナイツですら彼には敵わなかったとか」

 「そうか、お前が言うならそうなのだろうな。ユフィもあれ以降無茶なことはしなくなったのなら、奴が騎士であることは認めよう。
 だが、この特区日本と言うのは何だ?!イレヴンを調子づかせるだけではないか」

 テレビから流れるニュースを見ながら怒鳴るコーネリアに、ギルフォードがたしなめる。

 「ユーフェミア様もお考えがあってのことです。
 今こちらに向かわれているとのことなのですから、直接伺った方が・・・!」

 「ユフィ・・・誰も止めなかったのか?」

 「は、あの方もこの二か月、特区のために寝食を忘れて特区成立に向けて努力されておりました。
 それに私から見ても見切り発車ではなく、きちんとシュタットフェルト伯爵家を始めとする有力貴族に協力を仰いで推し進め、経済計画、予算計画などもしっかり考えておいででした」

 思いがけず妹の成長ぶりを聞かされたコーネリアは、目を見開いた。
 そしてギルフォードから特区について書かれた書類を手渡されて、食い入るように見つめる。

 「これは・・・本当にユフィが考えたのか?」

 「は、細かい部分は会議で決定していったようですが、大枠はユーフェミア様です。
 参加者も特区稼働には充分な人数が集まり、ブリタニア人の参加者もそれなりにいるようですが」

 コーネリアも馬鹿ではない。この特区がこのエリア11の経済活性化に貢献の余地があることは、すぐに理解出来た。

 だがこの特区が成功すればイレヴンに余計な富を与えることになり、それによってまたテロを起こす輩が現れる可能性もある。

 だからといって万一にも失敗すれば、特区の提唱者であるユーフェミアに大きな傷がつく。

 どちらに転んでも最善とは言えない結果になる特区に、コーネリアは頭が痛くなった。

 しかし、既にここまで事が大きくなり、たった今全国に向けて発表が行われた以上覆すことは出来ない。

 「おのれ・・・私がこのような目に遭ってさえいなければ、意地でも阻止したものを!!
 あのテロリストども、許さんぞ!!」

 「申し訳ございません姫様、奴らはまだ捕縛出来ておらず・・・しかし正体は解りました。
 エリア16・・・元マグヌスファミリアの亡命政府の女王、エトランジュ率いるテロリストグループです。
 ゼロと組んで、身の程知らずにも我がブリタニアに刃向おうとしているのです」

 「あの、マグヌスファミリアか!たかが二千人程度しかおらぬ小国の分際で・・・!」

 その二千人程度しかいない国に攻め込んだことに対して恥を感じることはなかったらしい。
 コーネリアはろくに動かぬ身体で怒りを発散すべく、テーブルに置かれていたカップを薙ぎ払った。

 「ユフィは?ユフィはまだか?!」

 常に沈着冷静な誇り高い主の時ならぬ狂態に、ギルフォードは鎮静剤が入った飲み物を主君に差し出しながらなだめた。

 「どうか落ち着いて下さい姫様。ユーフェミア様も貴女様にご迷惑をかけようとしているのではありません。
 この特区でイレヴンが飢えることなく暮らせるようになればテロなど起こさなくなる、そうなれば姫様も無理に戦わなくてもよくなるとおっしゃっておいででした。
 貴女様を思っての特区でもあるのですよ」

 「ユフィ・・・だがそれは理想論だ」

 うなだれながらそう呟くコーネリアの視線の先には、テレビの中で顔を輝かせて特区設立を宣言する最愛の妹の姿があった。



 《コーネリアが目を覚ました?構いません想定の範囲内です》

 命が助かりいずれ目を覚ますと知っていたのだ、さして驚くことではないと、アルカディアから報告を聞いたルルーシュは別段気にすることなく言った。

 《既に特区成立の宣言は成ったのです。今更彼女に何が出来ます》

 《だけど、あの女がどう出るか》

 《そのユフィからコーネリアの動きを知ることが出来るように、カレンをやったのです。
 カレンの正体がバレないようにだけ気をつけて貰えれば結構》

 《了解・・・うっかり医療ミスでも起きて死ねばよかったのに》

 そうすれば自動的にユーフェミアが総督だ。いろいろと後の作業が楽になるのにとアルカディアは心の底から残念に思った。

 (今頃姉妹喧嘩の真っ最中だろうな。さて、どうするコーネリア)

 今更特区は覆せない。だが失敗の要素が多い特区だから、ユーフェミアの失点になるとさぞかし焦っているだろう。

 (ですがご安心を姉上。ユフィに余計な傷を負わせるつもりはありませんので)

 コーネリアにはさらなる傷を負わせる予定だが、と内心で付け足し、ルルーシュはあくどい笑みを浮かべた。



[18683] 第二十話  合縁奇縁の特区、生々流転の旅立ち
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/09/30 07:39
  第二十話  合縁奇縁の特区、生々流転の旅立ち



 特区開催記念式典まで残り五日となり、黒の騎士団の中から特区へ入る予定の幹部達はそれぞれ準備に余念がなかった。

 コーネリアがとうとう目を覚ましたことを知った黒の騎士団は騒然となったが、『今更彼女に何も出来はしない。こんな時のためにカレンをユーフェミアの傍にやったのだから動きはすぐに解る』との言葉にさすがゼロと安堵していた。

 ディートハルトは嬉々として日本経済特区フジに入り、特区に関する全ての情報を集めては解析し、あるいは操作をして来たる日に向けて備えている。

 「えっと、扇副司令は協力者として協力して下さっているブリタニア人と日本人のハーフの方と一緒にご夫婦として特区潜入ですか。
 ブリタニアの目を欺くには理想的ですね」

 「おお、何かあいつすっげえ仲がいいみたいでよ、タコさんウインナーが入った手作り弁当とかうまそうに食ってたっす」

 玉城が羨ましそうにエトランジュにそう報告すると、実に微笑ましい出来事に笑みを浮かべる。

 「こうして人種を超えて手を取り合えるのは、素晴らしいことです。
 扇さんには経済特区に設立予定の小学校の教師の職をお願いしたのですけれど」

 「それも凄い喜んでた。あいつ、日本が解放されたら昔みたいに教師をするのが夢だったから」

 玉城は友人の夢が一時的にせよ叶えられる特区に、玉城はそれなりに肯定的だった。
 ただ彼はうかつな行動や言動が多いため、特区参加者から外されたという経緯があるので黒の騎士団の後方基地で待機予定である。

 「特区参加者の大部分が、既に各地に入場し始めているようです。
 後は特区をうまく成功させるだけ」

 そして、その後特区を失敗させる。
 みんなで努力を積み重ねているものを、壊す予定で造り上げる。

 何とも笑えないにもほどがある茶番劇に、エトランジュは小さく首を横に振る。

 「けどよ、成功したら日本人はブリタニアに取り込まれるってことにならないかって意見もあるんすけど」

 「いいえ、そうはならないとゼロがおっしゃっておりました。
 これはあくまでもユーフェミア個人の融和政策に近いですから」

 「ふ~ん、そんなもんかねえ。ま、ゼロの言うことは間違いねえ、任せるよ」

 玉城が機嫌よくエトランジュの前から歩き去ると、エトランジュは小さく溜息をついて中華総領事館経由で届けられた天子からの手紙に視線を落とす。

 (式典が終われば、次は中華・・・一刻の猶予もならない)

 天子からの手紙には、太保が病に倒れてブリタニアとの婚姻政策を推し進める動きが強くなってきたこと、アルフォンスとの婚約でそれを断る手段を使うことを考えていることなどが書かれている。

 近日中に、アルフォンスを中華に連れて行った方がいいかもしれない。
 それからゼロにも引き合わせて、天子の信頼を得るようにしておこう。

 エトランジュはそう考えると、中華行きの準備をすべく天子からの手紙を持ってゼロの私室へと向かうのだった。


 
 「NACと繋がっているブリタニアの内通者じゃが、うまく証拠を隠滅させて我らとの関係を隠し通せることに成功した。おぬしの言ったとおりじゃな」

 桐原の言葉にルルーシュは満足げに頷いた。

 「奴らにはまだ利用価値があります、桐原公。それをネタに特区への協力をさせ、さらに利益(エサ)を与えて飼いならしておいて頂きたい」

 かねてからNACから賄賂を受け取り、キョウトが日本に散らばっているレジスタンスを援助していることを隠してきた政府高官達をマークしていた動きは、ルルーシュも把握していた。

 使える駒は確保しておく主義のルルーシュはさっそく手を打ち、彼らを保護するために策を弄していたのだ。

 「コーネリアは特区に加担する訳にも、かといって失敗させるわけにもいかない。
 特区に奴らを入れておけば、おいそれと連中を糾弾するわけにはいきませんからね」

 「なるほど、特区は公然と日本人や日本人よりのブリタニア人を保護出来るというわけじゃな。つくづくおぬしを選んで正解だったわ」

 桐原の満足げな言葉に、ルルーシュはさらに言った。

 「あとは特区を成功させ、物資を出来るだけ生産して頂きたい。日本解放の戦争時に、それらを大いに役に立たせますのでね。
 さらに現在ブリタニアと交戦中の国々にも提供したいので」

 「あい解った。して、おぬしはその間どうするのじゃ?
 中華へ参る予定だと聞いておるが」

 「はい、中華の天子様との婚姻をやめさせなくてはなりませんからね。エトランジュ様と共に、中華へ行く予定です
 何しろシュナイゼルが相手ですから、私が直接指揮を取らねば」

 黒の騎士団とは常時連絡を取り合えるようにしてあるので、異常があればすぐに指示するというルルーシュに、桐原は頷いた。

 「準備が整い次第、出発いたします。メンバーは私、C.C、エトランジュ様、アルカディア様、ジークフリード将軍、マオの五名です。
 クライスにはここに居残って頂く」

 何故クライスだけ残すのかと桐原は首を傾げたが、おそらくEUとの連絡役として一人残していったのだろうと納得する。
 もちろん事実はクライスはエトランジュとギアスで繋がっているため、彼が生きた通信機として残って貰うだけだったりするのだが。
 ついでにナナリーの護衛も依頼してある。

 「ナナリーのほうも、既に知人にお願いしておりますので心配ありません。
 では、特区の方はよろしくお願いいたします」

 「承知した。では、またいずれ・・・」

 桐原の画像が通信機から消えると、既に中華へ渡る準備がされているトランクを見つめた。

 天子にも協力を依頼して、蓬莱島経由で中華へ密航する準備は万全だ。
 天子の婚姻を潰し、その後マグヌスファミリアのギアス能力者を集めてギアス嚮団なるものを潰せれば、後顧の憂いはなくなる。

 ルルーシュは順調に進んでいるこの状況に満足した。



 同時刻、ユーフェミアは次兄シュナイゼルから通信を受けていた。

 「聞いたよユフィ。雇用政策の一環で、イレヴンに職を与えるための特区を造るんだってね」

 「はい、シュナイゼル兄様。もう既に入場して下さっている方々の中には、仕事をして下さっている方もいるんですって」

 「それはいいことだね。私から少し提案があるんだが、黒の騎士団にも参加を呼びかけてみてはどうだい?
 イレヴンの支持を集める彼らが特区に参加してくれればもっと人は集まるし、イレヴンに不当な振舞いをしようとするブリタニア人の牽制にもなるんじゃないかな」

 シュナイゼルのにこやかな耳触りのいい台詞に、ユーフェミアは小さく首を横に振った。

 「わたくしもそう思って提案してみたのですが、テロリストの認定を受けている騎士団を公に認めるわけにはいかない、そんなことをすればわたくしがテロを容認していると取られかねないからやめるようにと、秘書から反対されました。
 それに、式根島で言われたように何もしていないうちから要求ばかりするようなことを二度もすれば、ゼロはもうブリタニア人を信じてはくれないと思います」

 シュナイゼルは特区を言い出した時にそう提案してあっさり却下されたと聞き、ユーフェミアらしいと納得しながらも黒の騎士団から武力を奪う機会を失ったことを知った。

 「でも、特区が成功してブリタニア人と日本人が仲良く共存しているのを見れば、きっとゼロも武装を解いて特区に参加してくれますわ。
 今まで力で抑えつけてばかりで、何もしなかったのがいけなかったのです。信用がないのは仕方のないことです」

 (ふむ・・・彼女なりに考えているようだね。だが)

 確かにユーフェミアらしい政策だが、経済計画や予算計画、さらには周囲を動かす根回しなどを見ると、これまでの彼女の能力からすれば飛びぬけているものが多い。
 一見すればユーフェミアが主導しているように見えるのだが、あまりにも的確過ぎるのだ。

 (まるでユフィの性格を熟知した者が、彼女を動かすために策を与えたような・・・)

 だがゼロは式根島で思い切りユーフェミアを罵倒しており、また彼女を人質にしたのはマグヌスファミリア・・・コーネリアが滅ぼした国の女王だ。

 そんな彼らがユーフェミアのために策を与えたとは考えにくいし、そもそも日本に来るまで公に活動をしていなかった彼女の性格がどんなものかなど知るはずもない。
 よって式根島でゼロが語ったユーフェミアの人物像が彼らにとっての彼女の姿であると、普通はそう考えるだろう。

 それでもシュナイゼルは引っかかるものを感じたが、珍しく明確な答えが出なかった。  

 「シュナイゼル兄様も、どうか特区のためにいいお考えがあったら聞かせて下さいな。
 お姉様は特区は理想論に過ぎないとおっしゃるばかりですの」

 「コーネリアらしいね。まあ、君の思うとおりにしてみるといいよ。
 争いばかりで解決するのは悲しいことだからね・・・いずれ機を見て参加を呼びかけるといい」

 今はユーフェミアの言うとおりタイミングが悪いが、ある程度特区が利益を上げた頃を見計らって参加を呼びかければ、それで彼らから武力を取り上げられる。

 ゼロの出頭と引き換えて黒の騎士団を免罪すると言えば、彼のいない騎士団など烏合の衆だ、どうとでも料理出来る。

 融和政策を打ち出したブリタニアに、黒の騎士団は当分攻撃して来ないだろう。その間に中華をブリタニアの手に治めておく。

 シュナイゼルはそう決意すると、ユーフェミアとの通信を切った。



 シュナイゼルとの通信が終わったユーフェミアは、私室でスザクに怒ったように訴えた。

 「お姉様はひどい、勝手なことをしたとお怒りになられるばかり。
 成功したらナンバーズがその富を使ってテロを行うかもしれないって、悪い面をおっしゃってばかりだわ。
 ルルーシュがそんなことさせたりしないのに」

 「それは仕方ないよユフィ。総督閣下はゼロがルルーシュであることを知らないんだから。
 特区を成功させて黒の騎士団が何もしてこなかったのを見れば、きっと解って下さるよ。結果はきちんと認めて下さる方なんだから、ね?」

 そう慰めるスザクにユーフェミアはそうね、と気を取り直してルルーシュからの手紙を見る。

 それには特区に参加は出来ないが、カレンを通して手紙くらいは送らせて貰う、頑張ってほしいと励ましの言葉が書かれている。

 「騎士団に参加して欲しかったけど、私の立場が悪くなるって気を使ってくれて・・・でも、私の立場が悪くなると特区が立ち行かなくなりますものね。
 ブリタニア人の面子をある程度立てて、日本人の生活をよくしなくては」

  本当に怖い綱渡りだとユーフェミアは怯えたこともあったが、これを成功させなければいつまでもブリタニア人と日本人は争ったままだ。

 ユーフェミアはクローゼットから記念式典のためのドレスを取り出し、身体に当ててくるりと回転する。

 「ねえスザク、素敵でしょう?これを着て私は式典に出るの。日本人の方は喜んでくれるかしら」

 「ああ、綺麗だよユフィ。日本人のみんなも、これを見れば君を信じてくれる」

 スザクは今から式典が待ちきれないとばかりに笑う主に、早く仲良く暮らせる特区に行きたいと、胸を膨らませるのだった。



 そしてあっという間に時間は流れ、日本特区開催記念式典の日が訪れた。

 農業特区ホッカイドウ、工業特区ハンシン、オオサカ、そして経済特区フジに同時に行われ、ユーフェミアが参加するのは経済特区フジだった。

 全世界に生中継される式典に、ニーナも学校を休んで参加していた。
 彼女は昨夜準備のためにシュタットフェルト邸に泊まらせて貰い、カレンとエドワードとして変装したアルカディアと合流し、一番大きなリムジンに乗り込んだ。

 「カレンさんもニーナさんも、今日はまたひときわ綺麗ですね」

 アルカディアの言葉にカレンは朝からメイド達に囲まれて着飾らされたとうんざりした表情で、二―ナはこんな豪華なドレスなんて似合わないと思い、小さくなっている。

 「そうだ、カレンさんから伺ったのですが、何やら見て欲しいものがあるとか」

 「え、あ、そうなんです。
 ロイド伯爵に見て貰おうと思ったのですけど、連絡先をうっかり聞き忘れて・・・エドワードさんも科学に詳しいって聞いたから、ぜひご意見を伺いたくて」

 ニーナが鞄からCDロムを取り出すと、アルカディアは持参していたノートパソコンを立ち上げてCDロムのファイルを開く。

 「へえ、新しいエネルギー源に関すること、かな・・・ウランについて、か」

 さすがに大学で科学を学んでいたアルカディアは、ある程度の概要を理解出来た。
 だが読み進めていくうちにその表情が険しいものになっていくことに気付いて、ニーナが恐る恐る尋ねる。

 「あの、何かおかしな点がありました?」

 「いや、見事な論文だよ。このまま学会に出しても通じるくらいだ」

 お世辞ではなくはっきりとそう言ったアルカディアに二ーナは嬉しそうだったが、アルカディアは首を横に振りながら言った。

 「だが、それはまだしないほうがいい。これは危険だ」

 「どうして?このエネルギー源を使える方法さえ確立出来たら、ユーフェミア様だって特区のエネルギー源に使えるって喜んで下さるかと思ったのに」

 現在もっとも効率的なエネルギー源としてはサクラダイトが有名だが、それを日本人に使わせるわけにはいかないと、主に使用を許されているのは電力である。

 電力は確かにソーラーシステムなどで安定して得られるがいまいち火力が弱く、ユーフェミアは特区成功のためにももっと効率よく使えるエネルギー源がないかと科学者の卵であるニーナに相談していたのだ。

 「解りやすく言うと、これは確かに強力なんだけど、その分暴走したらまずいことになる代物だからだよ。
 たとえばこれをエネルギー源の発生装置として使ったとしよう。万が一これが何らかのシステムエラーでも起こして暴走したら、どうなると思う?」

 ニーナはその指摘を聞いてすぐに理解し、顔を青ざめさせた。

 「あ・・・周囲の建物とかが綺麗に消えてしまうわ!気づかなかった・・・」

 ニーナの答えを聞いてカレンもシュタットフェルトも絶句し、慌てて二ーナを止めにかかる。

 「ちょ、何その物騒な機械!やめよう怖いわよそれ!」

 「暴走したら特区失敗どころじゃない・・・それはちょっと」

 ニーナはもっともだと納得してしゅんと落ち込んだが、だからといってこの理論が使えない代物なわけではない。
 アルカディアは少し考え込んだ後、二ーナに向かって提案する。

 「だったら、この暴走が起こっても大丈夫なシステムを作って、それと同時に発表すればいい。
 暴走が起こってもすぐに止められるシステムとか・・・そうすれば安全性のアピールになるし、悪用する者に対する牽制にもなる」

 「悪用って・・・これは新たなエネルギー源としてのもので」

 「どんなものでも悪用すれば怖いことになる。包丁だってただ料理をするために材料を切る道具なのに、それで殺人事件が多数起きているのは知っているだろう?
 人間は良くも悪くも考える生き物だ、己の悪意のために使用法を考えることもある」

 アルカディアはそう諭すと、彼女にならいいかと思い本当に恐れていることを話す。

 「それに、これを爆弾に転用されたらどうなる?ナイトメアなんか目じゃないぞ。
 ブリタニア軍なら、たぶんこれに目をつけるだろうね・・・そして君をユーフェミア様の元から連れ出すだろう。
 たとえば宰相閣下辺りから引き抜くとか言われたら、ユーフェミア様だって逆らえないし、君もその命令に従って開発をしなくてはならなくなる。
 君だって平和を望むユーフェミア様の意に逆らって、爆弾開発なんてしたくないだろう?」

 「・・・・!嫌よ、私!ユーフェミア様のお傍から離れて恐ろしいものを作るなんて!!」

 大いにあり得る展開にニーナが頭を何度も横に振って否定すると、アルカディアの言うとおりまずはウラン理論の暴走を止める方法を考えることを決めた。

 「ありがとうございます、エドワードさん。
 新しい理論を作ってユーフェミア様にお褒めて頂くことばかり考えて、他に目がいってなかった」

 「科学者にはありがちなことだから、気にしなくていいよ。
 でも今後は新しい理論を考えたら、その危険性も合わせて気にした方がいい」

 「そうします・・・頑張らなくちゃ」

 ブリタニア軍に悪夢のような兵器が生み出される危険性を回避出来たことに、カレンとアルカディアがほっと安堵の息を吐く。

 (よかった!マジでよかったよここに来て!生きた心地しなかった・・・)

 あの理論を見て始めは凄いと思っていたが、シャレにならないエネルギー放出量に本気で血の気が引いた。
 彼女の動向から目を離すなと視線でカレンに訴えたアルカディアに、カレンは二度頷いて了承した。

 微妙な雰囲気の中特区に入場した一行は、今度は緊張した面持ちでスザクとダールトンを従えたユーフェミアの前に目通りした。

 「ユーフェミア様!やっとですね!」

 「ニーナ!来てくれたのねありがとう」

 何故かまだ着替えていないユーフェミアにニーナは首を傾げたが、当の本人は気にすることなくカレン達を出迎えた。

 「あの、私来月中には学校を卒業出来そうなんです。これでその・・・ユーフェミア様のお役に立てられるって」

 顔を紅潮させてそう言うニーナに、ユーフェミアは驚きながらも嬉しそうに彼女の手を取った。

 「まあ、無理をしなくて良かったのに。でも嬉しいわ、ありがとう」

 「ニーナも卒業するのか。生徒会も大変そうだね」

 スザクが少し驚いたように言うと、ニーナもうん、と少々申し訳なさそうに頷いた。
 何しろカレンが休学届を出したので、残る生徒会メンバーはミレイ、リヴァル、シャーリーの三名だけとなるのだ。
 その上シャーリーが早期単位取得制度を使って放課後講義に出ているため、仕事は多忙を極めているそうだ。
 
 「ミレイちゃんもいい加減単位を取れって理事長から叱られたらしくて、お祭りもやってないのよ。
 いつもは疲れるとか思ってたけど、なくなると寂しいものね」

 ニーナの溜息にユーフェミアが尋ねた。

 「お祭りってなあに?学園祭のことじゃないみたいだけど」

 「あ、はいユーフェミア様。会長が突発で開催するお祭りなんです。
この前はアーサーを学園で飼うことになった時、歓迎会と称した猫祭りが行われて・・・」

 「猫祭り?」

 「ええ、全員が猫の格好をして騒ぐってお祭りで。前は男女逆転祭りだったな」

 面白そうにスザクが語る祭りの内容に、ユーフェミアが思いついたように手を叩く。

 「まあ、それは面白そうだわ。そんなお祭りなら、みんな楽しめそう」

 「ユーフェミア皇女殿下、そのような庶民の祭りなど真似をすべきではありませんぞ」

 ダールトンが慌てて叱りつけると、ユーフェミアは頬を膨らませる。

 「まぁまぁ、いいじゃないんですかそんなのも~。
 だいたい男女逆転祭ですか?あれなら四六時中カノン伯爵がやってますしぃ~」

 間延びした声でそうユーフェミアを擁護したのは、ロイドだった。
 この特区にゼロが関与しているなら黒の騎士団員がいるかもしれないと踏んだ彼は、こうしてやって来たのである。

 「カノン伯爵って?」
 
 「シュナイゼル殿下の副官~。彼、しょっちゅう女装してるんですよね」

 スザクの問いにそうロイドが答えると、ユーフェミアは驚いた。

 「え、あの方女性じゃなかったんですか?てっきりわたくしはずっと・・・」

 「いや、カノンって男性名でしょう?あ~、でも女性名だっけ日本じゃ」

 小学校に通っていた時代、同級生に花音という名前の少女がいたことを思い出したスザクに、ユーフェミアはそれならとダールトンに訴える。

 「ほら、シュナイゼル兄様の副官の伯爵の方だってなさってるんですって。
 こんな気楽な祭りなら、きっと皆様楽しんでくれますのに」

 「・・・・・」

 ダールトンは伯爵であり皇族の副官でありながら女装などという行為を公然としているカノンに、苦情を入れようと決意した。
 だが味方は思わぬところから現れた。

 「でもユーフェミア殿下、女装って若いうちは似合う人が多いからいいですけど、大人になるにつれて似合う人って言うのは少ないですよ。
 いや失礼を承知で言いますけど、ぶっちゃけダールトン閣下とかだと・・・」

 アルカディアの言葉によく言ってくれたとばかりにダールトンも同調する。
 一瞬己の女装姿を脳裏に浮かべてしまい、顔が引きつっている。

 「そ、そうですなユーフェミア様。中には抵抗を示す者もいるでしょうし」

 「大丈夫です、自由参加にしますから。後で計画書を立てましょう」

 ユーフェミアの中では既に開催は決定されたらしい。余計なことを言ったスザクとロイドを睨みつけたダールトンに、アルカディアが囁く。

 「こっちで適当に理由をつけてやめるように申し上げましょう。どうせ特区が成功してからになるので、時間はあります」

 「うむ、よろしく頼む」

 ダールトンはコーネリアと絶賛姉妹喧嘩中のユーフェミアの扱いに、たいそう苦労していた。
 ユーフェミアの気持ちもコーネリアの気持ちも解るだけに、間に立たされる彼の胃は最近悲鳴を上げている。

 そんな側近の苦労など知らず、ユーフェミアはこんな仮装祭りならルルーシュもこっそり参加出来るのではないかと淡い期待を抱いていた。

 「ユーフェミア皇女殿下、そろそろ記念式典開催の刻限です。お支度を」

 秘書に言われてユーフェミアが一礼して部屋に走り去っていくと、一同も用意されているVIP席へと案内されていく。

 そのVIP席にはキョウト六家の面々も座っており、神楽耶などはこの特区が失敗すると知っていることからどこかつまらなそうな顔をしていた。

 しばらく雑談などをして時間を潰していると、とうとうユーフェミアによる特区開催宣言の時刻になった。

 「いよいよね・・・ユーフェミア様・・・」

 ニ―ナが壇上に食い入るように見つめていると、ブリタニアの皇族カラーである白いドレスをまとったユーフェミアが現れ、壇上へと立つ。

 「あれは・・・ユーフェミア皇女・・・」

 彼女の姿を見て一部の人間は、そのドレスが何を意図しているものかを悟った。
 真っ白なドレスに白いハイヒールを履いた彼女の胸元には赤いバラが飾られ、そのシンプルな姿が日本の国旗を表したものだと気づいたのだ。

 ブリタニア人にもそれに気づいた者がいたが、それを口にするわけにはいかず黙っている。

 「日本人の皆さん、本日は日本特区開催記念式典に参加して下さって、ありがとうございます!」

 「に、日本人と・・・皇女殿下が・・・!」

 ユーフェミアのいきなりな台詞に、この展開を予想していたダールトンは大きく溜息を吐く。

 「これからわたくし達は共に手を取り合い、この日本を、エリア11を発展させていきましょう!
 争いばかりではお互いに傷つけ合うだけです。これから先相互の認識の違いや過去の確執など、様々な困難があることと思います。
 しかし、それでもその先に共存し繁栄の道があるとわたくしは信じます」

 あの神根島で、ルルーシュは言った。
 ナナリーは優しい世界でありますようにと願ったと。その願いを叶えてやりたいとも言った。
 自分も同じくするその願い、異母姉として叶えてやりたい。

 (だから、わたくしは・・・!)

 「ただ今を持って、経済特区、農業特区、工業特区日本の開催をここに宣言いたします!!
 どうかこの特区が、優しい世界の先駆けとなりますように!!

 その言葉に、日本人達が一斉に立ち上がって拍手する。

 「オールハイル・ユーフェミア!日本万歳!」

 「ありがとうございますユーフェミア様!」

 ユーフェミアはゲットー封鎖を行ったことで不信を持たれていたが、もともと日本人は浪花節に弱い。
 そしてユーフェミアが日本の国旗を模した服装で現れたことも手伝って、一気に彼女に対して期待する感情が高まったようだ。

 ユーフェミアによる特区設立宣言が何事もなく終わると、続いてブリタニア人代表であるシュタットフェルト、さらに日本人代表であるキョウトによる祝辞が述べられ、セレモニーは滞りなく進んでいく。

 (さて、そろそろ時間だわ。行かなくては)

 アルカディアはカレンに目配せをして席を離れ、今回の作戦のために足早に歩き去った。



 日本人達がユーフェミア万歳を叫ぶ中、当の本人は自分に相談することなくあのような格好で式典に臨んだことを通信でコーネリアから叱責されていた。

 「お前はブリタニア皇族だぞ。何故あのような・・・!」

 「だってお姉様、白は皇族の色だしちょうどいいと思って・・・日本人の皆さんだって、喜んで下さいましたわ」

 「あまりナンバーズを甘やかすんじゃない!奴らを調子に乗らせるとロクなことにならん」

 「ほう、ではこの特区、貴女は成功させるつもりがないということかな、コーネリア総督」

 いきなり背後から現れた声に、ユーフェミアもスザクも驚いて後ろを振り向くと、そこにはゼロがいた。

 「る・・・ゼロ?!」

 「ゼロだと?!貴様・・・!」

 コーネリアがダールトンがいない今スザクにすぐに取り押えるように命じようと口を開くと、その前にゼロが嘲るように言った。

 「いいのかな、コーネリア。今この場で騒ぎを起こせば、特区はそれだけで失敗するぞ?」

 未だ日本人の支持が強いゼロを特区内で追いつめれば、この特区がゼロをおびき寄せるものだと勘違いされる可能性があると言うゼロに、おそらくはそう情報操作をするつもりだと悟ったコーネリアは歯噛みしつつも捕縛を断念する。

 「貴様・・・何の用だ?!」

 「大した理由ではありません。ただ今回の日本特区開催のお祝いを申し上げに参っただけです」

 ゼロの答えにユーフェミアは嬉しそうに微笑み、では貴方も参加してくれるのかと期待の眼差しを向ける。

 「いいえ、残念ながらそれはまだ無理です。
 しかも総督閣下があのような心積もりと知っては、なおさら我々が参加する訳には参りませんね」

 「くっ・・・!」

 「ですがユーフェミア皇女、貴女が真実日本人を思い、この特区が成功したと知った暁には、この日本で反ブリタニア活動を行う必要はありません。
 潔くブリタニアに出頭しましょう」

 「なんだと・・・それは本気か?」

 いきなりの出頭発言に、ゼロは不敵に頷いて肯定した。

 「もちろん、タダで私がここに足を踏み入れるつもりはありません。黒の騎士団の日本人達の免罪と引き換えです。
 特区が成功すれば、日本とブリタニアは争う必要がありませんからね。平和のためなら、喜んで私は出頭しましょう」

 「ゼロ・・・・!でもそれは」

 ユーフェミアの言葉を止めたのは、コーネリアだった。
 言質を捉えた彼女はニヤリと笑みを浮かべ、ゼロに確認する。

 「その言葉、忘れるなよゼロ。
 必ずや貴様をこの場に出頭させて、そのふざけた仮面の下を衆目に晒してやる」

 「どうぞ、ご自由に。それともうひとつ・・・我々黒の騎士団は、融和政策を打ち出したユーフェミア皇女に対し攻撃を加えないことをお約束しましょう。
 黒の騎士団は不当な暴力を振るう者全ての敵ですが、平和を望みそのために粉骨砕身する者の味方でもありますのでね」

 「何を言うか!このエリア11で不当に暴れ回るテロリストが!!」

 「先にこの日本で不当に暴れ回ったのはブリタニアだ。
 貴方がたにその自覚はないのは知っていますので反論はけっこう」

 ルルーシュはそう吐き捨ててコーネリアの口を止めると、ルルーシュとコーネリアの間でおろおろしているユーフェミアに向き直る。

 「このたびは特区を無事開催出来、まことにおめでとうございます。
 しかしこれから先多々苦労がおありかと存じますが、まずは貴女のお手並みを拝見させて頂くこととしましょう」

 貴女の手を取るのはそれを見てからというルルーシュに、ユーフェミアは頷いた。

 「もちろんですわゼロ。わたくしは戦うことなくみんなで仲良く暮らしたいのです。
 お姉様も貴方も、戦いで傷つくのを見るのはもうたくさん!」

 「ユフィ・・・」

 自分が重傷を負ったと聞いて、この妹もたいそう傷ついたのだろうとコーネリアは大きく溜息をついた。
 いきなり自分と言う支えを一時的にせよなくし、ギルフォードやダールトンがいるとはいえさぞ怯えたことだろう。
 
 (聞けば式根島でも、枢木が離れたために黒の騎士団の襲撃に遭った上に人質にされたというからな・・・私が不甲斐無かったばかりに、ユフィに余計な心配をかけてしまった)

 ダールトンが言うには、シュナイゼルに言われてユーフェミアから離れたスザクがシュナイゼルの策の囮にされてしまい、ユーフェミアはそれを庇おうとして飛び出しあの騒ぎになったという。

 以降スザクはランスロットのデヴァイサーと学園を辞めて護衛についたと聞いた時は、確かに彼は騎士として褒めるべき行動であると、コーネリアは認めた。

 戦いのために自分の大事な人が傷つくのを見るのが耐えられないと言う妹からすれば、融和政策でテロが収まる方がいいと考えたのかもしれないが、せめて自分が回復するのを待ってくれればと思わずにはいられない。

 しかし、今ゼロは確かにユーフェミアに手を出さないと確約した。彼の常日頃の主張と行動を鑑みれば、それを違えない可能性は高いだろう。
 今現在ゼロと手を組んでいるらしきマグヌスファミリアの連中も、彼に止められて自分への復讐のためにユーフェミアをどうこうすることは出来ないかもしれない。

 (そう考えれば、特区はユフィを守る壁ともなる・・・特区に私が手を出すのは控えて、ユフィに主導させる方が・・・)

 テレビを見る限り、イレヴンはユーフェミアに好意的だ。
 そうなればシュナイゼルいわく反ブリタニア同盟を作るために来たと思われるマグヌスファミリアの女王も、イレヴンの心証を悪くする行為をおいそれとはすまい。

 「ユフィ!いや、ユーフェミア副総督」

 「はい、総督閣下」

 「お前は当分特区にのみ専念しろ。まだまだ始まったばかりだ、何事もダールトンや執政官に図り、イレヴンの言い分のみを聞くようなことは避けるように。
 ゆめゆめ気を緩めず、精進するようにな」
 
 「お姉・・・いいえ、コーネリア総督閣下!ありがとうございます」

 特区をわずかなりと認めてくれたとユーフェミアは嬉しそうに頷くと、コーネリアはダールトンからの意見書を思い出して特区を成功させるためにいくつかの手を打つことを決めた。

 (特区を成功させた暁には、特区に対して徴税率を上げれば奴らに余計な富を与えずに済む。
 また、特区の中でのみ使える振興券などの発行を行ってそれを買わせることで、特区の外に富が流れるのを防ぐ手もある、か)

 コーネリアはこの意見をもっともだと考え、満足していた。

 だが、彼女はその案は今通信機の向こうにいるゼロからのものであり、その法案を可決したが最後、その特区を失敗させる要素に化けるということに気付いていない。

 ルルーシュはそんな異母姉の考えを見抜いてにやりと仮面の下で笑みを浮かべると、ユーフェミアに向かって言った。

 「残念ながら人間は、厚遇されるとつけ上がるものです。日本人を庇う貴女の姿勢は素晴らしいですが、それを変に勘違いする者もいるでしょう。
 くれぐれもそのバランスを間違えないように」

 「そう、そうね・・・気をつけます」

 素直にゼロの言葉を聞くユーフェミアに、コーネリアは不愉快な気分になった。
 愛しい妹に何を偉そうにと言いたいが、ゼロの言っていることが正しいだけに却って腹が立つのだ。

 「では、私はこれで失礼します。特区の成功、私も陰ながらお祈りしております」

 しゃあしゃあとそう真摯な口調でそう言ってのけたルルーシュがきざったらしく襟元を直してから部屋から出ていくと、ユーフェミアはがっかりした顔になった。

 (ユフィ・・・何故ああもあの男を特区に参加させたがるのだ。
 あれは正義の味方を気取っているだけのテロリストだぞ)

 いくら平和を望んでいるからとて、ユーフェミアの態度に違和感を覚えたコーネリアだが、今無理に追求すればただでさえ喧嘩中の自分達の溝を深めることになりかねない。

 コーネリアは何度目か解らぬ溜息をつくと、再度頑張るようにと告げてから通信機を切るのだった。



 それから五分後、スザクはユーフェミアを連れて屋上に来ていた。

 そこには既にゼロの衣装を脱ぎ、茶髪のウィッグと青色のカラーコンタクトレンズをつけて変装したルルーシュがいた。

 「ルルーシュ!」

 「早かったな、スザクにユフィ」

 ルルーシュに笑顔で出迎えられて、ユーフェミアは嬉しそうに彼に抱きつく。

 「来てくれたのね、嬉しい!ルルーシュったら、急に来るから驚いたわ」

 「たまには俺から驚かそうと思ってね。ちょっとカレン達に協力して貰ったんだよ」

 ルルーシュは特区開催記念の入場者に紛れ、ギアスを使って会場に入って来ていた。
 そしてつい先ほどまでアルカディアと合流して彼女のギアスで姿を消し、日本特区に関わる者や特区を警護するという名目の監視兵などにポンティキュラス王族のギアス能力者のみに施される“左手の甲にコードを模した刺青をした者の指示に従え”とギアスをかけて支配下に置いていた。

 こうしておけば特区に出入り出来るアルカディアが彼らに命令出来るし、ルルーシュが直接彼らに命を下す場合はペーパータトゥーを貼れば問題はない。

 特区に関わる全ての者が集まっている今が、その作業を行うのにもっとも効率的だったのである。

 (ホッカイドウ、オオサカ、ハンシンの特区の者には、既にギアスをかけてある。
 これですべての特区が、俺の手の内に入った)

 ちなみにアルカディアはエドワード・デュランとしてシステムのプログラミングに関わっており、ルルーシュのパソコンからハッキングや情報閲覧が出来るようにもしてある。

 (条件はすべてクリアした。次は中華だな)

 「それにしてもスザク、どうしてルルーシュが屋上にいるって解ったの?」

 「それは秘密だよユフィ。男同士のね」

 スザクが悪戯っぽく口に人差し指を当てると、ユーフェミアは頬を膨らませる。

 「まあ、二人だけの秘密なんてずるい!これだから男の人って」

 「ナナリーにも内緒なんだよ、ユフィ。
 この特区が姉上にも内緒なんだから、これが俺達だけの秘密・・・それでいいだろう?」

 姉に対して絶賛反抗期中のユーフェミアはその言葉に嬉しそうに納得し、悪戯っぽく笑った。

 「そうね、ルルーシュと私が作った特区だもの。お姉様にも内緒の・・・。
 ねえルルーシュ、私はうまく出来たかしら?」

 「ああ、とてもよく頑張ったよユフィ。そのドレスも似合ってる」

 ルルーシュが素直にそう褒めたたえると、ユーフェミアは白いドレスを翻した。

 「日本人のみんなも喜んでくれたし、私を少しでも信用してくれるようになったらと思って・・・これにしてよかった」

 「うん、いいアイデアだ。だが、ブリタニア人が余計な邪推をすることもある。
 その辺の舵取りが難しいところだが・・・特区内でだけ日本人の呼称を使い、外ではイレヴンと区別して使い分ける方がいいな。
 むやみに敵を作るのはよくない」

 「そういうのは好きじゃないけど、確かに私の立場が悪くなったらいけないものね。
 お姉様に当分特区にだけ専念しろと言われたから、イレヴンなんて呼ばなくてもよさそうなのが救いだわ」

 ルルーシュのアドバイスにユーフェミアは素直に頷く。
 コーネリアと喧嘩している今、自分好みのアドバイスをしてくれるルルーシュを何かと頼って来るこの状況を彼は最大限に利用していた。

 「俺は特区にはたまにしか来られないが、カレンを通して手紙くらいは送るから。
 困ったことがあったら、彼女を通して知らせて欲しい」
 
 「ええ、解ったわ。ところでルルーシュ、本気なの?特区が成功したら出頭するって」

 心配そうにそう尋ねるユーフェミアに、スザクも不思議そうな顔だ。

 「そうそれ、僕も聞こうと思ってたんだ。どうしてあんなことを・・・」

 「ああ、それか。確かに出頭するとは言ったが・・・・」

 そこでルルーシュは、非常にあくどい笑みを浮かべて言った。

 「ブリタニア軍に捕まりに行くとは一言も言っていないからな

 「・・・え?」

 二人が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたので、ルルーシュが説明してやる。

 「出頭とは、“官庁などの呼び出しを受けてその場所に赴くこと”だ。自首ではない。
 つまりこの特区に出頭して黒の騎士団員の免罪を宣言させた後で、俺はこの場から速やかに撤退する」

 勘違いしている者が多いが、出頭とはあくまで警察などに出向くことを言うのであって、捕まりに行くことではないのだ。
 解りやすい例を取ると、『警察に明日出頭するように言われたよ』と言う人がいるが、その人物が犯罪者であるとは限らない。
 ただの参考人かもしれないし、落し物が見つかったので引き取りに来るように言われただけかもしれないのだ。
  
 「・・・何その一休さんみたいなとんち」

 さすが徒手空拳からここまでの大組織を作り上げただけはあり、何とも悪知恵が働くことである。

 親友のいっそ褒めたくなるほどあくどい知恵にスザクは感嘆したが、その彼の本音を知ればもはや言葉は出ないであろう。

 (特区は失敗すると解っているからな・・・俺がその約束を果たすことはあり得ないんだよ、コーネリア姉上)

 今頃特区を支援するために手を打っているであろう異母姉にそう呟くと、ユーフェミアがおそるおそる尋ねた。

 「その後はどうするの?まさか外国に行くつもりじゃ・・・」

 「ブリタニアに虐げられているのは、日本だけじゃない。
 エトランジュ様達のこともあるのは、君も知っているだろう?」

 「・・・ええ。次はEUへ行くのね」

 ユーフェミアはルルーシュが特区が成功すればさらに遠くに行ってしまうことを知って複雑な気分になったが、ルルーシュは笑って言った。

 「心配するな、ちゃんと日本への密航ルートは考えてある。暇を見て来るから、安心してくれ」

 「そうなの?たまにでも無事な姿が見られるなら、それでいいわ」

 「ああ・・・さて、そろそろ時間だ。俺は行くよ」

 ユーフェミアの姿が見えないことに、ダールトン当たりが騒ぎ出す頃だ。
 ルルーシュが指を鳴らすと、屋上の出入り口をギアスで姿を消して見張っていたアルカディアが姿を現す。

 「あ、あの時の・・・アルカディアさん」

 「久しぶりね、ユーフェミア皇女。
 今回はいい仕事をしていたようで、まずはお祝いを申し上げるわ・・・エディからもね」

 「ありがとうございます。あの、実はエトランジュ様のことをその・・・シュナイゼルお兄様にお話ししてしまって」
 
 申し訳なさそうに謝るユーフェミアに、アルカディアはあっさり気にしていないと言った。

 「変に隠してもどうせバレたと思うから、別にいいわよ。
 あの時いきなり何でか床が落ちてエディの顔がバレたのは、不可抗力だしね」

 誰が遺跡へ行くための装置を動かしたのかは未だに解らないが、あれは事故だ。
 そして余計なことを憶えていたシュナイゼルのせいであることは理解しているので、ユーフェミアを咎める気は彼女達にはなかった。

 「私達も無理に暴力で解決したいわけじゃないから、こういうのは嫌いじゃないわ。
 まあ、せいぜい頑張ってね」

 「そうですよね、暴力で解決するのはよくないですもの。私頑張ります」

 「じゃ、そろそろ帰るわ。あ、そうそうナナリー皇女からの伝言が」

 正確には伝言と言うよりもユーフェミアに向けて応援する言葉を呟いていただけなのだが、それを伝える。

 「『ブリタニア人と日本人が一緒に暮らせる場所なんて、ユフィ姉様は凄いです。
 大変でしょうけど、頑張ってほしいです』・・・だって」

 「ナナリー・・・!ええ、私絶対に特区を成功させてみせるって、伝えて下さい」
  
 涙を浮かべて末の異母妹からの言葉を喜ぶユーフェミアは、特区に体の不自由な者でも過ごせる場所を作れば、ナナリーもいずれはここに、と考えた。

 ここは自分が作った特区なのだ、ルルーシュに何かあってもナナリー一人を守れる力くらいはあるはずだ。

 「そうだ、カレンから聞いたが、無理はするな。ちゃんと睡眠と栄養のとれた食事をするように。
 君が倒れたら、特区は大変なことになる。体調管理も上に立つ者の大事な務めなんだからな。
 ナナリーにはちゃんと伝えておく。じゃあ、俺達は帰るよ」

 彼らしいお説教を最後にしたルルーシュがアルカディアと共に立ち去ると、ユーフェミアは屋上から楽しそうに笑い合う日本人とブリタニア人を見つめた。
 ブリタニア人らしき褐色の肌をした女性がはにかみながら、日本人の男性と寄り添っている姿も見える。

 ああ、何て素敵な光景だろう。
 人種を超えて手を取り合い笑い合う光景は、こんなにも美しい。

 この特区を一刻も早く成功させて、大事な家族をここに呼ぶのだ。

 (ずっといつまでもみんなで仲良く暮らすの・・・必ず実現させてみせるわ)

 ユーフェミアはそう心に決めると、スザクの手を取って会場へと戻るのだった。



 一方、コーネリアからゼロが特区内に現れたと聞いたダールトンは、騒ぎにならない程度に兵を集めた。
 ゼロをこの特区内で捕えればイレヴンどもが騒ぐので、特区の外に出た頃を見計らって捕まえろとの指示を受けた彼が特区内をうろついていると、そこへ青いケープをまとった赤髪の女が茶髪の少年と共に歩いている姿が見えた。

 「あの青いケープに赤髪・・・ギルフォードが言っていたコーネリア殿下を襲ったテロリストの女か!」
 
 ダールトンが引き連れていた兵とともに走り出すと、アルカディアはげ、と呟き、慌てて走り出した。

 「な、なんだいきなり?!」
 
 ルルーシュは驚いたふりをして彼女と無関係を装うと、兵の一人がルルーシュに尋問する。

 「あの女は手配中のテロリストだ。
 大事な式典の中騒ぎを起こしたくないので極秘に捕まえたいのだが、あの女とどんな関係だ?」

 「え、あんな格好してたからてっきりこの特区内のサーカス団の一人かと思って、話しかけただけです。
 ケープの下が派手なステージ衣装だったし・・・」

 「そういえばサーカス団が招き入れられていたな。念のため姓名を伺いたい」

 「アラン・スペイサーといいます。
 この特区に協力参加しているエドワード・デュランの従弟にあたる縁で、式典に参加させて頂きました」

 ふむふむと兵士がメモを取っていると、ダールトンがエドワードに変装したアルカディアを伴って戻ってきた。
 何故か上着を着ていなうえにシャツが濡れているが、事情を知っているのかダールトンと兵士達は何も言わなかった。

 「あ、ダールトン将軍。この少年は特区参加協力者の従弟で、あの女にはサーカス団員と勘違いして話しかけたとのことなのですが」

 「アランじゃないか、何だどうした?」

 「ぬ、エドワード殿の知り合いか?」

 エドワードがいかにも不思議そうに問いかけると、ダールトンはエドワードの従弟かと納得して彼を解放するよう手を振って指図する。

 「全く、驚くことばかりですよダールトン将軍。
 何しろジュースをこぼされたのでちょっと身体を拭おうと男子トイレに入ったらいきなり女が入って来た上に窓から飛び降りるし、アランが何かの疑いかけられているときた」

 「ああ、まさかこんなことになるとは私も思わなかったがな。
 この様子では逃げられているな・・・全く狡猾な連中だ」

 実はゼロも追いかけていた女もすぐ目の前にいるんだけどね、と必死で笑いをこらえているアルカディアは、アランを手招きする。

 「では将軍、私は農業特区のシステムエラーが見つかったと報告があったので、ちょっと直してきます。
 早くトラブルを処理しておかないと、イレヴンが勝手にやりかねませんのでね」

 「全くそのとおりだ。物流システムを勝手にいじられて物資を横領されたりしてはかなわんからな。
 アラン君には失礼なことをした」

 「いえ、お仕事ですから仕方ありません。誤解は解けたのですからお気になさらず」

 「全くすまなかった。他にも騎士団の連中がいるかもしれん、気を抜くな」

 「イエス、マイロード」

 「ああ、そうだエドワード殿、その格好では何かと不便だ。
 侘びと言ってはなんだが、今替えの服を持ってこさせるので、少し待って頂きたい」

 「え・・・・」

 アルカディアは反射的に断ろうと思ったが、断るのは却っておかしいためにではありがたくと了承してダールトンが無線で服を持ってくるように言いつけているのを、実にありがた迷惑と溜息をつきながら見守っていた。

 ルルーシュは騒ぎを聞きつけてここに来るかもしれないユーフェミアと鉢合わせするのを防ぐため、車を回してくるとごまかして立ち去っていく。

 アルカディアはダールトンに見つかった後、手近にあった女子トイレに駆け込み一度ダールトンの追跡から逃れ、ギアスを使って姿を消して男子トイレに移動した。

 カツラを取りズボンを履きシャツだけ着ると、脱ぎ捨てたステージ衣装はケープに包んでカツラと共に鞄に隠し、タイミングを見計らってダールトンの前に堂々と姿を現したのである。

 特区内はテロやスパイを防ぐため、日本人・ブリタニア人問わずに携帯の使用が禁じられている。
 外から連絡を取ることを防ぐために、特区内に妨害電波が張り巡らせているのだ。

 そのためブリタニア軍人のみに通じる波長を合わせた無線機内で、連絡を取り合っているのである。

 しかし外と完全に遮断されているわけではなく、公衆電話で外部と連絡をとることは可能である。
 もちろんブリタニアが盗聴可能な仕様になっているが、特に後ろめたいことを考えていない人間は携帯がないよりマシと考えているようだった。

 しばらくしてからグラストンナイツの一人がシャツを持ってやって来ると、アルカディアに手渡す。

 「サイズが少々合わないかもしれませんが」

 「あー、いいですよ別に。じゃ、ありがたく頂きます」

 着替えようとトイレに足を向けた彼女に、ダールトンが言った。

 「ああ、今からあの女がどうやって逃げたか調べるためにそこのトイレを検証するので、申し訳ないがこちらで着替えて貰えないか?
 男なのだから、問題ないだろう?」

 「!」

 アルカディアは眉をひそめたが、慌てはしなかった。
 他のトイレでと言おうかと思ったが、特に意味はないと考えたのでアルカディアはあっさり頷くと、自らシャツに手をかけて脱ぎ捨てる。

 アルカディアの上半身は線が細いせいで女性めいていたが、胸は見事にまっ平であり、喉仏もしっかりと見えた。

 アルカディア・エリー・ポンティキュラス。
 本名はアルフォンス・エリック・ポンティキュラスであり、エリザベス・アンナ・ポンティキュラスの長男である。



 ルルーシュが特区にあるサービスカウンターでタクシーを手配してアルカディアの到着を待っていると、彼女・・・いや彼がお待たせと言いながら駆け寄って来た。
 二人が会話していると、その会話が聞こえない距離で軍人達が話している。

 「なあ、さっきのイレブンとハーフの夫婦見たか?」

 「ああ、特区には何組かいるよな。中にはブリタニア人とイレヴンの夫婦もいたぜ、物好きなこった・・・で、そいつらがどうかしたのか?」

 「あのハーフだって妻のほう、行方不明になったヴィレッタ・ヌゥのような気がしたんだけど・・・」

 自信なさげにそう告げる男に、相手はまさかと一笑に伏す。

 「あのナンバーズ・・・特にイレヴン嫌いの純血派の女がイレヴンと?
 そんなのあり得ないって。気のせい気のせい」

 「ああ、純血派のリーダーのオレンジとかキューエルが心酔してたマリアンヌ妃のお子様方を殺したからってんで、イレヴン嫌ってたんだよな。
 ・・・じゃあやっぱり他人の空似か」
 
 軍人達がそう納得して歩き去ると、その会話が聞こえなかったルルーシュとアルフォンスも、その軍人とすれ違いながら特区を出るべく歩き出した。



 「お帰りなさいませ、ルルーシュ様、アルカディア従姉様」

 メグロゲットーに戻った二人を出迎えたエトランジュに、アルフォンスは言った。

 「中華に行ったら、その呼び方はやめなよエディ・・・前のようにアル従兄様と呼ぶんだ、いい?」

 アルカディアも中華でボロが出ないように、念を入れて今から男性言葉で喋りながら釘を刺すと、エトランジュは真剣な表情で頷く。

 「予定を早め、中華へと出立する。
 すまないが貴方達が先に中華へと渡り、根回しがすんだところで俺も追って向かいますので」

 何しろ特区が無事に動き出したか見守らなくてはならない上、ナナリーにも出張だと告げなくてはならないのだ。
 だがあまりに長いと彼女を心配させてしまうので、なるべく遅く日本を出発したいのである。

 それに全員で移動すれば目立つというのもあり、先発としてマグヌスファミリア組、後発にルルーシュ、C.C、マオ組に分かれることになっていた。

 「では、私どもはお先に中華へと参りますね。それでは、失礼します」

 既に準備が完了していたエトランジュとアルフォンス、ジークフリードは家族を装った偽造パスポートを手にして、ナリタ空港へと向かうべく施設を出て行く。

 「次は中華、か・・・」

 ルルーシュは現在の中華の状況が記された報告書を手にすると、既に長兄オデュッセウス・ウ・ブリタニアと共にシュナイゼルが訪中していると書かれていた。

 「今度こそ、お前に勝つ・・・シュナイゼル!」

 ルルーシュはそう決意すると、最近目まぐるしいほどの速度で身の回りのことが出来るようになった愛しい妹に出張を告げるべくリハビリルームへと向かうのだった。



 「ユーフェミア副総督閣下が開催された特区日本開催式典は、オールハイル・ユーフェミアの歓声が響き渡る中幕を閉じました、
 シュタットフェルト伯爵は今後の特区の行方を見守ってほしいとコメントし、ご息女と二人三脚で特区を盛り上げていくとのことです。

 続けて次のニュースです。

 中華連邦にご訪問中のオデュッセウス皇太子殿下および帝国宰相シュナイゼル殿下は、本日未明中華連邦皇帝、(チェン) 麗華(リーファ)に正式にオデュッセウス皇太子殿下との婚儀の申し入れを行ったと発表がありました。
 中華連邦総領事館からはその件にはノーコメントとの返答があり、今後のブリタニアと中華連邦との関係に期待の声が上がっています・・・」



   コードギアス 反逆のルルーシュ R2編へと続く



[18683] 挿話  親の心、子知らず ~反抗のカレン~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/09/30 07:32
 アルカディアが男だとの反響が多くて、ちょっとびっくりしました(汗)。
 ので、挿話の前に解り辛すぎる伏線をこそっとお伝えさせて頂きます・・・さりげなさを装いすぎた結果がこれです。
 この辺りのさじ加減も難しいと悟りました。
こじつけにすら見えるかもしれませんね・・・本当に申し訳ございませんでした(汗)。
 
 それでは挿話の前に、伏線をば。

 ①「コルセット?何に使うんです」(第九話より)

 この後アルカディアに怒鳴られたわけですが、ルルーシュはキョウトのアジトに潜入する時アルカディアに触れており、露出の高い服装をした彼の姿や肌の質感などからその時に彼が男であることに気付いています。
 女装するために既にウエストを細くしていることも知っていたのでこの発言でした。それでも足りなかったからコルセットとなったのですが、己の苦労を知らずに言われたのでキレたのです。

 ②アルカディアはぶつぶつと言いながら前開きのコルセットを外し、ぽいっと後部の荷物入れに放り投げる。(第十話より)

 コルセットを外すためには上半身裸になる必要があります。しかもその後服を着た描写はないので、当然そのままです。
 いくら外から中が見えない車とはいえ、また身内とはいえ男性のクライスがいる中で女性が車の中ですることではありません。

 ③やめろおおと嫌がりすらするクライス(第十四話)

 クライスとアルカディアに付き合い疑惑が浮上した際の彼の態度。単純に男であるアルフォンスとそんな疑惑を持たれて嫌がっただけでした。

 ④男女逆転祭を阻止したがるアルフォンス(第二十話)

 彼が女装すればアルカディアになるので、カツラや化粧である程度はごまかせますがそれでもバレる可能性が出るのを防ぐためです。

 ⑤ポンティキュラス王族の名前

 これが一番大きな伏線です。
 これまで出てきた女性キャラ:エトランジュ、エリザベス(アルフォンスとエドワーディンの母)、エドワーディン(アルフォンスの姉)、エマ(エトランジュ達の祖母)の頭文字がE。
 男性キャラ:アドリス、アイン(マグヌスファミリア宰相)、アーバイン(インド軍区使者)、そしてアルフォンスの頭文字がA。
 王族達は女性はファーストネームがE,ミドルネームがA、男性はその逆という慣例があります。アルカディアだけが“A”というのが伏線のつもりでした。 
 
 
 彼が女装するようになった理由は挿話でお知らせする予定です。
 それではカレンの挿話です、どうかお楽しみくださいませ。



 挿話  親の心、子知らず ~反抗のカレン~



 私の一番古い記憶は、小さな台所と小さな部屋が二つあるだけのアパートで笑い合う母と兄の姿だった。

 母と兄に抱き上げられ、いつも共に過ごしていた幸せな記憶。

 『どうして私の髪はお母さんやお兄ちゃんと同じ色じゃないの?』

 初めて持った疑問に、母は困った顔をした。
 兄は私の髪を撫でて、大きくなったら教えてやると言ってくれた。

 小学校に入学してから、私の父が外国人だということを知った。
 当時ブリタニアと日本との関係は悪化していたから、私はいつもいじめられていたけれど、兄はお前はお前だからと頭を撫でてくれたし、兄の友人の扇さんも庇ってくれたから、私はそれで充分だった。

 母が経営している小さな喫茶店は、私がいるせいだろう、客は少なかった。
 そんな苦しい家計を遣り繰りして母がたまに買ってきてくれるプレゼントが大好きだった。

 だから私はたくさん勉強していい会社に就職して、母に楽をさせてやるのだ。
 そう決意して、私はいつも勉強に励んでクラスで一番、学年で一番の成績を維持し続けた。

 けれどあの悪夢が日本を覆い尽くした時、母はただ呆然とした顔で私と兄に『大丈夫だからね』と言いながらも、収容所で震えていたのを覚えている。

 それからしばらくしてやって来たのは、私の父親だというシュタットフェルト伯爵だった。
 
 私達三人を収容所から連れ出したあの男は、場違いなホテルに私達を連れて行くと母を連れて別室へと入っていった。

 そして後日、私を実子として連れて行くと告げられた私は、大きな声で叫んだ。

 「あんたなんか父親じゃない!」

 その時のあの男の顔は・・・私は見ていなかった。



 いずれ日本を解放した後、己と母の生活を成り立たせるためにも勉学は欠かせない。
 だからカレンは暇を見てはいつものようにテキストを揃えて勉強していた。
 
 アッシュフォードでも成績はトップクラスのカレンだが、専門職の方がなにかと強いと思い、いずれは専門的な分野を選んでそこを集中的にと考えていた。

 と、そこへ内線が鳴ったのでカレンが受話器を取ると、ゼロことルルーシュから呼び出しがあった。
 
 「カレン、話があるんだが、部屋まで来てくれないか?」

 「解りました、ゼロ。すぐに向かいます」

 カレンはゼロの呼び出しと聞いて足取り軽く部屋を出た。
 
 (また何か大きな作戦かな。ああでもあいつのことだからスザク関連・・・だったらやだな)

 そう思うとゲンナリするが、断るわけにもいかない。
 カレンがゼロの私室のドアをノックすると、中から操作されてドアが開く。

 「急な呼び出し、すまないなカレン。まあ座ってくれ」

 仮面をつけたルルーシュに促されて椅子に座ると、ドアが閉まってロックされる。
 それを確認したルルーシュは、既に正体が知られているので仮面を外してテーブルへと置く。

 「どうしたのよいきなり・・・何かあった?」

 「実はアッシュフォードで密偵をしてくれている咲世子さんから報告があってね。
 何でも君の正体、スザクやユフィは上に報告していないようで君のことは騒ぎになっていないらしい」

 「へ?何でまた?」

 てっきり既に大騒動、シュタットフェルトも取り潰し騒ぎにでもなっているかと思っていたのに、意外な事態にカレンは首を傾げた。

 「神根島での礼のつもりかもしれないな。
 あいつららしいといえばそうだが、君が租界で活動出来るようなったことはありがたい。
 そこで君に重要な頼みがあるんだが」

 「重要な頼みって、何よ?」

 「実は、ユフィにある政策を与えたんだが、それにシュタットフェルト伯爵家に協力させたい。
 つまり、君にそれを主導して欲しいんだ」

 いきなりな言葉にカレンが眉をひそめると、ルルーシュが日本特区計画と題されたファイルを見せて説明した。

 「これは俺が神根島でユフィに与えた策だ。
 表向きは日本人に対する雇用政策、戸籍作りの一環、総生産を上げる場とし、その実は日本人の保護区にする」

 ホッカイドウ、オオサカ、ハンシン、フジにそれぞれの日本特区を造らせて日本人に職と住居を与え、物資を公然と生産出来るようにする。

 さらに黒の騎士団の後方基地の隠れ蓑、物流操作などのメリットにもなると言うルルーシュに、さすがゼロと感嘆した。

 「なるほど、だいたいは理解したわ。
 そのためにブリタニア人側の協力者として、シュタットフェルトを使いたいのね?」

 「そう言うことだ。勝手なことをしてすまないが、伯爵家にはユフィから話をするよう既に言ってある。皇族からの依頼だ、伯爵は断れまい。
 だから君に頼みたいんだが・・・引き受けてくれないか?」

 「う~、確かにシュタットフェルトの家名が役に立ついい機会だけど、こういうの好きじゃないのよね。
 表向きでもなんでも、ブリタニア人が上に立つんだから・・・ま、仕方ないか」

 渋々だが仕方ないと言いたげにカレンが引き受けると、ルルーシュがさらに追い打ちをかけるようなことを告げた。

 「そうだな、どうせ失敗する特区だから、そう張り詰めなくてもいいぞ」

 「失敗するって、どうしてよ。何で失敗するものわざわざ造るわけ?」

 不思議そうにそう尋ねるカレンに、ルルーシュは説明する。

 「ユフィは戦いを望んでいない。あのまま放っておいたら、どんな手段を使ってでも戦争をやめさせようとするだろう。
 それこそ特区を作り、日本人を保護するとか言いだしかねない。そして我々黒の騎士団に参加しようと誘うだろうよ」

 ゼロである自分が異母兄ルルーシュだと知っているならなおさらだというルルーシュに、カレンはそれのどこがまずいのかと首を傾げる。

 「まんまそれを言いだすと、まずブリタニア人が反発するのでその協力が得られないから特区が酷く限定的なものになる。
 そうすれば何十万人かの日本人だけが特区に入ることになり、それ以外は放置される。特区の日本人とそれ以外の日本人との間に差が生まれ、反発し合うことになりかねない」

 「確かに・・・今でも名誉ブリタニア人の日本人と、そうじゃない日本人とでいろいろあるしね」

 「そして黒の騎士団に参加を呼びかければ、融和政策に反対した黒の騎士団は平和の敵とレッテルを貼られ、かといって参加すれば武力を取り上げられることになる。
 そうなれば黒の騎士団は終わりだ。もっとも最悪な終わり方だな」

 「・・・悪意なしにそこまでやっちゃうかもしれないあたり、あのお姫様最悪だわ」

 考えのない善意に権力が絡むと最悪だと、カレンは知った。
 幸いそうなる前にルルーシュがならばと黒の騎士団のメリットになる形で特区を作らせたのだと悟ったが、あえて失敗するままにしたのは何故だろう。

 「だから俺がある程度大枠を考えてやらせた。
 ある程度物資を作らせ、利益をあげさせれば特区は成功したといえるが、ブリタニア人がそれをよく思うはずがない、必ず邪魔をして来る。
 特区に税金をかけるなどもしてくるだろうな・・・そうなったら当然」

 「自然に特区は失敗するわね。特区の意味がないもの」

 「だから、その辺りを見計らって不満を爆発させる事件を起こし、失敗させる。
 それを持って、日本解放戦のきっかけとするんだ」

 開戦理由は戦争する際、必ず必要なものだ。
 ブリタニアでさえ言いがかりとはいえ形式的にでも作ろうとし、幼いルルーシュとナナリーを犠牲にしたように。

 「その時特区で作った物資が大活躍する。そのためにも必要なんだ。
 君がブリタニア人として参加し、上の方にいてくれれば何かと助かる」

 「解ったわ、やってみる。私経済とかその辺りまだ詳しくないから、いろいろ指示してくれれば大丈夫だと思う」

 「それは任せておけ。では頼むぞ」

 「了解」

 カレンはそう了承してゼロの私室を出ると、シュタットフェルト家の名が役に立つと喜ぶべきか、それともあの今まで忌避してきた父親と向き合わねばならない事態に溜息を吐くべきか悩んだが、これは自分にしか出来ないことだ。

 「よし・・・頑張れカレン!」

 己の両頬を叩いて気合いを入れたカレンは、トウキョウ租界に戻るために着替えるべく、自分の私室へと向かうのだった。



 久々に戻ったトウキョウ租界のシュタットフェルト邸。

 (ここは嫌い。あんなに大きいのに冷たくて、私と母さんを閉じ込めた檻みたいだもの)

 カレンは使いもしない部屋が多く並べられ、使用人達が大勢いるのに母親以外誰も自分を思う者などいないこの家が嫌だった。

 この日本が占領される以前に暮らしていた小さいアパートの方が、どれほどよかったことか。
 いつも兄と母と一緒、美味しい温かいご飯に母に抱き締められて眠る狭い部屋が、カレンは好きだった。

 大きく溜息をつきながらインターフォンを押すと、警備を担当している男が悲鳴じみた声で確認が来た。

 「カ、カレンお嬢様?!」

 「そうよ、すぐに開けてちょうだい」

 「は、はい!おい、お嬢様が戻って来られたぞ。旦那様にお知らせしろ!」

 門が開く音と同時にそう怒鳴る警備員の声に、カレンは父親が帰って来たことを知って再度大きく溜息を吐く。

 無駄に広いホールに出ると、そこには唖然とした顔で立っているこの七年数えるほどしか目にしたことのない父親が立っていた。

 「カ、カレンか。本当に・・・」

 「そうですカレンです。ちょっと用事でしばらく家を出てただけですから」

 いつものように冷たい口調でそう応じたカレンに、シュタットフェルトは娘の手をつかんで歩きだした。。

 「ちょ、何するのよいきなり!」

 「いいから来い!唐突に家に戻ってこなくなったと聞いて、どれほど心配したと思っている!!」

 「え・・・しんぱい?」

 この人何言ってんのとカレンは目を丸くしたが、シュタットフェルトはそれに構わず娘を己の書斎に引きずっていくと、カレンを何度も見つめて五体満足であることを確認し、彼はよかったと呟いてからソファに座り込んだ。

 「怪我なんかはしてないようだな。
 ・・・百合子のことは聞いた。何でもリフレインをやって、黒の騎士団に摘発されたそうだな」

 「ええ・・・それがどうしたの?」

 今さらだというカレンに、シュタットフェルトが怒鳴りつけた。

 「どうしたとは私の台詞だ!どうして私に報告しなかったんだ?!」

 「え・・・」

 「てっきりここで百合子と何とかやっていると思っていたのに、お前は不登校、朝帰りにゲットーに出入り・・・いや、ナオト君に会いに行っていただけだろうから、これはいいが・・・百合子が正妻や他の使用人に虐待されていたことも、どうして伝えなかったんだお前は!
 百合子が自分から私に言うような性格ではないことは、お前がよく知っているだろう?!」

 カレンは父親から怒鳴られたことにも驚いたが、その内容が理解出来なくて大きく眼を見開いた。

 (何よこれ・・・朝帰りやゲットーに行ってお兄ちゃんに会うのはいいけど、お母さんが苛められていたことを言わなかったのが悪いって)

 「・・・貴方に言っても解決しないって思ったから」

 母のことはどうでもよかったんじゃ、と小さな声で呟いたカレンに、シュタットフェルトは自分と同じ赤い髪を搔き毟る彼をまじまじと見つめる。

 「そうか・・・そう思われていたのなら仕方ないな。
 そんなわけないだろう。仮にも子供まで作ったんだぞ。百合子のことは大事に決まっている」

 シュタットフェルトの台詞に、カレンはぎっと父を睨みつけた。

 「だったら!どうして母さんを放って本国なんているのよ!
 ましてあの人と一緒にするなんて、どうかしてるわ!」

 妻妾同居なんて考えるだに恐ろしいとは思わなかったのかと問い詰める娘に、シュタットフェルトはああ、そうだなと認めて頷いた。

 「私だってそんなことをしたくはなかった。
 だが百合子がお前と離れたくないと泣いて訴えるから・・・お前付きのメイドとして雇い入れることにしたんだ」

 「母さんが・・・そう、そうなの」

 『カレン・・・傍にいるからね』

 リフレインが見せる偽りの夢の中での母の台詞を思い返して、カレンは納得した。

 「お前を引き取った後は、租界で前のように小さな喫茶店をさせるつもりだったんだ。
 そうしたらお前もそこに行けば百合子やナオト君にも会えるし、一番無難な方法だったんだが・・・カレンもお母さんと一緒がいいと泣くから」

 「・・・確かに言ったけど!でも・・・だったら私達なんて放っておけば・・・」

 「自分の娘を放っておくなんて出来るか!
 子供に無駄な苦労をさせたい親などいるはずないだろう!!」
 
 そう怒鳴りつけられたカレンはびくっと身を竦ませたが、怒鳴った方も同じだったらしい。
 怒鳴ったことを小さな声で謝罪され、ただただ驚いてシュタットフェルトを見つめた。

 「・・・私も驚いたよ・・・私はたまに百合子と電話で話していたんだが、その時はカレンと仲良くやっているから心配しないでいいと言うから安心していた。
 使用人達から聞いたぞ、お前は百合子とあまり話したりしていなかったそうだな」

 カレンは母親のあまりのプライドのない態度に反発し、母がどんな目に遭っているかをしっかり知っていながらも何もしなかった己に、父を責める資格はないと悟ったらしい。

 それに、母とたまにでも話をしていたと聞いては自分よりよほど母を大事にしていると、カレンは複雑な気分で認めた。

 「それは・・・反省してる。母さんがいつもヘラヘラ笑って何もしなかったから、それにムカついて」

 「それが一番だと思っていたんだろうな。正妻のこともある。
 百合子は昔から他人のことばかりで、自分のことは顧みなかったから」

 シュタットフェルトはそう独語すると、書斎に置いてあった小さな冷蔵庫からワインを取り出し、忌々しそうにグラスに注いで一息に飲み干す。

 「・・・百合子のほうは刑務所に働きかけて、特別待遇にするようにした。
 刑期も折を見て短くするようにするから、もうしばらく待ってくれ。
 それで、お前はどうして長いこと家を空けたんだ?ナオト君になにかあったのか」

 シュタットフェルトから伝わってくる母への愛情に戸惑いながらも、カレンは父の質問に答えた。

 「お兄ちゃんが・・・あのシンジュクの事変に巻き込まれて以来行方不明なの。
 だからお兄ちゃんの友達とかに協力して貰って、探してた」

 まさか私は黒の騎士団幹部ですとは言えず、そう嘘をついたカレンだが、シュタットフェルトは信じたらしい。驚いたような顔で納得した。

 「何?!そうか、それでか。百合子には・・・?」

 「言った・・・多分、それ以降もっとリフレインに依存するようになっちゃったんだと思う」

 「そうか・・・言わんわけにもいかんからな。
 まさかお前も百合子がリフレインをやっていたなんて知らなかっただろう」

 「知ってたら言わなかったわよ!」

 己の自分勝手な思い込みで母を追いつめて薬物依存に走った母に、さらに追い打ちをかけるような真似をしてしまったとカレンは後悔しない日はなかった。

 もっと母をよく見るべきだった。
 自分はいつだって自分のことばかりで、他人を見ようとしなかった。

 「そうだな、悪かった・・・ナオト君のほうはまさか私が表だって探すわけにもいかんが、何とかして探してみよう。
 だからもう無理をせず、学校に行くんだ・・・いいな。
 全く百合子があんなことになって・・・お前までと思うと気が気じゃなかった」

 普通に娘を思う父親の台詞を吐くシュタットフェルトに、カレンは驚愕した。

 『たぶんですけど、単純に貴女の将来を思って引き取ったんだと思いますよ?
 クォーターでもエリア民の血が混じっているという理由で希望先に就職出来なかった方もいるくらいで・・・』
 
 エトランジュの台詞が脳裏に響き渡ったカレンは、この機会にどうして自分を引き取ったのか尋ねることにした。

 カレンは不味そうに年代物のワインを飲み干す父親の手からワイングラスを奪うと、シュタットフェルトに質問する。

 「ねえ、聞かせて。なんで私を引き取ったの?
 ブリタニアの貴族は子供がいないなら、他にたくさん子供がいる貴族から養子として引き取るって聞いたんだけど」

 「お前は私の子だ、当然だろう・・・確かにお前を生まれて十年も放っておいたのは事実だから、怒るのは無理ないが」

 シュタットフェルトは娘の怒りを買っていることは重々承知していた。
 だからカレンに睨まれることを甘受していたのだが、彼も人間なのでそんな娘の冷たい視線に耐えきれず、彼女を避けていたのだ。

 己で己の首を絞める行為だと気付いていたが、百合子の『いつかはあの子も解ってくれるから』との言葉に甘えて招いたのがこの事態である。

 「お前ももう十七歳、か。月日が経つのは早いものだな」

 そう前置きして、シュタットフェルトは百合子との出会いを話し出した。

 「このエリア11が日本と呼ばれていた十八年前になるかな、私がシュタットフェルト伯爵家が経営する貿易会社の社長としてここに来たのは・・・。
 当時新たなるエネルギー源として注目を集めていたサクラダイトの商談のためだった」

 商談は滞りなく終わり、ついでに日本各地を観光しようとぶらりと回っていたら小腹がすいたのでどこか食べる場所はないかと探したところ、小さな喫茶店を見つけた。
 他に見つからなかったのでシュタットフェルトが入ると、そこにいたのは店主だという女性と小さな男の子だった。

 「それが当時夫を亡くして数年経った百合子だった。
 亡夫が遺した喫茶店を一人で切り盛りしていてね、私一人しか客がいないこともあって、カウンターでいろいろ話をしたのがきっかけだった」

 大学時代英語学科だったという百合子が話しかけてくるのに楽しくなったシュタットフェルトは、この時から彼女に夢中になった。いわゆる一目ぼれというやつだ。

 以後まめにサクラダイトの商談にかこつけては日本に来るようになったシュタットフェルトに百合子も心を動かされ、やがて二人は付き合うようになった。

 当時ブリタニアは覇権主義を推し進め、世界各地を侵略して支配していたから、ブリタニア人は世界各地で嫌われていた。
 それなのに自分に想いを寄せてくれる百合子にシュタットフェルトはますます夢中になり、やがて彼女は妊娠した。
 
 「その知らせを聞いた時は嬉しかったよ。絶対産め、結婚しようとプロポーズした。
 はにかみながらも百合子が頷いてくれた時は、天にも昇る心地だった・・・。
 私は次男だから跡取りは兄だ、別に問題ないと思っていたが、私の両親は貴族ですらないブリタニア人どころか、他国の人間を妻に迎えるなんて許さないと反対した。
 そんな親に反発して家を飛び出した私は、百合子とナオト君と共に小さなマンションで暮らすようになったんだ」

 「え・・・?」

 「籍を入れるのは妨害されたから駄目だったが、事実婚だった。思えばあの時が一番幸福だったな。
 私は株で収入を得る傍ら、百合子の喫茶店を手伝った。ああ、喫茶店の宣伝のためのホームページを作ったりもしたな。
 私は卵を割ったことすらなかったから、いつも彼女の迷惑にしかならなかったが」

 意外だった。まさか伯爵家育ちの父が家を出てまで母と自分を選んだことがあったなんて、想像すらしていなかったから。

 「百合子と籍を入れられないままお前が生まれたが、父親の欄にははっきり私の名前を入れたよ。
 これからは四人家族でやっていこうと一年くらい経った頃だな・・・私の父と兄が死んだと報告が来たのは」
 
 ある日自分が住んでいたマンションに来たシュタットフェルト家からの使いの報告に、さすがに本国に戻ったシュタットフェルトは父と兄が乗った飛行機がテロに遭い、死亡したことを知った。

 あれだけ世界各国で侵略していれば当然の出来事だったが、残るシュタットフェルトの子供は自分だけという事態に彼は指を噛んだ。
  
 意地でも後を継げと怒鳴る母に、さもないと日本に圧力をかけてやると脅しまでかけられたシュタットフェルトは屈服した。せざるを得なかったのだ。

 ちょっと日本の政財界の者に賄賂を贈れば、百合子のように何の後ろ見もない小さな喫茶店などあっという間に潰される。
 それにまだ幼い子供を二人抱えて働き口などそう見つからないし、シュタットフェルトが株で稼ごうにもあっという間に持ち株などを調べられてその価値をなくさせるくらい、伯爵家には容易いことだ。

 嫌々実家に戻ることを承知したシュタットフェルトだが、代わりに百合子達には手を出さないこと、毎月日本円にして五十万の仕送りを認めること、何かあれば自分がカレンを引き取ることに同意すると約束させた。

 そして一度日本に戻った彼は百合子に事情を説明し、幾度も謝ったが彼女はある程度予測出来ていたのだろう、気にしないでと寂しそうに笑った。

 こうしてブリタニアに戻った彼は、本来なら兄と結婚するはずだった女性と結婚した。それがシュタットフェルト夫人である。
 子爵家の令嬢だった彼女は政略結婚で兄に嫁ぐはずだったのだがその兄が亡くなったせいで、シュタットフェルトとは面識すらなかったが覆せなかったのだ。
 
 シュタットフェルトはしっかり自分には既に想い人がいて既に娘までいることを正直に伝えたが、政略だしもともと彼と結婚するはずじゃなかったから仕方ないと、夫人は若干不機嫌そうではあったが自分が男児を産めば問題ないと考えたのだろう、気にしないと当時は認めた。

 だが自分の中では妻は百合子と考えていたシュタットフェルトは余り夫人に構わなかった上、彼女は子供が出来にくい体質であると判明して以降は百合子に仕送りをしたり電話をかけたり、カレンにせっせとプレゼントを贈る彼に苛立つようになった。

 第三者の視点から見るとこれは大層難しい問題であろう。
 客観的に見ればシュタットフェルトは政略とはいえ結婚した女性に子供の存在を正直に告げ、出来る限り父親としての務めを果たそうとした誠実な人物だ。

 そして妻に対してもそれなりに礼儀を払い、後ろめたさもあったので好き放題に買い物したり旅行に行ったりする彼女を咎めることもしなかった。

 だが夫人から見ればいくら政略絡みとはいえ結婚した正式な妻である自分を放って愛人にばかり構い、その娘に会うために本国から離れる不誠実な男に見えたに違いない。
 ましてや彼女はブリタニア貴族だ、いずれナンバーズになるかもしれない人種のためにそこまでする彼が理解出来なかったのかもしれない。

 「もしかして、たまにお母さんが持ってきたプレゼントって」

 「私から贈った物だと思う。会おうとはしたんだが、私も滅多に日本には行けなかったし、せめてそれくらいはと・・・」

 「・・・・」

 そういえば兄のナオトは、シュタットフェルトのことを母とカレンのことを金で解決しようとした冷血漢だと言っていた。
 彼からしたらいきなり母とカレンを捨てて伯爵家に戻り、金だけ送って放置したように見えたのだろう。
 高価なぬいぐるみやおもちゃなども、ブリタニア人の血を引いているという理由で苛められているカレンに、物さえ与えれば満足するとでも思ったのかと怒ったに違いない。

 「でも、毎月五十万も送ったのなら働かなくても大丈夫なくらいのお金じゃない。
 どうしてお母さんは小さなアパートを借りていつも頑張って働いていたのよ」

 だからカレンは父を養育費も送ってこない冷血漢だと信じて疑っていなかったのだが、むしろ遊んで暮らせるだけのお金を送っていたことを知って疑問に思った。

 「・・・それも今後悔するべきか、微妙な話なのだが。
 百合子は私の父と兄があんな亡くなり方をしたので、私もいつそうなるか解らないと不安だったんだろう、貯蓄していたらしい。
 学資保険や生命保険をかけたり、貯金に回したりしていたそうだ」

 「母さんらしいわ。それがどうして後悔・・・・まさか!」

 「そのまさかだ・・・半分はナオト君に渡したらしいが、残ったその貯金がリフレインの購入資金になったんだ」

 頭を押さえて苦悩するシュタットフェルトに、カレンはガタガタと震えた。

 どうして雀の涙程度の給料しか貰ってないはずの母が大量にリフレインを買えたのかと疑問だったのだが、思わぬところからその理由を知ってヘタヘタと座り込む。

 「馬鹿よ、母さん!何やってるのよ、本当に!」

 「・・・それで七年前だ。あの当時は本当に安心していた。
 ブリタニア皇族が二人留学することになったから、日本は侵略対象にはならないと思っていたからな。
 だがその皇族が殺されたと発表されて、これはまずいと思った私はすぐに百合子に連絡して、今の貯金全てをブリタニアポンドに変えるよう指示した。
 お前には不愉快だろうが、日本が占領されるのも遠くないと思ったからな。それですぐに日本に渡り、収容所にいるお前達を引き取った」
 
 「憶えてるわ。いきなり何の事情も聞かないままホテルに連れていかれて、今日からシュタットフェルトの子として暮せって言われたの」

 「それが一番だと、私も百合子も思った。ナンバーズがろくな生活しか出来ないことは、よく知っている。
 名誉ブリタニア人になったところで、そう変わるわけじゃない・・・せめてお前だけでもまともな生活をさせてやりたいと百合子は泣いて訴えたが、そんなことは当たり前だ、頼むことじゃない。
 お前さえブリタニア人として暮せられれば、形式的に名誉ブリタニア人として百合子とナオト君を置けると考えた」

 シュタットフェルト夫人はその話に嫌な顔をしたが、このまま子供すら作れない女とシュタットフェルトの一族に睨まれる方が嫌だったのだろう、仕方なく了承した。

 こうして公式にはカレンをシュタットフェルト夫妻の間の娘として迎え入れた彼はトウキョウ租界に豪華な邸宅を建て、エリア11と名付けられた日本の利益を得るべく精力的に動き、この日本でもトップクラスの名家として君臨することに成功した。

 後はシュタットフェルト伯爵家の階位を上げ、エリア11で副総督くらいならなれる程度の家柄に上がりさえすれば、たとえカレンの素性がバレても権力で口封じが出来る。

 そのためにもシュタットフェルトは本国でも精力的に働き、辺境伯になれるまでもう少しのところで使用人頭から『カレンお嬢様がもう長い間お戻りになっていないのですが』と聞き、慌ててすっ飛んできた。
 百合子はリフレインを使った容疑で逮捕されて懲役二十年、娘はずっと学校を休んでいた上に家に滅多に戻らない日々があった上に行方不明という気絶したくなるほどの事態に、シュタットフェルトは唖然とした。

 カレンを探せと怒鳴る夫を冷たく見つめるシュタットフェルト夫人と、名誉ブリタニア人の使用人から百合子が夫人に虐待されていた、自分達も彼女に命令されていろいろやらされていたと密告を受けて原因はそれかと心配で気が気でなかったところに、カレンが戻ってきたという訳である。

 「こんなことになるなら、やはり最初から喫茶店を与えて穏やかに過ごさせるべきだった。
 ・・・百合子のことだ、自分さえ我慢すればいいと思っていたんだろう」

 そしてそんな母を見てブリタニアは悪だと思ったナオトが、レジスタンス活動を行うようになった。
 それに釣られる形で本当のシュタットフェルトの思いなど気づかず、父を冷血漢の外道だと信じたカレンは、そんな父親に縋る母を軽蔑した。
 
 そしてそんな娘の視線に耐えきれず、過去に戻れるリフレインを使うようになり、それにのめり込んだ百合子は子供達のために貯めていた貯金を使ってまで依存するようになったのだ。

 「・・・気づかなかった私が悪いし、お前を放っておいたのも悪い。
 当分はここにいて百合子やナオト君の件をどうにかするから、しばらく待ってくれ。
 もしかしたら彼が見つけられるかもしれない仕事も出来たことだしな・・・」

 「お兄ちゃんが見つかるかもしれない仕事って・・・?」

 「何でもこのエリア11で、日本人に職を与えるための特区が造られるらしい。
 そのためにシュタットフェルト伯爵家の力を借りたいと、ユーフェミア副総督から直々の申し出があった」
 
 すでに話が出ており、また父が兄のためにもと考えていることを知ったカレンは、初めて父親に願った。
 ルルーシュに言われたから嫌々ではなく、心からの言葉で。

 「だったら私も手伝う!一緒にやらせて!」

 「カレン・・・・だがお前はまだ学生で」

 「そんなの後でやればいい!休学届出せばいいし、家庭教師について勉強もするから、手伝わせて!!お願い!」

 初めて娘に願われたシュタットフェルトは、やはり母娘だな、行動がそっくりだと内心で大きく溜息をついて了承した。

 「解った、好きにしなさい。アッシュフォード学園には私から休学させる旨を伝えておこう。
 ただし、頼むからこれ以上心配をかけるなよ」

 「本当?!解った・・・気をつける」

 たぶん無理だけど、と心の中でそう付け足しながらも答えたカレンに、シュタットフェルトは言った。

 「詳しい概要が出来たら知らせるから、それまでは家でおとなしくしていろ。
 ああ、夫人にはあまり構わなくていい・・・気にするな」

 「う、うん・・・でもお兄ちゃんを探してくれてる人達にだけ会いに行ってもいい?
 その特区に参加してくれるかもしれないし、このこと伝えたいから」

 「そういうことなら構わんが、連絡だけはしてこい。最近テロ防止のために租界とゲットーの管理が厳しいからな」

 カレンは頷くと、書斎を出ようと入口に足を向けた。
 ドアを開け、外に出ようとしてドアを閉める前、彼女は小さな声で言った。

 「お兄ちゃんとお母さんのこと、ありがとう。
 それから・・・心配掛けて・・・ごめんなさい」

 早口でそう謝ったカレンは、ドアを凄まじい速さで閉めてまっしぐらに自分の部屋へと戻っていく。

 娘の言葉を聞いたシュタットフェルトは、グラスに乱暴にワインを継いで一気飲みをすると、書斎の引き出しから一枚の写真を取り出してじっと見つめた。

 カレンが生まれて四人で撮った記念写真。
 幸せそうに笑うそれは、誰が見ても幸福な家族そのものだった。

 「どうしてこんなことになったんだろうな、なあ、百合子・・・」

 最善の道を選んで進んできたつもりだったのに、どうして今バラバラになってしまったのだろう。
 あの時、彼女に出会わなければよかったのだろうか。

 『いらっしゃいませ・・・あら、ブリタニアの方ですか?ならベーコン目玉焼きとホットサンドイッチのセットなどいかがでしょう』

 初めて出会った日の百合子の姿を思い返して、彼は泣いた。



 翌日、カレンは黒の騎士団本部へと来ていた。

 そしてどうだったかと尋ねてくる扇達に昨夜の出来事を伝えると、反応が実にさまざまだった。

 「そいつは親父が悪いぜ!金だけ渡しておしまいってのはどうよ?」

 「事情があったにせよ、娘に説明しないというのもな~。せめてナオトにだけでも話せばよかったのに」

 玉城と扇が憤ると、藤堂と四聖剣の仙波が疑問の声を上げる。

 「そうはいうが、大人の事情を子供に話したくないという気持ちは解る。
 それに、当時の状況を見れば最良の手段だったのは確かだと思うが」

 「同感ですな。なんだかんだ言っても、金は身近かつ確実な力になるもの。
 リフレインなどと言う形になってしまったのは残念じゃが、母上殿の手に貯金を残したままだったのも伯爵の思いやりだったのではないかな?」

 見事に年齢層に分かれた意見に、ルルーシュが肯定したのは後者の意見だった。

 「玉城の言うとおり話さなかったのはまずいと思うが、子供には理解し辛いだろうからもう少し成長した後でと考えたのだろう。
 それに何もせずに放っておいたわけじゃない、彼なりの誠意はあったんだ。何もせず放置しっぱなしの父親より、よほど尊敬出来る」

 自分にお前は生きていないと暴言を吐かれて妹共々放り出されたルルーシュから見れば、何と羨ましい父親かと言いたくなる。

 「悪いのはそんな状況にしたブリタニアだ。
 連中が他国に攻め入ったりしなければ、何もブリタニア人ではないからと結婚を反対されるようなこともなく、普通に家族で暮らせていたはずだからな。
 父親の真意を知ったんだ、後はゆっくり溝を埋めていけばいい」

 「そうは思うんですけど、どうしたらいいか分からなくて・・・」

 親とどう接したらいいか解らないと言うカレンに、これはそうあっさりアドバイスが出ない問題なので皆が腕を組んで唸る。

 「とにかく、家でちょこちょこ話してみるとか!」

 「一緒に旅行に行くとか!」
 
 「ごはん作ってみるとか!」

 口々に無難ではあるが実行するのが気恥ずかしそうな提案に、カレンはどうしようと悩みだす。
 ルルーシュももっとも苦手な相談ごとに、ため息をついた。

 私事にまつわる相談にはエトランジュの方が適任なのだが、彼女は生まれ落ちたその日から父親から溺愛されており、今更父親と仲良くするにはどうしたらいいかと尋ねられても困るだけだろう。

 (それに、今現在父親が行方不明だ。そんな彼女にしていい相談じゃない)

 「こういうことは他人がどうこう言える問題ではないからな・・・難しいものだ」

 「ですよね・・・私、頑張ってみます。どのみち特区のためにもあの人は避けて通れないし・・・」

 カレンはそう言うと、特区設立のために当分ここに来られないと告げた。

 「なるべく早く成立させるようにするから、ちょっとだけ待って下さい」

 「解った、だが無理はするなよ」

 「はい、ゼロ!」

 皆から公私に渡って大変なカレンに心配そうな視線を浴びせられながら会議室出、それから自室で着替えてから租界の邸宅へと戻った。



 邸宅に戻ると使用人が数名入れ替えられており、解雇された者が母を苛めていた者であることに気づいたカレンがそっと父の書斎に行くと、彼は小さな声でお帰りと言った。

 「ただいま・・・あの・・・使用人だけど」

 「その方がいいと思ったからな。正妻は不愉快そうだったが、もうお前は気にするな。
 百合子が出所したら、特区に店を与える。お前もそこで暮らせばいい」

 まただ。
 また自分の言い分も聞かずに一方的に己の進路を決める父親に、カレンは怒りを爆発させた。

 「何で勝手に決めるのよ!いつだってそうよ、私がどうしたいかなんて聞かずに勝手に決めてばかり。
 あんたにとって私は何なの?!」

 「私の娘に決まっている!カレン・・・私はそれが一番だと思って」

 「そんなの私が決める!私の人生なんだから、どう生きるかは私が選ぶわ!」

 カレンはそう怒鳴ると、ルルーシュから受け取った特区計画書を父親の机の前に投げた。
 
 「これ、特区賛成者の友人と一緒に考えたの。各地の視察に行くんでしょ?私もついてくから」

 「え?だがな・・・」

 「行くの、行かないの?!それとも私と一緒は嫌?!」

 睨むように尋ねる娘に首を横に振って否定したシュタットフェルトが手配しておくと言ったので、カレンはじゃあ準備するからと言い捨てて部屋を出て行く。

 勢いに任せて父親と二人で出掛けることに成功したカレンは部屋に戻ると、ドアを閉めてズルズルと床に座り込む。

 「な、なんで一緒に視察に行くだけなのに・・・ああ、もう!」

 カレンはクッションを壁に投げつけて、訳の解らない感情をぶつけるのだった。


 
 そしてシュタットフェルトと視察に出る前日、カレンは母の面会に来ていた。
 特別待遇と言うだけあって個室で、無理な労働などをさせられることなく暮らせているからと聞いたが、母の言うことなので信用せず己の目で確かめようと、嫌ではあったが他に方法がないので特権を使って母の部屋での面会を実現させた。

 「カレン・・・どうしたの?ここに来たらいけないと」

 「うん、ごめんお母さん。ちょっと知らせたいことがあって」

 「知らせたいこと?」

 青白い顔をしながらも自分が持ってきた不器用そうに切られた林檎を美味しそうに食べながら尋ねる母に、カレンは嬉しそうに言った。

 「あのね、もうすぐ日本人に職を与えるための特区が作られるんだけど、それをシュタットフェルトが主に推し進めることになったの。
 私もそういう特区ならぜひ協力したくて・・・その、あの・・・お、お父さんと一緒にやろうと思って」

 本人には面と向かって言えなかった単語だが、母になら言えたらしい。
 百合子がポカンとした顔で林檎を落としたのを見てカレンが慌ててそれを拾い上げると、百合子がおずおずと尋ねる。

 「カレン、今なんて・・・?」

 「あの人から聞いた。私が何でシュタットフェルトの家に預けられたかとか、お母さんにお金送ってたとか、いろいろ」

 「そう・・・駄目なお母さんね、私。貴方達のためにと貯めてたお金であんなこと・・・」

 泣きだした母にカレンはまたしてもつい怒鳴ってしまった。

 「お母さんのせいじゃないって言ったじゃない!どうしてそうすぐに謝るの?!」

 カレンは一度怒鳴るとまたやってしまったと反省し、母に謝る。

 「ごめん、また私・・・お母さんのせいじゃないよ、私も何も言わなかったのが悪かったの」

 「カレン・・・・」

 「だ、だから一度また話し合おうと思ってね、その・・・だから・・・」

 「いいことだわ、カレン。そうなの、頑張ってね」

 母に頭を撫でられたカレンは、遠い昔テストで百点を取って褒められた日のことを思い出した。

 『まあ、この前も百点だったのに凄いわ。お母さんの自慢の子よ、カレン』
 
 「お母さん・・・だからね、私ね・・・」

 「ええ、いいのよカレン。お母さんはお前が幸せならそれでいいの。
 無理をしないで好きなようにやればいいの」

 穏やかな笑みを浮かべて自分の手を取る母に、カレンはうん、と涙を浮かべながら笑った。

 カレンがドアを開けて部屋を出ようとすると、百合子が小さく手を振りながら言った。

 「カレン、頑張ってね・・・私達の娘」

 「お母さん・・・うん、私頑張るから!」

 カレンはそう言いながら部屋を出てドアを閉じると、百合子は途端にベッドにうずくまって胸を押さえる。

 「はあ、はあ・・・カレン・・・・!」

 リフレインの禁断症状だった。
 胸が苦しい、早くあの幸せな夢が見たいと悲鳴を上げる身体に、百合子はよろよろと手を伸ばして写真を手に取った。
 
 シュタットフェルトも持っていた四人で撮った写真を見つめ、禁断症状を抑えるための薬を手にする。

 この薬もシュタットフェルトが寄越したものだ。効果が効果なだけにとても高価なもので一般の者の手に入る代物ではなかったが、彼はすまないと何度も謝り自分に渡してくれた。

 早くこんな薬などなくても暮らせる身体に戻りたい。
 娘は過去にではなく、未来に向かって進もうとしているのだ。それなのに母親が過去の幻影にばかりすがってどうするのか。

 百合子は薬を一粒だけ手にして飲み込むと、気を紛らわせるために歌を歌いながら編み物を始めた。

 「からす、なぜ鳴くの~♪からすは山に~、可愛いからすの、子があるからよ~・・・♪」


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