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[18174] 765大戦(サクラ大戦×THE IDOLM@STER オリ主)
Name: モギリプロデューサー◆f9a04df9 ID:3772ab11
Date: 2010/09/29 20:55
 初めまして、モギリプロデューサーという者です。

 かねてから書きたいと思っていたサクラ大戦とTHE IDOLM@STERのクロス作品を、ここに投稿させていただきました。
 稚作になるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

 ※注意事項

 ・多少時代設定が異なりサクラ大戦の時代である『太正時代』からの平成なので、あえて『平誠時代』と書いています。

 ・作品の都合上『THE IDOLM@STER』のキャラクターのほとんどは少し設定が変わっており、作者の独自解釈もあります。

 ・サクラ大戦の設定に基づいたオリジナルの霊子甲冑、敵キャラが登場します。

 ・ストーリーは、完全に作者のオリジナルです(他作品のオマージュがあるかもしれません)。

 以上のことを、ご理解いただければ幸いです。

9/29、『平和を守るということ』、『大神、出撃す(後編)』を書き直しました



[18174] 大神 765プロに来たる(前編)
Name: モギリプロデューサー◆7b0e7496 ID:3772ab11
Date: 2010/09/30 08:42
 “平誠”十五年四月。

 ここ上野公園は、毎年恒例の花見を楽しむ人々の賑わいに溢れていた。
 それを起こす見事に咲きほこる桜並木は、上から見れば薄紅色の大海のように見えるに違いない。
 そして西郷隆盛銅像の前、そこに一人の青年が立っていた。

 年は、二十代前半。
 “太正”時代からデザインの変わらない真っ白な士官服で、その長身を包んでいる。
 目付きはやや鋭いが、その奥に宿る瞳は穏やかな整った顔立ちだ。
 短髪を撫でる風を感じながら軽く伸びをして、すー、と一つ深呼吸。

 「ああ、今日は絶好の花見日和だ」

 そう清々しい笑顔を見せる彼の名は、『大神大河』。
 今年度、防衛大学校を卒業したばかりの青年である。




 大神大河、生まれは栃木でも有数な旧家。
 幼少時から文武両道を通し、それを鼻にかけない真面目な性格や正義感の強さから、常に皆の輪の中心に立っていた。
 そんな彼の夢は、“祖父”のように『平和を守ること』であった。

 幾度も壊滅の危機にさらされた日本を救ったという、彼の祖父。
 残念ながら大神が産まれる前に鬼籍に入ってしまったため、直接出会ったことはない。
 しかしその武勇伝をよく幼い頃に何度も父にせがんで聞き、おそらく勇ましかったであろう祖父の背姿を思い浮かべたものだ。
 つまりは男なら子供時代に誰でも持つような夢を、大神はいつまでも持ち続けていたのである。
 よって高校卒業後、大神は当たり前のように防衛大学校へ入学した。
 優秀な成績を修めて首席で卒業後、そこで思わぬ出来事があった。

 ある日教官から呼び出され、その場にいた陸軍大佐に配属命令を下されたのである。

 日本防衛海軍少尉 大神大河。
 右ノ者、765プロダクション勤務ヲ命ズ。
 日本防衛陸軍中将 高木順一朗。

 それは帝都守備を目的とし、拒否権も質問も許されない特務であると大佐に伝えられた。
 突然のことに戸惑いを覚えたが、それ以上に大神は心が踊った。
 役職は何であれ『平和を守る』という長年の夢が叶ったのだから。
 ついに大神は、何度も思い浮かべた祖父の背を追いかけれる場に立てたのだ―――。




 (迎えが来ると聞いたけど………)

 周囲に目を配る。
 おそらく自分と同じ軍の人間だと思うが、やはりそれらしき人影はない。
 それよりも自分が周りからちらりちらりと視線を受けていることに、気が付いた。
 完全無礼講と浮き立っている周りの雰囲気の中、厳粛な空気を放つ士官服姿の大神。
 当然目立つというよりも、浮いている。
 少し居心地の悪さを覚えた、その時。

 「……?」

 向こうから、女の子が走って来るのが見えた。

 まだ少女と呼べるくらい若く、おそらくは高校生だろう。
 肩までしかない茶色の髪の両サイドにあるリボンが印象的で、顔付きは美しいというよりも可愛い。
 ひどく慌てている様子で、腕を大きく振ってこちらへと駆けてくる。
 そして―――。

 「わわっ!」

 どんがらがっしゃーん。

 こけた。
 派手な音を立てた転倒に周囲の人々が、何事かと振り向いた。
 早くも酒が回っていた酔っ払いたちの調子外れの歌がぴたりと止み、しんと沈黙が降りる。
 大神もいきなりのことに唖然とし、少女に視線が釘付けとなった。
 木の根も出ていない平地を、どうやればこけるのだ。

 「うう、いたた………」

 起き上がってきた少女の呻きに、はっと大神は慌てて駆け寄る。
 上手く着地はできていたが、それでも顔面からである。
 怪我の一つでも、少女にとっては大事だ。
 近くで身を屈め、視線を合わせて問う。

 「君、大丈夫かい?」

 「えっ? あ、はい」

 そう言って上げた顔には、少し土こそ付いているが擦り傷一つない。
 動かないで、とハンカチで拭ってあげる。
 されるがままの少女は、はにかみを誤魔化すような笑みを浮かべていた。

 「あ、ありがとうございま……」

 そこから、言葉は続かなかった。
 少女の表情は恥じらいから驚愕へと激変している。
 その視線は、はっきりと大神の姿を捉えていた。
 大神もその驚きように気づき、尋ねようとした瞬間。

 「あのっ!!」

 突然、少女は飛びかかるような勢いで声を上げた。

 「な、何だい?」

 「貴方は、ひょっとして大神大河少尉ですか!?」

 「へ?」

 何故、自分の名を知っているか。
 大神は驚きながらも、答えた。

 「は、はい。大神大河は自分ですけど」

 「あ、やっぱり。良かったぁ!」

 太陽のように輝かしい満面な笑顔で、少女は続ける。

 「私、天海春香って言います! 高木社長のお使いでお迎えにあがりました!」

 瞬間。
 二人の周囲を、花吹雪が包み込んだ。




 ここまで不釣り合いな組み合わせはないだろう、と大神は思った。
 今、彼は春香と名乗る少女と並んで公園内を歩いている。
 片や士官服姿の自分と活発な女の子が好んで着そうな服装の彼女は、かなり対照的だ。

 (どう見ても民間人だ……)

 それがしばらく歩いての、春香に対する感想だ。
 ―――しかも可愛い。
 しかし、だからこそ何故このような少女が迎えに現れたのかと疑問を拭えない。
 もしかすると、自分の『特務』と何か関係があるのだろうか。

 「あのー………大神少尉、さん?」

 その声に、大神は思考を現実へと引き戻された。
 そこには恐る恐るといった表情で、大神を覗きこむ春香の顔があった。
 さらにぴたりと目があっただけで、さっと顔が青くなった。

 「………す、すみません。遅刻しちゃって」

 「えっ」

 何のことかと腕時計で確認すると、現在11時10分。
 近くの看板に『西郷隆盛銅像前まで、あと5分』とあるので単純計算で、出会ったのは11時05分ぐらいとなる。
 予定の合流時刻は、11時00分だ。
 どうやら自分は知らない間に渋面をしていたらしく、それを春香は勘違いしているようであった。
 さらに軍人の厳粛さゆえの、近寄りがたい雰囲気も一因だろう。
 そう合点がいくと少し表情を緩め、答える。

 「これくらいならまだ大丈夫だ、気にしなくていいよ」

 「で、でも私のせいで遅れているわけだし………あっ、そうだ! ちょっと走っていけば大丈夫ですよね!?」

 あたふたと一人パニックに陥る春香。
 二人きりなのに取り残された大神を置いて、駆け出そうとして―――。

 「わわっ!?」

 「危ないっ!」

 こけることはなかった。
 それよりも早く大神が動き、ぐいと春香の手を引き寄せるように掴んだのだ。
 少女の手は柔らかく、そして温かった。

 「本当に大丈夫だから。君がケガなんかするほうが一大事だよ」

 そう言って、春香を落ち着かせる。
 自分のことを心配してくれるのは素直に嬉しいが、それで無茶をしてはほしくない。
 その言葉に春香も誤解に感付いたようで、恥ずかしそうに微笑する。

 「………少尉さんって優しいんですね、さっきだって私の顔を拭いてくれたし」

 「え。いや、そんな………」

 面と向かって言われるだけでなく、相手が女の子となると少し照れが立つ。
 その時、まだ春香の手を握り続けていたことに気づいた。
 慌てて離した後でも、ははは、と誤魔化すような苦笑を浮かべるしかなかった。
 職業柄、大神は異性と接する機会が少なかったのだ。
 それは相手も同じようで頬染めたまま、言葉がない。
 もやもやとした歯痒い沈黙が、舞い降りた。

 「と、とりあえず行きましょうか?」

 「そ、そうだね」

 その空気を振り払うかのように、二人は歩いていく。
 大神の手には、まだ春香の手の感触が温もりを残していた。



[18174] 大神 765プロに来たる(後編)
Name: モギリプロデューサー◆6df44cfc ID:3772ab11
Date: 2010/05/05 22:29
 「さあ、着きましたよ!」

 「いや、着きましたよ……って」

 到着した場所に、大神は愕然とする。
 都心のど真ん中、彼の前に立っているのは円柱状の超高層ビルである。
 まだ建物そのものは新しく、外装のガラスが空を反射して青く輝いていた。
 ビルの名は、『765プロ本社』。
 確かに任命書に記された場所だ、てっきり暗号名と思っていたが。

 「すごいでしょう? 765ビルは地域の名所なんですよ」

 「名所……」

 にこやかな春香の説明に、しかし困惑が増すだけであった。

 まさかこんな目立つ場所に軍が拠点を構えているのが、考えられない。
 本当にここなのかと半信半疑だけが、とんとんと心中に積み重なっていく。
 大神がそう疑うのも無理からぬ話であった。

 「さあさあ、大神少尉さん。入りましょう!」

 「ちょ、ちょっと押さないでくれよ」

 ぐいぐいと背を押されるままに、大神は中へと入っていく。
 踏み入ったロビーは、思いの外広かった。
 目に付く場所には受付嬢が二人、壁際には制服姿の警備員が不動を通していた。
 大神が入ってきても不審がる様子は、ない。
 受付嬢が春香と一つ二つ言葉を交わすと、彼女はにこりと大神へ顔を向け、どうぞと通してくれた。
 自分の配属先は、ここで間違いないようだ。
 そう受け取りながらもどこか釈然としないまま、春香に続くようにエスカレーターへと進んだその時。

 「あっ、春香ちゃん」

 声が振りかけられた。
 見上げると、向かう一つ上の階に本日二人目の少女がいた。
 彼女は、大神に気づいたようで視線を向けている。
 どこか怯えたような、弱々しいものであったが。

 「え、えーと。あの、あ、あなたは………?」

 「あ、自分は大神大河です」

 「あ、あなたが大神大河さん!?」

 名乗っただけで、ひどく少女は驚きを見せた。
 顔つきは春香とはまた違った美少女で、清楚な雰囲気を醸し出している。
 華奢な体つきでノースリーブのワンピース姿から見える肌は、驚くほど白い。
 例えるなら、軽く触れただけで溶けてなくなりそうな粉雪。
 そんな印象を持つ少女であった。

 「雪歩」

 その姿をみとめた春香が、そう呼んだ。
 どうやらあの女の子は、雪歩というらしい。
 雪歩は春香の隣へと移動し、何やらこそこそ話を始めた。

 (は、春香ちゃん。この人が………?)

 (うん、そうだよ。大神少尉さんが私たちと………)

 (うぅ……そんな。私、女の人だって思っていたのに………)

 ちらほらと聞き取れたが、何のことかさっぱりである。
 そもそもここに来た疑問すら解けていない大神には、現状を半分も理解していないのだった。
 訪ねてみようか―――そう思い当たり、二人の会話に割って入ろうとする。
 背後。

 「―――大神少尉、ですね」

 涼やかな声を背にかけられ、大神は振り返った。
 そこに立っていたのは青のシャツの上に白いコート、ジーンズ姿の少女であった。
 今日は、よく女の子に出会う日だ。
 内心、大神は思う。

 青く長い髪をストレートに流し、背筋をまっすぐにした立ち姿は恐ろしいほど整った顔立ちとあいまって、神々しさすら感じる。

 大神は、少女に大きな驚愕を植え付けられた。
 それはその美貌さゆえ、ではない。

 「………君は、如月千早?」

 彼女が、人気絶頂中のアイドルだったからだ。
 15才とは信じられない歌唱力で50万人以上のファンを魅力させ、一部のメディアから『歌姫』と呼称されている。
 その世界に疎い大神も、ヒット曲『蒼い鳥』のサビぐらい知っているほどだ。
 大神の言葉に、すっと千早は目を細めた。

 「私のことをご存知でしたか」

 ならば改めて自己紹介する必要はない―――目がそのように語り、大神は視線から外された。
 それ以外に大神には用事もなければ、興味もないようだ。
 千早は、春香達に顔を向けた。

 「春香、萩原さん。悪いけどレッスンスタジオへ行く時に、美希を連れていってくれないかしら? また休憩室で寝ていると思うから」

 「あ、うん」

 千早の指示に一つ返事で返すと、それではまた、と春香は大神に笑顔をかけて去っていった。
 雪歩もおどおどしながらも、ぺこりと一礼してからその後を追う。
 残された千早も所用があるのか、くるり一転し背を向ける。
 一瞬、立ち止まり。

 「高木社長がお呼びです。至急最上階に向かってください」

 そう横顔が伝言を残すや、彼女の背姿はエスカレーターで滑り下っていってしまった。
 最後まで、大神に敵意を向けるような鋭い視線だった。
 一人残された大神は、もはや混乱を通り越して我を失いそうである。

 (わ、わけがわからん!!)

 何故、特務を受けた自分がこんなところへ案内されているのか。
 例えここが軍の拠点としても、そこをアイドルが堂々と歩くとは一体………。

 (高木中将にお会いして説明してもらわないと、頭がおかしくなってしまいそうだ!)

 いや待て、そういえば彼女達は高木“社長”と呼んでいなかったか?
 脳裏に浮かび上がった新たな謎に、さらに混乱した頭をがしがしと掻いて何とか冷静を取り戻すと、大神はエレベーターへと足を向けた。




 今から8年前、日本は終戦後最大の災厄に見舞われた。

 ―――『降魔』、復活である。

 かつて太正時代に二度も帝都を襲撃し、あわや壊滅の危機まで追いやった化生が、群れを成して姿を現したのだ。
 後に『第三次降魔戦争』と記録されるこの事件は、大日本帝國軍解散後に平和憲法の下で創立された日本防衛軍、略称“防衛軍”の唯一の実戦経験とされている。

 そして、その中で『高木順一朗』の名が出ぬことはない。
 当時、中将であった彼は少数精鋭から成る陸軍対降魔部隊を率いて巧みな戦闘指揮で大きく戦局を覆させ、降魔全滅に貢献したと言われている。
 絶望的に戦力差があった困難な情勢下、初の実戦でありながら防衛軍が勝利を収められたのは、他ならぬ彼が要因だと指摘する言葉もあるほどだ。
 この事実は陸海軍を問わずに誇りと共に伝えられ、高木は防衛大学校の生徒達にはカリスマ的存在になりつつあった。

 その偉大な人物が、扉一つ向こうで佇んでいる。
 それは、まさに神の対峙に近い心境であった。
 どくんどくん、とやかましい心臓の音を深呼吸一つで宥め、服に皺など寄っていないか確認する。

 「………よし」

 一通り終えると、ドアを強くノックする。

 「ああ、入りたまえ」

 「失礼します!」

 きびきびとした動作で扉を開け、そのまま敬礼の体勢へと移る。

 「本日12時を持ちまして配属になりました、日本防衛海軍少尉大神大河、只今出頭いたしました!」

 そこはかなり広い空間であり、装飾品は床に敷かれた真っ赤な絨毯や家具の類まで一級品を揃えているが品位を落としていない。
 壁の向かい側はガラス張りで、構えられた椅子から外界を一望している人影がいた。
 高木順一朗、その人である。

 「遠路はるばるご苦労だったね。私が今日から君の身柄を預かることになった、高木だ」

 椅子を回して机上で腕を組むその姿を見るや大神の身体に、衝撃が目から入り背筋へと駆け巡った。
 思わず固唾を飲み込み、身体が強張っているのに気づく。
 予想だにしなかった、まさかかの英雄たる人物が…………。

 (黒いお方だったとは!!)

 まるで影法師が質量をもって、浮かび上がったかのようだ。
 顔どころか服装や肌の色すら、正確に把握できない。
 それを違和感なく受け入れられるのは、世界がこれを常識と認めているからなのか。
 しかしその奇妙な姿でありながら、全身から溢れるような威厳と風格を感じ取れた。

 「はっ! 高木中将のお噂は、かねがね耳にしておりましたっ!」

 「フム………」

 唸るような声を短く洩らすと大神を爪先からゆっくりと目を走らせて、そして頭で視線が止まる気配が伝わる。
 おそらく自分の顔を見ているのだと、思う。
 大神は直立不動のまま、無心に視線を絡ませた。
 偽りのない自分、果たして中将殿にはどのように映るのか。

 「………何といい面構えだ。ピーンと来た」

 しばらくして向こうの気配が、柔和なものとなる。
 声色からして、苦笑していると読み取れた。

 「ただ少し堅苦しいのはよくないな。それでは“この任務”は、うまくいかないよ?」

 来た。
 ついに今までの謎が、解ける時が。

 「中将、自分の任務とは一体何なのでありますか? ご説明願いたいのですが!」

 「知りたいかね?」

 「はいっ!」

 「君の任務、それは………」

 周囲の空気が密度を増したような圧迫感を大神は覚えた。
 身を堅くして、次の言葉を待つ。

 「それは………わが社に所属するアイドル候補生達をプロデュースすることだ」

 ぽんっと。
 重々しい空気が、何とも間の抜けたものに変わる音を聞いたような気がした。
 大神はその変化に着いてこれず、ただ一言。

 「―――は?」

 「いや、うちは人手が足りなくてね。今までは何とか私一人でやってきたんだが………」

 しかしうちはプロデューサー方針だし、と高木の口上は続いていたが、大神の耳にはあまり届いていない。
 最初のインパクトが、あまりに強烈だったからだ。

 「そ、それは何らかの活動の隠れ蓑と考えてよいのでしょうか? 中将が社長と名乗っておられることも関係が……」

 「うん? 君は何か勘違いしていないか?」

 「し、しかし自分は特務としてここに配属になったと………」

 ぽかん、と呆けた沈黙の後、高木は思いもよらない行動に出た。
 豪快に笑ったのである。

 「ああ、そうだとも。何と言われて来たのかは知らないが、これがその特務だ」

 「いいっ!?」

 「国家組織が、こうやって収入を得ているとは君も知らなかっただろう? これも立派な軍の仕事だよ」

 あっははは―――。
 まだ続いている高木の笑い声が、ぐわんぐわんと頭に響いた。

 (そ、そんな………)

 自分の任務は、アイドルのプロデューサー。
 その真実に興奮の熱が冷め、身体から力が抜けていくのを感じた。
 平和を守るという長年の夢、目標であり憧れの祖父………その他もろもろ自分の中心であったものが崩れていき、悲しみとも絶望とも取れる感情の渦が代わりに埋まっていく。

 「ま、がんばりたまえよ! 大神『プロデューサー』!」

 高木が、立ち尽くす大神に激励を投げかける。
 若き少尉としてではなく、駆け出しプロデューサーとしてだ。



[18174] 平和を守るということ
Name: モギリプロデューサー◆6401dc15 ID:d8d9ecb8
Date: 2010/09/28 22:05
 確かに今の職場は期待が大きかっただけに、落胆は激しかった。

 今まで縁のない世界に放り込まれたのは、もはや左遷を宣告されたことに等しい。
 しかし大神は、不平をこぼすようなことはなかった。
 たとえ望まぬ形でも配属されたからには、今の仕事にやりがいを持つべきだ。
 大神は、男が仕事をすることをそんな風に考えているからである。

 そう自分を奮い立てさせ、大神はプロデューサー活動を始めた。
 ひょっとしたら、それで何かが見つかるかもしれない―――そんな期待も少なからずあった。
 その結果は、今まで自分のいた世界とアイドル業界はあまりに違いすぎるとわかっただけだ。

 「カメラ、違っていますっ!!」

 千早の鋭い叱責に、大神は慌てた。
 すぐに正しい位置を指示するが、次も見当違いな方向にポーズをさせてしまい、千早からの鋭い視線を受けてしまう。
 そんな失態がずるずると続き、気づけばレッスンの時間は過ぎていた。
 スタジオは765ビル内の設備ではあるが、彼女だけに独占させるわけにはいかない。
 それを理解している千早は、さっさとスタジオから出ていく準備をしている。

 「す、すまない………。次はもっと上手く指示できるようにしてみせるから」

 心から謝罪する大神だが、千早の瞳には微かな憤怒の色が現れている。
 彼女が無駄なことを嫌うのは、最初にわかったことだ。

 「時間は戻ってこないんです。やる気がないのでしたら、レッスンの指導などやめてください」

 いい加減な気持ちで、やっているわけではない。
 しかし自分の指導力不足は事実なのだから、そんな反論をする資格などない。
 ただ千早が去った後でも大神は立ち尽くし、情けなさと悔しさに拳を白ばむまで握り締めていたのだった。

 大神が『特務』に着いていてから、早くも1週間が過ぎていた。




 すでに深夜と呼べる時間帯。
 誰もいないオフィス内で、大神は書類整理を行っていた。

 (俺は何をやっているのだろう………?)

 自分に問いかける。
 思えばこの特務を命じられた時は、どんなに嬉しかったことか。
 興奮し、子供の頃からの夢が叶うと感動で胸がいっぱいにさえなった………それなのに、だ。
 はぁ、と大神の口からため息がこぼれ出た。

 実際に待ち受けていたのは慣れない仕事に、何の充実感もないまま過ぎていく日々。
 そもそもこんな軍人を捨てろと言わんばかりの場所で、自分に一体何ができるというのだ。
 再び、ため息。

 「おや………。君、まだ帰っていなかったのか?」

 その声に顔を上げると、薄暗い部屋の暗闇から人影が浮かび上がった。
 実体を持った影のような人物は高木でしかなく、外出時のコート姿だった。
 そういえば夕方から、ずっと見ていなかったことを思い出す。

 「社長こそ………ずいぶん遅いお帰りでしたね」

 「ああ、会議がえらく長引いてしまってね」

 「会議?」

 「あ、いや。何でもない。さ、もう遅い。君も早く帰りなさい」

 もう書類整理は、一通り終わっている。
 あとは、特にこれといった用事はない。
 大神は荷物を鞄に積めると、高木に敬礼をする。
 いつまでも抜けきらない軍人としての癖だ。

 「はっ! それでは失礼しますっ!」

 相変わらず堅苦しいな、と言われてしまった。




 それでもどうせアパートにある自分の部屋に居ても、一人で憂鬱な気に浸っているだけだろう。
 ならば少し寄り道をするのも悪くないかもしれないと大神は、普段の帰路とは違う道を通うことにした。
 そう思い立ったが一向に気が紛れることなく、ますます滅入るだけだった。
 ため息が今日で何度目かなど、数えるのも馬鹿馬鹿しい。
 そしてそのまま公園へと通り過ぎようとして―――。

 「もっと……でみたい……光満ち………イランド………♪」

 立ち止まる。
 流れる風に乗るように耳へ届いた歌声には、聞き覚えがあった。
 まさかと思い、大神は公園内へと入っていく。

 昼間は子供たちの喧騒でにぎやかな公園も、夜だとしんと涼しげな静寂が場を支配している。
 その中央。
 時に身振りを加えながら、歌う一つの影が街灯の光に照らし出されていた。
 それは後ろ姿からも少女のものだとわかるし、そして大神の目の錯覚というわけでなければ。

 「………春香?」

 それほど大きな声を上げたつもりはなかった。
 しかし静まった公園だとそれでも事足りて、その少女は振り返る。
 薄暗い中でもはっきりと見て取れた顔は、やはり春香だ。
 さすがに向こうも大神に出くわすとは思わなかったのか、「………プロデューサーさん?」と目を丸くしている。
 最初のときは『大神少尉さん』と呼んでいたななどと頭の隅で思いながら、そばへ寄る。
 お疲れ様でした、と春香が765ビルから出ていったのは6時だったはず。
 まさかずっとこんな人気の無い所で、歌っていたのか。
 そう思うが、遅くまでぶらぶらしてと叱るのは何か違うような気がする。

 「一人で何をしていたんだい?」

 そう尋ねてみると、隠し事が見つかったような恥じらう笑みで返した。

 「初めてのオーディションの練習していたんです。そろそろ近いし」

 そういえばそうだったな。
 大神は、春香が自分の一月前に765プロに所属したことを思い出す。
 まだ彼女は他の皆と違い、デビューすらしていないのだ。

 「でも公園でやらなくてもいいじゃないか。こんな夜遅くだと、危ないよ?」

 「すみません。わかっているんですけど私、ここが好きなんです。ほら」

 そう指を差す春香に何が?と思いながら、その方へと顔を向ける。
 一瞬、息を呑んだ。
 そこ一帯は地形が高くなり、街を見下ろせるようになっている。
 その常闇に溶け込んだ夜の街に、大神は煌々と光る星を見た。
 それは紛れもない街灯であるが、普段は毳々しく感じたものをまさか星のように受け取るとは思ってもみなかった。

 「すごいな………」

 思わず感嘆の声が出る。

 「………私、憧れている人がいるんです。『真宮司さくら』さんっていう昔の女優さんなんですけど………」

 春香が、ぽつりと語り出す。
 それは大事な話を始めるように思えた。

 真宮司さくらとは、太正時代を代表する女優の一人である。
 艶やかな長い黒髪と桜色の着物が似合う清廉とした美貌とまっすぐで明快な性格の持ち主でありながら、初期の頃は階段から転げ落ちる等というそそっかしい一面もあった。
 現に彼女の初デビューは、舞台を半壊したことから始まったと言われている。
 しかし舞台に上がるごとに女優としての華やかさを見せ、後に『帝劇のトップスタァ』こと神崎すみれ引退後は彼女の意志を継ぐように娘役トップにまで昇っている。
 平誠となった現在でもなお、芸能人のインタビューで「憧れの女優は誰か?」の質問に時折彼女の名が挙がることがある。

 そして春香と真宮司さくらの出会いは、歌を教えてくれたお姉さんが持ってきてくれた太正時代の歌謡舞台をリマスター化したDVDの映像であった。 
 そのタイトルは『愛ゆえに』。
 彼女が属する帝国歌劇団の舞台でも、大ヒットを記録した作品の一つである。
 内容は、平民と貴族が争う革命時のフランスを舞台に、街娘クレモンティーヌと軍人オンドレの報われぬ恋愛ドラマだ。
 よくあるような恋物語で、だけど時代の波乱や身分の違いによる苦難を乗り越えようとする二人の純愛がロマンチックに描かれて、春香は好きだった。

 「すごかったなぁ……あんなに綺麗な人がいるなんて…」

 そう興奮の熱が甦る瞳を、夜の街の闇へと向ける。
 無論、当時の映写機による映像をそのままDVDに導入したものなので彩色はなく、所々掠れさえしていた。
 だが幕が上がった瞬間、画面の中は絢爛豪華に輝いているように見えた。
 あの時のさくらはまさに"黒髪"のクレモンティーヌであり、同じく舞台に立つ"男装の麗人"であるオンドレへと向ける視線には淡い熱が帯びていた。
 それが演技だったとしても、恋をする乙女の瞳は皆ああなのだと春香は未だに信じて疑わない。
 そして幼き日の春香は序盤から舞台の雰囲気に陶酔し、互いが純粋な愛を語り合う場面には頬を赤く染めて、二人を引き裂こうとする運命のいたずらには知らず溜息がこぼれたものだった。
 そして物語は、クライマックスに近づく。
 軍人としての身分を自ら捨てたオンドレがクレモンティーヌへの愛のために生きる道を選び、二人が結ばれる場面。
 オンドレとクレモンティーヌが相手への愛おしさに委ねるままに抱き合い、そして歌を紡ぎ出す。

 ―――………なにゆえに人は生まれ。

 ―――………なにゆえに人は生きる。

 ―――………愛ゆえにこの命を、あなたのためにささげる。

 ―――………あなたのためなら、わたしは死ねる。

 気づけば涙が出ていた。
 背筋を駆け巡った感情は稲妻に打たれたような衝撃で、感動という言葉だけではとても足りない。
 それほどまでにその舞台は、春香の心に深く刻み込まれた。

 ………―――そしてその時の興奮を忘れられないまま春香は今、アイドルという立場にいる。
 今考えれば、さくらこそが自分の夢を形にした存在で、あの出逢いが自分に確固たる目標を作ったのだと春香は思う。
 舞台女優とアイドル。
 そんな違いはあれどさくらは御芝居で、春香は―――。

 「私もさくらさんみたいに大好きな歌でたくさんの人を笑顔にしたり、元気にしたい! そんなアイドルになるのが夢なんです!」

 「―――」

 言葉が出ない。
 春香の目指す夢、そして瞳に宿る意志の強さに大神は心を打たれた。

 (人々に笑顔と元気を………)

 それは、長年の夢である『平和を守る』ということに繋がるのではないか。
 今まで大神はアイドル業界をそんな風に考えたことがなかった。
 いや正直に話せば内心、小馬鹿にしていた。
 所詮は、女子供相手のくだらない大衆娯楽に過ぎないと。
 心のどこかで、そう決めつけていた。

 しかしそんな中で、春香は人々に安らぎを与えたいと言い切ったのだ。
 どこまでも真っ直ぐな瞳で、欠片の偽りもなく。
 それをくだらないの一言で、どうして言い切れようか。


 大神は恥ずかしかった。
 出来ることをやっていこうと言っておきながら、無意識に軍人のする仕事ではないと見栄を張っていた自分が。
 そして己のあまりの見識の無さに。

 「………なんてまだデビューもしていないのに、高望みしすぎですよね?」

 「いや、そんなことはないよ」


 夢をはっきりと語った後に苦い笑みを出す春香に、大神は否と頭を振るう。

 「目標をしっかりもって、それに向かって努力している………それは、とても立派なことだ」

 「プロデューサーさん………はい、ありがとうございます」

 そのあとは二人の間に、言葉はなかった。
 夜の街を見る横顔で照れを隠す春香を見ながら、大神は思う。

 頑張ろう。
 例え今の居場所が望まないところでも、彼女の夢を支えてやりたい。
 いや、それだけではなくアイドルたちを守ってあげたい。

 そう偽りなく思うが、しかし心のどこかでまだ迷いが燻っていた。
 軍人になり平和を守るという夢を目指し続けてきたこの青年にとって、それは断ち切れない思いだった。

 (俺は………)

 深夜の街に、大神の答えは見つからない。




 765本社ビル近くには、とあるバーがある。
 照明を弱くした静かだが品のある雰囲気が有名で、人気はドアノブのすり減り具合でわかる。
 看板に書かれている店名は、『BAR ポーリー』。
 そこには、白のシャツに黒のジャケットのタキシード姿をした女がいた。

 まず最初に、のんびりとした口調で客に酒を運ぶ女性がいる。
 顔付きは誰もが認める美女で、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 流れるような長い髪に、頭から一房だけ飛び出ていた。
 そして一番目立つのはそのスタイルの良さで、特にふっくらとした豊かなバストは目を引く。

 次には、カウンターでシェイカーを振り始めている方だ。
 そちらは髪を三つ編みにし、かけたメガネが知的な印象を出していた。
 先の女性と比べて年下のようだが、春香たちより年齢だけでなく見た目でもずっと大人びている。

 三浦あずさと秋月律子。
 かつてデュオを組み、芸能界の歴史に名を刻むほどにトップアイドルの頂点を極めた二人だ。
 2年前に引退を表明した後には、あずさはこの店を開き、律子はその手伝い兼765プロでプロデューサーの勉強をしている。

 店内の客は皆、静かにグラスを傾けていた。
 その中でカウンター席でたった一人、ウイスキーをロックで呷っている者がいる。
 高木である。

 「社長。ずいぶんご無沙汰でしたね」

 「そういえばそうだね。秋月君に三浦君も元気そうで何よりだよ」

 二人とも、相変わらず美人で。
 そうお決まりのお世辞を一つ笑って礼をすると、律子は抑えた口調で。

 「………今日は『賢人機関』からの帰りですか?」

 「………ああ。花小路さんの協力もあって、ほぼ当初の予定通りの形になっているよ。いまだに反対派も多いがね」

 「まあ常識的に考えれば、馬鹿げた妄想にしか聞こえませんからね。しかもそれにかかる費用も莫大ときている………」

 「確かにね………。だが何としてでも成功させねばならないのだ。8年前のあの悲劇を二度と起こすわけにはいかん」

 8年。
 長いようで短いその歳月は人々から魔の脅威を忘れさせ、平和を謳歌させるには事足りる。
 だが高木には、今だ降魔と熾烈を極めた戦いの日々を思い浮かべられた。
 治にいて、乱を忘れず。
 かの有名な格言とともに自然と初老にさしかかり始めるその身体に、若き頃から抱いている熱が沸き起こっていた。
 それは大神と同じ、平和を守るという覚悟の炎だ。

 この帝都を決して笑顔を、そして人々の無いものにしてはならない。
 そのために自分は"彼女たち"を見守り、支え続けようと決意したのだ。
 時には華麗に笑顔と感動を与え、時には華撃に戦う"彼女たち"を―――。

 「そういえばどうです? 例の人」

 律子に声をかけられ、高木は顔を上げた。
 例のと言われれば、何がなどと聞くまでもない。
 あずさも興味あるのか、客の応対をしつつもこちらに視線を送っている。

 「ああ、大神君か。大丈夫、心配いらないよ」

 「ふーん。でも千早に聞いたら、なんだか頼りなさそうに思えましたけど?」

 「はは、まだ慣れていないだけだよ。だが私の目に間違いがなければ………」

 やってくれるさ、あの『大神一郎』や『大河新次郎』のように。
 そう断言するような口調で締め、高木はグラスの残りを一気に傾けた。
 



[18174] 大神、出撃す(前編)
Name: モギリプロデューサー◆d9783ff0 ID:8c5bc3a5
Date: 2010/06/19 22:07
 春香の夢を聞いた夜から、3日目のこと。

 大神が部屋に入る前、すでにその怒声はドアを突き破って耳に届いていた。

 (な、何事だっ!?)

 早朝のことである。
 テレビ局から連絡が入り、大神はそちらへ向かわなくてはならなくなった。
 すでにレッスンの予定を入れてしまって、どうしたものかと困っているところを「私達だけでレッスンをしていますから、任せてください」と提案したのは、春香だった。
 千早も異論はなく、それに同意した。

 春香だけなら少し不安だが、千早もいるならば問題ないだろう。
 そう安心して、TV局へと向かったというのに―――。

 慌ててレッスンスタジオに、大神は入った。
 そこで目にしたのは、

 「だいたい春香は………!」

 「そういう千早ちゃんだって………!」

 だだ広い部屋のど真ん中、信用していた二人のド派手な喧嘩だった。
 口上も気迫も互いに譲ることなく、火花が飛び散るばかりに睨み合っている。
 端で「あの………」やら「その………」で、おどおどしながらも仲裁に入ろうとしている雪歩に、果たして気付いているのか。

 「あっ! プ、プロデューサー………」

 雪歩がようやく大神に気付いた。
 うっすらと瞳が滲んでいるのは、半ばべそをかいていたのかもしれない。
 普段はあまり大神に近寄りたがらないのに、今日は彼女の方から向かってきた。

 「雪歩、一体何があったんだ?」

 「えっと、最初に皆でレッスンをやろうとしたんですけど………」

 そう言う雪歩が視線を向けた先に、寝息につられて金髪が揺れていた。

 「あふぅ………」

 並べたスタジオの椅子の上で昼寝をしている少女の名は、星井美希。
 歌唱力、ダンステクニック、ビジュアル全てが優れている765プロ期待の新星である。
 ただ唯一欠点、というよりも致命的に問題なのは、非常に怠け癖が強い。
 いつぞやのレッスンも「今日は何だかとっても眠いの」を堂々と理由にして、昼寝をするほどだ。

 「―――美希が昼寝をして、また千早を怒らせてしまったのか?」

 言い当てられ、雪歩は目を丸くする。
 まるで予知能力を持つ人間を見ているようだが、皆の性格を知れば考え付くと思う。
 睡魔を言い訳にレッスンを怠けようとした美希に腹を立てた千早が、宥めようとした春香にもつい厳しい言葉を投げ掛けてしまったのか。
 それが春香の勘に障ってしまったというのが、大方のところだろう。
 千早はプロ意識が強すぎるために、思い通りにレッスンが進まないと言動を荒げてしまう悪癖がある。

 (それにしても………)

 春香と千早を見る。

 こうも女性の喧嘩とは、激しいものなのか。
 大神の今まで知っている女性たちは、こんな大喧嘩などしなかった。
 旧家だからなのか、母も姉も女性の美徳とは耐えることにあるという認識であった。
 仙台にいる北辰一刀流の使い手であり、よく剣の稽古に付き合ってくれた『真宮寺』師範もそうだ。
 彼女は慎ましやかと芯の強さを併せ持つ、まさに大和撫子の名にふさわしい美女であった―――女の子が大神にすり寄ってくると、焼き餅を焼いていたが。
 ひょっとしてこの自己主張の強さこそが、アイドルとして必要なものなのか―――?

 と、そこで一向に口舌戦ではケリが着かないことに苛立った千早が、とうとう手を振り上げた。

 「口でわからないならこうよ!」

 「なんの!」

 負けじと春香の手も動く。
 それを見た大神は思わず二人を止めねばという衝動だけで動き、間へと飛び出した。

 「止めるんだ!」

 刹那、肉を打ち据える鋭い音が二度響いた。
 天地の感覚がひっくり返ってしまったのは自分が倒れているからであり、頬の熱は痛みだと気付くのに少しばかり時間を要した。

 「プ、プロデューサーさん!?」

 「大神少尉?」

 思わぬ乱入者に、春香と千早は目を見開く。
 雪歩も大神の行動に驚きを隠し通せず、美希も平手打ちの音にようやく目を覚ました。
 計八つの瞳に射止められるが、大神は臆せずに立ち上がる。

 「二人共、喧嘩は止めるんだ」

 頬の内が切れたか、血の味を痛みと共に微かに感じたが、それでも言わなくてはならないことがあった。

 「俺はプロデューサーとして未熟だ、偉そうなことを言える立場じゃないかもしれない。けど春香も千早も大切なことを忘れていないか? アイドルは誰かを元気にしたり、笑顔にするものだということを」

 これは春香の言葉だと後で思い出し、すらすらと言えた自分に少し驚きを覚えた。

 「そんな二人が怒ってばかりいてどうするんだ。喧嘩なんか止めよう」

 大神が言い終えると、しんと沈黙が流れ始めた。
 少し言い過ぎてしまったか?―――と大神は不安に思い始めた時、春香がぺこりと頭を下げた。
 その顔は羞恥の赤で、薄く染まっている。

 「すみません。プロデューサーさんの言う通りです」

 「………私も少し軽率すぎました」

 短いながら千早も謝罪の言葉をかける。
 大神を見る雪歩の瞳にはわずかだが尊敬の色が表れ、美希の方は何かカッコイイ男を見かけた少女のように目を輝かせている。

 謝る二人の素直さに大神は安堵するが、思い出したかのように頬から痛みが熱として沸き起こった。
 このままだと平手跡が腫れてくるかもしれない。
 ちょっと顔を洗ってくるよと断りを入れて、部屋を出ようとする。
 ドアの向こうへと消えるまで、四人は大神の方をじっと見つめていた。




 本当に、このままでいいのだろうか―――?
 給湯室で大神は顔を洗いながら、再びあの疑念に捕らわれていた。
 確かに春香達の夢を叶える手伝いはしたいし、皆の支えになってあげればというのも本心だ。

 しかしアイドル達との関係は良好とは思えないし、たかが喧嘩の仲裁ですらこの始末………。
 それに、やはり今まで目指してきたものとそのために積み上げた努力を思うと、どうしても現状に息苦しさを覚えてしまう。
 軍人としての使命、幼い頃からの夢、アイドルとして努力している春香達。
 プロデューサーの仕事を応とするべきか、否とするべきか―――。

 「………!」

 大神は、頭を蛇口へと突き出す。
 そうやってしばらくすれば水の冷たさに、様々な感情が入り混じって火照っている頭がほど良く冷めてくれた。

 「ふぅ………え?」

 顔を上げた大神の目の前に、タオルが差し出されていた。
 その先を辿れば、白く細い手がある。

 「はい、どうぞ」

 いつの間にか、隣に女性が立っていた。
 緑を基調にした制服にタイトスカート姿から765関係者なのだが、大神は今まで出会った覚えがない。
 髪は短く整えた、春香達とは別次元の凛とした美貌に、そして大人の色香を合わせ持つ顔容であった。
 見事なまでのプロポーションの良さは服越しにもわかるし、特にタイトスカートに収まっているむっちりとした太ももが妙に艶かしい。

 「あ、ありがとうございます」

 一礼をして、タオルを受け取る。
 その時、ふわっと甘い香りが鼻腔をくすぐった。
 それが女性の体臭だと気付くとたちまち赤面し、隠すようにタオルで顔を拭った。

 「―――さっきから浮かない顔でしたけど、何か悩み事かしら?」

 「え?」

 突然かけられた女性の言葉に、大神はどくんと心臓が跳ねるのを感じた。
 視線が重なり合った紅色の瞳は、曇りもなくどこまでも鮮烈であった。
 綺麗だ、思わずそんな感想を抱いてしまう。

 「………」

 この人は優しい人だ。
 しかしそれでも初対面で悩みを打ち明けるのは、やはり憚られる。
 黙したまま俯く大神だったが、女性は気を害した様子はなかった。
 ただ、くすっと品良く笑う。

 「心配しなくても、大丈夫ですよ。貴方がここに来たのは間違いなんかじゃないわ」

 「え………?」

 不意に放たれた女性の言葉。
 まるで自分の疑念を見透かれたように思え、大神は応じたとは言えない何とも間の抜けた声をこぼすしかなかった。

 「プロデューサーだと知っても腐ることなく、春香ちゃん達の姿を見て自分を謙虚に反省して、あの子達のために頑張ろうと懸命に努力している」

 「自分は………」

 「その真面目さ。誠実さ。―――そして何よりも人を愛せる心。それを持つ貴方だからこそ高木社長は選んだんですよ。彼女達の支えとなり、そして共に戦うことができる人物だと」

 戦う―――?
 女性が言ったとうてい芸能事務所とは縁の無い言葉に、大神は困惑した。
 比喩にしては、あまりに過激すぎる。

 「貴方は一体………」

 誰なのですか、という言葉は最後まで続かなかった。
 突然通路内をけたたましい警報(アラーム)が、鳴り響いたのだ。

 「これは………!?」

 「………出撃よ、プロデューサー君」

 「出撃!?」と書いてある大神の顔を、確かに女性は見た筈だ。
 しかし説明する暇はないと言うべきか、大神の手を掴んで駆け出していく。
 戸惑いながらも、大神は女性と歩調を合わせた。

 着いた部屋には、身に覚えがあった。
 どの階にも共通してある部屋で、一度何だろうと入ろうとしたが「絶対に入っちゃいけません!」と春香に止められたことがある。
 その初めて足を踏み入れた部屋の壁には、

 「緊急用シューター?」

 「そう、ここから地下に行ってください。貴方の想いに応えることのできるものが、そこにあるわ」

 にわかには信じられず、躊躇が生まれた。
 しかし自分を見る女性のまっすぐな瞳に、それはたちまち消え去った。
 この人なら信用できる―――根拠も無いくせにそう思えてしまう。
 頷き、大神はシューターの入り口へと手をかけた。
 と、その前に。

 「あの、貴方は………?」

 くすっ。
 返事は、何かちょっとした悪戯を発見した子供のような微笑だ。

 「人呼んで“謎のおねえさん”♪」



[18174] 大神、出撃す(中編)
Name: モギリプロデューサー◆a3e68a5f ID:0d16b962
Date: 2010/06/17 20:38
 そのシューターは、滑り台のような構造がどこまでも続いていた。
 大神はその中を滑空するように、落下していく。
 速度が上がっていくのを感じたが、自然と恐怖は湧かなかった。
 その途中、シャッと何かが横から数本伸びてきた。
 二本指が生えた機械のアームだ。

 「うおっ!?」

 大神がそれに気づくよりも早く、アーム達は次々と服をはぎ取っていく。
 スーツを駄目にされたらどうしようと一瞬、場違いなことが思い浮かんだ。

 しかしすぐに別のアームの群れが新たなインナーから下着、上着へと着せ替えていく。
 金の縁取りが施され、白を基調にしたジャケット。
 同色のズボンと革靴にアスコットタイを加えれば、それは軍隊の儀典に使用する礼服に見えなくもない。
 しかし肩や胸辺りに何かと接続させる金属部品が、取り付けられていた。

 (これは………?)

 この服は何かと考える間もなく、もう目の前に四角く溢れる光が見えている。
 それが出口だと理解した次の瞬間には、大神はそのゲートをくぐっていた。
 辿り着いた先の光景に大神は息を呑む。

 そこでは広漠とした空間が彼を包み込んでいた。
 壁には最新式の機器がずらりと並べられ、一面だけは巨大なモニターとなって帝都上空の全体図を表示していた。
 照明灯によって煌々と照らされる中央には長方形型のテーブルが置かれ、近くに椅子が計六つ。

 ここは作戦室だ。
 かつて見学した軍艦のそれと似ていることに気づき、しかし設備はこちらの方が遥かに上だという印象も受けられた。

 「こ、ここは一体………?」

 「よく来てくれたな、大神『少尉』」

 驚く大神の背後にかけられた声は、もはや聞き慣れたものであった。
 振り返ればそこに立っていたのは、なんと高木順一朗ではないか。
 その影法師も、今は軍服を纏っているものだ。

 「しゃ、社長!? その姿は!?」

 「ふむ、ここでは『司令』と呼んでもらおう。それよりも周りを見たまえ」

 そう促す高木の後方で見知った顔を発見して、大神は瞠目する。

 春香、千早、雪歩、美希―――。

 彼の担当するアイドル達が、そこに立ち並んでいる。
 皆、『マーチングバンド』と呼ばれる衣装に似た姿であった。
 だが春香は赤、千早は青、雪歩は白銀、美希はライムグリーンとそれぞれのイメージカラーで施されており、やはり肩や胸には大神と同じ金属部品だ。

 「765プロダクションとは世を忍ぶ仮の姿に過ぎない。その実体は霊的脅威から帝都を防衛する秘密部隊………」

 言葉を失う大神に高木が語り始め、そして全身を彼に向けて―――。

 「漆陸伍(ナムコ)華撃団・花組! 大神少尉、君にはその隊長をつとめてもらう」

 一瞬、高木の言っていることも状況も理解できなかった。
 半ば夢でも見ているかのような面持ちの大神に、春香が歩み寄る。

 「隠していてごめんなさい、プロデューサーさん。高木社長に堅く口止めされていたので………」

 その謝罪にようやくこれは現実らしいと思えたが、何と言うべきか言葉が見つからない。
 高木が、再び口を開く。

 「どうしたのかね。これは君が望んでいたことだと思うが?」

 「い、いえ。少し頭が混乱してしまって………」

 「フフ。芸能プロダクションが秘密部隊の本部で、隊員達がそこのアイドル達。あまりに非現実すぎるとでも?」

 その言葉に返ってきたのは、「え、ええ………」と戸惑い気味の声だ。
 まだ若いなと評して、高木はリモコンのスイッチを押す。
 それに応じて、メインモニターに映像が映し出された。

 「!!、これは!!」

 そこに表示されたのは、現在の上野公園。
 しかし花見を楽しむ人々の姿は無い。
 確認できるのは手足のひょろりと長い細身を鎧兜で装い、ギラギラと禍々しい光沢を放つ刀を持つ鉄の怪物数体だ。
 それらが屋台やら木々を次々と破壊していく。

 「『脇侍』と呼称される敵機が数体上野公園に出現。現在、近くの人家等に破壊活動を行っている………。さて、どうするかね。大神少尉」

 最後の台詞には、挑発も少し込められていた。
 現状の把握に追い付けていなかった大神だったが、その瞳にはもう混乱の色はない。
 そこに宿るのは決意と、脇侍どもの悪行を許すまじとする義憤の炎だ。

 「ここが帝都を守るための秘密部隊で、俺がその隊長に任命されたのであれば―――考えるまでもありません! ただちに出撃し、敵を撃破します!」

 それを待っていた。
 期待の返答による満足感とともに、高木は口元を緩めた。
 そしてくるりと、背を向ける。

 「ついてきたまえ、そこに君の武器がある」

 そのまま案内されるまま、エレベーターへと乗り込む。
 さらに下降し、エレベーターの扉が左右に開いた先にあるのは広大な地下格納庫の空間だった。
 そこで各々のハンガーで整備員によるメンテナンスを受けているのは、

 「これは、まさか霊子甲冑!?」

 「そうだ、これが華撃団の誇る秘密兵器『アイドル』だ!」

 高木が、語り始める。

 「かつて帝都防衛の為に設立された秘密部隊、帝国華撃団が所有していた霊子甲冑『神武』を基にして最新の技術で造り上げた次世代型機動兵器だ」

 言われてみると末端肥大気味の太い四肢や卵形のずんぐりとした全身からして、『光武』系統の設計コンセプトが基本のようだ。
 しかし機体の大型化や単眼式の光学センサーは、明らかに『アイゼンクライト』の流れを汲んでいる。
 それよりも注目すべきは、各機それぞれのカスタマイズを受けて外見が異なっていることだ。
 共通しているのは、上記の機体特徴とモノアイの縁取りに施された金色のラインのみ。
 まさかと思うが、これもアイドルの個性を重んじる高木の方針ゆえなのか。

 「プロデューサーさん、一緒に頑張りましょう!」

 「あ、あの、期待に応えられないかもしれませんけど…………よろしくお願いします!」

 「ミキ。メンドくさいのはイヤなんだけど、プロデューサーとなら戦ってもいいかな」

 春香達三人が大神に声をかけ、千早も一歩前へと踏み寄る。

 「少尉。今日からは貴方が隊長です。出撃命令を」

 それは役目を譲渡しているように、大神は思えた。
 もしかすると自分が着任する前は、千早が隊長を務めていたのかもしれない。
 大神は頷いた。
 そして、ついに―――。

 「漆陸伍華撃団、出撃せよ!」

 初陣の時だ。




 轟音が上野公園内に響き続けた。
 その中に人々の喧騒、叫声、そして悲鳴が混じり合っている。
 皆、つい先ほどまで和気あいあいと花見を楽しんでいた者達だ。
 そしてその平穏を断ち切った怪物が、ゆらりと移動していく。

 身の丈は2メートルを優に越えていよう、赤銅の鎧兜姿。
 武装は刀だけでなく銃や他より腕が一回り太い機体は棍棒と、それぞれの得物で破壊を続けている。
 その機械作りの細身が動く度にヴァイ、ヴァイ………と不気味な駆動音が周囲に鳴り渡っていた。
 これこそが魔操機兵、脇侍である。

 そして脇侍達が引き起こす惨状を、寛永寺の鳥居で見下ろす男が一人。
 いや、その絶対零度の冷気を纏う蒼い瞳は果たして脇侍達を見ているのか。
 むしろ逃げ惑う者達だけでなく、世界全体の人々を見ているように思えてならない。

 「………」

 やはり変わらない。
 しばらくしてフンッと結論をつけた、鼻息を一つ。

 所詮、人間とは災いを産む生き物なのだ。
 例え善なる未来を目指そうともあらゆる悪徳を根源に持つ限り、そんなものにたどり着きやしない。
 その証拠に見ろ、この世界を。
 痛みが、嫉妬が、後悔が、憎しみが、恐怖が………一度我が消滅しても、満ち溢れているではないか。
 やはり光ある世界よりも、暗黒の闇こそが奴らに相応しい………。

 「………?」

 と、その時。
 男は、とある異変に気づいた。
 それは不忍池の水面に立つ波紋だった。
 池の中央から極々弱かったものが徐々に大きくなっていき、ついには水柱が立ち昇るほどになる。
 男は、悟った。
 何か来る。

 「そこまでだっ!!」

 気勢一喝。
 その叫びとともにそれは水面から出現し、激しい水飛沫をもたらした。
 60メートルほどの全長は、機関車部と貨車部の二つによって編成されたもの。
 シャープなデザインを先端に持つ形状の通り、最高時速450kmという高い移動性を誇る。
 その名は漆陸伍華撃団に所属する輸送用列車『轟雷号二式』、またの呼び名を『超弾丸列車』。

 そして貨車部から五つの霊子甲冑が流星さながら各々の光を放って射出されるその光景に、男は軽いデジャビュを覚えた。
 まさかと思う。
 よもや“奴ら”の意志を持つ者どもが、目の前に現れようなどと。
 我ながら信じがたいその既視感は、だが次の名乗りで確信のものへと変わった。

 「漆陸伍華撃団、参上!!」



[18174] 大神、出撃す(後編)
Name: モギリプロデューサー◆f9a04df9 ID:d72c0d3a
Date: 2010/09/28 22:15
 「漆陸伍華撃団、参上!!」

 その叫びに続き、アイドル各機が歌舞伎の見得よろしく構えを見せる。

 「………それでどうします、少尉?」

 大神機のコクピット内。
 さっそくサブウィンドウに、千早の顔が映し出された。
 彼女が言わんとしていることは、わかっている。
 先ほどの通信によると、すでに避難は完了しているとのことだ。
 しかし、では派手にドンパチを咬ますというわけにはいかない。
 自分たちの任務は、人命は当然のことながら街を守ることにあるのだ。

 「まず俺が斬り込む」

 その匹夫の勇と言える案に、表示されていた隊員達の顔が大小さまざまな驚愕を………訂正、美希だけは今一つ理解していない。
 千早の非難めいた鋭い視線が、ウィンドウ越しに大神を射抜いた。
 ふざけているのか、と瞳の内奥に宿る光がそう言っている。

 「これ以上被害を広げたくない。俺が囮になって敵を中央へと引き付ける。皆は追い込むように囲んで攻撃するんだ」

 大神の言葉に合点がいったのか、千早の瞳に宿る光が消えた。
 その作戦ならば、なるほど確かに大神が囮役に適任だろう。

 大神の操る機体は、――おそらく漢字で『剣狼』と書くと思われる――《ケンロウアイドル》。
 《光武二式 大神機》、《フジヤマスター》………歴戦の指揮官機の後継機として稲妻状の長い角が頭部から突き出しており、背には二枚の羽根型巨大スラスター・ユニットが装備されている。
 全身は白を基調にしながら、鮮明な青の肩部や赤で彩られた脚部の装甲は鋭利な構造で、正面から見ると毛を逆立てた狼そのものだ。
 武装は右腰の大太刀一本、左側には大太刀と小太刀が一対。
 そして最大の特徴はスラスターと流線型の装甲による、他機をも凌駕させるその機動性。
 短時間ならば、低空飛行も可能である。

 「春香、雪歩は右から。千早、美希は左から回ってくれ!」

 『了解!!』

 「よし、行くぞ!」

 背部のスラスターが白色光を発し、大神機は一気に敵機へと突進した。
 脇侍達はケンロウアイドルを敵と認識、わらわらと大神機に殺到していく。
 しかし大神は臆することなく、その中へと飛び込んだ。
 剣や銃の波状攻撃を時には捌き、回避し、逆に撃破しながら、注意を自分へと向けさせる。
 やはり細身の見た目からして無人の脇侍には人工頭脳が備わっており、しかしあまり高性能ではない。
 大神の思惑のまま、徐々に中央へと脇侍達は集まっていく。
 そうでなくては困る。

 そしてついに一つ二つと、彼方から爆発の光輪が咲き始める。
 春香達も、攻撃を開始したのだ。

 (皆、大丈夫だろうか………?)

 初めて搭乗する自分とは違い、何度も訓練は受けているはずだ。
 しかしいかに鋼鉄の鎧を纏っても、それが少女達ではやはり不安が生じる。
 いざとなれば、援護に向かおう。
 そう考えつつ、視線を向けて―――それが全くの杞憂だったと思い知らされた。
 



 「ハアァァ―――ッ!」

 鋭い一声の下、春香機が踊りかかった。

 搭乗するのは、燃え上がるような赤のボディと四肢に黒い光沢を持つ《パンキッシュアイドル》だ。
 この機体は《光武二式 さくら機》や《ロデオスター》の開発コンセプトを継ぎ、接近戦型として最低限の装甲強化である腰部の装甲スカートは右を黒のロングにし、左はミニの赤いチェック柄となっている。
 モノアイの縁取りである金のラインの左には睫毛に似たパンキッシュシールが施され、赤と黒のコントラストが冴える機体だ。
 武装のエレキギターに似せた『イミテーションエレキ=ソード』を構え、ダンサーさながらのステップで敵に向かう。
 ダンッと大地が割れるほどの踏み込みから放たれた一刀必殺の斬撃が幾度も銀光を描き、次々と屑鉄の山を積み上げていく。
 進む先に脇侍が二体、入り込む。
 挟み切ろうとする心算で、それぞれ左右へと薙ぎ払う。
 自らを断ち切らんとする二つの刃を目前にしかし、春香の瞳に揺らぎはない。
 エレキギターのボディを模した鞘で左からの一撃を制し、右は刀で受け止めようとして―――どんがらがしゃん。

 「うわわっ!?」

 いきなり機体が転倒。
 その上を左右からの攻撃が、それぞれ通過していく。
 確かに何もないところでこけるのは、認めたくないが自分の特技だ。
 でもよりによってこんな時に―――!
 上へと向けた光学センサーが捉えたのは刀を振り下ろそうとする脇侍二体。
 次こそ防ぐ術なしと迫る衝撃を春香は覚悟して、突如脇侍の頭が二つ吹き飛ぶのを見届けた。
 それを成し遂げたのは、弾丸の如く後方から飛翔してきた小型のドリル。
 
 「春香ちゃん、大丈夫!?」

 その得物を確認した直後、サブウィンドウに展開された雪歩の心配そうな顔に全て納得がいった。
 雪歩が駆る白銀のカラーリングである霊子甲冑、《ドリラーアイドル》。
 《光武二式 紅蘭機》と漆陸伍華撃団の独自の概念を組み込まれ、機関部上部には三基の三連ランチャーに両腕のドリルを二基装備したその機体は春香機と比較して、重武装で武骨なフォルムだ。
 先の攻撃は後方支援を目的とするこの機体のランチャー砲によるものだろう。

 「ありがとう、雪歩!」

 そう礼を述べて、春香は機体を起き上がらせた。


 

 (あの二人、初の実戦にしては………っ!)

 思案を中断させたぞわりと背筋を這う殺気、そして背後から迫る銀光。
 その斬首に見立てた一撃を前に、しかし千早は眉一つ動かさない。
 軽くフットペダルを踏み込むだけで、舞い踊るように華麗な仕草でそれをやり過ごす。
 口にしてしまえば容易いが、それを《ポーリードレスアイドル》で行うのは彼女の技量の高さを伺える。

 澄んだ青と黒が映える千早機は《光武二式 レニ機》、《光武F2 グリシーヌ機》を参考に接近戦用の防御強化が徹底的に行われている。
 両腕両脚に備え付けられた黒薔薇と一枚羽根を組み合わせたような装飾も、腰部の前開きの大型装甲スカートも、全てはその為だ。
 その鉄壁の防御力の犠牲となった機動力を少しでもカバーするべく、脚部にはローラーダッシュ機能が配慮。
 ロッドを構えたその貴婦人のような気品さと戦乙女の如く勇ましさを醸し出す仕上がりとなった機体を駆り、千早は戦場を舞う。

 (それにしても実践経験すらない隊長なんて………)

 やはり当てにすることなどできない。
 即座にあんな作戦を立てたのは流石軍人出身だと素直に評価するし、その後の霊子甲冑の操縦も巧みで天賦の才があるかもしれないと千早は思う。
 しかしそれでも客観的に判断しても、まだ自分が上から彼を評価する立場にあるのは変わらない。
 周りからも厳しいと言われる自分があの海軍少尉を『プロデューサー』と認めるのは、当分先のことだろう。
 しばらくは『少尉』と呼ぶ日が続きそうだ。
 ともかく今は―――。

 (私がやるしかないっ!)

 右手に持つロッドの刀身が青い陽炎のような霊力に濡れ光り、続く剣光が脇侍の胸部を打ち貫く。
 動力源を貫き損ねて先端でもがいているが、構いはしない。
 次に迫って来た二体目へのカウンターとして放り投げ、無慈悲ない一閃がまとめて首と胴を別れさせた。
 その間、わずか数秒。
 そのまま残滓を見送ることなく、二機の脇侍を撃破した千早は残る敵機へと意識を凝らした。
 



 (何だかとっても眠いの………)

 あふぅ、と欠伸を一つ。
 美希が乗る《ウィッシュズアイドル》のコクピット内だ。

 ライムグリーンの機体は黄色い装甲によって、セパレーツ式に上部と腰部を鎧われていた。
 両手で構えるボウガンを武器にしている通り《光武二式 マリア機》、《光武F2 花火機》、《シューティングスター》のような射撃による後方支援を主眼に置かれた機体である。
 頭部のセピアサングラスに似たバイザーは、その射撃性能を飛躍的に向上させるためのものだ。

 (皆、そんなに必死で疲れないのかなぁ………)

 華撃団の仕事は大事だと薄々とは理解しているが、それでも皆のようには頑張れない。
 面倒くさいことは、とにかく嫌なのだ。
 けどここで頑張れば、いいアピールになるかもと美希は考え直した。
 先の春香と千早の喧嘩を止めた時、自分をドキッとさせた大神プロデューサーへの。
 ひょっとすると、褒めてくれるかも………。

 「よぉし」

 美希がグリップに手を置くと、セピアサングラス形バイザーが下にスライド。
 モノアイカメラを完全に覆い尽くすと、モニターに複数のポインタが同時に表示される。
 後は簡単だ、それが標的に重なった時にトリガーを引けばいい………それが常人ではいかに困難なことだとは、美希は知らない。
 ボウガンから次々と撃ち放たれた矢はただの一つも外すことなく敵機を貫き、脇侍の群れに綻びを生じさせていく。

 脇侍達は華撃団の前に、全くの烏合の衆と言ってよかった。
 次々と破壊されていき、壊滅するのに十分もかからなかった。




 「終わったか………」

 辺りに静寂が戻る。
 自分達以外に気配がないことを確認した大神は、納刀した。
 初の実戦からなのか、緊張が途切れるとドッと疲労が全身に広がっていく。
 軽く一息をつけようとして、―――大神は機体を横っ飛びに跳躍させた。
 突然ぞわりと感じた、背筋に真剣を這わせられたような悪寒。
 それから逃れるための、本能的な回避運動だった。


 「な………!?」

 ズンッと地鳴りに匹敵する衝撃が突き抜け、機体越しに大神を揺さぶった。
 先ほどまで立っていた位置。
 そこからもうもうと土煙が舞い上がり、『ソイツ』は現れた。

 一瞬自機のケンロウアイドルと見間違うほどに酷似した体型、しかしその機体の方が一回り大きい。
 全身は常闇の漆黒に染まり、逆三角形の頭部にはバイザーが鮮血に濡れたかのように紅く輝く。
 武装は大太刀一本のみ、しかし背には蝙蝠を彷彿させる双翼がある。

 そのバイザーの奥の瞳と目を合わせた大神は、冷たい汗が背筋に流れるのを感じた。
 ―――この魔操機兵は脇侍とは違い、何者かが乗っている。
 死を連想させるほどの純粋な殺意を、ただの機械が放てるわけがない。
 すぐさま抜刀しようとして、………すでに相手から20メートル余りだったはずの間合いが肉迫する距離にまで縮んでいた。

 「何っ!?」

 まるで瞬間移動のような機動力。
 完全に虚を突かれた大神に、肩口を襲う上段からの一閃―――!
 
 「が、ぁっ!」

 コクピットを襲う激震は人体にまで突き抜け、肺の中の空気が全て吐き出された。
 激痛に薄れそうな意識を繋ぐのに精一杯の大神の視界に、容赦ない蹴りが迫る。
 機体の腹部に突き刺さり、為されるままに後方へと吹っ飛び―――ケンロウアイドルは沈黙した。

 「プロデューサーさん!!」

 その光景に、春香機が漆黒の機体の前へと躍り出る。
 激昂した春香は、抜き身の太刀を高々と頭上に構えた。
 風より疾く、そして鋭い剣線が銀光に爆ぜ、しかしそれをも上回る相手の速度の前に空しく空を裂くだけだ。
 黒い魔操機兵の右腕がゆっくりと上がり、

 「きゃあっ!」

 激烈なるアッパーカットが、パンキッシュアイドルを襲った。
 3t近くの重量が大地から離れるほどの威力、しかし春香機の受難はまだ終わらない。
 無防備となった機体に、ギロチンの刃よろしく上段からの一撃が降り下ろされたのだ。
 眼球が飛び出るかと思うその衝撃に、春香が悲鳴を上げる。
 
 「危ないっ!」

 春香の窮地に、千早は脚部のローラーをフルスロットルにさせてそちらへと向かう。
 まだ新米だというのになんと無謀なことをするか………。
 少しばかり彼女に苛立ちを覚える。
 群青の機体は疾風となって間合いを縮めるや、マシンガンさながらの勢いで槍の打突が吹き荒れた。
 さすがに全てをかわしきれないと判断したか、黒い魔操機兵も己の得物を構えた。
 ぎゃり、と噛み合う鋼と鋼。
 それによる協和音と火花が周囲に渡り、ただ十合、二十合、三十合………と続いても、千早の槍は一度たりとも相手の間合いに踏み込めない。
 次の駆動部を狙う突きは、しかし横からの払いに絡め取られて、槍が放物線を描いて弾け飛んだ。

 「!………くっ! おおおおおおおっ!」

 得物を失っても千早の勢いは殺ぎない。
 大地に亀裂が走るほどに踏み込んでの跳躍から放たれる、起死回生の回し蹴り―――!
 自重により軸となった左脚をお釈迦にしてまでの必殺を込めたその一撃は、果たして粗末な結果となった。
 右腕であっさりと受け止められ、千早は一矢報えぬ悔しさとその圧倒的な戦力差による恐怖を噛みしめながら、放り投げられる。
 そして砲丸の如く投げ出されたポーリードレスアイドルの直撃は、美希機と雪歩機にとって迅雷にも匹敵するものだった。

 「………」

 各部から火花を散らしながら、そのまま動きを見せない三機に魔操機兵―――《邪神威》に搭乗している先ほどの男は、もはや敵とすら見ていなかった。

 ふん、よくもこの程度で『華撃団』などと名乗られたものだ。
 帝国華撃団のほうが、まだ歯応えがあったというのに。
 戯言ならば地獄でほざいていろ。
 
 自分には忌まわしき名を名乗っていただけに、もはや怒りを通り越して憐れみすら覚えてくる。
 ずんぐりとした黒い巨体は無様に倒れ伏したままの春香機を踏みつけ、押さえつけた。
 彼女を選んだのは特に深い理由はなく、たまたま近くにいただけのこと。
 振りかざした剣は妖力を纏い、夜気に濡れたかのように黒く冷え冷えと輝いた。
 まずは、お前からだ。
 そう死神の元へと誘うべく、切っ先を振り下ろし―――。

 「!」

 横へと払い、飛来してきたそれを弾き飛ばす。
 小太刀であった。
 弾かれた余韻が刃にまだ残り、小さく木霊している。
 
 「みんなを………やらせるものか………!」

 その声の先に立つのは、早々に片付けたはずの白い霊子甲冑であった。
 肩から胴に向けての損傷からして、パイロットは立つことすら相当苦痛の筈だ。
 それでも動くのかと小蠅が目の前でちらつくような不快感を覚える。
 が、次の瞬間、男の目は大きく見開いた。

 霊力。
 装甲の継ぎ目から滲み出てくる白い燐光は輝きを増して白雷となり、ついには大神機の全身をオーラのように迸る。
 両腰から大太刀を引き抜き、構えた。
 一度胸の前で交差させ、両の切っ先を上から外側に円を描くように下へと向ける独特の構えを。

 (あの構えは!?)

 男は知っている。
 その現実が、しかしあまりに受け入れ難く頭を振るう。
 よりによって白い霊子甲冑が、その構えを見せるなどとは。
 あまりにも"出来過ぎている"。
 その動揺から逃れるべく男は排除する順を春香から大神にと変えて、踏み込んだ。
 今までに見せた一太刀よりも速く、刀を唐竹割に落とし―――。

 「狼虎滅却、………」

 ―――大神はそれをも上回る太刀筋で、迎え撃つ! 
 
 「快刀乱麻ぁぁぁっ!!」

 それは烈風を超えてもはや稲妻の如き速さであった。
 横からの一閃が落下してくる剣を右腕もろとも両断し、次の一撃こそまさに疾風迅雷、黒い魔操機兵の胴を真正面に抜いていた。
 機体同士の交差から一瞬の間の後には右腕を失い、胴から火花を散らす邪神威の姿があった。

 (狼虎滅却………快刀乱麻………だと………!?)

 過去に、男はその二刀流による技を目にしたことがある。
 いくら人間の邪悪さを口説こうともそれでも人は守るに値するとふざけた正義をほざき、最後には我が身を打ち倒した『男』の技だ。
 その『男』の名は―――。

 (大神一郎!!)

 よもや奴の末裔をこの長い時に隔たれた未来で、出くわすとは。
 果たして、これも幾数多の業を背負う我が身の宿命なのか。
 次が、来る様子はなかった。
 背後の白い霊子甲冑からは霊力の燐光はすでに消え失せ、片膝をついている。
 残りの機体も、こちらに追撃を仕掛けようとする様子はない。
 自機の損傷具合からも、これ以上ここにはいても無駄だろう。
 そう動揺から引き戻された思考が冷静の判断を下すと、紫色に発光する円陣が機体の足元に出現する。
 そのまま潜るように黒い巨体が地面に沈んでいく。
 男の意識は、なおも白い機体にあった。

 (次こそは、必ず………!)




 「………逃げられてしまったな」

 夕刻。
 茜に染まりきった上野公園に、アイドルから降りた大神の呟きが溶け込む。
 その声色はどこか沈痛なもので、重いものを感じられた。
 今回の戦闘の不手際は、全て自分の隊長としての未熟さが原因だ。
 敵の確保に失敗し、何よりも花組の皆を窮地に陥らせてしまった。
 本当に自分がここに来たのは間違いではなかったのか………。

 「何を言っているんですか」
 
 その大神の憂鬱を打ち消す明るい一声は、春香によるものだった。
 
 「プロデューサーさん、すごかったじゃないですか。周りの被害のことを考えたり、私達を助ける為にあの黒い奴に一人で立ち向かったりして………」

 その時に浮かべた笑顔を、大神は知っている。
 目指している夢を教えてくれ、そして自分を元気づけてくれたあの夜の時と同じものだ。

 「プロデューサーさんは立派に隊長をやってくれました。私が保証します」

 「春香………」

 「それに………」

 「?」
 
 「さっきのアレ、かっこよかったです! ろーこめっきゃく、かいとうらんまー!って………」

 身振りをしながらの興奮した笑みに、大神もつられて笑う。
 つくづく自分は彼女の笑顔に助けられているなぁと思うが、不思議とそれを情けないとは感じなかった。

 「あ――っ!! 春香ばっかりプロデューサーとイチャイチャして、ずるいの!!」

 「いいっ!?」

 イチャイチャという美希の聞き捨てならない言葉に、弁解しようとする大神。
 しかしそれより早く「ミキも!!」と、腕に絡みついてきた。
 いつの間にか、彼女に気に入られてしまったらしい。

 「ちょっ、ちょっと美希! どさくさに何をやっているの!?」

 春香が引きはがそうとするが右腕から左へと移ったりする美希を追いかけるので、結局は二人で大神の周りをぐるぐる回るだけだ。
 「ふ、二人とも!?」と大神も止めようとして時々触れるどちらかの身体の柔らかさに赤面し、ただ立ち尽くす。
 まだ女性に触れることに免疫がなく、恥ずかしさが先立つ大神であった。
 その様子に雪歩はクスリと笑い、千早も呆れているようだが薄く笑みを浮かべている。

 「こら―――! 美希、待ちなさ―――い!」

 彼女達を、桜吹雪が祝福するように包み込んだ。

 降魔迎撃部隊、漆陸伍華撃団・花組。
 その日、大神大河という新隊長を迎え入れたのであった――……。


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