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[22117] さっちんの聖杯戦争
Name: 黒鰻◆292e0c76 ID:59ef82fe
Date: 2010/09/24 08:11

この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、地名は実際のものではないし、設定、展開はタイプムーンとあまり関係有りません。
本作の成分表示はさっちん:ギャグ:シリアスが7:2:1です。
口に合わない方はプラウザの戻るボタンを推奨します。






さっちんの聖杯戦争
プロローグ・さっちん、聖杯戦争を知る






「さつき、突然ではありますがしばらく家を空けます。その間、留守の事をよろしく」

 シオンがそんな事を言ってきたのは丁度夕食を食べ終わり、食後の一服(当然、血液パック)を済ませようとしている時のことだった。

 草木も眠る丑三つ時。梟はホーホー鳴いていて、もう冬だというのに、死に損ねた鈴虫が静かに音色を奏でている。路地裏にはいつもならばリーズや白レンちゃんもいるはずなのだが、リーズは街にアルバイトに、白レンちゃんは空き地に猫の集会に行ってしまっていて、この場には珍しく私たち二人しかいない。

 そんな中、シオンは珍しくトランクを引っ張り出している上に、服もクリーニングに出したのか、『珍しく』清潔感が出ていた。

「しばらく家を空けるって……シオン、どこか行くの?」
「はい。間桐より代理で聖杯戦争に参加しないかという誘いがありましたので、これに応じようかと思いまして。
 危険ではありますが……うまく聖杯を獲得する事が出来れば、新たな道を開く事が出来るでしょう」

 シオンがトランクの中身を点検しながら、私の質問に答えた。
 マキリ……? それと、せいはいせんそー?
 シオンが口にするわけのわからない言葉の羅列に、思わず首をかしげてしまう。

 聖杯って言うと……あれだろうか。以前、乾君と遠野君が、「キング・アーサー」とかいうゲームの話題で話している時にそんな単語を口にしていた気がする。そこの守護者である『ハイパー・アレキサンドラⅣ』の第二形態が倒せないとかでかなり熱く盛り上がってた気がする。
 ――ゲームとかに登場するってことは、間違いなく「こっち側」の代物なのだろう。

「……その顔を見て思い出しましたが、さつきにはまだ説明していませんでしたね。
 私は間桐――冬木市に拠点を持つ魔術一家の頭首、ゾウケンの要請で、少々冬木市に向かう事になりました。期間はわかりませんが、半年はかからないでしょう」
「冬木市って、S県にある大きな町だよね。そこでさっき言ってた、えっと――せいはいせんそーが行われるの? ていうか、せいはいせんそーって何?」

 シオンは私の言葉に一度頷きながら、再び口を開いた。

「聖杯戦争とは、魔術師の行う祭典のようなものです。七人の魔術師が集まり、七体の英霊――いわゆる、過去に英雄と呼ばれた者の魂を召喚して覇を競い、たった一つしかない聖杯を奪い合うのです」

 もやもやと浮かび上がるのは、魔術師(何故か全員まじかるアンバーだった)が七人集まり、東京ドームのような場所で「びびびー!」と英霊を召喚して戦う光景。
 ……いや、祭典なんて言うぐらいだから、観客いるかもだし、出店もあるかも?
 おせんにキャラメル、せんべいはいかがすかーって。

「私、聖杯って乾君たちが話しているのを聞いたぐらいでよく分からないんだけど、あれってイエス様の血を受けたコップみたいなものだよね。どうして、それを賭けて戦うの?」
「確かに本来、聖杯とはそのように聖遺物として捉えるのが一般的です」

 そこでシオンは一旦言葉を区切り、トランクの中から取り出した輸血パックを二ダース、私の前に置いた。
 恐らく、急きょ用意したのだろう。いつも私たちが飲んでいる遠野家印の輸血パックではなく、一般病棟などにおいてあるB型の血液だった。

 A型の方が好みなのだが……この際、文句を言ってもいられないだろう。
 B型はなんていうか、味がざっぱなんだよなぁ。いやいや、そんな事じゃ立派な吸血鬼にはなれませんよ、弓塚さつき。ネロ先生を見習って、好き嫌いをなくさなきゃだめだ!

「ですが――聖杯戦争で降臨する聖杯は、少々その趣より外れます。どちらかといえば、願望機としての扱いといえるでしょう」
「願望機って……まさか、龍玉のよーな?」
「……その龍玉というのがどういうものか知りませんが、ごく一般的な言い方をすれば、『何でも願いを叶える事が出来る』代物ですよ」

 な、な、な――なんですとぉ!?
 シオンのその言葉を数瞬遅れて理解した後、驚いた猫みたいな表情を作ってしまう。

 何でも願いを叶えるとんでもアイテムを賭けて、七人の魔術師が覇を競う戦争。
 むむ……確かにそれは奪い合いになるかもだね。そんな夢みたいなアイテムがあったら、王様だってほしがるだろうし。いや、でも聖杯戦争って試合形式なのかも? だとしたら、かなり豪華な優勝カップみたいな?

 そこまで考えて――はたと、ある事に気付いた。
 まさか、ひょっとして、聖杯があれば私の夢も……?

 はっとした私の表情を見つつ、シオンが大きく頷いた。

「そうです、さつき。聖杯があれば、吸血化も解けるかもしれませんし、例え解けなくとも、大きく前進できる可能性は非常にたか……さつき?」

 シオンが何かをぶつぶつ言っているが、聞き流しながら思考を巡らせる。
 聖杯は、「何でも願いを叶える器」であるらしい。

 だとすれば。だとすれば、だ。
 ――聖杯ならば、私の望みを叶える事が出来るのではないだろうか。

「シオン、聖杯っていうのは、何でも願いが叶うのかな」
「え、ええ(何でしょう、この迫力は)。本物であるならば、あらゆる願いが叶うものと思われますが」
「ナス型の創造主の意向も捻じ曲げられるかな?」
「……言っている意味はわかりませんが、恐らくは」

 シオンのその言葉に、小さくガッツポーズをとってしまう。
 シオンはそんな私に首をかしげながらも、一枚のメモ用紙を私に差し出した。

「何を喜んでいるかわかりませんが……さつき、こちらが聖杯戦争中に私がお世話になる間桐の家の住所と電話番号です。もし貴女自身に何かあったり、真祖や代行者が私と会うよう勧めたら、こちらを尋ねてください。
 後、輸血パックが切れても遠野家からの補給が来なかったら、すぐに電話を。ヤマトメール便の速達で予備の輸血パックを送りますので」
「うん、わかった。じゃあ、シオン――」

 トランクを閉じ、今度こそ旅立とうとするシオンに微笑みながら、「豆腐を手に持った」手をひらりと上げる。
 それを見送りと思ったのか、シオンも手を振ろうと顔に笑みを浮かべながら、トランクを持っていない左手を上げ、





「――ごめんなさい!」





 轟音と共に、地面にクレーターが誕生する。
 凶器となった豆腐の角は、衝撃に耐えきれず、液体状になってコンクリートを汚し、シオンは目を回しながら、「きゅー」という言葉を最後に地面に横たわった。

 リーズが帰ってくるまではまだ時間があるし、流石のシオンでも私が繰り出した新技「悲劇! 豆腐の角で撲殺事件」を受けてすぐに立ち上がれるほどタフではないだろう。

「うう……ごめんね、シオン。でも、私はどうしても叶えないといけない願いがあるの」

 目の前で目を回している親友にそう語りかけながら、トランクの中を開けて必要になりそうなものを取っていく。

 輸血パックを数ダース(いずれもA型)に……冬木市のガイドマップに……シオンが集めた聖杯戦争のデータのプリントに……日傘に、折りたたみ式の棺桶。
 他にも「Enkidu」って書かれた紙が貼られた化粧箱(中身はとても古い動物の骨だった)も入っていたけど、よくわからないのでトランクの中に入れなおす。

 そんなわけで必要なものだけを取り揃えて学生かばんの中に詰め込み、クレーターに横たわるシオンを布団に寝かせると、私はそろりそろりと路地裏を出た。

 月は高く、空も空気も澄んでいる。明日も、いい天気になりそうだ。

「いくのか……娘」

 そんな私に、横から声がかかる。
 それに気付いて声のした方を向くと、そこにはネロ先生の姿があった。ネロ先生は壁に寄りかかり、月を眺めながら言葉を紡いでいる。

「事情は聴かせてもらった。
 ……今まで以上に過酷な戦いになるぞ」
「はい。でも、覚悟はできてます」

 私のその言葉を聞くなり、ネロ先生は満足そうにうなずいた。
 そして、ネロ先生はすっとコートの中に手を突っ込み、

「受け取れ、選別だ」

 いつも、修行が終わる頃に出してくれる富士家のプリンアラモードを私に渡した。すぐに、それがネロ先生なりの気遣いだと気付き、思わずはにかんでしまう。
 私はそれを受け取るとかばんにしまいこみ、ぺこりと頭を下げた。

「いってきます」
「うむ」

 ネロ先生は、短くそう答えるだけだった。
 そんな選別を受け取りつつも、私は駆け足で夜の街を後にする。





 こうして、私の望み――「弓塚さつきルート」を復活させるための過酷な戦いは、静かに幕を開けるのであった。





続く


「蛇足」
獲得アイテム・プリンアラモード……プリンアラモード教信徒であれば、体力と魔力が「限界を超えて」回復する。さっちん、ネロ先生はその対象。
ロスアイテム・古い獣の骨……“何か”の媒介となる化石化した獣の骨。さつきはイラナイモノと思い、獲得できなかった。

<あとがき>
はじめまして、黒鰻です。ここまで読んで下さりありがとうございました。
本作のキャッチコピーは「それは、聖杯でも叶わぬ望み――」とかぴったり?
本作はさっちんが聖杯に「おらのルートをおーくれー!」って感じに願いをかなえてもらおうと奮闘するお話です。
あ、ちなみにライダー(メデュ)は召喚しませんのであしからず。ライダーファンすまんです。
次回は「さっちん、魔術師と出会う」の巻です。お暇があれば読んでやってくださいな。

批判、指摘など歓迎です。
ただ、基本的に酔った勢いで書いたものを推差してる感じですので、色々とご察しください。
設定とか間違えてたらマジすいません。訂正します。
それでは~

「今回の補足」
シオンの持っていた化粧箱に貼ってあったメモ。
「Enkidu――エンキドウ、エンキド」
シオンは何を召喚する気だったんでしょうねぇ……



[22117] 第一話・さっちん、魔術師と出会う
Name: 黒鰻◆292e0c76 ID:59ef82fe
Date: 2010/09/30 07:46


 ――その日、(わたしじゃない誰かが)運命に出会う。

「なぁなぁ! ほんと少しで良いから!」
「い、いやですって! いい加減にしてくださいよ!」

 ――みなさんこんにちばんわ。弓塚さつきです。
 夜の帳が落ち、残業が終わったお父さんお母さんが家に帰る、午後八時。
 私は何故か、この遠き冬木の地で――全身青スーツの男の人に追っかけられてました。

「いや、マジで頼むって! 喫茶店がいやだったら缶コーヒー奢るだけでもいい! 少しでもいいから一緒に話さねぇか?」
「お断りしますってぇ!」

 最早半分涙声になりながらも、後ろを歩く青スーツの男性に言葉を返す。
 私がその男性に出会ったのは――駅から出て交番のお巡りさんに間桐のお屋敷の場所を聞き出し、住宅街を歩き始めた頃のことだった。
 私がいつも通りに屋根の上を通って移動しようとしたところ、丁度先客にこのお兄さんがいたのだ。

 もしもこれが三咲町であったならば、基本的に「こんばんわー」とかってあいさつすれば案外なんとかなるものなのだが……ここは遠き冬木の地。そこから先の展開は、私の想像を遥かに超えた挙句、ダブルツイストを決めかねないものだった。
 その全身青タイツの男性はしばらくじっとこちらを見つめた後、ささっと髪の毛を整え、やけに真剣な顔つきでこんな事を言い出したのである。

『惚れた。茶でも飲んで、一緒に話をしないか?』

 どうやらこの人――あろうことか私に一目惚れしてしまったらしい。
 普通の男の人でさえもやんわりお断りするような誘い方だというのに、この人たるやあろう事か全身青タイツである!
 この人を見ていると、いつも心の隅で怪しいと思っていたネロ先生の格好でさえもまだましな方に思えてくる。

「くぁー! つれねぇなぁ……だが、果然燃えてきた!」
「何言ってるんですかー!」

 ガッツポーズを決める青タイツの人の前で、もう完全な涙声になった私の声が木霊した。
 空ではまん丸いお月さまが輝いていた。




さっちんの聖杯戦争
第一話・さっちん、魔術師と出会う




「おお、おお、ようやく来たかアトラスの……何やら、やけに弱っているのぉ。お前さん、大丈夫か?」
「だい、じょうぶ、です。ご心配、ありがとう、ございます」

 背もたれに寄りかかり、つっかえつっかえになりながらも臓硯さんの言葉に答える。
 先ほどまで心配そうな表情でこちらを見ていた桜さんの姿は、すでにない。恐らく、臓硯さんと入れ替わりに部屋を出たのだろう。

 ――決死の覚悟で挑んだ鬼ごっこから、既に三十分。
 激戦を制したのは、乾君から習った『ゲリラ相手にもやり過ごす、超かくれんぼ必勝法』だった。自然と完全に同化(パーフェクトフュージョン)した私はなんとか青タイツの人を振り切り、やっとの思いで、この間桐のお屋敷に辿り着いたのである。

「ふむ……人間でないお前さんをそこまで疲労させるとは、やんごとなき事態じゃな。何があったか話してみぃ」
「えっ!?」

 臓硯さんの言葉を聞き、反射的に体を起こす。
 い、今この人……凄い事言ったような!

「ぞ、臓硯さん! い、い、い、今何て言いました!?」
「ん? 何があったか話してみぃ」
「その前です!」

 ぱたぱたと手を振りながら叫んだ私の様子を見て、臓硯さんは納得がいったように頷いた後、にやりと笑った。

「なんじゃお前さん、ばれとらんとでも思ったんかいのぉ。これでも人間を辞めて長い。お前さんが吸血鬼である事ぐらい、容易く理解しえるわ」

 しょ、しょええええええ。
 臓硯さんの言葉に衝撃を受け、思わず馬鹿みたいに口を開けてしまう。

 まあ、確かに血を吸っている所とか血液パックをチューチュー飲んでいる所とか豆腐の角で殺人事件を起こしている所を見て「怪しい!」と思われたら仕方ないと思うけど、会って少し話しただけで吸血鬼だってばれちゃうとは……世界って広いなぁ。

「まあ、ワシもお前さんと似たようなもんじゃ。あまり気にせずとも良い。
 それでお前さん、何でそんなにばてとるんじゃ?」
「あー……かなりしつこいナンパ男さんに追っかけられたんです。しかも、人間にしては変な格好している上にやけに足が速くて……」
「ナンパ男? なんじゃ、サーヴァントではないのか?」
「サーヴァント?」

 臓硯さんの発した聞き慣れない単語に、思わず首をかしげる。
 サーヴァント――えっと、英語読みだとServantだっけ。確か、召使いとかそういう意味だったような……
 むむっと唸っていると、臓硯さんはいぶかしむような感じの視線を私に向ける。

「お前さん、アトラスの代理の者じゃろ? なのに、何でサーヴァントの事すら知らないんじゃ?」
「えっと……その、シオンが風邪で倒れちゃって、えっと、よくわからないまま、代理でこっちに来ちゃったものですから」

 自分でもばればれだと思うが、そのように嘘八百を並べる。
 すると、臓硯さんはふむっと頷き、

(明らかにアトラスのものではないが、この娘、吸血種である上に魔力もかなり大きい。吸血鬼という事は、アトラスの娘とは「そっち」のつながりという事か。
 恐らく、マスターとしての戦闘力であれば遠坂の娘ですら足元に及ぶかどうかであろう。未だ若いが、身のこなしを見ると実戦経験もそれなりじゃな。
 それに――この娘、魔力は高いが明らかに魔術の知識はいまだ初心者に近い。これは、聖杯を獲得した暁には『交渉』などせずとも、上手い具合に聖杯を奪えそうじゃな)

 思考を巡らせるようにむむむと唸った後、静かに口を開いた。

「まあ、そういうことならば仕方あるまい。聖杯戦争についてはどこまで知っておる?」
「七人の魔術師が英霊を召喚して、たった一つの聖杯を奪い合う……ってところまでなら」
「なるほど、概要はわかっとるわけか。言うなれば、その英霊がサーヴァント――この戦争に参加する魔術師(マスター)たちの使い魔というわけよ」

 そして――臓硯さんはかくかくしかじかといった感じで語り始めた。
 今でいう御三家が聖杯戦争のシステムを作り、それが既に四回行われ、これから五回目が行われる事。マスターとなる人間には令呪と呼ばれる痣のようなものが手の甲に現れる事。それがサーヴァントに対する絶対的な命令権となる事に始まり、明日の朝食の希望、最近やけにつれない孫たちの態度の愚痴、昨日の夕飯に入っていた洗剤まで、聞きたい事から聞きたくない事までたくさん。

「ほれ、お主の手の甲を見てみ。少し変わった痣があるじゃろう? それが、令呪の兆しじゃ。元々はうちの孫に浮かんでいたものじゃろうが……どうやら、あいつは戦う気がないらしくてのぉ。聖杯も、どうやらやる気のあるお前さんの方を選んだみたいじゃな」
「はぁ……これがそうなんですか」

 今朝辺りから浮かんでいたので、てっきり貨物列車の中で寝返りを打った際にぶつけでもしたのかと思ったが……どうやら、違うらしい。
 これが令呪。今話してた、サーヴァントに対する絶対命令権で、マスターの証かぁ。
 なんていうか……もっとかっこいい模様だと思ったんだけどなぁ。何でブタさんマークなんだろう。

「その様子なら、いつでもサーヴァントを召喚できそうじゃな。お前さん、触媒は持ってきておるか?」
「触媒って、さっき言ってた特定のサーヴァントを呼ぶために必要なものですよね?
 ……すみません。持ってきてないです」

 そんな私の言葉に臓硯さんは首をかしげた。

(おかしいのぉ……アトラスの者は「エンキドゥ」を召喚すると豪語していたからそれを持ってくると思ったが……用意できんかったのか? いや、最近物忘れが激しいし、単にワシがボケただけかのぉ。
 まあ、でも最悪、ブラックバレルぐらいは持って来とるじゃろう。あれは非常に強力な武器にもなる。もっておいて損はない)
「お前さん、ブラックバレルは持ってこんかったのか?」
「ブラックバレルって……シオンの持ってる銃の名前ですよね。あれなら、確かこないだの夕食でリンゴジャムが詰まっちゃったからってメンテナンスに出してましたよ」

 リーズが「これがほんとのジャムった――!」とか言って一人で喜んでいたからよく覚えている。
 ――あの後は、本当に大惨事だった。
 シオンがリーズを攻撃し、リーズがそれをかわすのはいつもの事だが、あろう事か白レンちゃんの朝食に被弾してしまったのだ。白レンちゃんはしばらくの間は笑顔をひきつらせながらもそれに耐えたがやがて爆発し、戦線に加わった。

 現在では――あの戦いを第一次路地裏大戦と呼んでいる。
 そんな過酷な戦いを制したのが暇つぶしに来たアルクェイドさんだったことも記憶に新しい。

「……そうか。並々ならぬ事情があるようじゃな」
「ええ、まあ」

 昔の事を思い出して少しセンチになっていた所で、空気を読んだ発言が耳に届く。
 私はそれに頷くなり、話を先に進める事にした。

「それで、ひょっとしてですけど、何を召喚するかとか決まってたりとかしたんですか?」
「ああ。アトラスの娘は「エンキドゥ」を召喚すると言っていたので、てっきりその触媒を持ってきたと思っただけの事よ。
 無ければ、こちらの持っているものを使うなりするから、別に良い」

 ……エンキドゥ?
 何やら記憶の隅に引っかかる単語を聞いて、はてと首をかしげる。
 その名前、どこかで聞いたよう……な……


 ――冷や汗がどことなく溢れだし、私の頬を伝った。


 お、思い出した!
 シオンのトランクに入ってた化粧箱! 何か、動物の骨が入ってたから気持ち悪くて燃えないゴミに出しちゃったアレ!
 あれに書いてあったのは「Enkidu」――日本語読みなら「エンキドゥ」だ!

 触媒って英雄が持っていたものだし、かなり高いよね。それを燃えないゴミに出しちゃったわけだし、もしもこれがシオンに知れたら……
 顔を真っ赤にして憤るシオンの顔が脳裏をかすめ、自然と体が震えた。
 怒ったシオンは、実に怖い。リーズでさえも、怒ったシオンの前ではマングースに睨まれたハブみたいに縮こまってしまう。

 しかも私、シオンをだまし討ちっぽく殴ってるし? これは三咲町に帰るなりシオンに総攻撃かけられる? 最悪、路地裏同盟から破門の可能性も!?

「……どうやら忘れてきたようじゃな。まあ、そのようなこともあろう。それならば、本来我らが使うはずだったメデューサの触媒を使うといい。エンキドゥにこそは劣るが、アレは知名度が高い反英雄じゃ。それなりの戦力にはなるじゃろう」
「は、はひぃ」
「さて……そろそろ夜明けじゃな。今日はこれぐらいにして、召喚は明日行えばよかろう。
 ――桜!」

 臓硯さんがそう叫ぶと少し遠くの方からぱたぱたと足音がし始めた。やがて足音はだんだんと大きくなり、部屋の前で音が止まると、扉が自然と開いた。

「むしけ……お爺様、お呼びでしょうか?」
「うむ(何かこいつ、今凄い事言わんかったか?)、彼女を客室に。我らの代わりに聖杯戦争に挑んでくれるマスター殿じゃ。一番上等な部屋をあてがってくれ」
「はい。わかりました」

 臓硯さんは桜さんの言葉に満足そうに頷いた後、イスから立ち上がり、

「それでは、ワシはこれで失礼しよう。明日の召喚の儀、楽しみにしておるぞ」

 にやりと笑ってからそう言うと、部屋を出て行った。
 ドアが閉まり、私と桜さんだけが残される。桜さんは無言のまま私に頭を下げると、左手で扉を開け、先に私が出るよう促した。
 もう朝が近いのか、雀の鳴き声が耳に届いた。





「ここが弓塚さんに使って頂く部屋になります。洋服はこちらのクローゼットに。柱時計の方はタイマーをセットすれば鳩が目覚まし代わりになってくれます。トイレは廊下を出てすぐ右、お風呂は一階の一番奥、食堂はさっきの場所です」

 ――二人とも無言のまま歩くこと一分程度。結構広い感じの部屋につくと、桜さんは淡々とした口調で生活で使う事になるであろう場所を教えてくれた。
 この桜さん……非常に美人だし、年も近いからぜひお近づきになりたいのだが……何か、微妙に距離間を感じるのだ。
 しかも、私の事を見て微妙におどおどしているような印象を受ける。

「えっと、桜さん?」
「は、はい!」

 声をかけるなり桜さんがびくりと体を震わせた後、すすっと半歩ほどの距離を取る。
 これはやっぱり……

「あ……すいません。吸血鬼の方と話をするのは初めてなもので、緊張してしまって」

 桜さんの言葉を聞いて、思わず納得してしまう。
 桜さん、やっぱり私が吸血鬼だって知ってたんだ。
 いくら魔術師の家系に属しているとはいえ、私より年下の女の子。そりゃあ、吸血鬼相手にビビっちゃうのは仕方ないかなぁ。

「緊張したりビビっちゃうのはわかるけど……これでも、少し前まで女子高生やってた身だからさ。流石にちょっとショックかも」
「え、弓塚さん学生だったんですか!?」
「うん。普通の女子高生やってた所でかぷりとやられちゃいまして。気付けばこんな体になってたよ」

 あははーと笑いながら、できるだけ軽めに話す。
 とはいえ、私が誰に噛まれたか何てわからないのだが。

 ネロ先生は否定するし、アルクェイドさんはマジギレしかけるし、ズェピアおじさんは「カット!」って叫ぶし、路地裏同盟候補であるピアニストみたいなへたれさんは……まぁ、違うだろう。倒して以来、体がやけに軽いけど。

「何か……やけに軽くないですか? 普通、もっと悲観的になるものでは?」
「最初はそうだったんだけど……慣れかな?」

 吸血鬼にならなければ、遠野君と話す事すら危うかった。
 吸血鬼にならなければ、シオンやリーズや白レンちゃんのような仲間もできなかった。
 吸血鬼にならなければ、アルクェイドさんやシエル先輩とどたばた騒ぎもできなかった。

 最初は、運命を呪った事もあったし神様を憎んだ事もあった。
 でも、最大の特効薬であった『時間』は徐々に、そんな私の心を元に戻して行ってくれたのだ。

「結構、ポジティブな考えしてるからかなぁ……こんな体になっちゃったけど友達もたくさんできたし、好きな人と話す事も出来たからさ。むしろOK?」

 思わずにへっと笑いながら、そう言った。
 すると、桜さんはぽかんとした顔をした後……クスッと笑った。

「弓塚さんって、面白い人ですね」
「ええー……そんなことないよぉ。多分」

 そう言って、二人でクスクス笑う。
 その時だけ、人間に戻ったような錯覚を覚えた。





続く

「あとがき」
とりあえず、ワッカーメを除く間桐メンバーと対面するだけの回です。
最初は一気にサーヴァント召喚までいく気でしたが、色々と長いうえに今後の展開を考えるとここで切った方がいいと判断し、投稿しました。反省はしてません!

前回も言いましたが、触媒があれども「正規ライダーは召喚しません」。これは赤字の発言と取ってくださってかまいません。
次回は、「さっちん、サーヴァントを召喚する」です。
軽く予想でもしながら気長にお待ちください。
それでは、黒鰻でしたー。

[補足]
ランサーを色物キャラにした理由について。
最初は「いや、兄貴をカッコ悪くするのはちょっと……」と思いましたが、友人の「シリアス時とのギャップがすごくて逆によくね?」発言で決定しました。
実際のランサー兄さんはもっと堅気ですよ。(雰囲気的に)
まあ、本作はカオスSSですのでこれぐらいは……誤差の範囲?



[22117] 第二話・さっちん、サーヴァントを召喚する(前)
Name: 黒鰻◆292e0c76 ID:59ef82fe
Date: 2010/09/30 07:44






 ――『彼』の言葉と共に、世界が色を変える。
『彼』の体から発せられた爆発的な魔力は瞬く間にこの小さな世界を覆い、この世界を一息の元に、『彼』の世界へと塗り替えた。

 基は奇跡の末端。ある種、世界の創生とも言える魔術の顕現。
 基は道化の終端。魔術師の目指す深淵に、最も近き場所。
 基は悪魔の御技。悪魔と精霊しか使えないとされた、奇跡の亜種。

「馬鹿な――固有結界、じゃと!?」

 すぐ近くで、臓硯さんの驚愕の声が響く。
 気付けば――私たちは、海底としか思えないような場所にいた。
 辺りにはサンゴや海藻がひしめき合い、遥か遠き海原から降り注ぐわずかな光が、何とかこの世界を見渡すだけの光量を与えてくれている。

「まさか、そんな……」

 そばにいた桜でさえも、突如展開した光景に唖然とし様子で言葉を紡ぐ。
 何度かアルクェイドさんやへたれさんが使う固有結界を見ている私でも、かなり驚いているのだ。固有結界を見た事もないであろう桜が驚くのも無理はないと思う。

 そんな私たちをあざ笑うかのように、この世界を展開した主は、

「いくよ、爺さん。
 虫の貯蔵は万全かい――!」
「つけあがるなよ、出来そこないがぁぁぁぁぁ!」

『彼』――間桐慎二は、不敵な笑みを浮かべたまま右手を上げ、臓硯さんはそれと同時に向かい来るワカメの束に、虫を纏わせながら突進する。
 嘗てない程に壮絶な……わけワカメという意味で凄絶な闘いが幕を開けていた。

 そんな中で、私は静かに空を見上げた。
 そして、僅かに差し込む日の光に目を細めながらも、事の発端となった出来事を思い出していた。




さっちんの聖杯戦争
第二話・さっちん、サーヴァントを召喚する(前編)




「やぁ、君が愚妹の代わりに聖杯戦争にさん……ひぃぃぃぃっ!」

 ――この家に着いてから翌日の夕方。眼が覚めるなり居間を訪れた私を待っていたのは、喋るワカメのオブジェだった。
 今朝、太陽が昇るちょっと前にベッドにダウンしてから早十二時間。日の光も沈んだのを確認できたので、私は起きるなりトイレを済ませ、居間に降りてきていた。
 どうもいまだに昼夜逆転の生活に慣れていないせいか、まるで低血圧の人のようにふらふらと歩き、イスに座るなりぺたんと机に突っ伏してしまう。

「ゆ、弓塚さん……兄さんの無駄に偉そうな態度が気に入らないのなら謝りますから、そんなに怖い顔しないでください!」

 若干涙声になりつつも、桜が何かを叫んでいる。

「ごめん、さくらー。私、まだ昼夜逆転が慣れてなくて凄く寝起きが悪いの。お茶飲んだら目が覚めると思うから、お茶お願いー」
「お、お茶ですね? わかりました。日本茶で良いですか?」
「うん。濃くて熱いのー」

 私の言葉を聞くなり、桜はぱたぱたと音を立てながら、台所へと消えて行った。
 残されたのは、私とワカメのオブジェクトだけだ。
 こんなの――昨日在ったかなぁ。ワカメのオブジェクトなんて変わってるし、見れば印象に残ると思うんだけど……

「お、おい、君。うちの愚妹に謝るのも良いが、もっと先に謝るべき相手がいるのではないかな?」

 突如、「あり得ない所」から聞こえてきた声に、思わずプリンアラモードを食べた時のネロ教授みたいに目を「くわっ」と見開いてしまう。

「わ、ワカメが喋った――!」
「失敬な! よく見ろ、人間だろ? 人間だろーが!」

 そう言われてよく見ると……ようやく、変なオブジェと思っていたものが人の顔である事に気付く。
 それにしても、あれである。

 最近、やけに家庭菜園とかいうものが流行っていて。
 シオンは野菜とか栽培してるし、リーズもついでにハーブとかを植えていたりとか。この間、シエル先輩のマンションでカレーを食べた時はスパイスが栽培されてたし、琥珀さんは植物かもわからない何かを栽培していた。
 確かに、ブームだからそういう人がいてもおかしくない……かもしれない。でも、これはあまりにも……

「あの、いくら家庭菜園がブームだからって頭皮でワカメを栽培するのはちょっと……」
「か・み・の・け、だよ! 君はあれかい? そんなに僕を怒らせたいのかい? ええ? そんなに僕を泣かせたいのかい!?」

 最早涙声になりつつも、目の前の男性が必死に訴えてくる。
 むぅ……まだ寝ぼけてるからよくわからないけど、髪の毛なのだろーか。

 そんな風に考えている所に、桜がぱたぱたと足音を響かせながら帰還した。
 手元には、「第十二回冬木市害虫駆除大会優勝記念品」と書かれた湯呑。どうやら、頼んだ通りに緑茶を持ってきてくれたみたいだ。

 桜から湯呑を受け取り、緑茶を口に含んだ。緑茶特有の苦みと、あまりほど良くない暑さが良い感じにマッチングし、私の眠気を駆逐する。

「さくらー、さくらー。どこが人辺りが良いだよ、ばかー。滅茶苦茶、いやな奴じゃないかー。人の事ワカメ扱いするしー」
「に、兄さん! 本当の事を言われたからってすねないでください!」

 もうすっかりと落ち込んでしまった男性をそんな感じで桜が必死に励ます事、十五分。
 何とか男性は元の調子に戻り、ちょっときざっぽく笑いながら私に語りかけてきた。

「ふっ……少々取り乱してしまってすまなかったね。最初に言っておくが、僕は泣いてからな。本当だぞ」
「はぁ、わかりました」

 とりあえず、私は男性――間桐慎二さんの言葉に素直に頷いておく。
 昨日はいなかったのでてっきり桜の彼氏か何かかと思ったのだが……どうやらこの慎二さん、桜のお義兄さんらしい。昨日居間にいなかったのは光合成ができないため……ではなく、昨日はたまたま早く寝てしまったらしい。

「君が、桜に代わって聖杯戦争に参加するマスターかい?」
「はい、弓塚さつきといいます。これからお世話になります」

 そう言って、ぺこりと頭を下げる。
 そこで、私はふと妙な事に気付いた。

 この慎二さん――まるで魔力を感じないのだ。
 桜のお義兄さんともなれば、この家では次期頭首ということになるだろう。だというのに……この人からは、桜のように強い力も、臓硯さんのように禍々しい力も感じられない。
 かといって、私のように人間の道を踏み外してはいないだろう。同族は、それとなく「臭い」でわかる。慎二さんはれっきとした人間だ。

「突然で悪いんだけどね、弓塚君。マスターの座、僕に譲る気はないかい?」
「へっ?」

 突然の言葉に、思わず口をぽかんとあけてしまう。
 しかし、慎二さんはそんな私に構うことなく、言葉を続けた。

「実は、君をマスターに立てる話は爺さんが僕を抜きで進めた話でね。当然、僕抜きで話をすすめられたわけだから、僕は不服に思う。そこで、マスターとして選ばれた君に直接抗議に来た次第さ」

 そう言って、ずびしっと爪の間に汚れの溜まった人差し指を私の方に向けた。
 うーむ――ようは、「俺は全然話聞いてねぇのに話を進めてんじゃねえぞごるぁ!」って事かな?
 もしいつもの私だったならば、「そういう事なら、別に良いですよー」って感じで譲っちゃうだろうが……今回の私は、一味違う。

 私の幸せがかかってるのだ!
 弓塚さつきルートの樹立。これを成すためには、聖杯の力を借りるしかないだろう。慎二さんが何のために聖杯を求めているかは知らないが……私にも、叶えなければいけない願いがある。

「悪いとは思いますけど、譲れません。私にも、叶えないといけない願いがあります」
「そうかい……残念だよ」

 そう言って慎二さんは無言のままファイティングポーズを取った。









「これで平気だと思います。兄さん、結構タフですから」

 私が昏倒した慎二さんをベッドに置くなり、桜はそう言って一息ついた。
 ――夕方の騒動から、早一時間。
 ようやく慎二さんの治療も終わったので、私たちは慎二さんを彼の部屋まで運んできていた。

 正直に言おう。少し、やりすぎてしまった感がある。
 なにせ、相手は聖杯戦争を考案した御三家の一角、間桐の長男で桜の義兄である。桜でさえもかなりの魔力を秘めているのだから、慎二も相当強い魔術師に違いない。魔力は感じられないけど、多分、隠蔽しているのだろう。
 そう思って、思いっきり殴ってみたのだが……

「ごめんねぇ……防壁とか罠があると思ったから、思いっきり殴っちゃった」
「良いんですよ、弓塚さん。自惚れさんにはいい薬です」

 ……この慎二さん、まるで何の防御も施してなかったのだ。
 琥珀さんや翡翠さんの使う「ぴかーん!(通称・EXシールド)」の使い手なのかとも思ったが、それを使う気配もないまま「ふべらっちょ!」などと叫びながらツイストを決め、そのまま窓ガラスを割って庭に落ちて逝った(誤字ではありません)。

 その後、騒ぎを聞いてやってきた臓硯さんに話を聞いた所――慎二さんは、魔術師としての素質がまったくと言っていい程ないそうだ。
 マトウが日本に渡ってからかなり経つが、臓硯(ゾォルゲン)さんの代以降、間桐の家は衰退するばかりだという。魔術的な用語でいえば、土が合わなかったそうだ。

「正直言って、ほっとしてます。幸い、怪我も治るものですし……これなら、兄さんも聖杯戦争に出ようとする事はないと思います。
 ――聖杯戦争に兄さんが参加すれば、怪我じゃ済まなかったかもしれませんしね」

 そう言って、桜は慎二の上に乗っている毛布をかけなおし、ドアを指差した。
 私はそんな桜の動作に頷き、彼女と並んで部屋を後にする。

「先ほど、お爺様が言っておられましたが、召喚は日付が変わる事に行うそうです。まだ多少は時間がありますので、体調は万全にしておいてくださいね」
「ん、おっけー。ばっちり強いサーヴァントを召喚して、活躍するからね!」

 廊下を歩きつつも、二人でわいわいと談笑を続ける。

 だからこそ――私たちは。この家にいる「私たち」の誰もが、彼の存在に気付かなかった。誰もが召喚の事に気を割いていたため、誰も、彼の存在に気付けなかったのだ。
 慎二の部屋の窓を開け、慎二の部屋に入ってくる存在に。
 彼の枕元に立ち、不敵に笑う、その存在に。

 彼は――白い髪と白い髭、そして、血のように赤い眼を持っていた。
 彼は――まるで宝石のように、否、宝石そのものとも言えるような剣を手にしていた。








「さて、では始めるとするか」

 臓硯さんの言葉と同時に、私は静かに意識を沈殿させた。
 辺りに分散していた私の意識が、魔法陣の前にいる私の元だけに集中する。

 時刻は、日付が変わる少し前。
 間桐家の工房らしい少し薄気味悪い地下室に、私たちはいた。

 私に、桜に、臓硯さん。
 私の目の前には、生贄の血で書かれた魔法陣(消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲んだものだとか言ってた)と、触媒と思われるものが入ったアンティークの箱が置かれている。

「素に銀と鉄。礎に血と混沌の大公。祖には我が恩師フォアブロ・ロワイン――
 お、降り立つ風には壁を。
 えっと、四方の門は閉じ、おうか……王冠より出で、王国に至るさんしゃ……ろ? は循環せよ」

 桜が掲げているカンペを必死に読みながら、詠唱を行う。ネロ先生の人間の頃名前を聞いた瞬間、臓硯さんが脳みそをふきだした気もするが……気のせいだろう。
 うう……こんな事なら、ネロ先生の授業をもっとまじめに受けておくべきだった。どうも、「私って近距離パワー型だし!」って考えがあって、身が入らなかったのである。

「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)……
  繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する。
 ――繋がりました」

 ――大きな力の流れを感じる。
 ――大きな力の繋がりを感じる。
 莫大な力の渦はぴりぴりと空気を震わせながら、静かに収束しつつあった。

 三咲町でも、アルクェイドさんかG秋葉さんしか出した事がないぐらいの、血からの奔流。
 それを肌で感じながらも、思わず、息を呑んだ。

 ――今はこの程度で済んでいるが、召喚の儀式はこれからが本番だ。そうなれば、この空気に収束するエーテルの総量も、今の比ではないだろう。
 やれるか? と自分に聞いた。やる、と返ってきた。
 だから――一回目を瞑ってから唇を濡らし、再び口を開いた。

「――――告げる。
  汝の身は我が下に、我がめいう……」

「ちよっとまったー!」

 ――ん?
 突如上の方から聞こえてきた声を聞き、思わず、詠唱を止めてしまう。

 突然聞こえてきた声に桜はぽかんとした顔をして、臓硯さんは苦虫をつぶしたような表情を見せていた。
 その場にいる全員の視線が、工房の入口へと集中する。

 そして『彼』は――そこにいた。
 頭に、太陽の……否、母なる海の恵みともいえるべき髪を持つ青年、間桐慎二が――!
 しかも、先ほど負った怪我を『完治させた』状態で!

「何をしにきおったか出来損ないが! ここはお前が入っていいような場所ではない!」
「生憎ね、爺さん。僕はもう出来そこないじゃないんだよ。
 僕は間桐家頭首、間桐慎二だ。悪いけど、老いぼれにはそろそろご退場願おうか」

 先ほどとは桁外れとも言える覇気を纏いながら、悠然とした様子で慎二が階段を下りてくる。あまりにも先ほどと様子が違うので、桜はあいた口がふさがらない感じだった。

 いや、うん。慎二が来るのは別に良いんだけどさ。ごたごただけはやめてくれないかなぁ。
 冷や汗をかきながらも、少し歯を食いしばる。

 今まさに、私はサーヴァント召喚の儀式を行っている。
 当然、まだ途中なので大気には桁外れな量のエーテルが漂っている。
 今はまだ始めたばかりだから抑えてられるけど……長引くと、最悪決壊するかも? 私の心境を簡単に語るなら、JR特急に乗るなりトイレに行きたくなったときみたいな感じである。正直、長引くとやばい。

「何じゃその口のきき方は! お前、自分の立場が分かっておるのか!?」
「わかっているさ――」

 そう言って、慎二はいつの間にか手に取っていたルビーのペンダントに手を触れた。

 その瞬間――光となって顕現した魔力が迸る。
 あまりにもその力が強すぎるために発光体と化した魔力は湯水のように彼の体から溢れ始め、それは、この薄暗い工房を眩く照らした。

 非常に少年漫画っぽくてカッコいいのだが……気分はまさに、電車の中でトイレに以下略→あれ? おなかがいたくなってきた……って感じだ。

「何……じゃと? お前、いったいどこでそんな力を!」
「おいおい爺さん、よりによってそんなどこぞの死神漫画みたいなセリフはないだろう。
 さっき、部屋に「魔道元帥」とか名乗る魔術界の偉い人が来てね。「ほぅ、どうやら到っているようだな。面白い」とかわけのわからない事を言って、これをくれたのさ。
 あの爺さんは「愉快(な現象)作成型概念武装」とか言ってたかな? これのおかげで僕は無限とも言える魔力を供給できるらしい。まあ、理論はさっぱりだけどね!」

 そう言って、慎二はきざっぽく髪をかきあげた。それで散ったフケが彼の魔力に充てられてキラキラと光り、無駄なカッコよさを演出する。

 ていうか、その魔道元帥って人……アルクェイドさんの爺やさんなんじゃ……
 以前、アルクェイドさんから聞いた『桁外れに強くて桁外れに性格が悪い』と噂の爺やの話を思い出し、内心、ポツリとそう呟いてしまう。
 世間ではまどーげんすいって呼ばれてるらしいし、間違いはないだろう。しかも、確かアルクェイドさんの話では並行世界に干渉できる「だいにまほー」を使えるとか使えないとか?

「お主……遠坂の太祖に魂を売りおったか!」
「くれるもんはもらっとけって爺さんも言ってたじゃないか!
 ――まあ、言い争いはこれぐらいにして、そろそろ実力行使をさせてもらおうじゃないか。僕はどうやら、既に到っているが魔力が足りなかったみたいで、スペシャルでエレクトでミラクルな「この力」を使えなかったみたいなんだよ。
 僕を出来そこないと蔑んだ爺には、存分「この力」を味わってもらおうか!」

 そう叫ぶなり慎二は高らかに手を上げ、言葉を紡いだ。

「――髪はワカメで出来ている」

 ――髪はワカメで出来ている。
 毛は藻草で、心は海原。
 幾度の料理を超えて活躍。
 ただ一度の配送も無く、ただ一度の通販も無し。
 栽培者(にないて)はここに至り。ワカメを愛し、かく語る。

 ――紡がれる言葉と同時に、世界がきしんだ。
 それは、膨大なる魔術がなせる奇跡。
 薄暗かった工房を犯しつくす、異なる世界の顕現。

「まさか、その魔術は――!」
「故に、その生涯に意味はなく。
 その髪は――無数のワカメで出来ていた」

 ――その言葉と共に、世界が色を変える。
 慎二の体から発せられた爆発的な魔力は瞬く間にこの小さな世界を覆い、この世界を一息の元に、慎二の世界へと塗り替えた。

 そこは、母たる海の深淵。
 日の光も僅かにしか届かない海底で、彼は不敵に笑う。

「いくよ、爺さん。
 虫の貯蔵は万全かい――!」

 そして――長い回想を終え、ようやく現代へと戻る。









後半に続く


『あとがき』
がちすいません(挨拶)。
今回はワカメVS臓硯、サーヴァント召喚の二本立ての予定でしたが……思いのほか、海藻にページを取られたのでここらで一旦投稿。
サーヴァント召喚は次回です。
本作は、概ねの流れが決まっています。このワカメVS臓硯はその中でも一番最初に決まった話です。
これが終われば、その次辺りには本編に入るのでもう少々お待ちください。
それでは~

[補足]
 ――髪はワカメで出来ている。
 毛は藻草で、心は海原。
 幾度の料理を超えて活躍。
 ただ一度の配送も無く、ただ一度の通販も無し。
 栽培者(にないて)はここに至り。ワカメを愛し、かく語る。
 故にその生涯に意味はなく。
 その髪は――無数のワカメで出来ていた。
「固有結界・若葉色の遊楽園(ワカメパラダイス)」の詠唱です。


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