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[21189] チラシの裏より 風の聖痕――電子の従者(風の聖痕×戦闘城壁マスラヲ一部キャラのみ)
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/09/15 23:52






「ふふふふふ、あはは、あははは、あはははははは!!!!!!!」

その男は空に向かい乾いた笑い声を上げる。

彼は目的を成し遂げた。

唯一にして、絶対の目的。

復讐と言う、たった一つの目的。

彼には恋人がいた。愛しい、愛しい、何に変えても守りたい人が。

一族に蔑まれ、両親に愛されず、最後には無能者と言う烙印を押され、半ば追放される形で放り出された。

何もかもが嫌になり、命を絶つことまで考えた。

そんな彼を救ってくれたのが、翠鈴と言う一人の少女だった。

自分を自分としてみてくれた初めての人。

自分を必要としてくれた初めての人。

自分が絶対に何においても守ろうと決意した人。

でもその人はもういない。この世のどこにも、あの世にさえ・・・・・・・・。

彼女は悪魔の生贄にされた。その魂は決して救われる事が無いものとなった。

輪廻転生の輪からはずれ、成仏する事も、この世に迷い出る事も無くなった。

どんな形でさえ、もう二度と会うことができない女性。

彼は守れなかった。何よりも守りたかった一人の女性を。

その結果、彼は手に入れた。

風の頂点に君臨する力を。

皮肉なものである。彼が力に目覚めたのは、自分の命が消えかけようとした時。

彼女が殺されそうな時も、彼女が殺された瞬間でもない。

自分の命が失われかけた時・・・・・・・・・。

何の意味もなかった。

何の価値も無かった。

口先だけで何もできなかった。

彼は嘆いた。彼は自分の馬鹿さ加減に心底嫌気が指した。

自分の命よりも彼女の方が大切ではなかったのかと。彼女を守りたいのではなかったのではないのかと。

だがすべては後の祭り。

彼には何も残されていなかった。

いや、一つだけ残されたものがあったというべきか。

それは恋人を殺した相手への恨み、憎しみ、殺意。負の感情の渦。

彼は復讐を決意する。

誰も彼を止める事はできない。誰も邪魔をさせない。

その決意は確かなものだった。彼は翠鈴を生贄に捧げた首謀者を殺す事だけを目的として力を磨いた。

邪魔をする者は老若男女誰であろうと殺した。戦う力を失くした者であろうが、戦意を喪失したものであろうが容赦しなかった。

そして彼はついに復讐を成し遂げた。

彼―――八神和麻―――は笑う。

狂ったように笑い続ける。

けれども心は満たされない。達成感など沸きはしない。

ただただ空虚な思いだけが、彼の心を埋め尽くす。

不倶戴天の相手を八つ裂きにして、百グラム以下まで粉々にし、その魂は契約していた悪魔に食われたか地獄の底にでも落としたのに、和麻の心は満たされない。

復讐の果てには何も無い。

最初からわかっていた事だ。奴を殺しても翠鈴は帰ってこない。

けれども彼にはこれしかなかった。これだけが和麻を突き動かす原動力だったのだから。

主のいなくなった玉座を眺めつつ、和麻は最後の力を解放する。

こんな場所要らない。こんな墓標、あいつには必要ない。

跡形もなく、すべてを消し飛ばす。

和麻は大型の台風にも匹敵する力を収束させ、一気に解き放つ。

全てを切り裂き、吹き飛ばし、粉々にする暴風。和麻の意思を汲み取り、風は主を失った城を文字通り消滅させた。

そこには建物があったはずだが、すべて消し飛んだ。周囲には小さな破片が空から落ちてくる。消し飛ばし損ねた残骸のようだが、今の和麻にとってはどうでもいい。

彼は無傷だし、残骸が彼に向かって落ちてくることは無い。風ですべての軌道を変えているのだから。

和麻にしてみれば、忌々しいあの男の城を消し飛ばせれば、それでよかったのだから。

「・・・・・・・・・・・終わった。終わっちまったな」

ポツリと呟く。復讐以外に何も目的を持たない男は、道しるべを見失った。

目の前に広がるのは闇。何も見えない深い闇。

復讐を糧に生きていた際は、彼には確かに道が見えていた。血で塗り固められた道が。

けれども今はそれすら見えない。

残党狩りでもしてもいいが、そんな気にもなれない。

どの道、何をしようにも気力がわかない。

カタリ・・・・・・。

そんな折、和麻の耳に何か硬いものが落ちるような音がした。

粉々になった破片の一つだろうと思ったが、何故かその音が気になった。

和麻は音のした方を見る。そこにはこの場には不釣合いな物体が転がっていた。

「ノート、パソコン?」

それ自体は何の変哲も無い、珍しくも無いノートパソコン。

しかしそれがある場所が問題だった。

ここは和麻の恋人を奪った男――アーウィン・レスザール―――の居城にして、魔術結社アルマゲストの総本山。

現代社会において、魔術結社にもパソコンの一台くらい置いてあるかもしれないが、何となく不釣合いに思えた。

それに和麻が『視た』限りでは、パソコン自体にも何かしらの力があるように見えた。

気にならないといえば嘘になる。

復讐を終えて、何もする事がなくなった和麻は、とりあえずどうでもいいかと考えパソコンを手に取ろうとして・・・・・・・・やめた。

「なんか、嫌な感じがするな。やめとくか・・・・・・・」

『って! なんでやめるですかー!?』

手を伸ばそうとして、途中でやめるとどこからともなく声が聞こえた。

声はパソコンからしたようだ。

ポワンと光り輝くと、中から一人の少女が浮かび上がる。

和麻は少しパソコンから距離を取り、即座に風による攻撃を開始した。

「って、ええぇぇぇっ!?」

驚愕の表情を浮かべる少女だが、彼女は何とかパソコンを抱えて一撃目を回避した。

「い、いきなり攻撃って!?」

「ちっ、外したか」

「しかも舌打ち!? ちょ、ちょっと待ってください! せ、せめて話を・・・・・」

「とっとと消えろ」

「ストップ! ストップです!」

少女はどこからともなく取り出した白旗を振り、何とか相手からの攻撃を止めようとする。

和麻はその様子を見て、攻撃を止めようと・・・・・・・。

「だが、断る」

しなかった。

風の刃が一刀、少女に向かい振り下ろされる。

「げ、外道ですよ!」

涙目になりながら、少女は両手を前に突き出す。少女の眼前に生まれるのは魔力の障壁。

自らの命がかかった場面において、少女は自分自身からありったけの力をかき集める。

死にたくない、消えたくない、と言う思いで一心に風の刃を防いだ。

その様子に和麻は少し驚く。少し手を抜きすぎたか。違う。これは単純に自分が消耗しているだけだ。

アーウィンとの死闘やこの建物を粉砕するのにかなりの力を使いすぎた。

まさかあんな小娘に防がれるとは。些かプライドを傷つけられた。

「し、死ぬ・・・・・・・・」

へなへなと少女は地面に倒れこむと、そのまま姿を消した。

『な、なんてことするですかー! 死ぬかと思ったのですよー!』

と抗議の声が聞こえてくる。それはパソコンから聞こえてきた。

「パソコンに取り憑いてんのか・・・・・・・・。ここにあるってことはあいつの所有物・・・・・・・。とりあえずぶっ壊しておくか」

和麻のパソコンを見る目が厳しくなる。まるで親の敵を見るような目。

実際、和麻は恋人を殺されているのだからその表現は決して間違ってはいない。

『わーわー! ストップです! お願いですからせめて話を聞いてください! ウィル子は何もしません! て言うか、本当に怖いです! 目が怖いです! まるで何十人も殺した人殺しのような目なのです!』

がくがくぶるぶると震える少女――ウィル子。

彼女の感想も決して間違ってはいない。和麻はここに来るまでに大勢の相手を殺している。

アーウィンやその取り巻きやら末端まで含めると三桁にも及ぶ、いや、間接的に考えればもっと殺しているのだ。

人斬りや快楽殺人者など目では無いくらいの圧倒的人数を、和麻はその手で殺しているのだ。

その中には女や見た目子供や、実際年齢も子供や含まれている。中々に外道である。

和麻は何の反応も見せない。いや、逆に周囲に風を集めて

『ううっ・・・・・・・。ウィル子はこんなところで死ぬのですね。へんてこな男に捕まって、外にも出れずにずっといて、やっと開放されたかと思ったら、話も聞いてくれない人に殺されるなんて・・・・・・・・』

ううぅっと涙を流す。ちなみにパソコンから声が聞こえるだけで、和麻にはその姿は見えていないが。

「・・・・・・・・鬱陶しい」

『ひどっ! あなたはそれでも人ですか!? 良心のある人間ですか!? とウィル子は切実に訴えてみます!』

和麻がポツリと呟いた言葉に、ウィル子は憤慨した。

「ああっ? お前、自分の立場がわかってんのか?」

『ひぃぃっ!』

眼を飛ばされ、ドスの利いた声を送られ、ウィル子は震え上がり縮こまる。

「まあいい。お前に質問する。簡潔に答えろ。俺の望む答えが返ってこなかったらぶっ壊す。俺の気に食わない答えが返ってきてもぶっ壊す。俺がむかついてもぶっ壊す。わかったな?」

『あ、あのー、それは全部同じ意味なのでは?』

「・・・・・・・・・なんか言ったか?」

『いえ、何も言って無いです!』

ツッコミを入れいれたのだが、逆に恐ろしい目で睨まれた。ウィル子は戦々恐々しながら、和麻の質問に答える事にした。

「お前は何者だ?」

『ウィル子はPCの精霊なのです。超愉快型極悪感染ウィルス・ウィル子21。ちなみに正式名称はWill.CO21なのです』

PC、突き詰めれば電子の精霊らしい。精霊と言う言葉はよく耳にするが、電子の精霊など初めて聞いた。

「なんでお前はここにいた? アーウィンの関係者か?」

『アーウィンってあのいけ好かない奴ですか? 違うですよ! ウィル子は被害者なのです!』

ぷんぷんと怒ったように言う。どうやらアーウィンの仲間と言うわけでは無いらしい。

『聞くも涙、語るも涙のウィル子の・・・・・・・』

ザシュっと風の刃がパソコンの横の地面を切り裂いた。

汗がこぼれ、ウィル子はサーと血の気が引いたような気がした。

「話は簡潔に手短にしろと言ったはずだが?」

『は、はいなのです!』

有無を言わさぬ言葉にウィル子は簡潔に答える。

ウィル子はウィルスであちこちのパソコンに侵入してはデータを食い漁っていた。

しかし丁度半年ほど前、たまたま侵入したパソコンがアルマゲストのアーウィンの使っていたものだったらしい。

アーウィンはウィル子の存在に気づくと、そのまま魔術で彼女を捕獲し、自らのパソコンに封じ込めていたらしい。

曰く、長く生きてきたがお前のような存在を見るのは初めてだ。とか言い、探究心や色々なものが刺激されウィル子を研究しようとしたらしい。

こちらから契約を取り付けて利用してやろうと考えたが、そんな甘い考えが通用する相手ではなく、逆にいいようにやり込められ自由を奪われていた。

いくら電子の世界にいようとも、精霊と言うカテゴリーにあったウィル子はアーウィンの術から逃れる事ができず、ネットからも隔絶され、電源も必要最低限のものしか与えられなかった。

そのためにウィル子は何もできずに半年間、このパソコン内で生活していたらしい。

ウィル子の話を聞いて、和麻はほうっと小さな声を漏らした。

『ちなみに実体化とさっきの攻撃を防いだせいで、もうウィル子には力が残っていないのです・・・・・・・・。このパソコンの電池も残り僅か』

つまりはもうまもなく消滅すると言う事だろう。和麻にとってはどうでもいい話だが。

『あっ! 今どうでもいいって思いましたね! そうですね!? そうなのですね!?』

ぎゃあぎゃあと喚くウィル子だが、消滅間際なのによくもまあ元気なものだと和麻は感心する。

『ふぎゃぁ!』

和麻は思わず足でパソコンを踏みつけてやった。

しかしそれが災いした。和麻にしてみれば致命的なミスとも言えよう。

「!?」

自分の体から、何かが吸い出される感覚がした。バッと和麻は後ろに飛びのく。

『にひひひ・・・・・・失敗しましたね』

ブンッと再びウィル子がパソコンから実体化した。

「マスターの霊力を頂きました。って物凄い霊力ですね。ちょっとだけもらったはずなのに充電がMAXの電池よりも多いなんて」

「・・・・・・・・・・」

和麻は無言でウィル子を見る。その様子でウィル子は背筋が物凄く冷たくなった。

「ちょっ! 待つですよ! べ、別に今のはウィル子が意図してやったのではなく不可抗力なのです! ウィル子はマスターに害を及ぼす事をしないです!」

本来は人間にも感染して、感染したものを電気とネット回線を貢ぐだけの奴隷にするのだが、そんな事を目の前の男に言えばどうなるのか、先ほどのやり取りで十分理解している。

間違いなく消滅させられる。跡形もなく、それこそ一瞬で。

なぜかウィル子にはそれが理解できた。未来予知能力など無いが、絶対運命のように決定した物事のように思えてしまった。

土下座しながら平謝り。何とか平に平にと相手をなだめる。

「おい。今、俺のことをマスターと言ったな?」

「えっ? あっ、はい。いいましたけど・・・・・・・・」

「つまりあの一瞬で俺とお前に契約が結ばれたと?」

「いえ、まだ仮契約の段階です。本契約をする場合はこのパソコンを起動させてWill.CO21を起動させてもらわなければ・・・・・・・」

「ほう。つまりお前の本体であるパソコンを潰せばいいと」

「って、やっぱりそんな流れに!?」

涙を流すウィル子。やっぱり消滅させられるんだと嘆く。

しかし相手に泣き落としが通用しないのは今までのやり取りを見ていれば十分にわかる。

自分の利点を語っても軽く一蹴されてしまうだろう。

と言うよりもウィル子はウィルスであり、様々な犯罪行為に手を染めてきている。

消滅させられてもいたし方が無いのかもしれないが・・・・・・・・。

「それにしても、それにしたって、こんなのはあんまりなのですー!」

うわーんと思いっきり泣き叫ぶ。あまりにも理不尽。あまりにも不条理。

変な男に捕まったと思ったら、変な男に殺されかける。

別の世界の自分は情け無く、何の力も無い男のパートナーになっていると言う電波を受信したが、この世界で自分がであった相手は力はあるのにまったく誠実ではなく最悪の連中ばかりである。

どうしてこんなにもマスター運が無いのだろうか。

「せめて、せめてお腹いっぱいHDのデータを食べたかったですー!」

泣きじゃくるウィル子に対して和麻は。

「うるさい、黙れ」

と踵落としをかましてやった。

「はぐっ! ひ、酷すぎるですよ! もっとここは優しく頭を撫でるとか、抱きしめるとか慰めるとか、ウィル子のマスターになってくれるとかそんな選択肢があるはずでは!?」

「知るか、アホ。なんで俺が見ず知らずの相手を気遣わなきゃならない? お前、この俺に何を期待してんだ、ああっ?」

「か、完全にチンピラです・・・・・・・」

ウィル子から見れば、和麻はどうみてもチンピラであった。ただし性質が悪いのは、ただのチンピラではなく力を持ったチンピラであると言う点であろう。

「それにマスターになってくれだぁっ? お前のマスターになって、俺にどんな利点がある? 何か俺に利益があるのか? ウィルスを手元において、俺にどんな得がある?」

「ええとですね。ウィル子はウィルスなので電子上ならどんなところにでも侵入できるですよ」

「ほう。ちなみにアンチウィルスソフトが相手だと?」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

嫌な沈黙が両者の間で流れる。緊張しているのはウィル子だけであるが。

「・・・・・・・・・・よし。潰すか」

「ひぃぃっ! 待って、待ってくださいですー!」

悶着を繰り返す二人。

風の契約者と電子の精霊が織り成す物語。

神と契約を結んだ男と、後に神になる神の雛形たる少女のお話。

彼らの出会いがどんな物語を引き起こすのか。

後にこの二人が色々な騒動を引き起こし、世界や一部の人々を混乱に陥れるのは別の話である。







あとがき

リアルが忙しかったのと、とらハ版の作品がスランプ中だったので、以前に書いてパソコンに眠っていた小説を仕上げてみた。

ごめんなさい。十字界の方を書かずにこっちを書いてごめんなさい。

風の聖痕は大好きだったのに、原作者様がまさかの他界・・・・・・・。

今更ながらですが、謹んでご冥福をお祈りします。

ちなみにこれの続き? 続くのかな、これ。

Arcadiaではオリ主ものが多いので、原作主人公を魔改造したいと思った今日この頃。

他の作品の技、例えば風使いとかを使わせたいとか。

つうか最強和麻をこれ以上最強にしてどうするんだと思わないでも無いですが。

しかしまあ、和麻とウィル子が組んだら、ある意味情報戦では無敵な気がする。







[21189] 第一話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/08/18 23:02




八神和麻とウィル子が出会い一年が過ぎた。

その一年の間に、二人は様々な事件を巻き起こした。

某国国家機密漏洩事件、マフィア秘密口座横領事件、特定個人情報流出事件などなど、大小さまざまな犯罪行為に手を染めていた。

彼らは気の向くまま、無計画に、あるいは計画的に自分達の能力を悪用してガッポリと儲けていた。

風によりすべての事象を識る事ができる八神和麻と、その彼と契約を結びさらにその能力を高めたウィル子。

彼らに知りえない情報など何も無い。紙媒体の文章であろうが、電子世界にしかない情報であろうが、何でも彼らは手に入れた。

ネットから隔離された施設であろうと、どれだけ厳重な警備を敷いた施設であろうと、二人の手にかかれば無力だった。

光学迷彩やら気配遮断、機動力に優れ隠密行動を得意とし、いかなる場所にも潜入できる和麻と、電子機器に触れるだけでそれらをすべて乗っ取ってしまうことができるウィル子。

このコンビはまさに凶悪そのものであった。

彼らは調子に乗り、次々に難攻不落の要塞に侵入を繰り返した。

ただしNASAやペンタゴン、ホワイトハウスやクレムリンなどにはまだ侵入していない。

さすがにリスクが大きすぎるのと、和麻にしてみれば対して旨みが無かったからである。

やろうと思えば事前準備をきっちりすれば可能だろうとは思う。

ウィル子は断固抗議したが、彼は無理やり力ずくでウィル子を黙らせた。

下手に手を出せば、自分達が世界中から追われることが目に見えているからである。

尤も、もうすでにバレれば手遅れな事を山のようにしているのだが、バレなきゃいいさという俺ルールで和麻は今も悠々自適な生活を送っている。

復讐を終えてからこの一年、ウィル子と組んで手に入れた金は個人資産で見てみれば、世界でも百位以内に入っているだろうと言うくらいなのだから恐ろしい。

情報と言うのは高値で取引される。和麻とウィル子は情報を売りまくり、または利用し大金を手に入れていた。

彼らは今、アメリカの高級ホテルの一室にいる。

有り余る金を手に入れ、しばらくはのんびり過ごそうという腹積もりであった。

と言うよりも、これ以上稼いでも仕方が無い気もしている。

和麻は高級ソファの上で足を伸ばしながら、暇つぶしのクロスワードパズルをしていた。

最近はすっかりとやる事もなく、今まで出来なかったしょうもない娯楽に興じている。

ゲームに漫画にギャンブル、ボードゲーム、クイズなどなど、色々と手を出してはいるが、結構面白いので和麻としては満足している。

旅って言うのも悪くは無いが、一ヶ月ほどウィル子を連れて旅をしていたら、三日に一回はトラブルが舞い込んできたので、もう行く気にはなれなくなっていた。

幼少から少年期、または青年になるまで娯楽と言う娯楽に触れ合う機会が和麻にはまったくと言っていいほど無かった。

そんな時間があるのならば修行しろと実の父親から散々言われていた。

無能者としてその父親に勘当されるまでは、一日のオフすらありえず普通なら当たり前のように経験する遊びや友人との行動など、彼にはほとんど無縁と言っても良かった。

ただ人間関係は一応高校まで通っていたのだから、それなりには身につけている。

ゆえに和麻は二十二歳の現在、失った青春時代ではないが、こうした無駄な事に時間を割くようにしていた。

それが中々に新鮮で、働く必要の無い今の彼にしてみればいい暇つぶしになった。

他人から見ればプータローのダメ人間にしか見えない。

ちなみに現在、退魔師としての八神和麻は絶賛休業中である。有り余る金銭を手に入れたのだ。働く必要が無い。

ゆえに一年前より凄腕の風術師の情報はばったりと消えている。

和麻自身、面倒ごとは嫌いだったので、アルマゲスト残党連中の目を誤魔化すためにも、ネットなどを駆使して、アーウィンと相打ちしたと言う情報を流している。

しかしアルマゲストの残党で取りこぼした大物連中は、出来る限り早く見つけて処理するようにしている。

奴らは和麻を恨んでいる。どんな手を取ってくるかわからないので、所在が判明次第出来る限り穏便に始末している。

和麻とウィル子の能力を使えば、世界の主要都市に一度でも姿を現せば見つけることはそう難しくはなかった。

彼らとて人間なのだ。生きるためには衣食住を確保しなければならない。金の流れや人の流れ。

風の精霊と電子の精霊の力を合わせれば、現代社会においておおよそ探し出せない物は無い。

アルマゲストの残党を見つけた際は、食事や入浴、果てはトイレと言った一瞬の隙をついて不意打ちで首をぱっくり刎ねたり、街中を歩いている最中に遠距離からの風の矢で打ち抜いたりと、風術師の利点を最大限に利用して殺しまわっている。

残っている大物はあと一人。あとは細々した雑魚が残っているかもしれないが、それ以外の序列百位以内は例外なくあの世に送っている。

文字通りアーウィンの作り上げたアルマゲストは殲滅した。

「残る一人を殺したら、あとはする事がなくなるな。そうなったら情報屋家業でもするか」

和麻はネット上でウィル子を通して謎の人物として情報を売るようにしている。彼自身は全面に立たず、顔を見せずに商売を行い決して表に出る事は無いようにしている。

ただし、必要最低限の鍛錬は今も続けている。和麻は自分自身に敵が多く、トラブルをひきつける体質であることをよく理解しているからだ。

しかしながら、それ以外は怠惰な日常を満喫している。

『マスターはくつろぎモードですね』

開きっぱなしのノートパソコンの画面の向こう。電子の世界の中にウィル子は存在した。

彼女用にオーダーメイドされ、カスタマイズされた最新鋭のノートパソコン。

さすがにスパコン程の性能は無いが、それでもこのサイズでは間違いなくトップレベルの性能を誇る。そのため金額のほうもハンパではないが。

『にしし。さすがにここは住み心地がいいですね。マスター、次はスパコンを購入するのですよ! それも体育館いっぱいの! そうすればウィル子はさらに新世界もとい、電子世界の神に近づけるのです!』

ウィル子は和麻の影響もあり、能力を格段に進化させ続けていた。彼女はハイスペックのコンピューターウィルスであらゆる電子セキュリティを無効化にする。

アンチウィルスソフトが天敵だったが、市販されている程度ではもうすでに歯が立たない。

彼女と拮抗するには国家や一流企業、大きな研究施設などに配備されているスパコン並みの能力が無ければ無理であった。

「・・・・・・・・・まあそのうちな」

『なっ! マスターはいつもそればかりなのです!』

和麻はちらりとパソコンでプンプンと怒っているウィル子を一瞥するが、すぐに手元のクロスワードパズルに視線を戻す。

「って、人の話を利いてください! そもそもウィル子とマスターは一蓮托生! ウィル子のおかげでここまで来れたのですよ!?」

実体化して、和麻の傍まで寄ると、ウィル子は激しく抗議した。

この一年で二人はずいぶんと打ち解けた。ウィル子のマスターである和麻は以前よりも少し丸くなった。

いきなり問答無用で攻撃してくる事もないし、こちらの話も聞いてくれるようになった。

ゆえにウィル子もこのように気軽に和麻に話しかけられるようになった。

和麻は和麻であの時はアーウィンとの戦いの後で、心にまったく余裕がなかったので、かなり攻撃的な態度であったが、今ではずいぶんと落ち着いている。

そしてウィル子の言うことも間違いではない。彼女がいたから、和麻はアルマゲストの残党をあらかた見つけ出し、さらにはここまでの大金を入手できたのだ。

「お前こそ俺がいなけりゃあいつの城で一生飼い殺しだぞ? いわば俺はお前を救ってやった恩人だぞ? ついでに俺の力もって行っただろ」

「うっ、それは確かにそうですが・・・・・・・・。でもそれとこれとは話が別なのですよ!」

宙に浮かびながら、ブンブンと両腕を振り和麻に怒りをぶつける。

「ああ、はいはい。わかったわかった。金は十分あるんだ。お前の好きなようにすりゃいいだろ。適当な場所を買い付けて、適当な企業を抱きかかえて、適当にスパコンを用意すれば?」

「えらく適当に言いいますね、マスター」

「まあな。だってあれだけ金があるだろ? スパコンの一台二台買って維持しててもお釣りが来る。それに足りなくなったらまたどこからか稼げばいい」

さすがに体育館いっぱいとなると、手持ちの金では購入できても維持ができないだろうが、和麻とウィル子の能力を持ってすれば稼ぐ方法ないくらでもある。

「あっ、でもウィル子としてはやはり日本の職人さんが作るのがいいのですよ」

日本という単語に些か顔をしかめる。和麻にとって日本は生まれ故郷ではあったが、まったくと言っていいほど良い思い出が無い。ぶっちゃけ嫌な思い出しかない場所である。

「どうしたですか、マスター?」

「日本、日本か。あー、あんまり良い思い出がないからな」

「そう言えばマスターって、勘当されてたんですね」

「って、何でお前が知ってる?」

「にひひ。前にマスターの事を調べたのですよ。マスターってあんまり自分の事を話してくれないのですから、ウィル子としては自力で調べるしかなかったのですよ」

そしてPCを手に持ちながら和麻に見せる。そこには彼の個人情報が出ていた。

名前・神凪和麻。

八神和麻になる前の彼自身。ある程度の詳細なプロフィールがそこには記載されている。

と言っても、それは彼が高校生までの時の情報だが。

「・・・・・・・・・俺の個人情報が出回ってたのか。で、もちろんちゃんと消滅させたんだろうな?」

「抜かりはないのですよ。そのサイトを含め、関連どころは全部ウィル子がおいしく頂いておきました。ウィル子が知る限り、昔も今もマスターの情報はネットの海にはもう無いです」

にぱっと笑いながら言うウィル子。彼女が言うのならば大丈夫だろう。ウィル子の能力には全幅の信頼を寄せている。

その彼女が大丈夫だと言うのなら、ネット上にある情報はよほどの場所、例えばアメリカ国防総省のデータベースのような所にでも保管されていない限りは、確実に消滅しているだろう。

しかし一度でもネットに情報が出回れば、すべてを消去する事は難しい。これはイタチゴッコでしかない。いつまた彼の情報が出回るかわからない。

それでも出回るたびにウィル子が片っ端から食いつぶすだろう。

「ご苦労。とにかく俺は日本に思い入れが無いが・・・・・・つうか、何で日本なんだ?」

「メイドインジャパンをマスターは甘く見てるいるのですよ! 日本の大阪の町工場の人達なんて人工衛星を作っちゃうほどなのです! ウィル子としては、この人達にパソコンを作ってもらいたいと」

うきうきとした目で語るウィル子。和麻は確かに日本の技術は凄いと思った。日本の職人は技術もそうだがその職人気質こそが売りだろう。

それに大阪なら神凪に会うことも無いだろうと思った。

「で、日本に行きたいと?」

「はい! 直接注文しないといい物ができないものなのですよ。と言うわけで、マスター、早速日本へ行きましょう!」

「却下」

ウィル子の提案は一秒で却下された。

「なんでですか!?」

「せっかく高級ホテルに泊まってるんだ。俺としてはあと二、三日はここで自堕落に生活してる」

「はぁ・・・・・・。何でこんな人がウィル子のマスターに」

よよよと泣き崩れるウィル子。

だが和麻は我関せずと黙々とクロスワードパズルを続ける。

「って、少しはこっちにも気を使うですよ!」

このようなやり取りが二人の間で続けられる。

八神和麻とウィル子。二人の仲は良好(?)であり、平穏な生活が続く。

しかし残念な事に八神和麻と言う男はトラブルメーカーであった。

本人が望まないのに、勝手にトラブルの方がやってくる不幸体質。

今回も、二人が望まないのに勝手に厄介ごとが転がり込んでくる。







日本・大阪

町工場の多い東大阪。和麻とウィル子はそこに足を運んだ。

この町の一部の職人が人工衛星を作り上げたと言うのは有名な話だ。さらに日本の技術力は世界でも有数できめ細かい。小惑星探査機はやぶさなども日本の技術力の高さを占める指標の一つだ。

和麻とウィル子―――主にウィル子だが、下町の優秀そうな職人を片っ端から抱きかかえた。

「お金ならいくらでもあるですよー!」

にひひひと成金みたいに金をちらつかせ、ウィル子は懐柔を繰り返す。

奇しくも不況のおり、下町の職人にしてみれば大金を落として言ってくれるウィル子達は救いの神に思えた。

結果的に、下町は一時的に二人の落とした金のおかげで不況を脱出することができた。

それはともかく、ウィル子は手持ちの金を湯水のごとく使い、自分が望むスパコンの製作を依頼して回った。

「・・・・・・・・つうか使いすぎだ」

和麻はウィル子が使いまくった金の総額を計算して、苦言を呈した。

あれだけあった金の八割が消えてしまった。

スパコンにもピンからキリまであるが、大体一台数千万クラスのはずだ。

それなのにこいつはあれだけあった金の八割を損失させるだけつぎ込んだ。

「あっ、大丈夫なのですよ。ちゃんと維持費とかアフターケアのお金は含めてありますから」

「いや、そう言う問題じゃないだろ」

和麻の突っ込みは当然である。だがまあ残高二割でも、そこそこの贅沢をしても一生暮らせるだけの金額がある。

金にはある程度の執着はあるものの、和麻は別に金が好きな金の亡者では無い。

自分専用の口座には別口に金がある程度あるし、まあいいだろうとウィル子の暴走を黙認する。

(好きにさせるか。仮に全額使われても俺の分はあるし)

そう思いながらも、和麻は次の娯楽である携帯ゲームのテトリスで時間を潰すのであった。







「にひひひ。やっぱり大阪の町工場はいいですねー。完成が楽しみなのですよ」

満面の笑みでウィル子は喜びを表現する。思った以上のものの作製の話がついて、彼女としては大変満足だったようだ。

「そりゃ何よりだな。だが使いすぎだろ」

「ちっちっちっ。これは必要な先行投資です。これから先、ウィル子が電子世界の神になればマスターにだって、色々な恩恵が来ますよ」

「まあ期待してる」

「リアクション薄いですね」

仮にウィル子が神になった場合、和麻は二つの存在と契約を結ぶ超絶な存在となるのだが、本人にその自覚は一切無い。

今の彼にしてみれば、それは儲けたなと言う程度である。

「で、マスターはこれからどうしますか?」

「・・・・・・・・そうだな。少し食い歩きして一流ホテルのロイヤルスイートに泊まって、あとは適当に観光か」

最近はうまい飯を食べる事にも重点を置き始めた和麻。ウィル子も今では人と同じように飲み食いをできるようにもなったので、色々な食べ物を探るようにしている。

男一人では入りにくいところでも、ウィル子がいればそれなりに入れるから和麻としてはそんな意味でも重宝している。

「おっ、今日のマスターは結構前向きですね。いつもなら引きこもってそうなのに」

「引きこもるのにも飽きた。外に出るとトラブルが来るが、そろそろ退屈してきたし、体が鈍ってきた。適当にぶらついてりゃ、少しは面白い事でもあるだろ」

「マスターの場合は望んで無いのにトラブルを引き寄せますからね。じゃあいっそのこと、久しぶりに退魔の仕事でもしますか?」

ウィル子とは手に持っていた自分のパソコンを開いて、アンダーグラウンドや色々な情報屋が集まるオカルトサイトを開きながら和麻に見せる。

「日本も不況で色々と乱れてるみたいで、退魔の仕事には事欠きませんよ」

「・・・・・・・やらねぇよ」

「へっ? 何でですか?」

「日本で退魔の仕事をすると神凪とブッキングしそうで嫌なんだよ。それにそんな雑魚ばっか倒しても何の経験にもならねぇからな。かと言って俺と同等かそれ以上の奴になると化け物クラスだし、そんなもん早々にいねぇ。と言うか、いて欲しくないし、いても俺は戦いたくない」

「あ、相変わらず我侭ですね」

ひくひくと顔を引きつらせながら、ウィル子はこのめんどくさがりのマスターを見る。

「でもトラブルに巻き込まれるだけだと一銭の得にもなりませんよ?」

「そうでもないぞ。トラブルになった場合、今までの大半は第三者がいた。そいつから報酬を頂く」

「相手にお金が無い場合は?」

「金になりそうなものを奪う。一生払わせる。骨の髄まで貪りつくす」

「わ、わかりきっていた事ですが、マスターはウィル子よりも極悪ですね」

ある意味、超愉快型極悪感染ウィルスのウィル子と和麻がコンビを組んだのは必然だったのかもしれない。

「そんなに褒めるなよ」

「いえ、全然褒めてないのですが・・・・・」

タラリと汗を流すウィル子だが、和麻は飄々としてニヤリと笑いながら答えるだけだった。

「とにかく・・・・・・・・・」

ふと和麻は遠くのほうを見つめる。その姿にウィル子は首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「いや、少し先で炎の精霊の気配を感じたんだが・・・・・・・・・、なんか嫌な予感がする」

やだやだと和麻は肩をすくめる。炎術師には本当にいい思い出が無い。

特に十八年間過ごした生家・神凪一族。

炎術師の中でも古くから脈々と続く一族。その力は他者と隔絶した力を持つ。

特に神凪一族の宗家は炎術師の中でも傑出している。

その力は、単純な戦闘力で言えば戦術兵器どころか、戦略兵器にすらなりかねない。

と言っても、それは神凪一族の中でも片手で数えるほどもいないが。

「マスターは本当に神凪一族と関わりたくないんですね」

「関わりたくないな。まあ連中の本拠地は東京だから大阪にいる分には関わりあう事もないはずだが・・・・・・・・・」

「でもマスターの場合、それでも関わってしまうんですよね」

「言うなよ。本当にそうなりそうだから」

和麻は炎術師がらみのトラブルならお断りだとぼやきながらも、一応は確認のためにその場所へと向かった。







「出でよ、炎雷覇!」

パンと手と手を合わせる音が周囲に響き渡る。

鉄筋とコンクリートでできた無骨な建物。そこは建築途中で打ち捨てられたマンション。

そこにはいつしか悪霊が住み着いていた。

いや、それは悪霊と呼ぶにはあまりにも禍々しい存在。

妖魔と呼ばれる、悪霊よりもさらに凶悪な存在。

この敷地に入り込んだ住人を幾人も食い殺してきた邪悪な存在。

巨大なワニのような存在。しかし口はワニ以上に大きく、足も八本。大きさも人間の数倍はある。

この場に入り込んだ人間を喰らいつくし、骨まで喰らう凶悪な妖魔であった。

その前に立つのは一人の少女。

長い腰まで伸びた美しい髪。強い意志を宿した瞳。何者にも負けない、圧倒的な力。膨大な数の炎の精霊を従える少女。

名前を神凪綾乃と言う。

神凪一族宗家の人間にして、次期宗主。神凪一族の至高の宝剣・炎雷覇を継承する人間だ。

彼女は自らと同化している炎雷覇を取り出し、正眼に構える。

全身より噴出す圧倒的な炎。膨大な熱量は周囲の温度を急速に高め、大気をゆがめる。

その力に巨大なワニは若干の怯みを見せる。

妖魔と言えども力は様々。人間にとって脅威的で抗うことも出来ない存在であろうとも、退魔師にとって見ればそうで無いと言うことは良くある事である。

特に神凪一族の、それも宗家の人間にとって見れば、この程度の妖魔は敵ではない。

巨大な人間を簡単に噛み砕く牙と口も、人間の腕力では抗いようも無い巨体も、炎術師、それも神凪宗家の人間の前ではあまりにも無力。

精霊魔術師。

この世界を形作り、あらゆるところに存在する火、水、地、風の四つの元素。それらには各々精霊が宿っている。

精霊魔術師とは精霊の力を借り受け、その力を行使する者の総称。

そして使う力の系統に別れ、それぞれ炎術師、水術師、地術師、風術師に分類される。

それぞれに一長一短な力を有しているが、その中でも火の精霊の力を借りる炎術師は最高の攻撃力を保有する。

また炎雷覇と言う精霊達の王とも言える、精霊王より賜った神剣がある。炎雷覇は炎術師の力をより増幅させる。

ただでさえ強力な神凪一族宗家の力が炎雷覇により増幅される。その力は脅威の一言。

ワニに似た妖魔は巨大な口を綾乃に向ける。

綾乃はバックステップで後方に飛び退くと、炎雷覇をそのまま振りぬく。

炎雷覇より放たれる炎の塊。妖魔に直撃する炎は妖魔の体を容赦なく抉り焼く。

甲高いうめき声を上げながら、身体を揺らす妖魔。

しかし綾乃は追撃をやめない。怯んだ妖魔に肉薄し、炎雷覇を突き立てる。

ゴオッ!

炎雷覇から妖魔の内部に向けて灼熱の炎が入り込む。妖魔は炎雷覇を突き立てられた場所から一瞬で焼き尽くした。

何の小細工もいらない。圧倒的な力の前には技術の入り込む余地は無い。綾乃には、それだけの力があった。

並の妖魔なら一蹴するだけの力が・・・・・・・・・。

綾乃は誇らしげに胸を張る。並の術者なら確実に梃子摺るであろう妖魔をあっさりと滅せる力を。

「まっ、こんなもんでしょ」

綾乃は最後に妖魔が完全に消え去った事を確認すると、その場を後にする。







「炎雷覇。・・・・・・・何で神凪の術者がいるかな」

和麻はボヤキながら相手に気づかれないように様子を盗み見る。

八神和麻は風術師である。風術師である彼が本気で見つからないようにすれば、炎術師には絶対に見つけることができない。

タバコを吹かせながら、どうにもこの身の不幸を呪った。

「にひひ。本当にマスターは不幸ですね」

「笑ってんじゃねぇよ」

一発チョップをお見舞いしてやった。

「しかし炎雷覇を持ってるって事は、ありゃ綾乃か・・・・・・・」

「ええと、神凪綾乃。炎雷覇の継承者にして、神凪一族次期宗主。現在の神凪一族宗主である神凪重悟の娘。年齢は十六歳の聖陵学園に通うお嬢様・・・・・・。と言うか、学校の制服着て退魔ですか」

ウィル子はパソコンを操作しながら、綾乃の個人情報を片っ端から調べ上げていく。

ネット上のどこにそんな物があるんだと疑いたくなるが、神凪一族ともなれば政府関係やらそれなりのところに個人情報が記されている。

「ちなみにスリーサイズ含めて、結構な情報が出回ってるのですよ」

「ネットって本当に怖いよな」

「ホントですね~」

ネットを悪用している二人は何てなしに呟く。本当に恐ろしいのはネットではなくそれを悪用する人間と言うことだ。

綾乃の行動を見ながら、他に神凪の術者がいないかと視ているが、どうやら神凪の術者は綾乃一人のようだ。

何やら綾乃は同い年くらいの二人の少女に合流した。術者ではなく、どうやら一般人のようだ。力を全然感じない。

「一般人の友人で力のことを話してんのか? 恵まれてるな、あいつ」

「そうですね。こう言うのって基本的にバレたらアウトってのが多いのに」

和麻は遠目で見ながらも、ウィル子の言葉に同意する。

そう言えば自分はそう言った相手がいないなと思った。

「で、どうするんですか?」

「あー、まさか大阪にいるとか予想外だろ? これ以上関わりたくないから、さっさと日本を離れたい」

「えー、せっかく日本に来たのにもう行くのですか? マスターも大阪のおいしい物を食べ歩く気だったのに」

「これ以上いると本当に面倒な事になりそうだからな。まあ今日はホテルに泊まって明日の昼にでも発つぞ」

「うー、名残惜しいですが、ウィル子も目的は達成できたので構わないですよ」

和麻もウィル子も目的さえ達成できればそれで構わない。

積極的に神凪に関わるつもりなど彼らには無い。

しかし残念ながら、彼らの願いは叶えられる事はなかった。





[21189] 第二話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:aa5d2442
Date: 2010/08/25 22:26


神凪綾乃は現在、友人の篠宮由香里と久遠七瀬と共に行動していた。

三人は友人同士で、綾乃自身自らの能力の事も話している。

そもそも神凪一族と言うのは退魔の中では有名も有名であり、政財界の人間には顔も良く通る。

また先代の宗主である神凪頼道が、旧来以上にそれらの人脈とのパイプを強化した。

この国の政府とは千年来の結びつきに加え、頼道が築き上げた新しい政財界の盟主には神凪の名は広く知れ渡っている。

そんな中、神凪の直系と名乗れる人間は少なくなく、綾乃もその例に漏れない。

そしてそんな中、どうしてこの二人に力の秘密がバレたのかと言うと、ひとえに篠宮由香里のせいだと言えよう。

綾乃の友人である篠宮由香里と言う少女は、一言で言えば凄い少女である。

一見おっとりとした少女であるのだが、その実は超行動派であり、学園内に様々なコネを持ち、情報収集能力は一流であった。

そのために友人となった綾乃の情報をいち早く入手。神凪一族の事やその歴史についても知るところとなったのである。

元々聖陵学園の理事長や校長などは神凪の事を知っていたし、多額の寄付金も寄与されていた。情報がまったく秘匿されていたわけなどではなかったので、このように一般人の少女でも簡単に情報を入手できた。

またもう一人の友人である久遠七瀬も冷静沈着な落ち着いた少女であり、由香里から聞かされた情報を受け入れてなお、綾乃自身を見ることができた稀有な存在である。

神凪の炎術師としてではなく、綾乃自身を見ると言う中々出来ない事をこの二人は行った。

ゆえに彼女達は今も良き友人を続けられている。

「で、どうだったの?」

「ああ、別にどうってことなかったわよ。ちょっと大きなワニって感じで」

由香里の言葉に綾乃は軽口で返す。実際、並の術者ならばともかく、綾乃クラスにおいてあの程度の相手、どうと言うことはなかった。

ちなみに彼女達は休みを利用して大阪にやってきていた。

何故制服かと言うと、こちらの近年大阪にできた姉妹校に挨拶をしに行かねばならないと言う理由からである。

彼女達はまだ一年生で、別段姉妹校に挨拶に行く必要はなかったのだが、綾乃はとある依頼を同時に受けていた。

それは最近、このあたりで人が失踪すると言う事件の解決。つまり先ほど彼女が退治したワニである。

本来ならばこの付近はまた別の退魔組織の管轄であった。

しかし依頼人は姉妹校の理事長であり、そちらの方には綾乃が通う聖陵高校の理事長から神凪の話が伝わっていたらしく、どうしてもと言うことから綾乃が出向く事になった。

そして彼女は見事この依頼を完遂した。

「じゃあこれから大阪のおいしい物の食べ歩きね」

「うん。リサーチはきっちりしてるから任せて」

「由香里に任せておけば安心だな」

綾乃はうきうきとしながら言うと、由香里、七瀬がそれぞれに意見を述べる。

彼女達はこうして大阪の町に繰り出していく。

この時、彼女達に危機が迫っているとも知らずに。







「あー、くそっ。せっかく大阪で食べ歩くつもりだったのによ」

「残念でしたね、マスター。まあこれも日ごろのマスターの行いが悪いせいですよ」

「やかましい」

「はうっ!」

ビシッとウィル子の頭にチョップを叩き込む和麻。

彼らは綾乃の姿を確認した後、すぐさまに予約していたホテルに戻り部屋に引きこもった。

ここにいれば神凪に会うことも無いだろう、トラブルに会うこともないだろうと考え、明日の昼まで大人しくしているつもりだった。

しかし折角、和麻としては珍しく行動を起こして大阪の食べ歩きをしようと考えていたのに、よりにもよって会いたくない神凪の術者を発見して、お流れになるとは思っても見なかった。

「あれか? 神凪はよっぽど俺に嫌がらせしたいのか? 俺がそんなに嫌いか?」

ぶつぶつと文句を言う和麻。どうやらよほど自分の行動を邪魔されたのが気に喰わないらしい。

『別に神凪の術者がいたからって、それ関係で事件に巻き込まれるとはウィル子は思わないのですが』

「いいや、お前は何もわかってない」

パソコンの中に戻ってくつろいでいるウィル子に和麻は言い放つ。

「あいつらは俺にとって疫病神だ。絶対に出会うと碌な事が無い。俺の勘が告げてる。色々なところで恨みを買っている神凪にどっかの馬鹿が喧嘩を売って、何故かそれの犯人が俺になってて、めんどくさい事に神凪に狙われて、身の潔白が証明されたら今度は神凪を助けるためにこき使われる。そんな未来が見える」

いや、いくらなんでもそれは被害妄想じゃないんだろうかと、ウィル子は思ったが、いつにも無く饒舌に語る和麻に恐ろしいものを感じて、彼女は下手にツッコまない事にした。

それになんだか、彼が言うと本当に起こりそうだから怖い。

『だからここに引きこもってるですか?』

「ああ。で、明日の昼には日本を発つ。空港はできれば関空以外がいい。広島まで言っても構わないぞ。と言うかそうしろ。近場だと面倒ごとが起きる」

本当に今日のマスターは被害妄想が激しいですね、と汗を流す。マスターってこんななんだっけと思わなくも無いが、ウィル子もスパコンが出来上がるまでできれば面倒ごとは嫌なので素直に同意する。

ともかくさっさと空港のチケケットを取ろう。明日の昼は急だが一人分くらいあるだろう。

ちなみにウィル子はパソコンの中か、もしくは和麻の携帯電話の中に潜んで旅行代を浮かせるつもりだ。変なところでせこいコンビである。

「・・・・・・・・はぁ。つうかもうどうでもいいか。神凪のことでこんなに悩むのも馬鹿らしい。やめだ、やめだ。そんな事よりも飯だ。飯。ルームサービスで取るか」

和麻は部屋から一歩も出るつもりは無かった。ロイヤルスイートならばルームサービスくらい余裕で取れる。

こうなりゃやけ食いだと思い、ホテルのフロントに電話する。

『あっ、ウィル子の分も含めて多い目でお願いするですよ』

ウィル子も食べる気満々だった。大阪のうまいものは諦め、このホテルのおいしい物を堪能すれば少しは気分も変わるだろう。

和麻にしても一人で食べるのは味気ない・・・・・・・と言うよりも誰かと一緒に食べる食事が以外と楽しくうまいと言うことを今は亡き翠鈴やウィル子との出会いで知った。

口には出さないものの、和麻はウィル子が食事を取れるようになり、自ら頼むようになった事を密かに喜んでいたりもした。

和麻はウィル子の分を含めて二人分注文を取った。

それが終わった後、ついでに念のために周囲十キロ四方を風で調べる。綾乃達がどこにいるのか、または不審な影が無いかを。

周囲十キロ四方を単独で調べられると並の風術師が聞けば卒倒するだろうが、和麻にとっては普通だった。

これで何事も無く食事にありつけるだろうと和麻は思っていた。

しかしこれがいけなかった。このまま何もせず、下手に風を使わずに、あるいは索敵範囲をもう少し小さくしていれば、和麻はトラブルに巻き込まれる事もなかっただろう。

彼の風はある者を呼び寄せてしまう。

十キロ四方を本気で索敵したからこそ、和麻はそれを見つけてしまう。同時に相手も和麻の存在を見つけてしまう。

それは和麻達がいたホテルの先、九キロの地点に存在した。そこの精霊達に周囲の様子を調べてもらおうとしたら、突然その付近の精霊の声が聞こえなくなった。

不思議に思った和麻はそこを重点的に探った。

そこには何かがいた。

何か、と形容する以外に無かった。普通なら風が全てを教えてくれるのに、その周辺だけは和麻に何も教えてくれない、と言うより風の精霊達が狂っているように感じられた。

相手も和麻の風に気がついた。相手の風の領域が広がる。こちらを探るかのように、不気味な気配を放つ風が和麻の風を飲み込み次々に精霊を狂わせていく。

「おいおい、ちょっと待て」

思わず声が出てしまう。

もし和麻が索敵ではなくお互いに戦闘状態で対峙していたなら、瞬時には相手の異常性に気がつかなかっただろう。

和麻は風を統べる者よりの全権を委任されているような存在だった。力量云々ではなくルールとして、和麻はどんな風術師よりも風を行使する権利がある。

だがこの相手はそのルールに縛られない。当然だ。相手の風は正常な風を狂わせ、そのルールを無視させているのだ。

そして攻撃において、和麻は相手が精霊を狂わせ従えさせていると言う事を瞬時に見抜くことは出来ず、ただ相手に風で不意をつかれたと言う事実を突きつけるだけだったであろう。

しかし幸いと言うか―――ここでは逆に不幸かもしれない―――な事に、和麻は相手が自分の風による索敵領域を侵食してくる事でその異常性に気がつくことができた。

それでも何の慰めにもならない。風の精霊を散らしてこちらに気づかせないようにできるかと考えたが、遅すぎた。

相手の風はこちらの風をどんどん狂わせて行く。本気を出す。出さなければ瞬時にこちらの完全に捕捉される。

尤も、本気を出せばそれで相手には気づかれてしまうが、こちらが不利になるよりはマシだ。

『どうしたですか、マスター?』

和麻が表情を一変させた事に気がついたウィル子が声をかけるが、彼はそんな彼女の声を無視する形で、風に力を込め続ける。

同時に近くにある必要なものを即座に手に取ると、ウィル子の入ったパソコンを腕の脇に抱え込むと、即座に部屋から飛び出した。

『ちょっ!? マスター、一体何が!?』

「風で周囲を調べてたら化け物がいた。で、そいつに見つかった。たぶん、こっちに来るぞ」

いきなりの事態に混乱したウィル子に和麻が簡潔に答える。

『って、ええぇぇっっ!?』

「とにかくここじゃ不味い! おい、この階の非常ドアのロックを外せ! そこから外に出るぞ」

エレベーターでチンタラ下まで降りている時間は無い。ならばとウィル子に電子制御式のロックを外させるように指示を出した。

『わ、わかりました!』

ウィル子は即座に実体化すると、そのままドアに触れて電子ロックを解除した。

和麻はバンと勢い良く扉を開いくとそのまま非常階段から外へと飛び出す。

本来なら重力に従い真っ逆さまに下に落ちるのだが、風術師である和麻は風を纏い空を飛翔する。

同時に光学迷彩やら結界を展開して相手の目を誤魔化そうとする。

だがそんな甘い考えが通用する相手ではなかった。

敵はすでに和麻を捕捉していた。

「ちっ!」

風の刃が迫る。妖気により狂わされた風の刃。本来なら風が妖気を纏っていれば和麻の感知能力ならば気づきそうなものだが、相手の風は妖気で風の精霊を狂わせているだけなので感知がしにくい。

(初見で命狙われてたら、たぶん防げなかったぞ!)

こんな状況久しくなかった。それに風で奇襲を受けるなど想定外もいいところだ。

だが相手のやり方は理解した。手の内がわかれば対処はしやすい。

和麻は自らの周囲一キロ四方の精霊を全力で自らの支配下に置く。範囲を狭くすることで絶対領域を形成し、相手の風が侵入してきたら気づくようにした。

領域内のどこかで精霊が狂い出せば、そこから敵や攻撃が来るのは明白。

(って言うか、予想外だろ。こんな化け物がいるなんて)

何の因果かそいつに目を付けられた。しかもこっちを追ってくる。

(逃げ切れるか? 一人での対処は・・・・・・・できればやりたくないな)

攻撃を受け、反撃などを行ってみてわかったが、どう見積もっても自分と同格かそれ以上の相手であると結論付けた。

和麻が全力を出し、ウィル子のサポートを受ければ互角には持っていけるとは思うが。

(勘弁してくれよな・・・・・・・・)

嘆きながらも和麻は命がけの逃亡劇を続けるのだった。







東京某所。

薄暗い闇が支配する屋内の一室。そこには数人の者達が集まっていた。

彼らはある目的のための計画を達成すべく、この場で何度目かになる話し合いを行っていた。

目的とは復讐。

奇しくも八神和麻と同じく、彼らはその目的のために立ち上がろうとしていた。

「して、首尾のほうは?」

「うむ。すでにあやつを大阪に差し向けておる。計画通りなら、今夜にでも身柄を確保できよう」

彼らの名は風牙衆。

風術を扱う集団であり、神凪一族の下部組織とも言える存在だった。

しかし現在の彼らは、その上位者とも言える神凪一族に反乱を起こすべく水面下で動いていた。

風牙衆とは神凪の下部組織ではあったものの、その実態は奴隷に近い物だった。

神凪一族と風牙衆とは祖を同じとするものではなく、三百年ほど前にある事情から神凪一族が風牙衆を自分達の組織に取り込んだのだ。

そのまま懐柔政策を取り、神凪と血を交えたりした分家を作ったり、宗家が手厚く扱い、うまく共存していけば、彼らの絆は強固になり更なる発展を遂げたであろう。

だが三百年の間に、時の宗主や神凪一族を動かす長老達はそのような事を一切しなかった。

風牙衆を取り込んだ理由が原因でもあったのだが、それを怠った事に対しての言い訳にはならない。

結果、神凪と風牙衆との溝は深まるばかりで、表面上の対立こそ無かった―――風牙衆が反意的な態度を見せなかっただけだが―――ものの、亀裂は修復不可能なところまで達していた。

現在の宗主である神凪重悟は風牙衆の扱いを以前よりも良くしたが、時すでに遅かった。

遅かったと言うよりは、宗主一人が頑張ろうとも長老や他の分家の長達の態度が非公式な場において変わらなかったために、風牙衆はついに決起に至った。

「だがこの反乱はあくまで秘密裏に進めねばならん。こちらが有利に動くためにもな」

そう述べるのは風牙衆の長である風巻兵衛である。

彼はこの反乱の首謀者であり、この計画を練った張本人でもある。

兵衛は反乱を起こすとは決めても、自分達の弱さを理解している。

風牙衆は風術師の集団である。そして風術とは悲しいことだが、弱者の力でしかなかった。

風は精霊魔術の中では最弱。それがこの世界での共通認識だった。

なぜ風術が弱いのか。それは攻撃の軽さにある。

炎ならばその圧倒的なエネルギー。地や水ならばその質量ゆえに攻撃にも向く。

しかし風術にはそのどちらも無い。ゆえに軽いのだ。

強力な攻撃を風術が放とうとすれば、他の三系統以上の数の精霊が必要になってくる。他の三系統が十の数の精霊で行える攻撃が、風術ではその倍以上は必要なのだ。

さらに精霊の数が増せば増すほど、その制御は困難になっていく。

つまり戦闘において風術は最も使いにくい術なのだ。

例外があるとすれば、凄まじい数の精霊を従え、それを完璧に制御できる存在。

そんな事ができる術者は、優れた風術師を多数抱える風牙衆にも存在しない。

風牙衆最強の戦闘力を誇る人間でも、せいぜい分家の最下位と戦えればいい方だ。

だからこそ風術に求められるのは他の要素。

探索や追跡。機動性と隠密性に優れた情報収集をメインとする諜報員的な立ち位置。

これは現在社会において重要な要素なのだが、神凪は戦闘力重視のためにそれに重きを置かない。

だからこそ見下される。どれだけ努力し、彼らに報いようとも感謝もされない。

当たり前だと言い放たれる。それくらいしかできないのだからと蔑まれる。

こんな扱いでは嫌気が指すのも当たり前だ。

兵衛は力で勝てないのならば策を弄するしかないと考えた。

しかし圧倒的な力の前では少々の策も意味を持たない。

毒殺を含めた暗殺も考えた。

だがそれを達成するビジョンが見えない。

分家や宗家の一部ならば風牙衆ならばやってのけるだろう。

しかし神凪の頂点に君臨する二人の術者がそれの未来を打ち砕く。

宗主・神凪重悟と現役最強の術者・神凪厳馬。

この二人は別格と言うよりも存在そのものが違う。

彼らは強いだけではなく、彼らの炎は物理法則すら無視した力を発揮する。

高位の炎術師になればなるほど、精霊と炎を完全に制御する。物理法則を無視して、水中で水を沸騰させる事なく炎を起こしたり、指定対象以外燃やさない事も可能。

調べたところによれば、摂取した毒すら炎で燃やす事が可能らしい。

即死するレベルの毒物を盛ればと考えるが、彼らの場合は死ぬ間際――それこそ一瞬でもあれば―――で毒を燃やすため、効果が出る前に無効化されてしまう。

なんだそれはと、兵衛は叫びたくなった。そんな化け物、どうやって倒せばいい!?

苦悩した事も諦めかけた事も一度や二度ではない。

それでも考え考え抜いた先にあったのは、力が無いのならばよそから補えばいいと言う物だった。

幸いにして、兵衛にはそれに関しての心当たりがあった。

三百年前に封じられし、かつて風牙衆が崇めた存在。『神』

実際のところ神とは違う妖魔であったと最近ではわかったが、それでも三百年前の風牙衆はその妖魔の力を借りて、強大な術を操ったとされる。

それが原因でかつての神凪に討伐される事になり、結果として彼らの下部組織に貶められたわけだが。

しかしそれでも兵衛は納得がいかない。

確かに精霊魔術師として、妖魔と契約を結び暴虐の限りを尽くした事は恥ずべき事であり、先祖が神凪に討たれたと言うのも理解しよう。

だが何故三百年に渡りその負債を、祖先である自分達まで払わされなければならない。

いつまで償わなければならない。いつになれば許されるのだ。

未来に希望を見出せず、奴隷として一生を終える人生。そんな物は認められない。認めてなるものか。

ゆえに兵衛は動いたのだ。

と言っても、先で述べたように水面下だ。

彼はまずは風牙衆の力を強化するために、三百年前に彼らが力を借り受けていたとされる妖魔の力を頼った。

自分に賛同してくれる者達と共に封印されている場所に赴き、その場に漂う残留妖気を息子である流也に憑依させた。

それだけで圧倒的な力を流也は得る事ができた。

だがまだ足りない。まだ不安が残る。

神凪重悟と神凪厳馬。

この二人の力は異常だ。ただ救いは重悟は四年前に事故で片足を失っていると言う事だが、二人が同時に戦場に立った場合、如何に今の流也でも敗北してしまうだろう。

それに神凪には精霊王より賜った神剣・炎雷覇が存在する。

今の継承者である綾乃は未熟ゆえにその力を使いこなせていないが、仮にそれが厳馬や重悟の手に渡ったら?

考えただけで恐ろしい。単体でも桁違いの能力を有する化け物が、さらにその力を増幅する神器を持ったならば・・・・・・・。それは化け物ではなく神の領域だ。

だからこそ、絶対にそんな事態になら無いようにしなければならない。

兵衛は考える。どうすれば神凪を滅亡させられるかを。

問題は重悟と厳馬と炎雷覇。

この三つが合わさらなければ勝機はある。

はっきり言って、他の宗家や分家―――炎雷覇を持った綾乃を含めて―――をあわせても、厳馬一人にも及ばないのだ。

ならば各個撃破しかない。兵法の基本を用いよう。

幸いな事に炎雷覇の継承者である綾乃は大阪に単独で出かけている。これはチャンスだった。

兵衛は流也を差し向けた。彼にはこう言明した。

『手足の一本や二本は構わぬが、生かして聖地へと連れて参れ』と。

綾乃を生かして連れてくるには理由がある。

一つは人質とするため。重悟が極度の親ばかで綾乃を可愛がっている事は周知の事実。

無論、一族の長として切り捨てる事も厭わないだろうが、それでも動きを牽制する事はできる。

二つ目は神凪宗家と言う理由。

風牙衆が崇めた存在を解き放つには、どうしても神凪の直系の力が必要だった。宗家ならば誰でもいいが、あまり何人も攫うのはリスクにしかならないゆえ、様々な利用価値がある綾乃が一番最適だった。

三つ目の理由は炎雷覇の存在。

炎雷覇は綾乃が継承している。しかしもし彼女が死ねばどうなるか。過去の神凪の文献において、継承者が炎雷覇を持ったまま死ぬと、炎雷覇はその直後に神凪に存在する炎雷覇を祭る祭壇へと転移するとあった。

つまり綾乃が死んだ時点で、神凪に強制的に戻ってくる可能性が高かった。

こうなった場合、厳馬か重悟が炎雷覇を持つ事になり、兵衛の目論見が崩れかねない。

だからこそ生かして連れてこいと言明した。

それにいくら術者として心身の修行を積んでいると言っても、所詮は十六歳の小娘。

力を封じ、その精神と肉体を汚し、壊すことはそう難しくは無い。

「綾乃の身柄を確保次第、次の段階に移る。まだ表立って動くな。この場にいる者とその子飼い以外の風牙衆にも隠し通せ」

風牙衆において、兵衛は意思統一を果たしてはいなかった。風牙衆の中でも不満を持っていても現状を受け入れ、強攻策に出たく無い者は多くいた。

洗脳や脅迫と言った手段でこちらの言う事を聞かせても良かったが、そんな者が何の役に立つ。逆に違和感を際立たせ、神凪に気づかれてしまう。

ならば秘密を共有するものを少なくして、情報の漏洩を防いだほうがよほどいい。

信用できる者のみ、兵衛は反乱に加担させた。

それにもし仮に、自分達が失敗した場合の未来も兵衛は考えていた。

彼らとて風牙衆の血を、歴史を、技術を後世に伝える責務がある。今は神凪の奴隷として甘んじていても、彼らには彼らなりの誇りが存在した。

それを受け継ぐ者が必要になる。

万が一、自分達が失敗しても、首謀者とその取り巻きのみの処罰で事なきを得る。神凪とてさすがに反乱を起こしたとは言え、関係ない風牙衆を皆殺しにはすまい。

さすがに今の時代にそんな事をすれば、神凪の名を地に落としかねないし、静観を決め込んでいた様々な方面から色々な問題が噴出する。

それでも今まで以上に風牙衆の風当たりは強くなるだろうが、その時はその時で、第二の自分達のような存在を生み出し、反乱を起こすだろう。

他にも兵衛は最悪の事態も想定して、風牙衆を散り散りに逃がす用意もしている。

(だがワシは絶対に勝ってみせる。見ておれよ、神凪一族。ワシの、我らの怒りを。貴様ら、一人残らず滅ぼしてくれる)

兵衛は復讐の炎を燃え上がらせる。そして息子流也が綾乃を連れてくるのを待つ。

それが復讐の第一歩。

だがこの時の兵衛も予想していなかった。

流也が綾乃を捕捉する前に、自分を捕捉した謎の人物の抹消に向かった事を。

そしてその人物が、色々な意味で彼らの予想を超える人物だった事を。







「ったく、どこまで張り付いてきやがる!?」

大阪の夜の空。この街に住む誰一人として気づく事が無いまま、そこでは空中大決戦が繰り広げられていた。

風の刃と風の刃が交差する。

八神和麻と兵衛の差し向けた風巻流也が激しい攻防を繰り広げていた。

流也は最初は和麻の存在など知りもしなかった。神凪一族を出奔した宗家の嫡男の事など、流也も神凪に深い憎しみを持つ兵衛ですら気にも留めていなかった。

彼が和麻に襲い掛かったのは、ただ流也の姿を捕捉されたから。

死人に口無し。目撃者はすべて殺せ。兵衛に命じられた事を、流也は遂行しているだけに過ぎない。

だが相手は予想外に手ごわい。こちらの風をある時は避け、またある時は受け止める。

幾度も攻撃を繰り返すが、中々に仕留めることができない。

また和麻も和麻で流也の異常な強さに悪態をついていた。

「なんなんだよ、こいつは! 風を狂わせるだけじゃなくて、こっちの風まで防ぎやがる!」

和麻は幾度と無く本気で攻撃しているのだが、攻撃は相殺されるばかりで相手に届きもしない。接近戦をとも考えたが、ノートパソコンを抱えた状態では無理だ。

せめてウィル子が自由に動ければいいのだが、相手が悪すぎる。

風を操るだけじゃなくて、和麻と同等の速度と威力で攻撃を仕掛けてくる。和麻自身、自分を守るだけで手一杯で、ウィル子を守りきる自身が無かった。

もう一人、前衛に使える奴がいれば話は変わるのだが・・・・・・・・・。

(そんな都合のいい奴がいるわけ・・・・・・・)

こんな化け物相手に前衛を張れる術者など早々にいない、と和麻は思いかけたがふと都合のいい存在がいるのを思い出した。

(いるじゃねぇか、そんな都合のいい奴)

前衛を張れて、そこそこ攻撃力があって、反則クラスの武器を持った奴がいるのを和麻は思い出した。

(近くにいてくれよ・・・・・・)

和麻は相手への牽制を忘れずに、それでいて高速で目的の人物を探した。

相手はすぐ見つかった。と言うよりも常時でも大量の炎の精霊を従えていた。

これで見つけられないほうがおかしい。

(よし。手伝ってもらうか)

決定と心の中で呟くと、和麻は全速力でその人物の元へと向かった。





「うーん。おいしいわね」

神凪綾乃は満足げに呟いていた。たこ焼きやお好み焼きなどを食べた後、口直しでおいしいクレープ屋のクレープを、外に設置されたカフェテラスで篠宮由香里と久遠七瀬と共に椅子に座りながら、食べていた。

「さすが由香里の調べたお店ね。どれもおいしかったわ」

「えへへ。そう言って貰えると嬉しいな」

綾乃の言葉に由香里も嬉しそうに言う。

「しかしそろそろいい時間だからホテルに戻らないといけないな」

七瀬は腕時計を見ながら、もう戻らないと補導されるかもと少し冗談っぽく言う。

「あっ、もうそんな時間? じゃあそろそろ戻りましょうか」

綾乃がそう言って席を立った瞬間、ふわりと彼女達は風が吹いたのを感じた。

その直後、グイッと綾乃の制服の襟首が引っ張られた。振り返ると、そこには今の今までいなかった一人の若い男が立っていた。

「えっ!? あ、あんた、誰!?」

「説明してる時間が無い。すげぇ速度で追ってきてるんでな。と言うわけでこいつ借りてくぞ」

狼狽する綾乃に男―――和麻は短く言い放つと、そのまま彼女の襟首を捕まえて風で空に飛翔する。同時に光学迷彩も展開して周囲に気づかれないようにした。

その際に綾乃が「ぐえっ」とあまりにも色気の無い悲鳴を上げていた。

あとに残された綾乃の友人二人は、呆然としたまま、とりあえず警察に連絡しようかと言う以外に何も出来なかった。









あとがき

調子に乗ってチラ裏から移動しました。こっちはとらハ板の合間の息抜きで書きますんで、更新が遅いと思います。まああっちが完結したら、こっちをメインにするかもしれませんが。

原作が原作にならない件。原作では和麻が巻き込まれてましたが、こっちでは巻き込まれついでに綾乃を道ずれ。

いや、まあどの道神凪さんの問題なんですけど。

ちなみに風牙衆が崇めていた存在は原作では神で、アニメでは妖魔でしたがここではアニメ版の設定を使用しています。

ここから和麻&綾乃VS流也が始まります。

あれ、聖痕真ヒロイン(笑)の錬の見せ場が・・・・・・。



[21189] 第三話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:9d53e911
Date: 2010/09/16 00:02


綾乃は現在、和麻に文字通り首根っこをつかまれて空を飛翔していた。
と言っても、正確には襟首を持たれていたのだが、綾乃にとって見ればそんな物は些細な事であった。

「ちょっと! あんた誰よ!? あたしをどうしようって言うのよ!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ綾乃に和麻はハァとため息をつく。その様子にさらに怒りを顕にする綾乃。思わず炎を召喚してこの男を焼き殺そうかと思った。

「炎を使うんだったらやめとけ。お前、この高さから落ちて生き残れる自信があるのか?」

その言葉に綾乃は状況をもう一度思い返す。彼女は今、大阪の空を飛んでいるのだ。
彼女には空を飛ぶ術も、この高さから落下して無事に地上に着地する術も持っていない。

綾乃は炎術師であり、風術師のように空を飛んだり、地術師のように大地の加護に守られているわけではない。
戦闘に特化した炎術師に過ぎず、炎に物理的な役目をさせ、自らを受け止めさせると言うような物理法則をした作用を生み出す事はできない。

いや、高位の炎術師ならそのような物理法則を無視した炎を操れるのだが、生憎と綾乃はまだその領域に辿りつけてはいない。
つまりこの高さでこの男に手を離されれば、それだけで彼女は地面に落下して死ぬ危険性がある。

「って、あんたあたしの事知ってるの?」

炎を使うと言う言葉で綾乃は、男が自分が炎術師であると言う事を知っていると言う事に気がついた。
ただ神凪綾乃と言う人間は色々な意味で有名であり、術者の界隈ではそれなりに名が通っていたりはするのだが。

「・・・・・・・・・俺の顔に見覚えとかないか?」

一瞬、躊躇いがちに綾乃の顔を見ながら和麻は聞くと、彼女はその顔を見て少し考えるそぶりを見せるが・・・・・・・。

「・・・・・・・・覚えが無いわね」

ガクッと和麻は少しだけ肩が落ちる気がした。いや、確かに最後に会ったのは四年も前だし、綾乃は十二歳の子供でしかなかったのだから仕方が無いかもしれない。
それにしても一応、綾乃と同じ神凪一族の宗家で、それなりに面識もあり、四年前に継承の儀で戦った相手を忘れるか。

(違うか。四年前の俺は、所詮その程度の存在だったって事だな)

和麻は思い直す。綾乃が悪いわけではなく、かつての神凪和麻と言う存在は彼女にとって見れば覚える価値の無い存在でしかなかったと言う事。
炎を扱えず、一族から蔑まれていた神凪和麻と言う少年。
綾乃にとって見れば、別段気に留める必要性もない少年だったのだろう。

彼女は和麻と違い、溢れんばかりの才能を持っていた。神凪宗家に恥じない力。他者を魅了するまでの力。だからこそ和麻とは違い畏怖と尊敬の念を向けられた。

宗家の若手の中で和麻は一番年齢が高かった。神凪厳馬の息子と言うこともあり、生まれた当初は次代を担う優秀な術者としてなるだろうと誰もが思っていた。
しかし実際は神凪一族内で唯一炎を扱えない無能者だった。
それ知った一族の落胆や失望は計り知れない。

さらに付け加えるなら、厳馬の息子だったと言う点も和麻にとって見れば不幸だった。
彼の父、神凪厳馬は自他共に認める厳格な男だった。自分にも他人にも厳しい男。
息子に対しても一切の妥協をせず、甘やかしもしなかった。

炎術師として強くある事が何よりも必要と言う考えの下、息子を鍛え、さらには一族内で置いても、他の宗家、分家に対しても強くなるように指導した。
ただ彼自身非情に不器用だったため、他者との亀裂を深め、厳馬に対して敵意を生み出す事にもなっていた。
そのあおりを食らったのが和麻であり、彼は強さを至上とする神凪厳馬の息子でありながら、炎を扱う事もできないと蔑まれた。

もし和麻が神凪一族宗主である重悟の息子であったのなら、彼が神凪和麻であった時に受けた心と身体の傷は半分以下であっただろう。

それはともかく、そんな期待はずれと言われた和麻の後に生まれた綾乃は、神凪一族の名に恥じない才と力を持って生まれ、成長してきた。
周囲から憧れ、切望、尊敬、畏怖など様々な正の感情を向けられる事が多かった綾乃にとって、和麻などまさに取るに足りない存在だった。
炎を使えない従兄妹がいると言う話を彼女は聞いた事があり、何度か会ったり話したりする事もあったが、ただそれだけだった。

当時の綾乃に和麻と言う人間に何の特別な感情も生まれなかった。また当時の和麻も溢れんばかりの才能を持ち、宗主の娘と言う自分とは何もかも違う彼女にコンプレックスを抱き、極力近づかないようにしていた事もあった。

だから綾乃は覚えていない。和麻の顔を、その存在を。
四年前の継承の儀でさえ、あれは戦いとは言えない。一方的なものであり、和麻は何もできずに十二歳の少女の前に無様に膝をついたのだ。
綾乃も和麻の名前を出されれば思い出すかもしれないが、四年ぶりに再会した従兄妹の存在を顔を見た程度で思い出すことは今の綾乃には出来なかった。

「覚えて無いんだったら別にいい。そんな事よりも厄介なのは今の状況だ。おい、ウィル子、こいつに説明してやれ」
『マスターはウィル子に丸投げですか』
「って、誰よ!? それにいきなり!?」

いきなりパッと出現するウィル子の姿に綾乃は驚きの声を上げる。

「マスターの欲望と願望から生み出された電脳アイドル妖精、ウィル子なのですっ♪」

キラッ☆

と手を顔の前に持ってきてポーズを決めるウィル子。
綾乃はそんな発言をするウィル子と和麻を交互に見比べ、和麻をまるで汚物を見るような目で見る。
当の本人である和麻は思いっきり青筋を浮かべている。

「・・・・・・・・・いい度胸じゃねぇか、ウィル子。ああ、そうか。俺が間違っていた。うんうん」

しきりに頷いてみせる和麻にウィル子は、今更ながらに悪乗りしすぎたと後悔したが、すべては後の祭りである。

「ま、マスター・・・・・・。ウィル子は場の空気をよくしようと・・・・・・」
「いやいや。実によくなったぞ」

これ以上無いくらいの笑顔を浮かべ、和麻はウィル子を見る。それがかつて、アルマゲストを殺しまわっていた時に浮かべていた笑みだと言う事を知っているウィル子は、さらに青ざめた。

「で、どう言った死に方がいい?」
「ひぃぃぃ!!!」

笑顔の和麻に、ガクガクブルブルと震えるウィル子。殺される。間違いなく。殺ると言ったら確実に殺すと言う事をすっかり忘却していた。
最近はマスターである和麻も丸くなり、ウィル子に対して態度を軟化させていたが、元々こういう人だったと嘆く。
超愉快型極悪感染ウィルスであるウィル子の悪乗りが、裏目に出た事態であった。
だがそんな漫才もいつまでも続かない。なぜなら敵が彼らに迫っていたんだから。

「・・・・・ちっ!」

和麻は後ろを見ると、即座に周囲に風の刃を形成し敵が放った風の刃を相殺する。
相手は綾乃を拾った和麻の様子を少し警戒していたようだが、彼らに隙ができたと判断して攻撃に移ったようだ。

「ったく! めんどくさいな!」
「きゃっ!」

綾乃を掴みながら、和麻は空中で身体を半回転させ一キロほど離れた相手の方を向く。
数十、数百にも及ぶ風の刃を作り出し、連続で相手に攻撃を仕掛ける。

「えっ!? 何なのよ、一体!?」
「あー、状況を説明しますと、マスターとウィル子は現在謎の敵に追われて逃走中なのですよ」
「それでなんであたしがこんな目に合うのよ!? 何で巻き込まれてるの!?」

和麻が敵の攻撃を受け止めている中、ウィル子は綾乃に説明を行うが説明されている方はなぜそんなのに巻き込まれるのかとご立腹だ。

「それがですね、マスターとウィル子だけだとあれを相手にするのは結構きついので、少しでも楽に勝てるように協力を要請しようと思いまして」
「協力の要請って・・・・・・普通に無理やりじゃないの!?」
「にひひ。まあそうなのですよ。あっ、ちなみに相手に目を付けられた場合、多分逃げられませんので。マスターが頑張っても逃げられないくらいですから、炎術師のあなたでは絶対に無理です」

ニッコリといい笑顔で言い放つウィル子に、ヒクヒクと綾乃はさらに顔を引きつらせる。

「と言うわけで、死にたく無かったらマスターとウィル子に協力するのですよ。協力しないのであれば、今すぐにマスターに頼んで手を離してもらいますので」

とびっきりの営業スマイルをするウィル子に綾乃の堪忍袋の緒が切れた。元々頭に血が上りやすく、よく言えば真っ直ぐ、悪く言えば単純で猪突猛進の娘である。
こんな挑発に耐えられる程、人間ができていない。

「上等じゃない! あんたら今すぐここで燃やしてあげるわ!」

パンと両手でかしわ手を打ち、自らの中にある神剣・炎雷覇を召喚する。
緋色に輝く絶対の刃が二人に襲い掛かろうとするが・・・・・・・・。

「へっ?」

不意に綾乃の身体が下に向けて落下し始めた。何が起こったのか、綾乃は一瞬では気がつかなかったが、良く見れば自分の襟首をつかんでいた和麻の手がいつの間にか離されていた。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

重力に従い真っ逆さまに落ちる綾乃。和麻は炎雷覇を取り出した瞬間、攻撃されると面倒なので綾乃から手を離したのだ。

「あーあ。マスターも非道ですね。あっさり手を離すなんて」
「ここで暴れられても面倒だろ?」

上の方では落ち着いた会話が繰り広げられている。対照的に綾乃は叫び声を上げながら、自由落下。地表まではまだ距離があるが、あと数十秒もしないうちに地面に激突してしまうだろう。

綾乃はパニックに陥る。さすがに彼女もこんな状況になった事は無い。空から落ちるなんて経験、退魔などの非常識に関わっている彼女としても一度も無いし、想像した事も無いだろう。炎雷覇を手にしたまま、叫び声を上げて落ちていくしかできない。

「ん? 相手の攻撃が止まったな」
「あっ、そうなのですか。では、この隙に攻撃しますか?」
「もうしてる。しかしさっきと違って、少し攻撃が当たったな。つうか、あいつ綾乃に意識を向けてやがるのか?」

和麻は敵が動きを止めただけではなく、攻撃の手を緩めたのに便乗して苛烈な攻撃を仕掛ける。
何故か相手は一瞬の隙ができたのか、和麻の風の刃を幾つかその身に受ける。無論、それ以降は完全に防御されたが、今まで一度も攻撃が通らなかったのに比べればかなりのいい状況だ。

「っと。そろそろ不味いな。綾乃を回収するか」

和麻は綾乃の落下速度を考えると、そろそろ助けないと不味いと判断し、風で綾乃を包み込み落下速度を緩める。
彼とて綾乃を殺す気は毛頭無かった。綾乃は和麻にとって少し特別な位置にいる。

別に綾乃のことが好きだとか大切だとかではない。彼女は現宗主・神凪重悟の娘である。
和麻は重悟には色々と世話になった。神凪一族にいた頃の数少ない理解者であり、擁護してくれた人物であった。その恩は今も忘れていない。
今の彼では想像もできないが、和麻とて恩を恩と感じる心はある。

彼は基本ひねくれ者である。
彼がまだ神凪和麻だった頃、一族から苛まれ続けていた。それが彼の人格形成に大きな影響をもたらした。その後も恋人を理不尽に殺されたり、その相手に復讐するために修羅に身を堕としていたために、他者をどうでもいいと思うようになっていた。

だが一度でもその心の内に入り込めば、彼はそれを絶対に手放したくない。失いたくないと思う極端な精神構造を形成していた。
ゆえにここでも恩がある重悟を悲しませる真似をしたくないと思っていた。重悟は綾乃を溺愛している。それこそ理由もなく小さな傷一つでもつけようものなら、烈火のごとく怒り狂うだろう。
怒らせたくないのもあるが、悲しませたくないと思うがゆえに、和麻は綾乃を死なせるような真似をしない。
風が包み込んだ綾乃の傍まで和麻は移動する。

「無事か?」
「あ、あんた・・・・・・・」

恨めしそうに和麻を睨む綾乃。その目元には大量の涙が見て止める。どうやら本気で怖かったようだ。
人間、今まで一度も経験した事の無い、体験した事も無い未知の状況に陥るとパニックになる。
人間にとって見れば、未知と言うのが何よりも恐ろしいのだ。

如何に炎術師として優れていても、綾乃もまだまだ十六歳の小娘でしかない。涙を浮かべる程度は可愛いものかもしれない。
和麻は綾乃を回収した後、そのまま地表へと降りる。もう鬼ごっこをするつもりは無かった。

降りた場所は大阪湾に面した工場が立ち並ぶ一画。夜のできるだけ人がいない場所を選んだ。
本当なら山奥にでも行けばいいかもしれなかったが、綾乃を回収した後手近な場所がここしかなかった。
しかし和麻はここを選んだのには他にも理由があったのだが、今はあえて問題にしない。

「炎を出したら落とすって言っただろ?」
「言って無いわよ! そもそもあんた達が悪いんでしょ!?」
「そうだったか? いやー、覚えてないな」
「そうですね~。ウィル子も記憶に無いのですよー」
(こ、こいつら・・・・・・!)

互いに顔を見合わせ嘯く和麻とウィル子に、綾乃は本気で殺意を覚えた。
本当に燃やしてやろうと心に決めて、炎雷覇を握る手に力が篭る。

「おいおい、相手を間違えるなよ。相手はあっち」

ピッと和麻は指を指す。綾乃はゆっくりと視線を指の指す方に向ける。

そして・・・・・・

「えっ?」

ゾクリと身体が震えた。何だ、あれは? 視線の先の夜の闇の中に浮かぶ、闇よりさらに黒く禍々しい何か。闇の中ではっきりとそれを視認する事はできなかった。
見れば人のような輪郭が見えるが、綾乃はそれを人間と言い切ることができなかった。

あれは、あれは断じて人間なんかじゃない。

「なに、よ、あれ?」
「さあな。俺もそれは聞きたいところだが、まともに聞いて答えてくれないだろうからな」

相手から殺気がほとばしる。妖気が、妖気に狂わされた風の気配が、和麻達を飲み込んでいく。
常人なら耐え切れず、間違いなく狂ってしまうだろう。
現に訓練をつみ、退魔を幾度と無くこなしてきた綾乃でさえ、その妖気にガタガタと無意識に身体が震えていた。

ウィル子はまだ耐えられた。
もしウィル子が和麻に出会っていなければ、あるいは出会っても、その間に成長していなければ、この妖気を浴びた瞬間に致命的なダメージを受けたり、その妖気で中毒を起こしていただろう。
しかし成長した今ではこれだけの妖気にも耐えられる。それどころか、相手の魔力の一部を自らの中に取り込んでさえいる。
と言っても、取り込んでいるのはごくごく僅かなものである。下手をすれば即座に彼女の許容量を越えてしまう。

和麻も同じだ。経験上、こんな敵とも相対している上に、彼自身が強者と言う高みにいるために耐え切れていた。

(なんなのよ、あれ・・・・・・)

だがこの中で唯一綾乃だけは違った。
彼女はこんな相手、今まで一度も相対したことなどなかった。手ごわい相手と戦った事もある。苦戦した事も何度もある。
しかし綾乃は未だに命を失いかけて尚、勝利を収めるような死闘を演じた事は一度も無かった。自分よりも遥か格上と戦った経験など、一度も無いのだ。
目の前にいる相手は圧倒的格上だ。それくらい綾乃でもわかる。綾乃とてまだまだ未熟であり何とかギリギリ一流の術者と言う力量だが、相手の実力が解からないほどの弱者でもない。

理解したからこそ、彼女は震える。人間のほとんど退化してしまっているはずの本能までが訴えかける。逃げろと。あれには勝てないと。
炎雷覇を握る手にはさらに力が篭るが、心の奥底ではすでに心が折れかけていた。
だがそんな折、ポンと綾乃の頭に手が置かれた。

「おいおい、ビビるなっての」

見れば横にはどこまでも軽薄そうな男の顔があった。

「ったく。炎雷覇の継承者だろ、お前? 腰が引けてるぞ」

パンッと思いっきり綾乃の尻を和麻は叩いた。羞恥と怒りで綾乃は顔を真っ赤にする。

「な、何すんのよ!」
「ん? 何って、ビビってた奴の緊張をほぐしてやろうと。ああ、それとも尻を叩かれるより揉まれた方が良かったか?」
「この変態!!」

綾乃は思いっきり炎雷覇を和麻目掛けて振り下ろすが、和麻はヒョイッと綾乃の一撃を軽く避ける。

「避けるな!」
「いや、避けないと死ぬだろ?」
「死ね! 死んでしまえ! この変態、馬鹿、スケベ!」

ブンブンと炎雷覇を振り回すが、和麻はわははと笑いながら綾乃の攻撃を避け続ける。

「あの~、そろそろその辺にしないと、向こうが攻撃してくると思うのですが」

漫才を続ける二人にウィル子がおずおずと言う。

「おおっ、そう言えば待たせてたな」
「っ! あとで覚えてなさい・・・・・・」

今思い出したとでも言いたげな和麻と怒りの収まらない表情の綾乃が、再び敵に視線を向ける。
無論、血が頭に上っていた綾乃と違い和麻はしっかりと敵にも注意を向けていたし、ウィル子も万が一の際はマスターを守るべく準備はしていたのだが。

(しっかり攻撃してこなかったのは不気味だな。隙は見せてなかったが、あいつの風なら俺と綾乃ごと攻撃できそうなものだが)

和麻の風に匹敵、もしくはそれ以上の力を有する風を操る謎の敵ならばあのタイミングで攻撃してこないのはおかしい。

(綾乃がいたから? さっきも綾乃が落ちたときに動きを止めたみたいだが・・・・・)

手持ちの情報をまとめるがあまり予想は纏まらない。楽観視は危険だし、明確な思考能力があるかも分からない相手に理由を期待するのも無駄かもしれない。

「とにかくお前も巻き込まれたからにはしっかりやれ」
「巻き込んどいてよく言うわね、あんた・・・・・・」
「俺も被害者だ。いきなり襲われたんだからな。それよりもいけるか?」

確認を取る。綾乃はさっきはまるで使い物にならなさそうだったが、今は緊張や恐怖が薄れたのか少しはマシな雰囲気だ。

「・・・・・・・行けるわよ。炎雷覇継承者の力、見せてあげるわ」
「結構。即席の連携はあんまり望めないから、お前はいつもどおりに動いて相手を燃やせ。ちなみに遠距離から狙おうとするな。あのクラスだ。接近して炎雷覇を突き立てろ。それ以外に致命傷を与えられると思うな」

すぅっと和麻の目が細まる。先ほどの飄々とした雰囲気が消えていく。彼の纏う空気がピリピリとしたものへと変わっていく。

「って、マスターが本気モード!?」
「さすがにあいつ相手じゃ本気で行かないと不味いからな。お前は援護しろ、ウィル子。俺もこいつと前に出る。フォローはしてやるが、自分の身は自分で守れ。二人がかりなら、後衛に攻撃を向ける余裕は生まれないと思うが・・・・・」

それも綾乃次第である。綾乃が思った以上に動けない場合、ウィル子にさらに気を向けなければならない。

「お前次第だ、綾乃。お前がきっちり役割こなせたら、俺もこいつも余裕が生まれるし、お前をフォローできる」
「巻き込んどいて注文が多いわよ」
「さっきビビッてた奴が何言ってんだか」

ハァッとため息をつく和麻に、綾乃はまたプチプチと青筋を浮かべて怒りを増す。

「その怒りは俺じゃなくてあいつにぶつけろよ」
「・・・・・・・・・わかってるわよ」

と口では言うものの、後で絶対ぶん殴ると綾乃は心の中で思った。
だが今は目の前の敵に集中する。巻き込まれたからと言って、目の前の相手を放置しておくわけにも行かない。

精霊魔術師とは世界の歪みを消し去る者である。目の前の相手は世界を歪める存在。
精霊の力を借り受ける術者として、この場で倒さなければならない。
一度空気を大きく吸い込み深呼吸をする。意識を切り替え、ただ精霊に願う。
力を貸してと。

「・・・・・・・・・行くわよ」

何故かいつに無く落ち着いていた。さっきまであんなに震えていたのに、今は嘘みたいに平常心で望める。目の前の化け物も怖くなくなっていた。
ただ前を見る。そして精霊を呼び、炎を喚ぶ。
彼女の意思に反応し、膨大な数の精霊が彼女の下に集う。精霊は炎雷覇と言う増幅器により、さらに力を増す。
絶対的な力を宿した神剣を持ち、綾乃は敵へと切りかかる。

「やあぁぁぁっ!」

気合と共に炎雷覇を振るう。
敵―――流也は両手の爪を一瞬で三十cmほど伸ばし、炎雷覇を受け止める。漆黒に染まった爪を交差させ、炎雷覇の一撃を受け止める。

「くっ!」

まさか炎雷覇の一撃が受け止められるとは思っても見なかった。目と目が合う。飲み込まれそうになる深い闇を宿した瞳。
身体が再び震えだしたのがわかる。炎雷覇を握る両腕も小刻みに震えている。
しかしまた次の瞬間、パンといい音が響いた。さらに綾乃の顔が赤に染まる。
またしても和麻が綾乃の尻を叩いたのだ。

「あ、あんた!」
「ボケッとするな!」

叱咤と共に和麻が綾乃のすぐ脇を通過し、流也の背後に滑り込む。風を纏った高速移動。
拳を握りその上に風を纏う。綾乃が先ほど召喚した数の精霊を上回る量を集め、風術でありながら圧倒的なまでの破壊力を有した攻撃。
<大気の拳(エーテルフィスト)>。
ヘビー級ボクサーの渾身の一撃を遥かに上回る威力を誇る。連撃。背後に周り炎雷覇を受け止め防御ができない今のタイミングを狙い叩き込む。

「っらあああああああぁっ!」

気合と共に幾度と無く背中に叩き込む。流也の身体が少しだけ浮き上がる。

「綾乃!」
「っ!」

思わず集中力を切らしていたが、和麻の声で綾乃は我に返る。目的は変わらない。炎を喚び、炎雷覇に炎を纏わせる。

「はぁぁぁぁぁっっ!!!」

爪で防がれているが、そんなもの関係ないとばかりに力を込める。膨大な熱量が流也の爪を溶かしていく。
それだけではない。綾乃の炎は魔に対して大きなアドバンテージを有していた。

神凪一族が最強たる所以は単純に炎術師として優秀なだけではない。
彼らが最強との呼び声が高いのは、その炎に宿した浄化の力であった。
神凪一族の始祖は炎の精霊達の王である精霊王と契約したと言われている。その契約により、彼らの血には特殊な力が宿り受け継がれていく事になる。
魔を、不浄を焼き清める破邪の力。『黄金(きん)』と呼ばれる最上位の浄化の炎こそが、神凪一族の最強の証である。

ただし現在では『黄金』は神凪宗家にしか現れていない。
かつては分家にも『黄金』を持つものもいたのだが、血に宿る能力ゆえか血が薄れていくに連れ能力は低下していき、分家が『黄金』を失って久しくなっていた。
それでも未だに神凪宗家にはこの力を有しており、これにより妖魔邪霊に対して絶対的な優位性に立つことができていた。

もちろん、力に差があればあるほど、いくら優位性があったとしても効果が薄い場合はある。
実際、綾乃自身の浄化の炎だけでは流也の風を、妖気を纏った爪を浄化する事はできなかっただろう。

しかし彼女にはそれをさらに覆す武器があった。増幅器にしてあらゆる魔を討ち滅ぼす最強の神剣・炎雷覇。
継承者となり早四年。そのすべての力を引き出してはいないものの、彼女がただ純粋に願い、明確な意思を示せばその力は高まっていく。
もし綾乃に迷いがあれば、心のどこかで勝てないと思ってしまっていたら、頭の片隅で燃やせないと感じていたら、流也の爪を燃やし、浄化する事はできなかっただろう。

だが今の綾乃はただ相手を燃やす事しか考えていない。
相手に怒りをぶつける事しか考えていない。
原因は言うまでも無く和麻である。和麻とのやり取りが、和麻の綾乃への態度が、和麻の綾乃へのセクハラのような行動が、彼女の怒りに火をつけた。

(二度も人のお尻を叩いて・・・・・・・・。あとで絶対に燃やしてやる!)

勝手に自分を巻き込み、好き勝手ほざいて、セクハラまでした和麻に綾乃は本気で怒っていた。
あの男に一撃を加えるためにも、目の前のこいつが邪魔だ。

幸か不幸か、綾乃は現在一流の炎術師に必要な要素を満たしていた。
炎の性は『烈火』。激甚な赫怒こそが炎の精霊と同調する鍵。冷静なだけの、温和なだけの人間に、炎の精霊達はその力の全てを委ねはしない。
激しい怒りとそれを制御する自制心を持つものだけが、一流の炎術師になれるのだ。

「どりゃぁぁぁっっ!!!」

綾乃は怒りに任せて炎雷覇を振りぬき、一刀の下に流也を切り裂いた。



あとがき
遅くなって申し訳ない。何とか続きを書けました。
原作の雰囲気を出すように頑張ってみたんですが、どうでしょうかね。
本当にあの二人のコンビが好きだっただけに、続きが読めなくて寂しいです。
あと私はマスラヲのヒデオとウィル子のペアも大好きですよ。
あの作品は本当に心を熱くさせられました。最終巻では涙が出かけました。
本当に林トモアキ先生って凄いですよね。
それと文章はこう言った表示の仕方の方が読みやすいですかね? それとももう少し変えたほうがいいですかね。

あと感想での質問の答えですが、和麻は浄化の風を使えます。
ただ綾乃を巻き込んだのは、あんまり目立ちたくないし使いたくないからです。
それとマスラヲからは今の所、他のキャラを出す予定は無いです。
出したいのは山々なのですが、出すとキャラを動かしきれないと思うので。






[21189] 第四話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:9d53e911
Date: 2010/09/26 12:08
綾乃の炎雷覇による一撃は流也の身体を切り裂き、切り口を燃やしていく。

(やった!)
綾乃は内心で勝利を確信した。今の一撃は、今までに無いほどに手ごたえを感じた。炎雷覇に全力を乗せた、人生でも最高の一撃と言えるほどの出来栄えだ。
相手の身体はかろうじてつながっているが、もうほとんど、右肩から左の腰付近まで切り裂かれている。

さらに炎雷覇での攻撃だけに、その切り口には膨大な炎が纏わり付き、一変の破片さえも残さないまでに焼き尽くす。
これで勝利を掴める筈だった。

しかし・・・・・・・・。

「っ!」

異変に真っ先に気がついたのは和麻だった。
綾乃の攻撃は和麻から見ても文句が無いほどの一撃だった。躊躇いも迷いも恐れも無い、ただ純粋な攻撃の意思を、相手を焼き尽くす意思を込めた全力の一撃。
一流の術者たる条件は呪力でも知識でも技術でもない。何者にも負けぬ、屈せぬ、強靭な意志である。今の綾乃は超一流の術者にも引けを取らない。

その綾乃の攻撃の直撃を受けたにも関わらず、相手の妖気はあまり衰えていない。
むしろ、どこか強大になっている。

「離れろ、綾乃!」

思わず叫ぶと同時に和麻は動く。風を纏い、全速力で綾乃の服の襟首を掴み相手との距離を取る。

「ちょっと! あんたまた!」

綾乃は抗議の声を上げるが、その際に和麻の顔に一筋の汗がこぼれているのを見た。

「おいおい。あれ喰らってもまだ消滅しないのかよ」
「嘘・・・・・・・」

ボコボコと黒い塊が傷口から湧き上がっていく。さらにそれにあわせるかのように妖気が煙のように噴出していく。漆黒の霧のように、周囲を黒く染め上げていく。

くくくくく・・・・・・・。

不気味な声が木霊する。数万度の炎に身体を焼かれていても、相手は不気味に笑い続ける。
炎が妖気に喰われていく。浄化の炎をものともせず、流也は身体を変貌させていく。

黒く、黒く染まっていく。闇が流也に取り付き、さらに姿を変えていく。
膨張していく流也の体。それは黒いどろどろした液体のような何かが纏わりついた、五メートルを超える泥人形のような姿に変貌した。

「巨大化って言うのはテンプレだけど、あれはどうよ?」
「ウィル子に聞かれても困るのですよ。で、マスター、どうしますか?」
「あんたら、落ち着きすぎでしょ!? それにあれ喰らって死なないなんて・・・・・・」

のほほんと会話を続ける和麻とウィル子に、綾乃は思わず声を上げた。

「いや、俺としても驚きだけどな。正直、予想外だ」

和麻としても本当に予想外だった。綾乃の一撃が決まった時点で、和麻としては倒せないまでもそれなりのダメージを与えられるだろうと踏んでいた。

実際、綾乃の攻撃は和麻が想像していた通りの威力を発揮してくれた。
あとは通常攻撃、もしくはあまり使いたくは無かったが、切り札の一つである浄化の風を使って余裕を持って殲滅するつもりだった。

しかし実際は対してダメージを与えるどころか、相手を暴走させる結果になってしまった。

オオオオオオォォォォォォォォ!!!!!

怨嗟の声が木霊する。聞く者を震え上がらせ、飲み込み、支配するような悪魔の呼び声。
ビリビリと空気を振るわせる、流也の叫び声。

「怒ってる?」
「まああれだけやられたら怒るだろう。けどそれにしてもこれは無いわ」

巨大な泥の塊がのそのそと動き出す。

「もう一回炎雷覇を叩き込むわ。あれだけの大きさだから動きは鈍いはず・・・・・」

綾乃が敵の動きが鈍いと感じ、もう一度炎雷覇を構えなおす。
直後、風が吹く。同時に泥の塊が動いた。それはその巨体からは想像もできないくらいに早かった。流也は真っ直ぐに和麻達に迫り、その巨大な拳を振り下ろす。

「早い!?」

綾乃が驚きの声を上げるが、その前に和麻はまた綾乃の襟首を掴んで高速で移動。ドンと地面に叩きつけられる流也の拳をじっと見ている。
地面は直径数メートルの範囲でひびが走り、地面が陥没する。

「おいおい。いつの間にパワーキャラになったんだ?」
「あんな巨体なのになんて速さなのよ」
「速さ自体は前に比べて落ちてるから問題じゃないが、まあ脅威だよな」
「あんたなんでそんなに落ち着いてるのよ」

綾乃はこんな状況なのに、嫌に落ち着いていた。普通なら、こんな今までに無かった状況に直面したなら、パニックになりそうなのに横の男がどこまでも落ち着いているためか、自分ひとりだけ喚き散らすのが馬鹿みたいに思えてしまった。

「喚いたところで状況は良くならないからな。で、ウィル子、準備はできたか?」
「はいなのですよ♪」

返事と共に彼女の周辺にいくつものノイズが走る。
ウィル子の周囲に突如としていくつもの筒が出現する。それはウィル子が作り上げた武器。
百五十ミリタングステン砲弾を初速七キロ毎秒で打ち出すレールガン。その砲身と発射システム。さらに弾丸はオリハルコン製。数は十三!

それはウィル子の能力。

01分解能。電子と霊子を司る精霊のウィル子。彼女のみに許された能力。
コンピュータの世界では使われている二進数で現実世界も素粒子が有か無の演算処理で理解し、あらゆる物質を分解、再構築できる。
無から有を生み出す能力であるが、もちろんそれに伴いエネルギーも必要となってくる。

そこは自然界に存在する霊子や和麻の霊力をはじめとする力、または和麻と契約している膨大な風の精霊達から少しずつ力をもらっている。

風の精霊は和麻に力を貸す。そして和麻と契約しているウィル子にも、彼らは少しずつ、その力を貸し与える。

これは本来なら、ありえない奇跡なのだ。

もしウィル子が精霊達から強制的に力を奪うような真似をしたのなら、精霊達は彼女を敵とみなしただろう。
また精霊を友とする精霊魔術師たる和麻も、彼らを守るべくその存在の抹消を行っただろう。

しかしウィル子は和麻達、精霊魔術師と同じように彼らに助力を請い、その力を分け与えてもらう。

個々の精霊から借り受ける力は微々足るものだが、和麻に力を貸し与える精霊の数は人類史上でも類を見ないほどに多い。

ウィル子は和麻と言う最高の契約者の下、その能力を進化させ、そして力を得た。
風の精霊と言う世界を司る四大の一つの分類に、彼女はその存在を認められたのだ。

彼女は精霊の力ではなく、精霊の存在の力を少しずつ借り受け、その能力を行使する。
和麻からも力を借り受け、精霊達からもその力を借り受ける。
行使できる能力も跳ね上がり、作り出せる物も劇的に広がった。今はこれ程の物を作り上げられる。

「って、何なの、それ!? それにどこから!?」
「にひひひ、企業秘密なのですよ。ではマスター、足止めをお願いします」
「んー」

気の無い返事をすると、和麻が流也に手を向ける。同時に膨大な量の風の精霊が集い、風が流也を拘束する。風の束縛。

流也の身体が巨体になりパワーが増しているため、これも数秒も持たないだろう。
それでも多少の足止めはできる。和麻一人なら決定打に欠けていたが、今は綾乃とウィル子がいるので、和麻も決定打を与える余力をあまり考えずにいられるから、このような足止めにも力を使いやすい。
速度は先ほどよりは遅くはなったが、それでもまだ早い。
しかし巨体になった分、的が大きくなった。これはこちらにとって圧倒的有利。

「撃つのですよ。ファイエル!」

一斉掃射! さらに弾丸には和麻が力を込めている。
神凪にのみ許された力。彼が手に入れた力。浄化の力。弾丸に浄化の力を付加した一撃。
威力、能力共に申し分ない。
その巨体に十三の穴が出現する。

オオオオオオオォォォォォォォ!!!!

咆哮がさらに高まる。しかしそう何度も浄化の力を受けて無事でいられるはずが無い。
それに和麻の風の浄化の能力は綾乃よりもさらに高く、完成されている。つまり無駄が無い。弾丸が貫通した周辺は浄化の力で再生する事もできない。

「な、何て威力なの・・・・・・」

あまりの威力に綾乃も思わず驚く。ただ綾乃には威力の高い攻撃にしか見えていない。浄化の力が和麻にあるなど知る良しも無いし、周囲に渦巻く風が浄化の力を纏って、蒼く染まっているわけでも無い。
ゆえに綾乃はただ純粋に、ウィル子のレールガンの威力に驚愕したのだ。

「炎のような圧倒的破壊力はなくとも、ただの炎には無い貫通力とそれに伴う攻撃力があります。ウィル子とマスターがそろえば、このくらいお茶の子さいさいなのですよ。にひひひ、にほほほほほ、にほははははは!!!!」

勝ち誇ったような笑い声を上げるウィル子に綾乃はげんなりした顔をする。

「おい。まだ終わって無いぞ。あいつを見ろ」

言われて綾乃とウィル子は、うめき負声を上がる流也を見る。

「あれでまだ死なないですか・・・・・・」
「あれで倒せるなら、あたしがとっくに燃やしてるわよ」

と、お互いににらみ合いながらムムムと言っている。

「とにかく最後の仕上げと行くか。つうわけで行け」
「はぁっ!?」

綾乃は和麻に指を指され、すっとんきょな声を上げる。

「はぁっ、じゃねぇよ。炎雷覇なんて便利なもん持ってるんだ。お前の役目だ」
「あんたは・・・・・・」
「ほれ、とっとといけ。今決めないと、また面倒な事になるぞ」

殺気を多分に含んだ視線を和麻に向ける綾乃。だが和麻はその視線に何も感じないのか、未だに表情を崩さない。
一般人や神凪の分家が今の彼女を見たら、ジャンピング土下座でもしそうなのだが。
しかし彼女も今やるべき事はきちんと理解している。

「本当にあとで覚えてなさい!」

炎雷覇に炎を集めて、綾乃は思いっきり動きが鈍くなった流也へと突撃する。刀身から黄金の炎が吹き上がり、周囲を染めていく。

「やぁぁぁっ!」

気合一閃。炎が流也を一刀両断にし、切断面から彼を燃やし尽くす。通常攻撃と和麻の浄化の風により多大なダメージを受けていた流也には、今の綾乃の攻撃を防ぐ術はなかった。
燃え上がる流也。浄化の炎に焼かれ、その身体を消滅させていく。

断末魔の声が闇に響く。

あとには何も残らない。肉片も、妖気も、一変たりとも。
ここにかつて風巻流也と呼ばれ、妖魔と成り下がった人間は消え去った。
正史とは違い、和麻と綾乃とウィル子により、その力を十分に発揮せぬままに・・・・・・・・。

残滓が消えうせた事を確認した綾乃は、よしとガッツポーズをする。
思った以上に今日は力を使う事ができた。明らかに自分より格上の相手に、あの男の協力があったとは言え勝つことができた。

(それにしてもあいつは・・・・・・・・)

綾乃は自分を巻き込んだ男の事を考える。
風を扱い、周囲に風の精霊を集めていた事からも風術師であると言う事は解かる。

しかし彼女の知る風術師よりも何倍も強い。

綾乃の知る身近な風術師は神凪の下部組織の風牙衆の術者である。彼らは情報収集能力こそ高いものの単純な戦闘力はほとんど無い。
戦いは神凪の仕事であり、彼らが手伝うと言っても牽制や、炎を煽りその攻撃力を高める程度である。

だがあの男は独力で相手を拘束し、敵の鋭い攻撃を防いでいた。この事からも高い能力を持っていると思われる。
しかし綾乃は和麻が自分よりも強いとは思ってはいなかった。凄まじい破壊力の攻撃も所詮はウィル子が生み出した武器によるもの。
和麻自身の力は炎雷覇を持った自分には届かない。そう誤認しても仕方が無い。

尤も、炎雷覇と言う反則級の神器を持っている時点で、綾乃は十分に卑怯と言われても仕方が無い。
ただ、実際のところ和麻は炎雷覇を持った綾乃の十倍は強いのだが。

(とにかくあいつをぶん殴る!)

今までの借りと怒りを上乗せして一発殴る。否、セクハラまでされたのだ。一発では済まさない。絶対にボコボコにしてやる! と決意を決めて振り返る。

「あれ?」

だが振り返った先には誰もいなかった。和麻も、ウィル子もあの武器も。

「って、あれ? あいつどこに?」

その時、ヒラヒラと一枚の紙が綾乃の前に落ちてきた。薄暗くはっきりとは見えないが、何か書いてあるようだった。
綾乃はそれを手に取り、炎を生み出して明かり代わりにして書かれている文字を読み・・・・ぐしゃりと読み終わった後、手紙を怒りのまま潰した。
ワナワナと振るえ、綾乃は感情のままに叫んだ。

「ふざけんなぁぁぁぁっっっ!」

紙にはこう書かれていた。

『お疲れ様。じゃあそう言う事で』

感謝も何も無いシンプルな文面。ご丁寧に一万円札が貼り付けられていたところを見ると、これで帰れと言う事だろうか。
だがそんなもので綾乃の怒りが収まるはずが無い。

「覚えてなさい! 今度会ったら、絶対に燃やしてやるんだからぁぁぁぁっっ!」

夜の闇に叫び声を上げる綾乃。和麻への罵詈雑言はしばらく続き、その不審な行動から、見回りの警備員が彼女を発見して、警察に連絡され、綾乃がそのお世話になるのは、もう少し後の話である。
それにより、綾乃が和麻にさらに怒りを覚えるのはいたし方が無いことであった。



「はぁ・・・・・・・。酷い目に会ったな」

和麻とウィル子は綾乃を置き去りにして、とっとと自分達だけで姿をくらましていた。
これ以上の面倒ごとは嫌だったのと、下手に綾乃に追及され自分達の事が神凪に伝わるのを避けたかったのだ。
綾乃も忘れているようだし、自分の事が神凪に伝わる事は無いと思う。と言うか思いたい。

「いや、それは無理なんじゃ。そもそも綾乃を巻き込んだ時点で、マスターの事が神凪に伝わるフラグだとウィル子は思うのですよ」
「やめろよ、そんな嫌な未来像。あいつは忘れてるみたいだったし、四年前に出奔した男が風術師になって戻ってきたとは思わないだろ」
「いえいえ。仮に神凪の写真とかが残ってたら可能性はあるのでは?」
「写真。写真か・・・・・・・。ヤバイ、あるような気がしないでもない」

あまり写真を撮った記憶は無いが、一枚や二枚は残ってそうな気がする。

「けど普通の一般家庭よりは少ないんだよな」

はっきり言って、小学生くらいまでは学校でそれなりに遠足とか運動会の行事で取った気がする。ただし両親がではなく、先生とか付き添いのカメラマンとかがである。
おそらく実の親はどちらも自分の写真を一枚も持っていないだろう。
中学から高校にかけてからは一日のオフすらありえない状況であり、遠足や修学旅行も満足に行けなかった。

あの親は本当に子供の成長教育をどう考えていたのだろうか。不意に自分を鍛え上げようとした男の顔が思い浮かんだ。
厳つい、愛想の欠片も無い、鉄仮面のような男の顔が。
なんか思い出しただけでも腹が立つ。

「ああ、なんかだんだん腹立ってきた」
「ま、マスターからどす黒いオーラが」

アルマゲストを殺しまわっていた時ほどではないが、それに近いどす黒いオーラが和麻から放たれ、ウィル子は思わず恐怖した。

「つうか、俺が高校入ってから神凪で写真なんて撮ったことあったかな。無いような気がしてきた」
「いや、どんな学生生活を送ってのですか、マスター」
「聞きたいか? あんまり面白くも無い、単調でつまらない、今にして思えばほとんど無駄だったような生活だが」
「いえ、止めておくのですよ。話を聞いてると気がめいりそうなので」
「そうしろ。たぶん話してたら俺もムカついてくるだろうから」

和麻の言葉にウィル子はマスターの不憫さに些かの同情を行う。和麻も和麻であまりにも面白くない話しなので、言いたくないらしい。

「とにかく写真が残ってる可能性は少ないし、あったとしてもそんなにすぐ目につくところには無いぞ」

一応、宗主が一族や風牙衆の人間のある程度の個人情報を記載した物はあるし、そこには確か顔写真も載っているが、そうそう綾乃が見る事も無い。
それにどんな顔だったと外見的特長を言っても、即座にそれが神凪和麻に結びつく事はないだろうし、どこかの流れの風術師と思う程度だ。
ここ一年、和麻の顔はどこにも出回っていないのだから。

「それにまさか俺の親が後生大事に、部屋の片隅に飾ってるなんてのは、天地がひっくり返ってもありえない。断言できる」

思い出すのは四年前の別れ際。

父には勘当を言い渡され、何とか和麻が手を伸ばし、すがり付こうとしてもその手を払いのけ、あまつさえ和麻を振り払い壁に叩きつけられたほどだった。
どれだけ叫んでも、その声が聞き入れられる事はなかった。どれだけ手を伸ばそうとも、その手を取ってくれる事はなかった。

母には永遠の拒絶を言い渡された。手切れ金として一千万円の入ったクレジットカードを渡され、炎術師の才能さえあれば愛する事ができ、誇りに思っただろうと言い放たれた。
何を言っているのか、最初は理解できなかったが母は和麻が無能として勘当された事を当然のごとく受け入れ、そんな息子は要らないと躊躇いもせずあっさりと切り捨てたのだ。

「ああ、実に酷い親だったな。いや、もう勘当されてるんだから親じゃないか」

きっぱりと言い放つ和麻にウィル子は、マスターの親は物凄く酷い親だったのだなと思った。まあマスターがここまで言うのならそうなのだろうと納得しつつ、この話を続けると精神衛生上悪いと判断し、ウィル子はさっさと次の話題に切り替える。

「ところで、これからどうするのですか? ホテルに戻って一休みして、日本を発ちますか?」
「・・・・・・・・そうしようかと思ってたんだけどな。さっきのあいつがどうにも気になる」

さっきのあいつとは言うまでも無く流也の事である。和麻はあの顔にどこか見覚えが合った気がした。

「どこで見たのか。たぶん日本でだと思うから神凪時代か。とすると、これは神凪がらみか?」

顎に手を当てて和麻は考える。まさか本当に神凪がらみだった場合、どうしてくれようか。

「お前のほうはどうだ? お前の事だ、もう調べ始めてるんだろ?」
「はいなのですよ。Will.Co21は検索中です。ウィル子が見た人相を色々と加工処理して、人間のものに置き換えて、現在日本国内を中心に探ってます」

ウィル子の答えに満足する和麻。ウィル子の能力を使えば、短時間に索敵が可能だ。ある程度の目星が付けば、そこからはさらに早い。
それに和麻の風術師としての索敵能力も優秀を通り越して異常だ。この二人なら驚くほど短時間にあの男の身元を割り出せる。

「一応現在は広範囲で調べていますし、国内の情報屋の方にも資料と金をばら撒いて調べさせてはいますけど」
「・・・・・・・・・ウィル子。お前は検索範囲を神凪一族の風牙衆に絞れ。他はその辺の情報屋に任せておけ」
「神凪一族の風牙衆ですか? えらくまたピンポイントな」
「頭に浮かんだ身近な神凪に恨みを持っていて、風を扱う奴がそれしかなかった。違ったならそれでいいけどな。それに風牙衆も数が多いって言ったって総数で百人程だ。そこからあの年代の奴と照合すれば早い。合ってても間違っていても結果はすぐわかるだろ」
「ですね。了解なのですよ。ではマスター。ウィル子はしばらくそっちの方を探りますので」
「ああ。俺も俺で少し調べてみる」
「にひひひ。サボらないでくださいね、マスター。では少し本気で調べてくるのですよ」

そして二人は本領を発揮する。
彼らの強さとは単純な戦闘力にあらず。彼らの真の恐ろしさは、その情報収集能力。

彼らに喧嘩を売った、間違えて売ってしまった風牙衆―――風巻兵衛―――は後に後悔する。何故この二人を敵に回したのか。否、巻き込んでしまったのかと。
もしこの二人を巻き込まなければ、彼の野望は成就されていたはずなのに。
だが彼らにもたらされたのは、風の契約者と電子の精霊にして神の雛形による報復だった。





「あー、腹が立つ!」

あの事件から数日が経過した。綾乃は現在、東京の神凪本邸に戻っていた。
あの後は大変だった。消えうせたあの男に向かって罵詈雑言を海に向かって叫んでいたら、突然警察がやって来て職務質問され、連行されてしまった。
事情を説明しようにも基本的には神凪が関わる仕事は一般には秘匿されている。一応神凪の名前を出し、父である重悟に連絡を取らせてももらい事情を説明し何とか解放されたのだが、あとで父に酷く怒られた。

さすがにそれは理不尽に思えたが、事件に巻き込まれた経緯は仕方がなくとも、叫んでいたのは言い逃れができなく彼女の責任だったので、綾乃は向こう三ヶ月の小遣い減を言い渡された。

「何であたしがこんな目に・・・・・・。そもそもあの男が悪いのよ!」

げしげしと思いっきり地面を踏みつける綾乃。思い出しても腹が立つ。あの結局名前もわからず仕舞いだった男の顔。
巻き込んだ挙句感謝の言葉もなく、そのまま姿を消した最低な男。
冗談抜きで、最低最悪で馬鹿でアホで無神経で変態でセクハラな男だと綾乃は思っている。

まあこれは仕方が無い。和麻は正史と違って、ここでは綾乃が最初に勘違いで手を出したのではなく、逆に彼女を巻き込んだのだから彼女の怒りも尤もである。

「今度あったら絶対に一発殴ってやる」

ゴゴゴゴゴゴと髪を逆立たせかねないオーラを発しながら、手を握る綾乃。

「姉さま!」

と、突然甲高い声が綾乃の耳に届いた。

「綾乃姉さま!」

トコトコとやって来たまだ幼さの残る顔立ちの少女―――ではなく少年。いや、少女といっても差し支えないのだが、あくまで彼は男として生を受けているので悪しからず。
綾乃の傍まで嬉しそうにやってきた彼らの名は神凪煉。綾乃の従姉弟にして何と和麻の実弟なのだから驚きだろう。

「お帰りなさい、姉さま」
「・・・・・・・・ただいま、煉」
「どうかされましたか?」

物凄く綾乃の機嫌が悪い事に気がついた煉が彼女に聞き返す。

「もう、聞いてよ、煉! 最悪なのよ!」

四つも年下の少年に愚痴を言うのはどうかと思うが、綾乃も人の子。誰かに愚痴を聞いてもらいたかった。
本当なら思いのたけを父である重悟に聞いてもらいたかったが、どうにも怒られた事もありあまり言えなかった。

他にも以前自分の付き人をしていた、一つ年下の風牙衆の少女がいるのだが、彼女は現在自分や煉と同じ一つ年下の宗家の男と共に退魔に出かけていていないゆえに除外した。
だからこそ、煉はある意味犠牲になったのだ。

「って、ことがあったのよ」
「はぁ。それは・・・・・・その、災難でしたね」

としか煉としては言えない。綾乃の剣幕にたじたじと言ってもいい。

「本当よ。だから絶対に次にあったら借りを返してやるわ」

あはははと煉は乾いた声を出す。この従姉弟の姉は結構過激なところがあると煉も知っている。もし次にその人が会ったなら、間違いなくひどい目に合いそうな気がした。
だから煉は思わずその人――和麻――の冥福を祈った。
と言っても、綾乃程度ではどうあがいても和麻をどうこうする事はできないのだが。

「あれ? ところで煉。何持ってるの?」
綾乃はふと、煉が手に何か大きなものを持っているのに気がついた。

「あっ、これですか? これはアルバムなんです。さっき宗主にお願いして借りてきたんです」
「アルバムねぇ。そんなもの何に使うの?」
「今度学校の課題で家族について作文を書かないといけないんですよ。それで写真とかもあるといいから」
「そうなの。あれ? でも写真なら普通にあるんじゃないの?」
「いえ。父様や母様との写真ならあるんですが、兄様との写真が一枚も無くて」
「兄様?」

訝しげに綾乃は煉に聞き返す。煉に兄なんていたっけと呟いている。

「酷いですよ、姉さま。忘れちゃうなんて」

非難の声を上げる煉に綾乃はあはははと笑う。実際、和麻の事はほとんど覚えていないのだから仕方が無い。
だが煉は和麻の事を綾乃よりも覚えている。
煉と和麻もあまり頻繁に会ってはいなかった。半年に一度とかその程度の出会い。それは本当に兄弟かと疑いたくなるが、実際にそんなものだった。

煉は和麻とは違い溢れんばかりの炎術の才能に満ちていた。ゆえに厳馬がかけた期待は尋常ではなかった。
二人が会えば煉に無能が感染するとでも思ったのか、厳馬は二人を中々に合わせようとしなかった。
これには別の事情もあるのだが、ここでは割合する。

とにかくそんな状況でも煉は兄を純真に慕った。和麻を捨てた両親に育てられたにも関わらず、真っ直ぐで心優しい少年に育った。
そんな煉に和麻は複雑な感情を抱かずにはいられなかったが、それに気づきもせず懐いてくる弟の可愛らしい笑顔と純粋な心を憎む事も嫌うこともできず、二人は和麻が出奔するまで実に仲の良い兄弟として過ごした。
ゆえに四年経った今でも、煉は和麻の事を覚えていたのだ。

「ごめんごめん。でも何でそのお兄さんの写真をお父様に貰いに行ってたの? おじ様かおば様に言えばあったんじゃないの?」
「それが二人に聞いたら、そんな物は無いって言われて」

しょぼんと落ち込む煉。和麻の言うとおり、彼の生みの親達は彼の写真を一切持っていなかった。

「だからお父様のところにね。それであったの、写真は?」
「はい! 僕と兄様が一緒に写ってる写真がありました」

嬉しそうに言うと、煉は綾乃にアルバムを開いてその写真を見せた。

「ほら、この人が兄様です。姉さまも見覚えが・・・・・・」

ありますよねと言おうとしたが、煉はその言葉を続けられなかった。

「ああぁぁぁぁっっっ!!! この男ぉぉぉぉっっっ!!」

直後に綾乃の叫び声が神凪の屋敷に響き渡った。
写真に写っている煉の兄の顔。それは言うまでも無く和麻。
哀れ、和麻の願いとは裏腹に綾乃は彼の存在をしっかりと知る事になった。



あとがき
遅くなりましたが、続きを。
感想が少ないのは面白く無いからか、感想が書きにくいからか。
まあ私の腕が悪いからでしょうね。
今回綾乃を含め、神凪一族に和麻の存在がバレました。さあ、この後はどうなるか。
あとこの物語には風の聖痕RPGのキャラも出す予定なので、お楽しみに。
ではまた。



[21189] 第五話
Name: 陰陽師◆0af20113 ID:9d53e911
Date: 2010/09/29 17:20



時は少しさかのぼる。
流也が倒されたと言う情報は、風牙衆にすぐにもたらされた。

京都の合流地点で待っていた風牙衆の下に、流也が一向に現れなかったからだ。流也にはすでにほとんど自我が残っていない。ただ兵衛の命令を忠実に聞く操り人形のようなものであった。
その彼が姿を消した。同時に綾乃が警察に連行されたと言う情報が風牙衆に流れた。

緊急事態だった。動ける風牙衆を動員し、兵衛は情報収集に当たらせた。
反乱の計画を知る者には詳細を告げ、流也がどうなったのかを調べさせ、計画を知らないものには綾乃が警察に連行された経緯などを調べさせた。
そこから見えてきた兵衛にとって絶望的な情報。

すなわち流也の敗北と消滅。

ありえないと兵衛は情報を受け取った時に思った。今の流也の力は綾乃程度ではどうすることも出来ないはずだった。
仮に全力で綾乃が迎え撃とうが、勝てるはずなど無い相手。それが今の流也だった。

なのにこれはどうしたことだ?

詳細を調べているうちに、一人の男と中学生くらいの少女が綾乃に力を貸したことが判明した。
この二人は誰なのか。風牙衆は即座に調べを進めた。

だがその二人組みの情報を彼らは一切知ることができなかった。追跡も残滓を追う事も、潜伏先を見つける事も何もできなかった。
風を使っても、どのような情報ルートを探っても見つけられない。今までこんな事はありえなかった。

目撃情報を仕入れようにも現場はほとんど無人の工場区。綾乃が拉致された地点を中心に探しても、何の情報も出てこない。
風が何も教えてくれない。こんなことは初めてだった。
それは数日経っても同じだ。何の痕跡も見つけられないまま、無為に時間が過ぎていく。

「兵衛様・・・・・・」
「わかっておる」

だが今の兵衛には切実な問題がある。彼の計画には流也の存在が必要不可欠だった。
彼らの神を蘇らせる鍵とは別に、神を宿す寄り代が必要だった。
高位の存在である神をこの世界にとどめておくには、この世界に存在する寄り代が必要だった。
流也はただの戦力ではなく、復活した神を宿す存在でもあった。
だがその流也はもういない。これでは計画が破綻する。

(いや、まだ手駒はある・・・・・・)

万が一の時に予備として準備してきた器がある。それは現在、宗家の少年と分家最強の術者共に東北に退魔に出かけている。それが戻るにはあと数日かかる。

「大丈夫だ。まだ計画は費えてはおらん。計画は漏れてはおらぬし、器には予備もある。だから何の問題も無い」

兵衛は狼狽する部下に落ち着くように言う。実際、まだ終わってはいないのだ。

「とにかく綾乃に協力した術者を探し出すのじゃ。綾乃と協力したとは言え、流也を倒したほどの使い手。並の者ではない」

兵衛は誰よりも和麻とウィル子の力を評価し、恐れていた。兵衛自身が流也の力を知っていたからでもあるが、並の風術師で流也とやりあう事などできるはずが無いと確信していたから。

「報告書の経緯からすれば、その男が綾乃を巻き込んだらしいが、何故流也はそんな男を・・・・・」

まさか兵衛も和麻が偶然風で周囲を探っていたら流也を見つけ、流也も見られたと思い和麻を殺そうとしたとは思わないだろう。
真相は闇の中。考えていても仕方が無い。

「とにかく計画を練り直す必要がある。皆にも伝えよ、計画を練り直すゆえに集まれと。そしてまだ終わっていないと」

そうだ。まだ終わっていない。兵衛は部下に、そして自分自身に言い聞かせる。
だが彼はまだ気がついていない。すでに自分達の動きを監視する者がいると言う事を。





ドタドタドタと音を立てて神凪の屋敷を爆走する綾乃。手には煉から奪い取ったアルバムが握られ、鬼の形相を浮かべていた。
すれ違った侍女や分家の者がその姿を見て青ざめた顔をするが、本人はそんな事に気がついていない。

目的の場所は自分の父親がいるであろう部屋。散々怒られ、今はあまり近づきたくないと思っていたが、ふつふつと湧き上がる怒りの衝動に綾乃は支配されていた。

スパンといい音を立てて、目的の部屋の障子を開く。

「お父様!」
「何だ、騒々しい」

障子を開けた先には、綾乃の父である神凪重悟がいた。一線を退きはしたものの、未だにその力は衰えておらず、その体から発せられる気はかなりの者だ。

「って、あれ。厳馬おじ様」

見ればそこには和麻と煉の父親である神凪厳馬の姿もあった。どうやら二人で何かを話していたらしい。

「どうした、綾乃。そんなふうに慌てて」
「あっ、そうなのよ、お父様! 和麻、和麻だったのよ!」

和麻の名前を連呼する綾乃に重悟と厳馬は些か眉を吊り上げる。

「和麻とな。まさかお前からその名前が出てくるとは思わなかったが・・・・・・」

四年前に出奔した甥―――正確にはもう一親等離れているのだが、重悟は和麻をそう思っていた。
ちらりと厳馬の方を見る。四年前に追い出した自らの息子の名前を聞いたにも関わらず、表面上はあまり変化を見せていない。その胸中にどのような思いがあるのか、重悟には知る良しも無い。

「して、その和麻がどうした?」
「この間大阪であたしを巻き込んだ風術師! あいつが和麻だったのよ! ほら、この顔に間違いないわ!」

綾乃は物凄い剣幕でアルバムを開くと、和麻と煉が写っている写真を見せ、和麻の顔を指差す。

「こいつに間違いないわ!」
「いや、そのように力まずとも。と言うよりも、お前は先日の件では覚えが無い男と言っておらんかったか?」

うっと、綾乃は思わず言葉に詰まった。先日の報告の際では見覚えの無い風術を使う男と綾乃は重悟に報告をしたのだ。
その正体が身内だったのだから、重悟の指摘は尤もだ。

「よもや、お前は再従兄の顔を忘れておったのか?」
「いえ、それは、その・・・・・・・」

先ほどまでの剣幕はどこへ行ったのか。あはははと笑い声を出し、明後日の方向へ視線を向ける。そんな娘にハァと重悟は深いため息をついた。

「もうそれは良い。して、綾乃。お前が言っていた男は間違いなく和麻だったのだな?」
「はい! この憎たらしい顔は絶対に忘れないわ!」

とまるで親の敵を見るような目で、綾乃は写真の和麻を睨む。
そんな折、遅れて煉もやってきた。

「姉さま! って、父様も・・・・・・・」
「まったく。お前達は騒々しいな」

そんな二人に重悟は思わず笑みを浮かべる。

「まあ二人とも座りなさい。件の男が和麻なのだとしたら、もう少し話を聞きたい。厳馬も聞いていくな?」
「・・・・・・・はい」

憮然とした態度で厳馬は頷くと、そのまま重悟は煉と綾乃に座るように促し、話を聞き始めた。

「なるほど。しかしあの和麻がな」

綾乃から同じ報告をもう一度聞いた重悟だが、謎の男を和麻と置き換えて話を聞くとずいぶんと違うように思えてくる。

「海外に渡ったと言う話は聞いていたが、日本に戻ってきていたか。それも風術師になって」

重悟は和麻の事を心配し、それとなく彼の情報を集めていた。だが外国に渡った後の情報はほとんど手に入っていなかった。
風の噂で風術師になったと言う話しも聞かないではなかったが、それは眉唾物であり、ここ一年はそんな話は一切聞こえてこなかった。

もし風術師として大成していれば、少しくらい噂になってもいいものだが、それも無いと言うことは風術師と言っても大したものでは無いと言うことか。
しかし彼の考えは間違っている。和麻が風術師になったと言う噂は彼がアーウィンを殺すために活動していた時期によるものだ。
その後はウィル子との出会いで、彼が風術師として活動することは無くなった。
大成してはいたが、その情報はすべて秘匿され、彼自身が動き回らなかった事でさらに情報は立ち消えた。

「お恥ずかしい限りで」

厳馬は心底落胆したような声色で謝罪の言葉を述べた。
彼にしてみれば、情け無い話でしかない。
風術と言うものを厳馬は下術を評している。これは人々を守り、世界の歪みを正す精霊魔術師の中で、最も戦う力が無いゆえの評価である。

厳馬は良くも悪くも神凪の人間でしかなく、力こそすべてと言う神凪の古き悪しき妄執に囚われる、哀れな男であった。
彼自身、その事に何も感じないわけではなかったが、幼き頃よりそうあるべきと教育を受け、彼自身の不器用な性格も相まって、このような堅物に成り下がってしまった。
今更この生き方や考え方を矯正することはできそうにも無かった。

炎術の才能がなかっただけではなく、風術師になり、また中学生くらいの従者を連れていた。その少女が人間か人間ではないかなど問題ではない。
厳馬が話を聞く限りでは、和麻は自分の手に負えない妖魔に襲われ逃げている最中に綾乃を見つけ、無理やり巻き込み、何とか窮地を脱したようにしか聞こえない。
それが完全な間違いでないのだからこの話はややこしい。

「いえ、あの妖魔はかなり強くて、あたしだけでも勝てそうになかったんですが」

綾乃は正直に告白する。今までに見た事も感じたことも無い力を持つ妖魔。自分ひとりでは決して倒せなかった相手。
和麻とウィル子がいたからこそ、あそこまであっさりと倒せたのだ。

「だが話を聞く限りではお前が炎雷覇で止めを刺した。その上、無傷で勝利したのだろう?」
「ええ、それはそうなんですが、その前に和麻の連れていた女の子が凄い武器を出して・・・・・」
「ならば和麻自身の力ではない。話を聞いた限りでは奴は不意打ちを浴びせ、相手の動きを止めた程度ではないか」
「ええと、他にも何度かあたしを助けてはくれたんですけど・・・・・・」

と何故か怒り心頭だった綾乃が和麻をフォローするようになっていた。あれ、おかしいな。あたしはあいつが物凄くムカついていたはずなのにと、思いつつも何でフォローしてるんだろうと首をかしげている。
と言うかあまりにもおじである厳馬の言葉がきつく、雰囲気も重いのでそれについていけ無いと言うだけかもしれないが。

「不甲斐ない上に情け無い。誰かの手を借りなければ、満足に妖魔も討てぬのか」

苦虫をダース単位どころか桁単位で噛み潰す厳馬に綾乃はそれ以上何も言えなかった。

「まあそう言うな、厳馬よ。それでも和麻は綾乃と協力し、その妖魔を討った。綾乃の話しに誇張がなければ、その妖魔は炎雷覇を持った綾乃でさえ手に負えない相手だったのだ。それを討った事はそれだけで評価してやるべきであろう?」
「いえ、お父様。あたしは別に誇張してなんかは・・・・・・」
「和麻が討ったわけではありますまい。討ったのはあくまで綾乃です」
(うわぁっ、何でこんなに居心地が悪いんだろう・・・・・・)

内心冷や汗をかき続ける綾乃。おかしいな。ここはおじ様と一緒に和麻に対して文句を述べる所のような気がするが、何故かそれをしては逝けない気もするから不思議だ。
と言うよりも、どうしてこうなった?

「それでもだ。とにかく和麻が元気でやっているようで何よりだ。綾乃の扱いも以前のことがあり神凪とはあまり関わりたくはなかったのだろう」

重悟は綾乃を見捨ててとっとと姿を消した和麻に対して、別に大した不満は持っていない。確かに娘を巻き込んだのはいただけないが、無事に無傷で帰って来たし、綾乃もいい経験になっただろう。

娘の話が本当なら、格上の相手に一歩も退かずに戦えた。これは何よりも経験になる。炎雷覇を継承し、次期宗主の地位についてから、綾乃は退魔の仕事を何度もこなしているが、自分よりも強い相手と戦った経験は無かった。
そんな相手が早々にいないのと、できればもう少しだけ成長した後に自分よりも強い相手と戦ってもらいたいと言う重悟の親心だった。
だがこれで少しは綾乃も成長してくれるだろう。

それに警察のお世話になったのは綾乃が叫んでいたからで、和麻の責任ではないし、帰りのタクシー代も置いていっているのだ。無責任と言い切ることもできない。
できればもうちょっとだけアフターケアをして欲しかったが、和麻にそれを言うのは酷な話であると言うのは、重悟も良く理解している。

「思えば哀れな子だった」

和麻を哀れむように呟く。神凪一族にさえ生まれていなければ優秀な子として持てはやされたであろう。
頭脳明快、成績優秀、運動神経もよくスポーツ万能、術法の修得さえも優れた才を示した。
ただ唯一、炎を操る才能が無かった。たった一つの才能。それこそが神凪一族でもっと必要とされる才なのに。

「それにしても信じらんない。神凪一族の、それも分家じゃなくて宗家の人間が風術師になるなんて」
「・・・・・・・・そうだな。だが神凪の家にさえ生まれなければ、人としてなんら恥じることは無かっただろうに。神凪一族でさえなければ・・・・・・」
「・・・・・・・だが炎を操る才は無かった」

再び厳馬が口を開いた。

「神凪は炎の精霊の加護を受けし炎術師の一族。力無きものに居場所は無い」

力こそがすべて。その因習は今尚、厳馬だけではなく神凪一族の大半に蔓延している。

「和麻はすでに神凪とは縁無きもの。私の息子は煉だけにございます。もし次に神凪を巻き込むような事があれば、私の手で和麻にその事を思い知らせてやります」
本気だった。厳馬はもし次に和麻が神凪を巻き込むような事があれば、自らの手で倒すと公言した。
「父様・・・・・」

そんな厳馬を煉は悲しそうな目で見るが、厳馬の表情は変わらない。

「もう良いではないか。綾乃も無事であったのだ。それに和麻も風術者として大成したのであろう」
「兄様は・・・・・・神凪に戻ってくるでしょうか」

煉の呟きが三人の耳に入る。だが重悟と厳馬はそれはありえないと考えており、事実それは間違ってはいなかった。
悲しそうに沈む煉の表情を厳馬は少し見て、目を閉じる。その心の内にどんな思いがあったのだろうか。

「とにかくお前の話しはわかった。もう今日は休め。和麻の方はこちらもそれとなく調べておこう。風牙衆に頼めば、国内にいるのなら見つけるのは難しくはなかろう」

この話はこれで終わりだと重悟は言う。綾乃は釈然とはしなかったが、この場にい続けるのは少し辛かったので、早々に部屋を後にする事にした。
次にあったら絶対に和麻を一発殴ると拳を握り締めながら。




神凪邸で綾乃が騒いでいるのと同時刻。
東京から少しはなれた横浜の高級ホテルの一室に和麻はいた。

彼は現在、あちこちから集められた報告書を眺めている。
これは国内の情報屋やウィル子の集めた情報を紙面に印刷したものである。情報屋の情報もデータ上にしてネット上の一般向けのフォルダにアップしてもらい、それをウィル子がどこからかダウンロード。この方法ゆえに逆探知もできない。

和麻自身が調べた事は彼の頭の中に入っているし、それ以外の情報や自分が集めた情報の照合を現在行っている。
ちなみにウィル子は和麻や自分達の情報を消すためにネットで奔走している。

「つうか、マジで神凪がらみかよ」

和麻は不機嫌な顔を隠すことも無く、呟くとバッと報告書を室内に散らばらせ、そのままベッドに倒れこむ。
先日戦った相手の情報はウィル子と別れてから一時間も経たないうちから判明した。
風牙衆を調べていたウィル子が、あの男に似た男を見つけ出したのだ。

名前は風巻流也。風牙衆の長である風巻兵衛の息子。ただ間違いの可能性もあるゆえに、ウィル子はさらに詳細に調べを進めた。
居場所やそれまでの足取りなど様々な面で、彼女は洗い出しを行った。

彼女の調査は電子世界での情報収集だけではなく、電子精霊と言う特性を生かした侵入にもあった。
ウィル子は電子の精霊と言う存在上、電子機器を縦横無尽に、自由自在に移動できる。
インターネットを含む電話回線や電波、電気、様々な回線を使い、彼女は行動できる。

その中の一つ、電話機に彼女は移動した。電話の中にすら入り込める。と言うよりも最近の電話は高機能で容量も一つ昔前に比べてかなり大きい。少し紛れ込み、仕掛けを施す程度わけは無いのだ。
盗聴や自動録音機能を悪用し、彼女は目星を付けた風牙衆の情報を片っ端から手に入れた。
電子精霊とは未だにウィル子以外に存在を確認されていない。ゆえに未知の存在である。

アーウィンも彼女の事は幹部連中にも漏らしていなかったらしく、その存在は知れ渡ってはいなかった。
さらにそのアーウィン自体はすでに和麻に殺されているし、その取り巻き連中も彼に近しい者はたった一人を残して和麻に殲滅されている。

知らないゆえに対策の仕様が無いのだ。それに彼女の場合、霊としても新しい存在であり、妖魔や悪霊とは違いこの世の歪みではないために、よほどの探知系の術者でも無い限りその姿を確認し、気配を掴まなければ探し出す事は不可能。
また電子機器の中を移動するので実態が無く、超一流の精霊魔術師の扱う物理現象を超越する力を用いなければ、その存在を消し去る事はできない。

それをいい事に、ウィル子は好き勝手パソコンを飛び回り、何と神凪や風牙衆の本拠地のパソコンまで侵入したのだ。
いくら古い一族でも、最新の電子戦などしたこともなく、する必要も無い一族のパソコンに存在することなど難しくもなんとも無かった。

そこにはそこまで重要な情報が無くとも仕掛けはできる。PCの自動録音機能を好き勝手使い、その場にいた人間の声を集音。
さらには現代人なら必ず持つであろう携帯電話にも侵入し、録音機能をいじくり情報を集めた。さらには01分解能で通話状態でなくとも盗聴ができる機能のおまけをつけて。

はっきり言って反則である。

かつて文明がこれほどまで進歩していなかった百年ほど前ならば、ウィル子の能力などたいしたことがなかったが、この電子機器の発達した現代では反則を通り越してチートである。
和麻とウィル子が一度攻勢に出れば、単純戦闘以外では誰も勝つことなどできないのだ。

「何で俺が神凪がらみで巻き込まれるんだ? 俺もう、神凪と何の関係も無いだろうが。風牙衆はあれか? 神凪一族なら力も無い無能者でも許さないってか?」
「いや~、ただマスターが狙われたのは偶然のようですよ。あいつはどうも綾乃を狙っていたようですし」

ウィル子がいつの間にかパソコンから実体化して、ふよふよと和麻の傍まで浮いて移動してきた。

「何か他の動きでもわかったのか?」
「はいなのですよ。あの男、風巻流也の素性がわかってから、神凪一族の屋敷や風牙衆の屋敷に諜報活動を行っていたのですが、そこでいくつか面白いものを見つけたのですよ」

和麻に新しく手に入れた情報を紙に印刷して渡す。さらにはパソコンを通じて、ウィル子が盗聴した音声を流していく。

「風牙衆もついに耐えられなくなって暴走か。まああれだと反乱もしたくなるわな。で、こっちは逃亡用の資金と」

幾つかの口座に振り分けられた少なくない金額の数字を眺めながら、和麻は誰とも無く呟く。

「兵衛たちの話しを聞いてると、俺が巻き込まれたのは偶然っぽいな。そんなんで俺を巻き込むなよ。最初っから綾乃だけを狙っとけよ」

ため息をつく。何で自分がこんな面倒ごとに巻き込まれないといけないのだ。実際は和麻が風で周囲を調べなければ、こんな面倒ごとにはならなかったのだが。
これは和麻、風牙衆共に不幸な偶然であった。

「他にもわかっている事をウィル子なりにまとめた資料がこっちになります」

バサッと書類の束をおくと和麻はげんなりとした顔をする。

「多いな、おい」
「はいなのですよ。面白半分で調べていると結構面白い資料も出てきましたので」
「お前、まさか神凪の資料室にまで侵入したのか?」
「いえいえ。神凪の資料室には侵入していませんが、神凪一族の事は調べましたよ。にひひ、ウィル子も殺し以外の悪事には手を染めましたが、神凪一族もやる事はやっているのですね~」

楽しそうに笑いながら言うウィル子の言葉に和麻もどこか感じるものがあったのか、今読んでいる資料を置くと、新しい資料に手を伸ばした。

「おおっ、中々に面白いな、これ」

そこには神凪一族の一部ではあるが、分家や長老、先代宗主である頼道の悪行が記されていた。
と言っても、よくある金の問題で談合やら癒着やら、他の一族とのトラブルやらで、どこかでよく聞くような話ではある。
俗に言う殺しや強姦と言ったどうしようもないものではなく、あくまで縄張り争いやら、企業からの献金とかそう言ったものである。

「まあ確かに神凪の性質上、不動産関係だと土地の除霊とかで談合とかあるよな。おおっ、さすがは先代。やる事がえげつない上に卒が無いな」

分家の一部の連中は金には汚いと言うのがよく分かったが、先代の頼道はさすがだ。
先代は歴代宗主の中でも最も弱かったと目されるくらいに、術者としては脆弱だった。

しかし彼はその類稀なる策略と謀略を持ってライバルを蹴落とし、その座についた。
和麻はそれが悪いとは思わない。それで負けるライバルが弱いのだ。そんな計略を力ずくでねじ伏せられなかった時点で、そいつは負け犬だ。
八神和麻と言う男は非常識な力を持っているにも関わらず、小細工とか姑息な手段が大好きだった。相手が嵌めるのも嵌るのも見ていて楽しいと思う性格破綻者だ。

仮にも神凪一族宗家の宗主になろうとも人間が、策略程度で敗れてどうする。神凪の宗家の力とはそう言った物をねじ伏せるだけの力があってこそだ。
もし他の術者の一族ならそうは思わないが、最強の炎術師の一族の最強の術者を名乗ろうと思うのなら、それくらいはしないとだめだろうと和麻はしみじみ感じていた。

「マスターは本当に性格が捻じ曲がってますね」
「何を今更。それに俺の親父・・・・・・いや、神凪厳馬は先代を嫌っていたみたいだけど、俺はある意味好きだね、このやり方。本人が地位と権力にしか執着しない小物だから、そっちは好きになれないが」

策略結構。これでもう少し頼道自身が人間として大物なら、和麻はより親近感を抱いただろうが、生憎と頼道は和麻の言うとおりの謀略こそ超一流なものの、人間的には小物であったため残念な奴だと言う認識だ。

「証拠も残さず、周りから攻めて気づいた時にはすでに手遅れ。さすがだな。先代の頃は神凪の力が最弱まで落ち込んだって話しだけど、その分、政財界とのつながりは大きくなってたらしいぞ」
「マスターの言うとおりなのですよ。それに一族の力が最弱なっていたに関わらず、他の一族は一切神凪に手を出せずに、政財界のパイプを強くする神凪を阻む事ができなかったようなのです」

神凪一族の力が至上最も弱くなった。それが外部に知られれば、これ幸いに今までの恨みや国内での最強の名を奪おうと襲い掛かってきたはずだ。
当時の戦後の混乱期を抜け、高度経済成長の時代だ。躍進を果たそうとする一族や新興勢力は多かったはずだ。

これは戦争の折、優秀な術者が多数死に、また戦争により多くの死者が出た事で国内の陰陽のバランスが崩れ、かつて無いほどに妖魔や悪霊が溢れかえったことにも起因する。

当時、現在の最強の使い手として名高い神凪重悟と神凪厳馬が生まれていない時代。そう言った外敵の存在があったにも関わらず、最弱となった神凪を頼道は見事に掌握し、自らの地位と権力を確固たるものにしたのだ。

「これだけみりゃぁ凄く優秀なんだけどな。術者や人間的には最低だけど」
「マスターに人間的に最悪と言われたらおしまいですね。とにかくウィル子はそんな頼道の粗を捜し出したわけなのですよ!」

自信満々に言い放つウィル子。彼女が見つけてきたのは、頼道が神凪一族の誰にも知られないで保有している莫大な裏金の存在だった。
他には大手ゼネコンとの癒着や談合。証拠を残さないようにしていたのはさすがだが、電子を操るウィル子の前にはあまりにも迂闊。

会社との関係がわかればパソコンを経由して銀行口座に入金が無いかどうか、もしくは会社のほうで使途不明金が無いかどうかを調べる。
ほんの少しでも痕跡を見つければあとは簡単である。ウィル子の前には電子上のごまかしなど子供だましでしかないのだ。

「ほかにも頼道の子飼いの分家とか、風牙衆が反乱やら逃亡やらに使う資金の流れやら色々とゲットなのです!」
「ほんと、お前ってチートだよな」
「いや、マスターも十分人間やめてチートじゃないですか」

チートとチートが合わさるとろくでもない。それがお互いに人格的に大いに問題があるもの同士ならなおさらだ。

「で、ここまで調べ上げましたがどうするのですか? って、まさかこのまま終わりませんよね?」

ニヤリとウィル子は不敵に笑う。釣られるように、和麻も笑う。ただしウィル子よりもさらに極悪な笑みを浮かべて。

「それこそまさかだろ。俺がやられてやり返さないと思うか?」
「にひひひ。思わないのですよ♪」
「だろ? と言う事で、こいつらに見せてやろうか。俺達を敵に回すってのがどう言う事になるのかを」

にひひひ、くくくと不気味な笑い声がホテルの一室に響き渡る。
ここに彼らの反撃が始まる。誰も予想しない、予想しえない反撃。

「あっ、でも俺の正体がバレないようにしないとな。これ以上の厄介ごとは嫌だし」

とあくまで正体を隠したまま、彼は反撃に出るのだった。



あとがき
なんとか早く仕上がりました。皆様の感想ありがとうございます。物凄く励みになります。
次回から和麻とウィル子の反撃。風牙衆涙目!
しかしウィル子の能力を考えると本当にチートだ。
電子機器から侵入可能。01分解能で電気機器程度だったら作り変え可能な上に、盗聴器や発信機も作り放題、設置し放題・・・・・・・。
あれ? 書いててやばい気がしてきた。




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