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足利事件:第3回公判報告 福島科警研所長の証言

第3回公判(09.12.24)報告 :福島弘文科警研所長の証人尋問の概略

 

足利事件第3回公判が、2009年12月24日午前10時から開かれました。

この日は、福島弘文警察庁科学警察研究所所長(当時は信州大学法医学教授)が双方請求の証人として出廷しました。

(検察・弁護双方が福島所長を証人とした意図)

科警研(警察庁技官向山明孝、同坂井活子)は1991年(平成3年)8月21日付で、足利事件で犯人のDNA型と菅家さんのDNA型とが一致すると鑑定し、この鑑定を決め手に菅家さんは逮捕・起訴され、第1審でも決定的な証拠として無期懲役判決を受け、控訴・上告しましたが棄却され確定しました。

同証人は、当時は信州大学医学部(法医学)の教授で、科警研の鑑定方法の危険性を指摘していた研究者の一人でした。

検察官は同氏を科警研の現在の責任者として本田克也鑑定書を批判する目的で証人として請求し、弁護側は、当時の科警研の鑑定の危険性を明らかにすること、本田鑑定に対する批判の不当性を明らかにする目的で証人として請求しました。

公判の冒頭、検察官が再審請求即時抗告審において提出した平成21年6月12日付福島弘文所長作成の意見書(本田克也筑波大学教授の鑑定書は信用性がないということを内容とするもの)が弁護人側の同意のもとに証拠採用され、その上で福島所長の証人尋問が開始されました。

第1 検察官の主尋問

福島所長は検察官の質問に答え、要旨次のように述べました。

1,    本田鑑定の最大の問題は、その資料採取部位が従前鑑定のSMテストで確認された精液付着部位ではないことだ。最小で5センチ離れた場所だから、検出されたDNA型は男性由来とは言えても精液由来とは言えない。反面、鈴木鑑定は従前鑑定のSMテストで精液付着部位と確認された部分から資料を採取しているから、検出されたDNAは精液由来と言える。(注・精液は精漿と精子で構成さているが、SMテストとは試薬を噴霧して精漿に含まれる前立腺液中の酸性フォスファターゼという酵素の有無を確認する検査で、同酵素があると紫色に発色し、精漿であることが確認され得る。)

2,    本田教授がコケ、カビが生えていたので精子が広く分布していたという理由については、精液が直径30センチ程度でばらまかれることはある、ばらまかれる状況がないかというと否定はされないが、だからと言ってSMテストで反応しなかった場所からDNAが出れば精子というのは短絡だ。またSMテストで精子が変性した可能性を危惧したという理由は理解できない。変性はあり得ないことは鑑定人の常識だ。変性の影響はない。現に鈴木鑑定ではDNAを検出できている。よって本田鑑定は精子のDNAを鑑定したとは言えない。

3,    本田鑑定のDNA採取方法は日本、世界の方法から完全に外れている。鑑定書記載とおり行うと約7000本のチューブを蓋の開け閉めなどで操作することになり汚染のリスクが極めて高く、それはPCRの段階で一層高まる。

4,    本田鑑定が半袖下着切片から3回抽出を行った「絞り出し抽出法」はただでさえ壊れやすいDNAを壊す可能性が高い。反面、ルーチンな2段階抽出法で行った鈴木鑑定は評価できる。(注:2段階抽出法は正確には「二段階細胞融解法」という。精液との混合資料からDNAを抽出する際、DNAが入っている精子の頭部が固い殻に覆われている性質を利用して、まず精子の頭部を壊さない試薬でDNAを抽出し(精子以外のDNAが抽出できる一段階目)、その上澄み液を捨て、次に精子頭部を破壊する試薬を入れて精子のDNAを抽出する(二段階目)というやり方。もともと強姦事件での膣液・精液混合サンプルから男女のDNAを分離する方法として考案された。本件では半袖下着に付いた被害者の汗や上皮細胞との分離が問題となります。被害者に下着を着せたであろう被害者の母親のDNAも分離の対象になります。)

5,    世界の潮流は小さいSTRを出すというものだが、本田鑑定はMCT118という長く大きいものを出そうとした。これは世界の潮流に逆行している。しかも古い資料なのにMCT118が出ているのに小さいSTRに出ていないという理解し難い結果となっている。

6,    今回のような混乱は鑑定をする者として遺憾だが、検察、弁護、裁判所にお願いしたいが、裁判所の鑑定命令の段階で鑑定方法を指示していれば避けられた。今後は鑑定方法を明確に指定してもらいたい。

7,    本田鑑定と鈴木鑑定で同じように調べたSTRが一致しているという事実は、血液型が一致した程度のありふれた型の一致であるから同一精子を鑑定したとか汚染がなかったという理由にならない。

8,     キットは「世界標準」で信頼性があり、誰もが使い誰もができるものである。不安定な面があるとかプライマーを特許の関係で公表しないというブラックボックスを持つ点など問題なしとしないとする本田教授の意見は妥当ではない。反面、本田鑑定の方法は手技が多く研究なら許されるが鑑定では再現性に乏しく妥当ではない。

9,    本田鑑定では、STRの検査でも塩基数の小さいものが出ておらず大きいものが出ているが、これは理解し難い現象である。またピークにばらつきなどがあるから鑑定過程の信頼性に乏しい。本件は混合資料性を疑うべきものである。

本田鑑定は混合資料性を把握するために常染色体STR検査(アイデンティファイラー)をすべきだった。Y染色体STRで調べれば足りるというが、MCT118も常染色体検査だから理由にならない。

10,           本田鑑定は「何百回も慎重に検査を繰り返した」というが決められたマニュアルで2回、多くても3回繰り返せば十分だ、何百回も検査を繰り返すということ自体が鑑定の誤りを示す。

11,           本田鑑定の半袖下着のMCT118・18-24型のダイレクトシークエンスのチャート図には混合資料を示す場所が11箇所ある。これは信州大学が発見した2種類の24型のサブタイプの変異場所と全て一致する。半袖下着は混合資料である。

12,           本田鑑定は二段階細胞融解法を採用していないから混合した資料を分離できていない。

13,           本田鑑定は検査結果のデータを保存していない部分もあるが、保存して説明するのが鑑定人の基本である。鑑定人としてのあるべき姿を示して欲しかった。

14,           (当時の科警研DNA鑑定について)ポリアクリルアミドゲル電気泳動では123塩基マーカーでは繰り返し回数を正しく判定できないのはそのとおりである。しかし同一の電気泳動で同一の位置に並ぶから同一型との判定は可能だと考える。

15,           鑑定書の写真ではバンドが出ているか読みにくい。しかし、科警研で検証した結果、当時はトラクテルの解析装置を使っていた。これはネガフィルムをスキャンしてバンドを確かめる。ネガは濃淡が出やすい。ネガを見たことはないが解析装置のデータの記録が残っているのでネガがあっただろうと推測できる。だから16-26型は読めて、当時問題があったという結論には至っていない。

16,           ポリアクリルアミドゲル電気泳動は型をよく分離できるのでアレリックマーカーの24型を123マーカーの26型と判定することはあり得ない。被害者やその母親が30、31型ならなおさらあり得ない。

以上、福島所長は、そのほとんどを本田鑑定に対する攻撃に終始しました。しかも福島所長は質問の趣旨に端的に答えず、とりとめもなく話すため、以上を検察官は1時間の予定時間を大幅に超え、中途であと30分と言いながらそれもオーバーして2時間45分かけて行いました。

 第2 弁護人の反対尋問

佐藤博史主任弁護人の尋問に対する証言の要旨

1.    本田教授は信州大学当時から古い資料や劣化した資料からDNA鑑定する研究をしていたのでその検出技術に優れているのではないかと問われ、当時そうした研究をしていたとは知らないなどと述べました。

2.  精液は精漿と精子で構成されているところ、精漿と精子が水中では分離し得ること、精漿の酵素活性が水中では次第に劣化すること、SM試薬は精漿中の酸性ホスファターゼに反応することを認めました。しかし、福島所長はSM試薬が反応した箇所以外に精子は存在しないと言い張りました。

3.   福島所長は、「SM試薬が精子のDNAを変性することがあり得る」ことを指摘する法医学書、警察庁の通達、本件科警研のDNA鑑定書にもその旨の記載があることを指摘され、言葉を濁しました。

4.  また驚くべきことに、福島所長は精子が減数分裂をした1倍体の細胞であるから、Ⅹ染色体及びY染色体を各1本しか持たず、18型または24型をそれぞれを1つずつしか持っていないという分子生物学の基礎知識を知りませんでした。

5.  福島所長が監訳した書籍を根拠に、キットは特許の関係からデータが公開されていない面があることなどから問題があると記載されていると指摘すると、確かにデータが未公開である部分があるものの、実際に利用した経験から問題があるとは思っていないと述べました。

6.  本田鑑定が菅家さんの型を18-29型と検出したことは認め、半袖下着から18-24型を検出したこと自体は認めると述べました。しかし後者については二段階細胞融解法を利用していないので混合の可能性があると述べました。

7.  しかし科警研の本件DNA鑑定も、半袖下着の1つの部分から全マーカーを検出したとする鈴木鑑定も二段階細胞融解法を使用していないことを指摘され、認めざるを得ませんでした。

8.  1992年当時、信州大学の助手だった本田教授とともにポリアクリルアミドゲル電気泳動では123塩基マーカーでは正確な型判定ができないことを指摘し、科警研にMCT118は差し控えるように意見を述べたこと、また電気泳動写真は歪んだものを出してはならないと教室員に厳しく指導していたことを認めました。

9.   その観点から科警研DNA鑑定の電気泳動写真は失敗ではないかと問われ、肉眼では判定しにくいが当時の技術レベルではやむを得ず、ネガで判定できているはずだと言い張りました。

10.   福島所長は、警察と検察が行った被害者の臍の緒と被害者の母親のMCT118のDNA型が18-31と30-31であると知っていると述べました。その上で、当時の科警研のDNA鑑定で16-24型と判定されたものはアレリックマーカーで18-29、30型となる可能性はあるが、検察官も主張する31型にはならないと言い張りました。

 笹森弁護人の尋問に対する証言の要旨

1.  (DNA鑑定のチャートのピークの高低や複数のピークを理由に混合資料を主張している点に関連し)ピークの高低や複数のピークは混合資料でなくとも出現することを認めました。例えば、PCRのもととなる鋳型DNAの多い少ないによってピークの高低が影響を受けること、複数のピークはアデニン付加やスタッター産物によって生じることが多いことを認めました。(注:アデニン付加とは、PCR増幅産物の最後にアデニンという塩基が1個付いたり付かなかったりする現象。スタッターピークとは検出しようとする型のピークの前に見られる1~2塩基少ないピークのことで複数のピークが生じているように見える現象)。

2.   またDYS391について、アレルパターンが重複しピークが複数に見える場合があるので混合資料と間違えないようにという指摘があることを認めました。

3.   福島所長は、STRには2塩基、3塩基の繰り返しのものがあり、これらはスタッターピークを生じやすいものであることを、認めました。本田鑑定で使用されたY-STRのYCAⅡは2塩基、DYS388は3塩基の繰り返しでした。

4.   同時に、鈴木鑑定のチャートのピークに関しても、福島所長が混合資料の根拠とするピークの高低があり、かつ複数のピークが出現していることを確認しました。

5.   福島所長は、スタッターピーク、アデニン付加、アレルパターンの重複などチャートのピークが複数現れる現象を見極め、その中でメインピークを判定するのが鑑定人の職務であることを認めました。

6.   本田教授が即時抗告審の東京高裁に対し鑑定書を提出した直後、検察官が東京高裁に要求し本田教授の実験データの全ての開示を求め、本田教授は提出していました。それらは実験途上のデータで、本田鑑定書の正式な内容となっているデータではありませんでした。ただ、DNA鑑定の結果が不一致だという情報が漏洩したので、本田教授は一部のデータを隠す過程で消去したものもありました。

福島所長がピークの高低や複数のピークの存在などを根拠に本田鑑定が検出したものは混合資料であると主張していますが、その主張はほぼ全てこの後から提出させた実験途上のデータに基づいています。

福島所長にその点を質すと、後から提出させた実験途上のデータは正式の鑑定書と一体となるものではないことは知っていると述べました。

7.   当時の科警研DNA鑑定での吸光度計による抽出DNA濃度の計測グラフから抽出されたDNA量が900ナノグラムと大量であることを認めました。

にもかかわらず当時の技官が30ナノグラムしか抽出できなかったと証言していることについて、カビや微生物のものが混じっていたと正当化しました。

8.    福島所長がネガはあった根拠とするランデータ*の内容について問われ、電気泳動写真との対応ははっきりしないこと、半袖下着とティッシュペーパーのデータが両方揃っていないので比較することはできないことを認めました。

データの数字からバンドと認めることができないのではないかとの質問に対し、ゼロでなければバンドは出ていると判断してよいと述べました。

*注:ランデータとは、電気泳動写真に写ったバンドの位置や幅や濃淡などを計測し数値化したものだと言われています。これらの数字はグラフで表すと「デンシトグラム」になる元だと言われています。

 第3 検察官の再主尋問

検察官は、被害者の汗などの汚染は当時の感度からすれば感知できたとは考えられないなどと証言させていました。当時の科警研のDNA型鑑定が二段階細胞融解法を行っていないにもかかわらず、「行っているので」と質問し、「誘導である」との異議を受けると、「これは反対尋問だからいいのだ」と述べ、弁護人に「再主尋問だ」と指摘される一幕もありました。

(注:このやり取りから検察官は科警研が二段階細胞融解法を採っているものと信じて疑っていなかったことが分かりました。誤解していたのです。)

 第4 再反対尋問(佐藤主任弁護人)

福島証人は、被害者のDNAの鑑定をした可能性があるとすれば、被害者のDNA型を確認しておくことが普通であるが、本件科警研鑑定はそれはやっていないと思うと証言しました。

 第5 裁判所の補充尋問

1.     当時の科警研鑑定書の写真を見る限り鮮明でないというバンドの原因はどう考えるか、という市原裁判官の質問に対し、DNA量が足りなかったことで、PCRで増幅回数を増やせばよかったが、科警研ではPCRについてはキットを使っていたのでDNA増幅回数を変えるなど調整をして改善を図れなかったのだろう、と回答しました。

2.     鈴木鑑定と本田鑑定が6ローカスで一致したことは「一般的なもの」という意味を問われ、正確な頻度検証はしていないものの、一つ一つの型は出易いものだったと思うということだと述べました。

3.    (11箇所の一致の意味を問われ)それは混合資料であることを示すと主張しました。

4.    アレリックマーカーでの29と31の区別は、科警研の本件鑑定当時もできた、と述べました。

5.   (裁判長から科警研のDNA型鑑定が出現頻度を付記して鑑定書を提出したことの是非について問われ)MCT118だけでは300人に一人くらいの低い確率だったし、24や29型にサブタイプあることを考えると、科警研の本件DNA鑑定が統計的数字を出して一致したとの判定に用いたことは、誤りで「参考程度」にすべきであったと思うと述べました。

6.    福島所長は、残った資料で再鑑定をしてほしい、3人くらいの鑑定人が議論をしながら正確に鑑定してもらえば、多型学会、法医学会で検証できるので我々が証人に立つ必要はない、これを行えば裁判で混乱がないと思うと述べました。

 第6 菅家さんの質問

菅家さんは、科警研のDNA鑑定で一致しなかったことについて科警研の人たちに私に謝って欲しいと思っているが、と尋ねました。

これに対し、福島所長は、「その当時,型判定そのものの精度は高くなかったが異同識別については同じ型だという客観的事実を申し上げた,全然違うものを同じと検出したということはない。より高度で正確な鑑定で新たな事実わかった。当時の裁判でも確率は低い中でこう一致していたと申し上げただけなので、大きなミスはないと思う」とあくまで正当化し謝罪を拒みました。

 

第7 弁護人:本田証人の再尋問を要求―裁判所:却下

以上のとおり、検察官の大幅な尋問超過で本田教授との対質が実現しなかった。

そこで、弁護人は裁判所に対し、福島所長はMCT118のダイレクトシークエンスでの11箇所の不一致から本田鑑定が混合資料であることを示すという新しい証言をしたが、前記の福島意見書にも書いていなかったことだった、ほかにも科警研は正しく本田鑑定は誤鑑定であると証言したので、今後、さらに対質を求めるか否かも含めて本田証人の再尋問請求をするので採用されたいと要求した。

これに対し、裁判所は「検討するので再尋問請求書を提出されたい」と述べて閉廷となりました。その時刻は午後7時を超えていました。

弁護人は、2010年1月6日、宇都宮地裁に対し本田教授の証人尋問の請求を行いました。福島所長が、本田鑑定は24型のサブタイプの混合資料であると証言した根拠になった英語論文を分析した結果、その証言は事実に反するし、その他科学的に事実に反することや一方的な見解を述べていた点からも本田教授の再尋問が必要である、という理由からです。

これに対し、宇都宮地裁は1月8日、その請求を却下しました。

 福島証人は、もともと当時MCT118の鑑定法の危険性を指摘していた学者としての経歴を捨て去り、ときには科学的矛盾を無視しても、科警研DNA型鑑定をあくまで擁護し、本田鑑定を徹底的に攻撃するという「ダブルスタンダード」に徹した証言を繰り返し、その党派性を露わにした証言態度でした。

 第8 次回公判期日

 次回第4回公判は、2010年1月21日、22日 午前10時

(1日目:取調状況録音テープの再生・取調、2日目午後 証人森川元検事)