「さて……リンちゃん。今日はなんで呼び出されたか、分かるぅ?」 部屋の主である少女はなにやら高価そうな机の上に腰掛け、不躾にも足を組みながら目の前のメイド服を着た内気そうな少女に問いかけた。 「え、えっと……」 対するリンと呼ばれた少女は、困惑した表情を浮かべながら部屋の真ん中で佇む。 今日の仕事で失敗した覚えは無いため、呼び出された理由に関しては、全く心当たりが無い。 しかしながら、仕事で失敗した覚えが無いのに二人きりでリンの部屋に呼び出されたことは、これが初めてではない。そのため、理由はともかくとして、目の前の少女が自分に対してよからぬ企みを目論んでいることだけは薄々見当がついていた。 思えば絹更(きさら)お嬢様が自分を呼び出した場合、大抵の場合はろくでもない思い付きに付き合わされることとなるのだ。 恐らく実行している本人にとっては楽しいのだろうが、いちいちそれに巻き込まれる身としてはたまったものではない。 ついこの間など、読んでいた本の影響か、突然人物画に挑戦したいなどと仰ったため、一日中立ったままの姿勢で身じろぎ一つ許されなかったこともある。 (ちなみにその絵は現在、夕食のために一時中断したまま埃を被っている) 「――何かまた、新しいことでも思いついたんですか?」 少しの間の後に、率直な予想を述べる。 どうせお嬢様は、一度言い出したら決して諦めない性質なのだ。それが分かっている以上、変に話をこじれさせたりせずに、大人しく話を進めておいたほうがいい、というのがリンの出した結論だった。 「――ちょっとね」 一言、短い言葉を発した後に目の前に佇むリンを見やると、絹更は小さくため息を漏らし、言葉を続けた。 「苛々してくるのよ、リンを見てると!」 強い語気で言い放ち、目の前にある机を掌で叩きつける。 絹更の口から発せられたその言葉は、軽い思い付きに付き合わされるのであろうというリンの予想を裏切るものであった。 ひょっとして、自分がお嬢様の考えを汲み取れずに、大きなミスを犯してしまったのではないのだろうか? あれこれ考えをめぐらせるリンを他所に、絹更は右手で自分の頭を乱暴に掻く。 「こう、なんていうの? なんだか煮え切らないっていうか――見てるこっちが恥ずかしいって言うか、思い切りがつかなくて情けないっていうか!」 なにやら怒っている。それだけは態度からも判断できる。しかし……肝心のその理由に関してはさっぱりと見当もつかない。そう。お嬢様は、いつだって唐突で予測不能なのだ。 今回の件だって、未だに原因が自分の落ち度にあるかどうかすら判断できない。 「えっと、申し訳ありませんお嬢様、一体何の――」 リンが疑問を口にしようとした瞬間、ドン、と絹更が机を叩く音が部屋に響き渡った。 「決まってるでしょ、隼(じゅん)のことよ!」 「え!?」 リンと同い年で、執事としてこの屋敷に仕える少年。その名前が発せられた瞬間、リンの目が丸くなる。 「なななっ、なんのことですか!? 別に私は隼くんのことなんてっ――!」 まだ具体的な用件を明かされないうちから慌てふためくリン。 その反応に、絹更は再び小さく溜息を漏らす。 「あのね、何今更慌ててるのよ……あんたが隼のことを好きだってことくらい、傍から見てればバレバレよ?」 「あぅっ……!」 心のうちに秘めていた(つもりの)秘密をあっさりと見破られていたことに、恥ずかしそうに身を縮こめるリン。 それを横目で見ながら、絹更は少し呆れたように言葉を続ける。 「――隼の方だって悪からず思ってるみたいよ? さっき私の部屋の掃除に来たときにそれとなく聞いてみたけど、可愛いって言ってたし」 「えっ……本当ですか!?」 「ええ――まるで妹ができたみたいだって、ね」 「い、妹、って……」 無情な返答にがっくりと肩を落とすリン。 「とにかく! この頼りになるきさらちゃんが一肌脱いでやろーって言ってるのよっ? 感謝くらいして見せなさいよね!」 ぴょん、と机から飛び降りた絹更は、リンの方につかつかと歩み寄ると、目の前で立ち止まる。ふた回りほどリンに比べて身長が低いため、リンの顔を見上げるような格好になる。 「えとっ、ありがとうござ、じゃなくて、違いますってば! それに、お嬢様が絡むと――」 両手をぶんぶんと振って否定するリンに対して、絹更は花のような笑顔で応える。 「――あのさ、リン。強制的にさせられるのと、自分でするの、どっちが好き?」 それは、絹更を知らない人間から見れば清らかな天使の笑みにも見紛う表情だった。 しかし、長年絹更に仕えてきたリンは知っている。 「面白い方でいいわ。私がね」 ――これは、獲物を見定める悪魔の微笑に他ならないと。 「うー……」 リンは頭をめぐらせる。恐らくこの場で答えを選ばなければ、自分にとって望ましくない結果が待っている可能性が高い。 嫌々ながらも、どちらかを選ばなければならないとしたら―― 「じ、自分でします! 折角のご厚意ですが、お嬢様のお力添えは頂きませんっ!」 珍しくはっきりと、絹更の提言を拒絶する。 だが、絹更から返ってきた言葉は非情なものだった。 「あら、何をおかしなことを言っているの? 私がさっき言ったこと、聞いてなかった? 『私が面白そうな方を』選べって言ってるじゃない」 「あぅっ……!」 今までの経験からはっきりしていることは、これ以上絹更に抵抗しようという行為は状況をさらに悪化させてしまうだけだということだ。 こうなってしまった以上、自分にできることはもはや下手な悪あがきは諦めて、絹更の機嫌をこれ以上損ねないようにすることだけである。 「あのっ……わかりました……でも、あまり手荒なことは――」 リンは、怯えた声で恐る恐る絹更に訴えかける。だが、当の絹更はそんなリンの心情などお構いなしのように、心底嬉しそうな笑顔で応える。 「え、本当、いいの!? 絹更に任せてくれるの!? えへへ、リン大好きだよー♪ ふふーん、じゃあどんなことしてもらおうっかなー?」 まるで子供のようにはしゃぎながら、リンの顔を見つめながら何か考えをめぐらせている。 「――そうだ、いいこと思いついちゃった!」 間違いなく、この場合の「いいこと」は、自分にとってまず悪いことでしかないだろうことをリンはその表情から直感していた。 できれば知りたくもないが、どうせ自分の意思に関わらず絹更は「いいこと」を実行するつもりだろう。 一瞬の逡巡の後に、リンは目の前の相手にゆっくりと尋ねた。 「あの……いいことって、何ですか……?」 「『練習』するの! 私を彼だと思ってさ、告白しちゃおう? うん、それがいいよ、私ってば最高!」 「れ、練習ですか……?」 「そうよ、だって隼くんに告白するときになって、何を言っていいか分からなくなっちゃったら困るでしょ!? せっかくの告白のチャンスを逃しちゃったら、リンの場合次のチャンスまで何年かかるか分からないわよ! だからね、いざその時が来ても大丈夫なように、私を隼に見立てて告白の練習してみなさいよ!」 一見してリンのためを思っているかのようにもっともらしい言葉を並べる絹更だが、ただ単に恥ずかしがるリンの反応を楽しみたがっているだけだということは明らかである。 「そ、そんな練習なんて別にお嬢様の前でしなくても、私一人で――」 「何言ってるの、1人でそんな練習してるところを誰かに見つかってみなさいよ、絶対変な子だと思われるに決まってるじゃない! だから私が一肌脱いでリンの練習に協力してあげるって言ってるの! さあ、始めなさい、今ここで、熱くみだらに狂おしくっ!」 「――って私そんなに情熱的じゃないですっ!」 リンは何とか口実を設けて断ろうとするが、絹更は聞く耳を持つ素振りもなく、一人で勝手に盛り上がっている。 ――まずい。 リンの直感が、その絹更の様子に全力で警鐘を鳴らす。間違いなく絹更お嬢様は、この素敵な思い付きを自分に実行させるつもりだ。 そしてお嬢様がその気になれば、間違いなく自分は抵抗すらできず、本心からの告白を強要されてしまうだろう。 何故ならば―― 「それでっ、熱く彼の名前とかを囁いたりして、瞳とか覗き込んでっ、すっごく蠱惑的なカオでっ! きゃー♪ よーしリンちゃん、じゃあ……早速始めましょう? 『リンは私の与えた命令には逆らえない』!」 「……っ!?」 す、と絹更が真っ直ぐにリンを指差してそう宣言した瞬間、リンの全身に軽い電流が貫くような奇妙な感覚が迸る。 今までに何度か経験したのことのあるその感覚に、リンは慌てて絹更を制止にかかる。 「あ、あのっ、お嬢様、どうか早まった真似は――」 「くすくす……リン、『さっき言ったとおりに告白しなさい』」 「やっ……! ――お嬢様、ダメです、そんないきなり、私っ……!」 制止を無視した絹更が楽しそうに言葉を放つと、リンは慌てふためきながらも絹更の方へ一歩踏み出し、両手でしっかりと絹更の手を握り締めると、真正面から絹更の顔を見据える。その仕草は一見して自分から素直に絹更の命令に従っているようにも見えるが、必死に歯を食いしばるその表情は紛れもない抵抗の意思を示していた。 しかし、絹更の放った命令に対しては、リンはどんなに恥ずかしくてもその行為を自らの意思で止めることができないのだ。 そう―― ――絹更は、魔法使いなのだ。 絹更が得意とするのは、言葉を通じて相手の精神に影響を及ぼす『言霊』の魔法。 実のところ、リンが絹更の魔法をかけられたのは今回が初めてではない。 むしろ、絹更の気まぐれな性格によって、今までリンは何度となく魔法の犠牲となってしまっていた。 それは、例えば夏場に麦茶を飲むつもりで素麺のつゆ(ちなみに原液である)を飲まされたり、普段のカチューシャと間違えてネコミミをつけさせられてしまうといった他愛もない悪戯であったこともあれば、メイド服の姿でバレリーナのようなアクロバティックなダンスを強要されてしまったこともあれば、時には他人にはとても言えないような恥ずかしい魔法をかけられたこともあった。 そして絹更の最も厄介なところは――本人にとってそれらの悪戯は全く悪意によるところではなく、むしろ突拍子もない事件で周囲の人間を楽しませているつもりであるということだ。 彼女は決して自分の行為が相手にとって迷惑になっているかもしれないという考えは持っておらず、自分が楽しいことは相手にとっても楽しいのだろうと本気で考えているのだ。 そして、恐らく今回も例外ではないのだろう。 「ほらほら、この期に及んで何思い切りのないこと言ってるのよ。ちゃんと聞いててあげるから、しっかり告白しちゃいなさい?」 絹更に促され、リンの唇は本人の意思に反して開き、言葉をつむぎだす。 「隼、くん……大好き、なの。私を……ゃっ……恋人に、してください……っ!」 意思とは無関係に、憧れの異性に対する思いの丈を打ち明けさせられ、その表情は羞恥のあまりに紅く染まり、小刻みに震える。 にもかかわらず、魔法という圧倒的な力の前では自らの口による持ち主に対する反逆を止めることは叶わないのだ。 「すごーい。リンってば大胆だねー!」 その告白を耳にした絹更は、まるで自分は無関係だと言わんばかりに囃したてる。 「お、お嬢様、これ以上は……恥ずかしくて、ダメ、です……お願いします……」 もはや抵抗する術を失ったリンにとって残された手段は、この生き地獄から一刻も早く解放されるように相手に哀願することだけであった。 ――惜しむらくは、その行為が却って絹更の嗜虐心を煽ることになることをリンが判断できなかったことであろう。 絹更はそんなリンの髪を梳くように優しく撫でながら残酷な言葉を紡ぐ。 「何言ってるの、恥ずかしいからいいんじゃないの♪ リンの恥ずかしがってる表情、とっても素敵だから、自信を持ちなさい? ほら……『もっと積極的に体を寄せて』『隼のどこが好きなのか、言ってみて』?」 「やっ、だめ……!」 絹更の無慈悲な命令に忠実に従おうと、再びリンの体が動き出す。 その右手は絹更と指を絡め、そして掌同士をそっと合わせるような格好で握りなおされる。 対する左手は、絹更の背中を抱き寄せるように動き、お互いの顔が触れてしまいそうなほどに二人の距離を縮める。 そして、涙を浮かべた両目で絹更の目を見つめると、震える唇で自らの心に秘めた思いを言葉にする。 「わた、し……お嬢様にいじめられたりして隼くんに慰めてもらったときに、頭を撫でられて軽く抱き寄せられちゃったり、少しからかわれたりするのが好きで……いつも、もっと隼くんに可愛がられたいって、思ってたの……」 素直な思いを洗いざらい打ち明けさせられるという羞恥に、既にリンの両目からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ち、部屋のカーペットを濡らす。 荒く湿り気の混じった息遣い。まるで異性を誘うように赤みを帯びた表情。絹更はごくりと唾を飲み込む。 「うわ、えろっ……。な、なんか切羽詰ってるというか、聞いてるこっちが恥ずかしいっていうか……リンのくせにいい顔するじゃない……! でも、まだまだよっ、そんなんじゃ男は落ちないわ! 『もっと誘うように口説きなさい』! 「やっ……お嬢様、お願いですからっ……!」 いくら想い人が目の前に居ないとはいえ、この仕打ちは心臓が破裂してしまいかねないほどの羞恥である。 それでも、絹更の命令を耳にした瞬間に口が本人の意思を無視して動き出してしまうのだ。 「お、お願い、隼くん……いっぱい、私を可愛がって――ううん、恥ずかしいことや、えっちなことも、たくさん、して、ほしいのっ……!」 リンの両目からとめどなく涙が溢れ出していく。何せ今まで妄想の中ですらろくに告白などしたことのないリンにとって、魔法の力とはいえ自らのやましい気持ちを口に出してしまうというのはあまりにも刺激が強かった。 全身を甘く支配するような甘美な苦痛が、徐々にリンの思考から現実感を奪っていく。その表情からは心地よい恍惚すら感じられる。 それは、性的な経験のない絹更にとってもあまりに刺激的で、愛しい姿。初めて目の当たりにするそのリンの表情に、絹更は自分でも理解できない興奮と動揺に揺れていた。 「――っ、ふ、ふんっ、べ、別にこの程度、どうってことないじゃないのっ! 本気で誘惑するんだったらさ、もっとこう、く……『口付けくらいしてみなさいよっ!』」 思わず口をついた命令に慌てて絹更ははっとした表情を浮かべるが、もう遅かった。 「ぁ……口付け……」 リンにとって、絹更の命令は絶対である。 どこかぼんやりとした目で相手を見つめ、そして絹更の腕を押さえつけるように迫ると互いの唇を寄せていく。 「隼、くん……大好きなの……キス、して……」 「ちょっ、リン、今のは無――んんっ!?」 湿り気を帯びた息を吐き、絹更が命令を撤回するよりも早くに唇を重ねる。もちろん絹更にそんな趣味などない。しかし、柔らかい感触が絹更の唇に伝わり、思わず硬直してしまう。 程なくして我に返りリンを引き剥がそうと抵抗するが、体格の差があるために思うように力を込められず、結局成すがままにされている他なかった。 唇が押し付けられ、僅かに開いた口からリンの吐息が流れ込んでくる。 やがて、ゆっくりとリンの方から唇を離す頃には、快感と呼吸困難のために絹更の頬は真っ赤に染まり、息も絶え絶えになっていた。 「はぁっ、はぁ……ぅぅ、ファーストキス、だったのにっ……! あ、あのね、リン、私を襲って――」 どうするの、と言葉を繋ぐよりも、「命令」を認識したリンが行動に移し、再び絹更の口を塞ぐ方が一瞬早かった。 「むぐっ!? んー! 〜〜〜〜っ!」 リンの両手が絹更の手首を掴み、完全に床の上で押し倒すような姿勢になる。 リンが遂行しようとしている「襲う」という行為が一体具体的に何を指すのか絹更には分からなかったが、少なくとも自分に身の危険が迫っていることだけは確かだった。 なんとか命令を撤回しようと口を離そうとするが、リンはそれを拒むように押し返すと、絹更の唇の中に舌を差し入れていく。 「ふっ、ん〜〜っ!?」 驚き戸惑う絹更をよそに、リンの舌は遠慮なく絹更の口内に侵入し、舌同士を絡め合わせる。 先程のキスよりもさらに大胆な、お互いの口の中を貪るような激しく、濃い口付け。 必死で抗おうとする絹更だったが、生まれて初めて受ける刺激によって徐々にその体からは力が抜けていき、甘い喘ぎ声が混じり始める。 漸くリンが唇を離した頃には、絹更は苦しさのためか熱を帯びた吐息を荒げながら、大粒の涙を目尻に浮かべていた。 「はぁはぁ……お願い……リン、もうやめ……あんっ!」 泣きそうになりながら絹更は懇願するものの、リンはまだ『襲う』という命令を達成したと認識していないらしく、絹更の小さな胸の先端を服の上から弄り、洋服を器用に脱がせていく。 「隼くん――服、脱がせるね……」 「ちょっ……リン!? だから私は――きゃっ!」 もはや目の前に居る相手の判別すらできないほど思考力を失っているのか、空ろな表情をして絹更の洋服のボタンを全て開けると右手をブラジャーの中に潜り込ませ、まだ成熟していないその胸に手を這わせる。 「ふぁぁんっ! ひ、人の話を聞きなさ――!」 初めはほんの軽い悪戯のつもりでいた絹更も、ここにきて本格的に身の危険を感じ始めていた。 恐らくこのままリンの行為を止めることができなければ、自分の貞操が奪われる羽目になってしまう。 何とかしなければ、と頭の片隅で考えるが、全身を支配する心地よい気だるさに、身をよじって抵抗することすらままならない。 そうこうしているうちに、いつの間にか絹更はブラジャーやスカートまで脱がされ、ショーツ1枚というあられもない姿になっていた。 「んっ、ふぁぅっ、はぁ……! 隼くん、大好き、大好きだよ――!」 「ちょっ、リン、正気に――ひゃんっ!」 最後の1枚の布の中にリンがそっと指を滑り込ませると、絹更の最も敏感な部分に優しく触れる。 今までに感じたことのない感覚に絹更が一際高い悲鳴を上げ、体をのけぞらせる。 このままではまずい。絹更の本能がそう告げる。とにかく、魔法を使ってでも現状を打開しなければ。 あれこれ考えている間にもリンの手は、貪るようにその肌を蹂躙していく。 「隼くん……お願い、抵抗しないで……」 「んっ、きゃぁん、リン、いいかげんにっ、ふぁぁっ……! ――と、とにかく、『戻りなさい』よぉっ!」 「――っ!?」 リンの与える快楽に抗いながら、全身全霊で残った魔力を込め、屋敷全体に響くかと思えるほどあらん限りの声で命令を放つ。 その命令が耳に入った瞬間、最後に残った下着を脱がせにかかっていたリンの動きが止まり、目に再び意思の光が戻る。 「――あ、あれ……お嬢様、私――?」 意識を取り戻しこそしたものの、先ほどまでの心身の消耗や快楽の残滓によって体中から力が抜けていたこともあり、糸が切れたように絹更の上にへたりこむリン。 「はぁはぁ……あ、危なかった……」 床に押し倒されるような格好で、絹更は安堵のため息を吐いた。 非常に際どいところまで追い詰められたとはいえ、とりあえず貞操の危機を寸前で脱することができたことに絹更は心底ほっとしていた。 ――不意に、部屋のドアが開く音が耳に入るまでは。 『――え?』 主の部屋をノックすらせずに訪れた突然の来訪者。そして部屋の中にはあられもない姿で絡み合う二人の少女。 同時に発せられた3人の声が、部屋の中にこだまする。 ああ、そうか――。その姿を見て、一瞬思考をめぐらせた絹更は一つの結論に思い至る。 そう、確か、リンの前にこの部屋を訪れたのは―― 「戻って、来ちゃったんだね――隼」 自分の発した、魔力を込めた最後の命令。恐らくは別の部屋に居た彼の耳にも届いていたのだろう。 そして、命令どおり部屋に戻って来てみればこの状況である。恐らく、いや間違いなく誤解は避けられないだろう。 祈るような気持ちでリンを見遣ると、泣きそうな面持ちで隼に対して必死に訴えるように頭を振っている。 「あ……あ……隼くん、これはね、違うの……!」 自分自身の手で絹更を押し倒し、そして下着に手をかけて脱がせようとしている姿を見られて、果たして誤解を解くことは容易であろうか。 仮に解けたとしてもそのためには恐らく自分の想いを相手に告白することは避けられない。 口をあけたままあたふたするリンの目に映ったのは、慌てて服を拾い集めて出口に向かう主の姿。 全ての責任をかなぐり捨てて逃げ出そうとする事態の元凶を見て、リンは必死にしがみつく。 「ひ、ひどいですよお嬢様……! 私をこんなことにしておいて、放って一人で行ってしまうなんて――ちゃんと最後まで責任、取ってください!」 泣きながら絹更に対して懇願するリンだったが、その発言が更なる誤解を想い人に招き、事態をさらに混乱させてしまうのだった――。 < おわり >
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