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[15158] PERSONA3 Refrain ~絆繋いで~  ペルソナ3ポータブル再構成   9月29日更新
Name: 葵鏡◆3c8261a9 HOME ID:48685d09
Date: 2010/09/29 15:27
◇作品を読まれる前の注意事項◇

この作品は、PSP用ソフト『PERSONA3 PORTABLE』の再構成となっております。

筆者の別作品『PERSONA4 After ~霧の向こう側~』と設定がリンクしておりますので、こちらの方も筆者の独自解釈による設定等が含まれております。

それらの点をご理解の上、お読み下さいますようお願いいたします。



小説家になろうの方にも投稿しました。




更新履歴

2009年12月29日 初投稿
2010年01月07日 Chapter 1:Assailant of full moon投稿
2010年01月18日 Chapter 2:Labyrinth"TARTAROS" 投稿
2010年02月13日 各Chapterへ次回予告を追加
2010年02月27日 Chapter 3:Discord in monorail投稿
2010年08月30日 Chapter 4:Pain to pain 投稿
2010年09月19日 Chapter 5:Courage to the mind 投稿
2010年09月29日 Chapter 6:Their portraits 投稿



[15158] ◆ Prologue ◆
Name: 葵鏡◆3c8261a9 HOME ID:48685d09
Date: 2010/02/13 02:01
 光のない世界。
 上下もなく、空間の奥行きすら把握が出来ない空間に一人の少年がいる。
 少年に向けて放たれる禍々しい光。
 全ての終わりを司る存在から放たれた光を受け、少年は倒れ伏す。
 倒れる少年に、何処からともなく訪れた金色の光が舞い降り、彼を包み込む。

『くっ…このまま僕たち…何にも出来ないなんて!』

『諦めるな! どんな時でもアイツと俺達はひとつだ!』

『どうか…彼に力を!! この命と引き換えでいい!』

 少年を包み込む光が、彼に立ち上がる力を与える。

『私も、今ならそんなの、全然惜しくないよ!』

『すごい…世界を滅ぼす力と、たった一人で…!!』

『一人なんかじゃねえ! オレが絶対死なせねえ!!』

 再度訪れた金色の光が、少年の身体の傷を癒す。
 その少年に向けて再び放たれる滅びの光。
 しかし、滅びの光は少年を包み込む光に遮られ、彼の身体を傷つけることが出来ない。

『ワンッ、ワンッ!!』

『あなたを生んだこの世界が、滅びるなんて絶対ダメ…!』

『さぁて、やるか…なぁ?』

 さらに訪れた金色の光が少年を包み込む。
 光に包まれた少年が、ゆっくりと右手の人差し指で頭上を指し示す。
 少年を包み込む光が弾け、光のない世界を眩い光が塗りつぶしていく。


 光が収まると、そこには巨大な扉がそびえ立っていた。
 それは、自らの命と引き換えに施された封印。
 全ての終わりを司る存在を封じるためでなく、人々の無自覚の悪意が触れないようにするために。
 こうして、世界の滅びは少年の命と引き換えに回避され、人々の記憶から天変地異があった事は消え去っていた。
 少年の仲間達を省いて……




「……また、同じ夢」

 枕元に置いてある目覚まし時計を見ると、起床する時間にはまだ早く、もう一度眠るには短い時間だった。
 10年前の事故まで住んでいたあの地に、再び戻ることが決まったあの日から何度も見るようになった夢。
 夢の中に出てくる少年が、見覚えのある人物だからだろうか?
 この夢を見る度に、少年の仲間達のやるせない気持ちが痛いほどに伝わってくる。
 夢の中の少年と同じ状況に自分のよく知る彼がなったのなら、自分はきっと悲しみに暮れることだろう。
 たったひとりの、血を分けた家族なのだから……


 それが決まったのは、10年前の事故で養護施設に保護されていた自分達を引き取ってくれた祖母の元に届いた、一通の封書が理由だ。
 差出人の名前は幾月修司。
 月光館学園の理事長で、親戚の古い知り合いとの事だ。
 彼の勧めで、この春より月光館学園の2年に転学することとなった。
 転学を決めた大きな理由は、学費等が成績次第で全額免除になることだ。
 亡くなった両親が残してくれた遺産があるとはいえ、かかる費用が抑えられるのなら押さえた方が良いだろうというのが一致した意見だった。
 
「そろそろ起きないと……」

 春休み中に荷物の整理を済ませなくてはならないので、起床することにする。
 ベットから抜け出し服を着替える。
 
「おはよう、姉さん。今日は少し早いね」

 リビングに下りると、そこには右目が前髪で隠れている少年が朝食の用意をしているところだった。

「おはよう、悠也(ゆうや)。朝食の準備、私も手伝うよ」

 そう言って少女、白妙綾乃(はくみょう あやの)がキッチンへと入り手伝いをする。

「おはよう、綾ちゃん、悠君」

 二人に声を掛けリビングに入ってきたのは、祖母の白妙千穂(はくみょう ちほ)だ。

「おはよう、お婆ちゃん。朝食の用意はもうすぐ終わるから、椅子に掛けて待っていて」

 そう声を掛け、テーブルの椅子を引き悠也が千穂を座らせる。
 千穂は悠也にお礼を述べて椅子に腰掛ける。
 そうしている内に、綾乃が残りの朝食を運んできてテーブルに並べていく。
 今日の献立はご飯にしじみと貝割れのみそ汁、出汁巻き卵にサワラのみそ漬けで、和食好きな千穂の影響が大きい。
 トーストも朝食に並ぶこともあるが、主に綾乃と悠也が早く学校に出るときくらいだ。

『いただきます』

 テーブルを挟み、千穂の前に綾乃と悠也が並んで椅子に座り食事を摂る。
 幼い頃から、二人を前に食事を摂るのが千穂の楽しみである。
 息子夫婦が入院していた自分を見舞いに来た帰りに事故に遭い、両親を亡くした幼い二人をすぐに引き取ることが出来ずに、養護施設に一時期預けていた頃。
 千穂は入院していた自分を呪わずにはいられなかった。
 自分の見舞いに来なければ、息子夫婦は死ぬことなく、家族揃って幸せに暮らせていたのではないか?
 退院するまでの間だ、そう何度も自問自答を繰り返していた。
 養護施設に二人を迎えに行ったとき、あんなにも明るかった幼い子供達は心に傷を負い、弟の悠也からは笑顔が消え、姉の綾乃はそんな弟を必至に守っていた。
 二人を目の前にした千穂は、悔やむことで現実から目を逸らしていた自分を恥じ、二人が立派に成長するまで守ろうと心に固く誓った。
 それ以後、決意を忘れないように二人を前に食事を摂り、二人が成長する姿を見守るのが千穂の決意であり、楽しみである。

「二人とも、向こうに行く準備は出来た?」

 千穂の言葉に二人は今日中には準備が整うと返事を返す。
 二人が居なくなるのは寂しいことだが、二人の成績を考えるとこちらの高校では物足りないであろう。
 そういった経緯もあり、千穂は二人が月光館学園に転学することを認めたのだが、10年間二人と共に過ごしていたので居なくなるのはやはり寂しいと思う。

「心配しないで、お婆ちゃん。ちょくちょく帰ってくることは難しいけれど、連絡はちゃんとするから」

 表情に出ていたのか、千穂の心配を和らげるように綾乃が話し掛ける。

「それに、親戚の叔父さん達が伝手で進学校に通う機会をくれたのだから、感謝しているよ」

 綾乃の言葉を引き継いだ悠也が千穂に話し掛ける。
 実際の所は親切ではなく、二人を自身から引き離すための口実なのではないかと疑っている千穂だが、二人の前では気取らせるような態度は取らない。
 もっとも、聡い二人の事だ。その事に感づいているように思うが、二人ともそんな様子を見せることはない。
 親族には息子夫婦の弟夫婦もいるのだが、兄弟仲が悪く叔父である弟夫婦は滅多に千穂の元には寄りつかない。
 10年前の事故の時でさえ、自身も子供を抱えているので、二人を引き取ることが出来ないと言ってきたほどだ。
 そんな弟夫婦より、亡くなった息子夫婦の友人である夫妻の方が気を使い、二人の二つ下だという息子を連れてよく遊びに来てくれたものだ。
 もっとも、その息子さんは高校受験を控えている為、ここしばらくは遊びに来ていない。
 二人もその子のことを気に入っており、三人が仲良く遊ぶ姿は事故のことなど感じさせないほど、二人にとっては楽しい一時だったのだろう。

「それもそうね。後片付けは私がやっておくから、二人は向こうへ行く準備を済ませてしまいなさいね」

 千穂の言葉に二人は頷く。
 明日には荷物を送らないと向こうに着いたときに困るので、千穂が二人に荷造りを優先させる。
 朝食を摂り終えた二人が、千穂の言葉に従い荷造りの続きへと向かう。




 巌戸台へと向かう当日。
 二人を見送りに千穂が玄関先まで出てきている。
 本当は駅まで見送りに行きたかったのだが、二人に駅からの帰りに何かあったら大変だと言われて玄関先でということになった。

「二人とも、身体には気をつけるのよ」

「うん、お婆ちゃんこそ無理はしないでね?」

「近所の皆が居るから大丈夫だと思うけど、姉さんの言う通りお婆ちゃんも身体には気をつけて」

 千穂に見送られ、二人は駅へと向かう。
 巌戸台へは乗り継ぎなどもあるため、向こうへ着くのは夕方頃になるだろう。
 駅まではバス停からバスに乗り、10分ほどの距離である。
 この時間なら急がなくても良いので、二人はノンビリとバスを待つことにする。

「そういえば姉さん、アレはどうしたの?」

 悠也がふと気になったことを綾乃に尋ねる。

「ん? 流石に置いてはいけないから持ってきてるけど、やっぱり変かな?」

 悠也の言葉に答えた綾乃が手のするポーチの表面を撫でる。

「そういう趣味の人と思われるかもしれないね」

「あぁ、そっちの方の心配もあるか…… でも、無闇に取り出したりしなければきっと大丈夫だよ」

 苦笑いを浮かべた綾乃が当時のことを思い出す。
 養護施設にいた頃、とても綺麗なお姉さんから貰ったモノなのだが、男の子の悠也が持つならともかく、女の子の自分が持つには確かに不似合いかなとも思う。
 もっとも、当時の悠也は周りに関心がなかったので、結局の所は自分が持つことになっていたかと綾乃は内心苦笑する。

「姉さん、バスが来たよ」

 二人は待合室から出て、到着したバスへと乗車する。
 バスの中から流れる景色を眺めながら、綾乃はこれから向かう巌戸台での生活に思いを馳せるのであった。




――NEXT Chapter――


 10年ぶりに帰ってきた土地( 故郷 )で姉弟を出迎えたのは、奇怪なオブジェと不気味なほどに大きな月。
 新しい環境、新しい友人。全てが真新しく、これからの生活に思いを馳せる姉弟に試練が迫る。

――運命の夜

 隠された時間の中、襲い来る刺客を前に、もう一人の自分( ペルソナ )が覚醒する。


 次回、PERSONA3 Refrain ~絆繋いで~

Chapter 1:Assailant of full moon

――それは、始まりを告げる銃声―― 





2009年12月29日 初投稿
2010年02月13日 本文追記



[15158] ◆ Chapter 1:Assailant of full moon ◆
Name: 葵鏡◆3c8261a9 HOME ID:48685d09
Date: 2010/02/13 02:03
――――刻の流れは止まらない

              起こった出来事は覆らない

          それでも……





『本日は、ポイント故障のためダイヤが大幅に乱れ、お急ぎのお客様には、大変ご迷惑をお掛けしました。次は~、巌戸台~』

 新都市交通『あねはづる』車内にアナウンスが流れる。
 乗客の数はまばらで、車内に流れるアナウンスの声が大きく聞こえる。

『巌戸台、巌戸台です。この電車、辰巳ポートアイランド行き、本日の最終電車となっております。お乗り忘れの無いようご注意下さい』

 巌戸台駅に到着した『あねはづる』から降りた白妙綾乃( はくみょうあやの )は大きく伸びをすると、後から降りてきた弟の悠也( ゆうや )へと振り返る。

「すっかり到着が遅れちゃったね。もうすぐ0時だけど、寮には入れるかな?」

「寮の方へは連絡を入れているから大丈夫の筈だよ、姉さん」

 改札を出て心配そうに話す綾乃に悠也が答える。
 時刻は間もなく午前0時。
 日付が変わる時間帯のため、利用者の数も少なく改札前には綾乃と悠也しか居ない。

「おっ、気が利く~♪ 流石は私の自慢の弟だ」

 そう言って、他の人が居ないことを良いことに、綾乃は悠也の腕に自分の腕を絡めると、恋人のように寄り添ってみる。
 甘えるような仕草で腕を絡める姉に、悠也は表情を変えることなく抗議をする。

「姉さん、歩きにくいって」

「照れない、照れない」

 悠也の言葉を意に介さず、綾乃は絡めた腕を引っ張るように移動する。
 いつもの姉の態度に悠也は溜息をつくと、綾乃の好きにされるがままに付いていく。
 二人が駅を出るのと同時に、時計の針が午前0時を回る。

――辺りを包む静寂

 人気のない街に、桶のようなオブジェが並んでいる。
 見上げた空に浮かぶは、不気味なほどに巨大な月。

「変な街だね。それに何だろう、あの月……」

 綾乃は、絡めた腕に僅かな力を込めて呟く。
 
「確かに、何だか嫌な感じがするね。大丈夫、一緒にいるから」

 込められた力に綾乃の不安を感じ取った悠也は、安心させるように話し掛ける。

「……うん、急ご」

 二人は足早にその場から離れ、目的地へと急ぐ。



"月光館学園 巌戸台分寮"

 入学案内に同封されていた地図を頼りに、二人が到着した場所にあったのはレンガ造りの建物だった。
 4階建てで、ニューヨークにあるアパートを思わせる外観をしたその建物は、とても学生寮には見えなかった。

「ここ、だよね?」

「地図が間違ってなければ、ね」

 ここで顔を見合わせていても仕方がないので、二人は建物の中へと移動する。

「ようこそ」

 建物に入った二人にそう声を掛けてきたのは、白と黒のストライプ柄の服を着た少年だった。

「遅かったね、長い間、君達を待っていたよ」

 見覚えのない少年は二人に近づき、両手にそれぞれ持った一枚の紙を差し出してくる。

「これは?」

「この先へ進むなら、ここに署名をして。一応、【契約】だからね」

 綾乃の質問に少年がそう答える。

「契約って?」

「怖がらなくても良いよ。ここからは、自分が決めた事に責任を取ってもらうってだけだから」

 不審がる悠也の質問に、少年は柔和な笑みを浮かべて説明を続ける。
 少年から差し出された紙にメッセージが書かれていた。

――我、自ら選び取りし、いかなる結末も受け入れん

 そして、メッセージの下には署名の欄。
 二人は顔を見合わせるとボールペンを取り出し、それぞれの紙に署名をする。

「確かに」

 署名を済ませた紙を受け取り、少年が内容を確認する。

「時は、誰にでも結末を運んでくるよ。たとえ、耳と目を塞いでいてもね」

「それって、どういう……」

「……さぁ、始まるよ」

 綾乃の質問に答えず、少年はそう言い残すと、闇に溶けるように消えてしまった。

「……誰!?」

 声のする方を見ると、ピンクのニットカーディガンを着た少女が警戒心も露わに二人の事を見ていた。
 その表情は有り得ない出来事に遭遇したかのように、驚きと恐怖が入り交じった様子だ。

「この時間に、どうして……まさか」

「待て!」

 少女が手にした銃のような物を構えようとしたところで、凜とした声がそれを制した。
 その声に少女の動きが止まったと同時に、室内に明かりが灯る。

「あかりが……」

 少女が安堵の表情を浮かべていると、先ほど少女を制したと思わしき大人びた少女が近づいてくる。

「到着が遅れて災難だったね。私は、桐条美鶴( きりじょうみつる )この寮に住んでいる者だ」

「……誰ですか?」

「二人は転入生だ。ここへの入寮が急に決まってね……」

 ピンクのニットカーディガンを着た少女の質問に、桐条美鶴と名乗った少女が説明をする。

「いずれ、一般寮への割り当てが、正式にされるだろう」

「……いいんですか?」

「……さあな」

 美鶴の説明の後、少女との間に何やら良く解らない会話が続く。
 綾乃と悠也はそのやり取りに互いの顔を見合わせ、どうしたものかと互いの視線で相談する。

「彼女は、岳羽( たけば )ゆかり。この春から2年生だから、君達と同じだな」

 その様子に気付いた美鶴が二人にゆかりを紹介する。

「……岳羽です」

 釈然としない様子で、ゆかりが挨拶をしてくる。

「さっきの、銃?」

 そんなゆかりに、悠也が疑問に思った事を訊ねる。

「えッ……あ、なんていうか、趣味って言うか……あ、いや、趣味のわけないや……ええと」

「世の中物騒だからな、護身用といった所さ。勿論、弾が出るわけじゃない」

 言い淀むゆかりに代わり、美鶴が説明をする。
 何かしら思う所があるのか、悠也はチラリと綾乃の方を見る。

「今日はもう遅い、部屋は2階と3階に用意してある。荷物も届いているはずだ、すぐに休むと良い」

「あ、じゃ、案内するんで、付いてきてください」

 そんな悠也の様子に気付かず、美鶴が二人に休むよう促し、ゆかりが二人の案内を買って出る。
 二人はゆかりに案内されてそれぞれの部屋へと向かう。

「そう言えば、二人って双子なの?」

「うん、そうだよ。私が姉で悠也が弟」

 階段を登っている最中、ゆかりのふとした質問に綾乃が答える。

「へぇ、私は一人っ子だから、ちょっと羨ましいかも」

 そんな、たわいない会話をしながら案内されたのは2階廊下、一番奥の扉。

「ここが彼の部屋だね。この寮は2階が男子で3階が女子になっているから」

 二人を案内してきたゆかりがそう説明をする。

「あ、そうだ。何か訊きたい事はある?」

 そう言って、ゆかりが二人に訊ねてくる。

「さっき、二人で署名したんだけど、入寮するのに必要なの?」 

「え、署名?」

 綾乃の質問に、ゆかりは不思議そうな表情をしている。

「ううん、気にしないで。それじゃ、悠也。おやすみなさい」

「うん。おやすみ、姉さん」

 慌ててゆかりにそう言うと、綾乃は悠也と就寝の挨拶を交わす。
 悠也と別れた後、綾乃が案内された部屋は3階廊下の一番奥。悠也の部屋の真上である。

「この部屋だね、彼と同じく一番奧だから、覚えやすいでしょ?」

「ありがとう」

「あの、ちょっと訊きたいんだけど」

 ゆかりが緊張した表情で綾乃に訊ねてくる。

「なに?」

「……駅からここまで来る間、ずっと平気だったの……?」

「ん? ここまでの地図はあったから迷わずに到着できたよ」

「や、そう言う意味じゃ……まぁ、いいか。ごめん、気にしないで」

 質問の意図は違ったのだが、綾乃の様子に何ら問題がなかった事を悟ったゆかりは、それ以上は追求せずにその話題を打ち切る。

「じゃ、私は行くね」

 そう言って立ち去ろうとしたゆかりは、何かを思い出したのか足を止め、振り返って声を掛ける。

「あのさ……色々と、解らない事あると思うけど、それはまた、今度ね……おやすみなさい」

「うん、おやすみなさい」

 まだ用事があるのだろうか、ゆかりは階段を下りていく。
 それを見届けてから、綾乃は扉を開け割り当てられた自室へと入る。
 部屋の中には備え付けの机とベット、小型のテレビに洗面台が完備されていた。

(うわ、至れり尽くせり……)

 これだけのものがあっても、部屋自体の広さにはまだまだ余裕があり快適そうである。
 今日は長旅とモノレールのトラブルのため、思ったよりも疲労していた綾乃は服を着替えるとベットへと入る。

(あ、シャワーくらいは浴びたかったかも。って、浴室はどこにあるんだろう……明日、桐条さんにでも訊けばいいか)

 疲れによる眠気で頭が回っていない綾乃は、考える事を放棄してそのまま眠りにつく事にした。









――翌朝

 ゆかりは綾乃の部屋の前に立つと、扉をノックして中へと声を掛ける。

「岳羽ですけど、起きてるー?」

 しかし、部屋からは返事が返ってこず、どうしたものかと思案するゆかりに、部屋から出てきた美鶴が声を掛ける。

「岳羽、彼女ならすでにラウンジに降りているぞ」

「えッ、本当ですか?」

「あぁ、1時間ほど前にシャワーを浴びたいと言ってきたので、別館の浴室に案内した後だ」

 説明を聞いたゆかりが美鶴と共にラウンジ降りると、美味しそうな匂いが漂ってきた。

「あ、岳羽さん、桐条さん。おはようございます」

「おはようございます」

「おはよう、眠れた?」

「あぁ、おはよう。浴室の使い方は大丈夫だったか?」

「うん、バッチリ! 桐条さん、さっきは助かりました」

「いや、その事に気付かなかった私の落ち度だ」

 朝の挨拶を交わし終えたゆかりがテーブルを見ると、三人分の朝食が用意されていた。
 焼きたてのトーストと、刻んだベーコンを混ぜたスクランブルエッグ。
 マグカップには淹れたての珈琲が湯気を立てており、角砂糖が入ったガラスの小瓶と、ミルクの入った小瓶が置かれている。

「これは?」

「朝食だけど、岳羽さんも食べるよね?」

 ゆかりの質問に綾乃が答える。

「桐条さんは朝食は済ませてると聞いたから、岳羽さんの口に合うと良いけれど」

 そう言って、悠也がゆかりに席に着くよう勧める。

「あ、ありがとう」

 通学のおりにパンでも買って済まそうと思っていたゆかりは、思わぬ申し出に面食らいながらも勧められるまま、二人と朝食を取ることにした。

「私はもう行くが、岳羽、後のことは任せた」

「あ、はい。判りました」

 美鶴が寮を出て行った後、朝食を食べ始めたところで悠也が思い出したかのようにゆかりに尋ねる。

「そう言えば、後の事って?」

「あ、二人を案内しろって先輩に頼まれちゃって」

「そうなんだ? 岳羽さんの都合とは大丈夫?」

「それは平気、部活の朝練とかは一人で出ることが多いから」

 ゆかりの都合を気にした綾乃に問題ないことを説明したゆかりは、スクランブルエッグを乗せたトーストを囓り目を丸くする。
 半熟状態になっているスクランブルエッグはベーコンの塩分が程良く利いており、表面がカリッと焼けたトーストと相まってとても美味しかった。

「美味しい……」

 ゆかりの感想に二人の表情がほころぶ。

「これ、二人が?」

「今日はトーストと珈琲は悠也が担当で、スクランブルエッグは私が担当」

「冷蔵庫の中に使える材料があまりなくて、手軽な献立になってごめんね」

 ゆかりの質問に綾乃が答え、悠也が簡単な献立になったことを謝ってくる。

「すっごく美味しいし、そんなこと全然ないって!」

 普段は購買部で購入したもので朝食を済ますことが多いゆかりからすると、ちゃんと調理しているだけでも尊敬してしまう。
 それに二人の言動からすると、普段はもっと手の込んだものまで作れそうな雰囲気だ。

「白妙さ……あっ……」

「私達二人とも白妙だからね、私のことは綾乃で、悠也も名前の方で呼んでくれて良いよ」

「だったら、私のこともゆかりって呼んで。私達、同じ2年生だし」

 綾乃の申し出にゆかりが応じ、少し砕けた感じで話す。

「綾乃って料理が得意なの?」

「向こうにいたときは持ち回りで作っていたからね、お婆ちゃんの好みもあって和食が多いけど」

「中華とかも覚えてみたいとは思うけどね」

「私はあまり得意じゃないから、尊敬しちゃうな」

「慣れだと思うよ? 食べた人が美味しいって言ってくれたら嬉しいから、今のゆかりみたいに、ね」

 二人の説明を聞いて感心するゆかりに、綾乃が満面の笑みを浮かべて答える。
 そんな綾乃の笑顔に同性ながらもドキリとしたゆかりは顔を赤らめ、その事を誤魔化すように朝食の残りを食べる。




 朝食を終え食器を片付けた綾乃達は、ゆかりの案内で月光館学園へと向かう。

「通学には、これ使うの、モノレール。珍しいでしょ?」

 ゆかりの説明に、確かに珍しいなと綾乃は思った。
 辰巳ポートアイランドという人工島の真ん中に月光館学園はあり、そこへの移動手段がモノレールしかないのだ。
 何でも桐条グループが経営母体となっている私鉄で、月光館学園に通学するためにのみに引かれた短線だそうだ。

「特にココ、海の上を進むみたいな感じで好きなんだ。あ、学校があるのは、終点の【辰巳ポートアイランド】って駅ね」

 海上に作られた、陸と人工島を結ぶ高架を進むモノレールから見える景色は、ゆかりの言うとおり海上を進むようで海面に反射した陽光が綺麗に輝いている。

「あ、ほら、見えてきた」

 ゆかりの言葉に視線を向けると、小中高一貫の巨大な学園の全貌が見えてくる。
 駅を出て、人工島の中央にある高等部へとゆかりの案内で移動する。
 駅前広場から出た所で、それぞれの校舎へと続く道が分かれており、左側の道が中等部で右の道が初等部である。

「それぞれに、道が分かれているんだ」

 高等部へと続く中央の道を進みながら、悠也がゆかりに話し掛ける。

「そうだね、小中高一貫だから皆が同じ道って訳にはいかないと思うよ」

 そんな事を話ながら進むと、高等部の正門が見えてきた。

「おはよー!」

「おはよう! さ、着いたよ。ここが月光館学園の高等部。よろしくね」

 後ろから追い越してきた女生徒と挨拶を交わしたゆかりが、二人に向き直り改めて挨拶をしてくる。

「こちらこそ。こっちにきて最初に友達になってくれたのが、ゆかりで良かった」

「……ッ!? 面と向かって言われると、ちょっと恥ずかしいな」

「姉さんは結構ストレートでそういうことを言うから、今の内に慣れておいた方が良いよ」
 
 綾乃の言葉に照れながら答えるゆかりに、悠也がアドバイスする。
 三人は校門を抜けると、玄関ホールへと向かい移動する。

「ここからは大丈夫だよね? えーと……まず先生にあいさつか」

 靴を履き替えたゆかりが二人に聞いてくる。
 外来者用の下駄箱に靴を入れ、持参した校内靴に履き替えた二人が、それぞれゆかりにお礼を述べる。

「うん、ありがとう」

「助かったよ」

「職員室はこの先を左に入ってすぐだから、詳しい事はそこでね。以上、ナビでした」

 ゆかりと別れて職員室へと移動しようとした二人に、何かを思い出したゆかりが声を掛けてくる。

「あのさ……昨日の夜、その……色々見たでしょ? あれ、他の人には言わないでね」

「構わないけれど、他の人が聞いている中でそう言う風に話すと、誤解されない?」

「……あッ、じゃ、じゃあね!」

 悠也の指摘にゆかりは一瞬、唖然とした表情をしたが自分の失言に気付いて顔を赤くして、慌ててその場から離れていった。

「面白い人だね、岳羽さんって」

「そうだね、可愛くて私は結構好きかも」

 ゆかりが聞いたらまた顔を赤くしそうなことを話ながら、二人は職員室へと移動する。
 玄関ホールから左に入った廊下で、兜をかぶった教師らしき男性と、外国人らしい男子生徒が話している。
 話の内容は良く解らないが、どうやら話は盛り上がっているようだ。

「随分と個性的な先生だね」

「本当、面白いね」

 二人はそんなことを話ながら職員室へと入る。

「おっと、転入生の二人だよね?」

 職員室に入ると、気さくな雰囲気の女性教師が二人に声を掛けてきた。

「白妙綾乃と、白妙悠也。2年生で間違い無いわよね。えー、ご両親は10年前の……あッ……」

 手元の資料をめくりつつ、女性教師が確認をしている。
 その様子を見ている二人に気付いた女性教師が、慌てて二人に謝罪してくる。

「あぁ、ごめん……バタバタしてて、詳しく読んでなくてさ。ええと、私は国語科主任の鳥海(とりうみ)です。よろしくね」

 鳥海の言葉に二人がそれぞれ挨拶をする。

「へぇ、双子なのに結構性格は違うのね。クラス分けはもう見た? 弟君は私の担任するF組で、お姉ちゃんは……げッ、江古田( えこだ )が担任のE組かぁ…」

 なんとも気の毒そうな表情で綾乃を見る鳥海が、頑張れと何故か綾乃を励ましてきた。

「あぁ、遅れてすまないねぇ」

 そう言って職員室へと入ってきたのは中老の男性教師で、綾乃達の側へと近づいてくる。

「私が君の担任の江古田だ。古文を担当している」

「よろしくお願いします」

「うんうん、礼儀正しいことは良いことだ。鳥海先生、すまないが私は用事があってね、彼女も一緒に講堂に案内してもらえませんか?」

 江古田の言葉に一瞬、鳥海の表情が変わるが、すぐに表情を戻すと江古田に了承し二人を案内するために職員室を出る。


 講堂で悠也と別れた綾乃はE組の列へと入り、自身の席へと着く。
 始業式が始まり、校長先生の取り留めのない長話が進む中、ふと話し声が聞こえてそちらに視線を向けると、悠也がクラスメイトに話し掛けられている姿が見えた。

 会話の内容は、どうやらゆかりと自分が一緒に登校してきた事らしい。

「おやぁ? なんか話し声がしましたねぇ? 鳥海先生のクラスの辺りですかぁ?」

 担任の江古田が、妙に間延びした口調で指摘する。
 その言葉の端々に皮肉るようなニュアンスが混じっており、それを聞いた鳥海が苦々しげな表情をしている。

「……ったく、静かにしてよ! 怒られんの私なんだから!!」

 それでも小声は途切れることなく結局、始業式が終わるまで止むことはなかった。




 ホームルームが終わり、初めての放課後。
 そう言えば、冷蔵庫の食材が足りてなかったから買い足さないといけないなと考えている綾乃に、声が掛けられた。

「……あの」

 綾乃が声の主に視線を向けると、そこにはバング( 前髪 )短めでショートカットの気の弱そうな女生徒が居た。

「えっと……誰?」

「あッ、ごめんなさい。私は山岸風花( やまぎしふうか )っていいます。転入生、だよね?」

 風花の言葉に綾乃は頷く。

「何か私に手伝えることがあったらなって、声を掛けたんだけど、余計なお節介だった?」

「ううん、ありがとう! こっちにきて二人目の友達が出来て嬉しいよ」

「二人目?」

 風花の申し出に、綾乃は嬉しそうに風花の手を取って喜びを表している。
 そんな綾乃の態度に気圧されながらも、風花が綾乃の言った言葉に小首を傾げて反芻する。

「あ、うん。昨日知り合った、同じ寮に住んでいる岳羽ゆかりって女の子が一人目ね」

「そうなんだ。えっと……」

「あ、私は白妙綾乃。隣のクラスに双子の弟が居るから、名前の方で呼んでくれたら嬉しいな」

「じゃ、綾乃ちゃんって呼んで良い?」

「いいよ。私も風花って呼んで良いかな?」

「うん。これからよろしくね、綾乃ちゃん」

「こちらこそ!」

 その後、互いに自己紹介を終えた綾乃は、風花の案内でポロニアンモールへと赴き、夕飯と翌日の朝食の分の食材を買い込んだ。
 本当なら悠也に荷物持ちを手伝ってもらいたかったのだが、新しく友人となったクラスメイトと帰宅した後だった。
 仕方がないので、携帯電話で連絡を入れて、献立の打ち合わせを済ませるに留めておいた。

「綾乃ちゃんって、料理が出来るんだ……」

 綾乃が料理を出来ることを知った風花が、妙に尊敬のこもった眼差しを向けてくる。
 その様子が気になった綾乃は風花に訊ねてみる。

「風花は料理、苦手なの?」

「……うん」

 綾乃の質問に、風花は消え入りそうな声で答える。

「ある程度は慣れだと思うけど……何だったら、今度一緒に作ってみる?」

「本当っ!?」

 風花は先ほどとはまるで違い、明るい表情で綾乃に確認する。
 その勢いに気圧されながらも綾乃は、機会があったら風花と一緒に料理をする約束を取り付けて、風花と別れ寮へと帰宅する。




 寮のラウンジに入ると、ソファに座り読書をしていた美鶴が綾乃の帰宅に気付いて声を掛けてきた。

「……君か。お帰り。その荷物は?」

「ただいま帰りました。これですか? 今日の夕飯と明日の朝食の食材です。冷蔵庫の中にある食材だと足りなくて……」

 綾乃の持つ手荷物に気付いた美鶴が問い掛ける。
 今朝、冷蔵庫を確認したときに中に入っていた物は朝食に使った卵にベーコン、牛乳にバター。
 その他は大量のプロテインにサプリメントの数々で、足りないと言うよりもまともな食材が入っていなかったのだ。
 美鶴の問いに綾乃が答えると、暫し考える素振りを見せた美鶴が綾乃に提案を出してくる。

「……そうか、それは気付かなかったな。済まない。今後はこちらで用意をさせるから、必要な物が有ったら言ってきてくれ」

「いいんですか?」

「今まで料理をする寮生が居なかったからな。健康管理も大切なことだから遠慮無く言ってきてくれ」

「ん~自分で献立を考えながら食材を選ぶのも結構楽しいから、平日の分だけお願いするので構いませんか?」

「そういうものなのか? それは構わない。なら、必要な日の前日に言ってきてもらえれば準備をするよう手配しておこう」

「ありがとうございます」

 後で悠也と献立を決めようと考えた綾乃は、取り敢えず買ってきた食材の内、使わないものを冷蔵庫にしまうと今晩の食事の準備を始める。

「あ、綾乃、お帰り」

「ただいま、ゆかりはもう、晩ご飯食べた?」

「ううん、まだだよ?」

「桐条先輩は?」

「すまないな、私は食べた後だ」

「そうですか……じゃ、ゆかりの分も作るから、一緒に食べよ?」

「いいの? ありがとう」

 ラウンジに降りてきたゆかりが綾乃に気付き声を掛けてくる。
 綾乃はゆかりと美鶴に晩ご飯を食べたか確認すると、必要分の献立の準備を始める。

「あ、姉さん、お帰り。手伝うよ」

 少し遅れてラウンジに降りてきた悠也が、調理の準備をしている綾乃に声を掛けて手伝い始める。
 晩ご飯の献立は、豆腐のみそ汁に肉じゃが、ひじきとさやいんげんのきんぴらである。
 二人は手慣れた様子で作業を分担して、効率よく調理を勧めていく。
 その様子にゆかりだけでなく、美鶴も読書を中断して見入っていた。
 

「あぁ、そうだ。二人に言い忘れていたが、最近は物騒になってきている。夜に外を出歩くのは控えてほしい」

『わかりました』

 食後、食器の片付けをしている二人に美鶴が声を掛ける。

「転校したてで、疲れているでしょ? ご飯を作ってもらった私が言うのも何だけど、早く休んだ方が良いよ?」

「ん、これが終わったらそうする。悠也は先に休んでいて良いよ」

「判った、それじゃ姉さん。岳羽さんも桐条先輩もおやすみなさい」

 そう言って自室へと戻る悠也に三人はそれぞれ挨拶を交わす。
 少しして、片付けが終わった綾乃も二人に挨拶をして自室へと戻っていった。




 その後、ゆかりも自室に戻った後で、上階から降りてきた赤いベストを着た少年が、ラウンジで読書を続けている美鶴に声を掛ける。

「ちょっと、出てくる」

「……ん?」

 訝しげに少年を見る美鶴に少年は言葉を続ける。

「気付いているか? ……このところの新聞記事」

「……あぁ。それまで普通だった者が、ある日を境に、急に口も聞けない程の無気力症に陥る……最近、流行らしいな」

 少年の言わんとすることを理解している美鶴が言葉を続ける。

「記事ではストレス性と言うことで片付けられているが……」

「そんな訳あるか。絶対【ヤツら】の仕業だ。……でなきゃ、面白くない」

 美鶴の言葉に少年は不敵な笑みを浮かべると、いかにも楽しそうに話す。
 その様子に、美鶴は呆れ顔で少年に問い掛ける。

「相変わらずだな、一人で大丈夫か?」

「なに、心配ない。トレーニングのついでだ」

 そう言って少年は寮を出て行った。
 少年が出ていった後、美鶴は溜息をついて独りごちた。

「まったく、明彦(あきひこ)のやつ……遊びじゃないんだぞ……」




――翌日

 特にこれといったこともなく学校を終えた綾乃は、用事があるという風花と別れ、途中で一緒になった悠也と共に寮に帰ってきた。
 寮に入ると、ラウンジのソファに座って既に帰ってきたゆかりと見知らぬ男性が話していた。

「あ、帰ってきました」

「なるほど……彼女らか」

 綾乃達が帰ってきたことに気付いたゆかりが、話し相手の男性に声を掛ける。
 ノーフレームの眼鏡を掛け、身形の良いスーツを着たロングヘアの男性が綾乃達に視線を向けてくる。
 一見すると人当たりが良さそうな紳士に見えるのだが、眼鏡の奥から覗く瞳が綾乃には気になった。
 悠也の方を見てみるが、そう言った違和感を覚えてない様子だ。

「やあ、こんばんは。私は幾月修司(いくつきしゅうじ)。君らの学園の理事長をしている者だ」

 どうやらこの人物が手紙の差出人のようだ。

「イ・ク・ツ・キ。……言いにくいだろう? おかげで自己紹介はどうも苦手だよ。油断すると、咬みかねん……」

 そう思っている綾乃達に構わず、彼の話は続く。

「部屋割りが間に合わなくて申し訳なかったね。正式な割り当てが決まるまで、まだ少しかかりそうだ」

「それは問題ないので、気になさらないでください」

「そう言ってもらえると助かるよ。さてと、何か訊いておきたい事はあるかい?」

 幾月の言葉に、綾乃は悠也と顔を見合わせると視線を戻し疑問に思っていたことを訊ねる。

「……あの、私達の親戚の古い知り合いだと聞いたのですが、どうして私達をこの学園に?」

「あぁ、その事かい。君達の叔父さんとは同期でね。久しぶりに会ったときに君達の話題が出たんだよ」

 幾月の説明を要約すると、久しぶりに会った叔父との会話が弾み、その時に自分達のことを紹介されたらしい。
 郊外の高校よりも、成績に見合ったこちらの方で進学することが自分達のためになると言うことで、あの手紙が送られてきたそうだ。

「そうですか、後は特にありません」

「そうかい? ……あ、岳羽君。そう言えば、桐条君は?」

 綾乃達からの質問が終わった後で、幾月は思い出したようにゆかりに美鶴の所在を確認する。

「ハイ、もう上に」


「いつもながら真面目だねぇ。顔くらい出せばいいのに。それじゃ、私は桐条君に用があるからこの辺で。よい学園生活を」

 幾月はそう言って、綾乃達と別れ階段を上がろうとして、何かを思い出したのか、振り返り言葉を掛けてきた。

「あぁ、そうそう。転入したては色々疲れるからね、早めに休むと良いだろう」

 そして、一拍おいて言葉を続ける。

「身体なんて、ぐーぐー寝てナンボだからね。昔、マンガにあったろう? 【ぐーぐーナンボ】? なんちゃって」

「それ、何ですか?」

「ッ!? ……これが、世代ギャップというものなのか……まさか、知らないとは思わなかったな……」

 綾乃の言葉に幾月は激しいショックを受けたのか、愕然とした表情でぶつぶつと何かを呟きながら階段を上っていった。
 立ち去った幾月を見送ったゆかりが、呆れ顔で二人に『ごめんね』と謝ってくる。
 何でも、幾月の趣味がダジャレを言うことらしいのだが、ネタのどれもが笑えないモノばかりらしい。
 その説明を聞き、妙に疲れを感じた綾乃達は幾月に言われた通り、今日は早く休むことにした。


――その日の深夜

「お疲れ様。どうだい、彼女達の様子は?」

 寮の4階にある一室に入ってきた幾月が、室内に居る人物に声を掛ける。
 部屋の中は広い応接室となっており、部屋の中央にはテーブルとそれをコの字型に囲む椅子が設置されている。
 周りの壁には室内を取り囲むように大量の書物が収められた書架が備え付けられているのだが、一箇所だけ異質な物が設置されていた。
 それは、巨大なモニターとそれを操作するための機材で、モニターの両サイドには巨大なスピーカーが備わっており、部屋の中でその機材だけが浮いて見える。
 モニターの前では、美鶴とゆかりがそれぞれ席について作業をしている。
 美鶴達が見ているモニター画面に映っているのは綾乃と悠也だ。

「先ほど就寝して、今は眠っています。理事長、やはりあの二人は……」

「まぁ、とりあえず見守ろうじゃないか。……もうすぐ、【影時間】だ」
 
 幾月の質問に答えた美鶴を制して、幾月は時計を確認する。
 時計の針が午前0時を回る……

「フム……二人は平然と眠ったまま……か。毎晩0時になるたびに訪れるこの【影時間】は、言わば、隠された時間だ」

 モニターに映る二人に、何の変化も無いことを確認した幾月が呟く。

「普通の人間は棺のような姿に【象徴化】して、この時間があることすら感じない」

「じゃあ、二人は……」

「見ての通り、二人に【象徴化】は起きていない。眠ってはいるけれど、二人は今、ちゃんと影時間を体験している」

 ゆかりの質問に幾月が答える。

「後は【適性】があるかどうかだ。というか、あるんだろうね……無ければ今頃【ヤツら】の餌食になってる」

「餌食……ですか」

 幾月の言葉にゆかりが心配げに呟く。

「とにかく、もうあと何日かは、こうして様子を見てみないと」

「はい」

「隠れてこんな事して、ちょっと、気が引けますけどね……」

 幾月と美鶴の会話を聞いたゆかりがそう呟く。
 自分のことを友達だと言ってくれた綾乃に対して、罪悪感が募る。
 そんなゆかりの思いを他所に、モニターの中の二人は穏やかに眠り続けていた。





『……さま』

 誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。
 綾乃が誰の声だろうと思った瞬間、目の前に青い空間が広がっていた。

「ようこそ、"ベルベットルーム"へ」

 そこは不思議な空間だった。
 いくつもの扉が並び、部屋の奥の壁は格子で仕切られており、外の景色が上から下へと流れている。
 格子の上には巨大な時計があるのだが、奇妙なことに長針と短針が不規則に回転している。
 景色の流れから、ここはエレベーターの中のようだが、別段身体にエレベーターに乗ったとき特有の感覚は無い。 
 テーブルを挟んだ向かい側に座っている鷲鼻で白髪の老紳士が声を掛けてくる。
 ふと気配を感じて横を見ると、悠也が隣の椅子に座っていた。
 悠也も隣りに綾乃が居ることに気付いて僅かに驚いた表情をしている。

「私の名は、イゴール。……お初にお目に掛かります」

 イゴールと名乗った老紳士の姿に、何故か見覚えがある綾乃は自身の記憶を辿ってみるが、どうしても思い出すことが出来なかった。

「さて、ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所……ここは、何らかの形で【契約】を果たされた方のみが訪れる部屋……」

 そんな事を綾乃が考えている間にも、イゴールの説明は続く。
 テーブルの上には、寮の玄関で署名した紙が並べられている。
 どうやら、これがイゴールの言う【契約】らしい。

「今からあなた方は、この"ベルベットルーム"のお客人だ。あなた方は"力"を磨くべき運命にあり、必ずや、私の手助けが必要となるでしょう」

 イゴールは確信を持って二人にそう告げる。

「あなた方が支払うべき対価はひとつ……【契約】に従い、ご自身の選択に相応の責任を持って頂く事です」

 イゴールの言葉に、綾乃と悠也は互いに顔を見合わす。

「……夢ですよね?」

「左様……現実のあなた方は、今は眠りの中にいらっしゃる。言わば夢としてここを訪れているに過ぎません」

 イゴールはそう言うが、ならば悠也と同じ夢を見ているのだろうか?

「しかし、いずれはご自身の脚でいらっしゃる機会もあるでしょう。これをお持ちなさい」

 そう言ってイゴールは、それぞれ二人に青い鍵を手渡す。

「ここの住人は、もう二人おりますが……今は生憎、席を外しておりましてな。後ほど、改めてご挨拶いたしましょう。また、お会いしましょう……」

 そのイゴールの言葉を最後に、意識が遠のいていった。




――翌朝
 
 目覚めた綾乃は、不思議な夢を見た気がしたのだが、思い出せないので考えることは止め、制服に着替えて朝食の準備をしにラウンジに降りる。
 ラウンジ降りると、先に降りてきていた悠也が朝食の準備をしているところだった。

「おはよう、悠也。……どうかしたの?」

「おはよう、姉さん。いや、昨日、不思議な夢を見た気がしたんだけど、思い出せなくて……」

「悠也も?」

「もって、姉さんも不思議な夢を見たの?」

 普段と様子の違う悠也に理由を聞くと、綾乃と同じように不思議な夢を見たという。
 それだけでも気になるところだが、綾乃と同じく夢の内容を覚えていないとなると、偶然の一言では済ませられない気がする。
 とはいえ、互いに夢の内容を覚えていないのだから、対処のしようがないので、取り敢えずは保留ということにした。
 今朝の献立は、プレーンオムレツにチーズとスライスソーセージを具にしたホットサンド。眠気覚ましに濃いめの紅茶だ。
 ホットサンドはトマトベースのソースを加えてピザ風にしてある。
 朝食の準備が終える頃にゆかりもラウンジに美鶴と一緒に降りてきて、今朝は四人での朝食となった。

「綾乃達の作るご飯を食べてると、購買部でパンを買って済ませていた生活には戻れないかも……」

「こうやって皆で食事をするというのも良いものだな、機会があればまた、こうして皆と食事をしたいものだ」

 このところ、ゆかりは綾乃達と一緒に食事をするようになったため、今までの味気ない食生活には戻れないなと感じていた。
 美鶴も、普段は専門のシェフの作る食事を食べているのだが、こうやって皆と食べる食事の和やかな雰囲気も良いなと思う。
 そんな二人の反応に、綾乃と悠也は顔を見合わせ表情をほころばす。
 朝食を終え、いつも通りに食器を片付けてから登校した綾乃達はそれぞれのクラスへと別れる。
 ゆかりと悠也は同じクラスらしく、ゆかりと教室へと向かったのだが、気のせいか周りから注目を集めていたような気がする。
 視線は主に、男子生徒からのものが多かった気がする。

(あ、ゆかりや桐条先輩のような綺麗どころと一緒に登校したら注目もされるか)

 男子生徒の視線は、嫉妬とか羨望によるものだったのだろう。
 綾乃は姉弟である自分を除外してそう考えるが、実際の所は美少女三人と一緒に登校してきた転校生というのが、今の悠也の評価だ。
 その事を知ったのはクラスメイトに美鶴のファンの女生徒が居て、彼女から羨望というか嫉妬の眼差しを向けられて話を聞いたからだ。
 まだ会ったことはないが、寮生に3年の真田明彦という男子先輩が居るらしいのだが、いつも朝早くに通学しているらしく綾乃も悠也も見たことがない。
 美鶴も一緒に登校することは稀なので、そうなると必然的に一緒に登校するのがゆかりと綾乃の二人になる。
 ゆかりも、所属している弓道部の朝練があれば先に通学することになるのだが、今のところはそれもないので暫くはこのままだろう。

(悠也には気の毒だけど、諦めてもらうしかないよね)

 綾乃はそう結論づけて、心の中で頑張れと悠也にエールを送る。
 少しして登校してきた風花と、先日出た課題の内容を話ながら1限目の準備をする。
 1限目の授業は古文で、担任である江古田の初めての授業だったのだが、先日受けた鳥海の授業とは雰囲気が真逆だった。
 鳥海の授業は良く言えば"大らか"、悪くいえば"大雑把"な授業に対し、江古田の授業は良く言えば"きめ細かく"、悪くいえば"神経質"だ。
 自分の授業で、他の教師の授業を批判するのは正直、どうかと思う。
 それでいて、目上の者を敬わないとか愚痴を混ぜつつ授業をするものだから当然、生徒の受けが良くなるわけがなく悪循環に陥っている。

(長く生きてるからって、それだけで無条件で敬われると思うのは間違いじゃないかなぁ……)

 そんな事を考えながらも、ノートに取るべき内容はしっかりと書き取って綾乃は授業を受ける。
 無駄なことが混じってはいるが、考えようにっては取捨選択の練習になると思い、真面目に授業に取り組んだ。
 とはいえ、生徒のやる気を削ぐ授業というのは問題じゃないかなと思う。
 これから1年間、この調子で続くのか少し不安になる綾乃だった。




 下校時。ゆかりと偶然出会った綾乃は、一緒に下校していた風花をゆかりに紹介して、三人でポロニアンモールへと繰り出した。

「綾乃はもう、風花と一緒に来たことがあったんだ。とはいえ、用件が食材の買いだしって……や、いつも食べさせてもらっている私が言うのも何だけどさ」

「ゆかりちゃんと綾乃ちゃんって、本当に仲が良いのね」

「そういう風花だって、ゆかりとすっかり打ち解けてるじゃない」

 紹介してすぐに意気投合したゆかりと風花は、綾乃も交えて賑やかにポロニアンモールを散策する。
 ゆかりが勧めるアクセサリーショップや、風花のお気に入りの小説を見て回り、最後は喫茶"シャガール"で話題のフェロモンコーヒーを三人で飲んできた。
 風花と別れ、ゆかりと寮に戻ってきた綾乃達を美鶴が出迎える。

「お帰り、今夜は満月が綺麗だな。たまには月明かりで本を読むのもいいかも知れないな」

 悠也はクラスメイトと食べて帰ってくるそうなので、今日はゆかりと一緒に料理をする事になった。
 一度自室へと戻り、制服を着替えてラウンジに戻る。
 今日の献立はハンバーグにオニオンスープ。ハンバーグの付け合わせはポテトサラダにスイートコーンだ。
 ハンバーグはゆかりと一緒に挽肉をこねるところから始め、ゆかりも楽しそうに調理をしていた。
 途中で興味深そうに見ていた美鶴も参加して、初めての経験に幼子のような表情で調理を楽しんでいた。
 食事は済ませた後だというので、美鶴の作ったハンバーグは明日、朝食に出すことにして冷蔵庫にラップを掛けてしまい込む。
 料理が出来上がり、ゆかりと今日あったことを話ながら食事を採り終え、食器を片付けているところで悠也が帰ってきた。
 何でも今日はクラスメイトに連れられて、巌戸台商店街にある"わかつ"という定食屋で食事を済ませてきたそうだ。
 慣れない環境のせいか、まだ少し疲れがあるので、食器を片付け終えた綾乃は先に入浴を済ませ、早めに休むことにした。
 悠也も同じように疲れがあるらしく、綾乃と同じように早めに休む事にするようだ。


――深夜0時"影時間"

 寮の4階。巨大なモニターがある部屋に幾月が訪れた。

「どうだい、様子は?」

「……昨夜と同じです」

 幾月の言葉に、モニターで綾乃達を監視している美鶴が振り返り答える。
 モニターに映し出されている綾乃と悠也は、何事もなく眠り続けている。

「フムフム……やはり興味深いね、彼女達は。たとえ影時間への【適性】があっても、初めはもっと不安定になるものだ」

 モニターに映る二人を見ながら、幾月が言葉を続ける

「記憶が消えたり、混乱したりね。今までの誰とも違う。実に例外的なケースだよ」

「でも、なんか……これじゃモルモットみたい」

 二人を見る幾月の瞳は、珍しい事象を見る科学者のそれである。
 珍しい玩具を見つけたように話す幾月に、ゆかりが話す。

「そう言ってくれるな。彼はクラスメイトだそうじゃないか。それに彼女は同学年の女の子だ」

 躊躇うゆかりを幾月が諭す。

「あの二人が仲間になったら、君も心強いだろう? 我々には、どうしても力が必要なんだよ」

「それは、分かってますけど……」

 幾月のいうことも理解出来るが、気持ちの上では納得が出来ないゆかりが幾月の言葉に言い淀む。
 そんなやり取りをしている中、外からの緊急呼び出し音が鳴り響いた。

「こちら、作戦室だ。……明彦か? どうした?」

 機械を操作して美鶴が明彦との通信を開く。

『凄いヤツを見つけた! これまで、見た事もないヤツだ!!』

 通信機から聞こえる明彦の声は、緊張感と高揚感が混ざった様子で、今起こっている事に気が昂ぶっているのが聞いて取れる。

『ただ、あいにく追われててな……もうすぐそっちに着くから、一応、知らせておく』

「それ……ヤツらが、ここに来るって事ですか!?」

 通信の内容を理解したゆかりが、焦った調子で美鶴に話し掛ける。

「理事長!! 今日の監視は、ここまでに。我々は、応戦の準備をします!!」

「……た、頼んだぞ!!」

 美鶴は幾月に断ると、ゆかりと共に急いで部屋を出て1階ラウンジへと急行する。
 幾月は二人から少し遅れて後を着いていく。

 美鶴達がラウンジに降りてくるのと、明彦が玄関を開けて寮内に入ってくるのが同時だった。

「クッ……」

「明彦ッ!」

 負傷したのか、表情を僅かに歪ませる明彦に美鶴が声を掛ける。

「大丈夫だ。それより、凄いのが来るぞ。見たら、きっと驚く」

「面白がってる場合か!」

「真田君、【ヤツら】なのか!?」

「はい。ただ、普通のヤツでは……」

 状況を楽観しているかのような明彦を美鶴が叱責する。
 遅れて降りてきた幾月が明彦に確認を取るが、明彦が答えを言い切る前に、激しい轟音と建物全体を揺るがす衝撃が伝わってくる。

「キャッ!!」

 あまりの衝撃にゆかりが短く悲鳴を上げる。

「なにこの揺れ……冗談でしょ!?」

「理事長は作戦室へ! 岳羽、君は上に居る二人を起こして、裏から逃がすんだ!」

 信じられない揺れに、ゆかりが動揺していると、美鶴が理事長に避難を促し、ゆかりへと指示を出す。

「えっ……先輩達は!?」

「ここで何としても食い止める。明彦、連れて来たのはお前だ。責任は取ってもらうぞ」

「ヤツらの方が勝手について来たんだ! まったく……何してる! 早く行け、岳羽!」

「わ、分かりましたっ!」

 美鶴の指示に立ち竦むゆかりを明彦が叱咤する。
 明彦の声にゆかりは返事を返すと、幾月と共に階段を上がる。
 幾月は先に4階へと上っていき、ゆかりは先に悠也の居る2階へと移動する。




 大きな物音で目が覚めた綾乃は、外の様子を見に行こうとベットから抜け出すが、万が一の事を考えて護身用にあるモノを持っていく事にした。
 部屋から出て階段の所まで移動すると、階下から悠也を連れたゆかりが慌てた様子で上がってきた。

「ゆかり、どうしたの?」

「綾乃! 悪いけど、説明してるヒマ無いの。今すぐ、ここから出るから!」

「分かった!」

「とにかく急いでるの! 1階の裏口から外へ出るよっ!」

 理由を聞きたかったのだが、ゆかりの切羽詰まった様子に綾乃は聞く事を断念して、ゆかりの指示に従い急ぎ1階へと移動する。

「あ、待って! 彼にも渡してあるけど、念のため……コレ、持ってて」

 移動しようとした綾乃を呼び止め、ゆかりが薙刀を手渡してくる。
 ふと気が付き見てみると、悠也が手にしているのは片手剣のようだ。
 何故、薙刀を手渡してきたのかも聞きたかったのだが、とても聞ける雰囲気ではない。
 落ち着いてから改めて聞こうと結論づけてゆかりの指示に従う事にする。

「……じゃ、一気に行くよ! 私に付いてきて!!」

 ゆかりの先導で、急ぎ1階まで降りてきた綾乃達は、裏口へと続く扉の前まで移動してきた。

「よし、ここまで来れば……」

『岳羽、聞こえるか!?』

 ゆかりが安堵したような表情で呟いたところで、電子音が鳴り響き、何処からともなく美鶴の声が聞こえてきた。

「ハ、ハイッ! 聞こえますっ!」

『気をつけろ! 敵は1体じゃないみたいだ! こことは別に本体がいる!』

「マジですか!?」

 美鶴の言葉にゆかりが悲鳴に似た声を上げると同時に、裏口の扉を強く叩く音がして、扉が大きく揺れる。

「うわっ!? ひ、ひとまず、退却!?」

 慌てて、階段を上り3階に到着した辺りで、ガラスが割れる乾いた音が鳴り響いた。
 その音に驚いたゆかりが、軽いパニックを起こしている。

「なに、今の!?」

 驚くゆかりを他所に、階下から何かの足音が近づいてくる。

「な、なんか来るっ!? う、上よ! 上に急いで!!」

 こちらの気配に気付いたのか、階下から上ってくる足音が早くなる。
 その足音に、ゆかりは慌てて上の階へと綾乃達を連れて移動する。
 4階まで上がり、屋上へと続く扉を開けて外へと出たゆかりは扉を閉め、鍵を掛ける。

「フゥ……鍵も掛けたし、ひとまずは、大丈夫かな……」

 安堵の溜息をつくゆかりに綾乃が説明をしてもらおうと声を掛けようとしたところで、何かの叫び声のようなものが辺りに響き渡る。

「……!?」

 何かの気配を感じて、そちらにゆかりが視線を向けると、屋上の縁に無数の真っ黒な手が掛かり、その手の一つが持つ青い仮面がゆかり達に向けられる。
 額にⅠと刻印された青い仮面を持つ手以外は、移動するための手を除き、全ての手に細身の剣が握られている。

「嘘ッ!? 外を昇ってきたの……!?」


――同じ頃

「いた! 屋上だ!!」

 作戦室と美鶴が呼んだ部屋で、巨大なモニターを見ていた明彦がゆかり達を見つけて声を上げる。

「……なんだ、あの巨大なシャドウは!?」

 同じくモニターを見ていた美鶴が、今までに見た事のない"ソレ"に、驚きの声を上げる。

「……美鶴、行くぞ!!」

「待て!」

 ゆかり達を救うべく、屋上へと向かおうと美鶴に声を掛ける明彦を幾月が制止する。

――再び屋上

「あれがココを襲って来た化け物……"シャドウ"よ! そ、そうだ、戦わなきゃ。……【召喚】……私だって、できるんだから……」

 二人に説明するゆかりは、初めて寮に来た日に持っていた銃を構えると、自らの額に銃口を押し当てる。
 引き金に掛けた指先に力を込めるが、指先が小刻みに震えて引き金を引く事が出来ない。
 そんなゆかりに対し、シャドウと呼ばれた異形がバスケットボール大の火球をゆかりに命中させる。
 その衝撃で、ゆかりは屋上入り口の扉まで弾き飛ばされ、背中を強く打ち付ける。
 ゆかりが持っていた銃は、弾き飛ばされた衝撃でゆかりの手を離れ、悠也の足下へ飛ばされてきた。

 悠也はゆっくりと、足下の銃を拾い上げる。
 シャドウが、ゆかりから悠也へと目標を変えて迫ってくる中、悠也はゆっくりとした動作で銃口を自らのこめかみへと押し当てる。

「……ペ・ル・ソ・ナ」

 口元に薄い笑みを浮かべて、悠也はそう呟くと躊躇うことなく……引き金を引いた。
 撃鉄が落ち、あるはずのない衝撃が悠也の頭部を貫く。
 銃声の後にガラスの割れる乾いた音が鳴り、悠也の背後から白い異形が現れた。

――我は汝……

――汝は我……

――我は汝の心の海より出でしもの

――幽玄の奏者"オルフェウス"なり

 悠也から現れた白い異形は絶叫に似た産声を上げ、悠也を守ろうと移動する。
 その瞬間、悠也は突然の頭痛に襲われ頭を抱えて苦しみ出す。
 悠也に呼応するかのように苦しみ出すオルフェウス。
 そんなオルフェウスの身体を内部から引き裂いて、漆黒の異形が現れる。
 背には八つの棺をマントのように背負い、手にする剣を振りかぶりシャドウへと襲いかかる。
 それは、一方的な虐殺だった。
 抵抗するシャドウを押さえつけ、動けなくなったところを手にした剣で切り刻む。


 それを目の当たりにした綾乃は、何故だかその光景に見覚えがあった。
 記憶にない記憶に戸惑っている綾乃の脳裏に、いつか聞いた声が聞こえてくる。

『コレは、貴女が本当に困ったときに必要になる物です』

 養護施設に居た頃に出会った、二人の綺麗な女性との記憶。
 青い女性と白い女性。
 白い女性から手渡されたソレは、長年使い込まれた銃で、銃口は塞がっていて弾は出ないように出来ている。
 それでも、彼女は必要になるからと綾乃にソレを持たせたのである。
 青い女性からは綺麗なカードをもらった筈なのだが、そのカードはいつの間にか何処かへと無くなっていた。
 心を閉ざした悠也の事もあったので、その時の事は今の今まで忘れていたのだが、今は何故かその時に言われた言葉を鮮明に思い出す事が出来た。
 青い女性は言った。

『それは、もう一人の貴女の助けを得るための物でございます』

 あの時は言われた言葉の意味が理解できなかったが、今なら解る。
 使い方は先ほど悠也が示した。
 綾乃は銃口をこめかみへと押し当てて、気持ちを落ち着けるように胸へと銃を持たない手を添える。
 瞳を閉じ呼吸を整えて、綾乃もまた引き金を引く。
 銃声が鳴り響き、悠也と同じく綾乃からも白い異形が現れる。

――我は汝……汝は我……

 その姿は、悠也のオルフェウスとよく似ていた。
 違いは、長い髪と女性的な起伏のある身体。
 綾乃から現れた女性型のオルフェウスは、悠也の黒い異形へと飛翔する。
 その瞬間、見えない何かを通り過ぎた女性型のオルフェウスはその姿を変える。
 悠也の黒い異形が禍々しい威圧感を放つのに対し、綾乃の異形はオルフェウスと同じく白い異形で、左手に四つの棺を持ってはいるが禍々しさはない。
 それどころか、黒い異形とは正反対の清浄な気配を持った存在だ。
 シャドウを斬殺した黒い異形の前に、白い異形は立つと右手をかざす。
 白い異形が何かをしたようには見えないが、黒い異形は大人しくなりオルフェウスへとその姿を変える。
 その後、白い異形も女性型のオルフェウスへと姿を変え、溶けるように消えてしまった。

「…!!」

「何だ、今のは……!?」

「……!」

 モニターで、悠也の黒い異形の一部始終を見ていた美鶴達は、あまりの事に驚きを隠せなかった。
 悠也の黒い異形に意識がいっていたので、綾乃が白い異形を出したところは見ていなかったせいもあり、白い異形がどこから現れたのか理解できていないようだ。
 ただ一人。その場に居合わせたゆかりだけが、全てを見ていた。

(……何で、綾乃が召喚器を持っているのよ!?)

 ペルソナを喚び出すために必要な召喚器は、全て桐条グループからの支給品だ。
 桐条グループと関わりを持たない筈の綾乃が、召喚器を持っている事自体が有り得ないのだ。
 解らない事だらけで混乱するゆかり。
 そんな混乱するゆかりの耳に、濡れた布を落としたような音が聞こえてくる。

「……!?」

 音のする方を見てみると、そこには黒い異形に切り刻まれた腕の残りが、形を変えて蠢いていた。

「まだ、動いてる……!」

 切り刻まれたシャドウの破片が、ゆかりへと向かっていく。

「やっ……こ、来ないでッ!!」

 その声に気付いた綾乃と悠也は、互いを見やると迷わずゆかりを助けるためにシャドウへと攻撃を仕掛けた。
 相手の数は二体。二人はそれぞれ左右に分かれると、各々の召喚器を取り出し銃口をこめかみへと当てる。

『ペルソナッ!!』

 二人の声が同時に響く。
 銃声と共に喚び出された二体のオルフェウスが、それぞれシャドウへと攻撃を加える。
 オルフェウスの一撃を受けたシャドウは瞬時に消滅した。
 安全になった事を確認した綾乃はゆかりへと声を掛ける。

「……ゆかり、怪我は無い?」

「綾乃、あなた何で……」

 召喚器を持っているのよと、ゆかりは聞こうとしたのだが、その言葉は綾乃の耳へ届く事はなかった。
 ゆかりの目の前で、そのまま綾乃が倒れたからだ。

「ちょっと、綾乃!?」

 ゆかりが驚き、綾乃の傍に駆け寄ると、何かが倒れる音が聞こえてきた。
 視線を向けると、悠也も綾乃と同じようにその場に倒れていたのである。

「えッ、悠也も!?」

 突然の事で、ゆかりもどうしていいのか分からず狼狽している。

「無事か!?」

 ようやく駆けつけた明彦と美鶴の前で、ゆかりがパニックになりながら綾乃を揺すっている。

「ねぇ、起きてよ。ねぇってばっ!! 起きてったらーー!!」

 ゆかりの叫びに、二人は反応せず意識を失ったままだった。




――NEXT Chapter――


 目が覚めて最初に目にしたのは、姉弟の事を心配して見舞いに来てくれた友人の顔。
 明かされる、普通の人には認識できない世界の謎。

 世界の謎を解く鍵は、隠された時間にのみ現れる"破滅の名を冠した(タルタロス)塔"の中に。

――影時間

 それは今宵もまた訪れて、人々に仇なす怪物( シャドウ )達をも呼び覚ます。


 次回、PERSONA3 Refrain ~絆繋いで~

Chapter 2:Labyrinth"TARTAROS"

――その迷宮は、彼らに何を告げるのか?――





2010年01月07日 初投稿
2010年02月13日 本文追記



[15158] ◆ Chapter 2:Labyrinth“TARTAROS” ◆
Name: 葵鏡◆3c8261a9 HOME ID:48685d09
Date: 2010/02/19 06:21
――――撃鉄は落とされ弾丸は撃ち出された

           これから先は流れのままに

       ……願わくば

            あの人の魂に救いがもたらされることを……





 報告書を読み終えた美鶴は、その内容に頭を悩ませていた。
 白妙綾乃。彼女が所持していた召喚器は、構造こそは自分達が使っている物と変わらなかったのだが、ただ一箇所。
 黄昏の羽と呼ばれる物が収められているブラックボックスの部分に、それ以外の何かが入っていたことだ。
 二枚の黄昏の羽が結合した【パピヨンハート】と呼ばれる特別な黄昏の羽とは違い、黄昏の羽と何か良く解らない羽のようなものが結合した物だった。
 召喚器から、その謎の物体を取り出して調べれば何かが解ったかも知れないが、ある事情により不可能となった。
 綾乃達が倒れた後、辰巳記念病院に二人を搬送。彼女の所持していた召喚器を回収、美鶴が調査のために使ってみたのだが、ペルソナの召喚が出来なかったのだ。
 その為、下手に解体する事によって使い物にならなくなる可能性を考慮して、構造解析に止めるだけとなった。
 その事だけでも問題なのだが、一番の問題は……

「アレが、桐条で作られた物でない可能性が高い……か」

 報告書の最後に記載されていた事項が一番の問題だった。
 確かに構造はブラックボックスの中身以外はほぼ同じなのだが、そもそもコレが桐条グループ内で作られたという記録がないこと。
 更には材質の年代測定をした結果、有り得ない結果が出てきたのだ。

「推定で少なくとも100年以上前に作られた物だと。一体どういう事なんだ?」

 調べてみた結果、更なる謎が増えるだけに終わってしまった。 
 後は、持ち主である綾乃自身に訊くしかないのだが……
 あれから一週間。ゆかりが二人を見舞いに行っているが、彼女達は未だに意識を取り戻さない。




 気が付くとそこは、青で統一された場所だった。
 確か、ベルベットルームだったか。目の前には老紳士イゴールが、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に座りこちらを見ている。

「再び、お目にかかりましたな」

 気配を感じ隣を見ると、こちらを見ている姉の綾乃と目があった。
 
「あなた方は"力"を覚醒し共鳴したショックで意識を失われたのです」

 イゴールに言われて、二人は意識を失う直前の事を思い出す。

「ほう……覚醒した力はお二人ともに"オルフェウス"ですか。なるほど、興味深い」

 イゴールが興味深げに二人のことを見ている。

「それは"ペルソナ"という力……もう一つのあなた方自身なのです」

 イゴールの言葉に、何かが気にかかったのか綾乃がイゴールに訊ねる。

「ペルソナ?」

「ペルソナとは、あなた方が自身の外側の物事と向き合った時、表に出てくる"人格"……様々な困難に立ち向かうための"仮面の鎧"と言ってもいいでしょう」

「ヨロイ?」

「ペルソナ能力とは"心"を御する力……"心"とは"絆"によって満ちるものです。他者と関わり、絆を育み、あなた方だけの"コミュニティ"を築かれるが宜しい」

 イゴールの説明に悠也と綾乃が顔を見合わす。

「"コミュニティ"の力こそが、"ペルソナ能力"を伸ばしてゆくのです。よくよく、覚えておかれますよう」

 正直なところ二人は、イゴールの説明を全て理解したわけではなかったが、言われた内容を覚えておこうと思った。
 イゴールはそんな二人の様子を見て、言葉を続ける。

「さて……あなた方のいらっしゃる現実では、多少の時間が流れたようです。これ以上のお引き止めは出来ますまい」

 そう言われてみれば、あれから自分達はどうなったのであろうか?

「今度お目にかかれる時には、あなた方は自らここを訪れる事になるでしょう。その時に私の本当の役割についてお教えしましょう。では……その時まで、ごきげんよう」

 意識が徐々に覚醒していく。
 すぐ傍に人の気配を感じる……

「……あ、気が付いた……?」

「……岳羽、さん?」

 目覚めた悠也が最初に見たのは白い天井。
 その後、声のした方に視線を向けると自身を見ているゆかりと目があった。

「……ゆ、かり?」

 ゆかりの反対側から聞き慣れた声が聞こえる。
 そちらの方に視線を向けると、隣のベットに寝ていた綾乃も意識を取り戻しこちらの方を見ている。

「綾乃ッ!? 良かった……二人とも気が付いて。二人とも、気分はどう?」

 二人が意識を取り戻した事に、心底安堵した表情を見せたゆかりが二人に訊ねてくる。

「私の方はちょっと頭が重い気がする……」

「……こっちは身体が固まってる感じだ」

「はぁ……良かった……やっと起きたよ……あ、ここは、辰巳記念病院っていって、駅前からちょっと行ったトコよ」

 二人の言葉にゆかりが答える。

「身体の方は心配ないって。過労みたいなもんらしいけど……10日も眠ったままだったんだよ」

 ゆかりの言葉に、二人は自身の体調が10日も眠っていた事による影響であると気付く。
 そんな二人にゆかりは何かを言いにくそうな様子で二人を見ていたが、意を決して二人に話し掛ける。

「あ、あのさ……ごめんね。あの時は、何にも出来なくて……」

「岳羽さんのせいじゃないよ」

「そうそう。こうして皆、無事だったんだから。そうだ、ゆかり。あの後、一体どうなったの?」

 気落ちするゆかりを悠也が励まし、綾乃が自分達が意識を失ってからのことを訊ねる。
 ゆかりの説明によると、二人が覚醒した力をゆかり達はペルソナと呼び、襲ってきた怪物はシャドウというゆかり達が戦う敵だそうだ。
 ペルソナに関しては夢の中でイゴールに説明されていたので理解できたが、シャドウについてはよく解らなかった。
 シャドウについては後でちゃんと説明すると言っていたので、二人はそれ以上のことは聞かないでおくことにした。

「えっと、さ……いきなりでナンだけどさ……私もね、二人と一緒なんだ……」

 ゆかりの言葉に、二人は不思議そうな表情をゆかりに向ける。
 そんな二人にゆかりは、自身の父親が小さい頃に事故で亡くなった事や、母親とも距離が空いている事を打ち明ける。
 急にどうしたのと問い掛ける綾乃に、ゆかりは二人の身の上を色々聞かされており、自分だけが知っているのが嫌で、いつかは打ち明けなければと思っていたと話す。

「昔……さ、この辺りで大きな爆発事故があったの」

 ゆかりの父親はその事故で亡くなったのだが、詳しい事情は解っていないそうだ。
 父親が勤めていた場所が桐条グループの研究所だったので、それを知るためにココに居るのだという。

「……もっとも、恐くてあの有様だったけどね……私も初めてだったんだ……敵と戦うの。ゴメンね、私が頼りないせいで、こんな……」

「だから、ゆかりのせいじゃないって。ね、ゆかり。こっちに来て」

 綾乃の言葉にゆかりが傍に行くと、綾乃はゆかりの手を取り自身の胸へと押し当てる。

「ほら、こうしてちゃんと鼓動してるでしょ? 私も悠也もちゃんと生きている。だから、ゆかりは何も気にしなくて良いんだよ」

「……もう、綾乃はどうしてこう恥ずかしいことを臆面もなくやってのけるかなぁ。でも……ありがとう」

 綾乃の行動に顔を赤らめたゆかりが、照れながら綾乃にお礼を述べる。

「岳羽さん、この間も云ったけど、慣れておかないとこれから先が待たないよ」

「うん、悠也の言ってることが良く解ったよ」

「二人とも、何気に酷いことを言ってない?」

 ゆかりと悠也の言い分に綾乃が頬を膨らませて抗議する。
 その様子にゆかりは一頻り笑った後、二人が意識を取り戻したことを連絡しに病室を後にした。
 

 ゆかりからの連絡を受け病室へとやって来た医師の診断で、二人とも異常がないので退院しても良いという許可が下りた。
 身支度を調え、二人はゆかりと共に病院を後にする。

「お帰り。病院から連絡は受けていたが、体調の方は大丈夫か?」

 夕方、寮へと戻ってきた三人を出迎えた美鶴が声を掛けてくる。
 美鶴の質問に、まだ本調子でなはないが問題ないと二人は答える。

「綾乃、病み上がりのところ申し訳ないとは思うが、君に訊きたいことがある」

 ラウンジのソファに三人を座らせた美鶴がそう切り出す。
 
「これを君に返しておく。悪いとは思ったのだが、状況が状況でね。勝手に調べさせて貰ったよ」

 そういって、美鶴が取り出しテーブルに綾乃の召喚器を置く。

「訊きたいことはコレのことだ。綾乃、どうして君は召喚器( コレ )を所持していたんだ?」

 美鶴の言葉に綾乃は若干表情を曇らせるが、すぐに表情を戻し、10年前に養護施設で貰った物であることを説明する。
 綾乃の説明に、美鶴は期待していた情報が得られなかったことに落胆はしたが、桐条以外にペルソナやシャドウのことを知るものが居ることを知り得ただけでも良しとする。

「それから、その召喚器だが私には使うことが出来なかった。すまないが今日の影時間で使えるかどうかを確認してもらえないだろうか?」

「影時間?」

「影時間とは、1日と1日の狭間にある"隠された時間"だ。君達は既に体験しているはずだ」

 その言葉に綾乃と悠也は互いの顔を見合わす。

「初めてここへ来た夜のことを覚えているか? 消える街明かり、止まってしまう機械……道に立ち並ぶ、棺のようなオブジェ……」

 言われて二人はその事を思い出した。
 アレが影時間。静寂に包まれた誰もいない世界……

「その辺りのことについては明日、理事長から話があるので説明は省かせて貰うが、影時間でちゃんと使えるかを確かめたい、頼めるか?」

「……解りました」

 影時間は深夜0時を境に訪れる時間なので、その前にラウンジに集合するように美鶴は告げると、理事長に連絡するからとラウンジを後にした。

「何だか雲行きが怪しくなってきたなぁ……」

 美鶴が立ち去った後で、綾乃がソファに座ったまま天井を見上げて呟く。
 その言葉にゆかりの表情が曇るが、天井を見上げたままの綾乃はそれに気付くことがなかった。

「僕もそれに立ち会えばいいのかな?」

「ん? 悠也はいいんじゃない。病み上がりなんだし、ちゃんと休んだ方が良いよ」

 悠也の言葉に綾乃がちゃんと休むように諭す。

「それを言うなら綾乃も病み上がりでしょうが」

「うん。だから、確認したら私も早く休むつもりだよ?」

 呆れ顔で話すゆかりに綾乃が答える。
 さすがに退院したばかりなので、今日は晩ご飯を作らず、宅配サービスのピザを注文して3人で晩ご飯を済ませる事にした。
 食べ終えた後のゴミなどを片付けた後、綾乃に言われ悠也は入浴を済ませて早めに休むことにした。
 悠也の後で入浴を済ませた綾乃は、約束の時間までゆかりの誘いで彼女の部屋へと行き、身体に負担がかからないように注意しつつ、ゆかりとのお喋りを楽しんでいた。
 午前0時になり、ラウンジで美鶴と合流した綾乃はオルフェウスを喚び出す。
 召喚は問題なく行えたので念のため、美鶴は綾乃以外が使えるかどうかを確認するためにゆかりにも試させてみる。
 その結果、ゆかりにも使うことが出来ず、美鶴は綾乃のみが使えるのだろうと結論づけた。
 確認作業を終えた綾乃は、休むために自室へと戻る。




――翌日。

 理事長から話があるので放課後、寮の4階まで来て欲しいと美鶴から連絡を受けた悠也達は、久しぶりに学校へと登校する。
 通学途中、風花を見つけた綾乃は悠也と別れてゆかりと共に風花の方へと移動する。
 綾乃と別行動となった悠也は先に学園へと移動する。

「よっ、悠也!」

 校門前で、後ろから声を掛けられた悠也は振り返り声の主を見る。

「久々じゃん。どした? ハラでも壊してたか?」

「順平か……こっちに来るときの慌ただしさの疲れが出たみたいだ」

 声の主は転校初日に悠也に声を掛けてきた伊織順平( いおりじゅんぺい )だ。
 上着の下に着ているブラウスは指定のモノではなくサテン織りの青いドレスシャツで、さりげなくおしゃれに気を使っている。

「そっか、無理すんなよ? そうそう、聞いてくれよー」

「どうした?」

「実はな……あーっと! 言っちゃダメなんだった! 今の無しな、無し。ナハハハハ」

 嬉しそうに話す順平に訝しげな視線を向ける悠也だが、すぐにどうでも良いか思い、そのまま順平とたわいない話をしつつ教室へと向かった。
 久しぶりの学校での授業も問題なく終わり、放課後、美鶴に言われていたので悠也は真っ直ぐ寮へと戻った。
 巌戸台駅で綾乃と合流した悠也は、綾乃の表情が曇っていることに気付いた。

「姉さん、何か心配事?」

「あ……今朝ね、風花、私のクラスメイトなんだけど、何だか様子がおかしくて……訊ねてみても『大丈夫』って言うだけで、それがちょっと気になってね」

 ゆかりも気にしていたことを告げる綾乃と話ながら悠也は寮へと戻る。
 寮に戻り夕食を取った後、4階へと上がる悠也達。4階に上がると先に来ていたゆかりが二人を待っていて、ゆかりの案内で4階の一室へと入る。
 部屋の中には美鶴と理事長、そして見知らぬ男子生徒がソファに座っていた。おそらく、彼が話しに聞いているもう一人の寮生、真田明彦( さなだあきひこ )だろう。
 テーブルの上には、銀色のトランクが置かれている。

「やあ、来たね。身体の方は、大丈夫そうで何よりだ」

 三人が室内に入ってきたのを確認した幾月が話し掛けてくる。

「退院早々ここへ呼んだのは桐条君に多少は聞いていると思うが、君達に話さなきゃいけない事があってね。まぁ、かけて」

 幾月の言葉に綾乃がゆかりと共に美鶴の座る長椅子へと座り、悠也が見知らぬ男子生徒の座るソファの二つ隣に置いてあるソファに座る。

「あぁ、そうそう。名前だけは聞いていると思うけれど、彼が真田君だ」

「真田明彦だ、よろしくな」

 幾月の紹介に明彦が悠也達に挨拶する。

「桐条君に名前だけは聞いていると思うけれど"影時間"は毎晩必ず"深夜0時"にやってくるんだ。今夜も。そして、この先もね」

「普通の奴は感じられないってだけだ。みんな棺桶に入ってお休みだからな」

 先日、美鶴が話していた"影時間"について幾月が説明し、明彦が補足する。

「けど、影時間の一番面白いところは、見た目なんかじゃない」

 明彦が面白いと言ったところで、綾乃の表情が一瞬だけ変化する。
 綾乃の隣りに座っているゆかり達はその変化に気付いておらず、悠也だけが気付いた。

(まずいな……)

 姉の表情の変化はあまり良くない事の兆候だ。逆鱗に触れて爆発しなければいいのだが……
 そんな悠也の心配を他所に明彦は話を続ける。
 明彦の説明によると、影時間にだけ現れる怪物はシャドウといい、生身で居る者を襲うのだという。

「だから、俺達でシャドウを倒す。どうだ……面白いと思わないか?」

「明彦! どうしてお前はいつも……痛い目を見たばかりだろ」

 明彦のさらなる面白いの発言に、綾乃が何かを言いかける前に美鶴が明彦に抗議する。
 美鶴の言葉に明彦は不機嫌そうになるも、幾月が二人を宥める。
 そして、二人を窘めた幾月が悠也達へと視線を向けると話の続きを進めた。

「結論を言おう。我々は"特別課外活動部"。表向きは部活って事になってるけど、実際はシャドウを倒す為の選ばれた集団なんだ」

 その言葉に悠也は先日、綾乃の『雲行きが怪しくなってきた』という言葉を実感していた。

「部長は、桐条美鶴君。僕は、顧問をしてる」

「シャドウは"精神"を喰らう。襲われれば、たちまち"生きた屍"だ。このところ騒がれている事件も、殆どがヤツらの仕業だろう」

 美鶴の言葉に悠也は警察に頼めないのかと訊こうと思ったが、影時間の特性を思い出し、質問をする事を控えた。

「実は、ごく稀にだけど、影時間に自然に適応できる人間が居てね。そういう人間はシャドウと戦える"力"を覚醒できる可能性がある」

 その力がペルソナという事らしい。
 幾月の説明は続く。

「シャドウはペルソナ使いにしか倒せない。つまりヤツらと戦えるのは、君達だけなんだ」

「そうなんですか……」

「飲み込みが早くて助かるよ」

 何を求められるのかが解った綾乃は溜息をつくと幾月の言葉に答える。
 美鶴がソファから立ち上がり、テーブルに置かれているトランクを開ける。
 中には見覚えのある召喚器が収められている。

「要するに、君達に仲間になって欲しいんだ。彼専用の召喚器も用意してある。君達の力を貸して欲しい」

 その言葉に、悠也は困惑した表情で綾乃に視線を向ける。

「一つ、条件があります」

 悠也の視線を受けた綾乃は、少しだけ瞼を閉じると美鶴の方へと視線を向け、そう切り出した。

「何かな?」

 綾乃の言葉に幾月が問い掛ける。

「奨学金制度ですが、成績以外に出席率など複数の条件があるのを、成績のみで奨学金を受けられるようにしてもらえますか?」

「成績のみで?」

 予想外の要求に、幾月は疑問の表情を浮かべて綾乃に確認を取る。

「定期試験でトップの順位を取り続ければ、問題はありませんよね?」

 そんな幾月に、綾乃は言葉を続ける。

「そうだね、学年トップを維持できるのならば、成績に関しては問題は無いだろうね。でも、そう簡単にはいかないと思うよ?」

「全教科100点を取れば問題はないと思いますけれど?」

 幾月の試すような言葉に、綾乃が何でもないように答える。
 その言葉に幾月は一頻り笑うと、綾乃の条件を飲む事に決めた。

「解った、その条件を飲もうじゃないか。桐条君、構わないよね?」

 幾月の確認に美鶴が頷く。

「後、私がトップを取る代わりに、悠也の方の条件は奨学金制度に必要な成績内で、同じく成績のみで奨学金制度を受けられるようにしてください」

「あぁ、解った。ただし、君がトップを取れなかったときは、この話は無しなるけど構わないんだね?」

「えぇ、それで構いません」

「解った、それじゃそれで手続きを取れるようにしておこう」

 幾月の言葉に綾乃は頷くと、幾月に説明する事が他に無いのか確認を取る。

「ああ、そうそう。君達の寮の割り当てだけどね。このまま今の部屋に住んで貰う事にしよう」

 偶然のびのびになっていたが、ケガの功名だと笑う幾月に綾乃が覚めた視線を向ける。

「偶然のびのびって、あれは……調子いいというか」

 幾月の言葉にゆかりが呆れ顔で呟く。

「それじゃ、説明は以上だ。退院したばかりだし、二人とも今日はゆっくり休んでくれたまえ」

 その言葉に悠也は綾乃とゆかりと共に部屋をでる。

「あ、そうだ」

 部屋の扉の前で、一番最後に退室しようとした綾乃が思い出したかのように振り返り、美鶴達へ視線を向ける。

「次からは、選択肢の無い頼み事は止めてくださいね?」

 そういって、綾乃は部屋から出て行った。
 綾乃達が退室した後、室内に残っていた幾月が美鶴へと視線を向ける。

「どうやら、彼女には全部お見通しだったようだね」

「それもありますが、私は彼女の事を怖いと感じましたよ」

「どういう事だ?」

 幾月の言葉に答えた美鶴に明彦が問い掛ける。

「彼女達は元々、奨学金制度を目当てに月光館学園に転学してきているからな。自分達の命の対価に、それくらいは要求しても問題はないだろうと言ってきたんだよ」

 そう。綾乃は短いやり取りで、自分達に断る事が出来ないと判断して、それならば少しでも自分達に有利になるように仕向けてきたのだ。
 断るとこの場所に居られなくなる可能性があるが、条件を出す事によって自分達の要求も断れないようにしたのだ。
 彼女の条件を断れば、彼女はこちらの要求を断る事が出来る上、学園に残る事が出来る。

「とはいえ、向こうの条件は学年トップを維持する事だろう? 俺にはただの意趣返しにしか見えないがな」

 美鶴の言葉に明彦は否定的だ。

「いや、あながちそうとも言えないだろうね」

 何かに思い至った幾月がそう話す。

「どういう事です、理事長?」

 美鶴の言葉に幾月は書類ケースからファイルを取り出し、美鶴に渡す。

「それは、彼女の転入試験の答案結果だ」

 手渡されたファイルに美鶴が目を通す。
 ファイルに記載されている点数はバラバラで、良い点数のもあれば合格ラインぎりぎりのモノまである。

「なんだ、大層な事を言ってはいるが、こんなので学年トップが取れるのか?」

 美鶴の後ろからファイルを見た明彦がそう、感想を述べる。
 その言葉に美鶴も疑問を持ったが、それならは先ほどの綾乃の自信が解らない。

「各科目の点数だけ見ればそう思うだろうけど。桐条君、その結果の平均点数を出してもらえるかい?」

 幾月の言葉に美鶴が点数の平均を暗算で計算する。

「75点……?」

「ウチの転入試験での平均点数のボーダーラインは70~80点。コレは何を意味しているんだろうね?」

 幾月の言葉に美鶴は慌てて答案結果を改めて見直す。
 確かに平均点数はそうだが必須科目は80点以上を取らないと、平均点数が条件を満たしていても不合格になる。
 それに対して、必須科目でないモノは最低点数さえ取れていれば合格となるのだ。
 改めて見直した結果、綾乃の答案は必須科目は全て80点を越えており、そうでない科目の結果は最低ラインでとどめてあった。

「ッ!? これは……」

 その結果に美鶴は驚きを隠せない。
 このことが示している事実はつまり……

「彼女は意図的にこの結果を出した?」

「まさか、偶然だろ?」

「明彦、全部の答案結果が75点で平均が75点と、計算した結果が75点。どちらが意図的に見える?」

「そりゃ、全部が75点に……まさか!?」

「おそらく、彼女は意図的に偶然を装ったんだろうね。転入試験での結果も優秀となると掲示されるからね」

 二人のやり取りを聞いていた幾月が、眼鏡の位置を直しながらそう話す。
 確かに、点数結果を意図的にコントロール出来るのならば、全教科で100点を取るというのも頷ける。

「どうだい、桐条君。彼女とは上手くやっていけそうかい?」

「これが事実でしたら、厳しいかも知れませんね。彼女は既に私達に対して不信感を抱いている」

 そのつもりは無かったが、彼女達に対して話していない事情もある。
 その結果が自身に抱かれた不信感ならば今後の行動によって、彼女からの信頼を得なければならない。
 美鶴はその事に、我知らず高揚感を覚えて微かな笑みを浮かべていた。




「綾乃、あんたって子は怖いモノ知らずというか……よくあんな条件を理事長達に突きつけたわね」

 美鶴達と別れ、3階の踊り場に移動してきたゆかりがそういって綾乃に話し掛ける。
 さっきのやり取りは、傍で聞いていた自分の方が緊張したくらいだ。

「そう? まぁ、さっきのは半分くらい意趣返しも兼ねてたけど、自分の命の対価にアレくらいは要求したって罰は当たらないよ」

「命の対価って……?」

 綾乃の言葉にゆかりが訝しげに聞き返す。

「ゆかりは目的があってここに居るけれど、私と悠也は付き合う義務はないもの」

 そういってから、綾乃はゆかりに説明をする。
 今回の話は断ると学園から追い出される可能性があったので、そもそも断ることが出来ない。
 しかも、シャドウとの戦いの期限など何一つ明言されていないのだ。
 遊びでない以上、自身の命が危険に晒されるのはこの間の一件で明白だ。
 それならば、多少の見返りを求めるくらいの権利はあっても良いはずだ。

「あんた、よくそれだけのことをあの短いやり取りの間に考えてたわね……」

 綾乃の話を聞き終えたゆかりが呆れ顔でそう話す。
 確かに綾乃の云うとおり、シャドウ達との戦いがいつまで続くのか解らないし、命の危険もある。
 自分は真相を知りたいという目的があるが、綾乃達は元々こんな事に付き合う必要は無いのだ。

「まぁ、ゆかりのことが心配だから結局は引き受けてただろうけど、流石に向こうの良いなりになるのは癪じゃない?」

 そういって、綾乃はゆかりに悪戯っぽい笑みを向ける。
 その言葉にゆかりは、彼女が自身の事を考えていてくれたことを知る。

「綾乃……ありがとう」

「うん、そんな訳でこれからもよろしくね、ゆかり」

 頭の中に、不思議な声が響く。

――汝、"恋愛"のペルソナを生み出せし時

――我ら、更なる力の祝福を与えん……

 イゴールが話していたコミュニティとはこれのことだろうか?
 見ると、悠也も僅かに驚きを含んだ表情に変化している。
 
「どうかしたの?」

「ううん、ちょっと身体がまだ本調子じゃないから、ちょっと疲れただけ」

「あ、そうだよね。悠也も今日は早く休んだ方が良いよ?」

「そうだね、そうするよ。それじゃ、姉さん、岳羽さん。おやすみ」

「うん、おやすみ悠也」

「おやすみなさい」

 怪訝な表情で訊ねてきたゆかりにそういって綾乃は、早めに休むために自室へと戻る。
 悠也も綾乃達に挨拶をして自室へと戻るために階段を下りていく。

――その日の深夜。

「やぁ、元気かい?」

 何かの気配を感じた悠也がそちらに意識を向けると、そこには初めて寮に来たときに出会った少年が立っていた。
 すぐ傍に少年とは違う気配を感じ、そちらの方を見ると何故か綾乃がそこにいた。
 綾乃自身も、すぐ傍に悠也が居ることに驚きの表情を見せている。

「フフ……もうすぐ……【終わり】が来る」

 そんな二人を他所に、少年は話し続ける。

「何となく思い出したんだ。だから、君達に伝えなきゃと思って」

「……ありがとう」

 少年の言葉に、反射的に綾乃が礼を述べる。

「……あははっ。お礼を言われちゃったな。どういたしまして……って言うんだよね?」

 綾乃の言葉に、少年は楽しそうに笑う。

「……【終わり】の事は、実は僕にもハッキリ分かんないんだけどね。それより、とうとう【力】を手に入れたようだね」

 ペルソナの事だろうか?
 少年は興味深そうな視線を二人に向け、噛み締めるように言葉を続ける。

「それもちょっと変わった【力】だ。何にでも変われるけど、何にも属さない……君達のあり方次第で、それはやがて【切り札】にもなる力だ」

 少年の意味ありげな言葉に、悠也と綾乃は顔を見合わせる。
 その様子に笑みを浮かべていた少年は、不意に表情を変えると忠告めいた言葉を二人に投げかけた。

「初めて会った時のこと、覚えてる? 交わした約束はちゃんと果たしても貰うよ。僕はいつでも君達を見ている、君達が僕のことを忘れていてもね」

 それじゃ、また会おうという言葉を残し、少年は闇の中へと消えていった。
 気が付くと、傍に感じていた綾乃の気配も消えていた。
 悠也は今起こった出来事が夢か現実か確信が持てないまま、疲れに身を任せ眠りについた。




 翌日。
 退院したばかりの時より身体の調子が良くなった悠也は、久しぶりに朝食を綾乃と一緒に作ることにした。
 献立は手軽にトーストと紅茶で、トーストに付けるジャム等を複数用意して各自が好みの物を付けられるようにしている。
 朝食を終え、いつものように食器を片付けてから登校した悠也達はそれぞれのクラスへと向かう。
 普段と変わらない授業風景の中、普段あまり授業を真面目に聞く方ではない順平が、それに輪を掛けて心ここに在らずといった様子で妙にソワソワしている。
 結局、放課後になるまで順平は終始落ち着かない様子で、悠也が訊ねてみても慌てた様子で何でもないと必至に誤魔化そうとしていた。
 悠也自身、順平が話したくないのなら無理に聞こうとは思わなかったので、それ以降は順平から聞こうとはしなかった。

「悠也、スマン。オレっち、今日は用事があるから先に帰るわ」

 そういって、足早に教室を出た順平と入れ違いに美鶴が教室に入ってきた。
 美鶴は悠也とゆかりを見つけると、真っ直ぐ二人の元へと向かってくる。

「ちょっといいか? 今日、帰ったらラウンジに集合してくれ。全員に伝えることがある。詳しい説明はその時にな。じゃあ、伝えたぞ」

 二人に伝えることだけを伝えた美鶴は、きびすを返して教室を後にした。
 その様子に呆気にとられた悠也にゆかりが話し掛ける。

「私達と違って忙しいんでしょ? 生徒会とか、そういうのでさ。隣のクラスの綾乃から先に連絡したか、今から連絡にいくのか解らないけど」

 美鶴からの指示もあり、悠也はゆかりと共に早めに下校することにした。
 綾乃は、クラスメイトの風花と少し寄り道をしてから帰ると先ほどメールが届いていた。
 

 寮に戻ると、ラウンジで美鶴が悠也達の帰りを待っていた。

「おかえり。綾乃は一緒じゃなかったのか?」

「あ、少し遅れるって連絡がありました」

 美鶴の言葉にゆかりが答えた矢先に寮の扉が開かれ、綾乃が戻ってきた。

「ただいま帰りました」

 綾乃が帰ってきたことを確認した美鶴は、全員を4階の作戦室へと連れて行く。
 作戦室に入ると、幾月がソファに座って皆のことを待っていたようで、美鶴に労いの言葉を掛けていた。

「真田先輩はどうしたんです?」

「あぁ、明彦はもう間もなく戻ってくるはずだ」

「すまん、遅くなった」

 美鶴がゆかりとそんなやり取りをしているところに明彦が室内に入ってきた。

「お前達に紹介したい奴が居てな……おい、まだか?」

 そういって明彦は後ろを振り返り扉の外へと声を掛ける。
 その様子にゆかりが呆気にとられていると、扉の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ちっと待って、重っ……」

 扉を開けて、大きなスーツケースを押して室内に入ってきたのは順平だった。

「テへへへ。どうもッス」

「えっ、順平!? ……なんでアンタがここに!?」

 予想外の人物にゆかりが驚きの声を上げる。
 悠也も見た目は解らないが、順平の登場に僅かばかり驚いているようだ。

「ゆかり、誰?」

 順平と面識が無い綾乃がゆかりに訊ねると、ゆかりから彼が伊織順平という名のクラスメイトだと教えてくれた。
 そんな二人のやり取りを他所に明彦は説明を続ける。

「岳羽と悠也は同じクラスだから改めて説明するまでもないな。こいつも今日からここに住む」

「今日から住むって……うそっ!? 何かの間違いでしょ!?」

 信じられないといった表情で驚きの声を上げるゆかりに、明彦はこの間の晩に偶然見かけ、目覚めてまだ間もないが間違いなく【適性】があること。
 事情はだいたい話しており、自分達に力を貸すと言ってきたそうだ。

「……【適性】があるって、それホントなの!?」

「オレ、夜中に棺桶だらけのコンビニでマジでベソかいてたらしくてさ。つか、正直あんま覚えてないんだけど、見られてたみたいで……ハッズカシー!」

 ゆかりの確認に、順平は緊張感の欠片もない様子で説明する。

「でもまー、なんつーか、最初のうちは仕方ないんだってさ。記憶の混乱とかアリガチらしいんだよね。キミ達、そういうの知ってた?」

「悠也、そうだったっけ?」

「いや……平気だったよ」

「まーた、強がっちゃって。ま、これペルソナ使いの常識だから」

 記憶の混乱などの覚えのない綾乃が悠也に確認を取るが、二人ともそんな事実はない。
 だが、順平からは二人が強がりを言っているのだと思われたようだ。

「……けどさ、正直言うと驚いたぜ? お前らもそうだって聞かされた時はさ。……でも、知ってる顔が居て良かったよ。一人じゃ、不安だったしな」

 さり気なく本心を述べた順平は、悠也達を改めて見渡すと気を取り直して言葉を続ける。

「ま、お前らもオレっちが仲間んなって、ホントんとこ、嬉しいだろ?」

「え? ま、まあね……」

 順平の言葉に、ゆかりが曖昧に答える。

「そういうワケだ、よろしく頼んだぞ」

 順平達のやり取りを見ていた明彦がそう話し掛けてくる。
 ほんの一瞬、綾乃の明彦を見る視線に冷たいモノが混じる。
 それに気付いたのは悠也だけだったが、今ここで指摘する気にもなれない。
 綾乃の視線の意味が解るだけに、悠也自身も同意なのだから……

「よし……だいたい戦力も整ってきたな。これで、始められそうだ」

「皆、ちょっと聞いて欲しい」

 明彦の言葉を引き継いで幾月が話し出す。
 幾月は皆にソファに座るように勧めると、全員がソファに座ったのを確認してから続きを話し出した。

「我々の擁するペルソナ使いは、長い間、桐条君と真田君の二人だけだった。けど、最近とんとん拍子に仲間が増えて、今や六人にまで増えてる」

 そう話し幾月は、一呼吸を開けて話を続ける。

「……そこでだ。今夜0時から、いよいよ"タルタロス"の探索を始めようと思う」

 その言葉に順平が訝しげに聞き返すと幾月がタルタロスに付いての説明を始める。
 説明によると、タルタロスは影時間のなか【だけ】に現れるという。

「シャドウと同じって事さ……どうだ、面白いだろ? それに、俺達のスキルアップにもうってつけの場所だ」

 楽しそうに話す明彦を見る綾乃の視線がさらに冷たいモノになる。
 そんな綾乃の視線に気付かない明彦の説明によると、影時間の謎を解く鍵があるかも知れないタルタロスはシャドウの巣となっている。
 そして、探索を行うにはシャドウ達との実戦を繰り返すことになり、自身の力が鍛えられるので一石二鳥ということらしい。
 もっとも、明彦はケガが治っていないため同行はしても、探索の許可は出さないと美鶴が釘を刺す。
 その言葉に、自身の身体のことを理解している明彦は不満はあるが、依存はないそうだ。

「先輩の分は、オレがバッチリ、カバーしますって!」

 そんなやり取りをしているところに順平がアピールし、ゆかりは不安だと呟く。
 綾乃も順平の言葉に表情が僅かに曇るが、すぐに元の表情に戻し説明の続きを聞く。

「理事長はどうされますか?」

「僕はここに残るよ。……どうせホラ、ペルソナ出せないしさ……」

 美鶴の確認に幾月が気落ちした様子で答える。




――月光学園、正門前

 午前0時前の正門前にやって来た一同。

「は……? ここ……?」

 学校前に連れてこられた順平が、明彦達に説明を求める。
 その言葉に明彦は見てれば解ると順平に話して自身の携帯電話の時間を確認する。
 時計の針が午前0時を周り、影時間が訪れる。
 それと同時に、月光館学園がその姿を歪に変化させる。
 乱雑に天へと向かい伸びていく建物。
 拗くれ不規則に伸びていくその様は、植物の成長にも似ている。
 頂上はこの場からは見極められないほど高く聳え立ち、正門の向こうには巨大な扉が待ちかまえていた。

「これが"タルタロス"……影時間の中だけに現れる"迷宮"だ」

 美鶴の言葉に、呆然とした順平が我に返り美鶴に問い詰める。

「メーキューって……こんなデカい塔が、丸ごとシャドウの"巣"って……てかオカシイっしょ!? なんだってウチの学校んトコだけ、こんな……」

「……」

「先輩達にも……分からないんスか?」

「……ああ」

 順平の言葉に美鶴が沈黙で答える。
 その様子に悠也は違和感を覚える。見ると、綾乃も同じらしく訝しげな視線を美鶴へと向けていた。

「きっと色々あるんでしょ……事情が」

「分からなきゃ、調べればいい。ここを本格的に探索するのは、俺や美鶴にとっても今夜が初めてだ。ワクワクするだろう?」

 ゆかりの言葉に明彦がそう話すが美鶴に探索は禁止だともう一度、釘を刺される結果となる。
 このまま外にいても仕方がないので一同はタルタロスの中へと移動する。
 扉を抜けると、巨大なエントランスホールとなっており、ホール中央には巨大な階段があり、階段の一番上に入り口らしき扉がある。

「おお……中もスゲェな……」

「でも、やっぱ気味悪い……」

 タルタロス内部を見た順平とゆかりがそれぞれ感想を述べる。

「ここはまだ"エントランス"だ。迷宮は、階段の上の入り口を抜けてからさ」

「まずは慣れてもらう。今日の探索は、お前たち四人で行け」

 美鶴が説明し、明彦が指示を出す。
 その言葉にゆかりが驚きの声を上げる。
 美鶴の説明によると、悠也達に深入りさせるつもりはなく、エントランスから必要な情報を通信でナビゲートするそうだ。

「それとな、現場でのチーム行動を仕切る"リーダー"を決めておこうと思う」

「リーダー? それ、つまり探検隊の隊長!? ハイ、ハイハイッ! オレオレッ!!」

 明彦の言葉に順平が立候補するが、明彦はその様子に苦笑を浮かべると悠也の方に視線を向けた。

「悠也、お前がやれ」

「なんでっスか!? こいつ、隊長っぽくないっしょ?」

「あのね、彼……彼女もだけど、もう実戦経験者なの」

 明彦の言葉に順平が食って掛かるが、ゆかりの説明に唖然とする。

「えっ……マジ?」

「確かにそれもあるが、選んだ理由はもっと簡単だ。順平、それに岳羽もだが……」

 そういって明彦はホルスターから召喚器を引き抜くと、自身の眉間へと銃口を押し当てる。

「ペルソナの召喚、二人のようにちゃんと出来るか?」

「も、もちろんッス! バッチリ、決めますって!」

「私も、大丈夫です」

 明彦の言葉に順平は慌てて答え、ゆかりはこの間の一件の事もあり、真剣な表情で答える。

「相手はシャドウだ、出来なきゃ話にならないぞ」

「はい、分かってます」

 明彦の確認にゆかりはハッキリと答える。
 もう二度と、あの時のように自分のせいで二人を危険な目には遭わせられない。

「悠也、出来るか?」

「正直いうと、姉さんの方が適任ですよ?」

 悠也の言葉に、皆の視線が綾乃に集まる。

「そうなのか? 俺としてはお前にやってもらいたいんだが……」

「皆の安全を優先するなら、姉さんに任せるべきです」

 渋る明彦に悠也がキッパリと言い切る。

「……解った。頼めるか?」

 悠也の意思が変わりそうもないので、明彦は綾乃へ確認を取る。
 綾乃は、一瞬だけ悠也に恨めしそうな視線を向けるが、すぐに視線を戻し役目を引き受けることにした。
 階段を上がり、入り口の前へ到着する。

「準備は良いか?」

「大丈夫です」

 美鶴の確認に綾乃は答え、タルタロス内部へと探索を開始した。
 タルタロス内部は緑を基調とした色合いで、どことなく学校の廊下を思わせる造りになっていた。

「いよいよ、こっから本番か……」

「なんか、すぐ迷いそう……」

 タルタロス内部の様子に順平が緊張した面持ちで周りに気を配り、ゆかりが目印になりそうなモノがないため、不安を零す。

『四人とも、聴こえるか』

「おっ、先輩!?」

 美鶴からの通信に順平が驚いた声を上げる。

『ここからは、私が声でバックアップする。覚えておいてくれ』

「えっ……中の様子が分かるんスか?」

『私のペルソナの特性でな。実は、このタルタロスは、中の構造が日によって変わってしまう』

 その言葉に、悠也と綾乃が一瞬、互いの視線を合わせる。

『私もそちらに加わりたいところだが、外からのサポートが欠かせないんだ』

「うわっ、ますます迷いそう……」

 美鶴の説明に、ゆかりが表情がますます不安げになる。

『ところで、いま君らのいる場所は、既に、いつ敵が出てきてもおかしくない。敵のレベルは低いはずだが、注意して進めよ。習うより慣れろだ』

「うっす!」

 美鶴のありがたくもない激励に順平が元気よく返事をする。

「了解です」

 ゆかりは何か思うところがあるのか、返す返事に影が落ちる。

「ったく……なんか勝手だなぁ……」

「そうだね。ゆかり、気をつけて進もうね」

 美鶴からの通信を終えて、ゆかりが溜息をつきながら愚痴を零す。
 その言葉に綾乃はゆかりを励ますと、周りに注意を向けて慎重に進み出す。

『では、行動開始だ! 今日はここ2Fで実戦を行う。フロアをうろつく敵シャドウを片付けてくれ』

 美鶴の指示に従い、フロアを探索する綾乃達。探索中、美鶴から幾度となくレクチャーが入る。
 例えば、フロアには次のフロアに進むための階段があり、上の階には階段を使い移動すること。

『気をつけろ! 前方にシャドウ反応だ! 向こうから攻撃を受ける前に素早く接近して攻撃を仕掛けろ!』

 美鶴の通信に、前方を見ると確かにシャドウが蠢いているのが見える。
 丁度、シャドウはこちらとは反対側を向いて移動しているようで、こちらの存在にはまだ気付いていないようだ。
 綾乃は悠也とと目配せすると、足音を殺して背後から近づき、シャドウへと向かい不意打ちを仕掛けた。

『君の力については岳羽から聞いているが、戦闘経験が浅い事には違い無い。基本的な戦い方について、説明を聞いておくか?』

 美鶴の説明によると、シャドウ討伐における主な攻撃手段は装備した武器による攻撃かペルソナ能力による攻撃の二通りだそうだ。
 説明を受けた綾乃と悠也がそれぞれオルフェウスを喚び出し、シャドウを撃破する。

「オレだってやれるんだ、ペルソナッ!!」

 続いて順平がホルスターから召喚器を引き抜くと、こめかみへと銃口を当てて引き金を引く。
 銃声と共に順平の背後に黒い異形が現れ、軽く上空に浮かび上がると、黒い異形は跳び蹴りの要領でブーツから伸びた金色の翼をシャドウに当てて切り裂く。

「私だって!」

 ゆかりもホルスターから召喚器を引き抜くと、両手でしっかりとグリップを握りしめ眉間へと銃口を押し当てる。
 銃声と共に現れる、牛の頭部に座る拘束された少女の異形。
 少女の異形から放たれる疾風系攻撃スキル【ガル】による真空の刃が、残る最後のシャドウへと襲いかかり切り刻む。

『よくやった、完勝だな』

 シャドウを撃破した綾乃達に美鶴からの通信が入る。
 その後も、フロアを探索しながらシャドウを探す綾乃達。
 探索の途中、不思議な事にアタッシュケースが所々に置いてあり、中には傷薬などの道具が収められていた。
 理由は解らないが、どう考えても所有者がいるとは思えない。回収して有効活用する事にした。
 
『前方にシャドウ反応。先制攻撃を受けないように注意しろ』

 シャドウを発見した美鶴の通信を受け、慎重に近づき先制攻撃を仕掛ける。
 戦闘中、美鶴から新たなレクチャーが入る。攻撃には属性があり、多くの敵には耐性の低い属性いわゆる弱点があるそうだ。
 美鶴のペルソナ能力には、それらを調べることが出来るアナライズと呼ばれるモノがあり、調べた結果は全員に伝えられる。

『よし、体勢を崩した。追い打ちのチャンスだ!』

 美鶴のアナライズにより判明した、シャドウの弱点であるオルフェウスの火炎系攻撃スキル【アギ】による攻撃が、シャドウの体勢を崩す。
 体勢を崩す事によって更なる攻撃の機会が訪れ、悠也が次々とアギで相手シャドウの体勢を崩していく。

『全ての敵の体勢が崩れた、総攻撃のチャンスだっ!』

 美鶴の指示により、体勢が崩れて行動できないシャドウに全員で攻撃を仕掛ける。
 個別の攻撃とは違って、複数回の攻撃が可能な総攻撃によって相手シャドウは一掃される。
 戦闘終了時、綾乃の心の中に何かが芽生える。
 脳裏に浮かぶ数枚のカード。綾乃はその内の一枚を引き抜いた。

――我は汝……汝は我……

 脳裏に聞こえる声。

――我は汝の心の海より出でしもの

 浮かぶ姿は青い肌をした年若い女性だ。

――雲海の間を行きしアプサラス也……

 綾乃の心の中に新たなペルソナが宿る。
 オルフェウスとは違い、アプサラスは氷結系のスキルが使えるようだ。
 これにより、火炎系と氷結系の二つの属性を使い分ける事ができ、戦い方にも幅が持たせられそうだ。
 美鶴のレクチャーや指示により、初めのうちはペルソナの召喚や戦闘に不慣れだった順平とゆかりも徐々に慣れ、気が付けば2Fの敵は一掃されていた。
 本来シャドウは無尽蔵に現れるらしいのだが、今日の所はもう現れないようなので、フロアにある脱出装置を使いエントランスに戻るように指示をされた。




 脱出装置を起動させ、綾乃達はタルタロス内部から脱出する。
 エレベーターとはまた違った浮遊感を感じると、視界を眩い光が覆い隠す。

「よし、全員戻ったな」

 光が消え、エントランスに戻ってきた綾乃達を美鶴が出迎える。

「初めてのタルタロスはどうだった?」

「すげぇ……自分の【力】っての、初めて実感したぜ! でも、なんでだ? なんか、ミョーに身体がシンドいんスけど……」

「単なるハシャギ過ぎじゃないの?」

 美鶴の質問に、順平が興奮を隠さずに感想を述べ、ゆかりが呆れ顔で返す。

「んな事言って……ゆかりッチだって、もろバテ気味じゃんか」

「バテるってか、なんか、息苦しいような……なにコレ……」

「それは"影時間"のせいだ。平時よりずっと早く体力を消耗するからな。心配ない、じき慣れる」

 ゆかりの言葉に順平が指摘し、ゆかりが疑問を述べると美鶴が原因を教えてくれる。

「君達の方はまだ余裕がありそうだな。これは、想像していたよりも、行けそうじゃないか」

 美鶴の言うとおり、悠也は若干の疲労があるようだがまだ余裕があり、綾乃にいたっては疲れてすら居ないようだ。

「お前ら、どんな体力してんだよ……」

 そんな二人に、順平が困惑した表情で話し掛ける。
 美鶴は視線を明彦へと向けると、微笑を浮かべて話し掛ける。

「明彦も、うかうかしてられないな」

「フン、ぬかせ」

 美鶴の言葉に明彦が微かな怒気を含ませて言葉を返す。
 どうやら、ケガが原因で探索に参加できないことへの不満が強いらしい。
 順平達の疲れもピークのようなので、今日の所は引き上げることになった。
 先にタルタロスを出ていく順平達。
 美鶴はバックアップ用の機材を搭載したバイクがあるので、タルタロスを出るのが一番最後になる。
 綾乃は悠也に先に出るようにいうと、美鶴へと近づく。

「桐条先輩、寮に戻ったら少し、話したいことがあるのですが良いですか?」

「明日は朝早くに生徒会の役員発表の準備で出ないといけないのだが、今度ではダメなのか?」

「えぇ、出来ればすぐにでも、タルタロスについての事です」

「……ッ!? 解った。寮に戻ったら私の部屋まで来てくれ」

 真剣な表情で話してくる綾乃に、美鶴は同意し寮へと戻る。
 寮へと戻り、皆が自室へと引き上げた後、綾乃は美鶴の部屋へと出向いていた。
 美鶴の部屋は何部屋かを繋げた広い部屋で、自室には浴室まで備え付けられている。
 あまりの豪華さに一瞬、綾乃は呆然としたが美鶴に勧められて室内にあるソファに座る。

「それで、タルタロスについてと言うことだが、何か気が付いた事でもあったのか?」

「気付いたというか、不自然な点が」

 美鶴に尋ねられた綾乃が、表情を変えると美鶴へと話し掛ける。

「今回、タルタロス探索にあたり、真田先輩は自分達も初めてだと言ってましたが、何故、タルタロスの内部構造が日によって変わることを知っていたのですか?」

 綾乃の質問に美鶴の表情が強ばる。

「理事長が以前、言ってましたよね。シャドウはペルソナ使いにしか倒せないって。先輩達も探索は初めてなのに、何故シャドウが無尽蔵に出現する事とかを知っていたのですか?」

「……それは、調査報告を受けていたからだ」

 綾乃の言葉に美鶴が動揺を隠せず答える。

「つまり、まだ私達に話していないことがあるって事ですよね?」

 美鶴を見る綾乃の視線が冷たくなる。

「それは……」

「先輩は疑問を感じなかったのですか? 無尽蔵に出現するシャドウをかい潜り、ペルソナ使いでも無い人達が調査を出来た事に」

 綾乃の言葉に美鶴は言葉が返せない……それは、言われたとおり、まだ話していない事があるからだ。

「……召喚器って何の為に作られたんでしょうね?」

 突然、綾乃はそんな事を話し出す。

「ペルソナを安定して召喚するための道具だ」

「安定して召喚する。つまり、不安定な状態でペルソナが召喚された事があるって事ですよね?」

「……ッ!?」

 綾乃の言葉に含まれる意図を理解した美鶴が、その可能性に思い至り驚愕の表情を浮かべる。

「私の召喚器は桐条グループで作られた物ではない……ひょっとしたら、記録に残せない理由で作られたかも知れませんよね?」

 記録に残せない理由。それはつまり……

「……人体実験」

 美鶴が消沈した表情でその可能性を述べる。
 その可能性を考えなかった訳ではないが、感情がそれを否定していたのだ。
 あの人がそんな事に関与していないのだと思いたかっただけかも知れないが……

「後、学校のある場所にタルタロスが現れたんじゃ無いですよね? タルタロスが現れる場所に、学校を建てたんじゃないんですか?」

「どうして、そう思う?」

 綾乃に下手な隠し事はかえって逆効果だと理解した美鶴が綾乃に訊ねる。

「全部、私の推論ですけれど消去法です」

 美鶴の質問に綾乃はそう答える。
 ペルソナ能力は先天的な発露なのに召喚器と呼ばれる装置があること、ペルソナ使いである美鶴と明彦が今回初めて探索を行うにも関わらず情報があること。
 そして何より、影時間に現れるタルタロスが偶然、学園がある場所に現れる可能性よりもタルタロスのある場所に建てたと考える方が自然であること。
 それらの事により、美鶴が自分達にまだ話していない事が多数あるのではないかと結論づけたことを説明する。

「……本当に、君には驚かされることばかりだ」

 綾乃の話を聞き終えた美鶴が、疲れた表情で感想を述べる。

「確かに、私は君達に全てのことを話していない。話せないと言った方が正しいかも知れないが……それで、どうする。協力することから手を引くか?」

「約束を反故にする気は有りませんから、今後も協力はします。でも、知らないうちにモルモットにされるのは嫌ですから、先輩とこうして話をしました」

「解った、近いうちに君達に私が知り得ることを伝えよう。それと、ありがとう……」

 美鶴は、綾乃がこの一件から手を引くために自分に話を持ってきたと思ったのだが、そうではないようだ。
 以前も思ったように、彼女は自分達に対して不信感を抱いている。
 当然だ、何も知らずに利用されそうになったと感じれば、信用などされる訳がない。
 それでも彼女は約束をしたからと、今後も変わらず協力することを誓ってくれた。
 美鶴は改めてその事を強く理解すると、綾乃に対して誠意を持って接しようと決意を新たにする。
 彼女に対して恥ずかしくない自分であるために。
 
「それを聞けて安心しました」

 綾乃の視線から冷たさが抜ける。
 美鶴はまだ、シャドウに対する危険を考慮した行動を取っている。
 それに引き換え、遊びと勘違いしている二人の人物に対して、綾乃はあまり良い印象を抱いてはいない。
 弟の友人であることを差し引いても、彼のお気楽さは注意が必要だし、楽観的すぎる先輩は美鶴に任せるべきだろう。
 綾乃にとって、シャドウ討伐やタルタロス探索は重要ではない。
 友達であるゆかりと、弟の悠也が大事だから手伝っているだけだ。
 もし彼らがその邪魔をするようならば、実力行使も厭わない。
 我ながら過激だなと思うが、大事な人をなくすのはもう沢山なのだ。

「他に訊きたいことはあるか?」

 美鶴の確認に綾乃は今のところは無い事を伝え、明日が早い美鶴を気遣って美鶴の部屋を後にする。
 自室へと戻り、タルタロスであったことを思い返す。
 心の中に宿った新たなるペルソナ"アプサラス"。悠也も自分と同じように、新たなペルソナをその身に宿したのだろうか?
 今度、その事も確認するためにもベルベットルームにいかなければと思い、綾乃は眠りに付いた。




――NEXT Chapter――


 少年が手にした能力( ちから )は、彼の眼前に新しい世界を開いた。
 自分は特別なんだという優越感。

 しかし、少年よりも特別な力を持つ存在に、少年はいつしか羨望と嫉妬の思いを抱く……

――負けたくない

 その思いが少年を突き動かし、その行動が不和を招く。


 次回、PERSONA3 Refrain ~絆繋いで~

Chapter 3:Discord in monorail

――その能力( ちから )が持つ意味と重み――





2010年01月18日 初投稿
2010年01月19日 本文加筆修正
2010年02月09日 本文修正
2010年02月13日 本文追記



[15158] ◆ Chapter 3:Discord in monorail ◆
Name: 葵鏡◆3c8261a9 HOME ID:48685d09
Date: 2010/05/30 01:47
――――能力( ちから )に目覚めた事によって、これまでの生活が一変した

         何の取り柄もなかった自分が、特別な存在になれた気がした

                  ……だけど

               自分よりも特別なヤツラがいて、アッサリと自分の先を進んで行く……




 タルタロスの探索を始めてから一週間が過ぎた。
 この一週間で起こった事で印象に残っているのは、美鶴の高校生とは思えない生徒会長就任の挨拶から始まり、明彦の指示によるポロニアンモール内の交番で装備品の購入。
 その際、知り合った協力者の黒沢巡査部は寡黙な人だが正義感の強い人物で、学生である悠也達に頼らないと解決できない問題に、心を痛めていたようだった。
 美鶴のスピーチに対抗意識を燃やして、無意味な全校集会で取り留めのない演説をした校長には辟易させられた。
 部活動の募集が開始されたので悠也は剣道部、綾乃はテニス部にそれぞれ入部する。
 悠也はクラスメイトの宮本一志と、綾乃は岩崎理緒とそれぞれ友人関係を結び少しずつではあるが、二人は友人を増やしていく。


――影時間・タルタロス 5F

 この階は今までの階とは雰囲気が違っていた。 
 これまでの階とは違い、シャドウの気配は希薄なのだが、空気が重苦しい。

『フロア中央に反応が三体! 新手の敵だ。これまでの相手とは格が違うぞ。万全の状態でないなら、一旦引き返し体勢を立て直してくれ!』

 美鶴からの指示に緊張が走る。
 綾乃達は警戒を強めてフロアを先へと進む。

『む、その装置! もしかすると……すまない、その辺りにある装置を調べてもらえないか?』

 フロアを進むと、通路の奧に1階のエントランスにあった装置と同じ形をした装置が設置されていた。
 装置に綾乃達が近づくと、低い起動音を上げて装置が動き出す。
 台座の部分から縁に沿って光の環が装置内に循環する。綾乃達が装置の中にはいると装置の枠組みの一部が開き、タルタロスの階層を示すモニターが現れる。

「5Fと1Fが表示されているね。一度、戻ってみる?」

 画面を確認した綾乃が皆に問い掛ける。
 ここまで上ってくるまでに綾乃以外はそれなりに消耗していたので、綾乃の問い掛けに全員一致で1Fに一旦戻ることにする。
 綾乃が装置を操作すると、脱出装置を使ったときと同じ浮遊感が綾乃達を包み転送される。

「やはりそうか!」

 戻ってきた綾乃達を出迎えた美鶴が興奮した様子で綾乃達に話し掛ける。

「その装置は、装置同士を繋いでいる、いわば"転送装置"と言えるだろう。装置を起動させることで、エントランスとの行き来はもちろん……装置同士の移動も行えるはずだ」

「それだと、最初から上り直さなくても探索が出来るということですよね?」

 美鶴の言葉に綾乃が答える。

「あぁ、見つけたら是非起動してくれ。今後の探索に大きな助けになるはずだ」

 美鶴の言うとおり、装置間という条件は付くが、エントランスから上り直さなくて済むことの恩恵は大きい。
 脱出装置は外へ出るための一方通行だが、転送装置を使えば体勢を立て直してすぐに元の場所に復帰できるからだ。
 綾乃達は疲労を回復するべく、エントランスに置かれている金色の時計の前へと移動する。
 どういう理屈なのかは解らないが、この時計に一定金額のお金を入れることによって疲労を回復することが出来るのだ。
 もっとも、掛かる費用は安くはないので、出来ることなら使わずに済ませたいのが本音である。
 体調を整えた綾乃達は転送装置を使い5Fへと戻る。装置の置かれていた通路は途中で分かれおり、綾乃達は先ほど通った通路とは違う方へと移動する。
 通路を進むと、三体の鷲のようなシャドウが行く手を遮るように滞空している。

『突破するぞ!』

 美鶴の指示に、綾乃達はそれぞれが持つ武器を構え直して三体のシャドウへと挑み掛かる。

『普通のシャドウとは格の違う相手だ、慎重に行け!』

 先手を取った綾乃が手にした筑紫薙刀で斬りかかる。
 しかし、シャドウへと攻撃が当たることなく筑紫薙刀が空を切る。

「オルフェウス!」

 悠也がホルスターから引き抜いた召喚器を使いオルフェウスを召喚する。
 オルフェウスは背にした竪琴を構えると、シャドウへと殴りかかる。
 シャドウへと攻撃は当たるものの、一撃で仕留めることが出来なかい。

「アイツらには負けらんねぇ……オレだってッ、ヘルメス!」

 悠也がダメージを与えたシャドウへと順平が自身のペルソナ"ヘルメス"を召喚して火炎系攻撃スキル【アギ】で攻撃を仕掛ける。

「なッ!?」

 しかし、アギが命中した瞬間、シャドウへと火球が吸収されてシャドウの体力が回復してしまう。

「アイツ、火炎属性が効かないばかりか吸収するのかよッ!」

 自身の攻撃でシャドウが回復してしまったことに悔しがる順平。
 
「イオッ!」

 ゆかりもホルスターから召喚器を引き抜きペルソナ"イオ"を召喚する。
 イオの放つ疾風系攻撃スキル【ガル】の真空の刃がシャドウへと当たるが、シャドウへダメージを与えることが出来なかった。

「嘘っ、疾風属性も効かない!?」

 ゆかりが驚く中、敵シャドウから反撃が来る。
 最初の一体が綾乃へと向かい滑空して、その翼で斬りかかる。
 寸前で避けることが出来たが、かすめた翼が綾乃の腕を浅く切り裂く。
 続いて二体目がゆかりに向けて、先ほどのゆかりと同じく【ガル】で攻撃を仕掛けてくる。

「……っ!」

 真空の刃がゆかりに直撃するも、疾風属性に耐性を持つイオのお陰でゆかりの傷も軽傷で済んだ。
 そして、最後の一体は強く翼を羽ばたかせると疾風系範囲攻撃スキル【マハガル】で綾乃達全員に攻撃を仕掛けてきた。

「うわっ!!」

 その攻撃に、疾風系が弱点であるヘルメスを降魔させている順平に対してクリーンヒットとなり、順平が転倒する。
 シャドウはその隙を見逃さず、更に【マハガル】で追撃を掛けてくる。

『拙い、伊織が気絶した上に体力も危ない。誰か回復を!』

 美鶴の切迫した声に、綾乃は新たに得たペルソナ"ピクシー"の持つ回復系スキル【ディア】で順平を回復するべきか考える。
 その時、脳裏にある事が閃いた。その閃きに従い、瞬時に綾乃はペルソナをアプサラスに切り替える。
 悠也の方に視線を向けると、悠也も同じように綾乃へと視線を向けていた。

「悠也っ!」

「解ってる、姉さん!」

 二人は同時に召喚器を引き抜くと、銃口をこめかみに押し当て引き金を引く。

『カデンツァ!!』

 二人が引き金を引くのと同時にそう叫ぶと、綾乃からはアプサラスが召喚され、悠也からはオルフェウスが召喚される。
 オルフェウスが背にした竪琴を構えて旋律を奏でると、それに合わせてアプサラスが優雅に舞う。
 旋律と舞に呼応するように天上から柔らかな光が舞い降り、綾乃達に降りそそぐ。

「これって……」

 その光を受けたゆかりが驚きの声を上げる。
 光に包まれると身体は軽くなり、先ほど受けた傷が癒される。

「ゆかり、そのまま弓で攻撃してみてっ」

 綾乃の指示に、ゆかりは弓に矢を番えて狙いを定めると、引き絞った弦から指を放す。
 放たれた矢が狙い違わずシャドウへと命中すると、体勢を崩したシャドウが地面へと墜落する。

『弱点にヒットだ、そのまま押し切れ!』

 美鶴の指示に従い、ゆかりが次々にシャドウを撃ち落としていく。

「きたっ! 総攻撃チャンスッ!!」

 ゆかりの言葉に、綾乃達は一斉に総攻撃を仕掛ける。
 総攻撃を受けたシャドウは耐えきれずに撃破されると、そのまま空へと消え去った。

「……うっ、いつつ」

「順平、大丈夫?」

 戦闘が終わり、気絶から回復した順平にゆかりが声を掛ける。

「うぁ……ゆかりッチ? そうだ、シャドウはどうなった!?」

 ボンヤリとゆかりを見ていた順平は我に返ると、慌てて起き上がり周りを見る。

「大丈夫、終わったよ」

 慌てる順平に綾乃が答える。
 その答えに順平は表情を一瞬だけ曇らせるが、すぐに表情を元に戻すと綾乃達に頭を下げる。

「悪ぃ、足を引っ張っちまって……」

「気にしてないさ、それよりも順平に大事が無くて良かったよ」

 気落ちする順平に悠也が話し掛ける。

「今日の所は、階段を確認して戻ろうか?」

 綾乃が皆に確認を取る。

「オレはまだまだ大丈夫だぞっ!」

『待て、伊織。そろそろ影時間も終わる頃だし、君の体調も万全とは言い難い。今日の所は引き上げるんだ』

 一人反論する順平を美鶴の通信が制止する。
 その言葉に順平は悔しげな表情を浮かべるが、美鶴に逆らうことは出来ずに大人しく従うことにする。
 先へと進む階段を確認するために先へと進むと、階段のある場所とは別の通路の先にアタッシュケースが置かれていた。
 アタッシュケースの中には、四つの宝玉が填められた腕輪が入っていた。
 綾乃達はそれを回収すると階段を確認して転送装置でエントランスへと戻る。

「お帰り。まだまだ先は長いから、無理をせずに今日は休んでくれ」

 エントランスに戻ってきた綾乃達に、美鶴が労いの言葉を掛ける。

「そう言えば綾乃、先ほどのシャドウとの戦闘で悠也とやったのは何?」

 先ほどのことを思い出したゆかりが綾乃に問い掛ける。
 その質問に綾乃は少し考える素振りを見せると、言葉を選んで質問に答える。

「何て言ったら良いんだろう。私と悠也が特定のペルソナを降魔していると使えるスキルがあるみたいなんだ」

「それは、対象となるペルソナをどちらが降魔していても使えるものなのか?」

 綾乃の言葉に、美鶴が条件の確認を取ってくる。

「今回使った【カデンツァ】ですけれど、私がアプサラス、悠也がオルフェウスを降魔していないと使えないようです」

 美鶴の言葉に綾乃が説明する。

「あの時、シャドウの攻撃を凌いで順平を回復させる方法を考えたときに突然、閃いたんです」

 綾乃の説明を悠也が引き継ぐ。
 二人の説明によると二人で同時におこなう"ミックスレイド"と名付けられたスキルを使うには特定のペルソナを降魔していること。
 そして二人が同時に対象となるペルソナを召喚することでのみ発動すること。
 ミックスレイドを使えるペルソナは綾乃達にも解らず、何がきっかけで使えるようになるのかも解らないという。

「なるほど……他にどのようなものがあるかは解らないが、取り敢えずカデンツァといったか? そのスキルは全体に回復と回避力を上げる効果があるようだな」

 美鶴の確認に綾乃と悠也が頷く。

「それならば、敵の攻撃が厳しく回復が必要なときに使い、更に相手の命中力を落とすスキルを併用すれば攻撃を受ける確率が格段に下がるわけだな?」

「多分、そうなると思います」

 美鶴の言葉に綾乃がそう答える。

「解った。ミックスレイドの使用については二人の判断に任せるが、出来れば使うときには全員にその旨を伝えてくれ」

『解りました』

 綾乃と悠也が美鶴に答える姿を見ている順平の表情が翳る。
 しかし、その事に誰一人気付くことはなかった。

「あ、桐条先輩。後で時間を頂けますか?」

「ん? あぁ、解った。寮へと戻ったら私の部屋へ来てくれ」

 綾乃の言葉に美鶴が納得した表情で答える。

「すまないが綾乃、ついでだからバイクを運び出すのを手伝ってくれ。他の皆は先に戻っていて良いぞ」

 美鶴の言葉に、悠也達が先にタルタロスから出ていく。

「何だか最近、綾乃はタルタロスから戻ると桐条先輩のところへよく行くよね」

 タルタロスから先に出たゆかりがそう零す。
 ここの所、タルタロスから戻ると綾乃は美鶴と何かを話し合っている。
 綾乃に訊いてみても、今日あったことの報告と確認というだけでそれ以上の説明は無い。
 自分は頼りにならないのかと落ち込むゆかりに悠也が声を掛ける。

「直接現場を見ていない桐条先輩との齟齬を無くすための報告だと思うから、そんなに気にしない方が良いよ」

「……見てもいないのに良く解るな」

 悠也の言葉に順平がボソリと呟く。

「順平?」

 小さな声で聞き取れなかったゆかりが、順平へと振り返り問い掛ける。

「いや、何でもない。それよりも、気が抜けると流石に眠くなってきたな。戻ったら速攻で寝たいな」

 ゆかりの問い掛けに順平がいつも通りの態度で答える。

「確かに、明日は探索無しで早めに休みたいかも」

 順平の言葉にゆかりも同意し、あくびをかみ殺しながら移動する。
 寮からタルタロスがある月光館学園までの移動は、黄昏の羽を組み込まれた車を使い、モノレールの線路下に作られた整備用の非常通路を移動している。
 車は二台あり、一台は美鶴達S.E.E.Sの面々が乗り込み、もう一台は美鶴のバイクを乗せている。
 ここの所はゆかり達が先に戻り、バイクを積み込んだ美鶴と綾乃はもう片方の車で帰ることが多いが……




 寮へと戻ってきた綾乃は美鶴の部屋へと赴き、他の面々はそれぞれの自室へと戻る。
 
「……くそっ」

 自室へと戻った順平はそのままベッドに倒れ込むと、天上を見上げて不貞腐れる。
 今日の探索は最悪な結果だった。シャドウを回復させた挙げ句、攻撃を受けて戦闘が終了するまで気絶していたなんて……
 気が付いたら全てが終わった後で、聞けばあの二人は新しいスキルが使えるようになったという。
 自分よりもほんの少しだけ早く能力に目覚めただけなのに、リーダーを任されている。

「……オレだって」

 悠也は弟だから当然としても、ゆかりも桐条先輩もアイツのことを信頼しているようだ。
 タルタロスから戻っては桐条先輩の所に行くアイツのことを悠也はああ言ってはいたが、自分がリーダーでいるためにポイントを稼いでいるんじゃないかと疑いたくなる。

「オレだって、活躍さえすれば……」

 順平はシャドウを鮮やかに倒し、皆に的確な指示を出す自分を夢想する。
 アイツより活躍すればきっと桐条先輩や真田先輩も自分をリーダーにしてくれるはずだ。
 その為にはもっと強くなって一人でもシャドウを倒せるようにならなければ。
 そんなことを考えながら、順平は疲れに身を任せて眠りにつくのであった。




「あれが、ミックスレイド……」

 自室に戻った悠也は、今日のことを思い返していた。
 綾乃と決めた事ではあるが、ミックスレイドについて皆に話していない事がある。
 それは、ミックスレイドのこと自体はベルベットルームでイゴールから説明を受けていたことだ。
 初めてタルタロスを探索した翌日、ポロニアンモールでベルベットルームへの扉を見つけた綾乃から連絡を受けた悠也は、二人でベルベットルームに訪れた。

「フフ……いらっしゃいましたな。ようこそ、ベルベットルームへ」

 ベルベットルームに訪れた二人をイゴールが出迎える。

「さて……では以前のお約束通り、私の本当の役割についてお教えしましょう」

 イゴールに勧められて椅子に座った二人にイゴールが話し掛ける。

「私の役割……それは、"新たなるペルソナ"を生み出すこと」

「新たなペルソナ……?」

「然様、お持ちの"ペルソナカード"を掛け合わせ、1つの新しい姿へと転生させる……言わば"ペルソナの合体"でございます」

 綾乃の問い掛けにイゴールが答える。

「あなた方のペルソナ能力に秘められた可能性の数は、最大で170あまり……これ程の可能性を示されたお客人は、過去にはいらっしゃいません」

 イゴールの言葉に綾乃と悠也は互いの顔を見合わせる。

「しかも、あなた方がコミュニティをお持ちなら、ペルソナはより強い力を得るやも知れない……フフ、楽しみでございますな」

 そんな二人にイゴールは楽しそうな視線を向けている。

「カードを手に入れられたなら、是非ともこちらへお持ち下さい。ああ、それから……以前、お話ししましたかな? もう二人の、ここの住人のことを……」

 そう言えば、初めてベルベットルームを訪れたときにそんな話を聞いた事を二人は思い出す。
 そんなことを思っているとイゴールに呼ばれて、ベルベットルームの奧にある扉から二人の男女が現れた。

「エリザベスでございます。お見知り置きを」

「テオドラと申します。テオ、とお呼び下さい。以後、お見知り置きを……」

 現れた男女は共に整った顔立ちをしており、二人とも青い衣服を身につけている。
 エリザベスと名乗った女性はエレベーターガールの格好を、テオドラと名乗った男性はベルボーイの格好をしている。
 イゴールの説明によると、この二人も綾乃達の手助けをしてくれるそうだ。

「そして、あなた方はご自身の"力の性質"を知らなければなりません」

「力の……」

「……性質?」

「あなた方の力は、他者とは異なる特別のものだ。言わば、数字のゼロのようなもの……からっぽに過ぎないが、無限の可能性も宿る」

 イゴールの言葉に首を傾げる二人に説明は続く。

「あなた方はお一人で複数の"ペルソナ"を持ち、それらを使い分けることが出来るのです。そして敵を倒したとき、自身の得た"可能性の芽"が手札として見える筈だ……」

「あの時に得た、ペルソナ……」

 綾乃はイゴールの言葉に先日、新たに宿ったペルソナ"アプサラス"の事を思い出す。

「そして、あなた方がそれぞれ、特定のペルソナをその身に宿したときにのみ使える"ミックスレイド"というスキル……」

「ミックスレイド?」

「こればかりは、様々なペルソナをその身に宿してご自身達で探し出さなければなりません。あなた方がそれを必要とし条件が揃った時、それに気付くでしょう」

 悠也の質問に曖昧に答える所を見ると、イゴール自身も特定できないのであろう。
 こればかりは二人で見つけ出していかねばならないようだ。
 イゴールからの説明を聞き終えた二人はベルベットルームを後にする。

「ねぇ、悠也」

「何?」

 ベルベットルームからポロニアンモールへと戻った綾乃が悠也に話し掛ける。

「ベルベットルームでの事だけど、皆には話さない方が良いかも知れないね」

「皆にはベルベットルームの扉が見えないから?」

 綾乃の言葉に悠也が答える。確かイゴールは契約者のみが訪れることが出来ると言っていた。
 そうでないのなら、ポロニアンモールにある扉に誰かが気付いているはずだ。

「確認できないことを説明するのは難しいよ。ただでさえ、私達自身が理解できていないんだから」

 その言葉に悠也が頷く。
 確かに、自身も今の状況を正しく理解できているのかと問われたら、首を傾げるだろう。
 二人はミックスレイドについて使えるようになって尋ねられたら答えるが、ベルベットルームとイゴール達のことに付いては伏せて説明することに決めた。

「この能力()を宿した意味は……」

 取り留めなく考えるが押し寄せる睡魔に勝てず、悠也はそのまま眠りへとついた。
 



 自室に戻ったゆかりは着替えを用意すると、別館にある浴室へと移動する。
 脱衣所に備え付けられている乾燥機能付き洗濯機に脱いだ衣服を放り込み、洗剤を投入してスイッチを入れ、洗濯機が動いていることを確認したゆかりは浴室へと移動する。

 浴室の壁に掛けられているシャワーを取り外すと蛇口をひねり、出てきたお湯が適温になるのを待ってから、脚から上へとシャワーを浴びる。
 シャワーから出るお湯が、タルタロスでの汚れと影時間特有の疲労感を洗い流していく。
 全身にかけてお湯を浴びると、お気に入りのボディソープをお湯に浸したスポンジに掛け泡立たせると身体を洗っていく。
 再度シャワーからお湯を出して、身体を覆うボディソープの泡を洗い流してから浴槽へと入る。

 影時間に活動することが前提となっているため、遅い時間でもお風呂にはいることが出来るのは年頃の娘としてはありがたく、ゆかりもよく利用する一人だ。
 巌戸台分寮は男女混合のため、美鶴が別館の浴室を男子と女子に分けて改築したため異性を気にすることなく入浴を堪能できるのは大きい。
 
 広い浴槽に身を沈めて、ゆかりは今日の出来事を反芻する。
 今回のシャドウとの戦闘では特定の攻撃を無効化、もしくは吸収するといったこちらの攻撃が通用しない相手がこれからも現れるだろう。
 複数のペルソナを使い分けるあの姉弟ならば問題は無いが、自身や他の仲間達には相性の悪い相手がいるだけで脅威だ。
 以前に綾乃が話していた通り、命に関わる事だ。油断と慢心は身を滅ぼすことに繋がるだろう。

「だから、なのかな……」

 ゆかりから見て、ここ最近の綾乃は無理をしているように思える。
 探索隊のリーダーとして、自身の事のみならず他の面子の安全にも気を配り、率先して危険に身を晒している。
 寮に戻ってきては美鶴と話し合っているのも、少しでも身の危険を減らすためのものだろう。
 だけど……

「ねぇ、綾乃。私は、頼りにならないのかな……?」

 一人きりの浴室にゆかりの呟きが零れる。
 複数のペルソナを使い分ける彼女と比較したら、確かに自身は頼りにならないだろう。
 それでも、少しくらいは背負った荷を分けてくれても良いと思う。

「強くなるしか、無いんだよね……」

 あの人みたいに弱い人間にはならない。
 守られるだけでなく、守れる人間になりたい。

「……頑張るしかないよね」

 今はまだ守られる立場だけれど、いつかは彼女の背を守れるだけの強さを身に付けよう。
 ゆかりはそう決意すると、逆上せそうになる前に浴槽から出て浴室から出る。
 濡れた身体をバスタオルで拭い、髪を乾かして着替えを身に纏う。衣服を身につけ、洗濯機から乾燥した衣服を取り出し綺麗に畳んで袋に入れる。
 湯冷めをしないうちにゆかりは自室へと戻り、ベットへと入ると眠りにつく。
 明日は今日よりも強い自分になろうと心に決めて。




――翌日

 昭和の日で休日の予定をどうしようかと考えていた綾乃の携帯電話に、エリザベスから電話が入る。

『もしもし。こちら、エリザベスでございます。いつもお世話になっております。お話がございますので、悠也様と共にベルベットルームまでお越しください』

「エリザベスさん……? えっ!?」

『……では、お待ちしております』

 綾乃の返事を待たずして、エリザベスは電話を切る。

「何時の間に私の携帯番号を調べたんだろう……?」

 一連の事に呆気にとられた綾乃は、取り敢えず携帯電話の通話状態を切ると出かける準備を始める。
 準備を終え、悠也に携帯電話で用件を伝えた綾乃はラウンジで悠也と待ち合わせる。
 ラウンジに降りると、美鶴がソファに座り読書をした。表紙を見ると"Tragedy of Hamlet, Prince of Denmark"と書かれている。

「おはようございます、ハムレットですか?」

「綾乃か……おはよう。久しぶりに読んでみようと思ってな。綾乃はこれから外出か?」

「えぇ、悠也と買い物にでも行こうかと」

「そうか。君達は本当に姉弟仲がいいのだな」

 美鶴の言葉に綾乃が嬉しそうな表情を見せる。

「姉さん、お待たせ。桐条先輩、おはようございます」

 そんなやり取りをしているところに悠也がラウンジに降りてくる。

「おはよう悠也、それじゃ行こっか? それじゃ桐条先輩、行ってきます」

「おはよう。二人とも、休日を楽しんできてくれ」

 二人は美鶴に見送られて、ポロニアンモールにあるベルベットルームへと出かける。

「お呼び立てして申し訳ございません。実は……折り入ってお願いがございます」

 ベルベットルームに訪れた二人に出迎えたエリザベスが、そう話し掛けてくる。

「お願い?」

「私……思う所がございまして、お強い方を探しておりました。もし宜しければ私よりの"依頼"にお応え下さいませんでしょうか?」

「依頼って?」

 エリザベスの言葉に、二人が顔を見合わせる。
 説明によると、依頼の内容は主にタルタロスに現れる特定シャドウの討伐、ベルベットルームの外の世界にある物品の入手。
 そして、綾乃と悠也のエスコートが必要な特別な依頼もあるとの事。
 シャドウの討伐は先に言われた"強い方を探している"事を証明する為のもので、他の依頼はベルベットルームの外の世界に、エリザベスが興味を持ったのだろうと綾乃は思った。

「もちろん、依頼達成の暁には、相応の"報酬"もご用意しております。お客様がお力を示しにいらっしゃるのを、私……心よりお待ち申し上げます」

「それじゃ、依頼を見せてもらえますか?」

 取り敢えず、受けられる依頼があるかを確認しようと、綾乃がエリザベスに確認を取る。
 見せてもらった依頼の一覧表の中ですぐに出来そうなものを探してみる。

「マツヤニの粉……?」

 弓道で使うきな粉のような"ぎり粉"の事だろうか? 
 ゆかりがユガケの手入れで使っていたと記憶しているので、取り敢えず綾乃はこの依頼を受ける事にしてみた。

「この依頼の期限は、5月7日でございます」.

 期日まで一週間と少しなので、寮に戻ったらゆかりに聞いてみようと綾乃は考える。

「姉さん、この依頼も多分、受けても大丈夫だと思うよ」

 そう言って悠也が示したのは"甲虫の外殻を1つ入手せよ"というものだった。

「6~15階に出現するって書いてある。今日は十分に休養して明日から6階を探索すれば、運が良ければすぐに遭遇できるかも知れない」

「そう、だね。それじゃ、これも受けようか」

 悠也の提案に綾乃は同意し、この依頼も受ける事にする。
 期日は先ほど受けた依頼と同じで5月7日。あまりノンビリとは出来ないので、効率よく探索を進めるべきだろう。
 エリザベスの依頼を受け終えた二人はベルベットルームを後にして、久しぶりに手の込んだ晩ご飯を作ろうと食材の買い出しに出かける。




「姉さん」

「何、悠也?」

 食材を購入し終え寮へと戻る道すがら、悠也が綾乃に話し掛ける。

「かなり無理してるけど、そんなに()や皆は頼りにならない?」

「……やっぱり、そう見える?」

 悠也の言葉に、綾乃は観念したように答える。
 自分の事を"俺"と呼ぶ時の悠也は、今のところは綾乃しか知らないが、かなり怒っている状態だ。
 あの事故の影響で当時よりはマシになったのだが、悠也は周りに対する関心が希薄だ。
 実際のところ悠也からすれば、タルタロス探索やシャドウの討伐、そしてS.E.E.Sの皆の事さえ"どうでもいい"のである。
 幼い頃から身を挺して自分を守ってくれていた綾乃と、二人の祖母である千穂だけが悠也にとっての特別で、綾乃が気に掛けているから関わっているだけである。
 その為、綾乃の事に対してはもっとも感情が働くため、今の無理をしている綾乃に対して何も出来ない自身と頼ってくれない姉に対して怒りを感じているのだろう。

「姉さんは、疲れているときほど手の込んだ料理を作りたがるからね。岳羽さん辺りにも気付かれていると思うよ」

「……そっか。悠也とゆかりが頼りないとは思ってないけどね」

「順平と真田先輩?」

 綾乃の言葉に悠也は思い当たる事を訊ねる。

「真田先輩は桐条先輩に任せられるけれど、彼は注意を払ってないと何をしでかすか見当が付かないからね」

 悠也の指摘に綾乃が答える。
 怪我で探索に加わっていない明彦はまだいいとして、ゲームか何かと勘違いをしている順平は気を配っていなければ、いつ大怪我をされるか解らない。
 当人だけが怪我をするなら自己責任で片付けられるが、その余波でこちらにまで被害を出させる訳にはいかない。
 正直なところ、綾乃からすれば順平を探索メンバーから外したいくらいだ。

「……解った。順平は俺の方でも気をつけるから、姉さんは無理を控えてくれ」

「うん。ごめんね、心配掛けて」

 悠也の言葉に、綾乃が弱々しい笑みを浮かべて謝る。
 そんな綾乃の頭を悠也は優しく撫でる。
 その後、寮に戻った二人は厨房の道具と機能を駆使して料理を作り上げていく。
 生地にペースト状にしたトマトやほうれん草を練り込んだ各種パスタに、チーズやクリームベースのパスタソース。
 オニオンスープに一口大に切り分けたサイコロステーキ、温野菜のサラダに和風の味付けをしたドレッシング。
 ラウンジに降りてきたゆかり達が何事かと思うほどの種類の料理がテーブルに並べられていく。

「綾乃、これって一体……?」

「ここの所ちゃんとしたご飯を食べてなかったから、色々作っちゃった。たまには皆で食事をするのも良いかなって、ね」

 唖然とした表情で訊ねるゆかりに、綾乃が満面の笑みを浮かべて答える。

「せっかく綾乃と悠也が腕によりを掛けて作ってくれたんだ、素直に相伴にあずかるとしよう」

 美鶴はそう言うと早々にテーブルに着く。

「あ、それじゃ私も」

 美鶴の行動に我に返ったゆかりが次いでテーブルに着く。
 女性陣が席に着いたのを見て、明彦も観念してテーブルに着き、最後に順平が慌ててテーブルに着く。
 全員が席に着いたのを確認して、綾乃と悠也が取り皿をそれぞれに配っていく。
 取り皿を受け取った面々は『いただきます』と唱和してから 各自の食べたいものをそれぞれ取り皿に取り分けていく。
 綾乃と悠也の料理を初めて食べる順平は、料理の出来に感激しながら全種類を制覇するべく黙々と料理を食べる。
 同じく初めての明彦は、料理にいきなり大量のプロテインを振りかけようとして美鶴に叱責され、サラダも食べて下さいと綾乃に叱られる。
 その様子を見ていたゆかりは、綾乃の態度が普段の様子に戻っている事に安堵して、自身も食べ過ぎに注意しながら料理を口に運ぶ。

「そうだ、綾乃。お前に訊きたいことがある」

 料理を食べ終わり、食後のお茶を飲んでいるところで明彦が綾乃に話し掛ける。

「何ですか?」

「お前のクラスに山岸風花という生徒がいるはずだが、知っているか?」

「風花は私の友達ですけれど、風花がどうかしたんですか?」

 綾乃が訝しげな視線を明彦へと向けて答える。

「ハッキリとした確証はまだないが、彼女も俺達と同じペルソナ使いの可能性がある」

 その言葉に美鶴と悠也は特に反応を示していないが、綾乃とゆかりは僅かに眉を寄せる。

「マジッスか! 新戦力、しかも女子!! ここはオレが手取り足取り、個人レッスンとか……」

 ただ一人、順平だけが嬉しそうに反応を返している。

「……はぁ」

「ナニ? そのかわいそうな動物を見るような目は……」

 順平の態度に綾乃とゆかりが溜息をつきつつ、冷めた視線を向けている。

「見んなよ……オレを見んなよ……」

 二人の視線に居たたまれなくなった順平が二人に弱々しく抗議する。
 
「話を続けていいか?」

 順平達のやり取りが一段落したのを確認して、明彦が訊ねてくる。

「……風花を特別課外活動部(  S.E.E.S  )に勧誘する手伝いなら嫌ですよ?」

 明彦の用件を察した綾乃が先に釘を刺す。
 綾乃の言葉に明彦が一瞬、不快な表情を浮かべるがすぐに表情を戻すと綾乃に理由を訊ねる。

「何故だ? 仲間が増えることは有利になるだけでなく俺達の負担も減るし、友達なら連携も取りやすいだろう?」

「そうだぜ、綾乃ッチ。仲間にするなら知らない人間よりも友達の方が絶対いいって!」

「友達だから風花を巻き込みたく無いんです。友達を危険に晒すくらいなら、自分に負担が掛かる方が遙かにマシです」

 二人の言葉に綾乃が冷めた視線で反論すると、美鶴の方へと視線を向ける。

「そうだな、私としても戦力が増えることは望ましいが、綾乃の云うことにも一理ある。だがな、綾乃……」

 美鶴が自身の意見を述べた上で、綾乃へ真剣な眼差しを返して言葉を続ける。

「君の友達が影時間に適性を持っていたら、シャドウ達に狙われる可能性が出てくる。君だって、友達を独りで危険に晒したくはないだろう?」

「ッ!? それは……そうですけれど」

 確かに、適性を持っていたら影時間で危険に晒される可能性があるため、美鶴の言い分に綾乃は強く反論できない。

「それでだ。適性を持っているか確証が出るまでは、この件は保留で構わないな?」

 そう言って、美鶴が全員へと確認を取る。

「そうだな、結果が出てないのに先走ったな。俺はそれで異存はない」

 明彦の言葉に他の面々も保留に賛成する。

「……解りました」

 複雑な気持ちが整理できていない綾乃は、渋々とだが賛成する。

「済まないな」

 美鶴が綾乃の心中を察して言葉を掛ける姿を、ゆかりが心配そうに見ている。
 ゆかりにも綾乃の心配は解る。風花という少女は気が弱く、荒事には向いていないのだ。
 自身が荒事に向いているとは言わないが……




 5月に入り、タルタロスの探索は上へと続く階段が早く見付かり続けたこともあり、10Fに到達することが出来た。
 エリザベスからの依頼にあった甲虫の外殻も8Fで見つけることが出来た。
 疾風属性が弱点だったこともあり、ゆかりのペルソナ主体で苦戦することなく討伐が出来たのも運が良かったと言えるだろう。
 10Fではまたしても番人のシャドウが待ちかまえていた。
 番人は巨大な手の姿をしたシャドウで、手首に当たる部分に仮面がついていた。
 オルフェウスの持つ竪琴の打撃が弱点で、総攻撃を数回仕掛けることで勝利することが出来た。
 美鶴から無理せず引き上げるように指示が出たが、順平だけがまだ大丈夫だと反論する。
 しかし、試験も控えていることもあるからと説得されて順平も指示に従う。

――影時間

「やぁ、元気かい? 一週間後は満月だよ……」

 あの時の少年だ。
 綾乃が視線を横に向けると、やはりそこには悠也が居た。

「気をつけて。また一つ、試練がやってくるからね……」

「試練って?」

「君達が"ヤツら"に出会うことさ。試練と向き合うには準備が必要だ。でも時間は、無限じゃない……もちろん、君達なら解っていると思うけどね」

 綾乃の質問に少年が答える。

「じゃ、それが過ぎたら、また会いに来るよ」

 少年は言いたいことを言うと、そのまま闇に溶けるように消えてしまった。
 隣にいた悠也の気配も、少年が消えると同時に消えていた。
 不可解な現象ではあるが、自分達に害をもたらすものではないからと、綾乃は自身を納得させて改めて眠りにつく。


 少年の言葉もあり、積極的にタルタロスへの探索を行った結果、行き止まりである16Fまで到達することが出来た。
 途中の14Fで番人シャドウと戦闘になったが、これまでの戦いとは比べられないほどの苦戦を強いられた。

 4本の脚を持ち肩から伸びる腕は十文字の形をした巨大な槍で、十字部分の頂点が刃になっている。
 斬撃と貫通が無効、打撃は反射するという特性を持ったシャドウで、武器による攻撃は全て使えずペルソナによる魔法攻撃主体で挑まなくてはならなかった。

 悠也と綾乃がそれぞれ番人シャドウに対して、補助系スキル【スクンダ】で命中率と回避率を【ラクンダ】で物理と魔法防御力を減少させる。
 それでも番人シャドウは手強かったので、ミックスレイド【カデンツァ】も使用して攻撃を受ける確率を減少させ、一進一退の攻防を繰り返す。 

 終わりの見えない戦いも、順平のペルソナ"ヘルメス"の放った【アギ】が決め手となり勝利する事が出来た。
 16Fはフロア中央に階段があり、階段を正面に見て左手に脱出装置が設置されていて、右手にはアタッシュケースが置かれていた。

『ここで行き止まりか……ごくろうだった。一旦、帰還してくれ』

 階段の前に突き刺さった巨大な錫杖な物を中心に、光の壁が周囲を囲っている。
 対策を練るためにも、美鶴の指示に従い戻るべきだろう。
 その前に、綾乃はフロアに置かれているアタッシュケースの中身を回収することにする。

「人工島計画文書01……?」

 中に入っていたのは、誰かが書き記した覚え書きと思わしき書類だった。この書類も美鶴に見てもらった方が良いと判断して、綾乃は書類を持ち帰る。
 エントランスに戻った綾乃は美鶴に16Fで見た状況と、回収した人工島計画文書01の説明を行った。
 綾乃の説明に美鶴は、人工島計画文書はこれから先のフロアでも見つける事があるかも知れないので、見つけたら必ず回収してくるように指示を出す。
 階段を囲う光の壁については、現状では様子見という事になった。
 これ以上のタルタロス探索は不可能でも、S.E.E.Sの面々の実力向上には定期的に訪れることになるので、その都度に状況を確認する方針となった。




 少年から"試練が来る"と予告された5月9日。
 綾乃と悠也は相談した結果、何が起きてもいいように寮で待機しておく事にした。

――午前0時・影時間

 寮の作戦室で美鶴が独り、情報支援用の機材の操作をしている。
 調子は芳しくなく、美鶴は軽く首を振ると溜息をついた。

「なんだ、まだやっていたのか?」

 作戦室に入ってきた明彦が美鶴へ声を掛ける。

「まあな。敵はいつ来るとも限らない」

「タルタロスの外まで見張ろうなんて、そう簡単に出来るものか?」

 美鶴の答えに、明彦は思っていた疑問を尋ねてみる。
 本来、美鶴のペルソナは後方支援ではなく戦闘向きだ。
 タルタロス内部では、綾乃達を中心に周囲の気配を探る事によって状況を把握しているのだが、それはタルタロスという限定された範囲での話だ。

「本音を言えば、力不足だな。私の"ペンテシレア"では、情報収集はこの辺りが限界かも知れない」

 明彦の質問に、美鶴は表情を翳らせると内心を吐露する。

「しかし、ペルソナの力というのは、想像していたより、だいぶ幅広いらしい」

 美鶴は、気分を切り替えようと別の話題を明彦へと振る。

「何しろ、次々とペルソナを替えながら戦える者まで現れたくらいだ。"彼女達"の能力には、特別なものを感じる」

「……ミックスレイドというヤツか?」

「それもあるが、まだ覚醒して間も無いと事実の方だな」

「確かに、あんなヤツらが現れるとは驚きだ。しかし、ペルソナを使うのは俺達自身だ。それを生かすも殺すもアイツら次第だな」

 明彦自身は見ていないが、美鶴から聞かされた"ミックスレイド"という複数のペルソナによる特殊な効果は想像の外だった。
 あの二人だけが使えるのか、他のペルソナ使いでも使う事が出来るのか?
 もし、あの二人以外でも可能ならば戦い方の幅は今までとは比べものにならない位に広がるだろう。

「ん……?」

 機材の操作に戻った美鶴が、機材からの僅かな反応に気付き眉を顰める。

「これは……シャドウの反応!?」

「なに!? ホントに見つけたのか!?」

「でも待て。反応が奇妙だ、大き過ぎる。こんな敵は今まで……」

 そこまで話して、美鶴は表情を変える。

「まさか、先月出たのと同じデカイヤツか!?」

「……間違い無いだろう」

「そうか……思いがけず、楽しめそうじゃないか。他の四人を起こすぞ?」

 明彦の言葉に美鶴は表情を引き締め頷くと、出撃の準備に取りかかる。
 緊急招集が掛かり、綾乃達は急ぎ作戦室へと駆けつける。

「何スか!? 敵スか!?」

「タルタロスの外で、シャドウの反応が見付かった。詳しい状況は解らないが、先月出たような"大物"の可能性が高い」

 順平の質問に美鶴は皆に状況の説明を続ける。
 影時間は大半の者にとっては"無い"もののため、そこで街を壊されたりすれば"矛盾"が生じる。
 美鶴としては、それだけは絶対に阻止しなければならない。

「ま、要は倒しゃいいんでしょ? やってやるっスよ!」

 美鶴の説明に、順平は軽く答える。
 その様子に綾乃は眉を顰めるが、今はそれについて抗議している場合ではない。

「また、あんたは……」

 しかし、ゆかりも綾乃と同じように感じたのだろう。
 順平の態度に呆れたように軽く抗議する。

「明彦はここで理事長を待て」

「なっ……冗談じゃない!? 俺も出る!」

「まずは身体を治す方が先だ。足手まといになる」

「なんだと!」

 美鶴の指示に明彦は抗議をするが、怪我が治っていない明彦を戦闘に参加させるつもりは当然、美鶴には無い。

「明彦……もっと彼女達を信用してやれ。皆もう実戦をこなしているんだ」

「……くそ」

 美鶴の説得に明彦が悔しそうな表情を見せる。

「まかして下さい! オレ、マジやりますからっ!」

 そんな明彦に順平が自信を込めて宣言する。

「仕方ないな……綾乃、現場の指揮を頼む」

 明彦自身、綾乃については思うところがまだあるが、これまでの実績を考えるとタルタロス探索と同じように任せるのが最良だろう。

「やっぱそう来るんスね……」

 その言葉に、順平があからさまに落胆する。

「頼むぞ……出来るな?」

「了解です」

 美鶴の確認に綾乃は短く答える。

「つーか、もうこのまま、リーダー固定っぽいよな……」

 その様子を見ていた順平は、消沈した様子で誰にも聞こえない小さな声で呟く。

「美鶴は外でのバックアップに準備がいるだろう。他の四人は先行して出発しろ」

「駅前で待っていてくれ、すぐに追いつく」

 明彦の言葉を引き継ぎ美鶴が指示を出すと、綾乃達は指示に従い作戦室から出て行く。




「まだかな……」

「すぐ来んだろう」

 指定された巌戸台駅前で、美鶴を待つゆかりの呟きに順平が答える。
 ゆかりはその言葉に答えることなく、何気なく夜空を見上げる。

「今夜は満月か……なんか、影時間に見ると不気味ね……」

 ゆかりの言うように、空に浮かぶ満月は異様なほど巨大で不気味だ。
 その言葉に皆が満月を見ていると、遠くからエンジン音が聞こえてくる。

「……ん? なんだぁ!?」

 その音に最初に気付いた順平が音の出所を探していると、タルタロスで支援機材を搭載したバイクに乗った美鶴が到着した。
 綾乃達の前でバイクを駐めた美鶴はエンジンを切ると、被っていたヘルメットを脱ぎバイクから降りる。

「遅れて済まない。いいか、要点だけ言うぞ。情報のバックアップを、今日はここから行う。君らの勝手はこれまで通りだ」

 驚く綾乃達を前に美鶴の説明は続く。

「シャドウの位置は、駅から少し行った辺りにある列車の内部。そこまでは線路上を歩く事になる」

「え、線路歩くって、それ、危険なんじゃ……」

「心配ない、影時間には機械は止まる。むろん列車もだ、動くはずはない。このバイクは"特別製"だから例外だがな」

 順平の心配に美鶴が問題がない事を告げる。

「それに、状況に変化があったら私が逐一伝える。よし、では作戦開始だ!」

 美鶴の指示に、綾乃達は駅構内に入り線路に降り立つ。

『そこから約200メートル前方に停車しているモノレールがあるはずだ。乗客に被害が出るとマズイ。急行してくれ』

 美鶴の指示に、綾乃達は線路を進んでいく。
 線路沿いに進んでいくと、人工島の中央に聳え立つタルタロスが見える。

「あれって、タルタロスだよね? 綺麗……」

「こうやって遠くから眺める分には、悪くないかもね」

 遠くから見えるタルタロスの感想を述べるゆかりに、綾乃が答える。
 そのまま線路を進み続けると、美鶴の指示した場所にモノレールが停車していた。

「これ、だよね?」

『四人とも、聴こえるか?』

 モノレールの傍でゆかりが確認するように呟く中、通信機からの呼び出し音が鳴り美鶴からの通信が入る。

「あ、はい、大丈夫です。今着いたんですけど、パッと見じゃ、特に……」

『敵の反応は、間違いなくその列車からだ。全員、離れすぎないように注意して進入してくれ』

「解りました」

「へへッ、腕が鳴るぜっつーか、ペルソナが鳴るぜ!」

 美鶴からの通信を切ったゆかりの前で、順平が嬉しそうに気合いを入れる。

「じゃ、乗り込みますか!」

 そう言って、真っ先にモノレールの乗車口へと続く足場に飛びつこうとするゆかりを綾乃が止める。

「ゆかり、ストップ!」

「えっ? なに、綾乃?」

「先に男子から昇ってもらおう。スカートの中を見せたいなら、止めないけれど?」

 綾乃の言わんとする事を理解したゆかりが、真っ赤になって綾乃の傍に移動する。

「そう言う事で、悠也、先に行って」

「解ってる。順平、行くぞ」

「へいへい、っと。先に行っても覗かないって。まぁ、見えてしまったら仕方がないけどな」

「……綾乃。順平、ここに埋めていこうか」

 順平の言葉に、ゆかりは半眼になると綾乃に確認を取る。
 その姿があまりにも真剣だったので、順平は慌てて悠也に続いてモノレールへと乗り込む。
 モノレールの最後尾車両に乗り込んだ綾乃達の前に、棺のようなオブジェがぽつんと立っていた。

「これ、人間……つか、乗客だよな? "象徴化"てやつか……マジ、気味わりィ……」

 順平が気味悪そうにそう呟く。

「あれ……ちょっと待って。こんな駅でもないとこに停まってんのに、ドア全開って、おかし……」

 違和感に気付いたゆかりが、その事を指摘しようとした矢先にモノレールの全てのドアが閉じてしまう。

『どうした、何があった!?』

「罠です、モノレール内に閉じこめられました」

 美鶴からの通信に綾乃が冷静に答える。

『シャドウの仕業だな……確実に、君らに気付いているという事だ。何が来るか解らない。より一層、注意して進んでくれ!』

「りょ、了解です」

 ゆかりが美鶴の指示に返事を返し、通信を終えるのを確認してから綾乃達はモノレールの中を進んでいく。
 慎重に車両を移動するもシャドウの気配は無く、静かすぎるのがかえって不気味だ。

「なんだよ、シャドウいねえじゃん? んだよ。拍子抜けだよ……」

 順平が強がる中、更に二車両ほど進んだところで突然シャドウが現れた。

「出やがったなッ!」

 ゆかりがシャドウに驚く中、順平が意気込んでシャドウに攻撃を仕掛けようとするも、シャドウは反対方向へとすかさず逃げ出していく。

「ちょっ、コラッ!!」

『待てっ!』

 慌ててシャドウを追いかけようとする順平を美鶴の通信が制止する。

『敵の行動が妙だ。嫌な予感がする』

「そんなっ! 追っかけないと、逃がしちまうっスよ!?」

『綾乃、現場の指揮は君だ。この状況……どう思う?』

 美鶴の言葉に順平が反論するが、それには答えず美鶴は綾乃へと意見を求める。

「……罠、でしょうね。慎重になるべきです」

『私も同意見だ。迂闊に追うべきじゃないな』

 綾乃の意見に、美鶴が同意する。
 その様子を見ていた順平は、不愉快そうな表情になるとボソリと呟く。

「なんでだよ……いーよ、オレだけで。そこで見てろって。オレがどーんと倒してやっからさ!」

 そう言うと、順平は独りでシャドウを追いかけて行ってしまう。

「あ、コラ、順平!?」

『危ない、後ろだ!!』

 美鶴の警告に綾乃が咄嗟に振り返ると、ゆかりの背後に冠を乗せた髪の毛の姿をしたシャドウが忍び寄っていた。
 シャドウは髪の毛の先端を鋭利な槍状へと変化させると、勢い良くゆかりへと付き出す。

「……えっ?」

 遅れて振り返ったゆかりの胸へとシャドウの攻撃が突き刺さる。
 自身の胸に突き刺さったシャドウの髪の毛を、唖然とした表情で見るゆかり。

「ゆかりっ!」

 綾乃が叫ぶ中、シャドウはゆかりの胸に突き刺した髪の毛を引き抜く。
 ゆかりの胸から血が大量に噴き出し、モノレールの床を濡らしていく……
 口から血を吐き出し、仰向けに倒れ込むゆかりを綾乃が抱き留める。

「オルフェウス!」

 僅かに遅れて召喚器を引き抜いた悠也がオルフェウスを喚び出し、シャドウへと攻撃を仕掛ける。
 オルフェウスが放った【アギ】がシャドウを焼き尽くし消滅させる。

「ゆかりっ、ゆかりっ! 死なないで……お願い、死なないでっ!!」

『落ち着け綾乃! この間タルタロスで回収した反魂香があるだろう。今すぐそれを使うんだっ!! 悠也はそのまま、シャドウの襲撃を警戒!』

 美鶴の指示に綾乃はポーチから反魂香を取り出し蓋を開け、中身をゆかりの傷口へと垂らす。
 傷口に触れた香は瞬時に気化し、辺りに神気が立ち籠める。
 神気が辺りを包むと床や衣服を濡らす血は溶けるように消え去り、ゆかりの傷口も傷跡一つ残さず治癒していく。

「……あ、やの?」

 悠也が警戒を続ける中、綾乃の腕の中でゆかりが意識を取り戻す。
 
「ゆかり! 良かった……本当に、よかった……」

「……どうしたの? 綾乃……なんで、泣いてるの?」

 無事に蘇生を果たしたゆかりを抱きしめて、綾乃が泣きながら喜ぶ。
 普段とは違う綾乃の姿に面食らっていたゆかりは、先ほど自身がシャドウの攻撃を受けた事を思い出す。
 
「私、シャドウの攻撃を受けて……えっ、傷が?」

 ゆかりは攻撃を受けた場所を確認するが、攻撃された場所は衣服は貫かれた影響で穴が空いているが、素肌は傷一つ無く綺麗な状態だ。

「何とも、無……ッ!?」

 実感無く自身の身体を見ていたゆかりは、シャドウの攻撃で胸の部分が開けていることに気付き、慌てて胸を両手で隠す。

「悠也っ、上着を貸して! 早くっ!!」

 綾乃が慌てて悠也に指示を出すが、悠也は指示が出る前に上着をすでに脱いでおり、ゆかりの方を見ないように後ろ向きで綾乃に上着を付き出していた。
 悠也の手から上着を引ったくった綾乃は急いでゆかりに上着を渡す。
 上着を受け取り二人にお礼を述べたゆかりは、悠也に背を向けて急いで上着を羽織り前を閉じる。

「もう大丈夫だよ、悠也」

 ゆかりの言葉に悠也が綾乃達の方へと振り返る。

「……見た?」

「ごめん……」

 消え入りそうな声で訊ねるゆかりに悠也が謝る。
 その言葉にしっかりと見られた事を悟ったゆかりが床に膝をつき落ち込む。
 落ち込むゆかりを慰める綾乃。ゆかりは暫く落ち込んでいたが、やがて暗い声で笑いだすと、顔を上げて順平が出ていった車両のドアへと視線を向ける。

「これも全部、勝手な行動をした順平が悪いんだ……」

 その目は暗く沈んでおり、順平に対する怒りが静かに燃え盛っている。

『……こうなっては仕方ない。とにかく、君らも伊織を追ってくれ。このままでは各個撃破の的だ』

「後で絶対にとっちめてやる……」

 順平に対する怒りを新たに燃やすゆかりを宥めながら、綾乃達は順平を追いかけて次の車両へと移動する。

『反応では何両か先へと行ってるだけだ』

 美鶴の指示に従い、順平を追いかける綾乃達。
 途中、何度かシャドウによる妨害が入ったが綾乃達は後れを取ることなく全てを撃退していく。

「あ、いた!」

 ゆかりが指摘したとおり、車両の前方で順平がシャドウ達と戦っている。
 しかし、周りをシャドウに囲まれ順平は劣勢に立たされていた。

「ヤバ、敵に囲まれてるじゃん!? 助けるよ!」

 順平に気を取られていてこちらに気付いていないシャドウ達に、綾乃達は不意打ちを仕掛ける。

「来てっ、リリム!」

 綾乃が召喚した背に蝙蝠の羽を持ち、先端が逆ハート型の尻尾を生やした少女のペルソナ"リリム"が、電撃系スキル【ジオ】で十字架の左右が天秤になっているシャドウを消滅させる。
 悠也のオルフェウスが先ほど倒してきたモノと同じタイプのシャドウを【アギ】で焼き尽くし、ゆかりの放つパニックボウの攻撃が残りのピンク色をした手の姿をしたシャドウを貫き消滅させる。
 全てのシャドウを倒した綾乃達は、周囲に警戒しながら順平へと駆け寄る。

「順平! 一人で勝手な行動をして、こっちも酷い目に遭ったんだからね! ……で、大丈夫?」

 ゆかりが抗議をするが、流石に先ほどの様子を思い出して順平の状態を確認する。

「ああ……んだよ、オレ一人でいけたっつーの」

「ちょっと、あんたねぇ!」

 不機嫌そうな表情で答える順平にゆかりが抗議をするが、それよりも早く綾乃が順平の頬を力一杯叩く。
 乾いた音がモノレールの車内に響く。順平は一瞬、何が起こったか理解できなかったが、頬の痛みで綾乃に叩かれた事を理解する。

「……痛って~な。何しや……ッ!?」

 順平が叩かれた頬を押さえ綾乃を睨みつけるが、綾乃の怒りに満ちた視線にたじろぐ。

「……アンタのせいで、ゆかりが」

『おい、気をつけろ! 敵の動きが急に静まった。警戒を怠るな!』

 順平に文句を言おうとした綾乃の言葉を遮って、美鶴が全員に注意を促す。
 その通信に反応して、突如モノレールが動き出した。

「おわっ……なんだよ! 動かねんじゃなかったのかよ!?」

『どうやら、列車全体がシャドウに支配されてるらしいな』

「"らしい"って……ちょっと、大丈夫なんですか!?」

 順平の言葉に美鶴が答え、ゆかりがその言葉に危機感を募らせる。

「このまま進めば、先にいるモノレールに追突するんじゃないのか?」

 悠也が気付いたことを皆に伝える。

「お、おい……それ、ヤバくねえ?」

『マズイ、悠也の言う通りだ。このままスピードが落ちないと、数分で一つ前の列車に追突する!』

 悠也の言葉に順平が怖々と問い掛け、美鶴が悠也の指摘が正しいことを伝える。

「追突!? なんなんですか、それ!?」

『いいか、落ち着いて聞くんだ。さっきから先頭車両に強い反応を感じる。多分それが"本体"だ。行って倒し、列車を止めるんだ!』

 美鶴の通信に合わせ、綾乃達を阻止しようと次々とシャドウが現れる。

「クッソ! 何のアトラクションだよ、ったく!!」

 現れたシャドウ達を見て順平が文句を言う。

『時間がない、走れ!』

 緊迫した美鶴の指示に、綾乃達は行く手を塞ぐシャドウ達へと攻撃を仕掛ける。
 次々と襲いかかるシャドウ達を退ける綾乃達。
 その間にも、モノレールは徐々にその速度を加させていく。

『本体はこの中だ! 準備はいいな?』

 シャドウ達を退けようやく先頭車両にたどり着いた綾乃達に、美鶴からの通信が入る。
 綾乃達は各々の武器を構え直すと、先頭車両へと移動する。




 先頭車両で綾乃達を待ち構えていたのは、左右が白と黒で塗り分けられた上半身裸の巨大な女性の姿をしたシャドウだった。
 シャドウは官能的に身体をくねらせ、頭部から伸びた帯状の髪が幾重にもモノレール内部に繋がっている。どうやらこれでモノレールを制御しているようだ。

「いた……! うっわ……すっげー事になってんな……コイツが本体?」

 目の前の光景に順平が唖然と呟く。

「先はもう無いし、コイツで間違い無いよ!」

『急ぐんだ!』

 美鶴の指示を受け、綾乃達が巨大なシャドウへと攻撃を仕掛ける。
 美鶴へとアナライズを依頼した綾乃は、様子を見るため筑紫薙刀で斬りかかる。
 攻撃は命中するもさほどのダメージを与えるにはいたらず、シャドウが怯んだ様子もない。

 次いで悠也が子供ほどの背丈で、2頭身の雪だるまのようなペルソナ"ジャックフロスト"へと切り替え、氷結系スキル【ブフ】を放つ。
 ブフによる氷の飛礫がシャドウへと当たった瞬間、飛礫は悠也自身へと跳ね返される。
 しかし、降魔しているジャックフロストの特性で氷結系の攻撃は無効のため、飛礫は全て悠也に触れる前に消滅する。

 その間にシャドウの側面に回り込んだ順平がヘルメスを喚び出し、斬撃属性の【スラッシュ】で攻撃を加える。
 ゆかりは綾乃達がシャドウの注意を逸らしている間に背後に移動して【ガル】を放つが全身を切り刻まれたシャドウに怯んだ様子はない。

 シャドウは自身の前方に手を差し出し、何かを誘う仕草をする。
 その仕草に反応して、虚空から冠を被った髪の毛のシャドウが二体現れる。


『仲間を呼んだかっ! 小賢しい!』

 巨大シャドウの左手側に召喚されたシャドウが、巨大シャドウに回復スキルの【ディア】を唱え、傷を回復させる。

「回復までさせるの!? 私と悠也が召喚されたシャドウを仕留めるから、ゆかり達は本体の巨大シャドウに続けて攻撃して!」

 綾乃の指示と同時に美鶴からアナライズの結果が伝えられる。
 その結果判明したことは、氷結属性は反射。光と闇属性は無効であるとの事。
 綾乃は、召喚されたシャドウと似たような姿をしたシャドウに効果があった【アギ】で攻撃してみる。
 放たれた【アギ】が命中するも、シャドウは何事もなかったかのように宙に浮いている。

「火炎属性は無効!? 悠也、ブフで攻撃してみて!」

 綾乃は【アギ】が効果がないと判った瞬間、悠也に逆属性に当たる氷結属性での攻撃を指示する。
 巨大シャドウと同じく氷結属性が反射だとしても、悠也には氷結属性は効かないので確認するのには打って付けだ。
 その意図を理解した悠也は再びジャックフロストを喚び出すと【ブフ】でシャドウを攻撃する。

『弱点にズバリだ!』

 美鶴の言葉通り、シャドウは【ブフ】を受けた瞬間に消滅する。
 それを見た綾乃は自身のペルソナをアプサラスへと変更すると、悠也と同じく【ブフ】を使いシャドウを消滅させる。

 二人がそれぞれシャドウを消滅させている間、順平はひたすら【スラッシュ】で巨大シャドウを攻撃していた。
 ヘルメスは【アギ】を使うことも出来るのだが、物理攻撃の方が遙かに威力が高い。
 物理系のスキルは体力を消耗するので、ゆかりがその都度【ディア】で順平の体力を回復させる。

 シャドウを撃退した綾乃と悠也もゆかり達に加勢して、それぞれのペルソナで攻撃を加えていく。
 綾乃のリリムが【ジオ】でシャドウを感電させると、悠也がジャックフロストの【ソニックパンチ】でシャドウを殴りつける。
 ゆかりのイオの放つ【ガル】が追い打ちをかけ、動きが鈍ったところを順平のヘルメスが【スラッシュ】で切り裂き、シャドウを消滅させる。

「うしッ! さっすが、オレ。やったぜ、オレ!」

 シャドウを仕留めた順平が、得意になって喜んでいる。

「順平、喜ぶのは後だ。まだ列車は止まっていない!」

 悠也が指摘するように、モノレールは未だ走り続けている。

「そっか! ブレーキかかんないと、すぐには……!」

『おい、どうしたっ!? 前の列車は、すぐそこだぞ!』

 ゆかりが原因に気付き、美鶴が逼迫した声で急を告げる。

「とにかく、ブレーキ!」

 綾乃はそう叫ぶと運転室へと飛び込み減速レバーを倒すが、レバーが固くビクともしない。

「くっ……悠也!」

 綾乃の声に悠也も運転室へと飛び込み、綾乃と一緒にレバーを倒す。
 甲高い金属が擦れる音と共に、モノレールは急停車する。

「と……止まった?」

「止まってる……みたい」

『おい、怪我はないか!?』

 順平とゆかりが呆然とする中、美鶴からの通信が入る。

「い、一応、大丈夫です。や、やば、あたしヒザ笑ってる……」

 美鶴の通信に返事を返したゆかりのヒザは、ゆかりの言う通り小刻みに震えている。

「あーっ、あーもうっ、メチャメチャ、ヤな汗かいたっつーの」

 順平も動揺を隠すように文句を零す。

「二人とも、大丈夫か?」

 運転室から出てきた悠也が二人に声を掛ける。

『フゥ、無事らしいな。今回は、バックアップが至らなかった。済まない……私の力不足だ』

 全員が無事なことに安堵した美鶴が皆へと謝罪する。

「桐条先輩、シャドウの反応はどうですか?」

『シャドウの反応はもう無い。よくやってくれた、安心にして戻ってくれ』

 綾乃の確認に美鶴が答え、全員に戻るように指示を出す。

「てか、ブレーキ、よく判ったね?」

「女の勘、かな?」

「女の勘って、そういうトコに働かないでしょ……」

 ゆかりの質問に答える綾乃に、呆れたようにゆかりが感想を述べる。

「ああ……いーや、もう何でも。つか、帰り、なんか食ってかねぇ? 安心したらハラ減っちったよ」

「……影時間が終わって、騒ぎになる前に帰るよ」

 順平の言葉に、綾乃が冷たい声で釘を刺す。

「ここから巌戸台駅まで結構な距離があるから、その方が良い」

 悠也も綾乃に同意し、二人を急がせる。

「そうだね、急いで戻らないとマズイかも。順平、行くよ」

 綾乃の様子から、おおよその見当が付いたゆかりも綾乃の意見に同意する。
 ただ一人、順平だけが綾乃の異変に気付かず悠也とゆかりの言葉に従い、モノレールを後にする。


 綾乃達が戻ってくるまでの間、美鶴は作戦室へと通信を繋いでいた。
 作戦室へと通信を繋げると、明彦が応答を返す。

『こちら現場だ。たった今、全て片付いた。モノレールにも目立った被害はない』

「ご苦労様、桐条君。やー、列車が乗っ取られたと聞いた時は、正直どうなるかと思ったけど、上出来だよ」

 美鶴の報告に寮へと到着していた幾月が応じる。

「これなら明日の朝刊にヘンな大見出しが出るような事は、無くて済むね」

 一番の気掛かりが解消された安堵か、そう話す幾月の声音は明るい。

『彼女達がよくやってくれました。短期間で驚くほど成長しています』

「しかし、シャドウの様子……ただ事じゃないですね。モノレールを乗っ取るなんて、調子に乗り過ぎてる」

「こちらでも調べてるよ」

 今回の状況について、明彦が忌々しく言葉を零し、幾月が状況を伝える。

『ついに……"始まった"という事なんでしょうか?』

「うーん……まだ早計には言えないけどね……ま、とにかく、まずは現れるきっかけを突き止めない事にはね」

 美鶴の質問にまだ答えが出せない幾月は、現状における問題点を指摘する。

「いつも、こんな土壇場まで分からないのは、どうにもマズイ」

『私にもっと力があれば、みんなの負担を軽く出来るんですが……』

 幾月の指摘に、美鶴が気落ちした様子で答える。

「気にしなくていいさ。君はよくやってくれてる。そんなことよりね……真田君さ……なんか、飲みモノ持ってない?」

「は……? というか幾月さん、今日、何だか疲れてませんか? まさか、表に停めてあった自転車……」

「明日、いや、明後日あたり……筋肉痛かな、こりゃ」

 美鶴を労った幾月は明彦にそう尋ねると、困った表情で自身に訪れるであろう体調不良をぼやく。





 美鶴達が寮へと戻ると、明彦と幾月がラウンジで皆を出迎える。

「お疲れ様。皆、本当に良くやってくれたね」

「オレ達にかかれば、シャドウなんてチョロいッスよ!」

 皆を労う幾月の言葉に、気を良くした順平が得意げになる。
 ゆかりが順平の調子の良さに呆れる中、冷めた目で順平を見ていた綾乃が美鶴に声を掛ける。

「桐条先輩、伊織君(・・・)を探索メンバーから外してもらえませんか?」

「……なっ!?」

 突然の綾乃の言葉に順平は驚く。
 明彦も怪訝な視線を綾乃へと向け、幾月は興味深そうに綾乃を見ている。

「何でオレが外されなきゃなんねーんだよ! さては綾乃ッチ、オレの活躍が気に入らなかったのか?」

「伊織は良くやっているだろう。なぜ外す必要がある?」

 シャドウを倒したことで気を良くしている順平が、得意げになって綾乃に反論し明彦もそんな順平を擁護する。

「綾乃、理由を聞かせてもらっても構わないか?」

 理由の見当はついているが、美鶴は綾乃に確認を取る。

「今回、伊織君(・・・)の勝手な行動でゆかりが危険な目に遭いました。現場指揮を執る立場としては、仲間を危険に晒す彼は害にしかならないと判断します」

 一瞬だけ順平に冷めた視線を向けた綾乃は視線を美鶴へと戻し、順平のことを伊織君と名字を強調して呼びながら理由を述べる。

「ゆかりッチが危険な目にって、別に何とも……って、そういや何で悠也の上着を着てるんだ?」

 今になって、ゆかりが悠也の上着を着ていることに気付いた順平が訊ねてくる。

「伊織だって頑張っているんだ、多少の失敗くらい仲間内でフォロー出来るだろう?」

「ゆかりは今回、命を落としかけたんです。真田先輩、誰かが犠牲になっても同じ台詞が言えますか?」

 順平と明彦の言葉に、視線を更に冷たくした綾乃が明彦へと訊ねる。

「犠牲って、それは……」

 綾乃の言葉に、明彦は口ごもる。

「伊織君と真田先輩にハッキリ言いますが、これはゲームじゃないんです。遊び感覚で行動されるのが一番迷惑です」

 綾乃の言葉に順平と明彦が反論しようとするが、それよりも早く美鶴が言葉をかける。

「確かに、綾乃の云うことに一理ある。二人とも、今後は軽率な行動は控えてくれ」

 美鶴の言葉に、二人は押し黙る。その様子を確認した美鶴は綾乃へと視線を向ける。

「綾乃、君の言い分ももっともだが、現状においては伊織を外すのはあまり好ましくない。思うところはあるだろうが、今回だけは許してやってはもらえないか?」

「嫌です。信用できない相手に命を預けることは出来ません」

「そうか……ならば仕方がない。綾乃、君はここの所ちゃんと休んでいないだろう? 暫くの間はタルタロスの探索からは外れていてくれ」

 美鶴の言葉に順平は驚き、綾乃は美鶴へと厳しい視線を向ける。

「……解りました」

 美鶴の表情から何かを読み取った綾乃は、反論することを止めて指示に従う。
 その様子を見ていた幾月が皆へと声を掛ける。

「取り敢えず、この件についてはひとまず置いておこう。君達も疲れているだろう? 今日の所はもう休みなさい」

 幾月の提案に、確かに身体が疲労しているので順平達は従い、それぞれの部屋へと戻る。
 ゆかりはラウンジに残る綾乃と美鶴に心配そうな視線を向けるが、二人に休むよう促されたのでそれに従い階段を上がっていく。

「……済まないな」

 皆がいなくなり、美鶴はラウンジに残る綾乃と幾月の前で綾乃に謝罪する。

「どういうつもりですか?」

「そうだね、僕も桐条君の意図を知りたいね」

「先ほども言った通りだが、君はここの所ちゃんと休んでいないだろう? 君に何かがある方が、今後の事を考えると一番の問題だ」

 綾乃と幾月の質問に美鶴が答える。

「なるほどね、桐条君は白妙君が体調を戻す間に、伊織君を教育するつもりだね?」

「そうなりますね。今のままでは綾乃の云う通り、手遅れになる可能性が高い。そうなる前に、彼には現実を正しく認識してもらいます」

 幾月の確認に、美鶴が思惑を語る。

「ゆかり達への負担が大きくなりますけど、その辺りはどうするのですか?」

「君を同行させて、これ以上に伊織を頑なにするよりはマシだろう? 岳羽には私から説明するから、悠也の方へは君から説明してくれないか?」

 綾乃の指摘する問題点に、美鶴はベストではない方法と理解しつつも綾乃にそう答える。

「分かりました。悠也には私から説明します」

 綾乃自身もその事は理解しているので、美鶴の指示に従うことにする。
 悠也に指摘され、無理は控えるようにはしてきたのだが、それまでに蓄積していた疲労がまだ取れていないのも事実だ。

「それじゃ、そうと決まったのなら僕もそろそろ帰るよ。二人とも疲れているんだから早く休むように」

「はい、理事長もお疲れ様でした」

「お休みなさい」

 幾月の言葉に美鶴と綾乃がそれぞれ挨拶を返し、その挨拶を背に幾月は寮を後にする。
 美鶴と綾乃は幾月を見送った後、それぞれ自室へと戻る。
 自室へと戻り、綾乃は倒れ込むようにベッドに入る。問題は山積みだが、今は疲れが酷くてこれ以上は考えることは出来ない。
 綾乃は、疲れに身をゆだねるとすぐに眠りについてしまう。
 今はただ、身体の疲れを癒すことだけに専念して……




――NEXT Chapter――


 少女は少年と距離を置き、少年は望みを叶える。
 独り彷徨う少女に訪れる新たな出会い。

 都合の良い理想(幻想)を描く少年は、少女の背負っていた重みを知る。

――こんな筈じゃない

 認めたくない現実に、少年は独り涙する……


 次回、PERSONA3 Refrain ~絆繋いで~

Chapter 4:Pain to pain

――その痛みは、心に刺さった"後悔"という名の小さな棘――





2010年02月27日 初投稿



[15158] ◆ Chapter 4:Pain to pain ◆
Name: 葵鏡◆3c8261a9 ID:01c67d80
Date: 2010/08/30 02:50
――――思いやる気持ちというモノは、人も動物も変わらない

      言葉という概念がない分、動物の方が純粋なのかも知れない

              ……だとしても

                     言葉にしないと伝わらない"想い"もまた、確かに存在するのだ……




 あの満月の夜から数日が過ぎた。
 綾乃は順平の存在を意図的に意識の外に置き、必要がない限り話しかけることも無くなった。
 順平も同様に、意図的に綾乃とは顔を合わせないように登下校の時間をずらし、寮でもラウンジに居ることが少なくなっていた。

「綾乃ちゃん、何かあったの?」

 昼休み、一緒に昼食を食べている風花が綾乃に訊ねる。
 その表情は綾乃のことを心配しており、自身に何か出来ないかと問い掛けているようでもあった。

「うん、大丈夫だよ、風花。最近は色々と忙しかったからちょっとボーッとしちゃっただけ」

 風花にこれ以上の心配を掛けないように、綾乃は風花に微笑みながら答える。

「そう? なら良いのだけれど、私に力になれるような事があったら遠慮無く言ってね?」

「うん、ありがとう風花」

 綾乃は風花の気遣いに感謝しつつ、お弁当のおかずを口へと運ぶ。
 その様子を見ていた風花は、思い出したかのように綾乃へと話しかける。
 
「そう言えば綾乃ちゃん、長鳴神社の白いわんちゃんって知ってる?」

「白い、わんちゃん?」

 風花の問い掛けに、綾乃が小首を傾げる。

「うん、私も友達から聞いた話なんだけど……」

 風花の説明によると、長鳴神社で飼われていた犬で、飼い主である神主が亡くなった後もその場を守るように、散歩の時以外は境内に居るのだという。

「そのわんちゃんって、現代の忠犬ハチみたいだね」

「そうだね。今も亡くなった神主さんを想って、その場に居るのが少し悲しいけれど……」

 そう言って表情を曇らせる風花。

「風花は優しいよね。でも、噂になるくらいだから、そのわんちゃんって周りの人達に良くして貰っているんじゃないかな?」

「あ、そうか。そうかも知れないね」

 綾乃の言葉に風花が表情を明るくする。

「風花、今日の放課後って予定ある? 無ければ、そのわんちゃんに会いに行かない?」

「ごめんね、綾乃ちゃん。今日は家族からお遣いを頼まれているから……」

 綾乃の誘いに風花が申し訳なさそうに答える。
 申し訳なさそうにする風花に綾乃は『気にしないで』と答えると、風花とはまたの機会に会いに行こうと約束をする。





――放課後

 用事でポロニアンモールへと向かう風花と別れた綾乃は、途中でドライフードを購入して長鳴神社へと向かう。
 長鳴神社は巌戸台駅から北上した場所にあり、階段を上った先に境内がある。
 階段を上り境内へとやって来た綾乃は、それらしい白い犬が居ないか境内を見渡す。

「……あれ、かな?」

 境内左手奥、ご神木と稲荷の間の人目につかない場所に、赤いロングコートに黒のニットキャップを被った人物がしゃがんでいる。
 その人物の前で白い犬が何かを食べているようだ。おそらく、あの犬が風花の言っていた白いわんちゃんなのだろう。

「そう慌てなくても誰も取らねえから、落ち着いて食え」

「ワンッ!」

 コートを着た人物の低いが優しい声に、白い犬が嬉しそうに鳴く。
 その様子に綾乃は、コートを着た人物が動物好きで優しい人なんだなと思う。
 そんなことを考えながら眺めていた綾乃に気付いたのか、白い犬が綾乃の方を向いて一声「ワンッ!」と鳴く。

「ッ!?」

 その鳴き声にコートを着た人物が綾乃の方へと振り返り、驚いた表情をする。

「今日は。動物、お好きなんですね?」

「……てめえ、いつから居やがった?」

 そう話しかける綾乃に、コートを着た人物が低く凄みのある声で訊ねてくる。
 しかし、先ほどの姿を見ていた綾乃にはコートを着た人物が、照れ隠しにそういう態度を取っているのだと思い取り乱すことなく質問へと答える。

「ついさっき着たところです。私もそのわんちゃんに差し入れを持ってきたんですけれど、先客が居るとは思いませんでした」

「……チッ」

 手に持ったドライフードの缶を見せながら答える綾乃に、コートを着た人物がバツの悪そうな表情で舌打ちをする。

「私の持ってきた分をわんちゃんにあげたら、食べ過ぎになりますか?」

 その態度を気にすることなく、綾乃がコートを着た人物に問い掛ける。

「……いや、近所のヤツらも与えていると思って少なめにしているから、おめえの持っている分くらいなら大丈夫だろう」

「よかった。ドライフードで申し訳ないけれど、良かったらこれも食べてね」

 ぶっきらぼうだが質問にちゃんと答えてくれる所を見ると、この人物は律儀なのだろう。
 その答えに、綾乃は嬉しそうに持ってきたドライフードの缶を開けて中身を白い犬へと与える。

「わふっ」

 白い犬は綾乃の言葉に嬉しそうに鳴くと、与えられたドライフードを食べ始める。
 綾乃がその様子を眺めていると、不意にコートを着た人物が手水舎の方へと移動し、手に持つ容器に水を汲み入れる。
 容器に水を入れ終え戻ってくると、白い犬の前に水を入れた容器を静かに置く。

「ちゃんと水も飲まないとな」

 言葉を理解しているのか、ドライフードを食べ終えた白い犬は置かれた容器から水を飲む。
 細かな気配りに、綾乃は先ほど感じた人物像が間違っていないと確信する。

「優しいんですね」

「……ッ!? そんなんじゃねえよ」

 綾乃の言葉に、コートを着た人物は視線を綾乃から逸らす。
 照れているのだろう。微かに顔に赤みが差している。

「私、白妙綾乃( はくみょうあやの )っていいます。あなたは?」

「……荒垣( あらがき )だ」

 先ほどの姿を見られたせいか、軟らかい表情の綾乃にコートを着た人物、荒垣は凄むだけ無駄だと思ったのか自身の名前を教える。

「荒垣さん、か。荒垣さんは、このわんちゃんの名前を知っていますか?」

「おめえ、知らねえで来たのかよ?」

「今日、友達にこのわんちゃんの話を聞いたばかりだから……」

 呆れたように聞いてくる荒垣に、綾乃がバツが悪そうに答える。

「……ったく。コイツは虎に狼、そして丸と書いてコロマルっていうそうだ」

「勇ましい名前ですね。コロマル……コロちゃんか」

 綾乃の呟きに白い犬、コロマルが水を飲むのを止めて綾乃の方へと顔を向ける。
 コロマルのキョトンとした様子に綾乃は表情を綻ばすと、優しくコロマルの頭を撫でる。
 人に馴れているのか、コロマルは嫌がる素振りを見せずに綾乃の好きにさせている。

「そろそろ日が暮れる。最近は物騒だから、おめえも早く帰れ」

 辺りも暗くなり始めた頃、荒垣が綾乃に帰るように促す。
 その言葉に、綾乃は名残惜しそうにコロマルから手を離すと荒垣へと視線を向ける。

「ありがとうございます。また、会えますか?」

「は?」

「知り合ったのも何かの縁ですから」

「……縁があったら、また会えるだろうよ」

 何の思惑もない表情で話しかけてくる綾乃に、荒垣は呆れたように答える。
 荒垣の返事に気を良くした綾乃は、そのまま階段の方へと移動する。
 その後を、コロマルが綾乃をエスコートするかのように付いていく。
 
「コロちゃん、私を送ってくれるの?」

「ワンッ!」

「ありがとう、コロちゃん。それじゃ、お願いするね」

 コロマルと共に階段まで移動した綾乃は、そのまま階段を下りず立ち止まると、荒垣の方へと振り返る。

「何だ?」

「荒垣さん、また会いましょうね」

「つまんねぇ事を言ってないで、さっさと帰れ!」

 怪訝そうに訊ねる荒垣に綾乃はにこやかに答える。
 その言葉に荒垣は凄んで怒鳴ってみせるが、綾乃は気にした風もなく荒垣に手を振って階段を下りていった。

「……変な女」

 綾乃が境内から立ち去って暫く後に、荒垣がそう呟く。
 その表情はどこか疲れた様子だったが、口元は微かに綻んでいた。




 コロマルと共に巌戸台分寮へと向かう道中、綾乃は先ほど知り合った荒垣のことを考えていた。
 他人を寄せ付けないようにしているが、聞かれたことにちゃんと答えてくれる辺り、人が嫌いというわけでは無さそうだ。
 動物はそういったことをよく見ているので、コロマルの態度から彼が優しい人柄であるのは間違いないだろう。
 だけど、何かを押し殺したような瞳が綾乃には一番気になっていた。
 綾乃自身なぜ気になるのかは解らないが、順平や明彦と違い頼りになりそうな人だなと思う。

「おや、コロマル。お散歩かい?」

「ワンッ」

 そんなことを考えていると、見知らぬ主婦らしき人物がコロマルに声を掛けてきた。
 綾乃が声のした方へ視線を向けると、買い物帰りと思わしき女性がコロマルの頭を撫でている。

「今日はこのお嬢ちゃんとお散歩かい?」

 そういって女性は綾乃の方へと視線を向ける。

「いえ、コロちゃんが私を寮まで送ってくれているんですよ」

 綾乃が女性の言葉にそう訂正すると、相好を崩した女性は『コロマルは偉いわねぇ』としきりに褒め称えていた。
 女性と別れてしばらくすると、近くを通りかかった小学生くらいの子供達や大学生くらいの女性が近付いてきてはコロマルの頭を撫でていく。
 綾乃はその様子から、コロマルが皆から愛されているのを感じて表情を綻ばせた。

「ありがとう、コロちゃん。無事にたどり着けたよ」

「わふっ」

 お礼を述べる綾乃に、コロマルが返事を返す。
 コロマルは相当に利口で、そして優しい犬なんだなと思う。
 寮に戻ってくるまでの間に見たコロマルに対する人達の様子と、その人達に対するコロマルの態度から綾乃はそう考える。
 よく見ていないと気付かない事だが、子供達がコロマルを撫でようとした時に、コロマルは子供達が撫でやすいように僅かだが躯の位置を下げたのだ。

「本当、コロちゃんは賢くて優しいね」

 そう言って、コロマルの頭を優しく撫でる綾乃の脳裏に声が響く。

――汝、"剛毅"のペルソナを生み出せし時

――我ら、更なる力の祝福を与えん……

 コロマルとの間に結ばれた絆に、綾乃は驚く。
 それが態度に出たのであろう。コロマルが心配そうに綾乃の手に頭をすり寄せる。

「ありがとう、コロちゃん。心配してくれたんだね」

 コロマルの気遣いを感じた綾乃は、コロマルにお礼を述べる。

「姉さん?」

 そんな綾乃に、寮から出てきた悠也が声を掛けてくる。

「あ、悠也。ただいま」

「その白い犬は?」

「この子はコロちゃん。私を寮まで送ってくれたんだよ。ね、コロちゃん」

「ワンッ!」

 悠也の質問に綾乃が答え、コロマルも返事を返す。

「へぇ、賢いんだね。初めまして、僕は彼女の弟の悠也、姉さんを送ってくれてありがとう」

 しゃがみ込み、コロマルに視線の高さを合わせた悠也がコロマルの頭を優しく撫でて自己紹介をする。
 悠也の挨拶にコロマルは『ワンッ』と返事を返すと、悠也の周りをクルリと一周回り、不思議そうに悠也の手に鼻を寄せて匂いをかいでいる。 
 その様子に悠也は戸惑った表情をしつつも、コロマルの好きにさせている。

「ね、悠也。何か匂いが付くようなことでもしてた?」

「あぁ、さっき夕飯の支度をしていたから、その時に付いたのかも」

 綾乃の問い掛けに、悠也が合点がいった表情で答える。
 おそらく、悠也に付いた食べ物の匂いにコロマルが反応したのだろうと綾乃達は納得する。

「姉さん、犬って玉ねぎとか大丈夫だったっけ?」

「確か、ネギ類は駄目だったと思う。何を作ってたの?」

「ハンバーグなんだけど、ネギ類は駄目なのか……」

 コロマルに作っていたハンバーグを与えようと思った悠也が綾乃に確認を取るが、どうやら玉ねぎは駄目らしい。

「付け合わせは何にしたの?」

「茹でたニンジンとフライドポテトだけど」

「じゃ、茹でたニンジンを少し持ってきて。確か茹でたニンジンは食べさせて良いモノだったから」

「解った」

 そんな悠也の思いを酌んだのか、綾乃がハンバーグの付け合わせを悠也に確認し、茹でたニンジンを少し持ってくるように指示を出す。
 綾乃の指示に従い、悠也が茹でたニンジンを小皿に乗せて持ってくる。

「ニンジンは塩茹でにしたの?」

「いや、フライドポテトの方に塩が利いているから、ニンジンは味付けせずに圧力鍋で湯でただけだよ」

 綾乃に答えた悠也は、コロマルの前にニンジンの載った小皿を置く。
 コロマルは置かれた小皿を見て、それから悠也の方に視線を向ける。

「少なくて申し訳ないけれど、良かったら食べて」

 悠也の言葉に、コロマルが小皿に乗せられたニンジンの匂いをかいでからハグハグと食べる。

「ワンッ」

 ニンジンを食べ終えたコロマルがお座りをして、尻尾を左右に振りながら悠也に一声鳴く。

「お粗末様でした」

 その様子が『ご馳走様でした』と言っているように見えたので、悠也が表情を綻ばせながらコロマルへと返事を返す。
 悠也の返事を聞いたコロマルは起ちあがると綾乃の方へと視線を向けその後、悠也の方へと視線を向けるとそのまま寮の前から移動を開始する。

「ありがとう、コロちゃん。またね」

 綾乃の言葉にコロマルは尻尾を左右に振って答えると、振り向くことなくそのまま歩いて去っていった。

「賢い子だね。姉さん、どこで知り合ってきたの?」

「風花に聞いてね、長鳴神社に会いに行っていたの」

 悠也の問い掛けに綾乃が答える。

「姉さんの行動力にはいつも驚かされるよ。今日は食べてきたの?」

「ううん、お腹ぺこぺこ」

「そう。もう少ししたら焼き始めるから、今日は久しぶりに一緒に食べよう」

「今日は遅いんだ?」

 悠也に答えた綾乃が主語を省いて確認する。
 それが誰を指してのことか理解している悠也はそれには答えず寮の中へと移動する。




「今日辺りに再開すると思うけど、姉さんから何かある?」

 珍しく姉弟二人きりでの夕食を摂っている中、悠也が綾乃に問い掛ける。
 悠也の問いに綾乃は食事の手を止め箸を置くと、少し考える素振りを見せる。

「悠也、今使えるペルソナは魔法属性を全部押さえている?」

「ヨモツシコメに"スキルカード"の【ガル】を使えば破魔と呪殺以外は全部使えるようになるよ」

「それなら使えるようにして、ベルベットルームでペルソナ全書に登録した方が良いと思うよ」

 巨大シャドウと戦った翌日にエリザベスから連絡があった。
 連絡の内容はタルタロスの閉ざされていた道が開かれたこと。
 そして、今まで顕現したペルソナ達を記録し、いつでも降魔出来るペルソナ全書というモノが使えるようになったこと。
 ペルソナ全書のお陰で費用は掛かるが、新たにペルソナを生み出す際に使用したペルソナを、その時の状態のまま降魔出来ることの恩恵は大きい。
 ただ、奇妙なことに悠也と綾乃では内容が異なっていた。
 悠也の方は白紙のページに顕現したペルソナが新たに書き加えられるのに対して、綾乃の方はページが黒く塗りつぶされた状態になっているのである。
 原因はイゴールにも解らないと言うことだが、黒く塗りつぶされたページは何らかの条件でペルソナの情報が記載された状態になるようである。
 その状態にならない限り綾乃は利用することが出来ないのだが、記載されているペルソナは悠也のペルソナと違い基本能力が高いようだ。
 使えるようになった"リリム"を試しに降魔してみた所、使えるスキルが数段上の性質になっていた。
 元々、リリムの使えるスキルは【アギ】や【ジオ】といった威力が初期レベルのモノなのだが、何故か【マハラギオン】や【マハジオンガ】と言った中威力の広範囲スキルなのである。
 ペルソナ全書にはスキルが全部記載されていたのだが、降魔した状態だと2~3のスキルしか使えないようだ。
 どうやら、ペルソナの能力を綾乃が制御しきれないのが原因らしい。
 綾乃自身が成長することによって、ペルソナの能力を徐々に引き出せるようになるだろうというのがイゴールの見解だ。

「解った。姉さんの方のペルソナ全書は、色々と制約があるからね」

「降魔に掛かる費用も大きいし、全部の能力が使えるわけじゃないしね……」

 悠也の言葉に綾乃が苦笑混じりに答える。

「そう言う意味では、スキルカードは便利だよね。本来ならペルソナが習得できないスキルすら、習得させることが出来るのだから」

「私がペルソナ全書から降魔したペルソナには、使えないけどね」

 スキルカードとは、成長したペルソナから渡されるカードで、任意のペルソナにそれぞれのスキルを習得させることが出来るアイテムだ。
 ペルソナが習得できるスキルの数には限りがあるので、あれこれと習得させることは出来ないが、使いようによってはこれ程に有用なモノはないだろう。

「多分、姉さんの方はペルソナの能力が全て使えるようになってからでないと駄目なんじゃない?」

「そうかも知れないね。まぁ、確認できるのは暫く先だと思うけど……ごめんね、悠也とゆかりには負担をかけることになったね」

「いいさ。あのままだと順平も意地になって姉さんの言うことを全く聞かないだろうし、姉さんにも負担が掛かるから」

 気落ちした綾乃の言葉に悠也が答える。
 綾乃は全員の安全を第一に考えているのに対して、順平は自身が活躍する事を第一に考えている節がある。
 遊びでない以上、順平の考えが改まらない限り綾乃と行動を共にすることは無理だろう。

「悠也。トラエストジェムとトラフーリジェムをゆかりと二人で分け持っていて。危険になったらすぐに逃げるのよ?」

「うん、解っている。そろそろ順平が戻ってくる頃だから、姉さんは部屋に戻った方が良いよ。後片付けは僕がやっておくから」

「……ありがとう。それじゃお願いね、悠也」

 悠也の言葉に頷いた綾乃は、食事を終えて自室へと戻る。
 食べ終えた食器を悠也が片付け終えたところで順平とゆかりが寮へと戻ってきた。

「……ういっす、ただいま」

「ただいま……って、悠也だけ?」

「おかえり。順平、岳羽さん」

「珍しいな、悠也だけって。いつもなら先輩達が居るはずだけど……」

「桐条先輩なら、作戦室で真田先輩と調べ事をしているよ。二人ともご飯は?」

「軽く食べてきたけど、何かあるの?」

「オレっちは腹ぺこ、何か食わせてくれ」

「じゃ、少し待ってて。今日はハンバーグを作ったから、今から焼くよ」

 そう言って悠也は冷蔵庫からハンバーグを取り出すと、手際よく二人の食事の準備を進めていく。
 付け合わせのニンジンとフライドポテトを添えて出されたハンバーグは、綺麗な焼き目が付いていてゆかり達の食欲を誘う。
 ご飯とコンソメスープを粧い、ゆかりと順平の前にそれぞれ並べる。

「悠也はもう食べたの?」

「うん、さっき姉さんと済ませたよ。冷めないうちにどうぞ」

「いっただきま~す!」

 ゆかりの質問に悠也が答えると同時に、順平がハンバーグを食べ始める。
 余程と空腹だったのか凄い勢いで食べる順平に呆れながら、ゆかりもハンバーグを切り取り口へと運ぶ。

「あ、美味しい……」

 良く捏ねられた生地に混ぜられた玉ねぎの甘みが、肉汁と混ざり深みのある味わいを出している。
 コンソメスープの味付けはアッサリして、ハンバーグの味をくどく感じることもない。
 付け合わせのニンジンは軟らかく甘みがあり、フライドポテトの塩味がアクセントになっている。

「あ、そうだ。二人とも、食事が終わったら作戦室へと集まって欲しいって桐条先輩から」

 美味しそうに食べる二人に悠也が話しかける。

「作戦室にって、何かあったのか?」

「急ぎだったら食事の後でって事は無いでしょ?」

「タルタロスの探索を再開するんじゃないかな?」

 疑問を述べる順平にゆかりと悠也がそれぞれ答える。

「ようやく再開か……ん、でもお前の姉ちゃんは居ないんだろ? どうすんだ?」

「その辺も、作戦室に行けば説明があるんじゃない?」

 綾乃が探索から外されていることを思い出した順平の言葉にゆかりが多少、投げやり気味に答える。
 美鶴から事前に説明を受けてはいるが正直な所、綾乃が居ない状態だと心許ない。
 悠也の方も綾乃から説明を受けているそうだから、二人で頑張るしかないのだが……

「うしっ! ごっそさん、それじゃ先に行ってるぜ」

 いち早く食事を摂り終えた順平が階段を上がっていく。
 順平の姿が見えなくなってから、ゆかりは悠也の方へと視線を向ける。

「ね、悠也はどう思う?」

「順平の事? 正直、不安要素はあるけれど僕達が気をつけるしか無いんじゃないかな」

「やっぱり、そうなるのか……悠也への負担が大きくなると思うけど、大丈夫なの?」

「……出来ることはやったつもりだから、後はなるようにしかならないかな」

 ゆかりの不安ももっともだが、こればかりは無責任に『大丈夫』とは言えないので、悠也は正直に答える。
 綾乃の不在による影響は大きいと思うが、無茶せず慎重に行動すれば何とか出来るはずだ。
 食事を終えたゆかりは悠也と共に食器を片づけると、順平に遅れて作戦室へと向かう。

「遅くなりました」

 ゆかり達が作戦室へと入ると美鶴と明彦、そして順平がゆかり達へと視線を向ける。

「遅かったな、ゆかりッチ。飯、ゆっくり食べてたんだな」

「……あのね、順平。食べた後の食器を片付けもしないで、何を言っているのよ」

「あ、悪ぃ……」

 ゆかりからの反論に、順平はバツの悪そうな表情を見せる。
 確かに、食事を終えてすぐ作戦室へと向かったために、食べ終えた後の食器をそのままにしていた。
 探索が再開されると思い、その事ばかりに意識が行っていたのは否めない。

「お前達、話を続けても良いか?」

 そんなゆかり達のやり取りに、明彦が割り込む。
 ゆかりと悠也がソファに座ると、美鶴が全員の顔を見渡してから用件を伝える。

「先日の大型シャドウとの一件から数日が過ぎたわけだが、そろそろタルタロス探索の方も再開しようと思う」

 美鶴の言葉に順平達の表情が真剣なモノになる。

「以前、タルタロスが複数のエリアに分かれていると言ったのを覚えているか?」

「そう言えば言っていたような?」

 順平が自信なさげに呟く。

「私の"ペンテシレア"の力で解ったが、1つ目の足止めは、既に開いた」

「桐条先輩、タルタロスへ調べに行ったんすか?」

「あぁ、エントランスからの確認だがな。どうやら、時期が来ると、1つずつ順に開いていくらしい」

 順平の疑問に美鶴が答える。
 美鶴の説明によると、タルタロス内部の雰囲気が変わっていており、おそらくは先へと続く道が開けたと思われるとのことだ。
 綾乃の件があり、すぐに探索に向かわせるわけにはいかなかったので、美鶴一人で調べていたらしい。

「それじゃ、今日から探索再開なんすか?」

「そう言うことだ。明彦は今暫くは回復に専念して貰うから、君達三人に負担をかけることになるが、大丈夫か?」

「大丈夫っすよ! 俺達だって強くなっているんですから、任せてくださいよっ」

 現状の不安を心配する美鶴に、順平が力強く答える。

「そうか。それならば伊織、君が今回の探索の指揮を執れ」

「えっ!? マジっスか!!」

 美鶴の言葉に順平が驚きながらも確認を取る。

「あぁ、責任は重大だが、やれるか?」

「勿論っすよ! 任せてください!!」

 順平は、美鶴の確認に力一杯の返事を返す。

「解った。それではいつもの時間にラウンジに集合、各自それまでに準備を済ませておくように」

 全員を見渡して美鶴がそう言葉を締める。
 順平は、美鶴の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで作戦室から出ていき自室へと探索の準備に向かう。
 それから遅れてゆかりと悠也が作戦室を後にする。

「おい、美鶴。伊織に任せて大丈夫なのか? 俺はてっきり悠也に任せると思っていたんだがな」

 作戦室に残った明彦が美鶴へと問い掛ける。

「明彦、この前の綾乃に言われた言葉を忘れたのか?」

 美鶴の言葉に以前、綾乃に云われた言葉が脳裏を過ぎる。

『誰かが犠牲になっても同じ台詞が言えますか?』

「おい、美鶴。お前、まさか……」

 どこか憂いを秘めた美鶴の表情を見た明彦は、ある可能性に思い至り口ごもる。

「このままだと伊織は、2年前のあの時と同じ道を辿るかも知れないんだ」

 美鶴の言わんとしていることに明彦は愕然とする。
 あの時の状況とは違うが、このままだと確かに伊織は取り返しの付かない失態を犯すかも知れない。

「他の二人に掛かる負担は大丈夫なのか?」

「二人には予め説明している。綾乃を探索メンバーから外している以上、どちらにせよ負担が掛かるのは明白だ」

「くそっ! 俺の怪我さえ完治していれば……」

 美鶴の説明に、明彦は自身の怪我が完治していないことへの苛立ちが隠せない。

「そう思うのなら無理はせず、早く怪我を治せ」

 憤る明彦にそう言って、美鶴は自身の準備をするために作戦室を後にする。

「……シンジ」

 明彦は拳を強く握りしめ、ココを去っていった仲間の名を呟く。




 自室へと戻った順平は嬉しさに気分が高揚していた。
 てっきり悠也が探索のリーダーになると思っていたのだが、この間の活躍で評価されたのか自身がリーダーに抜擢された。

「もっと活躍して、俺がお荷物じゃないって証明してやるんだ」

 綾乃に云われた言葉が小さな棘となって順平の心に刺さっている。
 ゆかりが危なかったと言っていたが、見たところひどい傷を負っていたようには見えなかった。
 その時の状況を見ていなかった順平には、綾乃が大げさに話しただけで、気に入らない自身を探索メンバーから外したいだけだと考えていた。
 この思い違いが後に大きな問題へと繋がるのだが、このときの順平はそんなことを塵ほどにも考えていなかった。

「アイツらのように俺は複数のペルソナを使うことは出来ねぇけど、実力自体はそう違いはねぇ筈だ……」

 僅かばかりの不安を誤魔化すように、順平は自身に言い聞かせる。
 集合時間までの間、順平は持っていく武器の状態を確認し、手入れを行い準備を整える。
 
――影時間

 久しぶりのタルタロスは変わらず、静寂な空気に包まれている。

「そうだ、伝えておく事がある」

 エントランスに入ってすぐ、美鶴が皆に声を掛けてくる。

「今後は、今行ける一番上の階層まで行く事を常に目指そうと思う。この先、何が起きるか解らないからな」

「備えあれば、ですか?」

 美鶴の説明にゆかりが答える。

「そう言う事だ。いいか、今行ける一番上までだぞ。探索のペースは任せるが、あまり怠けるなよ」

「大丈夫ッスよ! すぐにでも一番上まで攻略して見せますって!!」

「頼もしいな。じゃあ、今日も頼んだぞ」

 順平の言葉に僅かばかりの苦笑を浮かべた美鶴がそう言って皆を見送る。
 転送装置を使い、順平達は14Fへと移動する。
 16Fまではシャドウと遭遇することなく到達出来た。
 17Fへと続く階段を封鎖していた光のヴェールは、順平達が近付くと共にその輝きを失い先へと進めるようになる。

「すげぇな……」

 その様子に順平が感心したように呟く。

「順平、言い忘れていたがミックスレイドは姉さんが居ないから、使う事が出来ない。その事を忘れないでくれ」

「お? 大丈夫だろ、俺達だって強くなってんだ。綾乃ッチが居なくても平気だって。取り敢えず、先進もうぜ」

 悠也の言葉に順平は軽く答えると、階段を上っていく。
 その様子に悠也はゆかりと顔を見合わせる。
 ゆかりは肩をすくめると、悠也に先へ進もうとゼスチャーで示し、悠也もそれに従い順平に続いて階段を上る。




「雰囲気が一変したな。気をつけてくれ」

 17Fは美鶴の言う通り、それまでとは雰囲気が一変していた。
 目を閉じた気味の悪い顔が壁に張り付いており、フロア自体も暗紫色で気が滅入りそうだ。

「先の階層を探ってみる。少し待ってろ……」

 そう言って美鶴が探索をする間、悠也達はシャドウから不意討ちされないように辺りを警戒する。

「……すまない。距離が遠いせいか、探知できない。少し時間が掛かりそうだ……先に進んでくれ」

 悔しそうに指示を出す美鶴の言葉に従い、順平達は探索を開始する。
 暫くして、通路の先の方にシャドウの姿を発見する。
 順平は武器を構えると、気付かれないように背後からシャドウに接近し、武器を振りかぶりシャドウへと不意討ちを仕掛ける。
 そのシャドウは、宙に浮かんだ巨大な車輪にライオンの顔が付いた姿をしていた。
 ライオンの仮面に刻まれた数字は"Ⅶ"戦車属性のシャドウだ。

「よっと!」

 順平がヘルメスを召喚して【アギ】で攻撃を仕掛けるが、あまり効いているようには見えない。

「桐条先輩、アナライズを」

「悠也っ、それはリーダーの俺の台詞だって!」

 悠也の申請に順平が抗議する。

「順平っ、今は目の前のシャドウが先!」

 そんなやり取りにゆかりが釘を刺す。
 その言葉に順平も状況を理解して戦闘に意識を集中する。
 悠也が召喚したヨモツシコメが【ブフ】で攻撃を仕掛けるが、これもあまり効果がない。

『解析できたぞ。風と雷、複数の弱点があるようだ。それと、斬撃と貫通に耐性を持っているから注意しろ』

 美鶴からのアナライズ結果を聞いたゆかりが、弱点である【ガル】でシャドウを攻撃する。
 その攻撃を受けたシャドウは墜落してもがいている。

「きたっ! 総攻撃チャンスッ!!」

 ゆかりの言葉に悠也達が総攻撃を仕掛けるも、シャドウを倒しきれずに体勢を立て直されてしまう。

「アレでもまだ倒せないのかよ!?」

 順平が叫ぶ中、悠也がスキルカードでヨモツシコメに習得させた【ガル】で再度シャドウへと攻撃する。
 弱点への攻撃を受けたシャドウは再び墜落し、再度の総攻撃でようやく消滅する。

「やっと勝てたかよ……」

「順平、これまでとは違うようだから、初見のシャドウは桐条先輩にアナライズして貰った方が良いと思う」

「そうだよ順平。今までと違って人数も減っているんだから、慎重にいかないと」

「わぁってるよ。次からは気をつけるって」

 戦闘が終わり、悠也とゆかりに指摘された順平は面白く無さそうに二人に答える。
 その様子にゆかりは一瞬、何かを言いたそうな表情を見せるが何も言わないままでいた。
 その後、何度かシャドウと遭遇するも最初の戦闘ほど苦戦することなく、順平達は先へと進む。

「何だよ、余裕で行けるじゃん」

 最初の戦闘から、かなりの苦戦を予想していた順平は拍子抜けした様子で話す。
 探索中に各々のペルソナが成長したことも要因の一つであろうが、最初に遭遇したシャドウが一番強いシャドウだったのかも知れない。

「順平、気を抜かない。油断してると足下をすくわれるよ?」

「大丈夫だって、ゆかりッチ。これまでの所、最初のヤツ以外は順調に勝ててるんだし、俺達だって強くなってるんだぜ?」

 ゆかりの指摘に順平は軽く答える。
 確かに順平の言うとおり苦戦をすることはないが、呪殺系スキル【ムド】を使ってくるシャドウもいるので、油断は出来ない。
 その辺りのことをちゃんと認識しているのかゆかりは不安になるが、今の順平には何を言っても無駄なのかも知れない。

「呪殺のスキルを使うヤツもいるんだから、油断はしない方が良いと僕も思うよ」

「二人とも心配しすぎだって。呪殺系を使ってくるヤツなんて、マントを纏ったヤツだけじゃんか。そいつだけ注意すれば大丈夫だって」

 ここまでが順調だったため、順平から緊迫感が薄れている。

『伊織、順調だからといって気を抜いて良いというわけではないぞ』

 そのやり取りに美鶴が釘を刺してくる。

「ッ!? や、やだなぁ、桐条先輩。大丈夫ですって」

 美鶴の冷ややかな声に順平の表情が一瞬引きつる。

『ならいいが……伊織、君はもっとリーダーとしての自覚を持って行動して欲しいな』

 その言葉に順平がやる気を取り戻す。

「任せてくださいッスよ!」

 あまりにも現金な態度にゆかりは悠也と顔を見合わせるが、その事に順平は気が付いていない。




――タルタロス25F

『フロア中央に反応が三体! 気をつけろ!』

 緊迫した美鶴の声の通り、フロア全体が重苦しい空気に満ちている。
 フロアを進むと、前方にエントランスへと通じる転送機があり、左手に通路が通じている。
 おそらく番人シャドウは左手の通路の先で待ち構えているだろう。

「順平、一度エントランスへと戻って回復しても良いか?」

「何だ悠也、もうバテたのか?」

 悠也の言葉に順平が意外そうな表情で答える。

「このままだとペルソナの召喚がおぼつかない」

「順平、私も一度エントランスへと戻って体勢を整えた方が良いと思う」

 悠也を擁護するように、ゆかりも順平へと意見を述べる。
 ゆかりには、綾乃の抜けた負担が悠也一人に掛かっていることがハッキリと見て取れた。
 有利になるようシャドウの弱点をつく攻撃を悠也が何度も繰り返している分、ペルソナを召喚する回数が誰よりも多いのだ。
 そんな状況で、精神力が消耗しない方がおかしい。
 順平は気が付いていないようだが……

「分かったよ。それじゃ、一度エントランスへと戻るか」

 仕方がないなといった表情で順平が答える。
 その様子にゆかりは怒りが湧いたが、悠也が視線でゆかりに我慢するように訴える。

「ん、どうしたんだ? 戻るぜ」

 何も気付かない順平は転送機へと近付くと二人に声を掛ける。
 ゆかりはその様子に半ば呆れると、悠也と共に転送機へと移動する。

「戻ったか。どうする、今日は引き上げるか?」

「まさか!? 体勢を整えて、番人シャドウをぶっ倒してきますよ!」

 美鶴がエントランスへと戻ってきた順平達に訊ねると、順平が力一杯否定してくる。
 順平の言葉に美鶴は悠也へと視線を向ける。
 その視線は悠也に『行けるのか?』と問い掛けている。
 悠也はその視線に静かに頷くと、回復するために金色の時計へと近付く。
 必要な料金を入れると時計から柔らかな光が悠也達を包み込み、疲れた身体と心を回復させていく。

「うしっ、それじゃ戻って番人シャドウをぶっ倒そうぜ!」

 順平がそう言って転送機の方へと移動する。

「ちょっと、順平! 一人で先走らないでよっ」

 そう言ってゆかりも後に続く。
 その後に悠也も続こうとしたところで美鶴に呼び止められる。

「悠也、君にはかなりの負担をかけるが、本当に危険だと思ったら引き上げてくるんだぞ」

「解りました。それじゃ、行ってきます」

 そう言って転送機へと向かった悠也が順平達に合流すると、転送機は淡い光を放ち順平達を転送する。
 25Fへと戻ってきた順平達はそれぞれの武器を構え、番人シャドウがいると思わしき通路の先へと進む。 

『来るぞ!』

 通路の先で待ち構えていたのは、テーブルにかけられた布に仮面が付いたシャドウで、炎を上げる杯、剣、棍棒、金貨がその上部で激しく宙を舞っている。
 仮面に刻まれた数字は"Ⅰ"魔術師属性の番人だ。
 順平がヘルメスを召喚して【アギ】で攻撃を仕掛ける。
 しかし、放たれた炎はシャドウへと吸収され、シャドウは無傷だ。

「なっ!? コイツも炎が効かないのかよっ!!」

 順平の脳裏に以前戦った番人シャドウのことが過ぎる。
 あの時も今のように自身の攻撃が無効化された上に、醜態までさらすハメになった。

「ヨモツシコメ!」

 順平の攻撃が効果がないと理解した悠也は、瞬時に相克関係にある【ブフ】で番人シャドウへと攻撃する。

『弱点にズバリだっ!』

 美鶴の言葉を受け、悠也は次々と【ブフ】で番人シャドウを転倒させる。

(またあの姉弟( 悠也 )に美味しいところを全部持って行かれるのかよ!)

 悠也が次々に番人シャドウを転倒させる様子を見た順平に、嫉妬の思いが湧き上がる。

「きたっ! 総攻撃チャンスッ!!」

 ゆかりの言葉に我に返った順平は、そのまま総攻撃の指示を出す。
 しかし、番人シャドウ達はこのエリアで最初に遭遇したシャドウと同じく弱った様子も見せずに立ち直る。

「しぶといんだからっ!」

 番人シャドウの頑強さに、ゆかりが苛立たしく叫びながらもイオを召喚して【ガル】で攻撃する。
 順平達の攻撃が終わると、番人シャドウ達からの反撃が来る。
 見た目と【アギ】を吸収したことから予想できたが、火炎系スキルで順平達へ攻撃をしてくる。
 火炎系に耐性がある順平はまだしも、元から体力の高くないゆかりには何度も攻撃を受ける余裕はないだろう。

「順平っ、僕がまたブフでシャドウを転倒させるから、各個撃破しよう!」

「何を言っているんだ悠也! 総攻撃をもう一回やれば片が付くって!!」

 悠也の言葉に対して、リーダーである自負が順平に反発心を起こさせる。

「二人とも、来るよ!」

 言い合う二人にゆかりの警告が飛ぶ。
 その言葉に二人が意識を番人シャドウに戻すと、またしても【アギ】で順平達を攻撃してこようと魔力を溜めている。

「クッ!? ヨモツシコメ!」

 悠也は咄嗟にヨモツシコメを昇華すると、魔力を溜めている番人シャドウへと【ブフ】を叩き込む。
 間一髪のタイミングで、相手が攻撃してくる前に【ブフ】が命中して番人シャドウが転倒する。
 すかさず悠也は次々と番人シャドウを転倒させると、再び総攻撃のチャンスが巡ってくる。

「今だっ!! やっちまおうぜ!!」

「順平!」

「うるさいっ! 俺がリーダーなんだから、リーダー命令に従え!!」

 その言葉に仕方なく指示通りに総攻撃を仕掛ける。
 総攻撃を受け一体を残して番人シャドウは消滅する。
 残った一体はゆかりの【ガル】で消滅し、戦闘は終了した。

「ちょっと順平! さっきの一言はあんまりじゃないの!?」

「何だよ、俺がリーダーなんだから、間違ったことは言ってないだろ!」

「アンタねぇ……!」

 順平の言い分に更に文句を言おうとしたゆかりを悠也が制する。

「悠也!?」

「岳羽さん、落ち着いて。順平、リーダーだと言うのなら、ちゃんとそれらしい行動をしてくれないとこっちも困る」

 静かだが、反論を許さない雰囲気で悠也が順平に話しかける。
 その迫力に押されたのか、順平が一歩後ずさる。
 順平のそんな様子を気にすることなく、悠也は言葉を続ける。

「そこで順平に確認したいのだけど、今日はここで切り上げる? それとも先のフロアを確認してから引き上げる?」

「う……先のフロアを確認してから今日は引き上げよう」

 悠也の言うことに従うようで癪だが、順平はそんな内心を押し殺して悠也にどうするかを告げる。

「そう、解った。それじゃ、先を急ごう」

 悠也はそう言うと、通路の先へと歩いていく。
 通路の先にはアタッシュケースが置いてあり、中には全員を回復することが出来る"宝玉輪"が入っていた。
 それを回収して、悠也達は階段を上って先のフロアへと移動する。

『先の階層を探ってみる。少し待ってろ……』

 美鶴からそう通信が入る。

『……駄目だ。探知できない! 私の探知能力の限界かも知れない……』

 その声には悔しさと申し訳なさが綯い交ぜになったやるせなさが漂っていた。

「それじゃ、解るまで先へと進んだ方が良いですか?」

『すまないが、そうしてくれ……』

 悠也の言葉に美鶴が力なく答える。
 暫く通路を進むと脱出装置が設置されており、その前に見慣れない赤い光を纏ったシャドウが行き先を塞ぐように居座っている。

「何だ? 見慣れないシャドウが脱出装置の間に居座ってんな」

「やり過ごして脱出装置で戻れないかな?」

 順平の言葉に嫌な予感を感じた悠也が答える。

「何をビビってんだよ。あんなの俺達に掛かれば、すぐ勝てるって」

 順平はそう言うと、こちらに対して背後を見せているシャドウへと近づき不意討ちを仕掛けようとする。

『待てッ、伊織! そいつに近付くな!!』

 咄嗟に美鶴が制止するも、順平はその言葉には従わず背後からシャドウへと襲いかかる。
 そのシャドウは、極彩色のパンツ一枚を身に纏ったプロレスラーのようなシャドウだった。
 しかし、これまでとのシャドウとは違い、圧倒的な威圧感を放っている。

『お前達、今すぐそこから離脱しろ! そのシャドウは今のお前達には手に負えない相手だ!!』

 美鶴の逼迫した声が聞こえる中、構わず順平がシャドウへと攻撃を仕掛ける。

「……ッ!?」

 順平の持つ大剣がシャドウに当たるもまるで鋼を叩いたかのような手応えで、攻撃した順平の方がその反動に大剣を取り落としそうになる。

「順平!!」

 その隙をシャドウが見逃すわけはなく、その見た目とは裏腹な素早い動作で順平に丸太のような腕を振り上げ殴りかかってくる。

「ぐわっ!!」

 咄嗟に大剣でガードをしたが、あまりの衝撃に順平は通路の反対側へと飛ばされてしまう。

「岳羽さん! 僕がシャドウの注意を引くから、順平を回復して逃げ出す用意を!」

「解った!」

 動けない順平に追い打ちをかけようとするシャドウを悠也が牽制する。
 その間にゆかりは順平の元へと駆け寄ると、イオを召喚して【ディア】で順平の怪我を治療する。

「順平、立てる? すぐにここから逃げ出すよ!!」

「まだだ、まだやれる!」

「馬鹿っ! 桐条先輩も、私達には手に負えないって言ってたでしょ!?」

「アイツらに、このまま負けたままには行かないんだよ……ッ!!」

 言い合う順平とゆかりへと目標を変えたシャドウが悠也の横をかい潜り、力を込めた必殺の一撃を叩き込もうとする。
 シャドウの接近に気付いた順平は、ゆかりを横へと突き飛ばすと大剣でもう一度ガードしようと構える。
 しかし、先ほどの攻撃のダメージが残っているため、足下がふらついている。

(やべぇ……足に来てる!?)

 目の前にはシャドウが迫っており、このままでは殴り殺されるのが目に見えている。

(ちくしょう……俺は結局、アイツらに追いつくことなくこんな所で殺されてしまうのか……)

 悔しさと絶望で自暴自棄になった順平は、そのまま目を閉じる。
 骨が折れる鈍い音と共に壁にぶつかる大きな音が順平の耳に届く。

「え……?」

 音は聞こえるが痛みが襲ってこないことに違和感を覚えた順平が目を開くと、すぐ近くの壁に悠也が叩き付けられている姿が映る。

「……ゆ、悠也?」

 何が起こったのか解らないが状況を見るに、どうやら悠也が自分を庇ったらしい。
 見ると悠也の手にする剣は真ん中から折れており、胸部が不自然に窪んでいる。
 
「何だよ、コレ……なんだってんだよ!?」

 悠也はぐったりとして、生きているのか死んでいるのかが解らない。
 しかし生きていたとしても、あの状態では早く治療しないと持たないだろう。




()はココで死ぬのか……?)

 考えるよりも早く咄嗟に順平を庇い、代わりに殴り飛ばされた悠也は朦朧とした意識の中で思う。
 どうやら肋骨が数本折れており、その内のいくつかが肺に突き刺さっているようだ。

(……姉さんとお婆ちゃんを残して、こんな所で殺されるのか?)

 口から血を吐き出しながらも、心の中に沸々と怒りが湧いてくる。
 何処からともなく聞こえてくる声が『違う』と叫んでいる。

――殺されるのは俺じゃない

 そう、ココで死ぬのは俺じゃない。

――死ぬのは……

「……し、ぬのは」

 焦点が定まらない目でシャドウを見据える。

――死ぬのは【貴様だ】!!

 見開かれた悠也の瞳が青く青く輝く。
 漆黒の粒子が悠也の周りに巻き起こり、周囲に暴風を撒き散らす。

「何だよ、コレ!?」

「まさか、暴走!?」

 あまりの光景に順平とゆかりは呆然とする。
 そんな二人の目の前に、悠也の身体から漆黒の異形が現れる。

「アレって……!?」

 ゆかりは覚えている。
 初めて悠也がペルソナを召喚したときに現れた漆黒の異形だ。
 その姿は正に死神という形容が当てはまるだろう。
 漆黒の異形は怖気のする叫び声を上げると、腰に差した剣を引き抜く。
 見れば、シャドウは黒い異形に怯えているのかジリジリと後退している。
 漆黒の異形はそんなシャドウを見逃すわけはなく、手にした剣を振りかぶり斬りかかる。

「……アレは何だよ。アレも、ペルソナなのか?」

 順平は、目の前で繰り広げられる一方的な虐殺から目を逸らせずにガタガタと震えながら呟く。
 漆黒の異形に怯えたシャドウが一目散に逃げだそうとするが、漆黒の異形はそんなシャドウの足を切り飛ばし身動きが取れないようにする。
 動けなくなったシャドウを手にした剣でなます斬りにするだけでは飽きたらず、頭部を鷲づかみにすると漆黒の異形は通路の反対側へとシャドウを叩き付ける。
 そのあまりにも凄惨な光景に、ゆかりは目を背けると込み上げる嘔吐感に必至に堪えていた。
 シャドウを殲滅すると、漆黒の異形は怖気のする叫び声を再び上げてから消え去る。
 吐き気を堪えたゆかりは、悠也の元へと駆け寄る。

「ッ!? 良かった、まだ生きてる」

 虫の息ではあるが悠也はまだ生きている。
 ゆかりは悠也が生きていることに安堵するも、このままでは助からないので急いで脱出装置でエントランスへと戻るべきだと判断する。

「順平っ! 惚けてないで悠也を連れてエントランスへと急いで戻るの!! 悠也を死なせたいの!?」

「ッ!? お、おぅ! 解った!!」

 二人は悠也の傷が悪化しないように注意しながら脱出装置へと向かい、エントランスへと戻る。

「三人とも、無事か!?」

 戻ってきた順平達に美鶴が駆け寄る。

「桐条先輩、悠也が危ないんです! 早くあの時計で治療しないと!!」

 ゆかりの言葉に美鶴は急いで金の時計に駆け寄ると、時計に必要な金額を投入して急いで悠也達を治療する。
 金色の光が包み込み、致命傷だった悠也が癒されていく。
 光が消えていくと同時に、弱々しい呼吸も徐々に落ち着いた呼吸へと変わり血の気が失せていた顔に血色が戻ってくる。

「……よかった、悠也。本当に良かった!!」

 ゆかりが悠也を抱きしめて安堵の涙を流す。

「伊織、どうして私の指示を無視してあのシャドウに手を出したんだ」

 時計から戻ってきた美鶴が半眼で順平を詰問する。

「それは……俺達だったら、勝てると思って……」

 美鶴の威圧感に呑まれた順平がしどろもどろに答える。

「……伊織、この間の事を忘れたのか? これはゲームじゃないんだ、命を落としたらそれまでなんだぞ」

『これはゲームじゃないんです。遊び感覚で行動されるのが一番迷惑です』

 綾乃に云われた言葉が脳裏を過ぎる。

アイツ(綾乃)は、こんな恐怖を抱えてリーダーをやってたのか?)

 自分が死ぬかもしれない恐怖。自分の判断ミスで仲間が死ぬかもしれない恐怖。
 今まで気付かなかったが、綾乃はいつもこんな恐怖と戦いながらその事を感じさせないように振る舞ってきていたのだ。
 順平はいいようのない敗北感と無力感に打ちのめされていた。
 今なら解る。こんな恐怖を抱えて、目の前で緊迫感が無く遊びか何かで行動しているように見えたんじゃ、苛立ちもする。

「……済みませんでした」

「謝る相手が違うだろう? その言葉は、目を覚ました彼本人に言ってやれ」

 美鶴の言葉に、順平は確かにそうだと思う。
 自分のつまらないプライドで友達を殺しかけたのだ。
 悠也だけじゃない、綾乃にも謝らなければ……

「悠也はもう動かしても大丈夫そうだな。今日の所はコレで切り上げて影時間が終わり次第、悠也を辰巳記念病院へと搬送するぞ」

 美鶴の指示に従い、順平はゆかりと共に悠也をタルタロスから運び出す。
 体力を消耗しきった悠也は辰巳記念病院へと搬送された後でも目覚めることなく、今も眠り続けている。
 寮に戻った美鶴からの連絡で、綾乃は悠也の看病のために辰巳記念病院へと泊まり込んでいる。
 こうして、重苦しい雰囲気を残したままタルタロス探索は終了したのであった……



 自室へと戻った順平は、力なくベッドに倒れ込むと今日のことを反芻する。
 リーダーに抜擢されたことに浮かれて驕っていた自分。
 探索が上手く行ってたからと二人の忠告に耳を貸さなかった自分。
 つまらないプライドで死にかけた上に、悠也を殺しかけた自分。

――そして

 目の前で見せつけられた、ペルソナという能力の危険性……

(何やってんだよ、俺。正義のヒーローになったつもりで何も考えず、ダチを危険に晒して……)

 悔しさと惨めさに、嗚咽が込み上げてくる。

(情けねぇ……結局、俺は初めからアイツらに勝ててないじゃん。それどころか勝負にすらなってねぇ……)

 あまりにも惨めだった。
 でも、ココで逃げ出したらもっと惨めになる。
 それだけは意地でもやってはいけない行動だと、順平は自分に言い聞かせる。

(俺はまだ、悠也にも綾乃ッチにも謝ってねぇ。せめてケジメだけは付けないと、一歩も先へと進めなくなる)

 それは小さなプライドかもしれなかったが、少なくても自己保身のためのプライドではない。
 自分の犯した間違いから逃げ出さず、正面から向き合う。
 大きな代償を払ったが、順平は一つ大切なことを学んだのであった。




――NEXT Chapter――


 少女は嫌われたくないがゆえに、常に流れに身を任せて生きていた……
 出会った少女は彼女とは正反対に、自ら道を切り開いて進んでいく。

 その姿は眩しくて、いつしか少女はそんな姿に憧れを抱く。

――彼女のように強くなりたい

 少女は隠された時間の中で、初めて自らの意思で引き金を引く……


 次回、PERSONA3 Refrain ~絆繋いで~

Chapter 5:Courage to the mind

――その決意は、小さくても確かな最初の一歩――





2010年 08月30日 初投稿



[15158] ◆ Chapter 5:Courage to the mind ◆
Name: 葵鏡◆3c8261a9 HOME ID:01c67d80
Date: 2010/09/19 22:03
――――彼女は、人の顔色ばかりを気にしている私とは違う

         私にとっての彼女は特別で、いつしかそれは憧れになっていた

     ……でも、私は解っていなかった

      彼女もまた"どこにでもいる普通の女の子"だということを……




 タルタロスから戻ってきた美鶴に事情を聞いた綾乃は、眠り続ける悠也の傍で看病を続けていた。
 診断した医師によると、意識が戻らないのは急激に消費した体力を回復させるためだろうとの事だ。

「……悠也」

 詳しい事情はまだ聞いていないが、綾乃としては複雑な心境だった。
 あの事故以来、自分と祖母にしか関心が無かった悠也が、咄嗟に順平を庇ったのだというのだ。
 自身がその場にいて助けることが出来なかった後悔と、そのまま死に別れになったかもしれない恐怖。
 それとは逆に、自分や祖母以外の相手にも感心を持てるようになったことの喜び。
 相反する思いに戸惑いながらも、綾乃は眠る悠也の前髪をそっと直すのだった。

「綾乃、悠也の容態はどうだ?」

 ノックと共に病室に入ってきた美鶴が、悠也を起こさないように小声で綾乃に訊ねる。

「身体には別状はないそうです。ただ、体力を回復させるために暫くは眠ったままだろうと言われました」

 綾乃の言葉に美鶴は小さく「……そうか」とだけ答える。

「桐条先輩、詳しい状況を教えてもらえますか?」

「あぁ、勿論そのつもりだ」

 美鶴が当時の状況を綾乃に説明する。
 ペンテシレアの能力による状況認識なので、細かいところは当人に聞くしかないとの断りが入ったが、大体の状況は理解できた。

「予測していた最悪の事態となった訳だ。……綾乃、君達には本当に済まないことをした」

「桐条先輩、その事は私も悠也も納得しているのですから、謝らないでください」

「だが……!」

「それに……正直な所、嬉しいと思う自分もいて戸惑っているんです」

 綾乃の泣きそうな笑顔という不自然な表情に、美鶴が訝しげな視線を綾乃に向ける。

「桐条先輩は、私達のことをどれだけ知っていますか?」

「……10年前の事故の後、施設に一時期保護されていた事と、ここに来る前まで祖母の元で過ごしていたことだけだ」

「そうですか……」

 美鶴の答えに綾乃は視線を天上へと向けると、少し考える素振りを見せてから美鶴へと視線を戻す。

「桐条先輩。10年前の事故の後、悠也はほぼ全ての感情を無くしていたんです」

「ッ!?」

 綾乃の突然の言葉に美鶴は声を失う。

「泣かない、笑わない。私や他の人の言うことは聞いているようだけど、自分からは何も話さない、答えない……」

 沈んだ表情で綾乃は淡々と当時の事を語る。
 施設に引き取られた当時、悠也はまるで人形のように無表情だった。
 他人に関心が無く綾乃のいうことにしか反応せず、自発的な行動は殆ど取らない。
 食事は綾乃が食べさせないと何も口にしようとはせず、入浴も綾乃が一緒でないと駄目。
 トイレに行くくらいしか自発的な行動を取ることが無く、それ以外は綾乃が面倒を見なければ今ココに悠也がいることはなかっただろう。

「当時よりはマシになってますが、悠也の本質的な部分では、他人に対しての関心が希薄なんです」

 そんな悠也が、今回の件で咄嗟に順平を庇った事が嬉しいのだと綾乃は美鶴に話す。
 その言葉に美鶴は沈痛な面持ちになる。
 桐条の犯した罪の爪痕は、10年という歳月が経った今でもこうして残されている。
 今なお話していない真実を知ったとき、この姉弟は自分達に対してどういった行動を取るのか?
 そして、自身はこの二人に対して誠実に向き合えるのか?
 美鶴は複雑な思いに駆られるのだった。




 悠也が意識を取り戻したのは、それから二日後のことだった。
 体力低下が原因の入院だったため、その日の内に迎えに来た綾乃と共に悠也は寮へと戻る。
 寮に戻ると、ラウンジにはソファに座り爪の手入れをしているゆかりが居た。 
 戻ってきた悠也達に気付いたゆかりは道具を置き、ソファから起ちあがると悠也達の元へと駆け寄ってくる。

「悠也! もう大丈夫なの?」

「ただいま、岳羽さん。大丈夫、週明けからは登校できるから」

 悠也の答えにゆかりが安堵の表情を見せる。
 あのまま悠也が目覚めなかったらと考えると、今でも背筋が凍る思いだ。

「……悠也っ!?」

 ゆかり達が話している所に、順平が階段を下りてラウンジへとやってくる。
 順平の声に気付いた綾乃は冷たい視線を順平へと向ける。

「ただいま、順平」

 悠也が順平にそう声を掛けると、順平は一目散に悠也の元へと駆けてくる。

「悠也っ、本当にすまねぇ!!」

 駆け寄ってきた順平は帽子を取ると、そのまま土下座をして悠也に謝罪する。

「ちょっと、順平!?」

 突然の事にゆかりが驚きの声を上げ、悠也と綾乃も呆気にとられる。

「俺がバカしたせいでお前を死なせかけたっ! 謝って許してもらえるとは思っちゃいねえけど、本当にすまねぇ!!」

 順平は声を震わせながら悠也に訴える。
 その姿は今までの軽い雰囲気ではなく、切実なモノだ。

「綾乃ッチ。俺、リーダーをやってみて初めて解った。綾乃ッチが俺を外したいのも当然だ……」

 順平は土下座をしたまま綾乃に話しかける。

「順平、僕も無事だった。順平も岳羽さんも、こうしてココにいる。だからそうやって自分を責めないでくれ」

 悠也は屈み込むと順平の方に手を乗せ、優しく諭す。

「でもよっ! 一歩でも間違ってたら無事じゃなかったんだぞ!!」

順平(・・)、済んだ事をいつまでも引きずらないで、これからが大切なんじゃないかな?」

 顔を上げ、悔しさで鳴きそうな表情で順平が訴える。
 そんな順平に静かに答えたのは綾乃だった。

「綾乃ッチ……」

「皆、無事でココにいる。今回の失敗を繰り返さないようにすれば良いじゃない」

 思うこと、言いたいことはあるものの、今の順平を見て綾乃は大丈夫だと思う。
 調子の良いところはあるが、順平の本質は義理堅い。
 今後は今回のような失態を繰り返すことはないだろう。

――汝、"愚者"のペルソナを生み出せし時

――我ら、更なる力の祝福を与えん……

 綾乃と悠也の脳裏に声が響く。
 
「あぁ、そうだな。これからが大切だよな……二人とも、改めてこれからも宜しく頼む!」

「こちらこそ。頼りにしてるよ、順平」

 順平は起ちあがると、二人に頭を下げる。
 そんな順平に悠也は軟らかい表情で答える中、綾乃が思い出したかのように呟く。

「これからのことで思い出したけど、皆、週明けの中間試験の準備は大丈夫なの?」

「ぐはっ! 綾乃ッチ、一気に現実へと引き戻さないでくれよぉ……」

「あぁ、出来れば私も忘れていたかったかなぁ……」

「姉さん、学校を休んでいた分、後で勉強を見てくれない?」

 綾乃の言葉に三者三様の反応を見せ、その様子に綾乃は表情を綻ばせるのだった。




 中間試験が始まり、タルタロスの探索は一時中断となった。
 学業が本分のため当然のことではあるが、勉強嫌いな順平には辛い一週間だ。

「綾乃ちゃん、試験の手応えはどうだった?」

 試験最終日、ようやく最後の科目を終え全生徒が開放感に包まれる中、風花が綾乃に声を掛けてくる。

「割と自信があるかな。風花の方はどう?」

「私も、今回は結構良いところまでいけたと思う」

 そう言って、二人は楽しそうに話しあう。

「……気に入らないな、あの転校生」

 そんな二人を、離れた場所から憎々しげに見る女生徒のグループがあった。

「山岸も調子に乗ってるようだし、後でイジル?」

 浅黒い肌をした女生徒の呟きに、ツーテールの女生徒が答える。

「転校生に泣きつかれたら面倒だし、まずはそれをどうにかしないと……」

「そういえば、最近は転校生と一緒にいる時間が多いよね」

「転校生は、生徒会長と同じ寮に住んでるって話だし、転校生自体もどうにかしないとね」

 試験の回答あわせを行う綾乃達に聞こえないよう、ヒソヒソと女生徒達が話し合う。
 二人に向けられる嫉妬と羨望、そして敵愾心の視線に綾乃達は気付くことはなかった。




「やっと中間試験も終わったかぁ……」

「流石に今回はちょっと厳しかったかなぁ……」

 同じ頃、2年F組でも順平達が中間試験を終えた開放感を満喫していた。

「岳羽さん、今回は調子が悪かったの?」

「まぁ、ね。ここ最近は色々あったし、これだけじゃないし……」

 悠也の言葉にゆかりはタルタロス探索の事を伏せて答える。

「そういや、真田先輩が今日から復帰とか言ってなかったか?」

「桐条先輩とそんな話をしてたわね。これで少しは楽になれば良いけれど……」

 思い出したように話す順平にゆかりが答える。
 これまで、タルタロスの探索は四人で行っていたのだが疲労の兼ね合いもあり、連日で探索するのが厳しい状況だった。
 明彦が復帰することによって、一人ずつ順番に休養できるようになれば、探索に使える時間が増える事となり効率が上がる事となる。
 以前、明彦が綾乃に話した事で、綾乃は風花を巻き込みたくないから勧誘は断ったものの、明彦の言うこともまた正しいのは事実だ。

「これで山岸って子が入ってくれたら、もっと楽になるんだろうけどなぁ……」

「順平、それは綾乃が嫌がっているんだから言わないの」

「……だな。この間のことを考えたら、迂闊に仲間を増やせばって言えないよな」

 順平はゆかりの言葉に、この間の事を思い出す。
 確かに人手が増えれば楽になるが、何も知らない人を危険に巻き込むのは違うと思う。
 同様に事情を理解した上でも、自分のように面白半分で仲間になるのも危険だと順平は考える。
 自分と同じように調子に乗り、取り返しの付かない事にでもなれば、一生後悔して過ごすことになるだろう。

「真田先輩が復帰してくれるだけでも良しとしないと。ローテーションとかは、姉さんも交えて皆で相談すれば良いと思うよ」

 それまで二人の会話を聞いていた悠也が二人に話しかける。

「そうだね。私達だけであれこれ言ってても仕方がないか」

「だな。綾乃ッチも俺達と同じクラスだったら良かったのにな」

「流石に姉弟で同じクラスは無理だと思うよ」

 順平の言葉に、悠也は苦笑混じりに答える。

「同じクラスにしちゃ駄目って規則は無いようだけど、呼ぶときに紛らわしいよね」

「あぁ、それもそうか。俺達みたいに、名前の方で呼ぶわけにも行かないモンな」

 ゆかりの説明に納得顔で順平が答える。
 そんな他愛ない話をした後で、それぞれ用事があるから続きは寮でということで解散となった。




「あっ、悠也お兄ちゃん! 綾乃お姉ちゃん!」

――放課後

 長鳴神社で二人を出迎えたのは、5月の初め頃に出会った小学生の少女"大橋舞子( おおはし まいこ )"だった。
 舞子は二人の傍に駆け寄ると、期待に満ちた視線を二人に向けてくる。
 二人が舞子に出会ったのは、巌戸台商店街にある"たこ焼き・オクトパシー"で売っている【謎のたこ焼き】が気になった綾乃が、悠也を伴って長鳴神社に出向いたのが切っ掛けだった。
 
『あっ!! 舞子、これだーい好きっ! お姉ちゃん、ありがとーございます!』

 独りで遊んでいる舞子が気になった綾乃が舞子に声を掛けた際、手にした【謎のたこ焼き】に気付いた舞子がそれを食べ、悠也が持っていた【モロナミンG】も舞子が飲んでしまった。
 その事で二人を気に入った舞子が「今度また、遊んでくれる?」と二人に不安と期待に満ちた視線を向けてきたので、二人は舞子とまた遊ぶ事を約束したのだった。
 綾乃は、舞子のこの視線を養護施設にいた頃に何度も見てきた。
 家族を失い、愛情に飢えた視線。綾乃には、どうしてもこの視線を無視することが出来なかったのだ。

「お兄ちゃん達、来てくれたんだね。舞子、待ってたんだよ! ね、ね、遊ぼ! 遊ぼ!」

 二人は嬉しそうに話しかけてくる舞子と一緒に遊ぶことにする。
 鉄棒やシーソーなど、一通りの遊具を使い舞子と遊ぶ二人。
 一通り遊んだ事で満足した舞子と共に、ジャングルジムの上に座り周りの景色を眺めていると、舞子が俯き加減でぽつりと呟いた。

「帰りたくない……お家、楽しくないの」

 寂しそうに呟く舞子に二人は僅かに視線を合わせ、舞子の言葉の続きを待つ。

「まだ、お兄ちゃん達といたいな……」

 悠也と綾乃の袖をつまみ、舞子がポツリポツリと言葉を続ける。

「あのね、舞子のお父さんと、お母さんね……いつもケンカばっかりしてるの。それで今度……りこん……なんだって……」

 俯く舞子の瞳は僅かに滲んでいる。

「舞子がね、りこんやだって言っても、聞いてくれないの……きっと、舞子の事なんて、どうでもいいんだよ」

 綾乃は涙混じりに話す舞子の肩を抱きしめると、優しく頭を撫でる。
 悠也は自分の袖を掴む舞子の手を取ると、優しく掌に包む。

「……ねぇ、また遊んでくれるよね? 舞子とお兄ちゃん達、お友達になったんもんね」

 縋るような瞳で二人を見つめる舞子に、綾乃達は今後も一緒に遊ぶ約束を取り付ける。
 舞子は月、水、土曜日には長鳴神社にいて二人を待っているからと告げる。

――汝、"刑死舎"のペルソナを生み出せし時

――我ら、更なる力の祝福を与えん……

 舞子との絆が生まれたのだろう、二人の脳裏に声が響く。
 驚きに視線を合わせた二人を舞子が不思議そうに見ている。
 その様子に、何でもないと舞子に説明をした綾乃達は、日も暮れるので舞子に家に帰るように促す。
 家にいても楽しくないと言った舞子も、遅くまで外にいるのは危険だと分かっているので言われた通り家へと帰る。
 二人と別れ、曲がり角を曲がるまで舞子は二人の方を何度も振り返りながら去っていく。
 そんな舞子の姿を綾乃は痛ましいと思う。
 懐いてくれるのは素直に嬉しいが、自分達と違い両親が健在にも関わらず寂しい思いをしている舞子を不憫に思う。
 出来れば彼女には笑顔でいて欲しい。
 身勝手な願いだと理解していても、綾乃はそう思わずにはいられないのだった。




 二人が寮へと戻ると、ラウンジに皆が集まっていた。

「戻ったか。二人とも、お帰り」

 二人が帰ってきた事にいち早く気付いた美鶴が二人に声を掛けてくる。

「ただいま戻りました。真田先輩は今日から復帰でしたよね?」

「あぁ、これまでの分も取り戻さなければならないからな。今夜辺りタルタロスに行かないか?」

「明彦、気が早いぞ。人数にゆとりが出来きた事によって、探索メンバーのローテーション等を決めるのが先だと思うぞ」

 美鶴に返事を返して確認を取る綾乃に明彦が答える。
 逸る明彦を諭しつつ、美鶴は今後の探索メンバーの編成について皆に問い掛ける。

「そッスね。無難なところで一人ずつ交代するのが良いんじゃないッスか?」

「リーダーである綾乃が外れるときの代わりのリーダーとかも決めておいた方が良いと思います」

 美鶴の問い掛けに順平とゆかりがそれぞれ思うところを述べる。

「俺はこれまでのブランクを取り戻したいから、リーダーは他のヤツらに任せたいな」

「僕と姉さんが揃っていないと、ミックスレイドが使えないのも考慮に入れないと駄目だと思います」

「私と悠也を固定にして、全員が休養できるスケジュールを組むという手もありますね」

 怪我の治療で探索から外れていた明彦は、まず自身の体調を整えるのを優先したいと希望を述べる。
 悠也と綾乃は、ミックスレイドが使える状況を優先する方向で意見を出す。

「ふむ……、他の面々とミックスレイドが可能かどうかを調べてみて、出来るようなら君達を出ずっぱりにしなくて済むのだがな……」

 悠也達の意見に美鶴はあまり乗り気では無さそうだ。

「そうだな、確かにミックスレイドの恩恵は魅力的だが、それだけに頼りきりになるのはどうかと俺は思うぞ」

 美鶴とはまた違った見方で明彦が意見を述べる。
 確かにミックスレイドの有用性は認めるものの、個々がそれに頼り切って自身の鍛錬を怠るのでは意味がないと考えているようだ。

「そうだな、番人シャドウとの戦闘のみ、綾乃と悠也を固定にするのはどうだろうか?」

 全員の意見を聞いた美鶴が考えを巡らして、落とし所を提案してみる。

「確かに、番人シャドウがいる階層は転送装置が必ずあるようですから、それが良いのかも」

「そうだな、綾乃ッチ達もちゃんと休まないとこれから先が持たないだろうしな」

 美鶴の提案にゆかりと順平が真っ先に賛成する。

「取り敢えずは、今後も番人シャドウがいる階層に、転送装置があることを確認してからですか?」

「まずは確認作業から、かな」

 先の見えないタルタロス探索の事を考慮に入れると、美鶴の提案が理想的だと思う。
 そう考え、悠也と綾乃も美鶴の出した方針に賛成する。

「では、番人シャドウのいる階層に転送装置があるかを確認し、今後も今行ける最上階到達を最優先とすることで良いか?」

 美鶴の確認に全員が頷く。




――影時間・タルタロス

 今回の探索メンバーは、復帰した明彦に回復手段を増やす目的でゆかり。
 万が一の保険にとミックスレイドが使えるよう、綾乃と悠也の四名での編成である。
 まずは転送装置で25Fから探索を再開し、前回進んだ26Fへと移動する。
 探索の目的は番人シャドウのいる階層に転送装置があるかどうかの確認なので極力、戦闘を回避しての探索となった。
 避けようのない戦闘も、明彦が軽快なフットワークでシャドウを翻弄し、綾乃と悠也がペルソナを上手く使い分けシャドウの弱点を衝く。
 負傷はゆかりが処置する事で、攻撃力を維持したまま探索を進めていく。

「……驚いたな、シャドウの弱点をここまで的確に衝けるとは」

 綾乃と悠也の戦い振りに明彦が舌を巻く。
 美鶴から話には聞いていたが、ペルソナを使い分けることによる戦い方の多様性。
 ミックスレイド【カデンツァ】による回避上昇は明彦の動きを更に向上させ、メンバー全員の体力を回復させる。

(良かった、綾乃がいる事で悠也への負担がこの間とは全然違う)

 この間の探索とは違い、明彦が加わった事での攻撃力の向上、綾乃が復帰した事によっての悠也の負担の減少。
 悠也にどれだけの負担を強いてきたのかを、改めてゆかりは実感する。
 それと共に、綾乃と悠也が揃ったときの一方的な戦闘がメンバーの安全を確実なものにする。
 初見の相手に対しては美鶴のアナライズと共に、これまで戦ったシャドウと似た姿をしているものには同じ属性を試して弱点を暴いていく。
 弱点を衝き、全てのシャドウを行動不能してからの総攻撃。
 リスクは最小限に、回避できる戦闘は回避して綾乃達は番人シャドウがいる階層を目指す。

「強い反応が近い。おそらくはこの上だ! 気をつけろよ」

 美鶴からの通信に、綾乃達がこれまで以上に周囲を警戒する。
 30Fに到達した辺りから遭遇するシャドウ達の気配が変わり、それと共にフロアを徘徊している数も徐々にだが増えてきている。
 フロアは薄暗く視界が良好とは言えないので、ほんの僅かな油断がシャドウからの先制攻撃に繋がる危険性が高い。
 それに、戦闘を回避する方向でこれまで進んできていたので正直なところ、綾乃達が居ないと苦戦を強いられる状況でもあった。

「フロア中央に反応が一体! かなり強い相手だ。転送装置があれば、一度エントランスまで戻ってきてくれ!」

 36Fに到達した綾乃達は当初の目的である転送装置の存在を確認する。

「転送装置があったよ!」

 ゆかりが転送装置を見つけ、綾乃達を呼ぶ。

「どうやら、番人シャドウがいる階層には確実にありそうだな」

「都合が良すぎるようにも思えますね」

 明彦の言葉に悠也が思ったことを述べる。
 転送装置があると言う事は、一度エントランスに戻って体勢を立て直せると言う事だ。
 自分達にとってこれ程までに都合が良い事に、悠也は不安を感じる。

「……逆、じゃないかな」

「逆って?」

「転送装置があるから、その階層に番人シャドウが配置されているんだと思う」

「どういう事だ?」

 綾乃の言葉に、ゆかりと明彦が問い掛ける。

「文字通り"門の番人"ってこと、姉さん?」

 悠也が思い至った可能性を綾乃に話す。
 その言葉に綾乃は頷くと明彦とゆかりへ説明する。
 転送装置は基本、起動させないと他の階層へと移動できない。
 だが、何らかの要因で移動することが出来たとしたら?

「番人シャドウががいないと、簡単に上の階へと抜けられるという訳か……」

 確かに転送装置が無い階層に番人シャドウがいたとして、それより上の階に使用可能の転送装置があったとしたら?
 そもそも、番人シャドウが存在する必要性そのものが無くなってしまう。

「だから番人シャドウが待ち構えている階層には、転送装置が存在しているって事だな」

「まぁ、全部の転送装置のある階層を確認した訳ではないので推論ですけれど、多分そうだと思います」

「解った。取り敢えず美鶴から戻るように言われているし、エントランスに移動するか」

 綾乃の説明に納得した明彦が、美鶴からの指示を思い出しエントランスへ戻る事を促す。
 このまま長居していても仕方がないので、綾乃達はその言葉に従い転送装置を起動してエントランスへと戻る。

「お帰り、先ほど言った綾乃の言葉を正解とした上で、今後の探索のスケジュールを決める事にした方が良さそうだな」

 戻ってきた綾乃達に出迎えた美鶴がそう伝えてくる。

「そうだな。それに今回は転送装置の確認を優先したから、番人シャドウを相手にするには力不足だろう」

「珍しいな、明彦。お前がそんな事を言うなんて」

「言ってろ。実際、今のままだと綾乃と悠也( コイツら )がいないと俺達には手に余る」

「うん、確かに。30階から上の相手ってこれまで以上にしぶといし、二人がいなかったら今回のように有利に進められないと思う」

 美鶴の言葉に不満げに答える明彦の言葉を、ゆかりが引き継いで同意する。
 綾乃達が弱点を衝いてくれるお陰で、自分達の力が温存できているのが実状だ。
 二人がいなかったら番人シャドウの元へと辿り着く頃には疲労困憊していてもおかしくはない。

「そうか……それならば今暫くは下の階層で地力を付ける事を優先とした方が良いな」

「少なくとも、綾乃と悠也が揃っていない状態でも30階より上の相手が出来るくらいまでは鍛えたいところだな」

 今後の方針を提案する美鶴に、不敵な笑みを浮かべて明彦が答える。
 今回の探索では、自身のリハビリという側面もあったのだが、明彦自身には別の収穫もあった。
 綾乃と悠也の姉弟は、今の自分自身よりも高みにいる。
 何も出来ず、無力である事を思い知らされたあの時から、守りたいものを守れる強さを求めてきた。
 漠然と強くなる事を常に目指してきた明彦にとって、これ程に明確な目標は無いだろう。
 綾乃と悠也がこの先も進み続けていくのならば、自分もその領域へと目指していける。

「そんなに30階より上のヤツらはヤバイんスか?」

「そうだな、ヤバイというよりはしぶといと言った方が良いな。ちょっと位のダメージなら構わず平然と襲ってくる」

 今回、探索メンバーから外れていた順平の質問に明彦が答える。

「そうなると、伊織、岳羽、明彦の三名に綾乃か悠也を加えた編成を基本に暫くはローテーションを組むのが良さそうだな」

「そうだな。俺達が休養するときは綾乃と悠也を加えて、普段なら少し苦戦するレベルのシャドウを相手に経験値を稼ぐのが良いな」

 美鶴の方針に明彦が自身の考えを提案する。
 当座の基本方針も決まったので、今回の探索を切り上げS.E.E.Sの面々はタルタロスを後にする。




 週明け。
 昼休みになって中間試験の結果が張り出されていた。

「……おいおい、マジかよ」

「すご、本当に言った通りの結果を出してるし……」

「姉さんは、自信がない事については出来るとは絶対に言わないよ」

 順平に連れられて悠也と一緒に試験結果を見に来たゆかりは試験結果を見て唖然としていた。

「綾乃ッチって勉強、得意なんだな……つか、いつ勉強してたんだよ?」

「あぁ、こんな事なら私も綾乃に勉強を見てもらったら良かった」

 綾乃の試験結果は以前、幾月達に宣言した通り学年トップだった。
 悠也の方も休学していた分の影響も少なく、奨学金制度に必要なだけの結果を残していた。

「私はギリギリ成績を落としてないのが救いだなぁ……」

「……つか、二人とも真ん中より上じゃんかよ」

 下から数えた方が早い順平が恨めしそうな視線をゆかり達へと向ける。

「ちゃんと勉強しなかった順平が悪いんでしょ? 自業自得よ」

「次で頑張れば良いさ」

「二人とも、他人事だと思って好き勝手言ってくれるなっ」

 二人の言葉に恨みがましく順平が文句を言う。

「あっ、綾乃ちゃん。試験結果が出てるよって、凄い……学年トップだよ、綾乃ちゃん!」

「風花、そんな大きな声で言わないで……って、ゆかり? 悠也に順平も居るようだね」

 順平の後ろから聞き覚えの声が聞こえるなと思ったゆかりが振り返ると、そこには風花が綾乃と一緒にいた。

「綾乃達も試験結果を見に来たんじゃないの?」

「ううん、次の授業が実習室の方だから、教室移動だよ」

 ゆかりの質問に綾乃が答える。
 その様子を見ていた風花が綾乃の袖を軽く引っ張る。

「ね、綾乃ちゃん。ゆかりちゃんの後ろにいる人達って?」

「風花は初めてだったっけ? 同じ寮に住んでいる順平と、弟の悠也」

「初めまして~俺、伊織順平、よろしくっ!」

「初めまして、いつも姉がお世話になってます。白妙悠也です」

「あ……は、初めまして。山岸風花です」

 綾乃の言葉に順平と悠也がそれぞれ自己紹介をする。
 風花も自己紹介をするが、順平の気さくさに気後れしているようだ。

「順平、風花が可愛いからって、鼻の下伸ばして自己紹介しないの」

 その様子に、ゆかりが順平に釘を刺す。

「何だよ、ゆかりッチ。あ、もしかして焼き餅?」

「は? 馬鹿言わないで」

 風花も緊張がほぐれたのか、順平とゆかりのやり取りを見て表情を綻ばせる。

「そういえば、山岸さんも10位以内に入っているんだね」

「あ、本当だ。風花も凄いじゃない」

 悠也の言葉に綾乃が試験結果の順位を確認して、風花に話しかける。

「あ……私、それくらいしか、取り柄がないから……」

 二人の言葉に風花が恥ずかしげに答える。

「次の試験は、綾乃と風花に勉強を教えて貰おうかな」

「そうだね、風花が嫌じゃなかったら今度は一緒に勉強しようか?」

「嬉しい。皆で勉強とか、何だか楽しそう」

 ゆかりの提案に綾乃が風花に確認を取り、風花が嬉しそうに答える。
 そんなやり取りをした後、そろそろ昼休みが終わる頃なので、綾乃はゆかり達と別れて実習室の方へと向かう。

「皆、仲が良いんだね」

「あの三人は同じクラスでもあるからねぇ」

 風花の言葉に綾乃が答える。

「綾乃ちゃんも、ゆかりちゃん達と同じクラスの方が良かった?」

「ん? それだと風花と友達になれないから、私は今のままが良いよ」

 不安気に聞いてくる風花に、綾乃は即答する。
 その答えに風花は表情を明るくすると、綾乃の手を取り歩く速度を若干上げる。

「ちょっと、風花どうしたの?」

「ありがとう、綾乃ちゃん」

 噛み合わない会話だが、風花が嬉しそうにしているので『まぁ、良いか』と思い綾乃は風花の好きにさせ、実習室へと入る。




 タルタロスでの地力上げは順調に進んでいた。
 綾乃と悠也が揃っている時が一番効率が良かったが、二人が揃ってない時でも危なげなく戦闘をこなせるようになってきていた。

『突破するぞ!』

 6月を目前に控えた5月31日。
 36階の番人シャドウへと綾乃達は挑むこととなった。
 相手は"女帝"タイプのシャドウで、椅子に腰掛けた姿をしている。

「来てっ、リリム!」

 先制は綾乃がリリムを召喚して、魔法の威力を向上させる【コンセントレイト】を自身に掛ける。

「ヨモツシコメ!」

 続いて悠也がヨモツシコメを召喚して【ブフ】で番人シャドウを攻撃する。
 氷の飛礫が命中し、番人シャドウの表面を凍り付かせるがすぐに剥がれてしまい、あまり効果が出ているようには見えない。
 だが、一瞬とはいえ動きが止まった番人シャドウの隙を見逃さず、ゆかりがイオを召喚して【ガル】で攻撃を仕掛ける。

「コイツ、疾風属性が効かない!?」

 動揺で一瞬動きが止まったゆかりへと攻撃するべく番人シャドウが向きを変えた隙を衝き、明彦が素早く間合いを詰めて攻撃を仕掛ける。
 流れるような動きで右ジャブから左ストレートへと繋ぎ、僅かに動きが止まったところで左アッパー。
 番人シャドウが大きくよろめいたところで渾身の左ストレートを放ち、番人シャドウを転倒させる。

「この瞬間を待っていた! 仕掛ける!」

 明彦の言葉に合わせて番人シャドウへと総攻撃を仕掛ける。
 地力が上がっているとはいえ、この総攻撃だけでは番人シャドウを倒すには至らなかった。
 体勢を立て直した番人シャドウを中心に、綾乃達へと【マハガル】による疾風の刃が襲いかかってくる。
 以前戦った番人シャドウよりも威力のある【マハガル】に、綾乃と悠也は互いに目配せすると、同時に召喚器を引き抜きこめかみへと当てる。

『カデンツァ!!』

 ミックスレイド【カデンツァ】の効果により、先ほど受けたダメージが癒され、回避性能が向上する。
 疾風属性が効かないため、ゆかりは矢を弓に番えると、狙いを定めて矢を放つ。
 放たれた矢は狙い違わず番人シャドウへと中るが、大したダメージを与えているようには見えない。
 
「来いっ! ポリデュークス!!」

 明彦は召喚器を引き抜き、俯き加減で自身の眉間へと銃口をあてがい引き金を引く。
 現れたのは筋肉質の身体に先細った手足、右腕が徹甲弾の異形だった。
 ポリデュークスが左手を翳し、物理と魔法両方の攻撃力を下げる補助スキル【タルンダ】を番人シャドウへと使用する。
 攻撃力を下げられた番人シャドウは宙へと浮くと、周囲へと暗紫色の霧を放出する。
 対象を毒状態へと陥らせる【ポイズンミスト】だ。
 綾乃達は咄嗟に息を止めると、ポイズンミストの効果が消滅するのを待つ。 
 状態異常の中でもっとも厄介な攻撃で、毒状態は自然治癒をする事が無く、徐々に体力が削られていく。
 この魔法は瞬間的なものなので、毒の霧を吸わなければ状態異常にはならない点が唯一の救いだ。

「リリム! マハジオンガ!!」

 綾乃はペルソナをアプサラスからリリムへと替えると、電撃系中威力で範囲効果の【マハジオンガ】を使う。
 単体効果の【ジオンガ】が使えれば良かったのだが、今現在降魔しているリリムは範囲効果スキルしか使えない。
 しかし、威力で見ると今現在のペルソナの中では一番の火力を持っているのがリリムなので、出し惜しみせずに使用する。
 ミックスレイドには【コンセントレイト】の効果は適用されないのか、威力が上がった【マハジオンガ】が周囲に激しい雷を撒き散らす。
 番人シャドウを中心に、周囲の地面を放電の余波が残っている。
 その威力に番人シャドウは感電してしまったらしく、動きに精細がない。
 悠也はその隙を見逃さず、オルフェウスをヴァルキリーへと替えて、物理攻撃スキル【パワースラッシュ】で攻撃する。
 ヴァルキリーの持つ二刀が斬りつけた場所が大きく破損する。

「そこっ!」

 破損したその場所に、ゆかりの放つ矢が吸い込まれるように突き刺さる。
 その攻撃に番人シャドウは再び転倒する。

「もう一度だ、これで決めるぞ!!」

 その隙を逃さず、綾乃達が再び総攻撃を仕掛ける。
 二度目の総攻撃に、番人シャドウは耐えきれず消滅する。

「ようやく倒せたか。簡単にはいかないものだな」

 初めての番人シャドウとの戦闘に明彦がそう感想を述べる。
 それと共に明彦は確かな手応えも感じていた。
 自分の力は圧倒は出来なくてもちゃんと通じている。後は、今後とも鍛えていくだけだ。

『階層を上がるにつれて、出現するシャドウの数も増えてきている。効率の良い戦術を考えないと、今後は厳しいだろうな』

 ローテーションを決めて休養はしっかり取るようにしているが、人員が少ない事実は否めない。
 美鶴の懸念に明彦は、戦力増強のためにはやはり仲間の数を増やす事も必要だと改めて思う。

「取り敢えず、先に進んでみませんか?」

 綾乃が美鶴の言葉で若干重くなった雰囲気の中、何ともないように提案をしてくる。

「そうね、ここで話していても仕方ないし」

 綾乃の提案にゆかりがいち早く同意する。

『そうだな。シャドウの気配は無い、先へと進んでくれ』

 通路の先の小部屋にはアタッシュケースが二つ置いてあり、中には"トラエストジェム"と味方全員の体力と精神力を回復させる"ソーマ"が入っている。
 その手前の部屋には階段があり、綾乃達は上の階へと移動する。

『おかしいな、シャドウ達の気配が少なくなった……』

 美鶴の言った通り、出現するシャドウの数は激減しており、綾乃達はそのまま先へと進んでいく。
 38階、39階も出現するシャドウは少なく、すんなりと綾乃達は40階へと到達する。

『ここで行き止まりか……ごくろうだった。一旦、帰還してくれ』

 40階から先へと続く階段は、骨を思わせる鉄格子で封鎖されていた。
 また、アタッシュケースが置かれており、中に入っていたのは"人工島計画文書02"と題名付けられた、以前拾った文書の続きと思われる物だ。
 綾乃はそれも回収すると、他にめぼしい物がないことを確認して、皆でエントランスへと移動する。

「お帰り。取り敢えずは、行けるところまでは到達できたな」

「そうだな。当面は先へと進めるようになるまでは、地力を付けるべきだろうな」

 出迎えた美鶴の言葉に明彦が答える。
 今後の方針を決め、綾乃達はタルタロスを後にする。




 6月に入り、衣替えで制服が夏服へと変わった。
 その事に順平が喜ぶのを綾乃とゆかりが冷めた目で見て、その反応に順平が盛大に落ち込んでいたりする。

――影時間

 6月初日の影時間に、例の少年が綾乃と悠也の前に現れた。

「こんばんは。約束通り、また会いに来たよ。調子はどう?」

「ぼちぼち、かな」

 気さくに話しかけてくる少年に綾乃達も慣れたのか、普通に接する事が出来るようになってきた。

「ふふっ、そっか。さて……あと一週間で、また月が満ちる」

 少年は窓の外から見える月に視線を向け、そう呟く。
 その姿は何だか寂しげに見え、綾乃はふと既視感にとらわれた。

「そしたら次の試練がやってくるよ……気をつけて。……また、会いに来るよ」

 視線を綾乃達に戻した少年はそう言い残すと、融けるように消えてしまった。

「月が満ちると、試練が来る……?」

 頭の隅に何かが引っかかったが、迫り来る睡魔には勝てずに綾乃はそのまま眠りにつく。

――翌日

「はぁ、つっかれた……1年生にちゃんと片付け教えなきゃ」

 部活の後片付けを済ませたゆかりが、強ばった身体をほぐしながら呟く。
 そんなゆかりの耳に甲高い笑い声が聞こえてきた。
 何事かとゆかりが視線をそちらに向けると、二人の女生徒が何やら楽しそうに会話をしている。

「で、ケータイでさ、写真撮ったぽくアピールしたワケ」

 浅黒い肌をした女生徒が、身振りを交えて相手の女生徒に話を続けている。

「たらさー、あの子超ビビッてさ、半ベソとか通り越してんの。弱み握られちゃった、みたいな?」

 相手の女生徒は興味津々といった表情で話を聞いている。

「なんつの、マジ世界の終わりって顔? だって声とか出なくなってんだもん」

「わ、ダセー!」

「つか、ビビッて泣いてる顔とか見んの、超ウケるよね」

 女生徒達は再び甲高い笑い声を上げ、盛り上がっているようだ。
 その様子にゆかりは言いようのない不快感を覚える。

「いわゆる、イジメ……? ヒマねぇ……」

 ゆかりが見ている前で、急にボンヤリとした様子を見せた女生徒に浅黒い肌の女生徒が声を掛ける。
 その声に我を取り戻した女生徒は謝りながら二人は渡り廊下を後にした。

「……行っちゃった。なぁんか、ヤな感じだな、ああいうの……」

 そう呟き、ゆかりも教室に鞄を取りに渡り廊下を後にする。




「白妙さん」

 風花を誘って一緒に帰ろうと帰宅準備をしていた綾乃に、浅黒い肌の女生徒が話しかけてくる。

「……確か、森山さんだよね。何?」

 これまで話す機会が無く、親しい間柄でもない森山から話しかけられた事に、綾乃は違和感を覚えつつ用件を尋ねる。

「風花から伝言。手伝って欲しいことがあるから、旧校舎体育倉庫まで来てって」

「旧校舎体育倉庫?」

 聞き慣れない名称に綾乃が首を傾げる。
 森山の説明によると、今では使われなくなった建屋で現在は余剰備品を収納するのに使われているとのこと。
 そして、備品が足りなくなったときには、こちらから持ち出しているのだそうだ。

「あ、それから終わったら一緒に帰宅したいらしいから、風花の鞄も持ってきて欲しいって」

「解った。ところで、旧校舎体育倉庫ってどこ?」

「あぁ、それなら私が案内するよ」

 自身の鞄と風花の鞄を持った綾乃が森山に尋ねると、森山が付いてきてと綾乃を先導する。
 森山に案内され、綾乃は旧校舎体育倉庫へと向かう。
 旧校舎体育倉庫は校舎からそれなりに離れた場所にあり、用事でも無い限り来る事が無さそうな場所にある。

「ここだよ」

 綾乃を先導してきた森山が目的地に到着した事を告げる。
 森山が指さした所の扉が開いており、おそらく風花は中で作業をしているのだろう。

「ありがとう、風花は中で良いのかな?」

「そうなんじゃない?」

 綾乃の質問に森山は素っ気なく答える。
 その様子に違和感を覚えるも、中で風花が待っているから早く手伝いに行こうと綾乃は旧校舎体育倉庫の中へと入る。

「風花、どこ?」

 薄暗い旧校舎体育館倉庫に入った綾乃が中に居るであろう風花に声を掛ける。
 その直後、綾乃の後ろで入り口の扉が閉ざされ、外から施錠する音が聞こえた。

「ッ!?」

 その音に綾乃は入り口に取って返すと、入り口の扉を叩いて外にいるであろう森山を呼ぶ。

「ちょっと! これは何の冗談なの!?」

 綾乃の詰問に帰って来たのは、複数の女生徒の嘲笑だった。

「こんな簡単に騙されるなんて、よっぽどお人好しなんだね!」

「本当、本当、お人好しというか馬鹿? ダサ過ぎー」

「前からアンタの事がウザかったんだよ。アンタが邪魔で風花をイジレ難かったし」

 それぞれが勝手な事を述べ、綾乃の事を罵倒する。

「……アンタ達、風花に何をしたの!?」

「はぁ、そんな事そこにいる風花本人から聞いたら良いジャン」

 綾乃の詰問に返された言葉に、綾乃は咄嗟に後ろを振り返る。
 薄暗い室内で、目をこらすと一番奧に両手を縛られさるぐつわをされた風花が床に倒れていた。

「風花っ!?」

 綾乃は慌てて風花の元へと駆け寄ると、風花の戒めを解き風花を自由にする。

「綾乃ちゃん、ごめんなさい! 私のなんかのせいで、綾乃ちゃんにまで迷惑を掛けちゃった……」

 瞳に涙をにじませながら、風花が綾乃に謝る。
 そんな風花を綾乃は宥めると入り口まで戻り、外にいる森本達に怒鳴りつける。

「こんな事をして、アンタ達は何がしたいのよッ!」

「別にー、生意気なアンタ達を懲らしめたいだけよ。ちょっと成績が良いからって、生意気なんだよ!」

 綾乃の言葉に帰ってきた答えは要領を得ない八つ当たり的な答えだった。

「なによそれ、そんな勝手な八つ当たりでこんな事をした訳? 巫山戯ないで!」

「うっさいわね、暫く二人でそこで大人しくしてればいいわっ!」

 綾乃の怒りを含んだ声に森山がそう返すと、扉の向こう側から遠ざかる気配が伝わってくる。
 扉の向こう側の気配が完全に感じ取れなくなって、綾乃は風花の元へと引き返す。

「……綾乃ちゃん、ごめんなさい……本当にごめんなさい」

「風花が悪い訳じゃないでしょ。悪いのは八つ当たりをしてきたあの子達。それよりも、事情を聞いても良いかな?」

 風花の謝罪に綾乃がそう答え、風花からこれまでの経緯を聞く。
 その内容は風花に非がある訳でなく、一方的な八つ当たりだった。

「……何よそれ、風花は何一つ悪く無いじゃない」

「ううん、悪いのは私だよ……イジメにあっても、それをはね除けられなかったのは私なんだから」

 憤慨する綾乃の言葉に風花が力なく答える。
 悪いのは自己主張が出来ず、嫌な事を嫌と言えなかった自分自身。
 その結果、大切な親友である綾乃まで巻き込んでしまった。
 風花は自己嫌悪に苛まされながら綾乃にごめんなさいと繰り返す。

「ううん、風花が悪いんじゃない。もし風花が悪いというのなら、風花の事に気付かなかった私も同罪だよ」

 落ち込む風花を抱きしめて、風花の頭を優しく撫でながら綾乃が優しく諭す。
 その行為に、これまで我慢してきた感情の堰が外れ、風花は綾乃にしがみつきながら大声で泣き出す。




「風花、落ち着いた?」

「うん、いきなり泣き出してゴメンね、綾乃ちゃん」

 暫く泣き続けた風花は落ち着きを取り戻し、はにかみながら綾乃に答える。

「取り敢えずは、ここから出る方法を考えないと駄目ね」

 室内を見渡し、綾乃はこの場所から脱出する手立て無いかを考える。
 風花と手分けをして、役に立ちそうな物がないかを探してみたところ、複数の跳び箱とマットが見付かった。

「これを組み合わせれば脚立の代わりになりそうだけど、あの窓は使えるのかな」

 組み合わせた跳び箱とマットを足場に、綾乃が室内の天上付近にある窓を調べてみる。

「どう、綾乃ちゃん?」

「駄目……空調用のはめ込み窓だから、格子が邪魔で抜け出せそうにない」

 風花の問い掛けに綾乃が落胆した様子で答える。
 携帯電話で悠也達に連絡を取ろうとしてみたが、圏外表示で繋がらない。
 大きな音を出して助けを呼ぼうにも、滅多に人が訪れそうにも無い場所なので気付いてもらえそうにもない。

「八方塞がり、か……」

「……流石に森山さん達もこのままにはしないはずだから、出してもらえるまで大人しくしている?」

 悔しいけれど、どうにも抜け出す手段が見付からないので、風花は森山達が解放してくれるのを待つしかないと考える。
 しかし、綾乃はその事よりも別の事が気になっていた。

(ここって、影時間になったらどうなるのだろう……?)

 毎夜0時になると月光館学園に現れるタルタロス。
 影時間に適性のない者は、象徴化して影時間から切り離されると思うが、適性を持った者がこの場で影時間を迎えたら?
 ひょっとすると、そのままタルタロスのどこだか解らない場所へと投げ出されるのではないか?

(確か、風花も適性を持っているんだよね……これって、かなり危ないんじゃ……)

「綾乃ちゃん? どうかしたの?」

 考え込む綾乃に、心配そうに風花が話しかける。

「あ、ごめん。何でもないよ。ここから出る手段が、本当にもう無いのかなって考え込んじゃってたみたい」

 風花の呼びかけに我に返った綾乃が、心配を掛けないよう笑いかけながら風花に答える。
 取り敢えず、現状だとどうにも良い知恵も浮かびそうにもないので、鞄の中に入れていたお菓子でも食べてひとまず落ち着く事にした。
 お菓子を食べながら取り留めのない会話を続けつつ、携帯電話で時間を確認すると現在の時間は23時過ぎ。
 しかも0時までの残り時間は、数分を切った状態だった。
 綾乃は覚悟を決めると、真剣な表情で風花を見る。

「どうしたの、綾乃ちゃん?」

「風花。何があっても、私が絶対に風花を守るからね」

 綾乃のただならぬ雰囲気に風花は違和感を覚えるも、綾乃の言葉に頷く。
 そんなやり取りをしている中、時計の針は午前0時を回るのだった……
 綾乃達を中心に室内が飴細工のように歪み、捻れていく。

「ッ!? 綾乃ちゃん、これは!?」

「風花! 私に掴まって、絶対に手を離しちゃ駄目よ!!」

 風花は言われた通りに綾乃にしがみ付くと、きつく目を閉じる。
 歪み捻れていく世界はその形を失い、違う世界が構築されていく。
 上下の感覚も遠近感もない状態が続く中、次第に目の前が暗くなっていく。
 意識が途絶えるその瞬間に感じたのは、自身にしがみつく風花の手の感触と体温だけだった。




――影時間・タルタロス

 綾乃が意識を取り戻すと、予想通りそこはタルタロスの中だった。
 周りの風景からすると今現在攻略しているエリアだと思われるが、美鶴からのバックアップもないので、自分がどの階層に居るのかが解らない。
 そこまで考えて風花の事を思い出した綾乃は慌てて風花の姿を探す。

「良かった……はぐれていない」

 見ると、風花はしっかりと綾乃にしがみ付いていて、二人揃ってはぐれることなく同じ場所に出られたようだ。

「……ん、ううん……?」

 風花の安否を確かめる綾乃の目の前で風花が目を覚ます。

「……綾乃ちゃん?」

「気が付いた? どこも痛くない?」

「うん、ちょっと頭がボーッとするけど大丈夫……ここ、どこ?」

 意識がハッキリしてきた風花は、先ほどまで自分達がいた場所と違う風景に唖然とする。

「話すと長くなっちゃうから、詳しい事はここから出てから説明するけれど……」

 そう前置きして綾乃は風花に自分達のいる場所、どうしてこのような状況になったのかを大まかに説明する。

「……タルタロス、影時間……シャドウ」

 まるで、ゲームか何かのような説明の内容に、風花は戸惑う。
 とはいえ、綾乃がそういった類の冗談は言わないので、風花は目の前で起こっている事を現実の事だと理解する。
 綾乃は風花に脱出装置を探し出して、エントランスへと戻る事を当面の目的として行動しようと思う旨を説明する。

「とはいえ、シャドウの動きが解らないから慎重に行動しないといけないのだけどね」

 そう言いながら綾乃は鞄の中からホルスターに収められた召喚器を取り出す。
 こちらに来てから何があっても良いように、出来る限りは持ち歩くようにしていたのだが、本当に何が幸いするのか解らないと綾乃は内心苦笑する。

「綾乃ちゃん……それ、拳銃!?」

「見た目はそうだけどね。ホラ見て、銃口が詰まっているでしょう? 弾は出ないよ」

「あっ……本当だ。それじゃ、これは何に使う物なの?」

 召喚器を見て驚く風花に、綾乃は苦笑混じりに説明をする。
 先ほど説明したシャドウに対抗するための力"ペルソナ"と、それを使うために必要な召喚器の事。
 風花は半信半疑ながらも、綾乃がその手の嘘をつかない事を知っているので、すんなりと説明を理解する。

「ペルソナ……もう一人の自分……」

 綾乃の話によると影時間に適性を持つ自身も、ペルソナ使いとしての適性があるかもしれないという。
 ただ、確かめようにも綾乃の持つ召喚器は彼女にしか使えないそうだ。
 もしもペルソナを使うことが出来たのなら、綾乃の力になれたかもしれない。
 風花は歯痒い思いを感じたが、今は綾乃の足を引っ張らないように注意しようと考える。

「取り敢えず、脱出装置か上への階段を探さないとね。風花、動ける?」

「うん、大丈夫だよ綾乃ちゃん」

 そういって立ち上がった風花の背筋に、ゾワリとした感触が走る。
 何か得体の知れない物が近寄ってくる感じ。

「風花、どうかした?」

 様子の変わった風花へ綾乃が声を掛ける。

「綾乃ちゃん、何か解らないものが私達の方へと近付いてくる……」

「ッ!? どっちの方角か解る?」

 風花は周りを見渡すと、綾乃の背後を指さす。

「あっちみたい」

 綾乃は風花の示した方角へ視線を向けると、風花にこの場所から動かないように言い含めてそちらの方へと向かう。

(シャドウ……こんな時に!)

 シャドウはこちらから攻撃を仕掛けるか、相手から攻撃を仕掛けられない限り相手の姿、規模が解らない。
 綾乃はこの階層に出てくるシャドウ達の弱点を思い出し、一番多い弱点である雷属性で先制攻撃を仕掛けようと決断する。
 ホルスターから召喚器を引き抜き銃口をこめかみへとあてがう。
 シャドウはこちらにまだ気付いていないようで、ゆっくりとした動きで近付いてくる。

「来てっ! リリム!!」

 シャドウが攻撃の届く距離に入った瞬間、綾乃は引き金を引き"リリム"を召喚する。
 銃声が響き、撃ち抜かれた綾乃の頭部から光り輝く青い結晶が綾乃の周りを取り囲むように乱舞する。

「……凄い」

 リリムはシャドウに対し、電撃系範囲攻撃スキル【マハジオンガ】を放つ。
 激しく放電しながらシャドウへと命中すると、シャドウ達の姿がハッキリと現れた。
 相手は、冠を乗せた髪の毛の姿をしたシャドウだった。
 このシャドウは雷属性が弱点で、突然の不意討ちに5体全部が転倒している。

「もう一度、マハジオンガ!!」

 再度、銃声が響き召喚されたリリムが放つ【マハジオンガ】の攻撃にシャドウ達は消滅する。
 シャドウの消滅を確認した綾乃は、周りに他のシャドウが居ないか注意を払いながら風花の元へと戻る。

「綾乃ちゃん、今のが"ペルソナ"なの?」

「うん、そう。ペルソナとは様々な困難に立ち向かうための"仮面の鎧"なんだって」

 いつか聞いたイゴールの説明を思い出し、綾乃は風花に答える。

「それよりも風花。あなた、シャドウの位置が判るの?」

 先ほどの風花の言葉から、ある事柄に思い至った綾乃が風花に問い掛ける。

「……うん。なぜだか分からないのだけど、何となく判るみたい」

 綾乃の問い掛けに、自身でも良く解らない風花が自信なげに答える。

「ひょっとすると、それが風花の能力()なのかも知れないね」

 風花の答えに、綾乃は自身の予測を述べる。

「風花、今後も何か異変を感じたら私に教えて。回避できるなら回避して、無理なら私が何とかするから」

 綾乃の言葉に風花は頷き、二人は慎重にタルタロスからの脱出を目指して移動を開始する。
 移動中、眉尖刀を入手した綾乃はそれを装備する事により、ペルソナの使用回数をなるべく抑えることにする。
 リリムの範囲攻撃スキルは強力なのだが、回復手段が無いため際限なく召喚することは出来ない。
 風花のお陰で、戦闘自体を極力回避しているので今はまだ何とかなっているが、終わりが見えない現状では安心が出来ない。




 何度目かの避けられない戦闘で、綾乃の疲れも無視できない状態になってきていた。
 相手が1体だけならまだしも3体以上、場合によっては5体のシャドウと戦い続けた結果、ペルソナの召喚回数が増えたのが原因だ。
 それでも綾乃は風花を守るため、疲れを無視して戦い続ける。
 そんな綾乃の戦い振りを離れたところから見ているだけの風花に、綾乃の心の叫びが届いていた。

(私が風花を守るの……これ以上、大切な人達を傷つけさせない、奪わせたりしない……!)

 その叫びは風花の心を締め付ける。
 自身に戦う力がないから、綾乃の手助けが出来ない。
 シャドウ達の居場所が判るけれど、それでも避けられない戦いは綾乃一人に任せきりなのである。

(私も、綾乃ちゃんのように強くなりたい。誰かに守られるだけでなく守れるように……!)

 風花はこれまで綾乃の事を自分に自信があり、どんな時でも率先して物事を進める凄い人だと思っていた。
 でも、タルタロスで共に過ごしていて風花は知った。どんなに凄くても、綾乃もまた一人の女の子なのだと。
 綾乃は自身が大切だと思う人が傷つくのが嫌で、その為なら無理をしてでも守ろうとする。
 本当は綾乃自身が助けを望んでいるのに、その思いを心の奥深くに押し込めて……
 それは綾乃の強さであるが、同時に脆さでもある。
 無理が出来てしまうから、必要となれば綾乃は自分の体や心が壊れるまで無理をしてしまうかも知れない。

(綾乃ちゃんには、きっと甘やかしてくれる人が必要なんだと思う……)

 漠然とだが、風花はそう考える。

「風花、シャドウの気配はまだある?」

 戦闘を終えた綾乃が風花に確認を取る。
 その言葉に風花は我に返ると、意識を集中して周りの気配を探ってみる。

「うん、シャドウの気配は無いみたい……ッ!? 綾乃ちゃん、シャドウとは違う気配が四つあるの。これって……人、なの?」

「それって、人の気配で間違いはないの?」

「……うん、今まで感じた気配とは違うから、人だと思うけれど、一体誰が?」

 風花の言葉に綾乃は仲間達が来てくれた事を悟る。

「風花、その反応があるところまで移動できる?」

「それぞれがバラバラに動いているようだけど、この階層を目指して移動しているみたい」

「そうか、それじゃこの階層に到達したら合流した方が良いね」

「綾乃ちゃん、この反応が誰なのか判るの?」

「うん、きっと仲間だよ」

 綾乃は風花にそう言うと、シャドウに襲われないために小部屋へと移動する。
 小部屋の入り口に陣取り、風花を匿うように自身の後ろへと待機させる。
 そのまま暫くの間は動かずに体力の回復に専念する。

「綾乃ちゃん、この階層に反応が三つ上ってきたよ」

「よし、それじゃ合流しに行こう」

 綾乃は慎重に仲間達と合流すべく風花を後ろに移動を開始する。

「綾乃っ!? それに風花! 良かった、無事だったのね!」

「姉さん、怪我とかは大丈夫?」

「おおっ、すげー!! 無事だった!!」

「二人とも、大丈夫か?」

 綾乃達に真っ先に気付いたゆかりが、二人の元へと駆け寄ってくる。
 二人を救出に来たのは悠也にゆかり、順平、明彦の四名。
 美鶴はエントランスでバックアップだ。

「二人とも、無事で本当に良かった……」

 ゆかりが綾乃と風花に抱き付くと、安堵の涙を流す。

「それにしても、二人とも今までどうやってシャドウをやり過ごしていたんだ?」

 明彦の質問に、綾乃が大まかにこれまでのことを説明する。

「すげっ、シャドウの位置が判るのかよ」

「美鶴と同じ力か……いや、それ以上かも知れない。あいつのペルソナは本来は戦闘タイプだからな」

 綾乃の説明を聞いた順平が驚嘆し、明彦が納得顔で感心している。

「それよりも、桐条先輩に連絡を入れた方が良くないですか?」

 ゆかりが明彦に提案する。

「そうだな。美鶴、聞こえるか?」

 通信機を使い明彦が美鶴に連絡を入れるも、ノイズが激しく応答がない。

「……やっぱり駄目か。ノイズが酷いな」

 通信が繋がらないので明彦はこれ以上の通信は諦めて、持ってきた予備の召喚器を風花に手渡す。

「これを持っていてくれ」

「これって、召喚器?」

「綾乃から聞いたのか? なら話は早い、お守り代わりに持っていてくれ」

 明彦から手渡された召喚器を風花がしげしげと眺める。

(これがあれば、私も綾乃ちゃん達の力になれるのかな……)

「先輩、そろそろ移動しないと」

「そうだな。それじゃ、綾乃、以後の指揮はお前に任せる」

 明彦はそう言って、綾乃に今後の指揮を任せると周りの注意を払いいつでも動けるように臨戦態勢になる。
 無事に明彦達と合流できた綾乃は、タルタロスから脱出するために移動を開始する。
 途中、見晴らしの良い通路に到着したとき、外に見える満月に順平が驚嘆の声を上げる。

「月、デカッ!! 明るッ!! てか、こんなギラギラしてたっけかぁ?」

「月の満ち欠けは、シャドウの調子に影響するって説がある。もっとも、人間も同じだがな」

「ゆかりっッチがプリプリしてたのも、お月さんの影響スかねぇ?」

「順平、そういう事は本人の居ないところで言ってくれない?」

 驚嘆する順平に明彦が答え、軽口を叩く順平にゆかりが険呑な視線を向ける。

「モノレールの時もこんな満月でしたね」

「ん?……前も丸かった?」

 悠也の一言に明彦が唖然とした様子で呟く。

「おい、4月に寮が襲われた日、月を見たか?」

「確か、その日も満月だったと思います」

 明彦の問い掛けに綾乃が答える。

「今日が6月8日……モノレールで戦ったのが5月9日……寮の襲撃は4月9日、全て"満月"だ!」

 明彦の言葉に、少年が言っていた試練の意味を悟る。
 何かが引っかかっていたのだが、これでハッキリした。
 大型シャドウは満月の夜にやって来て、それと戦うことが試練なのだと。

「美鶴、聞こえるか!?」

「……明彦か……シャ…ウが……」

 慌てて明彦が美鶴へと通信を入れるが、通信状態が良くなく、美鶴からの通信が聞き取りにくい。

「おい、聞こえているのか? 返事をしろ、美鶴!」

「……気をつけ……」

「……美鶴!? おいっ!」

 明彦が通信機に向かって叫ぶが、美鶴からの通信はそれ以降途絶えたきりだ。

「なに、これ……」

 風花の脳裏に巨大な異形が二体、人を襲っている姿が過ぎる。

「今までのより……ずっと大きい……しかも、人を……襲ってる……!?」

「くそっ!」

「な、な、なんスか!? 分かるように説明してくださいよっ!」

 風花の言葉に、明彦が美鶴の安否を気にして焦る。
 状況が飲み込めていない順平は、明彦に説明を求めるが、明彦には聞こえてないようだ。

「桐条先輩の居るエントランスに、先月のモノレールで戦ったような大型シャドウが現れたんだ」

 悠也が順平に説明する。
 言葉は静かだが、表情に若干の焦りが見える。

「……おそらく、ヤツらは満月に来るんだ。急ぐぞ!」

 明彦はそう言うと、急ぎ走り出す。
 次いで綾乃と悠也が、それから少し遅れてゆかりと風花が走り出す。

「ちょ、ちょっとーッ!!」

 状況が飲み込めず一人取り残された順平が、慌てて後を追いかける。
 暫く進んだ先に設置されていた脱出装置を使い、エントランスへと急ぎ戻る。




 エントランスに戻ってきた明彦達の目の前に現れたのは、二体の大型シャドウだった。

「くそっ、一体じゃないのか!?」

 想定していた状況と違い、現れた大型シャドウが二体だったことに驚きを隠せない明彦。
 その視線が大型シャドウの片割れ、大剣を持った大型シャドウへと移る。

「美鶴!」

 大剣を持った大型シャドウの手には美鶴が握られており、今にも絞め殺さんとその手に力を込めていた。

「うっくっ……」

 身動きが取れず圧迫感に美鶴は苦悶の表情を浮かべている。

「真田さん! シャドウの気ぃ逸らさないと!」

 その様子に危機感を持った順平が明彦へと叫ぶ。

「分かっている! 貴様らの相手はこっちだ!」

「明彦、気をつけろ……こいつら……普通の攻撃が効かない」

 順平に怒鳴り返す明彦に、美鶴がくぐもった声で忠告する。
 その直後、タルタロスの入り口が開き、フラフラと足下がおぼつかない森山がエントランスへとやって来た。

「おい! 誰かいんぞ!?」

 その事にいち早く気付いた順平が叫ぶ。
 夢遊病者のようにフラフラと歩いていた森山は、その場に崩れ落ちるとうわごとのように風花の名前を呼ぶ。

「まさか……森山さん!?」

 風花は咄嗟に飛び出すと、森山の前まで駆け寄る。

「無茶だっ!! 戻れ!!」

「森山さん、逃げてっ!! ここは危ないからっ!!」

 明彦の忠告を無視して、風花は森山に声を掛ける。
 その呼びかけに我に返った森山は、目の間にいるのが風花だと気付き、驚愕に目を見開く。

「……ふう、か? わ、私…・・あんたらに、謝らなきゃって……」

 もう片方の杖を持った大型シャドウが、動揺しながらも風花に謝ろうとする森山達の方へと狙いを定め、近寄っていく。

「私が……守らなきゃ!」

 二人を助けに来てくれたゆかり達のように……
 そして、タルタロスでずっと自分を守ってくれた綾乃のように!
 風花は明彦から渡された召喚器を握りしめると、銃口をこめかみへとあてがう。
 杖を持った大型シャドウがその杖を大きく振りかぶり、風花へと打ち据える。

「……ペルソナ」

 風花は静かに呟くと、指先に力を込め引き金を弾く。

――銃声が鳴り響き、風花を中心に青い光の粒子が巻き起こる

『……っ!?』

 光の粒子は密度を持ち、障壁となって大型シャドウの攻撃を弾き返す。
 攻撃を弾かれた大型シャドウは体勢を崩して、もう片方の大型シャドウへと衝突する。
 その衝撃で、美鶴を握っていた大型シャドウは美鶴をその手から取り落とそた。


 青い光の粒子が消えると、そこには目を布で覆い隠した女性型の異形が佇んでいた。
 その異形のスカート中、半透明の球体の中に風花が居る。

「……風花、あなた!?」

「ペルソナ……?」

 目の前の光景に、ゆかりと順平が唖然とした表情で呟く。
 こうして、一人の少女は自らの意思で運命の引き金を引き、自身の意思を示すのだった。




――NEXT Chapter――


 少女は自らの意思で道を決め、彼女と共にあることを選んだ。
 それまでの役割を譲った少女は、戦列へと復帰をはたす。

 少女達の胸に、それぞれの思いを秘めて。

――立ち止まってはいられない

 彼女達の想いにかかわらず、運命は新たな糸を紡いでいく……


 次回、PERSONA3 Refrain ~絆繋いで~

Chapter 6:Their portraits

――それは、それぞれの道を歩んできた軌跡の証――




2010年09月19日 初投稿



[15158] ◆ Chapter 6:Their portraits ◆
Name: 葵鏡◆3c8261a9 HOME ID:3646226d
Date: 2010/09/29 15:26
――――彼女達の特異さは、これまでの常識を覆すものだった

           本来なら、彼女達はこの件に関わる義務も義理もない

       ……だからこそ

         私の都合で巻き込んだ彼女達に、誠意を示す時が来たのだ……




 綾乃達が、旧校舎体育倉庫に閉じこめられている頃。

「綾乃がまだ帰ってこない?」

 予習を終えラウンジに降りてきたゆかりが、不安気にしている悠也を見つけ訊ねたところ、そんな答えが返ってきた。

「携帯に掛けても繋がらないんだ……」

 悠也の言葉にゆかりは携帯電話を取り出し、綾乃の携帯電話にコールする。

『おかけになった電話は、現在、電波の届かない場所におられるか、電源が入っていないため、かかりません……』

 不通のアナウンスが流れ、ゆかりは携帯電話を切る。 

「悠也の方も不通のアナウンスだったのね?」

 ゆかりの問い掛けに悠也は頷く。
 綾乃の事が気になる二人が黙り込んでいると、入り口の扉が開き美鶴が帰ってきた。

「ただいま。二人ともどうした? 深刻な表情をしているが?」

「あ、桐条先輩。お帰りなさい、それが……綾乃がまだ帰ってこなくて、携帯にも連絡が付かないんです」

 様子がおかしいと感じた美鶴が訊ね、ゆかりが不安気な表情で答える。

「珍しいな……綾乃からは事前に何か云ってなかったのか?」

 これまでの綾乃の行動からは有り得ない状況に、腕を組み少し考えてから美鶴が訊ねる。

「特に何も……今朝も普段通りでしたし」

 心なしか顔色の悪い悠也がそう答える。

「……そうか。取り敢えずは様子を見て、明日になっても戻って来なければ、綾乃の足取りを調べてみよう」

 嫌な予感を覚えつつも、美鶴は今夜一晩は様子を見るよう提案する。
 美鶴の提案に思うところはあるものの、それ以外に出来る事がないため、悠也とゆかりは美鶴の言葉に従う事にする。

――その日、綾乃が寮へと戻る事はなかった……

 綾乃が寮へと戻ってこないまま迎えた朝。
 ゆかりと悠也は綾乃の事が心配であまり眠ることが出来ず、眠そうな顔でラウンジに降りてくる。

「おはよう。結局、綾乃は戻ってこなかったか……」

 ラウンジに先に降りてきていた美鶴が、悠也達に声を掛ける。

「今朝も姉さんの携帯に掛けてみたんですが、やっぱり繋がらないままです……」

「……私の方も同じでした」

 美鶴の質問に、悠也とゆかりがそれぞれ答える。
 昨晩から何度か連絡を入れてみるが、いずれも通話不能のアナウンスで、留守番電話に伝言を残すことも出来ない。

「そうなると、昨日の足取りを追わなければならい訳だが……綾乃のクラスメイトにそれとなく聞いてもらえないか?」

「分かりました。登校したら私が風花に聞いてみます」

 美鶴の言葉にゆかりが答える。
 弟である悠也が調べるよりも同性の自分が調べる方が都合がよいと思ったからだ。

「僕の方はどうしたらいい?」

「悠也は綾乃が立ち寄りそうな場所で昨日、来ていないか調べてもらえる?」

 綾乃は意外に交友関係が広いので、ゆかりは一緒によく行動している悠也に、そちらの方を調べてもらうように頼む。

「分かった。それなら帰りに"本の虫"とかに寄ってみるよ」

「私の方は、学園へ何か連絡が入っていないかを調べよう」

 それぞれを分担を決め、三人は寮を後にする。




 学園に到着すると、何やら校門前が騒がしい。
 何事かと三人が校門まで移動すると、複数の生徒達の噂話が聞こえてきた。
 その内容は、2年の女生徒が校門前で倒れていたのが発見され、救急車で運ばれたとの事だ。
 運ばれた女生徒が綾乃でないか確かめるために三人は職員室へと向かう。
 その結果、運ばれた女生徒は綾乃では無く、綾乃のクラスメイトで先日の放課後、ゆかりが目撃した女生徒だった。
 何でも昨晩から夜通し行方が分からなくなっていて、今朝になって校門前で倒れているのが発見されたのだという。
 その為、ゆかりが先日の状況を教師側に説明することとなった。

「……つまり、岳羽君が彼女を見たときは、別段おかしな様子は無かったと言うことだね?」

「はい、不通に友人と楽しそうに話していました」

 流石に、イジメの話題で盛り上がっていましたとは言えなかったので、ゆかりはその辺りをぼかして説明する。

「お、二人とも遅かったな。どうかしたのか?」

 先に登校していた順平が教室に入ってきた悠也とゆかりに声を掛ける。

「ちょっとね。今朝、校門前であったことで職員室に行ってた」

 順平の質問に疲れた様子でゆかりが答える。

「あぁ、あれな。今回の難事件……正直、この俺もお手上げ侍だワ」

「お手上げ侍? ……バカじゃないの? ……てか、バカじゃないの?」

 順平の言葉に、呆れ返ったゆかりが投げやりに順平へ言葉を返す。

「2回言うな!」

「まったく、綾乃が戻ってこなかったってのに、何をのんきな事を言っているのよ……」

 バカという単語に順平がショックを受けた表情で抗議をするが、ゆかりはそれには取り合わず、現状起こっている問題を順平に告げる。

「え? 綾乃ッチ帰ってきてないの?」

 先日、ゆかり達がラウンジに居る時に居合わせなかった順平が、驚いた表情でゆかりに訊ねる。

「そう。後で風花に聞きに行かなきゃいけないけれど、順平も手が空いているなら手伝って」

「あぁ、分かった。つか、綾乃ッチが戻ってこなかった次の日にクラスメイトが意識不明で入院って、なんの偶然だ?」

 順平の言葉に、ゆかりと悠也が顔を見合わせる。

「って、綾乃ッチが登校しているのか確認したのか?」

「登校してすぐに職員室に行ったから、確認してない」

「休み時間に確認しに行ったほうが良さそうだね」

 順平の指摘に、ゆかりと悠也が肝心な確認事項を忘れていた事に気付く。
 ホームルームの時間となり1限目が終了するまでの間、ゆかりと悠也は心ここに在らずといった状態が続いた。




「えっ、風花も来てない?」

 休み時間。
 綾乃が登校しているのかを確認するため、E組に来たゆかりに知らされたのは綾乃と風花、二人の欠席だった。

「うん、何でも体調が良くないって江古田が言ってたよ。ゆかりは白妙さんと一緒の寮でしょ?」

「あぁ……いや、登校できそうだったら出て来るって云ってたから、どうなのかなってね」

 友人の質問に、ゆかりは我ながら苦しい言い訳だなと思いつつも答える。

「そっか、寮に戻ったら白妙さんにお大事にって言っておいてくれる?」

「うん、分かった。綾乃に伝えておくね」

 友人にそう答えてたゆかりは、悠也達と相談するべくF組へと戻る。

「綾乃ッチと山岸が病欠扱いだって?」

 戻ってきたゆかりに状況を聞いた順平が困惑の表情を浮かべて聞き返す。

「うん、江古田がホームルームでそう言ったみたい」

「姉さんに関しては、誰も連絡をしてなかった筈だよね?」

「先輩達が手を回したとか?」

「桐条先輩も、私達と一緒に綾乃の事かと確認しに職員室へと行ったのだから、それは無いと思う」

「じゃ、誰が連絡したんだ?」

 ゆかりの言葉に悠也と順平がそれぞれ疑問を述べるが、どれも可能性としては有り得ない。
 このまま考えていても埒があかないので、ゆかり達はこの件について寮に戻ってから美鶴達に相談する事に決めた。

「綾乃が病欠扱いだと?」

 寮に戻ってきたゆかり達からの報告に、美鶴が表情を曇らせる。

「美鶴、お前の方で病欠扱いの申請を出したのか?」

「いや、私の方では何もしていない」

「理事長が手を回したって可能性は無いですか?」

「それなら私の方へと連絡が入って来るから、それも無いだろう」

 美鶴が明彦とゆかりの質問にそれぞれ答える。
 
「そういえば、綾乃とは連絡が付いたのか?」

「いえ……携帯電話は相変わらずで、姉さんからの連絡もありません」

 その後、綾乃との連絡が取れたのかを確認する明彦に、悠也が連絡が依然取れない事を伝える。
 連絡も無しに遅くなったりした事が一度も無かっただけに、綾乃の安否が気に掛かる。

「明日になっても連絡が取れなければ、捜索願いを出す事も考えなければならないな……」

 沈痛な表情を浮かべて、美鶴が最悪の事態を想定した決断を下す。
 皆が心配する中、美鶴は何があっても動けるよう体調管理だけは怠らないように全員に告げる。
 綾乃の無事を心配する中、全員はそれぞれ自室へと戻る。

――翌日

 先日に続いて、またしても校門前で生徒が倒れているという事態が起こった。
 辰巳記念病院に搬送されたのは、先日搬送された女生徒と同じ2年の女生徒だった。
 不可解な事故に生徒達の間に動揺が広がる。
 教師達が奔走した結果、表面上は事態を収める事は出来たが、生徒達の間に奇妙な噂が流れ始めた。

「怨霊?」

 ラウンジで順平に聞かされた話題に、ゆかりが怪訝な表情で聞き返す。

「そ、怨霊。学生用のネット板に、例の校門で倒れていた子達は怪談に出てくる怨霊の犠牲者なんじゃねーかってさ」

「怨霊とか、マジやめてよ……嘘くさい!」

 順平の説明に、嫌そうな表情でゆかりが抗議する。

「その怪談というのは、どんな話だ?」

「ちょっ!? どうせ、作り話に決まってるし、き、聞かなくていいと思いますが!」

「興味ある、話してみろ」

「う……」

 会話に混ざってきた美鶴の言葉にゆかりが阻止しようとするが、明彦も参加してきたため、流れは変えられそうにない。
 二人の言葉に順平が、いつの間に用意したのか懐中電灯まで持ち出してきている。

「順平、その怪談ってここに書き込まれている内容?」

 ラウンジにあるパソコンを操作していた悠也が、操作を止めて順平に確認を取ってくる。

「ちょっ!? 悠也、これからって所で話の腰を折るなよー」

「姉さんの事があるんだ、ひょっとすると今回の騒動が関係しているかも知れない」

 言葉は静かだが、その表情は下らない事をしてるヒマがあるのか? と抗議しているように見える。

「わーったよ、確かに綾乃ッチの事があるもんな……悪ぃ、悠也。それで、どこに書き込まれてる内容って?」

 そう言って悠也の元へと順平は移動する。
 美鶴と明彦も順平の後に続き、悠也が操作するパソコンのモニターを見る。
 怪談話が無くなった事で、どことなくほっとした表情のゆかりが遅れてやってくる。

「この書き込みなんだけど」

「どれどれ……お、これだ。噂の元になった怪談は」

 悠也が示した書き込みを確認した順平が、元になった書き込みだと答える。
 その怪談は、遅くまで学校に残っていると死んだはずの生徒に喰われると言った内容だった。

「つまり、倒れていた女生徒は遅くに学校にいたから襲われたという事か……どう思う、明彦?」

「怨霊かどうかはともかく、調べる価値はありそうだな」

「えっ、どういう事なんです?」

 美鶴と明彦の会話に、要領を得ないゆかりが訊ねる。

「この怪談は死んだ生徒が居る事が前提条件なんだ。つまり、学校を休んでいる生徒が実は死んでいるんじゃないかって噂が元になっている」

 ゆかりの疑問に答えたのは美鶴ではなく悠也だった。

「それが綾乃と言う訳?」

「いや、ひょっとすると山岸さんかも知れない」

「どういう事だ?」

 ゆかりの疑問に答えた悠也へ、順平が不思議そうな表情で問い掛ける。

「憶測だけど、この噂はイジメにあった生徒がそれを苦に自殺して、イジメた相手に復讐しているんじゃないかって思われている節がある」

「なるほど。確かに綾乃の性格を考えると、イジメに合うようには思えないな」

「それどころか、その場でイジメた相手に反撃してそうだ」

 悠也の説明に、美鶴と明彦がそれぞれの感想を述べる。
 それを聞いたゆかりと順平も、確かに綾乃がイジメに合うような大人しい性格をしていないと納得する。

「以前会ったときの様子からして、山岸さんって気の弱い大人しい性格をしているんじゃないかな?」

「確かに、風花は大人しい性格をしているけど……てか、風花の事をよく見てたわね、悠也」 

 ゆかりが感心半分、呆れ半分の表情で悠也に答える。

「他の学年の生徒っていう可能性はないのか?」

「それは否定は出来ないけれど、今のところ被害者は全員2年生だから、可能性は低いと思う」

 順平の疑問に悠也が答える。
 そのやり取りを見ていた美鶴は腕を組むと思案顔になる。

「そうなると、辰巳記念病院に搬送された二人に、共通点が無いかを調べた方が良さそうだな」

「2年の事となると、俺達は調べるのが厳しいな……お前達、頼めるか?」

 美鶴の提案に明彦がゆかり達に調査を頼む。
 確かに、学年が違う上に有名人である二人が調査をするのは不向きであるため、ゆかり達は調査を引き受ける事にした。




「あぁ……こりゃ、かなり騒ぎがでかくなってんな……」

――その翌日。

 校門前に三人目の被害者が出たため、騒動はさらに大きくなっていた。
 緊急の全校集会が開かれ、要領を得ない校長の説明を生徒会側からの連絡事項ととして、美鶴が補足する形で一応の平静を取り戻す事が出来た。
 しかし、生徒達の間に流れる噂が奇妙な真実味を帯び始め、その様子を見た順平が呆れ顔で呟いている。

「まぁ、桐条先輩が興味本位に深夜の学校へ、怪談話の真偽を確かめに来る事のない様にって諫めているから、大丈夫でしょ」

 噂話を初めから否定しているゆかりも、疲れた表情で言葉を続ける。

「とはいえ、今回も2年の女子だったね……」

 悠也の呟きにゆかりと順平は戸惑った表情を見せる。
 全員、クラスは別だが2年という共通点があり、もはや偶然とは言えない状況である事も確かだ。
 ひょっとすると、この三人には他に共通する事があるのかも知れない。
 男子である悠也と順平では女子達から情報を引き出す事が出来そうもないので、ゆかりに情報収集を任せる。
 悠也達は学生用のネット板に、新たな情報が書き込まれていないかをそれぞれ手分けして調べる事となった。

「三人の共通点が判ったよ」

 その日、一番最後に寮へと戻ってきたゆかりが、悠也達にそう話しかける。

「あの三人、クラスはバラバラで一見、共通点が無さそうだったけど、ちょくちょく家出をしていたらしいんだ」

 ゆかりの説明によると、いくつかの悪いグループと付き合いがあり、路上オール等をしている時に知り合ったそうだ。

「被害者の三人が決まって夜明かししていた"溜まり場"があるらしいの。明日、そこへ行ってみようと思うのだけど」

「お、おいそれ、もしかして、ポートアイランド駅前の、裏入ったとこの……」

「なんだ、知ってたの?」

「あそこヤバいって!」

 ゆかりの言葉に嫌な予感を覚えた順平が確認すると、思った通りの答えが返ってきたため、順平は慌ててゆかりを止めようとする。

「あそこ、駅のすぐ裏だけど、マジ超いろんなヤバい噂あんだぜ?」

「そうなの? なら、なおさら皆で行かなきゃ」

「お前達だけだと心配だな、俺も行く」

 それまで話を聞いていた明彦が話しに参加してくる。

「構わないな、美鶴?」

「あぁ、ただし問題行動は慎めよ?」

 確認を取る明彦に、美鶴が釘を刺す。

「解っている」

「真田さん、良いんですか?」

「何だ、俺がいると足手纏いとでも言うのか?」

「い、いえっ!? 真田さんが一緒に来てくれれば百人力です!」

 明彦の言葉に順平が慌てて答える。

(それに、あの場所ならアイツがいるかも知れないしな……)

 今後の予定をゆかり達が決める中、明彦は内心で今はいない、かつての仲間の事を考える。

「それじゃ、明日の晩に調査に行くという事で良いですか?」

「あぁ、構わない」

 ゆかりの確認に明彦が答える。




 翌日。
 明彦を先頭に順平、ゆかり、悠也の順でポートアイランド駅前の裏通りに入った溜まり場にやって来た。
 ゆかりを最後尾にしなかったのは、背後から襲われたときの用心のためだ。

「……んだ、あれ?」

「つか制服……あれ、ツキ高じゃん?」

 溜まり場にやってきた明彦達に溜まり場の常連達が胡乱気な視線を向けてくる。

「ヤベェ。想像してたよりずっとヤベェ……」

 溜まり場の澱んだ雰囲気に、順平が早くもここに来た事を後悔し始める。
 常連達の視線を意に介さず、明彦は溜まり場の中へと進む。
 その行く手を塞ぐように、明彦達の前に常連の一人がやってくる。

「ちっと、オマエらさ。遊ぶとこ間違えてんじゃねえの?」

 明彦達を囲むように、他の常連達も距離を詰めてくる。

「別に遊びに来た訳じゃない。調べ事だ」

 常連の言葉に、普段通りの態度で明彦が答える。
 明彦の態度が気に入らなかったのだろう。その常連は更に明彦との距離を詰めて来る。

「フゥ……オマエらみたいの来っとシラけんだろ……帰れよ」

「用件が済んだら帰るさ」

「んだと、コラァ……」

 常連の威嚇をモノともしない明彦に常連は握った拳を振り上げようとする。

「止めとけ、お前らが何人束になってもソイツにゃ勝てねえよ」

 低く良く通る声が常連の動きを止める。
 声の主は赤いロングコートに黒のニットキャップを被った少年。以前、綾乃が知り合った荒垣だった。

「はぁ? 寝言は寝て言えよ。俺達が束になっても勝てないだと?」

「……お前ら、真田明彦の名前くらい聞いた事があるだろう?」

「真田……って、あの16戦無敗の!?」

「知ってんなら話は早え。お前ら全員、病院送りになるのと今回は見逃すのと……どっちが良い?」

 荒垣の凄みの利いた声と、噂に聞く明彦の強さにどちらが得かを考えた常連達は渋々、その場から立ち去っていった。
 常連達が立ち去るのを見届けた荒垣に、明彦が声を掛ける前に荒垣が明彦に怒鳴りつける。

「アキ、この馬鹿が! こんな時間にそんな格好で来る奴があるか!」

「なっ!? シンジ、いきなり馬鹿は無いだろう!」

「こんな所に女まで連れてくるようなヤツは馬鹿で十分だ!」

 さっきまでとは幾分、違う様子で明彦に怒鳴りつける荒垣に、明彦も負けじと怒鳴り返す。
 そんな二人のやり取りに、悠也達は呆気にとられている。

「あ、あの……真田さん、その人はどちら様で?」

 このままじゃ話が進まないと感じた順平が、おずおずと明彦に問い掛ける。

「あぁ、俺の幼馴染みで同じ月高の荒垣真次郎( あらがき しんじろう )だ」

「ったく……で、何しにここまできたんだ? 例の怪談とやらか?」

「え、なんで分かったんですか?」

 明彦に紹介された荒垣の言葉に、ゆかりが驚いた表情で訊ねる。

「噂だ。病院送りになった女どもが、その辺にタムロって毎日話してた」

 ゆかりの質問に荒垣は階段の方へと移動すると、そこに腰掛けゆかり達に説明する。

「"山岸"って同級生を色々イジってるってな。まぁ、最近は転校生が邪魔だとかも言ってたな」

 その言葉にゆかり達の表情が変わる。

「山岸って……E組の"山岸風花"?あいつ、イジメに遭ってたのか……」

「そんな!? 風花が……それに、邪魔な転校生って」

「おかげで騒がれてるぜ……犯人は、その山岸の怨霊だ、とかな」

 荒垣の言葉に悠也がネット板に書かれていた記事を思い出す。

「昨日辺りから、ネット板で騒がれている内容ですか?」

「聞いた話だから確認してないが、多分、それだろうよ」

 悠也を見た荒垣の表情が僅かばかり変わったが、すぐに表情を戻し、悠也の質問に答える。

「風花の"怨霊"って……え!? それ、どういう事ですか?」

「お前ら……知らねえのか? その山岸ってやつ、死んでるかもって」

 驚いた表情で訊ねるゆかりに、荒垣が意外そうな表情で答える。
 その内容に、ゆかり達は驚愕の表情になる。

「もう何日も、家に戻ってねえって話だ。ってか、毎日通ってるお前らがなんで知らねえ?」

 ゆかり達の様子に、荒垣が呆れた表情で話す。

「どうなってんだ? 山岸って、確か、病気だって……つか、行方不明って事じゃねえか!」

「これ、もう"怪談"じゃないよ……風花まで行方不明だなんて」

「姉さんの件もあるし、江古田先生が何か知っているかも知れない」

 順平達のやり取りに荒垣は怪訝な表情になると、明彦の方へと視線を向ける。

「おい、アキ。どういう事だ?」

「山岸のクラスメイトで俺達と同じ寮生が一人、数日前から行方不明になっているんだ」

「だから、わざわざここまで来たのか?」

「そういう事だ」

「じゃあ、その江古田ってのを問い詰めるんだな」

 明彦から事情を聞いた荒垣がそう告げると、立ち上がる。

「知ってんのは、それだけだ。……もういいか?」

「あぁ、助かった。なぁ、シンジ……」

「アキ、今ここで蒸し返す気か? 今はそれどころじゃねえだろう?」

 何か言いたそうな明彦に荒垣が釘を刺す。

「くっ! 確かにシンジの言う通りだ。だが、俺は諦めた訳じゃないぞ」

「……じゃあな」

 明彦の言葉に溜息をつき、荒垣はその場から去っていった。
 どこか思い詰めたような表情で荒垣を見送る明彦。

「真田先輩、戻ったら桐条先輩にこの事を話して、今後の方針を考えないと」

「っ! そうだな、ここにいても仕方がない。戻るか」

 寮へと戻った明彦達は美鶴に知り得た情報を報告する。

「つまり、今回の件は搬送された女生徒達が綾乃と山岸、両名の失踪に関与している可能性が高いと言う事だな?」

「そうだと思います。それに、江古田も二人の失踪を知っている可能性が……」

 報告を聞いた美鶴が眉を顰め、情報を整理する。
 美鶴の言葉にゆかりは、江古田もまた状況を知っていて放置している可能性を示唆する。

「確かに……これは、週明けにでも確認を取る必要があるな」

 ゆかりの指摘に、美鶴は週明けに江古田から事情を聞く事を決心する。




――週明け・昼休み

 職員室へと江古田に話を聞きに来たゆかり達の前に、先に来ていた美鶴が江古田へと詰め寄っていた。

「先生、事情を伺いに参りました。白妙綾乃と山岸風花、二人の生徒について……」

「違うの! 違うのよ……こんな……こんな事になるなんて、思わなかった……」

 美鶴の言葉に、江古田の前に座っていた浅黒い肌の女生徒が叫ぶ。

「あれ……あなた、確か、前に……」

 その女生徒に見覚えがあったゆかりが呟く。

「二人をどうしたんだ?」

「おいおい、桐条君、そんな言い方ないだろう? 森山も困ってるじゃないかね」

 その様子を見ていた江古田が、美鶴と森山の間に割って入る。
 江古田の様子はどこか落ち着きが無く、都合が悪い事を隠そうとしているようにも見える。

「なぁ、森山。話したくなければいいんだぞ。お前が余計な事を言って、二人が変に思われてもいかんよ」

「風花ってさ……ちょっと突っついただけで、いつも世界の終わりみたいな顔をするんだ…」

 江古田の言葉が届いていない森山はポツリ、ポツリと話し始める。

「すぐ分かったよ……コイツ優等生のクセに、根っこ、アタシらと同じだって。どこ踏んづけときゃ立てないか……アタシには丸分かりだった」

 その言葉に、ゆかりの表情が不機嫌になる。

「でも、転校生と一緒に居る内に、どんどん風花は変わっていって……」

 見つめていた手のひらを握りしめ、悔しそうな表情で森山が言葉を続ける。

「根っこアタシらと同じクセに、変わっていく風花と、風花を変えた転校生が憎かった……」

 森山の身勝手な言葉に順平は拳を握りしめると、悠也の様子をそっと窺う。

(……っ!?)

 悠也の表情は順平が想像していたのとは違い、何の感情も表していなかった。
 まるで精巧な人形めいた無表情に、順平の背中が粟立つ。

「6月2日……風花と転校生を旧校舎体育倉庫に別々に呼び出して……外から鍵かけて……」

「ちょっ、おまっ、閉じ込めたっつー事かよ!?」

 森山の言葉に順平が驚愕の表情で叫ぶ。
 その日の夜中に大事になるとマズイからと、クラスメイトの一人が学校に向かったまま戻らず、翌朝になって校門で倒れていた事。
 慌てて二人を出しに旧校舎体育倉庫に向かうと鍵が掛かったままで、急いで鍵を開けると中には二人は消えていた。
 その事に恐怖した森山達は、夜な夜な二人を捜しに学校へと出向いたが翌朝、次々と校門前に倒れていた事。
 どうして良いのか分からなくなった森山は、今こうして江古田の元へと相談しに来ていたとの事だった。

「なるほどな……」

 森山の説明を聞き終えた美鶴が江古田へと視線を向ける。

「ところで、連日の二人の欠席を、先生は"病欠"と届けていらっしゃる。でも実際は行方不明で、先生はそれをご存じだったはずだ」

 美鶴の江古田へと向けられる視線が鋭くなる。

「……どういうおつもりです?」

「何を言ってる。生徒のためにした事だよ。皆、将来のために色々と都合があるんだ。子供の君らには分からんだろうがね」

「失踪して警察沙汰になる問題児など、ご自分の組には居ないという事ですが」

 江古田の言い分に、美鶴の声音が冷ややかになり、視線がいっそう鋭くなる。

「ほ、本人のためだ。こんな事で学歴に傷が付いてはいかんだろ? 親御さんも、そういう話で納得してんだよ!」

()には姉さんの件で何一つ話が来ていませんが?」

 抑揚のない低い声で、悠也が江古田に話しかける。
 その言葉に驚いた江古田が悠也の方へと視線を向ける。

「……ひッ!?」

 悠也の瞳は飲み込まれそうなほど暗く沈んでおり、凍りつきそうなほどに冷たい。
 驚く江古田の襟元を掴んだ悠也は、そのまま江古田を椅子から立ち上がらせる。

「なっ、何をする……!? は、離……」

「悠也!?」

 慌てた順平が悠也を江古田から引き離そうとするが、万力のように固く引き剥がすことが出来ない。

「姉さんが事件や事故に巻き込まれていて、その身に何かがあった場合、どう責任を取る気だ?」

「……く、苦し……い……助、け……」

 ギリギリと江古田の首を絞めながら抑揚の全くない声で、悠也が江古田を問い詰める。
 その鬼気迫る悠也の様子に、江古田は首を絞められる苦しみと共に恐怖を覚える。

「止めろッ、悠也! そんな事をしても綾乃を救う事は出来ないぞ!!」

 美鶴の叫びに悠也は我に返ると、掴んでいた江古田の襟元から手を離す。
 解放された江古田は両手を地面につき、激しく噎せながらむさぼるように空気を吸う。

「きょ、教師に暴力を振るって、どうなるか分かっているんだろうな!?」

 呼吸を整えた江古田が、悠也を見上げて抗議するが、悠也は感情の篭もらない瞳で江古田を一瞥するだけだった。

「保身の為に教職の本分すら捨てた貴方が言いますか……下衆め……!」

「グっ……いや……そんな風に……言わなくたってさぁ……」

 美鶴の言葉に、自身も後ろめたい事をやった自覚があるのだろう。江古田は力なく美鶴に答える。

「病院へ運ばれた君の友人について、なにか、気付いた事はないか? どんな細かな事でも良い」

「……"声"だ……自分を呼ぶ"声"……」

 美鶴の質問に森山が怯えた様子で話す。

「そうだ……皆、病院送りになる前の晩……気味の悪い"呼び声"を聞いたって言ってた」

「声……?」

 森山の言葉に、順平が訝しげな表情で呟く。

「先輩……もしかして、今回の事件って!?」

「間違いない……ヤツらの仕業だ」

 ゆかりの言葉に美鶴が表情を変えて答える。

「誰が影時間に落ちるかを、事前に知る方法は無いとされてきたが……なるほど、"声"か」

 これまで知り得なかった事に美鶴の声に緊張が混じる。

「つまり影時間へは"落ちる"のではなく、ヤツらによって"落とされる"という事だな」

 美鶴の言葉にゆかりと順平の表情にも緊張が過ぎる。
 ただ、悠也だけは奇妙な違和感を覚えていた。

「実際の被害を目の前にすると思い知る……ヤツらは確かに人間を"狙っている"んだ」

(本当にそうなのだろうか?)

「シャドウ……紛れもなく人類の敵だ」

 悠也の中で、小さな棘が刺さったような違和感が付きまとう。
 そんな悠也の様子に気付かず、美鶴が森山へ寮へと避難する事を勧める。
 呼び声が聞こえても部屋から出る事のない様に言い含められた森山は、縋るような視線を美鶴へと向けている。
 
「放課後、生徒会室に集合だ。そこで今夜の作戦について説明する」

 美鶴はゆかり達の方へと向き直ると今後の方針を伝える。

「こ、今夜ッスか!?」

「今夜、二人を救出する」

 驚き問い掛けてくる順平に美鶴は毅然と答える。

「おそらく、彼女達はまだ、この学園から出ていない」

 その言葉に、悠也がある可能性に思い至り、美鶴の方へと視線を向ける。
 その視線を美鶴は正面から受け止め、大丈夫だと悠也に頷き返す。




 放課後、生徒会室へと集まったS.E.E.Sの面々。
 入り口の鍵をゆかりが閉めた事を確認して美鶴が全員に今夜の作戦について説明する。

「今夜、この学園への潜入作戦を行う。目的は綾乃と山岸風花、二人の救出だ」

「あの、イマイチ分かんないんスけど、二人はガッコの中に居るんスか?」

「しかも、なんで夜に? 0時になっちゃったら、学園は……」

 美鶴の言葉に、状況が理解できていない順平とゆかりが美鶴に問い掛ける。

「二人は、影時間のタルタロスに迷い込んでいる。そういう事ですよね、桐条先輩?」

 その問いに答えたのは悠也だ。

「その通りだ。適性を持っている二人はそうやってタルタロスに迷い込んだんだ」
 
「じゃ、まさか綾乃と風花は、旧校舎体育倉庫に閉じ込められてからずっと……」

 ゆかりの言葉に美鶴は頷く。

「そんな! 一週間近く前の話じゃないッスか! それ……どう考えても……」

 最悪の可能性に思い至った順平の言葉は、徐々に小さくなる。

「いや、悲観するのは早い」

 そんな順平に明彦が声を掛ける。

「タルタロスは影時間の間しか現れない。なら二人は、日中はどこにいると思う?」

「言われてみれば……」

「こいつは仮説だが、おそらく二人はあの時からずっと影時間に居るんだ」

 その言葉に、影時間の特異性を思い出したゆかりに明彦は言葉を続ける。

「つまり一週間近くといっても、二人には影時間を足し合わせた分しか過ぎていない。生存の可能性はある」

「おおっ、マジっスか!? あ……でも影時間って、慣れたオレらでも、居るだけで結構バテるじゃないスか」

 明彦の仮説に順平が喜ぶが、体力的な問題に思い至ったため、不安が過ぎる。

「それを一週間近くぶっ通しってのは……」

「そう言えば、そうね……それに、たとえ見付かっても、場所によってはたどり着けるかどうか……」

 順平の言葉にゆかりも不安な思いに囚われる。

「いや、山岸さんだけなら心配だけど、姉さんも一緒だったら、まだ希望がある」

 二人の不安を取り除くように悠也が話す。

「どういう事だ?」

 悠也の言葉に明彦が訝しげに問い掛ける。

「姉さんは非常事態を想定して、召喚器をいつも持ち歩いて居るんです」

「つまり、シャドウと遭遇しても戦う手段は用意しているという事だな?」

 美鶴の確認に悠也は頷き、言葉を続ける。

「それに、姉さんの事だから脱出装置を探すか、上の階に向かうかしていると思います」

「そうか! 脱出装置が見付からなくても番人シャドウが居る階までいければ、転送装置が置いてある!」

「だが、山岸を守りながらだと綾乃一人でも厳しいだろう」

 希望が見えたため、ゆかりの表情が明るくなが、明彦が不安要素を述べ、楽観した雰囲気を引き締める。

「それでだ、俺達も同じ場所で0時を待ち、タルタロスへと突入する。それなら最短距離で合流できるはずだ」

「その方法、大丈夫なんですか……?」

「正直に言えば、私はこの作戦には両手を上げて賛成はできない。最悪、二重遭難という可能性もある。しかし……」

 明彦の提案する作戦にゆかりが疑問を投げかけ、美鶴が不安要素がある事を認める。

「闇雲に探すよりかは確率は高い。……後悔したくないんだ。お前らが行かないなら、俺一人で行く」

「先輩……?」

 いつもと様子の違う明彦にゆかりが怪訝な表情で呟く。

「……分かった。危険は承知だが、このまま放置するわけにも行かないからな」

「そうですね。やってみないとわからないし」

「おし……夜の学校に進入か! へへッ。そうと決まれば"アレ"だな……」

 明彦に折れる形で美鶴が作戦決行を決定する。
 ゆかりも覚悟を決め、順平もやる気を見せ何やら企てる様子だ。
 その順平の意気込みに、ゆかりは怪訝な様子を見せる。
 方針が決まったため、美鶴達は森山を寮へと連れ帰り、夜が来るのを待つ。




「困ったな……理事長に連絡が取れない」

「まあ、いいんじゃないですか?」

 作戦室で、幾月に連絡が付かず困る美鶴にゆかりが声を掛ける。

「一つだけ面倒がな。理事長の口添えがないとなると、夜の学校にどう入ったものか……」

「それ、ご心配なく。その事なら"仕込み"が済んでマス」

 ゆかりの言葉に問題点を挙げて思案顔になる美鶴へ、順平が自信を持って答える。

「仕込み……? 爆薬か?」

 順平の言葉に妙な勘違いをした美鶴が、そんな言葉を返す。
 美鶴の勘違いにゆかりと順平は唖然とした表情になるが、美鶴はその事に気付かず僅かに笑みを浮かべつつ言葉を続ける。

「フフ、いいだろう。今回は任せよう」

「時間が惜しい。出るぞ」

 じっとしていられない明彦はそう言うと、一人先に作戦室を出て行こうとする。
 それに続き、美鶴も作戦室を出て行き残された悠也達が互いの顔を見合わせる。

「……爆薬?」

「……い、いや。……鍵開けといたってだけなんだけど……」

「桐条先輩も微妙にずれた所があるようだね。追いかけないと置いて行かれるよ?」

 唖然としたままのゆかりと順平に悠也は声を掛けると、美鶴達を追いかけるために作戦室を出る。
 悠也の行動に我に返った二人も慌てて後を追いかける。
 S.E.E.Sの面々は、順平が予め鍵を開けていた裏口から校舎へと侵入する。

「すんなり入れたっしょ? オレって、なんつーか天才?」

「自慢するほどの事?」

 得意げに話す順平にゆかりが呆れた様子で答える。

「昼間の内に鍵を……ブリリアント!」

「グッジョブ! 時間が惜しい、行くぞ」

 しかし、ゆかりとは正反対に美鶴と明彦に好評だったらしく、二人の機嫌が良くなっている。
 二人は上機嫌のまま先へと進む。
 そんな二人のノリについて行けない順平達は、再び唖然とした表情になる。

「あの人達……なんなの?」

「ブリブリとかって、なに? どういう意味? 日本人は日本語を使って欲しいよナ」

 ゆかりと順平は唖然としたままそう話すが、悠也は二人と違いその表情を綻ばせていた。

「取っつきにくい人達かと思ってたけど、意外とユニークなんだな、先輩達は」

「えっ? 悠也?」

 小さく笑う悠也にゆかりが意外そうな表情で呟く。

「ん? 岳羽さん、どうかした?」

「い、いや。何でもない。先輩達を追いかけましょ」

 慌てて悠也に答えたゆかりは、そう言って美鶴達の後を追いかける。

(……うわっ、悠也が笑うところって初めて見たかも。っていうか、悠也って笑うと結構可愛いんだ)

 知らず頬が熱くなるのを感じながら、ゆかりはそんな事を考える。
 しかし、よくよく考えれば綾乃と双子なので、悠也の笑い顔が可愛いのは当然なのかも知れない。
 美鶴達に合流した後、S.E.E.Sの面々はゆかり達の教室へとひとまず潜入する。

「電気つけましょうよ……」

「怖がっちゃってまー」

 怪談話の類が苦手なゆかりが小さくそう提案すると、順平がからかうようにゆかりへと話しかける。
 その言葉にカッとなったゆかりが大きな声で抗議をするが、明彦に騒ぐなと叱られる。

「この時間は、主電源が落ちている。それに暗いままの方が都合がいい」

「なんか、コソコソしてて、ヤだなぁ……」

 明彦の言葉にゆかりが小さく不満を述べる。

「まずは、旧校舎体育倉庫の鍵を手に入れるぞ。"職員室"か"校務員室"にあるはずだ」

 そんなやり取りが終わったところで、美鶴がこれからの方針を皆に伝える。

「2年の君らは"職員室"をあたれ。私達は"校務員室"を回ろう。その後、1階の玄関ホールに集合だ。いいな?」

「職員室のガサ入れか……テストの問題とかあるかも? ウヒヒ……」

「俺も職員室にするかな……校務員室より面白そうだ」

 美鶴の言葉に順平が不穏な言葉を発し、それを聞き止めた明彦が自身も職員室へと行こうかと口にする。

「私の目の前で不正の算段か? 事実なら"処刑"だな……」

 二人の発言に美鶴が幾分、声音を下げて警告する。

「う、嘘に決まってるじゃないスか。嫌だなー、もー」

「ま、まったく……真面目すぎるんだよ、お前は」

 美鶴の"処刑"発言に、順平と明彦は慌てて釈明する。
 そんな二人に冷たい視線を向けた美鶴は、校務員室へと二人を連れて行く。

「じゃ、私達も行こっか」

 美鶴達が校務員室へと向かった後で、ゆかりが悠也に声を掛ける。
 ゆかりの声に頷いた悠也は教室から出ると、周りに注意を払いながら職員室へと向かう。
 玄関ホールに降りた辺りで、ゆかりが辺りを不安そうに見渡す。

「なんか、聞こえない?」

 ゆかりの声に耳を澄ませてみると、遠くから微かに近付いてくる足音が聞こえる。
 悠也はゆかりに手招きすると、ホール内の柱の後ろへと身を隠す。
 二人が柱に隠れてから少しして、玄関ホールに懐中電灯の光が差し込む。
 どうやら警備員による巡回のようだ。
 懐中電灯の光が辺りを照らし、暫くして警備員は来た方向へと戻っていく。
 足音が完全に聞こえなくなってから、ほっとしたゆかりが柱の影から出てくる。

「警備の人か……おどかさないでよ」

 安堵の溜息をついた直後、ゆかりのスカートのポケットから短い電子音が鳴り響く。
 その音に短く悲鳴を上げたゆかりが、悠也の背後へと隠れるように寄り添う。

「ケ、ケータイ!? 私の!?」

 音の発信源が自身の携帯電話であると知ったゆかりは、悠也に寄り添っている事に気付いて慌てて離れる。
 スカートから携帯電話を取り出したゆかりは着信内容を確認すると。疲れたような表情になる。

「しかも、迷惑メールだし……ハァ……でもさ、普通ビックリするでしょ? いきなり鳴るんだから!」

「岳羽さんも可愛いね」

 必至に言い繕うゆかりの姿に、悠也は小さく笑って答える。
 その言葉にゆかりは驚きまたしても頬が熱くなるのを感じる。
 辺りが暗く、きっと赤くなっている顔を悠也に気付かれてないのはせめてもの救いだと思ったゆかりは、小さく悠也に抗議する。

「悠也……あなた、性格変わった?」

「どうだろう? この間の死にかけた件で僕の何かが変わったのか、姉さんが居なくて正常でないのかも知れないね」

 他人事のように話す悠也に、ゆかりが気まずそうな表情になるが、悠也自身はさほど気にしているようには見えなかった。
 その後、職員室へと辿り着いた二人は目的の鍵を見つけ出すと、美鶴達に合流するべく玄関ホールへと戻る。
 玄関ホールには美鶴達が先に到着しており、ゆかり達の到着に気付いた美鶴が二人に声青掛ける。

「鍵はあったか?」

「ゲットしてます」

 美鶴の質問にゆかりが答え、持ってきた鍵を見せる。

「よし、改めてチームを2つに分ける。三人が、このままタルタロスに突入。私と後一人が外でスタンバイだ」

 鍵を確認した美鶴がこれからの指示を出す。
 その言葉を聞いて明彦が真っ先に突入組に入る事を明言し、悠也へ綾乃の代わりに仕切り役を頼むと突入組へと引き込む。

「あ、じゃ、最後の一人は私で……!」

「ターイム、タイム、ゆかりッチ。ほら、オレ、前のモノレールん時にメーワクかけちったじゃん? 汚名バンカイさしてくれよ、な?」

 最後の一人に名乗り出たゆかりに順平が待ったを掛ける。

「はぁ? ヘンな見栄張んないでよ! 綾乃と風花は私の友達なのよ。それと、汚名は"返上"だから」

 順平の言葉に、二人が心配なゆかりも譲る気はないと対抗する。

「……仕方がない。バックアップは私一人でやる、四人でタルタロスに突入だ」

 ゆかりと順平の思いも解るだけに、美鶴は自分だけが残る事に決める。
 美鶴と別れ、旧校舎体育倉庫で影時間を待つ明彦達。
 時計の針が0時を回り、回りの景色が歪み捻れていく。

「こ、これはッ!?」

「な、何これ!」

「世界が捻れる!?」

「……くっ!」

 目の前で世界が作り替えられる光景を最後に、いつかの綾乃と同じく四人の意識は途絶えるのであった。




「……ここは?」

 悠也は気が付くとゆっくりと起きあがる。
 徐々に意識が鮮明になってくるに伴い、悠也は自分達が綾乃と風花を救出するために、タルタロスへと突入した事を思い出す。
 辺りを見ると自分一人のようで、どうやら皆とはぐれたようだ。
 不意に、背後に気配を感じた悠也が背後へ振り返る。

「目が覚めた? 彼女がいなくて、さらに君の部屋の外で会うのは、初めてだね」

「どうしてここに?」

「フフ、言ったでしょ。僕はいつでも、君達の傍に居るってね」

 悠也の背後にいたのは、影時間に悠也と綾乃の前に姿を現す少年だった。

「でも今は、ゆっくり話していられない。今夜、君達にやってくる試練は、どうも1つじゃないみたいだ」

 どこか困った表情で少年は言葉を続ける。

「急いだ方がいいよ……"彼女達"が待ってる。君の姉さんが守っている彼女は、今の君達には、必要な人だ」

 少年の言葉に、悠也が二人が今も無事にタルタロス内部に居る事を知る。

「じゃ、また会えると良いね」

 そう言い残し、いつものように少年は溶けるように消えていく。
 少年が消えた後、悠也は皆と合流するために移動を開始する。
 移動中、何度か美鶴からの通信が入るが、ノイズが酷く聞き取りにくい。
 何とか無事に綾乃達に合流できたのも束の間、エントランスで美鶴が大型シャドウからの襲撃を受け、悠也達は急いでエントランスへと戻る。




「……私、見える」

 シャドウの呼び声に引き寄せられ、タルタロスへとやって来た森山を守るため風花が召喚器を用い、自身のペルソナを召喚する。

「今の声は!?」

 脳裏に響く声に美鶴が驚きの声を上げる。

「私……あの怪物達の弱い所……なんとなくだけど、見えます……」

「……思った通りだ。美鶴。バックアップは、彼女が変わる」

 風花の言葉に確信を得た明彦が、美鶴へと話しかける。

「……そう言う事か。よし、頼めるか?」

「はい……やってみます!」

 風花のペルソナ特性を理解した美鶴が、風花へとバックアップを頼む。

「岳羽、お前は美鶴の治療を! 綾乃、悠也と共に片方を頼めるか? もう片方は俺と伊織が相手をする!」

「解りました。悠也、行くよ!」

 明彦の指示に綾乃は迷うことなく、大剣を持った大型シャドウの方へと挑む。

「綾乃ちゃん、その大剣を持った怪物の属性は皇帝、魔法の攻撃に弱いみたい! そっちの杖を持った怪物は女帝で、直接攻撃のみ有効です!」

 風花の指示に綾乃達は魔法主体の攻撃を、明彦達は物理攻撃主体でそれぞれ大型シャドウに挑む。
 明彦が流れるような動作で女帝タイプの大型シャドウに近付き、ジャブとストレート、そしてアッパーのコンビネーションで転倒させる。
 転倒した女帝の大型シャドウにポリデュークスを召喚し、追撃の【ソニックパンチ】を叩き込む。
 明彦が離れた瞬間を狙い、順平が新しくヘルメスが習得した【アサルトダイブ】で反撃の暇を与えずに攻撃を加える。

「悠也、こっちは火力が低いから牽制しつつ先輩達が相手を倒すまで足止め、良いわね?」

「解ってる。姉さんも無茶しないで」

 皇帝タイプの大型シャドウを相手にする綾乃達は、相手が明彦達に攻撃を加えさせないように、その動きを牽制する。
 長時間タルタロスにいて消耗している綾乃に、これ以上の無理はさせたくはないと考える悠也は、相手の注意が自分に集中するように間合いを調整する。
 エントランスに戻ってくるまでの間に【チューインソウル】等の回復アイテムを綾乃に使用しているが、根本的なところで綾乃の疲労は回復していないのだ。

「タムリンッ!」

 悠也は召喚器を引き抜き、自身のこめかみに銃口を当て引き金を引く。
 新しくペルソナ合体で作った恋愛属性のペルソナ"タムリン"が悠也の前方に現れる。
 タムリンは、深い翡翠色の甲冑に身を包む美麗の騎士の姿をしたペルソナだ。
 元となった"アプサラス"と"ジャックフロスト"から引き継いだスキルの恩恵で、氷結系のスキルの威力が高いペルソナとなっている。
 威力が底上げされた【ブフ】で皇帝タイプの大型シャドウを転倒させ、追撃で再び使用した【ブフ】が大型シャドウを凍りつかせる。
 悠也の意図を理解した綾乃はコンセントレイトを使用すると、次の攻撃に向け意識を集中する。

「これで、終わりだッ!」

 終始、攻めに専念していた明彦達が女帝タイプの大型シャドウを倒し、綾乃達の方へと応援に来る。
 綾乃と悠也は注意を引き付けた上、凍結の状態異常を織り交ぜ皇帝タイプの大型シャドウの行動を著しく制限していた。

「この瞬間を待っていた! 仕掛ける!」

 順平達も加わり、皇帝タイプの大型シャドウが体勢を崩した所で、明彦が総攻撃の合図を出す。
 この総攻撃が決め手となり、皇帝タイプの大型シャドウも消滅する。
 戦闘が終了し、辺りに静けさが戻る。
 風花のペルソナが解除されるが、風花は回りにまだシャドウが居ないか意識を集中する。

「風花、終わったよ。ありがとう、助かったよ」

「綾乃ちゃん……」

 綾乃の言葉に緊張を解いた風花は、森山の方へと視線を向ける。

「森山さん、け、怪我は無い?」

「う……うん……」

「そう、良かった……」

 森山の言葉に安堵した風花は、張り詰めていた糸が切れたようにその場へ崩れ落ちる。
 綾乃は咄嗟に風花を抱き留めると、ゆっくりとその場に横たわらせた。

「風花!」

 その姿を見た森山が風花の元へと近寄ってくる。

「大丈夫、疲れが祟っただけだから」

「……白妙さん。ごめん、二人とも……ごめんなさい……ごめん、なさい……!」

 綾乃の言葉に森山は泣き崩れ、二人にひたすら謝り続ける。
 そんな森山に軽く微笑むと、綾乃は悠也の方へと視線を向ける。

「悠也、ごめん。後、お願い、ね。もう、限……界……」

 そう言い残して体力が限界を迎えた綾乃も、風花に寄り添うように意識を失いその場に倒れ込む。

「姉さん!」

 悠也が慌てて綾乃の元へと駆け寄るが、穏やかな寝息を立てている綾乃を見て、ひとまず安心する。

「二人を辰巳記念病院へと搬送しよう。悠也は綾乃を、岳羽は私と山岸を運ぶのを手伝ってくれ」

「二人を運ぶなら、俺達の方が良くないか?」

 美鶴の指示に、明彦が力仕事なら自分達の方が適任ではないかと問い掛ける。

「……明彦。身内でもない年頃の女性を、気安く触るのはどうかと思うぞ?」

 その言葉に明彦は、以前にも似たような事を言われた事を思い出す。

「明彦と伊織は、森山を寮へと送ってやってくれ」

 朴念仁な明彦の反応に美鶴は溜息を付くと、二人へと指示を出す。
 順平と明彦は美鶴の指示に頷くと、泣き崩れる森山に手を貸し立たせると、外に駐めてある車へと移動する。

「それでは、私達も移動しようか」

 美鶴の言葉に悠也は綾乃をいわゆる"お姫様抱っこ"状態で軽く抱き上げ、美鶴とゆかりが風花を両脇から支えて移動する。

「……桐条先輩」

 辰巳記念病院へと移動する車内で、ゆかりが美鶴に話しかける。

「森山さん、影時間とかシャドウとか、全部見ちゃって、これから……」

「その心配は無いと思う。彼女は私達のような適格者ではない。嫌な思い出は、記憶に残る事はないだろう」

 ゆかりが心配に美鶴は大丈夫だと答える。
 しかし、その内容の意味する事を思い、ゆかりの表情は曇る。

「でも、それ……風花や綾乃が恩人だった事も忘れちゃうって事ですよね。そんなのって……」

「いや……そうなっても、案外、大丈夫かも知れない」

 ゆかりの疑問に、美鶴は僅かに微笑みながらそう答える。
 適性の無い者は記憶の齟齬を無くすために影時間での記憶が改竄されてしまうが、経験した事実が消えることはない。
 その事が良い方向に影響することを美鶴は心の中で期待する。




 綾乃と風花がタルタロスから救出されて、二日が経った。
 影時間に元々、適性のあった綾乃は翌日には無事に退院することが出来た。
 しかし、初めての影時間で長時間タルタロスで綾乃と共にいた風花は体力の消耗が酷く、更にもう一日入院する事となった。
 退院を翌日に控えた風花の元に、美鶴が見舞いに来る。

「山岸、体調の方は大丈夫か?」

「桐条先輩……はい、お陰様で明日には無事に退院できそうです」

「そうか、それは良かった。今日は君に話があって来た。構わないか?」

「……? はい、大丈夫ですが、何でしょう?」

 美鶴の言葉に、風花が小首を傾げて問い掛ける。

「綾乃から大まかな話は聞いているとは思うが、出来れば君に、私達の仲間になって欲しい」

 美鶴の言葉に風花が驚く。

「だが、先日の件で解っていると思うが、命に関わる事だ。よく考えて、決めてくれ」

「私の力が、必要なのですか?」

「正直に言えば、君の力は我々にとって必要な力だが、綾乃は君を巻き込む事を快く思っていないんだ」

「綾乃ちゃんが……?」

 美鶴の言葉に、風花は何となく察しが付いた。
 綾乃は優しいから、風花が危険な目に遭うのが嫌なのだろう。

「その様子だと気付いていると思うが、彼女は親しい人が危険な目に遭う事を極端に嫌う」

「その結果、自分自身が限界まで無理をする……」

「そうだ。だから、私としては彼女に無理をさせない為にも、彼女の支えになれる仲間が欲しい」

 親しい者が居ると綾乃は無理をしてしまうが、その綾乃を支えられるのは親しい者だけなので、矛盾しているのだがなと美鶴は苦笑する。
 明日、寮へと出向いてもらい、その時に決意を聞かせてくれと言い残し、美鶴は病室を後にする。
 病室に一人残った風花は、先ほどの美鶴の言葉を反芻する。
 答えは美鶴に言われる前から決まっていた。
 風花は、決意を新たにすると明日に備えて早く休む事にする。
 僅かでも心配させるような体調でいるのは拙いから。




 翌日。
 昼休みに明彦からのメールが綾乃の携帯電話に届く。
 今晩、風花を交えて話があるから、作戦室に全員集まるようにとの事だ。
 失踪していた間の事は、クラスメイトには旧校舎体育倉庫での作業中に事故に遭い、救出されるまで時間が掛かった事。
 そして、救出されてから風花と二人で入院していたので、連絡が取れなかったと説明している。
 風花に対する奇妙な噂が流れたが、それは根も葉もないデマだと言うことで、クラスメイト達も納得しているようだ。
 この様子だと、風花が戻ってきた時に孤立する事は無さそうなので、綾乃は内心ほっとしている。

「話は聞いているよ。"山岸風花"君だね。今回は災難だったね、白妙君も大丈夫かい?」

 幾月の言葉に風花は緊張のあまり立ち上がって返事を返し、綾乃は「もう、大丈夫です」と幾月に答える。

「ハハ、そんな緊張しなくてもいいから。ま、かけて」

 その言葉に風花は顔を赤らめてソファへと座る。

「皆も本当にご苦労だったね。山岸君達の件、よく突き止めてくれた」

 幾月はそう言って美鶴達へと労いの言葉を掛けると、入院していた女生徒達の意識が戻り無事に退院したことを告げる。
 その報告に風花は安堵の表情を浮かべ「良かった」と呟く。
 入院していた三名は、警備員が帰る夜中の0時近くを待って学園に来ていたらしく、門の前で0時を迎え、影時間でシャドウに襲われたらしい。
 ただ、今回は昔からある怪談と状況が似てたので、妙な騒ぎになったそうだ。

「まったく……"怨霊"なんて、実際ありっこ無いですから」

 幾月の説明を聞き終えたゆかりがそうぼやく。

「私が……悪いんです。何日か休んだくらいで、死んでるとか変な噂になっちゃったのは私のせいだし……」

「風花、悪く考えすぎ」

 気落ちして呟く風花の頭を乱暴に撫でて、綾乃が窘める。

「君がいなければ、私達はあの場所で全滅していたかも知れない。君は私達の命の恩人だ、もっと自信を持って良い」

 美鶴がソファから立ち上がり、風花の前に立つと風花にそう告げる。

「君には、人の支えになれる特別な力があるのだからな」

「綾乃ちゃんが教えてくれた"ペルソナ"の事ですね?」

 美鶴の言葉に風花が答え、綾乃に視線を向ける。

「私にも、皆さんの手伝いをさせてください」

「風花っ!?」

 風花の申し出に綾乃が驚く。

「綾乃ちゃん。私、考えたの。私みたいな子でも、綾乃ちゃんや皆の支えになれるのなら、手伝いたいって」

「……風花」

「それにね、タルタロスでは綾乃ちゃんがずっと私を守ってくれた。今度は、私が綾乃ちゃんを守る番だよ」

 そう言った風花の表情には、強い決心が現れていた。
 一見、気が弱そうな風花だが一度決めたら頑固なところがあるのを綾乃は知っているので、風花への説得を諦める。

「解った。でも、一緒に戦う事になるのなら、この寮に移る事になるはずだけど、大丈夫?」

「それは多分、大丈夫。どうせ家には、私の居場所は無いし……」

 綾乃の確認に風花が小さく答える。

「ありがとう。協力、心から感謝する。ただ、こういう特別な事情だ。ご両親への説明は、学園が上手く計らおう」

「はい、ありがとうございます」

 美鶴の言葉に風花が表情を綻ばせて礼を述べる。

――我は汝、汝は我…… 

――汝、絆の力を深めたり……

――汝、"愚者"のペルソナを生み出せし時

――我ら、更なる力の祝福を与えん……

 綾乃と悠也の脳裏に声が響く。

「ところで、また今月も、例の"普通じゃないシャドウ"がでたね……」

 脳裏に響く声に気を取られていた二人をよそに、幾月の話は続く。

「何処から現れるのか、とか謎は残るけど、真田君の予測は、おそらく当たりだ」

 幾月は組んでいた腕を解き両手の指を組む。

「ヤツらは"満月"にやってくる。今後の指針にしていいと思うよ」

 その言葉に、皆の視線が幾月へと向けられる。

「来月からは、満月が近付いたら、ご注意って事っスね……」

「敵の来訪期が掴めたというのは、大きなアドバンテージだ」

 順平の言葉を明彦が引き継ぐ。

「対戦の日取りが決まれば、トレーニングのメニューが組める」

 その様子を見ているゆかりの表情がどこか暗い。
 悠也だけがその事に気付いており、僅かに悠也の表情も曇る。

「今後は、山岸が私の代わりにバックアップを務めるので、これからは私も前線組に復帰する」

「そうなると、美鶴を加えたローテーションも考えないとならないな」

 美鶴の宣言に明彦が答える。
 その件については後で決めると言うことになり、風花の両親を説得するという案件もあるので今日の所は解散となった。

「岳羽さん」

 作戦室での話が終わり、それぞれが自室へ戻ったりラウンジでくつろいだりする中、3階の休憩所で悠也がゆかりに声を掛ける。

「悠也……何?」

「何か心配事? さっき、作戦室で浮かない顔をしていたけど」

 悠也が自販機で購入した缶飲料の片方を、ゆかりに手渡して訊ねる。

「心配事というか、こんなアッサリと風花を巻き込んじゃって、良かったのかなってね……」

 休息所の椅子に座り、受け取った缶飲料のプルタブを開け、一口飲んでゆかりが悠也に答える。
 ゆかりの向かい側に座った悠也も、自身の缶飲料のプルタブを開いて飲む。

「姉さんが強く反対しなかった所を見ると、山岸さんもかなり頑固なのかも知れないね」

「そうかもね。風花も多分、私と同じなんだろうな……」

 ゆかりは悠也の言葉を聞いて、綾乃の背中を守れるくらい強くなろうと決心した事を思い出す。
 きっと、風花もタルタロスで綾乃と一緒にいてそう思ったのだろう。

(綾乃は、自分自身をないがしろにしている訳じゃないんだろうけど、親しい人が傷つくのを見るのが嫌なんだろうな)

「ね、悠也。綾乃ってさ、どうしてあんなに無茶をするんだろうね」

「姉さんは……自分の事なら、どこまで我慢が出来るかが解っているからだと思うよ」

 ゆかりの質問に悠也は僅かに表情を曇らせて答える。

「それって、他の人がどこまで我慢できるか解らないから、自分が傷つく事を選んでいるって事?」

 その答えにゆかりは、綾乃の弱さを垣間見た。

「……きっと、一番の原因は僕なんだと思う。姉さんはああ見えて、執着心が強いからね」

「それ、ちょっと以外かも」

「情が深いともいうけどね」

「……あぁ、それなら納得」

 悠也の言葉にゆかりは軽く驚いた表情になるが、情が深いと言い換えたところで納得がいった。
 つまりは、母性が強いのだろう。

「何の話をしているの?」

 風花を見送ってきた綾乃が休憩所にやって来て、二人に声を掛ける。

「う~ん、綾乃は母性が強いんだなって話?」

「何よそれ? しかも疑問系だし」

 ゆかりの言葉に苦笑いを浮かべつつ綾乃が答える。

「綾乃」

「何、ゆかり」

 真顔になったゆかりの呼び掛けに、綾乃も苦笑いを止めてゆかりに問い返す。

「綾乃が私達の事を大事に思ってくれているのと同じように、私達も綾乃の事を大事に思っているんだからね」

「どうしたの、急に」

「だから、全部を一人で抱え込まないで、私達を頼って」

 ゆかりの言葉に、今回の件でゆかり達にかなりの心配を掛けた事を綾乃は理解する。

「……うん、解った。ゆかり、ありがとう」

――我は汝、汝は我…… 

――汝、絆の力を深めたり……

――汝、"恋愛"のペルソナを生み出せし時

――我ら、更なる力の祝福を与えん……

 綾乃と悠也の脳裏に、先ほどと同じように声が響く。 

「ゆかり、今日はそろそろ休まないと。明日、風花の引っ越しの手伝いがあるんだから」

「え、そんな急なの? 手回しが良いというか何というか……」

「理事長と一緒に、桐条先輩も風花のご両親を説得しに行ったから」

「うん、解った。二人とも、お休みなさい。あ、悠也、ジュースご馳走様」

「お休みなさい、岳羽さん」

「お休み、ゆかり」

 二人に挨拶をして、ゆかりが自室へ戻る。

「悠也、随分ゆかりと親しくなったね」

「そうかな? どちらかというと、無茶をする姉さんの事で共感しているだけかも知れないよ」

「う……悪かったわよ。でも、仕方ないでしょ、携帯も繋がらないし、そのままタルタロスに飲み込まれちゃったんだから」

「解ってる。でも、それ以外の所でも無茶をするのは控えた方が良いよ」

 悠也の指摘に綾乃はバツの悪そうな表情になる。

「それじゃ、姉さん。僕も部屋に戻るよ、お休みなさい」

「うん、お休み悠也」

 階段を下りる悠也を見送った綾乃も自室へと戻り、就寝する。




「……ふぅ」

 風花の両親への説得を終え、自室へと戻ってきた美鶴は寝間着に着替えると、ベッドに横になり今日の事を反芻する。
 説得自体は幾月の口添えもあり問題なく進み、風花の引っ越しは明日となった。
 風花自身が協力を申し出てくれたので、綾乃からの反対もなく風花の入隊が決まったが、その事で綾乃が無茶をしないかが気掛かりだ。
 今後は自分も前線に出るので、綾乃が無茶をしないように自分がサポートをすれば良いと結論づける。

「私は、彼女に希望を見たいのだろうな……」

 桐条の跡取りとしての自分。しかし、女だということで軽んじられる自分……
 女でも実力があれば認めさせる事が出来るのだと、綾乃に証明して欲しいと願っているのかも知れない。

「私自身がそれを証明しないと意味がないというのに、随分と情けない事だ」

 美鶴は自嘲気味に呟くと、目を閉じる。
 瞼の裏に浮かぶは、視線を逸らす事なく自分に思った事をぶつけてくる綾乃の姿。

(だからこそ、私は彼女の行動に身をもって答えなくてはならない)

 未だ、綾乃からの信頼を本当の意味で得ていない。
 自分が綾乃にとって信頼するに足りるのだと、彼女と共に戦うことで。
 そう考えると、弱気になっていた心が軽くなる。
 前線で戦うのは随分と久方ぶりなので、まずは鈍った感を取り戻すのが先決だ。
 そんな事を考えながら美鶴は、風花の引っ越し作業に備えて就寝する。




「持って行く荷物は、こんなものかな」

 両親への説得も上手く行き、明日持っていく手荷物の準備をする風花は、当面必要な物を入れ終えた鞄を閉じて一息つく。

「綾乃ちゃんには、心配を掛ける事になっちゃったけど、私だって綾乃ちゃん達を助ける事が出来るよね」

 美鶴は、風花の力を人の支えになれる特別な力といってくれた。
 両親は風花に成績だけを求め、学校でも風花は誰からも必要とされなかった。
 そんな中、綾乃だけが自身を見てくれた。
 綾乃と知り合い、ゆかりとも友達になれた。
 二人と一緒にいるのは本当に楽しく、綾乃の存在はイジメに遭ってた自身の心を支えてくれた。
 二人の存在がなかったら、きっと心は折れていただろう。
 これまで自分を助けてくれた二人を、今度は自分が助けることが出来る。
 自分の力が必要とされ、そこに居ても良いという証。
 居場所のない自分にとって、それは何よりも代え難い魅力を持っている。

「明日から頑張って皆の役に立たなきゃ……」

 当面必要な荷物も用意できたので、風花は部屋の明かりを消すとベッドへと入って目を閉じる。
 明日から新しい生活が始まる。
 不安と期待に逸る心を抑えて風花は眠りにつくのだった。




――NEXT Chapter――


 仲間も増え、少女の回りは賑やかになる。
 それが良い事であるのは理解できる。

 でも、心の中に湧き上がる違和感……

――このままで本当に良いの?

 心に刺さった小さな棘が、少女を惑わせる


 次回、PERSONA3 Refrain ~絆繋いで~

Chapter 7:Puzzled

――それは、甘く苦い毒の蜜――




2010年09月29日 初投稿


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