紅戦士転生

『紅戦士転生』

20XX年、怪人たちを率いる謎の組織・イビルアイは日本中で犯罪活動を繰り広げていた。
超自然の力を操る怪人の前に、警察、そして自衛隊は全くの無力。

だが、彼らの野望の前に、2人の戦士が立ちふさがった。
魔導装甲を身にまとう、正体不明の仮面の戦士。
ガードスターズを名乗る彼女たちは何度もイビルアイの怪人たちを倒してきた。
だがその戦いも、ある廃倉庫において劇的な局面を迎えようとしていたのだ…



「いい気味だこと、ファイアスター」
怪人たちを率いる悪の組織イビルアイの女幹部、メデューサは余裕の笑みを浮かべながら、
炎をあしらったメタリックな鎧に頬をよせた。紫のマニキュアの塗られた指が、鎧の上を這い回る。
「完全無欠の魔導装甲も、この吸魔生物の前では全くの無力だったわねえ。もうちょっとがんばってくれると思っていたんだけれど」
『クソッ、魔法が通じたらこんな奴、一撃で倒してやるのにッ!!』
ファイアスターこと星川朱美は、仮面の奥で唇をかみしめた。四肢に精一杯の力を込めてみるものの、彼女の手足を拘束する触手はびくともしない。
こんなことなら、蒼(そう)の言うことをちゃんと聞いておくのだった。
彼女のけんか友達にしてガードスターズのもうひとりの戦士、アクアスターの小言が思い出されるが、もう遅い。
いつものメデューサの悪だくみと思って突入してみたものの、待っていたのは魔導装甲の力を吸収する能力を持った敵。
のらりくらりと彼女の魔法を吸収する相手に、ついかっとなって必殺技をたたき込んだはいいが、その隙をねらっていたもう一体の触手に捕らえられてしまったのである。


「ウフフ、私の演技にまんまと騙されて単独行動に出るなんて、なんてウブで可愛いのかしら」
「黙れ、この薄汚い怪人め!」
怒鳴った口に、ぬるりとした感触。
メデューサの顔が眼前に、そして唇のこの感触は……
「!!!!!」
キスをされた、という認識が頭に浮かぶよりも早く、朱美は顔を背けていた。
「なによぅ、そんなに嫌がらなくったっていいじゃない」
キッ、とメデューサのにやけた顔を睨んだ朱美は、そこでやっと、事態の意味を理解した。
「やっと気がついたの? ンフ、思ってたよりも可愛い顔よね、ファイアスターちゃん」
そう、彼女の顔を隠していたはずの仮面は、いつのまにか消え去っていた。つまり、彼女の魔導装甲を維持していた魔法力が消失しかけているのだ。
『クソ、このままじゃまずい!』
心の焦りを気取られまいと、ふふん、と鼻で笑ってみせる。
「何のつもりか知らないが、この程度であたしたちをやっつけたと思わないことだな」

「そう?」
メデューサの声が、ことさらに楽しげなものへと変わる。
「でもあたしにとっては、目を見られるだけで十分なのよねぇ」
しまった、と思ったときにはもう遅かった。メデューサの目は、見るものを幻想の中へと引きずり込む。
メデューサの作り出した精神世界にとらえられた人間は、心に秘めた思いの全てを読み取られ、もてあそばれてしまう。
「ああ、やめろぉ…」
抵抗むなしく、朱美の意識は闇へと沈んでいった。


ぬるま湯につかっているような心地よさが、体を包んでいる。朱美はどことも知れぬ空間の中を漂っていた。
「これが、メデューサの精神世界…」
アクアスターから話は聞いていたが、彼女がここへくるのは初めてだった。
見渡す限り何もない空間に、夕暮れ時のようなうすぼんやりとした明かりがあふれている。
ふと思いついて体を動かそうとするが、やはり体に力が入らない。
触手に捕らえられたままの現実の影響だろう。
「お前の能力はわかってるぞ!」
何もない空間の中、朱美は叫んだ。そう、要するに精神力で負けなければいいのだ。
この世界を作り出しているあいだ、メデューサの本体は現実世界で無力なまま。
自分が粘り続けていれば、仲間がなんとかしてくれるに違いない。


「まあ、すばらしい精神力だこと」
虚空からにじみ出るように、メデューサが姿を現した。
「あたしを簡単に料理できると思ったら、大間違いだ」
「そう、きっとそうでしょうね。あなたはとても優秀な魔法使いだもの」
「どういう意味だ」
ふふ、と笑って、メデューサは言った。
「あなた、私たちと戦うとき、生き生きしてるわよね」
「…何の話をしている?」
「あなたはすごく魔法の使い方がうまいと思うわ。ついこの間まで、魔法の存在を知らなかったなんて思えないくらい」
「フン、あたしにゴマをすろうっての?」
「あなたは今まで、私たちと戦うためにその力を使ってきた。そのためにこそ、その力を使うことが許されていた。そうでしょう?」
メデューサの声が、いつの間にか妙な反響を伴っていた。彼女の声を聞いていると、どこか、頭の中が痺れてくる。
「そうだ…父さんが作った、最強の鎧…イビルアイと戦うために…」
「わたしたちを倒してしまったら、その力はどうなるのかしら?」
一体、何の話をしているのだろう。たしか、しなければならないことがあったはずだ。
いや、知られてはいけないことだった? それとも、知ってはいけないこと?
「…わからない…」
今はなんの話をしているのだったか。全てが霧の中のようで、そもそも自分は誰と話していたのだったか?
目の前には、女が一人。焦点を合わせようとするのだが、どうしてもその顔をはっきりと捉えられない。
何かがおかしい。だけど、何がおかしいのかわからない。
「そう、でもきっと、取り上げられてしまうわねぇ。あなたの素敵な魔法の力」

「え…」
朱美の顔に不安の陰がよぎる。
「だってそうでしょう、本当はただのつまらない女子高生のあなたが、そんな強大な力を持っているなんて、おかしいもの」
「そんな…あたしはただ…」知りたくない。
「あなたはただの女子高生。魔導装甲がなければ、何の取り柄もない女の子でしかない」
「そんなことない…」
違う。
「いいえ、だってあなたは、あの天才、星川博士の子供なのに、全然優秀じゃない。そうでしょう?」
「ちがう、ちがうもん」
朱美は弱々しく首を振る。
「あなたのお友達だってそう思ってるわよ。あの学園一番の秀才。あの子は陰で、あなたを笑ってる」
「そんなことない、そうはいい子だもん」
「いいえ、ホラ、見えるでしょう、あなたがいなくなって、せいせいしたって言ってる。自分の言うことを聞かない人間はいらないって」
「そんなの、そんなのいや、いやだよ…」
もう朱美は子供のように、小さく丸まって耳を塞ぐばかりだ。
そのようすを見下ろしながら、メデューサはにやりと笑みを浮かべた。
縮こまる朱美の体を包むように、あるいは捕らえた餌を吸い尽くそうとする蜘蛛のようにして、メデューサは彼女の耳にささやきかける。


「彼らを見返してやりなさい」

ぴく、と朱美の体が震えた。

「あなたの魔導の才能を、好きなだけ使って構わないの。その力で、邪魔者たちを支配してしまえばいい。私たちは、あなたの味方。あなたは、私たちと同じ」
耳を塞いでいた手が、少しずつ離れていく。
「あなたは自由、あなたは、好きにしていいの」

「わたしは、すきなことをしていいの?」
「ええ」子どもをなだめる母親のような優しさで、メデューサは言う。

いつの間にか、現実の世界に戻ってきていることにも、朱美は気づかない。ただ、メデューサに体を預けて、じっとしている。
「さあ、星川朱美ちゃん、本当の自分に生まれ変わるの。思うがままに魔力を行使する、ほんものの魔女としての自分に、ね」
メデューサはつぶやくと、彼女の瞳をのぞき込んだ。虚空を彷徨っていた視線が、しだいに焦点を結んでいく。
「うん、わたし、うまれかわるの。だれもわたしにすきなことをやめさせることなんてできない。わたしはつよくなるの。ずっと、ずっとつよく……!」
彼女の手に握られた宝石、魔導装甲の起動アイテムであるフレイムジュエルが、微妙にその色を変える。炎の明るい赤から、
沈んだ闇をたたえた血の色へ。そして、同じ色の光の、いや、闇の帯が宝玉から伸びていく。
それはリボン状になって、朱美の体の周りに浮かび、幾重にも彼女を包んでいく。
メデューサはそっと彼女から離れ、その様子を満足げに見守っている。と、次第に緋色のリボンは朱美の体にまとわりついていく。
彼女の制服はリボンが触れた場所から浸食されるように塵と化して消えていく。まるで朱美が今までの生活を脱ぎ捨てるように。
そして、リボンは体に巻き付くと姿を変えていく。あるものはブーツに、あるものはロンググローブに、そしてあるものはドレスに。
変化が終わった後、そこに立っていたのは、ファイアスターと呼ばれていた戦士とはまるで違う存在だった。
ワインレッドを基調としたドレスは、胸元が開き、そこから黒のレースを覗かせている。裾は短く、同じく赤いブーツとの間に輝くように白い脚を覗かせている。腰まで伸びた髪は艶やかに、かつての快活さは消え去り、あるのはただ、人を惑わす妖しさだけ。
「おめでとう、朱美」
ゆっくりと開いたその瞳には、凶暴な光が灯っていた。

「あぁ」
彼女は息を漏らす。その息にすら、人を惑わす魔力が込められている。人をかしずかせ、絶対の忠誠を誓わせる魔力だ。
「メデューサ様、わたし、最高の気分です」
そう、と答えて、メデューサは朱美だった存在の頬に手を触れた。ぴくり、と彼女の体が動く。
メデューサにも、彼女の中を駆けめぐる魔力と、それが彼女にもたらす快感が流れ込んでくる。
「すばらしいわ、朱美ちゃん」
言って、新たに誕生した魔女の唇をなぞる。ふたたび、彼女の口から、魔性の吐息が漏れた。
「あなたに、新しい名前をあげる」
「あたらしい、名前?」
「そう、私たちの同胞としての名前よ。あなたは、セイレーン」
「せい、れーん…」
「その姿を見るもの全てを魅了する、妖艶なる魔女」
セイレーン、という新たな名を、かつて朱美だった存在はもう一度つぶやいた。
「そう、わたしはセイレーン。人々を魅了し、従わせるの。誰も私の力には逆らえない…」
その口に笑みが浮かぶ。妖しく、人を惑わす微笑みが。
「ああ、早く人間たちのひれ伏す姿が見たい。ねえ、メデューサ様、お許しをいただけるかしら?」
その物欲しげな瞳に、さすがのメデューサもうなずいてしまいそうになる。
今のセイレーンの力は、メデューサすら魅了しかねない力を持っていた。
その凶暴な魔法力は、ただし、直接にメデューサを操ろうとはしない。
彼女にとって、メデューサは自分の存在を受け入れてくれた居場所であり、世界でただひとつ、自らの主として認める存在であった。
だからこそ、セイレーンの『お願い』に、メデューサはやんわりと答えることができた。
「そのためには、まずあなたの昔のパートナーを狙わなくちゃ。そうでしょう?」
その言葉に、セイレーンの瞳がぱっと輝いた。
「ええ、もちろんだわ! まずは蒼、あの子を快楽漬けにして、わたしに犬みたいにおねだりするようにしてあげる。そう、ほんとに首輪をつけて、犬として飼うの。ああ、待ちきれない」
かつての彼女であれば、思いつくことすらできないような言葉を並べ、楽しげなセイレーン。
その変貌ぶりに、思わずほほえんで、メデューサは彼女の頭を抱いた。
「これから、すてきなことが沢山待っているわよ」
「ええ、とっても楽しみ♪」
そして二人の魔性は、貪るように互いの唇を求め合うのだった。


END


「蒼戦士堕落」


夢を見ていた。
おかしな話だけれど、夢の中で、私は安らかに眠っていた。
誰かの膝枕に身を預け、何も身にまとわず、裸の私。
膝枕をしてくれる誰かが、私の頭をなでてくる。やさしい仕草。
私はその人のことが好きでたまらない。その人は、誰だっただろう?
…ご主人さま、そう、私のご主人さまが、やさしく声をかけてくれる。
「いい子ね、蒼(そう)。無防備なあなたは、とても可愛らしいわ」
私は、わうん、と恥ずかしくなるような媚びた声を上げ、でもやっぱり頭をなでる感触がうれしくて仕方がない。
そう、夢の中の私は犬。
ただご主人さまの命令に従い、そしてご褒美をもらえるのが大好き。
そんな単純な生き物。
この幸せが、永遠に続けばいいのに。そう思いながら、私はご主人さまを見上げる。その顔は、私のよく知っている人で…


耳元で響く携帯電話の電子音に、和泉蒼(いずみ そう)は目を開いた。
朦朧としながらもとっさに手にした携帯から、聞き慣れた友人の声が飛び込んでくる。
『ひさびさの事件だぞ、蒼』
「事件?」
ぼんやりと呟いた頭が、急速に現実を把握する。ふつうに勉強していたはずなのに、いつの間に眠ってしまったのだろうか?
机上の時計で時間を確認する。午後8時。勉強を始めてから、それほど経ってはいない。
いや、そんなことよりも、今は『事件』だ。
電話の相手、星川朱美が事件というならば、それはつまり彼女たちの出番、ということなのだから。
『テレビを見てみなよ。どこのテレビ局も生中継してる』
「イビルアイなの? 最近はご無沙汰だったけれど、ようやくといったところかしら」
朱美が単独行動でピンチに陥って以来、この2週間ばかり、イビルアイは鳴りを潜めていた。
だが魔導装甲の対抗策が破られたくらいで諦める彼らではないことは、蒼もわかっている。
連中が密かに、何かの準備が進めていたであろうことは、想像に難くない。
部屋のテレビをつけると、報道ヘリの空撮映像が飛び込んできた。
街のど真ん中に、大きな蔓状の植物が生えている。
それも規格外の大きさだ。隣の駅ビルほどもあり、中心部から生えたいくつもの触手が、どうやら人を襲っているようだった。


「…ずいぶん派手な挑戦状だこと」
『派手な戦いになりそうだ。蒼、あたしはもう近くまできてるんだけど…』
その言葉に、蒼は先ごろの戦いを思い出した。
朱美が独断で戦った結果、もう少しで彼女を失うところだったのだ。
「…いいえ、まず一度落ちあいましょう。駅の裏手の路地に。そこで作戦を立ててから、行動開始よ。わかった?」
『へいへい、わかりましたよ、リーダー様』
「私もすぐに行くから、それまで我慢してちょうだい」
携帯を切って、蒼はため息をついた。
自分が損な役回りをしていることはわかっている。
学園きっての秀才と呼ばれ、人を率いていく立場を押し付けられ、幼馴染の朱美とも、知らず知らずのうちに距離ができてしまった。
それでも蒼はみんなの期待に応えたいと思っているし、そうやって幸せをもたらすことが、自分の喜びでもある。
朱美とともにガードスターズとして戦う道を選んだのも、そう思ったからだ。
けれど、今のように親友から皮肉な態度をとられると、憂鬱な気分になってしまう。
ふう、と再び溜息をつきながらも、てきぱきと身支度を整える。

「そういえば…」
さっき見ていた夢に、朱美が出てきたような気がする。
しかし、どんな役回りだったのか、そもそもどんな夢だったのかすら、少しも思い出せない。
実際のところ、最近の蒼はよくこんな目覚めを経験していた。
「もしかして、何かの象徴なのかしら…」
だとしたら、朱美は何の意味を持っているのだろう?
何にせよ、今は現実の問題をなんとかしなければ。
朱美がいつもの短気を起こさないよう祈りながら、彼女は家を出たのだった。



ガードスターズの正体は、人類に魔法の力を受け入れる準備ができるまで、秘密にしなければならない。
それは魔法装甲の開発者である天才、星川博士の遺言だ。
だから今日も、朱美と蒼の二人は、人気のない場所を探さなければならなかった。
人気のない路地裏。駅前の植物に群がる報道陣も、駅をはさんだ反対側まではやってこないようだった。
「じゃあ、あなたが前衛。敵の攻撃をうまく誘導して、街に被害が出ないようにして。そのあいだに私があの植物を分析するから」
「突っ込んで必殺技をブチあててやればいいんじゃない?」
朱美の言葉に、蒼は首を振った。この間のこともある。すべてが彼女たち二人をはめるための罠かもしれないのだ。
慎重にやらなければならない。なにせ、人々の命がかかっているのだから。

しかしなんだろう、この違和感は。
蒼は朱美の顔をまじまじと見つめた。
言っていることも、蒼の言葉に不満げに頬をふくらませる子供っぽさも、いつもどおりの彼女だ。
けれど、どこかが違っている。なんというか、色気のようなものを感じるのだ。
テレビのいわゆるお色気タレントのような、男に媚びるそれではなく、どことなく高貴な、それでいて艶めかしさを感じさせる…
もしかしたら、男でも作ったのだろうか?

まさか!

頭に浮かんだ思いを打ち消すように、蒼はぶるぶると首を振った。
「どうした?」
「なんでもありませんわ。早く変身しましょう」
ぷい、と顔をそむけて、蒼は言った。
「あなたの役目はおとりなんですから、このあいだみたいに無茶をしてはダメよ」
「この間、ねえ…」
朱美の声の調子が、微妙に変わる。
けれど、自分でも気づかぬままに顔を赤らめた蒼は気がつかない。
「そうよ。朱美ったら、もう少しでメデューサのおもちゃにされるところだったんだから」
「メデューサ様のおもちゃ…」
「そう、あいつの邪眼に取り込まれてしまったら…、って、メデューサ『様』? あなた、一体なにを!」
言いながら、朱美からぱっと離れる。と同時に、いつでも変身できるよう、水の宝玉、アクアジュエルを構える。
朱美の顔には、今まで見たことのないような妖しい笑みが浮かんでいた。
「あーあ、蒼ったら、変なところで勘がいいんだから」
朱美が言いながら、綺麗な長い髪をかきあげる。
長い髪?
朱美はずっと、ショートカットで通してきたはずだ。髪を長く伸ばすのが煩わしいと言って。
なぜ気がつかなかったのだろう。この間の戦いまでは、確かにベリーショートだった髪が、いつの間にか伸びていたことに。
たった2週間で、これほど髪が伸びるわけはないというのに。
「メデューサ様の玩具…それもいいかもしれないわね。あなたがこれから私の玩具になるみたいに!」
その言葉とともに、朱美の体を炎が包み込んだ。
眩しさに目を細めながらも、蒼もまた叫んでいた
「清らかなる水の力よ、我に守りの鎧を与えよ!」
地面から噴き出した清流が、蒼の体を包み、瞬く間に強固な鎧へと姿を変えていく。
「アクアスター、セットアップ!!」
「ンフフフフ、魅了の魔女セイレーン、こ・う・り・ん♪」
その姿は、まさに魔女という言葉にふさわしいものだった。体のパーツそれぞれを見れば、確かに彼女は星川朱美その人に他ならない。
けれど、その表情、仕草、すべてが妖しげな魅力に満ち溢れている。
まるで朱美を一度分解して、妖艶という名の粘土でもう一度作り上げたかのような存在が、そこに立っていた。


「朱美、本当に朱美なの?」
蒼は信じられない思いで呟いた。
「いいえ、私はもう星川朱美なんてちっぽけな存在ではないわ。メデューサ様に仕える魔女セイレーン。それが今の私」
言いながら、すっと右手を伸ばす。と、何もない空間からねじくれた杖が出現した。
ほぼ同時に、アクアスターも水流を操り、自らの武器、水霊槍ゲイボルグを手にする。
「メデューサ様の邪魔をするアクアスター、あなたを破壊してあげる」
まるで、フィルムの間が飛んだようだった。目の前に現れた杖を、なんとかいなす。
きらりと目の端で光った何かに反応し、アクアスターはかろうじて、小手で第2撃―セイレーンの左手に握られた血の色をした短剣―を受け止めた。
「さすがに、秀才は違うわねえ」
「目を覚ましなさい! あなたはメデューサに操られているのよ!!」
体をかわしつつ、蒼はいったん距離をとる。
「思い出しなさい! あなたはもっと、純粋で、まっすぐな人間だったはず」
「そうねえ、あなたはいつでも、私をおっちょこちょいな子どもだって思っていたものねえ」
「そんなことは…!」
再び、打ち合う両者。
「生まれ変わる前は、あなたのことを憎んでいたわ。でも、今はそうでもないの」
押し負けないよう、必死のアクアスター。だが、セイレーンは余裕の表情で、顔を寄せてきた。
耳元に、甘い吐息が吹きかけられる。

「私、ずっとあなたの心を覗いていたのよ。あなたの夢の中も、ね♪」

「なんですって!!」
力任せに霊槍を振りぬくアクアスター。
「私の心を覗いたですって!! よくもそんな…!」
「ええ、だからあなたが心に秘めた望みも全部知っているの。自分では気がつかないくらい、奥底に秘めた望みもね」
これはもはや、いつも喧嘩しながらも、心の底で親友と認めてきた人間ではない。
アクアスターは、ゲイボルグを構え直した。アクアスターの必殺技、『百鬼貫破』の構えだ。
「邪に堕ちたかわいそうな朱美、私の全力を以て倒します!!」
「さあ、どうかしらねえ、かわいい蒼ちゃん♪」
瞬間、強烈な光があたりを覆いつくした。


勝てなかった。
仰向けに転がった蒼は、絶望的な心でその事実を認識した。
彼女は半壊したビルに倒れ伏していた。魔法装甲は失われ、破れかけた制服が体にまとわりついているだけだ。
その眼に映るのは、星のない空ばかり。
けれど、かつ、かつ、と近づいてくるヒールの音が、勝者が誰であるかを如実に物語っていた。
「あらあら、かわいそうな姿になっちゃって」
朱美であった魔女の嘲る声が聞こえる。
その魅惑的な顔が、首を動かすこともできない蒼の顔をのぞき込む。
彼女は、笑っていた。先ほどの妖しげな笑みとも違う、どちらかといえば、かつての朱美のような笑顔。
体育祭で優勝杯をつかんだ時に見せた笑顔だ、と、絶望に打ちひしがれる蒼の頭のどこかが、懐かしい思い出を引きずり出す。
けれどもその視線が向けられたものに気がついて、蒼は息を呑んだ。
「いい格好ね、きっと学園の男子たちが見たら、鼻血を出しちゃう♪」
彼女のボロボロの制服は大きくはだけ、そこから胸が露出していた。
「きれいな乳首。うらやましいわあ、こんなに大きくって」
「や、やめなさい!!」
ワインレッドのグローブが、蒼の乳首をとらえ、いじくりまわす。
「ちょっと立ってきたんじゃない? まったく、学園一の秀才なんて言われていながら、こんなにいやらしい体をしてるんだから」
セイレーンの声はあくまで楽しげ、だがそこに含まれた残忍な響きを感じて、蒼はなんとか彼女の手から逃れようとする。
が、その動きがグローブと乳首との摩擦を生んでしまう。
「ヒィん!!」
思わず声が上がる。自分でも驚くような、はしたない声。
「ああ、いい声ね」
恍惚とした表情で、セイレーンは自らの獲物を見下ろす。
「これからあなたの望みを解放してあげる。わたしなりにアレンジしたやり方だけれど、蒼も気に入ると思うわ♪」
そう言って、彼女は自らの長い髪を一本引き抜いた。
「あなたに、魔法のほんとうの魅力を教えてあげる。きっと病みつきになるわよ」
いいながら、手にした髪の毛をしごく。柔らかだった髪が一本の針へと、姿を変えた。
「ちょっと痛いかもしれないけれど、我慢してね」
抵抗しようとしても、体が動かなかった。その針は、露出した胸、鳩尾、腹部をなぞり更に下へと向かう。
「や、やめろ!」
その向かう場所に気がついて、蒼はよわよわしい拒否の声を上げる。
だがそれすらも、今のセイレーンにとっては興奮をもたらすスパイスにしかならないようだった。
「い・や・よ♪」

プスリ!



「あああああッ!!!」
クリトリスを襲った痛みに、蒼は思わず悲鳴を上げた。
「あーあ、正義の戦士が女の子みたいな悲鳴を上げちゃって。ああ、今はただの女の子だったっけ」
楽しげに言って、ぺろり、と蒼の頬を嘗める。
「でも、もう蒼はふつうの女の子じゃなくなるのよ」
「あ、あ、あああああッ!!」
蒼の下半身に、いつもの魔法とは違う、得体の知れない力が集まっていく。それは出口を求めるように一点に集い、さらに外へと突き進む。
「いや、出ないで、出ないでぇッ!」
叫びとともに、それは姿を現した。
「ああ、私に、こんなモノが…」
力なくつぶやく蒼。話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。
そもそも、それがほんとうにそうなのかもわからない。
だが彼女の生物としての本能が、それがなんであるかを告げていた。
「ああン、とっても大きなおちんちん生やしちゃったねえ」
紅の魔女が、楽しげに言う。
「うそ、うそよ、こんな…」
「まだ認められないの?」
困ったわねえ、と口にしてはいるが、セイレーンの眼に浮かんでいるのは紛れもない好奇心の光だ。
「ねえ、それ、触ってごらんなさい」
「え…」
その言葉の意味を考える前に、手が動いていた。
現実を否定したい、という無意識の動きは、けれど、目の前に散った火花に打ち砕かれた。
「あぅぅン!! なに、なによこれぇ…」
自分を襲った快楽を認識することもできず、呆然とした表情で、けれど体は今の快楽をもう一度、と動いていた。
「あ、あ、ああああああッ!!」
もう触るだけではおさまらない。天に向かって突きたったそれを、はじめはゆっくりと、徐々に大胆になでまわしていく。
「触るだけじゃなくて、しごいてみたら?」
誰かの声。それが誰かを認識することすらできない。指が勝手に動き、
「あヒ、ヒぃぃぃん!!」
獣のような声を上げながら、彼女は新たに生まれた器官に刺激を送り続ける。
そして、すぐに頂点が訪れた。
「あ、また出ちゃう、なにか出ちゃうぅぅぅッ!!」
腰が浮きあがり、体が突っ張る。
ビクッ、ビクンッ
吹きあがった白い液体が、体中に降りかかる。生暖かい感触。
射精したのだ、という実感が、そのぬるぬるとした感触とともに湧いてくる。
「こん、な…こんなことって」
プライドをずたずたにされ、呟くしかない蒼。
「すごかったわねえ、でも、これはまだ序のクチだからね」
魔女の言葉が、さらなる絶望の始まりを告げた。



「ほら、見て♪」
射精の後のけだるい疲労の中、言われて蒼は顔をあげた。
蒼の体をまたぎ、見下ろしているセイレーン。
彼女の纏う、真紅のドレス。セイレーンはその短い裾を、ゆっくりとたくし上げていく。
驚くほど白い脚の付け根。見てはいけないはずのものが、露わになる。
「あなたのいやらしい姿を見ていたら、こんなになっちゃったのよ」
彼女の秘部は、蒼にもはっきりとわかるほど濡れていた。
一度は萎えていた男根が、再び頭をもたげていく。
「だ・か・らぁ」
にんまりと笑った彼女の表情に、蒼が抱いたのは、恐怖だっただろうか、それとも、期待だっただろうか。
「責任、とって頂戴♪」
一気に腰が下ろされる。
「あああン♪」
「いヒャアああああ!!」
二人の声が、夜空に響く。ドクン、ドクンという脈動を感じる。
2度目の射精。だがそれは、更なる快楽の入り口にしか過ぎなかった。
「入れてすぐに射精なんて、はしたないんだから!!」
言いながら、魔女は腰を動かす。
つながった二人の秘所のあいだから、赤いものが見えた。
「あなたのために、はじめてをとっておいたのよ! あン、痛いけど、気持ちイイ!! あなたはどう、ねえ、気持ちいい?」
親友に、処女を捧げられた。その事実が、頭の中に残っていた最後の一線を突き崩した。
「ああ、気持ちイイ! 私も気持ちイイですぅ♪ 朱美の中、さいこぉ!!」
言いながら、腰を突き上げる。もう彼女の頭の中には、ガードスターズとしての使命も、才女としてのプライドも、なにもなかった。
「獣みたいに交わるの、いいでしょう!?」
初めてとは思えない腰付きで蒼の快楽を引き出しながら、セイレーンが言う。
「うん、いい、とってもイイ!!」
子どものように、蒼は応える。


全てから解放され、獣のように。
『ああ、そうだ…』
頭のどこかで、蒼は感じていた。
ずっと夢見ていたこと。
叶わないとあきらめ、心の奥底に閉じこめてきた願望。
それが今、彼女の手の、いや、彼女の肉体すべてにもたらされているのだ。



なんて、すてき…

快楽に半ば麻痺した蒼の心に、肉体の快楽とは違う、心の奥からの歓喜がわき上がる。
なにを考える必要もない。
ただ、朱美のもたらす快楽に身を任せていればいい。
「ああ、ン!! みんなから期待されて、何でもかんでも押し付けられて、辛かったでしょう? 礼儀正しい、完璧な人間を求められて、心の奥ではこんなにッ!!」
セイレーンの膣が、蒼のペニスを締め上げた。
「あ、また、また出るぅ!!」
脈動とともに、今までため込んでいたものが全て吐き出されていく。
それでも彼女のペニスは、3回の射精にもまったく萎えることなく。さらなる快楽を求めて愛しい人の体を突き上げる。
まだ足りない。最後の、あの夢の望みは、まだひとつ、かなっていない。

「こ、こんなに、あヒぃん、欲望を溜めこんでぇ。ひあぁん、いけない子♪」
「は、はいぃ、わたしはいけない子なんですぅ、だから、だからもっと苛めて、気持ち良くして、おねがいしますぅ!!」
セイレーンが蔑むような眼を向けてくる。そう、その眼で、あと一つだけ…


「お願いしますご主人さま、でしょう? このメス犬!!」

蒼の中で、全てがあるべきだった場所にはまりこんだ。もはやなにもかもが明快で、単純で。
今までの自分とはまったく違う、あるべきだった自分。その自分が命ずるままに、彼女は叫んだ。
「ああ、おねがいしますご主人さま、もっと、もっと!!」
まさしく犬のように舌を突き出し、征服されること、支配されることを求める。
「あら、ちゃんと言えるじゃない。じゃあ、ちゃんと言えたご褒美をあげなきゃね」

ごほうび。

その言葉に、蒼の心は歓喜に震える。目の前をパチパチと火花が飛び、ペニスは一段とその硬さを増す。
「それじゃあ、最高の快楽をあげる。魔の力が導く最高の快楽を。その快楽の中で、あなたは生まれ変わるのよ。嬉しい?」
「はい、はいィ! とっても嬉しいです、だからこのメス犬に、ご主人さまの気持ちいいのをください!!」
蒼は声も枯れんばかりに叫ぶ。
セイレーンは満足げに笑みを浮かべると、自らの腹部に手をあてた。そこに秘所を中心とした紋様が浮かび上がり、そして。
「!!!!」
そこから先は、声にならない世界。別の生き物のようにうごめく肉襞に、蒼は口を開き、けれどそこから声は出ず、おそらくあえぐこともできないまま、
ただ精液を吹き出し続けるペニスの脈動が自分の鼓動、自らのすべてとなるばかり。
「いいわ、とってもいい! わたしも、もう、イっちゃう!!」
主人の声。彼女の与える動きに満足したその声に、のぼりつめた筈の精神がさらに高いところへ昇っていく。
そして。

「「あああああぁッッ!!!」」

主人と下僕。二人の声が、夜空に響き渡った。




どれだけの時間、彼女たちは天に昇っていたのだろう。先に正気に戻ったのは、セイレーンのほうだった。
呆けた表情のまま痙攣している蒼を見下ろし、
「んンッ」
さすがに硬さを失いつつあるペニスを引き抜く。同時に、激しい性交に広がったままの膣口から、注ぎ込まれた精子が糸を引いた。
「ほら、起きなさい、わたしのかわいいワンコちゃん」
声をかけると、うう、といううめき声とともに、蒼が体を起こす。けれど、その眼はまだぼんやりとしたままだ。
セイレーンはその頬に手を添えて、自分に向き直らせた。焦点の合わない瞳を覗きこみ、囁きかける。
「これでもう、あなたはただのメス犬になった。これからは、煩わしいことを考える必要はない。ただ、主人である、わたしの命令に従うだけでいいの」
わかった?
問いかけると、ぼんやりとしていた目が次第に焦点を結んでいく。
「はい、ありがとうございます、ごしゅじんさま。わたしはごしゅじんさまのいぬ。ごしゅじんさまのごめいれいにしたがいます」
それじゃあ、とセイレーンは、蒼の手に、転がっていたアクアジュエルを握らせた。
「さあ、あなたのほんとうの姿に変身なさい。今までの自分を捨てて、欲望の化身に生まれ変わるの」
「はい、ご主人さま」
握ったアクアジュエルの色が変わっていく。清廉な水の蒼から、淀んだ欲望の色へ。その光が蒼の体を包み込む。
光が収まったとき、そこにいたのは、もはや人とは言い難い存在だった。
その耳はイヌのものへと変化し、尻にはふさふさとした尻尾が、まさに喜ぶイヌのように左右に振れている。
青味がかった瞳は欲情の光をたたえ、半開きになった口からははぁ、はぁ、と発情したメスの吐息が漏れている。首には当然のように、鎖のつながった首輪。
体はきわどい黒のボンデージに包まれ、大きく開いた胸の部分からは、明らかに膨れ上がった乳房がこぼれんばかりになっている。そしてその股の間。
「あら、これは…」
欲望を丸出しにした獣をイメージしていたセイレーンが、驚きの声を上げる。
それは紛れもなく貞操帯だった。大きな錠がかかっていて、黒いエナメルラバーの下には、窮屈そうに押さえつけられたペニスの形がはっきりと浮き上がっていた。
「あン、ご主人さま、あんまり見られると、切なくなっちゃいますぅ♪」
恥ずかしそうに頬を染めた、かつて和泉蒼という名だった生き物は、手にしたものを差し出した。
「こ、これを、ご主人さまに…」
それは、鍵だった。大きさからいって、それが彼女の貞操帯のものであることは明白だった。
「あの、はしたないわたしが、ご主人さまに背いた行いをしないようにと思って…」
「そう、そういうことなの…」
セイレーンは鍵を受け取り、彼女の犬を抱き寄せた。
「あなたは思っていた以上に、かわいいペットになりそうね」
多少予想とは違ったが、これはこれでおもしろい。堕としたあとはただの獣として扱うつもりだったが、気が変わった。
「あなたに、新しい名前をあげる」
「新しい名前、ですか? うれしい!!」
抱きしめられたまま、耳をぴくぴくと動かす。
「あなたはこれから、ケルベロス。私たちの大切な同胞の一人。いい?」
「はい、ご主人さま、わたしはケルベロス。ご主人さまに忠誠を誓うメス犬です」
いいながら、まるで犬のように、顔をすり寄せる彼女の頭を、セイレーンは目を細め、なでてやる。
「わうぅん」
ケルベロスの甘えた声は、幸せそのものだった。



……

「つまらない役回りだわ」
メデューサは炎と煙の立ち上る空中で、蟻のように逃げまどう人間たちを見下ろしていた。
辺りは地獄の様相を呈していた。先ほどまで五月蠅いハエのようだったヘリも、あらかた彼女の作った巨人植物が引きずり落としてしまった。はじめ大人しく地面から生えていた蔓の化け物は、今では神話の巨人よろしくビルのあいだを歩き回り、建物を破壊している。
人間たちはなすすべ無く、巨人の行く手から逃げようとするばかりだった。
「そろそろ、あの子の様子を見に行ってみようかしら」
わざわざ残しておいた一角に目をやる。と、そこから飛び上がる人影が見えた。
その二人の人物は、一直線にこちらへ向かってくる。
「ずいぶん時間がかかったわねえ」
赤いドレスの娘に、声をかける。
「申し訳ありません、メデューサ様、でも、とってもすばらしいペットが手に入りましたわ」
セイレーンは、手にした鎖をじゃらり、と鳴らした。
鎖の先につながれた、かつての仇敵のあられもない姿に、メデューサは満足げにうなずく。
「ほら、メデューサ様にご挨拶なさい」
言われて、アクアスターだったモノが進み出る。
「メデューサ様、わたしはご主人さまよりケルベロスの名をいただいたメス犬でございます」
「あら、ちゃんと名前をあげたのね?」
意外そうに、メデューサが片眉をあげた。
「ええ、だって、とっても可愛くなってしまったんですもの」
そしてしおらしげに、「お気に召しませんでしたか?」と付け加える。
「いいえ、彼女も優秀な魔法使いですもの、問題はないわ」
メデューサの言葉に、セイレーンの表情が輝いた。
「ありがとうございます、メデューサ様。わたしたちの今までの行いは、決して償いきれる物ではありませんけれども、せめてこれから、命を賭してもイビルアイのために尽くしていきますわ」
優雅に一礼する。
「そんなに堅苦しくすることはないわ。ねえ、そこまで言うのなら、まずはこの街の人間をみんな虜にしてご覧なさいな」
悲鳴の響く街を指し示す。
「いつか言っていたでしょう、人間どもを残らず従わせたい、って」
「お許しをいただけるのですか?」
歓喜に満ちたその声。けれど彼女は、それを押さえ込むようにして続けた。
「ですが、その前にもう少し、じっくりと楽しみたいと思いますわ。よろしいですか?」
「好きになさい。あなたの欲望のままに、ね」
メデューサは内心満足しながらうなずいた。
人々をもてあそぶことこそ、魔女の神髄。セイレーンはそのことを、かつてのパートナーを貶めることで学んだようだった。
「まずは、メデューサ様にちゃんとご挨拶できたご褒美をあげないとね」
ご褒美、という言葉に反応したのだろう。
今まで大人しくしていたケルベロスが、尻尾を激しく振った。
「さあ、狩りの時間よ。できるだけ可愛い子をつかまえていらっしゃいな。もちろん、そのペニスの虜にしてしまって構わないから」
「あ、ありがとうございます、ご主人さま♪」
セイレーンが貞操帯の鍵を外してやると、いきり立った肉棒がはじけるように姿を現す。
「ああ、ご主人さま、切なくってたまらない、早くオマンコでもお尻でもおちんちん突っ込んで精子注ぎ込みたいよぅ」
「我慢することはないわ。すぐに行っていらっしゃい」
優しくキスをして、愛らしいメス犬を送り出す。
「ご主人さま、行ってきまぁす♪ すぐに戻ってきますからね♪♪」
はっ、はっ、と完全にイヌそのものの息をつきながら、彼女は地上へと降りていった。
「まずはペットにご褒美? ずいぶんと余裕が出てきたみたいね」
言いながら、メデューサが腕を絡ませてくる。
「ええ、あの子が十分に狩りを楽しんでから、ゆっくりと楽しみますわ。堕とす人間はこんなにたくさんいて、わたしたちに与えられた時間も無限にあるんですもの」
でも、その前に…
言って、上目遣いに視線を送る。
「わたしにも、ご言いつけ通りにしたご褒美をいただけるかしら?」
「ええ、もちろん♪」
人々の阿鼻叫喚のバックコーラスのなか、体を絡め合う二人の魔女。
夜の闇は、いまや朱く染まり、それは人類の黄昏のようにも思われるのだった。

END




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