真に守るべき存在は



『真に守るべき存在は』

「どうしても、我に従わぬというのだな。汝らの主人である、皇龍たる我に歯向かうというのだな…
愚かな…龍鬼!あの者どもに死という名の浄化を授けよ!」

妃龍鬼殿の最上階にある玉座に座っていた龍鬼妃が印を結ぶと、地面に光の線で描かれた召還陣からぬぬぬっと黒い影が迫り出し…
周りの金色に輝く光を取り込んで一体の守護獣の形をなした。
全身を黒光りする皮膚で包み、頭部を龍鬼妃と同じ形をした金色の額冠で口以外を覆い隠し、肩には額冠と同じ素材と思われる金属で形作
られた一角を持つ頭蓋を模した肩当てを付け、後頭部には髪の代わりに爬虫類、いや竜を思わせる橙色の鱗に覆われた尻尾が地面まで伸びていた。
「あれが…、龍鬼妃の守護獣…」
天龍の魂を宿せし者、天城美由紀は龍鬼の猛々しさ、雄々しさに背筋が震える思いがした。今まで数々の難敵と対峙しその都度乗り越えて
きたが、この敵は今までと格が違う。
しかも今、美由紀のそばには自分を含めて二人しか龍の魂を宿した仲間はいない。妃龍鬼殿に乗り込んだときにいた他の5人の仲間は自分
達を先に行かすため、次々と後に留まって別れてしまっていた。
7人全員揃っていても勝てるかどうかわからない。ましてや、たった二人では…
「ダメ…。こんなの、勝てない……」
美由紀の竦む足がぺたんと地面につきそうになった、その時
「ざけんなぁ!あたしは、あたしたちはこんな所に死ぬために来たんじゃない。
お前を倒し、日本を救うために来たんだ!!」
美由紀の横にいる地龍の魂を宿せし者、大地裕子が盛大に啖呵を切った。
「美由紀!あたしらは負けるわけにはいかないんだ。なんとしてでもあの龍鬼を倒し、日本沈没を阻止しないといけないんだ!
それが、残ってくれたみんながあたしたちに託した願いなんだ!」
「!!」
その言葉は、美由紀は萎えきった心にみるみるうちに生気を呼び起こしていった。
「そうだ…。私たちは負けるわけにはいかないんだ。私たちが負けたら日本が沈んじゃう。みんな死んじゃう!!
そんなことは…させない!天龍!!」
美由紀の呼び声とともに、美由紀の背後に美由紀の力の具現化である存在…守護獣・天龍が姿を表す。
「地龍!」
同時に、裕子も自らの守護獣・地龍を呼び出した。
「いけ、地龍!」
「天龍、お願い!」
美由紀と裕子の掛け声を受け、天龍が口から光のブレスを吐き出し、地龍はその巨体を猛然と突進させ龍鬼へと体当たりをかけた。
が、それを待ち構えた龍鬼は、天龍のブレスを素早い身のこなしでかわすと自らの2倍ほどもある地龍の体当たりを簡単に受け止め、あま
つさえ天龍へ向けて投げ飛ばした。
「ああっ、地龍!天龍!」
空中で交錯し崩れ落ちた天龍と地龍を見て裕子は悲痛な悲鳴を上げた。さすがに龍鬼は最強の守護獣だけあり、一筋縄ではいかない。
「どうした?もう終わりなのか。他愛の無い」
龍鬼妃の嘲笑が耳に入ってくる。まるで自分たちなど歯牙にもかけていないような見下した語感に溢れているものだ。
「くそぅ…。こんなんで、終われるかぁ!」
「あきらめるわけには…いかないもん!」
守護獣である天龍と地龍が手ひどくやられ、実体である美由紀と裕子にも少なからぬダメージが通ってきている。
が、二人としてもここで負ける訳にはいかないという思いは強かった。何しろ負けたら本当の終わりなのだから。
その二人の思いを胸に受け、天龍と地龍もゆっくりと立ち上がってきた。
「美由紀、同時に行こう。二人いっぺんにかかればそう簡単にやられはしないさ」
「わかった、裕子ちゃん!」

美由紀と裕子、二人の意思を汲み取った天龍と地龍はダメージが抜け切らない体を奮わせ龍鬼に二体がかりで突進していった。
対する龍鬼のほうは先ほどと同じく泰然と佇んでいる。もう一度弾き返してやると心の中でいっているかのように。
そして、二体の守護獣が龍鬼の間合いに入るまであと一歩の瞬間
「今だよ、天龍!」
美由紀が叫んだのと同時に、天龍はその口から先ほどのように光のブレスを放った。
だが、それは先ほどのものとは異なり龍鬼一点を狙ったものではなく、龍鬼の周辺一体に光の奔流を放っていた。これにより龍鬼の視界は
一瞬だが光一色に包まれ、その視界を著しく閉ざすことになってしまった。
「………っ!」
本能的に腕を顔にかざして司会を遮ったところに、光を突き破って地龍の巨体が姿を表す。
「そこだぁーっ!!」
地龍の丸太ほどの太さがある腕が大きく振りかざされ、大きく開いた龍鬼の腹に真っ直ぐに吸い込まれた。
ドカン!と大きな音が響き、地龍に比べて小柄な龍鬼の体が龍鬼妃の玉座のすぐ下まで吹き飛ばされ、玉座の石階段を瓦礫に変えた。
「グ、グゥゥ……」
吹き飛ばされた龍鬼は痛みからか、それとも怒りからか低く獣のような唸り声を上げていた。口元しか見えない顔からは、それでも怒りの
表情が読み取れるが、体のダメージが大きいのか体を持ち上げることは出来ないでいる。
「ほう…、龍鬼にここまでの痛手を負わせるとは…。さすがは七龍」
「どうだ龍鬼妃!お前の守護獣はあの様だ。大人しく降参して、この妃龍鬼殿を止めやがれ!」
裕子が高らかに勝利宣言を上げ、美由紀はその横でほっとした表情を浮かべている。
(これで、日本は救われる。みんなの願いを、かなえることが出来る!)
だが、龍鬼妃は表情を変えず相変わらず悠然と二人を見下している。そこには龍鬼がやられたことへの焦りなど微塵も感じられない。
「どうした?龍鬼はもう戦えないだろ!まさか、あんた本人が守護獣と戦う気でいるのかよ?!」
「まさか、いくら我とはいえまともに七龍と戦えるわけが無かろう。うぬらと戦うのは、こやつらじゃ!」
龍鬼妃がニィッと笑うと同時に、妃龍鬼殿の天井から何かがスタタッと落ちてきた。その数、5体。
「なっ!」
「えっ?!」
その姿を見て、美由紀と裕子はビシッと表情が凍りついた。

「「「「「………」」」」」

そこには、先ほど倒した龍鬼と全く同じ姿の者が5体立っていた。
違うとすれば、橙色だった龍鬼の尻尾がそれぞれ「白藍」「紺碧」「萌黄」「紅緋」「菖蒲」の五色になっているぐらいのものだ。
「そんな…」
あまりのことに美由紀は軽い眩暈に襲われた。同じ守護獣が6体もいるなんて思いもしなかった。しかも、もしそれら全てが先ほどの龍鬼
と同じ力を持っているとしたら…、勝てるわけがない。
「さあお前達、あの者たちに自分たちを統べる者が誰かを教え込んでやるのだ!」
「「「「「………」」」」」
勝ち誇った笑みを浮かべる龍鬼妃が仰々しく手を振りかざすと、新たに現れた5体の龍鬼は一斉に前に出張っていた地龍に襲い掛かってきた。
「?!やばっ…!」
突然の事態に裕子の対処が遅れた地龍は一瞬反応が遅れ、次の瞬間には地龍は全身を龍鬼に蹂躙され地響きを立てて崩れ落ちた。
「ぐはっ!」
地龍が受けたダメージは当然召還主である裕子へも届き、裕子は胸を抑えながらその場に片膝をついた。
「裕子ちゃん!」
美由紀が慌てて裕子の下へと歩み寄ろうとした時、それを上回る速さで二体の龍鬼が裕子へ向けて突進していった。
裕子へ向った白藍色と菖蒲色の龍鬼のうち、菖蒲の龍鬼がうずくまる裕子の腹目掛け速度の乗った蹴りを思いっきりめり込ませた。

ドォン!


「がっ!!」
守護獣のパワーで放たれた蹴りをまともに受けた裕子はそのまま壁まで吹き飛ばされ、派手な音と共に壁に叩きつけられた。
「ぅ………」
そのままずるずると崩れ落ちた裕子はピクリともその場を動かない。完全に意識を失っているようだ。
「裕子ちゃん!ゆうこちゃ……!」
気絶した裕子に必至に声をかける美由紀の背後から、突然物凄い殺気が襲ってきた。
バッと殺気の放たれる方向へ振り向くと、紅緋色の龍鬼が美由紀目掛けて腕を振りかざしながら突進してきている。
「きゃ…!」
美由紀は咄嗟に天龍を前に出し攻撃を防ぐが、一撃防いだだけで天龍は大きくよろめき傷口からだらりと血をこぼしていた。
もっとも、龍鬼の方も無事ではすまず天龍の反撃で肩口に傷を負っていた。
「………」
が、そんなことにも怯まず紅緋龍鬼は天龍へ向けて次から次に猛攻を仕掛けてきている。しかも、途中から残りの紺碧龍鬼と萌黄龍鬼も手
を出し始めてきている。
(このままじゃ……、いつかやられちゃう!)
とりあえず一番手元にいる紅緋龍鬼。これだけでも黙らせないとこっちがもたない。
「天龍!あの龍鬼に攻撃を集中して!」
他二体の龍鬼を無視してまで、美由紀は紅緋龍鬼を倒す覚悟を決めた。このままではいつかジリ貧になってしまう。
「グアアァッ!!」
美由紀の意を受けた天龍の勢いをつけた腕が、龍鬼の頭蓋をかち割らんとばかりに振り下ろされた。

がしぃん!

龍鬼の額冠と天龍の爪が派手な音を立てて激突し、紅緋龍鬼の動きが一瞬止まる。
次の瞬間、龍鬼の額冠にぴしり、と亀裂が入り真っ二つに割れ床に澄んだ音を立てながら転げ落ちた。
「!!」
その時、美由紀の動きが止まった。
別に龍鬼の動きを止められたことに安堵したわけではない。紅緋龍鬼の額冠が割れた後に出てきた龍鬼の素顔に強烈な衝撃を受けたからだ。
「え……、そ、そんな……。真由、ちゃ ん……?!」
紅緋龍鬼の素顔…。それは、美由紀の親友で同じく七龍・炎龍の魂を宿せし者、炎真由のものだった。
他人の空似ということもあるかもしれない。が、ぱっと見る限りそれは真由の顔そのものだった。
もっとも、顔から表情は失われその眼は暗い金色に輝いているのだが。
美由紀が真由ちゃんと呼んだ龍鬼はしばらく美由紀を見た後、ゆっくりと口を開いた。
「真由……?私は炎龍。皇龍の従者であり龍脈を守護する者。真由なんて名前ではない」

「え??!!」

龍鬼の口から出た声はまぎれもなく真由ものだった。が、美由紀が驚いたのはそのことではない。
真由は自分のことを炎龍と言っていた。確かに美由紀達は七龍の魂を受け継いで入るが七龍そのものを名乗っているわけではない。
なのに真由は、まるで自分が炎龍そのもののような口ぶりで美由紀に向けて話し掛けていた。
「どうしたの真由ちゃん?!何を言っているの?!真由ちゃんなんでしょ?ねえ!」
「私は炎龍。龍脈を守護する者。あなたは天龍。龍脈を守護する者。
私達に過去の名前なんて意味が無い。七龍として目覚めた時点で、自分の使命を全うするだけ」
「真由ちゃん……っ?!」
絶句する美由紀の周りで、他の龍鬼たちも額冠を外していった。


「私は聖龍。龍脈を守護する者」
白蓮龍鬼の額冠の下から聖ゆかりの顔が現れる。
「私は海龍。龍脈を守護する者」
紺碧龍鬼の額冠の下から海原美里の顔が現れる。
「私は飛龍。龍脈を守護する者」
萌黄龍鬼の額冠の下から飛知和景子の顔が現れる。
「私は雷龍。龍脈を守護する者」
菖蒲龍鬼の額冠の下から雷晶の顔が現れた。
そのいずれもが、ついさっきまで一緒に龍鬼妃の野望を阻止するために集い、共に戦ってきた七龍の魂を宿した同士であって友であり、
そのいずれもが、真由と同じように能面のような表情に暗い金色の瞳を煌かせていた。
「う…そ……。みん な……
じ、冗談だよね……。みんな、私を驚かそうとしてるだけなんだよね………」
ショックで立っていられなくなったのか、美由紀はへなへなと腰を折るとその場にぺたりとしゃがみこんでしまった。
その顔には、目の前の事態を受け入れられないかのように引きつった笑みが浮かんでいる。
「冗談ではない。そやつらは七龍の真の使命に目覚め、我に付き従うことを選んだのじゃ。
その、龍の額冠の力でな」
龍鬼妃が、自らの額にもつけている額冠を指差す。
「まあ論より証拠。あれを見るがいい」
一番奥にいたゆかりがくるっと振り返ると、懐から自分が見につけていた額冠とは別の冠を取り出し気絶している裕子の下へと歩み寄っていく。
そのまま冠を持っていないほうの手で裕子の首を掴んで強引に立たせると、その額に冠をかちりとはめ込んだ。

「!!」

その瞬間、意識が無いはずの裕子の体がビクン!と大きく跳ねた。
「が、がああああぁぁぁぁっっっ!!!」
まるで獣のような声をあげ、ゆかりに首を掴まれたまま裕子の体がガクガクと揺れ動いている。
「ゆ、裕子ちゃん…!」
美由紀がかろうじて声を出したその時、裕子が身につけている服がバン!とはじけとんだ。
露わになった裕子の裸体の表面を額冠から黒光りする軟質ラバーのようなものが流れ落ちたちまち覆い包んでいく。
体のところどころに筋が入り、装甲でも付けられたかのように硬質化していく。
肩のラバーが盛り上がり、鬼の頭蓋骨のような形を形成すると同時にラバーがめくれ、中から金属製の肩当が飛び出してくる。
そして、裕子の後頭部がブクッと盛り上がったかと思うと、髪の間から粘液を滴らせながら赤銅色の尻尾がズルズルズルッ!と伸びてきた。
「ううぅ…、があぁぁっ!!」
尻尾が伸びきった時に一際大きく吼えた裕子の口からは、まるで肉食爬虫類を連想させるかのように全ての歯が牙となって伸びていた。
「ハアァッ、ハアァッ……」
ゆかりの手から解放され、荒く息をつく裕子の姿は、周りにいる他のみんなと同じく龍鬼そのものの姿になっていた。
「あの通り、七龍に付けた龍の額冠はそれを通じて我の力と意思を通じさせ、七龍が本来あるべき姿と心を呼び覚ますことが出来る。
さあ地龍、うぬは一体何なのじゃ?申してみい」
「う、うぁ…。あ、あたしは……」
額冠に隠され表情は伺えないが、裕子はまだ微かに残っている自身の意思を必至に繋ぎとめて抵抗しているように見えた。
が、それも長くは続かなかった。
額冠の中央にある水色の宝石がボゥっと光ったかと思うと僅かに見える裕子の顔の口元から表情が消え、龍鬼妃のほうへスッと立ち上がった。
「…あたしは、地龍。皇龍の従者で龍脈を守護する者。皇龍に付き従うことが、私の使命」
その台詞は、先ほど真由が美由紀に対して放ったものと殆ど変わらぬものだった。
「い、いやぁ……裕子ちゃん、裕子ちゃん………」


美由紀は真っ青になった顔に両手を当て、がたがたと震えながら裕子の変貌を目の当たりにしていた。真由ちゃんも、ゆかりちゃんも、み
んなもこのようにして変えられていったのだろうか。
どこで間違ったのだろう。自分たちは龍鬼妃を止めるために妃龍鬼殿に突入したはずだ。龍鬼妃に手を貸すためでは断じてなかった、はずなのに。
「うぬらが途中で離れ離れになったのは我にとって正に僥倖。七龍全員が一揃いになっていたら額冠を嵌めることすら困難であろうが、一
人二人ならばそれも容易いこと。
ただでさえ一人では我に及ばぬうぬらが別れて行動するなど、愚か極まれりと言うことよ」
「わ、別れて…?!」
そうだ。自分たちは一丸となって来た筈なのだ。先を急がなければいけないという事情があったにせよ、別れるべきではなかったのだ。
その結果が、今の取り返しのつかない事態を招いてしまったのだから。
「さて、天龍。残りはうぬ一人。うぬにも本来の使命を思い出させてくれようぞ…。地龍」
「はい」
龍鬼妃の言葉に裕子はこくりと頷き美由紀のほうへと振り返った。その手には、例の龍の額冠が握られている。
「ヒッ!」
言い様のない恐怖に襲われた美由紀は立ち上がって逃げようとしたが、その行動を起こそうとした直前、両肩を何者かにがしっと掴まれた。
「美里ちゃん!景子ちゃん!」
美由紀の両側面には、逃がさんとばかりに美里と景子が目を光らせながら美由紀を拘束していた。ただでさえ二人がかりの上に龍鬼の姿を
している二人の力は恐ろしく強く、美由紀がどんなに力を入れてもびくともしない。
「やだっ!美里ちゃん、景子ちゃん!離して!!」
美由紀は泣きながら懇願するが、美里と景子はそれに対し眉一つ動かそうとしない。
「ダメよ天龍、逃げるなんて」
「あなたも皇龍に仕える悦びを思い出すのよ」
すでに完全に龍鬼妃の従者と化している美里と景子にとって、龍鬼妃に仕えるのは至極当然のことであり美由紀がそれを頑なに拒んでいる
ことのほうが理解できないことだった。
「天龍…」
裕子が額冠をかざしながらかつん、かつんと足音を立てて近づいてくる。
「裕子ちゃん…やだ…、やだ!」
「天龍…そんなに恐がることはないよ。あたし、思い出したんだ。
これがあたし達の本来あるべき姿なんだって。皇龍の意思に従い、それを実現させることがあたし達七龍の使命なんだってさ」
額冠の下に見える裕子の顔は、僅かだが笑みを浮かべているように見える。
それが美由紀には、逆にたまらなく恐かった。
「さあ天龍、あんたもコレをつけて本当の姿に戻るんだ」
裕子の手に握られた額冠が美由紀の眼前に迫ってくる。美由紀を人間でなくしてしまう、悪魔の冠が。
「やだっ!やだぁっ!!」
美由紀はせめてもの抵抗をと、頭をブンブンと揺すって額冠を嵌めるのに懸命に抵抗した。だが、
「天龍、大人しくしなさい」
後ろから真由が両手で美由紀の頭をがちっと押さえつけてしまった。もう体のどこも動かすことは出来ない。
「やめてぇーっ!!真由ちゃん、裕子ちゃん、みんなぁーっ!!」
最早目をつぶることも出来ず、恐怖で見開いた美由紀の視界が額冠の裏側で占められ…、
顔の皮膚に額冠のひやりとした金属の感触がぴちっと触れた。

「あうっ!」

その瞬間、美由紀の脳内に直接龍鬼妃の強大な意思が流れ込んできた。
それは、美由紀のちっぽけな人間の意思など意に介さず美由紀の心を侵食し、別のものに塗り替えていった。
「ああああぁぁっっ!!」


美由紀の中で龍鬼妃という存在が、見る見るうちに大きく占めるようになっていくのが自覚できる。
(あぁ…っ!あ、頭が龍鬼妃のことしか考えられなく……ダメッ!
わ、私は龍鬼妃を、龍鬼妃を……。あれ、なんだっけ……?!)
龍鬼妃をなにかする。そこまでは思い出せる。だが、肝心な『なにか』が思い出せない。
何かとっても大事なことだった気がする。龍鬼妃が、私にとってとっても大事なこと……
龍鬼妃が、私のとってもとっても大事なこと……
龍鬼姫は、私のとってもとっても大事なもの……
(ああ、そうか……)
思い出した。龍鬼妃は自分にとって、何よりも大事な存在。自分たち七龍を統べる皇にして、この日本を護る存在。
そうだ、私は生まれる前からずっと、あの方に仕えていたんだ。
私は、人間じゃないんだ。この日本の龍脈を守る、龍だったんだ。
「うああぁぁっ!!」
この体が、どんどん変わっていっている。弱い人間の体の殻を破り、本来の龍の体を取り戻している。
ほら、この四肢。皇龍を守るための強い力を生み出している。
見て、この爪と牙。皇龍に手を出そうとする不埒な存在を滅ぼすために長く、鋭く伸びているの。
あん、頭が気持ちいい…。あ、あ、あっ!
伸びてきたよ、伸びてきたよ!私の尻尾!とっても綺麗な白磁色!これこそ龍の証。他の七龍のみんなと同じ尻尾。
これで私もみんなと同じ。皇龍に仕える七龍の一員になったんだよ……。嬉しい……

「………はぁん…」
完全に他の七龍と同じく龍鬼の姿になった美由紀は、身を震わせながら軽く哭いた。自分に残っている人間の残滓を全て振り払うかのように。
「天龍、これでうぬも晴れて我の従者となった。どうじゃな?うぬが使命、思い出したか」
美由紀の耳に龍鬼妃の言葉がじんわりと染みこんでくる。その声を聞いているだけで美由紀はこの上なく満たされた気分になった。
「はい。私は天龍。皇龍の従者にして龍脈を守護する者。皇龍の意思に従い、それを実現することが私の使命」
龍鬼妃に従うこと。このことに美由紀は最早何の疑問も抱かなかった。自分は龍鬼妃の従者であり、自らの意思などは持たずただ龍鬼妃が
望むことを実現させること。それだけが今の美由紀の、いや7人の龍の魂を持つものの総意だった。
「では始めようぞ。我とうぬらの力、全てをあわせ妃龍鬼殿を東京湾下の龍脈にぶつけ、この日本を沈没させて全てを浄化するのじゃ!」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

龍鬼妃から金色の、そして七龍の体から白、茶、赤、青、緑、空、紫の光が放たれ妃龍鬼殿全体を包んでいく。
8色の光に包まれた妃龍鬼殿はその沈下速度を増し、東京湾の深く深くまで突進し…、地下深くを走る龍脈に楔となって打ち込まれた。


それから48時間後、日本は大激震とともに海中深くに消え去り、永い眠りの時を歩み始めた。
いつか人間によってもたらされた穢れが完全に浄化され、龍鬼妃とつき従う7匹の龍によって始まる再生の時を迎える日まで。




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