――――能力に目覚めた事によって、これまでの生活が一変した
何の取り柄もなかった自分が、特別な存在になれた気がした
……だけど
自分よりも特別なヤツラがいて、アッサリと自分の先を進んで行く……
タルタロスの探索を始めてから一週間が過ぎた。
この一週間で起こった事で印象に残っているのは、美鶴の高校生とは思えない生徒会長就任の挨拶から始まり、明彦の指示によるポロニアンモール内の交番で装備品の購入。
その際、知り合った協力者の黒沢巡査部は寡黙な人だが正義感の強い人物で、学生である悠也達に頼らないと解決できない問題に、心を痛めていたようだった。
美鶴のスピーチに対抗意識を燃やして、無意味な全校集会で取り留めのない演説をした校長には辟易させられた。
部活動の募集が開始されたので悠也は剣道部、綾乃はテニス部にそれぞれ入部する。
悠也はクラスメイトの宮本一志と、綾乃は岩崎理緒とそれぞれ友人関係を結び少しずつではあるが、二人は友人を増やしていく。
――影時間・タルタロス 5F
この階は今までの階とは雰囲気が違っていた。
これまでの階とは違い、シャドウの気配は希薄なのだが、空気が重苦しい。
『フロア中央に反応が三体! 新手の敵だ。これまでの相手とは格が違うぞ。万全の状態でないなら、一旦引き返し体勢を立て直してくれ!』
美鶴からの指示に緊張が走る。
綾乃達は警戒を強めてフロアを先へと進む。
『む、その装置! もしかすると……すまない、その辺りにある装置を調べてもらえないか?』
フロアを進むと、通路の奧に1階のエントランスにあった装置と同じ形をした装置が設置されていた。
装置に綾乃達が近づくと、低い起動音を上げて装置が動き出す。
台座の部分から縁に沿って光の環が装置内に循環する。綾乃達が装置の中にはいると装置の枠組みの一部が開き、タルタロスの階層を示すモニターが現れる。
「5Fと1Fが表示されているね。一度、戻ってみる?」
画面を確認した綾乃が皆に問い掛ける。
ここまで上ってくるまでに綾乃以外はそれなりに消耗していたので、綾乃の問い掛けに全員一致で1Fに一旦戻ることにする。
綾乃が装置を操作すると、脱出装置を使ったときと同じ浮遊感が綾乃達を包み転送される。
「やはりそうか!」
戻ってきた綾乃達を出迎えた美鶴が興奮した様子で綾乃達に話し掛ける。
「その装置は、装置同士を繋いでいる、いわば"転送装置"と言えるだろう。装置を起動させることで、エントランスとの行き来はもちろん……装置同士の移動も行えるはずだ」
「それだと、最初から上り直さなくても探索が出来るということですよね?」
美鶴の言葉に綾乃が答える。
「あぁ、見つけたら是非起動してくれ。今後の探索に大きな助けになるはずだ」
美鶴の言うとおり、装置間という条件は付くが、エントランスから上り直さなくて済むことの恩恵は大きい。
脱出装置は外へ出るための一方通行だが、転送装置を使えば体勢を立て直してすぐに元の場所に復帰できるからだ。
綾乃達は疲労を回復するべく、エントランスに置かれている金色の時計の前へと移動する。
どういう理屈なのかは解らないが、この時計に一定金額のお金を入れることによって疲労を回復することが出来るのだ。
もっとも、掛かる費用は安くはないので、出来ることなら使わずに済ませたいのが本音である。
体調を整えた綾乃達は転送装置を使い5Fへと戻る。装置の置かれていた通路は途中で分かれおり、綾乃達は先ほど通った通路とは違う方へと移動する。
通路を進むと、三体の鷲のようなシャドウが行く手を遮るように滞空している。
『突破するぞ!』
美鶴の指示に、綾乃達はそれぞれが持つ武器を構え直して三体のシャドウへと挑み掛かる。
『普通のシャドウとは格の違う相手だ、慎重に行け!』
先手を取った綾乃が手にした筑紫薙刀で斬りかかる。
しかし、シャドウへと攻撃が当たることなく筑紫薙刀が空を切る。
「オルフェウス!」
悠也がホルスターから引き抜いた召喚器を使いオルフェウスを召喚する。
オルフェウスは背にした竪琴を構えると、シャドウへと殴りかかる。
シャドウへと攻撃は当たるものの、一撃で仕留めることが出来なかい。
「アイツらには負けらんねぇ……オレだってッ、ヘルメス!」
悠也がダメージを与えたシャドウへと順平が自身のペルソナ"ヘルメス"を召喚して火炎系攻撃スキル【アギ】で攻撃を仕掛ける。
「なッ!?」
しかし、アギが命中した瞬間、シャドウへと火球が吸収されてシャドウの体力が回復してしまう。
「アイツ、火炎属性が効かないばかりか吸収するのかよッ!」
自身の攻撃でシャドウが回復してしまったことに悔しがる順平。
「イオッ!」
ゆかりもホルスターから召喚器を引き抜きペルソナ"イオ"を召喚する。
イオの放つ疾風系攻撃スキル【ガル】の真空の刃がシャドウへと当たるが、シャドウへダメージを与えることが出来なかった。
「嘘っ、疾風属性も効かない!?」
ゆかりが驚く中、敵シャドウから反撃が来る。
最初の一体が綾乃へと向かい滑空して、その翼で斬りかかる。
寸前で避けることが出来たが、かすめた翼が綾乃の腕を浅く切り裂く。
続いて二体目がゆかりに向けて、先ほどのゆかりと同じく【ガル】で攻撃を仕掛けてくる。
「……っ!」
真空の刃がゆかりに直撃するも、疾風属性に耐性を持つイオのお陰でゆかりの傷も軽傷で済んだ。
そして、最後の一体は強く翼を羽ばたかせると疾風系範囲攻撃スキル【マハガル】で綾乃達全員に攻撃を仕掛けてきた。
「うわっ!!」
その攻撃に、疾風系が弱点であるヘルメスを降魔させている順平に対してクリーンヒットとなり、順平が転倒する。
シャドウはその隙を見逃さず、更に【マハガル】で追撃を掛けてくる。
『拙い、伊織が気絶した上に体力も危ない。誰か回復を!』
美鶴の切迫した声に、綾乃は新たに得たペルソナ"ピクシー"の持つ回復系スキル【ディア】で順平を回復するべきか考える。
その時、脳裏にある事が閃いた。その閃きに従い、瞬時に綾乃はペルソナをアプサラスに切り替える。
悠也の方に視線を向けると、悠也も同じように綾乃へと視線を向けていた。
「悠也っ!」
「解ってる、姉さん!」
二人は同時に召喚器を引き抜くと、銃口をこめかみに押し当て引き金を引く。
『カデンツァ!!』
二人が引き金を引くのと同時にそう叫ぶと、綾乃からはアプサラスが召喚され、悠也からはオルフェウスが召喚される。
オルフェウスが背にした竪琴を構えて旋律を奏でると、それに合わせてアプサラスが優雅に舞う。
旋律と舞に呼応するように天上から柔らかな光が舞い降り、綾乃達に降りそそぐ。
「これって……」
その光を受けたゆかりが驚きの声を上げる。
光に包まれると身体は軽くなり、先ほど受けた傷が癒される。
「ゆかり、そのまま弓で攻撃してみてっ」
綾乃の指示に、ゆかりは弓に矢を番えて狙いを定めると、引き絞った弦から指を放す。
放たれた矢が狙い違わずシャドウへと命中すると、体勢を崩したシャドウが地面へと墜落する。
『弱点にヒットだ、そのまま押し切れ!』
美鶴の指示に従い、ゆかりが次々にシャドウを撃ち落としていく。
「きたっ! 総攻撃チャンスッ!!」
ゆかりの言葉に、綾乃達は一斉に総攻撃を仕掛ける。
総攻撃を受けたシャドウは耐えきれずに撃破されると、そのまま空へと消え去った。
「……うっ、いつつ」
「順平、大丈夫?」
戦闘が終わり、気絶から回復した順平にゆかりが声を掛ける。
「うぁ……ゆかりッチ? そうだ、シャドウはどうなった!?」
ボンヤリとゆかりを見ていた順平は我に返ると、慌てて起き上がり周りを見る。
「大丈夫、終わったよ」
慌てる順平に綾乃が答える。
その答えに順平は表情を一瞬だけ曇らせるが、すぐに表情を元に戻すと綾乃達に頭を下げる。
「悪ぃ、足を引っ張っちまって……」
「気にしてないさ、それよりも順平に大事が無くて良かったよ」
気落ちする順平に悠也が話し掛ける。
「今日の所は、階段を確認して戻ろうか?」
綾乃が皆に確認を取る。
「オレはまだまだ大丈夫だぞっ!」
『待て、伊織。そろそろ影時間も終わる頃だし、君の体調も万全とは言い難い。今日の所は引き上げるんだ』
一人反論する順平を美鶴の通信が制止する。
その言葉に順平は悔しげな表情を浮かべるが、美鶴に逆らうことは出来ずに大人しく従うことにする。
先へと進む階段を確認するために先へと進むと、階段のある場所とは別の通路の先にアタッシュケースが置かれていた。
アタッシュケースの中には、四つの宝玉が填められた腕輪が入っていた。
綾乃達はそれを回収すると階段を確認して転送装置でエントランスへと戻る。
「お帰り。まだまだ先は長いから、無理をせずに今日は休んでくれ」
エントランスに戻ってきた綾乃達に、美鶴が労いの言葉を掛ける。
「そう言えば綾乃、先ほどのシャドウとの戦闘で悠也とやったのは何?」
先ほどのことを思い出したゆかりが綾乃に問い掛ける。
その質問に綾乃は少し考える素振りを見せると、言葉を選んで質問に答える。
「何て言ったら良いんだろう。私と悠也が特定のペルソナを降魔していると使えるスキルがあるみたいなんだ」
「それは、対象となるペルソナをどちらが降魔していても使えるものなのか?」
綾乃の言葉に、美鶴が条件の確認を取ってくる。
「今回使った【カデンツァ】ですけれど、私がアプサラス、悠也がオルフェウスを降魔していないと使えないようです」
美鶴の言葉に綾乃が説明する。
「あの時、シャドウの攻撃を凌いで順平を回復させる方法を考えたときに突然、閃いたんです」
綾乃の説明を悠也が引き継ぐ。
二人の説明によると二人で同時におこなう"ミックスレイド"と名付けられたスキルを使うには特定のペルソナを降魔していること。
そして二人が同時に対象となるペルソナを召喚することでのみ発動すること。
ミックスレイドを使えるペルソナは綾乃達にも解らず、何がきっかけで使えるようになるのかも解らないという。
「なるほど……他にどのようなものがあるかは解らないが、取り敢えずカデンツァといったか? そのスキルは全体に回復と回避力を上げる効果があるようだな」
美鶴の確認に綾乃と悠也が頷く。
「それならば、敵の攻撃が厳しく回復が必要なときに使い、更に相手の命中力を落とすスキルを併用すれば攻撃を受ける確率が格段に下がるわけだな?」
「多分、そうなると思います」
美鶴の言葉に綾乃がそう答える。
「解った。ミックスレイドの使用については二人の判断に任せるが、出来れば使うときには全員にその旨を伝えてくれ」
『解りました』
綾乃と悠也が美鶴に答える姿を見ている順平の表情が翳る。
しかし、その事に誰一人気付くことはなかった。
「あ、桐条先輩。後で時間を頂けますか?」
「ん? あぁ、解った。寮へと戻ったら私の部屋へ来てくれ」
綾乃の言葉に美鶴が納得した表情で答える。
「すまないが綾乃、ついでだからバイクを運び出すのを手伝ってくれ。他の皆は先に戻っていて良いぞ」
美鶴の言葉に、悠也達が先にタルタロスから出ていく。
「何だか最近、綾乃はタルタロスから戻ると桐条先輩のところへよく行くよね」
タルタロスから先に出たゆかりがそう零す。
ここの所、タルタロスから戻ると綾乃は美鶴と何かを話し合っている。
綾乃に訊いてみても、今日あったことの報告と確認というだけでそれ以上の説明は無い。
自分は頼りにならないのかと落ち込むゆかりに悠也が声を掛ける。
「直接現場を見ていない桐条先輩との齟齬を無くすための報告だと思うから、そんなに気にしない方が良いよ」
「……見てもいないのに良く解るな」
悠也の言葉に順平がボソリと呟く。
「順平?」
小さな声で聞き取れなかったゆかりが、順平へと振り返り問い掛ける。
「いや、何でもない。それよりも、気が抜けると流石に眠くなってきたな。戻ったら速攻で寝たいな」
ゆかりの問い掛けに順平がいつも通りの態度で答える。
「確かに、明日は探索無しで早めに休みたいかも」
順平の言葉にゆかりも同意し、あくびをかみ殺しながら移動する。
寮からタルタロスがある月光館学園までの移動は、黄昏の羽を組み込まれた車を使い、モノレールの線路下に作られた整備用の非常通路を移動している。
車は二台あり、一台は美鶴達S.E.E.Sの面々が乗り込み、もう一台は美鶴のバイクを乗せている。
ここの所はゆかり達が先に戻り、バイクを積み込んだ美鶴と綾乃はもう片方の車で帰ることが多いが……
寮へと戻ってきた綾乃は美鶴の部屋へと赴き、他の面々はそれぞれの自室へと戻る。
「……くそっ」
自室へと戻った順平はそのままベッドに倒れ込むと、天上を見上げて不貞腐れる。
今日の探索は最悪な結果だった。シャドウを回復させた挙げ句、攻撃を受けて戦闘が終了するまで気絶していたなんて……
気が付いたら全てが終わった後で、聞けばあの二人は新しいスキルが使えるようになったという。
自分よりもほんの少しだけ早く能力に目覚めただけなのに、リーダーを任されている。
「……オレだって」
悠也は弟だから当然としても、ゆかりも桐条先輩もアイツのことを信頼しているようだ。
タルタロスから戻っては桐条先輩の所に行くアイツのことを悠也はああ言ってはいたが、自分がリーダーでいるためにポイントを稼いでいるんじゃないかと疑いたくなる。
「オレだって、活躍さえすれば……」
順平はシャドウを鮮やかに倒し、皆に的確な指示を出す自分を夢想する。
アイツより活躍すればきっと桐条先輩や真田先輩も自分をリーダーにしてくれるはずだ。
その為にはもっと強くなって一人でもシャドウを倒せるようにならなければ。
そんなことを考えながら、順平は疲れに身を任せて眠りにつくのであった。
「あれが、ミックスレイド……」
自室に戻った悠也は、今日のことを思い返していた。
綾乃と決めた事ではあるが、ミックスレイドについて皆に話していない事がある。
それは、ミックスレイドのこと自体はベルベットルームでイゴールから説明を受けていたことだ。
初めてタルタロスを探索した翌日、ポロニアンモールでベルベットルームへの扉を見つけた綾乃から連絡を受けた悠也は、二人でベルベットルームに訪れた。
「フフ……いらっしゃいましたな。ようこそ、ベルベットルームへ」
ベルベットルームに訪れた二人をイゴールが出迎える。
「さて……では以前のお約束通り、私の本当の役割についてお教えしましょう」
イゴールに勧められて椅子に座った二人にイゴールが話し掛ける。
「私の役割……それは、"新たなるペルソナ"を生み出すこと」
「新たなペルソナ……?」
「然様、お持ちの"ペルソナカード"を掛け合わせ、1つの新しい姿へと転生させる……言わば"ペルソナの合体"でございます」
綾乃の問い掛けにイゴールが答える。
「あなた方のペルソナ能力に秘められた可能性の数は、最大で170あまり……これ程の可能性を示されたお客人は、過去にはいらっしゃいません」
イゴールの言葉に綾乃と悠也は互いの顔を見合わせる。
「しかも、あなた方がコミュニティをお持ちなら、ペルソナはより強い力を得るやも知れない……フフ、楽しみでございますな」
そんな二人にイゴールは楽しそうな視線を向けている。
「カードを手に入れられたなら、是非ともこちらへお持ち下さい。ああ、それから……以前、お話ししましたかな? もう二人の、ここの住人のことを……」
そう言えば、初めてベルベットルームを訪れたときにそんな話を聞いた事を二人は思い出す。
そんなことを思っているとイゴールに呼ばれて、ベルベットルームの奧にある扉から二人の男女が現れた。
「エリザベスでございます。お見知り置きを」
「テオドラと申します。テオ、とお呼び下さい。以後、お見知り置きを……」
現れた男女は共に整った顔立ちをしており、二人とも青い衣服を身につけている。
エリザベスと名乗った女性はエレベーターガールの格好を、テオドラと名乗った男性はベルボーイの格好をしている。
イゴールの説明によると、この二人も綾乃達の手助けをしてくれるそうだ。
「そして、あなた方はご自身の"力の性質"を知らなければなりません」
「力の……」
「……性質?」
「あなた方の力は、他者とは異なる特別のものだ。言わば、数字のゼロのようなもの……からっぽに過ぎないが、無限の可能性も宿る」
イゴールの言葉に首を傾げる二人に説明は続く。
「あなた方はお一人で複数の"ペルソナ"を持ち、それらを使い分けることが出来るのです。そして敵を倒したとき、自身の得た"可能性の芽"が手札として見える筈だ……」
「あの時に得た、ペルソナ……」
綾乃はイゴールの言葉に先日、新たに宿ったペルソナ"アプサラス"の事を思い出す。
「そして、あなた方がそれぞれ、特定のペルソナをその身に宿したときにのみ使える"ミックスレイド"というスキル……」
「ミックスレイド?」
「こればかりは、様々なペルソナをその身に宿してご自身達で探し出さなければなりません。あなた方がそれを必要とし条件が揃った時、それに気付くでしょう」
悠也の質問に曖昧に答える所を見ると、イゴール自身も特定できないのであろう。
こればかりは二人で見つけ出していかねばならないようだ。
イゴールからの説明を聞き終えた二人はベルベットルームを後にする。
「ねぇ、悠也」
「何?」
ベルベットルームからポロニアンモールへと戻った綾乃が悠也に話し掛ける。
「ベルベットルームでの事だけど、皆には話さない方が良いかも知れないね」
「皆にはベルベットルームの扉が見えないから?」
綾乃の言葉に悠也が答える。確かイゴールは契約者のみが訪れることが出来ると言っていた。
そうでないのなら、ポロニアンモールにある扉に誰かが気付いているはずだ。
「確認できないことを説明するのは難しいよ。ただでさえ、私達自身が理解できていないんだから」
その言葉に悠也が頷く。
確かに、自身も今の状況を正しく理解できているのかと問われたら、首を傾げるだろう。
二人はミックスレイドについて使えるようになって尋ねられたら答えるが、ベルベットルームとイゴール達のことに付いては伏せて説明することに決めた。
「この能力を宿した意味は……」
取り留めなく考えるが押し寄せる睡魔に勝てず、悠也はそのまま眠りへとついた。
自室に戻ったゆかりは着替えを用意すると、別館にある浴室へと移動する。
脱衣所に備え付けられている乾燥機能付き洗濯機に脱いだ衣服を放り込み、洗剤を投入してスイッチを入れ、洗濯機が動いていることを確認したゆかりは浴室へと移動する。
浴室の壁に掛けられているシャワーを取り外すと蛇口をひねり、出てきたお湯が適温になるのを待ってから、脚から上へとシャワーを浴びる。
シャワーから出るお湯が、タルタロスでの汚れと影時間特有の疲労感を洗い流していく。
全身にかけてお湯を浴びると、お気に入りのボディソープをお湯に浸したスポンジに掛け泡立たせると身体を洗っていく。
再度シャワーからお湯を出して、身体を覆うボディソープの泡を洗い流してから浴槽へと入る。
影時間に活動することが前提となっているため、遅い時間でもお風呂にはいることが出来るのは年頃の娘としてはありがたく、ゆかりもよく利用する一人だ。
巌戸台分寮は男女混合のため、美鶴が別館の浴室を男子と女子に分けて改築したため異性を気にすることなく入浴を堪能できるのは大きい。
広い浴槽に身を沈めて、ゆかりは今日の出来事を反芻する。
今回のシャドウとの戦闘では特定の攻撃を無効化、もしくは吸収するといったこちらの攻撃が通用しない相手がこれからも現れるだろう。
複数のペルソナを使い分けるあの姉弟ならば問題は無いが、自身や他の仲間達には相性の悪い相手がいるだけで脅威だ。
以前に綾乃が話していた通り、命に関わる事だ。油断と慢心は身を滅ぼすことに繋がるだろう。
「だから、なのかな……」
ゆかりから見て、ここ最近の綾乃は無理をしているように思える。
探索隊のリーダーとして、自身の事のみならず他の面子の安全にも気を配り、率先して危険に身を晒している。
寮に戻ってきては美鶴と話し合っているのも、少しでも身の危険を減らすためのものだろう。
だけど……
「ねぇ、綾乃。私は、頼りにならないのかな……?」
一人きりの浴室にゆかりの呟きが零れる。
複数のペルソナを使い分ける彼女と比較したら、確かに自身は頼りにならないだろう。
それでも、少しくらいは背負った荷を分けてくれても良いと思う。
「強くなるしか、無いんだよね……」
あの人みたいに弱い人間にはならない。
守られるだけでなく、守れる人間になりたい。
「……頑張るしかないよね」
今はまだ守られる立場だけれど、いつかは彼女の背を守れるだけの強さを身に付けよう。
ゆかりはそう決意すると、逆上せそうになる前に浴槽から出て浴室から出る。
濡れた身体をバスタオルで拭い、髪を乾かして着替えを身に纏う。衣服を身につけ、洗濯機から乾燥した衣服を取り出し綺麗に畳んで袋に入れる。
湯冷めをしないうちにゆかりは自室へと戻り、ベットへと入ると眠りにつく。
明日は今日よりも強い自分になろうと心に決めて。
――翌日
昭和の日で休日の予定をどうしようかと考えていた綾乃の携帯電話に、エリザベスから電話が入る。
『もしもし。こちら、エリザベスでございます。いつもお世話になっております。お話がございますので、悠也様と共にベルベットルームまでお越しください』
「エリザベスさん……? えっ!?」
『……では、お待ちしております』
綾乃の返事を待たずして、エリザベスは電話を切る。
「何時の間に私の携帯番号を調べたんだろう……?」
一連の事に呆気にとられた綾乃は、取り敢えず携帯電話の通話状態を切ると出かける準備を始める。
準備を終え、悠也に携帯電話で用件を伝えた綾乃はラウンジで悠也と待ち合わせる。
ラウンジに降りると、美鶴がソファに座り読書をした。表紙を見ると"Tragedy of Hamlet, Prince of Denmark"と書かれている。
「おはようございます、ハムレットですか?」
「綾乃か……おはよう。久しぶりに読んでみようと思ってな。綾乃はこれから外出か?」
「えぇ、悠也と買い物にでも行こうかと」
「そうか。君達は本当に姉弟仲がいいのだな」
美鶴の言葉に綾乃が嬉しそうな表情を見せる。
「姉さん、お待たせ。桐条先輩、おはようございます」
そんなやり取りをしているところに悠也がラウンジに降りてくる。
「おはよう悠也、それじゃ行こっか? それじゃ桐条先輩、行ってきます」
「おはよう。二人とも、休日を楽しんできてくれ」
二人は美鶴に見送られて、ポロニアンモールにあるベルベットルームへと出かける。
「お呼び立てして申し訳ございません。実は……折り入ってお願いがございます」
ベルベットルームに訪れた二人に出迎えたエリザベスが、そう話し掛けてくる。
「お願い?」
「私……思う所がございまして、お強い方を探しておりました。もし宜しければ私よりの"依頼"にお応え下さいませんでしょうか?」
「依頼って?」
エリザベスの言葉に、二人が顔を見合わせる。
説明によると、依頼の内容は主にタルタロスに現れる特定シャドウの討伐、ベルベットルームの外の世界にある物品の入手。
そして、綾乃と悠也のエスコートが必要な特別な依頼もあるとの事。
シャドウの討伐は先に言われた"強い方を探している"事を証明する為のもので、他の依頼はベルベットルームの外の世界に、エリザベスが興味を持ったのだろうと綾乃は思った。
「もちろん、依頼達成の暁には、相応の"報酬"もご用意しております。お客様がお力を示しにいらっしゃるのを、私……心よりお待ち申し上げます」
「それじゃ、依頼を見せてもらえますか?」
取り敢えず、受けられる依頼があるかを確認しようと、綾乃がエリザベスに確認を取る。
見せてもらった依頼の一覧表の中ですぐに出来そうなものを探してみる。
「マツヤニの粉……?」
弓道で使うきな粉のような"ぎり粉"の事だろうか?
ゆかりがユガケの手入れで使っていたと記憶しているので、取り敢えず綾乃はこの依頼を受ける事にしてみた。
「この依頼の期限は、5月7日でございます」.
期日まで一週間と少しなので、寮に戻ったらゆかりに聞いてみようと綾乃は考える。
「姉さん、この依頼も多分、受けても大丈夫だと思うよ」
そう言って悠也が示したのは"甲虫の外殻を1つ入手せよ"というものだった。
「6~15階に出現するって書いてある。今日は十分に休養して明日から6階を探索すれば、運が良ければすぐに遭遇できるかも知れない」
「そう、だね。それじゃ、これも受けようか」
悠也の提案に綾乃は同意し、この依頼も受ける事にする。
期日は先ほど受けた依頼と同じで5月7日。あまりノンビリとは出来ないので、効率よく探索を進めるべきだろう。
エリザベスの依頼を受け終えた二人はベルベットルームを後にして、久しぶりに手の込んだ晩ご飯を作ろうと食材の買い出しに出かける。
「姉さん」
「何、悠也?」
食材を購入し終え寮へと戻る道すがら、悠也が綾乃に話し掛ける。
「かなり無理してるけど、そんなに俺や皆は頼りにならない?」
「……やっぱり、そう見える?」
悠也の言葉に、綾乃は観念したように答える。
自分の事を"俺"と呼ぶ時の悠也は、今のところは綾乃しか知らないが、かなり怒っている状態だ。
あの事故の影響で当時よりはマシになったのだが、悠也は周りに対する関心が希薄だ。
実際のところ悠也からすれば、タルタロス探索やシャドウの討伐、そしてS.E.E.Sの皆の事さえ"どうでもいい"のである。
幼い頃から身を挺して自分を守ってくれていた綾乃と、二人の祖母である千穂だけが悠也にとっての特別で、綾乃が気に掛けているから関わっているだけである。
その為、綾乃の事に対してはもっとも感情が働くため、今の無理をしている綾乃に対して何も出来ない自身と頼ってくれない姉に対して怒りを感じているのだろう。
「姉さんは、疲れているときほど手の込んだ料理を作りたがるからね。岳羽さん辺りにも気付かれていると思うよ」
「……そっか。悠也とゆかりが頼りないとは思ってないけどね」
「順平と真田先輩?」
綾乃の言葉に悠也は思い当たる事を訊ねる。
「真田先輩は桐条先輩に任せられるけれど、彼は注意を払ってないと何をしでかすか見当が付かないからね」
悠也の指摘に綾乃が答える。
怪我で探索に加わっていない明彦はまだいいとして、ゲームか何かと勘違いをしている順平は気を配っていなければ、いつ大怪我をされるか解らない。
当人だけが怪我をするなら自己責任で片付けられるが、その余波でこちらにまで被害を出させる訳にはいかない。
正直なところ、綾乃からすれば順平を探索メンバーから外したいくらいだ。
「……解った。順平は俺の方でも気をつけるから、姉さんは無理を控えてくれ」
「うん。ごめんね、心配掛けて」
悠也の言葉に、綾乃が弱々しい笑みを浮かべて謝る。
そんな綾乃の頭を悠也は優しく撫でる。
その後、寮に戻った二人は厨房の道具と機能を駆使して料理を作り上げていく。
生地にペースト状にしたトマトやほうれん草を練り込んだ各種パスタに、チーズやクリームベースのパスタソース。
オニオンスープに一口大に切り分けたサイコロステーキ、温野菜のサラダに和風の味付けをしたドレッシング。
ラウンジに降りてきたゆかり達が何事かと思うほどの種類の料理がテーブルに並べられていく。
「綾乃、これって一体……?」
「ここの所ちゃんとしたご飯を食べてなかったから、色々作っちゃった。たまには皆で食事をするのも良いかなって、ね」
唖然とした表情で訊ねるゆかりに、綾乃が満面の笑みを浮かべて答える。
「せっかく綾乃と悠也が腕によりを掛けて作ってくれたんだ、素直に相伴にあずかるとしよう」
美鶴はそう言うと早々にテーブルに着く。
「あ、それじゃ私も」
美鶴の行動に我に返ったゆかりが次いでテーブルに着く。
女性陣が席に着いたのを見て、明彦も観念してテーブルに着き、最後に順平が慌ててテーブルに着く。
全員が席に着いたのを確認して、綾乃と悠也が取り皿をそれぞれに配っていく。
取り皿を受け取った面々は『いただきます』と唱和してから 各自の食べたいものをそれぞれ取り皿に取り分けていく。
綾乃と悠也の料理を初めて食べる順平は、料理の出来に感激しながら全種類を制覇するべく黙々と料理を食べる。
同じく初めての明彦は、料理にいきなり大量のプロテインを振りかけようとして美鶴に叱責され、サラダも食べて下さいと綾乃に叱られる。
その様子を見ていたゆかりは、綾乃の態度が普段の様子に戻っている事に安堵して、自身も食べ過ぎに注意しながら料理を口に運ぶ。
「そうだ、綾乃。お前に訊きたいことがある」
料理を食べ終わり、食後のお茶を飲んでいるところで明彦が綾乃に話し掛ける。
「何ですか?」
「お前のクラスに山岸風花という生徒がいるはずだが、知っているか?」
「風花は私の友達ですけれど、風花がどうかしたんですか?」
綾乃が訝しげな視線を明彦へと向けて答える。
「ハッキリとした確証はまだないが、彼女も俺達と同じペルソナ使いの可能性がある」
その言葉に美鶴と悠也は特に反応を示していないが、綾乃とゆかりは僅かに眉を寄せる。
「マジッスか! 新戦力、しかも女子!! ここはオレが手取り足取り、個人レッスンとか……」
ただ一人、順平だけが嬉しそうに反応を返している。
「……はぁ」
「ナニ? そのかわいそうな動物を見るような目は……」
順平の態度に綾乃とゆかりが溜息をつきつつ、冷めた視線を向けている。
「見んなよ……オレを見んなよ……」
二人の視線に居たたまれなくなった順平が二人に弱々しく抗議する。
「話を続けていいか?」
順平達のやり取りが一段落したのを確認して、明彦が訊ねてくる。
「……風花を特別課外活動部に勧誘する手伝いなら嫌ですよ?」
明彦の用件を察した綾乃が先に釘を刺す。
綾乃の言葉に明彦が一瞬、不快な表情を浮かべるがすぐに表情を戻すと綾乃に理由を訊ねる。
「何故だ? 仲間が増えることは有利になるだけでなく俺達の負担も減るし、友達なら連携も取りやすいだろう?」
「そうだぜ、綾乃ッチ。仲間にするなら知らない人間よりも友達の方が絶対いいって!」
「友達だから風花を巻き込みたく無いんです。友達を危険に晒すくらいなら、自分に負担が掛かる方が遙かにマシです」
二人の言葉に綾乃が冷めた視線で反論すると、美鶴の方へと視線を向ける。
「そうだな、私としても戦力が増えることは望ましいが、綾乃の云うことにも一理ある。だがな、綾乃……」
美鶴が自身の意見を述べた上で、綾乃へ真剣な眼差しを返して言葉を続ける。
「君の友達が影時間に適性を持っていたら、シャドウ達に狙われる可能性が出てくる。君だって、友達を独りで危険に晒したくはないだろう?」
「ッ!? それは……そうですけれど」
確かに、適性を持っていたら影時間で危険に晒される可能性があるため、美鶴の言い分に綾乃は強く反論できない。
「それでだ。適性を持っているか確証が出るまでは、この件は保留で構わないな?」
そう言って、美鶴が全員へと確認を取る。
「そうだな、結果が出てないのに先走ったな。俺はそれで異存はない」
明彦の言葉に他の面々も保留に賛成する。
「……解りました」
複雑な気持ちが整理できていない綾乃は、渋々とだが賛成する。
「済まないな」
美鶴が綾乃の心中を察して言葉を掛ける姿を、ゆかりが心配そうに見ている。
ゆかりにも綾乃の心配は解る。風花という少女は気が弱く、荒事には向いていないのだ。
自身が荒事に向いているとは言わないが……
5月に入り、タルタロスの探索は上へと続く階段が早く見付かり続けたこともあり、10Fに到達することが出来た。
エリザベスからの依頼にあった甲虫の外殻も8Fで見つけることが出来た。
疾風属性が弱点だったこともあり、ゆかりのペルソナ主体で苦戦することなく討伐が出来たのも運が良かったと言えるだろう。
10Fではまたしても番人のシャドウが待ちかまえていた。
番人は巨大な手の姿をしたシャドウで、手首に当たる部分に仮面がついていた。
オルフェウスの持つ竪琴の打撃が弱点で、総攻撃を数回仕掛けることで勝利することが出来た。
美鶴から無理せず引き上げるように指示が出たが、順平だけがまだ大丈夫だと反論する。
しかし、試験も控えていることもあるからと説得されて順平も指示に従う。
――影時間
「やぁ、元気かい? 一週間後は満月だよ……」
あの時の少年だ。
綾乃が視線を横に向けると、やはりそこには悠也が居た。
「気をつけて。また一つ、試練がやってくるからね……」
「試練って?」
「君達が"ヤツら"に出会うことさ。試練と向き合うには準備が必要だ。でも時間は、無限じゃない……もちろん、君達なら解っていると思うけどね」
綾乃の質問に少年が答える。
「じゃ、それが過ぎたら、また会いに来るよ」
少年は言いたいことを言うと、そのまま闇に溶けるように消えてしまった。
隣にいた悠也の気配も、少年が消えると同時に消えていた。
不可解な現象ではあるが、自分達に害をもたらすものではないからと、綾乃は自身を納得させて改めて眠りにつく。
少年の言葉もあり、積極的にタルタロスへの探索を行った結果、行き止まりである16Fまで到達することが出来た。
途中の14Fで番人シャドウと戦闘になったが、これまでの戦いとは比べられないほどの苦戦を強いられた。
4本の脚を持ち肩から伸びる腕は十文字の形をした巨大な槍で、十字部分の頂点が刃になっている。
斬撃と貫通が無効、打撃は反射するという特性を持ったシャドウで、武器による攻撃は全て使えずペルソナによる魔法攻撃主体で挑まなくてはならなかった。
悠也と綾乃がそれぞれ番人シャドウに対して、補助系スキル【スクンダ】で命中率と回避率を【ラクンダ】で物理と魔法防御力を減少させる。
それでも番人シャドウは手強かったので、ミックスレイド【カデンツァ】も使用して攻撃を受ける確率を減少させ、一進一退の攻防を繰り返す。
終わりの見えない戦いも、順平のペルソナ"ヘルメス"の放った【アギ】が決め手となり勝利する事が出来た。
16Fはフロア中央に階段があり、階段を正面に見て左手に脱出装置が設置されていて、右手にはアタッシュケースが置かれていた。
『ここで行き止まりか……ごくろうだった。一旦、帰還してくれ』
階段の前に突き刺さった巨大な錫杖な物を中心に、光の壁が周囲を囲っている。
対策を練るためにも、美鶴の指示に従い戻るべきだろう。
その前に、綾乃はフロアに置かれているアタッシュケースの中身を回収することにする。
「人工島計画文書01……?」
中に入っていたのは、誰かが書き記した覚え書きと思わしき書類だった。この書類も美鶴に見てもらった方が良いと判断して、綾乃は書類を持ち帰る。
エントランスに戻った綾乃は美鶴に16Fで見た状況と、回収した人工島計画文書01の説明を行った。
綾乃の説明に美鶴は、人工島計画文書はこれから先のフロアでも見つける事があるかも知れないので、見つけたら必ず回収してくるように指示を出す。
階段を囲う光の壁については、現状では様子見という事になった。
これ以上のタルタロス探索は不可能でも、S.E.E.Sの面々の実力向上には定期的に訪れることになるので、その都度に状況を確認する方針となった。
少年から"試練が来る"と予告された5月9日。
綾乃と悠也は相談した結果、何が起きてもいいように寮で待機しておく事にした。
――午前0時・影時間
寮の作戦室で美鶴が独り、情報支援用の機材の操作をしている。
調子は芳しくなく、美鶴は軽く首を振ると溜息をついた。
「なんだ、まだやっていたのか?」
作戦室に入ってきた明彦が美鶴へ声を掛ける。
「まあな。敵はいつ来るとも限らない」
「タルタロスの外まで見張ろうなんて、そう簡単に出来るものか?」
美鶴の答えに、明彦は思っていた疑問を尋ねてみる。
本来、美鶴のペルソナは後方支援ではなく戦闘向きだ。
タルタロス内部では、綾乃達を中心に周囲の気配を探る事によって状況を把握しているのだが、それはタルタロスという限定された範囲での話だ。
「本音を言えば、力不足だな。私の"ペンテシレア"では、情報収集はこの辺りが限界かも知れない」
明彦の質問に、美鶴は表情を翳らせると内心を吐露する。
「しかし、ペルソナの力というのは、想像していたより、だいぶ幅広いらしい」
美鶴は、気分を切り替えようと別の話題を明彦へと振る。
「何しろ、次々とペルソナを替えながら戦える者まで現れたくらいだ。"彼女達"の能力には、特別なものを感じる」
「……ミックスレイドというヤツか?」
「それもあるが、まだ覚醒して間も無いと事実の方だな」
「確かに、あんなヤツらが現れるとは驚きだ。しかし、ペルソナを使うのは俺達自身だ。それを生かすも殺すもアイツら次第だな」
明彦自身は見ていないが、美鶴から聞かされた"ミックスレイド"という複数のペルソナによる特殊な効果は想像の外だった。
あの二人だけが使えるのか、他のペルソナ使いでも使う事が出来るのか?
もし、あの二人以外でも可能ならば戦い方の幅は今までとは比べものにならない位に広がるだろう。
「ん……?」
機材の操作に戻った美鶴が、機材からの僅かな反応に気付き眉を顰める。
「これは……シャドウの反応!?」
「なに!? ホントに見つけたのか!?」
「でも待て。反応が奇妙だ、大き過ぎる。こんな敵は今まで……」
そこまで話して、美鶴は表情を変える。
「まさか、先月出たのと同じデカイヤツか!?」
「……間違い無いだろう」
「そうか……思いがけず、楽しめそうじゃないか。他の四人を起こすぞ?」
明彦の言葉に美鶴は表情を引き締め頷くと、出撃の準備に取りかかる。
緊急招集が掛かり、綾乃達は急ぎ作戦室へと駆けつける。
「何スか!? 敵スか!?」
「タルタロスの外で、シャドウの反応が見付かった。詳しい状況は解らないが、先月出たような"大物"の可能性が高い」
順平の質問に美鶴は皆に状況の説明を続ける。
影時間は大半の者にとっては"無い"もののため、そこで街を壊されたりすれば"矛盾"が生じる。
美鶴としては、それだけは絶対に阻止しなければならない。
「ま、要は倒しゃいいんでしょ? やってやるっスよ!」
美鶴の説明に、順平は軽く答える。
その様子に綾乃は眉を顰めるが、今はそれについて抗議している場合ではない。
「また、あんたは……」
しかし、ゆかりも綾乃と同じように感じたのだろう。
順平の態度に呆れたように軽く抗議する。
「明彦はここで理事長を待て」
「なっ……冗談じゃない!? 俺も出る!」
「まずは身体を治す方が先だ。足手まといになる」
「なんだと!」
美鶴の指示に明彦は抗議をするが、怪我が治っていない明彦を戦闘に参加させるつもりは当然、美鶴には無い。
「明彦……もっと彼女達を信用してやれ。皆もう実戦をこなしているんだ」
「……くそ」
美鶴の説得に明彦が悔しそうな表情を見せる。
「まかして下さい! オレ、マジやりますからっ!」
そんな明彦に順平が自信を込めて宣言する。
「仕方ないな……綾乃、現場の指揮を頼む」
明彦自身、綾乃については思うところがまだあるが、これまでの実績を考えるとタルタロス探索と同じように任せるのが最良だろう。
「やっぱそう来るんスね……」
その言葉に、順平があからさまに落胆する。
「頼むぞ……出来るな?」
「了解です」
美鶴の確認に綾乃は短く答える。
「つーか、もうこのまま、リーダー固定っぽいよな……」
その様子を見ていた順平は、消沈した様子で誰にも聞こえない小さな声で呟く。
「美鶴は外でのバックアップに準備がいるだろう。他の四人は先行して出発しろ」
「駅前で待っていてくれ、すぐに追いつく」
明彦の言葉を引き継ぎ美鶴が指示を出すと、綾乃達は指示に従い作戦室から出て行く。
「まだかな……」
「すぐ来んだろう」
指定された巌戸台駅前で、美鶴を待つゆかりの呟きに順平が答える。
ゆかりはその言葉に答えることなく、何気なく夜空を見上げる。
「今夜は満月か……なんか、影時間に見ると不気味ね……」
ゆかりの言うように、空に浮かぶ満月は異様なほど巨大で不気味だ。
その言葉に皆が満月を見ていると、遠くからエンジン音が聞こえてくる。
「……ん? なんだぁ!?」
その音に最初に気付いた順平が音の出所を探していると、タルタロスで支援機材を搭載したバイクに乗った美鶴が到着した。
綾乃達の前でバイクを駐めた美鶴はエンジンを切ると、被っていたヘルメットを脱ぎバイクから降りる。
「遅れて済まない。いいか、要点だけ言うぞ。情報のバックアップを、今日はここから行う。君らの勝手はこれまで通りだ」
驚く綾乃達を前に美鶴の説明は続く。
「シャドウの位置は、駅から少し行った辺りにある列車の内部。そこまでは線路上を歩く事になる」
「え、線路歩くって、それ、危険なんじゃ……」
「心配ない、影時間には機械は止まる。むろん列車もだ、動くはずはない。このバイクは"特別製"だから例外だがな」
順平の心配に美鶴が問題がない事を告げる。
「それに、状況に変化があったら私が逐一伝える。よし、では作戦開始だ!」
美鶴の指示に、綾乃達は駅構内に入り線路に降り立つ。
『そこから約200メートル前方に停車しているモノレールがあるはずだ。乗客に被害が出るとマズイ。急行してくれ』
美鶴の指示に、綾乃達は線路を進んでいく。
線路沿いに進んでいくと、人工島の中央に聳え立つタルタロスが見える。
「あれって、タルタロスだよね? 綺麗……」
「こうやって遠くから眺める分には、悪くないかもね」
遠くから見えるタルタロスの感想を述べるゆかりに、綾乃が答える。
そのまま線路を進み続けると、美鶴の指示した場所にモノレールが停車していた。
「これ、だよね?」
『四人とも、聴こえるか?』
モノレールの傍でゆかりが確認するように呟く中、通信機からの呼び出し音が鳴り美鶴からの通信が入る。
「あ、はい、大丈夫です。今着いたんですけど、パッと見じゃ、特に……」
『敵の反応は、間違いなくその列車からだ。全員、離れすぎないように注意して進入してくれ』
「解りました」
「へへッ、腕が鳴るぜっつーか、ペルソナが鳴るぜ!」
美鶴からの通信を切ったゆかりの前で、順平が嬉しそうに気合いを入れる。
「じゃ、乗り込みますか!」
そう言って、真っ先にモノレールの乗車口へと続く足場に飛びつこうとするゆかりを綾乃が止める。
「ゆかり、ストップ!」
「えっ? なに、綾乃?」
「先に男子から昇ってもらおう。スカートの中を見せたいなら、止めないけれど?」
綾乃の言わんとする事を理解したゆかりが、真っ赤になって綾乃の傍に移動する。
「そう言う事で、悠也、先に行って」
「解ってる。順平、行くぞ」
「へいへい、っと。先に行っても覗かないって。まぁ、見えてしまったら仕方がないけどな」
「……綾乃。順平、ここに埋めていこうか」
順平の言葉に、ゆかりは半眼になると綾乃に確認を取る。
その姿があまりにも真剣だったので、順平は慌てて悠也に続いてモノレールへと乗り込む。
モノレールの最後尾車両に乗り込んだ綾乃達の前に、棺のようなオブジェがぽつんと立っていた。
「これ、人間……つか、乗客だよな? "象徴化"てやつか……マジ、気味わりィ……」
順平が気味悪そうにそう呟く。
「あれ……ちょっと待って。こんな駅でもないとこに停まってんのに、ドア全開って、おかし……」
違和感に気付いたゆかりが、その事を指摘しようとした矢先にモノレールの全てのドアが閉じてしまう。
『どうした、何があった!?』
「罠です、モノレール内に閉じこめられました」
美鶴からの通信に綾乃が冷静に答える。
『シャドウの仕業だな……確実に、君らに気付いているという事だ。何が来るか解らない。より一層、注意して進んでくれ!』
「りょ、了解です」
ゆかりが美鶴の指示に返事を返し、通信を終えるのを確認してから綾乃達はモノレールの中を進んでいく。
慎重に車両を移動するもシャドウの気配は無く、静かすぎるのがかえって不気味だ。
「なんだよ、シャドウいねえじゃん? んだよ。拍子抜けだよ……」
順平が強がる中、更に二車両ほど進んだところで突然シャドウが現れた。
「出やがったなッ!」
ゆかりがシャドウに驚く中、順平が意気込んでシャドウに攻撃を仕掛けようとするも、シャドウは反対方向へとすかさず逃げ出していく。
「ちょっ、コラッ!!」
『待てっ!』
慌ててシャドウを追いかけようとする順平を美鶴の通信が制止する。
『敵の行動が妙だ。嫌な予感がする』
「そんなっ! 追っかけないと、逃がしちまうっスよ!?」
『綾乃、現場の指揮は君だ。この状況……どう思う?』
美鶴の言葉に順平が反論するが、それには答えず美鶴は綾乃へと意見を求める。
「……罠、でしょうね。慎重になるべきです」
『私も同意見だ。迂闊に追うべきじゃないな』
綾乃の意見に、美鶴が同意する。
その様子を見ていた順平は、不愉快そうな表情になるとボソリと呟く。
「なんでだよ……いーよ、オレだけで。そこで見てろって。オレがどーんと倒してやっからさ!」
そう言うと、順平は独りでシャドウを追いかけて行ってしまう。
「あ、コラ、順平!?」
『危ない、後ろだ!!』
美鶴の警告に綾乃が咄嗟に振り返ると、ゆかりの背後に冠を乗せた髪の毛の姿をしたシャドウが忍び寄っていた。
シャドウは髪の毛の先端を鋭利な槍状へと変化させると、勢い良くゆかりへと付き出す。
「……えっ?」
遅れて振り返ったゆかりの胸へとシャドウの攻撃が突き刺さる。
自身の胸に突き刺さったシャドウの髪の毛を、唖然とした表情で見るゆかり。
「ゆかりっ!」
綾乃が叫ぶ中、シャドウはゆかりの胸に突き刺した髪の毛を引き抜く。
ゆかりの胸から血が大量に噴き出し、モノレールの床を濡らしていく……
口から血を吐き出し、仰向けに倒れ込むゆかりを綾乃が抱き留める。
「オルフェウス!」
僅かに遅れて召喚器を引き抜いた悠也がオルフェウスを喚び出し、シャドウへと攻撃を仕掛ける。
オルフェウスが放った【アギ】がシャドウを焼き尽くし消滅させる。
「ゆかりっ、ゆかりっ! 死なないで……お願い、死なないでっ!!」
『落ち着け綾乃! この間タルタロスで回収した反魂香があるだろう。今すぐそれを使うんだっ!! 悠也はそのまま、シャドウの襲撃を警戒!』
美鶴の指示に綾乃はポーチから反魂香を取り出し蓋を開け、中身をゆかりの傷口へと垂らす。
傷口に触れた香は瞬時に気化し、辺りに神気が立ち籠める。
神気が辺りを包むと床や衣服を濡らす血は溶けるように消え去り、ゆかりの傷口も傷跡一つ残さず治癒していく。
「……あ、やの?」
悠也が警戒を続ける中、綾乃の腕の中でゆかりが意識を取り戻す。
「ゆかり! 良かった……本当に、よかった……」
「……どうしたの? 綾乃……なんで、泣いてるの?」
無事に蘇生を果たしたゆかりを抱きしめて、綾乃が泣きながら喜ぶ。
普段とは違う綾乃の姿に面食らっていたゆかりは、先ほど自身がシャドウの攻撃を受けた事を思い出す。
「私、シャドウの攻撃を受けて……えっ、傷が?」
ゆかりは攻撃を受けた場所を確認するが、攻撃された場所は衣服は貫かれた影響で穴が空いているが、素肌は傷一つ無く綺麗な状態だ。
「何とも、無……ッ!?」
実感無く自身の身体を見ていたゆかりは、シャドウの攻撃で胸の部分が開けていることに気付き、慌てて胸を両手で隠す。
「悠也っ、上着を貸して! 早くっ!!」
綾乃が慌てて悠也に指示を出すが、悠也は指示が出る前に上着をすでに脱いでおり、ゆかりの方を見ないように後ろ向きで綾乃に上着を付き出していた。
悠也の手から上着を引ったくった綾乃は急いでゆかりに上着を渡す。
上着を受け取り二人にお礼を述べたゆかりは、悠也に背を向けて急いで上着を羽織り前を閉じる。
「もう大丈夫だよ、悠也」
ゆかりの言葉に悠也が綾乃達の方へと振り返る。
「……見た?」
「ごめん……」
消え入りそうな声で訊ねるゆかりに悠也が謝る。
その言葉にしっかりと見られた事を悟ったゆかりが床に膝をつき落ち込む。
落ち込むゆかりを慰める綾乃。ゆかりは暫く落ち込んでいたが、やがて暗い声で笑いだすと、顔を上げて順平が出ていった車両のドアへと視線を向ける。
「これも全部、勝手な行動をした順平が悪いんだ……」
その目は暗く沈んでおり、順平に対する怒りが静かに燃え盛っている。
『……こうなっては仕方ない。とにかく、君らも伊織を追ってくれ。このままでは各個撃破の的だ』
「後で絶対にとっちめてやる……」
順平に対する怒りを新たに燃やすゆかりを宥めながら、綾乃達は順平を追いかけて次の車両へと移動する。
『反応では何両か先へと行ってるだけだ』
美鶴の指示に従い、順平を追いかける綾乃達。
途中、何度かシャドウによる妨害が入ったが綾乃達は後れを取ることなく全てを撃退していく。
「あ、いた!」
ゆかりが指摘したとおり、車両の前方で順平がシャドウ達と戦っている。
しかし、周りをシャドウに囲まれ順平は劣勢に立たされていた。
「ヤバ、敵に囲まれてるじゃん!? 助けるよ!」
順平に気を取られていてこちらに気付いていないシャドウ達に、綾乃達は不意打ちを仕掛ける。
「来てっ、リリム!」
綾乃が召喚した背に蝙蝠の羽を持ち、先端が逆ハート型の尻尾を生やした少女のペルソナ"リリム"が、電撃系スキル【ジオ】で十字架の左右が天秤になっているシャドウを消滅させる。
悠也のオルフェウスが先ほど倒してきたモノと同じタイプのシャドウを【アギ】で焼き尽くし、ゆかりの放つパニックボウの攻撃が残りのピンク色をした手の姿をしたシャドウを貫き消滅させる。
全てのシャドウを倒した綾乃達は、周囲に警戒しながら順平へと駆け寄る。
「順平! 一人で勝手な行動をして、こっちも酷い目に遭ったんだからね! ……で、大丈夫?」
ゆかりが抗議をするが、流石に先ほどの様子を思い出して順平の状態を確認する。
「ああ……んだよ、オレ一人でいけたっつーの」
「ちょっと、あんたねぇ!」
不機嫌そうな表情で答える順平にゆかりが抗議をするが、それよりも早く綾乃が順平の頬を力一杯叩く。
乾いた音がモノレールの車内に響く。順平は一瞬、何が起こったか理解できなかったが、頬の痛みで綾乃に叩かれた事を理解する。
「……痛って~な。何しや……ッ!?」
順平が叩かれた頬を押さえ綾乃を睨みつけるが、綾乃の怒りに満ちた視線にたじろぐ。
「……アンタのせいで、ゆかりが」
『おい、気をつけろ! 敵の動きが急に静まった。警戒を怠るな!』
順平に文句を言おうとした綾乃の言葉を遮って、美鶴が全員に注意を促す。
その通信に反応して、突如モノレールが動き出した。
「おわっ……なんだよ! 動かねんじゃなかったのかよ!?」
『どうやら、列車全体がシャドウに支配されてるらしいな』
「"らしい"って……ちょっと、大丈夫なんですか!?」
順平の言葉に美鶴が答え、ゆかりがその言葉に危機感を募らせる。
「このまま進めば、先にいるモノレールに追突するんじゃないのか?」
悠也が気付いたことを皆に伝える。
「お、おい……それ、ヤバくねえ?」
『マズイ、悠也の言う通りだ。このままスピードが落ちないと、数分で一つ前の列車に追突する!』
悠也の言葉に順平が怖々と問い掛け、美鶴が悠也の指摘が正しいことを伝える。
「追突!? なんなんですか、それ!?」
『いいか、落ち着いて聞くんだ。さっきから先頭車両に強い反応を感じる。多分それが"本体"だ。行って倒し、列車を止めるんだ!』
美鶴の通信に合わせ、綾乃達を阻止しようと次々とシャドウが現れる。
「クッソ! 何のアトラクションだよ、ったく!!」
現れたシャドウ達を見て順平が文句を言う。
『時間がない、走れ!』
緊迫した美鶴の指示に、綾乃達は行く手を塞ぐシャドウ達へと攻撃を仕掛ける。
次々と襲いかかるシャドウ達を退ける綾乃達。
その間にも、モノレールは徐々にその速度を加させていく。
『本体はこの中だ! 準備はいいな?』
シャドウ達を退けようやく先頭車両にたどり着いた綾乃達に、美鶴からの通信が入る。
綾乃達は各々の武器を構え直すと、先頭車両へと移動する。
先頭車両で綾乃達を待ち構えていたのは、左右が白と黒で塗り分けられた上半身裸の巨大な女性の姿をしたシャドウだった。
シャドウは官能的に身体をくねらせ、頭部から伸びた帯状の髪が幾重にもモノレール内部に繋がっている。どうやらこれでモノレールを制御しているようだ。
「いた……! うっわ……すっげー事になってんな……コイツが本体?」
目の前の光景に順平が唖然と呟く。
「先はもう無いし、コイツで間違い無いよ!」
『急ぐんだ!』
美鶴の指示を受け、綾乃達が巨大なシャドウへと攻撃を仕掛ける。
美鶴へとアナライズを依頼した綾乃は、様子を見るため筑紫薙刀で斬りかかる。
攻撃は命中するもさほどのダメージを与えるにはいたらず、シャドウが怯んだ様子もない。
次いで悠也が子供ほどの背丈で、2頭身の雪だるまのようなペルソナ"ジャックフロスト"へと切り替え、氷結系スキル【ブフ】を放つ。
ブフによる氷の飛礫がシャドウへと当たった瞬間、飛礫は悠也自身へと跳ね返される。
しかし、降魔しているジャックフロストの特性で氷結系の攻撃は無効のため、飛礫は全て悠也に触れる前に消滅する。
その間にシャドウの側面に回り込んだ順平がヘルメスを喚び出し、斬撃属性の【スラッシュ】で攻撃を加える。
ゆかりは綾乃達がシャドウの注意を逸らしている間に背後に移動して【ガル】を放つが全身を切り刻まれたシャドウに怯んだ様子はない。
シャドウは自身の前方に手を差し出し、何かを誘う仕草をする。
その仕草に反応して、虚空から冠を被った髪の毛のシャドウが二体現れる。
『仲間を呼んだかっ! 小賢しい!』
巨大シャドウの左手側に召喚されたシャドウが、巨大シャドウに回復スキルの【ディア】を唱え、傷を回復させる。
「回復までさせるの!? 私と悠也が召喚されたシャドウを仕留めるから、ゆかり達は本体の巨大シャドウに続けて攻撃して!」
綾乃の指示と同時に美鶴からアナライズの結果が伝えられる。
その結果判明したことは、氷結属性は反射。光と闇属性は無効であるとの事。
綾乃は、召喚されたシャドウと似たような姿をしたシャドウに効果があった【アギ】で攻撃してみる。
放たれた【アギ】が命中するも、シャドウは何事もなかったかのように宙に浮いている。
「火炎属性は無効!? 悠也、ブフで攻撃してみて!」
綾乃は【アギ】が効果がないと判った瞬間、悠也に逆属性に当たる氷結属性での攻撃を指示する。
巨大シャドウと同じく氷結属性が反射だとしても、悠也には氷結属性は効かないので確認するのには打って付けだ。
その意図を理解した悠也は再びジャックフロストを喚び出すと【ブフ】でシャドウを攻撃する。
『弱点にズバリだ!』
美鶴の言葉通り、シャドウは【ブフ】を受けた瞬間に消滅する。
それを見た綾乃は自身のペルソナをアプサラスへと変更すると、悠也と同じく【ブフ】を使いシャドウを消滅させる。
二人がそれぞれシャドウを消滅させている間、順平はひたすら【スラッシュ】で巨大シャドウを攻撃していた。
ヘルメスは【アギ】を使うことも出来るのだが、物理攻撃の方が遙かに威力が高い。
物理系のスキルは体力を消耗するので、ゆかりがその都度【ディア】で順平の体力を回復させる。
シャドウを撃退した綾乃と悠也もゆかり達に加勢して、それぞれのペルソナで攻撃を加えていく。
綾乃のリリムが【ジオ】でシャドウを感電させると、悠也がジャックフロストの【ソニックパンチ】でシャドウを殴りつける。
ゆかりのイオの放つ【ガル】が追い打ちをかけ、動きが鈍ったところを順平のヘルメスが【スラッシュ】で切り裂き、シャドウを消滅させる。
「うしッ! さっすが、オレ。やったぜ、オレ!」
シャドウを仕留めた順平が、得意になって喜んでいる。
「順平、喜ぶのは後だ。まだ列車は止まっていない!」
悠也が指摘するように、モノレールは未だ走り続けている。
「そっか! ブレーキかかんないと、すぐには……!」
『おい、どうしたっ!? 前の列車は、すぐそこだぞ!』
ゆかりが原因に気付き、美鶴が逼迫した声で急を告げる。
「とにかく、ブレーキ!」
綾乃はそう叫ぶと運転室へと飛び込み減速レバーを倒すが、レバーが固くビクともしない。
「くっ……悠也!」
綾乃の声に悠也も運転室へと飛び込み、綾乃と一緒にレバーを倒す。
甲高い金属が擦れる音と共に、モノレールは急停車する。
「と……止まった?」
「止まってる……みたい」
『おい、怪我はないか!?』
順平とゆかりが呆然とする中、美鶴からの通信が入る。
「い、一応、大丈夫です。や、やば、あたしヒザ笑ってる……」
美鶴の通信に返事を返したゆかりのヒザは、ゆかりの言う通り小刻みに震えている。
「あーっ、あーもうっ、メチャメチャ、ヤな汗かいたっつーの」
順平も動揺を隠すように文句を零す。
「二人とも、大丈夫か?」
運転室から出てきた悠也が二人に声を掛ける。
『フゥ、無事らしいな。今回は、バックアップが至らなかった。済まない……私の力不足だ』
全員が無事なことに安堵した美鶴が皆へと謝罪する。
「桐条先輩、シャドウの反応はどうですか?」
『シャドウの反応はもう無い。よくやってくれた、安心にして戻ってくれ』
綾乃の確認に美鶴が答え、全員に戻るように指示を出す。
「てか、ブレーキ、よく判ったね?」
「女の勘、かな?」
「女の勘って、そういうトコに働かないでしょ……」
ゆかりの質問に答える綾乃に、呆れたようにゆかりが感想を述べる。
「ああ……いーや、もう何でも。つか、帰り、なんか食ってかねぇ? 安心したらハラ減っちったよ」
「……影時間が終わって、騒ぎになる前に帰るよ」
順平の言葉に、綾乃が冷たい声で釘を刺す。
「ここから巌戸台駅まで結構な距離があるから、その方が良い」
悠也も綾乃に同意し、二人を急がせる。
「そうだね、急いで戻らないとマズイかも。順平、行くよ」
綾乃の様子から、おおよその見当が付いたゆかりも綾乃の意見に同意する。
ただ一人、順平だけが綾乃の異変に気付かず悠也とゆかりの言葉に従い、モノレールを後にする。
綾乃達が戻ってくるまでの間、美鶴は作戦室へと通信を繋いでいた。
作戦室へと通信を繋げると、明彦が応答を返す。
『こちら現場だ。たった今、全て片付いた。モノレールにも目立った被害はない』
「ご苦労様、桐条君。やー、列車が乗っ取られたと聞いた時は、正直どうなるかと思ったけど、上出来だよ」
美鶴の報告に寮へと到着していた幾月が応じる。
「これなら明日の朝刊にヘンな大見出しが出るような事は、無くて済むね」
一番の気掛かりが解消された安堵か、そう話す幾月の声音は明るい。
『彼女達がよくやってくれました。短期間で驚くほど成長しています』
「しかし、シャドウの様子……ただ事じゃないですね。モノレールを乗っ取るなんて、調子に乗り過ぎてる」
「こちらでも調べてるよ」
今回の状況について、明彦が忌々しく言葉を零し、幾月が状況を伝える。
『ついに……"始まった"という事なんでしょうか?』
「うーん……まだ早計には言えないけどね……ま、とにかく、まずは現れるきっかけを突き止めない事にはね」
美鶴の質問にまだ答えが出せない幾月は、現状における問題点を指摘する。
「いつも、こんな土壇場まで分からないのは、どうにもマズイ」
『私にもっと力があれば、みんなの負担を軽く出来るんですが……』
幾月の指摘に、美鶴が気落ちした様子で答える。
「気にしなくていいさ。君はよくやってくれてる。そんなことよりね……真田君さ……なんか、飲みモノ持ってない?」
「は……? というか幾月さん、今日、何だか疲れてませんか? まさか、表に停めてあった自転車……」
「明日、いや、明後日あたり……筋肉痛かな、こりゃ」
美鶴を労った幾月は明彦にそう尋ねると、困った表情で自身に訪れるであろう体調不良をぼやく。
美鶴達が寮へと戻ると、明彦と幾月がラウンジで皆を出迎える。
「お疲れ様。皆、本当に良くやってくれたね」
「オレ達にかかれば、シャドウなんてチョロいッスよ!」
皆を労う幾月の言葉に、気を良くした順平が得意げになる。
ゆかりが順平の調子の良さに呆れる中、冷めた目で順平を見ていた綾乃が美鶴に声を掛ける。
「桐条先輩、伊織君を探索メンバーから外してもらえませんか?」
「……なっ!?」
突然の綾乃の言葉に順平は驚く。
明彦も怪訝な視線を綾乃へと向け、幾月は興味深そうに綾乃を見ている。
「何でオレが外されなきゃなんねーんだよ! さては綾乃ッチ、オレの活躍が気に入らなかったのか?」
「伊織は良くやっているだろう。なぜ外す必要がある?」
シャドウを倒したことで気を良くしている順平が、得意げになって綾乃に反論し明彦もそんな順平を擁護する。
「綾乃、理由を聞かせてもらっても構わないか?」
理由の見当はついているが、美鶴は綾乃に確認を取る。
「今回、伊織君の勝手な行動でゆかりが危険な目に遭いました。現場指揮を執る立場としては、仲間を危険に晒す彼は害にしかならないと判断します」
一瞬だけ順平に冷めた視線を向けた綾乃は視線を美鶴へと戻し、順平のことを伊織君と名字を強調して呼びながら理由を述べる。
「ゆかりッチが危険な目にって、別に何とも……って、そういや何で悠也の上着を着てるんだ?」
今になって、ゆかりが悠也の上着を着ていることに気付いた順平が訊ねてくる。
「伊織だって頑張っているんだ、多少の失敗くらい仲間内でフォロー出来るだろう?」
「ゆかりは今回、命を落としかけたんです。真田先輩、誰かが犠牲になっても同じ台詞が言えますか?」
順平と明彦の言葉に、視線を更に冷たくした綾乃が明彦へと訊ねる。
「犠牲って、それは……」
綾乃の言葉に、明彦は口ごもる。
「伊織君と真田先輩にハッキリ言いますが、これはゲームじゃないんです。遊び感覚で行動されるのが一番迷惑です」
綾乃の言葉に順平と明彦が反論しようとするが、それよりも早く美鶴が言葉をかける。
「確かに、綾乃の云うことに一理ある。二人とも、今後は軽率な行動は控えてくれ」
美鶴の言葉に、二人は押し黙る。その様子を確認した美鶴は綾乃へと視線を向ける。
「綾乃、君の言い分ももっともだが、現状においては伊織を外すのはあまり好ましくない。思うところはあるだろうが、今回だけは許してやってはもらえないか?」
「嫌です。信用できない相手に命を預けることは出来ません」
「そうか……ならば仕方がない。綾乃、君はここの所ちゃんと休んでいないだろう? 暫くの間はタルタロスの探索からは外れていてくれ」
美鶴の言葉に順平は驚き、綾乃は美鶴へと厳しい視線を向ける。
「……解りました」
美鶴の表情から何かを読み取った綾乃は、反論することを止めて指示に従う。
その様子を見ていた幾月が皆へと声を掛ける。
「取り敢えず、この件についてはひとまず置いておこう。君達も疲れているだろう? 今日の所はもう休みなさい」
幾月の提案に、確かに身体が疲労しているので順平達は従い、それぞれの部屋へと戻る。
ゆかりはラウンジに残る綾乃と美鶴に心配そうな視線を向けるが、二人に休むよう促されたのでそれに従い階段を上がっていく。
「……済まないな」
皆がいなくなり、美鶴はラウンジに残る綾乃と幾月の前で綾乃に謝罪する。
「どういうつもりですか?」
「そうだね、僕も桐条君の意図を知りたいね」
「先ほども言った通りだが、君はここの所ちゃんと休んでいないだろう? 君に何かがある方が、今後の事を考えると一番の問題だ」
綾乃と幾月の質問に美鶴が答える。
「なるほどね、桐条君は白妙君が体調を戻す間に、伊織君を教育するつもりだね?」
「そうなりますね。今のままでは綾乃の云う通り、手遅れになる可能性が高い。そうなる前に、彼には現実を正しく認識してもらいます」
幾月の確認に、美鶴が思惑を語る。
「ゆかり達への負担が大きくなりますけど、その辺りはどうするのですか?」
「君を同行させて、これ以上に伊織を頑なにするよりはマシだろう? 岳羽には私から説明するから、悠也の方へは君から説明してくれないか?」
綾乃の指摘する問題点に、美鶴はベストではない方法と理解しつつも綾乃にそう答える。
「分かりました。悠也には私から説明します」
綾乃自身もその事は理解しているので、美鶴の指示に従うことにする。
悠也に指摘され、無理は控えるようにはしてきたのだが、それまでに蓄積していた疲労がまだ取れていないのも事実だ。
「それじゃ、そうと決まったのなら僕もそろそろ帰るよ。二人とも疲れているんだから早く休むように」
「はい、理事長もお疲れ様でした」
「お休みなさい」
幾月の言葉に美鶴と綾乃がそれぞれ挨拶を返し、その挨拶を背に幾月は寮を後にする。
美鶴と綾乃は幾月を見送った後、それぞれ自室へと戻る。
自室へと戻り、綾乃は倒れ込むようにベッドに入る。問題は山積みだが、今は疲れが酷くてこれ以上は考えることは出来ない。
綾乃は、疲れに身をゆだねるとすぐに眠りについてしまう。
今はただ、身体の疲れを癒すことだけに専念して……
――NEXT Chapter――
少女は少年と距離を置き、少年は望みを叶える。
独り彷徨う少女に訪れる新たな出会い。
都合の良い理想を描く少年は、少女の背負っていた重みを知る。
――こんな筈じゃない
認めたくない現実に、少年は独り涙する……
次回、PERSONA3 Refrain ~絆繋いで~
Chapter 4:Pain to pain
――その痛みは、心に刺さった"後悔"という名の小さな棘――
2010年02月27日 初投稿