この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、地名は実際のものではないし、設定、展開はタイプムーンとあまり関係有りません。
本作の成分表示はさっちん:ギャグ:シリアスが7:2:1です。
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さっちんの聖杯戦争
プロローグ・さっちん、聖杯戦争を知る
「さつき、突然ではありますがしばらく家を空けます。その間、留守の事をよろしく」
シオンがそんな事を言ってきたのは丁度夕食を食べ終わり、食後の一服(当然、血液パック)を済ませようとしている時のことだった。
草木も眠る丑三つ時。梟はホーホー鳴いていて、もう冬だというのに、死に損ねた鈴虫が静かに音色を奏でている。路地裏にはいつもならばリーズや白レンちゃんもいるはずなのだが、リーズは街にアルバイトに、白レンちゃんは空き地に猫の集会に行ってしまっていて、この場には珍しく私たち二人しかいない。
そんな中、シオンは珍しくトランクを引っ張り出している上に、服もクリーニングに出したのか、『珍しく』清潔感が出ていた。
「しばらく家を空けるって……シオン、どこか行くの?」
「はい。間桐より代理で聖杯戦争に参加しないかという誘いがありましたので、これに応じようかと思いまして。
危険ではありますが……うまく聖杯を獲得する事が出来れば、新たな道を開く事が出来るでしょう」
シオンがトランクの中身を点検しながら、私の質問に答えた。
マキリ……? それと、せいはいせんそー?
シオンが口にするわけのわからない言葉の羅列に、思わず首をかしげてしまう。
聖杯って言うと……あれだろうか。以前、乾君と遠野君が、「キング・アーサー」とかいうゲームの話題で話している時にそんな単語を口にしていた気がする。そこの守護者である『ハイパー・アレキサンドラⅣ』の第二形態が倒せないとかでかなり熱く盛り上がってた気がする。
――ゲームとかに登場するってことは、間違いなく「こっち側」の代物なのだろう。
「……その顔を見て思い出しましたが、さつきにはまだ説明していませんでしたね。
私は間桐――冬木市に拠点を持つ魔術一家の頭首、ゾウケンの要請で、少々冬木市に向かう事になりました。期間はわかりませんが、半年はかからないでしょう」
「冬木市って、S県にある大きな町だよね。そこでさっき言ってた、えっと――せいはいせんそーが行われるの? ていうか、せいはいせんそーって何?」
シオンは私の言葉に一度頷きながら、再び口を開いた。
「聖杯戦争とは、魔術師の行う祭典のようなものです。七人の魔術師が集まり、七体の英霊――いわゆる、過去に英雄と呼ばれた者の魂を召喚して覇を競い、たった一つしかない聖杯を奪い合うのです」
もやもやと浮かび上がるのは、魔術師(何故か全員まじかるアンバーだった)が七人集まり、東京ドームのような場所で「びびびー!」と英霊を召喚して戦う光景。
……いや、祭典なんて言うぐらいだから、観客いるかもだし、出店もあるかも?
おせんにキャラメル、せんべいはいかがすかーって。
「私、聖杯って乾君たちが話しているのを聞いたぐらいでよく分からないんだけど、あれってイエス様の血を受けたコップみたいなものだよね。どうして、それを賭けて戦うの?」
「確かに本来、聖杯とはそのように聖遺物として捉えるのが一般的です」
そこでシオンは一旦言葉を区切り、トランクの中から取り出した輸血パックを二ダース、私の前に置いた。
恐らく、急きょ用意したのだろう。いつも私たちが飲んでいる遠野家印の輸血パックではなく、一般病棟などにおいてあるB型の血液だった。
A型の方が好みなのだが……この際、文句を言ってもいられないだろう。
B型はなんていうか、味がざっぱなんだよなぁ。いやいや、そんな事じゃ立派な吸血鬼にはなれませんよ、弓塚さつき。ネロ先生を見習って、好き嫌いをなくさなきゃだめだ!
「ですが――聖杯戦争で降臨する聖杯は、少々その趣より外れます。どちらかといえば、願望機としての扱いといえるでしょう」
「願望機って……まさか、龍玉のよーな?」
「……その龍玉というのがどういうものか知りませんが、ごく一般的な言い方をすれば、『何でも願いを叶える事が出来る』代物ですよ」
な、な、な――なんですとぉ!?
シオンのその言葉を数瞬遅れて理解した後、驚いた猫みたいな表情を作ってしまう。
何でも願いを叶えるとんでもアイテムを賭けて、七人の魔術師が覇を競う戦争。
むむ……確かにそれは奪い合いになるかもだね。そんな夢みたいなアイテムがあったら、王様だってほしがるだろうし。いや、でも聖杯戦争って試合形式なのかも? だとしたら、かなり豪華な優勝カップみたいな?
そこまで考えて――はたと、ある事に気付いた。
まさか、ひょっとして、聖杯があれば私の夢も……?
はっとした私の表情を見つつ、シオンが大きく頷いた。
「そうです、さつき。聖杯があれば、吸血化も解けるかもしれませんし、例え解けなくとも、大きく前進できる可能性は非常にたか……さつき?」
シオンが何かをぶつぶつ言っているが、聞き流しながら思考を巡らせる。
聖杯は、「何でも願いを叶える器」であるらしい。
だとすれば。だとすれば、だ。
――聖杯ならば、私の望みを叶える事が出来るのではないだろうか。
「シオン、聖杯っていうのは、何でも願いが叶うのかな」
「え、ええ(何でしょう、この迫力は)。本物であるならば、あらゆる願いが叶うものと思われますが」
「ナス型の創造主の意向も捻じ曲げられるかな?」
「……言っている意味はわかりませんが、恐らくは」
シオンのその言葉に、小さくガッツポーズをとってしまう。
シオンはそんな私に首をかしげながらも、一枚のメモ用紙を私に差し出した。
「何を喜んでいるかわかりませんが……さつき、こちらが聖杯戦争中に私がお世話になる間桐の家の住所と電話番号です。もし貴女自身に何かあったり、真祖や代行者が私と会うよう勧めたら、こちらを尋ねてください。
後、輸血パックが切れても遠野家からの補給が来なかったら、すぐに電話を。ヤマトメール便の速達で予備の輸血パックを送りますので」
「うん、わかった。じゃあ、シオン――」
トランクを閉じ、今度こそ旅立とうとするシオンに微笑みながら、「豆腐を手に持った」手をひらりと上げる。
それを見送りと思ったのか、シオンも手を振ろうと顔に笑みを浮かべながら、トランクを持っていない左手を上げ、
「――ごめんなさい!」
轟音と共に、地面にクレーターが誕生する。
凶器となった豆腐の角は、衝撃に耐えきれず、液体状になってコンクリートを汚し、シオンは目を回しながら、「きゅー」という言葉を最後に地面に横たわった。
リーズが帰ってくるまではまだ時間があるし、流石のシオンでも私が繰り出した新技「悲劇! 豆腐の角で撲殺事件」を受けてすぐに立ち上がれるほどタフではないだろう。
「うう……ごめんね、シオン。でも、私はどうしても叶えないといけない願いがあるの」
目の前で目を回している親友にそう語りかけながら、トランクの中を開けて必要になりそうなものを取っていく。
輸血パックを数ダース(いずれもA型)に……冬木市のガイドマップに……シオンが集めた聖杯戦争のデータのプリントに……日傘に、折りたたみ式の棺桶。
他にも「Enkidu」って書かれた紙が貼られた化粧箱(中身はとても古い動物の骨だった)も入っていたけど、よくわからないのでトランクの中に入れなおす。
そんなわけで必要なものだけを取り揃えて学生かばんの中に詰め込み、クレーターに横たわるシオンを布団に寝かせると、私はそろりそろりと路地裏を出た。
月は高く、空も空気も澄んでいる。明日も、いい天気になりそうだ。
「いくのか……娘」
そんな私に、横から声がかかる。
それに気付いて声のした方を向くと、そこにはネロ先生の姿があった。ネロ先生は壁に寄りかかり、月を眺めながら言葉を紡いでいる。
「事情は聴かせてもらった。
……今まで以上に過酷な戦いになるぞ」
「はい。でも、覚悟はできてます」
私のその言葉を聞くなり、ネロ先生は満足そうにうなずいた。
そして、ネロ先生はすっとコートの中に手を突っ込み、
「受け取れ、選別だ」
いつも、修行が終わる頃に出してくれる富士家のプリンアラモードを私に渡した。すぐに、それがネロ先生なりの気遣いだと気付き、思わずはにかんでしまう。
私はそれを受け取るとかばんにしまいこみ、ぺこりと頭を下げた。
「いってきます」
「うむ」
ネロ先生は、短くそう答えるだけだった。
そんな選別を受け取りつつも、私は駆け足で夜の街を後にする。
こうして、私の望み――「弓塚さつきルート」を復活させるための過酷な戦いは、静かに幕を開けるのであった。
続く
「蛇足」
獲得アイテム・プリンアラモード……プリンアラモード教信徒であれば、体力と魔力が「限界を超えて」回復する。さっちん、ネロ先生はその対象。
ロスアイテム・古い獣の骨……“何か”の媒介となる化石化した獣の骨。さつきはイラナイモノと思い、獲得できなかった。
<あとがき>
はじめまして、黒鰻です。ここまで読んで下さりありがとうございました。
本作のキャッチコピーは「それは、聖杯でも叶わぬ望み――」とかぴったり?
本作はさっちんが聖杯に「おらのルートをおーくれー!」って感じに願いをかなえてもらおうと奮闘するお話です。
あ、ちなみにライダー(メデュ)は召喚しませんのであしからず。ライダーファンすまんです。
次回は「さっちん、魔術師と出会う」の巻です。お暇があれば読んでやってくださいな。
批判、指摘など歓迎です。
ただ、基本的に酔った勢いで書いたものを推差してる感じですので、色々とご察しください。
設定とか間違えてたらマジすいません。訂正します。
それでは~
「今回の補足」
シオンの持っていた化粧箱に貼ってあったメモ。
「Enkidu――エンキドウ、エンキド」
シオンは何を召喚する気だったんでしょうねぇ……